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アゲハ蝶はどこへ

たいいちろう

ANUENUEBOOKS



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  ☆

 この物語は神秘的なものが神聖さを失ってしまったその時代に、悪魔狩りたちによって地下牢に閉じ込められた青年アウロラが、牢の女性看守であったカミラとともに外の世界に脱出し、新しい日々を迎えたところから始まる。
 アウロラは金色の短髪で、手脚が長く、美青年でもあったが角もあり、その姿は悪魔。
 けれども彼は人間でもあり、背中の翼は白かった。彼のその翼はどこか天使の翼を彷彿とさせるものでもあった。
 そして、彼の衣服は黄色の蝶ネクタイに白のタキシード。
 とても不思議なことではあるが、このタキシードの白は汚れたことがない。
 それはまるで、彼の心のなかのその白の色が決して穢(けが)れることを知らない強い色であることを証明しているかのようでもあった。

  ☆

 アウロラとカミラは都市から都市への移動ルート上にある寂れたモーテルに宿泊していた。
 宿代はアウロラがカミラに約束した通り、鉛や銅などを金貨に変える彼の魔法のような錬金術から生み出したものでいくらでもなった。
 このモーテルは快適さなどは決して期待できるものではなかったが、険しい道を歩き疲れたその身を休めるには充分なものだ。
 ただ寝泊まりするだけの実用性を重視した宿泊施設だということである。
 ふたりが歩いて旅をするのには理由があった。
 夜が深くなっていく。
 開け放たれた窓からは闇夜を煌々と照らす月の灯りが、モーテルの外の壁を白と黄色の色に染め上げている。
「僕の色だな」
 窓の傍に立つアウロラがそう呟いた。
 無機質ななにもないモーテルではあったが、それでも追われる身であるアウロラとカミラにとって、この場所はまるで乾いた砂漠でふたりが辿り着いた束の間のオアシスのようでもあった。
 どこか優しさのようなものを感じさせる爽やかな風とともに、アゲハ蝶が闇夜からふたりがいる部屋のなかに入ってくる。
 それは行場を失い、この部屋に迷い込んでしまったものではなく、なにか意志を持って訪れたもののように思えた。
「カミラ。見てごらんよ。スワロウテイル・バタフライ、アゲハ蝶だ」
 アウロラの呼び掛けに、部屋のなかを自由にそれは楽しそうにして舞う、そんなアゲハ蝶の姿を、椅子に腰掛けたカミラが目で追う。
「こんな場所にアゲハ蝶などいるはずなどないのだが」
 カミラはいつも冷静だ。
「うん、そうだね。このアゲハ蝶は特別だ」
「アウロラ、おまえは知っているかい? アゲハ蝶は幸運の訪れを告げる存在だということを」
「勿論さ。それだけじゃないよ。選択や方向性が間違ってはいないと、そう教えてもくれているんだ」
「よく知っているね、アウロラ。わたしの家の近くにミカンの木があってね。遠い昔にアゲハ蝶の幼虫を飼っていたことがあったの。幼虫から突然ある日に成虫になった時にとても感動した覚えがあるわ。それはわたしのかけがえのない宝物のような小さな頃の思い出だ」
「それから、そのアゲハ蝶は?」
「籠からすぐに外に出してやったよ。最初は羽の力が弱かったが、今のこの蝶のようにすぐに楽しそうに優雅に力強く舞って、どこかへ行ってしまった」
「もしかしたら、その蝶かも」
 アウロラのその言葉に「そんなわけがないだろう」と、カミラが小さく微笑んだ。
 その小さな微笑みに挨拶をするようにして、アゲハ蝶はカミラの肩に一度留まると、また羽ばたいて、窓の外に出ていった。
「あのアゲハ蝶は闇夜のどこからこの部屋に訪れて、どこへ向かって出ていったのだろう?」
「カミラ、このモーテルは安全だ。すぐに戻ってくるから、あのアゲハ蝶と少し話をしてくるよ」
「アゲハ蝶とおまえは話せるのか?」
「それも僕の持つ特別な能力さ。おっと、僕のことが少しは恋しくなったかい? 僕の身と心はずっといつもカミラのものだよ」
「またそんなことを言って。早くそのアゲハ蝶を追わないと行方がわからなくなるぞ」
「照れているね、カミラ。僕は嬉しいよ」
「照れてなどいるものか」
「そんなふうには見えないな」
 アウロラはそう言ってにこりとすると、白のタキシードの背から同じ色をした白い翼を大きく広げていく。
 なんという美しさだろう。
 その大きな白い翼はどこか神々しさを感じさせ、見る者の心を圧倒するものだ。
 モーテルの部屋の窓から飛び出すアウロラ。
 上空に高く一度舞い上がると、すぐに彼はまた下降し、部屋の窓の側に戻ってくる。
 そして、子供のような人懐っこい顔をしながら「君も一緒にいこう。僕の手を取って」と、カミラに告げた。
 カミラは不器用に首を横に振るが、アウロラはそんなことなどお構い無しだ。
「いくよ」
 手を引くアウロラの手。
 その彼の手がカミラの手を力強く握りしめて、彼女を導く。
 部屋の窓から闇夜を抜けて、ふたりは星が降り注ぐ夜空へと舞い上がっていくのであった。

  ☆

「アウロラ。こんなにも高く上昇して、随分と飛行も続けたが、あのアゲハ蝶がこんな場所にいるとは思えないが」
 その質問に「なにも心配など必要ないよ」といった顔をして、アウロラがカミラのほうを見つめる。
「なんだ、その顔は?」
「カミラ、実はあのアゲハ蝶は僕に部屋でずっと語り掛けていたんだ。ある場所へ行けってね」
「ある場所?」
「そうさ。アゲハ蝶を追うなんてことは口実でさ。きっかけという贈り物をあの蝶は僕たちに贈ってくれたのさ」
 アウロラはカミラを優しく抱き抱えながら、遥か下に見えてきた緑の草原へと、ゆっくりと下降していく。
 舞い降りたその場所には荒廃したこの世界では決して見ることのできないはずの、そんな光景が目の前に広がっていた。
「あのアゲハ蝶はこの場所を教えてくれていたんだ。素敵な奴だよね」
 その光景は愛を忘れたカミラに、なにか大切なことを伝えるようでもあった。
 草原の緑は夜空からの月の灯りの色に濡れて潤うようにして、夜風に揺れながら、ここでも白と黄色の光の色に染まっている。
「僕の色だな、カミラ。草花たちも夜を謳うようにして咲き乱れているよ」
 よく見ると白色、赤色、ピンクの色などの小さな花たちが咲いていることがわかる。
 アウロラがカミラのことをエスコートしながら、ゆっくりと草原のなかを歩いていく。
「足元に気をつけて、カミラ。この小さくて可愛い花たちの名前を君は知っているかい?」
「ベイビーズ・ブレスだろ。霞草。とても白くて清らかな花だ」
「その通り。こっちを見てみて」
 そう言ったアウロラが指差した方向にはほかの花たちに混じって、白色だけがふんわりと咲く、小さくて可愛らしい霞草の花たちが目に入った。
 彼が右手の親指と中指を使って、パチリと音を鳴らす。
 すると、その音とともに、一部の白色の霞草が黄色の花になっていく。白と黄色が入り混じった可愛らしくて、小さな花たち。
 その二つの色はやがて、この草原の緑のすべてをその二色の色に変えていく。
 アウロラの魔法のような力で、カミラにだけはその瞳にこの草原のすべてが、白と黄色の霞草の花たちに見えているのだ。
 憂いがあって、清らかで、どこか控えめで、可愛い、小さな白色と黄色の霞草の花々の世界がカミラの目の前に広がっていく。
 もしかしたら、この草原そのものも、あのアゲハ蝶も、アウロラが創り出したものかもしれない。
 もしそうであるならば、それは彼が持つカミラへの無限の愛の力によるものだ。
「白いタキシードに白い翼。そして、僕の黄色の蝶ネクタイ。この白と黄色の色をした霞草たちは僕の色。今、見えているこの世界の色は僕がいつも君の傍にいることを伝えている色さ。君が大切で、君のことをどんな時も守ると誓ったことはほんとうだ。僕の姿は悪魔。けれど、僕はそんなことは気にしない。君が見てくれている僕が僕なのだから。僕は君のものだ、カミラ」
 カミラは表情を変えない。
「なにを気取ったことを」と、相変わらず聞いていないふうの顔をしながら、さらりと言葉を返すが、彼女は自身のその心に、とても温かいものを感じていた。
 カミラの胸のなかのその温かさは、アウロラとのふたりの絆が確かに深まったことを告げるものであった。

アゲハ蝶はどこへ

2026年4月18日 発行 初版

著  者:たいいちろう
発  行:ANUENUEBOOKS
表 紙 絵:たいいちろう

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たいいちろう

巡り会えたあなたに、
幸せが訪れますように…。

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