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逆賊【楊戩】を処刑する────────────
【今代】の【天帝】である【神農】が公式に出した勅令だった。
【天宮】へ出仕している【各族長】、【諸侯】たちは最初はまた【炎帝(神農)】のワガママが始まったと呆れる。
【神農】は、【炎】のように苛烈で荒い気性から【炎帝】と呼ばれている。
いつもなら【炎帝】のワガママと諦観して、彼の気が変わるまでその思いつきに付き合う所だが今回は思いつきで済ませられる内容ではなかった。
【天宮】の【正殿】────────────【天帝】との謁見や政治を行う広間────────────に招喚された者たちは、【炎帝】の父親でニ代前の【天帝・昊天上帝】の治世から仕える古参の【官吏】と【炎帝】の姉で先代の【天帝・玉皇大帝(現・玉皇太子)】の治世から参入した【官吏】とが混じっているので、【炎帝】の発言を黙して聞いているだけの者たちや発言を聞くなり剣呑な雰囲気を醸し出している者たちと、反応が分かれていた。
そこへ、ちょっといいかな、と挙手する者がある。
一同の視線は、挙手した者に集中しその者が言葉を紡ぐのを待つ。
太上老君「あのさあ、急に呼び出して言うことがソレ?私………1日、24時間の睡眠取らないと調子が悪くなるんだけど」
1日は24時間なので、それは丸々1日寝てるだけと言っているようなものだが誰もツッコまない。更に【天帝】相手にタメ口をきいていることに対しても咎める者はない。【太上老君】と呼称される彼(彼女)は【先々代天帝】の【昊天上帝】から【道徳天尊】の【仙号】を賜った【三清道祖】の1人で、立場的に【炎帝】より格上の存在だ。故にタメ口は不敬にならない。
霊宝天尊「【老子】………君、相変わらず怠惰に過ごしてるね」
【太上老君】の発言で、少し場が和らいで同じく【三清道祖】の【霊宝天尊】が世間話をするように場を和ませた。
2人の会話がきっかけとなり、【炎帝】へ先の発言を考え直すよう諌める声がチラホラ出てきた。
最初に口火を切ったのは【神竜・祥】だ。
祥「【シン(炎帝)】よ、あまり軽はずみを言うな。【戩】は【西王母】が息女【竜吉】の亭主ぞ。そなたの発言、事と次第によっては【崑崙山】、【蓬莱山】と敵対することになるぞ」
【崑崙山】は【女仙】を統括する【西王母】が治める【神仙】の【仙派】で【蓬莱山】は【男仙】を統括する【東王夫君】が治める【神仙】の【仙派】だ。【東王夫君】は【西王母】の夫で【竜吉公主】の父親なので、【神竜・祥】は2つの【仙派】と敵対すると言ったのだ。
しかし【崑崙山】の【頭領】は【三清道祖】の【元始天尊(玉皇太子)】で【蓬莱山】の【頭領】は【道徳天尊(太上老君)】だ。2人とも【仙派】の管理を勝手に代理人に任命した【西王母】、【東王夫君】へ丸投げしている。
【仙派】の【頭領】は【三清道祖】が務めるので、当然残る1人の【三清道祖・霊宝天尊】も【仙派】がある。彼は先の2人と違い、【昊天上帝】から賜った【金鰲島】を自身と一番弟子の【通天教主】の2人で治めている。【神仙】にも得手不得手はあるようだ。
そして【神竜・祥】は、【先代竜王】で現在は嫡男の【東海青竜王敖広】が【竜王】を継いでいる。【竜王一族】は、【天帝一族】へ娘を嫁がせるのがしきたりとなっているので親族関係にあり、常に時の【天帝】の後見人を務めていることから【竜公】という【天帝】と同等の立場にある。【神竜・祥】の【正妃】の4人の子らは【四竜公子】の【官職】に就きそれぞれ東西南北を治めていることから【四海竜王】の通称で呼ばれている。また、【神竜・祥】の【側妃】の娘は【炎帝】の婚約者なので将来は義父になる彼の言葉は無視できないものなのだが、【炎帝】は鼻でせせら笑う。
その態度の悪さに【神竜・祥】の【正妃】で【鳳凰族族長】の【迦楼羅】はキレる一歩手前だった。【鳳凰族】は【火属性】の【尸解仙】────────────【神獣】【霊獣】【幻獣】の【仙人】のこと────────────なので気性が荒く、あまり忍耐強くない。
ここまで黙っていた【玉皇太子】が、おもむろに口を開いた。
玉皇太子「【シン(炎帝)】よ、お前は【楊戩】を逆賊と言うが、何をもってしてそう言うのだ?」
【玉皇太子】は【先代天帝】であり、【炎帝】の姉だ。【先々代天帝】の【昊天上帝】が『【神農(炎帝)】が成人後は【天帝】に即位させよ』と遺言したのでそれに従ったが、未だに【玉皇太子】に再度即位を求める声が多く【三清道祖】の1人【元始天尊】の【仙号】を【父・昊天上帝】から賜った実績があるので、彼女の【天界】での人望は厚い。
正直、【炎帝】の【楊戩】を断罪する発言が荒唐無稽過ぎて誰もついていけなかった。
【人間界】では【帝】は【国主】で【帝】が【黒】と断言すれば【白】を【黒】に塗りつぶして肯定するしかないが、【天界】は【人間界】とは勝手が違う。
【天界】は【神仙】や【霊獣】、【幻獣】のいる【不老長寿】や【不老不死】の【長命種】、【不死者】が住まう【世界】なので【世界】を【創世】した【三清道祖】や【生物】を【創造】した【創造神】など【天帝】より格上の存在がいる。【天帝】の【言】に絶対遵守する必要はないのだ。
炎帝「【楊戩】は、朕に献上を拒んだ!これは叛意有りと見なされて当然だ!」
今の言葉を聞いて予想すると、【炎帝】が【楊戩】に献上品を要求してそれを拒まれたという話のようだ。
太上老君「【神農(炎帝)】、誕生日?」
献上と聞いたら、だいたい何かの記念日だと考えるので【太上老君】は生誕記念日と考えた。
【炎帝】は全然違う、と苛立ちながら否定する。彼は【天帝】である自分より上の立場の【太上老君】が気に食わないようで、その口調にはトゲがある。
南海紅竜王「【老子】、【炎帝】は【竜吉】に惚れていて亭主の【楊戩】に寄越せと言って拒まれたのだろうよ」
もっともらしい意見を【紅竜王】は口にしたが、全くの見当違いである。彼女はわかっていてわざとそう言ったのだ。理由は【炎帝】を怒らせる目的だ。挑発しているのである。
【天帝】の【妃】は【竜王一族】から嫁がせるのは、しきたりなので【天帝】側にも【竜王一族】側にも拒否権がない。
そもそも【炎帝】は【竜吉公主】に懸想していないので、この話自体が【紅竜王】のでっち上げた虚言だ。彼女は、【炎帝】のワガママで自己中心的で唯我独尊な性格を周囲に周知させて【炎帝】への評価を貶したいだけなのだ。
通常なら誰もが【紅竜王】の虚言を半信半疑で聞き流すが、今回は【炎帝】が【楊戩】の断罪を口にしたタイミングなので実しやかな話に受け取られた。
太上老君「『他人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られる』って言うよ。仮に【竜吉】が結婚していなくても彼女は【東王夫君】を父君に【西王母】を母君とする【神仙純血種】。【側妃】になど侮辱に値する」
【太上老君】は、【紅竜王】のガセネタをガチで信用して【竜吉公主】は娶るなら【正妃】でなければならない【女仙】であることを説明する。
炎帝「ええい、やかましい!貴様は口を開けば説教ばかり言いおって!これだから年寄りは!」
ブチ切れた【炎帝】は普段から押し込めている本音をまくし立てた。
『年寄り』呼ばわりされた【太上老君】は特に気に障った様子もなく平然としている。確かに彼(彼女)は1万年前後は生きている。これは年の功ゆえの余裕なのか事実を否定する気がないのかはわからないが、逆鱗に触れるワードではないようだ。
しかし、年齢の話は本人より周りのほうが気を遣っていた。【太上老君】は性別のない【無性体】なのだが、見た目が美少女と妙齢の佳人の中間くらいに見えるので若年層の【神仙】は彼(彼女)を【女仙】と思っている。つまり【女仙】に年寄り呼ばわりをする失礼で非常識な【天帝】と、この瞬間【炎帝】はアンチを増やしてしまった。
白竜王「姉上、【炎帝】は色恋のもつれなんかで【戩】を断罪してるワケじゃねえよ」
【四海竜王】の1人で【紅竜王】の弟である【白竜王】は、俺は一部始終を見聞きしていたと発言した。
白竜王「【炎帝】は、【戩】の【契約神獣】の【紅雀】を寄越せっつって、断られたのを根に持ってこの場で槍玉に上げて吊るそうとしてる小っせえ野郎だ」
前半部分で【楊戩】を断罪しようとしている動機が判明した。後半部分は【白竜王】の私情だが、賛同する者は多い。
【紅雀】というのは名付け済の名前で、【神獣】の名前は【鸞鳥】という【鳳凰族】の【霊獣】で小ぶりの体長をしている。名付けされたことにより【紅雀】は【神獣】に昇格しているのだ。【神獣昇格】の【霊獣】は激レアだが、【鸞鳥】はいかなる楽器をもってしても奏でることができない美しい歌声をしていることでも稀少価値の高い【霊獣】であった。
そして、その【紅雀】と【楊戩】の【縁】を知る【太上老君】が、またしても小言をはじめる。
太上老君「【炎帝】………キミは『他人のものが欲しくなる病』に罹っているのかい?【紅雀】は、【楊戩】が【人間界】で修行をしていた頃の細君(妻)の生まれ変わりだよ」
これに関しては【太上老君】が関わっているので、彼(彼女)の道徳的で他者を思いやった善行だと満足している行為だった。
【太上老君】は弟子の1人の【伏羲】に【人間界】で【紅雀】という女性が天寿を全うしたら、【霊獣】として【天界】へ【転生】させる指示を出していた。
【伏羲】は【霊獣】や【幻獣】を【創造】する【創造神】なので、【人間】の【宿体(魂魄が入った状態の肉体のこと)】から出た【紅雀】の【魂魄】を移す新しい【宿体】を【伏羲】に用意させたのだ。新たな【宿体】は、【紅雀】が希望した歌声が美しい【鳥】だった。【伏羲】は希望に沿った歌声が美しい【鳥】を創造し、【霊獣】の種類名を【鸞鳥】とした。
生まれたての【雛】だった【鸞鳥】は【鳳凰族】で育てられた。【雛】の【鸞鳥】の育成を見ていた【鳳凰族族長】の【迦楼羅】は歌声が美しい【鸞鳥】をすっかり気に入ったので、【楊戩】へ贈呈する予定の【鸞鳥(名付け前の紅雀)】とは別に【鳳凰族】で【鸞鳥】が産まれるように【伏羲】は【鸞鳥の卵】を創造した。以後、【鳳凰族】では【鸞鳥】が産まれるようになる。小ぶりな【鸞鳥】は美しい歌声と愛らしい姿で【鳳凰族】では大人気の【愛玩生物】である。
白竜王「『他人のものが欲しくなる病』………コイツは傑作だ。さすが【老子】!【炎帝】は【黒竜王】から【黒曜】を強奪しやがったからな!」
いい機会なのでここぞとばかりに【白竜王】は【炎帝】の悪事を暴露する。
太上老君「えっ!【黒曜】って、【伏羲】が特別注文されて創造した【角瑞】のこと?」
【太上老君】は、友人の【神竜・祥】が息子の成人祝いにと彼の双子の子【白竜王】と【黒竜王】の為に【伏羲】に特別注文で【霊獣】の創造を依頼したことを知っている。
【霊獣】の中でも突出した【異能力】を持つ者は【瑞獣】と呼ばれる。実は【創造神・伏羲】が使役する者に合わせて特別仕様で創造する【霊獣】が【瑞獣】なのであった。
【神竜・祥】の依頼で【伏羲】が創造した【瑞獣】は【白麒麟】と【角瑞】だった。【麒麟】は【帝】の誕生を知らせる【瑞獣】として元々存在していたが、【白麒麟】は全身が白銀色の【鱗】で輝く【麒麟】で、活発で活動的な【白竜王】に合わせて無尽蔵の体力と強靭な脚力が加えられていた。【角瑞】は【人間】の言葉を解し俊足で知られる【瑞獣】だが、特注された【角瑞】は【黒竜王】の黒い髪に合わせて黒曜石のような漆黒の【鱗】で創造したヴィジュアルにこだわった傑作品だった。
【太上老君】は、見た目の特徴で【角瑞】が【黒曜】と名付けられたと予想して訊いただけだったが的中していたようだ。【白竜王】は無言だったが頷いて肯定した。
【白竜王】は【人間】の言葉を理解するが故に気難しい気性で知られる【角瑞】が、【黒竜王】には懐いていて【黒竜王】の兄弟である【白竜王】とも少しずつ打ち解けて友好を温めつつあった所に【炎帝】の横槍が入ったと激オコなのだ。
太上老君「重症だね。【太元(玉皇太子)】、弟くんは【典医】に診せて少し休暇をあげてはどうかな」
霊宝天尊「【炎帝】に休暇を取ってもらうのは賛成だ。即位してから忙しくて休む間もなかっただろうからね」
【太上老君】はガチで『他人のものを欲しがる病』と考えていたが、【霊宝天尊】は遠回しに【炎帝】は『仕事を増やして忙しくさせる』と言っていたのだ。一見、社交性のある好青年風の【霊宝天尊】だが【三清道祖】の1人だけあって中々のクセモノだった。
【炎帝】は、【太上老君】と【霊宝天尊】の言葉を『無能は引っ込め』と言われたと彼には珍しく頭が冴えていた。そして頭の冴えに比例して頭に血を上らせて、公式の場であることを忘れて決定的な決別の言葉を口にしてしまった。
炎帝「【道徳】、【霊宝】、貴様ら2人は出禁だ!二度とこの【天宮】へ足を踏み入れることを許さん!今すぐ出て行け!」
愚弟の短絡的で愚かな言動に【玉皇太子】は片手で顔を覆って天を仰いだ。【道徳天尊(太上老君)】と【霊宝天尊】との決別は最も悪手であった。
◆ ◆ ◆
【三清道祖】の【道徳天尊(太上老君)】と【霊宝天尊】の【天宮】への出入り禁止騒動があった【天宮】は、もう一騒動起こった。
【炎帝】の【楊戩】を断罪発言のせいで、ほとんどの者が気づいていなかったがこの場に珍しい人物がいたのだ。
【陛下】発言してよろしいでしょうか、と挙手したのは【汎梨公女】だ。【神竜・祥】の【側妃】の娘で【四海竜王兄弟】の異母妹そして、【炎帝】の婚約者だ。
【天宮】の【正殿】は政治の場なので、【公女】が出席することは珍しい。禁止されていないが【公女】は嫁いで行く娘なので公務を覚えさせても【家】を去るので合理的ではないのだ。
炎帝「【汎梨】………そなた居たのか」
【炎帝】は、婚約者の【汎梨】の存在に今頃気づいたようだ。
【紅竜王】と【白竜王】が剣呑な雰囲気を滲み出している。【青竜王】が【紅竜王】を【黒竜王】が【白竜王】をなだめて押し止めていることで暴力沙汰になっていないが、【紅竜王】と【白竜王】はいつでも殴りかかれる態勢だ。【側妃】の異母妹だが、【汎梨】は【四海竜王兄弟】にとって宝のような大事な存在なのである。
汎梨「お父様にお願いして、同席させてもらったのです」
【汎梨】は、最低限の言葉でこの場にいる経緯を述べる。
それに対して【炎帝】は登城、苦労だったと一言だけで先の【汎梨】の発言と併せて非常に冷めきった会話だった。
【炎帝】は【人間】の年齢で18〜20才、【汎梨】は【人間】の年齢で16〜17才くらいで、【汎梨】の成人を待って祝言を控えた婚約期間中のラブラブカップルなはずのお年頃だが、両者の空気は白けた空気に溝のある距離感だった。
汎梨「【陛下】、話を終わらせないでください。私から【陛下】へお願いがあるのです」
労いの言葉で【汎梨】との会話を完結した【炎帝】に食い下がる【汎梨】に【炎帝】は心底面倒くさいと言いたげな億劫な表情を隠そうともしない。
異母妹に対する態度の悪さに【紅竜王】がガツンと一言と口を開く前に【汎梨】の口からガツンと一言が出た。
汎梨「【陛下】、私との婚約を破棄してください。お願いします」
【天界】では婚約の破棄はあり得ない。婚約は【種族】と【種族】の結びつきなので、これを解消したり破棄したりすると【戦】になる。
ましてや【竜王一族】と【天帝一族】の婚姻は【天界】のしきたりなので、前代未聞の一大事だった。
『婚約破棄』でさえ【天界】では斬新なことなのに、【竜王一族】の【公女】のほうから【天帝一族】の【天帝陛下】を拒絶するのは更に斬新さの最先端を行く。
一同は【神竜・祥】を見ると、彼はこのことを知っていたようで平然どころかオモシロいことが始まったと言いたげなワクワクした表情をしている。
青竜王「父上、ご存知だったのですか」
生真面目な性格の長男は、咎めるような口調で言及する。
祥「知っていたとも!しかし、予定とは違うな。後で【シン(炎帝)】を尋ねて『三行半突きつける』と聞いていた」
【竜王・祥】は、【汎梨】に予定変更かとマイペースを崩さない聞き方をする。
汎梨「先ほど【陛下】は、公式に【道徳天尊様】と【霊宝天尊様】を追放なされたので、私も婚約破棄を言うなら『証人が多い所』で言うべきかと考え直しました」
黒竜王「なるほど!これだけの人数、口封じするのは難しい。それに、政治を動かす者たちばかりだ。始末するなんて短絡的なことはまさか考えないだろう」
【黒竜王】は否定形で言葉を紡いでいるが、要するに『返り討ちされるぞ。そんなことをすれば【天帝】更迭だ』と暗に告げている。
紅竜王「ハッハッハッ!よく言った【汎梨】!婚約者がいながら浮気するような不誠実な男など捨ててしまえ!」
ドサクサに紛れて【紅竜王】は知る人ぞ知る【炎帝】の恋愛事情を暴露した。
白竜王「姉上、一族の恥まで暴露してるよ」
【白竜王】の口ぶりから【竜王一族】は知っていることのようだ。しかも浮気相手は【汎梨】ではない【竜王一族】の者のようだ。
【汎梨】の婚約破棄宣言で、【竜王一族】と【天帝一族】が決別してしまうかに思えたが浮気相手が【竜王一族】ならば、決別の心配はないと一同は安堵した。しかし愉快そうに笑っている【神竜・祥】から圧が醸し出されているので、浮気相手について怖くて誰も追求できない。
汎梨「【陛下】、これだけの証人の前でワガママはおやめください」
【汎梨】は、否は認めない今すぐ応の返答をしろと言わんばかりに急かす。
白竜王「【シン(炎帝)】、腹決めろよ。浮気するが【汎梨】も娶る………なんて都合よすぎるだろ」
ここぞとばかりに【白竜王】が追い詰める言葉を吐くのに【炎帝】は忌々しげに、奥歯を噛み締める。
これが【人間界】なら、男性の婚約破談より女性の婚約破談のほうが痛手だが、【天界】は性別より【種族】のチカラ関係に影響が出る。【竜王一族】は公的に傷物公女がいる一族と知られてしまった。そして【天帝一族】は婚約者に三行半された【天帝】を輩出した。しかし【竜王・祥】はオモシロがって余裕の態度だったので【竜王一族】には、あまり痛手ではないようだ。
【汎梨公女】の生い立ちは、普通の公女とは違う。彼女は【天帝妃】にする為に【神竜・祥】が急ごしらえで用意した【側妃】に産ませた【竜公女】───────────【天帝妃】になる娘を指す───────────で、産まれた瞬間から【神農(炎帝)】の婚約者だった。
産まれた時から『未来の天帝妃』と洗脳されるような育ち方をした歴代の【竜公女】は従順で、自らの意思を持たない人形のようだったが【汎梨】は良い意味で【竜王一族】を裏切る成長をした。
汎梨「婚約破棄が成れば、私は【人間界】へ降嫁します」
【汎梨】は婚約破棄後は、【天界】の【種族】には嫁がず【人間界】へ嫁に行くと宣言した。
【崑崙山】の西方にある【瑶池】は、【天界】を統括する【女仙・西王母】の【棲】である。
【瑶池】というのは【池】の名前だが、その大きさは【人間界】の【湖】規模の大きさだ。【天界】には【湖】という概念がなく広大で深さのある水の溜まり場を【池】か【沼】と呼ぶ。
因みに【海】は存在するが、【人間界】で言う【雲海】が【天界】の【海】に該当する。
【瑶池】には、広大な【桃園】がありここで【西王母】の生誕を祝う【蟠桃会】が開催され、この日だけは『男仙の立ち入り禁止』になっている【瑶池】は『立ち入り禁止』ではなくなり開放される。
【西王母】には7人の娘がいるが、【瑶池金母】の別名を持つ【西王母】は『【瑶池】にいる【娘々】は全員我が娘』と公言しているので、【瑶池】には『【西王母】と娘たち』が住んでいると言われている。
『男子立ち入り禁止』の地だが、例外があり警備の為に【西方守護神獣】の【白虎】や、【西王母】が産んだ唯一の男子である【燃燈道人】は常駐している。
また、【西王母】の実子の長女である【竜吉公主】が結婚して婿の【楊戩】と【瑶池】で暮らしている。【西王母】の夫の【東王夫君】も定期的に尋ねて来るので、『男子立ち入り禁止』は【瑶池】の【女仙】の元へ【男仙】が通って来ないようにする為の名目なのだろう。【西王母】の実子たちは勿論だが【瑶池】で仕える【女仙】や【娘々】たちは皆、見目麗しい。
通常、【女仙】の娘は【公女】だが【竜吉】は【公主】つまり跡取りをする者を意味する呼び方だ。故に【竜吉】の夫の【楊戩】は『婿入りした』ということになる。
【楊戩】は【崑崙十二仙】という【崑崙山】で【天仙】と呼ばれる12人の【神仙】の1人、【玉鼎真人】の弟子で【清源妙道真君】の【仙号】を持つ将来有望株の【神仙】である。加えて【天界】随一の美男子で、【天界】一の美女と言われる【竜吉公主】とは『等身大の絵画にして後世に伝えたい美男美女カップル』と評判を轟かせている。
【楊戩】と【竜吉公主】は、新婚夫婦──────────【天界】の新婚の概念は結婚半世紀までだ──────────満喫中のはずが、【竜吉公主】が目を吊り上げて激オコだった。
しかし、【竜吉公主】の激オコ理由は【楊戩】のせいではない。美男子で超モテる【楊戩】だが、遊び人の伊達男風の見た目に反して妻に一途だった。否、妻への執着激重系イケメンだ。
【竜吉公主】が目を吊り上げて人相が変化するほど怒っている理由は、【天帝・神農】が出した勅令のせいだ。
『逆賊【楊戩】を極刑に処す』──────────

◆ ◆ ◆
【天宮】から【西王母】に【炎帝神農(天帝)】の勅令をしたためた書簡を文官が届けに来た。文官は、届けるだけと命じられたのか慌ただしく帰って行ったがその様子を【西王母】とそこに居合わせた【竜吉公主】は不信に感じて【西王母】は、その場で書簡を開いた。通常は自室で1人で読むものだが、返書を催促しなかった文官の態度も通常では考えられないものだったので急ぎ目を通すことにしたのだ。
【西王母】は書簡の文面を見て、形の良い眉を顰める。
その様子が気になった【竜吉公主】は、【西王母】の手から書簡を取って目を通すと読み終わった書簡を左右にチカラ任せに引っ張った。
【古代】の書簡は木簡で、薄い木の板を紐で繋いで巻物にしているのでチカラを入れて左右へ引っ張れば紐が切れてバラバラになる。
【竜吉公主】の手によって紐が引きちぎられたことで、書簡はカラカラと音を鳴らして床へバラバラに散乱した。
竜吉公主「【炎帝】許すまじ………!【戩】が逆賊だと?どちらが逆賊か【天宮】でハッキリさせてやる!」
今にも飛び出して行きそうな【竜吉公主】を【楊戩】が後ろから捕まえる。【竜吉公主】に紐を引きちぎられたせいで床に落ちた木簡の音を聞いた【楊戩】は、様子を見に来たのだった。
今の【竜吉公主】は激情に駆られて火傷しそうなほどの熱量だ。【楊戩】が現れなければ有言実行する勢いだった。
楊戩「【竜吉】、一旦落ち着け!【天宮】からの書簡をガラクタにして………これ【崑崙十二仙】にも見せないといけないやつだろ」
【楊戩】は、【武術】のほうの実力も達人なのでスリムな体型に反して腕力があり体幹も強い。【竜吉公主】を後ろから抱擁するようにしっかり抱きとめている。
頭に血を昇らせている【竜吉公主】は、この状態の抵抗は無駄な動きをしているだけなのだが、そんなことはすっかり頭から抜け落ちている。振りほどこうと肘を突き上げ、腰を捻るが、一切報われない。
竜吉公主「【戩】!離しなさい!」
【竜吉公主】は全身の力を込めて前に進もうとした。しかし【楊戩】の腕を振り切ることができない。【竜吉公主】の全動力を受け止め、無力化している。
竜吉公主「ううっ………この細マッチョ………」
やがて【竜吉公主】は力を使い果たし、荒い息を吐きながら【楊戩】の胸に背中を預ける形で脱力した。それでも口だけは達者だ。悪態をつく余力は残っていた。
一連のやりとりの側では【西王母】が黙々と【竜吉公主】が紐を引きちぎったせいでバラバラになって散らかっていた木簡を拾い集めていた。怒りで荒れ狂う娘を婿に丸投げする中々肝の据わった【女仙】である。
【竜吉公主】がぐったりと脱力して【楊戩】が後ろから抱きしめているように見える状態の時に、【竜吉公主】の妹の【瑤姫】が外出先から戻って来た。
瑤姫「えっ!『濡れ場』!お邪魔しましたぁー」
この状況を見れば『濡れ場』と思うのも無理はないが、最後のひとことは明らかに揶揄って言ったものだ。
楊戩「いや………『修羅場』だった。【竜吉】がキレて少し暴れたんだ」
【楊戩】は先ほどの一悶着を振り返った。
瑤姫「フフフ………『犬も食わない』ってヤツだね!【竜吉】姉上様、義兄上様、お熱いね」
【瑤姫】は痴話喧嘩でもしたと勘違いしているようだ。
竜吉公主「【瑤姫】、お母様の集めた木簡を読んでご覧なさい。そんな軽口たたく余裕なくなるわよ」
【竜吉公主】の言葉に【西王母】は首を横に振って、集めた木簡を装束の袖に隠す。
楊戩「やめろ。今度は紐がちぎれるだけではなく木簡のほうが破壊される」
【楊戩】は【西王母】の意を汲んで【瑤姫】に渡してはダメだと言った。
【瑤姫】は『【瑶池】の暴れん坊姫』と呼ばれる男勝りな【姫武者】なのだ。暴れられては、さすがの【楊戩】も制圧するのは難しい。
瑤姫「チラッと見えたけど、紐がちぎれてもう壊れてるじゃない」
【瑤姫】は木簡の紐の切れ目が自然にほどけたものではなく、無理やり引きちぎったものだということに気づいた。
【瑤姫】は、先ほどまでカレシの【西海白竜王】と遠乗りしていたが、彼の元へ緊急の書簡が届き中身を読んで【白竜王】が書簡を引きちぎり木簡の板を【風】の【通力】で塵にしていたことを話した。その後は【白竜王】は気分が優れないと言って遠乗りはお開きになったと最後は【瑤姫】の愚痴で締めた。
西王母「では、あなたはその書簡の中身は見ていないのね」
【西王母】は、【白竜王】が塵にしてしまった書簡はおそらく自分が受け取ったものと内容が同じだと解ったので【瑤姫】が内容を知っているか否かを問いただした。
瑤姫「見てないよ。だって見る前に塵になったもの」
【瑤姫】は、まだ【天帝】の例の世迷言を知らないようだ。
そこへ、【娘々】──────────生まれて半世紀未満で未婚の年若い【女仙】──────────が【西海白竜王様】が尋ねて来られたので【桃園】の【四阿】でお待ちいただいてます、と告げに来た。
名目上、『男子立ち入り禁止』の【瑶池】なので【邸内】へ通すことはできないが【宴会】で使用する【桃園】の【四阿】へ案内するということは、【瑶池】では最高のおもてなしを意味する。
【瑤姫】は、先ほどまではデートを中断させられたことに不機嫌だったがカレシが尋ねてきたことを知るや、ゲンキンなものでパアッと表情が明るくなる。
瑤姫「【閏(白竜王)】の奴ぅー………案外カワイイ所あるじゃないか」
【瑤姫】のほうが少し年上なので、ここはオトナの余裕で途中すっぽかしは許してあげる流れだな、と上機嫌になっている。
上機嫌な【瑤姫】を見て、【竜吉公主】は妹には残念な話をしに来たかもしれないと考える。
竜吉公主((【戩】、【閏様】は書簡を読んでるわ。このタイミングで【瑤姫】を尋ねて来るなんて、嫌な予感がするわ))
楊戩((別れ話とか………そういう類の話か?2人とも、まだ婚約していないから気が早すぎると思うのだが))
【竜吉公主】と【楊戩】は【念話】で【白竜王】は別れ話をしに来たのではないかと予想する。
【白竜王】は【先代竜王・敖祥】の第三子で【現竜王・敖広】の弟である。そして、【炎帝】の『出生の秘密』を知る人物の1人だ。
【白竜王】の【種族・竜王一族】と【天帝一族】は、【竜王一族】から【公女】を嫁がせるしきたりがあるので、非常に密接で結束が固い関係にある。
【瑤姫】が【桃園】に向かうのを【楊戩】と【竜吉公主】は同伴しても良いかと聞くと、【瑤姫】は万が一口喧嘩になった時に仲裁してくれる人は必要だからな、と良い風に解釈して快諾した。
◆ ◆ ◆
【桃園】の【四阿】に案内された【白竜王】は、【桃園】を眺めていた。
【蟠桃会】が開かれる3月は、【桃園】の桃の木は満開だが現在は緑色の葉が茂った新緑が眩しい光景だ。所々にうっすらとピンク色に【桃】が実をつけているのが見える。この【桃】は【仙桃】と呼ばれる【天界】の【瑶池】にしかない特別な【桃】で、この【桃】から【神酒・甘露酒】が造られる。
【白竜王】は、【娘々】がお茶出しで置いて行った茶を一口飲む。ほんのりと【桃】の香りと甘みが口内に広がる。茶葉に【瑶池】の【仙桃】を乾燥させて細かく刻んだものを混ぜたここでしか飲めない【仙桃香茶】である。
【白竜王】は、【天宮】からの書簡を受け取り中身の文面にキレかけたので、年上のカノジョの【瑤姫】に子供っぽいカッコ悪い所を見られたくなくて、遠乗りを中断して【竜王宮(竜王一族の居城)】へ帰ったが、書簡の内容について【炎帝】の後見人の【当代竜王】で長兄である【青竜王】に書簡の内容を取り消させろと詰め寄ったが、兄【青竜王】からは【炎帝】のいつものワガママだと取り合ってもらえなかった。そして【白竜王】は、兄【青竜王】に【炎帝】説得を失敗したことである決心をして【瑤姫】に会いに来たのであった。
そして勢いでやって来たが、【瑤姫】を呼びに【娘々】が去り1人で待っている間に少しずつ頭が冷えて来て、【白竜王】は自分の決心を【瑤姫】に伝える言葉をああでもないこうでもない、と思案していた。
考え事をしていたせいで【白竜王】は【瑤姫】から「わっ!」と後ろから驚かされた時に、大げさなビックリリアクションをした。
【瑤姫】は、ドッキリ成功とバンザイのポーズでドヤ顔をしているので、遠乗りの途中ブッチは怒ってなさそうだと【白竜王】は、これから話そうとしていることを不機嫌な時に言いづらかったので、少しホッとした。
しかし、【瑤姫】は1人ではなかった。彼女の姉【竜吉公主】とその夫【楊戩】が同伴していた。
白竜王「【戩】!お前、今大変なことになってるぞ!」
【白竜王】は【炎帝】が【楊戩】を処刑すると勅令を出したという書簡の内容を口にした。
渦中の本人である【楊戩】は、ああそう来たかと可能性として想定していた一例だったようでどこか他人事のような様子だった。
楊戩「【竜吉】がキレて今にも【天宮】へ殴り込みに行きそうな勢いだったからな………俺は【破門】か【仙号剥奪】か【追放刑】か………まあ【極刑】も考えたが1番可能性が低かったのだがなあ」
【楊戩】は【炎帝】は本当に俺が邪魔なんだな、と寂しげに言った。
瑤姫「はああ?私、初耳なんだけど!」
【瑤姫】は何で私に黙っていたの、と言いたげに【竜吉公主】を見た。
瑤姫「義兄上様とイチャついてる余裕があったのに!私にそのこという暇はないとは言わせないから!」
楊戩「【瑤姫】、お前がイチャついてるように見えたあの時は、【竜吉】がキレて暴れた後だったんだ」
【竜吉公主】が言い返すと姉妹喧嘩になりそうだったので【楊戩】がその時の状況を話した。
【瑤姫】は、そう言えば【西王母《お母様》】が紐がちぎれた書簡を持っていたと思い出した。
瑤姫「【竜吉姉上様】、書簡引きちぎったの?あれ、【崑崙十二仙】にも見せないといけないやつでしょう」
そして【瑤姫】は似たようなことを【白竜王】がやっていたのを思い出した。
瑤姫「【閏】が塵にした書簡!まさか、あれ同じ内容………」
白竜王「うう………思わず何かに当たりたくなって………それからキレてる所を見られたくなくてつい………」
【白竜王】は、子供っぽい所を見られたくなかったのだが、子供っぽい感情の赴くままの行動をしたと白状した。
白竜王「それで、【青竜王】に【シン(炎帝)】の説得を頼んだけど、いつものワガママだって全然聞いてくれなかったから………もうついて行けないと思った。それで【瑤姫】と【人間界】に降下して、世界中を冒険しないかって誘うつもりでここに来た」
【白竜王】は白状したテンションで、自分の決心も一気に言い切った。
瑤姫「それって………前から言ってた冒険しながら地図を作る話!」
【瑤姫】と【白竜王】は【世界地図】を2人で作ろうとしていたらしい。
【楊戩】は、【人間界】へ2人で降下のくだりは、『恋人が手に手を取って駆け落ち』の感じだったのだが、当人同士は『冒険の旅』気分のようでこの2人が恋人止まりで婚約にまで発展しない理由が何となく解った気がした。男女の友情の延長線上に恋人関係が成立している結果なのだ。
白竜王「兄上は当てにならない!【戩】、一緒に行くか?【人間界】には【竜化】で降下するから乗せて行くぞ。【汎梨】も一緒だし1人2人増えても俺の背はまだまだ余裕だ!」
ここで【汎梨公女】の名前が出たことで、事は【炎帝】のワガママで済まない事態になりつつあることに【楊戩】と【竜吉公主】は、この話は【西王母】の前でするべきだと【竜吉公主】は話を中断させた。

※注)前半部分は、『神仙の料理』の描写になっています。
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【神竜・敖祥】が、広間に集まった者たちを見回して卓上からゴブレットを取り頭上高く掲げる。
祥「ご指名に預かったので僭越ながら、私が一同を代表してこの場を仕切らせてもらう」
まずは乾杯、と【神竜・祥】の音頭で各々はゴブレットを頭上高く掲げると、口内を湿らす程度に一口含んで嚥下する。
時間は昼時に遡る────────────
【白竜王】と【瑤姫】が【人間界】へ駆け落ちならぬ【冒険】の旅をしながら【世界地図】を作るという計画を話す中で、そこへ【炎帝】の婚約者で【白竜王】の異母妹の【汎梨公女】まで同行するという内容に、嫌な予感を覚えた【楊戩】と【竜吉公主】はその話は【西王母】の前でと言って、【竜吉公主】が【西王母】へ話を通した所、話は夕餉の時にと言われた。
夕餉まで【楊戩】、【竜吉】、【白竜王】、【瑤姫】は手持ち無沙汰になったが、彼らに反比例して館の中を【娘々】や【侍女】たちが慌ただしく動き回って非常に忙しそうにしている。
瑤姫「なんか、【娘々】たち忙しそうね」
竜吉公主「お母様が、今日は『晩餐会』をするとおっしゃっていたわ。夕餉の時間がいつもより遅くなりそうよ。妾の部屋で小腹に少し何か摂りましょう」
【瑤姫】は暇だから手伝おうかなと言ったのを【竜吉公主】は、アフタヌーンティーに誘って自室へ誘導する。
【楊戩】は【白竜王】と男同士(拳)で語り合おうと考えていたが、【竜吉公主】に【戩】と【閏様(白竜王)】も、と有無を言わさぬ圧をかけられアフタヌーンティーへ強制参加が決定した。
『女子会』というものは、話題が尽きないようで【竜吉公主】と【瑤姫】が会話を弾ませている間に弓から矢を放つようにあっという間に時間は過ぎ、【娘々】が客人が到着したと晩餐会の開始を告げに来た。
そして現在────────────
【晩餐会】の参加メンバーは、錚々たる顔ぶれだった。【東王夫君】と【西王母】がそれぞれ【男仙】、【女仙】の統括だとはいえ中々このメンツが雁首を揃えることはないだろう。
【瑤姫】は、昼間に【娘々】たちが慌ただしく動き回っていたのは、この【晩餐会】の為だったのだと納得した。おそらく【天宮】からの書簡の内容を知ってからの呼びかけなので急遽本日になったであろう【晩餐会】の準備を【娘々】たちは完璧に整えてくれていた。
食卓の長い卓は、上質の紫檀で作られ、磨き上げられた表面には精巧な雲龍の彫刻が施されている。卓全体は、夜空の深い青を思わせる絹の刺繍布で覆われ、その周囲には黄金の玉飾りが揺らめく。卓の中央を貫くように、瑠璃の香炉がいくつも置かれ、そこからは甘くも清涼な沈香の煙が立ち上り、高貴な香りで広間を満たしている。
料理まで準備させては【娘々】たちは休む暇なく働くことになる【ブラック勤務シフト】になってしまうので、出席者が各々持ち込んだ料理が卓に並んでいる。
持ち込みとはいえ卓上に並べられた料理は、【神仙】の格にふさわしい豪華絢爛な晩餐である。
中央に鎮座するは【神竜・祥】が持って来た【玉液瓊漿】という【不老長寿】の【霊酒】だ。深い翡翠色の酒器に満たされ月の光を宿したように輝く【霊酒】は、【竜玉】────────────【竜】が手にしている【水晶玉】のような玉────────────を壺の中に入れて長期間放置していると、壺いっぱいに水が満たされる。その水こそが【霊酒・玉液瓊漿】である。原材料が【竜玉】なので、当然【竜種】しか手に入れることができない。
前菜は【雲蘿金絲】という『雲を纏った黄金の細切り』をイメージした料理で、極細に切られた仙草と霊獣の肉を、黄金色の霊芝の出汁で作ったゼリーで固めたものだ。これは材料を持って来たのは【伏羲】で、彼はわざわざ食用の【霊獣】を【創造】して提供してくれた。料理はこちらで【娘々】がした。
瑠璃色の平皿に乗ったゼリーは霊芝の出汁がほんのりと皿から湯気のように立ち上り
、透明で中に白い仙草と金色の肉が見え、それは空に浮かぶ雲の切れ間のように見える。
主菜の【九天華蓋】は【崑崙十二仙】の【玉鼎真人】と【太乙真人】が持って来た。【玉鼎真人】が狩りで獲った鳥を【太乙真人】が調理したそうだ。
『九重の天に広がる華やかな天蓋』をイメージした最も豪華で荘厳な主菜。極上の鶏肉を低温でじっくり調理し、天界の果実と薬草で香りづけしたものだ。
盛り付けは【瑶池】で【娘々】がした。主菜にふさわしい巨大な金の透かし彫りの台座に載せられた火焔模様の絢爛豪華な皿に、 鶏肉は天蓋の中心にある宝珠に見立てて丸く盛り付け、周囲には虹色の羽根に見立てた様々な色の【天界】の果実(熟れた仙桃、青い霊葡萄など)を放射状に飾り付け、 極細に削いだ霊芝や冬虫夏草を、天蓋から垂れる房飾りのように肉から優雅に垂らす。
椀物は【霊芝の神髄】これは、【瑤池】で用意した。透き通るような白磁の椀に盛られた金色の出汁の中には、雲海の霧を吸って育った巨大な霊芝が浮かんでいる。
点心は【月桂玉兎餅】だ。『月桂樹の玉兎』を象った、優雅な点心。これが大好物の【太上老君】が持って来た。
月の桂樹の花びらと、【霊力】を持つ大豆から精製した餡を、餅米の生地で包んだものだ。餅は玉兎の形に一つ一つ精巧に象り黒曜石のような深みのある色の石皿の中央に静かに置かれている。餅の上には月光に見立てた銀箔の霧を吹き付けられ、キラキラと煌めいている。皿の片隅に、月の桂樹の本物の花びらが散らされているのでほんのりとキンモクセイの香りがする。
最後の甘味は【仙桃不老実】。【瑤池】の【桃園】の【仙桃】を使用した甘味だ。
氷のように透き通った水晶の小鉢に皮を剥いた仙桃を美しくカットして椀に収める。桃の周囲には、仙桃から滴った霊露を凝縮した琥珀色の蜜をかけ、小鉢の底には、霊草をすり潰した鮮やかな翠玉色の粉末を敷き、大地から霊気が昇る様子を表現した鑑賞品としても素晴らしい見た目の逸品だ。口に含むと体内に霊力が満ちる、至高のデザートである。食する際に食べる者の伊吹がかかると小鉢の周囲に微かな虹色の光が走るという視覚効果が楽しめる遊び心が加えられている。
そして【晩餐会】の参加メンバーだが、この会合を仕切る役目を任せた【神竜・祥】、彼は【竜王一族】の代表だがこの場に偶然、第三子の【白竜王】がいたことに驚いている。祥に同伴して【汎梨公女】もいる。
【崑崙十二仙】を代表して【玉鼎真人】と【太乙真人】が出席している。【十二仙】がゾロゾロと【瑤池】へ入るのは、目立つので2人代表を立てて出席してもらうのは妥当な案だ。
参加者の中で最もVIPなのが【三清道祖】と【創造神・伏羲】だ。【先代天帝】で【元始天尊】の【仙号】を持つ【玉皇太子】は、本来は【崑崙山】の【ヌシ】なので彼女に【晩餐会】の呼びかけをしたが、そこに【太公望】の【仙号】を賜ってから【玉皇太子】の弟子となった【伏羲】と、他2名の【三清道祖】の【道徳天尊(太上老君)】、【霊宝天尊】がいたので3人は手土産を持参するからと言って強引に【玉皇太子】について来ただけだが、この4人が参加したことで【晩餐会】に箔が付いた。
まずは食で腹を満たそうということで、一同は黙々と食事をする。時折、絶品料理に感嘆する声が漏れる以外はひと言も会話無しで【晩餐会】は進んだ。
常時ならフルコース料理は、前菜から順番に運ばれて給仕役の【娘々】が入れ替わり立ち代わりするが、今回は人払いをした上で最初からフルコースを全て卓上に置いてもらっている。
そして、主菜の【九天華蓋】が皿からなくなった頃合いで仕切り役の【神竜・祥】が口を開いた。
祥「此度は、我が愚弟の忘れ形見、甥の【神農(炎帝)】がアホなことをほざいて誠に申し訳ない」
【神竜・祥】は食事の手を止めて、深々と頭を下げて謝罪した。
引退して、【竜王】ではなくなったが【神格化】して【神竜】となったいわば【神】が頭を垂れたことに、一同は衝撃を受けた。更に【楊戩】は別の意味で衝撃を受けている。
【竜王一族】から【天帝一族】へ【竜公女】が輿入れすることは【天界】のしきたりなので、【神竜・祥】が【炎帝】を甥と呼ぶことはごく当たり前のことだ。【先々代天帝・昊天上帝】の妃【玉麗天后】────────────【天后】は【天帝】の正妃を指す────────────は【神竜・祥】の妹なので、【玉皇太子】と【楊戩】も【竜王・祥】の姪、甥になるのだ。【楊戩】が衝撃を受けた部分は、『愚弟の忘れ形見』という言葉だ。
楊戩「【神竜様】、話を中断させて申し訳ないが『愚弟の忘れ形見』とは?【炎帝】の父は【昊天上帝陛下】ではないのか?」
【楊戩】の言葉に、一同は【玉鼎真人】を見た。【玉鼎真人】は首を横に振って彼には真実を告げていないと言った。
【楊戩】は【二郎真君殿下】という立場の【先々代天帝・昊天上帝】の嫡子なのだが、【殿下教育】という教育方針の一環で【人間界】へ降下していた。【玉皇太子】も同じく【人間界】へ降下して【鴻鈞道人】という【祖人】────────────【地仙】のことをこう呼ぶ────────────に弟子入りして【神格化】するほどの【天仙】に成長して【天界】へ戻り【元始天尊】の【仙号】を【昊天上帝】から賜ったのだ。
つまり【楊戩】は【炎帝】は自分が【人間界】で修行中に生まれた実弟だと信じて疑っていなかったのだ。
楊戩「ええっと………【玉麗天后】が不貞を働いたワケ………ではなさそうだね………」
【楊戩】は母【玉麗天后】の不貞を疑う発言をしたが【玉皇太子】から視線だけで殺されそうな殺気と【竜吉公主】が瞳孔の開いた目で怒気も露わな視線を向けられたので、【楊戩】の語尾はボソボソと小声になっていた。
白竜王「【戩】、不貞を働いたのは叔父貴の【祐】のほうだ。叔父貴が謀反を起こして討伐されたことは知ってるよな」
【先代竜王弟・祐】は【神竜・祥】の実弟で【白竜王】たち【四海竜王兄弟】と【汎梨公女】の叔父に当たる人物だ。【白竜王】の言葉にトゲが感じられることから、【祐】に対しての嫌悪感を隠す気がないようだ。
楊戩「【人間界】でも戦々恐々してたくらいだ。大戦争だったんだろう」
この時は【楊戩】は【人間界】にいたが、【天界】の【竜王一族】の内乱は【人間界】を戦慄させるほどの大騒動だったと言った。
どうやら【楊戩】は【人間界】へ流出した程度の噂話しか知らないようだった。
祥「【結】を先に言うが、【シン】は【コウ(昊天上帝)】の子ではない。勿論、母は【玉麗】ではないぞ」
汎梨「【炎帝陛下】は【竜公女】の【お腹】から生まれた子ではありません。ですが、【お胤】は【竜王一族】です」
【汎梨公女】は、曰くのありそうな【炎帝】の出生について全てを知った上で【婚約者】になることを承諾しているようだ。もっとも、しきたりなので【竜公女】に拒否権はないが今の話だと【炎帝】は本来なら【天帝】に即位できる生まれではないことは【楊戩】にも理解できた。
楊戩「【炎帝】は年齢の離れた弟だと思っていたが………実は【竜王一族】の内乱の原因になった【祐殿】が父上ということか………俺は【先々代天帝】の子ではない【炎帝】に暗殺されそうになってるということだな!」
【楊戩】は、俺は行く先々で暗殺対象になっているな、と呑気な態度に【竜吉公主】は声を荒らげて【楊戩】へ食ってかかった。
竜吉「何を呑気なこと言ってるのよ!【戩】、あなたを【逆賊】と論じている【炎帝】こそが【逆賊】の血を引いた子なのよ!」
歯に衣着せぬ物言いをする【竜吉公主】を咎めるように【東王夫君】が大きく咳払いをした。それが父の静止の合図と解った【竜吉公主】は口を噤む。
太上老君「逆賊の子が、ホンモノの【天帝】嫡子を逆賊と論じた………アハハハ!ウーケーるー!」
【太上老君】は、今のブラックジョークいいセンスしてる、と笑い飛ばしている。どうやら笑いのツボだったらしい。笑い事ではないのをオモシロがっているので性格は破綻しているような気がする。だが点心の【月桂玉兎餅】をパクパク食べていた手を止めて、餅を飲み込んでから言葉を話して笑っているのでマナーのほうは行儀が良い。
霊宝天尊「【炎帝】の処遇に関しては、私たち【三清道祖】にも責任があるからね。『生まれた子に罪はない』………【天宮】で清く正しく道徳ある子に育てるつもりで引き取ったが、周囲が【祐】の批判をするのを【神農(炎帝)】の耳に入れない為にあの子を周囲から隔離してしまったのが良くなかった」
【霊宝天尊】は、【炎帝】が生まれてからこれまでの経緯を【楊戩】に聞かせた。
楊戩「【白真珠の精】が母!【精霊】も出産できるんだ!」
【宝珠の精霊】は【霊力】が高く【人型】に【変化】できることは知られていたが、出産は初耳だった。
汎梨「【戩様】、私のお母様も【紅玉石の精】ですよ。【白真珠】とは姉妹です」
【汎梨】は、【側妃】を迎える気がなかった【神竜・祥】が意思を翻して娶った【側妃】が生んだ【公女】だったが、【炎帝】の出生の秘密を知れば彼の妻は何が何でも【竜王一族】から【公女】を娶らなければならない立場にあったのだ。
汎梨「本音を言うと、私もあんなアホに嫁ぐのは嫌なんですよ。だから、私が成人して輿入れした初夜直前に三行半で捨ててやろうと考えていたのですが………少し予定を早めましょう」
よくよく考えれば輿入れしたら私は『キズモノ公女』になってしまいますものね、いい機会なので【天宮】に【各種族】の【族長】が集まる明日、『婚約破棄』を【炎帝】へ言い渡すと【汎梨公女】は高々に宣言した。
汎梨「【閏(白竜王)】お兄様、これで私は自由よ!『【人間界】一周の冒険』に私も同行できるわ!」
【瑤姫】がやったね、行こう行こうと大歓迎して喜んでいる。やはり【白竜王】と【人間界】へ駆け落ちの気分ではなかった。
白竜王「おお!じゃあ、【人間界】へ逃げるのではなく旅行の名目で降下できるんだな!」
【白竜王】は【汎梨】から【炎帝】の婚約者はもう嫌だと相談を受けていたようで、【竜体】になって【人間界】まで連れて行く約束をしていたのだった。
竜吉公主「あら、明日はオモシロい見世物が見られそうね。招喚されていないから見られないのが悔しいわ」
【竜吉公主】は『ナマ婚約破棄』を見たがっていたが、後で経緯を聞かせてちょうだいと【公女】側からの婚約破棄にワクワクしている。
太上老君「ふーん………『婚約破棄』して『【人間界】一周旅行』かあ。オモシロそう!私も、また【人間界】で暮らそうかなあ」
【人間界】で【仙人修行】をしていた頃を思い出した【太上老君】は、【人間界】が恋しくなった。
太上老君「あっ!いいこと思いついた!みんなで【人間界】に逃げちゃえ!」
【太上老君】は、『逃げる』の意味を【人間界】へ降下するのではなく【人間界】へ【転生】するのだと言った。
【晩餐会】の趣旨は、【炎帝】の治世に意を唱える者たちのストライキ計画だったはずだが、【太上老君】が【究極奥義・輪廻転生術】を使う話にすり替わってしまった。
【太上老君】は、腰に手を当てて仁王立ちをしてドヤ顔をした。
太上老君「フッフッフッ………君たちは今、この卓上の料理を食した!私は、つい最近【転生術】を改良していてね………君たちには、実験体になってもらったよ!」
白竜王「もしや!この饅頭!」
【白竜王】は、【太上老君】がお土産に持参した【月桂玉兎餅】を凝視した。
【太上老君】は、チッチッチッと人さし指をユラユラ揺らしてまだまだだね、と言う。
太上老君「【玉兎餅】は、私の大好物だよ!こんな私が1人で平らげてしまいそうなものを【転生術】の材料に使うワケないじゃないか!」
好物というワードは、ものすごく説得力があるが【太上老君】が1人で平らげようと考えていたことに、一同はドン引きする。
霊宝天尊「これ全部1人で食べたら太るよ」
【霊宝天尊】がもっともらしいことを言ったが、【太上老君】は得意げな表情をする。
太上老君「私のカロリーは頭脳!つまり、脳がカロリーを消費するから私は頭を使っていれば、いくら食べても太らないのだよ!」
【太上老君】は、だから私は怠惰に日々過ごせるのだ、と言った。
瑤姫「頭を使えば、食べて寝てるだけの生活でも太らない!なんてウラヤマ!」
【瑤姫】は【太上老君】を羨ましがっているが、彼女も太りにくい体質なので羨ましがられた【太上老君】は君がそれを言うのか、と微妙な表情をしている。
太上老君「前菜と主菜だよ」
【太上老君】は意外とあっさり白状した。
白竜王「前菜は【伏羲創主】が食材を特別に創造したから予想していたが、主菜は【玉鼎真人】と【太乙真人】が調理済で持参したものでしたよね」
貴方がたもグルなのか、と言う視線を【白竜王】は【玉鼎真人】と【太乙真人】へ向ける。
太乙真人「私は、調理しただけだ!」
玉鼎真人「私が仕留めたあの鳥………仕組んだのですか」
【太乙真人】は濡れ衣を訴えるが、【玉鼎真人】は狩りで獲った鳥が【伏羲】の創造した【霊獣】だったことに気づいた。
玉鼎真人「【老君尊師】、ハメられたことに対しては何も言いません。我々が迂闊だった………それだけのことです」
太乙真人「参ったな………あれ【崑崙十二仙】にお裾分けしてしまったよ」
【玉鼎真人】は、今イイ感じに自己完結で満足していたが、【太乙真人】が忘却してしまいたかったことを暴露した。
玉皇太子「ほう………中々オモシロいことになったな!【崑崙山】が集団ストライキか」
【玉皇太子】は完全にオモシロがって他人事だが、彼女も料理を食べているので当事者のはずなのにどこか余裕を感じる。
霊宝天尊「改良版の【転生術】の実験は既に進んでいる。最初に【術】を改良した私たち【三清道祖】が自ら実験体になり、【神竜殿】、【伏羲】、【女媧】、【鳳凰族の迦楼羅殿】、【闇蜜(黒真珠の精霊)】が志願して協力してくれたおかげで成果が出た」
【霊宝天尊】は、【三清道祖】の【知識】と【技能】の集大成で完成させた【新奥義】だと言った。
太上老君「名付けて【異世界転生術】!」
【太上老君】は、【天上界】、【人間界】、【修羅界】、【地獄界】、【餓鬼界】、【畜生界】の【六道界】の任意の【異世界】へ【転生】させることが可能になった、と言った。
太上老君「もっとも、【地獄界】、【餓鬼界】、【畜生界】はあまりオススメではない【世界】だよ。ちょっと旅行するだけなら社会勉強になるけど、永住するとなると中々に厳しい環境だからね」
【太上老君】は、【修羅界】は【戦争】が絶えないし【天上界】は1つ間違えば【地獄界】へ直行する仁義なき【世界】で、【転生先】として理想なのは【人間界】なのだと言った。
太上老君「主菜のお肉はね【フェニックス】という【西洋】の【不死鳥】だよ」
【太上老君】は、【西洋】の真新しい鳥なら知恵者で知られる【玉鼎真人】を欺けるだろうと【伏羲】に創造させたと言う。
【東洋】の【不死鳥】は炎を纏ったような紅蓮の姿だが尾の部分が虹色だ。【西洋】の【不死鳥】は全身が紅蓮の炎を纏った姿なのだ。尾の部分が異なるので、『お国違いの同種の鳥』とは気づかない。
玉鼎真人「貴方がたのことですから、その【転生術】は【異世界】に生まれ変わるだけではないようですね」
太乙真人「【西洋の不死鳥】とおっしゃいましたな………もしや【回生】!」
【崑崙十二仙】の頭脳派と称されるだけあって【玉鼎真人】と【太乙真人】は察しが早い。
太上老君「今はまだ【神仙】が対象になるけど、ゆくゆくは【人間界】の【人間】にも使えるように布教したい!」
なので【人間界】へ降りる【三清道祖】は自分だと【太上老君】は言った。
霊宝天尊「【世界】を維持する【三清道祖】が全員いなくなったら、【天界】は崩壊の一途だからね。私と【太元(玉皇太子)】は居残りだよ」
【炎帝】は暴走して【三清道祖】を暗殺しようと企みかねないから、【回生】を施したのは保険だと【霊宝天尊】は言ったが、結構ガチで暗殺の危機を感じていることは伝わって来た。
玉皇太子「【昊天上帝】を毒殺しようとしたくらいだからな。邪魔だと思ったら、本当に実行するだろうな」
【玉皇太子】の爆弾発言に、【楊戩】は聞き間違いではないかと思い聞き返した。
楊戩「姉上………今、ものすごいことを言ったが………俺の聞き間違いか空耳か?」
祥「【戩】よ、信じられないだろうが事実だ。【シン(炎帝)】は、【藍玉石の青蛾】に淡い恋心を抱いたと思っていた時期があった」
楊戩「【藍玉石の精霊殿】が【天界】を追放された件の………」
【楊戩】が【人間界】から【天界】へ戻る少し前────────────【天界】の時間なので【人間界】では100年前後の時間は経過している────────────に当時は【皇太子】だった【炎帝】の教育や身の回りの世話をしていた【侍女】が追放された一件を【玉皇太子】から聞かされたことがあった。
祥「【天帝一族】は、母親が子育てをせぬだろう。【侍女】が母代わり、教育係、身の回りを世話する」
【神竜・祥】の言葉に【楊戩】は肯定の意味で頷いた。自分も同じ過程で育てられた。
祥「【太元(玉皇太子)】の時も【戩】の時も教育係の【侍女】は老齢の既婚者が務めていただろう。それが常識だ。万が一ということがあるからな」
【神竜・祥】の言う万が一とは、侍女との恋愛関係に発展する可能性だ。遊び人で【側女】を次々と【愛人】にしていた【神竜・祥】でさえ既婚の【女仙】や婚約者のいる【女仙】は恋愛対象外としていた。既婚────────────婚約者有りも既婚扱い────────────というだけでボーダーラインが引かれて歯止めになるのだろう。
祥「私は一時期、【広】に【シン】との接触禁止を言い渡したことがある。【広】は生真面目だからな、私の言いつけを守った。しかし、急に【広】から冷たくされたと思った【シン】は心が病んだ。そんな時に【シン】の心のケアをしたのが【青蛾】だ」
献身的な【青蛾】の支えにより【炎帝】は立ち直ったが、常に【青蛾】を側から離さなかったのだと【神竜・祥】は言った。
楊戩「それって、依存したんじゃ………ああ、だから恋心を抱いたと思っていたか」
【楊戩】は【人間界】にいた時に妻がいたので【竜吉公主】とは2回目の結婚になる。ゆえに男女の恋愛のあれやこれやには、そこそこ精通していた。【神竜・祥】の話から【炎帝】の本命は【青竜王】で【藍玉石の青蛾】は姉のように依存する相手だとわかった。
玉皇太子「しかし【天宮】は、クセやアクの強い連中が集まる『伏魔殿』だ。【青蛾】を【皇太子(炎帝)】を誘惑して惑わせた『悪女』と言って、ありもしない噂を流したのさ」
【玉皇太子】は、【青蛾】は【叔父御殿(祥)】の【愛人】だから【シン(炎帝)】如きを誘惑するなどあり得ない、と嘲笑した。
祥「【青蛾】は、当時の【天帝】だった【コウ(昊天上帝)】へ暇を願い出て、【人間界】へ降下した」
【藍玉石の精霊・青蛾】が【人間界】へ降下したことは公然の事実で、【天界】では皆が知っている。しかし、その理由は当時【皇太子】だった『【炎帝】を誘惑した罪で【人間界】へ追放』という罰だと伝わっていたが、真実は自らの意思だった。
祥「ところが、【宮仕え】の一部の阿呆が【コウ】が【青蛾】を追放したなどと噂を流しよって………これを頭の血の巡りが悪い【シン】が噂を鵜呑みにして、挙句に【コウ】の毒殺を企んだ」
どこの世界にも迷惑な噂を流す阿呆と、きちんと確かめもせずに鵜呑みにする頭のイタイ者はいるから困ったものだと、【神竜・祥】は両手の手のひらを肩の位置で上に向けるヤレヤレのポーズをする。
楊戩「企んだ?………父上は毒殺されていないのか………?」
【楊戩】は【神竜・祥】の言葉から【炎帝】は毒殺を実行していないのかと質問する。
玉皇太子「毒殺しようとしたがな未遂だ。………あんな先の見通しの甘い奴が、毒殺を成功するわけがないだろう」
楊戩「俺を暗殺しようとしたり、処刑宣言したり、結構大胆なヤラカシやってるんだけど………」
【楊戩】はツッコむが、やはりそれも事が起こる前に手を打たれているので、見通しも甘いがワキも甘いのだろう。
竜吉公主「【玉皇殿下】、貴方様のような有能な方を差し置いてなぜ【炎帝】が【天帝位】に就いていられるのか不思議でなりません!」
さっさと退位させてしまえばよろしいのよ、と【竜吉公主】は駄々を捏ねて他人の言葉を聞かない子どもが【世】を治めているようなものだ、と遠慮容赦なく斬り捨てる。
祥「それはな………私と【コウ(昊天上帝)】と【玉麗(天帝妃)】と【広(青竜王)】の間での約定だ」
【神竜・祥】は、当時の【先代竜王(祥)】、【天帝(昊天上帝)】、【天帝妃(玉麗天后)】、【竜王(青竜王)】たちの『密約』で、生まれたばかりの嬰児(炎帝)は【天帝】と【天帝妃】の第三子とすること、そして第三子が成人後は【天帝】に即位させ3000年間帝位に就かせること、最後に【昊天上帝】は退位して【天帝位】は娘の【玉皇太子】が継ぎ彼女から第三子に【天帝位】を譲位し期日を迎えた際は【玉皇太子】の采配で第三子の治世を継続か退位かを決定せよ、と【三清道祖】立ち会いの元での誓約をしたと話した。
竜吉公主「その誓約には【戩】のことが一言もありませんわね」
【竜吉公主】は【楊戩】は【二郎真君殿下】なのに、いないもの扱いされていることが気に食わなかった。
玉皇太子「【竜吉】よ、そう目を吊り上げるな。美しい顔がトンデモナイことになっているぞ」
【玉皇太子】が軽口を言うのを、はぐらかそうとしてもそうはいかないと言わんばかりに【竜吉公主】は睨みつける。
太上老君「アハハハ………【ちーちゃん】オモロー!」
【太上老君】は、手を叩いて楽しげに笑っている。【ちーちゃん】というのは【竜吉公主】のことだろう。
この状況は笑う所ではないのだが、即興で【竜吉公主】にニックネームを付けた【太上老君】の空気を読まない行動に【竜吉公主】は【玉皇太子】へ食ってかかるのをやめた。
東王夫君「【老君尊師】、娘が貴方様より【渾名】を賜るとは光栄でございます」
【東王夫君】は、【ちーちゃん】という可愛すぎるニックネームに礼を述べるが、実はこれは『名付け』という【儀式】に該当することだった。
横文字でニックネームと呼ばれる人名を簡単に呼びやすくすることを【神仙の世界】では【渾名】と呼び『名付けの儀式』なのである。そして、この【渾名】を付ける【儀式】の司祭役は【太上老君】なのだ。
【道徳天尊】の【仙号】を持つ【太上老君】の付けた【渾名】は、【神仙】に活力を与える。たとえそれが、付けられた者に不本意な【渾名】であっても【太上老君】が親しみを込めて『名付け』をしたという事実が尅つのだ。
それが解っているので【竜吉公主】も【東王夫君】に倣って頭を下げる。彼女は無言だったが、頭さえ下げておけば礼をしたことになるのでそこは問題無しである。
【楊戩】は、別に自分は【天帝】になりたいと思わないから忘れてくれているのは好都合だと言って、【竜吉公主】にはもっと気になるワードがあっただろうと言う。
楊戩「『3000年』という歳月に何か意味があるのか?【人間界】では途方もない長さだが、【天界】では中途半端な数字だな」
【長命種】が住む【天界】では3000年は世代交代には、まだ早い時期なのだ。
玉鼎真人「3000年は、世代交代には早いが新たな【生命】が生まれ育む歳月がちょうどその年数だ」
【玉鼎真人】は、【竜王一族】の内乱は正統後継者の陣営は【竜王一族】だったが、叛乱者の【祐(祥の弟)】の陣営には他種族が混ざっていたと話した。
太乙真人「他種族の連中は、内乱に乗じて【竜王一族】に大打撃を与えようと邪な考えがあったのだろうが………【四海竜王兄弟】の前には手も足も出ず【戦場】で散って行っただけだった」
その他種族たちには当然、家族がいる。【戦】で戦士した者の家族なので遺族と呼ぶべきだろう。【太乙真人】は、その遺族たちは当然恨んでいる、と言った。
太乙真人「【神仙】たちは、実力主義の弱肉強食の『仁義なき世界』だ。『勝者が正義』で『敗者は悪』だ。その恨みは【祐殿】へ向けられる」
しかし恨みを向ける【祐】は戦死した。そうなると、矛先は【祐】の不義密通相手の【白真珠の精霊】と彼女が宿した子だ、と【太乙真人】の言葉は正論だと誰もが納得する。
玉皇太子「【昊天上帝】は、『生まれて来る子に罪咎は無い』とそう申された。【玉麗天后】だって【祐】はご自身の実弟だ。その子は甥………かわいいに決まっているだろう」
【昊天上帝】は【戦】を起こしたのは父親で、それを子に背負わせるのは間違っているという尊い考えだった、と【玉皇太子】は言った。その時は【炎帝】は母親の胎内で確かに【戦争】を指示していない。
玉皇太子「3000年の【即位】期限は【シン(炎帝)】を護る為のものだ。【一神仙】ならば【シン】は簡単に遺族たちに葬られてしまう。しかし、【天帝】を害するのは【重罪】だ」
中には立場など関係ないと【刃】を向ける者もいるだろうが、3000年の間に新たに家族が生まれ育てているうちに多少は考えが変わる可能性はある、と【玉皇太子】は言った。
霊宝天尊「そして、考えが変わらなかった者は【妖怪】に変貌する。………そうなれば、【妖怪討伐】の名目で狩ってしまえるだろう」
太上老君「よく考えたよね。3000年は改心するのに必要な歳月………それでも改心しなければ【妖怪堕ち】の討伐対象………『さすコウ』!」
【霊宝天尊】は、【昊天上帝】はただ情けをかけただけではなく残党狩りも視野に入れていたと言った。【太上老君】の最後の『さすコウ』は、『流石コウ』の略だろう。『さすコウ万歳』と言って【太上老君】は【白竜王】と【瑤姫】を巻き込んで万歳三唱している。ドサクサに紛れて【神竜・祥】とノリで【伏羲】も参加している。
楊戩「【昊天上帝】の手のひらで転がされてるじゃないか」
【楊戩】は、逆賊の子【炎帝】を『生まれた子に罪は無し』と【天帝権限】で【昊天上帝】は我が子として引き取ったことは【賢君】と称されるだろうと考える。しかし、我が子として引き取った【炎帝】は【駒】だった。【竜王一族の内乱】に参戦していた種族は多く、把握しきれていなかったので残党狩りは難航していた。だが逆賊の子が【天宮】で生きていて成人後は【天帝】に即位し、【天界】で高い身分と贅沢な生活が保証されていることを知った戦死者遺族たちは一部は【天帝】という手の届かない相手に諦めるかもしれないが、大多数は恨みを膨らませて【妖怪堕ち】は必至だ。我が父ながら冷酷なことだ、と【楊戩】は誓約の中に自分に関する項目がなかったことに納得した。
楊戩「もしかして、俺の処刑問題も【昊天上帝】はお見通しでしたか?」
【楊戩】の言葉に、万歳三唱していた【神竜・祥】が万歳をやめて気づいたようだなと言ったので、誓約に関わった者は全員この事態を最初から見越していたことが判明した。
【楊戩】は、1つ質問と言って【炎帝】自身は【昊天上帝】の実子ではない事実を知っているのかと訊く。
玉皇太子「【二郎】、いい質問だ!【炎帝】は【昊天上帝】と【玉麗天后】の晩年に生まれた子と信じて疑っておらん!」
【玉皇太子】の【炎帝】への『お花畑発言』を誰も咎めないことが、この場の者は皆【炎帝】の『アンチ』であることを物語っていた。
竜吉公主「おかしいですわね………それでは【戩】を暗殺しようとしたり、今回の処刑の件が一体何がやりたいのか意味不明ですわ」
【竜吉公主】は、【炎帝】は自分が【昊天上帝】の実子ではないと判っていて、【昊天上帝】の嫡男である【楊戩】が地位を脅かす存在だから殺害しようと考えていると思っていた。
白竜王「えっ!マジ?【炎帝】、【戩】を兄と思い込んでるのにあんな数々のアホなことをヤラカシて来たのか!」
【白竜王】に至ってはアホと2回も言ったのに、誰も不敬を咎めない。
瑤姫「義兄上様は『婿入り』して、【天帝位】はいりませんって宣言してるようなものよ!それなのに、しつこく、ねちっこく、陰湿に暗殺しようとしていたの?」
【瑤姫】の言葉に【玉鼎真人】が、【瑤池】の『婿入り』が悪手になったかもしれない、と言った。
どういうことですかと【竜吉公主】と【瑤姫】が【玉鼎真人】を見る。美女姉妹から視線を向けられると普通は、少し気後れしたり照れたりするものだがさすがは【神仙】と言うべきか【玉鼎真人】はポーカーフェイスで答える。
玉鼎真人「誓約に【戩】に関する項目がなかった話に戻るが、【戩】はその時には私の弟子になっていた。つまり【崑崙山】の後ろ盾を得ていた【戩】には必要な人脈と武力が揃っていた」
更に【楊戩】と【西王母】の娘【竜吉公主】が結婚して【楊戩】と【崑崙山】は固い結束が出来た。そして【竜吉公主】の父は【東王夫君】なので【蓬莱山】の後ろ盾まで得た。
太乙真人「【男仙】の統括が【東王夫君】で【女仙】の統括が【西王母様】だから忘れてしまっているが、【崑崙山】の【頭領】は【元始天尊様(玉皇太子)】、【蓬莱山】の【頭領】は【道徳天尊様(太上老君)】だ。物事を表面でしか考えない頭のユルい【炎帝】は、【元始天尊様】と【道徳天尊様】までもが【楊戩】に肩入れしたと考えたのだろう」
【太乙《たいいつ》真人】の言葉には一部聞き捨てならない発言があったが、一同にはそんなこと程度のことで、それよりも【三清道祖】が絡んだ勘違いの雲行きになっていることのほうが重要だった。
霊宝天尊「そうだね………【炎帝】は【金鰲島】の【怪異仙人】は嫌悪しているからね。私はお呼びじゃないのだよ」
【霊宝天尊】は、自分だけ蚊帳の外に扱われていることを気にしているのか、ちょっとイジけていた。
西王母「それでは、こうして場所を提供して【東王夫君】だけでなく、【伏羲創主様】、【三清道祖様】、【祥様】、【崑崙十二仙】の最古参の2名を集めた妾は【天帝】に叛意有りと見なされますね」
祥「【婉姈】は相変わらず肝の据わった女だ」
優雅に微笑む【西王母】へ【神竜・祥】は、ここに集まった戦力だけで【天宮】を落としてオーバーキルだな、と怖い冗談を言って軽快に笑う。
【西王母】の呼び名が定着しているので、ほぼ呼ばれることがないが【婉姈】は【西王母】の名前である。因みに【婉】はたおやかで美しい様子を【姈】は聡明さを意味する。
玉鼎真人「ならば、処刑宣言される前に逃亡しましょうか」
【玉鼎真人】は、【人間界】への【異世界転生】を決意した。
太上老君「行こう!【人間界】には【コウ(昊天上帝)】と【おタマ】が先に行って待ってるよー」
【太上老君】が、重大なことを言ったのだが【おタマ】と呼ばれるのが誰なのかに考えが集中して内容はスルッと流されてしまった。
楊戩「【老君尊師】………【おタマ】というのは、もしや【玉麗天后】のことでしょうか」
もしやではなく確定なのだろうが、確認する前に認めてはイケナイ気がして【楊戩】は訊いた。
【太上老君】が、そうだよと肯定の返答をしたのを聞いて【竜吉公主】は、自分が付けられた【ちーちゃん】の【渾名】は比較的マトモなほうかもしれないと思った。
玉皇太子「それはそうと、【シン(炎帝)】は何を処刑の口実にしたのだ?さすがに【シン】の頭がイタイ感じでも相応の理由がなければ今回は処刑だからな、ワガママで流せるものではないぞ」
【玉皇太子】は、【楊戩】が【昊天上帝】の嫡男だということは【天界】では認知されていることなので、明日の招喚で【天宮】に集まる者は【炎帝】の『隠れアンチ』が大勢いるだろうと予測する。
楊戩「心当たりがあるのは、【紅雀】を寄越せと言われて………それを拒否したことぐらいしか………しかし、それは随分前の話で………」
【神仙】の随分前は、十年単位なので【楊戩】の随分前は何十年も前のことに違いない。
伏羲「【神獣】に【進化覚醒】した子!大切にしてくれているんだね!………あの子は『黒い角瑞』と並ぶ僕の最高傑作なんだよ!」
【伏羲】が嬉しそうな表情で、喜ぶ姿はリレーで1位ゴールして喜ぶ子どものように無邪気だ。
【創造神・伏羲】は【世界】を創った【三清道祖】の次に年長者なので、【神仙】としてはかなりの老齢のはずだが少年の姿に無邪気な子供のような性格をしている。
祥「【紅雀】は【神獣昇格】したことで、【人型】にも【変化】できるようになっていたな!【シン】め………ついに女性への興味に目覚めたか!」
【神竜・祥】は、【人間】の【紅雀】は美しいおなごだったからな、と【炎帝】の恋バナにしてボケてみた。
汎梨「お父様………白々しいボケやめてくださいませ!」
【汎梨】が足の踵部分で【神竜・祥】の足の甲をギュッと踏みつける。【神竜・祥】は、【汎梨】そこはすごく痛い所、と苦痛を訴えている。その様子を眺めて【楊戩】は、【汎梨】に【竜吉公主】と同類の気配を感じた。
白竜王「俺、その場にいたぞ!」
瑤姫「私も!エラッそうにして【汎梨】が一緒にいなかったら、100発くらい殴ってたかもしれないよ!」
【瑤姫】の言葉から、【汎梨】もその現場にいたことが判った。
【白竜王】、【瑤姫】、【汎梨】の証言から、【炎帝】は【神獣昇格】した【鸞鳥】は珍しいから【天帝】である自分が所有するのに相応しいと、第三者が客観的に聞いて控えめに言っても意味不明なイタい発言をしていた。
楊戩「彼女は、俺が【人間界】にいた頃の妻の生まれ変わりだからやれないが、【鸞鳥】が欲しいなら【鳳凰族】に【鸞鳥】の献上を命じたらいいだろって助言したんだよな」
【楊戩】は、妻の生まれ変わりだから差し上げられないと拒否しているが、別の入手方法を提示しているので対応としては『二重丸』の評価だ。
【鸞鳥】は、小ぶりの鳥────────────【天界】基準なので【鷲】や【鷹】ぐらいのサイズ────────────で美しい声で唄を奏でるので、【鳳凰族】では【愛玩生物】として大人気で、飼育して年に1度、【鸞鳥】たちのコーラスの【定期演奏会】を開催し【天界】でのイベントの1つとして毎回大盛況している。
東王夫君「僭越ですが【太子(玉皇太子)】、【楊戩】の【紅雀】は非常に稀少価値は高いですが【鸞鳥】自体は珍しい【霊獣】ではありません。育成次第で【神獣昇格】は無理でも【聖獣昇格】は見込めます」
【東王夫君】は【炎帝】が【鸞鳥・紅雀】の献上を命じて【楊戩】がそれを拒否したことは、大したことではないと言っている。それどころか、【炎帝】が寄越せと言ったのがかつての妻の生まれ変わりという【楊戩】には価値の高い【鸞鳥】であることから、【炎帝】の道徳観念を疑われる発言だ。
太上老君「他人の奥さん『ちょうだい』は【天界】ではタブーだよ。そもそも、【神仙】は【物欲】とは無縁に等しい」
【太上老君】は、元は【人間】であった者が【欲】を捨てたことで【神仙】に【神格化】しているのだから、他人のものを奪ってばかりしていると【神仙】でいられなくなる、とかなりヤバい話になってきた。
竜吉公主「【老君尊師】にお訊ねします。でしたら、【炎帝】が今の性格を改心しなければ、いずれは【降格】 するということでしょうか」
【竜吉公主】の目がキラリと妖しく光っているので、【炎帝】をハメるネタを見つけたと内心で考えているのは明らかだった。
太上老君「【降格】するね。ただ、【神農(炎帝)】は【竜王一族】と【宝玉の精霊】との間の子だからね………【宝玉】になっちゃう可能性が高いよ」
【人型】でなくなったらもう【天帝】できないね、と言ってケラケラと笑う【太上老君】は他人事だが、これは結構重大なことだった。
霊宝天尊「【老子】………笑い事で済まない。【神農】が人前で【宝玉】になってしまった場合、【竜公女】の【お腹】の子ではないとバレる」
現在は、【炎帝】の出生を知る者と知らない者との比率が4:6の割合で知らない者のほうが多い。
【霊宝天尊】が【炎帝】が【天帝】に即位する際に、【天帝】が若いので【天宮】に出仕する者も若い世代にと提案して、半分入れ替えをした。【炎帝】の出生を知らない世代を過半数以上にすることで摩擦を少なくする作戦だ。しかし、若い世代ばかりでは【天宮】の公務が回らないので管理職以上の立場の者は古参の者たちを残した。
霊宝天尊「公務の為に残した古参の者たちは全員、『アンチ炎帝』だが【竜王一族】と【天帝一族】との結束の固さから皆、渋々従っている。知らない世代にバレたら、恐怖で支配する治世になることは避けられないだろう」
【霊宝天尊】は、摂理を司る【神格の神仙】なので、そういった歪んだ治世を好まない。
汎梨「【霊宝天尊様】、お気遣いは無用でございます。【陛下】は【広お兄様(青竜王)】の女だから怖くて誰も逆らえない………そうおっしゃってくださって結構です」
【青竜王】と【炎帝】が【念者】、【念弟】のいわゆる【男色関係】であることは知っている、と【汎梨】はハッキリと断言した。
実は【汎梨】、【青竜王】、【炎帝】の内情は結構な『修羅場』が現在進行形であった。
汎梨「私は、あんなアホでクズな婚約者は早々に見限って、【人間界】で第二の人生を満喫します!」
【汎梨】は、【炎帝】はつまらないプライドにこだわっているだけだ、と言った。
汎梨「そもそも、【陛下】は『逆賊の子』………本来なら【叛乱軍】の残党に【生命】を脅かされながらビクビク震えて日々を過ごさなければならないのを、温情で今の贅沢な生活が送れるのです!それを感謝するどころか、当然のことと享受してワガママ放題とは嘆かわしい限りですわ」
【汎梨】がこんなことを考えていたのは、流石に父親の【神竜・祥】も寝耳に水だったようで驚いていたが、苦痛を強いて申し訳ないと謝罪の言葉を口にした。
祥「【火燐】は、【裕】を絶対に許さないと言っていた。………しかし、生まれたばかりの【シン】は意外にも【火燐】が一番可愛がっていたのだ。それだけに【火燐】は、成長した【炎帝】に失望しただろうな」
【汎梨】に【裕】のことを話して聞かせたのは彼女の母で【神竜・祥】の【側妃・紅玉石の精霊・火燐】だと解っていた。【炎帝】を罵る【汎梨】の口調が【火燐】にソックリだ。
太上老君「【りっちゃん(汎梨)】言うねー。よく今まで我慢したね。もう我慢しなくていいよ。明日は、思いっきり【神農(炎帝)】をフっちゃえ!」
【太上老君】の煽りは、【汎梨】に活力を与えたようだ。
汎梨「私のほうから三行半の『婚約破棄』やってやります!」
この時点では、【汎梨】は父【神竜・祥】の立ち会いの元で【炎帝】と『婚約破棄』予定だったのだ。
【天界】ではパワーバランスを配慮した【政略結婚】や、代々からのしきたりで【契約結婚】する種族が多い。ゆえに『婚約破棄』の概念がなかった。そもそも『婚約破棄』を考える者はいないのだ。【神仙】は【欲望】が薄いので決まった相手と結婚することが当たり前で婚約成立すると互いに婚約者だけが【異性】と意識する。
かつて【竜吉公主】を巡って、【男仙】たちが諍い合い殺し合いまでした過去もあるが、そんなことは例外中の例外で【竜吉公主】を険しい山奥に住まわせると山を越えることが不可能だと知るや皆、【竜吉公主】への恋慕を諦めた。限界を知ると【欲望】を簡単に捨てる。それが【神仙】であった。
楊戩「【汎梨公女】は先ほど、つまらぬプライドと言っていたが………例えば俺が【人間】で【天界】の【天帝】の命令に背いたならプライドを傷つけたことになるが、俺も【炎帝】も互いに【神仙】だ」
しかも少し前までは【炎帝】は養子の負い目を感じていると、【楊戩】は思っていたがそれが勘違いで【炎帝】は【昊天上帝】と【玉麗天后】の実子だと信じて疑っていないなら、コンプレックスも無いはずだと【楊戩】は考える。
楊戩「【炎帝】は面倒くさそうな性格だから、極力関わらないように避けて来たのだがな………なぜ向こうから寄って来るんだ」
玉皇太子「【天宮】には、【二郎(楊戩)】が【天帝】を継いでいれば………という声をこれ見よがしに【シン】に聞かせる口さがない連中がいるからな。直接【二郎】と対峙して粗探しをしたかったのだろうよ」
【天帝】となった【炎帝】を『逆賊の子』と正面切って罵ったり嘲ったりできないから、何かにつけて【二郎】ならと比較して貶すことで嫌々ながらも【炎帝】にこき使われている奴らがいる、と【玉皇太子】は言った。
竜吉公主「そんなこと、耐えればいいではないですか!清濁併せ呑んでこそ【天帝】の【器】です!」
【楊戩】は【朝廷】務めは清濁併せ呑み、耳障りな言葉はサラッと聞き流してと考えていたが、先に【竜吉公主】に言われてしまった。
祥「ハハハハハ………【竜吉】も手厳しいな!【戩】の尻もそうやって叩きまくっているのか!」
私の娘も中々手厳しくて【シン】はいつもやり込められている、と【祥】が軽口で笑っていると再び【汎梨】に足の甲を踏みつけられて、そこには痛いって言ったじゃないか、と父娘仲睦まじい。
霊宝天尊「【神農】を貶めているのは、少数派の古参陣営だろう。彼らがそうすることを見越してあえて残した」
【霊宝天尊】は、【竜吉公主】の言う通り清濁併せ呑んでこそ【天帝】だから耳障りな言葉を言われても、聞き流していつまでも引きずらないメンタルの強さを試した、と言った。どうやら【昊天上帝】以外に【三清道祖】も【炎帝】には試練を課しているようだ。
玉皇太子「【シン】は、フィジカルもダメ、メンタルもダメか………おまけに人間関係、社交性も壊滅的だ。これでは期限がきたら【シン】はお払い箱にしなければならない」
【玉皇太子】は、【炎帝】が【皇太子】時代に【武】の強さを試した。【古代中国神話】で有名な【涿鹿の戦い】だ。【蚩尤】の一党の討伐を命じたら、返り討ちに合って這々の体で逃げ返り結局は【玉皇太子】の命で、【軒轅】を【首長】とする【黄帝一族】が討伐した。彼女の言うフィジカルがダメはこれを指しているのだ。
そこへ【西王母】が、発言してもいいですかと訊いて、【玉皇太子】がいいともと発言をすすめる。
西王母「【太子様】も【霊宝様】も、随分と手厳しい試練を与えすぎなのではありませんか?【炎帝】は根性の無い………いえ、甘えん坊な所がありますでしょう」
【西王母】は甘えん坊と言い直したが、ハッキリと根性が無いと言ったあたりは【竜吉公主】の母親だけあって、通じるものがある。
太上老君「【媽々(西王母)】の言うことはもっともなんだけどね、『飴と鞭』っていう躾のやり方があるんだよ」
【竜王一族】は飴を【三清道祖】は鞭を与えることによって、【炎帝】を教育しているのだと【太上老君】は言った。【三清道祖】で鞭を与えているのは【玉皇太子(元始天尊)】と【霊宝天尊】の2人だが、【太上老君】の役割は飴の【竜王一族】と鞭の【三清道祖】との中立的立場だ。これは【道徳天尊】の彼(彼女)が適任なのだ。
時系列では第壹章の後になります。
第弐章から第陸章までが招喚前夜で、第壹章が招喚当日です。
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【炎帝】から『天宮への出入り禁止』を言い渡された【太上老君】と【霊宝天尊】そして『三行半の婚約破棄』を突きつけた【汎梨】は、【天宮】を出た足で【瑤池】に来ていた。
彼らは大胆にも【神竜・祥】が【竜体】になった姿の背に乗って、凱旋帰国するかのような堂々としたドヤ顔で【天界】じゅうを飛び回り【汎梨】は、『此の度は、めでたく【陛下】へ『婚約破棄』を言い渡し自由を勝ち取りました!』と触れて回ったので、もはや【炎帝】が【汎梨】に捨てられたことを知らない者はいなくなった。
【アンチ炎帝】は、【天宮】仕えしている者だけではないので、【汎梨】へお疲れ様と声がかかることもあった。流石に『婚約破棄』なので、おめでとうの声はないがお疲れ様=おめでとうと【汎梨】は解釈している。彼女にとってはこれは凱旋パレードのようなもので【瑤池】へ着いた時の表情は、やりきった満足感に喜ぶ成人前の年齢相応の少女だった。
【西王母】が【天宮】へ招喚されているので、今は【竜吉公主】が【瑤池】の【主代理】で、いらっしゃいと【館】へ迎え入れた。
【竜体】では【館】の中に入れないので【神竜・祥】は【人型】に戻って、【太上老君】、【霊宝天尊】、【汎梨】と共に中に入り【晩餐会】をした広間へ通された。
さほど時間を空けずに【楊戩】がやって来たが、彼ひとりではなかった。【白竜王】、【瑤姫】、そして【紅竜王】、【黒竜王】まで一緒だ。
祥「お前たち、【天宮】に残らなかったのか?」
【神竜・祥】は、先に【天宮】を出た自分たちよりも早く【瑤池】にいたことに疑問を感じるが、【太上老君】が私たちはたくさん寄り道したからね、と言った。
太上老君「私たちは【りっちゃん(汎梨)】の『祝・婚約破棄』凱旋パレードやってたからね」
通常は『婚約破棄』は祝うものではないのだが、今回は『悪縁を断ち切った』という意味でめでたい慶事なので表現としては有りなのかもしれない。
紅竜王「凱旋パレードだと!そんな愉快なことをやって来たのか!私も誘えよ」
【紅竜王】は、私は女きょうだいなんだぞ女同士でもっと盛り上げたかった、と言っている。
そんな【紅竜王】へ【神竜・祥】は【汎梨】の『婚約破棄宣言』の際の彼女の援護射撃について訊く。
祥「【紹(紅竜王)】よ………『婚約破棄宣言』の後、随分と【シン(炎帝)】を煽っていたが【汎梨】と示し合わせでもしていたのか?」
汎梨「してません」
紅竜王「あの場で始めて聞いた」
【汎梨】と【紅竜王】は同時に答える。示し合わせもせずに絶妙のタイミングで【紅竜王】は、【炎帝】の浮気云々の話を公言したようだ。女きょうだい同士で通じるものがあったのだろうか。
紅竜王「父上、私は【汎梨】が【シン(炎帝)】をいらないと言ったら、いつでも、どこでも、いかなる場所であろうと【炎帝】の不義理な浮気行為を暴露してやるつもりでいた」
【紅竜王】は【汎梨】が【炎帝】を捨てると決断したからこそ、あの場で言うのが効果的と判断してぶちまけたらしい。
白竜王「それを言うなら【炎】だって、【シン(炎帝)】のことスゲェ煽ってたよな」
【白竜王】は、口封じ云々の中々物騒なことを【黒竜王】が口走っていたことを言う。
黒竜王「言わないと【シン(炎帝)】は全員の口封じするよ。バカだから」
【黒竜王】は、単純にあの場にいた重鎮の【官職】を保護する目的だったようだが、最後に【炎帝】をディスっていた。
祥「しかし………些かやり過ぎた感がしてきたな」
【竜王・祥】は、【晩餐会】での打ち合わせでは謁見の集議の場で【炎帝】の『くれくれワガママ』を言及して説教で凹ませて、終了後に怒りと苛立ちで自室に引きこもるであろう【炎帝】の元へ【汎梨】が『三行半の婚約破棄』を突きつけてトドメを刺す予定だったと言う。
しかし、説教に耐えきれなくなった【炎帝】がブチキレて【太上老君】と【霊宝天尊】へ『天宮への出入り禁止』を命じたことで、【汎梨】は咄嗟にこの流れに乗って『婚約破棄』イケそうと考え、前倒ししたのだった。
汎梨「何か………こう、『いい雲来たー!』って思ったのですよ」
【汎梨】の言う『いい雲』とは【人間界】でいう『いい波』と同義語である。
【天界】の【海】は【雲海】なので、この【雲海】の斜面を【契約霊獣】に乗ってバランスを取りながら滑走する【神仙】のスポーツで【平衡滑走飛行】と呼ばれている。【人間界】でいう【ウインドサーフィン】である。
【竜種】は、この【平衡滑走飛行】が好きで【竜体】で【雲海】に乗って雲と戯れながら滑走を楽しむ。【汎梨】は【竜体】に【変化】できないが、彼女のきょうだい達が背に乗せてくれるので【汎梨】の腕前は、かなり【上級者】である。
【平衡滑走飛行】を嗜む【汎梨】は、それを例に出して「いい雲に乗った勢いで」とテンションでガツンと言ったことを白状した。
黒竜王「いいタイミングだった。あそこで【汎梨】が『婚約破棄』を告げたから、みんな大パニックで【老君尊師(太上老君)】と【道君師父(霊宝天尊)】を誰も引き止められなかった」
【黒竜王】は、両者が【天宮】を去った後では投げた言葉を取り消すことはできない、もうあとの祭りだと言う。
その場にいなかった【楊戩】は、内容を聞いて前日の話では『婚約破棄』だけだったはずが、【三清道祖】の2人が出禁をくらう大事に発展してしまったことに顔色を悪くした。
太上老君「【二郎君】、私は出禁を口実に【人間界】へ降下することができるから問題ないよ。むしろ、これ大成功だよね!」
元々【人間界】へ降下しようと考えていた【太上老君】は【神農(炎帝)】の無能さが初めて役に立った、と感謝とディスを同時にする。
霊宝天尊「私は、元々【神農】から嫌われていたからね。出禁は、なるべくしてなった結果だと思っている」
【霊宝天尊】は常々、【炎帝】から謁見の時は【怪異】の匂いを落として来いだの、【怪異】の【契約怪獣】で【天宮】へ来るなだのと【人間界】でいう『モラハラ』をされていたので、出禁を言い渡されなければ自ら『暇乞い』して【炎帝】から離れる予定だったと言った。
竜吉公主「それでは、【汎梨様】の『婚約破棄』と【老君尊師様】、【道君師父様】の『縁切り』が同時にできましたのね!」
1度で2件が解決するなんて、【人間界】へ降下する門出にはめでたい話ですこと、と【竜吉公主】は来客の茶菓子を運んで室内に入ると周辺の人払いをして扉を閉めた。
◆ ◆ ◆
【天宮】で『出禁と婚約破棄』の騒動があった日の夜、【瑤池】の【桃園】には【太上老君】、【伏羲】、【神竜・祥】、【南海紅竜王】、【西海白竜王】、【北海黒竜王】、【汎梨】、【崑崙十二仙】、【楊戩】、【竜吉公主】、【瑤姫】、【燃燈道人】、【黒真珠の闇蜜】、【紅玉石の火燐】が集まっていた。
祥「人数が増えていないか?」
【神竜・祥】は【崑崙十二仙】を見る。増えているのは【紅竜王】と【黒竜王】もなのだが、彼の中では最初から同行することになっていたようだ。
太乙真人「私と【玉鼎】が配った土産が何の肉だったかバレたのだよ」
【太乙真人】は【普賢真人】が土産の肉は【フェニックス】ではないのか、と訊いてきたと言った。
太上老君「【フェニックス】の【血】は【不老長寿】や【万能霊薬】の材料になるからね………お肉を食べた時に、【血】の匂いで気づいたかもしれないね」
【太上老君】は、【薬師】の【普賢真人】は【毒見】などもするので、血抜きをして調理した肉からも舌から【血】の匂いで種類の判別ができるほど【味覚】が突出していると言った。
祥「旅は道づれという言葉がある。賑やかになっていいかもしれんな」
ハハハと豪快に笑う【神竜・祥】は笑い飛ばす。人数が増えたことを言及してはいたが、増えること自体は全くかまわない様子だ。
太上老君「【大海主】には、私と【伏羲】と【二郎君】夫妻と【祥】とその子竜たちとしか言ってないよ。こんなに増えて大丈夫?」
【太上老君】と【神竜・祥】は、【人間界】にいる友人に話をつけているようで、『出禁の件』がなくとも本当に【人間界】に降下するつもりでいたのは間違いなさそうだ。
祥「ふむ………この者たち全員の行き先が【人間界】かどうかはわからんぞ。【老子】、此奴らにザックリと【異世界転生術】の説明をしてやったほうがよいかもしれん」
【竜王・祥】は、『ミリタリーオタク』の【広成子】や何かと彼と張り合う【赤精子】あたりは、【修羅界】へ行きたがりそうな気がする。
そうだね、と【太上老君】は必要なことだから簡単に説明をした。
【異世界転生】は、【天上界】、【人間界】、【修羅界】、【餓鬼界】、【地獄界】、【畜生界】の【六道界】の任意のいずれかに【転生】できることを話した。
太上老君「個人的には、【餓鬼界】、【地獄界】、【畜生界】はあまりオススメではないよ。あと【天上界】は1つ失敗したら【地獄界】へ堕とされるから微妙な選択肢だと思う」
黒竜王「ふーん………じゃあ、【シン(炎帝)】は【天上界】へ行ったら確実に【地獄堕ち】だね」
何回堕とされるかなあ、と言う【黒竜王】へ最初に堕とされたら這い上がれないだろ、と【紅竜王】がツッコみを入れている。
【四海竜王兄弟】の中では1番穏やかな性格と言われている【黒竜王】だが、意外にも毒舌家だったようだ。
しかし、ここにいるのは『アンチ【炎帝】』なので大爆笑するぐらいウケた。
広成子「笑い過ぎて腹筋が割れる!」
ゴリマッチョで既に腹筋が12等分くらいに割れていそうな【広成子】は、一通り大笑いした後、自分は【修羅界】へ行きたいと申し出た。そして【赤精子】も【修羅界】を希望した。【神竜・祥】の予想は大当たりした。
そして、【道行天尊】は斜め上にも【畜生界】を希望した。
太上老君「この子………私の話を聞いていたのかな………」
【太上老君】は、私も他人が話している時に居眠りして大概だけど【道行天尊】も私と張り合うよ、と少し呆れた様子だ。因みに、他人が話している時に居眠りはマナー違反である。【道徳】を司る【太上老君】は【睡眠学習スキル】で聞いているが、他の人は真似をしてはいけない。
【道行天尊】は、見た目が幼い童子の姿をしているので、皆が自分を追い込む必要はない、君のような純粋な心の持ち主は【天上界】が向いている、等と説得をするが【道行天尊】は首を横に振った。
道行天尊「【畜生界】は、子どもを虐げた者の行き先。僕はこの見た目なので、あえて【畜生界】に行ってこの姿で畜生たちを再教育したい!」
子どもを虐げた者たちが、子どもにしか見えない【道行天尊】に説教されている姿は中々シュールな光景だ。
太上老君「そういうことなら、いいんじゃない!【異世界転生】の時に【回生術】も同時に行っているから、私たちは現在の能力値かもしかしたら少し強化された能力値の状態だから、【畜生界】のゲスたちに絡まれても余裕で制圧できるよ」
【太上老君】は『生まれ変わる』毎に強化されるという【回生術式】になっているので、自分たちは【肉体】が滅んでも【魂魄】は何度でも【転生】を繰り返す状態になっていることも話した。
太上老君「初回は、【転身体】という【宿体(魂魄を宿す肉体のこと)】を用意している。容姿もそのまま再現しているよ。もし、気に入らなかったら自害して【転生】するのも有りだよ」
2廻目以後は、新たに誕生を迎える胎児が【宿体】になるので【畜生界】、【餓鬼界】に【転生】することは不可能だと【太上老君】は言った。
太上老君「【畜生界】と【餓鬼界】は基本、【悪人】の服役する所だからね。初回だけは選べるけど、2廻目はないよ。だから【道行天尊】には私から死亡回避の【渾名の加護】をあげよう。【みっくん】、君の崇高な意思に敬意を表する」
【道行天尊】の【畜生界】へ堕とされた者たちへの再教育の精神は、【道徳】を司る【太上老君】の心に響いたので【畜生たち】が改心してこの世から虐げられる子どもがいなくなることを切に願う気持ちを込めた。
【道行天尊】は、両膝をついて両手を組み頭上に掲げる敬礼をして、ご加護ありがたく頂戴いたしますと、頭を垂れた。
【太上老君】が【道行天尊】へ加護を与えている間、【伏羲】と【普賢真人】が会話をしていた。
伏羲「【普賢】は、やっぱり【天上界】に行くの?」
普賢真人「行かないよ。でも、失敗して【地獄界】へ真っ逆さまが怖くてじゃないよ。僕は、【天上界】に【籍】があるから【転生先】を選ばせてもらえる機会を無駄にしたくないだけだよ」
【籍】というのは、【人間界】で言う所の【戸籍】である。【普賢真人】は、【普賢菩薩】という【天上界】では【菩薩】の【階位】を賜っているので自由に行き来できるのだ。
【普賢真人】は、【伏羲】と同じ行き先にしようと考えている、と言うと【伏羲】はパアッと表情を輝かせて、【人間界】へ一緒に行こうと誘った。
普賢真人「いいね!【人間界】は、【幽界】と【天界】の中継地点にもなってるし、【薬草】の仕入れに便利だ」
【普賢真人】は、【人間界】には【人魚】という【妙薬】の材料に使えそうな【生物】が存在すると話した。
伏羲「【人魚】?【人間】?【お魚】?どっち?」
【伏羲】は、名前から【人間】と【魚】の要素がある【生物】だろうと予想したが、皆目見当がつかない。
【普賢真人】は、上半身が【人間】で腰から下は【魚】の【鱗】と【尾ひれ】がある【生物】だというと、【伏羲】が突然自分の衣装の裾を破って地面に座り込むと筆を取り出して破った衣装に絵を描き始めた。
衣を裂く音がして【伏羲】が座り込んだので、何事かと一同は彼の動向に注目する。
できた、と言って【伏羲】は裂いた衣を頭上に掲げる。
すると閃光が夜空を裂き、世界が一瞬で白く塗りつぶされた。そのまばゆい輝きは、次の瞬間には吸い込まれるように収束し、光の残像が消え去ったその場所には、【人魚】が浮かんでいた。
上半身は滑らかな人間の肌を持ち、腰から下は夜の闇を映したような深い藍色の【鱗】に覆われている。【鱗】は水に濡れたように妖しく煌めき、その先には優雅な【尾びれ】が揺らめいていた。
彼は裸体であったが、一切の隠すものはない。その体つきはしなやかで華奢、筋肉の隆起は控えめだ。特に目を引くのは、男性でありながらくびれた細腰だ。その流れるような肢体は、性別を忘れさせるような中性的な美しさを放ち、見る者を惹きつけてやまない。
照明が暗いところで見ると、その腰つきは女性のようにすら見える。その整った顔立ちは、美形の典型を体現していた。
黒竜王「えっ!【人魚】!」
白竜王「けど、男だぞ【人魚】じゃない新種じゃねえのか?」
【人魚】の出現に驚く【黒竜王】へ【白竜王】は『人魚説』を否定する。彼は【人魚】は女性であってほしいのだろうか。
太乙真人「【生物創造】の神秘!」
【太乙真人】は、【伏羲】の【生物創造】をナマで見られたことに感動している。【人魚】だとか性別云々は、どうでもよさそうだ
紅竜王「男か………男でよかったな。女だったら色々と隠さないといけないからな!」
【紅竜王】は、【人魚】が裸族であることをツッコんだが性別が男なら公序良俗的にセーフという意見だ。
祥「ああ!なんてもったいない。この世の者とは思えないほど美しい!顔も、体のラインも、肌の質感も、何もかもが完璧なのに……なぜ男なんだー!これほど完璧な美しさなら、女性の身体で見たかった。神様のいたずらとしか思えん!」
太上老君「【伏羲】は【創造神】だからね………正に神様のイタズラ!」
【創造神・伏羲】を前に『神様のいたずら』と言ったのを【神竜・祥】のボケと受け取った【太上老君】がノリで返した。
竜吉公主「腰が細い………男なのに!何なのあのくびれ!」
【竜吉公主】は、目をカッと開いて【人魚】の細い腰を羨望を込めてガン見している。
楊戩「【竜吉】………男の下半身をガン見するのはどうかと思うぞ………というか、男なのか?【半陰陽】という可能性は?腰が細すぎる」
【楊戩】と【竜吉公主】は腰の細さが気になるようだ。【竜吉公主】は女性らしい意見だが、【楊戩】は腰から下が【鱗】なので性別がないのではないかと疑惑を持った。
瑤姫「ちょっとダイエットしようかな………」
【瑤姫】は自分の腰周りをペタペタ触っているが、腰のくびれ具合は彼女もいい勝負だ。【汎梨】が、貴女がそれを言いますか、と言いたげな視線で【瑤姫】を見ている。
そこへ、【西王母】と【東王夫君】が閃光に驚いて駆けつけて来た。【異世界転生】の別れがツラくて引き止めないように、館から見送るはずだったが突然のハプニングに出てきてしまった。
【西王母】も【東王夫君】も、【人魚】に気づいて閃光の正体が【生物創造】の光だったことを理解する。
東王夫君「男性の【人魚】………になるのかな?」
西王母「【半陰陽】ではありませんの?男性にしては腰が細いですよ」
男性と女性では視点が違うのか、【東王夫君】は裸体から男性と判断したが【西王母】は腰の細さを指摘している。
しかし旅立ちの前に【生物】を創造してしまってどうするのかという話になった。
祥「それなら問題ない!私が【人間界】で転がり込もうとしている奴は、【海の先住王】でな!アヤツの所には【人魚】はゴロゴロいるから引き取って貰おう!」
【神竜・祥】は気楽に、問題解決だなと言ったが【太上老君】が少し不安げになっている。
太上老君「【大海主】の所にいる子たちは、みんな女の子だよ。男の子を連れて行って大丈夫?」
祥「それは!ハーレム展開!やはりやめておこう。何かムカつくから」
【神竜・祥】は美女揃いの【人魚】のハーレム王になっている【男性人魚】を想像して嫉妬を覚えた。
紅竜王「ガキみたいなことを言うな!ここは、創造した【伏羲創主】の意見を尊重すべきだ!」
【紅竜王】の言葉に女性陣は頷いた。男性陣は【神竜・祥】のハーレム発言のせいで反応が微妙である。
伏羲「この子は、【普賢】にプレゼント。【人魚】は【お薬】の材料」
どうやら【普賢真人】が【妙薬】作りの材料だと言ったので、【人魚】を創造してみたといった感じのようだ。
女性陣が冷たい視線を【普賢真人】へ向ける。
普賢真人「僕が材料に使うのは、【血液】だよ。少しだけ【血液】を採取させてもらえたらいいだけだから、そうだなあ………彼?には僕の助手になってもらおうかな」
女性陣の批判的な視線をものともせずに、【普賢真人】は【人魚】の待遇を提案した。【毒見】などで【毒】を飲み食いするので、冷たい視線や珍獣を見るような視線には慣れているので、メンタルが強い。
太上老君「【祥】………【ふっくん(普賢真人)】を見習いなよ。【菩薩】の【階位】をもらっただけあって【器】が違うよ」
【太上老君】は、【普賢真人】は【人魚の血】が材料に欲しい、そして思いつきで創造された居場所を検討中の【人魚】を世話するので【等価交換】成立の見事な采配を褒めた。
伏羲「【普賢】、ごめんね………迷惑だった」
シュンとなった【伏羲】の髪を撫で撫でして【普賢真人】は、僕の為に素敵なプレゼントをありがとう、と言っている。和む光景に癒やされる。
祥「では、【普賢】も【大海主】の所へ行くか!アヤツの所に【薬】に詳しい者がいるのだ。………私のカンでは、あれは【漂泊の者】だ」
【漂泊の者】とは、【異なる世界】から【漂流】して来た者のことを指す。彼らは、けっこう進んだ薬学知識や市井の商人ですら知らない【四則演算】という計算方法など高い知能を持っている。
東王夫君「【漂泊の者】ですか………【幻の存在】とされていますが実在するのですね………私も【人間界】へ行きたくなってしまった」
【東王夫君】は行きたいと口にするだけだった。【男仙】の統括者である彼は、そう簡単に任務放棄できないのだ。
太上老君「【巴々(東王夫君)】、時々【召喚】で喚ぶからね!」
【太上老君】は、【蓬莱山】を任せたよと言った。【蓬莱山】を賜った【頭領】でありながら、管理できずに【東王夫君】へ丸投げしたが感謝してもしきれないほどありがたく感じているのだ。
実は【召喚】という方法で【異世界】へ喚ぶ、あるいは喚ばれることで行き来することは可能だが、【天仙】レベルの【神仙】を【召喚】できる者は【人間界】には存在しない。だが、これからは【人間界】に【神仙】が降下するので状況は変わるだろう。
【太上老君】、【伏羲】、【黒真珠の闇蜜】、【紅真珠の火燐】は【チャクラ】を結集して【異世界の扉の陣】を敷いた。本来なら【三清道祖】の3人で【陣】を敷くのだが、【人間界】へ行くのは【太上老君】だけなので代理人が必要になった。その代理人が【伏羲】、【闇蜜】と【火燐】は2人1組で務める。
【伏羲】は【創造神】なので問題なく代理が務まる。一方で【闇蜜】と【火燐】は【精霊】なので【神仙】とは異なる存在だが、実は本来なら実体のない【精霊】は使う【術】によっては【神格】クラスの能力を発揮する。【異世界】という未知の扉を開くのには【精霊】の彼女たちは非常に適応が高いのだった。
【太上老君】は、少数派から始めるねと言って唯一【畜生界】を希望した【道行天尊】を【陣】へ招く。
【陣】の中に入った【道行天尊】は、ご縁があったら再会しましょう、と元気に手を振った後、姿が消えた。同時に【道行天尊】の【転身体】も消えたので【畜生界】への【異世界転生】が成功したことが証明された。
【太上老君】は、じゃあ次と言って【広成子】と【赤精子】を【陣】の中へ招く。
両者は、「【修羅界】でテッペン取るぞ」「俺がな」と言いながら消えた。同時に【転身体】も失くなっている。
最後に残った者たちは【人間界】だ。
太上老君「私たちは、元は【人間】だったり【人間界】に降下したりして【縁】が出来ているからね。ここで各々が【転身体】に【魂魄】を移してから【転移陣】を使うよ」
私たちは【異世界転生】ではなく【異世界転移】ということになるね、と【太上老君】は言った。
太上老君「【闇蜜】と【火燐】は、一旦【宝玉】に戻りなさい。【黒真珠の闇蜜】は私が持って行くよ。師匠だからね、弟子の面倒はみないとね」
祥「【火燐(紅玉石)】は【汎梨】が持て」
【精霊】の場合は姿形が定まらない者なので【転身体】へ【魂魄】を移すより本来の姿に戻るほうがコスパが良いというだけのことだ。
【闇蜜】は【黒真珠の数珠ブレスレット】に、【火燐】は【紅玉石を嵌め込んだ髪飾りに】姿を変えた。【精霊】なので思った形に変幻自在なのである。
【神仙】たちは、各々の容姿の【転身体】を前にして【魂魄】が肉体を離れ【転身体】の中へ収まるイメージをして瞑想する。
【神仙】は【人間】より【高次元存在】なので、実は現在の姿形はイメージから創られた【幻影】のようなものだ。【天界】では【幻影】や【精霊】は実体化するが、【人間界】では可視化できない【精神体】となるので【宿体】になる【転身体】が必要になるのだ。これは【衆生界(人間界、修羅界)】、【外道界(餓鬼界、畜生界)】に共通する摂理である。
全員が【転身体】に魂魄を移し終わって、新しい肉体の動作確認で手を握ったり開いたりしている。【白竜王】と【紅竜王】は、組手を始めて元気があり余っている様子だ。
【神竜・祥】は、これから【竜化】して皆を運ぶから余計な体力を使うな、と組手をやめさせている。
祥「これから身を寄せることになる【海の先住王】は【古竜神】で【本性(本来の姿)】は【竜】だからな。【竜種】の私たちが乗せて行ったほうが事がスムーズにはかどる」
【神竜・祥】は、【人間界】の【海の先住王】の【国】では【海の先住王】の配下の【先住者】と呼ばれる者たちと【人間】の【支配階級】の者たちと【戦争】をしていたので、【人間】に対しての警戒心が異常なことになっているのを説明した。
紅竜王「それは、【人間】の首を100個200個持って行けば、いい手土産になるということだな」
祥「【紹(紅竜王)】………女の子は、そういう血なまぐさい系の手土産はしないぞ。あと、【人間】は死亡すると体が腐敗するから逆に迷惑だ」
勇ましすぎる娘の【紅竜王】に「生首はお土産じゃない」と言い聞かせると、【白竜王】が腐るのかよ不便だな、とつぶやいているので【紅竜王】と同じことを考えていたようだ。
太上老君「手土産なら、【伏羲】が創造した【男の子の人魚】をお披露目するだけで充分だよ。【大海主】は私と同じくらいの歳月を生きてるけど、【男の子の人魚】は始めて見ると思うよ」
【人魚】が女性ばかりと聞いて、【普賢真人】が少し不安になる。
普賢真人「僕、【人魚】のこと守れるかな………女性に暴力はイケナイし………」
【普賢真人】は【人魚】を防衛する為に武力行使まで考えていたようだ。穏やかな性格の彼がそこまでとは、かなり【人魚】が気に入っている。
伏羲「【普賢】、【人魚】は【れずびあん】?とかいうので同じ構造の体にしか興味ないから大丈夫だよ」
【単一性】の種族なので、【男性体の人魚】は別種族と考えると【伏羲】は言った。
黒竜王「【創造神】が俗っぽい単語を………父上!」
【伏羲創主】に変な言葉を教えないで、という目で【黒竜王】は【神竜・祥】を見る。
祥「濡れ衣だ!【伏羲】に教えたのは、【大海主】だ!」
【神竜・祥】は【汎梨】と同列に溺愛する【黒竜王】に軽蔑されたくないのでそう言ったが、【黒竜王】が【海の先住王】は父親と同類と頭の片隅に留めることになった。
太上老君「はいはい………お戯れはそこまでにして、【陣】に入って」
【竜化】した【神竜・祥】には【太上老君】、【伏羲】、【普賢真人】と【人魚】が、【紅竜王(竜化)】には女性陣が、【白竜王(竜化)】、【黒竜王(竜化)】には残りが半分に分かれて乗った。
【異世界転移】の光が、【陣】の中央で強く輝きだす。
別れを告げる最後の瞬間だ。【東王夫君】と【西王母】は、彼らの2人の娘を乗せた【紅竜王】を見つめる。【神仙】の統括だけあって、沈着冷静で表情は落ち着いたものだ。
東王夫君「【竜吉】、気が強いのはほどほどに。せっかく得た婿に逃げられてはかなわないからね。【瑤姫】は、お転婆は少し控えて欲しいな」
西王母「【竜吉】、子どもが生まれたら【人間界】に喚んでちょうだい。【瑤姫】は、お転婆し過ぎて【閏様(白竜王)】から『三行半』にならないでね」
【東王夫君】は、娘たちが勝ち気過ぎることへの助言を【西王母】は、既婚の【竜吉公主】には、夫婦仲良くと未婚の【瑤姫】には、婿候補に逃げられないようにと告げた。
竜吉/瑤姫「お父様、お母様、また【人間界】で会いましょう!」
絶対に【召喚】して孫を見てもらいますから、と【竜吉公主】が言う。気丈な彼女も両親との別れに少し涙目になっているが気力でこらえる。
【瑤姫】は、気が早いよ婚約もまだなのにと瞳からこぼれ落ちた涙を指で拭っている。普段はお転婆姫だが、両親の元を離れる旅立ちの時はしんみりしていた。
光の粒が地面から立ち昇り、【陣】全体が眩い銀色に染まり始める。
太上老君「【巴々(東王夫君)】、【媽々(西王母)】、バイバイ!」
【神竜・祥(竜体)】の背から、【太上老君】が身を乗り出し大きく手を振っている。【神竜・祥(竜体)】は【竜玉】を持っていない左側の前脚を上げている。おそらく手を振っているパフォーマンスだろう。後ろ脚だけで自身の体を支えている状態だがブレがなく非常に体幹が鍛え抜かれている。
【東王夫君】と【西王母】は【太上老君】、旅立つ娘、そして同朋たちへ手を振った。
光はさらに強さを増し、全てを包み込む奔流となる。
そして、銀色の光の渦が竜の背に乗った集団の姿を完全に飲み込んだ。
【陣】の中央には、ただ眩しい光の名残りが静かに残っている。彼らがいた場所は、もう無人だった。
【東王夫君】と【西王母】は、眩しさが消えた後の虚空をただ見つめ続けた。夫婦の視界に【桃園】の桃の木の1本に背を向けて隠れるようにしている【玉皇太子】の姿が映った。その横には光が収束していく【陣】を見つめて立っている【霊宝天尊】がいる。見送りには行かないと言ったが、離れた所から旅立つ者には見えないようにこっそり見送ったのだ。
この日を境に【崑崙十二仙】は二度と【天宮】の招喚に応じなくなった。
また、『出入り禁止』をくらった【道徳天尊(太上老君)】は失踪、【霊宝天尊】は【金鰲島】を【怪異仙人】、【妖怪仙人】、【怪獣】の【新世界】として独立した。
【天界】には【元始天尊(玉皇太子)】だけが残ったが、彼女は契約満期の『約束の日』に向けて【炎帝】へ試練の鞭を振るい続ける。
非常事態は【竜王一族】の【竜王宮】にも起こっていた。
【神竜・祥】と【紅竜王】、【白竜王】、【黒竜王】、そして【汎梨】の姿が消えた。
【汎梨】は分厚い置き手紙を残していて、そこには物心ついた時から【炎帝】の婚約者と教育され【炎帝】のワガママに振り回された苦痛、恨み言、そして【青竜王】を敬うことができなくなったこと、最後は婚約破棄して心機一転で第ニの人生を謳歌するで締められていた。【天宮】で【人間界】へ降嫁────────────【人間界】へ降下してそこで嫁入りすること────────────すると言ったのを有言実行したのだ。
【青竜王】は、【神竜・祥】の書き置きらしいシンプルな文章を見る。
『【人間界】へ降下することにした。
【竜王】の【広】は連れて行けないが他の子らは同行させる。
達者に過ごせ。
父より』
と配偶者のいない【青竜王】は父親から三行半を突きつけられたのだった。
【天界】の玉座の間には【玉皇太子】が3人の配下を従えて【炎帝】に詰め寄っていた。
3人の配下は、【玉皇太子】直属の【黄帝一族】。【首長】の【軒轅】、巨漢の男は【力牧】、軍師風の男は【風后】だ。
玉皇太子「【シン(炎帝)】よ、『約束の日』だ。今日ただ今を持って、お前は【天帝】を退位しろ!」
【玉皇太子】は有無を言わさぬ威圧感で威嚇するように【炎帝】を睨みつける。それだけでも【炎帝】はビビっているのだが、追い打ちをかけるように【軒轅】と【力牧】がポキポキと組んだ指を鳴らして脅しているが、隠しきれない殺気が2人から立ち昇っていた。【風后】がポーズなんだから殺気を隠せと言っているので、今すぐ武力行使というわけではなさそうだ。
【炎帝】は玉座に座したまま動かないが、それは足がすくんで動けないだけだ。もっともそれを知られまいと落ち着いた様子を装っているが、親指の爪を噛むクセが出ている。【炎帝】のこの動作は苛立ちや動揺の時にする仕草だ。
炎帝「姉上、戯言はおやめください。貴女は先代の【天帝】で【上皇】の立場ですが、退位を命じるからには相応の理由が必要だ!」
【炎帝】は【玉皇太子】には『上皇命令』で更迭は可能だが、理由もなくそんなことは許されないと言ったのを【玉皇太子】は、鼻で笑う。
玉皇太子「それだよ。お前は他人の話を聞かない。私は、お前に『約束の日』だと詰め寄っただろう?私がお前に【天帝】を譲位する際に言ったただ1つの条件を忘れたか?」
炎帝「条件?」
玉皇太子「ほら見ろ、他人の話を聞いていない」
【玉皇太子】は、聞いていないならもういいと言うと【炎帝】は条件とは何のことかと食い下がるが【玉皇太子】は、冷たく突き放した。
玉皇太子「【シン】よ、1度で言うことを聞かない奴は100回言おうと聞かない」
【玉皇太子】の言葉に、【軒轅】と【力牧】は吹いた。【風后】はノーリアクションだが、頬が引き攣っているので笑いを堪えているようだ。
玉皇太子「それに、お前を今すぐ更迭する罪状ならあるぞ」
【玉皇太子】は、【風后】に目配せして例の件を言ってやれと告げた。
指名された【風后】は、僭越ながらと言って口を開いた。
風后「【陛下】、先日の【瑤池】で行われた【蟠桃会】の件………【西王母様】より被害届が出されております」
【陛下】は他人の話はお聞きになりませんが、ご自分の行為は流石に覚えておいででしょう、と【風后】は言った。
【蟠桃会】の件は【炎帝】は、よく覚えている。もっとも覚えているのは今、罪に問われようとしている行為ではない。【蟠桃会】の件で【青竜王】に怒られて何度も殴られたから覚えていた。
炎帝「あの件では【敖兄(青竜王)】に折檻された!朕は、充分な罰を受けた!」
軒轅「いや………折檻されたから罪に問われないってことにはならねえからな!」
【軒轅】は、【蟠桃会】の件の被害者は【西王母】で【青竜王】は、あくまで保護者として行為は正しいとは言えないが、体罰を与えただけのことだ。
炎帝「たかが桃園ではないか!また木を植えれば済む話だ!」
玉皇太子「たわけが!お前がぶっ壊した桃園の木は【仙桃の木】だ!植えてすぐに芽が出るものではないのだぞ!しかも、【仙桃の実】が成るのに何百年かかると思っている!」
【玉皇太子】は、反省するどころか開き直りを通り越して失われたものを、始めからなかったことのようにしようとしている【炎帝】に、ブチキレた。
玉皇太子「フフフ………アハハハ………何と愚かなことだ!私は、こんなアホの為に3000年の歳月を無駄にしてしまった」
いきなり高笑いを始めた【玉皇太子】に、ブチギレして頭がヤバくなったかと【軒轅】は、ちょっと引いたが【玉皇太子】の頭は正常のようだ。
玉皇太子「【シン(炎帝)】よ、今この時より私とお前は姉と弟ではなくなった。勿論、【人間界】に【転生】した【戩】も、お前の兄ではなくなった」
もっとも私と【戩】は姉弟だがな、と【玉皇太子】は【炎帝】 だけと絶縁を宣言した。
玉皇太子「【シン】、お前だけは本当の兄弟ではないのだ。そもそも、お前は【昊天上帝】と【玉麗天后】の子ではない!お前の父は【神竜・祥】の弟【裕】だ」
【炎帝】は、【玉皇太子】は何を言っているのか理解ができなかった。本当の兄弟ではないということは、彼女の言う通り【昊天上帝】と【玉麗天后】は両親ではないということだ。信じ難いことを言われたが、百歩譲ってここは聞き流した。しかし、次の言葉は聞き捨てならなかった。
【神竜・祥】の弟【裕】は、【炎帝】が生まれた時には既に故人だったので面識はないが【竜王一族の内乱】の首謀者の名前なので、知らない名ではない。
炎帝「姉上!言うに事欠いて、私をあの大罪人の子とおっしゃるのですか!ここまでの侮辱をよもや、姉上からされるとは思わなかった!」
【玉皇太子】は事実を言っているが、事実を知らない【炎帝】は侮辱ととらえた。
玉皇太子「フン、知らぬとは残酷だな。私は、少し前まで【人間界】に降下していたが、そこで【裕】の残留思念とまみえた。奴は、ひと目でいいから子に会わせてくれと懇願していたというのに、お前は実父を大罪人と論じ侮辱行為をされたと吠えるか」
【軒轅】、【力牧】、【風后】は【玉皇太子】がここへ【裕】の残留思念を連れて来なかったということは、【炎帝】に会わせない選択肢を選んだのだと暗黙の了解で理解した。
炎帝「では、その大罪人の残留思念とやらをここへ!」
玉皇太子「そんなもの、瞬殺で消した。あまり長く留まられて【悪霊化】されると厄介だからな」
放置しておけば、【裕】は絶対にタチの悪い【悪霊】になるに違いないと【玉皇太子】は無情にも【裕】の懇願に聞く耳持たなかったことを話した。
それを【炎帝】は、苦し紛れについた嘘と思いせせら笑った。
炎帝「姉上………嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をついては?」
玉皇太子「お前は、いつまで私を姉と呼ぶのだ?たった今、【天帝位】を剥奪されたお前は何の権利も持たない『逆賊の子』だ!」
次に姉と呼んだら『不敬罪』にしてやるからな、と【玉皇太子】は路傍の石を見るような目で【炎帝】を見た。
玉皇太子「そうだ!いい忘れていた。お前の母は、【白真珠の白櫻】………そう、【竜王・敖広】の婚約者。【シン】、お前が最も憎んでいる【白真珠の精霊】だ!お前は、最も憎い女の腹から生まれたのだ!しかも、【裕】と『不義密通』の末にだ!」
ここまでくれば、悲劇を通り越して喜劇だな、と【玉皇太子】は不敵な笑みを浮かべた。
玉皇太子「『不義密通』の末に内乱まで首謀した『逆賊』を父に持つお前を、【昊天上帝】はお前が【天帝】として【天界】へ貢献することで、親の罪罰を贖わせようとした。しかし、この3000年余のお前の振る舞いは目に余るどころではない。特に、逆賊の子がホンモノの【天帝】嫡男の【二郎(楊戩)】を処刑するなどと宣った時は、私はお前の首を即刻斬り落としてやろうかと思ったぐらいだ!」
あの時に耐えた自分を、よくやったと褒めたいわと【玉皇太子】は自画自賛する。
炎帝「う………嘘だ!朕が不義密通の果てに懐妊した逆賊の子で………あの忌々しい【白真珠】が母などと、戯言だ!」
【炎帝】は、子どものように駄々をこねて喚くが【玉皇太子】の態度から『逆賊の子』ということは事実と受け止め始めている。しかし、母親が【白真珠の白櫻】だというのは認めたくないようだ。
玉皇太子「朕だと?………貴様、不敬罪も追加されたいか!自身を朕と称することが許されているのは、【天帝】だけだ!」
【玉皇太子】は、勢いで腰に帯びた【刀剣】を抜刀した。しかし、まだ斬る気はない。興奮してテンションで抜いただけだ。【軒轅】たちもノリと勢いで抜刀したことがわかっているので、止めないし煽りもしない。
だが気が動転した【炎帝】は斬られると思った。情けない悲鳴を上げて【玉座】から立ち上がるが、足をもつれさせてみっともなくも腹這いに大の字で転ぶ。
テンションで抜刀した【玉皇太子】は、抜いた【刀剣】を掲げた状態で、ププッと吹いた。こちらに背を向けている状態の【炎帝】には見られていないが、【軒轅】、【力牧】、【風后】はその様子をバッチリ見ている。
軒轅((いくら見えていないからって、今シリアスな『修羅場』だぞ!笑う要素ねえだろ))
【念話】で咎めたのは【軒轅】の気遣いだ。
玉皇太子((スマン!だが、【シン(炎帝)】の父親の【裕】は子に会わせろと厚かましいことを言って、私が断った時にあのように転びはしなかったが背を向けて逃走を図った))
その【裕】の姿と背を向けて大の字に転んでいる【炎帝】の姿がダブって、【玉皇太子】は『蛙の子は蛙』だと頭に浮かんで笑いを抑えられなかったらしい。
【炎帝】は体を起こしたが、転んだ際に足を捻ったようで四つん這いで床に手と膝をついて前進して逃走を図る様子だ。
炎帝(逃げなければ!このままでは殺される!)
3000年余、ワガママ放題の【天帝】だった【炎帝】には、不測の事態への備えや臨機応変という対応能力が無い。認めたくはないが【玉皇太子】の言動から、自分が『逆賊・裕』の子であることは疑いようもないだろう。【炎帝】は殺された後、屍を晒されることを想像して、これまでの自分の振る舞いを振り返り晒された屍の末路が容易に理解できた。
炎帝「死にたくない!朕を殺すつもりだったなら、なぜ嬰児のうちに殺さなかったのだ!【昊天上帝】は残酷だ………朕に温情をかけて最後は突き放した!」
【炎帝】の目線ではそうなのだろう。しかし、【昊天上帝】は最初は『子に罪は無い』と言った言葉に偽りはなかった。しかし言葉の裏を返せば罪が無いのは子だけで父親は大罪人なのだ。子と親は別の生き物だが、理屈でそれを解っていても親から子が生まれるのが摂理なので親が汚名を残せば、嫌でも子に余波が降りかかる。
炎帝「兄………【敖兄】!助けてくれ!………ここへ来て、朕を助けよ!」
【炎帝】の悲痛な叫びを聞いて、【玉皇太子】は朕と自称したら斬ると言ったよな、と目を吊り上げて【刀剣】を振りかざした。今度はガチで斬りかかりそうだ。
慌てて【軒轅】と【力牧】が2人がかりで【玉皇太子】を止める。【風后】が、ここで斬殺すると予定が狂いますよ、と耳打ちするが【玉皇太子】は予定は変更する為にある、と開き直った。
【玉皇太子】は、【炎帝】が自称する一人称を『朕』と言ったことに対して激怒している。
たかが一人称と思うだろうが、『朕』とは『帝の位にある者』だけが称することを許されている一人称だ。『帝ではない者』が自称すると不敬に値する。
【玉皇太子】は【刀剣】を振り回したり、キレて怒声を浴びせているが今後【天帝位】を降りた【炎帝】がウッカリして『朕』と自称しないように、教育している最中なのだ。
しかし、他人の心の内は他人には見えない。【刃】を向けられた【炎帝】や、今この瞬間にこの場に飛び込んで来た者には【玉皇太子】が『無礼討ち』しようとしているように見えた。
観音開きの【玉座の間】の扉が開いて飛び込んだ時には、【玉皇太子】が【刀剣】を振り上げて【炎帝】に怒声を浴びせ【軒轅】、【力牧】が無礼討ちを止めている光景が【青竜王】の目に映った。
青竜王「【太子】!この状況は一体………!」
【青竜王】は玉座の方へ視線を移して、玉座から転げ落ちたのか【炎帝】が四つん這いになっている姿を視界に留めた。
【シン】どうしたのだ、と言って【青竜王】は慌てて【炎帝】に駆け寄る。
跪いて【炎帝】を抱き起こす【青竜王】に【炎帝】は、縋り付いてこれまで【玉皇太子】に言われたことを一気にまくし立て最後は、このままでは朕は姉上に殺されてしまうと言った。
【青竜王】は、【玉皇太子】が【炎帝】の実の両親のことまで全て話したことに驚いて目を瞠った。
炎帝「【敖兄】!姉上の言ったことは戯言であろう?嘘だと言ってくれ!」
玉皇太子「まだ言うか!【広(青竜王)】よ………貴様のタイミングに合わせていては、いつまでたっても真実は語られそうにないのでな、私がお前の手間を省いてやった」
【玉皇太子】の言動から、不義密通から始まって内乱の首謀者ということで討伐されたことまで全て【炎帝】は知ってしまったのは間違いなさそうだと【青竜王】は察した。
そして、この場に【風后】がいることから彼の【風遁】で【天宮内】に音声が館内放送のように流されたに違いない。
【天宮】の宮仕えの者たちには当然、家族があるのでもはや【天界】全域に【炎帝】の隠し続けた『出生の秘密』が知られてしまうことだろう。
青竜王「【シン】、【太子】のお前への御言葉を【天界】じゅうが知ることは時間の問題だ」
その言葉に【青竜王】が【玉皇太子】の話を肯定する意を理解して【炎帝】は、【青竜王】の腕の中で子供のように泣きじゃくった。
青竜王「【シン】、泣くな………【天界】全てがお前の敵になっても、私はお前の味方だ」
【青竜王】は【炎帝】を横抱き(お姫様抱っこ)にして立ち上がると、【玉皇太子】に「御前、失礼仕ります」と一礼して右手を高く掲げた。
【青竜王】の伸ばした手の先から【水】の【チャクラ】が集中する。
【炎帝】を抱えた【青竜王】を中央に突然、巨大な水の渦が発生する。それは、周囲の光を全て飲み込むほどの濃密な【水遁術】の【転移結界】だった。
青竜王「【水遁・四海転移】!」
【青竜王】の【言霊】の後、轟音と共に水の渦は閃光へと変わり、青竜と天帝の姿を完全に包み込んだ。
水の渦と光が収束した後には水滴一つ残っていなかった。
玉皇太子「行ったか………後は、【人間界】のアイツらが引き継いでくれるだろう」
【玉皇太子】は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
軒轅「カッコつけてるけどよ、アンタ………マジギレしてガチで殺る所だっただろ」
【軒轅】の言葉に、しばらくの間があり【玉皇太子】は演出成功とVサインした。
【軒轅】と【力牧】は、今のは殺ろうとしたのを自覚した間だなと言って頷きあった。
【玉皇太子】は、【天界】で【炎帝】の退位を認める言質を取れなかった。
譲位されるか現在【天帝位】にある者が逝去するかのいずれかでなければ、まだ【炎帝】が【天帝位】のままだ。
【青竜王】は【水遁・四海転移】を使ったので【水】のある場所が【転移先】だから、特定が難航する。しかし、それは通常時の話だ。
かつて【炎帝】は【玉皇太子】の実弟【二郎真君(楊戩)】の処刑宣言をしたことで、【楊戩】とその妻【竜吉公主】をはじめ、【崑崙十二仙】、【竜王一族】が【人間界】へ【異世界転生】で【人間界】へ降下した。
今、【人間界】に【青竜王】の【水遁・四海転移】をコントロールできる者がいるのだ。
激しい光と水流の渦が収まった時、二人が着地したのは、硬い木材の感触だった。
青竜王「っ!……ここは、いったい………!」
【青竜王】は、腕の中の【炎帝】を支えながら周囲を見渡す。
彼らが転移した先は、部屋の中央に置かれた、巨大な木造の箱舟のようなものの中だった。広々とした木箱は深く、周囲を白く滑らかな石で囲まれている。
箱の内側からは、ほんのりと木の香りが立ち上っていた。
炎帝「なぜ水がない所に出て来たのだ?」
【炎帝】は混乱した表情で呟いた。
炎帝「この箱は何だ? 何かの結界か?」
【天界】の風呂は、白銀の【霊石】や瑠璃の石材だ。【人間界】の【ヒノキ風呂】の浴槽など見たこともない。
青竜王「これは浴槽だ………【天界】では【香木】に使う【ヒノキ】を材料にしているようだな」
【青竜王】は【四神・青龍】なので【ヴァジュラ】という【武器】として、それを使う者と【契約】を結ぶので【人間界】の知識はそれなりに明るい。
混乱する【炎帝】をそっとしておいて、【青竜王】は広間をさっと見回す。
【青竜王】と【炎帝】が【転移】で着地した【ヒノキ風呂】はダンスホールのような広間の中央に鎮座している。
青竜王(妙だ………【人間界】には夜会に使う広間に【風呂】を置く習慣はないはずだ)
稀に、玉座の間に大理石の風呂を置いて浴槽をワインで満たして入浴が目的か飲酒が目的か、度し難い行いをする者もいたが、熱湯で湿度が高くなるので屋内風呂は、専用の小屋や個室に置く所は【天界】も【人間界】も共通と【青竜王】は考えている。
青竜王(【ヒノキ】………【木】か………)
【竜種】は【水の加護】があるので【水遁】を使うが、それとは別に神通力の【適性属性】がある。【青竜王】は【木属性】の適性だ。
ふと視線を感じて【青竜王】は、広間に複数の【人間】がいることに気づいた。
蘇芳「ホントに現れた!【竜】だから【水】張らないとダメだろと思ったけど………洸の言う通りだ。浴槽が【木製】だから水いらず!」
1人の【人間】が驚きの声を上げているが、【人外の存在】の出現に驚いたのではなく、【術】が失敗すると予想していたのを良い意味で裏切られて驚いた感じだ。
青竜王「!そなた………【境界を超えた者】か!」
【青竜王】は、驚きの声を上げた【人間】がこの【世界】とは異なる【時間軸】の【人間】であることに気づいた。
しかし、【青竜王】が気づいたのはそれだけではなかった。
青竜王(ここは………【妖怪】の巣窟か!)
【人間】と思っていたこの場の者たちが、【人外】であることに【青竜王】は気づいた。
彼らは、興味深そうな、あるいは査定するような冷たい視線で【青竜王】と【炎帝】を観察している。
【青竜王】は警戒心を高めた。自分たちは【転移】で着地したのではなく、ここへ誘導されたのだ。
青竜王「【シン(炎帝)】、もう1度【転移】する!」
【青竜王】が【炎帝】を促したその瞬間、1人の青年が前に出た。
朔「もう帰るのか?せっかく招待したのだから、茶ぐらいは出すぞ」
褐色の肌色にプラチナブロンドがエキゾチックな雰囲気の、非の付け所がないほどの超絶美形の青年が声をかけて来た。左目が紅色がかった紫色で右目が蒼い左右異なる色彩の瞳が印象的だ。
【青竜王】は、この青年は一際異彩を放っていると判った。【王】の風格と言われるものだ。【人間界】でこれほどの【神威(高位存在の持つ威圧や覇気)】の者と遭遇することになるとは思いもよらなかった。
朔「自己紹介がまだだったな。俺には名前が2つあってな………まずは、この【宿体】の【人間】の名だが、陵朔だ。そして、【魂魄】の持つ【真名】は【闇嶽之王】………【山の先住王】と言えばわかるか?」
思わぬ大物と遭遇してしまったことに、【青竜王】は目を瞠る。そして『陵』という苗字を、つぶやいていた。
朔は、流石に自分の父親の【転生先】はわかっているようだと言った。
朔「【竜王殿】の父上、【神竜・祥殿】の【宿体】は陵棗、今は俺の母だ」
そこへ、混乱が収まった【炎帝】が朔に言葉で噛みつく。
炎帝「貴様か!朕と【敖兄】をこのような所へ押し込めたのは!」
【転移先】がそこだっただけであって、決して押し込めたわけではない。朔は【炎帝】の言葉など耳に入っていないかのように、完全スルーした。
【炎帝】を空気のように扱い、完全無視した朔は一瞥すらしなかったことから【炎帝】が何を言っても徹底して空気扱いするだろうと察した【青竜王】は、無視され続けて【炎帝】が癇癪を起こす前に黙らせることに決め、口を閉じよと【炎帝】に注意しようとしたその時、別の青年が言葉を発した。
洸「その態度、五千年経っても変わってないな………もはや才能だな!」
かなり着崩して洋装に併せたアレンジになっている【僧衣】から、【僧侶】と思しき黒髪の青年だ。朔とは趣の違う美形である。朔は褐色肌のイメージから野性味を帯びた感じだが、【僧侶】の彼は繊細な甘いマスクといった感じだ。
洸「兄上、久しぶり。【ヴァジュラ契約】をしているが、1度も手にしたことがなかったから五千年ぶりだな」
洸は、右手に持った【厳物造り】の【刀剣】を差し出すように前へ出した。
一見、年代物の【骨董品】のように見える彫刻や装飾が施されたその【刀剣】から鞘に納刀された状態にも関わらず荘厳な霊力が放たれていた。
青竜王「それは……竜王剣!」
【青竜王】は、【竜王一族】の血に反応する自身の分身とも言える【竜王剣】を手にした洸を見る。
【青竜王】の【木属性チャクラ】と【竜王剣】が、【青竜王】をここへ誘導したのは疑いようがなかった。
青竜王「【炎(黒竜王)】、やっと【竜王剣】を手にして兄を呼んでくれたか」
【青竜王】は、【十二天将シリーズ】と呼ばれる【ヴァジュラ青龍】────────────【ヴァジュラ】は武器なのでグループではなくシリーズの扱いになっている────────────として誓約に基づいて【人間界】へ降下できる。その特権を利用して弟の【黒竜王】の生まれ変わりの洸と【ヴァジュラ使役者契約】を結んでいたが、洸は【ヴァジュラ】の【竜王剣】を【骨董品】扱いして【蒐集家】に高値で売ろうとしたり、オークションにかけようとしたり、武器として使うどころか手放そうとしていた。
【青竜王】は、自分に呆れて【人間界】へ【異世界転生】という形で降下した【黒竜王(洸の前世)】が五千年の歳月で心変わりしたと思ったが、洸は期待を裏切る言葉を口にした。
洸「いや………今回は、ここに呼び寄せるのに利用したが、もう使わないだろう。だから返す」
ほら、持って行けと洸は【青竜】の胸へ【竜王剣】を押し付けた。そして【炎帝】を一瞥する。
洸「【シン(炎帝)】、五千年経っても安定の『ワガママエンペラー』だな。お前にも言うことがあるんだよ。【黒曜】覚えてるか?返してもらうぞ」
お前は散々痛めつけて全然乗らなかったみたいだから、もういらないだろと洸は後は俺が引き取ると言うと、いつまで経っても【竜王剣】を受け取ろうとしない【青竜王】へグイグイ【竜王剣】を押し付ける。
五千年越しの兄弟再会に、『塩対応』の洸へ【青竜王】は眉を顰めた。
青竜王「【炎】、これはお前の【ヴァジュラ】だ。今の所有者はお前だ」
眉を顰めた【青竜王】の表情は、寂しげだった。
洸「うーん………見てわかると思うけど、俺………今、【僧侶】なんだよな。こういう贅沢な品とか持ってたら示しがつかないというか………『坊主丸儲け』って言われるんだよ」
洸の言う『坊主丸儲け』がどういう意味なのかは【青竜王】にはわからないが、【僧侶】が贅沢品を身につけるのを制限するというのは理解できる。
洸「ああそれと、洸だ。今の俺の名前」
洸が【宿体】の名前を告げたということは、【青竜王】へわだかまりはないという意思表示だ。『塩対応』の後で少し態度が緩和された気がするが、【青竜王】はどう反応すればよいか戸惑う。実は洸の態度は『ツンデレ』なのだが、そんなワードを【青竜王】は知らない。
それを【青竜王】の隣で見ていた【炎帝】は二人のやり取りに苛立ちを募らせていた。【青竜王】が自分以外を気遣う様子が何より気に入らない。
炎帝「【炎】よ、五千年の間に随分と変わったな。昔は、そんな下賤の者のような口のきき方はしなかったと記憶しているが」
【炎帝】の嫌味を交えた言葉遣いの指摘に、洸は先程からの『塩対応』で返す。
洸「俺の話し方が、【日本】の一般男子の言葉遣いだ。今は『下賤』も『貴賓』も、だいたいこんな感じの話し方なんだよ」
3人の会話が一区切りついた頃合いに、プラチナブロンドの長い髪をポニーテールに纏めた長身の女が声を掛けてきた。
棗「五千年ぶりに一族が揃ったな」
氷の美貌という表現が相応しい超絶美女が3人の男女を引き連れて近寄って来た。女にしてはかなり長身だ。ヒールのない靴で身長は洸より少し高い。洸は長身の部類だが180cm未満だ。対して女は180cm以上ありそうだ。
彼女の纏う霊力の波動を感知し【青竜王】は、父上と口にした。
棗「うむ………この【宿体】で父と呼ばれるのは、違和感だが【竜種】の生まれ変わりの私には性別はあってないようなものだからな!父上呼び、許可してやろう」
上体を反らして、棗は上から目線で言う。彼女は、【先代竜王・祥】。【竜王】を退いた後に【神竜】に昇格している。つまり【青竜王】の父の生まれ変わりだ。
棗「相変わらず、【シン】とは仲良しのようだな」
棗は、含みのある言い方をして【炎帝】を一瞥する。
そして連れの3人の男女へ、お前たちも再会の挨拶ぐらいやっておけと言った。
棗の隣へプラチナブロンドの棗によく似た容姿の美女が並んだ。身長は棗より少し低いが、成人男子の標準を上回るかなりの長身だ。髪型がショートで年齢が棗より若い所を除けば見分けがつかないほど似ている。
環「【宿体】の名は陵環。棗との関係は姉妹だ。【魂魄】の【真名】は、今更名乗るまでもなかろう」
ふてぶてしい態度で自己紹介してから環は、【炎帝】を殺気を込めて睨みつけた。
刹那「【宿体】の名は龍紋刹那。【前世】の姉上は、今は母上だ。それと、【前世】で弟だった洸は従兄だ」
刹那は、環は母親で洸のほうが年上だと言った。母親の環と姓が違うが、刹那は母と言っていたので絶縁とかいった類で姓が違うわけではなさそうだ。性別が男なので気づきにくいが容姿は母親似でイケメンだ。
珊瑚「【宿体】の名は龍珊瑚。年齢は、刹那と同じだ」
最後にストレートロングの黒髪にパッツン前髪のクール系美少女が自己紹介を終えると、【炎帝】が【汎梨】とつぶやいた。
珊瑚は、とっくに忘れ去られていたと思っていたが覚えていたのか、と不快な表情を隠す様子もなく言った。
珊瑚「貴方にとっては空気同然だった元婚約者のことなど、とっくに忘れたと思っていた」
珊瑚は【炎帝】と目を合わすのを避けて嫌味を言った。
炎帝「【汎梨】!朕と婚約をやり直してくれ!」
一瞬、【炎帝】が何を言ったのか理解できないほど一同の頭の中が真っ白になった。
刹那「っ………!コイツ、殴っていいか?いいよな!もう退位するんだから不敬じゃねえだろ!」
言葉を発したのは刹那だったが、行動に出たのは珊瑚だった。
珊瑚「やり直すわけねえだろ!このクズが!」
珊瑚は、一瞬で跳躍と体を一回転捻って【炎帝】へ蹴りを入れた。
珊瑚の【胴回し回転蹴り】がクリティカルヒットした【炎帝】は、まだ【ヒノキ風呂】から出ていなかったことが幸いし浴槽内部で吹っ飛んだだけだったが、【炎帝】が激突した【ヒノキ】の浴槽の一部は大破した。
環「おい!刹那は殴ると言っていたから蹴ったらダメだろ!」
洸「その言い方だと、殴るのはいいみたいに聞こえるな!」
刹那「珊瑚!てめぇ、フライングしてんじゃねえぞ!」
三者三様の意見だが、誰一人暴力行為を言及していない。
棗「よし!これで、わだかまりは無くなったな!祝杯だ!」
棗がよしで締めた。誰もツッコまないので、オチとしてはこれでよかったようだ。
【青竜王】が、何を言っているのだ、とつぶやいていたので【炎帝】が何やら先走って世迷言を口にしたのは間違いない。
二十歳未満がいるから水杯ね、と言って黒髪ショートヘアの若い女が酒瓶と枡を持って来たが、中身は水らしい。
青竜王「【老君尊師】!貴女まで【宿体】を変えたのですか!」
水杯を用意したのは【太上老君】の生まれ変わりの者だった。
梓「【青龍】久しぶりー。今の私の名前は、篁梓。洸の双子の妹兼カノジョ!」
最後のカノジョの部分を刹那が公序良俗的にアウトとツッコんだ。
ダメージが大きく起き上がれない【炎帝】を【青竜王】が介助して【竜王一族】の7人は、それぞれ枡を手にした。
棗「五千年ぶりの全員集合と【炎帝】 お疲れ様に乾杯!」
棗の音頭で、【炎帝】以外全員が枡を高く掲げると、水杯をゴクゴクと飲み干した。
【炎帝】1人が杯を空けずに空気を読まない行動をしていたので、刹那が無理矢理口を開かせる。離せと喚く【炎帝】の耳元で刹那が、顎を外されたくなければ大人しくしろと脅したので静かになった。観念した【炎帝】の口内へ洸が枡の水杯を流し込む。一応、口から水が溢れないようにゆっくり注ぐ配慮をしている。
【炎帝】が枡の水杯を全て飲み干した時に、新たに男が1人進み出て来た。
黒い髪に隙のない身のこなしをしたちょっと口元がニヤけた感じだが、顔面偏差値の高い美丈夫である。
彼は、【宿体】の名前は篁燎。【魂魄】の【真名】は【大海主之王】と名乗った。
燎「結婚して姓が変わったが、棗と環の兄だ。そして、洸と梓の父親だ。【真名】のほうは、【海の先住王】と言ったほうがわかりやすいだろう」
燎は、ここは【竜宮】と呼ばれる【海の先住王】の【領地】だと言った。
燎「【人間界】にあって、【人間界】とは隔絶された【異界】だ」
【青竜王】は、なるほどと納得した。【人間界】にしては【霊子】が澄んでいるわけだ。
燎は、【天帝】の『退位の儀式』を行うには相応しい場所だろう、と得意げにドヤる。
炎帝「貴様は、何を言っておるのだ!朕は、【汎梨】と婚約を結び直して【竜公女】を妃とすることで【天帝】の玉座を追われる理由はなくなる!」
【炎帝】の言葉から、彼がなぜ血迷ったとしか思えない復縁を迫ったか理由が判った。
燎「うーん………それは、承服しかねる。俺も【汎梨】もお互い【宿体】が変わったから、もう夫婦ではなくなったが………【前世】では妻だった者が蹴り飛ばすほど嫌がっている相手に迫られているのを見て見ぬふりはできないからな」
実は、【人間界】での【汎梨】の降嫁────────────【天界】の【公女】が【人間界】の者へ嫁ぐこと────────────した先は、【海の先住王・大海主之王(燎の前世)】の元だったのだ。
燎は、今の俺は自分の娘より若いお嬢さんを異性として意識する気はない、と言っているので娘の梓より若い珊瑚を【前世】の縁から娶ろうと考えているわけではなさそうだ。父親目線で、【前世】の妻を娘のように見守っている感じである。
朔「【前世】の妻………っつっても、【大海主之王】と【竜公女】は『白い結婚』だったじゃねえか」
朔の【前世】での呼び方に、燎は懐かしい呼び方だとしみじみと【前世】を思い出している。
【青竜王】は、朔が話に加わって来たことで、彼が最初に「招待した」と言っていたことを思い出した。
青竜王「もしや………【先住王殿】たちは、【シン】の『天帝退位』の見届け役をなさるのか!」
【青竜王】の言葉に、朔は【竜王殿】はどこぞの聞き分けのない坊やと違って察しがいい、と言った。
そして、刹那が【炎帝】へお前は勘違いをしている、と言った。
刹那「【シン(炎帝)】………お前に【退位】を迫った理由が、そもそも違うんだよ」
刹那は、【炎帝】が【天帝】に即位した時に条件を付けられていただろう、と言った。
それに対しての【炎帝】の反応が、何の話をしていると聞き返して来た。刹那は、とぼけたフリして約定を反故にしようとしているのか、と勘ぐったが洸が、こいつガチで言ってやがる、と呆れた。
棗「参ったな………他人の話を聞かないガキだったが、こんな大事なことまで聞いていなかったとは………」
他人の話を聞かない【天帝】の治世を【天界】の時間で三千年余も維持できていたのは【玉皇太子】のサポートがあってこそだ。棗は、彼女の有能さに改めて脱帽した。
梓「【太元(玉皇太子)】が【天界】に残らなかったら、滅んでたね」
【太上老君(梓の前世)】は、早々にイチ抜けしたので全てを【玉皇太子】に押し付けたような形になったことが少し気まずい。
環「それに、もう約定や誓約の話で済む問題ではなくなっている。【シン(炎帝)】、全部お前が悪い!」
頭ごなしに【炎帝】を悪者にして吊るしにかかる環を、燎が諌めた。
燎「妹がキツい言い方をして申し訳ない。環は事実を簡潔に言っただけだから、そこは大目に見てやってほしい」
燎は、環をフォローしているようで何気に【炎帝】をディスっている。
【青竜】はそれに気づいて、やはり【先住王】一筋縄ではいかないと考えているが、【炎帝】は謝罪の言葉しか聞いていないのでディスられていることに気づいていなかった。
燎「【炎帝陛下】よ、貴君がある【霊獣】をうっかり逃がしてしまったことは覚えているか?」
何気に燎の言葉にはトゲが含まれている。
炎帝「【霊獣】というのは、さっき【炎(黒竜王・洸の前世)】が言った【黒曜】のことか?」
洸「物覚えの悪い【シン(炎帝)】にしては、よく覚えていたな。俺から無理矢理強奪するほどだから、それなりに愛着があったのだな」
【炎帝】は、洸の言い方にカチンときた。彼は、自分の言葉遣いは【人間界】では普通だと言っていたが、何かと毒を含んでいたり【前世】と比べて人格がすっかり変貌してしまっている。
炎帝「【炎】、お前は再会してから何かと朕に突っかかるが、【黒曜】のことを根に持っているのか?根の暗いことだな」
挑発的な【炎帝】に、先にキレたのは梓だった。乱暴に【炎帝】の胸ぐらを掴むと、無表情のジト目で【炎帝】と目を合わせる。【炎帝】の身長は小柄なほうなので、女性の平均身長を上回る長身の梓のほうが僅かに背が高い。
梓「【コウ(昊天上帝)】の嫡男を何度も暗殺未遂したり、他人のモノをクレクレ言ったり、自分の思い通りにいかなかったら処刑宣言したりするお前は、どの口で根が暗いっつった?しかも、三行半で捨てられた元婚約者に復縁迫るとか、どんだけツラの皮が厚いんだ?」
梓は、【炎帝】の胸ぐらを右腕だけで掴んで彼の足を地面から宙に浮く高さに上げる。スレンダーな体型の梓の細腕からは想像できない怪力だ。ふと会話に加わらず傍観しているだけの集団の中から小さな悲鳴が上がって、少しザワついた。
悲鳴を上げたのが誰なのか梓にはわかったようで、形の良い眉を顰めた。そして、梓は燎の言葉を引き継いで続きを話した。
梓「お前が【黒(黒竜王)】から強奪しておいて、全然可愛がらなかった【黒曜】はお前から逃げて【人間界】へ降下した際に、【魔獣】扱いされて討伐対象になった。【黒曜】は【伏羲】の最高傑作だから、抜きん出た俊足のおかげで【生命】は無事だったが、発見した時は【ツノ】を折られていた」
これが何を意味するかわかっているね、と言って梓は空いているほうの左手で【炎帝】の頬を左右から強く鷲掴みにした。
梓「【角瑞(黒曜)】は、【ツノ】に膨大な【チャクラ】を宿している【瑞獣】だ。彼が【ツノ】を失くしたらどうなるんだろうね?ほら………言ってごらん!」
梓は【炎帝】の頬を鷲掴んだ手の握力を強める。【炎帝】は頬の肉が寄って口が尖るのを不快に感じながらも、蛇に睨まれた蛙のように梓の正確には【三清道祖】の1人【道徳天尊(太上老君)】の威圧に怯えきっていた。
刹那「梓さん………そんな頬と顎を力任せに掴んだら、話したくても話せないよ」
刹那が、梓にとりあえず【炎帝】の口だけは解放してやればと言うが、宙吊り状態については言及しない。
梓「それもそうだね………これで話せるね。ほら、私の質問に答えるんだよ」
梓は、刹那の忠告に従って【炎帝】の顔を解放した。しかし、これで【炎帝】は口を噤む口実を失ったので、視線だけで刹那に余計なことを言ったと睨んでいた。
梓「人と話す時は、お話しする人の目を見るものだよ。君、本当に常識がないね」
梓は、口を掴んだら話ができないので今度は髪を鷲掴みにして、【炎帝】の顔を自分へ向けさせて無理矢理に視線を合わさせる。
しばらく梓と【炎帝】が互いに見つめ合う状態だが、男女ふたりのムードある見つめ合いにはほど遠い恐怖と殺気に満ちた混沌とした雰囲気に、梓がため息をついてカオスな時間は終わる。
梓「【ツノ】を失くした【黒曜】の状態のことは、もう話さなくていい。瀕死のあの子を治癒したのは私だから」
梓は、自分で解決して答えを知っている質問をしたのだった。
炎帝「結果を知っていたくせに、朕に質問を投げかけたのか!相変わらず、底意地の悪い年寄りだな!」
【炎帝】は、恥をかかされたことに怒りを隠せず【宿体】を変えて現在は肉体だけは20代の梓へ年寄りという言葉を投げつけた。【ハラスメント】発言である。
突然、【炎帝】は頬に熱い塊をぶつけられた感覚がしたかと思うと、体が上方へスクリュー回転をしながら吹き飛ばされ、床に叩きつけられるように落下して更に3回バウンドしながら転がった。
傍観者の集団が、ザワついているのが【炎帝】の耳に入ったが彼は自分の身に何が起こったのか理解できなかった。
おーい生きてるか、と声を掛けてきた【人間】は、【炎帝】たちが【転移】直後に声を掛けてきた青年。
【炎帝】が朕に気安く話しかけるなと言いたげに青年を睨む。そこへ、洸が声を掛けてきたが、それは【炎帝】を気遣うものではなかった。
洸「蘇芳!そいつから離れろ!そいつは、見ての通り梓に簡単にのされたが、決して弱くない!梓が強すぎるからのされただけだ。腹いせの八つ当たりで何をするかわからんヤバい性格した奴だから、離れろ!」
蘇芳「ちょっと言い過ぎな気がするが………うん。洸がそう言うなら放置でいいか」
蘇芳は、女性の梓に対して強すぎるというのも、【炎帝】へのヤバい性格というのも言い方ヒドいなと言いながら、洸に従う。幼馴染みでお互いをよく知っているので、忠告は素直に聞いたのだ。
【炎帝】が、回転しながら吹っ飛んで床に落下してバウンドしたのは、梓の渾身のパンチを受けたからである。
【青竜王】が立てるか【シン(炎帝)】、と言って駆け寄って起こしている。
青竜王「【老君尊師】………五千年でお変わりになられましたな」
【青竜王】は、荒事は【玉皇太子】で【太上老君(梓の前世)】は、完全な中立者だったことを言っていた。【三清道祖】は、【神仙】の頂点的立場で【仙術】、【武術】、【学術】全てにおいて頂点の存在だ。しかし、【武】は【玉皇太子】、【仙】は【霊宝天尊】、【学】は【道徳天尊(太上老君)】と言われていた。正直、【太上老君】がこれほどの【武功(神仙の武術)の達人】だったことに驚きを隠せない。
梓「私、中立の立場だったから、ずっと我慢してた。【天界】にいた時は、1万回は【神農(炎帝)】を殴ろうと思ったかな………」
その1万回を今の一撃に込めたよ、と梓は言った。
【神仙】は【人間界】では、自身を常時【鎧皮】と呼ばれる【防護膜】で覆っているので、かなり【防御力】が高い。
【炎帝】は、ものすごくふっとばされて床に3回バウンドしたにも関わらず、目立った外傷は梓に拳で殴られた頬の腫れとその際に鼻血を流した程度だが、常人がくらえば全身粉砕骨折モノの攻撃だった。
燎が、いいオチだったぞ梓、と愛娘を褒めてデレた顔をしたが、すぐに表情を引き締めて【角瑞】の折られた【ツノ】は何に使われたかを話し始めた。
燎「まず、【炎帝陛下】と【竜王殿】を招待した我が国は【日本神州国】という。過去には、【秋津島】、【ヤマト国】、【大日本帝国】など………何度か名前は変わっている。貴公らが知る国名は【秋津島】、【ヤマト国】あたりだろうか」
燎の言葉に【青竜王】はうなずいて肯定した。
燎「我が国は、元々は【イザナギ】という【男性神】の娘の【アマテラス】という【太陽神】の直系子孫の【ニニギ】という名の【男性神】が、降下して貴公らの言葉で言えば【皇帝】に即位して治めた。この【ニニギ】を含めた子孫たちを【天孫一族】と呼ぶ。この【天孫一族】が代々【日本】の【大王】になり治めてきた」
そこまで話して燎は、蘇芳を呼び寄せた。はい、と返事をして燎の側に立った。
燎「彼は、その【天孫一族】の【天孫息長一族】の直系の子。名を蘇芳という。彼の母が俺の姉なので、俺の甥ということになるが………【竜王殿】は気づいている様子。彼は【漂泊の者】と呼ばれる今より【過去の世界】から【時間の境界】を超えて【漂流(転移)】して来た」
もっとも嬰児の頃に【漂流】して来たので【現世時間】でずっと生活しているから【過去の世界】のことは、何ひとつ知らないと燎は【人間界】では【漂泊の者】を発見した者が引き取る権利があるので、蘇芳は同じ年齢の洸と梓のもう1人の兄弟のように燎自身が育てたと【海の先住王】の庇護下にあることを告げる。本来なら蘇芳が【天孫息長】の血縁であることは秘匿するのだが、ヤラカシそうな【炎帝】への牽制の為に明かした。
【天孫一族】がどのような存在かは、流石に【炎帝】もわかっていたようで蘇芳にはまだ何もしていなかったことに安堵した。背中を冷たい汗が一筋流れた。【太陽神アマテラス】の怒りを買うことにならずに済んだということだ。【炎帝】からすれば【アマテラス】は【異国】の【神】なのだが、【太陽】という【光】の象徴を司る【神】は別格なのだ。
【青竜王】は、『時間の境界』を超えた【漂泊の者】というのは【幻想】だと思っていた、とつぶやいて珍しそうに蘇芳を見る。
蘇芳は、見るからに強そうな【武人】の【青竜王】から値踏みされるような視線で見られていると感じたのか、若干引いていた。
洸「【兄上(青竜王)】、蘇芳を値踏みするような目で見るのはやめてもらえるか。コイツはまだ、お婿に行く前なんだよ」
洸《あきら》は『お婿に行く前』と言ったが、【現代日本】の貞操感覚は【中世】や【近代】の過去の方々が驚くほど緩くなっているので、今どきこんな言い方をする者はいないが、【青竜王】にはこれが通じたようですまない、と謝罪が返ってきた。
洸は、蘇芳の肩をポンポンと叩いて、ちゃんと言ってやったぞとドヤ顔をした。
赤ちゃんの頃から一緒に育ってきたので、洸は時々、兄のように蘇芳の世話を焼く。洸は上に2人兄がいるが、下の兄弟が4人いるので結構お兄ちゃん気質なのだ。
【青竜王】は、かつては【四海竜王兄弟】の末弟だった【黒竜王】のお兄ちゃん然とした姿に、立派になったな【炎《ヤン》(黒竜王)】と五千年の歳月ですっかり大人になった末弟の成長を喜んだ。兄バカ全開である。
【炎帝】は、【青竜王】が洸へ慈しむような視線を向けたのが気に入らなくて苛立った。
炎帝「フン!五千年も経てば、それなりに大人にもなるだろう!」
刹那「五千年経っても成長のないガキのままな奴が、何目線で偉そうにしてやがるんだ!」
刹那は、それなりの大人にもなれなかった奴が語るな、と言って【炎帝】を煽る。
朔「刹那、喧嘩するなら後にしろ。燎、続きだ」
朔は刹那にだけ注意して【炎帝】はガン無視した。姿は視界に入っているのに、相変わらず【空気】扱いのままだ。
燎は、朔に徹底してるなあとつぶやく。どうやら朔が意図して【炎帝】を徹底無視していることは気づいている様子だ。
燎「かつて【日本】の【王】だった【天孫一族】の現在だが、【天孫一族】は【皇族】と名を変えて西暦2000年代前期までは【天皇陛下】として【日本】の【象徴】だった」
炎帝「【人間】ふぜいの【王】ごときが【天皇】と名乗るか………なんと傲慢な!」
【炎帝】が【天皇】という呼び方についてもの申したことに、梓が【炎帝】のみぞおちへ正拳突きをした。
【炎帝】は、輪ゴムでパチンコ玉を飛ばしたように、猛スピードで後方へまっすぐ飛ばされた。
梓「この非国民が!次、【天孫】ディスやったら半殺しだ!」
梓は【炎帝】を非国民と言ったが、非国民の定義は日本国民が国民意識が薄い、国民の義務に背くなどを指す言葉なので、そもそも日本国民ではない【炎帝】に向ける言葉ではないのだが、そこはノリや言葉のアヤなのだろう。
珊瑚が、梓姉さんカッケェと囃し立てて興奮しているが、傍観者たちは顔面蒼白になっていた。
【太上老君(梓)】の2度目の武力行使に【青竜王】は、こちらが本性だったかと【天界】での【太上老君】は相当なストレスを抱えていたことを知った。
燎は梓に、娘が傷害罪に問われるのはパパは悲しいからやめなさい、と親バカ発言をしてから咳払いをひとつして、【海の先住王】の威厳を出して話の続きをする。
燎「【日本】………いや、『地球という惑星』は、【旧支配者】というかつて『地球を支配していた者』たちの襲撃を度々受けている。【日本】は、我々【先住者】たちが………【他国】にも我々のような【先住者】に該当する【ヴァンパイア】、【人狼】、【エルフ】などが【旧支配者】と闘い一時凌ぎに過ぎないが退けてきた」
燎が挙げた【ヴァンパイア】は【不死者】の例、【人狼】は【獣人】の例、【エルフ】は【魔法】を使う者の例であり、多種多様な種族が存在するが、全部把握しきれていないので特徴を押さえた例として3種族を挙げただけである。
燎「【旧支配者】どもは、【封印】されている間も学習しているようで、襲撃の度に知識や見聞を広めて、とうとう【日本】では【起源の大戦】と呼ばれる大きな【戦】になったのだが………その【起源の大戦】の際には、ついに【皇族】に魔手が伸びそうになった」
【日本人】は、時々神がかった思想を信じ込む傾向にあるので【アマテラス】の直系子孫になる【皇族】が失われることは滅亡を意味すると一部の【人間】たちは、本気で信じている。この信仰心というものが結構な【霊的異能力】を持ち【皇族】失くして【神国・日本】の存続は不可能な制約が成立してしまっていた。故に【皇族】を護り存続させる為に、【日本】という【国】の国主を【天皇】から【国民】が任意で選ぶ【国王】に変えることで公務や訪問行事を全て【国王】が引き継ぎ【皇族】は表舞台からは撤退した。永く続いた制度を変える【革命】があったことを話し、その中心人物が燎、棗、環の父親である陵影連とその双子の弟・影結、そして影連の妻・篁甲、甲の双子の弟・癸、そして影結の妻・龍玉麗の【起源の五英雄】と呼ばれる5人だったと燎が告げた『玉麗』の名前に【青竜王】が反応を示した。
青竜王「龍玉麗………まさか!【玉麗天后】の!」
朔「そうだ。【玉麗天后】の【転生者】だそうだ。これは【玉麗天后】のご子息【二郎真君】 本人が断言したから間違いない」
朔の口にした【二郎真君】の名前に、【炎帝】は、ビクッとなった。
梓に殴り飛ばされた【炎帝】をズルズル引き摺って来た環は、【戩】も【現世】に生まれ変わっていると告げた。
炎帝「五千年間、消息不明だったのに………【人間界】に逃げていたのか!しかし、奴は【人間界】でも世継ぎ絡みで暗殺されかけていたはず!」
【人間界】には【楊戩】の逃げる場所などないと、【炎帝】は【楊戩】に処刑宣言をしておきながら彼が行方をくらませた後は放置して捜索すらしなかった。自分の【天帝位】を脅かす者がいかなる心境なのかは解らないが自ら消えてくれたことに安心しきって【炎帝】は放置したのだった。
環「【シン(炎帝)】、お前は視野が狭い。【人間界】は【中国大陸】だけではない!お前が『竜の吐いた痰』扱いしていた【日本】の【海の先住王】に匿ってもらったのだ」
『竜の吐いた痰』とは、愛国心溢れる【日本人】が聞いたら大激怒しそうなことを言って【炎帝】が嘲笑していたことを環は、これ見よがしに広間にいる傍観者たちにも聞こえるように声高に言った。
傍観者たちが、剣呑な空気を纏わせた。
実は傍観者たちは全員【先住者】なので、【神国《しんこく》・日本】と呼ぶくらい【日本】は彼らの矜持であった。つまり『日本ラブ・ガチ勢』たちが集まっていることになる。
【炎帝】は、最初に【楊戩】の名前を口にした朔に問いただす。
炎帝「そこのお前!【楊戩】はどこだ!隠し立てすると、お前を逆賊隠匿で罰する!」
【炎帝】が言い終わると同時に、傍観者の中からもう我慢の限界だと【炎帝】の前に出て来て彼を力ずくで床へねじ伏せた【先住者】がいた。
紅褐色の肌色のガタイのいい男であった。肌色が朱色を帯びていることと緑色の髪色が特徴的な美丈夫である。かなりの強者だ。床にねじ伏せられた【炎帝】は拘束から逃れようともがこうとしているが、指一本ピクリとも動かすことができない。
朔「【太郎坊】、それは何のパフォーマンスだ?」
【山の先住王・闇嶽之王(朔)】から自分に向けられた声に【太郎坊】は、すまねえと先に謝罪を口にしてから続けた。
太郎坊「【王】、この野郎の【神国(日本)】の侮辱と【山の民の王】への暴言、絶対に許せねえ!」
しかし、朔は斜め上の言葉を発した。
朔「俺は、お前が空気を相手に『シャドウ格闘技』をしているのかと思った」
朔は、ハッキリと【炎帝】を『空気』と断じた。
朔「先ほどから『空気』が騒々しいとは思ったが、【太郎坊】の耳には『空気』が【国】をディスったり、俺に暴言吐いたりしているように聞こえたのか?」
【天狗族】の【聴覚】クオリティ高いな、と朔はここで【太郎坊】の正体を【炎帝】へ聞かせるように言った。
朔が【太郎坊】は【天狗族】と言ったことに、【炎帝】は、血の気が引いた表情になった。
【天狗族】というのは【日本固有】の種族で【山の先住王】の配下になっているが、それぞれ独立して例えば【太郎坊】なら彼の縄張りの【愛宕山】の【王】を名乗れるくらいの【神格の者】なのである。
【鬼神族】という種族で一括りになっているが、【天狗】と【鬼神】に分類され、【鬼神】は西洋には【オーガ】という同種に該当する種族が存在するので、【日本固有】の種族である【天狗】のほうがレアリティは高い。
環「口は災いの元と言うが………これほどまでに、言葉を体現する奴はレアだな」
【天狗族】のレアリティに引っ掛けて言った環の皮肉である。
環は、いっそこのまま引き裂いてくれないかと物騒なことを【太郎坊】に頼んでいる。
太郎坊「『シャドウ格闘技』は、ただのイメトレだ。イメトレで血なまぐさいことはできねえよ」
【太郎坊】は、【闇嶽之王(朔)】が『空気』としてしか認識していない【炎帝】への怒りを収めて押さえ込みを解いた。そして、今日は『空気』がうるさく喚いている、と言って傍観者の集団へ戻って行った。【王】が『空気』扱いするなら自分たちも右へ倣えでそうするという意思表示だ。
環が【炎帝】に、お前命拾いしたな、と言うが首根っこを掴まれている今の状態が【炎帝】には生きた心地がしない。
棗「【シン(炎帝)】よ、【戩】の生まれ変わりは、朔の一卵性双生児の弟だ。つまり【戩】は【今世】では私の息子だ」
棗の言葉をどこまで聞いていたのかわからないが、【炎帝】は道理でと言った。
炎帝「朕に対しての数々の不躾な態度………【楊戩】に通じるものがあると思ったが兄弟なら納得だ」
洸「お前………意味わかってないだろ。朔がお前をガン無視してるのは、朔の素の性格だ。確かに【前世】で【戩】はお前を避けてたけど、それはお前が超めんどくさい性格で絡まれたくなかっただけだ」
洸は、【楊戩】が【炎帝】を無視していた原因は【炎帝】自身にあると言った。
環「話を聞け!ただでさえ頭がユルイのに、他人の話を聞かないから頭のイタい奴なんだよお前は!」
環は、力加減をして【炎帝】の頭を張り倒した。
環が加減しても【炎帝】は体幹が弱いのか前につんのめった。だが、そのおかげで環に掴まっていた状態からは解放された。
棗「朔は一卵性双生児の弟が【前世】では何度も暗殺されかけ、最終的には処刑宣言までしたお前を嫌悪している。朔が己を自制するために徹底しているのが、この空気扱いだ。お前は接点がなかったから知らないだろうが、【山の先住王】は『荒ぶる古代神』でな………【シン(炎帝)】を殺してしまいかねない自分自身を、お前の存在を無視することで抑え込んでいる」
因みに【海の先住王】は『父なる古代神』らしい。懐の温かさから【海の民】は皆、我が子と考えているからだ。
梓「【神農】、今この場に【二郎君(楊戩)】がいたら、君………朔に消し炭にされてるよ」
棗様の配慮に感謝しなさい、と言った梓を【炎帝】は忌々しげに睨む。口うるさい年寄りめ、とその目が語っているのが誰の目にも見て取れた。2回殴られて【炎帝】も学習したのだろう。年寄りと口に出さなくなった。
刹那「【シン(炎帝)】はガキだから、【戩】の姿を見たら絶対にウザ絡みするよな」
今の見た目は刹那のほうが年下なので、お前のほうがガキだとボソッと【炎帝】が言ったのを刹那は聞き逃さなかった。
刹那「おい………ガキってのはなぁ、てめぇのヤラカシをてめぇで責任取れない未熟者のことを言うんだよ」
お前はどエライことをヤラカシて責任放棄しやがったクズだ、と刹那は【炎帝】を罵倒する。
洸「刹那、その話は順を追って話さないとダメだ。こいつバカだから、どエライこともヤラカシもわかってねえぞ」
洸は、【炎帝】にお前が虐待した【黒曜(角瑞)】が【ツノ】を折られたことで、取り返しのつかないことになってしまったと言ったので、【炎帝】が洸へ【転生】してから性格が悪くなったと言った。
炎帝「またその話か!いつまでもネチネチと、その【宿体】は性格が陰湿なのか!」
梓「アンタまた殴って欲しいの?」
洸がディスられて梓が黙っていなかった。筋金入りのブラコンだ。
【太上老君(梓)】から体罰を2度受けている【炎帝】は、ガチでビビって震えた。
その様子に刹那が、トラウマになってるなと言ったが、どことなくざまぁ感が含まれている気がする。
【前世】では【白竜王】と【黒竜王】は双子の兄弟で【白竜王】が兄だったが、【今世】では刹那(白竜王)と洸(黒竜王)は従兄弟で洸のほうが5〜6才年上で年齢が逆転している。
【前世】での【炎帝】が【黒竜王】の愛馬だった【黒曜(角瑞)】を奪った現場に一緒にいたので、【黒曜】の件に関しては洸と刹那の【炎帝】への感情は完全に一致している。
一言で表せば、洸と刹那は『【炎帝】大嫌い』だ。更に梓が加わって、3人の【炎帝】への口撃の終わりが見えないと思った燎が、あー喧嘩は後にしなさい、と言って場を引き取った。
現在地の【竜宮】は、燎の【前世・大海主之王】の『終の棲家』だった。故に、ここでは燎が主導権を持っている。
【竜宮】は古典の呼び方で、【ニライカナイ】という呼び方が現代人には知られている。
燎「喧嘩の仲裁をしておきながら、喧嘩の理由になっている件の話になるが………洸がしつこく、クドクドと【角瑞の黒曜】の話をすることと貴君が【天界】で退位を迫られていたことは無関係ではないのだ」
燎は、【天界】で【玉皇太子】が【炎帝】を更迭しようとした理由が【角瑞の黒曜】と関係していると言うが、【炎帝】はそれを否定した。
炎帝「姉上は、そんな事を言っていなかった!朕が【蟠桃会】で【仙桃の木】を全滅させたと【西王母】の訴えを聞いた姉上が、朕を強引に退位させようとしたのだ!」
【仙桃の木】を全滅と聞いて洸と刹那が、お前それヤバすぎるだろと言った。棗と環は、【青竜王】にガチかと訊いている。【青竜王】のほうが客観視して冷静に説明できるので、聞く相手は正しい。朔は、知っていたのか【炎帝】を空気扱いしているので無視しているだけなのか、無反応だ。
燎「では………貴殿は、なぜ【仙桃の木】を全滅させることになったのか、その理由は話せるか?」
燎は、尋問しながら【蟠桃会】の件が【角瑞の黒曜】が絡んでいることへたどり着くように会話を導いていく。
【炎帝】は、【天帝】なので会場入りするのは一番最後に大名行列で【瑤池】入りするのが【蟠桃会】の慣例だ。慣例通り最後に【瑤池】入りして毎年代わり映えのない退屈な時間を1日過ごすのだと、億劫になっていた【炎帝】に話しかけた者がいた。
炎帝「あの日は………【李靖】に【炎(黒竜王)】から献上してもらった馬に逃げられたことで嫌味を言われた………」
【炎帝】は、少しずつ【蟠桃会】の当日の出来事を思い出してポツリポツリと話し始める。
朔は棗に【李靖】とは誰だと訊いているので、【炎帝】を無視していても話だけは聞いているようだ。
棗「【托塔李天王】と言えばわかるか?」
朔「【托塔李天王】………ああ!【毘沙門天】か」
【道教】では【托塔李天王】と呼ばれる【神仙】で、【仏教】の【毘沙門天】と【神仏習合】で同一視されているのだ。
【封神演義】や【西遊記】で【托塔李天王】という名前で登場するので棗は、この名前なら朔に通用すると思って言ってみたら予想どおり通じたのだった。
刹那「【李靖】は大人だな。献上されたとウマいことぼかして言ってるじゃないか」
俺ならぶん取ったって言うけどな、と刹那は喧嘩腰だ。
洸「嫌味じゃねえか………強奪したと知った上で言葉を選んで献上っつってるんだから」
言葉のチョイスがウマいな、と洸は【李靖】推しの意見だ。
梓「自分の行動にやましい部分があるから、そういうひねくれた考え方になっちゃうんだよ」
梓は、強奪したという自覚あったんだね、と辛辣だ。
【炎帝】が、合いの手のように彼の神経を逆撫でする言葉を入れてくる洸、梓、刹那に言い返そうとしたタイミングで燎が言葉を挟んで話の停滞を防いだ。
燎「貴殿は、逃げた馬を捜したか?」
炎帝「朕の元を勝手に去ったのだ。捜す必要などない!」
考える素振りも見せずに即答した【炎帝】に、棗は呆れた。朔は空気扱いしているので口を挟むことはなかったが、椅子の背もたれに肘を置いて頬杖ついた状態でジト目を【炎帝】に向けているので、呆れているか馬鹿にしているかのどちらかだろう。
環「お前のその根拠のない自己肯定のせいで、【人間界】の【王族】と『とある名家の家令』が【生命】を奪われたのだぞ!」
【炎帝】から【角瑞】に逃げられた上にそれを放置したという言質を得たことで、環は『罪咎の無い人間に害が及んだ』ことの追求を始めた。
棗「【シン(炎帝)】お前、【黒曜】を手懐けられずに持て余していたな。そして虐待して、その苦痛から逃れたい一心で【黒曜】は【人間界】へ降下して【炎(黒竜王)】………現在は洸だ。【黒曜】は、洸を探している最中、【人間】に姿を見られて【魔獣】認定され討伐対象になった」
炎帝「待て!【先代竜王】よ、なぜ【人間】ふぜいに【瑞獣】が視えるのだ?【天界】の【生物】である【瑞獣】は【人間界】では目視できないはずだ!」
棗の話の途中で【炎帝】が口をはさんだことに、環が他人の話は最後まで聞かんか、と言って【炎帝】へ鉄拳を食らわせる。
【炎帝】は、環の突きをまともに食らって床へ背中から倒れてバウンドする。不意打ちだったので受け身も取れず上半身が打ち身で自力で起き上がることができなかった。
洸「無防備な奴だな!」
受け身ぐらい取れ、と洸は手厳しい一言で追い打ちをかけて助け起こす様子も見せない。
刹那「母上、アレ骨折してねえよな?」
刹那は、環の鉄拳をまともに食らった【炎帝】の怪我の具合は気にしているが、洸と同様に助け起こす動作がない。
梓「だとしても問題ない。私と環様は【医療忍】だ。【治癒術】で治せる!【神農(炎帝)】謝礼はずみなよ!」
梓は、【治癒】で金品を巻き上げようという考えかと思えたが、ただし今回に限り金品じゃなくていいと言った。
梓「【黒曜】に誠心誠意、心を込めて謝る!あの子のケガ、ホンっトに酷かったんだからね!【伏羲】にどれだけの【ダメージ反射】が返ったか、君の『アメーバ脳』では想像できないでしょ!」
梓の『アメーバ脳』発言に朔がプププッと吹いた。「アメーバ脳………単細胞か!」とつぶやいて笑い声こそ堪えているが肩が小刻みにブルブルしているので、結構ツボだったようだ。
【創造神・伏羲】は【霊獣・幻獣】を創造した【創造神】で、彼が創造した者が傷ついたり、生命反応が失われた場合は【創造主】の【伏羲】にダメージの何割かが反射する。ダメージ反射の割合は【霊獣・幻獣】の【稀少性】や【霊力】で変動するが、【角瑞の黒曜】は【伏羲】の特別仕様で【瑞獣】と呼ばれる【霊獣・幻獣】より格上の存在なので、反射したダメージは大きかった。
【創造神・伏羲】も【宿体】を変えて【今世】に生まれ変わっていることを洸は話した。洸、梓と同じ年齢の幼馴染みだそうだ。幼馴染みが苦痛を与えられたことも許せないが、元を正せば【炎帝】が【角瑞の黒曜】を大切にしていれば全て起こらなかったことなので、洸と梓は先ずは【黒曜】への謝罪を【炎帝】へ要求した。
洸は、自分の影から【黒曜】を【召喚】して【炎帝】の前に姿を晒させた。
【炎帝】は、変わり果てた【角瑞の黒曜】の姿に驚く。
【炎帝】が【黒竜王】から【角瑞の黒曜】を強奪して【天界】時間で三千年経過していたが、その時の【黒曜】は【古馬(成人した馬)】ぐらいの大きさだった。しかし今、目の前に立つ【黒曜】は【仔馬】ぐらいのサイズだった。
【青竜王】は、【角瑞の黒曜】を見ての体のサイズが縮んでいることより、【角瑞】の名前の由来になっている【ツノ】が失われていることに目を瞠った。
青竜王「【李靖(托塔李天王)】が言ったことは事実だったのだな………【ツノ】を悪用されたと聞いている」
朔「最悪の事態だ。【角瑞】の【ツノ】を材料に【毒】が生成され、それを使って【日本神州国】の幼き【王子】2人が殺害された」
朔は【青竜王】に話したが、この場にいるので当然【炎帝】の耳にも入っている。
青竜王「何ということだ!極悪人を毒殺するのに使うなら正当な理由と言えるが、無垢な幼い子が悪事を働いたりはせぬだろう………【シン(炎帝)】が退位するだけでは済まされぬことだ!」
【青竜王】は、【托塔李天王】が【炎帝】に【人間界】へ逃げた【角瑞の黒曜】の話をした理由が今、わかった。【托塔李天王】は【毘沙門天】と同一視されている。つまり【義】を重んじる性分なのだ。【人間界】の幼い子ども2人の尊い【生命】を奪われたことに相当憤りを感じたことだろう。そして、それが【天界の生物】である【角瑞の黒曜】の【ツノ】で、更に【黒曜】が逃げる原因が【炎帝】にあったのだから。
燎「せめて逃げられた時に、捜索するべきだった」
燎は、【角瑞の黒曜】を手に掛けたのは【剣豪の名門】である【柳生】で、しかも幼い【王子】は人違いで毒殺され更に、その事実を知った2人の人物の内、片方が同じ【毒】で毒殺されたことも話した。
青竜王「3人も………!」
人違いで幼い子が2人と、口封じで1人が【毒】の犠牲になったと聞いて、間違えた者のリサーチ能力の低さから、3人は犠牲になる運命だったかもしれないが、【炎帝】がもっと先の見通しができる性格だったなら【角瑞の黒曜】の【ツノ】が、その【毒物】の材料に使用されることにはならなかったはずだ。それがわかるだけに【青竜王】は、自分と【炎帝】の【生命】と引き換えに犠牲者を蘇らせてほしい、と梓に頼んだ。
青竜王「こうなっては、【シン(炎帝)】をかばうことはできない。しかし、私は【シン】を見捨てることもできぬ!」
【青竜王】は、自分だけは【炎帝】の味方だと約束しているので、彼と共に【生命】の等価交換をしようと考えている。
梓「【青龍】………君、【神農(炎帝)】と長く一緒にいすぎて彼の『他人の話を聞かない病』が感染った?」
父上(燎)の話には、まだ続きがあるよと梓は言った。
根が生真面目な【青竜王】は、【海の先住王殿】失敬をしたと謝って話の続きを聞く姿勢になった。
燎は、【炎帝】を殺して自分も自害すると無理心中のような雲行きになっていたことに引いていたが、咳払いをひとつして気を取り直して話しの続きを始める。
燎「【王子】が人違いで本当は誰が狙われたかは、【天帝陛下】の退位には関係ないから割愛するが、この『王子暗殺』を指示したのが【日本神州国】の【現国王】だった」
燎は、【国王】が【王子】2人の暗殺を依頼した証拠が文書で残っていたのだと話す。
青竜王「【請負人】が証拠の為か、弱味を握っておく為かの理由で残していたのか?」
【青竜王】は【人間界】には【裏社会】と呼ばれる【暗殺】や【裏工作】を請け負うことを生業にする者がいたはず、とつぶやいた。
燎は、【青竜王】が【人間界】のことにそこそこ明るいことを知り、説明する手間が省けて助かる、と言って話を続ける。
燎「実は、発見されたのは【国王】の【官邸】だ」
【国王】や【大臣】などの要役に就くと、【官邸】という【家屋敷】が用意され、任期期間中はそこに住まなければならない。
【国王】の実子2人が毒殺されたことで、【国王官邸】は警備の者を増員し新顔が入ったり人が増えたことで、【官邸内】へ容易に潜入して暗殺指示の文書を盗み出すことができたのだと燎は言った。
青竜王「なぜ、そんな弱味になるような文書を手元に置いていたのだろう………」
【青竜王】は、疑問を口にしながら環に張り倒されて床に座り込んだままの【炎帝】へ無意識に視線がいった。同じことをやりそうと思ったからである。『目は口ほどに物を言う』と言うが、【青竜王】は正直な目線をしている。
全員が、今【炎帝】なら同じことヤラカすと思ったなと【青竜王】の視線から察した。
梓「【神農(炎帝)】が【依頼人】なら、【請負人】に口封じされるでしょ。私、知ってるよ。【請負人】が【二郎君】の暗殺に失敗した後、【神農】を口封じしようとして返り討ちされてたよね」
あれ返り討ちしたの【青龍】でしょ、時々【紅(紅竜王)】、【白(白竜王)】、【黒(黒竜王)】も手伝っていたみたいだけど、と梓は言った。【前世】の【太上老君】は全てお見通しだった。
朔「舐められてるじゃねえか」
朔がボソッと言った。【請負人】が【依頼人】を害するのは【裏社会】の御法度だ。それを実行されるということは、トドのつまりそういうことになる。
朔「【二郎真君(楊戩)】の暗殺未遂が露見したのは、案外暗殺失敗した【暗殺者】に毎回口封じされかけてたせいじゃねえのか?」
朔の疑問は図星だったようだ。床に座り込んだままの【炎帝】はバツが悪そうに俯いて床に目線を落としていた。
梓「【神農】………『人を呪わば穴二つ』って言葉があってね、他人を【呪う】と自分にも【呪い】が返って来るって意味だよ。まあ、【呪い】じゃなくて【暗殺】だったけど………見事に返って来てるじゃないか」
梓の説教じみた言葉に【炎帝】は、ジト目で梓を見る。口にこそ出さないが、視線が『口うるさい年寄り』と言っているのは明らかだった。
朔「【国王官邸】から出たブツは、【柳生武藝帖】だったか」
朔の言葉に燎は頷いた。【柳生武藝帖】というものに【青竜王】は聞き覚えがあった。
青竜王「『3つ揃うと国家転覆が可能になる』と言われている【巻物】のことか!」
【青竜王】は、洸の前には【過去世】で【黒竜王】の【宿体】になった者たちの【ヴァジュラ契約】をしていた。しかし、その者たちも1度も【竜王剣】を使わなかった。それでも【人間界】に【契約者】がいるので【青竜王】は【天界】と【人間界】を自由に行き来できる権利があったので、【黒竜王】の【過去世】で最も【剣豪の名門・柳生】と関わりがあった時代に【柳生武藝帖】の存在を知った。
洸「俺が【兄上(青竜王)】をガン無視してただけで、【兄上】は【人間界】に降下することはできたからな………父上、【柳生武藝帖】のことは【兄上】はそれなりに知っているから説明しなくてもわかっている」
洸の言うとおり【青竜王】が【人間界】に精通しているおかげで、燎は話が進んで助かっている。了解したという意味で燎は頷いて【国王官邸】から発見された【柳生武藝帖】の内容を話す。
燎「簡単に言うと、【依頼書】だ。『【第1王子】【第2王子】を暗殺』という簡単な文面のな」
簡単すぎたせいで、人違いされたのだろうなと燎は言った。
環「雑な依頼文だな。これでは、【王子】が兄弟ということしか理解できないぞ」
現在の【王】が【六代目】だが、【初代】から【六代】までの間で【初代】を除いて【二代】から【六代】までが【第1王子】と【第2王子】が存在する。【第3】【第4】までいる【世代】もあるが、依頼内容は【第1】【第2】なので、最低でも5組いることになる。そこに【正妃】の子、【側妃】の子が入ると更に増えるが、依頼書のふわっとした文面では、間違いだらけで何人の犠牲が出るかわからなかった。環はそれを指摘している。
【王子】2人と、真実を知ったせいで口封じされた1人の3人の犠牲で、そこから数が増えていない所から、この暗殺計画は頓挫したと考えられるが、対象候補の数がいたにも関わらずよりによって幼い王子のほうを狙うとは暗殺実行犯の知能指数は相当低いようだ。【青竜王】は、それがわかったようで額に手をやって苦悩している。
青竜王「【人間界】には確か………【王】や【要人】に問題がある場合、更迭という役を解任する手段があったな………【神国(日本)】の【王】は現在は更迭されて謹慎中………といった所か?」
【青竜王】は、【瑤池】の【仙桃の木】を全滅させた【炎帝】をしばらく謹慎させていたので、もし自分が【人間界】の政治に携わっていたならそうすると考えたことを口にした。
朔「【竜王殿】は、オイタをした【天帝陛下】を謹慎させていたそうだな………貴殿が【人間】だったら、良い【宰相】になっていたかもしれない」
朔の言い方には何か含みがある。どうやら【王】は更迭され、現在実権を握っているのは良くない【宰相】といったところか、と【青竜王】は推測する。
青竜王「耳の痛い話だ。【天界】では、私は【シン(炎帝)】を謹慎させて同様に私も共に引き籠もっていた」
【天界】と【人間界】は『表裏一体』だ。【天帝】の行動は【王】に反映されている。【青竜王】が【炎帝】を甘やかしたのと同じように【人間界】では【神国(日本)国王】が、暴走してどの【王子】か不明だが暗殺を企て、しっぺ返しを受けたのは幼い【王子】2人だった。
青竜王「死亡した【王子】………【蘇生】が可能かもしれん」
朔と燎が、それは本当かと異口同音で食いついた。【先住王】的に罪咎のない幼い子どもが理不尽に合ったことは、時間を戻せるなら生きていた時に戻したいと願っている。悪知恵がついて狡猾になった大人の【人間】は憎たらしいが、【先住王】は無垢で素直な子どもは大好きなのだ。
棗「梓に【老子の通力】を使わせるのか?それならば【対価】は【広(青竜王)】よ、お前持ちだ」
棗の口ぶりでは、梓には【蘇生】手段があることを知っていたようだ。
燎「待て!梓に【蘇生術】をさせる気か!あれは【術師】の寿命を削る【禁術】だ!パパは認めないからな!」
燎が【禁術】を知っているあたりは、さすがは【先住王】だったが最後の親バカ発言が彼の博識ぶりを台無しにした。
洸「父上も『他人の話を聞かない病』か?棗様は、【兄上(青竜王)】に『対価を払え』と言っていただろう」
洸は、今回の【蘇生術】では梓には一切、負担がかからないと言った。
それを聞いて、燎は『テヘペロ』ポーズをしたが、洸がそれに対してうぜぇなと言い、朔からはオッサンの『テヘペロ』誰得だ、と不評だった。
梓「だったら、対価は私に指示させてもらうよ。【術師】は私だ。文句ないよね!」
梓は【青竜王】の返事も聞かずに、床に座り込んだままの【炎帝】へ視線をやると、物騒なことを告げた。
梓「【神農(炎帝)】、聞いてのとおり【神国(日本)国王】は更迭された。これはもう退位が決定しているんだよ。【天界】と【人間界】は表裏一体………この法則に従って、君も退位しなさい。それから死になさい」
【人間界】の【王】が退位するから【天帝】を退位しろということは、百歩譲って理屈が通るので応じられるが、最後の死になさいはさすがに【青竜王】は抗議した。
青竜王「【老君尊師(梓の前世)】、何も【シン(炎帝)】を死罪にする必要はないのでは………」
梓「でも、【神農(炎帝)】が【祥】の弟の【裕】の子で母が【白真珠の精霊】で『逆賊プラス不義密通』のダブル裏切り行為の大罪人の子だってバレてるんだから、【天界】で生きて行くには別人になるしかないよね」
梓は、【青竜王】に【神農(炎帝)】が【雌雄同体】だってこと忘れたの、と訊いた。
棗が、そういやそうだったな、と思い出したように言った。どうやら今まで忘れていたようだ。
朔「【半陰陽】とは違うのか?」
朔の【前世】の【闇嶽之王】は実は【半陰陽】だった。【闇嶽之王】は初恋が女性だった為に【男性体】が定着したらしい。生まれ変わった【宿体】の朔も元は【半陰陽】だったが、やはり恋愛対象が女性だったので【男性体】だ。故に『男女同一体』という点では同じなのではないかという質問だ。
梓「『アンドロギュノス』の縛りでは同じカテゴライズになるね。でも詳細を明かすと【半陰陽】は、『1つの体に男女が同居してる』状態。【雌雄同体】は『1つの体に男女が同居してる』ことと『精神面は男女が分離してる』のだよ」
言葉で聞いても同じように朔には聞こえる。
梓は、論より証拠だと言って【青竜王】に【神農】へプロポーズしろ、と言った。
梓「【竜王妃】に娶る的な内容なら何でもいいよ。君たち、付き合い長いから、今更かしこまって誓いを立てろって言っても、イイ言葉が出て来ないでしょ」
梓は、そう言いながら床に座り込んだ【炎帝】へ近づいて行く。ついて来いと身ぶりで呼ばれた【青竜王】は、その後に続く。【炎帝】は、近づいて来る梓に怯えた表情を向ける。
炎帝「近寄るな!朕は死にとうない!【黒曜】の件は、反省してる!【炎】にはあんなに懐いていたのに、朕には反抗的だったのが気に入らなかったのだ!だが、【黒曜】が逃げて【人間界】に降下して、【ツノ】を折られて『邪な者』に悪用されるなど、【天帝】の朕にもそこまで予想できない!」
【炎帝】は、命乞いをして謝罪はしていないが彼の口から【黒曜】に対して反省しているという言葉を引き出せたことは少しは【炎帝】にも成長の兆しがあるのかもしれない。しかし、【黒曜】の【ツノ】を悪用されたことを予想できないと無責任な言い様は【天帝】が口にして許されることではないのを棗が言及した。
棗「【シン(炎帝)】、『予想できない』とは、無責任な言い方だ。お前は何も考えずに言ったのだろうが、『予想できない』という言葉の意味をわかって口にしたのか?」
棗から謎かけをされて【炎帝】は、答えることができずに口を噤む。
棗「【シン(炎帝)】よ、お前がまだ【太子】の頃………【祥】と【戦棋】を指したな。覚えているか?」
棗の言う【戦棋】とは【人間界】で言うところの【将棋】や【チェス】に該当するが、【盤】に【山】、【川】、【草原】、【砦】などの文字が書かれていて駒は【人間界】で使用されるものの他に【道祖(人間界在住の仙人)】、【霊獣】、【神仙】などが加えられていて実戦を想定して指す。イメージトレーニングで模擬戦ができる仕様になっている。
炎帝「朕は、全戦全敗で1度も勝てなかった。だが、百戦錬磨の【先代竜王】に勝てというのが無理だ!」
【炎帝】は、【戦棋】に1度も勝てなかったことを未熟と言われたと曲解して先走ったことを言ったが棗は、首を横に振ってコイツはダメだという仕草をした。
棗「【戦棋】は、勝ち負けを重視する遊戯ではない!『一手の指し方』つまり対局内容が大事なんだ」
棗は、勝ったほうはどのように勝ったか、負けたほうはなぜ負けたかを考える『戦を想定したシュミレーションシステム』だと言う。
棗「ルールは【人間界】の【将棋】や【チェス】とほぼ同じだ。【戦棋】は駒が増えることと【盤】に『フィールド効果』という条件が付いて少々複雑にはなっているがな………【将棋】に例えてみようか」
棗が【戦棋】の勝負を【将棋】で例えたのは、聞き手になっているこの場にいる【先住王】の生まれ変わりや傍観者の【先住者】には【将棋】のほうが馴染みがあるからであった。
棗「【将棋】というものはな、序盤は大駒の利きを開け、自分の戦法を決め相手の出方に対応する………そういう指し方をするのが基本だ。これは【戦棋】も同じだ。つまり、『先の見通し』ができなければならない。【シン(炎帝)】よ、お前は今、自分で『先の見通しができない』と認めたんだ」
炎帝「それは屁理屈だ!朕が予想できなかったのは【黒曜】が逃げた後にどうなるかを予想できなかったと言っただけだ!」
【炎帝】は【祥】の生まれ変わりの棗から『先の見通しができない』と言われたことに、羞恥と屈辱から言っては行けないことを言ってしまった。
洸「誰が【駄馬】やねん!このダボ(アホ)が!」
洸がキレて座り込んでいる【炎帝】をサッカーボールのコーナーキックのように蹴り上げた。
無防備でガードも無しだった【炎帝】は、放物線を描いて飛んで行く。傍観者の【先住者】たちは、こちらに飛んで来ることを察したか不明だが全員で椅子とテーブルを運んで移動する。
【炎帝】が大きくバウンドして背中から落ちたのは、移動前に傍観者たちがいた位置だった。
朔が、アイツら察しがいいな野生のカンか、と言っていると洸が向こうにズレたか、と言って【炎帝】が飛んだほうへズンズンと歩いて行く。実は洸はノーコンで投げたり蹴ったりしたものがどこへ飛んで行くか予想不可能なのである。
倒れた【炎帝】の頭を洸は両手で持ってサッカーボールをスローイングするようなモーションで床に叩きつけた。背中を打ち付けられた【炎帝】からボキボキっと鈍い音が部屋に響いた。
珊瑚が、中々イイ音だと口を三日月型に薄っすらと笑みを浮かべた。
そんな珊瑚を刹那はジト目で見て、コイツやべぇなとつぶやいている。
燎「完全に骨が折れたな………」
燎が治してやれという視線を環へ向けると、環はあからさまに嫌な表情をした。
環「アレ治すのか?………絶対に嫌だ!」
環が人を選んで拒否するという【治癒忍】にあるまじき言葉を口にするが、【炎帝】の数々の行いを知っているので棗は注意することができなかった。
朔「【脳筋僧侶】め………骨折させるほど痛めつけなくてもいいだろ!梓、お前の兄貴がヤラカシたんだ。治せ!」
一応、まだ【天帝】だから軽症なら放置してもいいが、骨折を放置するのはマズい、と朔はもう1人の【治癒忍】の梓に命じるが梓の答えも否だった。
梓「えー………やだよー。【変若水】かけたらいいじゃん!」
梓は【治癒術】は拒否したが、妥協案の【回復霊薬(変若水)】使用を提示しただけ環よりはマシかもしれない。
燎「【神仙】の場合は、使える【霊薬】に縛りがあるのではないのか?」
燎は、【変若水】は【万能霊薬】だが【神仙】にも有効なのかと訊く。
梓「むしろ、【神仙専用(※脚注)】だよ。【変若水】は、【天界】にいた時にわざわざ【伏羲】に【竜】を創造させて、それを【ミイラ化】するまで水分を絞り尽くして作った【霊薬】だからね!」
梓が結構残酷なことをドヤ顔で言っているのに一同は引いたが、どうやら【変若水】を最初に作ったのは梓の【前世・太上老君】だったことが判明した。
朔「聞くんじゃなかったな………真相が残酷すぎるだろ」
そう言いながら、【蛇】は材料になってないから大丈夫かなと朔はつぶやいている。朔の【前世・闇嶽之王】は【大蛇神】なのだ。
燎は顔面蒼白になって、パパは結構な【高齢古竜】だから【お薬】にはならないよとガクガクしていた。燎の【前世・大海主之王】は【古竜神】なので、死活問題であった。
梓は、【先住者】を敵に回すような愚かは打たないよ、と言い返して洸の元へ【変若水】を持って行く。
これ使って治して何事もなかったことにしようね、と梓が悪いことを唆すような言い方をして差し出した【変若水】を受け取った洸は、仰向けに倒れて骨折直後に起こる顔面蒼白で貧血になっている【炎帝】を乱暴に足でひっくり返してうつ伏せにした。
梓が、ぞんざいに扱うねえ、と言うが口調は咎めるものではなく洸の行動が野性的だったので少し驚いている。
そして、梓は更に驚くことになる。【炎帝】をうつ伏せにしたことから洸は【変若水】を飲ませるのではなく、患部にかけるつもりなんだと理解していたがそのかけ方が、斜め上だった。
洸は、【炎帝】の骨折箇所と思しき背中に【変若水】の入った【薬瓶】を蓋をしたまま落とすと、【薬瓶】に足を乗せた。
梓「えっ!何プレイ?」
思わず梓が『プレイ』と口に出す行動を洸は実行した。
洸は、力任せに足で【薬瓶】を踏み潰すと【炎帝】の背中を足でグリグリした。その洸の表情は感情が一切抜け落ちて瞳からハイライトが消えている。
まさかの「病み(闇)モード!」と梓は、驚きを言葉にしたが止める気配がない。
珊瑚が、私にもやらせろ、と突進しそうな勢いだが、刹那が二十歳未満がやるプレイじゃねえぞ、とツッコみをして止めていた。
朔は、棗と環にアレは止めないのか、という視線を送ると2人は【変若水】は吸収されたようだからそのうち全快するだろうと冷たかった。
燎は、「病み(闇)堕ちしたか」と自分の息子のことなのに他人事のような対応だ。
青竜王「【炎(黒竜王)】、【シン(炎帝)】はケガ人だ。丁寧に扱ってやれ」
【青竜王】は、洸に乱暴な扱いを注意すると、【炎帝】には【黒曜】を貶す言い方はやめよ、と叱った。【青竜王】は、洸がキレた理由を理解している。
刹那が、ダボって何だよ駄馬に引っ掛けたオヤジギャクか、と言うと朔が兵庫県の方言で『アホ』という意味だと教えた。
朔「まあ………正確には『アホ』をより強調しているのだがな」
刹那「ああ………方言で言い表したほうがよりリアルになるってヤツか!………にしても、朔さん………よく【兵庫】の方言知ってたな!」
大抵の人は【関西】の方言は、大阪の【上方弁】か京都の【京言葉】しか馴染みがないだろうと刹那は思っている。
朔「一時期、【山の先住者】に【大和朝廷】関係者と婚姻関係にあった者がいた。それで【大和朝廷】と付かず離れずの距離感にあったからな………【畿内】の方言は、だいたい網羅してるぞ」
朔の【前世・闇嶽之王】の縁故関係から【古代】、【中世】は政治の中心だった【近畿地方】が【山の先住王】の棲家だったらしい。
骨折が回復した【炎帝】は、すっかり怯えきって萎縮している。その姿を見て朔は、あんな未熟者が【天帝位】に就いた為に【二郎真君(楊戩)】は【天界】に居場所がなくなったのを実感すると、沸々と怒りが湧いてくる。
朔「急かすようで悪いが………【竜王殿】、そろそろケリをつけてもらえないか?俺の理性が限界を迎えそうだ」
朔は、【天帝】の退位は本人死亡のほうが手間が少なくて済むだろうと殺気のこもった視線を【炎帝】へ向けた。
【青竜王】に手を借りて起き上がろうとしていた【炎帝】は、自分が『紅目の黒い大蛇』に丸呑みされる光景を見て恐怖のあまり白目を剥いて気絶しそうになったが、洸と梓がそれぞれ右と左から【炎帝】の耳を引っ張って苦痛を与えて気絶させなかった。
血も涙もない所業に【青竜王】は、若干引いたが【炎帝】に私がお前に手出しさせないと言って落ち着かせる。
【炎帝】は、『紅目の黒い大蛇』に食われるとブツブツ言って【青竜王】にしがみつくと、ついには泣き出してしまった。
燎は、【炎帝】のマジ泣きにドン引きした。初対面なので、彼の坊やぶりに慣れていないのだ。
棗と環は慣れたもので、泣きやむまで何分かかると思うと賭けを始める。
珊瑚「【前世】でアレに嫁がなければならなかったとは………婚約破棄して正解だった」
珊瑚は、あんな女々しい男に添うなんて拷問だ、と嫌悪感を滲ませている。
刹那「『紅目の大蛇』っつってるから、朔さんの殺気を浴びて『山の先住王の本性(蛇神の姿)』の【幻覚】でも見たんじゃないか?」
刹那には【幻影】は見えなかったが、朔の殺気がガチだったのでヘタレの【炎帝】は『死を予感した』かもしれないと考えていた。
【炎帝】を気絶させまいと片耳を引っ張っていた梓が、耳から手を放して【神農(炎帝)】今、何が見えたと訊く。
訊くまでもなく梓ならば、判っていそうなことなので何かの意図があるのかと、一同は様子を覗う。
【炎帝】は、ワザと質問して底意地の悪い年寄りだと言いたげな視線で梓を見る。
梓「『目は口ほどに物を言う』って言うけど………君が何を考えているかよくわかるよ。質問に答える気がないなら、また腕力に訴えるけど?」
【炎帝】は、また梓に殴られると思ったのか小さく悲鳴をあげて腕で頭をかばう仕草をした。
梓「その仕草………女の子じゃないか。君には成人男子である自覚はないのかね」
梓の言葉に洸が、【炎帝】は【青竜王】と関係を持った時から男ではなくなった、と赤裸々な関係を暴露した。
洸「【シン(炎帝)】は【兄上(青竜王)】と交わった時に、女になった。【兄上】に近づく女性は、きょうだいの【姉上(紅竜王)】や【汎梨】でさえも悋気を起こし、更に悪化して弟の【閏兄上(白竜王)】や【黒竜王】にも嫉妬の念を向けて来た」
まだ変わっていないみたいだ。【兄上(青竜王)】が兄バカになっていた時にわかりやすい悋気を向けられた、と洸は【炎帝】が自分に苛立っていたことに気づいていた。
【炎帝】とは初対面の朔、燎や傍観者たちも薄々と【青竜王】と【炎帝】はソッチ系の関係だろうと勘づいていたが、【前世】の実弟の口から言われたことでよりリアル感を抱いたようだ。
洸は、梓に【シン(炎帝)】の代わりに俺が質問に答えると言って続ける。
洸「梓の質問の答えだが………朔が【山の先住王】の本来の姿になった【大蛇】に丸呑みされる【幻覚】を見たのだろう。………その【幻覚】が既に女の思考だ」
洸は【古代】より【大蛇】が丸呑みするのは女と決まっている、と言った。男の場合は、四肢を絞め上げて圧殺しトドメに首を絞めるのだ。
朔が、よく知ってるなと言ったのでそれは事実のようだ。
朔「女を丸呑みするのは【雄】、男を絞め殺すのは【雌】だからな………男女で殺され方が異なる」
朔曰く、【雄蛇】は喰らうことで蹂躙の意味を【雌蛇】は巻き付くことで抱擁している意味を表しているそうだ。もっとも【雄】のほうは独占欲から最初から殺し目的だが、【雌】のほうは愛が強すぎて圧殺になってしまうので殺意はないが、【蛇】の愛情表現が怖すぎる。
朔「【闇嶽之王】の本性に丸呑みされる【幻覚】を見たということは、精神のほうは間違いなく女だな。………俺は、食あたり起こしそうな奴は食わない!」
朔は、【炎帝】に殺気を当てたが彼は【蛇神・闇嶽之王】が四肢を絞めあげて圧殺するイメージをぶつけたと言った。しかし、【炎帝】の見た【幻覚】が朔のイメージとは異なることから、【炎帝】は肉体は男性だが精神は女性といういわゆる【トランスジェンダー】の状態だ。
現在の【人間界】では、違和感なく受け入れられているので【トランスジェンダー】は【ノーマル】だが、【天界】では【異常】とされる。
それは、【天界】はおカタくて考えが古いのではない。むしろ、【天界】では精神やイメージが具現化されやすいので、例えば女装男子は女装を続けていると本当に女性の体に変貌してしまうのだ。むしろ【人間界】より【トランスジェンダー】は多いかもしれない。
つまり、【炎帝】は精神状態が女性のまま肉体が男性を維持し続けていることになる。この状態が異常なのだ。
梓「【神農(炎帝)】は、何千年もこのアンバランスな状態だよ。だから、【青龍】が今トドメを刺す時!」
梓の言い方が物騒だが、要は【青龍】が【炎帝】へ誓いを立てることで女性になった精神を具現化してしまおうという試みだ。
梓「多分ね………【精霊の血】が入っているからアンバランスな状態を維持できてると思うのだよ。それなら、【精霊の血】を利用して性別そのものを変えてしまってはどうだろう」
梓は、【白真珠】を『楚々とした可憐な美女』と誰もがイメージしたから【精霊昇格】した【白真珠の白櫻】は清楚で儚げだったと言った。
梓「ならば、【先代竜王弟】を父に【白真珠の精霊】を母に持つ娘は、どんなイメージ?」
できれば、ここにいる全員でイメージしてほしい、と梓は傍観者たちにも参加を頼んだ。
珊瑚「梓姉さん、それ厳しい。みんな、【崖っぷち陛下】のアレな態度見てるから、そこへ『女体化イメージ』って………」
珊瑚の【炎帝】の呼び方が何気に変わっているのは、あえてそう呼ぶことで動揺させて『女体化』の成功率を上げる為だ。口ではキツいことを言っているが協力は惜しまない心意気の表れである。
刹那「ホントに崖っぷちだな。これ失敗したら、【シン(炎帝)】の生き残りの道は絶たれるからな」
珊瑚の考えに気づいた刹那が更に動揺を煽る発言をした。
環「【シン(炎帝)】が『女体化』したら、完全に『悪役令嬢』だな!遂に【天界】に『悪役令嬢ムーブ』が来るか………」
環が『悪役令嬢』とイメージが固まりやすい単語を口にしたことで、傍観者たちにわかりやすくなったようだ。なるほど、と納得したような声がチラホラする。
棗「【シン(炎帝)】よ………【裕】の忘れ形見を【前世】の【先代竜王・祥】はお前を生かす為に、手放さなければならなかった。しかし『約束の日』を迎えたから、私はようやくお前を取り戻せるよ。【竜王の妃】として戻って来い」
棗の【前世・祥】は、【弟・裕】の忘れ形見の【炎帝】をいかなる手段を講じても生きながらえさせたかった。故に【昊天上帝】の差し伸べた庇護の手を取った。本音を言えば、自分の第5子として育てたかったのだ。
【炎帝】と1番血縁関係が濃い【竜王一族】のそれぞれが声をかける。
洸「【シン(炎帝)】、お前のことは絶対に【義姉上】とは呼ばない。あと………お前は金髪ツリ目の『悪役令嬢』がお似合いだ」
洸は、『義姉』とは呼ばないが『兄嫁』とは認めるという意思表示で具体的な『悪役令嬢像』を口にした。
【炎帝】は、棗の【竜王の妃】という言葉でだいぶ心が動いていた。そこへ洸が『金髪ツリ目の悪役令嬢』と具体的なイメージを送って来たので、彼の中で『女体化』の像がかなり固まりつつある。
【青竜王】は、【シン(炎帝)】と声をかけて【炎帝】の肩に優しく手を掛けた。
青竜王「お前が私と親しくしようとする者たちに男女の別を問わずに悋気を当てていたせいで、私は嫁を娶り損ねた。父上は、今の私の年齢ぐらいの頃は【竜王宮】の【女官】全て手つきにしていた」
【青竜王】の言葉に、環はそうだったアレ全員【愛人】だったと頷いている。どうやらガチな話のようだ。
マジか、と燎と朔は棗を見る。2人とも棗の【前世】の【祥】を知っているが、【人間界】に降下してからはそういう遊びを全くしていなかった上に、現在は女性の【宿体】なので想像するのが難しかった。
棗「【天宮】の【女官】も結構手をつけたぞ。【人間界】で女絶ちをしたのは、【人間】は繁殖力が強い。ウッカリお手つきして孕ませてしまったら、生まれる子はロクな人生送れないだろうからな」
棗は、【人間】に【竜種の血】が混じることを危惧して、色恋遊びを絶ったと言う。【天界】ではプレイボーイと言われた【祥】だが、【神仙】────────────【霊獣】、【幻獣】が【仙人】昇格すると【尸解仙】と呼ばれる────────────だけあって【煩悩】や【欲】を捨てる時は潔く完全に絶ってしまう徹底ぶりであった。
【青竜王】は、あの父親の血を引いていたのに嫁取りに難儀したのだぞ、と【炎帝】に言った。【炎帝】も【祥】のプレイボーイぶりは、よく知っていたのでさすがに【青竜王】に女っ気がなかったことは自分に原因があるのだと、ここでようやく理解した。
青竜王「だから【シン(炎帝)】、お前は責任を取って私の妃になれ」
そう言って、【青竜王】は【炎帝】の顎をクイッと持ち上げると軽く啄むだけの口吻をした。
梓が、「ナマ顎クイッ!」と言ってガン見して喜んでいる。彼女の場合は祝福するというより『王道エンドルート』に入ったと思っているに違いない。
棗は、【広(青竜王)】め【人間界】の【乙女ゲーム知識】だな、とつぶやいている。【青竜王】自身が言っていたように【炎帝】の悋気のせいで女っ気ゼロだった【青竜王】に、浪漫やムードが理解できるはずがない。
実際、【青竜王】は見たことがある動く絵知識で、接吻の時は顎をクイッと持ち上げるルールがあると思っていた。五千年の年期の入った拗らせである。
時間にすればものの数秒の口吻タイムだったが、拗らせた【青竜王】と【炎帝】には長く感じられた。
そして【青竜王】と【炎帝】が離れた瞬間、【炎帝】の体に異変が起こった。
炎帝「う、うううぅっ……! あ、あああああ……ッ!」
【炎帝】は、断末魔のような呻き声をあげる。彼の皮膚の下で何かが砕けるような異様な音が響く。
青竜王「【シン(炎帝)】!どうしたんだ!」
【青竜王】はうずくまる【炎帝】に寄り添って支えながら、誓いを立てる時の手順を間違えたのか、と考える。
炎帝「【敖兄(青竜王)】!………朕は………どうなるのだ………っうう………骨が、縮む……死ぬ……っ………のか?………朕………はっ!」
【炎帝】は、顔面を蒼白にさせ、【青竜王】の衣を爪が食い込むほどに強く握りしめた。【青竜王】は、腕の中で生と死の境を彷徨っているように見える【炎帝】を成す術なく見ていることしかできない。
梓「【青龍】、そのまま支えていて!今、骨格が造り変わってる最中だ」
梓の言葉は『女体化』の成功を告げているが【炎帝】の様子は、まるで【呪詛】をかけられたかのように苦しみすぎだ。
【炎帝】は元々、男性にしては華奢で厚みのない肉付きなので、そのままの姿で性別だけが変わると考えていた。予想外の出来事に【青竜王】と【炎帝】は戸惑っている。もっとも【炎帝】は苦痛のほうが勝っているので戸惑う余裕はないのだが。
朔「女みたいに華奢な男だと思ったが、骨格のほうはちゃんと男のものだったようだな」
外見が華奢なのは筋肉に厚みがないだけで、骨格の造りは男性は肩幅、胸郭が大きく骨盤が狭い。対して女性は肩幅、胸郭が狭く骨盤が大きい。朔が言っているのは、男の肩幅と胸郭が縮む過程で【炎帝】は苦痛を感じているということだ。
人は成長過程で骨が伸びる際に【成長痛】というものを伴うが、【炎帝】は逆の行程で同じことになっているようだ。縮むので【縮小痛】と言うべきだろうか。
梓「ふむふむ………肩幅と胸郭が胎盤のサイズに合わせるように縮んでるみたいだね」
胎盤のサイズを現状維持で肩幅と胸郭を縮めて女性の骨格に造り変えられているようだと梓は分析する。
朔「にしても、『女体化』するのに何でこんな複雑な骨格の造り変えが起こっているんだ?普通はパパッと『性転換』して終いだろ」
朔は、そう言ってから梓にお前何か仕込んだだろ、と言った。
朔「あの【変若水】………環とお前が【治癒】を拒否なんて【治癒忍】にあるまじきことしたせいで使ったが、用意したのは梓………お前だったな」
梓「フッフッフッ………バレてしまったなら仕方がない!ここは、セオリーどおりにタネ明かしをしようじゃないか!」
悪事が露見したら、頼んでもいないのにベラベラと白状するのはテッパンのお約束、と宣言して梓は、暴露を始める。
梓「【太元(玉皇太子)】のシナリオでは、【神農(炎帝)】を消す予定だったよ。【神農】が【三清道祖】の内、2人を【天宮】出入り禁止………つまり追放したわけだからね」
実は【道徳天尊(太上老君)】ひとりを追放しただけなら、問題はなかったと梓が言う。
【道徳天尊】は、『道徳』つまり『常識』、『秩序』といった【生物の在り方】を布教するので、これは【天界】、【人間界】に共通する事柄ゆえに【人間界】に降下しても【天界】に及ぶ影響は、ほとんど無いのだ。
【元始天尊(玉皇太子)】は【太元】と呼ばれる【宇宙の根源】を司り、【霊宝天尊】は【摂理】という【自然界の法則】を司るので、彼らを喪失すると場合によっては文明が滅ぶ可能性がある。
梓「【道(霊宝天尊)】が彼の縄張りの【金鰲島】を【天界】から独立させちゃったから、【天界】にも【人間界】にも【妖魔】という【新勢力】が誕生してしまった」
梓が『妖魔誕生』のルーツを話すと、傍観者に徹していた【先住者】たちがザワザワした。ここにいる【先住者】たちは、【人間】と変わらない見た目だが【異形の姿】をしている【先住者】もいる。【異形の姿】の者らは、初見に【妖魔】と勘違いされて討伐されることが多い。その為、【人間】の手にかかって【生命】を狩られる【先住者】は現代でも存在しているのだ。
梓「【金鰲島】はね………【魔堕ち】した【神仙】を受け入れて改心させていた。だからあそこの【仙人】は【怪異仙人】とか【怪物仙人】とか呼ばれていたんだよ。その【金鰲島】が独立して【天界】から去ってしまったら、【魔堕ち仙人】は堕ちる所まで行き着いちゃうよね。【神農】の追放宣告のせいで、迷惑こうむった人たちって結構な数いるんだよ」
この結果を鑑みて【元始天尊(玉皇太子)】は【炎帝】に【死刑判決】を出した。
梓「だからね………すんなり『女体化』させてあげて罰ゲー無しってワケにはいかないのだよ。1度、死を経験してそこから這い上がって別人になって生き直しなさい」
梓が【道徳天尊(太上老君)】として、出した結論は、【玉皇太子】の決断した【炎帝】の死刑を執行するが物理的な死ではなく、【炎帝】の存在を拒絶することで死を与え、別の生き物として再スタートさせる『死からの再生』だ。【玉皇太子】と自分の考えの両方を合わせた刑を執行した。
燎「『死からの再生』か………言葉だけなら温情をかけているかに見えるが、こうしてリアルで見ると………極めて厳しくもあり、一縷の希望を残した裁定だ」
この光景を見たならば、少しは溜飲を下げられはしないか、と燎は傍観者をしていた【先住者】たちに言った。
彼らの中には、【妖魔】として狩られた身内がいた者たちもいるので、この瞬間の為にここで傍観させていたのだ。
そして傍観者の返答を代表するのは、彼ら【山の民】の【王・闇嶽之王】の生まれ変わりである朔だ。
朔は、梓に【炎帝】が身に受けている苦痛がどのようなものか解説しろ、と言った。その内容いかんで朔は答えを出すつもりでいる。
梓「【神農】が受けている激痛は、古い自分を殺し新しい自分を産み出す、再生の産みの苦しみだ。彼は業が深い。過去の間違いの業をギュギュッと凝縮してドーンと返している」
礼儀として熨斗つけてるよ、と梓は言った。その解説の後は、朔は黙って【炎帝】が苦しむ様子を見ている。
解説を聞いていた【青竜王】は、いつ終わるかわからない腕の中で骨が軋む音を立てて苦しむ【炎帝】に寄り添うことしかできない。愛する者の苦しむ姿を成す術なく見ているだけはツラく無力感さえ覚える。しかし、【青竜王】が【炎帝】を甘やかしたツケが今のこの状態だ。【青竜王】は、これは自分への罰でもあると【炎帝】の頭を強く胸に抱き寄せた。
炎帝「【敖兄(青竜王)】っ!……うあぁぁぁ……! く、る……し……い……」
【炎帝】の意識は朦朧とし、痛みで絶叫を上げ続ける。その瞳が、【青竜王】を捉えた。
炎帝「………………助、け……て……」
青竜王「【シン(炎帝)】、私はここだ。お前を離さない。私はお前を手放さない!」
痛みで死を予感する【炎帝】にとって唯一、その命を繋ぎとめているのは、【青竜王】が抱きしめる腕の熱と、確かに感じられる青竜王との心の繋がりだけであった。
その繋がりだけが、【炎帝】を『死』の淵から引き戻す、唯一の命綱となっていた。
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(※脚注)【神仙専用】………【神仙】は、【人間】の【上位進化形】に当たるので擦り傷や打撲は【仙術チャクラ】で自己回復します。骨折や深手になると【治癒術】や【回復薬】頼みになりますが、【自己修復力】の備わった【仙術チャクラ】が通常の【回復薬】と同等なので、【回復薬】が意味を成しません。故に【変若水】が【神仙】には【回復薬】に該当します。
【炎帝】はようやく激痛が引き、【青竜王】の腕に包まれている安心感から落ち着いて息を整える。
息を整え終えた【炎帝】は注目されていることに気づいたが、いつもの不遜な態度ではなく少し不安を煽られた気がした。
梓「縦ロールじゃない!『悪役令嬢』って言ったら、その髪何時間かけて巻いた!ってツッコみたくなる縦ロールがお約束!」
やり直しを要求する、と意味不明な理由でやり直させようとする梓に【炎帝】は、冗談じゃないと思った。今息があることが奇跡なくらい死ぬほど痛かったのだ。またあんな目にあわされたくない。
洸「フン………【シン(炎帝)】のくせに、意外とカワイイ変貌をしたな。だが、梓には圧倒的な大差で負けている!」
洸は、梓が1番カワイイとシスコンを暴走させている。
珊瑚「性格に反比例したな!ドブスな女を期待したんだけどな」
だが、洸兄さんの言うとおり梓姉さんが1番、と珊瑚は言う。自分が美少女である自覚ゼロ発言だ。
刹那「【前世】で婚約破棄して、【今世】で再会直後に蹴り飛ばしたぐらい嫌ってるのはわかるが………『女体化』した【シン(炎帝)】普通にカワイイぞ」
素直にカワイイって言ってやればいいのにまったく女はライバル意識が強いよな、と刹那は、言う。
環「金髪のワードは印象に残っていたのだな………サラサラストレートヘアは、巻くしかないな」
環は、縦ロールにこだわるならコテで巻けばいいだろう、と言う。
棗「ストレートヘアの『悪役令嬢』なら、探せばいるだろ。『YAWAR◯の本阿弥さ◯か』とか、『セーラー◯ーンのセーラーマー◯』とか………2人とも黒髪だけど」
棗は、『悪役令嬢』ポジションに該当する気が強いキャラクターの名をあげるが、マニアックすぎて【宿体】の年齢が18才の刹那と珊瑚には通じていなかった。
何やら自分をディスっているような気がしてきた【炎帝】は、またそうやって貶そうとしていると言い返そうとしたが、【青竜王】がギュッと抱きしめてきたので身動きが取れなくなった。
そこで始めて【炎帝】は違和感に気づく。【炎帝】は元々、小柄で華奢だったが【青竜王】の腕にすっぽり納まるほどではなかった。
炎帝「【敖兄(青竜王)】………朕は、一体どうなったのだ?」
【炎帝】の言葉に【青竜王】は、よく耐えたと【炎帝】の頭を撫でた。
青竜王「私の呼び方は【敖兄】のままでもいいが、今後は自分のことは『わたし』と言わなければな………【シン(炎帝)】は、もう私の妃だ」
炎帝「私は、女の体に変われたのか?」
【炎帝】は確認するように、自分の肩や二の腕をペタペタ触っているが、それを見ていた洸は触る所を間違っているぞと言った。【青竜王】と【炎帝】は、そうなのかと言いたげな顔をしている。拗らせカップルなので、最もわかりやすい確認箇所をわかっていないようだ。
洸「【シン(炎帝)】、女体化した時に最初に確認するのは『胸部装甲』だ」
洸は、女の胸は『胸部装甲』という言い方をするのだと、いけしゃあしゃあとガセネタを教える。拗らせカップルの【青竜王】と【炎帝】は、ガセと気づいていないのでなるほどと聞いていた。
洸「ただし、確認するのは【シン】だけだ!【兄上(青竜王)】が確認するのは、絵面的にアウト!【人間界】では御上に捕まる!」
洸は、ガセネタを掴ませたが流石に【前世】の兄が公序良俗的にアウトになるのはマズいので胸を触るのは【炎帝】だけと念押しした。
そうかわかった、と言って【炎帝】は胸をさする仕草をする。洸は、コイツ躊躇ないなと思いながら見ているが違和感を感じた。
胸を撫でる手が平坦な動きだ。洸は、梓を見る。梓の慎ましい胸よりも謙虚な【炎帝】の胸の平たさに、悪意を感じたのは気のせいではないと思う。
梓「気づいちゃったか………『胸部装甲』は、これから育成するために未発達になっている!」
梓は、男の人は『源氏の君』のように好みの女性に育てるのが好きなんだよ、と適当なのか自分の趣味なのか、いい加減なことを言った。
環「梓………拗らせ【兄上(青竜王)】に適当なことをいうんじゃない。本当にやりかねないぞ『光源氏の愛妻育成計画』を!」
環は、やめろと言いながら計画名までつけて結構ノリノリだった。
棗「いや………お前ら、誘導してるだろ」
棗は、ここは私が親として【前世】知識を幾つか伝授するしかなさそうだな、と言うのを燎が止めた。
燎「やめておけ………新婚早々、【竜王殿】がハーレムを作って、恋愛下手の【竜王殿】では事の収集をつけられずに、女の争いだけが泥沼化する未来しか見えないぞ」
燎がものすごく具体的な未来予想を聞かせた。
マジであり得そうだ、と刹那が引き顔をしている。
珊瑚は梓姉さん、グッジョブと『イイねポーズ』をした。
珊瑚「金髪女だったから、巨乳かと思ったが………貧乳にも満たない板乳とはな!」
珊瑚は、腰に両手を当てて自分の慎ましい胸を張ってドヤる。パッと見た感じでは珊瑚と『女体化』した【炎帝】の『胸部装甲』は似たりよったりだ。
朔は、梓は育成云々を言っていたが、絶対に悪意や嫌がらせの類で胸部サイズを平たくしたに違いないと確信する。
そこへドアが開いて、プラチナブロンドの長身の美青年が入って来た。
朔「遙………隠れていられなかったのか?」
朔は、肌の色を除いて顔の造形が自分と瓜二つの美青年に言った。
遙「俺が出て来ないとオチがつかないだろ」
遙と呼ばれた美青年は、皆は自己紹介していたから自分もそれに倣おうかと自己紹介をはじめる。
遙「この【宿体】の名は陵遙………中身は誰の【魂魄】か、言う必要はなさそうだな」
遙を見た途端に、【炎帝】が身構えたので【真名】はわかっているようだ、と遙は言った。
炎帝「【楊戩】………なのか?」
約三千年前に【炎帝】の処刑宣告により【楊戩】は妻の【竜吉公主】、【三清道祖・太上老君】、【創造神・伏羲】や【神竜・祥】たち【竜王一族】、【崑崙十二仙】たちと共に【転生】という形で【人間界】へ逃亡した。だが、【人間界】の時間の流れは早い。【人間界】では約五千年以上の歳月が過ぎた。
炎帝「随分と見た目の印象が変わったものだな………」
【炎帝】の知る【楊戩】は、【先々代天帝・昊天上帝】と【玉麗天后】の嫡男だけあって貴公子然とした高貴な雰囲気漂う美男子だった。目の前にいる遙は、容姿は非の打ち所がない超絶美形だが左目の眼帯のせいか、どこか野性味を感じさせる雰囲気だ。
遙「【元陛下】は、女体化しても顔は男の時と同じだな」
【炎帝】の【天帝】退位は決定事項なので、遙は敢えて【元陛下】と呼んだ。
いつもの【炎帝】なら不機嫌さを顕に当たり散らすが、今回は大人しかった。
女体化直後で動揺が大きいせいか、女体化したことで女性特有の忍耐力が身についたのかキレることにはならなかった。
洸「おや?ほんのちょっとだけ大人になったか?」
【炎帝】がキレて当たり散らさなくなったのは大きな進歩なのだが、洸は褒めて増長されたくないので手厳しい評価をした。
【青竜王】も洸と同じく丸くなった性格が褒めることで、元に戻ることを危惧して洸に会話を合わせてそうだな、と無難に相づちを打った。
青竜王「【戩】………今は、遙という名なのだな」
【青竜王】は、【人間界】では【平安時代】に会っているから約1300年ぶりぐらいに再会したことになるか、と遙に言った。
【炎帝】が、えっそうなのかという表情をしているので【青竜王】は【平安時代】の【日本】で【楊戩】が最初に生まれ変わった【陰陽師・安倍泰親】と関わったことは黙秘していたようだ。
遙「【竜王】は、【平安時代】に【泰親】と【式神契約】をしていたことを黙っていたんだな」
遙は、ワザと【炎帝】に【青竜王】が【陰陽道】の【名門・安倍流】の【式神・十二天将】のひとりだったことを聞かせるように昔話をしているが、【炎帝】はただの昔話を聞かされているだけといった様子だ。
刹那「なあ………女体化して【シン(炎帝)】の奴、性格変わってないか?」
いつものアイツなら、絶対にキレて破壊行動に走ってるはずだ、と刹那の言葉を聞いて【炎帝】はこうして聞かされると自分のこれまでの行動が、いつ断罪されてもおかしくないようなことしていたと気づかされる。
遙「それに関しては、【元陛下】は自覚がなかった。その理由はイタい頭のせいなのか、何者かの【洗脳】なのかはわからんが後者だとすれば、暗殺の対象は【楊戩】だったが真に命を脅かされていたのは【元陛下】のほうだろうな」
【楊戩】の暗殺に失敗した者たちは、【炎帝】を暗殺しようとしたよな、と遙は言った。
遙の言うとおりなので、【青竜王】は頷いた。話の内容が陰謀めいていたので、遙が【炎帝】に対して頭のイタい発言をしたことは言及されなかった。
遙「だが………自覚がなくとも、洗脳されていたとしても、107回も【楊戩】を暗殺しようとして最後の108回目は処刑宣告だ。………退位しても女体化して別人として再生したとしても、された側の俺は絶対に【元陛下】を許さない」
遙は、世の中には反省しても謝罪しても許されないことがあるということを知るがいい、と冷たく言い放った。
遙が殺されかけた回数を言ったことに、刹那が数えてたのかよと若干引いた。
洸「108回か………【人間】の【煩悩】と同じ数じゃないか」
【黒竜王】の【宿体】の洸は【僧侶】なので、お坊さんっぽいことを言う。
棗が、話題が反れるがちょっといいかと声をかけた。
棗「【天界】では【シン(炎帝)】は死亡したと処理されることになる。そこで、性別を改変したのを期に名前も改名しようと思う!」
環「いい考えだ。しかし、姉上………【シン(炎帝)】の女体化は永久に持続するものなのか?」
環は【雌雄同体】というものは、気分次第で性別がコロコロ変わるのではないかと言う。
棗「一般論ではそうだな。しかし【シン(炎帝)】は半分とはいえ【宝玉の精霊】の血が入っている。そうコロコロと性別が変わることにはならん」
【精霊】は人々のイメージで姿形が定着するので、1度形を成すと簡単に変化することはない、と棗は言った。
青竜王「【父上】………名前は考えているのですか?」
【青竜王】は、【炎帝】を退位させる時期が来たら改名させる予定で、既に新しい名前は用意されていると確信があった。
棗「【太真】というのはどうだ?私たちは、ずっと【シン】と呼んでいたから………この名なら字面は変わるが【シン】と呼ぶことはできる」
もっとも、呼び方から身バレするだろうがと棗は言う。
棗「【シン(炎帝)】は、【玉皇大帝】によって処された………これが【太元(玉皇大帝)】のシナリオだ」
【青竜王】と【炎帝】が【人間界】へ【転移】したことで、【天界】で決着をつけることはできなかったが、『女体化』させ改名までしたので【炎帝】の存在は完全に消された。
【天宮】に出仕する高官たちは、『約束の日』と呼んでいる【炎帝】が【天帝位】に就いていられる任期を知っているので、その後は【玉皇太子】が再び【天帝】に戻り【玉皇大帝】の治世となることは【天界】時間で三千年前から決まっていたことなのだ。
朔は、【天界】の裁きが終わったなら【先住者】の裁きを始めていいか、と言った。
その言葉に【太真】はビクッと身を震わせた。【青竜王】は【太真】の肩を抱き寄せて、私がお前を護ると目配せで語る。
【太真】を抱く【青竜王】の腕には、僅かに力が入っている。それは、眼前で裁きを宣言する朔への緊張と警戒、そして何より、この件が【太真】と己の関係、ひいては【天界】と【人間界】の均衡を揺るがしかねない重大な案件であることへの、彼自身の覚悟の現れだった。
朔「梓が既に話しているから【先住者】たちがどれほど怒り、恨みを抱いているかは理解してもらえていることを前提で話す。………これも遙が先に言った言葉をなぞるような言い方になるが、俺も許すことはできない。【外界の民(先住王の配下の先住者のこと)】たちの中には怒りや恨みを自分たちなりに落ち着けて消化させてる者もいるだろうが………」
そこで朔は言葉を止めて、傍観者に徹していた【先住者】たちを見る。彼らは、【長命種】なので【山の先住王】の生まれ変わりの朔とはまだ付き合いは浅いが、朔は彼らの意思を代弁するつもりで発言した。【先住王】の言葉に感動して感涙する者、合掌して拝む者────────────今にも跪いて頭を垂れそうな雰囲気だ────────────、平静さを保って言葉を聞いている者様々だが、全員が朔の決断に従う姿勢を見せている。
朔「【天界】の者ならお前たちもわかるだろ。【先住者】は【長命種】………繁殖率が低い」
繁殖率が低いが、新たに子をもうけることは不可能ではないが、長い長い歳月がかかる。【長命種】なので気長に待てるが、【長命種】ゆえに中々、新しい【生命】が誕生しないという矛盾を抱えて『地獄に身を置く』ような『針の筵に座っている』ような日々を過ごすことになる。朔の言わんとすることは、【青竜王】も【太真】も理解できた。
朔「そこで、話を戻すが………【竜王殿】は、【神国(日本)国王】の幼い【王子】たちを蘇らせることが可能かもしれないと言っていたな。それは、【炎帝神農】の『時間を超える異能力』を使うということか?」
青竜王「っ………!【シン】の【異能力】を知っていたのか………」
【青竜王】は、【太真】の【異能力】を話して交渉しようと考えていたが、朔がそれを知っていては【切り札】にならないと知る。
燎「【時間遡行】が可能なのか!」
燎は、『時間を操る異能力』を持っていたから【炎帝(改め太真)】は生かされていた可能性があったと理解した。
梓「自分だけに使うのは制約無しだけど、自分以外に使うのは制限を課されるし誓約やら等価交換やら、色々と複雑だよ」
梓が、対価を用意してって言ったでしょと先の会話のことに触れた。
燎「俺は、てっきり梓が【生活続命法】を使うと思っていた」
【生活続命法】とは、【道教】においては【究極奥義】であり【禁術】でもある。行使する際には【誓約】を立て、制限や等価交換の【制約】が課される。
梓「でも、私は【太上老君】の生まれ変わり………つまり【道教】のボス!だから、『誓約と制約の縛り』は………他人になすりつけることも、踏み倒すこともできるのだよっ!」
梓は勝ち誇ったようにドヤる。
朔は、チートだなと言って【太真】の【異能力】の情報源を明かす。
朔「俺は、【炎帝神農】の【異能力】のことは【太乙真人】の生まれ変わりから聞いた」
【太真】は、奴も生まれ変わっているのかという表情をしたが、【青竜王】は今は【炎(黒竜王・洸の前世)】と【老君尊師(梓の前世)】の兄が【宿体】だったな、と言っているので面識がある様子だ。
太真「まさか………お前は、わた………しに【時間】を戻して失われた【生命】を返せと言うのか!」
【太真】に、もう【天帝】ではないと自覚が出て来たのかぎこちなくではあるが、一人称は改善されてきていた。
朔「【竜王殿】………奥方の言葉遣いは、教育が必要だな」
朔は、【太真】をガン無視で【青竜王】へ妃教育を打診する。
遙「朔………まだ『空気扱い縛り』は続いているのか?」
遙は、朔が自制の為に【太真】を改名前からずっと『空気扱い』していることを別室で見ていたので知っていた。
朔は、【炎帝】ではなくなったからその縛りは解除したと答える。そして、今のは会話をしたら言葉遣いをダメ出ししそうだったから流しているだけだと言った。とりあえず、『空気扱い』は解除されていることは判った。
洸「朔………今は見逃してやれよ。【シン】はアホだから、すぐに全部改善するのは無理だ。一人称が『朕』ではなくなっていることだけでもちょっとした進歩なんだぞ」
洸はフォローしているのかディスっているのか判別しにくいが、【青竜王】は一応フォローしてくれていると思いたかった。
梓「【太真】、全部戻すのは無理だよ。それやっちゃったら『歴史改変』だ。私が【時間遡行】を許可できるのは3年以内!」
他人の【時間】を遡行するのは、自然に反する行為なので許可を得なければならない。梓は【三清道祖・道徳天尊(太上老君)】の生まれ変わりなので、彼女の許可が【道徳天尊】の許可ということになる。
朔「梓が【チート転生者】でよかった………通常の手順だと、【道徳天尊】か【霊宝天尊】を【召喚】して許可を得た上で協力してもらわねえとならない【術】だからな」
【時間】を戻すことは『道徳に反すること』、または『自然の摂理に反すること』なので、【道徳天尊】か【霊宝天尊】に伺いを立てるのが【儀式】の手順なのだと朔は言った。【元始天尊】は『歴史改変』レベルのスケールが大きくなる案件に【召喚】するらしい。今回は、【道徳天尊(太上老君)】の生まれ変わりの梓が現場にいるので、ものすごく時短できる。
朔の要求は、あまりにも唐突で、そして不可解だった。
朔「俺だって、流石に千年百年も前に戻せなんて無茶ぶりはしない。【神国(日本)国王】の【第1王子】【第2王子】………2人の王子殿下が生存していた時間に時間を戻せ」
朔が求めるのは、特定の個体を現行時間へ連れ戻すことではなく、ただ【時間】を巻き戻すこと。その行為自体が、何を生み出すのか。
【太真】は、言い慣れない一人称に言葉を噛みそうになりながらも、自身の能力で可能な範囲を述べた。
太真「【時間】を戻すだけなのか?………わたし………が………【天帝・炎帝神農】が死んでいるのだぞ。生存していた【時間】から現行時間に連れて来ることもできるのだが?」
彼女の【時間遡行の異能力】は、単なる巻き戻しに留まらない。しかし、朔は冷徹に言い放つ。
朔「知っている………【元炎帝陛下】の命は別件に使わせてもらう。」
朔は、【太真】にその【異能力】は『【人間界】の時間で三千年間、朔(闇嶽之王)配下の【先住者】が要求したら行使する』ことを約束させる。そして、傍観している【先住者】たちにこれで手打ちにしていいかと問う。
【先住者】たちの答えは、絶対的な忠誠を示していた。
山の民たち「全ては【王】の御心のままに」
【人間界】の三千年は、【天界】では千年に満たない。【太真】はこれで裁きが終わったことに安堵しつつも、腑に落ちない思いを抱えていた。
【青竜王】は、腕の中で微かに震える太真を抱き寄せたまま、静かに朔に問いかけた。
青竜王「朔………いや、今は【闇嶽之王】として私たちと対峙しているのだったな。【山の先住王・闇嶽之王】よ………お前の民、【山の民】は断絶した種族さえいると聞く。その積年の恨み、たったこれだけの代償で、本当に【先住者】たちが満足するとは思えないが」
【太真】もまた、同じ疑念を抱いていた。命をもって償うより、遥かに軽い裁きではないか、と。
その疑問に答えたのは、【太上老君の転生者】梓だった。彼女は、やれやれと肩をすくめて【太真】と【青竜王】を見やる。
梓「あのね【太真】、【青龍】、君たちは朔や【山の先住者】たちが本当に何を求めてるか、まだ分かってないよ。その『時間を超える異能力』はね、彼らにとっては最高の便利アイテムなのだよ」
そして、朔と一卵性双生児の弟として転生した【楊戩】の生まれ変わりの遙が告げる。
遙「馬鹿言うな。彼らは繁殖率が低いんだ。寿命は長いが、個体数を増やすのは至難の業。だから、個体の時間を早送りして懐妊させるまで【胤付け】を手伝わされる。他にも、致命傷で死にかけの同胞を過去に戻してやり直させる。あるいは、子孫が絶えそうになったら、過去の血縁者を連れてくるなんて、平気で無体なことを要求する………かもしれない」
【太真】の顔色が、一気に青ざめた。
太真「そ、そんな……まさか、三千年、私にそんなことを……」
梓「そのまさかだよ。彼らにとって、君の力は【種】の存続を確実にするための『切り札』。三千年間、君は彼らにこき使われる。現状は朔からの『王子を生存していた時間に戻せ』という頼まれごとしか聞いていない。だから、自分が何を背負ったのか、まだよくわかっていないだろうね」
梓の言葉に、【青竜王】は静かに目を閉じた。
青竜王「……なるほど。彼らの願いの主軸は、あくまで【種】の存続か。三千年。我々天界の時間に換算すれば短いかもしれぬが、【種族】の存続に関わるとなれば、【太真】はかなりの頻度で酷使される予感があるな」
贖罪は命を奪うことではなく、【太真】の【異能力】を永遠に他者に捧げること。それは、ある意味で死よりも重い、新たな生の責務だった。
遙は、そんな【太真】を見下ろす。表情筋のバラエティに乏しいので何を思っているか図れないが、どこか皮肉めいた感じがする。
遙「だが、これで【天界】への体裁は保てた。お前はこれから、【人間界】にいた【西王母様の末娘】という肩書きで、この【竜王殿】の妃となる。馴れ初めも、【天界】では散々ネタにされた【白竜王】と【瑤姫】の『清く健全でアクティブな交際』のように、【竜王殿】が、『年の離れた妹の世話を焼くシスコンを拗らせた兄』というネタにするそうだ」
【太真】は顔を赤らめた。【青竜王】もまた、その話に静かにため息をつく。
遙「そして、俺の妻、【竜吉】も【転生】していてな。彼女は、お前が自分の妹という肩書きで【竜王殿】に嫁ぐからには、きちんと『淑女教育』を施すと、今から張り切っている」
遙は、口元を笑みの形にする。【炎帝】の馬鹿げた処刑宣告が原因で【人間界】に【転生逃亡】し、何度か【転生】を繰り返して【宿体】を変えた【楊戩】。「……どうやら俺は永遠に、お前のお義兄さまを続けることになるようだ、義妹よ」と遙はつぶやく。
◆ ◆ ◆
「やれやれ、相変わらずだ」
重厚な革張りのソファに深く身を沈めた陵影璽は、手に持った手紙を軽く叩いた。
ドイツの寒々とした空気が漂う書斎には、インクと古い紙の匂いが満ちている。外見は熟年のイケオジ、今は軍人としてこの地に滞在している彼は、【天界】にいた頃は【昊天上帝陛下】と呼ばれた。その瞳には、手紙に記された内容の奥底にある、気の遠くなるような時の流れが見えているかのようだ。
テーブルに置かれた琥珀色のブランデーグラスに、影璽は視線を移す。独り言のようでありながら、誰かに語りかけているような彼の口調は重い。
「【楊戩】……我が嫡男の【炎帝】に対する感情は、もはや業という他ない。憎悪の根は深い。それこそ、数多の時を遡らねばならぬほどのな」
手紙の内容を追想する。遙の、未来永劫許すことはないという、鋼の意思。理解できる。あの【炎帝】の所業は、彼らにとっては決して忘れられるものではない。
「だが、皮肉なものだ。【炎帝】は死し、女体化によって再生した。名を【太真】と変え、【西王母】の末娘という肩書きを得て、遙は彼女を『義妹』と呼ぶ。雪解け………か。彼らなりに、か」
ふ、と影璽は口元に微かな笑みを浮かべる。それは嘲笑ではなく、安堵にも似た、複雑な感情の表れだった。
「【昊天上帝】として私が課した『三千年の天帝任期による贖罪』………それは成就しなかった。大罪人の子を我が子としながら罪を贖わせるのは無理があったか………」
グラスを手に取り、ゆっくりと揺らす。氷の音が静かな部屋に響く。
「代わって、新たな形での贖罪が始まった。【人間界】、それも【神国・日本】の【先住王】からの『三千年の奉公刑』………これもまた壮大だ」
彼はそのまま、窓の外の灰色の空を見上げる。誰にともなく、しかし確かな祈りのような響きを込めて、つぶやく。
「つつが無く、刑期を終えるといい。今度こそは………な」
それは独り言か、それとも遥か時空を超えた誰かへの囁きか、判然としない。
再び手紙に目を落とす。最後の記述。青竜王の妃となったことで、「竜王一族の分かれた轍が再び一つに纏まった」という言葉。
「なるほど。そうか」
影璽は満足げに頷く。
「【先代竜王弟・裕】の叛逆により、袂を分かったはずの血筋が、こうして時を経て再び交わるか。天の理も、人の情も、一筋縄ではいかぬものよ」
彼は深く息を吐き、手紙を静かにテーブルに置いた。その顔には、長き旅路を見守るかのような、深い安堵の色が浮かんでいた。
『忍ーSHINOBIー転生戦士の起源篇』は、以上で完結です。
こちらをご覧くださった方々、最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。
このたびは、手に取っていただき、誠にありがとうございます。
はじめまして、紫月白(しづきましろ)と申します。
製本は本作が初めてになります。
投稿サイトにて連載しておりますシリーズの外伝として、この物語を製本し、お届けすることができました。特に宣伝をしていないので、本書が初めて私の文章に出会ってくださった方ばかりということを前提で、まずは心より感謝申し上げます。
アマチュアなので、あまりくどい挨拶文は遠慮させていただきます。
最後になりますが、本書を最後までお読みくださった全ての皆様に、重ねて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
[紫月 白]
[2025年10月)]
追伸
目次のリンクを作成していなかったので再編した改定版に直しました。
不慣れだったので、不手際がありました。ご了承くださいませ。
2025年12月
2025年10月27日 発行 改定版
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アニメ、ゲーム、ミステリー、時代劇が好きです。 好きなアニメは『ガンダムシリーズ』、『鋼の錬金術師』。 好きなゲームは『スーパーロボット大戦』。 好きな映画は黒澤明監督の『七人の侍』。 好きな時代劇は、『影の軍団』『必殺シリーズ』。 好きな作家は、江戸川乱歩、京極夏彦、山田風太郎、池波正太郎、藤沢周平、大藪春彦、栗本薫、山藍紫姫子、吉原理恵子、夢枕獏、田中芳樹、菊地秀行、吉岡平、荒俣宏です。(敬称略してます) 最近のマンガやライトノベルでは、『葬送のフリーレン』『薬屋のひとりごと』『Dr.STONE』『転生したらスライムだった件』『けものみち』(アニメでは頭に旗揚!が付いてる)『捨てられ聖女の異世界ごはん旅』など、日常を重視したファンタジー系が好きです。