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美しいものは人を狂わせるということを、その女王様は誰よりもよく知っていました。そしてそれは、ときには誰かの命を奪う毒にさえなる、ということも。
ある男は、報われない恋に憎しみを募らせ、愛する人を手に掛けようとしました。またある男は、同じような理由で川に身を投げました。恋敵を崖から突き落とそうとした者もいました。それから、思い人を亡くして心を病んだ女に向けられる憎悪の視線、聞くに耐えない汚い言葉の数々。
国じゅうでいちばん美しい女王様だけが、この苦しみを知っているのです。
そんな美しい女王様の継子が七歳のお誕生日を迎えた日のことです。女王様はいつものように、不思議な鏡に聞きました。
「鏡よ、鏡。この国でいちばん美しいのは誰か答えなさい」
鏡は答えます。
「女王様、あなたはとても美しい。けれどいちばんは白雪姫です。白雪姫がいちばん美しい」
それを聞くなり、女王様が息を呑む、ヒュ、とか細い音が聞こえました。あまりの衝撃に目眩を覚えた女王様は、血の気が引いていく心地がしてこめかみを押さえました。今にも破れてしまいそうなくらいに心臓が激しく拍動しています。
鏡は嘘を言いません。ですから、今この国でいちばん美しいのは女王様ではないということは、紛れもない真実なのです。
肌は雪のように白く、頬は血のように赤く色付いて、黒檀のように黒く艶やかな髪を持つお姫様――白雪姫が日を増すごとに美しくなっていくことには、女王様も気がついていました。いつか白雪姫が自分よりも美しくなる日が来るだろうということもわかっていたのです。しかしまさか、その日がこんなにも早くやってくるとは思いもよりませんでした。可愛らしい彼女の成長を微笑ましく見守っていられるのも、今日でおしまいです。
――白雪姫を守らなければ。
女王様は決意を固めました。たとえ血の繋がりがなくても、自分を「おかあさま」と呼び、無邪気に笑うあの娘を決して苦しませたくないと思ったのです。いちばんになることで否応なく突きつけられる苦しみも、痛みも、知らないままで良いのです。
女王様のお考えどおり、白雪姫の美しさは瞬く間に知れ渡りました。それも当然のことと言えましょう。お誕生日パーティーで白雪姫を一目見ただけで、王子様たちはみな小さなお姫様に魅入られてしまったのですから。
それからそう日を置かず、白雪姫には縁談の話がいくつも持ち込まれました。王様は、白雪姫をいちばん大きくて強い国の王子様と結婚させようと仰いましたが、女王様は最後まで首を縦には振りませんでした。お優しそうに見える王子様が、誰にも知られぬように小動物や昆虫を痛め付けて鬱憤を晴らしていることを知っていたからです。そんな方の元に嫁がせたら、無垢なお姫様がどんな目に遭うか。そう考えるだけで女王様は恐ろしい気持ちになりました。しかし、王様は不思議な鏡を持っていませんから、当然王子様の素顔など知り得ません。女王様の必死の説得も虚しく、白雪姫の結婚の話は決定事項となりました。
どうしたら白雪姫が幸せになれるのか。そのことを考えると女王様は夜も眠れませんでした。お月様が西の空に消えて、お天道様の光が差し始める瞬間を三度ほど見届けたとき、女王様は覚悟を決めました。
そして準備が整うと、女王様はすぐに一人の狩人を呼び寄せて言いました。
「あの子を森に連れて行くのよ。誰にも見つからないよう、奥深くまで」
狩人は何も聞かず、ただ恭しく頷きます。
「お任せください。女王様の意のままに致しましょう」
彼は女王様の幼い頃からの友人で、女王様が最も信頼している人でした。きっと彼ならば白雪姫の美しさに陶酔することなく、立派に役目を遂げてみせることでしょう。女王様は一瞬だけ祈るような眼差しで狩人を見つめたあと、今度は白雪姫をお城の裏側へお呼びになりました。そして、お庭の方から駆けてきた白雪姫の無邪気であどけない笑顔を見て、堪らず目を潤ませました。
「白雪姫。あなたはこれからしばらく、お城を離れて森の中で暮らさねばなりません。そこにはあなたのお父様も、わたくしもいないけれど、わたくしが誰より信用している狩人を共に行かせますからね。そこで草花や動物に触れて、たくさんの学びを得るのですよ」
「はい、おかあさま」
白雪姫が素直に頷くと、女王様は懐から一つのリンゴを取り出し、白雪姫の両手にしっかりと握らせました。赤く艶のあるそのリンゴは、ほんの一かけら口にするだけでどんな屈強な男でもたちまち死んでしまう、恐ろしい毒リンゴでした。
「わあ、美味しそうなリンゴ! おかあさま、ありがとうございます」
疑うことを知らない無垢なお姫様は大層喜びましたが、女王様は厳しい口調で続けます。
「そのリンゴは、もしあなたが狩人でない誰かに連れて行かれそうになったとき、相手に差し上げなさい。決して自分で食べてはいけませんよ」
「はい、おかあさま」
白雪姫は元気のいいお返事をしました。
――さて、そろそろ時間です。女王様は膝を折り、リンゴを抱える小さなからだを抱き締めると、顔を綻ばせて言いました。
「行ってらっしゃい、白雪姫。気をつけて」
それは、お顔に皺が寄らないよういつでも表情を変えないでいた女王様が、初めて見せた笑顔でした。
数日後、王宮では、白雪姫が姿を消したことにより緊急会議が行われることとなりました。数えきれないほど多くの兵士たちが昼夜を問わず国じゅうを探し回りましたが、見つけることはおろか、少しの情報さえ得ることができません。そのため王様は、日を重ねるごとに焦燥感ばかりを募らせていました。
定刻になりました。会議が行われる部屋に入ると、たくさんの視線が女王様に突き刺さりました。部屋の奥から、使用人たちが真っ赤な靴を火箸で持ってきたのが見えます。「もういちばんではない継母」として、白雪姫の美しさを妬んで彼女を手に掛けたのだろうとみな女王様を疑っているのです。
「お前は白雪姫が幸せになることが許せないのだろう。あの国の王子と結婚したなら、あの子は何不自由なく、幸せに暮らしていけただろうに」
女王様は何も言いませんでした。どんな罰を受けることになろうとも、全て受け入れるつもりで白雪姫を逃したのです。ただ静かに、まっすぐ王様を見据えていました。
「あの子に何をした!」
王様の低い怒鳴り声がビリビリと空気を揺らして、部屋に反響します。それでも女王様は顔色一つ変えず口を閉ざしたままだったので、怒りに震えた王様は、罰を与えるよう使用人たちに命じました。
女王様が兵士たちに両腕を拘束され、いよいよ真っ赤な鉄の靴を履かされようというときのことです。一人の男が部屋に飛び込んできて、声高らかに告げました。
「白雪姫を殺したのは私です!」
突然のことに部屋はしんと静まり返りましたが、人々がその言葉の意味を理解するや否や、戸惑いと怒号が混ざったようなどよめきが広がりました。男はもう一度、はっきりと言います。
「白雪姫を殺したのは私です。お城に忍び込んだ私は、あの方がお庭で歩かれているところを見つけました。そしてその細い首を両の手のひらで締め付けたのです。私はあの美しいお姫様を、どうしても自分のものにしたかったのです!」
女王様は男が何を言っているのか理解できず、その姿を見つめ、そして目を見開きました。狩人です。狩人が、白雪姫を殺したと、確かにそう言いました。それから彼は、持っていた小箱を開いて中身を王様に見せました。
「ご覧ください。白雪姫の心臓です。信じていただけますか? これは彼女が私のものになったことの証明です!」
部屋のあちこちから悲鳴が上がり、王様が何かを言うのが聞こえましたが、それら全てが現実のこととはとても思えません。女王様は頭が真っ白になって、どうすればいいのかわからないでいるうちに、お城の兵士に連行された狩人は地下牢へ繋がれました。
その晩、夜が更けたころ、女王様は監視の目を潜り抜けて地下牢へ行きました。あの騒動のあと、狩人の言ったことは本当なのか女王様が不思議な鏡で確かめると、白雪姫がまだ生きていることがわかりました。鏡は嘘を言いませんから、狩人が持ってきたあの心臓も白雪姫のものではないのでしょう。
狩人が繋がれている牢の前で女王様が足を止めると、彼は俯けていた顔をゆっくりと上げました。その顔を見るなり、女王様は胸が引き絞られるような思いがしました。狩人が現れたことにより、女王様が罰を受けるかは一旦保留になりましたが、代わりに狩人は三日後に処刑されることが決まったのです。
「嘘だわ、嘘をついたのね、そうでしょう? どうしてそんなことを! このままではおまえは……」
頭が混乱しているせいでもあるのでしょうが、どれだけ考えても、狩人がなぜそんな嘘をついたのか女王様にはわかりませんでした。狩人は眉尻を下げて困ったように笑いながら、わかりません、と言いました。
「どうして……俺にもわかりません。ただ、あなたが犯してもいない罪を被り、全ての罰をお一人で受ける気だろうということはわかっていました」
「たとえそうだとしても、おまえがわたくしを庇う必要などないはずよ! これはわたくしが勝手に始めたことだもの!」
「女王様。俺は昔から、あなたをお慕い申し上げています。あなたに、生きていてほしい。あなたが勝手に始めたことだと仰るのなら、俺があなたを庇ったのも、俺が勝手にしたことです」
狩人の穏やかな声音が彼の最期のときが近いことを思わせて、女王様は堪え切れずに涙を流しました。狩人が女王様を大切に思っていることには、女王様も気がついていました。ずっと何も言わずにいた狩人にこんなことを言われるのは、女王様にとってはさよならを言われるのと同じことなのです。
「この世でいちばん美しいあなたのためにこの命を捧げられるのなら、俺にとってそれ以上の幸せはありません」
鉄格子に縋りついて肩を震わせる女王様を見つめ、狩人が寂しげに目を細めました。
「さあ、もう行ってください。白雪姫は山をいくつも越えた森の奥で、七人の小人と暮らしています。王宮が混乱している今なら、誰にも追いつかれずに白雪姫の元へ辿り着けるでしょう」
はっ、と女王様が顔を上げます。全て、白雪姫の幸せを願って始めたことでした。白雪姫の幸せとは何かを考えに考えて、あったかもしれない未来を奪ったのは女王様です。白雪姫はまだ七歳で、知らないことばかりでしょう。そんな白雪姫をそばで守ってあげられるのは、今はもう、女王様だけなのです。
女王様はなんとか自分を奮い立たせ、濡れた頬を拭いました。狩人は女王様を眩しそうに見つめ、この方は誰よりも強く、美しいお方だと思いました。
「わたくしはあなたを大切に思っているわ。この先も、ずっと」
迷いのない声でそう言って地下牢を後にする女王様の後ろ姿が見えなくなると、狩人は安心したように微笑みました。
女王様は、お城に住んでいる人たちならとても着ないような粗末な服に身を包み、古びたローブを頭から被ると、不思議な鏡を抱えて夜が明ける前にお城を出ました。この姿なら、この方が女王様だとは誰も気がつかないでしょう。
もう、お城には美しい女王様も、お姫様も、不思議な鏡もありません。全部ぜんぶ、夢か幻であったかのように姿を消してしまいました。彼女たちがどこへ行ったのかは、王様さえ知り得ることができませんでした。
女王様とお姫様を失った国の外れの方、いくつもの山を越えた先、森の奥深くにある小さな家で美しい母親と少女が密やかに暮らしていました。彼女たちは、昼間は七人の小人たちの帰りを待ちながら掃除や洗濯をして過ごします。穏やかに微笑み合う二人が強い絆で結ばれていることは、今では疑いようもありません。きっと夜には賑やかに歌う声が家の外まで聞こえてくることでしょう。その歌声は木々のさざめきに掻き消され、森の中を揺蕩い眠りにつきます。
鋭く放たれた矢のような風だけが、彼女たちの居場所を知っているのです。
おしまい
グリム 世界名作 白雪姫
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人魚の姫 アンデルセン童話集Ⅰ
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丹波国の大江山には、鬼たちが住んでいました。できることなら人間たちの仲間になって、仲良く暮らしていきたいと思っていました。心優しい彼らは、いちどたりとも人を襲ったことなどありません。しかし、一丈あまりの背丈、逆立った髪の毛、皿のようにぎょろりとした目、頭に生えたツノ、そして、大きなキバが、人間たちとのあいだに高い壁を築いていました。鬼たちは、粗末な小屋の床に座って酒を酌み交わしながら、今夜も静かに愚痴をこぼすのです。
「……なあ、茨木どの」
「なんだい、酒呑どの」
酒呑童子は、大きな杯になみなみと注がれた酒をじっと眺めたまま、しばし沈黙します。それはここ最近いつものことなので、茨木童子もだまって次の言葉を待ちます。虫の鳴く声だけが静かな夜に響いていました。しばらくすると酒呑童子は杯をくいっと傾け酒を飲み干し、大きなため息をつきました。
「おれたち、なんでこんなに恐れられてるんだ?」
茨木童子はすぐに言葉を返さず、空になった酒呑童子の杯に次の酒を注いでやりました。
それは一カ月ほど前のこと。茨木童子が止めるのも聞かず、酒呑童子は都の町へ行ってみたのです。会って話をすれば、わかってもらえるかもしれないじゃないか。そんな酒呑童子の思いは、ほんの少しだって人間には通じませんでした。
彼の姿をひとめ見た都の町の人々は、悲鳴を上げて逃げ惑うばかり。転んで泣き出した子供をなだめてやろうと近づくと、母親らしき女が慌てて駆け寄ってきて叫びました。
「この人さらいめ!」
女は子供を抱えて走り去ります。呆然と立ち尽くす酒呑童子に、石が飛んできました。筋骨たくましい姿をしていても、石が当たれば痛いです。ほうほうのていで大江山まで逃げ帰ってきました。
茨木童子は、都の町の様子を式神で探ってみました。すると、鬼が子供をさらっただとか、さらわれた子供は食われてしまっただとか、こんどは中納言のお姫さまがかどわかされただとか。まったく身に覚えのない噂に尾ひれが付いて流れていたのです。
酒呑童子の杯に酒をなみなみと注いだ茨木童子は、酒壺を床へどんと置くと、大きなため息をひとつ。そして、いつもの言葉を投げかけます。
「まあ、見た目だろうね」
それを聞いた酒呑童子は目を伏せ、ふたたび杯をくいっと傾けます。空になった杯を床へ置き、酒壺をひっつかんで茨木童子に差し出します。大きな杯になみなみと注がれた酒を、茨木童子はぐいと飲み干しました。
「どうすればいいんだ」
酒呑童子がそう嘆くのもいつものこと。茨木童子はここしばらく毎晩のように、酒呑童子が酔って愚痴をこぼすのにつきあってきました。しかし今夜は、新たな噂について話をせずにはいられません。
「どうするもこうするも、このままだとたぶん殺されるね」
なんでも、天子さまが源頼光という大将を呼び出し、鬼退治を命じられたとか。悪いことなどなにもしておらぬというのに。人間と仲良くしたいだけなのに。人間とは見た目が違う、それだけで、忌み嫌われてしまうのです。
「この姿を、人間に見せてしまったのが間違いだったんだよ」
「ならば、どうすればよかったのだ!」
酒呑童子の目から涙がひとつこぼれます。それを見た茨木童子は、酒壺をつかんで床に置かれた杯に酒をなみなみと注いでやりました。これは猩々の酒壺、汲んでも汲んでも尽きません。しかし、酒呑童子はその杯をじっと見つめたまま、口をつけようとしません。
「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。なあに、我々は長命だ。また遠く離れた場所で一〇〇年ほど隠れていれば、ほとぼりも冷めるだろうよ」
「もう待つのは嫌なのだ!」
酒呑童子は叫びました。いままで何度そうやって逃げ隠れてきたことか。涙は杯にこぼれ、波紋をいくつも広げました。酒呑童子の顔から視線を逸らした茨木童子は、その波紋を眺めながら覚悟を決めたのです。
「ならば……いっそのこと、ここで命を終わらせるとするか」
酒呑童子は顔をばっと上げ、茨木童子を見つめました。
「茨木どの、それはいったい?」
「いやなに、殺されてやろうとか、いますぐ死のうなどという話ではない」
茨木童子は片目をつぶり、にやりと笑うと、秘めていた伝承を話し始めました。
「酒呑どのは知らぬようだが──我々は〝変幻自在の術〟によって姿を変えられるのだ」
「なんだと!?」
酒呑童子は思わず大声を出します。
「なぜそれをもっと早く……いや、すまなかった。続けてくれ」
しかし、茨木童子がこちらを見つめ返す静かな顔を見て、それが決して容易いことではないことに気づきました。茨木童子は、酒呑童子の疑問にすぐ答えます。
「それはすなわち、我々が長命の者であることを辞める、ということなのだ」
茨木童子は、流れるように語り始めました。
「私もどのような術かは知らぬ。酒呑どのと出会う前、故郷の愛宕山で伝承を聞かされたのみなのだ。太古の昔、我々の先祖は途方もない妖力でその術を操り、文字通り〝変幻自在〟だったそうだ。しかし子孫の我々にたいした妖力はない。せいぜいこの紙でできた式神を操る程度のものだ。私が聞かされたところによると、いまの鬼にその術が使えるのは生涯で一度きり。二度と鬼には戻れぬそうだ。そして、定命の者となる。人の姿になれば、残る命はせいぜい三〇年。それゆえその術法は禁忌とされ、愛宕山に封印されているのだという。しかし、酒呑どのがどうしてもというのなら、私が愛宕山まで行って封印を解き、術を手に入れよう。往復で七日といったところか。おそらく、源頼光とやらが来るまでには戻れるだろう。さて、どうする?」
茨木童子は、酒呑童子の目をじっと見つめます。酒呑童子はしばらく沈黙したのち、おもむろに杯をあおって絞り出すように言いました。
「……それでもおれは、人間と仲良く暮らしていきたいのだ」
「どうしても?」
「どうしても、だ」
「わかった。七日の間、家を預けておくぞ」
茨木童子は出かける間際に、酒呑童子へ思いを告げます。
「私はな、酒呑どのと違って、人間たちとどうしても仲良くしたい、というわけではないのだ。もちろん喧嘩したいわけでもない。ただ単に、いつまでも酒呑どのと酒を飲み交わし続けたかっただけなのだよ」
そう言ってにこりと笑うと、茨木童子は家を飛び出していきました。姿が見えなくなってから、酒呑童子はそっとつぶやきます。
「茨木どの……すまなかった。おれは、人間と仲良くしたいと思うより前に、近くにいてくれる茨木どののことをもっと大切に思うべきだったのだ」
しかしその声は、ちゃんと茨木童子の耳に届いていました。鬼の耳は地獄耳──というわけではなく、式神を通じてしっかり聞いていました。
「いやっほい!」
茨木童子は踊り出したくなる気持ちを抑え、満面の笑みを浮かべたまま全力で走り続けました。
源頼光は四天王とともに、大江山のふもとに着きました。鬼の家はさらにこの奥だと聞きます。そこへ二人の若い男女がやってきました。頼光はこんな山奥で不思議だと思って、これも鬼の化けたのではないかと油断のない目で見ていました。二人はその様子をさとったとみえて、にこにこしながらていねいに頭を下げます。
「わたくしどもは決して変化でも、鬼の化けたのでもありません」
そう言いながら幸せそうに寄り添う二人の姿に、頼光は目を細め、優しくこう告げるのでした。
「そうか、末永くお幸せに」
〈了〉
楠山正雄『羅生門』(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000329/card18340.html
楠山正雄『大江山』(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000329/card18339.html
浜田広介「泣いた赤おに」(『浜田広介童話選集』より)
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2024年7月19日 発行 初版
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