東京への一極集中、地方の過疎化が社会問題となっている現代日本。地方の家が大都市に向かって突進するという、非現実な現象が起きている。国は、この現象が発生した家を爆破する処理班を設置した。 処理班の山本は、バイクに跨っていつも通り任務の一環で家を爆破していたが、ある日、生まれ育った実家にもこの現象が起きてしまったと知る。 実家を爆破するために10年ぶりに帰省した山本に、思わぬ展開が待ち受ける。
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この本はタチヨミ版です。
「2024年11月4日、13時00分。これより、処理を決行する」
「了解」
バイクのヘルメット内に入れた無線で、同僚に音声が伝達される。
上司らしき方の名は、山本。冷静な声で、指示を通す。
黒いライダースーツに身を包んだ二人は、最先端の技術や補助AIを詰め込んだオフロードバイクに跨り、全方位に揺れて進む標的を右と左から挟んでいた。
標的は針葉樹林の木々を何十本も何百本もなぎ倒しては、針のような葉でできた腐葉土を掘り返し、左右に飛ばす。おかげで二人の視界は悪そうだ。それでもバイクに乗った二人は、目の前に倒れた木を人間離れした神業で避け、標的と同じ時速50kmほどで追走してゆく。
「先輩! 早いところやらないと、この先の車道に出ますよ!」
二十代前半ぐらいの青年の叫び声が、標的の左側から聞こえる。声の主は、田中という。
新潟県から概ね南の方に突進し、東京に向かってゆく標的。彼らが追うのは、紛れもなく「家」だ。
何を隠そう、木造の古民家がトラック並みの速さでこの森を進んでいるのだ。
そして今、目の前の木々の間から見えるほどに、車道が迫ってきている。このまま進めば、車道を走る車と衝突する危険がある。
その時、今までグラグラ進んでいた家が、右側に傾いたままピタリと安定した。
「……今だ!」
山本の掛け声と同時に二人は、右手に持った赤い筒を窓めがけて投げ入れた。ガラスを突き破って中に放り込まれた二本の爆弾のうち、一本は居間のテーブルの上へ、もう一本は台所のシンクの中へ転がっていく。
するとバイクは左右に離れ、家と距離をつくっていった。
「点火!」
山本がリモコンのボタンを押した直後、煙と炎が壁を突き破り、内側から家が爆破された。轟音と共にガラスや柱の破片が粉々に飛び散り、木や地面に突き刺さる。
二人はバイクを停車させ、横からその様子を見る。かつて家だったそれは、森の中の細かい瓦礫と化していた。
「13時17分、処理完了。田中、お前がいないと処理ができなかった。本当にありがとう」
「それはこっちのセリフですよ、先輩!」
東京へ人口が集中し、地方の過疎化が社会問題となっている今日この頃。
月に一、二回、地方の家が大都市に突進するという、非現実な現象が起きている。突進する家が車や住宅に衝突したり、あるいは今回のケースで森林が破壊されたりしたように、現象によって起きる被害はどれも甚大であるため、国はこれに対する処理班を警視庁に設置した。
処理班の公務は、小回りが利くバイクで追走しつつ、家の窓から中に爆弾を投げ入れ、爆破すること。また、突進する前兆のある家を見つけ次第、家主に許可をとった上で取り壊すことも行なっている。
処理班の存在は賛否両論で、世間から被害を抑えるヒーローと称賛される一方、人の家を爆破するために非難も絶えない。
二人はそんな処理班の中でも、特殊なバイクの訓練を受けた一員である。こんなにもアクロバティックなことをしていたが、れっきとした警察官なのだ。
「それにしても、やっぱ悲しくないすか」
バイクで走る帰りの高速道路。日が沈み、夜になってゆく中、田中は無線で話しかける。
「本当はそこに住んでいた人もいるのに、家を壊すのは何だか心が痛むっていうか。他のやり方はないんですかね」
「確かに、お前の言う通りだ。だが、家に住む人の『都会に行きたい』って思いが溜まってしまった以上、壊すしかない。最近建てられた家はそういう思いを溜め込まないけど、古民家とかの思入れがある古い家ほど都会に行きたい思いが溜まってしまうから、なおさら悲しいよ」
「都会に移住したい思い」が家に溜まるとは一体どういうことなのか。最近の研究によると、住んでいる人が「都会に移住したい」と感じたときに発生する脳波が、家に染みついていってしまう、ということだ。
家に染みついた脳波は、都会特有の電磁波と磁石のように引き合う性質を持っているため、家が都会の方へ動く推進エネルギーを発生させる。
普通、家は水道管が根となって地面に固定されているが、その部分が許容できないくらいの推進エネルギーが溜まり、根を壊してしまうことで、根に抑えつけられていたエネルギーが放出され、家が都会へ向けて急に、高速で動き始める。
これが、現象の発生原理なのだ。
水道などが壊れ、家の根となるものが無くなることで動く。ゆえに、「デラシネ現象」と呼ばれている。
「『デラシネ現象』、いつになったら無くなるんですかね」
「地方に住む人が『都会に住みたい』って思わないようにすれば無くなるだろうが、人の思いを抑えつけることは誰にもできない。だから今は、被害を抑えるために公務を全うするのみだ。でも確かに、何かできることがあればって思うよな」
その後も二人で仕事のことなど話しつつ、走っているうちにもう夜になった。
高速道路を降りると、他の処理班の仲間がいる東京の拠点に到着。報告などの事務作業を終え、その日の勤務は終了した。
事は、突如として起きた。
2024年11月14日。デラシネ現象が発生しそうな家があるとの通報があった。家はまだ突進し始めていないものの、ひとりでにグラついているとのこと。リーダーの山本は田中と共にオフロードバイクに跨り、高速道路で現場の地域へ向かった。
その地域は、先日処理した家の新潟県と同じく緑が豊かで、排気ガスが多い都会と違って空気が軽く、走っていて気持ち良い。
しかし、山本の気分は落ち着かず、妙な胸騒ぎがしていた。これまでいろんな地域にいっては公務を執行したが、今回は他の地域と違うところが一つあるのだ。
それは、自分の故郷であること。
高校卒業と同時に上京し、公務員になった現在、赤羽で独り暮らししている山本には、心当たりがあった。
——いつも秘めていた思い。まさか、ここから都会へ逃げたいという当時の思いのせいで、自分の家がデラシネ現象を起こしてしまったのか。
いや、デラシネ現象は長期的に脳波が溜まることで起きるはずだ。上京してもう十年だから、実家に住んでいた頃よりも、脳波が溜まっているはずはない。
まずは通報した家主と会うべく、自治体の役所に着いた。職員によって会議室へ通されると、丸机の奥に座っていた人物は——。
「久しぶり、ジョウ。随分と立派になったね」
山本に会うや否や立ち上がり、女性が歩み寄ってくる。年齢は六十代ぐらいで、赤ぶちのメガネをかけている。
「母さん。うすうす感じてたが、まさか……」
冷静を装おうとするも衝撃を隠せない山本、そして先輩の母が通報者である事実に戸惑う田中。山本の様子に気づいた家主の母は、喜びから一転、暗い口ぶりで話し始める。
「ああ。通報したのはその、地震とか工事なんて起きてないのに、一週間前から家がグラグラ揺れてて……」
「それは、確かにデラシネ現象だな。残念だけど、直ちに家を取り壊すしかない。あの時、何度も都会に行きたいだなんて思っちゃって、ほんとにごめん」
「そんな、ジョウが謝るようなことじゃ……原因は私にもあるし」
泣きそうになる山本を前に、宥める母。
山本は衝撃をなんとか抑えるべく、設計図などの書類を預かり、事務手続きを進める。最後に、家の取り壊しや爆破に関する書類へ、同意のサインをする流れになった。サインには、現在その家に住む人のほかに、息子や娘、孫、祖父母など、二親等までの親族のサインも必要だった。
今、この場に息子はいるものの、父はいない。
まずは山本が各書類にサインする。何のためらいもない様子に、田中が心配そうに山本を見た。
「リーダー、いいんですか?」
「ああ。まあ、こうなったらどうしようもない。それに、実家ではいろいろあったからな」
そして、母に書類が回される。手を震わせてゆっくりとサインする。
サインされた数枚の同意書を預かると、山本は母に尋ねた。
「なあ、母さん。親父が今ここにいないってことは、親父は実家を壊したくないのか」
「そうなのよ。私はもう早くあの家から出たいのに、あの人は家にこだわってて、離れようとしないのよ。危険だから出ようって言ってるのに聞かないし……申し訳ないけどジョウ、いい機会だしお父さんを説得してよ」
困り果て、弱々しい様子の母。山本は、母が胸の内に何かを隠しているような気がした。
軽自動車を運転する母と共に、デラシネ現象の現場、もとい丘の上に立つ山本の実家へ、バイクを走らせる。十八歳で上京して以来、帰っていなかったのだ。
目的地に着くと、変わり果てた様子の実家が目に入る。
母から聞いた通り、ひとりでにグラグラ揺れ、瓦ぶきの屋根や生い茂った草木をざわつかせているのだ。コンクリートの壁は至る所にヒビが入り、建物の危険さを物語る。
山本の心の内では、相反する二つの感情がぶつかり合っていた。どこか温かく懐かしいゆえに、今の家の様子に対する悲しみが湧いてくる。そして、この家で父に言われたことを思い出して溢れる、ズブズブとした憎しみも。
玄関口まで行くと、母がインターホンを押す。
「あなた、ジョウが来たわよ。会ってあげたらどうなの」
ガラス張りの引き戸が開くと、中から老いて肥えた、白タンクトップの親父が出てきた。
「よお、ジョウ。本当に警察官に、しかも例の処理班になってるじゃねえか、え? 世の中のために危険なことして、バイクもさまになっててすげえな。でもお前、自分が生まれ育ったこの家を壊すだなんて言わないよな?」
「親父。この家は危険だ。一度動き出したら、トラック並みの速さで突進する。そしたら車や、家や、建物にだってぶつかるんだぞ。もともと都会に行きたがってた俺のせいでこうなっちゃって申し訳ないけど、もう壊すしかないんだよ」
タチヨミ版はここまでとなります。
2024年11月4日 発行 初版
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