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What is the charm of Bandipur?
Bandipur is a hilltop settlement and a rural municipality in Tanahun District, Gandaki province of Nepal. Bandipur is primarily known for its preserved, old time cultural atmosphere. At the time of the 2011 Nepal census it had a population of total (Bandipur and Dharampani) 15,591 people living in 3,750 individual households.
This town gives the illusion that time has stopped. This is because the mountain pass town once prospered due to trade between India and Tibet, and it still retains strong traces of that era. This book includes photographs taken during fieldwork in April 2010 and October 2015 in order to convey the image of Bandipur town to future generations.
The photos shown were taken on April 25th, 6th, and 7th, 2010, and October 23th and 24th, 2015.
by Masahiro Shimizu
バンディプールは、カトマンズの西一四三 キロ、ポカラの東八十キロにある小さな町である。大ヒマラヤ山脈の前衛稜であるマハーバーラット山脈の山麓・標高一〇三〇メートルの鞍部に位置している。また、カトマンズとポカラを結ぶ幹線が通るマルシャンディ川渓谷からは、約七〇〇メートルあまり高度を上げた場所にある。
町が立地する山の鞍部の長さはわずか二〇〇メートルであり、その鞍部の両サイドは、両側に二~三階建ての建物が建ち並ぶメインストリートを入れるのがやっとの幅である。これらの家の裏側では山腹が急峻な斜面となっている。すなわち、この町は痩せた尾根筋に立地しているのである。
その痩せた尾根筋には、十八世紀頃からインドとチベットを結んだ交易をおこなう行商人が往来するようになった。それは、マラリア発生地域である低地での通行を避けたのが背景にある。そしてバンディプールは、カトマンズのバクタプールから来たネワール族の貿易商人によって交易の拠点として設立されたのである。
現在の町がある一帯は、それまでは素朴なマガル族の集落が点在していた。現在でも、町の中心地から徒歩一時間圏内では、懐かしい素朴な農村風景が展開している。バンディプールはラナ朝時代(一八四六~一九五一年)に最盛期を迎えるが、一九七〇年代にマルシャンディ川沿いのプリスビ ハイウェイ(ネパールの国道一号線)の建設により、交易中継地としての役割を終えるのである。
その結果、バンディプールの商人たちの多くはマルシャンディ川沿いの集落・ドゥムレへの移動を余儀なくされ、また一部は他地域へと去って行った。バンディプールは半ゴーストタウンと化し、人口も大幅に減少したのである。しかし、往時の街並みは残存しており、交易最盛期の面影は各所に残っているのである。
それは、まるで「時が止まったかのような錯覚」を感じさせてくれる時空間でもある。そんなヒマラヤの「ヒーリング・プレイス」としてのバンディプールを支えるプロジェクトがある。バンディプール・エコ・カルチュラル・ツーリズム・プロジェクト、(略してBECTプロジェクト)は、面影あるバンディプールの歴史的魅力を後世へと伝え、目まぐるしく変化する現代社会へ「ひとときの安息」を与えるプロジェクトである。
このBECT-プロジェクトはヨーロッパの二つのパートナー都市からの支援を受けている。ギリシャのヒドラ市(島)とイタリアのリオマッジョーレ市である。双方とも歴史的景観保存に力を注いでいる。このプロジェクトは、バンディプールの持つ歴史的面影景観を、緩やかな経済的発展と共存させながら保全していく取り組みである。それは、日本における中山道の街道町(妻籠・馬籠)における景観保全活動におけるコンセプトにも近いものを感じさせてくれる。この本では、そんなバンディプールの面影景観を、二〇一〇年・二〇一五年度版として保存記録しておくことを目的としている。
※ 掲載している写真は、二〇一〇年四月二十五・六・七日、二〇十五年十月二十三、四日に撮影したものである。















2024年2月4日 発行 初版
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二十歳の時にダライ・ラマ十四世と個人的に出会った事が、世界の山岳・辺境・秘境・極地へのエスノグラフィック・フィールドワークへのゲートウェイだった。その後国内外の「辺(ほとり)」の情景を求めて、国内外各地を探査する。 三十歳代にて鍼灸師と山岳ガイドの資格を取得した後は、日本初のフリーランス・トラベルセラピストとして活動を始める。そのフィールドは、国内の里地・里山から歴史的、文化的、自然的に普遍価値を有する世界各地のエリアである。 また、健康ツーリズム研究所の代表として、大学非常勤講師を務めながら、地方自治体における地域振興のアドバイザーとしても活躍している。 日本トラベルセラピー協会の共同創設者でもある。