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道すがら

菊地昌彦

生涯教育研究所



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  この本はタチヨミ版です。


  歌 集





          道 す が ら




                     菊地 昌彦



はじめに

 一年々々積み重ねているうちに、私も、八十八歳を迎えました。平凡な人生ではありましたが、一つの節目に至ったと感じます。この間、皆様にどれ程お世話になったことか、感謝の気持ちで一杯です。
 平成二十九年に妻が亡くなりました。寂しいことでした。自らを慰めるために、その後、毎日散歩に出るようになりました。自然界に接し、多くの事に感動し、それを短歌にすることを始めました。
 かなりの数になりましたので、一部分を取り上げて小冊子にしたいと考えました。題は『道すがら』。
 この度、長男の一彦・次男の学の協力をもとに歌集として、刊行することができました。僭越には存じますが、ご一覧いただけますならこれに過ぐる喜びはありません。

              令和六年八月五日 八十八歳の日に

                           菊地 昌彦
 















令和二年(一月)

元旦   謹みて元朝の祈り深々と慶事重くあれ進みたき吾
    (万葉集大伴家持「新しき年の始めの初春の今日降る雪のいや重(し)け慶事(よごと)」)

二日   家家に他県ナンバー停まりぬ団欒あるらし正月二日


五日   大杉を揺らし過ぎ行く寒太郎暖冬なるに珍しき雪


十一日  春隣る椚の山の陽だまりに亡き兄ほほえみ鉈持ちて立つ


十三日  土手道に福寿草の芽のなきか腰かがめつつ細かに見入る


二〇日  雪もなく氷もなきやこの冬は小寒の過ぎ大寒に入りぬ


二二日  大寒の空行く風の音高し西に白嶺の安達太良光る


三一日  冬晴れに風音高く欅揺れ令和の睦月惜しまれて去ぬ

(二月)

一一日  日の丸を掲げる家あり幼日に襟を正せし式典浮かぶ


一一日  カラタチのトゲある枝の緑増し団地の路に際立ちてあり


一四日  枯草に福寿草十三本急ぎ現はれ花を咲かせり


一八日  梅二輪咲き初めたるに驚きぬ暖冬の路の生垣の中


二〇日  リンゴ園に作業車五台入りおり剪定せるか赤き実思い


二三日  卒業前の不安と焦りのつらき日が八十路過ぎても戻り来るかな


二六日  ウグイスの声に驚き空を見る隣の林に山鳩も鳴く



二九日  夕空にホーホーと白鳥十五羽やカギになりて北へ飛び行く

(三月)

一日   はるかなる卒業の日のせつなさに近くの愛猫「すず」とたわむる


三日   幼きのひな祭りの日浮かび来ぬネズミかじりし人形並ぶ


六日   スイセンもヒヤシンスも伸びる中クリスマスローズ早くも咲きおり


一二日  感染に休校となり子二人笑みて歩むに母の顔暗し


一九日  ポーン・ポンポン・ポーン青竹割れる春の音里山の神奏でおわすや


一九日  キジもいるキツネもタヌキもこの山に住みているよと古老の言う


二〇日  春山の遠き近きに白き梅点点と咲くやまとの国は


三〇日  白内障の手術受けたる翌朝の光やいまだ見たこともなき


三〇日  ウイルスの感染広がる東京の桜咲く朝志村けん逝く


三一日  はるかなる峠の道の頂にコブシの大木白く光る


(四月)

四日   うっすらと下弦の月の浮かぶ夕ソメイヨシノが咲き満つるかな   


四日   西行の死を望みたる花の下かかる時のかかる花かは
       (西行「願わくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃」) 

一〇日  コロナ避け子らの不在の公園につぐみのつがい飛び跳ねて遊ぶ


一六日  竹山と雑木の山に鳴き合えるウグイスの声太くなりたる


二一日  咲き誇る北芝の桜目に浮かび想い起さる創立記念日


二三日  コロナ休校に子と母歩む散歩道「公園よりも安全」と言う


三〇日  カラタチの五弁の花はトゲ枝に真白く咲きて初夏を呼ぶかな

(五月)

一日   子の姿見えざる庭に鯉のぼり小さく泳ぐをいつまでも見る


五日   鍾馗様下げる家あり節句の日髭の姿の頼もしきかな


六日   ソプラノの小綬鶏ひびく初夏の森テナーのうぐいすバスの山鳩 


一〇日  亡き妻の贈りし干支の子の手拭いマスクとなりて友から還る


一一日  竹林の緑の土手に点点と砲弾のごと筍の出づ


一八日  三十米のニセアカシアの白き花見上げて農婦ら小昼飯を食む  


二〇日  尾瀬ヶ原のニッコウキスゲの黄の夕を見るすべもなく老は哀しき



二五日  絵の才があれば描きたし紫の日本アヤメが優雅に立ちぬ


二七日  ツバメ来ぬ白き花の草原に身をひるがえし飛ぶぞお見事


三一日  七ツ手の青葉の陰にひっそりと日に日に育つ無花果の実

(六月)

一日   同級生の逝去知らせるおくやみ欄六十余年の思いはむなし


二日   雑草という名の草は無きと言う御言葉重き夏の草原


七日   白きすじの栗の花や咲き揃う狂いなきかな六月の自然


一三日  キウリの網に山鳩止まり周り見る人近づくに逃げることなし


二一日  雲低く晴れない心にホトトギス悲しき声を突き差して来る


二二日  ミョウガ葉に味噌団子つつみ焼き食みし貧しき吾の幼きの日日


二三日  沖縄の糸満の悲劇から七十五年余りにつらき事実なるかは



二五日  初めての九日間の入院を終えたる日から一年を経る


二七日  株式の上場の噂ありたるを思い起すや株主総会の頃

(七月)

四日   五十五年経ちにし墓に父を呼び吾愚かなりきと頭を垂れぬ


七日   空中に薄紅の花浮かぶネムの木並ぶ池の周りや


七日   象潟のねぶの島々懐かしき妻と尋ねし「西施」に諾かれ



  タチヨミ版はここまでとなります。


道すがら

2024年8月5日 発行 初版

著  者:菊地昌彦
発  行:生涯教育研究所

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菊地夏林人

菊地夏林人(きくちかりんじん)です。 農学研究・医学研究に従事しながら、著述活動を続けてきました。農回帰、起源論、芸術論、ネオテニー論、夢幻小説、医学小説、仏教小説、輪廻奇譚など、多角的な執筆を心掛けています。 思想哲学『森羅万象ノート』東洋出版 幻想小説『村の樹に棲む魚』太陽書房 医僧奇譚『作務衣猿 山太郎』BCCKS 西行幻譚『音庭に咲く蝉々』BCCKS

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