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私が紹介する本は川野芽生の『奇病庭園』という小説である。
はじめに、この小説の特徴として、一つ一つの物語が短く完結していて、読みやすいという点が挙げられる。しかし、読み進めていくと物語同士に繋がりがあったり、全体を通して物語が円環しているようにも感じられる。
今回は「続きが気になるあらすじ集」というテーマなので、この美しく、独特な世界を生きた主な登場人物達のプロローグ部分を紹介したいと思う。
まず、物語の序章として「角」の奇病を発症した老女と、写字生の青年の出会いが描かれる。
「角」の奇病とは文字通り、頭に石のように硬い「角」が生えてくる奇病で、この奇病にかかったものは「角」の重さに頭を上げていることができなくなりぼろりと頭ごと外れてしまうというのだ。ここで、皆さんはあれもしかしてグロイ系の話なのだろうかと思った方もいるかもしれないが、なんとこの外れた首の断面、中を覗くと空洞化していて、柘榴石のような結晶がびっしりと内側に付着しているそうだ。この物語の奇病の描写は美しく、また不気味さも感じる詩的な文章で表現されており、『奇病庭園』のダークファンタジーな世界観に一気に引き込まれる。また、お気づきの通り、この物語に出てくる奇病は全て架空の病気である。しかし一つ一つの描写が洗練されているのでその光景を鮮やかに思い描くことができるのも『奇病庭園』の魅力の一つだ。
そしてこの章の物語は、写字生の青年と「角」の奇病によって頭が外れてしまった老女が親友になる話である。「頭が外れたのに生きてるの!?」「青年と老女って話合うんだろうか」などの普通の概念はこの物語を読む上では捨てて欲しい。しかし頭の外れた老女はもちろんもう亡くなっている。会話はできない。
写字生と老女のコミュニケーション方法は少し特殊なものだった。なんと、外れた頭の結晶部分に血液を垂らすと、その者の血管の中に流れる血液を通して両者の思考を繋げることができるというのだ。
そうして二人は親友となった。私だったらずっと頭のなかに他者の思考が響いているなんてイヤだが、なにぶんこの二人は孤独だった。孤独な両者が奇病を通じて縁を結んでいく様子は『奇病庭園』の物語ならではだと思う。
次に描かれるのは二人の赤子の話である。この赤子の母親は「翼」が生える奇病を患っていた。
「翼」の奇病は、背中にできた小さな瘤がお腹の赤子が成長するのと比例して大きくなり、やがて瘤を突き破って翼を生やす奇病だ。その後母親は翼を広げて飛び去り、その最中に赤子を産み落とし、二度と帰らなかった。
出だしからすごい設定で物語が始まるが、産み落とされた二人の赤子の内一人は、通りがかった老女の頭部を抱いた若い旅人に拾われる。
ここで登場する旅人は、皆さんもお察しの通り前の話で登場した写字生のことだ。写字生は老女の頭部と共に旅に出たのだろう。元々孤独で赤子の世話の仕方など知らなかった旅人は、ミルクの代わりに数滴の血液をペン先から吸わせた。すると、旅人と老女の思考の中に赤子が加わり、赤子は自らの脈拍に耳を傾けて育った。
誰一人として喋ることなく旅をする三人は、思考の中ではとても賑やかで孤独を感じることは決してなかった。しかし、この出来事が後に起こる「〈金のペン先〉連続殺人事件」の発端となる。『奇病庭園』はミステリー小説ではないので、連続殺人事件と言われるといきなり物騒ではあるが、この三人の物語の行く先は是非本編を読んで確かめてみてほしい。
このように『奇病庭園』の物語は一見バラバラであるように見えて、全ての出会いに意味があるのだ。冒頭部分で注目するべき主な登場人物は以上であるが、この物語の面白い点は、一つの出来事が語られる裏で世界各地に奇病を発症した者、またその周りの人との間に物語が生まれ、それらが短編の物語として時系列もバラバラに紡がれていく点だ。一つ前の話で登場した人物が伏線になっていたりして、読み進めていくと自然と全体像を把握することができる。中には決してハッピーエンドとは言えない話も含まれているが、童話のような文体なので、人間同士のリアルな関わり合いをマイルドに落とし込んでいる。読み終わったあともずっと頭に残るような、幻想的な世界観なので是非皆さんも読んでみてほしい。
有川浩の『キケン』という本を紹介したい。「キケン」とは、作中の舞台となる成南電気工科大学の「機械制御研究部」通称「機研(キケン)」の事である。
物語は、新入生の元山高彦(もとやまたかひこ)と友人の池谷悟(いけたにさとる)が、ひょんなことから「機研」に入部してしまうところから始まる。が、「機研」は敵に回すと質が悪いと学内一有名な部だった。『成南のユナ・ボマー上野直也(うえのなおや)』(部長)と『名字を一文字隠した大神宏明(おおがみひろあき)』(副部長)という、恐ろしい二つ名を持つ爆弾魔と大魔神のコンビに、元山を始めとした一年生たちは振り回されながらも食らいついていく。『キケン』は、そんな理系男子たちが繰り広げる青春物語だ。
さて、このあらすじを読んでいる貴方はこう思ったことだろう。「爆弾魔と大魔神って何?」と。そこで、物語冒頭にある「機研」のクラブ説明会の様子をお送りしよう。これは、一足先に新入部員一号&二号となった……なってしまった、元山と池谷が奔走し、集めた四十人超の入部希望者のふるい落としとして、上野が考えたものである。
クラブ説明会、ラストで意気揚々と登場した上野は場を盛り上げた後、新入生たちを外へと誘導した。我先にとグラウンドに飛び出した彼らが見たのは、所謂キャンプファイヤー用の櫓だ。
「ボタンを押した十秒後にキャンプファイヤーが点火する! 俺がスイッチ入れたらカウントダウンコールよろしく!」
上野の呼びかけに、会場の盛り上がりは最高潮。新入生たちは声を揃えてカウントダウンしていく。3・2・1・0――――火柱は、校舎の三階まで達した。凄まじい爆発音に、地震のような振動。櫓は完全に吹き飛び、あちこちで飛び散った破片が燃え上がり、櫓があった位置にはクレーターが爆誕していた。もうお分かりになられるだろうが「爆弾魔」の所以はこれである。因みにこの後、大魔神・大神は「これを見ても入部したい新入生は、本日中に本入部するように~。」と淡々とアナウンス。かくして元山・池谷を含み、九人の肝っ玉新入生を得て、「機研」は本格的に走り出していく。「機研」=危険。タイトルの『キケン』はそんな二重の意味を持っているのであった。
「もしかして危ない話?」となるのは少し待って欲しい。『キケン』には危なっかしいけれど、もう二度と過ごせないような青春が目一杯詰まっている。貴方は本気で遊んだことがあるだろうか。「機研」は『本気で遊ぶ』がモットーであり、『キケン』ではそんな、本気度MAXでバカをやる様子が描かれている。例えば学園祭。「元手・三十万円を学祭の五日間で三倍にする! 百万近く売り上げろ!」それが「機研」の模擬店である。しかも例年と違い、「機研」に恨みを持つ「PC研」が品目を被らせ、今まで一人勝ちだった品目に突如ライバル店が出来る。そんな状況で今年も三倍の売り上げを叩き出せるのか⁉アイデアを絞り、奔走する様は何とも楽しそうで、思わず「私も入れて!」と言いたくなる。殺人的な慌ただしさの厨房。シフトが終わるなり植え込みに突っ込んで寝るほど極限まで働いているその瞬間。必死で、全力で、本気で遊ぶ楽しさが生き生きと描かれており、それがダイレクトに伝わってくる……それこそが『キケン』の持つ最大の魅力だ。羨ましく、愛おしい青春の一ページを覗かせてもらえるような、そんな気持ちになる物語なのだ。
そして『キケン』は、ただの青春物語では終わらないところもまた魅力的である。どんなにバカをやっても、当たり前だがそんな時がいつまでも続くわけではない。青春は終わるからこそ、輝かしいのだ。そんな現実も丁寧に優しく描かれ、キラキラとした眩しさと共に一抹の切なさを感じる。学生時代を振り返るような年代の人であれば、懐かしさに浸ることが出来るであろう。
ひとたび『キケン』のページを開けば、「機研」の仲間たちと、「危険」だが本気で遊び、騒ぐ、青春時代に逆戻り。貴方のあの頃の煌めきがきっとある、そんな青春小説の金字塔――それが『キケン』なのだ。
2023年7月26日 発行 初版
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