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どうも、最近の春というのは暖かいどころの騒ぎでなく、蛙や蛇ですら急いで出てくるような妙な気温になってしまったものだ。これも地球温暖化の影響の一部なのだろうか。もっとも、それを知る手段はなく、俺にとってはただ春にしては馬鹿みたいに暑いというだけなのだが。何週間か前のあの寒さは一体どこへ飛ばされたのやら、地球まるごと電子レンジに放り込まれたような状況だと思う。
住宅地の前にその門を構える雨霜高等学校は、俺、伊月穂の通う自称進学校だ。校庭はまあまあ狭く、築十数年の雨風にさらされところどころ色落ちした三階建ての校舎は、新入生を心待ちにするかのように、いつもより少しきれいに見える。
登校中の道には、ちらほらと知る人もいれば、新たに入ってくる新入生、いわば後輩となる人もいる。二年になったからと言って特に変わるものなどないが。
いや、あるな。クラス替えがある。だとしても誰かが急にいなくなるわけではあるまいから、たいして大きな変化などない。それと部活…も特に変わりはないだろう。またいつものメンバーで楽しくやるだけだ。あれを楽しいというかはわからないが。
そういえば、進級するということは、俺が一年のときに散々歩いたこの道も今年で一周年祭となるわけだ。前を歩く新一年生と思わしき女子の二人組には、慣れない制服に慣れない道にどこか浮足立つような、初々しい姿が見られる。去年は俺もこんなのだったのか?ときどき見かける在校生たちは、これまたどこかソワソワしているような、変なニヤけっ面を無理に我慢している感が半端なく見える。まあ、進級一日目、特にクラス替えが楽しみで仕方がないのだろう。一世一代とも言うべき、進級最初の大行事でもあるな。そんなことを考えながら俺は雨霜高へと向かっていた。
どうやら、俺の今年の運は全てこの日に費やしてしまったらしい。二年四組としてこの一年をやっていくには少し騒がしいメンバーとなったようだ。ホームルーム前の時間に改めて見てみる。俺は教室の後ろ側から見物しているのだが、やはり初日は各々が知る人としか話さないようだ。俺はこのクラスの一部の人を知っている。なんせ去年に同じクラスであったり、中学のときの顔見知りだったり。もちろん、全員を知っているわけではないからはじめましてもいるが。
それよりも、またこの二人と同じクラスでやっていけることが嬉しい限りだ。
「穂と拓弥か、確実に外れではないな」
そう言うのは早見和義、昨年から引き続き同じクラスの奴だ。そして我が想造部の部長でもある。クルクルと曲がってハネて天パの黒髪にやけに活き活きとして謎の自身に溢れている表情は、まさに世界を変えるSF女子高生よろしくな顔である。
「ああ、俺としては何か疑っているが。」
こいつは高野拓弥、こいつも昨年度から。想像部の部員であり、あちこちに真っ直ぐ伸びた髪にメガネがトレードマーク。一見真面目そうに見える見た目と話し方をするが、(成績は優秀だが)和義と同じくバカを全開にしている。
メタい話だが、アニメと違って全員の会話はこの頼りないカギカッコの文の中で、誰が喋っているのか、全くわからないだろう。そんな聖徳太子とも言える状態の君達に、整理したキャラ設定をすると、俺はツッコミ、和義と拓弥は主にボケだ。拓弥はカギカッコの文中に句読点がついている。
「ま、俺としてはまたお前らとで気が楽だよ」
「まあそうだな。個人的にはクラス替え後の気まずい空気が無縁なのはラッキーだ。」
おい、拓弥。お前にはクラス替えへのワクワク心が一切ないのか。和義も
「そうそう、変な気を使うことはないし」
と、賛同して続く。
「とはいえ、クラスの半分以上が知らない人だ。お前らの知ってるやつとかいるのか?ほら、中学校が一緒だったとか。お前ら二人はおんなじ中学だったんだろ?」
と、俺はちょっと気になって聞いてみる。
「いるにはいる。」
「だがなあ…」
「なんだよ、和義。そんな渋った顔して。目を逸らすな」
「代わりに俺が説明する。いいな?和義。」
と、少し乗り気になって話し出す。
「改めて、説明しよう!」
絶対コイツこれが言いたかっただけだろ。
「実は、和義は昔ある苦い思い出があったんだ。ほら、あそこに座ってる人わかるか?」
拓弥が顎で指す方へ目を向けると、一人の女子がものおとなしく自席に座っている。見たところ、このクラスの中で一番かわいいんじゃないかな。どこか落ち着いていて、まさに清楚系代表とも言えそうな人だが。あいつがどうかしたのか?
「和義はあの人、小林さんと一悶着あってな。いじめられていたんだ。」
「え?そうなのか?お前が?」
俺は和義に聞いてみる。
「…ああ、そうだよ。あれは確か中学一年の冬、四年前のことだったかな…」
なんだか長い回想になりそうだが、ひとまず聞いておこう。
〜俺は、実はMだったんだ。
「いやちょっとまて!」
「え?何だよ。せっかく本人から直接話してやるってのに」
「それはありがたいけど。ツッコミどころありすぎだろ!まずなんだよMって」
「マゾヒズムって知らないのか?」
「知ってるよ!そこじゃねえよ!重苦しい話かと思いきや、お前が実は過去にMでしたっていう話かよ」
「そう、コイツはいじめられることに快感を覚えていたんだ。」
「『いたんだ』じゃねえし!お前それもういじめじゃないじゃん」
「まあ、待て。とりあえず聞いてくれ」
〜そう、Mだったんだ。ハッキリ言って、今思い返すと気持ち悪いが、当時の俺はどうやらそういう性格だったらしい。そのときの俺のタイプが小林さんで。なんとか、痛めつけてもらえないかと色々考えてたんだ。
ーなんだか突っ込みたくなるが、ここは抑えようー
ある日思い切って言ってみたんだ。放課後、使われてない教室に呼んで
「小林さん!俺…」
「早見君?」
「俺…痛めつけてもらいたいんです」
「いや待ったァ!」
「何だよ。今決死の思いで告白したんだぞ?山場だぞ?」
「うん、すごいよ。そらお前すごいよ?だがな!なんだよ『痛めつけてもらいたいんです』って、なんだよそれ!聞いたことないぞそんな告白の仕方?!」
〜小林さんはやや困った顔だった。まあそりゃそうだ。しかし、彼女の口からこんな言葉が出た。
「私でよければ…」
「ウッソだろぉお?!」
「いやマジだよ」
「おかしいだろ!どっちも!一部抜粋なら王道のラブコメ小説になるかもしれないが、これじゃ頭おかしい人同士の会話だよ!」
〜それから、俺は痛めつけられることになったんだ。いや、変な勘違いするなよ諸君、あくまでも当時の俺がおかしいだけだからな?今の俺はこんなのじゃないから。
具体的な話はできないが、三ヶ月ちょいしてからだったかな?彼女は目覚めてしまったんだ… Sに。
ーあれぇ…?!小林さん?!ー
だんだん彼女はSになってきたんだ。日が立つに連れてちょっとずつ、不敵な笑みを浮かべるようになった。知ってしまったんだ、痛めつけることへの快感を!ただ、俺自身も変わっていた。
ある日の夜、布団に潜り込むと虚しさを覚えた。
何やってんだろ、俺 って。
「気づくの遅えよ!最初からおかしいんだよ!」
「いやーさ、なんか急に虚しくなってさ、マジで何やってんだろうなって。こう、目が覚めたっていうか」
よくそんなことスラスラと言えるな!時間も経てば笑える話ってか?!
「で?それから、なんだよ?」
「いや、ここまでだ。これ以降は俺から頼んでやめてもらったんだ。だから今の小林さんのことも、もちろん知らない」
なんだか後味が悪いというか、寿司を食べたあとにあったかいお茶を飲まなかったときのような。というか、この喩え伝わるか?歯切れの悪い、何だが引っかかる終わり方ではあったが、現状の和義の気まずさは理解した。イマイチお前の過去については理解ができないが。
と、そんな和義の過去について一生懸命に理解をしようとしていたところ、どうやら担任が来たらしい。二学年最初のホームルームが始まるようだ。
「よーし、みんな席につけ。おはよう、僕はこのクラスの担任の田村市郎だ。みんな、これから一年間よろしく!」
確かこの人は去年から来た新人だった。一年間もこの学校にいて、段々と慣れてきたようだ。着任式のときに体育館のステージの端に飾ってあった花瓶を狙ったかのように三つ連続で倒した、生ける伝説。今では新人の面影はなく、生徒と真っ直ぐに向き合う先生だという噂ではあるが…。
「それじゃ、みんなは一年間一緒にいただろうけど、お互いに知らない人もいるだろうし、僕も知らないから自己紹介してもらおうか」
来てしまった、進級後に一番面倒くさい事ランキングをつけるならば堂々の一位を取るであろう自己紹介。俺はチラッと和義の方を見てみる。あいつはまだ大丈夫そうだ。さっきの話からするに、自己紹介など彼にとっては欠席とも天秤にかけていいものだろうからな。
「じゃあ、出席番号順で、伊月君から!」
しまったッ!そうだ、俺、一番最初だ。いづきの”い”だ。他人の心配をしている暇などなかった。
仕方なく、重い腰を上げ席を立つ。やめろ、その視線。俺に何を期待する。
「えー、元一年五組の伊月穂です‥」
俺は一体何を話せばいいのか。
そのSOSの気持ちをニコニコしている田村に最小限に精一杯アピールした。あいつはただ微笑んでこちらを見てるだけだ。
クッソ、あの顔を今すぐにでもぶん殴ってやりたい。
「…えっと、部活に所属していて、想造部です。それ以外は普通の高校生です。どうぞ、一年間よろしくお願いします」
パチパチと、思い出したかのような拍手をやめてくれ、ならばされないほうがマシだ。更には、救助信号に気付かなかった田村は笑顔全開で教室中に響くイヤに大きな拍手をした。なんか腹が立つ。
その後は普通に自己紹介が進んだ。もちろん、俺のあるもの全てを絞り出した苦しい自己紹介はスルーで。そして、和義の因縁…というのもなんか変だが、そこら辺の立ち位置の小林さんの番が回ってきた。
俺はもう一度和義を見てみる。後ろの方の席だからよく見えないが、あの苦しそうな微妙な顔を見る限りは多分大丈夫だ。
ガタッと、音がして例の小林さんは席を立つ。俺はドラマでよく見た、容疑者を張込み捜査するベテラン刑事のような鋭い顔をして小林さんを見る。
「はじめまして、小林咲です。前は一年一組でした。みなさんとこれから一年間仲良くできたらいいと思っています」
俺もホントにそう思うよ。お前と和義に一年間何もなければ。まあ、ここまでは順調だ。あの噂のSな部分は出ていないが。にしても、咲の”さ”はSだな。こりゃコードネーム確定だ。
しかし、俺が安堵するのも束の間、
「自分で言うのもなんですが、ドSです。よろしくお願いします」
言ったよコイツ!まじかよ、自分でいうか?
教室も驚きでざわついている。そりゃそうだ、大人しい顔して、金持ちのお嬢様みたいな可愛い容姿と声してSですとか言い出すからね。
そして、クルッと回ってある人物を見つめた。
「それと、放課後屋上前の階段で待っててね、早見?」
みんなの視線が和義に集まる。和義は机に突っ伏す姿勢で完全に顔を合わせないようにしていた。少しだけその顔が見える。青を通り越して真っ白になったその顔には、死刑宣告をされ絶望感が浮かび上がっていた。あいつはいい奴だった。
その後の和義を言うまでもない。俺と拓弥が放課後、校門で待っていると、ゲンナリとした和義が出てきた。
果たして小林さんは何をしたのだろうか。想像を絶するような拷問だったら、それはもう、なんか、うん。とにかく、まずは和義の身に何があったか事情聴取する。
俺らは下校の道をノロノロと歩きながら完全に生気を失った和義に何があったか聞いてみる。
「おい、和義、結局なにがあったんだ?」
「…あぁ、穂か」
だめだ、コイツ完全にやられてる。
「和義、お前の身に何があったのか、詳しく教えてくれないか。」
「…すまないが、それだけはできないんだ」
「それだけはできない?」
和義からそんな答えが返ってくるとは思わなかった。あの和義から、まさかできないという言葉が出るとは予想もできなかった。ま、和義がそう言うのならどう聞こうと絶対に言わないだろう。なんせ頑なに自身の過去を話そうとしないやつだったからな。いやあれはちょっと違うか?
「まあ、そこまで深追いしなくてもいいんじゃないか。」
「そうだな。何があったかは知らないが、知らないことの一つや二つあったっていいだろ」
そう言って俺と和義たちはいつもの交差路で別れた。俺は左、あいつらは真っ直ぐ。おかげで遠慮することなく、一体何を言えないのか考えを巡らせる事ができた。
そもそも、『言わない』じゃない、『言えない』だ。つまりは口封じされていると考えていいだろう。それに、だ。
和義がそれに従う理由は、率直に言って『弱みを握られている』からなんじゃないか?弱みがある、それは世間に知られたらマズイもの。あいつがMだった、なんてものじゃないだろう。なぜなら俺らはすでに知っている、それなのにあいつは言えないんだ。
そんなことを春の夕焼けを睨みながら考えていると、いつの間に家の前だった。春はあけぼのだけじゃないなと一人で納得し、玄関の扉を開けた。俺の頭の中にある、和義についての優先度が、家についた途端に後ろから二番目くらいになる。風呂入って飯食って、そういえば部屋の掃除をしなければ、と、もうすでに脳みそが自宅モードになっていた。
歯を磨いてさて寝るかと部屋の電気を消したとき、ふと再びあのナゾナンバー001が蘇る。
ーーあいつの隠し事は一体何だったのか。ーー
人に、俺らにすら言えないような秘密を抱えているとは思えない…。あの放課後の十数分間に小林さんと何があったのかは知らないが、これ以上和義が苦しむのを見たくはない。明日、本人に問い詰めてやる。
そうして、俺は深い眠りへと落ちていった。水に沈むように、重い体が意識の遠くへ沈んでいく。明日こそ……。
そして次の日。
俺は学校に着くと、真っ先にすでにいる和義の机へと向かった。
「この戦いを終わらせに来た!」
「急にどうした、穂。お前変なキノコでも食ったか?」
「和義ィ!本当のことを教えてくれ!昨日、一体何があったんだ?!」
「ああ、そのことか…。別になんでもないさ」
「いーや絶対にあるね!この俺の勘が叫んでる。なあ、お前が変な弱み握られてても、例えその事実が受け入れがたいことでも、俺らは友達だろ?」
さあ、和義よ、もう自由になるんだ!
「…は?」
あれ、思ってた反応と違う。
「何言ってんだお前?」
「何って…。お前、昨日の放課後に小林さんに…」
「ああ、あれか。いや、実は俺をいたぶってたことを誰にも言わないでほしいっていうやつで…」
「はァ?」
何を言っているのか理解するのに十秒はかかった。
「…でも、俺らは知ってるけど?なんで昨日言ってくれなかったんだ?」
「あ、いやさ、実は昨日の帰りに小林さんは後ろについてきてたんだよ」
え?帰り道にいただって?
「だから言えなかったんだ。小林さんは誰も知らないと思ってるからさ。そこで言ってたら俺のお先真っ暗」
そういう事か。なんだよ、ナゾナンバー001は十数にも満たないピカラットだった。
「要するには、お前は小林さんに口止めをされたってことでいいんだよな?」
「ああ、そうだ。ときすでに遅しってやつだがな」
まあ、正直少し安心したよ。小林さんに何かされていて、それが俺らにも言えないようなことじゃなくて。
おっと、拓弥が来たな。これは部活のときに言っておこう。
やっぱり仲間に隠し事はよくないな。
俺は今学期初の満面の笑みを浮かべながら自席へと戻り、どこか晴れやかでスッキリとした気分で今日の授業の準備をするのだった。
新学期が始まってから一週間が経った。やっとなのか、もうなのか、この一週間は変則的な時間割のせいなのか。変な時間の流れだったからじゃないか。
さて、授業も始まり、やっと日常らしい日常が戻ってきたと思う。もちろん、部活も始まったさ。俺ら三人が所属する想造部は新入部員を絶賛募集中だ。部長は和義、副部長なんか必要ない。現在進行系で三階のエアコン付き空き教室にて活動中だ。
顧問は今年で六一歳になる国語科の石田長雄。ビール腹で約七割が白髪のグレーヘアが特徴だ。この人の国語(特に現国)はものすごく眠い。どのくらいかと言われると回答に困るが、”1/f揺らぎの声の持ち主”と言えば伝わるだろうか。実際はほとんど部活に来ない。というか来たことがない。いつも職員室で濃いめのコーヒーを飲んでいて、近づけばその深苦い匂いが漂う歩くコーヒー豆だ。まあ、ほとんど来ないから俺らが何をしているかなんて知らないだろうし、もはや知ろうともしていないだろう。
とまあ、部活の過去とかについてはまた別の機会で説明するとして、もはや部活のためだけに学校に来るような俺らにとっては本格的な活動が始まったというわけだ。進級早々に一悶着あったが、あれはあれで一件落着だろう。
今日も退屈な学校が終わり、放課後の活動へと教室を出ていく生徒がちらほらといる。中には葬送曲のテンポで重い足を引きずり歩く人もいれば、ホップ・ステップ・ジャンプと言わんばかりに部活を心待ちにする人もいて、まちまちだ。
この雨霜高には数え切れない数の部活があり、全校生徒のほとんどが所属している。たいていのやりたいことや特技に当てはまる部活があるからだろう。さらにはこの学校には兼部という制度があり、生徒手帳には
『第五三条 兼部制度 生徒は日常生活および学力に支障がない限り二つ以上の部活動所属を許可する。』
とある。だから、誰がどの部活に入っているのか本人以外はあまり知らないし、もはや本人ですらわからないときもある。兼部がOKということは、新しい部活もじゃんじゃん出てくるわけだ。おそらく、この学校の部活の半分以上がよくわからない部活で締められているだろう。
俺自身が昨年目撃した部活は「ミステリーサークル同好会」というものがあった。ミステリーサークルを研究しているのかと思いきや、ミステリーサークルを作って、宇宙人とコンタクトを取ろうというもくろみらしい。やはりわからん。今はどうなっているのか知らないが、部員数と顧問だけ抑えれば、学校側としてはあとはどうでもいいみたいだ。
俺が所属しているのは想造部のみで、兼部はしていない。していたら和義に殺される。いつだったか忘れたが、俺が冗談半分で兼部をしようかとつぶやいたら、
「なに、アンタ!アタシに内緒で浮気するっていうの!?」
とか、妙に甲高い気持ち悪いオネエ口調で言うから、流石にやめた。それ以降、想造部の間では兼部のことを”浮気”と呼んでいる。これだと、世間話の中で使うには、
「なあ、知ってるか?サッカー部の川口って実は杖道部と浮気してるらしいぜ」
と、少々誤解を招きかねない会話になってしまうが。もちろん、兼部を批判しているわけではないのでご安心を。どちらかと言えば和義の想造部に対する執着が強いだけだ。
さて、その問題の想造部へと向かうために、二号棟へと続く空中廊下を渡る。いつもここを通ると思うのだが、この渡り廊下の壁には週に二、三回ほどかわるグラフィティアートがある。これもどっかの部活のものなのだろうか。芸術センスのカケラもない俺からしてみれば、ただの落書きにしか見えず、右下に書かれたサインもよくわからない。なんだ、BIBINBAって。もう少しマシな名前があったとは思うが。
この先を右に曲がって四つ教室を数えたところに見える一番端っこにあるのが想造部。和義が美術部に頼んで書いてもらったという、現代アートみたいな感じの看板がドアに掛けてある。ここが俺達の砦であり、第二の家であり、とにかくいろんなものが詰まった場所だ。
ドアを開けるとまだ誰も来ていなかった。一番乗りだ。
この教室はもともと更衣室のようなものだったらしく、それが補修室に、そして想造部の部室になった。だから、部屋自体は普通の教室の半分もない大きさだ。室内には部屋の奥にある窓沿いに、使わなくなった教員用の机が向かい合うように二つ置かれている。簡素な三段の棚と五箱の段ボールが右の壁沿いにきちんと置かれ、部屋の中央には、理科室で余っていた椅子を拝借し、二つくっつけてそこに布を重ね長椅子になったものを三組、丸テーブルを囲むように置いてある。左側には、小さなテレビが壁に沿って置かれていて、コイツはどっかのおっさんからもらって修理したものらしい。気付いたらそこにあった。
俺は部室に着くと、カバンを二段目の棚にしまい、一番近い椅子へと腰掛けた。ふう、一息つける。
そういえば、あの二人はどうしたんだ。帰りの会が終わったあと、確か拓弥は一旦家に帰るとか言ってたが、部長の方は何も聞いていない。部室に行こうと誘うつもりが、もうそこに姿がなかった。
もしや小林さんか?
コンビニ弁当の容器並みに浅い俺の推理では、和義失踪=小林さんとしか連想できない。これじゃ探偵助手にもなれないな。誰か俺に麻酔銃を打ってください。
和義をここで待つべきか、捜しに行ったほうがいいのか。…とりあえずは拓弥の方を待つか。何か知っているかもしれない。面倒くさいRPGのように、あっちに行ったりこっちに行ったりするよりも、部室で時間を潰したほうがマシか。待ってるだけもつまらないが。
そういえば、きれいにピラミッドに積まれた。段ボールには一体何が眠っているのか。これじゃ一攫千金を狙っているトレジャーハンターだな。知らぬ間に段々と増えている。去年、最後に確認したときは確か四つだったが。全て拓弥のものだが、一つ中身を見てみようじゃないか。
適当に一番上にある箱を机の上に置いた。これだいぶ重いぞ。これで中がスカスカだったらまさにパンドラの箱じゃないか。
期待半分不安半分でいざ開けてみると、中にはいろいろな板が入っていた。いや、板ではない。取り出してみると、なにやらボードゲームのボード本体らしい。ただ、どれも見たことのないようなものばかりで、将棋や囲碁に近いものもあれば、どう見ればゲームとして成立するのかわからないような謎なものもある。
俺の直感がささやく。
もしや、これは一種のクソゲーと呼ばれるものではないか?
しかも、説明書がなく、世の中に出回ってなさそうな形から、誰かの自作ゲームということになる。これ全部拓弥が?まじかあ…。こんなのじゃあ、トレジャーハンターはないな…。ピラミッドの中身を見てがっかりする墓荒らしだ。
解説する人がいないため俺はただボードを睨むだけで、壁掛け時計があいも変わらず等間隔でカチコチと鳴る音が部室中に響いていた。俺は無気力にボードを置くと、誰かこの部室に漂うアルカリ性の空気を中和してくれないかと思い、テレビをつけてみる。この時間帯では御長寿番組だけだ。
だめだな、やっぱり捜しに行くか。
あまり気乗りはしないが、負の空気を御長寿番組で中和しようとしたこの部室には、俺にしかわからないであろうなんとも言えぬ空気の悪さがあった。そりゃあ、俺一人だけだが、今は少しだけ外に出たい。でなければ、延々と時計の針の音が響き渡り、眺めていても面白くないボードのあるあの部屋で他二人を待つことになる。
廊下に出てみると、文化部の代表である吹奏楽部の耳を左から右へと通り抜けるような、よく鼓膜に伝わる金管楽器が聞こえてくる。残念ながら、うちの部活には楽器にたしなみがある人間が一人もいないため、曲も最近の流行りぐらいしか知らない。クラシックなんて聞いたら退屈すぎて俺は寝てしまう。だから、中学のときに掃除の時間に流れるクラシックが嫌いだった。どうせならデスボイスの効いたメタルロックを流してくれないかなと毎日思っていた。それならばノリノリで掃除に取り組めたんだが。
さて、ここからはまさに探偵にありがちな聴き込み調査とやらをやるか。拓弥は家に戻ったらしいから、捜索願い届は和義だな。どっちかというと、こういった飼い猫調査ライクは別でやって欲しいものだが。検討をつけろと言うのならば、教室か職員室か、もしくはどこかですれ違ってもう部室にいるかだ。
まずは教室へと向かうことにする。なんせ一番近いというのもあるが、まだクラスメイトが残っている確率が高いからだ。誰か一人でも有力情報を持っていれば捜査は進展する。その小さじ一杯にも満たない希望で向かう俺の足取りは、いち早く見つける気持ちが大きいのか、自然と駆け足になってしまう。獲物を狙うイタチのごとく移動したおかげか、行きよりも5分くらいは早く着いたぞ。
チラッと見た感じでは、教室内には五、六人程度の女子が残っているだけだった。さすがに教室にはいないよな。そうなると和義についての聴き込みなのだが…。なんとも言えぬ光景に俺は数秒フリーズした。残留集団の中に聞いたほうがいいのか悪いのかわからない、あの小林さんがいるではないか。
これは吉と出るか凶と出るか。
今、俺の中で理科のテスト最高八七点の高性能コンピューターがフル稼働していた。これは聞いたほうがいいものなのか。あまり刺激するのもよくはない。藪蛇になりかねない状況はどうしても避けたい。と、CPUがピンと音を立てたような気がして一つの考えが浮かんだ。なんだ、簡単なことじゃないか。
教室に背を向けると、ポケットからするりとスマホを取り出した。今までなぜ気づかなかったのか。いないなら、連絡すればいいじゃない。
さっそく電話をしてみよう。誕生日プレゼントの包み紙を開ける純粋な子どものような気持ちでコールボタンを押す。さあ、一体どこにいるんだ?
突然、背後からやけに高い音が聞こえた。認識するのに数秒はかかったが、スマホの着信音『ヨーデル』だった。狙ったかのようなタイミングで来たから、もしやと思って電話を切る。すると、かすかなバイブレーションとともに教室にけたたましく鳴り響いていた音はピタッと止まった。
つまりは、和義はスマホを持っていなくて、さらにはそのスマホが女子集団のいる教室内にあるということだ。
俺の小学生のときの自由研究なみに浅い考察だが、これが何を意味するのかをわざわざ考える必要はいらなかった。いや、今はそれどころじゃないかもしれない。冷静に考えてみよう、と知的な教授の声が聞こえてくる。
確実に今の音は教室から聞こえた、これは紛れもない事実だ。そして、数分前に確認したのは女子の集団が教室に残っているということ、これも事実だ。更にはその集団の中に小林さんがいる。すると、これはトンデモない核融合反応が起きてしまう。
和義はスマホのロックを掛けないことにしている。セキュリティ的にどう考えたって危ないが、本人曰く“面倒だから”らしい。この歯周病の歯茎ぐらいガバガバなセキュリティが、今まさに自業自得として和義に牙をむこうとしている。何を言っているかわからないって?
和義のスマホがすべて女子に見られてしまうということだよ。
これは一種の伏線回収とも言うべきなのだろうか、まさか凶が出るとは。
君たちは知らないだろう。俺がなぜこんなに焦っているか。所詮は他人のスマホだろうと言うだろう。それにトモダチという大義名分をかけるのか、なんて疑問符のついた声が聞こえそうだが、もし、その他人のスマホの中に自分の写真があったら?決して開けてはならない、これこそまさにパンドラの箱になってしまう。開けた瞬間、俺には絶望の二文字が重くのしかかる。最後に残ったのは女子集団の笑い声だけ。
あの写真はアメリカの国家機密文書よりも重要だ。例え七十五年経っても公開されてはいけないのだ。さて、どうするか…。
俺が思い悩んでいたとき、手に持っていたスマホが振動しているのに気づいた。電話か?
通話を志願するその相手を確認してみると、俺がサブクエストで捜していたもう一人の人物、拓弥だった。
「マズイんだ、拓弥!」
「どうした、何食ったんだお前。」
「マズイってそっちじゃない方だよ!」
日本語はこういうときに不便なものだな。とにかく、
「和義のスマホが、教室の中にあるんだ」
「そうか、そんで?」
「そしてその教室内には小林さんを含めた一軍女子がいる…」
「なんなら早く取って来いよ。」
「行きたいところだがさっき和義のスマホに電話しちゃって。何がマズイって、あいつスマホにロックかけてないだろ?で、スマホの中に何があったか覚えているか?想造部の今すぐなくしたいルールランキング三回連続第二位のアレが自動的に発動されてしまうんだ…」
想造部にも一応ルールというか、法律のようなものが計五つある。そのうちの一つが『参勤交代』と呼ばれているものだ。会話文中で言えば“アレ”と言われているやつだ。参勤交代は大名が領地と江戸を行き来する。が、大名は身内、妻や子を江戸に置いておかなければならない。つまるところ謀反防止のための人質だ。その人質の部分だけをリスペクトという体で採用している。お互いに黒歴史となっている写真や話やモノを人質として預けるのだ。
なぜこんな馬鹿げた制度を始めたのか未だにわからない。シャボン玉が弾けるような勢いで和義が考え出したものだろう。残念ながらうちの部活は議会制民主主義という看板を掲げたれっきとした絶対王政国家だからな。逆プロイセン王国と言ってもいいんじゃないか。
「それはマズイな…。」
拓弥は頭がよくキレる。生まれながらの秀才らしく、目指すは弁護士らしい。その俺とは比べ物にならない脳みそをフル回転させ、この状況を切り抜けてくれるといいが…。
「よし、穂。落ち着いて聞け。まずは教室に入って俺の机を目指せ。そして机の中を調べろ、小型のイヤホンがあるはず。耳に着けてくれ、そしたらかけ直す。」
お前はなんでそんなもの学校にあるんだよ。とまあ、ツッコミたい衝動を抑えて指示に従う。
俺は敵陣に攻め込む足軽大将のような気持ちで、人質救出作戦を開始する。まさに、ヤツラを確保せよ、と言いたいね。
教室へ踏み込むと、さっきまで騒がしかった女子の視線がふいっとこっちにくる。そんな視線をものともせず、拓弥の机まで行くと、ガサ入れを始めた。片腕だけを突っ込み、手先の感覚を頼りに目的のものを探す。事情を知らない人からすればただの窃盗の事件現場だよな。手の甲になにかコツンと当たる。もしやと思い掴み出すと、小石サイズのインカムがあった。
耳に入れて電話を待つ。女子たちは思い出したかのようにまた話を続けていた。ホッとしたのもつかの間、俺の片耳が女子集団から「着信音」というワードを拾った。早くしろ拓弥、時間がない!
突然、インカムから声が聞こえた。
『着けたな。俺は反対側の校舎から見ている。』
なに、やっぱり現行犯じゃないか。気になって振り返ろうとしたとき、
『こっちを向くな。バレてしまう。俺はそっちサイドの音を聞けるが絶対に話しかけるなよ。これは潜入任務だ、ミノール。』
俺はいつ伝説の傭兵になったんだ。
『それじゃあ、まずは和義の机に向かってくれ。焦るなよ。』
緊張して足が震える。もしバレたらと思うと、この一歩も早歩きになってしまう。
女子もこちらの動きに気づいたのか、会話は続いているが視線は俺にある。獲物を狙うかのような目で見られると、余計緊張してしまう。夕方近くの温かな光が窓から差し込み、それと対照に教室には冷たい視線を感じる、どことなくピリついた空気になっていた。全員が、次は何をするのかと全細胞の感覚を極限にまで研ぎ澄ませている。
「穂、何をしてんのう?」
ぐッ、話しかけられてしまった。無理もないか、不審すぎるもんな。
「いやあ、別に…。何もないさ」
話しかけて来たのは中学校が一緒だった志野茜だった。一軍女子の中の一軍で、容姿端麗の四文字が似合う女子は俺の知る限りこいつだけだ。
「そう隠すなって、中学の仲でしょ?」
『予想はしていたが、面倒なことになったな…』
「実は忘れ物を取りに来てだな…」
「何を忘れたんだい?」
それ聞くか普通?
「正確には和義が忘れて、代わりに取りに来てやったんだよ」
「ふーん、もしかして、あの着信音かな?」
やっぱりな。そりゃあ教室でいきなりデカい音鳴らしだすのは七不思議認定になるくらい恐怖だよな。
「そ、そうだが。」
「いや~だとしたら君は救世主だね。今から開封の儀を執り行おうか話してたんだよね。」
デリカシーがないにもホドがあるだろう。無論、言い出しっぺは誰か検討はつくが。
『セーフだったみたいな。危機は去ったようーー』
「ねえ、せっかくだし開いてみない?」
平和的解決はそうそうにうまくはいかないようだ。
この小林という強敵を倒さない限り物語は進まない。
「さすがに他人のだしさ…。やめときなって、ね?」
よかった常識がある人がいて。他の女子たちも賛同するようにコクリと頷く。
俺は和義の机の前に立ち尽くしていたが、役目を思い出したかのようにガサ入れを始めよう机に向き直る。
「ねえ、探してるのって、これ?」
なんて反応したらよいのか。その透き通るような声の主へと顔を向けると、片手に目的の物を持って悪魔のほほえみをみせる小林さんがいた。
もうすでに取られているだと?
『一番最悪の事態になった…』
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どうやらこれは拓弥ですら予想していなかったようだ。動揺が言葉の詰まり具合からわかる。
モナリザよりも深く、まっすぐとこちらを見るその顔には文字通り嘲り笑うような微笑が浮かんでいた。
「咲…さすがに返してあげなって」
周りの女子集団は口々に反対の意を表明する。勝利の追い風がこっちに吹きつつあるぞ、勝機が見えそうだ。
『いけ、お前がここで発言権を取り返すんだ!』
今が畳み掛けるチャンスだと思い言おうとしたが、
「でも、気にならない?」
とやや挑戦的な発言が風向きを変えた。女子たちは悩み半分も「まあ」と同調するものも出てしまった。
パスタの麺を半分に折ろうとしたもののパキッと弾け飛んでしまったように、思った方とは別のあらぬ方向へと進む。そして、小林さんと俺の間には冷戦期のような空気が流れ、教室中に広がる。
『残念だが、俺はそっちに加勢できん。したら千本釣りのようになにか厄介な問題を引き当てることになりそうだからな…』
そう言うとインカムの向こうは黙りこくってしまった。クソッ、これじゃあマル秘な画像映像文章その他諸々が全部流失してしまう。
「で、どうしたいの?このスマホ?」
最後のチャンスと言わんばかりに小林さんは俺に聞いた。
『開けてしまえ、小林さん!』
「?!」
俺は一瞬戸惑った。それは拓弥の声ではない。が、どこかで聞いたことのある声。
和義か…!
9
『あれ、なんでお前がここにいるんだ和義?!というか今の発言はどういうことだ?』
なんか向かいの校舎で始まったぞ。
『そのままさ。もちろん、参勤交代制度を理解した上でね』
「なんでお前そっちに加担するんだ!?」
俺も思わず声を張り上げて言った。二に二を足せば五とでも言うような調子の和義の目的がわからない。
小林さんは返答になっていないことに恐怖と疑念をもち、女子集団もキョトンとしている。そりゃそうだ、会話相手はインカムの向こうにいるわけだからな。
「どうしたの、伊月くん?会話のキャッチボールが成り立ってないけど…」
やや引き気味に聞く小林さんは俺に同じ質問をする。どうしたいの、と。だがそんなのに構う暇は正直ない。今のところ容量オーバーなんだ。ゴールデンウィーク最終日の高速道路並みに渋滞した情報についていけない。
「おい、なんでなんだ!」
傍から見れば、見えてはいけない何かと話しているようでやや心霊現象気味な気もする。板挟みな状態の俺は残念ながらそこまで賢いわけではないから、女子集団をそっちのけに会話を続ける。和義はきっと卑屈な笑みを浮かべているだろう。
『そりゃあ、面白いからに決まってるだろ?現代のドラマやバラエティ番組からは決して味わうことのできないこの上から目線な気分がいいんだ!』
お前はいつ天空の城の王に転生したんだ。
「穂、大丈夫かい?なんか変じゃないか?」
茜の心配はありがたいが、今はそれどころじゃないんだ。俺は続けて僕だけが聞こえる声と会話をしていた。
あとは拓弥の号令があればいいんだ。司令塔に従う現場人は回収という二文字を待つのみだ。すると、拓弥が
『伊月ーー』
『待て、もう少し待ったほうがいいだろう』
俺は耳を疑う。和義が遮った。しばらくの沈黙が流れる。
「高野さん、命令してくれ。俺はアンタの命令を聞く」
だが、そうはさせまいと和義が
『そこで待機だ。開封されるまで待て!』
「高野さァん!」
『お前は手を出すな!』
拓弥は沈黙を続ける。場所が違えど同じ事件を担当しているはずだ。
「答えてくれ高野さん」
小林さんはもうキャッチボールを諦めたようで、関心が手元のスマホへと移っていた。
「もう開けられそうです。止めます!」
『動くな!開けられるまで待ってろ!』
バンッ!!
俺は和義の机を強く叩く。
迫撃砲かと思われるようなその衝撃音は教室中に鳴り響き、小林さんは固まり女子群はビクッとする。
「事件は会議室で起きてんじゃない、現場で起きてんだ!!」
俺は聞こえているのかわからない拓弥へと叫ぶ。
「高野さぁあん!!」
空気のキーンという音がした。
『伊月回収だ!』
拓弥の力強いその声を聞くと、俺は早足に小林さんのもとへずいと歩み寄った。
そのスピードと威圧感がすごかったようで、
「あ、え…」
と、たじろいでいる。
「スマホ、回収させてもらいます!」
キャンプ地を宣言するような勢いで言うと、おどおどしながらも大人しく渡してくれた。
インカムの向こうではガサガサと音が聞こえたかと思うと、和義の気を落としたような声が聞こえた。
『どこへ行くんだ』
『現場だ。』
と短いセリフが聞こえた。
俺はスマホの安全を確認すると、教室に入ってきた拓弥にスマホを渡す。
「なんとか、やったな」
俺は一言そう言うや否や小走りに空中廊下を渡った。
空中廊下の先の校舎には、俺が探していた和義がいるはずだ。色々問い詰めなければならない。どこにいたのか、なぜあんなことを言い出したのか。上げだしたらキリがなく、延々と空気を入れた風船のように疑問符が膨れる。
反対校舎の廊下には、一人佇む部長の姿があった。これから、マシンガンのような質問攻めを食らうというのに、ずいぶんお疲れのようだ。
「おい、和義」
和義はその目で俺を認めると、
「…ああ、お前か」
と数秒遅れ気味で返事を返した。
「聞きたいことは山々だろうが、先に部室に行かないか?」
なるほど、まずは場所の確保というわけかな。それでは、想造部という名の取調室へと向かおうじゃないか。されるがままな和義は抵抗することもなく、大人しくついて来た。
例の部室にはまだ拓弥は来ておらず、俺らは教員用机に向かい合うように座った。
「まず、聞きたいのはお前は一体どこに行っていたかだ」
「ああ、まあそうだな。俺も探してたんだ」
「何を?」
「スマホだよ」
…アホなんかこいつは。
「ほら、灯台下暗しとかなんとか言うじゃん?」
「教室にあるとは思わなかったのか?」
「思ったさ。真っ先に向かったさ!でも、そしたら小林さんがいたんだぜ?」
やっぱあの人か。やっぱりどの件に関しても一枚噛んでくる。これは藪蛇なんかじゃなく、もはや、金魚すくいで獲物を獲得できなかったときにおっちゃんがくれるスーパーボールぐらい、オマケ要素並に付いてくるものなのかもしれない。
「それでどうしたんだ?」
「仕方がないから、教室近くの階段で耳を澄まして待ってたんだ。早く帰らないかって」
まさか意外と近くにいたとは、全然気づかなかったな…
「そしたら、俺のスマホの着信音が聞こえるわけよ」
俺が電話をしたときのやつか。
「しばらくしたらお前の声が聞こえてきてさ。電話したのはお前だろうって推測したわけ」
そこまではなんとなく考えつくが、一体なぜ、その後スマホ奪還作戦の邪魔をしたのかがわからない。
いよいよ本題に入ろうとしたところで、ちょうど拓弥が戻ってきた。
「ああ、こんにちは。トラブルメーカー和義くん。」
と、皮肉を込めたように言うと、カバンを置いて椅子に座った。こいつも真相が気になっているらしいな。
「で、問題はその後だ」
俺は犯人のアリバイを崩すために時系列に話す探偵のように切り出した。
「なんでお前は小林さんに加担したのか。そこがよくわからない…」
「さっき言った通りだけど」
こいつは机を滑る味噌汁のおわんぐらいさらりと言う。
「面白いからとかいうやつだろ。」
拓弥が不機嫌そうな声を出した。と、和義が
「俺にはなんでそんな疑問が出てくるのかわからない」
火に油を越えてガソリンをボトル丸ごと注ぐようなことを言いやがる。
「じゃあ、逆に聞くがなんで参勤交代があると思う?」
知らねえよ、お前が勝手に作ったんだろ。
刑事を出し抜いた犯人が自分のトリックについて自慢気に話す感じで聞いてくるこいつに段々腹が立ってきた。
「わかってないな。エンタメの一種としてあるのがこの制度なんだよ」
頼むから今すぐに無くしてくれ。俺らは猛獣と戦うグラディエーターじゃないぞ。
想造部の空間がローマ帝国時代まで遡ったところで、拓弥が声を発した。
「じゃあ、こうするか。」
「こうって?」
和義がやや恐れ気味に聞く。
「拷問のたぐいじゃないよな…?」
俺も怖くなって聞く。コイツは何をしだすかわからない。やはり秀才と凡人の頭のつくりは違うのかもしれない。
「拷問といえば、そうかもな。」
不敵な笑みでそう答えると、カバンの中から小さいペットボトルを出してきた。
「なんだそれ?」
「見りゃわかるだろ。美味しいジュースだよ。」
美味しいと自称するわりには、緑茶葉を一缶丸ごと入れたようなどぎつい緑色だが。
「まさか、それを飲まなきゃならないのか?」
引きつった笑顔で聞く和義の声は震えていた。
「もちろんさ!君が理由を吐かないと言うのならね。」
にっこり笑顔で言う拓弥は、サイコパスとしか言いようがない。マジかコイツ、これは拷問だな。
想像してほしい、なんの成分が含まれているかもわからないカプセル薬を飲んでくださいと言われたらどうする?俺は間違いなく九十度ずつ左右に首を振る。
「それ、なにを入れたんだ?」
俺も恐る恐る聞いてみる。
「これか?ありとあらゆる緑黄色野菜、漢方薬に使われる草の数々。それらを全部ミキサーで木っ端微塵にしたあとに、ボトルに入れて一週間熟成させた。俺特性、特級呪物級栄養ドリンクだ。」
漢字が多すぎて何言ってるかわからん。とりあえず分かったのは、危険極まりない毒薬の一種だってことだ。
「これを取りに帰ってたんだよな。だからちょいと遅れてしまったわけよ。」
「ちなみに、なんでこんなもの作ったんだよ」
「これか?実はボードゲームを作って来てな、その罰ゲームとして飲んでもらおうとしたんだ。だが、残念ながらこれは和義が飲むことになったから。」
ボードゲームだって?
俺はまだ机の上に散らかっていたクソゲーの山々に目をやる。こういうわけで増えてたのか。
「じゃあ、そのゲームをやろうか。」
そういって、またカバンからなにか取り出した。
その正方形のボードには、マスが描かれていた。将棋かチェスのように見えるが、これもまた自作ゲームだろう。いったいどんなゲームなんだ?
「これは自作ボードゲームだ。暇だから作った。」
暇だから作るものじゃないだろ。
と、和義が
「ああ、知ってる」
「え、お前知ってるのか?」
「そこに積まれた段ボールの中にあるゲームは、俺と和義でやってたやつなんだよ。」
まじか。ってことは知らなかったのは俺一人になるが。
「お前がいないときにやってたぞ」
ああ、たまにバイトやらなんやらで予定が合わないときがあるが、そのときにやってたのか。
タキオン粒子並の速さで進む和義と拓弥の会話聞いていると、なんだか自分が道端に忘れられた手袋のように思えてくる。嫉妬というよりも、呆れた気持ちのほうが大きいな。
なんでこいつらこんなにクソゲーで会話が弾むのか、と。
「まあ、とりあえず。」
仕切り直したように拓弥が言うと、
「このゲームをやる。」
「一言で、簡潔に宣言したな。で、早くそのゲームのルールを教えてくれ」
俺は実を言うと少し気になっていた。クソゲーではあるが、ある意味世には出回っていないゲームなんだ。少しは期待をしてもいいかもしれない。
「よし。まず、これは二人プレイだ。そこは将棋とか、チェスとかと同じだな。そして、このボードは八✕八マスなんだが、よく見てもらうと分かる通り、四マスのところでそれぞれ四つに別れている。」
確かに。文章だと伝わりにくいが、一つの正方形を連想してほしい。それが十字に切られて四等分された感じだ。その四等分のうち、右上と左下が緑に塗られていて、それ以外は木目色のボードだ。
「この緑の部分を沼、木の部分を陸と呼ぶ。」
自作にしては、なかなかに凝っている気がする。
「そして、使う駒はこれだ。」
それは五百円硬貨ほどの大きさだった。長方形で、厚みは消しゴムよりも薄い。両面に手描きのイラストがあり、それぞれ違っている。「歩」と「と」みたいな感じだろうか。
「使う駒は一人三駒、種類はたった二つで、王と手下、『ヘンチマン』だけだ。王は全方向に一マス、手下は決まった方向に一マス動ける。」
意外と単純そうなゲームだな。まあ、その手下の名前が少々気になるが。
「だた、このゲームをややこしくするのは、さっき言った陸と沼だ。手下は、陸にいる場合は左右前後、沼にいる場合は斜め方向にしか動けない。そのときに駒を裏返すんだ。王は変わらない。」
「なんとなく理解はした。で、このゲームの名前は?」
「ああ、まだ言ってなかったな。その名も、」
と、少し溜めてから勢いよく
「陸と沼だ!」
「…は?」
お前マジ?
「もうちょいマシな名前があったろ」
「いや、これ以上にない素晴らしい名前じゃないか?」
んなわけあるか。
「お前それまんまじゃん!せめて英語にするとかさ…。もう一捻りぐらいあってもいいだろ」
「英語は長いから却下。」
新作弁当の名前が「弁当」とか、ペットの犬の名前が「イヌ」とか、どう考えたって変だろ。
「俺だってな、ただ考えずに付けたわけじゃないんだ。」
まるでダメ出しを食らったくせに、修正せずまた持ってくる意地の張った漫画家のように言う。
「何があるってんだ?」
「それはゲーム界で最も重要なことだ。」
「重要なこと…?」
「そう。略せるんだ!」
「…それが、重要…?」
「リクヌマ、って言いやすいだろ?」
「いや一文字省略しただけじゃねえか!!」
というわけで、俺と拓弥でやることにした。部長は拓弥に
「今のうちに言い訳でも考えておくんだな。」
と言われ、少しでもバツを軽くしたいがゆえに絶賛考え中だ。
「よし、やるか。縦横八マスだから、王はお互いにズレてれば問題ない。基本的には陸側に置くから。」
「俺はこういうゲームはやったことないんでな。お手柔らかに頼むぜ」
「まずはチュートリアル感覚でやってくれ。」
先攻と後攻は原始的にじゃんけんで決めるらしく、俺は勝ったので先攻からスタートする。ファミレスで大人のメニューを見る子供のような目で物欲しそうに見ていた和義が、突然
「さあ、始まりました。第一回『陸と沼』、実況アンド解説は私、早見和義がお送りいたします。画面の前の皆様、ぜひ図を描いてみてお聞きください」
なんか始まったぞ。ていうか誰に話しかけてんだお前は。
「先攻は伊月穂です。さあ、慎重なる一手目。まずは右サイドにある陸ヘンチマンを一歩前進させます」
カツンという乾いた音が、運動部と吹奏楽部の不協和音の中に響く。
「さて、後攻高野拓弥、ここはどんな勝負を見せてくれるのでしょうか。おっと、王を沼に移動させました」
どうやら拓弥は守りの姿勢でいくらしい。戦法についてじっくりと吟味する諸葛亮孔明のような薄笑いを浮かべで盤を睨んでいる。
「先攻、伊月。ここは大胆にも攻めていきます。沼ヘンチを前進させ陸ヘンチへと変えました。続けて高野、王を後退させ沼の端へと行きます。これはどういうことでしょうかね。そして伊月、我構わずと沼ヘンチだった駒を進めていきます。高野も陸ヘンチを沼側へと寄せました」
部室内にはなんとも言えない緊張が走っている。
勝負の行き先を知るのはまさに神のみぞ知るとは言ったものだが、これは見え透いた勝負なんじゃないか?どちらかと言えば俺が初手で踏み込みすぎた気はする。街灯に吸い寄せられる蛾のように相手の罠に気づかず、のこのこと敵地に足を踏み入れているのではないか?
「伊月さんの手が少し止まりました。しかしここは迷わず陸ヘンチを突っ込ませます。そして高野、王を角へと運びました」
このあと何手か進んだが、勝負時に俺は自身のアホさに驚きを隠せなくなる。
「さあ現在の版、四つの駒が高野サイドの沼地に集中しています。皆さん八✕八のマス目を描いてみてください。手前を伊月、奥を高野とすると、右上に溜まっている感じでしょうか。左から縦割りに漢数字、上から横割りに数字を当てはめると、2一に高野王、2三と1四に高野ヘンチ、4三と4五に伊月ヘンチがいるという状態です。伊月王は仁王の如く動かず、余裕の素振りを見せています。現在伊月の番となっています」
理解するのになかなかに大変な文章だな。というかまったく余裕ではない。俺が下手くそなだけだ。
「さあ、ヘンチを右斜め前へと前進させ、王手がかかりました。ストレート王手です。特に見応えもない、ごくごく平凡な王手です」
殴られたいのかあいつは。このゲームが終わったらこのボードで頭をかち割ってやる。
「まあ、単純に俺のヘンチが動くよな。」
そう言うと、高野ヘンチを使って俺の駒を亡き者にしてしまった。こういう手のゲームは向いてないかもな。
「取られた駒は再利用ができないから。これで二対三になったな。」
クソッ。ここからは考えなきゃダメだな。
俺はその後も脳みそと手を連動させながらゲームを進めていった。取ることも無ければ取られることもない。圧されたり押し返したりでニュートンの振り子状態がしばらく続いた。
俺にもツキが回ってきたようだな。中華料理店にあるターンテーブルのように、今度は俺が好機な戦況へと変わった。
「さて、ここまで両者譲らずの激しい攻防戦が繰り広げられました。現在伊月ヘンチ、6六で王は7六。高野ヘンチ、5四と8四で王は2一にいます。番は高のですが沼一歩手前で膠着状態でしょうか。どのヘンチを出しても取られてしまいます!」
「…まさかお前がやるとはな。」
拓弥が急にボソリと呟いた。
「何をやるっていうんだ?」
「これは…『一夫一婦』だ…!」
日頃思うのだがお前のそのネーミングセンスはどうかしてると思うぞ。
去年もだ。文化祭のクラスの出し物で、お決まりの喫茶店をすることになったのだが、大事な店名の集案のとき、真面目な顔で
「喫茶店『鳩尾』なんてどうだ?」
「みぞおち?」
当然クラス中が疑問符に包まれる。
「そう、鳩尾。」
「なんだその名前。店に入ったらいきなり殴られそうで怖いわ」
「それか『ビックコーヒー』とか」
「選択肢が最悪すぎるな!というか趣味悪いぞお前。頼んでもいないメニューをどんどん持ってきてアホほど請求してきそうな喫茶店だな」
という具合だ。分かったであろう?コイツは頭のネジが外れている。それも一本ではなく何十本も。
「ここで出ました。『一夫一婦』!!王とヘンチの二人が沼に籠城するとき、この技が発動されます。高野、一歩有利だと思われていた状況から苦しい戦いが強いられます」
「なるほど。だから一夫一婦なんか…。いや…なるほど…?」
まあよくわからんが、とりあえず今俺が優位になったわけだ。戦況が変われば拓弥の顔も変わる。苦虫噛み潰したらこんな顔になるのかなと思いつつ、拓弥の一手を冬眠中の熊のごとく長々と待った。
「さあ、ここに来て手詰まりですかね。…おっとここで王を3一に進めました。これは苦肉の策です!」
…甘いな。
「伊月王が7五へと動きました」
もうこいつは分かっているだろう。
俺の考えに返事をするかのようにチラリとこちらを見ると、諦めたかのように王を動かした。
「高野、王を戦地へと向かわせるかのように4一に移動させますが、間に合いません…。そして高野ヘンチは虚しくも伊月王の前に敗れました!これで二対二になりました!」
さあ、追いついたぞ。何気に俺も慣れてきたな。やっぱり、爽快アクションゲームとか、直感に頼りすぎたものをやりすぎるとダメだな。頭は動かさなきゃ固まってしまう。
高野というと、ここから形勢逆転を見出そうとしているのか、ずっと盤を睨んでいる。ここからどうするのか。
さて、ここまでダラダラとやってきたわけだが、この試合の結論から話そう。
このゲームを終わらせたのは俺でも、拓弥でもない。もちろん、実況の和義でもない。
下校を知らせる乾いたチャイム音だった。
正直、ここまで真剣に集中したことがなかったものだから、時間などあっという間に過ぎるという感覚は今までになかった。
「…と、いうことで。この試合、引き分けとなりました!」
和義は大きく伸びをしたかと思えば、立ち上がって帰りの支度に取り組み始めていた。
俺も拓弥も、この宣言を認識するのに時間がかかった。
「やるじゃあないか。」
婚礼前の両親との顔合わせで相手を認める親父のような言い方だな。
「まあ、結局勝負なし。というか時間切れだが」
俺もさっさと身支度を済ませる。
「明日もやるか?」
「やらん」
「即答かよ。悲しいなー。」
まったく悲しくなさそうに言うじゃん。真顔じゃん。
「さて、鍵閉めるから出てけよ」
和義が帰宅の合図をかけると、俺らはそそくさと外に出て昇降口へと向かった。
結局、その日の部活はこんな感じで終わった。進級早々だいぶ濃い目の部活だったが。
後日、というか二日後に俺は部室へと足を運んだわけだが、その日はもうすでに二人とも来ていた。
「お、来たじゃないか。」
「昨日は予定があったんだよな」
「そう、バイトだバイト」
「じゃあ、やるか。」
「「何を?」」
俺と和義がハモった。
「決まってんだろ。」
ニンマリと笑うと、
「特効元気薬を飲ませるんだよ。」
「嫌だぁあああぁぁぁぁぁ!!」
ああ、そんなのがあったな。
「部活動紹介に乗っけようと思ってるから。いいリアクション頼むよ。」
ここはバラエティ番組のスタジオですかね?
「任せとけ」
こいつも乗り気じゃねえか。
「それでは、撮影五秒前。」
どっからかひょいっとビデオカメラを取り出すと、和義と俺を映して
「三、二、一、どうぞ!」
「…えー。どうも、想造部部長の臼井和義です。早速ですが、呪物ドリンクを飲もうと思います」
「なんだよ、その導入」
「いいじゃねえか」
「よくねえだろ。やり直しだ、やり直し」
「すいません、伊月監督!」
「なんだお前」
「じゃあ、撮り直すぞ。よーい、アクアション!」
「やあ、想造部の部長臼井和義です。俺知ってるぜ。森◯乳業ってグ◯コのことでしょ?え、違うの?俺知らなかったわ。じゃあ、なんのことだ?」
「多方面に喧嘩売るな!」
「ということで、今日は飲むと頭が良くなるジュースを飲もうと思います」
「…どういうことだよ!わっかんないよ!」
「ほな、いただきます」
そう言うと、和義はペットボトルの蓋を勢いよく回した。プシュッとたぶん炭酸が抜ける音がした。これやばいだろ。野菜しか入れてないってことは、あの音は微生物が分解して生み出した二酸化炭素ってことだよな…。
「…においはしないな。不味そう…」
「見てるだけなのに体が危険信号出してんだが」
「安全だから、大丈夫。たぶん。」
「そのお茶を濁す言い方やめてくれよ!」
「とりあえず、飲んでくれ。」
顰め面をしながらも、ペットボトルに口をつけると、砂時計をひっくり返すように一気にグイッとあおった。喉が動いたかと思うと、
「ゴバッ、ッグア!」
咳き込みながらペットボトルを机に置くと、そのまま倒れ込んでしまった。熊にあったときに死んだふりをすればいいという迷信を信じた子供のような見様だが、和義は苦しそうに咳き込んでいる。これほんとに死ぬんじゃないか?
「…。」
拓弥は相変わらずニヤニヤしながらビデオを撮っていた。
「い、以上で想造部の紹介を…終わ、ッ!」
口を抑えた。そのまま勢いよく部室を飛び出した。どうやら我慢の限界だったらしい。
「と、いうことでね。以上で紹介を終わりまーす。」
恐ろしいなこいつ。
2024年8月7日 発行 初版
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趣味で本を書いてる人。
趣味と言う割に生活リズムがこの趣味で乱れつつある。
困っている人の心を読んで、サッと動いて「わあすごい」とチヤホヤされたい欲望を持つ邪心の塊。