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遠心力

宿野弘明



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夕冷えの大橋架かる海を背に彼はイエスの教え説く人








ホーサーは鋭く軋む 海鳴りのあわいに冬の予感抱えて

題詠「実家」






実の家あればうつろの家もあり うつろの家で明るく暮らす

題詠「実家」






家を出たのちに始めてかの家は実家になりぬ、22の春

題詠「実家」






雪が降り積もるが如く正月に顔を合わせる我らに老いは

題詠「辰」






「もうあなたとはやっていけないです」と彼女は書き置き今日龍になる

題詠「辰」






前世では人間を喰う龍でした 微笑わらう彼女の犬歯鋭し

題詠「辰」






この地域イチの特産品として土産物屋にならぶ龍のつるぎ








もう二度と思い出さずに済むようにすべて燃やそう(犬を除いて)








「世界には白黒つかぬことばかり」ダルメシアンは訳知り顔に








でけー家ででけー犬と暮らしたい この頃海の夢ばかり見る








点Pとして生を享け点Qとして死んでゆく命のことか








見境のない強姦は五月まで続いた雌雄の杉に嗤われ








考察系YouTuberによるとこの世界に神はいないらしいよ








一人称「ぼく」のままなのは、あのちゃんに憧れていたときの名残りで








私の健康寿命をことごとく預けし乳酸菌飲料

東京








生きるとは寂しさのこと呼子鳥 西瓜糖には囀りが満つ








友達の住んでた街として皆の柔きところを蔽いし豪徳寺








パーティーのあとの薄闇 ふたりしか知らない味の鍋をつくろう








へその緒の如きリードは柴犬と母になりゆく女性ひととを繋ぐ








両翼の折れた天使は世田谷へ終電列車に揺られて帰る








自販機の中身交換技師の背に翼を生やす秋の夕暮れ








親友についた小さな嘘みたい空気頬刺す夜明けの睦月








死にたいとのたまうくせに白線を守る 快速見送るために








キャバクラで顔を褒められる その記憶に照らされ歩ける夜道もあった








合戦の合図みたいに信号は青に変わってみんな血まみれ








生首を捧げるように鈍色のゴルフクラブをもって女は








お前にも無理をさせたか脳漿のごとく吹き飛ぶコートの釦








すみません、その100円はチップではなく時限式爆弾でした








独り占めしてもいいのさ大人なら セパレートせず啄むパピコ








膝に頬埋めるときのあたたかさ 量産型のきみは特別








24時セブンイレブン前に立つ坊主頭の歯を磨くひと








東京の夜道は怖い 暗がりに素性の知れぬ犬が立ってる








誰も見ぬ月蝕翌夜の空を指し「あれがオリオン、あとは知らない」








自死さえも思いとどまらせるだろう 雪の重みに撓る遮断機








みんな家へ帰りたいんだ 幽霊のごと残された雪の足跡








ひとはみな孤児みなしごとして生まれおり 遠回りして帰る雪道








ニコチンで舌はざらつく この道を直進すれば来るだろう、春








手が震え足が震えた老人の書き初めの文字吾より上手く








あのひとはなにを眺めていたのだろう 午後2時はやく溶けゆく冬陽








鏡見ておでこの皺を数えゆく 子どもにはもう戻れないらしい








錆に似た汗の匂いを滴らせ列車はくらき地下道をゆく








広告であふれる電車 何ひとつぼくに関係なくて苦しい








野球部の坊主頭の青年も表参道駅使うんだ








この世界いっぱいに音 イヤホンをわざと失くして夜道を行けば








二房の蜜柑を道に置いていく 番いとなれぬメジロのために








毎年の恒例行事として指にあかぎれのくる 一篇のうた








これは破瓜の痛みだろうか 私を貫く棒のごとき胃カメラ








人間になりたくなかった 前世ではどれだけ徳を積んだのか鳥よ








カワウソという生命をかき抱きたるかのごとくマフラーかかえ








フェンス高し 屋上プールに生は満ち、花を手向けるひとも見えない








交通の安全祈るお守りが落ちている トヨタが轢いていく








免許とかないからポトフしかつくれなくても名乗る丁寧な生活

恋とか愛とか性とか








魂のかたちぼくたち似ているね 半身爛れたまま行け枯野








永遠にふたりぼっちでそれでいい 鏡の国で暮らそうアリス








ダーウィンがなんと言おうときみは白鳥を先祖にもつだろう、ほら








たいせつなたいせつなものとして抱く きみの背中に傷痕はない








美しいひとを抱くときのみ我は敬虔な民 まず光あれ








我々は他人ひとには見えぬ十字架を背負う 峠をゆっくり降る








こんなにもこんなにも、春 生命の脈打つ血潮に触れてみたなら








ほんとうの愛を知らない 百均のここに置いてた何かも知らない








煮込みすぎてもとのかたちがわからなくなってしまったみたいな愛だ








「友達に戻りませんか?わたしたち麦茶を回し飲んだだけだし」








どこまでが浮気ですか?と問う奴は定義気にするまでなくしてる








「クレジットカードはおつくりできません」二股男に人権はない








国語算数理科社会適切な性欲処理のやり方だとか








ぼくがもしかしたらあなただったかも ゴムの液溜めをゆっくり泳ぐ








ひととして向き合いたかった それぞれのベッドで獣は孤独に眠る








動物と人の交点 われわれは獣のように夜を明かすだろう








恋は終わる、花は萎れる、人は死ぬ(終わり方にも美学はあって)








仄暗い水の底から湧いてくるみたいなリビドー ぼくを赦して








本日は晴天である 生誕は回転である しりとりしよう

あとがき

ぼくの人生は慣性の法則でまわっている。気づいたときには人生が廻りはじめていて、その回転をひとりで止めることもできずに、いまの自分がいる。

二十四歳のときにピアスをあけた。会社で働きはじめるようになってからあけたピアスは、かたちの見えない「社会」というものに対する反抗であると同時に、資本主義の歯車として働く自分自身に対するささやかな抵抗でもあった。それは、生きていくために必要な抵抗だった。それは魂を自分の納得できるかたちにとどめておくための抵抗だった。
この歌集も、ひとつの抵抗である。資本主義に人生を回収されないための抵抗である。

ぼくの人生は慣性の法則でまわっている。気づいたときには人生が廻りはじめていて、その回転をひとりで止めることもできずに、いまの自分がいる。
それでも、回転を止めないでいてよかったなと思う。

遠心力

2024年2月24日 発行 初版

著  者:宿野弘明
発  行:私生活出版

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