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【更新期間中無料】霊力使い小学四年生たちの日本信仰 第六巻

坪内琢正

洛瑞書店



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第一一話 東京多摩・粥かき棒のヌルデ、クダ狐の月光

 日の落ちもやや早くなってきた九月中旬と言っても午後の日は相変わらず高く、それは東京都多摩(たま)市でも同じだった。
 京王、小田急多摩センター駅は他の市も交えてその周辺一帯の都市機能の拠点であったが、それでもそこから西に約一キロも進むと、建物に交じって田畑も見え隠れする閑散とした土地が広がっていた。
 さらにそこから進み、駅から二キロほど進むと、かつての小森を、都市化に合わせて整備した中沢池(なかざわいけ)公園という公園があった。そこは元々が森であったことを生かしたと思われる、遊歩道、釣り池、芝生のスペースなどが設けられていた。ただ公共交通がこういった施設のことはさほど考慮して敷かれていないこともあってか、比較的不便な場所にあるらしく、普段から人の姿はあまり見られなかった。
 その閑散とした芝生の端は、隣接する遊歩道との区別のためか、重点的により多くの樹木が植えられていて、普段はさらにひっそりとしていた。
 その樹木のうちの一つにバットやグローブが多数集められていた。
「ちゃ、ちゃんと返してよ……ほんとは僕のじゃないので……」
 そしてその木のすぐ近くの他の木の下から、男性のか細い声がした。
「ははっ」
「まぁ、そのうちにな!」
 その一〇代後半くらいの少年を取り囲んでいた、他の五名の同い年くらいの少年らが嗤いながら彼に返事をし、そしてそのうちの一人が彼の差し出したお札の束を取り上げた。
「よし、これで行くか。……はち、きゅう……ん?」
「どうした?」
 札束を持った少年は徐にそれを数え、そして怪訝な顔をした。それを見た別の少年も同じような顔になりその少年に声をかけた。
「九枚しかないな」
「えっ……あれ、数え間違えたかもしれないので……」
 それを聞いた、取り上げられた方の少年は蒼褪めながら呟いた。
「ほお……お前、俺たちを欺くつもりだったんだな」
「ひっ、ち、ちが……」
 詰問した別の少年に対して、巻き上げられた少年は焦りながら否定しようとした。
「お前俺たちが何のためにあんなバットとグローブを保有していると思ってるんだ? 俺たちはあのバットとグローブを持つことで、大人たちが翼賛してやまない、健康で、この上なく美しい心を持っているのだぞ!」
「そうとも! そしてそんな俺たち、いつも必ず複数即ち健康で、この上なく美しい「ともだち」のやることに参加することから抜け出して、その上俺たちを欺くなんて……許されないことだ!」
 一人の少年を取り囲んでいた他の連中の覇気が上がった。
「そうとも! そうだな……、駅に行く前にまず、お前には一発ずつ罰がいるな!」
「そうとも! バットとグローブを持っている俺たちはみんな美しい行動を取るのだ、計五発……反省してもらおうか!」
「ひ……、嫌……」 
 さらに彼らは続けて、一人を除いた四名が、取り囲まれていた一人に向かって攻撃の威嚇をした。それを聞いた取り囲まれていた方はさらに怯えた。
(……え……お金を巻き上げるだけでもヤバいのにさらに扱き……。いやそりゃ俺だってこいつといっしょにネットとかで顔も知らない相手を祭り上げたりして、確かにそんなことを文字で打ち込んだりはよくしているけど……、それをネットでしているってことはこうしてリアルでこいつも……そしてきっと俺自身もそういう目に遭っても認めるってこと……なんだよな……、い、いいのだろうか……これで……俺は自分が何がしたいのかもわからない、まるで頭の血液が止まっているみたいな感じ……なんか凄くしんどい……)
 一方、一名を取り囲んでいた五名のうち一人だけは、少し俯いたまま何も言わなかった。
「おい、お前ももちろんやるよな!」
「え、あ、ああ……」
 そして、他の四人のうちの一人に言われ、小さく頷いた。
「クク……じゃあ最初は俺からだ!」
「や、やめてよ……」
 四人のうちの一人が気勢を上げ、そして囲まれていた方は殴打をしないよう、泣きそうになりながら嘆願した。
「ふふふ、見つけたよ」
 そのとき、気勢を上げた少年の背後から子どもの声がした。
「ん?」
 彼が振り向くとそこに、縹色の麻に、それより薄い青の帯の和装の、一〇歳くらいの男の子がいた。
「子ども……?」
「坊や、お兄ちゃんたちは忙しいんだ」
「あっちで遊んでおいで」
 少年たちはその子に向かって平然とした態度で言った。
「ふふふ……鬼玉……いただくよ」
 しかしその少年たちの声を一向に気にすることなく、その子どもはつかつかと最初に気勢を上げた少年に近づき、そしてがしっとその首を掴んだ。
「な? ぐっ……うううっ……」
 そしてそれを体ごと引き倒した。すると少年の背中から黒い霧がじわじわと噴き出した。
「ひっ」
「うわあっ!」
 その光景に驚き、他の少年たちは逃げようとした。
「う……たすk……」
 首を掴まれ、地面に仰向けに倒された少年はもがきながらなんとか言葉を口にした。しかしその声に応じる者はいなかった。
「ふふ……鬼玉……時空の壊れる……スーッ……」
 一方その子どもは首を掴みながら黒い霧を鬼玉と呼び吸った。
「ぎゃああっ、痛っ、痛い!」
 少年はそれに痛みを訴え、さらに激しく暴れた。
「あっ」
「うわっ……に、逃げ……」
すると一瞬自分の首を掴む子どもの握力が弱まり、そこから逃れた。それに合わせ慌てながら彼も立ち上がり、その子どもから逃げ出した。
「ふふふ……無駄だよ」
 彼の背を見てその子どもはほくそ笑んだ。

「待てぇー」
 その少し前、洛内小学校の校内の、アスレチックや土山などのあるプレイコーナ―にて、耐がはしゃいだ声で司を追っていた。
「わっ、やばっ」
 司は耐から逃げながら、アスレチックの大型のすべり台を一気に駆け上がった。
「あっ」
 それを見た耐は滑り台の前で慌てて立ち止まった。
「うー、高鬼だし……、いーち、にー、さーん、し……あっ」
 耐はその場で数字のカウントを始めた。するとその隙を見て司は、アスレチックの反対側で組まれてあった鉄棒を渡りながらそこから降りて、また逃げ出した。
 その一方、同じアスレチックの上部にいて、耐のカウントを聞いた珠洲は、そこに付いていた登り棒をつたって一気に地面に降りた。
「あ、珠洲ちゃんの方が近いよ、ふふっ」
 それを見た耐は今度は珠洲の方に向かって駆け出した。
「え、わっ」
 それを見た珠洲は、急いで別のアスレチックについていた、丸太を並べた滑り台に向かった。その面は凹凸が酷かったが、その代わりに頂上からロープが垂れていた。珠洲はそのロープを掴み、そのアスレチックに登った。
「あう、また……んー、いーち、にー、さ……お?」
 一方それを聞いた珠洲はすかさず、丸太の滑り台から見て右側に付いていた、大型で平らな面の滑り台を降り出した。
「ふふ、そこじゃ近いよ」
 耐もすぐにそちら側の滑り台の降り口に向かった。
「降りたら衝突しちゃうよ、ふふっ……、え、あっ」
 耐は苦笑しながら降り口に来て、あらためてその滑り台を仰ぎ見て驚いた。珠洲は立ち上がり、滑らずに途中から飛んで降りようとしていた。
「やばっ、珠洲ちゃん、待って……!」
 耐も慌てて滑り台の途中から少し離れた、ジャンプで着地してきそうな距離のところへ向かった。そのときに一瞬耐は着地地点だけを見て珠洲本人から目を離した。
(今、耐ちゃん、私から目を逸らした……っ!)
 それを見た珠洲は再び座り、滑り台を一気に降りた。
「あ」
 耐はそれを見て一瞬唖然とした。一方珠洲は降り口からまた立ってそのまま駆け出した。
「って、よく考えたら、滑り台の途中から飛び降りるって、珠洲ちゃんがそんな危ないことしないよね」
 耐はやれやれといった表情で呟き、そして再び珠洲を追った。
「耐ちゃーん、ストップーっ」
「え、たあくん……?」
 そのとき正の呼び声を聞いて耐は立ち止まり振り返った。すると少し離れたところから、正と新蘭とが並んで歩いてきていた。
「あ……ちょっ……」
「うん……」
 同じく正の声を聞いて、高鬼に参加していた他の珠洲、司、美濃、雲雀の四人も立ち止まり、二人の方を見た。
「えっと……また、唯ちゃんと弘くんは委員会だよ」
「え……うん、わかった……」
 自分の前まで来た二人に向かって耐が連絡し、正はそれを聞いて頷いた。

「ひいいっ!」
 一方多摩、中沢池公園の一角の芝生や木々の立つ中で、和装の男の子から、鬼玉を発生させた少年は逃げていたが、振り返ると、その男の子が、子どもとは思えないほど速く走っていたため怯え声を上げた。
「ああっ!」
 そしてそれに気を取られたため、バランスを崩して走りながら転倒した。
「くく……」
 それを見た子どもの方もすぐに彼のもとにやってきた。
「や、やめてくr……」
 少年の側はさらに怯え、嘆願した。
「だめだよ」
 少年は薄笑いを浮かべながら、鬼玉の出ている彼の背中に目を向けた。
――ヒュン。
 そのとき、子どもの眼前を、薄緑色の光線が一瞬通過した。
「……?」
 その子が訝しげにそれが来た方を向くと、その先に、光筒を少し右手で持ち上げ、自分の方を向いていた耐がいた。またその周囲に珠洲、美濃、司、雲雀、正、新蘭の六人もいた。
「あー……もう……天路の従者さんたち……、めんどくさいな」
 その子どもは彼らを見て呟いた。
「同い年くらいかな……でもあなた、正体はわからないけど神霊さんだよね、鬼玉を狙わないでよっ」
 耐がその子に向かっていった。
「うん……そうだよ。そう言えば……、今は殆ど知られていないけど、かつてこの辺りでは、小正月には小豆粥を食べる風習があったんだけどね」
「え?」
 耐たちはその子が話を急にふってきたことに驚かされた。
「そのときには、ヌルデの木を直径五センチくらいで、先端に割れ目をつけた棒にしてその小豆粥を調理する……僕はその棒、粥かき棒の神霊だよ。春になり田に水を入れることになったときには、その水口に僕は立てられて……農民とともに、その年の豊作を祈ってるんだ。そして今ではね……」
 その子はさっと右手を上げた。
「え」
「ええっ!」
 すると彼の背後に、黒の羽織を着て、金の袴を履き、大小二本の刀を差し、陣笠を頭に付けた正装の侍たちが四,五〇名ほど出現した。それを見た天路側の子どもたちは再び驚かされた。とはいえ彼らは一様に力なく、どうにか立っているといった印象で、頭を前かがみにしている者も多かった。
「末鏡に従うもの……、天路の従者の君たちには、僕が召喚した、過去に大名行列に参加していた者たちに始末してもらうよ。まぁ、彼らは生前の意思までは持っていないけどね」
「え……」
「また、あんなに……」
 それを見た美濃や司はそれを聞きながら慄いた。 
「うん……まあ、戦うしかないんだろうけど……」
 美濃は続いて言い、光筒を少し持ち上げた。その震えは自然に次第に収まっていった。
「そだね……、やろう。そう言えば、今回は足は普通にあるみたいだよ」
「うん」
 さらに続いて雲雀が呼びかけ、正がそれに相槌を打った。その間にも美濃は瞬間移動で幽霊の侍たちに近づいた。
(撃って……)
 そして、光筒を持つ手をまた少し上げながら念じた。
――ヒュン、ヒュン
 するとそこから薄緑色の光弾が三発ほど続けて出て、美濃の視線に誘導され、同じく三名の侍の肩や足に当たった。
「がああ!」
「ぐがあっ」
 その結果彼らは雄叫びを上げながら、その姿を濃い紫の霧に変えた。そしてその霧もすぐに消えた。
「私も……!」
 それを見た耐も、美濃からは少し離れていた、別の位置から幽霊の侍たちの手前まで瞬間移動をした。
(えいっ……!)
 そして念じると、美濃と同じく、二発の光弾が光筒から出て、二人の幽霊に当たった。
「ううぐああ」
「ああぎゃあ」
 すると彼らも霧になり、そしてその霧もすぐに晴れた。
「ん?」
 一方、美濃と耐とが自分たちのすぐ前に現れたことに幽霊たちは動揺し、散開した。そのうちの数名は次第に雲雀に近づいた。
(私は移動はしないけど……撃ってっ……!)
 それを見た雲雀は直ちに光筒を手にしながら彼らを一人ひとり注目し、それぞれに対して念じた。
「あああがああ」
「ふううぐうああ」
「がああやああ」
 彼らはすぐに雲雀の撃った光弾に当たり、霧と化した後消えた。
私も……少し距離に余裕のあるうちに……」
 それを見た珠洲も、じわじわと自分の前に迫ってきた四名ほどの幽霊たちの方を向いた。
「えっ」
 ところが彼女の背後にも一人侍の幽霊が回っていて、彼は刀を抜き、間合いのすぐ近くまで迫っていて、それを見た司が驚かされた。
「珠洲ちゃん、危ないっ……」
 司はその抜刀した幽霊に向かって光弾を撃った。
「え……?」
 珠洲がきょとんとするさなかに、その幽霊は霧となってから消えた。
「あ……司くん、ありがとう」
「どういたしまして」
 二人はあらためて頷きあった。
「ぐ……ふお」
「あぐ……あお……」
 一方幽霊たちの一部は、仲間が次々と倒されていくことに気づき、何やら会話をしているように窺えた。
「え……?」
 正はその動きを気にして、訝しがった。
「ふ……ぐ……」
「おぐ……おあ……」
 その間にも、幽霊たちは集まり始めた。
「へ……?」
「あおぉ……」
「ぐあ……があ……」
 そして互いの手や背などの体に触れ合った侍の幽霊同士から白い光が現れ、彼らはそれに包まれた。再びその光が消えた時、二名や三名だった幽霊たちは各々一人になっていて、その代わりに体が高さ三メートル程度の巨人の侍の姿になっていた。それを見た雲雀は驚きの目を彼らに向けた。
「ごあぁ……ぐあ……」
「ああ……あぐう……」
「……ふあ……ふげぉ……」
 巨人となった代わりに人数の減った幽霊たちはさらに互いに触れ合った。するとまた白い光に包まれ、最終的に高さ一〇メートル以上の一人の侍の巨人霊となった。
「ひっ……」
 それを見届けた美濃は慄いた。それを意ともせず、巨人の霊はその身長以上もある右の拳を、耐に向かってぶつけようとした。
「わっ」
 耐は涙混じりに必死にそれを避けた。
「ぐぅぅ……」
 耐に当たっていないと見るや、巨人の霊は続いてその拳を自分の右側に立っていた正に当てようとした。
「え……」
 正も慄きながらもその場から慌てて逃げ避けた。
――。
 一方、巨人霊が右を向いている間に司はその隙をついて正面へとジャンプしてきた。
(今がチャンスだけど……僕一人じゃダメかも……、……)
「キョ―、マーエー」
 司は突如叫んだ。
「……司くん……!」
 それを見た珠洲も、司から五メートル程度離れたところまでジャンプし、そしてすぐに正面から巨人霊を見上げ、その頭部に注目した。
(撃って……)
 珠洲がそう念じるや否や、彼女の光筒から薄緑色の光弾がその頭部に当たった。さらにそれとほぼ同時に、殆ど同じ個所に司が撃った光弾も当たった。
「あああがああっ!」
 二つの光弾は同時至近が成功し、巨人霊の頭部で大きな爆発を起こした。それと同時に、雄叫びを上げながら、巨人霊の姿は頭部から順に下の方へと、濃紫の霧に覆われていった。
「ど、どうかな……」
「うーん、まだわからない……」
 不安がる司の呟きに珠洲が答えた。次第にそれが晴れていき、巨人霊の姿が見えなくなったことで、その不安は薄れていった。
「やったかも……」
「うん……」
 雲雀と正も言葉を交わした。
「く……天路の従者どもっ……!」
 そのとき、粥かき棒の神霊が怒りをあらわにし、子どもたちのうち耐に目を付け、そして右手を上げ白く光らせた。
「あっ……!」
 それを耐も目にし、小さな声を漏らした。
「当たれっ!」
 束の間もなく粥かき棒の神霊はその神幹を耐に向けて放った。しかしそれは何にも当たらず宙を飛翔した。
「え……、あれ、消えた?」
 粥かき棒の神霊は、耐の姿が神幹が来る前に消えたことを見、やや慌ててきょろきょろと首を振った。
「シン・ウシローッ!」
「……! 耐ちゃん……!」
 耐の掛け声を聞いた珠洲は、少し慌てながらも粥かき棒の神霊から数十メートルほど後ろにいた彼女の姿を現認し、ただちにその傍らを注目し強く念じた。するとその次の瞬間には、珠洲は耐の隣に現れた。
 彼女は続いて粥かき棒の神霊の背中を凝視した。一瞬だけ目を逸らすと、隣に耐がいて、自分と同じように、軽く光筒を持ち上げながら、粥かき棒の神霊の後方に注目していた。珠洲は安心しながら、光筒を握った右手に自然に少し力を入れ、再び粥かき棒の神霊の背後に目をやった。
「……っ、しまっ……」
 一方粥かき棒の神霊はようやく耐、及びその隣にいる珠洲を見つけたが、二人が既に自分に注目していることに気づきさらに焦った。
(……撃って!)
 珠洲が強く念じるとと同時に光筒の柄から薄緑色の光弾が発砲、すぐに耐が放ったそれと殆ど同時に粥かき棒の神霊の背中を貫通し、そこから血液の代わりに、濃い紫色の霧が一気に噴き出し、粥かき棒の神霊の姿を覆うほどになった。
「――」
 その光景を見た珠洲は少し焦りながらさらにその霧の渦に注目した。
「……うまく当たったけど……、霧のあの出方……やっぱり緊張するね……」
 珠洲の様子を少し見、優しく呼びかけた耐も、再び粥かき棒の神霊の方に目を向けた。
「珠洲ちゃん、もうちょっとやろう」
「うん……」
 耐の呼びかけに珠洲は応じ、彼女と同じように、次の発砲のための念をしようとした。
「え、へ……?」
「わ!」
 その次の瞬間、霧の渦の中から、太さ5センチメートル、長さ1メートル程度の木の棒が数本、次々と珠洲と耐たちのほうに飛び、二人は慌ててそれをかわした。
「……っ、霧の中から……!」
「うんっ……!」
 それを見た司と正が慌てて、霧の渦の方を凝視し、光筒からの発砲をしようとした。
――ヒュン!
「え……わっ」
「ふぇっ、なっ……」
 しかしそれよりも先に、霧の中から多数の神縄が飛び出し、その二人を巻き、そのまま強く頭を地面に倒した。
「いぐ!」
「ああっ!」
 二人はその衝撃で意識が薄くなった。
「ひっ」
「ああ……」
 その二人の光景を見た雲雀と美濃は、とりわけ大人の正の意識が薄れたのを見て慄いた。
「ひとまずあの二人は神縄で抑えたな……」
 そして、次第に晴れる霧の中から、粥かき棒の神霊が神妙な表情で呟くのを聞いた。
「くっ……」
 それを見た美濃は、震えながらも光筒を強く握った。
「わっ」
「えっ、あれ……?」
 そのときまた、耐と珠洲の慌てる声がした。
「え……あ……」
美濃はやむなく二人の方を向き、さらに驚かされた。二人に向かったたくさんの木の棒の中のうち3,4本からは、二人にかわされたとしても、その場で突然止まり、地面に落ち、そしてその内部から少し太い蔓を出したものがあった。前からの木の棒の飛翔に気が取られていた二人はそれに気づかなかったので、両手首と両足首とをそれぞれ1本の木の棒から出てきた蔓に縛られ、Ⅹ字にさせられた。
「ちょ……え……」
「動けない……」
「ふう……、まったく、人間の幽霊たちじゃだめなのか……。さっきも説明した通り、その木はヌルデだよ。そういう蔓はついていないけど、僕の得意な神能だから、楽なんだよね……。それからそこの男女二人も動いちゃだめだよ? この二人のことをよく見てあげてね」
 粥かき棒の神霊が誇らしげに、縛られた珠洲と耐、そしてその反対側にいた美濃と雲雀に言った。
「うっ……」
 美濃はそれを聞いて悔し気に歯を鳴らした。
「さて……神能、せっかくだから、いろいろ見せてあげようかな。鬼玉を喰らう邪魔をしてくれたお礼にね」
「ひ……」
「な、何を……」
 珠洲と耐はⅩ字に縛られながら、粥かき棒の神霊の言葉を聞いてさらに怯えた。そして耐は恐る恐る彼に尋ねた。
「うん……まだ何も考えてないけど……えいっ」
「わわっ!」
「ちょっ、あああっ!」
 粥かき棒の神霊はそれとなく右手をさっと上げた。すると二人を蔓で縛っていたヌルデの棒はそれぞれ2本とも宙に上がり、続いて180度回転した。そのため珠洲と耐はⅩ字のまま、空中で逆さまにされた。
「まだ大したことはしないけど……、君たちにも、ヌルデの木の枝のようになってもらうよ」
「ひっ」
「え……ふぇ?」
 耐と珠洲が怯んでいる間にも粥かき棒の神霊はまた右手を上げた。するとそれぞれの両足首を持ち上げていたヌルデの枝から、何枚かの葉や短い蔓がひらひらとそれぞれの顔の周囲に落ちてきた。
「ふ、うぅ、ぐ?」
「あ……ああふっ! はぐうっ」
 珠洲と耐が気づいたとき、葉の一部は落下せずそれぞれの目を完全に覆ってくっつき、短い蔓のうちの一つは口をこじ開けさせながら顔に巻き付いた。
「ふふ、軽いね、ただ塞いだだけなのに、もう見えなくて話せなくて、それだけで十分人間じゃなくて木の枝と同じだよ」
 その様子を見て笑いながら粥かき棒の神霊が言った。
「はふううっ!」
「あううっ、ふぐううっ!」
 それを耳にした珠洲と耐は泣き始めながら声にならない声を出した。
「あ、やっぱりさ……塞いだだけで殆ど霊力使ってないし、木の枝じゃなくて、電線の方がいいかな?」
 一方粥かき棒の神霊は立て続けに話し、また手を挙げた。すると今度は、短く柔らかい、蔓より少し冷たい銅線が二人の両足首の周囲に一つずつ、計四本出現し、それに巻き付いた。
「クク……」
 粥かき棒の神霊がほくそ笑む声が、一瞬二人にも聞こえた。
「はふ? ……あぎゃああっ! はぐぁああ!」
「ひぎゃあっ! rあ、あめ……あぎゃあっ!」
 突然二人は連続して叫び声を出した。
「電撃……でも足からだし、せいぜい下半身で、心臓にも顔にもいかないから、ただ痛いだけだよ。でも……連続したり止まったり、強弱も全部ランダムで、慣れるなんてことはないから、そのまま人間の子どもじゃなくって、電線として、少しずつ衰弱しておしまいだよ。鬼玉を喰らう邪魔をした罰も含んでるから」
 粥かき棒の神霊は軽い口調で話した。
「あああはっ! ……ふああっ!」
「ひあ……ぎゃああっ! あぐああっ やめへあああっ!」
 その間にも珠洲と耐は連続して悲鳴を上げ続けた。
「え? やめないよ」
 珠洲の嘆願を粥かき棒の神霊は蹴った。
「ひぎゃああっ う……あ……あああっ!」
「はぁ……ふ……ふぎゃああ! ああああううっ」
 ランダムの状態の電撃に変化はなく、二人は引き続き泣き叫び続けた。
「ううっ」
「二人とも……!」
 一方怯えながらも、美濃と雲雀は二人に呼びかけ、光筒を持つ手を少し上げようとした。
「……? 動かないで!」
 それに気づいた粥かき棒の神霊の周囲を、数本のヌルデの蔓が取り囲んだ。それらは全部、美濃と雲雀の方に先端を向いていた。
「ひっ……」
「うう……。あああっ」
 先手を取られ、雲雀は怯え、美濃は悔しがった。そして、さらに悲鳴を上げる珠洲と耐を見てまた慄いた。
「あ……あぐ……ぎゃああ!」
「ああうっ! ……ふへ……ひや……」
 一方その間にも、逆さまの耐と珠洲に電撃が走り、二人は悶えた。
「ふふっ、そのまま電線になって、そして壊れてしまうがいい」
 粥かき棒の神霊は再度珠洲と耐の方に向きを変え、余裕の啖呵を切った。
「ふぐっ!  ふひ……はがあっ!」
「はひいっ……、はひゃん……」
 二人はそれを聞く余裕もなく、眼と口とを塞がれたまま叫び続けた。
「あ、え……まさか……、二人の声が少しずつ弱まってきてる……」
「へ……? えっ、あ……」
 その最中、美濃が一層憔悴しながら呟いた。傍らでそれを聞いていた雲雀もその内容を自分で確かめ、彼女もまたさらに焦った。
「ああっ……はふっ……」
「……ひあっ……、あっ、ああうっ」
 美濃の言った通り、耐と珠洲の悲鳴は徐々に小さくなっていっていた。
「声を出す力がないんだ、も、もう……」
「そ、そんな……珠洲ちゃん、ほーたえ……やだよぅ」
 美濃が再び怯えながら呟いた。雲雀はそれを聞いてか細い声を漏らした。
「はぁ……はぐっ……あう……」
「ひひゃっ……はひゃう……ふひゃあっ」
 その間にも耐と珠洲の、電撃を受ける度の悲鳴は弱まっていった。
ヒューッ――。
 その次の瞬間、逆さまにされている二人の頭の下の付近に小さな竜巻が俟った。そしてそれはすぐに収束し、動物の毛のようなものが積み上げられた。
「え?」
 それを見た美濃が目を丸くした。
ヒュン、ヒュン――。
 さらに続けて、空中に浮きながら、二人それぞれの、左右の足首を縛っていた蔓同士を繋いでいた太い蔓が、飛翔してきた二本の赤い光線に一つずつ当たり消えた。
「あっ……」
「ふあ……」
 すると蔓の空中に浮かぶ力、さらに足首、目、口に巻き付いていた蔓が全て消え、二人は地面に積まれていた動物の毛の上に落ちた。
「あ……はぁ……はぁ……」
「ふあ……ふわ……」
 珠洲と耐は朦朧としながら空を仰いだ。
「え……?」
「毛……それと今の光は……?」
 その様子を見た雲雀と美濃は目を丸くした。 
「僕の本来の姿のときの毛……うまく包み込めたみたいだ」
 そのとき二人の後ろから、粥かき棒の神霊とはまた別の子どもの声がした。二人が驚いて振り向くと、そこに、今度は萌黄色の麻に、それより濃い帯の和装で、粥かき棒の神霊と同い年くらいの男の子がいた。
「き、君は……」
 美濃が尋ねた。
「クダギツネ……。君たちも会ったかもしれないけど、関東北部のオサキと似たようなことを関東以南や中部でしてるよ。僕が居る家は裕福になるよ。オサキもキツネ……、でも僕は、キツネっていうけど、本当の姿はもっと小さくて子猫くらいでね、人間の姿の方が楽なんだよね」
 その少年はクダギツネと名乗った。
「クダギツネ……?」
 美濃がオウム返しに言った。
「美濃くん……、末鏡の被惑あるかも……」
 そのとき、雲雀が美濃に小さく耳打ちした。
「うん……どうだろ……それはわからない……」
 美濃はそれに対して、自分もクダギツネに聞こえない小声で答えた。
「えっ? 僕の神能に干渉……? クダギツネ……気に入らないな」
 その一方、珠洲と耐とに攻撃していた粥かき棒の神霊は、不機嫌そうにクダギツネや、それと話している美濃、雲雀に向かって言った。
「む……、話はちょっとここまでで……」
「えっ」
「は、はい」
 クダギツネの神霊も粥かき棒の神霊に気づき、あらためて前を向いた。美濃と雲雀もそれに合わせた。
「クダギツネ、君はかように優れた末鏡の著に倣わないのかい? ……へっ?」
「――」」 
粥かき棒の神霊は、クダギツネの神霊に向かって尋ねた。しかしクダギツネの神霊はそれに答えずすぐに右手を上げた。
「お、おい、話を聞いて……」
 それを見た粥かき棒の神霊は驚いた。
「ええい」
「ああああっ!」
 しかし一方でクダギツネの神霊はそのまま神幹を放ち、粥かき棒の神霊の胸部を撃ち抜いた。すると再び粥かき棒の神霊は悲鳴を上げ、また胸の傷口から大量の濃紫色の霧が噴き出した。
「粥かき棒の神能で衰弱が激しい……、二人とも、今のうちにあの子たちの治癒を為すことを提案するよ」
 続いてクダギツネの神霊は美濃と雲雀に言った。
「は、はい」
「そうだよね」
 それを聞いた美濃と雲雀は慌てて、キツネの毛でできた毛布の上で横たわっていた珠洲と耐のもとに向かった。クダギツネの神霊も、その二人の後から歩いてついていった。
 一方、美濃は珠洲の、雲雀は耐の傍までそれぞれ来て、光筒の治癒の光を上から浴びせ始めた。
「……。え、あ、あれ……。美濃くんのの、暖かい……」
「珠洲ちゃん……、よかった……、まだもうちょっとそのままでいてね」
 意識がはっきりした珠洲に対して美濃が優しく言った。
「ふふ。ほーたえは……まだのびてるよ」
 一方、耐の治癒をしていた雲雀は、珠洲と美濃の様子を見て苦笑しながら言った。
「あは、あんなに悲惨な攻撃だったんだし、個人差もあると思うよ」
 それを聞いた美濃も苦笑した。
「まぁそうだね、縛られてた足の方へももっと当ててあげよう」
 雲雀は頷きながら体を前に出した。
ヒュッ――。
「え……」
 その直後、雲雀の背後、動く前に自分の肩があった辺りを神幹の白い弾線が通過し、雲雀はそれを見て硬直した。
「雲雀ちゃん!」
「だ、大丈夫……?」
 それを立ちながら見ていた美濃と、その前で横たわっていた珠洲も驚かされた。
「う、うん……掠ってもいなかったし……、でも今のは……」
 雲雀は珠洲たちに答え、訝しんだ。
「あれ、あそこにいる子が!」
 クダギツネの神霊が、自分たちから見て、粥かき棒の神霊と正反対の方向を見て指差しをした。そこに山吹の麻に、縹の帯を巻いた、また自分たちと同い年くらいの少女がいた。彼女は神幹を撃った直後なのか、右の手のひらを自分の顔の前に出し、また、少し困惑しているようにも窺えた。
「っ……。珠洲ちゃん、ごめんね、少しだけ待って」
「え、うん」
 美濃は珠洲に告げ、すぐにその少女の姿に注目した。珠洲も美濃の言葉に頷いた。
「えっ?」
 一方その少女も手のひらから目を逸らし、はっと顔を上げ、美濃が自分を捕捉していることに気づいて慌てる様子を見せた。
 一方美濃は光筒をゆっくりと胸の前辺りまで持ち上げた。また自然に一歩足を前に出した。
「あああ!」
「え?」
 その直後、横たわりながら美濃の後ろ姿を見ていた珠洲は、彼が背中に被弾しながら、悲鳴とともに倒れていくのを目の当たりにした。
「あれ? えっ、ちょ、なんで……?」
 それを見た雲雀も慌ててそれを見、そのまま自然に、美濃のすぐ奥にいたクダギツネの神霊の姿を目に入れた。彼は不敵に笑っていた。
「君もだよ」
「へ?」
 クダギツネの神霊は雲雀に向かって一言告げた。雲雀はそれを聞いてすぐに意味がわからず目を丸くした。
「やめてあげてぇ!」
 珠洲はクダギツネの神霊の意図を把握し、横たわったまま腕で少し顔を地から上げ彼に向かって叫んだ。
「だめだよ」
 珠洲の声を耳にしたクダギツネの神霊はそれを断り、右手を軽く上げた。
「あ、わっ、嫌、きゃああ!」
 雲雀は慌てて抵抗しようとして一歩引きさがった。美濃と同じく、そのため急所は外れたものの、右肩に神幹を受け、そのまま倒れた。
「あ……ひば……」
 横たわっていた珠洲は今度は雲雀の様子を見て驚愕した。そしてすぐにクダギツネの神霊の方に目をやった。
「まだ衰弱したままで、僕の方が早かったね……。せっかくいったん意識が戻ったけど……もう次は戻らないよ」
 クダギツネの神霊は珠洲に向かって言った。そしてまた自分の右手を白く光らせた。
「え……、あ……。確か耐ちゃんはまだ……、あれ、あ、全滅……? みんなも……それから私も消える……」
 それを目にした珠洲は目に涙を浮かべながら、残念そうに軽く目を閉じた。
バン!
 その直後に破裂音がした。
「え……?」
「迎撃?」
 珠洲とクダギツネの神霊、二人の間の空中の一点から薄緑色の煙がなびいていた。
「あ……!」
 珠洲はその煙がなびく方の逆にどうしか頭を向けた。そこにすでに立っていて、光筒を胸の前程度まで持ち上げていた耐がいた。
「耐ちゃん……」
「ふふ……、治癒が終わった直後だったよ、雲雀ちゃんがそれをやめたの」
「よかった……」
 耐の説明を聞いて、まだ負傷したままの珠洲は安堵した。
「うっ……いけない……」
 一方耐を見てクダギツネの神霊は狼狽えた。
「で、クダギツ……わっ?」
 耐はクダギツネの神霊に注目しようと一足前に出そうとして、そこにあった小石に躓きよろけ、手から光筒を落とした。彼女は慌ててしゃがみ、それを拾い、再び立ち上がろうとした。
「止まってっ」
 そのときクダギツネの神霊が声を出した。
「あ……」
 耐がそのまま顔を上げると、クダギツネの神霊は、既に右手を白く光らせながら挙げていた。
「形勢逆転だよ。怖いだろうけど、僕も神幹じゃないと間に合わないから」
「ひ、い、嫌……」
 クダギツネの神霊は耐に注目しながら言い放った。今度は耐が少し涙を溜め、その表情が蒼くなった。
「捕捉できた……それなら……霊力が少ない神能でも……」
 一方クダギツネの神霊は引き続き耐を凝視しながらも呟いた。それに続いて、右手の上に、直径三十センチ程度の薄い黄色のボールが形成されていった。しかしそのボールは途中から形成されなくなり、横から見て三日月程度の物体になった。
「月……?」
「そう……。陰暦七月は孟秋、八月は仲秋、九月は季秋……、このうち八月の十五夜、中国の仲秋節の影響を受けて、観月することが貴賤を問わず為されてる……。そこでは注目されるのは満月なんだけど、その一方、月は毎日形を変えることも神聖視されてる……、三日月はその象徴的な存在だからね……今の時期でこれなら、少ない霊力でも十分……っ!」
 そこまで言うと同時に、クダギツネの神霊は右手をさっと前に出した。するとその上に浮かんでいた三日月形の光玉は一気に耐の方に飛翔した。
「わっ」
 耐は目を瞑り、涙を散らしつつ体を反らした。すると何の衝撃も起きなかった。耐はあらためて恐る恐る目を開けた。
「え……? 避けられた……?」
 耐は自分がその小さな三日月の玉に当たることなく、避けたことに気づき、奇妙に思った。
「ふふ、これ、おそらく時速百キロもないくらい……神幹とは違って、確かにそれは人間の視力で逃げることもできるとは思うんだけど……えい」
 クダギツネの神霊は再び右手を上げた。するとその上空に、同じような三日月状の光弾が、およそ二,三〇個程度一気に出現した。
「あ……ひ……」
 それを目にした耐は再び慄いた。
「行けっ!」
 クダギツネの神霊は右手を軽く前に出した。
「あ……嫌……」
 耐の拒みも通じず、クダギツネの神霊が数多く出現させた月明かりの光弾は、一気に彼女の方に飛来した。
「あっ……あ、だめっ、あっ、ああっ」
 それらが目に見える程度の速さであったため、耐は慌ててそれらを必死にかわした。
「ふーん、見事だね」
 それらの全てをかわした耐を見て、クダギツネの神霊は感心しながら、続いてまた同じくらいの光弾を生み出した。
「でも……だんだん疲れているみたいだけど」
「ハァ……ハァ……え、えっ、ひっ」
 次の群を目の当たりにした耐はまた怯んだ。
「ええいっ」
 クダギツネの神霊はまたそれらを耐に向けて放った。
「ひいっ、ああっ、ちょっ、大きい、あっ、待って、嫌っ……あふ……ハァ……ハァ……」
「運動が得意な子なのかな、なかなか当たらない……でも……さらに疲れてきてるよね……これに当たるまで……っ!」
 少しの間を開けて、クダギツネの神霊は第三群を放った。
「ハァ……ハァ……ハァ……ふえっ……あ……ああ……あれ、無理……当たる……」
 次第に疲労しながらたくさんの光弾を避けていた耐は、それらのうちの一つが自分の正面に突入して来ていて、それを避けられないことを悟り、うつろな目になった。
――バン!
 それとほぼ同時に破裂音がした。
「え……」
 耐があらためて前を見ると、空中から煙が立ち上っていた。
「へっ?」
 また誰かの気配がして、クダギツネより右の方に目をやると、そこで先ほどの着物の少女が右腕を前に出して居た。
「――」
 耐はその少女に、警戒を緩めないまま注目した。
「え……」
 一方クダギツネの神霊もその子に再び注目した。一方その子はそれらを意に介さず、耐の方へ歩み寄った。
「っ……」
 耐は反射的に身構え、拾った光筒を自然に胸の前まで持ち上げた。



「あ……安心して……、私も証拠は何もないんだけど……被惑じゃないから……」
「え」
 その少女が穏やかに言うのを聞いて、耐は身構えを緩めた。
「私はこの多摩地域、雨の日にできる水たまりの神霊だよ」
「水たま……え、えっ? それにも神霊さんが宿るの?」
 耐はその少女の名乗りを聞いて驚かされた。
「うん、地名などが関わるとよりそういう傾向が強まるよ。ここ多摩市は東京中部だけど、西部の奥多摩のさらに西には丹波山峠があるから、その連想で『タマ』は『タンバ』が変化したものというのが一番有名なんだけど……、多摩川や人工の奥多摩湖など、関東屈指の肥沃な土地で、すぐに貯水ができ、水たまりもすぐにできることからその『タマリ』に由来したものとも言われてるんだ……私はその神霊だよ」
「へえ……」
 耐は水たまりの神霊の口上を感心して聞いた。
「うん……だからね……、同郷の神霊が末鏡の影響を受けているのはちょっと見ていられないよ」
 そこまで言って水たまりの神霊は、クダギツネの神霊をきっと注視した。
「え、あっ……」
 突然の水たまりの神霊の登場で驚かされていたクダギツネの神霊はその視線に気づき慌てた。
「しまっ……!」
「――」
 一方そのまま水たまりの神霊は右腕を伸ばした。その手の中で神幹の弾が生成された。
「天路さん、すぐに終わらせるねっ」
「う、うんっ」
 水たまりの神霊は自然に一歩前に出ながら耐に告げ、耐もそれに応えた。
――ヒュン。
「へ……?」
 その直後に、先ほどまで自分のいた、背中のすぐ後ろを神幹の弾線が通過した。それに気づいた水たまりの神霊も、そして耐もまた驚かされた。
「手を降ろせ、水たま!」
 その後に、クダギツネの神幹に撃たれていた粥かき棒の神霊の声が響き渡った。
「――」
 耐が恐る恐るその方を向くと、傷口の塞がった粥かき棒の神霊が神幹を右手にしながら水たまりの神霊を注視していた。
「あ……」
「ひっ……もうちょっとだったのに……」
 水たまりの神霊と耐は二人してまた慄いた。
「宝塚さん……! そういえば移板……、……だめですか……」
 司、正らの倒れていた、離れたところから様子を窺っていた新蘭は情勢の悪化を見て、胸元の移板をチラ見したが、その能源はまだ不足しており、彼女は悔しがった。
「疲労も大きいが……神幹でいくしかあるまい!」
「や、やだ……」
 粥かき棒の神霊は耐と目を合わせた。そのため耐はさらに蒼褪めた。
――バン!
「ああうっ!」
 そのとき爆発音とともに、粥かき棒の神霊は悲鳴を上げながら、若干の濃紫色の煙に包まれ倒れた。ただ霧の量自体は彼を覆い隠すほどではなかった。
「えっ……?」
「なんで……」
 その光景を見た水たまりの神霊と耐は驚かされた。
「ほーたえっ?」
 さらに続けて、耐からやや離れた後ろから唯の声がした。
「へ?」
 それを聞いた耐は驚いたまま少し頬を赤らめた。
「大丈夫……? クラス委員のお仕事終わったよ」
 その後、唯と共に現れていた弘明の声もした。二人は耐に声をかけながら、耐と水たまりの神霊の方に歩み寄った。
「う、うん……、私はなんとか……でもみんな今は戦えないよ……」
 耐は歓喜も悲しみも入った複雑な表情を浮かべた。
「ほんとだ……酷い……」
 唯は倒れていたほかの子どもたちや正を見て呟いた。
「待って……、さっきの被惑さんの傷がまだ浅かったんだ」
 弘明が唯に呼びかけた。
「えっ、そうなの……?」
 唯はそう言いながら弘明と共に粥かき棒の神霊の方を向いた。
「く……もう少し……んあっ、く、気付かれた?」
 霧を少しずつ右肩の傷口から吸収しながら横たわっていた粥かき棒の神霊は、その二人と目が合い焦った。
「神幹で狙いますっ、これなら一撃です」
 水たまりの神霊も粥かき棒の神霊を見、右手を上げた。
「は、だ、だめだよっ、水たま……っ」
 それを見た粥かき棒の神霊はさらに憔悴した。
――バン!
「ぎゃあああっ」
 しかし悲鳴を上げ倒れたのは水たまりの神霊の方だった。
「え」
「えっ、水たまさんっ?」
 それを見た弘明、耐らはまた驚かされた。濃い紫の霧は右の太腿から出ていた。但しそれはじわじわと少しずつだった。
「く……ふ……、噴出を抑えるので私は大丈夫です……それよりこれを撃った神霊に注意してください……」
 水たまりの神霊は横たわったまま声を絞り出して耐たちに告げた。彼女たちはそれは聞き取れたものの、突然水たまりの神霊が神幹に撃たれたことで慌て、うまく返事ができなかった。
「僕だよ、それ……。さっきのは迎撃されただけだったしさ」
「……っ!」
 そのとき、今度は別の方からクダギツネの声がして、唯たちはさらに強張り、また焦った。
「クダギツネ……、ううん……、これほど僕たちが余裕なんだったら!」
 一方クダギツネの無事を認めた粥かき棒の神霊は、まだ右肩に少し霧があるものの立ち上がり、さっと右手を上げた。
「えっ……」
 耐たちが引き続き狼狽する中、粥かき棒の神霊の前の左右に、高さ2メートル程度の木製の幹が出現した。その幹の上三分の一程度には切れ目があり、やや左右に割れていた。
「木の幹……?」
「そう、さっきと同じヌルデだよ……実際は高さ五〇センチくらいの棒だけどね……。粥かきのときに使ったこれを、田植えのときに田の水口に立て、水が豊富であるようにと祈念の対象にするんだよ。ちょっと多いけど、こんな感じかな?」
「あ、危ないっ!」
「わっ」
 弘明が言うや否や、その二本の巨大なヌルデの棒の間から、縦横各二メートル程度で、ところてんの形状になった水が一気に噴き出し、三人の方に襲いかかった。それを三人はどうにかかわした。
「あの大きさだと当たったら泳がないとマズいよ……」
「うん……。粥かきさん当人は……。え、ああっ!」
 唯の声を聞きながら弘明は粥かき棒の神霊の方に目を向け、光筒を持ち上げようとしたが、右から再び、ところてん状の巨大な水流が来ることに気づき、それを避けた。
「僕に注目はさせないよっ」
 その様子を見た粥かき棒の神霊が告げた。
「うっ……」
 弘明は少しよろけながら悔しがった。
「弘くん、もう一本っ!」
 そのとき耐の叫ぶ声がした。
「え……?」
 弘明がいったんは怯えている唯の方へ、そして彼女の視線の方へと目をやると、先ほどとは別の筒状の水流が自分の方に向かっていた。
「わっ」
 弘明は少し涙を飛ばしながらそれをすっと避けた。
「ハァ……ハァ……、……ふふっ」
 弘明は口で息をしながら周囲を見た。そこで唯が目に涙を溜めながら自分を見ているのと目が合い、彼女に軽く笑って見せた。
「わ……」
 それを見た唯もほっと笑顔になった。
「えへ……、え……?」
 一方弘明の唯を見る笑顔から、一気に血の気が引いた。
「へ……?」
 それを見た唯も驚き、はっとして少し後ろに目をやり、瞳孔が縮んだ。筒状の水流が正面からすぐそこまで近づいてきていた。
 逃げようとして少し動いたため、唯の全身がその水流に包まれていたのは一〇秒あるかないか程度だった。しかしそれがひいたときに、彼女は地面に倒れ、そのままで居た。
「え、ゆ……、あ……」
 弘明もそれを見て慌てた。そのため、自分にも近づいてきていた別の水流に、先ほどより遅れて気づき、その顔が強張った。
「ひ……! へ」
 耐もそれに気づき、再び弘明の名前を呼ぼうとした。しかし間に合わず、唯と同じく水流から少し離れたものの、同じくらいの間その中に飲まれた弘明も、それが引いたとき地面に伏せたままになった。
「え……ふえっ……」
 二人の様子を見た耐はその光景に慄いた。
「仕方ないなぁ……、疲れるし、途切れ途切れになるかな」
 一方粥かき棒の神霊が不敵な笑みで呟いた。
「途切れ途切れ……? ……へ?」
 それを耳にした耐は訝しがりながら、巨大な水流の筒を見てさらに慄いた。その水流は引き続き、宙を飛ぶ一本の巨大な水流として繋がった動きを続けたものの、二、三〇メートルごとに、それと同じ程度水のない部分が出来始め、やがて水の有無が概ね交互になった。
「ちゃんと繋がらなくなったけど……なるべく君に向けるからね! 最後の天路の子っ!」
 粥かき棒の神霊が耐に向かって叫んだ。
「え……あっ!」
 耐は少し粥かき棒の神霊の言葉を気にしつつ引き続きその筒状の巨大な水流の群を見、慌てた。
「……、んんんんっ!」
 筒状の水流の一本が一気に自分の全身を包んだ。耐はその中でもがいた。そのすぐ後に彼女を包んでいた水が引いた。
「……っ。……ハァ……ハァ……」
 びしょ濡れの耐はよろけながら着地し、俯きながら呼吸した。
「……! また……っ」
 そして慌てて再び顔を上げた。するとすぐに次の巨大な筒状の水が自分の眼前に迫っていた。耐は蒼褪め、また息を止めた。その直後に彼女の全身はまた巨大なチューブ状の水流の『水のある部分』に包まれた。
「んんんん……んん……っ」
 それは十秒ほどの短い時間で終わり、水流はまた途切れた。
「あふ……ハァ……、ハァ……、ハァ……」
 耐は再び、ずぶ濡れのままよろめきながら着地し、呼吸した。それは前回の途切れのときよりも激しくなっていた。
「ハァ……ハァ……。……えっ……、……っ」
 息をしながら耐は少し顔を上げた。すると次の水流がまたすぐ近くまで飛来して来ていたのが目に入り、耐は慌ててまた息を止めた。
「――、んんっ……、んんん……っ」
 またそれは十秒程度で彼女の体から離れた。
「あ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
 先ほどより激しくよろめいたものの、今度も耐は地面に着き、さらに激しく呼吸した。
「いつまでもつのかな」
 それを見ていた粥かき棒の神霊が罵倒を浴びせた。
「ひっ……う……ぐ……っ!」
 耐はその声を聞いて蒼褪めつつ、また近づいてきた水流に気づいて息を止めた。
「んんっ……んんんん……、――」
 そしてその中でまた息を吐いた。
「ハッ、ああっ! っ……、ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……っ」
 耐は今度は水流が全身から離れたとき、地面の着地に失敗しうつ伏せに倒れた。その間も彼女は必死で呼吸した。
「こ、このままでは……。移板は……。……」
 耐が転倒したのを見て新蘭はさらに狼狽え、すがるように移板の能源量を見、そして黙った。
「ハァ……ハァ…ハァ……、……あ……早っ……」
 程なくして臥せたまま顔を上げたとき、次の水流はすぐそこまで来ていた。
「――、んんんっ、んん……っ」
 耐は次の水流に全身を包まれながらまた息を吐いた。そしてそのまま目を大きく見開き、水流の外で、先ほどクダギツネの神幹から助け、地面に臥せっていた珠洲の姿を認めた。
(珠洲ちゃん……ごめんね、これ間に合わないよね。さっき、私が助けられたの、嬉しいよ……)
 耐はそう心の中で思い、水流の中で目を閉じた。
 
 その直後に、耐を包んでいた巨大な筒状の水流の全部が白い光に包まれた。水流のうち、発行したのは耐を包んだ分だけだった。その一方で、臥せっていた珠洲たち他の天路の従者七名、水たまりの神霊、及び新蘭と、全部で六名ほどの少年たちも一気に白い光に包まれた。そしてその白い光は続いてすぐに、それを包んでいたものごとその場から消えた。
 さらにその直後、多摩市中沢池公園とは全く異なった、とある鬱蒼とした木々の中に設けられた、小さな一車線の車道上に、そのアスファルトの全部分を埋めるようにやや細長い白い半球体の白い光、そしてその中からトラック一台分程度の大量の水が一気に流れ出た。
「けほっ、へふっ、けほけほっ」 
続いてその白い光の中から、びしょ濡れで四つん這いになって下を向いたまま激しく咽ていた耐の姿が見えた。

 一方その頃、すぐ直前まで彼らのいた中沢池公園では、取り残された粥かき棒の神霊とクダギツネの神霊とが目を丸くしていた。
「ふえ……? あれ、技が……」
「……全員いなくなっちゃった?」
 やがて徐に二人は思いを声にした。
「鬼玉ごと?」
「……そうみたい……」
 そして少年たちも合わせていなくなっていることにも気づき、次第に怪訝な表情になった。一方そんな二人の背後の、背丈よりさらに少し上空に、黒い霧がなびき始め、それはすぐに奥が見えないほどになった。
「惜しいが……。うまくいっていないのだな……末鏡に惑わされし神霊共」
 その霧の中から低い男性の声がした。
「!」
「何奴……!」
 それを聞いた二人は慌てて振り向いた。
「畏れているのか……案ずるな。我はこの坂東の地で末鏡の意思と一体となった者……道玄坂の崇徳院である」
「なっ、一体化……」
「崇徳院様……、さすがにございます」
 その口上を聞いた二人は恐縮した。
「とはいえ……坂東渋谷、道玄坂の地に、堀川今出川同様、あなた様を鎮める白峯の社があったとは……」
 その上で粥かき棒の神霊が感嘆した。
「いや、そこに社はない」
「へ……?」
 崇徳院の言葉に、二人の神霊は驚かされた。
「今出川の白峯は確かに我を鎮めようとする大社であるが……、我はそこを捨て、社無しとなり、我の本意をより叶えやすい地を求め、坂東道玄坂に自主鎮座したものだ……、その動きに続いて、末鏡の発動が始まった。我はこれを深く喜び、それに我が意思を委ねたのだ」
「な、なんと……」
「我らそれを窺い、恐れながら同じ喜びに接しております」
 二人の神霊は先ほどよりさらに恐縮した。 
「うむ……末鏡の意図は我/我々と同じことなのでな。なお、連中が先ほど用いたのは天路の巫女の手による移板だろう。あれほどの数を一度になら」
「え……それでは、我々は鬼玉はもう手に入らないのでしょうか」
「問題ではない。あの技は短時間に何度も使えない。挙句に瞬間の移動とはいえ、通った跡の霊気も残ったままだ」
 道玄坂崇徳院が続けた。
「た、確かに……。それでは……」
「これをつけていけば……」
 それを聞いた二人の神霊はまたほくそ笑んだ。

「ほ、宝塚さん、大丈夫ですか……」
 一方山中の小道で四つん這いになって咽ていた耐に、新蘭が慌てて駆け寄った。
「けほ……けほ……っ……ハァハァ……、だ、大丈夫です、移板間に合ったんですね」
「あ、はい、そのようで……」
 耐は目に涙を溜めながら顔を上げ新蘭を仰ぎ見た。新蘭も彼女の声を聞いて同じように涙目になった。
「立てますか……?」
 新蘭が不安げに聞いた。
「はい、無傷なので……あっ、珠洲ちゃんたちは……!」
「一緒にジャンプしています……」
「よかった……」
 新蘭の言葉に耐は安堵し、自分の光筒をチラ見した。
「被撃は酷かったけど……光筒は長い……? あ……そっか、私前回岩手の平泉で筒爪貰ってたから……、これならみんなの治癒……っ」
 そう呟き、すぐに、一番傷の程度が酷いと思われた、倒れたままの珠洲の傍らに行き、無言のままさっと光筒の薄緑の治癒の光を上半身を中心に浴びせ始めた。
「う……うえっ……」
 すると僅かの時間の後、珠洲はそれに反応した声を漏らした。
「珠洲ちゃん……?」
「えっ……。あ……耐ちゃん……、ありがと……治癒……だよね……」
「う、うん……そうなので……でももうちょっとだけ待って、まだ……」
「うん……」
 泣きかけの耐の表情に対して、それを目にした珠洲は礼を述べ、穏やかに返事をした。
「――っ。くっ……」
「お、おい、お前、震えてるぞ、大丈夫なのか?」
 一方、少年たちのうち、脅迫に加わっていながらも、考え事を同時にしていた四人のうちの一人が肩を震わせていた。その様子を見た周囲の他の少年たちはそれを不思議に思った。
「あの」
「お、おい、待てよ」
 そしてその少年は、他の少年が止めるのも気にせず、移板によるジャンプの関係で近くに居た新蘭に声を掛けた。
「え……?」
 新蘭はそれに反応して彼の方を向いた。
「こんな酷い騒動……、どうして……」
「それは……。ストレートに言ってしまいますが、原因はあなたたちです」
 新蘭は淡々と告げた。
「う……はい、そんな気はしてたんだ……」
 それを聞いたその少年は項垂れ、さらに肩を震わせた。
「ふぅ……」
 一方同じ頃、耐の光筒による治癒を受けていた珠洲が軽く深呼吸をした。
「あっ、珠洲ちゃん大丈夫……? 痛むの……?」
「え、違うよ、ちょっと安心して……深呼吸しただけで……」
「あは、そっか、よかった……」
 続けてまた穏やかな珠洲の声を聞き、耐もまた安堵した。
「それで、被惑の到着からは間に合ったのかな?」
「――」
「!」
 そのとき粥かき棒の神霊の声が二人の耳に入った。それを聞いて二人とも瞳孔が小さくなった。
「次の移板までは待たないからねっ」
 続けてクダギツネの神霊の声もした。
「ひっ……」
 耐は体を反らし、その二人が小道の下の方にいるのを認めあらためて蒼褪めた。
(そういえば今回神霊さんみんな社無しさんだ……、移板が自然に霊力の誘導を受け……てない可能性もこれまで以上……)
 耐は移板の効力のことにも気付いたものの、それと合わせて今回の神霊たちの構成にも気付いた。怯えたその表情が変わることはなかった。
「あ……ああ……」
 続いて耐は、自分に向かって声を掛けてから、坂道をゆっくり登ってくる二人の神霊を見てさらに目に涙を溜めた。
――ポトン。
「……?」
 そのとき、その二人の足元に一本の木の枝が落ちてきた。二人はそれを見て歩みを止めた。
「な」
「お前、何を」
「何もおかしくないだろう……? 君たちより、絶対。神霊様方! お引きください、どうかお鎮まりください!」
 粥かき棒の神霊があらためて前を見ると、新蘭の傍で、彼女と会話をしていた少年が、何本かの木の枝を手にしながら、また、他の少年たちが驚くのも気にせずに、自分たちに向かって呼びかけをしていた。
「天路の従者共への時間稼ぎのつもりか……、甘いよ、先に君からだね!」
「……ひっ!」
 粥かき棒の神霊がその少年に向かって告げた。それを聞いた彼の顔も蒼褪めた。
「待って、先こっちに……!」
 その様子を見た耐はとっさに叫んだ。
「――っ」
 しかし粥かき棒の神霊はそのままさっと右手を上げた。その手全体にすぐに白い光が生成された。
「粥かき棒、待ちなさい――」
「は……ぎゃああっ!」
 その直後、彼の後ろから女性の声がした。さらにその直後に、後部から飛来した神幹が、その声に驚いてやや揺れた右胸を貫通し、粥かき棒の神霊は前のめりに倒れた。またその体は徐々に濃紫の霧に包まれた。
「へ……?」
「な……何者……?」
 耐も、粥かき棒の神霊の傍にいたクダギツネの神霊も驚き、粥かき棒の神霊の後方を見た。そこに薄茶がかった白色の頭巾を被り、黒の法衣を纏った、若くも見えるものの落ち着いた雰囲気も漂わせていた尼がいた。
「ふふっ」
 その尼は軽く笑い、そしてすぐに自身を白い光で覆い隠した。
「えっ……わっ、あ、あのっ」
 そしてその次の瞬間には、耐の隣に瞬間移動してきていた。それを見た耐は慌てた。
「大丈夫ですよ。証拠はないかもしれませんが、私は被惑ではないです」
「あの、あなたは……」
「高尾山薬王院と申します、高尾薬師とも……、八王子市に在ります……」
 その尼は高尾薬師の神霊と名乗り会釈した。
「え、ここ、山の中……」
「はは、わかりにくいですが、この小道のすぐ上に、私の仁王門とその前の広場がございますよ」
 高尾薬師の神霊は苦笑した。
「そ、そうなのですか」
「はい、行基様以来の古刹でございます。平安期より信濃の飯綱様も混淆してお祀りしております。近世より、私高尾薬師は、成田不動、川崎大師とともに関東三山として知られております……、これを束ねるは、桃山期の豊国神社、明治館や平成館を擁する京博に隣接する、東山七条、真言宗智山派智積院です。真言各派の中でも信者は多いのですが、言わば烏合の衆とか、アジアの中の日本に対し中国とか、そうなっていないかが我ながら気がかり……、初詣の人数が多いことは悪いことばかりではないですが、静謐な元旦の智積院や、その利休好みの庭に赴けば、やはり気になるところで……」
 高尾薬師の神霊は耐に照れ笑いをしながら告げた。
「お、おい……大丈夫か」
 一方クダギツネの神霊は、濃紫の霧で、横たわった身体が見え隠れしていた粥かき棒の神霊に聞いた。
「く……。うん……なんとか……」
 粥かき棒の神霊はそれに答えながらゆっくりと立ち上がった。また、霧は次第に薄れていった。
「ん……?」
「えっ……」
 その一方、その二人の様子を高尾薬師もちらりと見た。耐も彼女に続いてその様子を見、表情が強張った。
「私一人ではまだまだ……光筒の増幅の現象をお借りできないでしょうか」
「あ……はいっ、大丈夫ですよっ」
 高尾薬師の言葉に耐は慌てながらもなるべくはっきりと答えた。
「わかりました、では……」
「はい……っ」
 それを聞いた高尾薬師の神霊は右手を上げ、その手のひらの周囲を白く光らせ始めた。また耐も少し光筒を持つ手を自然に上げ、二人の被惑の神霊にまとめて注目した。
「あっ……!」
「やばっ……」
 一方その二人を目にした、粥かき棒、クダギツネ両神霊も慌て、それぞれ右手を上げようとした。
(落ち着いて……願おう……、撃ってっ……!)
 耐はその動きを見つつも引き続き注目することに集中し、そして撃つよう願った。
――ヒュン、ヒュン。
「あああっ!」
「ぎゃあっ!」
 その次の瞬間、薄緑、白、二本の弾線が、粥かき棒、クダギツネ両神霊の上半身を貫通し、二人は雄叫びを上げた。
それらの身体はすぐに濃紫色の霧に包まれた。近い時間での二つの着弾による増幅のためか、その霧は今度は多く、二人の身体を覆い隠した。
「――」
 耐は引き続き緊張し、光筒を持つ手を上げながら、その光景に注目した。
 霧は徐々に晴れてきた。神幹が飛んでくることもなく、またそこに、先ほどまで居た粥かき棒、クダギツネの両神霊の姿はなかった。
「やった……?」
「はい、そのようです……、二人の神霊は……還幽(かんゆう)……、幽世に還っています」
 新蘭も耐と同じように恐る恐る言った。
「え……あは……」
 それを聞いた耐の肩の力が抜け、自然に少し笑い声が出た。
「……」
 その表情を見た新蘭も軽く笑みを浮かべた。
「……、……あっ、珠洲ちゃん、みんな……っ!」
 耐はその後今度は慌てて他の子どもたちのことを思い出し、同じ移板の球体の中だった、少し離れたところで倒れていた彼らのところに進んだ。
「あ、あの……」
「?」
 一方、新蘭の傍にいた、耐に加勢しようとした少年が、俯きながら新蘭に声を掛けた。
「この騒動の原因は……やっぱり僕たちが……」
「あ……その通りです。より具体的には、悪いとも思わずに主導していた者からで、悪いと知っていながら渋々従っていたあなたは違うのですが」
「い、いえ……それでも僕の無関心の罪は重い気がして……何か、皆さんにできることはないでしょうか」
「え、それでしたら……。宝塚さん……! 筒爪です……!」
 新蘭は耐に向かって少し声を出して呼びかけた。
「耐ちゃん……呼ばれてるよ……」
「え、うん……。行ってくる……もう少しだけ待ってね……」
 それを聞き、耐に治癒されていた珠洲が穏やかに彼女に言った。それを見た耐は申し訳なさそうに珠洲に言葉を返した。
「うん」
 珠洲はそれを見てまた笑顔で返事をした。それを見た耐も、新蘭の方に進んだ。
「筒爪ですね……」
「はい、この方から……」
 そこで耐は新蘭から、その少年をあらためて紹介された。
 そしてその数分後、耐の両手、さらにそれを覆った少年の両手に包まれた、彼女の光筒の柄は薄い緑色に光りながら数センチほど伸びた。
「え、えっ」
「あ、ありがとうございます」
 それを見た耐は彼に礼を述べた。
「ど、どういたしまして……、でも……僕は微力です……」
 少年は返事をしつつも項垂れた。
「ええと、せっかくですので……別の時間軸の、2002年の関東のことも、彼にお伝えしてもいいでしょうか」
「え、あ、はい、大丈夫ですよ」
 新蘭の提案に、耐ははにかみながら同意した。
「それでは……これなのですが……」
「あれ、DVDじゃなくて、ゴーグルですね」
 この提案をするときの道具がいつものDVDではなく、ゴーグルで、耐はそれを興味深そうに見つめた。
「はい……他にお見せするものがあるわけでもないので、専用の眼鏡の形状です。詳しくは後でお話しますが、ひとまずこれで見られる世界の映像を見てもらえませんか」
 新蘭がそれを聞いて、まず耐に、続いてその少年に言った。
「わ、わかりました……」
 少年は恐る恐るゴーグルを受け取り、耳にかけた。
「少し再生している間……まだ私たちも居ましょう」
「はい……そうですね……、あ、でも……、みんなの治癒をしながら……」
 新蘭の続く提案に頷きつつも、耐は他の子どもたちのことを気にかけた。

 やがて子どもたちのうち、耐の他、珠洲、美濃、司ら、また水たまりの神霊も回復した。雲雀も回復し、弘明と唯の治癒に当たっていた。それ以外の子どもたちは、ゴーグルに映る光景を見ていた少年の傍に徐に集まっていた。
「あ、ああ……」
 そのとき、ゴーグルをかけていた少年が声を漏らした。
「え……?」
 耐は彼の様子を不思議そうに見た。一方彼はすっとゴーグルを外し、その手を下げた。
「途中なんだけど……」
「はい……?」
 少年の言葉を聞いて耐は引き続ききょとんとした。ゴーグルの映像はまだ続いていた模様だった。
「渋々加担してた、中間にいた僕は告白をしないと……」
「はい」
 今度は少年の言葉に対し、耐ははにかみながら返事をした。
「ゴーグルを少し見て……。正直さがないがしろにされやすいのは、嘘つきを含めて、もはやみんな孤独だからなんだろうね……」
 少年は穏やかに、かつしっかりとした口調で言った。
「うん……」
 耐もそれに相槌を打った。
「結局それを具体的に救済するには、統制経済――、少しだけ、買い物にかかる時間の長さも我慢しないといけないだろうし、それはまるで環境保護のような当たり前のことだったんだ。消費アクセスの削減によるワープア解消、専業主士の拡大、結婚式が夢の男女の残存ワープア推奨、複世帯推奨……、勝負の組なんかで分けられない、全員全滅か、全員残存かを分ける四つの旗なんだ、それは……。それだけじゃない……、狭義の虐待が過った心理から出るように、業務指導も過った心理から出る、つまり『被害』が発生する、主に頻度で現れる、虐待のゾーンを発見しなくちゃ……。短絡的な泥仕合じゃなくて……、気弱でも、深く考えられるからこそ、僕たちがやらないといけない社保のサステナという『具体』が見えたんだ。だからもう、弱い僕は、さらに弱い者を叩き、さらに苦悩する必要はなくなった。弱いままで構わない。嘲揄も、それに飽きての無関心でもない、今、僕に必要なのは、その活動への共加だ……。ついに再びそう思える時が来たんだ。僕は本来、そんな行為は人一倍したくないって思うタイプだと、かつて自分でも思っていたというのに、ようやくね。世界の人々が苦労して築き上げてきた人権の擁護をキモいだなんて、そんな言葉を正当化して、そんな言葉を用いれば正当化できるだなんて、完全な誤りだった。日本の同調圧力は、あまねく広がっている普遍的なものどころか、微塵も気にかけてはいけない野蛮な風習だった……、そんな言葉で自己正当化を図ろうとしているのは、通常世界や旧日本と違う令和日本蛮族村でしかなかったんだ……」
 少年はそこまで述べたあと、少し俯いた。
「でも……僕の思いは……告白してよかったんだろうか……」
「あっ」
 耐はそれを聞いて声を出した。
「え……」
 それを聞いた少年は再び少し顔を上げ、彼女の方を向いた。
「はいっ、私はよかったと思います、ありがとう……」
 耐ははきはきと答え、はにかみながら礼を述べた。



第一二話 岩手盛岡・サイノ神の石塔、呪歌書の秘文

 九月下旬に入ると、暑さが次第に感じられなくなるのは、ここ岩手県盛岡市も同様だった。
 市内には東北新幹線やJR東北本線の立派な駅があったが、その南東約一キロのところで、雄大な北川は中津川と合流していた。
 その自然の立地を生かして合流地点の河川敷は北上川公園という公園が設けられていた。この公園の東の端に、中津川に架かる御厩(おんまや)橋という、広い車道と歩道の付いた橋があった。その地の利から、この橋の西北詰めにはいくつかマンションやオフィスビルが立ち並んでいた。その会社の岩手営業所の事務所が入る五階建ての薄い茶色のビルもその中のひとつだった。
 大きなフロアで、五つ程度の大型の机が向かい合わせに並んでいて計約一〇個ほどあり、さらにもう一〇個ほどの別の列もあり、合わせて二〇程度は机があった。
 そこでは列ごとに管轄業務が分けられていた関係で、仕事上のやりとりは机の列ごとになされることが多かった。
「おい、君!」
 そこで一人の、ネクタイをした男性の怒号がした。
「え、な、なんですか」
 呼ばれた側の、椅子に座っていた、同じくネクタイをした若い男性が驚いて振り向いた。
「このソフトを操作するときは、aを四回、次にbを二回押して動かせって言っただろ!」
 立ちながらその男性はなおも怒鳴り続けた。
「は、はい、すみません……」
 当然ながらそのような言われ方をした方は、いたたまれなくなる感覚をその際に受け、そしてまた委縮した。
「まったく、お前に限ってこんなことばかりだ! だいたいお前が泣き虫だからだな! そんなものは叩き直してやる! それこそが令和の正義なのだ!」
 立っている男性はさらに言い放った。
(え……あ、あれってあの操作のときの話か……、あれって、abとにかく六回押したらなんでもいいはずで、あれはただのアドバイスのはずで、二人ともそれは知っているはずなんだが……。彼はなんであんなに怒っているんだろうか? 仕事熱心? いやあれは……ああいう身の守り方、自分の誇示の仕方があんなのってことじゃないのか? 班長は……ん? 手の打ちようがない、といった顔をしてるなぁ……。でもあんな言い方、その時点でいたたまれなくなるはずだ。そしてあの内容だと、全く言わなくてもいい、本来はアドバイスのはずのことだから、一日に何件も言おうと思えば言える……、そんな空間では、たとえ周囲に人間がいても孤独で、居たいと思わなくなってしまうのではないか。班長も、俺も、普通はあんなことはしない、しかしあいつ一人がそういう振る舞いをするだけで、彼はその頻度を喰らってしまう。これはあいつが大きな過ちじゃないか……?)
 一方、叱られていた隣の机で作業をしていた別の同い年くらいの男性が、その光景を見て、思案させられた。
(これは何かに似ている……パワハラ……とは違うな、そんなものは逆指摘されるから、狡猾なんだからしない……、そっか、虐待だ。一つ一つは叱りに見えるからわからないけど、不自然に頻度が多くて、例えば叩きだったらあざができたり、食事制限だったら抜きすぎで栄養失調になる。そしてどちらも『しつけ』を口にするが、後者は歪んだ気持からできた行為だ……。だが……叱られた本人すらあの操作は熟知している、班長だってそうだ……、なのに、上下関係が影響して、マニュアルの範囲を越えた、アドバイスの部分での押し付けにさえ、逆に指摘ができない……。これはパワハラじゃない、虐待だから、一人容認しただけで全体が真っ暗になったが、パワハラの範囲にないから誰も注意ができないのだ! 虐待と同じシステムがなければ、狡猾な、とにかく悪いことをしたいあんな一部が、パワハラではないからって、まるで水を得た魚のように、一日中、どんな、アドバイスの酷い伝え方をして自分の防御の足しにしようかと虎視眈々としているのだ! ん、しかしそれだと……)
 そこまで考量して、その男性は俯いた。
(こんな獣みたいな奴、法的権限がなければ聞かないだろう。そしてこれはパワハラよりさらに先で、そしてそれゆえに酷いことだから、法的権限がない……、法さえ守ればではないはずだが、こいつはまさに誇らしげにいうだろう、『法的権限もないやつが、正しいからっていうことを我々令和の者たちはキモイっていうんだぞ? それこそが、過去1000年は全くそうじゃなかったが、令和だけはそれが正義だ! お前はうるさいだけなんだよ!』と……。ああ、だから班長も諦めているのか……、そして俺も手が出せない……しかしこれは、こいつのせいではっきりいって俺たちの仲間は増えない。泣き虫のものが狙われるって? でも喜怒哀楽と平成までは言われていたから、哀は四つのうちのひとつ、その人でしかすぐにはわからない事跡がある、しかもそれは、三、四分の一というから非常に大きい。彼の視座は仲間になくてはならないもののはず、仲間が保持し続けないといけないもののはずだ! なのに……俺は班長と同じで、法的根拠がないと、こいつに行動を起こせないで……まるでクローンみたいだ……俺はいったい何がしたいんだろうか?)
 その男性は俯きながら考量させられ続けた。
「あーもう! ……あ……ちっ、失礼しました」
 その一方、指導虐待をしていた男性は声を上げ、そしてそれを慌てて周囲に詫びた。しかしそれと同時に、彼の後頭部から、黒の霧、鬼玉が出始めた。
「班長、すみませんけど、ちょっと話をしてきていいですか」
「え、あ、ああ……」
 続けて彼は、フロアの端で直角に置かれていた机に座っていた、班長の男性に、外出の許可をもらった。
「よし……、お前、ちょっと来い、説教だが……、ああ、そうだ、お前もついてこい」
「え……はい……」
「へ……? わかりました……」
 指導虐待をしていた男性は、その被害者だけでなく、思案をしていた男性をも呼んだ。
 そして三名はオフィスビルを出て、橋の下の歩道に出た。
「まったく気分が悪い……、そうだな、川でも見るか。公園までついてこい」
「は、はい……」
 加害者の男性を先頭に、彼らは河川敷の公園にやってきた。
「そもそもな、お前の泣き虫病なんてものはなぁ!」
 そこに入るなり、加害者の男性が怒鳴った。
「ひっ」
 それを聞いた被害者の男性は怯んだ。
「見つけたぞ……お前だな!」
「ん……?」
 そのとき、別の若い女性の声がした。加害者の男性が振り返ると、そこにいつの間にか、一人の朽葉色の小袖を着た若い女性がいた。
「え? お姉さん、なんですk……ぐああ!」
 加害者の男性が尋ねる間もなく、彼女は片腕で彼の首を掴んで体ごと持ち上げた。
「ひいい?」
「ええ? そんな力が……」
 ついてきた二人の男性も、それを見て慄いた。
――すぅ……、すぅ……。
「ぎゃあああ! ああああ!」
 女性は戸惑うことなく、彼が出していた鬼玉を吸い始めた。その度に男性には苦痛が走っているようで、彼は悲鳴を上げた。

 それより少し前、京都市下京区、そこそこの広さのある修徳(しゅうとく)公園で、珠洲、美濃、耐、司、雲雀の五名に加え、正もそこにいた。今日は彼らにしてはとても珍しく、男女で分かれて、美濃、司、正と、珠洲、耐、雲雀の三人同士は少し離れたところにいた。
 そのうち男子グループは、公園内にある巨石の辺りにいた。その巨石を美濃と司が背に、正がその反対側に、それぞれ数メートル程度離れて、サッカーボールの小規模なパス回しに興じていた。
「えっと、えい」
 美濃の蹴ったボールはちょうど司の正面に来た。
「わ、わっ」
 司は少し慌てながらもそれを右足で止め、そして正の方へ蹴った。
「わっ」
 それは正よりやや右側に向かったため、正は少し移動してそれを止めた。
「わ、ごめんね……」
「どんまいやよ。ようあるってこんなん」
 そう言いながら正は美濃に向かって少し強めに蹴った。
「えっ……」
 美濃も少し慌ててそれを止めた。
「そういえば……たあくんは、もっとサッカーやってたの?」
美濃がそこはかとなく聞いた。
「あー、うん、普通くらいかなぁ。やっぱり、楽しいって思うしね。せやけど最近はしてへんねん」
「え……どうして……」
 司が聞いた。
「なかなか大人で集まってやれる場所が減ってしもたから……。せやけどみんなとやと、子どものサポートっていう口実で、こんな近所でもできるんやわ。せやから子どもといっしょにっていうのは、みんなにとっても良いことに違いないとは思うけど、実は僕にとってもラッキーやねんよ。こうやって二人とやるんも、いつものフィールドワークと、おんなじくらいに楽しいねんよ」
「えへ、そうなんだ……」
「なんか、そう言われると嬉しいよ……」
 それを聞いた美濃と司もはにかんだ。そして今度は美濃が司に向かって蹴った。
「わ」
 それはまたややゆっくりと司の前に来た。司はそれをまた右足で止めた。
「美濃くん、うまいこと送るなぁ。そういえばなぁ、昔のスポーツの蹴鞠て、昔のサッカーて言われるけどなぁ、蹴鞠はよく言われてることが一つあるねん」
 正が美濃を褒めながら言った。
「へ?」
「え」
「いかに相手に蹴りやすい鞠を送ってあげられるかも、ポイントの一つやったんよ。仏教が影響してきてたんかもしれへんけど、相手の状態を考えてあげることも大事やったよ」
「そうなんだ……」
 美濃が感心した。
「じゃあ僕もなんとか……!」
 今度は司が正に向かって蹴った。
「あっ」
 それは正の正面に来た。正はそれを右足で止めた。
「ええとこにきたで。司くん、おおきになぁ」
「う、うんっ」
 正は微笑んだ。それを見て司はまたはにかんだ。
「ほな……美濃くん、いくで」
 そう言って正は美濃にまた蹴った。それは司よりも速かったものの、美濃の前に来た。彼はそれを右足で止めた。
「受け止めやすく……、えへ……、たあくんありがとう」
「どういたしまして」
 美濃も正にはにかみながら礼を言い、正はそれを返した。
 一方少し離れたところのスペースでは、珠洲、耐、雲雀の三人が縄跳びに興じていた。
「あんまりうまくいかなくて……えっと…、いーち、にー、さ……わっ」
 耐は数回で躓いた。
「わ、今のなし、もう一回だよっ」
「う、うん」
 それを聞いた雲雀が慌てて頷いた。
「せーのっ、いーち、にー、さーん、よ……」
 今度は耐は順調に跳び始めた。
「お、今度はいい感じだよ」
「うん……」
 それを見た雲雀が褒め、珠洲もそれに頷いた。
「きゅー、じゅー、じゅーいっ……わわっ」
 耐は一〇回ほど跳んだところで躓いた。
「うーん、あんまりうまくできないなぁ」
 耐は照れながら言った。
「次私やってみよ……ほい、いーち、にー、さーんっ……」
 次に雲雀が跳びはじめた。
「じゅーきゅ、にーじゅ、にーいち、にーにー、にーさ……っ、あれ?」
 雲雀は二〇回程度のところで躓いた。
「二〇くらいかぁ……私も多くてもこんなくらいかなぁ」
 雲雀も少し照れながら言った。
「珠洲ちゃん、次、やってみる……?」
 耐が珠洲を促した。
「え……わかった……やってみるね……。……、いーち、にー、さーんっ、しーっ……」
 耐に言われて珠洲も跳びはじめた。
「お、おぉ……」
「すごいよ……」
 そしてそれを見る雲雀と耐は驚いていった。
「よんきゅー、ごーじゅ、ごーいち、ごーにー、ごーさん、ごーよっ……あっ」
 珠洲は五三回まで跳んだ。
「得意な方だよね、珠洲ちゃんって」
「えっ……」
 耐に感心しながら言われて、珠洲は赤面した。
「私も、もうちょっと跳びたいな……、やってみようかな」
 耐は引き続いて、自分の縄を後ろに回した。
「あの、皆さん……」
 そのとき、新蘭の声が後ろからした。
「え」
 耐が振り返るとそこに彼女、それから美濃、司、正の姿もあった。
「あ……今、ちょうど珠洲ちゃんが五三回も跳んだところだよ」
 耐は快活に四人に言った。
「多いね、それって」
 司も感心して言った。
「そういえば以前、途中にならないかと少し慌てながら喫茶店で休憩したけど、ちょうど大丈夫やったね……。今回も、珠洲ちゃんがぎょうさん跳べたあとかぁ……」
 正が不思議そうに言った。
「うん……それから……私たちって、ほぼ毎日、午後はいっしょなんだけど……休日とかで、家で出かける子もときどきいるんだけど……、それのときって被ったことは居間のところないんだよ」
 続いて耐も正に指摘した。
「うん……まだ確実とは言えないですが……天路の本神(ほんしん)も、なるべく皆さんの負担にならないよう、見えないところで助けてくださっているのかもしれないです……」
 新蘭が子供たちに告げた。
「なるほど……」
 それを聞いた司が頷いた。
「そういえば今回はどこへ……?」
「えっと、盛岡です……、また岩手県なのですが」
「わ、またさらに遠くなったね、東北の方……」
 行先が盛岡と聞いて、耐が驚きの声を上げた。
「うん……」
 美濃がそれを聞いて頷いた。
「すみません……」
 新蘭が謝った。
「ふふっ、また、たあくんも、新蘭さんも、こんなにちっちゃい子どもたちを、いっぱい怖がらせちゃうんだね」
 そのとき、珠洲が苦笑いをして言った。
「えっ」
「かっこ悪いって言われるかもしれないけど、怖いのはほんとの気持ちだから……。だからね、どうかそれはよく見ていてくれるとうれしいよ」
 正が驚く中、珠洲は引き続き笑顔で言った。
「うん……そうだね」
 それを見た正も笑顔で答えた。

「あぐっ……うっ……、た、助けてくれっ……」
 その頃盛岡市御厠橋のたもとの下側付近で、小袖の女性に片腕で首を掴まれた男性が、自分が発生させていた鬼玉を彼女に吸われる激痛で悲鳴を上げ、救命を乞うていた。
「あ、あ……」
「ひい……」
 しかしその光景の恐ろしさから、他の二人の男性もその場で足がすくみ動けないでいた。
「ふふ、これならうまくいきそうだ……」
 一方女性はその様子をチラ見して不敵に笑みを浮かべながら呟いた。
「待ってください……!」
「……?」
 その河川敷に、司の高めの声が響いた。司は先ほどまでサッカーのパス回しで遊んでいたこともあってか、普段よりも元気そうに窺えた。その方を女性が見ると、数十メートルほど距離を取って、そこに司を入れて五名の子どもたちと、正、新蘭の姿があった。
「く……天路か……、早いな……!」
「ぐわっ!」
 その女性は、首を放り投げた。地面に落ちた男性はまた叫んだ。
「どちらの神霊さんですか……? 鬼玉狙いで現世に来る……、末鏡による惑いの仕業ですよ!」
 耐が司に続いて彼女に叫んだ。
「ん……、ああ、言っておくか……。ここは北上川と中津川との合流地点の手前……、橋の南側には、周辺の道を束ねた三叉路が設けられている……」
「え……?」
 耐は訝しがりながら相槌を打った。
「いつもの角を曲がれば、いつもと同じ風景が広がっている……だろうが、そうではなく、別の空間に行ってしまうことはないだろうか……、人間は、そのような不安に駆られることとてあるだろう」
「え……、あ……まあ、ときどきあります……実際としても……」
 珠洲が少し自嘲しながら答えた。
「交差点で、そちらに行かせることは好ましくないだろう。我はそのために、そこに設けられた石塔に鎮座するサイノ神であるが……」
 サイノ神と名乗った女性は、そのまま右手を挙げた。その手は濃紫の光に包まれ始めた。
「へ……?」
 その手を目にした雲雀が少し怯んだ。
――!
 続いてサイノ神は、その手を振り下ろした。するとその直後、彼女の眼前に人影が、一人、また一人と、何もないところから召喚され、その数はどんどん増えていった。
 その彼らは全員男性だった。またその衣装は様々で、白の狩衣の小公家、鈍色の法衣を纏った僧侶、青色に近い色である花色の素襖で、小さな葛籠を手にした医師、同じく蘇芳色の直垂で、御幣を手にした陰陽師、素襖の上に武具として鎧のみを纏った小侍らで構成されていた。
「こ、この人たちは……」
 美濃もその光景を見て怯みながら呟いた。
「ああ、小公家、僧侶、葛籠を持っているのは医師、御幣を手にしているのは陰陽師、鎧を軽くつけているのは小侍……、着物が大分ばらつく……室町期の中層階級の者たちだ、職業を越えたサロンを構成することも多かったようだな……」
「はぇ……」
「み、みんな、目が……」
 一方より鮮明になってきた彼らを見て耐と司とはさらに驚いた。彼らはみな虚ろな表情で生気がなかった。
「ああ、そうだ、死者の霊、いわゆる幽霊だからな。意思疎通くらいはするが、もはや自我はないままだ!」
 それを聞いたサイノ神の神霊が告げた。
「百名くらいはいるだろうが……、それでも自分で手を下すより、呼んだ方が早いのだ!」
 彼女は続けて声を上げた。また同時に右腕を軽く前に伸ばした。
「ご……ごぉぉ」
「うぐ……がうぁぁ」
 するとその幽霊たちは、あたかも号令を受けたかのように、雄たけびを上げ始めた。
「え」
「……ひっ」
 それを聞いた雲雀、珠洲らはさらに怯えた。
一方その室町期の中層衆の幽霊たちは、珠洲たちと正の計六人の方に顔を向けた。
「行ってみる……」
「……え? 司くん……、えっ?」
 耐の傍にいた司が呟いた。驚いて振り向いたとき、司は既に光筒によるジャンプをした後で、その場にはいなかった。
「がぁぁぁっ!」
「へ……?」
 さらに続いて、幽霊のうちの一人が悲鳴のように聞こえる大声を出した。耐がさらに首の向きを変えそちらを見ると、一人の幽霊が薄い緑色の光に全身を包まれ、そしてすぐにその光ごと消えた。
「……」
 そしてその奥に、光筒を胸の前辺りまで持ち上げていた司が立っていた。
「耐ちゃん、大丈夫……?」
 耐と目が合った司が尋ねた。
「へ? あっ、うんっ、私も、幽世返ししていくねっ」
 司に言われた耐はすぐに元気な様子で答えた。
「あぁ……ぐわぁ……」
「ぎぃぃあぁぁ……!」
 一方何名かの幽霊たちは、幽世返しをされた仲間の様子を見て、さらに声を張り上げ、耐たちの方を向き、おもむろに歩み出した。
「――!」
 それを見た耐は光筒を司と同様胸の前辺りまで持ち上げ、また少し前に出して、その幽霊の身体の一部に注目しては「撃って」と願った。
 するとそれと同時に光筒の柄の辺りから薄緑の光弾が飛び出し、耐が注目した先へと誘導され、その幽霊の身体に当たった。その幽霊たちはその光に包まれ、自分たちの霧を出すこともなく、光る薄緑色に包まれ、次々とその光ごと消えた。
「がぁぁ、ごぉぉああ!」
「ああげええっ、おおぐぅああ!」
 その光景を見て、数名の別の幽霊たちが耐に憤った様子を見せた。
「えっ……?」
 耐もそれに気づき、少し怯えた。
「あっ、耐ちゃん……!」
「お、私も……」
 その様子を見た美濃が光筒を少し持ち上げた。さらに美濃の様子を見た雲雀もそれと同じ仕草をした。そしてすぐに、その二人の姿は、薄緑色の光に包まれた後、その場から消えた。
「ごおおああ! ご……」
「がああぁっ、あがっ……」
 別に二人に注目していた幽霊たちが、二人が消えたことで、戸惑うかのように雄たけびを止め始めた。
「ああぐうううっ!」
「げええああっ!」
「がああううっ!」
 続く直後、二人に注目していた群れの幽霊たちは、一瞬で薄緑の光に変えられ消失した。その奥に、美濃と雲雀の姿があった。
「え、美濃くんたち……? ふぇっ……?」
 その様子を気にして横目で見た耐も驚かされた。
「ぎいいいっ!」
「ごおげええっ!」
 続いて、耐自身を狙おうとしていた幽霊たちが悲鳴を上げて消失した。また、その傍らに、ジャンプを繰り返してきた美濃と雲雀の姿があった。
「あ……二人とも……」
 それを見た耐が安堵と歓喜の混じった声を漏らした。






【更新期間中無料】霊力使い小学四年生たちの日本信仰 第六巻

2025年10月3日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:洛瑞書店

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