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盗聴

藤原洋

モリタ出版



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  この本はタチヨミ版です。

1事件
2盗聴
3山無へ
4資金清浄組
5山方へ
6困多の死
7歌山の父の記録
8父の逮捕
8歌山急襲へ



登場人物

 西堂司・・・歌山の父親
 西堂歌山・・主人公
 矢津章造・・西堂と大陸で一緒だった
 矢津作造・・章造の子
 多那陸蔵・・3人組の1人
 困多勢・・・策士
 困多与志数・勢の長男
 困多司・・・勢の次男

1事件
珠川は、静謐の街を幾つか越え、泳ぐように新都湾に向っていた。
源流は奥珠だった。流れとは別に新都の飲料用水にもなっている。
 ここは珠川の或る所、私鉄とJRの交叉する要衝の地に川西駅、川東駅があった。川西駅の夕刻、改札に一人の主婦が立っていた。手にはチラシを持っている。降りゆく人に配っている。帰宅中の西堂歌山と目が合った。主婦は心なしか寂びしそうだった。しかし、気丈を保っている。そのチラシを受け取った。チラシには行方不明者について書いてあり、写真と名前そして経緯を書いてあった。その男性は大学に入学したばかり、歓迎コンペでもあったのか。
 「これから帰る。」
家に電話したが、何故か青年は帰って来なかった。自慢の息子だった。大学は法科で将来弁護士も夢ではなかったろう。
 歌山はチラシを凝視した。若しかすると2日前の事ではないか。家路を急ぐうち気になって仕方が無かった。それから3日経って、珠川から全裸の死体が浮いた。何故か場所的にも時期的にも関連がないか心配した。これは大変な事だ。正にそうだった。歌山が見た情景は事件の前のものだったのだ。
チラシの2日前の夜、川東駅で事件は起きていた。
もう時刻は遅かった。介抱するのは本当かという、3名の人物が1人の男性を取り巻いていた。知り合い同士なのか分らない。4名の人物は仲間であれば問題ないがそうでは無さそうだった。何故プラットホームに4名がいるのか、どうやって遭遇したのか。中に居るのは青年であった。酔ってしまってこの駅でホームに降りたのか。と言うのも青年は普通の姿ではなかった。ホームに腰を落してベタ座りしていた。そして、体がゆっくり揺れている。恐らく飲酒の後だったのだろう。それも終電の近い頃駅のホームで腰を落とし、肩が揺れているのは不自然だ。それとも他の3名が電車の中から連れて降りたのか。もう終電も後1本か2本で来てしまう時間帯だった。この駅で降りてホームにいるのは、時間的にもおかしかった。
そんな中、歌山の電車がホームに着いた。歌山は様子が分らなかったし降りる余裕はなかった。電車の戸が閉まり東駅を出発するまで電車の窓越にプラットホームの人間を見た。駅から過ぎ去ってもその方向を見やっていた。あの情景は何だったのか。主婦のチラシから、あの夜の様子を一気に思い出させた。何か気になった。今頃川から遺体が上がる事件はない。裸体もおかしい。そう言えばあの時間帯から事件が生じても不思議はない。
川東駅は無人駅だろう。そうなら移動は簡単で思うように行動したのではないか。何故かあの夜と川の変死体は関係があるのかも知れないと気になった。主婦はまだ事情を知らない。歌山は憶測に過ぎないだろうが、若しかすると関係があるかも知れない。まず歌山は当局に届けようと考えた。関係していたら犯人逮捕に近づけるか役に立つかもしれない。歌山は何か関係があるとも無いとも分らないが、そうしようと出かけた。チラシに連絡が欲しいと書いてあったが、先に主婦に伝わったら大変な誤解や悲劇が生じるかも知れない。兎も角関係ないかも知れないが、歌山は珠署に向った。受付で担当部署に案内された。
「この日の夜、ホームで見かけた人と川の事件が気になります。」
歌山はチラシを見た話を始めた。
「事件と関係が無いと思いますが、気になるので来ました。」
すると聞かれた。
「何故その人に関係があると思われたか。」
あれっ詳しく聞かれるとは思っていたが、質問はきつい調子だった。
「まず、状況を説明します。」
何とか会話になりそうだった。
「一応聞きます。」
そして、話し始めた。
「川の変死体が気になりました。」
「そうですか。」
「目撃した様子と関係がないか気になるのですが。」
「それではまず、目撃の様子を話して下さい。」
「日にちは7日前です。時刻は夜11時を回っていたと思います。駅は川東駅です。
 乗ってきた電車は、最終電車の1本前くらいでした。電車が川東駅に入って来て、数名が
 ホームにいるのに気が付きました。」
「それで。」
「停車時間は僅かでした。ホームの中間あたりに数名の男性が居ました。
 電車に乗る気配ではありません。」
「どのようだったのですか。」
「会話や何をしているのか分りません。」
「何か気になることはありましたか。」
「様子では一人酔った人物が中にいるように見えました。」
「そして。」
「周りの人物が声をかけているようでした。もう最終電車が来てしまうので、
 何をしようとしているのか全く分りません。」
「あなたは降りて行く気にはならなかったのですか。」
「すぐ扉が閉まりました。無理でした。」
「雰囲気ではいい関係ではないかも知れなかったのですよね。」
「微妙なところです。何か出来ることがあれば良かった気がしますが。」
「他に気が付いたことは人数とか年齢とか。」
「合計4名です。3名は年配に見えました。酔っているのは中にいた男性だけのようでした。
 その男性は若いようでした。年配3名の服装は普通の職人風です。その青年は背広姿でし
た。」
「どんな話をしているようでしたか。感じでも。」
「話の雰囲気や内容は勿論不明です。」
「少しでも分ることありませんか。」
「話すと言うより、酔っているのを眺めている感じでした。」
「すると酔いが深いか確かめていたのですかね。」
「そのようにも感じます。」
「それで3名の態度はどうでしたか。」
「走り去る電車から見ると、酔いの様子を見ようとしたのが1名、後の2名はそばに
 立っているだけのようでした。」
「お届けは分りました。調書を取りますので待っていてください。」
歌山は話している内、もっと良い積極的な対応があったかも知れない。そう云う気になってきていた。質問が来た。
「その日に降車する駅で知らせようと思わなかったのですか。」
「遅い時間で、川西駅も駅員が改札にいたかどうかでした。川東は無人駅だと後で思って
いました。」
「警察に電話しようとは思わなかったのですか。」
「その時は深く考えていなかったと思います。」
「それとですね。今回川から死体が発見されたとの記事から出頭したのですね。」
「そうです。」
「何故そう思ったのですか。」
「酔っていたと思われるのが気になりました。」
「他には。」
「目撃の時間から皆が家に帰れるか気になったのです。」
「もう少し突っ込んでもらえたら良かったですね。」
署ではチラシの婦人に話す気が無かったか質問されていた。川の死体の関連情報は殆ど無く署でも苦心していたのだった。それと他にも裸体の死体が過去に川から上がっていたので応対は厳しくなっていた。
今回の申し出の話は署で検討するということだった。主婦への連絡は署で考える。勿論プライバシーには気を付ける。こう話してくれていた。
 
 この犯人達は3名、歌山の気になった通りの筋書きだった。犯人は困多と矢津と多那の3名だった。この者達の住いは川西駅近くであった。3名は珠川が縁で集まっていた。
偶然とは言え3名は、糸に引かれ集まっていたのだ。
主犯は困多であった。困多の父親は昔戦争に出陣していた。高誌隊に所属し位も高かったが、終戦時自己保全を図ったがその事が原因で悩みが深くなり、仕事が出来なくなっていた。
困多の父親は立場もあったが焦ってしまった。それは焦る必要のないものだった。私は罪を犯しました。反省を述べる者です。そうした書き置きをしていたが、息子に届くことはなかった。
失敗した父親は、溜ノ門にいた。そこはお高の住いだった。お高は戦前から贔屓にした女性だった。実家の妻には一人で生活していると話していた。同棲している家に、妻が突然上都すると言ってきた。父親は段取りを考えていた。列車は幾つもは無かった。話していた電車を一本早く妻は上都してきた。妻は到着した駅で夫を待っていた。そうとも知らない夫は、まだ時間があると思い駅の中を彼女と歩いていた。妻は目ざとく見つけた。あれっと思った。なんとよく知った男が、彼女と歩いて来るではないか。咄嗟に妻は身を隠した。困多はまさか妻が来ているとは思いもしなかった。通り過ぎていった。
 何という事だ、これまで大戦中もずっと銃後を守ってきた。高誌隊は大変と聞いていた。分隊長もやっていたのだ。妻は一生懸命家族を守ってきたのだ。戦後とは言え、それが彼女と歩くとはどういうことか、一気に熱が冷めていくのが分った。今更どう弁明するのだろうか。もう嫌だ。夫が正直に言うはずはない。本当のことは言うまい。妻は自分の弟に調べるよう依頼して、津宮に帰って行った。
そうとも知らない父親は妻が来るはずの列車を駅で待っていた。しかし妻が現れることは無かった。妻の弟から妻に手紙が来た。最悪な内容だった。これを見て妻はもう駄目だと悟った。困多の父親と妻は元に戻らなかった。同棲相手のお髙も長く続く相手では無くなろうとしていた。意気消沈した男は、げっそり痩せた。食事も喉を通ら無くなってきた。
困多の父親は、お詫びを妻に送ろうとした。それは離別状だった。もう判断に狂いが出て来ていた困多の父はお高に手渡した。それには息子のところに行くとも書いていた。お高は早速津宮に向った。しかし単純に受け取るとは思わなかった。お詫状は玄関先に置いていこうと決めた。他の資料は井伎の友人に送ってくれと書いていた。お髙は玄関先の郵便受けに置いた。お髙は新都への帰路落ち込んでいた。それは自分との別れが次第に本当になると感じていたからだった。
そして遂に困多の父親と連絡がつかなくなった。お髙は別れとはこんなに簡単なものかと途方に暮れた。
戦時中から 親しくしていたのは 戦友達だった。お高はよく話を聞いていた。そこで渡す相手の井伎の松邑に手紙を送った。
父親は住む場所も無くなり子供の川西に転がり込んできていた。仕事はもう手につかない、そして世をはかなんで居た。それは他にも理由が有った。だが酒の魅力には取り憑かれた。
川西に行きつけの店が出来た。カノという店に通い始めた。カノにはゆきえという可愛い子が居た。ゆきえは優しかった。父親は好意を寄せるもそれ以上の付き合いは無かった。お店で会って、酔って歌を歌って帰る、それで充分だった。しかし隠し金も少なくなっていた。
ところがある日、父親はこれから飲み始めようかというとき、事件は起きた。
 「乾杯」といって、ゆきえと笑っていた。
その時おかしな男が店に入ってきた。
 「おう、ゆきえこっちへ。」
有無を言わせず呼び寄せるのだった。父親は仕方ないと思っていた。今日は付いていないな。帰ろうか。夜の店を出た。暫く歩く内に、何か急に面白く無くなってきた。引き返して争う事はしなかった。次第にムカムカしてきた。酔いも手伝って、何時しか珠川に向っていた。危ない、その通りだった。困多の父は川原に降りていた。水の直ぐそばまで来てしまった。大丈夫と思い一足伸ばした。草の下に土は無かった。体が川に引き込まれた。
 困多の父親が亡くなった話は、お髙には伝わらなかった。
 困多は父の無念とは関係なく真剣に仕事をした。資金は少しづつ貯まっていった。そして有るとき、知り合いからクラブのママを紹介された。時々訪問するが、何時もお店では簡単に過ごして帰っていた。表向きは決して近い関係であることは伏していた。困多も本業を言えない関係だった。そんな困多が道を外すのは、父親の無念が鎌首を持ち上げてきたからだった。
 矢津の父親は困難な道を歩いていた。それは戦後醸造の道だった。それも壁にぶつかり、跳ね返すどころか悩みから、川で入水自殺していた。矢津が高校の時だった。矢津も悔しい思いをしていた。矢津は話を聞いてくれる人物を求めていた。戦中矢津の父親は大陸で仕事をしていた。歌山の父親と不思議な縁があったのだった。
 多那の父親は病弱だった。病気を苦にしていて、治らないと聞いた後、川に来て死んでしまったのだった。多那はまだ中学だった。犯人の3名は年齢が近かった。体格は多那がやや小さく、多の者は普通だった。川を中心に結ばれて行くのだったが、出会ってしまえば垣根はさほど難しい話ではなかった。



  タチヨミ版はここまでとなります。


盗聴

2025年4月3日 発行 初版

著  者:藤原洋
発  行:モリタ出版

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