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透き通るようなエメラルドグリーンの海。
その海面を太陽の真っ直ぐな光が反射して、その光が青い空まで突き抜けるように届いていくと、空はより美しいその青の色を深めていく。
砂浜の足元で押しては引いていく海の波たちと、この街の子供たちが楽しそうに戯れている。
機嫌がよさそうにやってくる小さな波たちは子供たちの仲のよい友人だ。
遥か昔に、この美しいエメラルドグリーンの海の底。
深く深くさらに深い海の底には、限りなく蒼の世界が広がる人魚の住処があった。
その限りなく碧の世界の人魚の住処には海の王国があり、王様と王妃、そしてその二人が溺愛する双子のアマブレとブリランテという、可愛らしい女の子の人魚の姫がいたそうだ。
アマブレは小柄で、黒く長い髪。
彼女の真摯さを投影するかのような黒い瞳。そして、小ぶりの足ヒレは美しい海に優しく溶け込む、深い蒼の色をしていた。
ブリランテは背が高く、ブロンドで短い髪。瞳は蒼。
その瞳は好奇心でいつも溢れていて、アマブレとは真逆の大きな足ヒレは海を華やかに染める金の色であった。
アマブレとブリランテ。
二人は今は人間として、この地上で限りあるその生命を慈しみながら生きている。
海岸沿いで夕刻になると夕日がとても美しく見える場所があった。
その場所は時が過ぎ、いつの日かこの海で人魚の光の鱗を手にすることになる、声を失ったある少年の秘密のお気に入りの場所でもある。
靴など履かず、素足のままでその場所に座り、太陽のオレンジ色をした光にキラキラと輝く海の光景を眺めている女性がいた。
アマブレだ。
空からずっと降り注いだ太陽の光を吸収した石畳。
その光の熱を彼女は靴を脱いだその素足の足の裏で捉えながら、人間として生きる歓びを感じていた。
頬をかすめ、挨拶をしてくれているかのような、海の潮風。
潮風が優しく唇に触れてくる。
その感触は爽やかで甘く、海のなかで生活をしていた時には、決して感じることのできないものであった。
アマブレは時折、あの人魚での暮らしを懐かしく思い出すことがある。
それはあの頃に戻りたいという願いではなく、思い出すことで心のなかにいつも明るい色が広がっていくのだ。
そして、このエメラルドグリーンの海の底の蒼の世界のそのすべてと彼女は今も見えないもので繋がっている。
それはブリランテも同じであり、彼女たちの心を支え、強くし、温かくするものである。
「アマブレ」
声のほうを見ると、海の波の音の響きを身に纏いながら歩いてくるブリランテの姿が見える。
「ブリランテ」
アマブレが手を振ると、ブリランテも笑顔で手を振り返す。
「ここにいたのね」
「えぇ。わたしのお気に入りの場所だから」
アマブレはそう返事をすると、ブリランテが手に一枚の絵を持っていることに気がつく。
「その絵は?」
ブリランテが手に大事そうに持っていたその絵をアマブレに、「この絵を見てみて」とそっと手渡した。
この絵はエメラルドグリーンの海があるこの街に旅行で訪れた、一人の女性の画家が描いたものであるという。
歩いていると、海辺で舞う自由な白いカモメたちに微笑みかけながら絵を描くその女性と目が合い、ブリランテから声をかけたそうだ。
ブリランテが「なにを描いているのですか?」と尋ねると、砂浜に腰掛けた彼女は優しく穏やかな表情で、「ここの美しい海の景色を描くためにこの街にきたのだけれど、輝くこの透明の美しい緑の色をした海面を眺めていたらね・・」
と、彼女が描いていた、まだ完成していない途中の絵をブリランテに見せた。
そこには二人の娘の絵が描かれていた。
その絵を見て、ブリランテは驚いた。
その二人の娘には人間の脚はなく、魚のしっぽ、つまりは足ヒレがついていたからだ。
どこまでも自由に美しい海の世界を生きる二人の娘の絵。
「彼女たちはこの海の世界の人魚の姫。なぜか彼女たちの姿が心のなかに浮かんできて、ここでこうして描いていたのよ」
ブリランテは驚きを隠せない。その絵の二人は紛れもなく、あの頃の自分とアマブレだったからである。
「邪魔はしないので、このままあなたの描くその絵を隣で眺めていてもいいですか」
ブリランテがそう言うと、優しく穏やかな表情をしたその女性は「勿論です」と笑顔で頷いた。
「この絵は東洋の国から訪れた女性が描いてくださったものよ。わたしがこの絵が好きだと言ったら、彼女がくれたの。それから、彼女が滞在している宿までついていって沢山おしゃべりをしたわ」
「宿まで?」
「えぇ、そうよ。だって話が合うし、楽しいんだもん。ついでに紅茶までご馳走して貰ったわ」
「まぁ、ブリランテ」
自由奔放なブリランテが、その東洋の素敵な女性に迷惑をかけていないか、アマブレが思わず心配をしている表情を見せる。
「彼女は本当に素敵な女性。わたしは彼女のような人に憧れる。以前にこの街で、人は誰もが絵を描くことがほんとうは好きで、でも、十歳くらいでやめてしまう人が多いとも聞いたわ。彼女は違う。ずっと描くことが好きでいる。そのこともすごく素敵」
そう言ってから、ブリランテがアマブレにその絵を手渡す。
「この絵からなにか不思議なものを感じるでしょう」
二人の人魚の姫の姿が描かれたその絵の線はとても優しく、描くその人間の心が確かに投影されているものであった。
その絵を観ている者の心を温かくさせ、元気にさせる、そんな癒しの力を持つ光の絵だ。
だが、それだけではなかった。
絵を観ていてブリランテが感じたものと、同じものをアマブレは感じとる。
それは心のなかの瞳に、人魚だったあの頃の光景がはっきりと映し出されていくのだ。
海の底でどこまでも果てしなく広がる、繊細な白い砂地。
そこにはこの地上では決して見ることのできない、深い海の底の樹々や草花たちが生きている。
海のなかで透き通るガラスのような水色の光を放つ人魚たちの住処が見える。
国王や王妃の堂々とした姿。
アマブレとブリランテと仲がよい人魚たちや魚たちも楽しそうに、海のなかを鳥がまるで空を優雅に舞うように、この海底の蒼の色彩のなかを伸び伸びと泳ぎ回る光景。
海底に優しい風が吹くと、海の樹々たちや花が謳い、くるくると踊る。まるで、毎日が歓びの祭りであるかのように。
真珠の貝殻や、沢山の美しい色彩の貝殻たちが繊細な白い砂地に、キラキラとした輝きを添えている。
その輝きが人魚や魚たちの鱗に光を与えると、このエメラルドグリーンの海の底の世界にはどこを見渡しても暗闇など、決してないものにしていく。
「アマブレ。あなたにも見えるでしょ。あの頃のあの海の世界が」
ブリランテのその言葉にアマブレは静かに頷き、そしてその懐かしさにいつの間にか瞳にたまっていた涙が零(こぼ)れ始める。
「えぇ。ブリランテ。確かに見えるわ。あの頃のあの海の世界が」
それは二人が生きた海の世界が与えてくれる心への恵み。
海の世界のその美しさと懐かしさがアマブレの心を満たした。
今も愛しているあの世界。
そして、今、愛するこの地上の世界。
アマブレとブリランテはこの一枚の絵から大きな愛を感じとると、自分たちには二つの愛する世界があることをしっかりと心で確かめる。
そして二人はあの頃の海の底の美しい世界と、今、目の前に広がる、このエメラルドグリーンの海の輝きを、その心のなかに大切にしまうのであった。
「ブリランテ」
「なに?」
「わたしもその東洋の国からこの街に訪れたという、この絵を描いた素敵な女性に逢いたいわ」
アマブレのその言葉に、ブリランテが嬉しそうに微笑んだ。
「まだしばらくその宿にいるって、そう聞いたわ。それに明日もこの砂浜にくるって」
ブリランテのその言葉に、今度はアマブレが嬉しそうに微笑む。
夕日の光の色を添えた潮風が彼女たちの周りを笑顔で包み込むかのようにして、エメラルドグリーンの海から何度も優しく吹いてくる。
その潮風は明日もアマブレとブリランテにとって、とてもよい日になることを伝えてくれているようでもあった。
2025年11月25日 発行 初版
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