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一般的に磐座(いわくら、磐倉・岩倉)とは、古神道における岩に対する信仰のことや、あるいは、信仰の対象となる岩そのもののことだとされている。ただ、この本ではあくまで我流の解釈にての磐座(石・岩)を国内各所から取り上げている。
民俗学者の折口信夫は、「石の信仰とさえの神と」の中で、イシ(石)とタマ(魂)の関係性について次のように語っている。
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神を溯ってゆくと、たまになり、たまから神さまという澄みきった考えに進んでゆくから、神さまの神さまたる力をば留めておくところが、石ということになる。石を神だと考えぬまでも、神を祭るためには、石の中に、たまがはいっているものとして、たまの所在である石を祀る。
また、石の中にはいっているたまを祀る。だから、われわれの国のあらゆる社や祠の神体を調べると、石であることがたくさんある。清らかな石そのものであることが多い。(中略)石の信仰は、(神体としての石)、(石占い)、(精霊を抑える石)、(生殖器崇拝の石)と、この四つに分けておいたらよかろう。
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すなわち、折口は日本人の「たま=タマ=玉=魂」への思慕の念は、イシ=石に秘められた神の力への信心と捉えているのであろう。縄文時代から弥生時代にかけて、この思慕の念は修練を重ね、古墳時代にはイシがイワ(磐)へとスケールアップしていったのであろう。
奈良県三輪山の磐座、福岡県沖ノ島の磐座、島根県大船山の石神など、自然石を神の座る場所や神そのものとしてまつる遺跡が、古墳時代の遺構として各地で確認されている。「いわくら」とは「岩の座」であり「タマが座す岩石」という意味が付加されていくのであろう。
タマは神と同義語として扱われることが多い。しかし、現代における(神)としてその意味を理解すると多くの齟齬が生じてしまう。古神道などにおける(神)としてタマを同定してしまうと、古代人(縄文から弥生時代)の思慕の念をはきちがえることになるだろう。
日本の古代人は、世界各地におけるアニミズムにも通底する(超越するもの=おおいなるもの)への思慕の念を「タマ」に込めていたに違いない。人間を含む動物、そして植物などは誕生から成長そして死滅というサイクルを有する。
しかし、鉱物としての石・岩は不動であり、その容姿において変化することは稀である。その不変的永続性に古代人は(おおいなるもの)への思慕の念を投げ掛けたのであろう。その古代人のおおいなるものへの思慕の念は、中世、近世へと時を経るにつれても継承されていったと思うのである。
それは、仏教世界における密儀や修行の空間として、人里離れた峻険な岩場や岩窟が選ばれたことでも証明される。また、各地で多くの不動の石・岩が、「拝み石」、「願い石」、「福岩」などと称され、一般の民にとっても現世利益への祈り場となってきたのであろう。
この本では、私がこれまで内なる対話をしてきた多くの「タマ(魂)を宿す石・岩」から一部を抜粋し、その「タマ(魂)」に沈静する『おおいなるモノ(精)』を紹介するものである。













































2024年1月31日 発行 初版
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二十歳の時にダライ・ラマ十四世と個人的に出会った事が、世界の山岳・辺境・秘境・極地へのエスノグラフィック・フィールドワークへのゲートウェイだった。その後国内外の「辺(ほとり)」の情景を求めて、国内外各地を探査する。 三十歳代にて鍼灸師と山岳ガイドの資格を取得した後は、日本初のフリーランス・トラベルセラピストとして活動を始める。そのフィールドは、国内の里地・里山から歴史的、文化的、自然的に普遍価値を有する世界各地のエリアである。 また、健康ツーリズム研究所の代表として、大学非常勤講師を務めながら、地方自治体における地域振興のアドバイザーとしても活躍している。 日本トラベルセラピー協会の共同創設者でもある。