旅の途中で馬と出逢う。そこで僕は、何を得たのだろうか?
近くても、遠くても、「競馬」と「旅行」を組み合わせれば、不思議な出来事が起こる予感?
そんな暖かくて少し切ない、全国5カ所の競馬場をめぐるエッセイ集です。
表紙:杉浦昭太郎
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この本はタチヨミ版です。
このたびは拙著「ウマをめぐる旅(文学フリマ版)」を手にとってくださり、誠にありがとうございます。
本書は2018年に電子書籍版として発売したものをベースに、旅と競馬にまつわる過去の作品や、2020年以降に実施した旅打ち(小倉、新潟、京都)の思い出をまとめた一冊となっております。故に、電子書籍版よとは異なる内容と構成です。サングラスとの出会いとすれ違いもよりわかりやすくなっているかな? とも思っております。
また、本書の掉尾を飾るのは2015年に福島競馬場を訪ねた際に発想を得た、当方の数少ない小説(!?)「マーブルケーキ」です。まあ、若気の至りで書いたということでご容赦を……。でも、POGでブランシールを指名したりしているわけで、今もこの馬への思いは強いわけです。
コロナ禍も終息を迎え、旅行を思いっきり楽しめる日々が続いています。ありがたい話です。まだ見ぬ競馬場へ足を運ぼうか、それともあの場所を再び訪ねようか……。そんなことを考えながら、これからも「ウマをめぐる旅」を続けていこうと思っています。ではまた!
2024年4月 和良拓馬
僕も京都に行くべきか。
それとも――
2014年の第75回菊花賞当日。僕は一人で東京競馬場へ足を運んだ。色々と言い訳したいことはたくさんある。横浜から京都までのコストも、何度もソロバンをはじいた。最後まで悩んだ。ただ、結局のところ「彼を追い続けることに、自分は何の意味を求めているのか」がわからなかったので、京都には行かなかった。とは言え、家のTVの前でそわそわしているのも耐えられないので、とりあえず馬の匂いがする東京競馬場へ足を向けることにした。
競馬場で普段どおり過ごすように振る舞う。パドックで写真を撮ったり、適当に馬券を買ったりしながら運命の時を待った。焼きそばを頬張りながら、食堂のテレビで本馬場入場の様子を見た。彼はとても元気そうだった。
大型ビジョン前へと向かう。彼と、ワンアンドオンリーと、ゴールドアクターの応援馬券を買った。彼の馬券だけ財布から抜き取り、ジャケットの胸ポケットに入れる。心臓の高鳴りが更に増した気がした。
彼との出会いは去年の夏にまで遡る。僕は早めの夏休みを取得し、函館へ旅行にでかけていた。
正直、その時は彼が本当にGⅠに出走できるレベルの馬だとは、考えてもいなかった。
旅とスポーツ観戦を兼ねるのは何時ものことだが、あの年は「夏競馬」を体験したいという思いが、あえて札幌ではなく函館へと僕を向かわせた。2泊3日の旅行は自然あり、夜景あり、グルメあり、そして馬ありの楽しい時間に生まれ変わった。
せっかく競馬と旅行を兼ねるならば、ということで泊まる宿にも工夫を施した。僕が宿泊したツタが巻きつく洋館風のホテルでは、「ハズレ馬券持参で宿泊代500円割引」というサービスを行っていた。その時は「面白いサービスだな」としか考えていなかったが、負け込んで落ち込む立場になると、思わぬ清涼剤に変貌する。もちろん、雰囲気・設備も良く、小さいながらも泊まり心地の良い空間だった事は言うまでも無い。
函館最後の夜、ロビーにあるアンティーク調の椅子に腰かけ、これまでのあれこれを手帳にまとめていた。暖かい街灯が闇を照らし、市電の走る音が心地よく響く。「目で楽しむ」夜の街は沢山あるが、「音で楽しむ」夜の街というのも、実はある事を初めて知った。もちろん、その音は喧騒や雑音では無く、穏やかなリズムを刻むものだからなおよろしい。
モーニングコールの時間を伝えにフロントへ立ち寄ると、オーナーと思しき初老の男性がひょいと現れた。僕が「馬券割引」サービスを使ったのを知っていたのだろう、おもむろに話かけてきて、暫く競馬談議に花が咲いた。
テンポイントやトウショウボーイを見て、競馬にハマってしまったこと。
2歳時のナリタブライアンを現場で見ていたこと。
競馬場改修後、カッコよくなったが地元の人間が行き難い雰囲気になったこと。
思い出話を一通りした後、オーナーが僕に話を振った。
「新馬戦は観ましたか?」
タチヨミ版はここまでとなります。
2024年5月4日 発行 初版
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1988年3月生まれ、神奈川県横浜市出身。大学時代にスポーツ新聞部に入部し、ラグビー部やサッカー部の番記者として、取材で全国を駆け巡る日々を過ごす。 2014年に「月刊群雛 (GunSu) 11月号」でインディーズ作家デビュー。翌年2月には初のセルフパブリッシング作「ウマが逢う話」を発表。 現在はラグビー、競馬、サッカー、野球などを取材中。「今、そこにあるラグビーを愛せ」をモットーに、日本代表から草ラグビーまで、暖かく試合現場を見守り続けています
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