この本はタチヨミ版です。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
NPO法人HON.jp
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
この書籍は、2021年8月13日から15日にかけて開催された出版創作イベント「NovelJam(ノベルジャム)」に参加した25人が、初日に運営から提示されたお題「縁」に基づきゼロから生みだした14作品を合本したものです。
「NovelJam」とは「著者」と「編集者」、そして「デザイナー」が集まってチームを作り、小説の完成・販売までを目指す『短期集中型の出版創作イベント』です。ジャムセッション(即興演奏)のように参加者が互いに刺激を得ながら、その場で作品を創り上げています。
今回はコロナに打ち克った証としてオンラインのフルリモートで実施し、巣ごもりから一歩抜け出すための3日間となりました。鬱屈を振り払い、ほとばしる創作の成果をお楽しみください。
実際に販売されている各書籍および「NovelJam」の詳細につきましては、公式サイトをご覧ください。
https://www.noveljam.org/
NPO法人HON・jp
受賞作一覧
チーム「ええじゃないか」
萬歳 淳一 『アフターコロナ・パンデミック』…12
鷹村 アキラ 『えしに独楽』…………………………24
小林 太路 『合縁奇縁の絵画』……………………38
チーム「くせもの上等」
葉々 『染まれよ、心』………………………54
M☆A☆S☆H 『Innocent』……………………………66
チーム「ノベルカルテット」
ナカタニエイト 『名前のないお面』……………………82
栗山 心 『サロン奥沢』…………………………96
チーム「いちじく」
結城 玲夏 『縁あれば千里』………………………106
shiho 『縁上商法』……………………………118
チーム「夏之日」
日野 光里 『宵闇白夜神社に火が灯る』…………130
一之瀬 楓 『魔法使いの娘』………………………140
チーム「編集無縁」
澤 俊之 『BOND』………………………………152
坂東 太郎 『第211回縁田家家族会議
〜世界が(ファンタジーに)変わっても家族の縁は変わらない(変わる)〜』…164
おおくままなみ 『シェルターズ』………………………174
審査員講評 ………………………………………………………186
最優秀賞
『サロン奥沢』
北野勇作賞
『宵闇白夜神社に火が灯る』
内藤みか賞
『縁上商法』
MVP著者
鷹村アキラ
『えにし独楽』
MVPデザイナー
mori_______
『アフターコロナ・パンデミック』
『えにし独楽』
『合縁奇縁の絵画』
MVP編集者
該当者なし
特別賞
『Innocent』
……………………………………………………………
……………………………………………………………
「我々は新型コロナウイルスに打ち克ちました。国民のみなさんの勝利です」
いつもは伏し目がちで覇気のなかった総理大臣が、口角に泡を飛ばしながら熱弁を続ける。
「国民の皆様には、たいへん不自由な生活を長きにわたって我慢していただきました。よく自粛、自制を守ってくださいました。コロナの克服はまさに、国民みんなの努力の賜物です」
官僚が用意した原稿を読み終えても、総理は弁舌を振るう。
「あぁ、総理は何もしなかったくせに、いい気なもんだよ」
都心に近いK医大附属病院の食堂で、内科医の柴野俊介はテレビに向かって毒づいた。
「まだ重症感染者は生命の危険があるんだ。コロナとの戦いはまだ終わってないんだぞ」
「まあまあ、もう少しで家族に会えるようになるさ。お前は新婚だったんだろう?」
同僚がラーメンをすすりながら俊介をなだめる。この二年間、県をまたいだ帰省は一回もできなかった。
「そうか、やっと家に帰れるのか」
「あなたー、ここよ!」
妻の奈々子が手を振って迎える。ビデオ通話以外では二年ぶりの再会だ。
「奈々子、お前、少しやせたか? ビデオと雰囲気変わってないか?」
「そんなことないよ。俊介こそ少し太ったんじゃない?」
病院に缶詰めでの食生活は劣悪だった。テイクアウトの出前より妻の手料理が食べたい。新婚ほやほやだったのに、二年間も会えなかったのだ。
久々の我が家だ。
「三年ぶりに花火大会が全面的に開催されます」
「今なら国内旅行、オール九〇パーセントオフ!」
朝からテレビをつけていると、ニュースもワイドショーもコロナ撲滅のお祝い一色だった。
「あなたが医療従事者だからって、無料にはしてくれないのね」
奈々子は頬を膨らませる仕草をする。
「あれ? やっぱりお前、顔やせただろう。ほら、頬のラインが。ここのところ」
「いやだ、やっぱりわかっちゃった? マスク生活が終わる前に、プチ整形をするのが流行ったのよ」
夫婦でも離れていたら言えないこともでてくる。
「俺も奈々子に話さなくちゃいけないことがあるんだ。俺、病院、辞めるよ」
今回、休暇をもらえたのもその理由だった。
「なんでよ? 疲れすぎちゃったの? そうなら、しばらくのんびりしてから考えても」
「内科医は、これからはもう充分足りているだと病棟医長に言われたんだ」
「ええっ? こんなに危険な目にあって身を犠牲にして働いたのに! これから、どうするのよ?」
「開業する貯金もないし、この近くで町医者にでもなるさ」
奈々子は、不誠実な病院への文句をくどくど言い続けていた。
俊介の再就職先は、なかなか見つからなかった。全国で医者余りが始まっていた。
「今さら、ほかの科に移るのも無理だしなぁ」
「お医者さんって、なんでも診れるんでしょう?」
「何年も臨床経験を積まないと、卒後研修で覚えた知識だけでは無理だよ」
ソファに背もたれて、腕を組む。
「でも、俊介には働いてもらわないと困るわ」
奈々子は自分のお腹をそっとさすった。
「さっき検査キットで確かめたの。妊娠反応陽性よ。明日、産婦人科に行ってくるね」
俊介は嬉しさよりも驚きと無職の焦りで、その夜寝つけなかった。
将来の計画もなく、俊介は呆然としてソファに横になっていた。
「俊介、大変よ!」
病院を受診した奈々子が急ぎ足で帰ってきた。
「妊婦が走ったらダメだろう。いったいどうしたんだ?」
「どこの産婦人科医院もクリニックも、来年まで分娩予約がいっぱいでお産できる病院がないのよ!」
「え? そんなバカな事あるか?」
そういえば俊介の働いていた総合病院ではここ数年、少子化の影響で産科病棟を縮小して産婦人科医を解雇していた。
「今日は診るだけは診てもらえて、妊娠二か月、間違いないって。これから、どうしたらいい?」
ちょうどテレビ番組がニュースに切り替わった。
「全国各地で、お産難民が発生しています。今まで先行きの不安から子づくりを控えていた夫婦が、コロナ明けでいっせいに妊娠したためと考えられています」
若い女性リポーターが、大病院の玄関前に並ぶ行列を取材している。
「主人が海外から帰ってこれて、ようやく授かったんです」
「景気がよくなって昇給して、子育てできる経済的な余裕ができたのに」
「再開した婚活パーティーで意気投合して、すぐにこうなっちゃいました」
リポーターは並ぶ妊婦に次々とマイクを向ける。
「みなさん、やっと安心して妊娠できる世の中になったのに、この病院では医師不足を理由にお産の数の制限をしています。いったい、どういうことでしょう!」
タチヨミ版はここまでとなります。
2025年3月23日 発行 初版
bb_B_00180798
bcck: http://bccks.jp/bcck/00180798/info
user: http://bccks.jp/user/121026
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
本(HON)のつくり手をエンパワーするNPO
私たちはこれからも本(HON)を作ろうとしている人々に、国内外の事例を紹介し、デジタルパブリッシングを含めた技術を提供し、意見を交換し、仮説を立て、新たな出版へ踏み出す力を与えます。
(旧:日本独立作家同盟)