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底辺の俺 大人気の彼女に惚れられる  その四

猫之丞

猫之丞出版



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第17話

「ね、ね? 圭介さん? 結婚式はいつにする? 明日? それとも明後日?」

滅茶苦茶テンションが高い刹那が俺に質問してくる。

「や、流石に明日や明後日は無理だろ? 式場の予約とかもしないとだし」

「む~っ! ウチは早く圭介さんのお嫁さんになりたいのに~!」

俺がそう言って興奮する刹那を嗜めると、刹那は頬をぷ~っと膨らませて不機嫌そうな顔をする。

俺達のそんなやり取りを横で聞いていた栞と彼方君は苦笑していた。

「そうだぜ姉ちゃん。急に結婚式はどう考えても無理だろ? 丹羽さんを困らせるもんじゃないぜ?」

「彼方は黙らっしゃい! 私は今すぐにでも圭介さんと結婚したいの! やっと、やっとだよ! やっと圭介さんが私にプロポーズしてくれたんだよ! いつ圭介さんの気が変わるか分からないんだから、圭介さんがその気の内に結婚したいの!」

おいおい……結婚指輪を渡したんだから、気が変わる訳無いだろ? そんな不誠実な人間じゃないから安心して欲しい。

ガルルルルッ! そんな擬音が聞こえてくる様な勢いで彼方君を威嚇する刹那を栞は まあまあ落ち着いて と苦笑しながら宥めていた。

「それに刹那、まだやらないといけない事が残っている内は結婚式なんて出来ないぞ?」

「やらないといけない事?」

俺の言葉を聞いた刹那はキョトンとした顔をして首を傾げる。

うっ! 改めて思うけど、刹那のその仕草は滅茶苦茶可愛い。

「そう。やらないといけない事がたちまち2つある。それは」

「「「それは……?」」」

「刹那のご両親に正式なご挨拶をする事と、7月から始まる5大ドームツアーだ」

そう。刹那のご両親に正式なご挨拶をしてお許しを戴かないと結婚なんて出来ない。 それに、ドームツアーが終了しないと落ち着いて式なんて挙げれないと俺は思っている。

「ウチのお父さんとお母さんに挨拶ですか? そうですよね。確かに結婚するなら挨拶は必需ですよね。じゃあウチも圭介さんのお義父様とお義母様にもう一度お会いしてご挨拶しないと。 ふふふっ♡ 何だか夢の様です♡ 圭介さんと夫婦に……♡」

お~い刹那さんや~い! 帰ってこ~い!

刹那は脳内妄想を膨らませ、アイドルらしからぬ表情であちらの世界に旅立っている。

俺は刹那の肩を持って揺さぶり此方の世界に意識を引き戻した。

「はっ! ウチと圭介さんの可愛い子供は何処?」

どうやら刹那の頭の中では俺達の子供が登場していたみたいだ。 まだ気が早いだろ////// まったく。

「結婚の挨拶もそうだけど、刹那にはドームツアーが控えているだろ? そのツアーが終わらないと落ち着いて式なんて挙げれないだろ?」

「そ、そうでした……。ドームツアー……邪魔ですね。 いっそのこと止めてしまおうかしら……」

「もし中止したら結婚の話は延期だから」

「そ、そんな!? やります! やりますから! そんな事言わないで下さい! もしそんな事になったらウチは精神的にも物理的にも死んでしまいます!」

「じゃあ頑張ろうなドームツアー」

「……はい」

さっきまで浮かれていた刹那は盛大に凹んでしまった。

「とにかく、その2つが終わってから結婚式をしたいと俺は思っているんだ」

「で、でも……」

「まだ刹那は不安? 俺の気が変わるかもって思っている?」

「正直な事を言うと……はい。不安です……」

刹那のそんな不安そうな顔を見た俺は、椅子から立ち上がり机が置いてある場所に移動し、引き出しから1枚の紙を取り出した。 そう、刹那が初めて家に来た時に持ってきた婚姻届だ。

俺は婚姻届を刹那の前に拡げて、俺の名前を書き入れ印鑑を押した。

「これを明日区役所に提出しに行こう。2人で。これで安心してくれるかい?」

俺の言葉を聞いた刹那は大粒の涙を流しながら

「はい! 明日一緒に区役所へ行きます! 何が在っても絶対に行きます! 圭介さん大好き♡ 誰よりも愛しています♡」

「俺も刹那を世界中の誰よりも愛しているよ」

俺と刹那は見つめ合い、そして徐々にお互いの顔を近付けていき……

「ゴホンゴホン! お2人さん、俺達が居る事を忘れちゃあいませんか?」

盛大に咳払いをしてそう言った彼方君の言葉にはっ!とした俺達は慌てて顔を離した。

危なかった~。 もう少しでその場の雰囲気にのまれて人前でキスをする所だった~。

俺は彼方君に感謝したのだが、刹那は

「か~な~た~! もう少しでキス出来ていたのに! 邪魔をするな~!」

と言いながら彼方君をシバいていた。 

「刹那さんおめでとうございます! 誕生日と入籍と嬉しい事がいっぺんに来ましたね! 兄ちゃん、刹那さんをちゃんと幸せにするんだよ!」

「当然! 任せろ!」

俺は栞に向かってグッドサインを出した。

それから直ぐに刹那の実家に電話を入れる。

刹那と結婚させて欲しい 後日ちゃんと挨拶に伺う 籍だけは先に入れさせて欲しい 結婚式はまだ先の事になるけど、ちゃんと執り行う という事をお願いすると、あっさりと " 了解! 刹那の事よろしくお願いいたします " と了承を頂いてしまった。

刹那が俺の実家にも連絡を入れた(同じ内容)ら、俺の両親も反応が全く同じなのには驚いた。

その後俺達はワインで乾杯(栞と彼方君は未成年の為ジュースだが)し、夜更けまで盛り上がった。

次の日俺は半日休暇を取り(刹那も仕事を半日で終らせた。ちゃんと篠宮さんには連絡済みだ)2人で区役所へ行き、婚姻届を提出。 俺達は夫婦となった。





























夫婦となったその次の日から刹那は前よりも俺にベッタリとなった。

「圭介さん♡」

「ん? 何だ?」

「ん~ん♡ 呼んでみただけ♡」

「圭介さん♡」

「ん?」

「大好き♡」

朝起きてからずっとこの調子である。

俺が少し刹那の呼び掛けに反応しなかっただけで

「圭介さんはウチの事が嫌いになった?」

と涙目で俺の袖や服の裾を引っ張り膨れる。 その度に

「刹那の事嫌いになる訳無いじゃないか。ずっと死ぬまで大好きだよ」

と言って刹那の事をあやす必要が出てきた。 少しだけ……ほんの少しだけ大変だ。

この刹那の態度に困った事が1つだけある。それは、刹那が俺の行く場所に必ず付いて来たがる様になってしまった事だ。

寝室~リビング~キッチンを移動するだけの距離を鳥の雛の様に俺の後をぴったりとくっついてくる。

それだけならまだ可愛い行動と思えるが、トイレの中まで一緒に入ろうとするのだけは止めて欲しい。

当然入浴をする時も一緒じゃないと嫌だと駄々を捏ねる始末。 ……こんなに甘えん坊だったか?



月曜日、俺が会社に出勤しようとすると

「圭介さんの会社にウチも一緒に行く」

と言い出した。

いやいや、刹那さんや。貴女も仕事が在るでしょうが。

「刹那も仕事があるだろ? 刹那の仕事を頑張っておいで」

「……嫌だ」

「え? 今何と?」

「やだ。ウチ仕事行きたくない。ウチずっと圭介さんと一緒に居る。圭介さんの会社に一緒に行く」

いやいや、それは駄目でしょ?

「駄目だよ刹那? 篠宮さんやスタッフさんに迷惑掛ける事になっちゃうからね?」

俺がそう言うと、刹那は目一杯に涙を溜めて

「やだやだ!! ウチは圭介さんと片時も離れたく無いの!! 圭介さんと一緒に行くんだもん!!」

と駄々を捏ね出した。

……何なんでしょうねこの可愛い生き物は。 刹那の駄々を捏ねる姿を見ていたら、俺は刹那を離したくなくなってくるじゃないか。

いやいや、そこは自重しよう。俺は刹那を優しく抱き締めて

「刹那が頑張ってくれるのが俺は1番嬉しいから。それに、刹那の事を待っていてくれる人達が沢山居るだろ? その人達を元気に出来るのは刹那だけなんだからね? 頑張って仕事に行こうね? その人達の為にも、俺の為にも……ね?」

そう言うと刹那は

「……ウチが仕事頑張ったら圭介さんは嬉しいの? だったら頑張る。仕事に行く。圭介さんの為に」

と渋々了承してくれた。 ほっ。良かった。 俺と一緒に居たいだけの為に大事な仕事に穴を開けるなんてあってはならない事だからな。

俺は刹那の支度を手伝い、刹那を仕事に送り出す。 玄関から出る迄に何度も俺の方を振り向き切なそうな顔を見せる刹那を笑顔で送り出した後、俺も自分の会社に出社した。 あの切なそうな顔を思い出すと胸が苦しくなるな。


出社し、自分のデスクに座り仕事の準備をしていると、後から赤坂が声を掛けてきた。

「お? どうした丹羽。 朝から疲れた顔をしてるけど。何かあったのか?」

「赤坂おはよう。実はな、刹那がなかなか俺から離れてくれなくて」

「何かムカつく悩みだな。別に良いじゃないか? 恋人同士なんだし。可愛いじゃないの。彼氏と一緒に居たいなんて我が儘」

「それだけならまだしも、一緒に会社迄来るって言い出したんだ。それは流石にまずいだろ?」

「……それは流石にまずいな。会社内がパニックになりかねん。 しかし……刹那さんってそんな甘えん坊だったか? そんなイメージが全く無いんだが?」

「刹那の誕生日パーティーをしてから甘えん坊になってしまったんだよ」

「ほうほう。甘えん坊になったきっかけがあるのか?」

「……あるんだ。 実は……誰にも言うなよ?」

「言わねーよ。ほれほれ、言ってみろよ」

「分かった。実は俺と刹那は夫婦になったんだ。刹那の誕生日の翌日に婚姻届を区役所に提出して入籍したんだ」

俺がそう言うと、赤坂はポカーンとした顔をして

「……え? 今何と?」

「聞こえなかったか? 俺と刹那は夫婦になったと言ったんだ」

もう1度俺がそう言うと、赤坂は声にならない程の絶叫をする。 まるでガラスを引っ掻いた様な声を挙げていた。

俺は慌てて赤坂の口を押さえる。

「馬鹿お前!! 何て声を出してるんだ!」

「お、おおお! お前! 今滅茶苦茶大変な事をさらっと言いやがったな!! 刹那さんと夫婦になっただと!?」

赤坂が俺に早口で捲し立てる。

「ああ。その日にプロポーズもしたしな。それに婚姻届にサインをしないと刹那が不安がって仕方なかったんだよ」

「……お前刹那さんのファンに殺されるぞ」

「そんな事百も承知だ。俺は刹那を世界中の誰よりも愛している。これからずっと死ぬまで護っていくつもりだ」

「……そこまでの覚悟があるのなら心配ないな。素直に俺はお前達2人を祝福するよ。丹羽、おめでとう。これから大変だと思うけど頑張れよ。俺で良かったら幾らでも力貸すからさ」

「ああ。ありがとう。お前にそう言って貰えると嬉しいよ」

俺達はお互いの拳をコツンと合わせ笑い合った。

「で、そのお陰で刹那さんが甘々に甘えだしたと」

「多分そうだと思う」

「……正直羨ましいな」


俺達がそんな事を話していると、何だか急に周りがザワザワしだした。

ん? 急にどうしたんだ? 何かあったんだろうか?

すると、ザワザワしだした場所を見た赤坂がサッと顔色を変えた。

「お、おい! 丹羽、あそこを見ろ!」

「急にどうしたんだよ? あそこに何が……」

赤坂が指を指す方向に目を向けると、そこには何か巾着袋を持った刹那が入り口に立って周りをキョロキョロしていた。

そして俺の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべて走り寄ってくる。 そして一言

「来ちゃった♡」

















あれ?おかしいな? 確かに俺は刹那を仕事に送り出した筈だ。 なのに何故此処に刹那が居るんだ?

「刹那、何故此処に? 仕事に行ったんじゃなかったのか?」

そう言うと、刹那は笑顔で

「確かにウチは仕事に行きました。でも、思い出したんです」

「何を思い出したんだ?」

「圭介さんのお昼御飯を準備していない事をです。圭介さんの妻としてお弁当を作るのは当然の事なのに、それを忘れるなんて在ってはいけない事なんです。だから、ウチ急いで引き返してお弁当を作って持ってきたという訳ですよ♪」

……確かに俺は昼飯の準備をせずに出社した。だって、昼飯はどこかの定食屋で食べるつもりだったからだ。

俺と一緒に居たいという願いがあった刹那にとって絶好の機会だったのだろう。

「だから圭介さん、はいお弁当♡ 一生懸命作りました♡」

刹那はニコニコした顔で俺に弁当が入った巾着袋を手渡してきた。

「あ、ありがとう刹那。嬉しいよ」

俺は刹那の頭を優しく撫でる。

「えへへ♡ これからもウチが圭介さんの為に腕によりを掛けてお弁当を作りますから。期待していて下さいね♡」

刹那はそう言ってフニャリと笑った。

……控えめに言っても俺の嫁は最高に可愛いです。

この光景を見ていた周りの男性社員から嫉妬と羨望の表情が伺えた。そして怨嗟の声もどこかから聞こえてきた。 

「くそ!丹羽の奴! 見せつけやがって!」

「この瞬間に独身男性を全員敵に回したぞあいつは!」

「て言うか、丹羽はいつ結婚したんだ!? あいつもついこの間までは独身だった筈なのに!?」

「滅茶苦茶可愛いくて綺麗な嫁さん捕まえやがって!俺にも紹介しやがれ!」

「でも丹羽の奥さんって何処かで見た様な……」


そんな声が飛び交う中、刹那が男性社員達の方を向いて

「いつも主人がお世話になっております。妻の刹那と申します。まだ結婚して3日程しか経っていませんが、主人共々よろしくお願いいたします」

と言って深々と頭を下げた。

「「「「は、はい! 勿論です! こちらこそ丹羽君にはお世話になっております!」」」」

と男性社員達が一斉に刹那に向かって頭を下げてきた。

うわぁ……何だか異様な光景だなぁ。

「丹羽君」

不意に俺は後から肩を叩かれビックリした。 後を振り向くと、そこには総務部長がニコニコしながら立っていた。

「総務部長、おはようございます。どうしたんですか? 営業部に何か?」

「いやね、廊下を歩いていたら君の奥様にバッタリ出会ってね。営業部が何処か分からなかったみたいだから案内してきたんだ」

「妻が御迷惑をお掛け致しました。ありがとうございます」

「で、丹羽君。さっきの話を聞いてしまったんだが、歓迎会の時君達はまだ結婚していなかったんだね。奥様から声を掛けられて挨拶したんだけど、君を立てる喋り方だったから私はてっきり結婚していると思っていたよ」

どんな喋り方をしたんだろう。とても気になる所だ。

「あ、はい。あの時はまだ同棲中でした。籍を入れたのは5月6日です」

「じゃあ結婚式はまだ?」

「結婚式は彼女の用事がすべて終わってからにしようと思っていますので。その時は宜しくお願いいたします」

「ん。了解だよ。ご祝儀は弾むからね。何せ、奥様のお陰で家族からの株は爆上がりしたからね♪」

そうか。カーナビと刹那のライブチケットを交換したんだった。

「それじゃあ私は失礼するよ。あっ、それとなるべくで良いから部外者は社内に入れない様にして下さいよ。社内には機密事項もあるからね」

総務部長は俺に笑い掛けながら営業部を去っていった。 すみませんでした。

「じゃあ刹那、そろそろ仕事に戻りな。弁当ありがとうな」

俺は刹那にそう声を掛けた。 その途端刹那の表情が曇り

「……圭介さんはウチが此処にいたら迷惑? ウチの事嫌いになったの?」

と上目遣いで俺に訴えてきた。

ぐっ! 刹那、その表情と言葉は反則だろ!?

「そ、そんな事は無いさ」

「じゃあもう少しだけ居ても良いでしょ? ね?」

「で、でもさ、刹那が居ないと篠宮さんやスタッフの方々が困るだろ? 皆に迷惑掛けちゃいけないと俺は思うぞ?」

「う~っ! 圭介さんの意地悪。ウチは圭介さんとずっと一緒に居たいだけなのに~」

少しだけ泣きそうな顔をして俺に " 此処に居たいアピール " をしてくる刹那。

だ~か~ら~! その表情と言葉は反則だって!

そんな刹那を相手に困っていると

「失礼致します! 此方に由井さんが……ってやっぱり此処に居た! 刹那! こんな所で何してるの! 丹羽さんに迷惑掛けちゃ駄目でしょ! さぁスタッフさんが待ってるから行きますよ!」

突然営業部に入ってきた美人さんが刹那の姿を見つけて刹那に説教を始めた。

刹那のマネージャーの篠宮さんだ。どうやら刹那を迎えに来たみたいだ。

「し、篠宮さん!? 何故ウチの居場所が分かったの!?」

「分からない訳無いでしょうが! 刹那が居なくなった時は部屋か丹羽さんの元と決まっているからね!」

「流石私のマネージャーさん。良くお分かりで……」

俺は2人のやり取りを聴きながら苦笑いをするしかなかった。

「さぁ刹那。篠宮さんが迎えに来てくれたんだから、大人しく仕事に行きなさい」

「え~っ! でも~!」

「このまま仕事に大人しく行ったら、帰ったら刹那にご褒美をあげるから。ね?」

「……ご褒美……圭介さん、ご褒美って何でも良いですか?」

「俺が出来る事の範囲でお願いします」

「……分かりました。ウチ大人しく仕事に行きます。でも、絶対ご褒美下さいね! 約束ですからね!」

「ああ。約束だ」

刹那は俺と約束(指切りげんまん)をした後、篠宮さんに連れられてスタジオに向かっていった。

昼休み迄に同僚に滅茶苦茶からかわれたり、怨嗟の言葉を投げ掛けられた事は言うまでもない。

ちなみに刹那が作って持ってきてくれた弁当は滅茶苦茶美味しかったと言っておこう。














第18話

今俺は有給休暇を利用して刹那の故郷に来ている。何の為かって? それは、刹那とは籍を入れて夫婦になったのだが、まだ刹那の御両親に許しを貰っていないので、許しを請う(お義母さんには了解を得ているのだが、お義父さんにはまだなのだ)為だ。

空港に着いてからの印象は成田とは違って穏やかな感じだなと思った。 噂に聞いていたミカンジュースが出る蛇口はなかった。あれはこの県のPRを兼ねての期間限定だったみたいだ。 あったら試して見たかったのに残念だ。

空港からタクシーを拾って駅まで向かう。 タクシーの運転手さんによると、東京よりこちらの方が車を走らせ難いらしい。 東京は車の量は滅茶苦茶多いが、マナーは良いらしい。こちらで初めてタクシーを運転した時、割り込みが凄くて事故をしそうになった事が多々あったとの事だった。 まぁ、馴れてしまえばどうって事無いらしいが。 こちらで運転する事は無いとは思うけど、もし運転する機会があれば気を付けて運転したい。事故を起こすのは嫌だからな。

駅に着いてから時間を確認する。 刹那の御両親にご挨拶に行く迄にはまだ若干余裕がありそうだ。

よし、折角だから観光と洒落こもうか。

先ずは……お? 街中にでっかい観覧車が見えるな。 よし、あの観覧車がある所に行ってみようか。

俺はパンフレットを見ながら街中を走る市電を使い観覧車がある場所へ向かった。

観覧車がある場所に着いて驚いた。観覧車はデパートの屋上にあった。 近くで見るとやっぱり大きな観覧車だなと思った。 観覧車に乗る為の料金を支払い観覧車に乗り込んだ。

……凄いな。 観覧車が頂上まで上がると、街が一望出来た。 これは皆に見せてやりたいな。そう思った俺はスマホを取り出してカメラ機能を起動させ、1番風景が良いと思う場所で窓にへばりつき連写した。

多分地元の人が見たら滅茶苦茶変なおっさんが写真ー撮っていると思われる光景だっただろうな。 だって、1人で " スゲースゲー! " って言いながら観覧車の窓にへばりつき連写しているのだから。 俺が地元民だったとしてもそう思っただろうな。

空からの絶景を堪能した俺が次に向かう場所は、日本最古と言われている温泉だ。 外観がらしても壮大だなと思う場所だった。 ただ、只今改装中で本来の建物の姿が観られなかったのが残念でならない。

お? 改装中でも入浴は出来るみたいだな。 これは是非にも入浴して行かないとな。

入浴料金を払い いざ浴場へ!

浴場も俺好みの内装だ。俺はゆっくりと身体を洗って浄め、お湯がたっぷり張られた浴槽に浸かる。

「ふぁあああ~!」

お湯に浸かった途端思わず声が漏れてしまった。

おっと、いかんいかん。 俺は周りをキョロキョロするが、誰も俺を見ている人は居なかった。 そりゃそうだろう。皆俺と同じリアクションを取っていたのだから。 それだけ此処の温泉は最高だという事なのだろう。

俺は心いく迄温泉を楽しみ、お風呂から上がった。 そして心から思う。 ビールも良いけど、やっぱりお風呂上がりの牛乳は最強だと!

温泉宿を後にした俺は、暫く辺りを散策する事にした。

あの有名な正岡子規が所縁の記念館を訪れ、中に入って感動したり、ロープウェイを使って登った先にあるお城を見学したり。

そう言えば、観覧車があった場所の近くに刹那が通った高校が在るらしいな。 17歳の時にスカウトされ東京に上京したから約1年間だけらしいけど。 観覧車に乗った時に見ておけば良かったかな? まぁ俺がジロジロ見ていたら間違いなく警察を呼ばれる案件だろ? 行かなくて正解だ。

ちなみに此処の県には紫電改を展示してある場所や、日本一長い廊下で雑巾がけをしてタイムをきそう場所や、室内アスレチックがあるショッピングモールがあるらしい。 時間が足りないので今回は行けないが、いずれは行ってみたいと思っている。

俺は腕時計で今の時間を確認する。

……そろそろ良い時間だな。移動するか。

俺は刹那の実家がある場所まで移動する事にした。

お気付きの人も居ると思うが、俺は今1人で行動中だ。

刹那は? と思われただろう。 刹那は仕事の関係上で、夕方に実家に来る様になっているのだ。

で、今が夕方。辺りが少し薄暗くなってきている。

" 今から刹那の実家へ向かおうと思うんだけど、刹那は今何処? "

俺は刹那にメッセージを送った。

すると直ぐに返信が返ってきた。

" 今駅に着きました。 ウチも今から向かいます。 あ~あ。圭介さんと一緒に観光したかったなぁ…… "

確かに刹那と観光出来たら楽しかっただろうな。 地元の人しか知らない隠れスポットを案内してもらったり、刹那しか知らない穴場とかを紹介してもらったり。

まぁ、俺達は夫婦なんだ。これからいくらでも機会はあるさ。 焦る事は無いよな。

刹那の実家は某大学の近くにある。 その某大学の近くに来た時、タイミング良く刹那からメッセージが届いた。

" 今家に着きました。圭介さんは今何処ですか? "

" 俺も近くに居るよ。合流して挨拶に行こうか "

刹那にメッセージを送り、少し歩いた所で刹那と合流した。

さぁ、刹那の御両親にご挨拶といこうか。

……ううっ。緊張するな。











「緊張するな。 こんなに緊張したのは大学の入試以来だよ」

俺は今刹那の実家の玄関口に立っている。 刹那の実家は2階建ての普通の家だ。 刹那がもっと立派な家に建て替えようと提案したみたいだが、両親が家の建て替えを拒否したらしい。

" 子供の稼ぎに頼りたくない。子供から搾取する程落ちぶれていない "

との事。 物凄く立派な御両親だと思う。 世の中の毒親達に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい程だ。

「お義父さんがキレたらどうしよう……」

俺がボソッとそう言うと、横に居た刹那が

「お父さんがキレたらウチがキレ返しますから大丈夫! 十中八九大丈夫だから安心して下さいね♪ お父さんは婚姻届に署名をしてくれているのだから、認めてくれていますよ」

と能天気な感じで微笑んできた。

……そうだと良いんだが。

お義父さんは市役所に勤めているから、帰宅時間は18時頃になる。だから今の時間が丁度良い時間なのだ。ちなみにお義母さんは専業主婦であり、いつも家に居るらしい。

俺は緊張したまま " 由井 " の表札の下にあるインターフォンを震える指で押した。

" ピンポーン "

チャイムが家の中に鳴り響く。

「は~い♪ 少し待ってくださいよ~」

家の中からパタパタというスリッパの音と共にお義母さんが出迎えてくれた。

「圭介さん、久しぶりやね。元気にしてた?」

「はい。お陰様で。お義母さんもお元気そうで何よりです」

「堅苦しいのは無しにしようや。私らもう家族やろ? さぁ上がって頂戴。お父さんも中で待っとるけん」

お義母さんに促され、俺と刹那は家の中に入った。

「お、お邪魔致します」

「たっだいま~♪ お母さん、今晩の御飯はな~に?」

「全くもうこの娘は。帰ってきた途端に御飯の話? あんたは昔からそう。全然変わらんね」

「良いやん別に。ウチの勝手やん」

「あんた……いつまでもそんなんやと、いつか圭介さんに愛想尽かされて離婚されるよ?」

お義母さんがボソッとそう言うと、刹那の身体が ビクッ! と震え、俺の方へ振り向き

「圭介さん! 離婚なんてしませんよね!? 愛想尽かすなんてありませんよね!? ウチ、圭介さんが居なくなったら生きていけない」

滅茶苦茶狼狽えて俺に詰め寄ってきた。

「大丈夫だよ刹那。俺は刹那とは何があっても離婚しないから。愛想尽かすなんてあり得ないから。 むしろ愛想尽かされてしまいそうなのは俺の方だから」

俺が苦笑混じりでそう言うと、刹那は勢い良く首を横に振り

「ウチが圭介さんに愛想尽かすなんてこの世が終わってもあり得ない事です! ウチは死ぬまで いえ、死んでも圭介さんの妻です! ずっとずっと一緒です!」

「刹那……」

「圭介さん……」

俺達は見つめあい、徐々にお互いの顔を近付けていき……

「ゴホンゴホン! 仲が良いのは分かったから、そういう事はウチが居ない所でやってくれんかな?」

お義母さんの言葉を聞いた俺は我に返り、慌てて刹那から離れる。 危なかった~

一方刹那は

「後ちょっとで圭介さんとキス出来てたのに~! お母さん何で邪魔するん!」

とお義母さんを怒っていた。そんな刹那をお義母さんは華麗にスルーしていた。 流石お義母さんだ。

そしてお義母さんに促されるまま俺達は奥のリビングに移動する。 リビングにはお義父さんが椅子に座っていた。 笑顔で。

" 由井公宏《ゆいきみひろ》 "  お義父さんの名前だ。 初めて刹那が俺の所に来た時に持っていた婚姻届に署名をしていた人だ。

お義父さんは中肉中背で、黒髪短髪。眼鏡を掛けていてとても優しそうなダンディーな人だ。 俺も将来お義父さんみたいな歳の取り方をしたいとふと思った。

「やぁいらっしゃい。君が丹羽圭介君だね? 娘の刹那がいつもお世話になっているね。 ふんふん。確かに刹那が言う通りの良い男だね。刹那が惚れるのも解る気がするよ。 まぁ座りなよ。立っているのはしんどいでしょ?」

俺はお義父さんの言われた通りにリビングの椅子に座った。 ヤバい。手汗が半端ない。

「圭介君、リラックス。リラックスして話をしようね。緊張していちゃまともな話は出来ないから……ね?」

お義父さんにそう言われるが、リラックスなんて出来る筈がない。 何故かって? それは……お義父さんからのプレッシャーが物凄いのだ。 優しく微笑んではいるが、お義父さんから溢れる威圧感が半端ない!

ヤバい。手汗だけじゃなく背筋にも冷たい汗が……。

「で、圭介君? 君は此処に何をしに来ているんだい? 教えてくれないかい?」

お義父さんの言葉を聞いて俺は慌てて答えた。

「はっ! そ、そうでした。俺…じゃなかった。私はお義父さんに刹那さんとの婚姻を正式に認めて戴きたいと思いまして……お義父さんやお義母さんにご挨拶もせず、結婚式も挙げずに入籍を先にしてしまい、大変申し訳ありませんでした。でも、私は半端な気持ちで刹那さんと結婚した訳じゃありません! 私は心から刹那さんの事を愛しています! 必ず刹那さんの事を私の全てを掛けて幸せにしてみせます! だからどうか刹那さんを私に下さい! お願いいたします!」

俺は椅子から立ち上がり、土下座をしてお義父さんに自分の正直な気持ち・思い・決意を誠心誠意伝えた。

リビングに沈黙が流れる。

……どの位の時間が経ったのだろうか。

5分? いや10分? いや、もっとかも知れない。

俺は土下座したままお義父さんの返事を待った。 お義父さんの返事があるまでこの格好を崩すつもりは無い。

すると俺の目の前に気配を感じた。そして肩を叩かれる。 俺は恐る恐る頭を上げた。

俺の目の前にはお義父さんの姿があった。

お義父さんは

「うん。良いよ♪ 刹那の事宜しくね♪」

お義父さんは笑顔でサムズアップをしていた。

俺は安堵からその場に崩れ落ちてしまった。











「さてと、圭介君。その体制も辛いだろ? そろそろ椅子に座ったら?」

……お義父さん。力が抜けて立てないんですよ。

「ありゃ? もしかして立てないの?」

……その通りです。お恥ずかしながら。

俺は笑いながら手を差し出してきたお義父さんの手を掴んで引き起こしてもらった。

「……お父さん。ウチ、全力でお父さんの事シバいて良いかな?」

いつの間にかお義父さんの後に居た刹那がこめかみをヒクヒクさせながらお義父さんにそう言ってきた。

「何故に!? お父さんのちょっとしたお茶目なのに!?」

「喧しいわ!! 圭介さんにこんな事して許されると思ってるの!?」

おおぅ……刹那の表情はさながら般若の様だ。

俺が怒られている訳じゃないのだが、何故か背筋に寒気が走った。

刹那に怒られているお義父さんはしゅ~んとなって凹んでしまった。

「まあまあ。せっちゃん、お父さんも悪気があった訳じゃ無いんだから、許してあげたら?」

お義母さんが朗らかな笑顔で仲裁に入った。

「そ、そうだよ! お父さんは圭介君がどんな人なのかを確かめる為にだね」

「あぁん? 何だって?」

「……すみませんでした」

……お義父さん。どこもやっぱり男って立場弱いですよね。分かります。

それから俺達はリビングの椅子に座って談笑をした。

……そうだ。手土産を渡すのをすっかり忘れていた。

俺は持ってきた紙袋をお義母さんに手渡す。

「これ、つまらない物ですが、宜しければ」

「あらあら。これはご丁寧にどうもありがとうね。失礼だとは思うけど、中身を見ても良いかしら?」

「どうぞ」

お義母さんはプレゼントを貰った子供の様にウキウキしながら俺が渡した紙袋の中身を開封した。

中身は神奈川名産のイチゴラング・ド・シャだ。

喜んで貰えれば良いのだが。

「あらあらまあまあ。ウチ、お菓子大好きなんよ。特にイチゴ味が好きで。 ありがとうね圭介君♪」

「喜んで貰えて何よりです。お義母さんはイチゴ味が好きなんですね。私はてっきり刹那と同じで抹茶味が好きかと思いました」

「あら。何でそう思ったん?」

「いや、娘の好みは母親に似ると思ってましたので。うちの妹の好みが母の好みと同じだから」

「そうなんだ~。ウチは皆好みの味が違うんよ。ウチはイチゴ味 お父さんはチョコレート味 この娘が抹茶味 彼方がチーズ味が好きだからねぇ」

おお。見事に皆の好みがバラバラだな。 これなら喧嘩にはなりそうにないかな。

それから皆で和気藹々と話をして、気付いたら夜も遅くなっていた。

「じゃあ私はこれで失礼致します。ホテルを予約していますので」

俺はお義父さんとお義母さんに頭を下げる。

「え~っ!? 圭介さん此処に泊まるんじゃなかったんですか~!? ウチはてっきり此処に泊まるんだと思ってました」

「流石にそこまで甘えられないよ。刹那は久々の実家だろ? ゆっくりしておいで」

「でも……圭介さんはホテルに行くんですよね? だったらウチも」

「俺の事は良いから。刹那はお父さんとお母さんに甘えたら良いよ」

俺は刹那の頭を優しく撫でて微笑んだ。

「圭介さんがそう言うなら…そうさせて戴きます。圭介さん、気を遣ってもらってありがとうございます」

「では私はこれで失礼します」

もう一度挨拶をして玄関に向かおうとした時

「圭介君、ちょっと待って貰えるかな?」

突然お義父さんに声を掛けられた。 なんだろう?

「はい。どうかされましたか?」

「実はね、圭介君にお願い事があってさ。君からしたら凄く嫌なお願い事だとは思うんだけど良いかな?」

お義父さんは両手の指を鳴らしながらそう言ってきた。

あっ……察した。 まぁ仕方無いかな。 でも……痛そうだなぁ。 でも此処で誠意を見せないとな。

「はい。いつでもどうぞ」

「ありがとう。本当はしたくは無いんだけどね。ケジメかな」

……絶対嘘ですよねお義父さん。だって、お義父さんの顔がやりたくてやりたくて堪らないみたいな顔してますもん。

俺は自分の丹田に力を入れて衝撃に備える。

刹那とお義母さんはいきなりお父さんが俺に何をするつもりなのかと戸惑っていた。

「それじゃ……行くよ!」

「はい! お願いします!」

お義父さんは拳で思いっきり俺の腹……じゃ無くて右頬を殴り付けてきた。

バキッ!!

……いっ! つぅっ! 腹かと思って腹部に力を入れたんだけど読みを外したな。 でも堪えたぞ!

俺の右口角から少量の血が流れた。

「……ありがとうございます」

「……こちらこそ。これでケジメは着いたね。今度こそ刹那をよろしく頼むね」

「はい! 任せて下さい! 全力で幸せにしますので!」

俺とお義父さんは顔を見合せニヤリと笑い合った。

するとお義父さんの肩を後からポン!と刹那が叩いた。

「ん? なんだい?」

お義父さんが刹那の方に振り向くと、刹那が

「ワレ! 圭介さんに何をしとんじゃ! ぶち殺すぞゴラァ!」

と言いながらお義父さんの顔に渾身のストレートを入れた。

「グハァ!?」

鼻血を吹きながらよろけて倒れるお義父さん。

倒れたお義父さんに更に追撃を加えようとする刹那。

「ワレゴラァ! 死ぬ覚悟は出来てんだろうなぁ!! 往生せいやぁ!!」

そんな刹那を俺は慌てて止めに入った。

「待て待て! これは俺も了承済みなんだから! 落ち着け刹那!」

俺は刹那を羽交い締めにして動きを封じる。

「圭介さんが殴られたんですよ!? 落ち着ける訳が無いでしょう!?」

俺は必死でバタバタと暴れる刹那を何とか宥めるのに成功した。

その間のお義父さんはというと、倒れ込んだ所を般若の形相のお義母さんにしこたま蹴られていた。

滅茶苦茶カオスな状態になってしまった。




あれから色々あって(刹那とお義母さんを必死で宥め)お義父さんが眼を覚ます迄俺が介抱していた。

お義父さんの意識も戻り一安心した所で俺はホテルへ移動した。 そして次の日、俺と刹那は東京へ戻った。 お義母さんから色々お土産(ハ○ダ栗タルトと○ンジュースと母○夢を袋に一杯)を戴いた。 お義母さんからは " またゆっくりいらっしゃい " と笑顔で言われ、俺は深々とお辞儀をして " また来ます " と笑顔で答えた。

今回の刹那の故郷に来た事は、俺にとってかけがえの無い経験と思い出になった。


東京に帰ってから数日が経った。 刹那も俺も忙しい毎日が続いている。

ある朝の事。 今朝は何故か刹那の様子がおかしい。 何かそわそわしているみたいだ。

俺は不思議に思い

「刹那、どうしたんだ? 何か落ち着かないみたいだけど?」

と何気なく刹那に聞いてみた。 すると刹那は

「今日はとても大切な事があるんです。だから落ち着かなくて……。 あっ! 圭介さん、お昼休みは何時からですか?」

「? 12時からだけど? それがどうしたんだ?」

「12時からですか……あれが12時半からだから……圭介さん、12時半からテレビって観れますか?」

「社員食堂のテレビなら観れると思うけど?」

俺がそう答えると、刹那の表情がパッと明るくなり

「圭介さん! お願いがあります! 12時半に必ず○○テレビを観てください!」

と言いながら俺に顔を近付けて来た。

「わ、分かったよ」

「必ずですよ!? 忘れたら嫌ですからね!?」

「了解だ。必ず観るから」

「えへへ。12時半になるのがかなり楽しみになってきました♪ 圭介さん、んっ♡」

刹那はそう言って眼を閉じた。 はいはい。

チュッ

俺はそっと刹那の唇にキスをする。

「やっぱり圭介さんとキスするのは最高です♡」

そう言って刹那はもう一度俺の唇にキスをしてきた。


刹那を仕事に送り出してから俺も会社に出社する(勿論刹那お手製の弁当は持って)。

営業に出掛けそして昼休み。俺は急いで会社に戻り、社員食堂の一角(設置してあるテレビが良く見える場所)を陣取る。 そして無理を言ってチャンネルを○○テレビに合わせてもらう。

ん? 何やら映っている映像には長テーブルと一杯のマイクが並んでいる。 そして手前に報道機関の人間が沢山座っている。

何だ?何が今から始まるんだ?

ざわざわとする中、控え室らしき所から刹那と篠宮さん、そして見た目とても優しそうな初老の男性が現れた。

ん? なんだろう? 何か違和感を感じるのだが?

違和感の正体は直ぐに分かった。 刹那の姿に違和感を感じたのだ。

刹那はいつも人前に出る時は黒髪のヴィッグと黒のコンタクトレンズを着用しているのだが、今テレビに映っている刹那はそれを着用していない。 綺麗なブロンドの髪と青い瞳のままだった。

どうした!? 何があったんだ!?

すると周りに居た俺の同僚や同じ部署の人達がざわざわとしだした。

「あれ……テレビに映っている人、丹羽君の奥様じゃないか?」

「絶対そうだ!」

「あの人って " 由井刹那 " だよね!? 私大ファンだから見間違える訳無いもん! でも、刹那さんって確か黒髪で黒い眼だった様な……」

周りに居る社員達がそんな話をしだした時、社員食堂に赤坂が勢い良く入ってきて、俺の姿を見つけると物凄い勢いで駆け寄ってきた。

「おい丹羽! 何で刹那さんが普段通りの格好でテレビに映っているんだ!?」

「や、俺にも分からん。確か刹那がこの時間にこのチャンネルを観ろって言ってたから観に来たんだが」

そんな話を赤坂としていると

『只今より由井刹那さん 結婚発表について会見いたします』

とのアナウンスがテレビから響いてきた。

け、結婚発表だと!? 知らないぞそんな話は!?

俺はテレビから流れてきた結婚発表の言葉に驚いた。

当然赤坂も驚いている。 周りの社員達も同様だ。


『では、初めにいつ御結婚される御予定でしょうか?』

司会進行の人が言葉を切り出す。そして刹那が嬉しそうに答えた。

『はい。私のドームツアーが全て終わってから式を挙げる予定です。 あっ、言い忘れていましたが、もう既に入籍は済ませています』

刹那の言葉に報道陣がざわついた。

『に、入籍されたと言われましたが、いつ入籍を?』

『はい。私の誕生日の翌日に2人で区役所に婚姻届を提出いたしました』

満面の笑顔でそう答える刹那。

カメラのフラッシュとシャッター音が会場内に響く。

『で、では、御相手は』

『はい。一般企業に勤めている人です』

『1時期 俳優の○○さんとの噂もありましたが』

司会者がそう言うと、刹那は滅茶苦茶不機嫌な顔をして

『その話は根も葉もない嘘です。その○○さんとは関わった事もありません。 私はあの人一筋ですので。あの人が誤解する様な発言は控えて戴けますか? 凄く不快ですので』

怒りを顕にする刹那。

『た、大変失礼いたしました。 つ、次の質問ですが、その男性との馴れ初めを教えて戴けますか?』

『はい。私が海で溺れている時に私を助けてくれたのが彼でした。彼は名前も告げずにその場を去ってしまいました。 私はその時意識が無かったのですが、その話を友人から聞いて、失礼とは思いましたが、彼の住所を調べて彼にお礼を言いに行ったんです。その時彼を一目見て、私は彼に一目惚れをしたんです』

食堂にいた同僚の顔が一斉に俺の方を見た。 何だか居心地が悪いな。

『プロポーズは』

『私からです。でも、彼は私のプロポーズを1度保留にしたんです。お付き合いをしてお互いを知ってからにしようと。私は承諾しました。そしてお付き合いをかさねて互いを本当に好きになり、私の誕生日についに彼が私にプロポーズをしてくれたんです』

刹那は自分の指に輝く結婚指輪を報道陣に見せた。

『私は彼と出会い、恋をして、彼を愛し、結婚しました。今とても幸せです♡』

本当に幸せそうな表情を浮かべる刹那。

俺の視線はテレビに釘付けになっていた。




『由井さん、その髪色と瞳の色はイメージチェンジですか?』

『いいえ。元々私は金髪で、眼の色は青なんです。母がアメリカ人なので遺伝ですね』

『何故今まで黒髪と黒い瞳にしていたんですか?』

『そうですね。皆と違う色だったら悪目立ちしてしまいますから』

『それでは元々の色に戻した理由は?』

『それは、彼が素の私を愛してくれているからです。彼が素の私を愛してくれていますから、もう偽りの私を出す必要は在りませんよね?』

刹那のその言葉の後に1人の社員が俺の元にやってきて

「丹羽さん。丹羽さんの奥さんって…今テレビに映っている人ですか?」

「ああ。そうだよ」

俺は隠さず素直に答えた。

俺の言葉に社員食堂内は騒然となった。

「やっぱり俺の眼は節穴じゃ無かったんだ! 奥さん来た時にどこかで見た顔だと思ったんだよな!」

……ドルオタですか?

「おい丹羽! お前どうやって芸能人 それもトップアイドルを落としたんだよ! 俺にもそのコツを教えてくれ!」

……コツ? そんな物は知らん!

「歓迎会の時にいたよね!? しまった! アピールしとくんだった!」

……アピールして何をするつもりだったんだ?

「何処で知り合ったんだ!? もしかして弱みでも握っているのか!?」

……こいつ殴って良いか?

とにかく色々聞かれてウザくなってきたぞ。

そんな時、社員食堂にやってきた総務部長に俺は手招きされた。

「皆、総務部長に呼ばれたから行ってくる。話はまた後だ」

俺は手招きする総務部長の元に移動した。 正直助かった。皆が絡んできて滅茶苦茶ウザかったからな。

「お呼びでしょうか?」

総務部長の所に行き俺がそう答えると、総務部長は満面の笑みを浮かべて俺の肩を叩いた。

「丹羽君、今テレビの会見観たよ。君の奥さんあの 由井刹那さん だったんだね?」

「はい。隠すつもりは無かったんですが」

「いやいや、怒っている訳じゃ無いんだよ。むしろ私は嬉しいんだ」

え? 何が嬉しいんだろうか?

「あのトップアーティストの由井刹那さんが歓迎会の時に私に話し掛けてくれたんだからね。孫に自慢出来るというもんだよ」

あっそうなんですね。

「しかもあの時私の事を " 様 " 付けで呼んでくれたんだから。もう最高だよ。 チケットだって本人が手渡ししてくれたんだから」

カーナビと交換した時ね。

「ねえ丹羽君、孫に自慢しても良いかな? うちの社員のお嫁さんがあの由井刹那さんだって」

「別に構いませんよ。秘密にする理由が無くなったんで」

「ありがとう! これで " お爺ちゃん凄い! " をGET出来るよ!」

そう言って総務部長は立ち去って行った。

是非 " お爺ちゃん凄い! " をGETして下さい。


総務部長との会話が終了し、テレビの前に戻ってきたのだが、もう記者会見は終了していた。

その後営業部に戻った俺は当然の如く質問攻めにあった。

もう少しで就業時間になる時に

" ピンポンパンポン…… 営業1課 丹羽圭介さん 社長室に御越しください。 ピンポンパンポン…… "

いきなり呼び出しを喰らってしまった。 特に悪い事をした覚えはないのだが。

「丹羽、お前一体何をしたんだよ? 社長直々に呼び出しなんて」

「俺は全く身に覚えが無いんだよな……」

赤坂に心配されてしまった。 俺は赤坂に " 心配してくれてありがとう。 行ってくる " と伝え、営業部を出た。

俺はそのまま重い足取りで社長室へ向かった。


そして社長室の前に着き、社長室の扉をノックする。

" どうぞ "

中から入室の許可が出た為、俺は扉を開けて " 失礼します " と声を掛けて中に入る。

「丹羽です。何か御用でしょうか?」

俺の前には社長が座っている。

何故か社長は何も喋ろうとしない。

……沈黙が続く。 く、空気が重い……。

ある程度沈黙が続いた後、社長がおもむろに口を開いた。

「……丹羽君。確か君の奥様はあの " 由井刹那さん " だったよね?」

「は、はい。その通りです。それが何か……」

俺がそう答えると、社長が椅子から立ち上がり俺に詰め寄ってきた。

「やっぱりあの時の美人さんは由井刹那さんだったのか! 通りで何処かで見たことがあると思ったんだ! 私の気のせいじゃ無かったんだね」

どうやら社長は歓迎会の時の事を言っているみたいだ。

「は、はい。その節は大変失礼いたしました」

「失礼だなんてとんでもない! 実は私は彼女の大ファンなんだよ! そうと分かっていたらちゃんと話をしておくべきだったよ! 勿体無い事をした!」

社長は滅茶苦茶興奮した様子で俺に話し掛けて来ている。 流石刹那だ。老若男女ファンの幅が滅茶苦茶広いな。

「し、社長、落ち着いて下さい」

俺がそう言うと、社長はハッとした感じで平静を取り戻した。

「こ、これは失礼した。年甲斐もなく興奮してしまった」

「お気になさらないで下さい。で、ご用件は」

俺の問いかけに社長は " ゴホン " と咳払いをした後

「丹羽君、君に頼みがあるんだ」

「はい。頼みとは」

社長は机の引き出しから色紙を取り出してきて

「奥様にお願いしてサインをして貰ってくれないだろうか?」

俺は思わず転けそうになってしまった。 そんな事の為に社内アナウンス迄して呼び出しを喰らったのか俺は!

「分かりました。刹那からサインを貰ったら良いんですね。その位お安い御用です」

俺がそう答えると、社長はとても嬉しそうな顔をして

「ありがとう! それじゃあよろしくお願いするよ!」

と言って俺の手を握ってきた。

……社長、滅茶苦茶手が痛いっす! 力強えこの人!

俺は色紙を社長から受け取って社長室を後にした。

さてと、マンションに帰ったら刹那を詰問しないとな。

せめて会見の事は教えておいて欲しかったな。











~篠宮side~

……はぁぁぁぁ……。 最近物凄く忙しいの。

主に刹那の事についてなんだけど。

刹那ってば、自分の誕生日の翌日に勝手に丹羽さんと入籍しちゃうし。 入籍する前に一言位相談や報告が合っても良いと思わない? 普通有るよね? それとも私の考え方が古いの? 違うよね?

入籍の次の日にやっと刹那から電話で入籍の報告があって、報告を聞いた時私の心臓が止まるかと思っちゃった。

『篠宮さん、私昨日圭介さんの奥さんになりました。2人で区役所へ行って婚姻届を提出してきちゃいました♡ てへっ♡』

「てへっ♡ じゃないわよ!? 何してくれちゃってるの刹那!? 貴女自分の立場分かってるの!?」

『? 立場ですか? 圭介さんの奥さんですけど?』

「そうそう奥さん……って違~う!! 貴女は芸能人なの! しかも大切なドームツアーを控えたトップアーティストなの! ar you OK!?」

『? ちょっと何言ってるのか分からないんですが?』

「わざとでしょ! 絶対わざとに言っているよね貴女! 分かるんだからね!!」

『流石篠宮さん。よく分かりましたね』

「……胃が痛くなってきたわ。 後で胃薬を買いに行かなくちゃ……」

『大丈夫ですか? ストレスでも溜まっているんじゃないですか?』

「誰のせいだと思ってるの!?」

『? 誰のせいですか?』

……この娘は本当にもう!

「とにかく、入籍の件は社長に報告入れるからね! 社長に怒られても知らないから!」

『宜しくお願いしま~す♪ 社長に言うの億劫だったんですよね。だって私が何かする時は必ず根掘り葉掘り聞いてくるんだもん社長。鬱陶しくて』

明るい声でそんな事を言ってくる刹那の言葉に私の頭は強烈な頭痛を覚えたの。

いつかこの娘をギャフンと言わせないといけないかな?

私は頭痛薬と胃薬を飲んでから社長室に向かう。

これ、いつか私の頭禿げるかも知れないわね……はぁ。

社長室の扉をノックする。 すると中から " どうぞ~♪ " と軽快な声がした。 私は扉を開けて中に入る。

中には書類の山に眼を通している社長がいた。 社長は見た目物凄い優しそうな初老の男性だ。

社長は私の顔をちらっと見て直ぐに書類に視線を戻した。 そして

「どうしたの? 何かあった雪菜ちゃん?」

「はい。……社長にお話がありまして…」

「OK。この書類に眼を通したら話を聞くよ。どうせ刹那ちゃん絡みでしょ?」

「社長!? 何故分かるんですか?」

「雪菜ちゃんがそんな顔をしている時は十中八九刹那ちゃん絡みだからね」

滅茶苦茶顔に出ていたみたいね。 でも、流石社長だわ。良く分かってる。

私は社長の仕事が一頻りつくまで部屋の隅で待機する。

そして社長の仕事が一頻りついた所で社長に話を切り出した。

「社長、刹那なんですが」

「刹那ちゃんがどうかしたのかい?」

社長は仕事の合間のコーヒーブレイクをしながら私の話を聞く態勢になっていた。

「刹那が結婚しました。刹那の誕生日の翌日に籍を入れたらしいです」

ブー-ーーーッ!!

私の言った言葉を聞いて社長は口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。 わっ!? 汚い!! コーヒーがスーツに掛かった!? 落ちるかなこの汚れ……最悪買い換えしなくちゃ……。

「ゴホゴホゴホッ!! 雪菜ちゃん、今何と!?」

「刹那が結婚し籍を入れたらしいです」

「せ、刹那ちゃんが!? 結婚!? しかももう籍を入れている!?」

「はい。本人から聞いたので間違いないです」

「…………」

社長は机に両肘を付いて碇○ンドウみたいなポーズを取る。 そして

「まっ、仕方無いか♪ OKOK。了解でーす」

私はその場に転けそうになってしまった。

「社長!? 良いんですか!?」

「だって、もう入籍しちゃったんでしょ? じゃあしょうがないじゃん? それに、刹那ちゃんは1度言い出したら私の言う事なんて聞かない娘だから。 で、刹那ちゃんの相手はどんな男性なんだい? 詳しく知りたいな」

私は社長に呆れながら丹羽さんの職業・人柄・経歴を詳しく説明する。

「ふんふん。成る程成る程。雪菜ちゃんの話を聞く通りだったら、刹那ちゃんを任せても何の問題も無いよ♪ 聞く限り誠実そうな人だしね。それに」

「それに?」

「雪菜ちゃんの絶大な信頼を得ているんだから間違いないでしょ♪」

「社長……はい!」

社長が話が分かる人で本当に良かったと思うわ。

「じゃあ雪菜ちゃん? 近い内に記者会見を開かないといけないね」

「記者会見……ですか?」

「そう、記者会見♪」

「刹那の結婚会見ですか?」

「そうだよ♪ 刹那ちゃんにはこれからもっと頑張ってもらいたいからさ、後顧の憂いを失くす為にね」

「……了解いたしました! 刹那にアポイント入れて、日程を調節します! 会見の時は社長も一緒に宜しくお願いいたしますね」

「了~解~♪」

私は社長室を後にした。 ……さて、刹那の為に頑張りますか。 ……本当に胃に穴が空きそう。頭禿げるかも。

そんな事を考えていると、私のスマホの着信音が鳴る。

誰からだろう? 相手を確認すると

" 赤坂修治 "

修治さん!?

私は急いで通話をタップする!

「もしもし修治さん? どうしたの?」

『いや、用事は無いんだけど、ただ』

「ただ?」

『雪菜さんの声が聞きたくなって…ね。迷惑だった…かな?』

「全然!! 修治さんがそう言ってくれてとても嬉しいです!! 私も修治さんの声が聞きたかったから今幸せです♡」

『そ、そう。それなら安心した。雪菜さん、少しだけ話せるかな?』

「はい!喜んで♡」

大変な仕事の前に幸せをチャージ中です♡














第19話

そして7月になり、刹那のドームツアーがスタートした。

刹那はツアーに行く前から

「圭介さんから離れるの寂しい~! やっぱりツアー止める~!」

等と拒否反応を示していたが、俺と篠宮さんの熱心な説得の甲斐があって何とか刹那をツアーに送り出す事に成功した。

まずは福岡 福岡ドームから。 福岡ドームはファンで溢れ、かなり盛り上がったと刹那から夜LINEで報告を受けた。 LINEの画像にはライトアップされた福岡ドームとキャナルシティ福岡の画像が送られてきた。

" 今日の夕食はこちら! " の文字と共に送られてきたのは、福岡 天神の屋台と博多ラーメンの画像だった。 そのラーメンを美味しそうに食べる刹那とスタッフさん達。 俺は画像を見ながら少しだけ笑ってしまった。楽しそうで何よりである。そして、今晩の飯はラーメンにしようと思った瞬間でもあった。

お次は大阪 京セラドーム。 大阪のファンは熱狂的なファンが多くて、少しだけ勢いが怖かったと刹那から報告があった。 しかし、蓋を開けてみれば熱狂的の中にも紳士的な印象も見受けられたとの事だった。(ファンのジャンプ無し 地震対策)

そして刹那からのLINE 第2段の画像は大阪城と道頓堀川の映像だった。

次に送られてきた画像はお好み焼きとたこ焼きの画像。そして粉ものの熱さにやられて悶絶するスタッフさんを指を指して笑う刹那の姿(By篠宮)だった。

……この近辺でお好み焼き売ってた所ってあったかな? 検索掛けてみよう。


次に愛知県 バンテリンドーム。 ○日ドラ○ンズの本拠地だ。 言わずともがなライブは大いに盛り上がりを見せた。 物販が飛ぶように売れたらしい。

そしてお待ちかねのLINE画像は、名古屋城と名古屋テレビ塔。 やっぱり日本男子だからなのか、お城の画像を見るとワクワクする。

そして味噌かつと味噌煮込みうどんの画像が送られてきた。 味噌煮込みうどんは刹那チョイスで味噌かつは篠宮さんチョイスらしい。 個人的にはうどんが美味しそうだ。 ……うどん(カップうどん)でも食べようかな? うん。そうしよう。

次の会場は北海道 札幌ドームだ。 ライブが大盛り上がりしたのは言わなくても分かるだろう。 ここでも物販が飛ぶように売れ、品切れ寸前まで売れたとの事だった。(珍しく篠宮さんからの報告だった)

そして恒例のLINE画像。 送信されてきた画像には、札幌時計台と赤レンガ庁舎が写っていた。 札幌には行ったことがないから少し羨ましい。

そして食事の写真には札幌ラーメンと生ウニが写っていた。

ラーメンを啜り、滅茶苦茶笑顔の刹那が写っている。 そして美味しそうに生ウニを食べるスタッフさん達の姿。

俺はスマホを握り締め声にした。

「……滅茶苦茶悔しい! あのウニ! 滅茶苦茶美味しそうじゃないか! 絶対葡萄酎ハイに合うと思うぞ! そしてあの札幌ラーメン! 羨ましい! ちくしょ~!」

大方スマホを壁に投げそうになってしまった。

……今日の夕飯は回転寿司に行こう。うん。そうしよう。絶対に! そしてウニを食べるんだ!!

俺は財布をポケットに捩じ込んでマンションを出た。 いざ回転寿司!


そしてドームツアー最終の東京ドーム。

俺はドームの中の最前列で刹那の登場を待っている状態だ。

ドームの中はファンで溢れかえっている。物凄い熱気だ。

ドーム中の照明が落ちて中は真っ暗となる。いよいよライブスタートだ。

レーザービームがステージを照らし駆け巡る。そしてステージ奥から刹那の姿が現れた。

「皆~! お待たせ~! 今日がドームツアー最後の東京ドームだ~! 皆盛り上がっていくよ~! 先ずはこの曲からスタートだ~! 付いてきてね~!」

ワァァァァァァァァァァ!!

ファンの大歓声と共にライブがスタートした。

当然俺も大声を張り上げペンライトを振り回す。

それからライブは大いに盛り上がる。 熱気が凄い。Tシャツ1枚(刹那のライブTシャツ)だけしか着ていないのだが、暑くて脱いでしまいそうになる程だった。

そしてライブスタートから約3時間。

「皆~! 私のライブに参加してくれてありがとう~! すっごく感謝だよ~!」

刹那のブロンドの髪が物凄く綺麗に靡く。 青い瞳がとても神秘的に映る。 刹那の素の姿を見せてからは、より一層ファンからの支持を得た。結婚の話はファンにとって滅茶苦茶ショックだったみたいだが、祝福をしてくれたファンが8割を超えたらしい。

刹那のファンは刹那が結婚していてもファンを辞める様な事はしなかったみたいだ。むしろファンが増えた。

「これがラストの曲になるよ~。この曲は私の愛して止まない旦那様が私の為だけに作ってくれた曲で~す! 初公開の曲だよ~! 配信もしてないし、これからも配信する予定は無いからね。 今日限りの曲だから、此処にいる皆はとてもラッキーだよ! じゃあいくよ! To my darling !!」

刹那のラストソングは俺が作曲した To my darling だった。 俺は歌詞を作っていなかったが、刹那がこの日の為だけに作ったみたいだった。 歌っている刹那と目が合った。刹那はとても嬉しそうな顔をして俺に向かってウインクをする。 俺はそのウインクに答える様に小さく手を振った。

歌い終わった刹那は最後のMCを軽くする。 そして大盛況の中ドームツアーの全工程は終了した。


俺は興奮したままマンションに帰り、物販で買ったCDをかけて余韻に浸っていた。 すると

ガチャッ

玄関が開く音がした。そしてリビングの扉が開くと

「圭介さ~ん! やっと帰ってこれました~! 寂しかったですぅ~」

刹那が勢い良く俺に抱きついてきた。

俺は刹那を受け止めて優しく抱き締める。

「お帰り刹那。そしてお疲れ様でした」

「ただいまです圭介さん♡」
















 

ドームツアーも無事終了。刹那お疲れ様でした。

さて、と言う訳じゃないとは思うけど最近刹那の機嫌が滅茶苦茶良い。

自分のスマホを使って何やら検索しながらニヤニヤしたり、テレビの旅番組(海外)を眼を輝かせて食い入るように観ていたり。

多分俺の予想が当たっているのならば刹那は今、俺達の結婚式のプランを練っているのだろう。 スマホを見てニヤニヤしているのは、式場を何処にするのかを選んでいて、その中に自分達の姿を照らし合わせてニヤニヤしているのだろう。

そして旅番組を食い入る様に観ているのは新婚旅行の候補選びだと思う。 以前から刹那は " 新婚旅行に行くなら海外が良いです! " と豪語していたからな。

俺は何気なく刹那に

「気に入った式場は見つかったか? それと旅行先」

と聞いてみた。すると刹那は驚いた顔で

「何でウチが式場と旅行先を探しているのを知っているんですか!? もしかして圭介さんはエスパー!?」

いやいや、そんな訳ないだろ? 誰でも分かるって。刹那の行動を見ていたら。どんな鈍感な奴でも察しがつくと思うぞ。

「で、どうなの? 刹那の御目に止まった場所はあったのか?」

そう聞くと、刹那は満面の笑みで

「ウチ、此処が今の所イチオシなんです! 圭介さん見て下さい!」

刹那はスマホを操作し、画面を俺に見せてきた。

どれどれ……

セン○グレー○大聖堂か。凄く良い場所じゃないか。

「どうですか圭介さん? ウチ、こんな式場に憧れていたんです。 愛する圭介さんと一緒に大聖堂のチャペルで結婚式……ふぁぁ。夢みたいな光景です♡」

「そうだね。俺も凄く素敵だと思うぞ。隣に居る最愛の人が刹那なんだ。俺の方が夢を見てる気分だよ」

俺は一生独身だと思っていた。だって今まで1度もモテた事が無かったからなぁ。それがあの日の出来事がきっかけで刹那と出会い、恋をして、お互いを愛し、結婚って話までになっている。 時々思う。夜寝て次の日目が覚めたら今までの事が全部夢だった……なんて事を。そんなの嫌すぎる。 もしそれが現実に起こったとしたら俺は死ぬ自信がある。 それだけ今幸せなんだ。 刹那も同じ気持ちであって欲しいと切に願う。

「ウチも圭介さんと同じ気持ちです。圭介さんの居ない日々なんて考えられない。圭介さんが居ないならウチも死ぬ自信があります」

刹那が笑顔でそう答えてきた。

あれ? もしかして言葉に出てた?

「もうバッチリと。圭介さんがウチをそれだけ思ってくれていた事がウチは凄く凄く嬉しいです♡ 圭介さん、ウチは圭介さんを愛しています。圭介さんだけを愛し続ける事を誓います♡ これまでも。そしてこれからも♡」

「刹那……俺も刹那を一生愛していく。必ず幸せにする。約束するよ」

俺達は見つめ合い笑みを浮かべ、口づけを交わした。



それから一時刹那と2人でスマホで色々検索して、あ~でもない こ~でもないと楽しく俺達の結婚式のプランを立てていた。

「圭介さん、色々と結婚式場のパンフレットやWebを見ていましたが、やっぱりウチはセン○グレー○大聖堂が良いです♡ 此処に決めましょうよ♡」

「ああ。刹那がそう言うなら俺はそこで構わない。確かにぶっちゃけセン○グレー○大聖堂は俺の中でもイチオシだったからな」

「ウチと圭介さんは感性が似ていますね。 相性バッチリです♡ やっぱりウチの旦那様は圭介さん以外有り得ません♡」

「じゃあ早速セン○グレー○大聖堂に電話して結婚式の予約入れようか。 ああ、刹那のとても綺麗なウェディングドレス姿が目に浮かぶよ。 楽しみだなぁ。 まぁ隣に立つのが冴えない俺だから締まらないけどな」

「そんな事は絶対に有り得ませんよ! 圭介さんは世界一、いえ宇宙一素敵で格好良い男性です! 逆にウチが釣り合い取れないんじゃないかと心配な位ですよ! 自信を持って下さい圭介さん♡」

真面目な顔の刹那からそう言われた俺は顔を赤くしてつい刹那から顔を背けてしまった。

「ウチのとても素敵な旦那様♡ こっち向いて♡」

刹那に顔を両手で挟まれ、無理矢理だが優しく刹那の方に顔を戻されてしまった。

俺達は見つめ合い、どちらともなく笑った後、俺は優しく刹那の口に口づけをした。













第20話

刹那と結婚式場の話をしてから数日後。

「……何か今日はついていないな。どうしたんだろ俺?」

と呟きながらビジネスバッグを片手に歩道を歩いていた。 ビジネスバッグの中には最新型のコピー機のパンフレットと筆記用具、そしてノートPCが入っているので結構重い。 バッグを持っているのが辛くなる重さだ。

何故にそんな " ついていない " なんて呟いていたのか。 それには訳がある。




朝目覚めたら、隣に居ると思っていた刹那の姿が無かった。 若干焦った俺はベッドから飛び起きて辺りをキョロキョロと見回した。

そこで思い出す。 ……ああ、そうだった。刹那は次のライブの為に早朝からスタジオに行っているんだった。 刹那から聞いていたのに、忘れて焦ってしまったなんて……馬鹿なのか俺は?

ベッドに腰掛け少しだけぼんやりとしていた。 そしてふとベッドの近くに置いてある置時計を見た。

…… 8時20分 か……。

……。 ん? な、何だと!? 今8時20分だと!? 遅刻じゃないか!?

遅刻ギリギリが9時だから、後40分しかないじゃ無いか!! 

俺は急いでビジネススーツに着替え、寝癖を直す暇も無くマンションを飛び出した。

で、会社に向かって必死にダッシュ。 

電車に乗って一息吐きながら腕時計を確認。 …… 9時5分 ……はい遅刻確定です……。

諦めた俺は、電車の窓から見える景色をぼんやりと眺める事にした。

そして会社に着いたのが9時30分だった。




「丹羽が遅刻なんて珍しいな。刹那さんに起こして貰わなかったのか?」

休憩時間に赤坂が俺に話し掛けてきた。

「刹那は今朝早くにスタジオに行くのを忘れて目覚まし掛けるの忘れていたんだよ。だから起きたら8:20になっていて、慌てて家を出てきたんだ」

「うわぁ、それは御愁傷様だな。 で、お前朝飯食ったのか? さっきから腹の虫がうるさいんだが?」

「……急いでいて食べてない」

「刹那さんに怒られないか? 多分朝飯作ってくれてると思うぞ?」

「……そういえば急いで出る時、視界の端に美味しそうなトーストと目玉焼きが有った気がする……ヤバいな」

刹那は怒りはしないと思うが、折角作った朝食を食べてない事を知れば多分とても悲しそうな顔をするのが容易に想像出来た。

「はぁ~~~~~っ」

ついつい大きな溜め息が出てしまった。


運が悪いのはまだまだ続き、午後からは後輩が仕事でミスをした為、後輩の指導係である俺がそのミスの尻拭いの為に取引先に出向いて頭を下げる羽目になってしまったのだ。 しかも、ミスしやがった後輩は風邪で休みやがっていたから、俺1人で行かないといけなかった。

案の定先方には滅茶苦茶怒られた。 ヤバかった。後少しで取引中止になる所だった。 俺は必死に頭を下げて、何とか許してもらい事なきを得たのだ。

で、冒頭に戻ると。



さぁ、さっさと会社に帰って仕事をしないと。仕事溜まってるからなぁ……。

そんな事を考えながら歩いていると、直ぐ側の路地からいきなり犬に

「ワンッ!!」

「うわっ!? な、何だ!?」

犬に吠えられバランスを崩した俺の右足は

" グニュッ! "

何と犬の糞を思いっきり踏んでしまう。

…………泣きそうだ。 何で今日はこんなに運が悪いんだ?

俺はビジネスバッグからウエットティッシュを取り出して、靴を脱いで踏んだ犬の糞の処理をする事に。

泣きそうになりながら糞をウエットティッシュで拭いていると……

" キキー---ッ!! "

車道からブレーキ音が聞こえてきた。そして

" ドンッ! "

俺の身体を強い衝撃が襲った。 そう、俺は運転ミスをした車に跳ねられたのだ。

俺はその場から吹っ飛ばされる。 そして近くに有った植え込みの中に俺の身体はINする。

な、何が起こったんだ? 何故俺ばかりこんな目に……。

今日は本当に運が悪いなぁ……。

俺の意識はそのままブラックアウトした。




「…………此処は何処だ?」

目覚めた俺の視界に入ってきたのは真っ白い天井だった。 そして消毒の匂い。

……今の状況が把握出来ない。

俺は状況を把握しようとして身体を動かそうとした。

……身体が……。 動かそうとすると身体に鈍い痛みが走る。

やっと身体を動かしてみると俺の身体はベッドに寝ていて、俺の右足はギプスで固められ吊り下げられていた。

……うん。 どうやら此処は病院の病室で、俺は右足を骨折しているみたいだな。 で、身体が痛いのは身体中打撲で痛いんだな。

俺がベッド上でモソモソしていると

「うぅぅん……。 あ、あれ? け、圭介さん……。圭介さん!! 起きたんですね!! は、早くお医者様を呼ばないと!!」

と俺の足元にもたれ掛かる様にして寝ていた刹那が慌てて飛び起きて、ナースコールを連打しだした。

そしてナースコールに反応した看護師が

「丹羽さん? どうしましたか? あの、丹羽さん? ナースコールを連打するのは止めて下さい。 今すぐ行きますから。 だからナースコールを連打しないで下さい」

とスピーカー越しに言ってきたが、刹那には看護師の声は聞こえていなかった。 ずっと必死にナースコールを連打している。

「……刹那、看護師さんが困っているからナースコールを手から離そう。な?」

俺が刹那にそう話し掛けると

「あっ、はい」

と言って刹那はやっとナースコールを連打するのを止めて手からコールを離した。

「け、圭介さん……良かったよぅ。ずっと起きないから心配したんですよぅ」

と号泣しながら刹那が俺に抱きついてきた。

「痛い痛い痛い! 刹那! 身体が痛い! 身体がバラバラになっちゃう! 離れて! 力緩めて!」

刹那に抱きつかれた衝撃で俺の全身に強い痛みが走った。 俺は涙目になりながら刹那に離れる様に懇願した。

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか! 痛かったですよね!」

全身が痛いです。刹那のせいで……とは口が裂けても言えないよな。 まぁ、大声で言った気がするけど。

それから間もなくして医師と看護師が病室に入ってきた。 そして俺に、今の俺の状態を説明してくれた。

医師が言うには、俺の身体は予想通り全身打撲で右足を骨折しているらしい。 全治2~3カ月との事。

「丹羽さん、運が良かったんですよ。下手すれば貴方死んでましたから」

と医師から怖い事を言われてしまった。 ……てめぇ、何処が運が良かったんだよ?

口にはしなかったが、密かにそう思う俺だった。

「圭介さん、2日間の間寝てたんですよ。本当に目が覚めて良かった……」

刹那が泣きながらそう言って俺の手を優しく握ってきた。



それから刹那から話を聞くと、俺を跳ねた車を運転していたドライバーは俺のお見舞いには来ていないらしい。警察には直ぐに通報したみたいだけど。 全部保険会社に任せているみたいだ。 ……糞が。人を跳ねたんだからお見舞い位来やがれ! 弁護士雇ったろか! とことん戦うぞコラ!

と話を聞きながら思っていると、刹那がニッコリと笑いながら

「圭介さん、弁護士はちゃんと雇ったので安心して下さいね♡ ウチは圭介さんを跳ねた奴を許す気はありませんよ。 ケツの毛までむしり取ってやります! そして絶対後悔させてやりますから!」

と怖い事を言った。 刹那さんや、貴女女性なんだから、ケツの毛なんて言わないよ?

「圭介さん、これから圭介さんが完治する迄ウチが付きっきりで看病しますから安心して下さいね♡」

「いやいや、刹那には仕事があるだろう? 俺の事は心配しないで良いから仕事頑張って。あっ、でも寂しいからお見舞いには来て」

「嫌です! ウチが圭介さんを完全看護するんです!」

俺が刹那を説得するのに相当な時間が掛かったのは言うまでもない。


「……分かりました。ウチ毎日お見舞いに来ます。例え仕事が詰まっていても必ず来ますから」

「仕事が詰まっている時は無理しない様にね」

「それは約束しません」

「刹那!?」


閑話休題《それはそうと》

「今日は帰ります。圭介さん、明日も必ず来ますね」

面会の時間が終わり刹那が病室から名残惜しそうに出ていく。 その時

「……糞が。ウチの大切な圭介さんをこんな目に合わせた奴は必ず親族もろとも潰してやるからな」

ボソッとそう言って刹那は病室を出ていった。


……止めてあげて。 相手も悪気があった訳じゃ無いと思うから。
























今回の俺の事故は仕事中だったとの事で労災が降りるみたいだ(圭介さん圭介さん、お金の心配はいりませんよ。ウチが一生養ってあげますから♡)。やっぱり収入が無いと生活出来ないからな。

で、会社も療養の為欠勤にはならないって(ウチが頼んだらそうなりました。褒めて褒めて♡)社長から直々に報告があった。 折角だからゆっくりと骨休め(骨折にかけている訳じゃないよ)をさせて貰おうかな(うんうん。それが良いよ♡)

って、刹那! さっきから煩いよ! 俺の皆様への説明にいちいち割り込んでこない様に! (きゃん♡ ごめんなさ~い♡)

ったく……。 刹那のお陰で後言いたい事忘れたじゃないか。

……まぁ、忘れるという事は、重要な話じゃ無いんだろうな。


不運から始まった入院生活……初めは休めて良かったのだが、途中から退屈で退屈で仕方無くなった。 だって、右足はギプスで固められ吊り下げられて動かせないし、身体も打撲していて痛いし。 それに此処は病院だから娯楽が1つも無いんだよ。 テレビも内容つまんないし。 せめてDVDが観れたらなと思う。 今なら刹那が居ないからホラー観放題だろうし。

そして入院生活で1番困る事が……そう。排泄だ。 足が吊り下げられて動かないから催しても自分でトイレに行けない。 仕方無いから催したらナースコールを押して看護師さんに処理をして貰わないといけないのだ。 これが死ぬ程恥ずかしい。 看護師さんも気を遣って年配の方が世話をしてくれるのだが、俺も男の子だから、女性に下の世話をされるのは途轍もなく恥ずかしい。 1度刹那にお願いしたら刹那は下の世話だけじゃ無く、違う所の世話もしようとしたから、もう頼むのは止めた。 此処は病院だぜ? 刹那にして貰うのは嫌じゃ無いけど(むしろWELCOME)誰かに見られたらどうするんだ。 時と場所を考えて欲しい。


入院してから1週間程経った時、俺の病室に訪問者があった。

ノックの後入ってきたのは2人の男性だった。

1人は金髪ロン毛で顔の至る所にピアスが付いているいかにもチャラチャラした20代の男。 そしてもう1人はいかにもあちら系の迫力ある男性だった。

「ど、どちら様ですか?」

俺がおそるおそる2人に声を掛けると、いきなり2人の男性がその場に座り込み綺麗な土下座をかましてきた。 そして

「この度はこの馬鹿が貴方様に多大な御迷惑をお掛け致しまして誠に申し訳ありませんでした! 入院費用、慰謝料ときっちり私が支払わせて頂きますので、どうかお許し下さい! 貴方様がお許しにならなかったら私達親子は路頭に迷う事になりかねませんので!」

と丁寧な言葉で謝罪してきた。 あちら系の男性はチャラ男の頭を鷲掴みして何度も何度も床に叩きつけていた。 おおっと!? チャラ男の額から大量の血が!?

目の前で繰り広げられる光景に怖くなった俺は

「わ、分かりました! 謝罪は受け入れますから! どうかお帰り下さい!」

「あ、ありがとうございます!! それでは御言葉に甘えまして私達はこれで失礼致します。奥様にどうぞ宜しくお伝え下さいませ。 入院費用と慰謝料は後日必ずお支払い致しますので。 オラ!帰るぞこの屑が!」

あちら系の男性は既にグロッキー状態のチャラ男の顔を蹴り飛ばし、グロッキー状態から無理矢理復活させた後、チャラ男を引き摺って病室を出ていった。

……こ、怖かった…。 思わずチビりそうになっちゃった…。

その後直ぐに刹那が病室に入ってきた。

「圭介さん来ましたよ~♡ ってあれ? 圭介さん、どうされたんですか!? 顔色真っ青ですよ!?」

俺はさっきまでこの病室であった出来事を刹那に説明する。 すると刹那が

「やっと謝罪に来たんですねあの屑親子。あ~あ。残念です。謝罪に来なかったら世の中の塵掃除が出来ると思ったのに」

「えっ? 刹那、今何と?」

「いえ、何でもありませんよ圭介さん♡ それはそうと圭介さん、おしっこはしたくありませんか? ウチが優しく握って介助してあげますよ♡」

「結構です! 刹那がすると違う方向にいっちゃうから!」

「それは残念です。 でも、催したら何時でも言って下さいね♡」

「言いません!」



刹那、あの親子に一体何をしたんだ? 絶対に低姿勢で謝罪するタマには見えなかったんだけどな?











~刹那side~

ウチがスタジオでレコーディングをしている時でした。 篠宮さんが青い顔をしてスタジオに飛び込んで来ました。

「篠宮さん、どうしたんです? 顔色真っ青ですよ?」

ウチは篠宮さんが心配になって聞いてみました。

「せ、刹那! お、落ち着いて! 落ち着いてね!」

「? 慌ててるのは篠宮さんだと思うんですが?」

「今ね、病院から電話があって、丹羽さんが事故にあって救急車で搬送されたって」

ウチは篠宮さんの言葉を聞いてその場に座り込んでしまいました。

け、圭介さんが救急車で搬送……? う、嘘

こ、こうしちゃ居られない! ウチ、病院に急いで行かないと!

でもウチの身体は座り込んだまま動いてくれません。 力が入らないんです。 ウチは篠宮さんに

「篠宮さん!! 今すぐ私を立たせて下さい! お願いします!」

「わ、分かったわ! さぁ引き起こすわよ!」

篠宮さんはウチの望み通りにウチの身体を引き起こしてくれました。 しかしウチの足はガタガタ震えていう事を聞いてくれません。 ウチは両足を思いっきり叩いて無理矢理震えを抑え込みました。

「私今から病院に行ってきます! レコーディングに穴を開ける事になりますが宜しくお願いします!」

ウチはそう言うと、急いで荷物を持ってスタジオを飛び出し、国道に走っていたタクシーを捕まえ

「○○総合病院迄お願いします! 急いで!」

と言いながらタクシーの後部座席に乗り込みました。

圭介さん! どうか、どうか……。


病院に着いたウチはタクシーの運転手さんに10000円を手渡し

「おつりは結構です! では失礼します!」

タクシーから飛び降りて病院の中に走り込みました。

病院の受付の職員さんに

「救急車で搬送された丹羽圭介は何処ですか!?」

と言いながら掴み掛かり、職員さんを思いっきり揺さぶりました。

「お、落ち着いて下さい! お、奥様ですか?」

「はい!!」

「丹羽圭介さんは今手術室で手術中です」

「圭介さん!!」

ウチは職員さんを離して手術室がある場所へ走り出しました。 ウチの後の方で " おえぇぇぇ…… " といった声が聞こえた気がしましたが、そんな事知りません!

手術室に着いた時、まだ手術中の赤いライトは点いたままでした。 まだ手術中なんですね。

圭介さん! どうか手術が上手くいきます様に! 神様お願いします! 圭介さんを助けて!! 圭介さんが助かる為ならウチの命を差し上げますから!!

ウチは手術室の前にあるベンチに座って一心不乱に祈り続けました。


それから約30分後。 手術中の赤いライトが消え、手術室の中からお医者様が出て来られました。 ウチはお医者様に詰め寄り

「圭介さんは! 主人は大丈夫ですか!? 手術は成功したんですか!?」

「……奥様ですか。安心して下さい。手術は無事成功です。 右足が骨折していたので、医療用のボルトで止めただけですから」

ウチはお医者様の言葉を聞いて、その場にへなへなと座り込んでしまいました。  よ、良かった……。命に別状は無かったんだ……。

お医者様の言う事だと、圭介さんは身体中に打撲があり、右足が骨折するという大怪我を負っていたんです。 全治2~3カ月との事でした。 手術後圭介さんは病室へと運ばれて行きました。

ウチがベンチに座りボーッとしていると、相手方の保険会社の人がやってきました。 保険会社の人の話によると、加害者は圭介さんに会うつもりは無いとの事でした。

……ふざけるなよ? 人の大切な旦那様を跳ねておいて、会うつもりは無いだと? 

絶対に謝罪させてやる。 土下座させてやるからな。

加害者の名前と住所と勤め先をウチは保険会社の人から聞き出しました。

……あれ? この野郎は、《《ウチの大ファンである某大会社の会長さんの社員》》じゃん。

ウチはすぐさま事務所に帰って事務所の固定電話から会長さんに連絡を取りました。

えっ? 何故会長さんの連絡先を知っているのかって? それは、会長さんからライブ会場で握手会をした時プレゼントを貰って、ついでに名刺も貰っていたからだよ。 ウチ、ファンを大切にする方だから。 決してふしだらな関係は無いからね? 勘違いしたら○すよ? ウチは圭介さん一筋なんだから。

ウチの話を聞いた会長さんは直ぐに動いてくれました。 どうやら会長さんがお話し合いに行ってくれたみたいです。

ふふっ。どんな結果になるか楽しみです。 圭介さんに謝罪してくれるならそれでよし。 謝罪が無いなら……ふふふ……。










入院してから早いものでもう1ヶ月が経とうとしている。 俺の右足は吊り下げられた状態からやっと解き放たれた。 医師から松葉杖を使えたら歩いてもOKの診断を受けたのだ。 いやぁ~長かったなぁ。 これでもう看護師さんに俺のモスラを見られなくて済むぜ!

ああ。日差しが眩しい。 顔に当たる風も気持ちいい。

今俺は病室から出て病院の中庭に来ている。 久しぶりの外だ。 今日は天気も良く快晴である。 散歩にはうってつけの陽気だ。

……キコキコキコ

ん? 何の音かって? それはあなた、あれの音ですよ。 そう車椅子の車輪が廻る音ですよ。

「圭介さん♡ 今日はお天気も良くてお散歩には丁度良いですね♡ 吹いてくる風も気持ちいい♪」

そう。俺は今松葉杖で歩いているんじゃ無くて、車椅子に乗った状態なのである。 そして車椅子を押しているのは我が最愛の妻 刹那である。

「………刹那。俺、車椅子じゃ無くて松葉杖を使って自分で歩きたいんだけど?」

車椅子を押しながらニコニコしている刹那にそう言ってみたが

「メッ! 圭介さんは昨日やっと右足を吊り下げなくても良くなったばかりなんですよ? もし圭介さんが松葉杖を点きながら歩いて転けたりしたらどうするんですか? だからしばらくは松葉杖を使うのはウチが認めません! メッ! です」

と優しく怒られてしまった。

「なぁ刹那」

「なんですか?」

「しばらくって何時まで?」

「う~ん。そうですね~。病院を退院するまで?」

いやいや、それじゃリハビリにならないだろ?

「幾らなんでも退院するまでは長すぎるよ」

リハビリもしなくちゃいけないんだからと刹那に抗議してみた。

「じゃあ圭介さん的には何時から松葉杖を使いたいんですか?」

「出来たら明日から?」

「……圭介さん。 メッ! 明日からは絶対に認めません!」

と刹那は俺の額を人差し指で押しながら怒ってきた。 駄目ですかやっぱり?

「……後1週間したら松葉杖を使って歩きましょうね。ウチも歩く時は付き合いますから」

「何で1週間後なんだ?」

「ん~。ウチの気分かな?」

気分で俺の松葉杖スタートを決めないで欲しいのだが……。


刹那に車椅子を押されながら中庭の舗道を散歩していると

" 見ろよ。由井刹那だ。 "

" マジで!? 何でこんな所で由井刹那が車椅子を押しているんだ!? "

" あの車椅子に乗っているオッサンは誰だ? "

" あの野郎が由井刹那が記者会見で言っていた旦那じゃないのか? "

" うわぁ……不細工な面してやがるな。 あのオッサンじゃ由井刹那みたいな超絶美女には不釣り合いだな "

" あのオッサンより俺の方がイケメンじゃね? あのオッサン相手なら由井刹那をワンチャンNTR出来るんじゃね?"

" 言えてる-W-W-W "


と此方を見ていた若造2人が話しているのが聞こえてきた。

お~お~! 好き勝手言ってやがるなこの糞餓鬼どもが! 確かに刹那と俺とは顔面偏差値が天と地程の差があるけど、刹那を愛する気持ち・態度・覚悟はお前ら糞餓鬼には絶対に負ける気はしないんだよ! ブッ殺すぞ糞餓鬼どもが!

若造2人の言葉にイライラムカムカしていた俺に刹那が

「……圭介さん、ちょっとだけ圭介さんの傍を離れますね。ごめんなさい」

と言って車椅子のブレーキを掛けて俺の悪口と刹那をNTRするって話で盛り上がっている糞餓鬼どもの元へ歩いていった。 しかも早足で。

えっ? 刹那? おいおいおい! 一体何をするつもりだ!? 馬鹿な真似は止めるんだ!?

刹那は糞餓鬼の元に着いた途端、刹那をNTRするって言ってた糞餓鬼の胸ぐらを " ガシッ!! " と掴み上げ

「おいコラ! 黙って聴いてりゃ好き勝手抜かしてくれたな! 圭介さんの顔よりイケメンだ? 寝ぼけてんじゃねーぞてめぇ! 自分の面を鏡でよ~く確認して、全面的に整形してから出直して来やがれ! それにウチをNTRするって? 世界が滅亡しても絶対にありえねーよ糞が! てめぇに粗末なミミズが付いてるからそんな発想に至るんだろうがよ? だったらウチが今すぐに去勢してやるよ! ミンチが良いか? それとも切り取って犬の餌にしてやろうか? あ"あ"?」

とまくし立てた。

いきなり刹那みたいな超絶美女に凄まれ睨まれ死ぬほど罵倒されたら、特殊な性癖が無い限りは滅茶苦茶ビビるだろう。 ほら、刹那に罵倒された糞餓鬼だって今現在進行形で顔色を青くしてビビり散らかしているから。

「す、すみませんでした。調子に乗りました。勘弁して下さい……」

糞餓鬼2人は刹那に深々と頭を90°下げて謝罪した。

「次にウチの大切な旦那様の悪口をまた言ったら、今度こそ社会的にも男としても機能出来ない様にしてやるからな? 分かったな?」

「「…………」」

「返事はどうしたぁ!!」

「「は、はいぃぃぃ!!」」

「分かったら今すぐに目の前から消えやがれ糞餓鬼どもが!!」

刹那に怒鳴られた糞餓鬼2人は脱兎の如くその場から逃げていった。

…………滅茶苦茶ビビった。 刹那ってキレたらあんな感じになるんだな。 極力刹那を怒らせない様にしないとな……。

糞餓鬼どもが居なくなった後、刹那が俺の元に帰ってきた。 そして

「お待たせしました圭介さん♡ 本当にごめんなさい。勝手に圭介さんの傍から離れてしまって。もう離れませんから安心してくださいね♡ 圭介さん、愛しています♡」

と俺に抱き付きながらそう言ってきた。

「アッ、ハイ。オレモセツナヲアイシテマスヨ」

と俺はそう言うしか無かった。 でも刹那を愛しているのは事実だ。











そして月日は流れ、俺は無事に病院を退院する事になった。 無理をしない程度になら松葉杖を使用して通勤しても良いとの事。 

いやぁ。2ヶ月の入院生活…長かったわ。 まだ右足からギプスは取れていないので不便っちゃあ不便だけどな。

あれから加害者であるあちら系の顔の親とチャラ男はきちんと慰謝料と入院費を支払ってくれた。 だから退院時には俺は病院スタッフに退院の挨拶をしただけだった。 入院生活長かったから、入院費用って幾ら掛かったんだろうな? 気になる所だ。 慰謝料は幾ら貰ったかは知らない。 全部刹那が管理してくれているから。 そう言えば、俺の事を馬鹿にしてきた糞餓鬼どもだが、あれから1度も病院で見ていない。 結構中庭とかにも散歩しに行っているんだけど。 あの馬鹿餓鬼どもはあの日1度きりの受診だったのかな?

閑話休題《それはさておき》

病院ロビーにかなりの人だかりが出来ている。 正直松葉杖を点いて移動している俺としては正面玄関に移動するのに邪魔で仕方が無い。 こんなに人だかりが出来るなんて、普段から人気があるのかこの病院は? 名医でも居るのだろうか? 

ん? 何だかあの人だかり、ずっと此方をチラチラと見てくるんだが? しかも何だか此方に声を掛けようかどうしようか迷っているみたいな仕草をみせているんだが? 何だ?

俺は辺りをキョロキョロと見回して……あっ、察したわ。 分かっちゃったよあの人だかりの理由が。

あの人だかりの理由は、この病院が人気なんじゃ無く、俺の隣でニコニコと微笑みを浮かべて立っている刹那を見に来ていたんだ。

「圭介さん退院おめでとうございます♡ マンションに帰ったら退院祝いのパーティーをしましょうね♡ お部屋の飾り付けは彼方を強制的……こほん、彼方が自分から申し出てくれて終っていますから♡ さぁ早くマンションに帰りましょうね♡」

刹那、今彼方君を強制的に働かしたって言いかけなかったか? ……御免よ彼方君。 うちの嫁が暴君で。 嫌なら嫌って言っても良いんだよ? お義兄ちゃん怒ったりしないから。

……やっぱりあの人だかりが邪魔だなぁ。他の患者さん達も迷惑そうな顔をしている。 

……そうだ。 あいつらの目的が刹那って分かってるから、刹那にあいつらをどうにかして貰おう。 しかし……あいつらは刹那が今日此処に来るっていつ知ったんだ? 謎だ。

「刹那刹那、あの人だかりを何とかしてくれないか? あの人だかりは間違いなくお前目当てに集まっているから。 あいつらをどうにかしないとマンションに帰れないし、他の患者さん達も迷惑してると思うから」

俺は刹那にそうお願いしてみた。

「あの人だかりウチ目当てなんですか? 確かに通行の邪魔になっていますね。 分かりました。ウチ何とかしてきます。圭介さん少しだけ待っていて下さいね♡」

そう言って刹那は人だかりの方に歩いていき

「皆様すみませんが、病院のロビーに集まるのは大変迷惑な行為になりますので。どうかお引き取り願えますか。 それに私はプライベートでこの病院に来ていますので、皆様に対応する事が出来ません。 また後日握手会を設けますので宜しくお願い致します。 詳しい内容は事務所のホームページをご覧になって下さい。皆様宜しくお願い致します」

と言って頭を下げた。

集まっていた人達は納得したみたいで、病院ロビーから居なくなった。 ロビーに残っていたのは本当に受診が必要な人だけになったのは言うまでもない。

俺は刹那の元へ松葉杖を点きながら移動し

「助かったよ刹那。ありがとう」

刹那の右頬に軽くだがキスをして感謝の言葉を伝えた。

「ふえっ!? け、圭介さんがウチの右頬にキ、キスを!? し、幸せ過ぎです♡ ウチ、このまま此処に入院しそうです♡」

いやいや、入院しないで一緒にマンションへ帰ろうぜ。 彼方君も待っていてくれてるんだからさ。

俺は刹那の運転する車の助手席に乗って病院を退院した。

そしてマンションに到着。 車を降りた俺に刹那が

「改めまして、圭介さん退院おめでとうございます♡」

「ありがとう刹那。迷惑掛けると思うけどサポート宜しくな」

「ハイ♡ 任せて下さい♡」

早速刹那のサポートを借りながらマンションの部屋に2ヶ月振りに帰った。

部屋の中には彼方君と何故か栞が居た。

「「退院おめでとうございます!」」

" パパーン!! "

とクラッカーの鳴る音が部屋に響いた。

「ありがとう2人共。ただいま♪」

俺は綺麗に飾り付けされた部屋に通され、皆とワイワイ騒ぎながら皆が用意してくれた退院祝いの料理に舌鼓を打った。

皆……俺の退院を祝ってくれてありがとうね♪












「彼方君、栞。今日はありがとうね。俺の為にこんなパーティーを開いてくれて。嬉しいよ。でも大変だっただろ飾り付けや料理」

彼方君と栞に感謝の言葉を伝えた。

「いえいえ。丹羽さんにはいつもお世話になってますし。これ位はどって事ありませんよ。 それに昔から姉ちゃんにイベント毎にやらされてましたから馴れてます♪」

昔から刹那にやらされていたのか。ご苦労様だな彼方君。

「兄ちゃん、私も飾り付けや料理手伝ったんだよ?」

ハイハイ。栞もありがとうね。 でも栞、お前昔はこんな飾り付けや料理は " 面倒臭い " って言ってやらなかった筈なのにな。 成長したんだな。兄ちゃん嬉しいぞ。

「……兄ちゃん、何か余計な事考えてない?」

「ソ、ソンナコトナイヨ。 キノセイダヨ」

……何故に分かったし? 時々栞は勘が鋭いな。


「……彼方。余計な事は言わなくていいの」

「アッ、ハイ」

俺の隣に座る刹那に睨まれ彼方君は小さくなってしまっていた。

「刹那? 彼方君が折角飾り付けや料理をしてくれたんだから、そんな言い方はしない」

そう言って刹那を嗜めると

「ご、ごめんなさい圭介さん。ウチそんなつもりは……」

と泣きそうな顔になる。

「姉弟なんだから仲良くしないと駄目。 な?」

「……ごめんなさい。 彼方…ごめんね」

反省した刹那が彼方君に謝罪の言葉を告げると、彼方君は

「……ビックリした。姉ちゃんが俺に謝ってくるなんて……」

と言いながらさっとスマホを取り出して何かを検索しだした。

「……彼方。貴方何をしているのかしら?」

「いやね、明日の天気を調べてるんだよ。明日雨が降ったら非常に困るんだよ。明日は絶対に外せない予定が入っているんだよ」

そう言う彼方君の横で栞もスマホで何かを検索している。

……おやおや? 何か怪しい動きだな栞さんや。

「……彼方、もしかしてウチが彼方に謝ったから雨が降るって思っているのかしら?」

「うん。正にその通りだけど?」

彼方君の言葉を聞いた刹那は無言で席を立ち上がり、彼方君の後に回り込んだと思った途端、自分が履いていたスリッパを脱いで手に持ち

" スパーーーーン!! "

と彼方君の後頭部を思いっきり叩いた。

「ぶべら!!」

刹那に後頭部を思いっきり叩かれた彼方君はテーブルに顔面を強打する。

「彼方さん!?」

テーブルに顔面を強打した彼方君を見て栞がオロオロと慌て出す。

「もうウチ絶対彼方に謝ったりしないから。なんかムカつく!」

……今のは彼方君が悪いと思う。 これは助けれない。 刹那が怒るのも当然だと思うよ彼方君。

暫くして彼方君も復活し、食事を再開する。

すると栞が

「しかし兄ちゃんも不運だよね。車に轢かれるなんてさ」

「それな。 あの日は最悪な日だったよ。会社に遅刻するわ、後輩の尻拭いをしないといけないわ、犬に理不尽に吠えられるわ、犬の糞は踏むわ、挙句の果てに車に跳ねられるだぜ? 死んだかと思ったわ」

「……そこまでとは知らなかったよ。兄ちゃん御愁傷様だったね」

「圭介さん、何故遅刻したんですか?」

と刹那が不思議そうに聞いてきた。

「あの日刹那が朝早くスタジオ入りって事を忘れていて、刹那に起こして貰えると勘違いして目覚まし掛けるの忘れてたんだよ。だから遅刻した」

「……そうだったんですね。 じゃあ圭介さんの不運は半分ウチのせいですね。ごめんなさい」

「別に刹那のせいじゃ無いよ。俺が全面的に悪かったんだよ。 それに、刹那は俺にとって幸運の女神様なんだから」

「……圭介さん♡」

「……刹那」

俺と刹那はその場で見つめ合う。

「……姉ちゃん、2人だけの世界を作らないで欲しいんだけど? 俺と栞ちゃんが居る事を忘れてない?」

彼方君が呆れた顔をして俺達(刹那)にそう言ってきた。 栞はと言うと、何だか目をキラキラさせて此方を見ている。

「か~な~た~! あんたはもう少し空気を読みなさいよ! このお馬鹿!!」

「ぷぎゃ!!」

刹那のスリッパアタックがまた彼方君の頭に直撃し、彼方君をKOした。








第21話

仕事にも無事復帰出来る事になり、松葉杖を点いた状態で会社に出社した。

ロビーの受付の前を松葉杖でえっちらおっちらと通過しようとしたら

「丹羽さん。おはようございます。今日から出勤なんですね。無理をせず頑張って下さいね」

と受付にいた受付嬢さんが心配した様な顔をして俺に声を掛けてくれた。

「ありがとうございます。まぁぼちぼちやりますので。 あっ、それと、遅くなりましたがおはようございます」

受付嬢さんに朝の挨拶をして営業1課へ向かった。 やっぱり松葉杖を使って移動するのは何時もより時間が掛かるし疲れるなぁ……。

営業1課に着いた途端、同僚の皆が声を掛けてきた。

「丹羽、大丈夫なのか? お前も不運だったな事故に遭うなんて。無理はするなよ?」

「おう。ぼちぼち負担が掛からない様に頑張るよ」

「先輩! あの時はすみませんでした! 僕がミスをしなかったら先輩があんな事故に遭わなかったかも知れないのに」

「別にお前のせいじゃ無いさ。俺のあの日の運がすこぶる悪かっただけだから。気にするな。でも、これからは気をつけてくれよ? 取引先を怒らせたら会社の不利益になるんだからな?」

「はい! 頑張ります!」

そんな会話を交わしながら自分の席についた。 するといきなりパシッという音と共に後頭部に軽い痛みが。 後頭部を押さえながら後を振り向くと、赤坂がニヤニヤしながら

「よう。おはようさん。お勤めご苦労さん。どうだシャバの空気は? 旨いだろ?」

赤坂、俺は刑務所に入っていた訳じゃ無いんだぜ?

「おはようさん。お前も行ってみたらどうだ? 人生観が変わるかも知れないぜ?」

「遠慮しとくよ。俺、痛いの嫌だし」

「まぁそう言わず。1回行っとけ。お前の好きな惰眠も貪れるぜ? それに」

「それに?」

俺はニヤリと笑いながら赤坂に

「看護師さんにめっちゃ可愛い人が居た。物腰も柔らかくて入院中の癒しだったぜ?」

「マジで!? 丹羽、俺、今から即効足の骨折ってくる!」

赤坂はくるりと後を向いて何処かに行こうとする。

「待て待て。何処に行くつもりだ?」

「いや、だから足の骨を折りに」

「止めろ。馬鹿かお前は」

「だって……可愛い看護師さんにめっちゃ会いたい。もしかしたら恋愛に繋がるチャンスかも知れないのに」

……どんだけ彼女欲しいんだよお前は。めっちゃイケメンで社内でモテまくっているのに。彼女欲しいなら社内で探せよ。

「なぁ丹羽、その看護師さんだけど、刹那さんを10点としたら何点位のビジュアル?」

まだその話引き摺る?  刹那以外には興味無いからその看護師さん可愛かったけどあまり印象に残って無いんだよな。 う~ん。

「8点位かな?」

記憶を絞り出してその看護師さんの印象(顔のビジュアルとスタイル)を赤坂に伝える。

「マジで!? めっちゃ可愛いじゃん!? 丹羽が8点って言うなら俺からしたら100点じゃん! 刹那さんを間近で見ているお前が言うんだ! 間違いない!」

……10点満点じゃ無かったのかよ?

「やっぱり俺足の骨1本折ってくる! そしてその看護師さんに看護して貰う!」

……馬鹿だこいつ。 そう思ったが、とりあえず赤坂を止める事にした。



今日はずっとデスクワークをする事となった。 当然だろうな。松葉杖を点いた奴が営業なんかに行ける訳が無いからな。 それに部長からもデスクワークをする様にって言われたし。

営業でずっと外回りしていた俺としてはデスクワークは苦行だ。 だって滅茶苦茶睡魔が襲ってくるんだもん。 眠たくて眠たくてしょうがない。 何本エナジードリンク(会社内の自販機で売っていた。何で?)を飲んだ事やら。

そして終業時間となり帰ろうと荷物を纏めていると、赤坂が俺の元にやって来て

「丹羽、今から飲みに行かないか? 仕事の復帰祝いに奢ってやるから」

……久しぶりに行きつけの居酒屋に行くのも良いなぁ。 ブドウ酎ハイが飲みたい。若鶏の唐揚げも食べたい。

「よっしゃ行くか。本当に奢りなんだな?」

「任せろ。じゃあ行こうぜ。丹羽、ちゃんと飲みに行く事を刹那さんに連絡しとけよ?」

「ああ。1本連絡入れとく」

そうして俺と赤坂は行きつけの居酒屋に飲みに行く事にした。

……此処で俺はミスを犯した。 居酒屋に飲みに行くのが楽しみ過ぎて、刹那に連絡を入れる事をすっかり忘れていたのだ。











行きつけの居酒屋で俺はブドウ酎ハイと若鶏の唐揚げ、赤坂は生ビールとたこワサを注文する。

ブドウ酎ハイと生ビールが俺達の前に届いた所で

「「乾~杯!」」

とグラスを合わせ乾杯する。

ゴクッゴクッ! プハァ。 

久しぶりのブドウ酎ハイは滅茶苦茶旨い!! そして唐揚げを1口。

ザクッ! ジュワッ! 

ん~っ。このジューシーな肉汁! そしてこの唐揚げの食感!! 堪りませんなぁ!

俺の横に座って(カウンター席に座った)いる赤坂をチラッと横目で見ると、物凄く美味しそうに喉を鳴らしながら生ビールを流し込んでいた。 いつも思うのだが、ビールってそんなに旨いのか? ただ苦いだけの様な気がするんだけど。 やっぱり俺はブドウ酎ハイが1番だな。 そしてツマミには若鶏の唐揚げに限る!

俺と赤坂は注文したブドウ酎ハイと生ビールを一気に飲み干し、またブドウ酎ハイと生ビールを注文する。

居酒屋内に設置してあるテレビを見ながら唐揚げをモグモグ。

" 由井刹那 NEWシングル " 永遠 " ミリオンヒット中 "

というCMがテレビに流れていた。 ほぇ~。刹那が書き下ろしていたあの曲、ミリオンいってるんだ~。 良い曲だからミリオンいくのも納得だな。 と思いながら手元にやって来たブドウ酎ハイを1口戴く。

そう言えば、刹那は何故か刹那のCDを俺に買わせてくれないんだよな。 刹那曰く、" 曲が聞きたいならウチが圭介さんの為だけに歌いますから、CDは必要ありません " という事らしいんだ。 でも、1人の時とか、車の運転中とかに刹那の曲を聞きたいよね。 1度CDを刹那の許可無く購入して聞いていたら、刹那に有無も言わさず没収されてしまったんだよな。

「なぁ丹羽、刹那さんはやっぱり凄いよな。CDミリオンだって」

「刹那のあの天使の様な可愛さと神の歌声みたいな歌唱力と天女の舞いみたいなダンスの上手さを考えたら当然だけどな」

「お~お~。惚気ちゃってさ。羨ましいぜ。俺も刹那さんみたいな奥さんが欲しいよ」

「お前なら直ぐに結婚出来ると思うんだが? 会社でも女子社員にモテまくってるだろうが。 女子社員の中に良い人居ないのか?」

「ぶっちゃけた話、居ない」

「何でだよ? 可愛い娘一杯いるだろ?」

「俺の理想は刹那さんだから。刹那さんに匹敵する女子は居ないな」

赤坂ぁ。お前、理想高過ぎだろ? 刹那みたいな超絶美人は何処を探しても見つかる訳無いって。 もう少し妥協したら?

そんな話をしながら飲む事2時間。 程よく酔いが廻ってきたので帰る事に。 すると、俺の背広のポケットからスマホのバイブ音が聞こえてきた。

ん? 誰だろ? 俺はスマホをポケットから取り出してスマホの画面を見た。

……サァーッ。 一瞬にして酔いが醒めてしまった。

「どうした丹羽? 顔色悪いぜ?」

赤坂が不思議そうな顔をして聞いてきた。

「……刹那から電話掛かってた。LINEも。 バイブにしてたから気付かなかった……」

「ちゃんと俺と飲みに行くって伝えてんだろ? なら大丈夫だって」

「そ、それが……」

「お? どうした? も、もしかして」

「……刹那に連絡するの忘れてた……どうしよう?」

俺の言葉を聞いた赤坂は顔色を青くし

「ばっ!? お前!? あれ程刹那さんに連絡しとけよ? って言ったじゃないか!」

恐る恐るスマホの画面を改めて見ると

不在着信10件 LINE通知60件 

……めっちゃ鬼電してんじゃん……。

どないしよ。 確実に帰ったら怒られる。

「……なぁ赤坂、お前、俺と一緒にマンション来て怒られてくれないか?」

「嫌だ!! 何で俺が刹那さんに怒られないといけないんだ!! 怒られるならお前1人で怒られろ!! 連絡しなかったお前が悪い!」

赤坂は飲み代を支払いそそくさと俺を置いて帰ってしまった。 酷い! 晃のヒトデナシ!! 鬼!!

……仕方ない。大人しく刹那に怒られよう。 俺は松葉杖を点きながら重い足取りでマンションに帰った。

マンションに帰った俺は刹那に " 何処に行っていたんですか!! 物凄く心配したんですよ!! 飲み会に行くなら連絡はちゃんとして下さい!! " と号泣されながら怒られてしまった。

誠に申し訳ございませんでした。 右足に負担が掛からない様にして土下座して刹那に謝ったのは言うまでもない。









~刹那side~

「はぁ~♡ やっぱりお風呂の後のアイスは最高ですね♡ こればかりは辞められませんよ♡」

ウチはお風呂上がりには必ずアイス(チョコレート味が好き♡)を食べる様にしています。 今日も仕事が終わってマンションに帰り、仕事でかいた汗をお風呂に入って洗い流し、お風呂から出て身体にバスタオルを巻いただけの状態で冷蔵庫に向かい、冷凍庫からアイスを取り出して食べています。 ん~♡ 幸せです♡

アイスを食べ終わった後、ふと脱衣室に置いてある体重計に視線を向けました。

……そういえば最近体重計に乗ってないな。 久しぶりに乗ってみようかな?

ウチの身長は168cm この前測った体重が52.2kg(キャッ 恥ずかしい//////)でした。 ウチの身長から計算して平均的な体重と言えるのではないでしょうか? (天の声…ハッキリ言って痩せすぎですね(笑)) 

プロポーションも日々気を付けて管理出来ていると自分では思っています。現にバストサイズはEカップですし。ウエストも自分で言うのも何ですが括れています。ヒップも圭介さんが好きな安産型ですし。

ウチは鼻歌を歌いながら体重計に乗りました。

ピピピッ

…………。

ウチはそっと体重計から降ります。 え? 嘘? な、何かの間違いですよね?

もう1度体重計にそっと爪先から乗りました。

ピピピッ

……55.2kgの表示が……。

「い、嫌ぁぁぁぁぁっ!?」

さ、3kgも肥ってる!? こ、こんな事あり得ません!?

ウチは身体に巻いていたバスタオルを外して、身1つで再度体重計にそっと乗りました。

ピピピッ

55.2kgの数値が液晶画面に写し出されます。

「い、嫌ぁぁぁぁぁっ!?」

や、ヤバいです! 確実に3kg肥っています!! こ、このままじゃ……圭介さんに嫌われる!! 離婚されてしまう!! それだけは絶対に嫌だ!! 圭介さんに嫌われて離婚されてしまったらウチは死ぬしかない。生きている意味がない!!

この衝撃的な事実を圭介さんに決して知られる訳にはいきません! 何とかしてダイエットをしなくては!!

その為には、運動をしっかりとして、食事制限をしなくては!! よし! 思い立ったが吉日です!

ウチはスマホを操作し、○mazonでエアロバイクを即購入しました。 これでよし! ダイエット頑張るぞ~!! と2本目のアイス(今度はチョコミント♡)を食べながら気合いを入れました。


次の日からウチの食事はサラダがメインになりました。それとヨーグルト(無糖)。

圭介さんから " ちゃんと食事は食べないと駄目! " と怒られてしまいましたが、こればかりは圭介さんの言う事を聞く訳にはいかないんです! ごめんなさい圭介さん!

注文していたエアロバイクがきました。ウチはエアロバイクに乗り、全力で漕ぎます。 汗が滝の様に流れています。 これだけ汗をかけば絶対に痩せるでしょう!

そして汗をかいてシャワーを浴びた後、アイス(今日はバニラ♡)を運動のご褒美に食べました。


閑話休題《そんな感じで》

そんな生活を1週間続けました。 さぁ、あれから乗っていなかった体重計に乗りますよ!

ウチは衣類を全部キャストオフし、意を決して体重計に乗りました。

ピピピッ……さぁどうだ!

55.2kgの数値が液晶画面に写し出されます。

……全然減ってない。 ど、どうして? あれだけ運動もして食事制限もしたのに……。

ウチは全裸のままその場に崩れ落ちました。 その時

" ガタンッ!! "

と床に物を落としてしまい、大きな音を立ててしまいました。 その音にビックリしたのか圭介さんがやって来て

「大丈夫刹那!? 大きな物音がしたけど!? 怪我は無い!?」

「……圭介さぁん……ウチ、どうしたら良いんでしょうか? 圭介さん、どうかウチを捨てないで下さい……もっともっと努力しますからぁ」

ウチは圭介さんに泣きながらそう懇願しました。

圭介さんは

「俺が刹那を捨てる? そんな事しないよ。天地がひっくり返っても絶対にあり得ないから」

と優しい笑顔でウチを抱き締めてくれました。

「でもどうしてそんな事を言い出したんだ?」

と聞いてこられたので、ウチは正直に体重が増えた事を話しました。すると圭介さんが笑いながら

「心配する事無いよ刹那。その体重計は元々壊れてるんだよ」

「へっ? 壊れてる?」

「その体重計、何時からかは忘れたけど、表示が現体重より必ず3kg多く表示される様になったんだよ。だから体重計を買い換えようと思っていたんだよ」

圭介さん曰く、圭介さんの身長が175cm 会社の健康診断で体重を測ったら70kgだったそう。でもこの体重計で測定したら73kgだったそうです。

「だから心配は要らないよ刹那。刹那は肥ってはいないから。でももし刹那が肥っても俺は変わらず刹那を愛しているから。 ね?」

圭介さんが脱衣室から居なくなった後、ウチは衣類を着込み、体重計を袋に詰めてごみ捨て場に行き、体重計が入っている袋を思いっきりごみ捨て場の1番固い場所に叩き付けて捨てました。

でも、頑張ってエアロバイクを漕いだのに、痩せてないのはどうしてかしら? ……やっぱりアイスのせい? それとも小腹が空いた時に食べた低カロリーのポテチのせい?















第22話

俺は刹那と話し合い、結婚式場は刹那が言っていたセン○グレー○大聖堂に決めて予約を入れた。 式は刹那の仕事の都合や俺の仕事の都合を考慮し6カ月後に挙げる事となった。 まだ式の招待状等は作成していないけれど、まぁ6カ月も余裕があるんだ。余裕で間に合うだろう。

式場の予約をしてから半月後にやっと俺の右足のギプスが取れた。 何だか右足が軽く感じるなぁ。

仕事も普通に出来る様になり、今は営業をバリバリ(?)頑張っている。

6カ月後の刹那との結婚式+披露宴の為に仕事をめっちゃ頑張ってお金を貯めないとな。 まぁ、俺の安月給じゃそんなにお金を貯める事は出来ないと思うけど(大丈夫です圭介さん♡ ウチも貯金していますか♡)。

それに、普通は式の後にする事なんだろうけど、新婚旅行に近い内に行きたいと計画している。 これは俺の我が儘なんだけど、海外旅行は無しの方向で。 だって海外怖いじゃん? 言葉通じないし。 その俺の我が儘に刹那は賛成してくれている。 刹那はWeb検索やパンフレットを見ながら

「圭介さん圭介さん♡ ウチは沖縄か北海道に行きたいです♡ 北海道は海の幸が物凄く美味しいし、富良野や札幌に観光に行きたいです。沖縄なら国際通りでショッピングがしたいし、玉泉洞にも行きたいです♡ 圭介さんは沖縄と北海道、どっちが良いですか♡」

と今から楽しそうに旅行のプランを立てている。

俺は刹那が喜ぶなら沖縄でも北海道でもどっちでもOK。

そんな楽しい毎日を過ごしながらのある日曜日の休日。







" ザザ~ン ザザ~ン…… "


ユラユラ……。

ああ、今日は良い天気だなぁ……。 頬に当たる風も気持ちいいし、この揺れも最高だ。 カモメの声も情緒たっぷりだ。

どうも。圭介です。 今俺は海に来ています。 しかも船に乗って沖まで来ています。

何故船に乗っているのかって? それはあなた、聞かなくても分かるでしょ? 海釣りですよ海釣り。

休みの日に俺の趣味である釣りを楽しむ為に釣り船を予約して朝早くから大物狙いに来ている訳ですよ。

俺は昔買っておいた電動リールと大物が狙える耐久性のある釣竿を使って釣りをしている。

「圭介さん、風が気持ちいいですね♪ 潮の香りがします♪ 大きなお魚さんが釣れたら今日の夕食はお刺身ですね♪ 楽しみだなぁ♪」

俺の横でキャッキャッとはしゃぐ刹那。 そして

「オゥエ~~~~~ッ!!」

と船から身を乗り出して口から盛大に撒餌をかましている彼方君。

そう。沖釣りには俺、刹那、彼方君の3人で来ているのだ。

俺は会社が土日休み。刹那はたまたま珍しく今日がオフの日。そして彼方君は大学生だからいつでも休みみたいな物。

何故この3人で沖釣りに来ているかと言うと




3日位前の夜に彼方君が俺のスマホに電話してきて

『丹羽さん、日曜日暇ですか?』

「彼方君? まぁ暇だけど? どうした?」

『暇なら何処かに遊びに行きませんか? 丹羽さんの好きな所で構わないので』

「良いけど。またどうして?」

『俺思ったんです。そういえば俺、丹羽さんと遊びに出掛けた事が無いなと。 丹羽さんは俺の義理の兄なんですから、関わりが無いのはとても寂しいし駄目だと思ったんですよ。これから一生涯の付き合いになる訳ですし。 ……もしかしたら2つの意味で兄になるかも知れないですしね(ボソッ)』

「確かに彼方君と遊びに行った事が無いな。 よし。遊びに行こうか」

『はい。是非』

……俺はそこでふと思った。 そういえば最近釣りに行ってないな。と。

「……彼方君、俺が好きな所で構わないって言ったよね?」

『はい。言いました』

「じゃあ日曜日は釣りに行こう」

『釣りですか……俺、釣りはした事無いんですよね。上手く出来るか分かりませんが、日曜日の釣り喜んで行かせて頂きます♪』

「よし、決まりだな」

すると夕食の片付けをしていた刹那が

「圭介さん? お電話ですか?」

「彼方君だよ」

「彼方? 圭介さんに何の用事で?」

「あのさ、彼方君が日曜日に俺を遊びに誘ってくれたんだ。 だから彼方君と一緒に日曜日釣りに行って来るよ」

と答えると、刹那が

「ウチもお魚釣りに一緒に行きます! 良いですよね圭介さん?」

「でも刹那、日曜日に仕事入ってないの?」

刹那にそう聞くと、刹那はバッグからスケジュール帳を取り出し、スケジュール帳を開いて

「日曜日、日曜日……っと。 あっ、お休みになってる♪ やった♡ 圭介さん、ウチ日曜日オフの日です。一緒にお魚釣りに行けます♡」

「そうなんだ。じゃあ一緒に行こうか。あっ、でも彼方君に聞いてみないと」

「圭介さん、ハンズフリーにして下さい。ウチが彼方と話します」

刹那にそう言われて、スマホを操作しハンズフリーの状態にする。

「もしもし彼方? 日曜日はウチもお魚釣りに一緒に行くから」

『え"っ!? 姉ちゃんも来るの!?』

「何? ウチが一緒に行ったら駄目なの? 彼方、あんた何時からウチにそんな生意気な口をきくようになったの?」

『だ、駄目とは言ってないじゃん!』

「彼方に拒否権は無いから。良いね?」

『……はい』


と言う事で刹那も釣りに行く事が決定した。



で今に至ると。 刹那は撒餌をかましている彼方君に

「彼方~。あんたそんな事でよく圭介さんとお魚釣りに行くって言えたね? もっとシャキッとしなさいよ!」

「ウェップ! そ、そんな事言ったって、船の上がこんなに揺れるなんて知らなかったんだから仕方ないじゃん……ウェップ! ウゲェ~~~~ッ!!」

「は~っ、情けないったらありゃしない。ウチ恥ずかしくて涙が出そうだわ」

……刹那さんや、初心者にその言葉は酷と言う物だよ。 今日は彼方君は撒餌担当かな。 しかし……刹那は船酔いしないな。むしろ揺れを楽しんでいるみたいだ。 姉弟でも三半規管の強さは違うんだな。


それから彼方君は船酔いから復活する事無く散々な1日に終わった。 俺は刹那と代わる代わる釣りを楽しみ、真鯛とシマアジを釣って帰った。

彼方君には悪いけど、やっぱり釣りは最高だ。 とても良い休日になったと思った。 彼方君、誘ってくれてありがとうね♪



10月の後半に入ってから何だか刹那の体調が悪い様に見える。

時々顔色が悪く見えたり、怠そうに動いたりしている。 一体どうしたんだろうか? 体調が悪いなら俺にも相談して欲しいのだが。 凄く心配だよ。

刹那がオフの日。丁度俺も休み(休日出勤の代替え)で、俺は何となくだけど刹那の様子を注意深く見ていた。

すると、今まで機嫌良く鼻歌交じりで掃除機を掛けていた刹那が

" うぷっ! "

と口を押さえかと思うと、そのままトイレに駆け込み

" おぇぇぇぇっ! "

と嘔吐する音が聞こえてきた。

俺は慌ててトイレ迄ダッシュ!! そしてトイレのドアを叩いて

「大丈夫か刹那!? 思いっきり吐いてるみたいだけど!?」

と問い掛けるが応答なし。 暫く吐く声が聞こえ、間もなく刹那がトイレから出てきた。

「大丈夫か!? 何があったんだ!?」

「えっとですね……最近なんですが、いきなり気持ち悪くなって吐いてしまったり、身体が何か怠い時があるんですよね。 熱は無いみたいなんですが。 仕事の疲れからくる吐き気と怠さかな? と思ってます。 まぁ大丈夫でしょう。心配いりませんよ圭介さん」

ニコリと笑ってそう答える刹那。

「…………」

駄目だ。刹那は心配いりませんよって言ったが心配で仕方ない。 ……よし。 ここは強制的に

俺は寝室に行き、刹那のバッグとスマホを持ってリビングに帰ってきた。そして刹那の腕を掴み、強引に玄関まで刹那を引っ張って移動する。

「け、圭介さん? どうしたんですかいきなり?」

「今から病院に行くよ。医師に診察して貰うんだ」

「えっ? 病院に行くんですか? ウチは大丈夫ですよ? 少し気持ち悪いのと身体が怠いだけですから」

「四の五の言わずに病院に行くよ! 刹那はそう言うけど、もし大変な病気だったらどうするんだ! 俺は刹那の事が心配なんだよ。 俺を安心させる為にも俺と一緒に病院に行って医師に診て貰ってくれ。お願いだ」

俺の言葉を聞いた刹那は少しだけ考えた後

「分かりました。ウチ、圭介さんの言う事聞いて病院に行きます。そしてお医者様に診て貰います。 確かに大変な病気だったら困りますから」

そう言って大人しく付いてきてくれた。 俺は刹那を車の助手席に乗せ、安全かつ急いで病院に向けて車を走らせた。


数十分後病院に到着する。 刹那を助手席から下ろして病院内のロビーのベンチに座らせた後、車を駐車場に停め、駐車場からロビーに向かって猛ダッシュ!! おおかた駐車場に入ってこようとした車に轢かれそうになったのは黙っておこう。

病院受付職員に貰った問診票に刹那が今の自分の病状を記入し、受付に提出する。 すると受付職員が問診票を見て受付してくれた。

「丹羽様、電光掲示板に番号が出ますので、それに従って診察室へお入り下さい。 婦人科の前でお待ちください」

? 婦人科? 内科じゃ無くて?

少し疑問に思ったが、受付職員に言われた通りに婦人科の前の椅子に刹那を座らせ電光掲示板に刹那の番号が出るのを待った。 内科系の病気じゃ無くて婦人科系の病気なんだろうか? ともかく悪い病気じゃなかったら良いんだけど……。

電光掲示板に番号が出るまで気が気じゃない俺は、檻の中の熊よろしくその場を行ったり来たりしていた。

「圭介さん、落ち着いて下さい。大丈夫ですから」

「しかし刹那、もし悪い病気だったら……」

「大丈夫ですよ。多分只の疲労でしょうから。最近お仕事が一杯入っていましたから」


そんな事を話していると、電光掲示板に刹那の番号が表示された。

刹那と俺は婦人科の診察室に入る。 婦人科の医師は優しそうな女医さんだった。

女医さんは刹那が記入した問診票を見ながら刹那に色々質問していく。 食欲不振があったかとか、いつ頃から吐き気を催す様になったかとか色々と。

そして一通り質問が終わった後、女医さんが

「じゃあそこのベッドに横になって下さい。腹部エコーを撮りますので」

刹那は診察室に設置してあるベッドに仰向けで横になった。 看護師が持ってきた腹部エコーの機械を刹那のお腹の上に置いて(ゼリーみたいな物をお腹に塗った後)上下左右にゆっくりと動かし

「おめでとうございます。奥様は妊娠されていますね。妊娠2カ月目でしょう」

………は? 今何と?
















「す、すみませんが、もう一度お願いします」

俺が女医さんにそう問い掛けると、女医さんは笑顔で

「おめでとうございます♪ 奥様は妊娠されていす。現在妊娠2か月目ですね」

「……マジですか」

「はい。マジです(ニッコリ)」

女医さんからの言葉を聞いて呆然とする俺。 刹那が妊娠……? 俺の、俺達の子供……。 俺が父親に……。

俺の隣でニコニコと笑う刹那の方に振り向き、俺は刹那を抱き締めた。

「や、やった~! 俺の、俺達の子供が! せ、刹那、ありがとう! 本当にありがとう!」

俺は刹那を抱き締め号泣。

「け、圭介さん、苦しいです。それにお医者様の前では恥ずかしいです//////」

刹那は少し恥ずかしがりながら賑やかな笑顔を見せてくれた。

「丹羽さん。今が一番大切な時期です。安定期に入る迄は奥様に無理をさせない様にお願いしますね」

女医さんが俺に注意を促してきた。

「勿論です! これからは俺が妻の身の回りの事は全て引き受けます! 任せて下さい!」

俺の強い宣言に女医さんはニッコリと笑った。

そうか~。俺達に子供が出来たのか~。まだ全然実感が無いなぁ。 そうだ、今日から刹那にはゆっくりと身体を休めて貰おう。俺が刹那の身の回りをちゃんとしていかないと。 そうだ、篠宮さんにも連絡を入れて、刹那のこれからの仕事をキャンセルして貰える様に頼まないと。 あと、お義父さんとお義母さんに連絡を入れないと。それとうちの両親にも。 彼方君と栞にも連絡しなくちゃな。 後は……え~っと。

そうだ! 俺は疑問に思った事を女医さんに聞いてみた。

「先生、安定期っていつからですか?」

「そうですね、一般的には妊娠5か月からが安定期と言われていますね」

「了解です! 先生、妻の事よろしくお願いします!」

「はい。任されました。定期的に検診に来て下さいね。 後で予約票を渡しますので、忘れずに持って帰ってくださいね」

「「ありがとうございました」」

俺達は診察室から出て、待合室の椅子に座った。

「どうぞ俺のお姫様」

俺は刹那の手を引き椅子に座って貰う。

「ありがとうウチのナイト様♡」

賑やかに俺のエスコートに従い椅子に座る刹那。

「刹那、身体は大丈夫か? しんどいとか、痛いとかはない?」

「大丈夫ですよ♡ 心配してくれてありがとう♡」

「して欲しい事があったら何でも言ってくれよ。直ぐにやるから」

「今はありませんよ。今は圭介さんが側に居てくれたらそれだけで十分」

「そ、そうか? じゃあ側にいるよ。 何かあったら遠慮なく言ってくれよ?」

「分かってますって♡」

挙動不審な俺を見て刹那はクスクスと笑う。

結構真剣に言っているのだけれどなぁ。

「なぁ刹那、男の子かな? それとも女の子かな? どっちだと思う?」

「圭介さんてば気が早すぎ。まだ性別なんて分からない段階ですよ。まぁウチは男の子でも女の子でもどちらでも良いですね♪ 生まれてくる子は圭介さんに似ていたら良いなぁと思いますけどね♡」

「いやいや、刹那に似て生まれて来てくれた方が人生勝ち組だって! 俺に似たら悲惨だぞ? 刹那に似たら男の子なら相当なイケメンで、女の子なら滅茶苦茶可愛くなるな。断言出来る! あっ、でも女の子なら悪い虫がつきそうだ。お父さんはそんなの絶対に許さん! 成敗してくれるわ!!」

「だ~か~ら~。気が早いですって」

盛大に刹那に笑われてしまう。 いや、俺は本気だぞ! 我が子に降りかかる災難から絶対に護り抜いてみせるからな!

俺は刹那に断りを入れて電話を掛けに病院の外へ出る。

先ずはお義母さんに電話だな。

俺はスマホを操作しお義母さんに電話を掛けた。

『あれ?圭介君。どうしたん?珍しいねこんな時間に。何か用事?』

「はい。実は刹那が妊娠しまして」

『ふ~ん妊娠…………ってえーーーーーっ!』

「今妊娠2ヶ月目だそうです」

『あ、あの、そ、その、せ、刹那は!?』

「今待合室の椅子に座って予約票が出来るのを待っています」

『わ、分かったわ! こ、こうしちゃ居られない! 圭介君、ウチ今から直ぐにそっちに行くから!』

「えっ!? お義母さん!?」

『じゃあ準備があるからまたね!!』

そうしてお義母さんとの通話が終了した。 ……無理しないでも良いんですけどね。 相当焦ってたけど大丈夫なのだろうか?

次は俺の両親だな。 お袋に電話を掛ける。

『圭介? あんたどうしたのこんな時間に。仕事は?』

「今日は仕事休み。今病院に居るんだ」

『病院ってあんた何処か悪いの?』

「俺じゃ無くて刹那の付き添い」

『えっ!刹那さん何処が悪いの!? 大丈夫なの!?』

「病気じゃないんだよ。実は刹那が妊娠したんだ。今妊娠2ヶ月目だそうだ」

『……圭介。4月1日はもう過ぎたんだけど?』

「お袋……俺、冗談は言ってねーよ。本当に刹那が妊娠したんだ」

『……圭介、今刹那さんは何処に?』

「病院の待合室の椅子に座って次回予約票が出来るのを待ってる」

『あんた! 刹那さん放置して何やってるの! 刹那さんは今相当不安になってる筈だから側に居てやらないでどうするの! 馬鹿なの? 死ぬの? 電話を直ぐに止めて刹那さんの側についていてあげなさい! お母さん今から直ぐにそっちに行くから! 圭介、病院の場所教えなさい!』

俺はお袋に滅茶苦茶怒られた。 そしてお袋に病院の場所を説明して電話を切った。

とりあえず後1件だけ電話しないと。

俺は篠宮さんに電話を掛ける。

『丹羽さん? どうしましたか?』

「単刀直入に伝えますね。妊娠2ヶ月目だそうです。」

『えっ!? 今何と!?』

「刹那 妊娠していました。今2ヶ月目だそうです。」

俺の報告に篠宮さんは声ではない何かを挙げていた。

『そ、それでは、直ぐにそちらに向かいます! 病院は何処ですか?』

「○○総合病院です」

『○○総合病院ですか。此処からなら近いですね。 丹羽さん、10分位で着きますので待っててくださいね!』

「了解です。お待ちしてます」

篠宮さんとの通話を終えてから、俺は刹那の待つ待合室へ急いで移動した。










篠宮さんに連絡を入れてから約10分後…篠宮さんが病院へやって来た。

「刹那、体調は大丈夫なの? 少し前から何か様子がおかしいなとは思っていたけど。まさか妊娠していたなんて。私とした事が……。気付いてあげれなくてごめんなさいね」

「篠宮さん、気にしないで下さい。私も圭介さんに病院に連れて来て貰うまで分からなかったんですから。確かに月の物がなかなか来ないなぁとは思ったんですよね」

「その時に検査キットは使用しなかったの?」

「さっきも言った通り、まさか妊娠とは思っていなかったので。疲れているんだろうと思っていました」

俺は側で2人の会話を聞いていたが、恥ずかしくて赤面してしまった。 だって、月の物とか言ってるんだぞ。

「篠宮さん、刹那の仕事の件なんですが。安定期に入る迄は無理はしない様にと医師に言われたんですが、休職って可能でしょうか?」

俺は篠宮さんにそう問い掛ける。 篠宮さんの答えは   " YES " だった。

「そんなのは愚問だわ。仕事より身体と赤ちゃんが大事だもの。社長には私から話を通しておきますから」

「ありがとうございます。助かります」

「……また記者会見をしないと。ああ、胃が痛い……」

……さーせん。

「で、刹那。赤ちゃんの性別は?」

「まだ分からないんですよね。早かったら今の私の段階で分かる人も居るみたいですけど」

「ふ~ん。そうなんだ。 あっ、遅くなったけど、刹那妊娠おめでとう」

ニッコリと笑う篠宮さんが刹那に祝福の言葉を告げる。

「ありがとうございます♪ 私は今とても幸せです♡」


刹那と篠宮さんがそんな話をしていると

「刹那さん! 大丈夫!?」

と慌てた様子でお袋が待合室にやって来た。

「お義母様!? どうしたんですかそんなに慌てて!?」

「圭介の馬鹿から連絡貰って、心配だったから急いで来たのよ。だってほら、この馬鹿は頼りないでしょ?」

「それは酷くないか? 俺だって頑張るつもりだし」

「あんたは昔から口だけだからねぇ。イマイチ信用ならないよ」

「そ、そんな「そんな事はありませんよお義母様!」」

俺が抗議の言葉を言おうとすると、間髪いれずに刹那がお袋に抗議の言葉を言った。

「圭介さんはどんな時も頼りになる人です! いつも私を気遣ってくれています。今日だって私を病院に連れてきてくれたのも圭介さんです。私は初めは病院に来るつもりはありませんでした。でも、圭介さんが強引に私を病院に連れてきて、診察を受ける様に勧めてくれたんです。それで初めて妊娠が分かったんですよ。私は圭介さんを心から信頼しています。だからお義母様、圭介さんを悪く言うのは止めてください。お願いします」

刹那の強い言葉に

「ごめんなさいね。刹那さんの圭介を信じる気持ちが物凄く伝わってきたわ。 圭介ごめんね」

「う、うん。まぁ、俺 頑張るから。これからも刹那とお腹の子供を護り通してみせるから」

「……頼もしくなったねあんたも。この調子なら大丈夫だね」

「任せてくれよ」

俺とお袋は顔を見合せ笑い合う。


「それはそうと、今が一番大切な時だから、出来る限りのサポートはするからね。遠慮なく言ってね刹那さん」

「はい。頼りにしています。これからご教授宜しくお願いしますお義母様」

「じゃあ早速先輩としてのアドバイスね。 先ずは大前提の事だけど、無理は絶対に禁物。 激しい運動なんてもっての他。 そしてお腹を圧迫しない事。 身体を冷やさない事。 そして、外に居る時間や歩く時間が長くならない様にする事。 食事は生ものは食べない事。 これは大丈夫だと思うけど、禁煙ね。お酒も駄目。 コーヒー等カフェインが入っている飲み物も駄目よ。 とりあえずこんな所かしら」

お袋は妊娠初期にしてはいけない事をつらつらと刹那に説明する。

刹那は一言一句聞き漏らさない様に聞いていたが、途中で分からなくなったのだろう。 あうあうと慌てだし

「お、お義母様、申し訳ないのですが、後でもう一度教えて戴けますか? 今度はきちんとメモを取りますので」

そんな刹那の慌てぶりにお袋はニッコリと笑い

「大丈夫よ刹那さん。幾らでも教えてあげるから。慌てないで良いわよ」

と言ってきた。

聞いていて思ったのだが、やっぱりお袋は凄いなと素直に思った。経験者の助言は本当にありがたいな。

すると受付から

「丹羽さん。予約票が出来上がりましたので取りに来て下さい」

と声が掛かった。 俺は慌てて

「ひゃい! 今行きましゅ!」

と盛大に噛んだ返事をしてしまう。

俺の返事を聞いた皆はクスクスと笑いだした。 別に良いだろ! 初めての事なんだから噛んでしまっても!

「じ、じゃあ次回予約票を取りに行って会計も済ませて来るから」

俺は直ぐに受付に行き次回予約票を受け取った。そして会計を済ませる。

しかし、予約票を見ていると、俺が父親になる事を実感するな。 俺より刹那の方がこれから何倍も大変な思いをするんだろう。 しっかりと俺の大切な家族を支えて行かないとな。 俺は予約票を見ながら改めて誓った。

あっ、刹那にお義母さんが来る事を伝えるの忘れてた。 後で伝えないとな。




















お袋と一緒に病院からマンションへ帰った俺達。

その日お袋は刹那にべったりだった。 病院で刹那にアドバイスをした事をもう一度伝えたり、マンションの中を掃除したり、刹那の身の回りの世話をしたりと何だか滅茶苦茶張り切っていた。

お袋が動いている事に申し訳なくなった刹那が動こうとすると

「刹那さんは今が一番大切な時なんだから、私に任せておいて♪」

と言って刹那をソファーに強引に座らせた。

刹那はおろおろして

「お義母様にそんな事をさせるのは本当に申し訳ないので、私も何か……」

とお袋に声を掛けるが、お袋はニッコリと笑いながら

「いいからいいから♪」

と刹那の申し出を断っていた。

俺はというと、お袋のパシりを命じられる。

「圭介、今日の夕食の食材を買ってきて。 とりあえず買ってくる食材はメモしてあるから。あんたにはしっかりと動いて貰うからね!」

とメモを渡され外に放り出されてしまった。 それを見た刹那が

「私も圭介さんと一緒にお買い物へ……」

と言って俺に付いてこようとするが、お袋が一言

「圭介に行かせたら良いのよ。刹那さんはゆっくり休んでて」

と有無を言わさず刹那を引き留めた。

「でもお義母様……はい。分かりました」

お袋に反論出来なかった刹那は申し訳なさそうな顔をして俺に

「じゃあ圭介さん、お買い物宜しくお願いします」

「ああ。任せておいてくれ。刹那はゆっくり休んでて」

刹那が見送る中、俺は近所のスーパーに買い物へ出かけた。

スーパーで食材をメモ通りに色々買い込みマンションに帰宅。 両手に中身が沢山入った買い物袋を持って移動したから腕がパンパンになってしまった。 う~ん。これはもっと筋トレをしないといけないなと実感した。

玄関のドアを開け

「ただいま。ふぅ。重い」

「圭介さんお帰りなさい♡ ウチも運ぶの手伝いますね」

刹那が俺が持っている買い物袋を受け取ろうと手を伸ばした時

「圭介、あんたはそのままその食材を冷蔵庫まで運んでよ。刹那さんを使うんじゃないよ!」

とお袋に一喝されてしまった。 確かにこんな重たい物を妊婦に持たせる訳にはいかないな。

「刹那、大丈夫だから休んでて。ありがとう気遣ってくれて」

俺は刹那に笑顔でそう言った。 でも実の所、腕がかなり限界を迎えつつある。 正直早くこの買い物袋を下ろしたい。 俺は大急ぎで買い物袋達を冷蔵庫に運んだ。

買ってきた食材を冷蔵庫に全部詰め込んだ後

「お袋、後は何をすればいいんだ?」

「ご苦労様。今は特に無いよ。あんたも用事が出来るまで休んでて」

「了~解。じゃあ御言葉に甘えるとしますか」

俺は申し訳なさそうにソファーに座る刹那の横に座った。 そして両腕の筋肉を揉みほぐす。 結構キテるな……何とも情けない事で。

腕の筋肉を揉みほぐしていると、刹那が俺の腕をそっと取り

「圭介さんお疲れ様でした。ウチも手伝えれば良かったんだけれども」

と言いながら俺の腕を揉みほぐしてくれる。

「大丈夫だよ。大切な妊婦さんにあんな重たい物は持たせれないって。でもありがとう刹那気遣ってくれて」

「圭介さん……♡」

それから刹那と2人で会話を楽しんだ。

まだまだお袋からの指令は無いみたいだから、今の内にまだ連絡出来てない所に電話しとくか。

俺はスマホを取り出して電話を掛ける。

「圭介さん? 誰にお電話ですか?」

「ん? えっとね」


『もしもし。兄ちゃんどったの?』

俺が電話をしたのは栞だ。

「今大丈夫か?」

『うん。大丈夫だけど? 何かあった?』

「お前に伝えときたい事があってさ」

『何よ?』

「あのさ、実はな」

『実は?』

「刹那が妊娠した。今妊娠2ヶ月目」

『……兄ちゃん、季節外れのエイプリルフールだね?』

お袋と同じ反応の栞につい笑ってしまった。

「いやいや、本当の話なんだが?」

『……兄ちゃん。嘘吐くならもっとましな嘘吐きなよ』

完全に俺の言う事を信用してないなこいつ。

俺はスマホを刹那に渡した。 いきなりスマホを渡された刹那は " え? " みたいな顔をしている。

「? ウチ? 何故?」

「悪いんだけど、栞の奴 俺の話を嘘だって決めつけてるんだよ。だからさ刹那が説明してくれた方が良いかなと」

「成る程。電話の相手は栞ちゃんでしたか。分かりました。ウチが栞ちゃんに説明しますね」

俺の行動を理解してくれた刹那はスマホを耳に当てて

「もしもし栞ちゃん? さっき圭介さんが言った事は本当の事だよ。 さっきまで私病院に行ってたの。 今お義母様も側にいるよ」

『…えっ? 刹那さん? 刹那さんが言うなら…本当の話? ……えーーーーーーっ!?』

おいコラ! 会話丸聞こえだぞ! 俺が言った時は信じなかったのに、刹那の言葉なら何故直ぐに信じるんだよ!

慌てた栞は

『彼方君! 刹那さんが妊娠したって! 今2ヶ月目だって!』

『えっ!? マジで!? 姉ちゃんが妊娠!?』

栞の後から彼方君の声が聞こえてきた。 ん? おやおや? お前らもしかして……?

俺は刹那にスマホを返してくれとジェスチャーし、刹那からスマホを受け取る。そして

「なぁ栞、お前彼方君と付き合ってるのか?」

『!? な、なななっ! 何故兄ちゃんがそれを!?』

やっぱりそうだったか。

「お前の後から彼方君の声が聞こえてきたんだよ」

「えっ? そうなんですか? 栞ちゃんと彼方のアホが?」

『姉ちゃん!? アホは酷くね!?』

電話口から彼方君の声が聞こえてきた。

俺と刹那は顔を見合せてニヤニヤ。 とりあえず2人をからかう事にした。













さぁ2人への質問タイムといきますか♪

2人の話を聞きたかった俺と刹那は2人にお願いをして通話をスピーカーにして貰う。

「なぁ栞、お前達いつから付き合いを始めたんだ?」

少しの間沈黙が続いたが、根気よく待っていたら観念したのか

『……いつからって、ほら、兄ちゃん達が入籍した時からだよ//////』

と栞は恥ずかしそうに口を開いた。

「ほう、そうなのか。 で、どっちから告った?」

『お、俺からっす』

覚悟を決めたみたいな声で彼方君がそう言ってきた。

「え~っ!? ヘタレのあんたから? 栞ちゃんに告白したの!?」

『ヘタレは酷くね!? 俺だってやる時はやるんだよ!! ヘタレ扱いすんなよ姉ちゃん!!』

「だって実際ヘタレじゃん? 今まで彼女なんか居なかった癖に。ひよってから好きな娘にも告白出来なかったのに」

『うぐっ! それは…その…今はその話は良いだろ別に!』

『えっ!? そうなの彼方君? あの時の告白滅茶苦茶格好良かったから慣れている物だと思ってた』

『し、栞ちゃん。 ……頑張って気合い入れて告白してみました……ハイ』

『……滅茶苦茶嬉しい……です……ハイ』

うわぁ……聞いていて砂糖吐きそう。俺は無理だな格好良い告白なんて。

「あら? 栞ちゃんの反応からして彼方にしては頑張ったみたいね。 でも圭介さんの言葉には絶対に勝てませんけどね。圭介さんがウチにくれた言葉は物凄く格好良かったなぁ♡ ウチ胸がキュンキュンして堪りませんでしたから♡」

『……確かにあの時言ってたな。「刹那、もし刹那さえ良かったら俺と結婚して欲しい。 これから色々大変な事もあると思うけど、俺が刹那を全力で護っていくから。ずっと俺の傍に居て欲しい」って。 でも、彼方君の方がもっとロマンチックな告白でしたよ?』

「……ほう? 圭介さんよりそのアホの方が格好良い告白をしたと? 是非聞きましょうか?」

おや? 刹那さんや? 言葉に物凄く棘があるんですが? どうしましたか?

『……分かりました。お話しましょう! 彼方君が私に告白してくれた時の言葉を! 「俺は栞ちゃんの事が好きだ。誰よりも好きなんだ。俺は今は財力も権力もないけど、君を思う気持ちはどこの誰よりも強く持っていると断言出来る! 俺はこの世の色々な事から栞ちゃんを護るナイトになりたい! もし栞ちゃんさえ良かったら俺に君を護らせて欲しい。俺と付き合って下さい!」 って言ってくれたんです♡』

滅茶苦茶ノロケ声で自慢気に栞は告白内容を暴露。

「ほう。彼方にしてはなかなかの言葉です。でも、やっぱり圭介さんには敵いませんね。圭介さんはウチに事ある毎に優しい言葉を掛けてくれたり、頼もしい態度を見せてくれるんですよ♡ 少し前になりますが、ウチが危ない時に颯爽と現れて、ウチのピンチをあっさりと救ってくれたんですよ♡ まぁ彼方には逆立ちしても真似出来ないでしょうけど」

『むっ! そんな事無いです! 彼方君も私を滅茶苦茶気遣ってくれるし、優しい言葉もいつも掛けてくれています! それに私が痴漢にあった時に滅茶苦茶格好良く助けてくれました!』

……刹那さんや。栞さんや。もうその辺で止めて貰えませんかね? 滅茶苦茶恥ずかしいんだが。2人の話を端から聞いていて自分でも分かる位顔が熱くなっているんだよ。 多分向こうに居る彼方君も同じ状態だろうな。

『「 ムムムムッ!! 」』

『「 とにかく、一番格好良くて素敵な男性は " 圭介さん " " 彼方君 " なんです!! 他はあり得ません!!」』

通話を通して自分の彼と伴侶を誉めちぎり、挙句の果てに喧嘩みたいになっている2人。

両サイドにいる俺と彼方君は恥ずかしさでグロッキー寸前になってしまっていた。

すると

「栞、お母さんあんたに彼氏が出来た事知らなかったんだけど?」

お袋が会話に参加してきた。

『お、お母さん!? 何時からそこに居たの!?』

「ずっと居たわよ。あんたと刹那さんの話をずっと聴いていたわ。さぁ説明して。それと彼を紹介してくれる?」

栞はしどろもどろになりながらお袋に説明をしだした。そして

『じ、自分は由井彼方と申します!! ご、ご挨拶が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした!! し、栞さんとは真剣にお付き合いをさせて戴いております! これからもどうか宜しくお願いいたします!!』

と彼方君からお袋に電話越しだがきっちりとした挨拶があった。

「これはご丁寧にどうも。 栞の母です。 何処か抜けている娘なので色々と大変だとは思いますが、これからも支えてやって貰えると嬉しいわ」

『はい! 勿論でございます! 栞さんの事は全身全霊で護ります! どうか宜しくお願いいたします!!』

「宜しくね。 さて栞。 この案件はお父さんに報告ね。 良いわね?」

『……ハイ。モチロンデス』

『どうしたの栞ちゃん?』

栞の変わりように彼方君が心配そうに声を掛けていた。

「彼方……あんた今から心構えをしときなさいね。お義父さん結構怖い人だから。ウチが実家にお邪魔した時に圭介さん殴られたから」

『ヒエッ!? マジで?』

「マジ。痛いと思うわよ?」

刹那は彼方君に親父に殴られる前提でアドバイスをしていた。 親父を叩いた刹那が言う事では無いと思うのだが?


栞達との電話が終了した後、お袋が作ってくれた食事(ほうれん草の和え物 ニラレバ炒め等々)を戴く。

食事も終わり、後片付け(俺が片付けをした)が終わった後

「圭介、何か変わった事があったら連絡してきなさい。 直ぐにでも駆けつけるから。 刹那さん、何か分からない事や不安に思う事があったら何時でも相談してきてね。遠慮はいらないから」

とお袋は俺と刹那にそう言ってきた。

「分かってるよ。何かあった時は宜しく頼むよ。頼りにしてるから」

「お義母様ありがとうございます。その時は是非相談に乗ってください」

「任せて」

そう言ってお袋は帰っていった。

「やっぱりお義母様は凄く頼り甲斐がありますね」

「未だにお袋には頭が上がらないんだよな。多分こういう所があるからなんだろうな」

俺と刹那は顔を見合せて笑いあった。

笑っている刹那の顔を見ていたら……あっ!

「あっ!」

「ど、どうしたんですかいきなり大きな声を挙げて!?」

俺がつい大きな声を挙げてしまった事に驚いた刹那が焦った顔をして俺に問い掛けてきた。

「……思い出した。言うの忘れてたけど、多分だけど今日の夜遅くか明日の午前中にお義母さんが来ると思う」

「えっ? お母さんが? 愛媛から?」

「そう。俺がお義母さんに電話したら、お義母さんが " 直ぐに行くから " と言ってたんだよ。 すっかり忘れてた」

「……お母さんなら本当に来そう。思い立ったら直ぐ実行の人だから」

と、とにかくお義母さんがいつ来ても良い様に寝具の準備をしとかないと。 俺は手伝おうとする刹那を制してバタバタとクローゼットの中から寝具を取り出して準備をした。

それからお義母さんがマンションに到着したのはPM10:00前位だった。

「せっちゃん! 貴女妊娠したの何で黙ってたの!? お母さん圭介さんから聞いてビックリしたわ!」

「黙ってるも何も、ウチも妊娠してたの知らなかったんだからしょうがないじゃん? 今日病院受診して初めて分かったんだから」

「そんな事は無いでしょうが? せっちゃん、体調が少し前から悪かったんじゃないの? 身体のダルさが強かったとか、吐き気がちょこちょこあったとか?」

「確かにあったけど、お母さんよく分かったね? 何で?」

「ウチも妊娠した時そっくりそのままの状態だったんよ。そんな状態だったんならお母さんに連絡してきてよ。だったら妊娠している事が直ぐに分かったのに」

「知らんよそんな事! ウチ疲れてるんだな位の認識だったんだから!」

「……圭介さん、ごめんねこんなアホな娘で」

お義母さんは俺の顔と刹那の顔を交互に見ながら深い溜め息を吐いた。

「お母さん!アホとは何よアホとは!」

お義母さんの言葉に刹那は憤慨する。

「だってアホでしょうが! 妊娠と疲れの区別も付かんのやけん!」

俺を挟んで2人は口喧嘩をしだした。 刹那はお腹の子供に良くないから止めなさい! お義母さんも刹那を煽らないで!

「と、とにかくお母さんからせっちゃんにアドバイスを……」

「あっ、アドバイスはお義母様から聞いたから要らないよ。どうせ内容同じでしょ?」

「えっ!? まさかのアドバイス拒否!? も、もしかしたらお義母さんとは違うアドバイスかも知れんやん!?」

「じゃあ話してみてよ」

「それじゃあ話すよ? 先ずは大前提の事だけど、無理は絶対に禁物。 激しい運動なんてもっての他。 そしてお腹を圧迫しない事。 身体を冷やさない事。 そして、外に居る時間や歩く時間が長くならない様にする事。 食事は生ものは食べない事。 これは大丈夫だと思うけど、禁煙ね。お酒も駄目。 コーヒー等カフェインが入っている飲み物も駄目よ。 とりあえずこんな所かしら」

「……わぁ。凄い。お義母様と同じアドバイスだった。しかも、一言一句同じとはビックリした……」

「まさかのだだ被り!? しかも一言一句同じだったとは!?」

俺もお義母さんのアドバイスを聞いてビックリした。まさかお袋と同じ文言を言うとは。

「も、もしかしてせっちゃん、お母さん……」

「申し訳ないけど丸パクリみたいに聞こえた。二番煎じもいいとこ」

「マジでーーーーーー!?」

お義母さんはフロアに膝を付いて項垂れてしまった。

げ、元気出して下さい! お義母さんのアドバイスは的確な事を言っていますから! 落ち込まないで下さい!

それからお義母さんの気分が復活するまでに1時間程掛かった。

それから何かを思い出した様な表情をしたお義母さんが

「……それはそうと、お母さん思ったんだけど、貴女達結納は? 入籍はしたけど結納はしてないよね?」

はっ! そうだった! 肝心の結納をしていない! 結納金って幾らなんだ!? 相場がわからん! ど、どうしよう!?

「それに、せっちゃんが妊娠したから新婚旅行は延期ね。妊婦さんには遠出は禁物だからねぇ」

「マ、マジでお母さん!?」

「当たり前よ。妊婦さんが飛行機に乗るのなんて駄目よ? お腹に障るから」

お義母さんの言葉を聞いて刹那は盛大に落ち込んだ。

「マジですか!? 圭介さんとの新婚旅行が……延期!? 滅茶苦茶楽しみにしてたのにぃ!」


お義母さんの言葉を聞いて俺と刹那はこれから色々としないといけない事が山積みな事に初めて気付いた。





















ネットで調べると結納は入籍をしているから必要無いと書かれていた。 俺的には忘れてたとはいえケジメとして形式だけでもしておきたい。 でも、俺個人の意見を通す訳にはいかない。 結納の話は皆の意見を聞いてからにしよう。

先ずは両家の顔合わせかな。

俺は親父に電話をして聞いてみる事にした。

『圭介か。母さんから聞いたぞ。刹那さん妊娠2ヶ月目だそうじゃないか』

「そうなんだよ。俺もビックリしたんだ」

『……お前も人の親になるんだ。これからもっと気を引き締めて物事に取り組まないといけないぞ。俺が出来る事は手伝ってやるから』

本当にありがたい言葉だ。

「親父、時間は大丈夫か?」

『ああ。大丈夫だが? どうした?』

「此処にお義母さんが居るんだよ。まだ俺達、両家の顔合わせをしていなかったよな。何かとバタバタしていたから。だから顔合わせの日取りを一緒に相談したいんだよ。だからさ、スピーカーに切り替えるから話を一緒にしてくれないか?」

『……分かった。本当はお義父さんも一緒の方が良いのだが』

俺はお義母さんの方を見る。 お義母さんはニコニコしながらOKサインを出している。

スマホの通話をスピーカーに切り替えた。

『……本当はもっと早めに顔合わせを行わないといけなかったのですが。こちらの不手際で本当に申し訳ありませんでした』

「いえ、此方もバタバタしていましたのでお相子という事で。 では早速顔合わせの日取りを決めてしまいましょう。主人には私から内容を伝えておきますのでご心配なくお願いいたします」

『じゃあ此方も家内には私から報告いたしますので』

それから 俺・刹那・お義母さん・親父の4人で話し合いを行い、大安吉日に顔合わせを行う事にした。

暫く親父とお義母さんは世間話をした後通話を終了した。

さて両家の顔合わせの日取りも決まったし、次は顔合わせの場所を押さえとかないと。

しかし、今の時刻 実はAM2:00を回っている。 

段々と睡魔が……。

俺はチラリと刹那とお義母さんを見る。

……滅茶苦茶元気に話をしているじゃないか。 この調子だと寝そうに無いなこの2人は。

此処で俺が " 眠いので寝ます " とは言えないな……。

……完徹コースかなこりゃ。 朝早くに会社に連絡して休みを取らないと駄目かな。

……俺の有給、後どれ位残ってたっけ?

会社に連絡してお小言を貰う覚悟を決めた俺は、嬉々として話をしている女性陣の中に加わる事にした。

……滅茶苦茶眠い。


見事予想通り完徹した俺は、ハイな頭で会社に連絡を入れる。

「すみません。丹羽です。申し訳ありませんが、今日もお休みを戴きたいのですが……」

『分かりました。伝えておきますね。 で、今日の休みの理由を教えて戴けますか?』

「あっ、はい。実は両家の顔合わせがまだでして、その日取りを決めるのにお休みが」

『あっ、そうなんですね。分かりました。必要ですものね。頑張ってくださいね』

「あ、ありがとうございます。それでは宜しくお願いいたします」

何だかすんなりと休みが取れてしまった。 何か応援までされてしまった。

「さぁ圭介さん! お休みも戴けたみたいですし、顔合わせの会場決めしちゃいましょう♡」

やたらハイテンションな刹那とお義母さんに促されるまま日程の擦り合わせを始めた。

それにしても寝ていないのに滅茶苦茶元気ですね貴女達……。 俺は眠くて仕方ないです……。 ファァァァ……。

そしてこの後両家の顔合わせの会場を押さえに行く事に。 出来るだけ高級な料亭でも予約しようかな(俺の細やかな見栄です。良いだろ? 見栄を張ったって)

そして早○田にある料亭に決めた。 1人辺り3万円……普通のサラリーマンには痛い出費だが、これも皆が円満に過ごす為だ。 俺は清水の舞台から飛び降りる覚悟で8人分(俺・刹那・お義母さん・お義父さん・親父・お袋・栞・彼方君の8人)の予約をした。

顔合わせの日取りも決まった。顔合わせの場所も確保出来た。

顔合わせ上手くいくと良いなぁ。





そして月日は流れ、今日は刹那の3ヶ月目の定期受診の日だ。

残念ながら俺は仕事を休む事が出来ず、一緒に受診に行く事が出来なかった。実に無念だ。 俺の代わりにお袋が一緒に付いていく事になっている。

「圭介さん、そんなに残念がらないで。結果は1番に教えますから。あっ、でも1番に知るのはお義母様か」

と笑いながら刹那がそう言ってきた。

「うむむっ! それも仕方なしか。 気を付けて行ってきてくれよ。何かあったら直ぐに連絡くれよ。直ぐに飛んで行くから」

「も~っ♡ 心配症だなぁ♡ お義母様も一緒なんだから大丈夫ですって♡」

「で、でもやっぱり心配なんだよ。刹那に何かあったら……」

「ウチの事をそこまで心配してくれる圭介さんがウチは大好きです♡ 愛していますよ あ・な・た♡」

「……刹那」

俺達は見つめあって笑顔を見せる。

「……仲がいいのは結構だけど、圭介、あんた会社に遅刻するんじゃない?」

お袋が呆れた顔をしてそう言ってきた。

時間を見ると 8:00 を回っていた。 ヤバい!

「じ、じゃあ行ってくる! お袋、くれぐれも刹那の事頼んだぞ!」

「分かってるわよ。あんたじゃあるまいし。さぁ早く行きなさい」

俺はお袋に強く念押しして出勤した。



会社に着いて仕事に取り掛かったが、刹那の受診の事が気になって仕事に身が入らない。 おかげでいつもはしない様なミスを連発し同僚に心配される始末。

何とか1日の業務が終了し、俺は急いでマンションに帰った。

玄関のドアを開けて、乱雑に靴を脱ぎ捨てると急いでリビングへ向かった。

「ただいま! 刹那! どうだった!?」

俺の少し(?)大きめの声にビックリした様子の刹那とお袋。

「圭介! 大声挙げるんじゃないよ! 刹那さんがビックリしてるだろ!」

「ご、ごめん」

「全くあんたは昔からそうなんだから」

「ごめんて」

そんな俺達のやり取りをみてクスクスと笑う刹那。

「じゃあ刹那さん、圭介も帰ってきたから私はお暇するわね」

「お義母様、今日は本当にありがとうございました」

お袋に頭を下げる刹那。

「気にしない気にしない♪ これからも困った時は何時でも頼ってね♪ じゃあね」

そう言ってお袋は帰っていった。

「で、どうだったんだ今日の結果は!?」

「まあまあ、先ずは着替えて来て下さいね♪ 圭介さんが落ち着いてから話しますから」

刹那にそう促され、俺は急いで背広から部屋着に着替えを済ませリビングに戻る。

「じゃあ結果報告お願い」

「分かりました♪ 今日の受診結果ですが、順調に育っているみたいですよ♡ ウチ達の愛の結晶 " 達 " 」

刹那の言葉を聞いて俺は安堵した。 良かった~。順調に育っているんだな。

ん? 今刹那が気になる事を言った様な?

「……刹那? 今 " 達 " って言わなかったか?」

「はい。言いましたよ♡」

「えっ? も、もしかして?」

「今日の検診ではっきりと分かったんですが、ウチのお腹の中には " 2人 " 居るみたいなんです♪」

驚きの事実!! 俺達の子供は何と双子だった!!

「ちなみに性別も分かりました♪ 知りたいですか?」

「も、勿論だよ!!」

「どうしようかな~♡ 内緒にしようかな~♡」

「そんな意地悪言わずに教えてくれよ~」

刹那に意地悪を言われて焦る俺。 やっぱり知りたいじゃないか! 名前も考えないといけないし。 字画とか響きとか。産まれてくる我が子の幸せを願って今の内から考えたいんだよ~!

「ふふっ。焦る圭介さん可愛い♡ 分かりました♪ 教えますね♡ 男の子と女の子らしいです♡」

おおっ!! 男の子と女の子か!

「2人で大事に育てていこうな。俺、頑張るからさ」

「勿論です♡ 楽しみだなぁ♡」


さて、早速明日書店に行って字画の本を買ってこなくては! 待ってろ我が愛娘・愛息子よ! お父さんがお前達にピッタリの名前をプレゼントしてやるからな!











「それとですね、もう1つ圭介さんに報告♪」

刹那が嬉しそうにそう言ってきた。

「報告? 何だか嬉しそうだな?」

「はい♪とっても嬉しい報告です♪」

何だろう? 双子だった事より嬉しい報告なのだろうか?

「何だろう? 教えてくれる?」

「実は、今日病院に検診に行った時に篠宮さんにバッタリ出会ったんですよ」

「篠宮さんと? 篠宮さん何処か悪いのか?」

「いいえ。至って健康ですよ」

「でも、病院で出会ったって言ったよね?」

「も~っ! 圭介さん鈍すぎ。じゃあ問題。ウチは何科に今日受診しましたか?」

「えっ? 刹那が受診したのは産婦人科だろ?」

「正解。 で、篠宮さんと出会ったのは?」

……。 え? も、もしかして?

「も、もしかして篠宮さん」

俺がそう言うと、刹那は嬉しそうな顔で

「今3ヶ月目なんですって♪」

マ、マジ!? 篠宮さんに赤ちゃん!?

俺は急いで赤坂に電話をする。

『ん? どうした丹羽?』

「お前、篠宮さんが妊娠3ヶ月目だって知ってたか!?」

『えっ? マジで!? あ、兄貴はそんな事何も言って無かったぞ!?』

「刹那が産婦人科で篠宮さんと出会ったんだよ。だから間違いない」

『お、俺、今から兄貴に聞いてみる!! 一旦通話切るぞ!!』

赤坂との通話を終了する。

「刹那、赤坂は知らなかったみたいだ」

「あら? そうなんですか? でも、修治さんは知っているんじゃないですか?」

「だよな。だって自分の子供が出来たんだから。 仮に知らなかったとしても、今日位には篠宮さんから連絡があるだろうさ」

「ですよね♪」

それから直ぐに赤坂から電話が掛かってきた。

『丹羽! 兄貴は知らなかったみたいだぜ! 相当慌ててた。 今から雪菜さんに確認するって!』

「落ち着け。お前が狼狽えてどうするんだ?」

『そりゃ狼狽えもするさ! 兄貴とその恋人の間に子供が出来たんだぞ! こりゃ大変だ! 間違いなく結婚が早まるぞ! そして兄貴は相手の親から間違いなく殴られる!』

確かにそうだろうな。結婚(まだ婚約もしていない)前の娘のお腹に子供が出来たんだ。殴られても不思議ではない。

でも、修治さんは誠実な人だ。きっちり責任は取るだろう。

『俺、結婚してないのに叔父になるんだな……。せめて結婚してから叔父になりたかった』

……残念だったな。諦めろ。

赤坂からの電話が終了してから直ぐに刹那のスマホが鳴る。

「あら? 篠宮さんからです。何だろう?」

刹那は通話をタップ

「はい。どうしましたか?」

『どうしたじゃないわよ! 何で話しちゃってるの!? 私から修治さんに話をして驚かせる予定だったのに!!』

「ありゃ。そうだったんですか? それはすみません」

『修治さんから電話が掛かってきて、凄い勢いで " 雪菜さん! 体調は大丈夫なの! 直ぐに行こうか!? 無理は駄目だよ! お腹の子に障るから! " って言われちゃったのよ? ……本当にもう。心配し過ぎよね?』

「それにしては嬉しそうですね?」

『そりゃ……修治さんが私の事をあんなに心配してくれたんだもん♡ 嬉しくない訳無いじゃない♡ それに、修治さんと私の愛の結晶が私のお腹の中にいるんだから』

刹那はニヤニヤしながら

「それはそれは♪ そっか~。じゃあ篠宮さんのお子さんはウチの子供達と幼なじみになりますね♪」

『ん? 刹那、今何て言った?』

「え? お子さんはウチの子供達と幼なじみになりますねって言いましたけど?」

『……達?』

「はい」

『も、もしかして……あなたの子供って双子?』

「あれ? 言ってませんでしたか?」

『聞いてないわよ!』

「ありゃ」

『はぁ……まぁ良いわ。で、どうだったの今日の検診は?』

「2人とも順調に育ってます♪ 今の所は特に問題は無さそうです」

『それは良かったわ』

「篠宮さんはいつ妊娠が分かったんですか?」

『今日の診察で分かったのよ。 いつも定期的に来る物が来なかったから、何かおかしいな? もしかしてと思って。勇気を出して受診したら、お医者様に " おめでとうございます。妊娠3ヶ月目です " って言われたの。 腹部エコーで説明して貰って実感したわ。私にも子供が出来たんだって』

「凄く嬉しいですよね。愛している人との子供がお腹の中に宿るって」

『そうね。滅茶苦茶嬉しいわ。性別は男の子だと分かったから、修治さんに似たイケメンに育って欲しいわね。私に似たら残念な感じになりそうだから』

「圭介さんも同じ事を言ってました。俺に似るより刹那に似た方がイケメンと美人になるって。私的には圭介さんに似てくれた方がイケメンと美人さんになると思うんですよね♪」

『修治さんも " 雪菜さんに似た方がイケメンになる " と言ってたわ』


うっすらとだが篠宮さんの声が通話口から聞こえてきた。 話の内容からすると、修治さんは滅茶苦茶喜んでいるみたいだ。 これは本当に結婚が早まるな。 

刹那の楽しそうな表情、篠宮さんの嬉しそうな声。

それを見て、聞いて、俺は心の底から嬉しかった。

『聞いて刹那。修治さんたら、それから本当に私の所に来ようとしたから、今日はもう夜遅いから明日来てって伝えたの。でもなかなか " うん " って言ってくれなくて。宥めるのに苦労したわ』

「苦労したって言ってますけど、篠宮さんの声は嬉しそうですよ♪」

『だって……私の事を心配してくれてるのよ。本当は滅茶苦茶嬉しいし、傍に居て欲しいわ』


それから刹那と篠宮さんの通話は続き、約2時間程女子トークが続いた。







あっという間に月日は流れ、今日は両家の顔合わせの日だ。

前日から刹那の両親は都内某所のホテルに宿泊している。刹那には前日からホテルにご両親と宿泊してもらい、一緒に会場まで来て貰う予定だ。

俺は朝早くに家の家族を車で迎えに行き、会場に向かっている最中だ。

会場となる料亭に着き、駐車場に車を停める。

「お、おい圭介……物凄く高そうな場所なんだが……大丈夫なんだろうな?」

「そ、そうよ……お母さん達こんな所になんか来た事ないわよ。 場所間違ってない?」

「大丈夫だ。場所は間違ってないよ。俺も初めて来る場所だから不安ではあるけどね」

物凄く挙動不審な両親を引き連れて俺は受付に向かう。

「本日予約している丹羽ですが……」

少し緊張気味に受付のスタッフさんに問い掛ける。

「本日8名様でご予約の丹羽様ですね? 御待ちしておりました」

丁寧に頭を下げるスタッフさんに、俺達3人も頭を下げる。

「それではお部屋にご案内いたします」

「あっ、宜しくお願いいたします」

緊張した動作でスタッフさんに着いていく俺達。 親父なんか緊張で右手と右足を同時に出して(左手と左足も同様)歩いている。まるで玩具のロボットみたいだ。 まぁ俺もさほど変わらない感じだったのだが。 その点流石お袋。 緊張は直ぐに解けて堂々とした感じでスタッフさんに着いていっている。 こういう場面では女性の方が度胸があるという事なんだろうな。

そうして俺達丹羽家は物凄く広い和室に案内される。

「それでは失礼致します」

そう言ってスタッフさんはこの場を後にしていった。

「「「……………」」」

物凄く広い和室を前にして俺達丹羽家の面々は固まっていた。

「ねぇ圭介、私達は何処に座ればいいのかしら?」

「……多分中央にあるテーブルの下にに列べられている座布団に座ればいいんじゃないか? ……多分だけど」

「先に座ってて本当に良いのか? 刹那さんのご両親に失礼にならないか?」

「分からないけど、ずっと立っている訳にはいかないからなぁ。良いんじゃないのか?」

そう言って親父とお袋を座布団に座る様に促すが、一向に座らない。 ずっとその場に立ったまま動こうとしなかった。 このままじゃ埒があかないので、意を決して俺はテーブルに列べられている座布団の1つに座った。

俺が座布団に座った姿を見た親父とお袋はようやく俺の隣の座布団に座る。

……沈黙が続く。 なんかそわそわしてしまうな。

暫くその状態が続いた後、刹那とお義父さん、お義母さんが俺達の居る和室に案内されてきた。

「圭介さん、お待たせ致しました」

刹那の明るい声がしたと同時に俺達3人は素早く座布団から立ち上がり

「お先に座っていて申し訳ありません 私、圭介の母の丹羽幸子と申します」

「は、初めまして! 圭介の父の丹羽純平と申します」

「お義父さん、お義母さん。お久しぶりです。今日はわざわざ遠い所まで御越しくださりありがとうございます」

と言って頭を下げる。

「わ、私は刹那の父で 由井公宏と申します ご挨拶が大変遅くなりまして本当に申し訳ありません」

「私は刹那の母で由井アリサと申します。いつも娘が大変お世話になっております。この間はご挨拶が出来ずに申し訳ありませんでした」

お義父さんは滅茶苦茶低姿勢で頭を下げ親父とお袋に挨拶をする。 何なら名刺を渡す勢いだった。

一方お義母さんの方はと言うと、丁寧な口調で賑やかな笑顔を見せて挨拶をしていた。 いつもの陽気な雰囲気は見えない。

お義母さんを除いた3人は頭を下げ合い恐縮しまくっていた。 何だか頭を下げ合う姿を見て笑いそうになってしまったのは内緒だ。

「さて、これで全員揃ったのかな? じゃあ始めようか」

と言った時

「ゴメン! 遅れちゃった!」

「すみません! 遅れてしまいました!」

と息を切らせて栞と彼方君が和室に入ってきた。

……おっと危ない。この2人を忘れる所だった。

……ん? おやおや?(ニヤニヤ)

俺は2人の姿を見てからかいたくなる衝動に駆られた。

ふと周りを見ると、俺以外も2人の姿を見てニヤニヤしている。 親父だけは別の表情を浮かべているが。

「……お父さん以外の人は何でこっちをみてニヤニヤしてるの? 何気にお父さんは顔が怖いし」

栞が不思議そうに俺に向かって聞いてくる。

「お前らの今の状況はどんな感じだ?」

「えっ? 今の私達の状況って……あっ!」

栞と彼方君は手を握ったまま和室に入ってきていた。

直ぐにパッと繋いでいた手を放し、恥ずかしそうに俯く栞と彼方君。

俺達は一斉に2人を冷やかしに入った。

「2人とも結婚はいつですか~♪」

「今まで2人で何やってたのかな~♪」

「あらあら♪ お熱いことで♪」

「孫が3人になるのかしら♪」

「「止めて(下さい)!!」」

顔が真っ赤になっている栞と彼方君。

やっぱりこの2人はからかうと面白いなぁ♪

すると俺の背後から異様な気配が……。

振り向くと、そこには親父が両手の指をボキボキ鳴らしながら

「なぁ栞。そちらのイケメン君をお父さんに紹介して貰えるかな?」

「ひ、ひゃい!」

「お、お父さん、落ち着いて!」

「ん? 何を言っているんだ? お父さんはいつも落ち着いているが?」

親父の人を○せそうな表情にビビり倒す2人。

これは不味いと思った俺と刹那は間に入り説明をする。 彼方君は刹那の弟で、栞の彼氏だと。

俺と刹那の必死の説得に親父の怒りは沈静化したみたいだ。納得はしていないみたいだが。

妙な雰囲気の中、両家の顔合わせが始まった。


皆揃った為、スタッフさんにお願いして料理を運んで貰う事にした。

高級そうな肉料理や海鮮の料理がテーブルに並んでいく。 流石予算 1人30000円のコースだけある。

「お、おい圭介……滅茶苦茶豪華な料理ばかりなんだが、支払いは大丈夫なのか?」

列べられている料理を見て親父がこそっと俺に耳打ちしてきた。 " THE庶民 " の反応を示す親父。

確かに俺も親父と同じ立場ならば同じ反応を示すと思う。

「大丈夫だ。ちゃんと支払える金額で設定してあるから心配ないよ」

「そ、そうか。それなら良かった」

と言っても飲み物代は別途。 まぁ皆そんなにお酒は飲まないだろうから。少し予算より多めに持ってきているから大丈夫だろう。 ……多分。

間もなくして会食が始まる(彼方君は親父の鋭い視線を浴びまくっている為か、物凄く小さくなっているが)。

和やかな雰囲気で会食は進む。 初めは皆少し硬かったが、お酒が入ったお陰なのか徐々に笑顔が見られる様になり、会話も弾んでいった。



(義母) 「今日はこの様な場を設けて戴き誠にありがとうございます。お義父様もお義母様もとても良い人で安心いたしました」

(お袋) 「いえいえ、こちらこそ遠方から御越しくださりありがとうございます。お義父様もお義母様も良い人でこちらも安心しております」

(親父) 「うちの馬鹿息子がご迷惑をお掛けしてはいませんか? もしそうなら、きつく指導致しますので遠慮無く仰って下さい」

(義父) 「圭介君はとても好青年で、礼儀も正しく私は気に入っていますよ。迷惑だなんて全然。 寧ろうちの娘こそご迷惑をお掛けしてはいませんか?」

(お袋) 「刹那さんはとてもおしとやかで凄く優しいお嬢さんですので、迷惑だなんて全然。うちの圭介には勿体無い位の女性ですよ」

(義母) 「でも、私に似たのか気が強い所がありまして。この間圭介君が愛媛にご挨拶に来てくれた時に、何故か夫が圭介君を殴ってしまいまして。その事に関しては大変申し訳ありませんでした。 で、圭介君を殴った夫を見た刹那が直ぐに夫をボコボコにしちゃったんです。それはもう凄い剣幕で。ついでに私も夫をボコボコにしちゃったんですけどね」

その言葉を聞いた親父が何故か " ビクッ! " と身体を震わせる。

(刹那) 「や、止めて! 何でお義母様にその事言っちゃうの!? お、お義母様、私はそんなに乱暴なんかじゃ無いんですよ! あの時は圭介さんが傷付けられたからついお父さんを叩いただけなんですよ! いつもはそんな事は絶対にしませんから! 信じて下さいお義母様!」

(義母・義父) 「「本当かな?」」

(刹那) 「本当です! 圭介さん! ウチはそんな乱暴な娘じゃ無いですよね?」

(俺) 「勿論。刹那は世界中で誰よりも可愛く綺麗で、そしておしとやか。俺には勿体無い位の素敵な奥さんだよ」

(刹那) 「圭介さん♡ 圭介さんこそ世界中で誰よりも格好良くて、頼りがいのある素敵な旦那様です♡ 圭介さん以外の男性は只の芋です♡」

(栞) 「刹那さん? その言葉は聞き捨てなりませんね? 兄ちゃんが頼りがいがあるのは認めますが、世界一格好良くて頼りがいがあるのは断然彼方君ですよ♡ 異論は認めませんから!」

(彼方) 「し、栞ちゃん!? な、何を言ってるの!?」

(栞) 「だって、彼方君は私のピンチに颯爽と現れて、滅茶苦茶格好良く助けてくれたもん♡ そして、決断力もあって男らしくって♡ 私の自慢の彼氏さんだもん♡」

(彼方) 「そ、そうかな?(エヘヘ) 栞ちゃんこそ世界中で誰よりも可愛くておしとやかで。自慢の彼女だよ♡」

見つめ合って微笑み合う2人。 そして彼方君を睨み付ける親父。 そしてニヤニヤしているお義母さんとお袋。

(刹那) 「はぁ? 彼方が格好良くて頼りがいがある? 栞ちゃん、そこは全力で否定するよ。一番はウチの圭介さんだよ!」

(栞) 「刹那さんこそ大丈夫ですか? 兄ちゃんが一番? それは絶対あり得ませんね! 一番は彼方君です!」

(刹那・栞) 「「はぁ?」」

物凄い形相で睨み合う2人。 一触即発の感じになっている。 不味いと思った俺と彼方君が止めに入る。

(俺) 「ハイハイストップ! 刹那も栞も落ち着いて。刹那は興奮しちゃ駄目だよ。お腹の子供に障るから」

(彼方) 「栞ちゃんも落ち着いて。俺の為に怒ってくれてありがとうね。でも、怒っちゃ駄目だよ。せっかくの世界一可愛い顔が台無しだよ?」

俺達の説得に渋々応じる刹那と栞。 流石に喧嘩は駄目。

それから直ぐに2人は仲直りをし、会食は円満に終了する。

支払いの時に親父が俺の所にやってきて

「圭介、俺も少し出そうか?」

「大丈夫だから。親父は皆の所に行ってきな」

俺は受付のスタッフさんに26万円を支払う。

初めは刹那が " ウチが全額出します! " と言っていたが、丁重に断った。此処で刹那に甘えては男が廃るってもんだ。

俺はスタッフさんに今日の御礼を言ってから皆と合流した。

今日の雰囲気からいって、両家の顔合わせは大成功に終わったと言えるだろう。

















底辺の俺 大人気の彼女に惚れられる  その四

2024年1月27日 発行 初版

著  者:猫之丞
発  行:猫之丞出版

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猫之丞

猫之丞と言います。 趣味で小説を書いています。 結構な年齢で御座います。 皆様宜しくお願い致しますm(__)m

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