spine
jacket

───────────────────────



ピンクのカモメ

たいいちろう

ANUENUEBOOKS



───────────────────────




  この本はタチヨミ版です。

  目 次

 夏のなかで

 ヤブ医者のアネーロ

 ピンクのカモメ

 夏の森の守護者

 歯が痛いのよ

 ある街の木

 夏の独り言

 空が好き

夏のなかで




 夏の世界。
 懐かしい夏の香り。
 この身を通り抜けていくかのような、爽やかな夏の透明の濁りのない清らかな風。
 ラムネの色を思わせる、心を弾ませる、大きな夏雲が静かに、優しく、その形を変化させていく。
 モクモクとシュワシュワと、夏の空からそんな音が聞こえてくる。
 路地で見掛けた夏草たちが、堂々と胸を張って微笑んでいる。
 どんなにいつもと違う日々であっても、夏はなにか、なにもかもが、いつもキラキラと眩しいくらいに煌めいていて、輝いて見えて。
 部屋の窓をなんとなく開けると、心のなかがどんな状態でいたって、すべてを忘れさせてくれて、笑顔が自然に溢れてくる、そんな夏の世界へと連れていってくれる気がするんだ。
 時間は人の生活に変化をもたらすけれども、あなた自身がなくなることは決してないから。
 愉快で陽気な旅人のように、歩んでいこうよ。
 心は自分のものであり、大切なものはなくなることはないし、人との繋がりだって尊いものは永遠に繋がっていく。
 ふと、瞳に映る。
 それは懐かしくって、どこまでも気持ちがよい、とてもそれは暑い日の夏のあの海の静かな波。
 その波にゆらゆらと、この身を任せるようにしていた時間。
 潮風が瞼を濡らして、しょっぱさが瞳から溢れてくるんだ。
 その瞳から感じる、しょっぱい感触はとっても気持ちがいい。
 夏のなかに力を抜いてこの身を任せると、すべての心の澱みなんてものは消えていってしまって、心が笑顔だけになるんだ。
 追いかけてくる影も、目のまえのつま先から伸びる影も、実は素晴らしいものであることに気づかされる。
 吹き荒れる嵐なんて、束の間のものだ。
 心配するなよ。
 そう言ってあげるよ。
 実はね。その嵐はとても意味のあるものであって、噛み締めて大切にしないといけない。
 ほとんどは、嵐が過ぎ去ってから、その嵐がとても尊いものであったと気づいてしまう。
 それでは勿体ないんだ。
 でも、それが人間の弱さだから仕方がないのだけれど、そんなときは優しく自分を許してあげようよ。そう。許してあげてね。
 次に繋げよう。誰かにこのことを伝えてあげてもいい。
 ビルの屋上から見上げた空の風景が、不意に頭のなかに思い浮かんだ。
 こんなどうでもよい光景も含めて、意味のないものなんてない。
 翼はいつもしなやかに自分の背にあって、その翼のことは誰にも気づかれなくてもいいんだ。
 むしろ、隠しておいたっていい。
 黙って、そっとその翼を広げよう。
 大きく翼を広げて羽ばたくと、空が深い蒼に染まっていく。
 寂しいような、なにかが欠けていた深い蒼かと思ったら、それは違うことに気がつくよ。
 そのことに気がついたら、心の隙間がうまっていく。
 そして、どこまでも飛んでいけるんだ。
 心の翼は果てしなく自由だから。
 急に降り注ぐ、ドシャ降りの夏のなかの急な雨。
 その雨は肌に温かくって、素肌が喜んでいるのがわかる。
 どこかの広場の隅っこで、世界に取り残されたように座り込んでいても、そこから永遠を感じるだろう。
 移りゆく哀しいものにも意味があって、それが必ずよいものなのだと理解していくんだ。
 それが、どれほどの哀しみであろうとも。
 最後まで。最後まで。
 最後まで生きていくこと。そうだよ。生きていくんだ。
 遥かなる先のことなんて、それはそれとして、どうでも実はよくて、とにかく今日という尊い今を噛み締めるんだ。
 きっとそれが大切なことなのだろう。
 この瞬間を。
 この瞬間をただ噛み締めて、少しでも楽しく生きてやるんだ。楽しんで生きるんだ。
 ねぇ、そうしようよ。
 少しばかり難しいかもしれないけれど、そんな気持ちでいたほうがきっとよいと思うんだよね。
 人生は複雑だけれど、哀しいこともあるだろうけれど、でも、少しでもそんな感じで。ね。
 夏の雨粒たちの綺麗で純粋で、人を喜ばせて、幸せにする、そんな夏の妖精たちが見えてくる。
 彼ら、彼女らのその声に耳を傾けよう。
 すると、頬が夏の色に染まっていくよ。
 それは夏の幸せの色。
 静かに心が穏やかになっていくのがわかる。
 溜息さえも心地のよいものに変わっていくんだ。その呼吸のすべてが愛しい。
 遠い時代の子供のころに戻るかのように、心を自由にさせよう。
 空の下で優しいあのころと、あのころの自分と手を繋いで。
 いつか見たとても落ち着いて、涼しくて、優しい気持ちになる不思議な夏の木陰に腰をおろそうか。
 心がキュンとなる、瑞々しい夏草の香りに包まれながら。
 いつの間にか、夏に咲く花の小さな花びらになって、この夏のなかで、この夏の風に身を任せて、その身を眩しい黄金の色の光で輝かせるのだ。
 あなたも僕も。
 その輝きは誰にも奪うことのできない、奪われることのないもの。
 夏のなかで。
 あの夏も、この夏も素晴らしい夏。



  タチヨミ版はここまでとなります。


ピンクのカモメ

2024年7月20日 発行 初版

著  者:たいいちろう
発  行:ANUENUEBOOKS

bb_B_00178998
bcck: http://bccks.jp/bcck/00178998/info
user: http://bccks.jp/user/150337
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

たいいちろう

巡り会えた皆様に、
幸せが訪れますように…。

jacket