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ポピー・シンドローム

中嶋雷太

Papa's Story Factory



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  この本はタチヨミ版です。

















 
 ミシリと部屋が音をたてた。いつものことだ。ハイパー高層マンションならよくあることだった。岩盤深くまで杭が打たれているというが、数百年前はここは海だった。海底の砂、たっぷりと塩を含んだ砂が岩盤上に何十メートルもの層になって堆積している。海水の塩分をたっぷり吸った砂。所詮、ここは砂上の楼閣だ。そんな部屋に潜む生活。ダイオキシンに満ちた生活。天井まで広がる大きな窓から見下ろせば、港は濁ったオレンジ色の街灯を抱え眠っている。南へ数キロの工業地帯から流れ入るケミカルな腐敗臭が潮の香りと混じり合う。素敵な街。あまりにも工業的な景色。その美的な景色に、男は心から親しみを感じていた。「そんなものだ。人間とは美しい」とつぶやき蜘蛛のような長い腕を伸ばし、白髪混じりの長髪をかき上げた。
 男の「私」は希薄だった。それを自我というなら、ふわふわした泡つぶのようだった。彼のもうひとつの「私」の脳が彼の脳を制御し司っているようだった。そこには確たる「私」という実存などなかった。窓から見える街さえ怪しいものだ。もうひとつの脳が彼の脳に見せている幻想なのかもしれなかった。もうひとつの脳が司令を出し彼の脳に見せる虚構なのかもしれなかった。何かを考えていても、その考えさえあのもうひとつの脳の司令どおりの言葉の羅列なのかもしれなかった。どこに「私」が存在しているのか。男は希薄になった「私」を探すことさえ諦め、フォルマリン漬けになった醜い動物の死骸のように容器に漂っていた。窓ガラスに映った物体、人間の姿をしている影、人型の影のようなものは何も答えてはくれない。
「そうだ」と、天井の空調音で男は思いだした。長年準備してきた悪戯。あの五人のプロファイリングはほぼ完璧に整った。あとは、あの五人の無意識野に入りこみその人生をコントロールするだけ。あいつらの衝動をくすぐり犯罪に手を染めてもらう。本人たちは何も気づかぬまま、あの五人は犯罪者となる。幸せな老後じゃないか。死ぬまで、苦しめる。苦しみほど美味なカクテルはないはずだ。そして、楽しいじゃないか。苦しみだけを抱えた老後はドラマチックに違いない。平凡なままの人生などつまらない。脳の微かな疼きを抑えるように頭蓋骨を両の手で掴んだ男は、東京湾の「美しい」煌めきを睨みながら、臭い息をひとつ吐いた。

 中央アジア・タズール共和国
 タズール共和国は紀元前からシルクロードの交易で栄えたがその後衰退の一途を辿り十九世紀には砂礫の地と化した。国連では最貧国のひとつとなった。先進国の貪欲な食指が伸びることなく砂礫の地平に砂塵が舞うだけだった。地獄のような底辺から起き上がる術など、どれだけ有能な識者であっても見つけ出すことは困難と思われていた。いやゆる捨てられた国だった。ボロ切れのような古い習慣。それを伝統という名で尊ぶ文化人類学者もたまにはいたが、点在するオアシスらしき貧村で息をするのが精一杯な村人の底知れぬ怨念など、しかもやり場のない怨念など、先進国で暮らす彼らに理解できはしなかった。この砂礫だけの土地で生きることは、辛酸の日々を送ることだけを意味していた。
 ところが、二十一世紀に入り、中央アジア各国に海外から金融マネーが流入すると、人口五千人あまりだった首都タズールにもそのおこぼれのような資金が一部流入し、二〇二〇年代には砂礫ばかりの土地に近代都市が忽然と現れた。それにはもちろん理由があった。地球規模での金あまり現象といえば良いだろう。先進国と呼ばれる国々はすでに老化した。経年劣化した経済構造に喘いでいた。巨額のマネーを投資する余地などなくなっていた。そして、偶然にもこの茫漠とした砂礫地帯が広がる大地の下にレアアースの大鉱脈が発見され、さらに岩盤層を掘り起こすと豊富な水源が発見された。手つかずの自然の恵みは偶然発見されたわけではなく、高精度の地下資源探索衛星と量子コンピューターによる解析のおかげだった。
 その日は、中央アジア・量子コンピューター研究所(CAQCL/Central Asia Quantum Computer Laboratory)開設のお披露目パーティーが催されていた。欧米各国や中国が量子コンピューター開発競争で鎬を削るなか、一歩抜きんでたのがこの研究所だった。資金は数十兆円と目されており、タズール共和国が五一パーセント。その他四九パーセントは、アメリカとイギリスの投資企業二社、そして日本の投資企業(A社)がその株式を保有していたが、タズール共和国名目の拠出資金のおよそ百パーセントを日本のA社が背後で貸しつけており、実質的なオーナーはこのA社だった。A社代表のある男(ここではまだ「ある男」としておこう)のバックボーンには日本政府の姿が見え隠れしていた。本来ならOECD(経済協力開発機構)などの公的機関を通じ、紐つき円借款という形で参入すればいいのだが、日本の政治家も官僚も、残念ながら量子コンピューター技術がもたらす大きな未来図を描けるほどの能力も投資勘もなく、先進各国の後塵を拝していた。ただ、A社代表のある男は、その未来図がクリアに見えていた。一部の銀行や医療・薬品会社、軍事関連企業や宇宙開発関連企業などが、その男に理解を示し、出資を申し出てくれた。彼らは未来図が見える限られた人々だった。量子コンピューター開発は日本の大学や研究機関でも進んではいたが、その男が量子コンピューターの三連結方式という技術を提唱するや、これまでの研究は一気に古いものとなり、日本の研究者たちは旧式量子コンピューターの開発を目指すという寂しい日々を送らざるを得なくなった。
 今日催されている開設お披露目パーティーには、世界各国の政府関係者や、医療・薬品、軍事、宇宙など幅広いジャンルの企業経営者たちが招待されていた。サッカー・ワールド・カップやオリンピックでさえ、これだけの政官民の有力者が集まることはないと思われた。総勢一千人規模の華やかなパーティーだった。数百台のストレッチ・リムジンが研究所の車寄せに現れるやタキシードやパーティードレス姿の出席者が降り立ち、研究所の敷地にある迎賓館へと談笑を交わしながら赤い絨毯を踏み締め歩いていく。アカデミー賞のレッド・カーペットの賑わいは映画関係者だけのもので華やかさが売り物だが、今日のパーティは全世界の有力者たちが一堂に会し、権力とマネーゲームの臭いがプンプンと漂っていた。数百の丸テーブルに着席した招待者がシャンパンを手に談笑をしきりに交わし、やがて作り笑顔に疲れたころ合いを図ったように、モダン・ジャズ・バンドの演奏が始まり、会場の談笑が静まるや、舞台上にその「ある男」の3Dペルソナが登場した。
「皆さん。お集まりいただき、ありがとうございます。世界各国の有力者の皆さんがこうして一堂に会する機会を設けられ、CAQCL(カクル)の神様もお喜びだと思います…。短いスピーチほどいいスピーチですから、詳細は皆さまのお部屋の資料をお読みください。私の話はこれだけにします。では、パーティーをお楽しみください」と3Dペルソナが深いお辞儀をするや、その3Dペルソナはある有名なミュージシャンの3Dペルソナに変わり、ライブ・イベントが始まった。

「スティーブ。あの〈神様〉って何だ?」と、アメリカ国務省次官のマーティン・ロドリゲスが訊ねた。
「マーティ。どうやら、ここの量子コンピューターの〈脳〉のようなものらしい」アメリカ陸軍省のスティーブ・マッキャン中将が即答するや苦いシャンパンを飲み干した。
「〈脳〉?」
「ああ。ここでは量子コンピューターを三連結している。一台だけでもスーパー・コンピューターの処理能力の約一億五千万倍早いのに、三連結だからそれの三乗だ。それを司るのが、あの男がいう〈神様〉、つまり〈脳〉だ。俺らより、つまり人間の脳みそより遥かに賢いらしい。ハーバード大学卒業生の全員がその〈脳〉と競ってもお手上げだ。だから、〈神様〉なんだ」
「そうか。〈神様〉か…。じゃあ、我が国は〈神様〉の何十パーセントかの親だ」
「まあ。投資会社を使って資金提供しただけだが…。どうやってその神様を使いこなすのか…。これからが大変だぞ。場合によれば、我が国が〈神様〉に使われるということもありえる…」
「スティーブ。まさか核兵器を超える、と?」
「そうだな。あんな古臭くて野蛮な兵器なんか、〈神様〉にすればガラクタも同然だ」
「ガラクタ…か。その根拠は?」
「…そうだな…。大統領やその側近が〈神様〉にコントロールされたら、どうする?」
「コントロール?」
「そうだ。無意識野に鎮座するアドルフ・ヒトラーになるかもな。この〈神様〉は」

 ウラル山脈の麓で
 一九七二年の春、それはウラル山脈で起こった。ソビエト連邦地上軍の一部隊、三百二十五名の兵士が訓練行軍の七日目。赤く咲く、芥子の花に覆われた野原で全滅した。重装備での十日に及ぶ訓練行軍の七日目。睡眠もままならぬ日々に兵士たちの疲労はかなり濃かった。その三百二十五名中ただひとり生き残った兵士、ウラジミール・ポルーニン軍曹の言葉が次のように残されている。
〈その日は朝から快晴でした。十日間の訓練行軍で、誰もが寝不足のまま、ウラル山脈の麓の森を行軍していました。それは七日目の朝でした。数時間の睡眠ののち、疲労困憊の体を引きずり二時間ほど森のなかを行軍していたときでした。それが現れました。与えられた地図ではまだ数十キロは森が続くはずでしたが、突然森が開けました。誰かが森を切り開いたというより、昔から誰にも知られずにあった野原のようでした。地平線までずっと続くその野原には、真っ赤な芥子の花が群生していました。誰もが口をあんぐりと開けしばらく無言で驚いていたとき、強い風が南から吹きました。芥子の花畑は大きく揺れながら春を謳歌しているようでした。部隊長の指示があったかどうかは忘れましたが、我々は芥子の花畑に誘われるように、そのまま野原へと進み、空き地を見つけるとそこで装備を解きました。誰もが笑顔だったのを覚えています。寝不足の日々が続き、毎日数十キロを歩き続け疲労困憊だったのに、笑顔でした。部隊長も、笑顔を見せていました。身体も心も開放されたせいか、ぼんやり空を眺める者や、うな垂れる者もいました。私は、空に浮かぶ千切れ雲を見つめていました。その時間がどれほどだったかは忘れました。数分だったか、数時間だったか。時間がまるで止まっていたような感じです。私が空をぼんやり見つめていると銃声が突然響きました。最初はそれが銃声だとは気づきませんでした。最初の銃声が響いてしばらくし、銃声が次々と響き始めました。気づけば、誰彼かまわず、兵士たちが銃の撃ち合いを始めていました。なかには手榴弾を投げる兵士もいました。こうしてお話しすると、壮絶な殺戮現場だったと思われるかもしれませんが、私の記憶では、誰もが笑顔だったはずです。まるで、何かのゲームを楽しむように、笑顔で殺し合っていました。私は、誰かに背後から殴られ、倒れるや意識を失いました。何時間気絶していたのか…。目が覚めると、三百二十四名の部隊が殺し合いを終え、全滅していました。生き残ったのは、私だけです〉
 この聞き書きは、事件発生当時のソビエト連邦軍の軍事心理学者であり陸軍調査部の部長だったヴェロニーカ・モロキン博士が、唯一の生存者ポルーニン軍曹の話を録音し書きおこしたもので、後日彼女の調査報告書に添付された。調査を担当したモロキン博士により、そのあとも綿密な調査が行われ、「ポピー・シンドローム」と名づけられた正式公文書となる調査報告書に詳細がまとめられたが、この不可解な事件はソビエト連邦政府内で厳重に秘され、当時は公にはならなかった。その通称「ポピー・シンドローム」調査報告書によると、芥子の花が咲く野原での集団殺戮の起源は古く、紀元前のローマ帝国以来、欧米やアジアなどで同様の事例が数多くあったという。歴史家や軍事心理学者といった識者たちは、アヘンやヘロインの原料である芥子の花が、何らかの幻覚作用をもたらしたに違いないと推論をたてたり、また、その色が幻覚を誘ったなどと推論をたてたが、いずれも科学的根拠は曖昧だった。
 一九九〇年代初めにソビエト連邦が崩壊すると、モロキン博士は「ポピー・シンドローム」調査報告書を手にイギリスへと亡命し、イギリス情報省がその調査報告書を入手するや、アメリカの国防総省との共同研究が密かに進められた。やがて、東西冷戦が終息し、世界の軍事的緊張が一時的に和らぐや「ポピー・シンドローム」の共同研究は雲散霧消したかに見え、軍事心理学研究者の一部だけが興味を抱く古典的な資料となり、それ以降は顧みられることはほとんどなくなった。
 イギリス亡命直後のヴェロニーカ・モロキン博士の短いインタビュー映像のフッテージが残されている。BBCのアーカイブで保管されているが、クレジット表記もなく、誰が何の目的でインタビューを行い映像として残したのかは不明なまま。BBCで放送されたという記録も残っていない。亡命直後だったが彼女には憔悴感はなく、澄んだ青い眼がキラキラと輝いてさえいた。イングランドの中流階級のご婦人御用達テーラーの、深緑色のスカート・スーツが似合うモロキン博士は、すでにこの新たな地に馴染んでいるようだった。
「モロキン博士。亡命の理由は?」
「ええ。亡命ではなく、あくまでロンドンの研究所に招請されましたので…。ソビエト連邦が無くなったいま、自由に行き来して、研究を深められればと…」
「とはいえ。情報省が手を貸したという話もありますが?」
「はい。イギリス政府の方々が、私の研究に興味を持たれているのは確かです。これから、時間をかけて、〈実験〉を重ねてゆければと…」
「〈実験〉?」
「ええ。〈ポピー・シンドローム〉から見えてきた原因を究明するだけでなく…。つまり、〈ポピー・シンドローム〉実験といってもよいかもしれません」
「今日は、ありがとうございました。また、実験の成果をお教えください」
「もちろんです。数十年かかるかもしれませんが、ぜひ」

 作田麻由子、モロキン博士に出会う
 その夜、作田麻由子は、ヴェロニーカ・モロキン博士に声をかけた。
 国連本部ビル近くのホテルで三日間開催された国際軍事心理学会が終わり、世界各国から集まった研究者たちは夜のパーティー会場で、情報収集や人脈作りに勤しんでいた。
 二十一世紀になっても、二十世紀型の専制主義国を中心として軍事力を誇りたい国々はあとを絶たず、陸海空や宇宙での軍備の研究開発は日々進歩を遂げている。そして、微に入り細に入る情報収集と偽情報発信。ハッキングなど日常茶飯時の通常兵器化し、秒単位での丁々発止の軍事上の駆け引きが行われている。それが、現代の常識となった。一方で、実際に軍事作戦を立案する将校たちや、戦地に赴く兵士たちの心理研究はまだ途上にあった。各国の軍事予算は軍事利権と絡み合い、軍事利権への分配が最優先され、軍事予算の残り数パーセントが軍事利権とは直接関わらない研究への開発費に振りわけられていた。さらに、残滓のようなわずかな予算が、軍事心理学研究へと充てられていた。そのコンマ数パーセントの予算を背に、作田麻由子は日本の防衛省軍事心理学担当官として、軍事心理学の研究を細々と進めていた。
 駐米日本大使館付き武官の作田は、アジアの軍事心理学担当者たちに囲まれ談笑を交わしていたが、視線はアメリカ国防総省の幹部たちに囲まれたある老女の姿を捉えていた。その老女の名はヴェロニーカ・モロキン。ソビエト連邦からイギリスへと亡命し、軍事心理学の古典ともなった「ポピー・シンドローム」の調査報告書を公にした人物だった。公にしたと言っても、どこまでがオリジナルなのかはモロキン博士のみが知るのだが。
 やがて、イギリスからアメリカへとさらに亡命したモロキン博士は、アメリカの軍事心理学を牽引するクイーンとして、関係者内では注目を浴びていたが、現在の研究内容の多くが謎に包まれていた。クイーンがいる。しかし、何を統率し進めているのか…。謎多きクイーンだった。
 モロキン博士を囲む人垣が空いた瞬間を狙い、作田は彼女に近づいた。
「失礼ですが…」背後から声をかけるのではなく、相手の視界に身を起き距離を徐々に縮め、笑みを蓄えて優しい声をかける。相手の心理の懐に入る為の基本どおりに作田は動いた。
「あの、私は日本の防衛省軍事心理学担当官の作田麻由子と申しますが、もしかしてヴェロニーカ・モロキン博士ではないかと?」
「ええ。そうですが?」



  タチヨミ版はここまでとなります。


ポピー・シンドローム

2026年1月25日 発行 初版

著  者:中嶋雷太
発  行:Papa's Story Factory

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Papa's Story Factory

時代に振り回され、喜怒哀楽を重ねながらも、日々力強く生きる大人たちに、少しでも安らぎを感じてもらえれば幸いです。 2020年を超えて、日本および世界に向けて、「大人の為の物語」を拡げていきたいと考えています。見たい映画や演劇、そしてテレビ・ドラマを、物語という形で描き出し、織り紡ぎ出してゆければと願うばかりです。(代表:中嶋雷太) Established for weaving stories for adult people. For them, who are always struggling daily lives, we hope they enjoy the stories. Welcoming Mr. Ray Bun as a main writer (story teller), we would like to expand our stories over the world as well as in Japan, over 2020. Also, we would like to weave the stories for future theatrical films, theatrical play or TV dramas. (Rep: Raita Nakashima)

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