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「推し」という存在

MM / るちゃ / 城山春 / みさきち

二松学舎大学

 目 次

「推し」という存在

ММ

推し活で広がる世界

るちゃ

エゴと愛の間の祈り

城山春

推し活のすゝめ

みさきち

「推し」という存在

MM

「推し」という存在

ММ

推しで溢れる世の中

 さまざまなモノやコンテンツで溢れかえる現代で、「推し」という言葉はアイドルや作品のキャラクターなどに加え、食べ物や場所に対して使われることも今では珍しくない。それほどまでに推しという言葉、存在は当たり前のように人々の中に浸透している。本稿を読む読者の方々にも推しがいる人は多いと思う。
 では我々にとっての推しはどのような存在なのだろうか。また、推しという存在が我々に与える影響は何だろうか。後項では、実際に推しが存在する私が以上の2つを深く考えていく。

推しの存在

 推しという存在をどう捉えるかは人それぞれだ。
 アイドルを例に挙げると、その存在を憧れの対象として見る人や癒しとして見る人がいる反面、神に近しい存在として崇拝している人も中にはいるだろう。では、食べ物や場所はどうだろうか。推している場所へ訪れることでの癒しであったり、ストレス発散の対象として推している食べ物があったりなど、さまざまな推しの存在、形があるかと思う。
 このように、推しという存在の捉え方は推す対象が何かや、推しに対しての愛の形などによって全く異なってくる。

推しが我々に与える影響

 推しは常日頃、我々に何かを提供し続けてくれている。それはインスタグラムやYouTube、ライブなどを通してや、好きな場所に見たことのないお花が咲いていたり、コンビニで好きな食べ物の新商品が出ていたりなど、些細なことでも何かを与え続けてくれている。ではその「何か」とは何だろうか。
 例えば「モチベーション」だ。私は、大抵の人間はご褒美や楽しみがないと何かを乗り越えられないと考えている。そういったご褒美や楽しみを推しに置き換えて考えてみる。「これが終わったら推しのライブがある」や「この発表を終えたら好きな食べ物を食べる」など、推しからご褒美を提供してもらえることがモチベーションへと繋がっている。
 ほかには「生きがい」が挙げられる。人生の中で決断を迫られる場面は多い。私自身も今までに何度か大きな決断をしたことがあるが、そのたびに推しの存在が心の支えになっていたことは間違いない。決断以外にも落ち込む出来事があったり、嫌なことがあっても推しが生きがいを与えてくれることによって、日々を過ごしていくことができる。
 モチベーションや生きがいを与えてくれる推しの存在は非常に大きく、同時に与えてくれる影響もとてつもなく大きい。そういったモチベーションや生きがいが、もしかしたら人生を変えてくれるかもしれない。そのため、何か影響を与えてくれるような推しの存在はこれからも大事にしていくべきだ。

推しの存在の変化

 私は推しの存在が徐々に変化し、同時に推しに対しての心の距離感も変わってきていると感じている。
 その理由として、「推し」という言葉が広く浸透し、認知されるようになってきたことが挙げられる。さまざまなモノやコンテンツに対し、気軽に推しという言葉を使えるようになったからこそ、何かを推していることを堂々と発言しやすくなってきている。これは非常に良い変化なのではないかと感じている。私自身、友人との会話の中で推しの話題について触れやすくなったし、両親にも推しの存在を認知してもらって、名前を覚えてもらって実際に一緒にライブに足を運んだりもしている。
 このように、推しという言葉が広く浸透され堂々と発言できるようになったことが、推しに対しての心の距離感にも変化にも繋がってくるのではないかと考えている。

推し方は今後我々の中でどう変化していくのか

 私は8年ほど同じアイドルを推しているが、ここ数年で推し方に大きな変化が起きていると深く実感している。
 自身の変化を挙げると、以前はYouTubeなどを見て比較的お金をかけずに推していた。それが現在は、ファンクラブに加入しグッズやCDを購入して実際にライブにも足を運ぶという、お金をかける推し方へと変化している。これは、自身が推しに対してかけることのできるお金が増えたというのも一つの要因として挙げられるが、友人やネットなどの周りの環境の影響も少なからず受けていると感じている。私が好きなアイドルの界隈には、グッズの量と愛は比例するという考え方をする人が昔から一定数存在する。この「グッズ=愛」という考え方の影響を多少受けてしまい、私自身昔は同じCDを何枚も集めたり、イベントなどでも大量にグッズを購入していた。現在は考え方が変わり、惹かれたグッズのなかでも実用性のある物のみの購入にしたりランダム商品は購入しないなど、ある程度自身で考え、制限できるようになった。
 ここで挙げたのはあくまで私自身の経験だが、時代や周りの環境によって推し方というのは大きく変化していくものだ。これからの時代、まだまだ推し方の変化は訪れるだろう。私としてはさらに推しやすい環境が訪れることを願っている。

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© Ryou Takano

推し活で広がる世界

るちゃ

推し活で広がる世界

るちゃ

「推し」の広がり

 最近、「推し」という言葉を日常生活で耳にする機会が増えました。友人たちの会話の中でも「推し」の存在について語るようになったり、「推し活」をテーマとしたカフェやアクセサリー店が登場したりと、「推し」は私たちにとって身近なものとなりました。その一方で、「推し活に興味はあるけれど何から始めたらいいのか分からない」「自分の好きなジャンルや推しが見つからない」という声も耳にします。特に、まだ「推し」の居ない方や、「推し活」未経験の方にとっては、その楽しさや魅力が伝わりにくいかもしれません。
 本稿では身近な存在になりつつある「推し」について、私の推しや推し活の体験を交えながら、「推し」を見つけるきっかけとなることを目指します。

「推し」とは何か

 デジタル大辞泉によると「推し(おし)」とは、主にアイドルや俳優について用いられる日本の俗語であり、人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人物のことを指します。元々は、アイドルグループの中で最も好感を持っている人物である推しメンを由来とする言葉です(※1)。現在ではその意味合いは大きく広がっていて、アイドルや俳優だけでなく、アニメや漫画のキャラクタースポーツ選手、さらにはYouTuberやVTuber、作家など様々な分野で「推し」が存在するようになっています。
 「推し」とは、ただ好きなだけではなく、その魅力を誰かに伝えたくなったり、語り合いたくなるような存在です。誰かや何かを心から応援したい、頑張っている姿に勇気をもらえる、日々の生活でその存在を思い浮かべるだけで頑張れる、そんな感情を抱かせてくれるものが「推し」なのです。
 たとえば、テレビで見る俳優の演技やSNSでふと流れてきたアーティストの作品に惹かれたり、VTuberの配信スタイルに興味を惹かれたりすることがあります。また、キャラクターのビジュアルに惹かれて、何度もプレイしたくなることもあるでしょう。そんなふうに、自分の中で「特別」だと感じられる存在に出会ったとき、それこそが「推し」なんだと思います。
 また、「推し」は必ずしも人である必要はありません。最近では動物や地域のご当地キャラクター、お気に入りのカフェを「推し」と呼ぶ人もいます。たとえば、オランダにあるアザラシの保護施設「ピーテルブーレンアザラシセンター」(通称アザラシ幼稚園)では、保護されたアザラシの赤ちゃんたちが生活する様子がYouTubeや公式サイトで発信されており(※2)、多くの日本人が「この子たちを応援したい」と、YouTubeのライブ配信で投げ銭をして話題になっていました。自分が「応援したい」「誰かに薦めたい、知ってもらいたい」と思えるものであればそれが何であろうと「推し」になりえるのです。
 「推し」は、私たちの日常に小さな幸せや楽しみをもたらしてくれます。落ち込んだ時にも勇気や元気を与えてくれて心の支えになってくれることもあります。「推し活」はそんな特別な存在との出会いから始まります。

推し活とは

 次に「推し活」とは一体どんな活動なのでしょうか。簡単に言えば「自分の推しを応援するためにする様々な行動」の事です。たとえば、推しが出演する映画やテレビ番組、ライブやイベントのチェックや関連グッズの収集、グッズの撮影、SNS上での普及活動も「推し活」に含まれます。最近では、生誕祭と称して誕生日を祝うためにグッズを並べてケーキを用意し、その様子をSNSでシェアしたり、推しのイメージカラーのアクセサリーを身に着けて楽しむ人も増えています。
 「推し活」の楽しみ方は人それぞれで決まったルールなどは存在しません。自分の思うように、無理のない範囲で楽しむことが「推し活」を長く楽しむコツだと思います。また推し活を通して新しい友人が出来たり、行動範囲が広がったり、日常生活に新しい楽しみが生まれることもあります。
 次の節では、私自身がどのように推しと出会い、どんな魅力がありどんな推し活を楽しんでいるのかを紹介します。

葛葉がいるから頑張れる

 私は約4年推している人がいます。それはANYCOLOR株式会社が運営するVTuber・バーチャルライバーグループ「にじさんじ」所属の「葛葉(くずは)」です。
 VTuberとはバーチャルYouTuberの略称で、2Dや3Dのアバターを使用して、YouTubeなどのメディアで活動する動画投稿・生放送を行う配信者です(※3)。VTuberの多くは生放送を中心に活動していて、視聴者とリアルタイムでコミュニケーションを取ることができるのが大きな特徴です。視聴者はコメント機能で直接VTuberに話しかけることが出来、そのコメントにVTuberが返答したりします。そのため、ファンは配信の一部になっていると実感できて、親近感や一体感が生まれます。また、配信内容はゲーム実況や雑談、歌などさまざまで、自分が視聴したいコンテンツにあったVTuberをみつけて楽しむことが出来ます。

「にじさんじ」所属 葛葉

 その中でも私の「推し」の葛葉は、「にじさんじ」の中でも特に人気なVTuberの1人です。YouTubeの登録者数は約198万人で男性VTuberの中でも高い人気があります。「にじさんじ」とグループが統合される前は「にじさんじゲーマーズ」としてデビューしていて、名前の通りゲーム配信が主軸のVTuberです。
 公式サイトの紹介では「親の甘い蜜を吸い続けるニートのゲーマー吸血鬼。見た目にそぐわず我が儘で気まぐれな子供っぽい性格で、すぐ調子に乗る悪い癖がある。おまけにかなり現金でお金に目がない救いようのないヴァンパイア。(※4)」と紹介されています。
 紹介と外見だけ見ると少し癖の強いキャラクターに見えるかもしれませんが、配信を見てみるとリスナーとのやり取りで見せるおちゃめな一面や圧倒的なトーク力、ゲームスキルの高さなど魅力度の高いVTuberです。

きっかけと魅力

 私が葛葉を推し始めたきっかけとしては、生配信が多いために多くつくられている「切り抜き動画」です。YouTubeで偶然お勧めに流れてきた「ARK:Survival Evolved」というオープンワールド恐竜サバイバルアクションゲームをプレイしている短い動画を見たのがきっかけでした。
 その動画では、葛葉が仲間たちと協力しながら恐竜を捕まえたり、予想外のハプニングに大笑いしたりする姿が映っていました。ゲームの世界観に負けないほど自由奔放で、時々無茶な行動をとる葛葉の姿に、思わず切り抜き元のアーカイブをすべて見てしまいました。さらに、リスナーや仲間との軽快なやり取りや、予想外の展開にも動じながらも、笑いに変えてしまう高いトーク力に、自然と笑顔になったのを覚えています。
 最初は「面白い人だな」と気軽に見ていましたが、気づけば他の切り抜き動画も次々と再生していました。どの動画でも、葛葉の飾らない性格や、ゲームを心から楽しんでいるのが伝わってきて、どんどん彼の魅力に惹かれていきました。
 だんだん、切り抜きだけでは物足りなくなり、配信もリアルタイムで見るようになりました。リスナーとの距離感が近く、ゲームをしながらもコメントに即座に反応したり、時には真剣な話をしたりする葛葉の姿に、どんどんはまっていきました。今では、葛葉の配信や切り抜きが私の毎日の楽しみとなっています。
 しかし葛葉の魅力は配信だけではありません。葛葉は歌手としても活動しておりオリジナル曲やカバー曲も出していて、普段の声からは想像できないような音域や独特な歌声は、配信とはまた違う一面を感じることが出来ます。ライブイベントなどで堂々と歌う姿やパフォーマンスからも視聴者にいいものを届けたいという葛葉の気持ちが感じられます。普段はマイペースでおちゃめな様子から打って変わって、歌になると一気にアーティストを感じさせてくれるこのギャップも大きな魅力の一つです。
 このように、配信者としても歌手としても素晴らしい才能を持っている葛葉は、私にとってかけがえのない存在になっています。

私の推し活

 私は、様々な形で葛葉の推し活を楽しんでいます。たとえばInstagramで葛葉に関するイベントやライブの感想、配信の感想をストーリーで発信しています。同じファンの方と配信の感想について語ったり、グッズの写真をシェアすることで、自分の推し活コミュニティが広がって、より「推し活」を楽しむことが出来ています。
 またグッズも私の「推し活」には欠かせないものになっていて、特にお気に入りのグッズが、パペットとチェキです。新しいグッズが発売されるたびにチェックしています。ランダムのグッズの場合は、自分の好きなビジュアルのものと交換してくれる方を探したりもします。新しいパペットをお迎えした時には、いつもより身近に「推し」を感じることができます。パペットと一緒に写真を撮ったり、部屋に飾ることで、日常の中でも「推し」を感じることが出来ます。
 さらにカフェでの「ぬい活」もよくしています。「ぬい活」とは推しなどのぬいぐるみ(通称ぬい)を持ち歩いて写真を撮ったりして楽しむ活動で推し活の主要な楽しみ方の1つです。葛葉のぬいぐるみやパペット、チェキをカフェに持参し、注文したスイーツやドリンクと一緒に写真を撮って楽しみます。そうすることでまるで推しと一緒にカフェタイムを過ごしている気分になります。
 撮影した写真はInstagramに投稿して、同じ推しを持つファンの方々と交流したり、ハッシュタグを利用することでほかの人の推し活を見るのも楽しみの一つです。
 こうした推し活が私にとって、癒しの時間になっています。

推しを見つける

 このように「推し」や「推し活」は、私たちの日常をさらに充実したものに変えてくれる大切な存在です。しかし最初から「これが推し!」と確信できる出会いは、特別な場面というよりも、むしろ日常の延長線上にあることがほとんどです。私自身も、偶然流れてきた切り抜き動画がきっかけで葛葉という推しに出会い、気づけばその魅力に夢中になっていました。
 「推し活」は人それぞれで、楽しみ方に決まりはありません。SNSで感想を発信したり、グッズを集めたり、ぬいぐるみと一緒に写真を撮ったりと、どんな小さなことでも自分なりの応援の形を見つけることができます。大切なのは、無理せず自分のペースで楽しむこと、そして「少しでも気になる」「応援したい」と思える存在にちょっと心を向けてみることです。
 今「推し」がいない方や「推し活」に一歩踏み出せていない方がいたら、まずは自分の好きなもの、気になるものに触れてみてください。テレビやSNS、YouTube、友人の会話など、きっかけになるものはたくさんあります。小さな「すき」から大きな「推し」につながるかもしれません。
 本書が、あなたの「推し」と出会うきっかけや、「推し活」を始める一歩となればうれしいです。

参考文献

(※1)コトバンク(デジタル大辞泉) 「推し(オシ)とは? 」 
https://kotobank.jp/word/%E6%8E%A8%E3%81%97-2132332
(※2)ユーチュラ 「オランダの『アザラシ幼稚園』が大人気 癒しを求める日本人がYouTube生配信に殺到」
https://yutura.net/news/archives/119658
(※3)ウィキペディアフリー百科事典 「バーチャルYouTuber」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%ABYouTuber
(※4)にじさんじ公式サイト 「葛葉」
https://www.nijisanji.jp/talents/l/kuzuha

エゴと愛の間の祈り

城山春

エゴと愛の間の祈り

城山春

狂酔

 私が死んだときに流れる走馬灯の八割は推しメンが占めていると思う。そう思うくらいには推しメンに人生を捧げているし、推しメンの関わらないところでは薄っぺらい人生を送っているのだ。

 スマホでろうきんのアプリを開く。赤色の数字ばかりの履歴に辟易して、残り少なくなった貯金には見ないふりを決め込んだ。私が払ったお金の何割が私の好きな人に還元されているのだろう、とグッズを買うたびに考える。おそらくCDの売上金は事務所に全額入っていて私の推しメンには入らないだろう。アクスタやチェキも、いくら入っているのか皆目見当もつかない。別に推しメンの生活を豊かにしたいから買うわけではないが、それでも一円も好きな人の懐に入らないとなると話は変わってくる。自己満足は時にエゴイズムとして牙をむく。
 私の働くお店ではお客さんが一枚チェキを撮ってくれるたびに一割のバックが入る。一割、1000円のチェキで100円。自分の価値は思ったよりも安いもんだなと思う。お客さんは1000円で私を買っているのかもしれないが、私は100円で買われている。この認識の相違は埋まらない。私だって推しメンのグッズは10000円で購入しているが、バックは1000円かもしれない。たかだか1000円で人生の一部を売っている。それでも私は10000円で人生の一部を買っている。売る方は自分を安く売りだされているのだからたくさん買ってくれたっていいだろうと考える。買う方は高いから一つか二つしか買えなかったなと考える。9000円の差は大きい。誰も悪くないことだが誰もが悪いことである。
 そんなことを考えていたとて、結局グッズが出たら買ってしまう。取捨選択ができないから、お知らせが来たら後先考えずに購入し支払いに悩む。「タイミーでもするか、当日入金だし」だなんて楽観的な考えでアプリを開いてみるが髪色ネイル自由での絞り込み検索では何もヒットしない。この世の中への恨み節を吐きながらアプリを閉じる。これを何回も何回も繰り返す人生を送ってきている。そもそも髪色が黒でなければいけない理由は一体何なのだろう。髪を黒に染めたところで髪をピンクに染めていたいという思考までは染まりきらない。意味のない、形だけの習慣のようなもの。社会を批判したとて私の口座のお金は増えるわけでもないのに、こんなことを考えて現実逃避していないと正気でいられない。好きという気持ちが行き過ぎた結果のことだ。私の気持ちは推し活なんて柔い言葉で収まるようなものではない。ステージに立つ推しメンはあんなに輝いているのに、それを応援する私は泥の中で蹲るのみだ。

 昨今の推し活ブームは度が過ぎているのではと感じることがある。グッズが出たら買って当たり前。コンサートに複数公演入らないのはオタクとして失格。コンテンツを全部見てない人はオタクを名乗る資格がない。そんなのは誰が決めたことなのだろう。いつから私の好きは人の尺度で測られ、批判されるようになったのだろう。私がCDを何枚買ったとて誰かに関係のある話ではないし、私がコンサートに行こうが行くまいが誰かに影響のある話ではない。ただ好きだからCDを積むし、ただ好きだから全公演入る。それだけの話。私の好きの表し方はそこにあるというだけのこと。絵は描けないけど、絵の描けるオタクに嫉妬したことはない。きれいな韓国語でファンレターを綴ることのできるオタクにも、面白い話ができて推しメンをいつも笑わせているオタクにも、私は誰にも嫉妬したことはない。私にできないことが他のオタクにできるからということで嫉妬したってなにもいいことはないのに、なぜかCDを多く買えるオタクとコンサートに複数公演行くオタクは嫉妬の的になる。これは単に情緒の安定していない中高生のオタクたちが、同時に金銭的自由を得られない環境にあることが一因であると考えることができる。仕事をしていないから親からもらったお小遣いでしかCDが買えず、尚且つ、多感な時期の中高生特有の他責思考がこのような状況を呼ぶのではないか。結局のところ、人の金で生活しているような中高生の手にもSNSがあるせいで、推し活ブームは行き過ぎた思想に呑まれたのである。

あとは夢とか愛とか恋とか

 しかし私の推し活は苦しいことだけではない。確かにお金はないしSNSでは叩かれるが、そんなものを障害だとは思わないほどに私は推しメンのことが好きである。ここからは好きなところをつらつらと語っていくことにする。
 まずは何と言っても顔。推しメンはアイドルだから顔が良いのは当然のことであるが、それにしても私のタイプすぎるのだ。どうやら私の推しメンの顔は「麦茶顔」というらしい。純朴で曲線的で、すこし女性的な顔立ちをしているところが好きだ。春の日差しは私の推しメンの為だけに降り注げばいい。
歌声も良い。滑らかに伸びる高音。この世から音がなくなったとしても彼の歌声は忘れることはない。あとは誠実さ。昨今の男性にしては珍しいほど正しく誠実である。デビュー当初は「正しい男」というキャッチコピーを使っていたくらい正しい。賢く誠実なきれいな人間しか好きになれない私にとっては好条件のアイドルである。他にも、無声両唇摩擦音の発音の仕方が可愛いところ、埋もれ席に入っていても必ず見つけて手を振ってくれるところ、韓国人なのに日本語の勉強を頑張ってくれてオタクと日本語で意思疎通を図ろうとしてくれているところ、努力家なところ、意外と我儘をいうところ、あげたらキリがないほど彼を構成するすべての要素が愛おしくてたまらないのだ。

 時々推し活をしていると自分を見失うことがある。私が本当に好きなのは推しメンなのか、それとも推しメンに貢ぐことなのか、推しメンに貢いでいる自分なのか。SNSに触れていなければこんなにCDを積むこともなかったのだろうか、とも考える。何のために現場に行って、グッズを買って、CDを積んで、毎日毎日推しメン以外にかけるお金を切り詰めながら生活しているのだろう。これは本当に意味のあることなのだろうか。こんなことを考えては終わりの見えない自己問答に精神をすり減らす。幸せを享受するためにしていたはずの推し活はいつしか自分の首を絞めるものへと変わりゆく。
 しかし、そんな考えなど推しメンを前にしたらすべて吹きとんでいく。自分の為の推し活をしている。コンサートで好きな曲のイントロが流れた時の脳が焼き切れるあの感覚を、ハイタッチ会で冷たくて薄い手のひらに触れた時のときめきを、彼の幸せを願って流したあの涙を、すべて忘れてはいけない。私は私の欲求を満たすために彼を応援する。その過程で彼が幸せになるのを見届けられるなら何でもいい。他のオタクなんて関係ない。推しの為でもない。誰の為でもない、私の為だけの推し活。自分の人生の対価として推しメンの人生の一部を買う生活はいまだやめられそうにはない。それでも病まないで、楽しく推し活ができるといい。推し活というには醜い感情ばかり抱えてしまったが、そもそも推し活という言葉に完全な定義がないのをいいことにこれが私の推し活だと開き直らせていただく。推しメンに明るい未来だけが訪れることを夢見ながら、私はこの行き場のない汚い感情の埋葬場所を探して生きる。それが私の推し活なのだ。季節が何度巡ろうと、冬には初めて出会った日のことを思い出し、夏には初めて対面した日のことを思い出したい。春の風は推しメンの頬を撫でるためだけに存在し、秋の香りは推しメンの存在を引き立てるためだけにある。
 君の走馬灯には私は一瞬たりとも映らないかもしれないけど、私だけが、私が君を好きだったことを覚えていられたらいい。

推し活のすゝめ

みさきち

推し活のすゝめ

みさきち

あなたにとっての推しは?

 近年急速に発展してきている推し活文化。その推し活文化の中心にいる「推し」は、アニメや漫画といった2次元キャラクター、アイドルや俳優、アーティストといった3次元の人物など様々である。そこでこれを読んでいるあなたに質問だ。「あなたにとっての推しは?」
 ここでは「推し」を見つけるための場として2次元と3次元が融合したコンテンツの2・5次元舞台について紹介していきたいと思う。

2・5次元舞台のあれこれ

2・5次元舞台について

 まず、グッズの企画制作を手掛ける株式会社トランスのコラム(著者・白峯アサコ)によると、「2・5次元舞台」とは、「漫画やアニメ、ゲーム(2次元)を原作とした作品を、舞台やミュージカル(3次元)で再現しているものを指す」のだという(※1)。代表的な作品では、「刀剣乱舞」や「テニスの王子様」、「ヒプノシスマイク」などがあげられる。また、2・5次元舞台に出演する俳優を「2・5次元俳優」と呼び、アイドルの推し活と並ぶくらい「2・5次元俳優」を推す推し活が現在盛んである。
 では既存の「舞台「」とよばれるものと「2・5次元舞台」はいったい何が違うのか。白峯氏の記事には以下の点が挙げられている(※1)。

・観劇客は「原作漫画のファン」を中心に、「特定の2・5次元俳優を推すオタク」などがいる。
・看板俳優や演出など著名人による集客ではなく、原作の知名度に依るところが強い。
・DVD、Blu-ray、ライブビューイング、配信、キャストの肖像グッズなど、興行収益以外での収益モデルが確立している。
・キャラクター≒俳優と捉えて推すファンも多く、無名の若手俳優にとっての登竜門となっている。

 特に原作からのファンを大切にしていることは覚えておきたい点だ。

刀剣乱舞

 作品の中でも原作が異なるものがあり、「刀剣乱舞」はゲームが原作になる。ゲームが原作の場合プレイヤーが存在する。キャラクターや物語に親密に関わっていく「刀剣乱舞」では、ソロプレイのゲームでありながら観客全体にゲーム内での呼び方でコール&レスポンスをさせることによって観客があたかも舞台上の物語に参加しているように見せている。また、舞台にのみ登場するオリジナルキャラクターを作ることによって作品の新しい物語を見せ、観客を引き込んでいる。さらにLIVEを開催することによって、その世界観への参加を促している。

テニスの王子様

 「刀剣乱舞」と異なり、「テニスの王子様」は漫画が原作の舞台になる。現在でも人気が衰えない2・5次元舞台のなかで特に歴史が長いものがテニスの王子様シリーズである。2003年頃から上演が始まり、原作を忠実に再現するため物語の内容はほとんど変わらないが、現在もキャストを変えながら4thシーズンとして続いている(※2)。テニミュ(「テニスの王子様」の「ミュージカル」を略して、通称「テニミュ」と公式でも呼ばれている)は当時2・5次元舞台の草分け的存在であり、2・5次元舞台で定期的な卒業というシステムがある(主人公・越前リョーマが入学した学校である青春学園のメンバーが、1シーズンのなかで1~2代の代替わりがある)。また、客降りという演出が施される場合があり、原作のキャラクターと触れ合う(ファンサービスをもらう)ことができる場合がある。

観劇までの道のり

 ここまで2・5次元舞台について述べてきたが、初めての観劇だと一体何から始めればよいのかわからないことが多いはずである。そこで一番大切になる観劇までの道のりを紹介したいと思う。

チケット

 まず初めに行うことはチケットを入手することである! 特に歴史の長い作品だと、必ずファンクラブ(通称FC)が存在しており、そこが最速でチケット先行販売に申し込める場となる。続いてキャスト先行というものがある。作品のファンクラブ先行の次に早く行われる先行であり、出演するキャストのファンクラブ先行となる。基本ここまでの2つが最速かつ有料のチケット先行になる。
 次は主催者先行だ。これは作品の制作会社からの先行申し込み枠となっており、無料の会員登録をすれば誰でも申し込める先行になる。
 そして最後はプレリクエスト先行と一般先着だ。これはどちらもイープラス、ローソンチケット、チケットぴあの3社を使用することが多い。ここまでが事前にチケットを手に入れる手段となる。当日劇場で直接販売される当日券というものも存在するが、あらかじめ各先行でチケットを入手していたほうが安心である。

観劇に必要な持ち物は?

 チケットを手に入れてしまえば、あとは観劇日当日まで健康に過ごし、持っていく荷物を考えるだけだ。劇場はどこも座席スペースが狭いため、大きな荷物にならないようにすることがポイントである。公演時間が長く、途中で休憩時間10〜20分を挟む場合があるため、飲み物は必ず持参することをお勧めする。さらに、劇場では物品販売(物販)といった作品のブロマイドやパンフレットなどのオリジナルグッズの販売があるため、財布の中には少し多めにお金を準備した方がよいかもしれない。また、快適な観劇にしたいと思う場合には、オペラグラスの購入を強く勧めたい。劇場では基本8倍のオペラグラスで十分である。観劇のために購入するが、東京ドームなどのライブでも使えるためぜひひとつ手元にあってもよい品物ではないかと思う。

おわりに

 2・5次元舞台と観劇についてまとめたが、敷居の高いように感じる舞台というものが少し身近に感じることができるようになったのではないかと思う。そしてこの2・5次元舞台には原作のキャラクターとされを演じる役者、どちらにも推しを見つけられる可能性を秘めている。これを読んだあなたが、舞台を観劇し、推しを見つけられたら、本稿を書いた意味を見出せるのではないかと考える。
 あなたの推し活の一歩に、2・5次元舞台というコンテンツが響きますように。

参考文献

(※1)グッズの企画制作を手掛ける株式会社トランスのコラム(著者・白峯アサコ)
https://www.trans.co.jp/column/trend/oshikatsu_25dstage/
(※2)ミュージカル「テニスの王子様」公式サイト
https://www.tennimu.com/

「推し」という存在

2025年7月25日 発行 初版

著  者:MM、るちゃ、城山春、みさきち
発  行:二松学舎大学

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二松学舎大学在学中

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