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趣味が細分化している現代。国外のコンテンツにも容易に触れられるようになり、選択肢が広がった。しかし、選択肢が多すぎて何が良いか分からず、趣味を決めにくいのが現状である。私は正直、多趣味である。また、ハマってしまうと没頭し、自分がハマっている話題を誰かと共有したいと思う節がある。そこで、迷える皆さんのために「趣味、その先の沼を見つけるお手伝いをしたい。」という思いで「手引き」としてこの本を執筆するに至った。今回は、「音楽編」と題して、音楽にまつわるコンテンツに絞った内容となっている。これは、ラヴァー達による趣味愛溢れる本。私達の色々な「好き」が伝わっていたら幸いである。
私が今回紹介するのは、ミュージカルの世界。中でも劇団四季が手掛ける作品である。「劇団四季」と言うと、CMや電車内の広告で一度は見聞きしたことがある知名度の高い劇団である。まずは劇団四季について説明しよう。以下が公式サイトに書かれた概要である。
劇団四季は、俳優・技術スタッフ・経営スタッフ約1,700名で組織された、世界的に見ても最大規模の演劇集団です。日本国内に専用劇場を持ち、ストレートプレイ(芝居)、オリジナルミュージカル、海外ミュージカル、ファミリーミュージカルなど幅広いレパートリーを上演しています。(※1)
劇団四季では東京、大阪、名古屋に専用劇場を持ち、さらに札幌、仙台、静岡、広島、福岡にオフィスを設置し、日本全国で公演をしています。(※2)
そんな彼らは、ディズニー映画のミュージカル作品を多く上演している。
・『ライオンキング』(有明四季劇場、ロングラン上演)
・『アラジン』(電通四季劇場[海]、ロングラン上演)
・『アナと雪の女王』(JR東日本四季劇場[春]、ロングラン上演)
・『美女と野獣』(舞浜アンフィアシアター、ロングラン上演)
・『ノートルダムの鐘』(現在、公演予定なし)
・『リトルマーメイド』(現在、公演予定なし)(※3)
他にも最近、実写映画版にアリアナ・グランデが出演したことで話題になった『ウィキッド ふたりの魔女』や『オペラ座の怪人』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』など多くの作品を上演しており、ストレートプレイやコンサート公演とミュージカル以外にも幅広く展開している。劇場によって上演している作品が異なるため、席の予約が完了した際には、時間や席の番号だけでなく、劇場の場所も確認して行くことを大いにおすすめする。
劇団四季について何となく分かっていただけたところで、今回取り上げる『美女と野獣』について公式サイトを元に説明をしておく。(※4)
東京ディズニーリゾート(R)内に位置する舞浜アンフィシアター(千葉・舞浜)にて、2022年10月よりロングラン上演中のディズニーミュージカル『美女と野獣』。
『美女と野獣』は、エンターテインメントの雄・ディズニーが、演劇ビジネスに初進出した作品です。ディズニー・シアトリカル・プロダクションズの手により1994年にアメリカ・ブロードウェイで初演されて以来、世界中で大ヒットを記録しました。
劇団四季では、翌1995年に「東京・大阪同時ロングラン」という前代未聞の上演方式で初演。
(中略)
オリジナルバージョンの芯の部分はそのままに、おとぎ話でありながらも今を生きる人々がより共感できる、モダンな舞台へと生まれ変わりました。
提携25周年を超えるディズニー・シアトリカル・プロダクションズと劇団四季のパートナーシップは、この『美女と野獣』が原点。
また、以下が公式サイトに記載されたストーリーからの抜粋である。(※4)
昔、ある国の光り輝く城に、若くて美しい王子が住んでいました。
(中略)
ある寒い夜、城にみすぼらしい老婆がやってきて、一輪のバラの花と引き換えに宿を乞いますが、王子は老婆のみにくい姿を嫌って追い払います。
「外見で人を判断してはいけない」と説く老婆を、王子が再び追い払おうとしたとたん、 彼女は魔法使いに変身し、王子をみにくい野獣に、召使いたちを「もの」に変えてしまいました。
魔法使いはいいます。「バラの花が散る前に王子が人を愛し、 愛されなければ魔法は解けず、永遠に人間に戻ることはできない、――と。
ある日、近くの村に住む美しくて聡明な娘ベルが、城に迷い込んできました。
召使いたちは魔法を解くチャンスだとベルをもてなします。
一方、野獣は次第にベルに思いを寄せますが、愛を伝える術を知らず悩み、また自分のみにくい姿を恥じて苦しむのでした。
(中略)
お互いの優しさに気づき、少しずつ心が通いはじめた二人。
しかし、バラの花は日に日に散ってゆき、野獣の身にも危険が迫ります。
二人が愛し愛され、魔法が解ける日は来るのでしょうか……。
『美女と野獣』は、ディズニーの中でもクラシックに分類される作品で「外見に捕らわれない真実の愛」がテーマである。巨匠アラン・メンケン作の楽曲や個性あふれるキャラクター達により人気を博し、今もなお愛され続けている普及の名作の一つである。実写映画も2作品公開されている。ディズニーが原作のものと、フランスに昔から伝わるおとぎ話に準じて作られたものである。後者の作品は、現在広く知られる物語の元となっている。ディズニー実写版『美女と野獣』では『ハリー・ポッターシリーズ』でハーマイオニーを務めたエマ・ワトソンがベル役だったことも話題になった。また、シーンやビジュアルの再現度には注目が集まった。有名なあのダンスシーンを待ちわびたファンは少なくなかっただろう。そして、2022年、舞浜アンフィシアターにてミュージカルとして『美女と野獣』の世界観を体験できることになる。私は公演2年目の冬に観に行き、今でも初めて観た時のことを覚えている。
いよいよここから、劇団四季ミュージカル『美女と野獣』へのテビキをしていく。「最初は歌唱力やパフォーマンス力などを挙げてくるんだろ?」と思っていただろう。もちろん、そこも触れるが、第一の魅力として「原作がディズニー映画」と挙げた理由は私が観劇にハマるきっかけになったからである。ミュージカル、舞台の類いはどうしても「内容が難しいし、ハードルが高いから私なんか到底行けない。」と思いがちである。私も同意見であった。しかし、原作が有名なディズニー作品であることでストーリーがイメージしやすく、劇中で歌唱する楽曲に訳の違いが多少あるが、自分が知っている内容とほぼ同じで映画を観ているような安心感がある。私からすればその微細な違いも楽しさの一つである。ディズニー映画ではなく本来の原作を重視している作品も中にはあるので比較して観るのはおすすめである。『美女と野獣』でも僅かながら違いがあるので探してみてほしい。そして、世界的に大人気コンテンツであるディズニー原作のミュージカルは劇団四季でしか味わえないのである。この特異性とディズニーブランドの人気、それと安心感によりハードルの高さが幾分か解消されるのである。
立地的にも行きたくなる理由がある。『美女と野獣』を上演している劇場の最寄りが東京ディズニーリゾートと同じ舞浜駅だからである。東京ディズニーリゾートは午後五時から入園できるウィークナイトパスポートやミュージカルのチケット代込みのチケットプランを提供している。事前に購入しておけば、観劇が終わった数時間後には魔法の国で写真を撮ったり、ついさっき観劇した作品のアトラクションに乗ったりとミュージカルの余韻を楽しめる。また、丸一日満喫できてお出かけプランとしても良質なものと言えるのではないだろうか。
劇団四季の歌唱力・演技力・ダンススキルの高さ。ここは絶対に抑えておきたい点である。ここまでレベルの高いパフォーマンスができるのは、劇団四季のかねてからのポリシーとそれに基づいた練習や採用形式に秘訣がある。以下は、会社概要に記載されているパフォーマンスにおける内容である(※1)。
またその一例が、四季の舞台に貫かれている厳格な実力主義です。テレビや映画などで有名なスターを、その知名度を生かしてキャスティングすることはありません。舞台俳優にとって重要なのは、知名度よりも観客を感動させる技術と能力です。俳優は作品を輝かせるために存在するのであって、その逆ではありません。
四季は全ての実力ある俳優たちに門戸を開き、公平なオーディションを通してキャストを決定します。日本の四季以外の劇団や興行会社では、これとは逆の「スター主義」を採るところも少なくありません。しかし四季が、一劇団としては日本最大の観客動員を実現しているのは、作品のクオリティを最優先に考える舞台造りに、多くのお客様が共感してくださっているからに違いありません。(※1)
さらに、キャストの層の厚さが質の高い公演を維持する要因である。『美女と野獣』はロングラン、二部制なので、シフト制になっている。一役あたり2〜3人配役される。この層の厚さが毎年のロングラン公演を支えている。ファンとしては、各キャラクターのキャストの組み合わせが異なるので同じ作品で色々なベル、色々な野獣やガストンを楽しめるのも醍醐味である。推しのキャスト、組み合わせが出来たならそれ目当てに行くのもまた楽しい。それに加え、大人気ナンバーを歌うのだから大号泣である。超有名曲『Beauty and Beast』のダンスシーンでは幸福感と甘く愛しい雰囲気に包まれる。この楽曲は『美女と野獣』のメインソングと言っても過言ではない。しかし、主役である王子とプリンセスが歌唱せずダンスと表情で魅せるという構図が珍しく、観客が没入できるポイントである。曲自体を歌うのはポット夫人だが、「あくまで私は語り部。しかし、王子が本当の愛を見つけたことが嬉しくてたまらない。」といった面持ちと歌声が何とも印象的なのである。
ディズニーには世界中のファンがいる。国内だけでも相当だろう。そのため、期待値やプレッシャーのかかり方が尋常ではない。それでも、毎回その期待すら優に超えてくるのが劇団四季である。どうしても何度も観たくなってしまうのは必然である。
セットと衣装も触れなければならない魅力の一つである。世界観を作るには、背景、小道具、衣装のそれぞれが緻密で再現性の高いものでなければならない。その点において劇団四季のセットや衣装は本当に良く作りこまれている。そのため、美女と野獣の世界観に没入することは容易である。劇場に入って一番最初に思うことは「幕のデザインすげえ。」これに尽きる。金と赤でバラ模様がデザインされており、ベルが作中で進む茨道を彷彿とさせる。ストーリー上、王子に仕える者達が「もの」になっている。歌唱シーンがあるため、小道具で代用することはできない。人間が務めるしかなく「ものらしさ」が無くなりそうなところだが、衣装の形や色彩でクリアしている。むしろ、人間味があり等身大であることから、自分も「もの」になったような気持ちになる。私が印象的だったのは、野獣の姿の王子である。実写映画では、獣感を出すためにモーションキャプチャーを駆使しているのに対して、ミュージカルはメイクと小道具でどうにかしている。顔の部分は人間のもの。体の部分は着ぐるみチックに見える。胸板の厚さやシルエット、ベルと並んだ時の身長差で再現性の高さが伺える。キャストが日本人で構成されているため、国外の作品と比べるとサイズ感は小さいと言えるが、出演者全体のサイズバランスが良いのでさほど気にならない。
初めて観劇する、とセットまで目がいかないだろうが、実は感心することばかりである。ステージは半円型になっており、床が回転する仕組みである。お城のシーンは高低差を上手く利用し城の広大さを表現している。また、冒頭のベルが住む村のシーンでは、暖かな色合いでおとぎ話感が強い。これからベルに起こる壮絶な出来事とのコントラストを表現しているとも取れる。セットや衣装をじっくり見たいのであれば前列を「キャンセル拾い」をしてゲットすると良い。前列でなくても、中央列であれば演出が分かりやすいだろう。
劇団四季は、観客が通る導線にさえ力を入れている。まず、アンフィアシアターの入口前に『美女と野獣』のポスターが大きく掲示されている。そこで一緒に写真を撮る人は多い。パンフレットなどを買って一緒に撮るのも良いかもしれない。ポスター掲示は複数あるので回転率も速い。また、シアター内にはTULLY’S COFFEEがあり施設内で飲食が可能である。
グッズショップは、そこでしか売っていないアイテムばかりで必見である。個人的に小物系がめちゃくちゃ可愛い。私のお気に入りは、バラバッグチャームとチケットフォルダである。バラバッグチャームは大きなバラが特徴的で皮生地になっている。粗めの縫い目が余計に可愛いハート型の金属チャームは向かい合った王子とベルの横顔がデザインされている。加えてリングが二つ付いているのでストラップとしての機能性も高い。続いてチケットフォルダだが、ミュージカルでなくても紙媒体のチケットを保存する際に大変便利である。デザインはメインポスターと同様のものでゴージャスな配色がより特別感を演出している。コスパが良く、お財布に優しい点もおすすめの理由である。


画像出典:劇団四季オフィシャルウェブサイト バラバッグチャーム
https://shop.shiki.jp/%e7%be%8e%e5%a5%b3%e3%81%a8%e9%87%8e%e7%8d%a3/category/0/621/?dpcnt=15&img=2&sort=04&udns=0&fpfl=0&pno=1
劇団四季オフィシャルウェブサイト チケットフォルダ
https://shop.shiki.jp/%e7%be%8e%e5%a5%b3%e3%81%a8%e9%87%8e%e7%8d%a3+%e3%83%81%e3%82%b1%e3%83%83%e3%83%88%e3%83%95%e3%82%a9%e3%83%ab%e3%83%80/product/0/04256-00/?cat=621
最後に、施設内の写真スポットを紹介しこの節を終えようと思う。劇場を出て施設内右側トイレ付近に設置されているフォトスポットがある。そこには、作品と関わる重要なアイテムオブジェがガラスケースに入っている。今回は、あえて写真を出さない。ぜひ足を劇場に足を運んで確認してみてほしい。そのフォトスポットの背景パネルには日付が掲示されており自分がいつ観に来たのか分かる。記念写真としてうってつけである。別日の公演を観てまた写真を撮る。すると、コレクションが出来上がっていく。きっとその写真を見返してニマニマしてしまうことは間違いない。好きなものを「集める」作業は趣味化への第一歩である。
いかがだっただろうか。劇団四季、ミュージカル『美女と野獣』への「好き」を熱く語ってきた。これを読んで「観に行きたい!」、「少し劇団四季のサイトを開いてみようかな。」と思っていただけたら嬉しい限りである。あとは、劇団四季および『美女と野獣』の魅力の数々が沼へと引きずり込んでくれるので心配は無用である。YouTubeやXにPR動画や稽古場の映像があり、ミュージカルを観に行く前日にはこれらを観てモチベーションを高めておくと良いだろう。また、後方からでもキャストの表情が見えるので、席がステージから遠い場合は双眼鏡やオペラグラスを購入もしくは持参すると良い。
趣味とは、たとえ歴が短く、流行ではなくてもそのコンテンツへの愛さえあれば、いくらでもハマることはできる。もっと言うと、教えられて好きになる場合もあるが、大体は偶然見つけて気づいたらハマってたことがほとんどである。しかし、「好き」を共有することで友人と行く場所が増えたり、バイト先の子と仲良くできるきっかけになるのではないだろうか。
参考文献
(※1)劇団四季会社概要 劇団四季とは
https://www.shiki.jp/group/company/about.html
(※2)劇団四季会社概要 事業所一覧
https://www.shiki.jp/group/company/office.html
(※3)劇団四季会社概要 上演作品リスト
https://www.shiki.jp/group/company/performances.html
(※4)劇団四季 『美女と野獣』作品紹介
https://www.shiki.jp/applause/bb/#section_2
現在、音楽ストリーミングサービスが主流となり、私たちは無数の楽曲にアクセスできる反面、人気アルゴリズムやランキングに頼るあまり、似たような曲ばかり聞いてしまっていると私は考えます。そこで本稿では、「未知の音楽との出会い」を起こすきっかけを「季節」というキーワードに焦点を当てて春夏秋冬の情景や気持ちに寄り添った音楽を紹介します。
まずは、春にぴったりの曲を紹介したいと思います。くるりの『春風』という曲です。この曲は、はっぴぃえんどというアーティストの『風を集めて』という曲のアンサーソングなのではないかと言われています。どちらの曲も、ですます調でコード進行も似ているところがあります。新しい恋人がいるけれど、別れた恋人との記憶を思い出して悲しくなっている気持ちを表している曲であると私は思います。例えば、こんな歌詞があります。
「遠く汽車の窓辺からは春風も見えるでしょう
ここで涙が出ないのも幸せのひとつなんです
ほらまた雨が降りそうです」(※1)
この歌詞に対し、ブログ「反応、反射、音速、高速」の著者であるpelican_314氏は、以下のような感想を述べていました。(※2)
元恋人の事を思っていますが、私には既に新しい恋人がいます。なので、涙は出ないんです。新しい恋人と一緒にいることこれも幸せのひとつなんです。(略)でもやっぱり、元恋人のことが忘れられない、まだまだ未練がある、、ほらまた思い出して悲しくて苦しくなりそうな気持が伝わってきます。
私はこのブログの著者と概ね同じような解釈をしましたが、一部分だけ違う解釈をしました。新しい恋人がいるから涙が出ないのではなく、新しい恋人がいるからと自分に言い聞かせてどうにか涙を我慢しているのではないかと私は考えました。この曲では一つ一つの歌詞に深い意味があると思います。その中でも、特に私が良いと思ったところは、涙を雨が降りそうと比喩として表現しているところです。歌詞だけではなくメロディーもとても心地よく、聞いた後に心が洗われるような、そんな気持ちになることができます。
次に、夏におすすめの曲を紹介したいと思います。go!go!vanillas(通称「バニラズ」)の『SUMMER BREEZE』という曲です。バニラズにはキャッチーな楽曲が多く、一度聞くといつのまにか頭から離れない曲ばっかりです。フェスなどでは観客が一体となってクラップやバニラズならではの振付で盛り上がるのがこのバンドの魅力だと思います。この曲はとてもポップで、聴いていてとても気分の上がり、夏が待ち遠しくなります。ミュージックビデオでは夏の爽やかさと切なさが調和したような映像が印象的で、海辺のシーンや自然光を活かした映像がこの曲の軽快なリズムと合わさっていて青春を感じさせてくれます。皆さんにもぜひこの涼しさを体験してほしいです。
次に、秋におすすめの曲を紹介したいと思います。フジファブリックの『赤黄色の金木犀』です。この曲はイントロがとても良いです。最初はゆっくりしたテンポなのですが、終盤になるにつれて早くなっていくところもすごく良いと思います。秋はすぐ終わってしまうのでテンポが上がるところが秋を感じさせてくれます。歌詞も、叙情的で秋っぽい少し肌寒いような感じがします。秋の曲といわれると夏や冬と比べると少ないような気がしますが、そんな中でもこの曲は秋をすごく感じさせてくれるような曲だと私は思います。
最後に、冬のおすすめの曲を紹介したいと思います。私の中で冬はback numberだと勝手に思っているのですが、それくらい冬に合うような曲が多いイメージです。例えば、『ヒロイン』や『クリスマスソング』、『オールドファッション』、『思い出せなくなるその日まで』などがあります。その中でも、好きな2つの曲について紹介したいと思います。1つ目は『ヒロイン』です。この曲は冬の街を舞台にした切ないラブソングで、片思いの男の子が自分に自信がなくて素直になれず好きな人への思いを伝えられずにいるやるせなさが描かれています。歌詞の冒頭から「君の毎日に僕は似合わないかな」と自信のなさそうな様子が伝わってきますが、最後の歌詞では「全部君がいい」と前向きになっていく主人公の男の子の気持ちの変化が表れていてとてもいい歌詞でおすすめです。そして次に2つ目の『思い出せなくなるその日まで』という曲は、かけがえのない人への思いが消えきれないまま過去と向き合って忘れようとする主人公の心情を描いた切ないバラード曲です。back numberの曲は切ない曲が多いですがとても共感できるストレートな歌詞に惹かれるため、多くの人から支持されているのだと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。今はストリーミングサービスによって私たちはいつでも手軽に音楽を楽しめるようになりました。その一方で、ランキングやおすすめ機能に頼りすぎて自分で音楽を見つける楽しさや新しい曲との出会いが少なくなっているように感じます。だからこそ、今回のようになにかをきっかけに音楽を選んでみることは、改めて意味があるのではないでしょうか。この原稿がそんな「未知の音楽との出会い」のきっかけになれれば嬉しいです。みなさんの好きな一曲が見つかることを願っています。
(※1)歌ネット
https://www.uta-net.com/song/44371/
(※2)はてなブログ
https://pelican-314.hatenablog.com/entry/2024/03/11/235156
私たちは、日常的に音楽を「聴く」。メロディに心を奪われ、リズムに身体を傾け、感情を重ねる。その中で意識しているようでしていないのが「歌詞」だ。気づけば口ずさんでいるフレーズ。繰り返し流れるサビの一節。ふと心に響く一行。それらの言葉たちは音に載っているがゆえにどこか当たり前のように耳を通り抜けていく。
だがその「歌詞」を立ち止まって〝読む〟とき、私たちは思いがけず深い言葉に出会うことがある。言葉にならなかったような日常の感情を詩的な比喩、象徴によって掬い取った一節。語られないものを抱えた沈黙。言葉の余白に漂う曖昧さ。
このような歌詞の在り方は、もはや「文学」と呼べるのではないか。――そんな問いが本稿の出発点である。
近年の日本のロックバンド(以降邦ロック)が生み出す歌詞には、文学と呼ぶにふさわしい詩的要素が備わっている。たとえばMrs.GREEN APPLEの情緒的、哲学的な語り、RADWIMPSの抽象的で思索的な言葉の織りなし。それは単なる娯楽としての音楽にとどまらず、感情や世界の複雑さを言葉によって「語る」、いわば文学のようなものである。ただ、歌詞は散文とは異なる形式をとる。楽曲という制約のなかにあるため、字数も構成も自由ではない。しかし、まさにその制約があるからこそ言葉は凝縮され、詩的な意味を獲得する。歌詞は、時に一節に人を救うような力を持つ。この力から私たちは文学の一形態としての「歌詞」をみることができるのではないか。
本稿では、邦ロックの歌詞に焦点を当てながら、その文学的側面を探っていく。詩的表現とは何か。さらには、歌詞を「読む」ことが音楽体験にどう影響を与えるのかを考察していく。
邦ロック――いわゆる「日本のロックバンドによる音楽」は、メロディやサウンドだけでなく、その歌詞の独自性によっても多くのリスナーを惹きつけてきた。2000年代以降、J-POPとロックの境界線が曖昧になる中でバンドが書く歌詞は、より一層「個人の感情」や「社会とへの風刺、距離感」を率直に、あるいは抽象的に描くようになった。
邦ロックの歌詞の魅力の一つは、その詩的な表現の豊かさにある。日常の情景や感情を比喩的な表現であったり、時に実験的な言語で描くことによってリスナーに想像の余地を残す。
たとえば、ある楽曲では、自分の弱さを出しながらも、それを「情けなさ」としてではなく、人間らしさの一部として、肯定的に綴る。また、別の曲では、日常の何気ない風景を切り取り、そこに人生の哲学的な要素を織り込む。こうした多層的な表現は、邦ロックにおける魅力の一つであるといえるだろう。
邦ロックの歌詞には、「うれしい」「かなしい」といった、単純な感情だけでなく、曖昧で言語化しづらい心の揺れなどが繊細に描かれる。たとえば、「期待していた人に裏切られた時の感情」や、「何気ない会話の中に感じる喪失感」などである。これらは、短編小説や詩とも重なる部分がある。一語一句に感情のニュアンスが込められ、それが聴く人の心に刺さる。
邦ロックの歌詞が多くの人の心を動かすのは、そこに〝自分の物語〟として重ねられる余白があるからだ。歌詞の中の「君」や「僕」は誰でもないし、誰でもある。聴く人によって「恋人との記憶」になったり、「自分の過去や未来」になったりする。つまり、一人ひとりの人生と共鳴する力を持っている。
これらの力により、聴き手は歌詞の意味を〝解釈〟しながら聴くという、受動的だけでなく、能動的な関わり方も自然にとることができるようになり、より自分の中で意味をかみ砕き、「自分の物語」として昇華することができる。
音楽における「歌詞」は、リズムやメロディとともに耳に残るものでありながら、そこに含まれる意味や言葉遣いは、まるで詩や短編小説のような深みを持つことがある。本稿では、特に詩的な構造を持つ邦ロックの歌詞を取り上げ、なぜそれらが文学とつながると言えるのかをMrs.GREEN APPLEとRADWIMPSの二つのバンドの歌詞を取り上げ、掘り下げていきたい。
Mrs.GREEN APPLEは2013年に結成した3人組バンドである。2023年、2024年と2年連続で日本レコード大賞を受賞した、勢いのあるバンドである。彼らの代表曲は『青と夏』や『ケセラセラ』など、前向きな曲が多く知られている。しかし、彼らの音楽は、明るくキャッチーなメロディとは裏腹に、内面の葛藤や人間の不完全さを繊細に描いている曲も多くある。特に若者の孤独や不安、人間の内面の闇などが鋭く描かれる。そのため、彼らの歌詞は、単なる応援歌ではなく、矛盾や痛みを受け入れる成熟した文学性を持っている。その代表的な例が『パブリック』である。
この曲は作者である大森元貴が16歳の時に手がけた一曲である。人間という生き物が心の内側に秘める光と闇、表裏一体である人間の二面性が生々しく描かれた風刺的な作品であり、人が心の内側にもつ愚かさや醜さに対する問題提起と、それらを持っていてこそ美しいと思える、人間という存在について書かれた名曲である。
知らぬ間に誰かを傷つけて
人は誰かの為に光となる
この丸い地球に群がって
人はなにかの為に闇にもなる(※1)
この一節には、善意と悪意、加害と被害の境界線が曖昧である、倫理の複雑さが描かれている。誰かをたすけたいという純粋な想いは、ある人にとっては心を照らす光となる。しかし、それと同時に別の誰かにとっては、痛みや苦しみの原因になってしまうこともある。そしてときには、自分にとって大切な人やモノを守るために、自らが傷つくことを選んだり、自分自身が闇を選ばざるを得なくなってしまうことさえある。たとえば、戦争。戦争は、自国を守るために戦うがその行動は、守るという行動をとるために誰かを傷つけるという、闇にもなってしまう。この世界ではそんな二面性をもった人間が地球上に群がって生きているという、人間の核を簡潔なフレーズとメロディにのせて描いている。また、「群がって」という言葉選びも印象的である。「集まって」などという言葉ではないことから、人間の生活を俯瞰しつつ、どこか動物的で集団的な行動を蔑んでいるような印象を与える。
このような主題は、詩や文学でもたびたび扱われるが『パブリック』はそれを抽象的で多義的な言葉で表現している。そこには、読む側に解釈の余白を与えており、その曖昧さこそが、特有の文学性を生んでいるにちがいない。
RADWIMPSは、ジャンルの枠にとらわれない音楽性や、思春期を過ごす世代を中心に共感できる歌詞が特徴のバンドであり、日本語の美しさを最大限に活用し、ことばの角度を変えて歌詞を綴る異端なバンドである。ここでは、2013年にリリースされた『ドリーマーズ・ハイ』をあげて文学的な面と照らし合わせていく。曲名の『ドリーマーズ・ハイ』とは、「ランナーズハイ」や「クライマーズハイ」などの言葉から意味をとった造語であると考える。「ランナーズハイ」とは、走っているうちに気分が高揚し、疲労感がなくなる、一時的な多幸感の状態である。この言葉のように、「ドリーマーズ・ハイ」は、夢を追いかける者に焦点をあて、夢を追いかけている状態は、夢がかなっていない状況であるため、苦しいが、どこかの地点で気持ちが楽になる瞬間があるといったような意味が表現されていると考える。
『ドリーマーズ・ハイ』の中でも、特に注目してほしい一節を抜き出して考察していく。
悲しさに優しさ足すと平和に
平和に痛みを足すと怒りに
怒りに温もりを足すと涙に
涙に涙を足すとカラカラに
その声に心を足すと言葉に
言葉に愛を足すとたちまちに
あぁ すべてを足して僕たちで
割れば世界に(※2)
このフレーズは、感情というものが決して単体で存在するモノではなく、常に他の感情や状況と交わり、かたちを変えながら次の感情へとつながっていくことを示している。たとえば、悲しみはそれ自体では重く沈んだものかもしれない。しかし、そこに誰かの優しさがそっと触れると、心の中に静かな平和が生まれる。反対に、どんなに平和、平穏であってもふとした痛みが加わることで、怒りに転じることもある。感情は常に動いていて、周囲の関わりや内面の揺れによって形を変えていく。
怒りにしても、冷たく突き放せばそこで終わるが、そこに人の温もりが添えられることで、溶けるように涙に変わることがある。涙もまた、一滴であれば、優しさの証であるのに、流し続ければ心は乾いてしまい、カラカラになるほど疲弊してしまうこともある。すなわち、この連鎖は、人の感情が一方向に流れるものではなく、出会いや出来事、他者との関わりの中で、複雑に変化していく「心の流れ」を表現している。
やがてそんな「カラカラ」な声に心が加わると、それはただの音ではなく、「言葉」になる。そして、その言葉に「愛」が宿った時、すべてはたちまちに変わり始める。「言葉」と「愛」が出会うことで、そこに「伝える」力、「届く」力が生まれるのだ。
最後の一行にある、「すべてを足して僕たちで割れば世界に」には、二つの意味が込められていると考える。一つは、こうした感情のやりとりが実際に現在の世界をまわしているという現実の描写である。人は誰しも悲しみや怒り、優しさを抱えて生きており、その感情や交錯こそが世界の成り立ちそのものだという冷静なまなざしである。
そしてもう一つは、すべての感情や経験を「僕たち」で分かち合い、支えあうことができたなら、もっと優しく、温かな世界を作ることができるのではないかという希望である。誰か一人の感情ではなく、僕たち全員の感情を持ち寄ってバラバラではなく、「割って」分かち合う。そうして初めて世界ははじめて成り立つ。この歌詞はそんな理想を俯瞰的な視点で提示してくれている。
感情の連鎖と、人と人とのつながり、それが痛みを含んだままでもなお、美しく優しい世界をつくる鍵であると私たちに問いかけている。
このような感情の変化はや人間の繊細さは、詩や文学でも繰り返し描かれてきた主題である、前半で述べた、『パブリック』それが抽象的で多義的な言葉で表現され、読む側に解釈の余白を与えることで、その曖昧さや不確かさの中に読み手が意味を見つけることで、特有の文学性が生まれていると述べた。
それに対して、『ドリーマーズ・ハイ』は、感情の因果関係を直接的に描き出している。この直接的な表現による、言葉のひとつひとつが連鎖し、最後に世界までたどりつくという流れは、ひとつの詩的構造でもあり、読む側のそれぞれの経験によって違った意味を帯びる余白を残している。
邦ロックの歌詞には、このような「語りえないもの」を語ろうとする姿勢が詩や文学に共通している。Mrs.GREEN APPLEのように人間の矛盾や内面の闇を詩的に書くもの、RADWIMPSのように、感情の因果を明快にたどることで、普遍的な人間の営みに触れるもの、それらはまさに音楽として表現される詩であり、文学として昇華されうる力をもっている。
歌詞は音楽の一部でありながら、単体でも私たちの心を強く揺さぶる力を持っている。その中でも、邦ロックの歌詞は、日常の感情や葛藤を詩的な言葉で描き、私たちの心にそっと語りかけてくる。
本章で扱ったように、Mrs.GREEN APPLEやRADWIMPSの歌詞は、聴くだけでは気づかないような奥行きや構造を秘めており、「読む」ことで初めてみえてくる世界がある。
そして、音楽と文学の間にあるこの曖昧な境界線こそが、私たちに新たな視点や感じ方を与えてくれるのではないだろうか。
音楽と言葉の交差点で、人は自分自身と向き合い、誰かの感情に触れる。
そんな音楽との触れ合いこそが音楽を〝読む〟ことの真の意味なのかもしれない。
(※1)歌ネット「Mrs.GREEN APPLE パブリック 歌詞」より著作権法第32条による引用
https://www.uta-net.com/song/200303/
(※2)歌ネット「RADWIMPS ドリーマーズ・ハイ 歌詞」より著作権法第32条による引用
https://www.uta-net.com/song/143995/
だれでも生きているうちに辛いことがあったり、ストレスがたまったり、イライラしたりすることがあると思います。そんな状況を少しでも変えてくれる方法の一つが音楽です。歌詞によって元気づけられる、曲調や好きなアーティストによってなど、なにによって元気づけられるかは人それぞれだと思います。少しでも明るく元気な気持ちになりたいけど何を聞いたらいいのかわからない、他のジャンルの曲も知りたいという方に向けて今回の章では「歌詞」と「曲調」に分けて元気ソングを紹介していきます。ぜひ落ち込んだとき、疲れたとき、前を向きたいときに読んで聞いてみてください。
落ち込んだときや迷ったときに誰かの言葉によって救われることがあります。音楽の歌詞も、そんな言葉のひとつです。うまく言えない言葉を代弁してくれたり、そっと背中を押してくれたり、ふと耳に入った歌の歌詞が、自分の気持ちにはまって涙が出そうになったことはありませんか? 音楽は聞くだけのものではなくて、言葉がちゃんと心に届くものです。そんな〝歌詞の力〟で元気をくれる曲を紹介します。
「たとえボロボロに泣いても/自分信じていくのさ/信じる事で強くなれるのだから/たとえ道に迷っても精一杯生きていく/日々を照らしてる 温もりがそばにあって/愛を持って 覚悟持った/僕は一人じゃない」(※1)
歌詞のこの部分は、自信をなくしていても、やることに不安があっても「自分を信じていこう」と全部を肯定してくれるような感じがします。自分の選んだ道がこれで合っているのか、大丈夫なのかと不安になるときにこの歌詞を聞くと、「迷ってもいい」「泣いてもいい」「前を向いて進めばいいんだ」と言われてるようで悩んでる気持ちが軽くなります。特に、就活とか新しい環境とか、未来がぼんやりしているときに聞くと効果的です。「覚悟持った/僕は一人じゃない」というひとことは、孤独を感じているときほど、誰かがそばにいると感じさせる言葉で救いになります。ただのポジティブソングではなくちゃんと弱さにも寄り添ってくれるからこそ、心の奥まで響く一曲です。
人間には気分が乗らない日も、理由なく落ち込む日もある、そんなとき言葉じゃなく〝音〟が元気をくれることがあります。前向きなメロディや軽やかなリズム、楽しそうな歌声に自然と心が動き出します。そんな聞くだけで気分が上がる、音の力を持った曲を紹介します。
この曲は、聞いた瞬間からテンションが上がる一曲です。明るく勢いのあるメロディが最高で、無理やりにでも前向きに引っ張ってくれるような力があります。特に、サビの爆発的な盛り上がりは、自然と身体がリズムに乗ってしまうほどで、ラスサビはさらにアップテンポになっています。曲全体がポジティブなエネルギーに満ちていて、「なんとかなる!」と笑って言えるような気分になれます。聞いてほしいおすすめのタイミングは、自分に自信をつけたい、自分を奮い立たせたいときです。まるで友達や家族が「大丈夫! 絶好調だよ!」と背中を叩いてくれるような、そんな勢いと温かさがある曲調で、ちょっと疲れたときの元気チャージにもおすすめしたい一曲です。
元気をくれるのは、支えになる歌詞だけではないし、明るく勢いのあるメロディだけでもありません。その両方が合わさったとき、音楽はとびきりのエネルギーになります。そんな言葉と音の力が相乗効果で心に響く〝最強に元気が出る曲〟を紹介します。
「人は人 自分は自分/比べた時点で負けてる/自分に負けない強さが/どんな壁をも壊していく」(※2)
この曲は、前向きなメッセージとアップテンポな曲調が合わさった、まさに〝元気ソング〟の王道です。「人は人 自分は自分/比べた時点で負けてる」というフレーズは、周りと比べて落ち込んでしまいがちなときに心に響きます。SNSなどで他人の成功が目に入りやすい現在、自分にしかできない生き方を信じることの大切さをまっすぐに伝えてくれる歌詞です。また「自分に負けない強さが/どんな壁をも壊していく」というフレーズは、自分を信じて進むことでどんな問題も乗り越えていけると背中を押してくれるような歌詞で、勇気づけられます。さらに、野球の応援歌のようなテンポの曲調が、聞いている人を応援しているようで、明るく前向きな気持ちに引き上げてくれます。落ち込んでいる時だけでなく、新しいことに挑戦しようとしているときにもぴったりな、応援歌のように自分を奮い立たせてくれる一曲です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。音楽には、言葉にならない気持ちを受け止めてくれたり、何も言わず背中を押してくれたりする力があります。落ち込んだとき、ストレスがたまったとき、前を向きたいときに、この章で出会った曲たちがあなたの心にそっと寄り添って〝小さな元気をもらう〟きっかけになれたら嬉しいです。これからも自分だけの〝元気ソング〟を見つけて明るい人生になりますように。
(※1)歌ネット「Snowman イチバンボシ 歌詞」より著作権法第32条による引用
https://www.uta-net.com/song/316568/
(※2)歌ネット「嵐 ファイトソング 歌詞」より著作権法第32条による引用
https://www.uta-net.com/song/54897/
2025年7月25日 発行 初版
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2003年生まれ、千葉県出身。
ペンネームは、友達から呼ばれているあだ名をもじったもの。
ディズニー作品を観ることや東京ディズニーリゾートに行くことが好き。
卒論のテーマはもちろんディズニー。
最近の悩みは、日本の夏が暑すぎること。