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駒沢の生活史[33話]

駒沢こもれびプロジェクト




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駒沢で生まれた、いま住んでいる、
暮らしていたことがある約50名の人生を、
約40名が聞いた、生活史の一群です。

駒沢の生活史


第1話 世田谷はまだ土地が安いから、そこらへんを買ったら?
    みたいな話があったみたい

第2話 だから、もっと普通。普通に、普通の生活を(笑)

第3話 マネーゲームのゲームの外側から見ちゃうと、
    人生のあと残った時間を費やすっていうのが

第4話 父親の思い出って本当に少なくて。
    駒沢公園で鳩に餌をあげたとか(笑)

第5話 「それまで生きたのは、人に助けられてたんだ」っていうことを、
    そのとき初めて、ものすごい実感した

第6話 なんだったら焼きおにぎり自分で作って、おやつで食べていいよ、
    みたいな(笑)

第7話 今。うん、よくわかんないけど……。愛情は湧いてきたから

第8話 ふふっ。刃傷沙汰にはならないようにね(笑)

第9話 憧れと一緒に暮らすって違うよね。
    そこをちゃんと見極めてたのは偉いと

第10話 どうなんですかね?
     結構、直感で生きてるとは思ってはいるんです

第11話 まかない食い放題!
     生マグロのね、本マグロは、ほんと美味しいの

第12話 ひとつ前の会社が戻って来いって言うから、
     じゃあ、○円くださいって言って(笑)

第13話 もしそう言わなければ、そう思わなかったら、
     親父はもっと長生きをしてくれたんじゃないか

第14話 「また仲良くなるためには、どうしたらいいんだろう」って
     ことに、私はいちばん、頭を抱えているかもしれない

第15話 そのためにL字ソファーベッド買ったんですよ。生意気ですね

第16話 私がアメリカ行くのは、おじさんと一緒にっていうつもりで。
     それが「あなたが社長ですから、
     これ、サインしてください」って、突然

第17話 だから、だから、だからだと思うんだけど

第18話 幼稚園の終わりにはもう美容師になりたかったんだよね

第19話 家出できる場所ってこの辺全然ないんですよね


第20話 お茶ひとつあげても「ありがとうございます」って言う
     お客さんって、すごいなとずっと思ってた

第21話 朝来た瞬間から、
     自分でやりたいことを自己決定していくっていう

第22話 けっこう今は相談相手って感じ。お姉が、いちばんの

第23話 ここにいたら自分なんか甘えちゃうなって(笑)

第24話 「本命じゃない人」と一緒に付き合ってるみたいで、
     「なんかあんまり」って思ってたけど


第25話 根岸農園でぶどう狩り、ぶどう狩りができるんです。
     あのね、これをずっと行くと緑道に出るんですよ

第26話 仕事してるとき、
     自分の子どものこと思い出したことってないんです(笑)

第27話 駒沢公園はずっと身近にはあったかな

第28話 悩みってほどでもないけど、自分から言う話でもないから

第29話 塾すら近所だからさ、
     全部、この三茶駒沢エリアで完結してたの


第30話 ここには駅がなかったんですよ、昔。
     私が高校一年生のときに、駒沢大学駅ができたんです

第31話 もうなんか、聞いてる以上にすごかったですね。
     「子どもを送ってったあと、お茶」とか。床が大理石の家とか

第32話 仕事だと、すごいなんでも頑張れてるんですけど。
     プライベートとなると急にちょっと雑になっちゃう

第33話 僕、駒沢歴が長くて。渋谷に4年、武蔵野に一年いたんです
     けど、それ以来ずっとこの界隈で

第34話 がーって準備して、半年ちょっと経った十一月に
     駒沢でオープン

第35話 山梨の人は東京に出ると
     中央線沿線に住む人が多いんですけど、
     高校生当時の僕には「世田谷区」の響きが良くて

第36話 海外にいると言葉も文化も習慣もわかんないから、
     頼れるのは家族みたいなのはあったのかも

第37話 「おいしいクリームソーダを出すだけの人です」って言われた

第38話 さあ東京行くぞって出てきたやつは、
     大学入った時点からもう野心がバリバリなわけですよ

第39話 「宿命なんだ」と思って。ちょっと移ってみようかなって

第40話 早稲田落ちた次の日に下北沢に行って、カフェに(笑)。
     落ちたけど、コーヒーは飲みます

第41話 ご近所をちょっと歩いて、おう元気か!とかいって
     声かけられて、そういうのなんか憧れるよね

第42話 喘息でお昼にマックはちょっとつらいですみたいな。あははは

第43話 …どっからか来てるのかな。
     常に負けられない戦いが始まっちゃってるんですよね

第44話 たぶんすごい逆算思考なんですよ。
     後ろから人生を逆算してるから

第45話 またね、切り替わる時が来るかもしれないから、
     いまある仕事を、最大限にやるしかないと思って(笑)

第46話 いまでも「ここではこんなことがあったなぁ」とか
     そういうのを思い出しながら、ゆっくり散歩してるんです

第47話 すげえな、自分はそうなれんのかな、みたいな。
     あんまり繋がんないっていうのがあったんですけど

第48話 「私、ここにいなきゃいけないような気がする」って
     おっしゃって。「どうしよう」って(笑)

第49話 で、ご飯が美味しくて2キロぐらい太って帰ってきました(笑)

第50話 そこから出たい人ももちろんいると思うし、ここにずっといる
     ことが尊いともあんまり思ってないんですけど

第51話 東京がすごく息苦しい街だなって、来た瞬間から思ったのね

第52話 私はしたいことをしよう。自分には嘘つかないで生きていよう。
     本当に素直で正直に生きていけたらいいなって思って
     過ごしています

第53話 私、人よりすごい睡眠時間が長いんです(笑)


















例えば、僕が好きな本で共通点があるとしたら、オープンエンディング

話し手   40代男性
聞き手 ヒライシカナコ


 高校出て、消去法的にフリーターになって、そっから3〜4年旅をして、いよいよ働かなくちゃいけないとなって地元の鹿児島から出て、いろんなとこプラプラして、最終的に東京に出てきて。仕事もこれやりたいっていうより、「あれ楽しそう」「でも違う」みたいな、期待と諦めの連続で。

 具体的にはグラフィックデザイン、CMや広告をつくる会社で制作、飲食店の企画や広報をやっていて。1年半ぐらい働いて辞めて…を繰り返してるうちに、「会社勤め無理なんじゃないか」と(笑)。規模が小さいところにしかいなかったので、そう言える立場じゃないんですけど、人に言われるよりは自分で動いた方が楽しいだろうし、やりがいもあると思って、結果的にフリーランスになりました。

 ——うんうん。

 フリーになって3年ぐらい経って、お金の稼ぎ方が見えてきたときに、「これ、一生やる?」ってアラートがなって。この先を想像して、「ダメかも」と。やりがいもあって、それなりに熱源は燃えているんだが、ちょっと搾取されてる感もあって。

 ——自分の時間を?

 そう。受注産業だから当然だし、仕方ないんだけども。悪く言うと、自分がいいと思わないものに加担してしまっている。この話すると、いっつも職業批判みたいになってちょっと嫌な気分にもなるんですけど……例えば僕がヴィーガンだとして、肉屋の広告をつくるみたいなことってどうしても起こっちゃう。それで、「自分のやりたいことをやった方がいい」って内発性が急に来て。いまでも覚えてるんですけど、30ぐらいのときになぜか「お店をやろう!」ってなったんですよ。

 当時は勢いがあったんだけど、こう、電車で急行から各駅停車に乗り換えるじゃないですか。実際は、それがうまくできなかった。仕事が回ってる状態で別のことをやろうと思ったときに、いま考えたら経験もないから仕方ないんだけど、なるべく収入を安定させたまま店をやろうってスケベなこと考えてたんで。要は、物件探しごっこをしてみたりとか。

 ——ごっこ?

 そう。体質改善のためにジムに入会するのと一緒で、物件見に行ったことにちょっと満足するみたいな。そんなことをやりながら数年経ち、「まずいんじゃない?」と。意を決して動いて、35歳のとき、2012年9月にここを始めました。この場所、アクセスしにくいじゃないですか。

世間一般の消費活動に対するちょっとアンチテーゼみたいな

 ——ええ。なんでこの場所にしたのか、聞いてみたいです。

 散歩する人たちと僕が扱う商品は親和性がいいという仮説から、公園の近くにしようと。物件は、割と感度が高い、東京っぽいところの公園の近くで探して…代々木公園、世田谷公園、駒沢公園、井の頭公園も行ったかな。未経験のまま初めてやる仕事で、売り上げがどういうものかもわかんなかったんで、家賃なるべくかからないところで探して。そうなると、代々木公園は出てこなくなる。で、世田谷公園、駒沢公園って探して。まあでも、駒沢の方が良いなと。僕、駒沢歴が長くて。渋谷に4年、武蔵野に1年いたんですけど、それ以来ずっとこの界隈で。

 当時のコンセプトシートには「光がたくさん入る路面店」と書いていたので、店の前を通る人がふらっと入ってくるイメージだったんですけど、2階の物件見に行くとかもやってて。ここもぜんぜん本命じゃなかった。駒沢公園に行くにはそこまでアクセスいい場所ではないけど、思ってたより家賃が安かったんです。で、ここのドアを開けて、なんにもない状態を見たときに良い想像ができて、「あ、ここで始めよっかな」と。それで、元々つくってたコンセプトを一旦ばらして、「まずは1〜2年ここでやって、売れてもっといいとこ行こう!」という始まり。「“ここで ”じゃなくて、“ここが ”いいんじゃない」って、割と早いうちから気付いてたのかもしれない。

 ——“ここが ”いい理由とは?

 人がそんなに来ない。渋谷で同じことやるなら、人がいっぱい歩いてるし、ふらっと来てくれるとは思うんですけど、ここだと調べたり予定を立てたりしないと人は来ない。うーん、お店をやってる上ではよくない発言かもしれないですけど、「いっぱい人来られたら困る」のは、やりながら気付いた(笑)。いらっしゃいませ、ありがとうございます、またお越しくださいみたいな接客は、あんまりしたくなくて。

 僕は先方が望むなら、店主とお客さんという関係性じゃなくて、人間対人間で向き合いたいし、できるんじゃないかってやりながら気付いたんですね。ただ、コミュニケーションコストがすごいかかる。だから、1日100人とか来られたら当然やっていけなくて(笑)。世間一般の消費活動に対するちょっとアンチテーゼみたいなところもあったので、コミュニケーションを重要視していて。

 ——ご自身の性格については、どうお考えですか?

 内向的だとは思ってはいるんですけど、うーん、目立ちたがり屋の、こじらせ、偏屈。最近気付いたのは、僕はあんまり他人に興味がない。ローランドさんじゃないですけど、“俺か俺以外か ”みたいな。だから、みんな並列に見えちゃうところがある。

 とくにこの10年ぐらい思うことで、僕は昔、たぶん、人を見下していたんだろうと。あと、弱者贔屓なところもある。だから、世の中うまく渡っていける人たちよりも、頭の中でめっちゃ面白いこと思ってるのにそれが世の中に伝わってなかったり、あるいは、接点が合ってない人たちが、僕は一緒にいて楽しい。その人からいままで出てこなかった言葉が出たときに、すごい嬉しい気持ちになる。だから、フィールドワークをしてる感覚で人とコミュニケーションしてるのかもしれない。

 すごくカッコつけたこと言うと、つまらない人間なんて絶対いない。基本的にこの世界って、強い人、うまい人が勝っちゃう。そこに彼らの努力があるのは否定しないんだけど、ルールを見つけて、うまく交感できる人たちの方が勝ちやすい。

 ——なるほど。私も内向的なので、コミュニケーションに難しさを感じていて。誰かを誘うときに気合いが必要なんですけど、そういうのないですか?

 僕はないですね。ピンチとか好きなんですよ。さっき自分にしか興味がないって言いましたけど、他人と接するときとか、ギャンブルを楽しむ感覚に近い。個人行動にしか慣れてない人が集団行動しなきゃいけないとき、悪い想像が浮かびがちじゃないですか。集団で浮いたらどうしよう、誰ともペアになんなかったらどうしようとか。僕は経験あるんですけど、いまはどうなるか見てみようぐらいにしか思ってない。

 基本的には観察者なんで、プレッシャーになることはないですね。それこそ、昨日のイベントはもう絶対コミュニケーションが生まれるじゃないですか。自分で企画しておきながら、観察者になる瞬間はある。

自分の中では、社会人的な、あるいは店主的な線を引いていて

 ——“俺か俺以外か ”だけど、人が集まるさまざまなイベントを企画する熱源って、どこにあるんですか。

 うーん…すごくロマンチックなことを言うと、奇跡を起こしたいんですよね。イベントの帰り道とかに「こんなことってあるんだ」と思えることを、僕的には奇跡と呼んでいて。運命的な出会いがあった、普段できない自分の話ができたとか。この小さい空間で、不特定多数の人たちが集まった中で、みんなが自分になれる、安心安全で思いついたことを発言できる空気をもしつくれることができたなら、それを感じた人が自分の思いを出してコミュニケーションが成立したならば、まあ、奇跡的だと思うんですよね。

 イベントを主催する中で…スポーツでいう監督目線が働いて。で、本当にお節介なんだけど、やってみるわけですよ。イベントでポツンとしている人がいたら、その人に話しかけて糸口になる情報がちょっと取れたら、勝手に「この人とこの人、話してみたらどうなるかな」を考えて、「ねえねえ、この人がさ」とか、なんとなーく、なるべく自然にしてみる。

 「この話をAさんとBさんがするの、ほんとに偶然だよね!」みたいに。こんだけやってると、ちゃんとワークしてくから、そういうのも楽しんでる。もちろん、百発百中ってわけにはいかない。まあね、調子に乗りやすいので、調子に乗っちゃいけないんですけど。

 ——個人的には調子に乗りやすい印象を受けたことがないですが…。

 そう思われてないのは、僕の自己規制がなんとか保たれてるからじゃないですか。調子に乗りやすいんなら調子に乗ってりゃいいじゃんって思うけど、自分の中では、社会人的な、あるいは店主的な線を引いていて。

 そうですね…子供のときからちょっと客観性が強いというか、主観、客観を行き来しやすかったところがあった。家族環境、兄弟構成によって社会を取り巻く自分の環境みたいなのが圧倒的に因果となっている。自分が0、1でアクションしてるつもりになっていても、元々原因が外部にあって、その原因に対して自分がどう振る舞うか、どう対応するかでしかないって最近よく思うんです。だから、その人の性格、主張の仕方、兄弟や家族、自分がなにに気付くか、どういう成功体験があるかとかが、根本の原因なんじゃないかな。

 人を観察してると、法則みたいなものが見えた気になることもあるし。勝手に自分のデータベースをつくろうと思ってるわけじゃないんだけど、そういうのできてくるじゃないですか。で、1個1個答え合わせをしてる感覚になる。だから全部、なにを言うか、なにを考えるかの究極がどう生きるかだと思うんで、それをずっと考えてんじゃないですかね。

 例えば、僕が好きな本で共通点があるとしたら、オープンエンディング。めでたしめでたしって終わらないやつ。人生そうじゃないですか。めでたしめでたしって人生なんか絶対ないし、いろんな悔いがある。だから、完璧な人生なんてないっていうのが結果、僕は面白いんだろうなと思ってる。

 ——答えのない問いについて、この場所で知り合った人とは話す機会が多くて。店主の思考、根底にあるものが滲み出て、空間にふんわり存在してるのかもしれない、とオープンエンドの話を聞いて私は思ったんですけど、いかがですか。

 うーん、ちょっと差別的かもしんないけど、ここに相応しい人みたいなのが、ぼんやり規定されているんですよね。相応しいよりは、相応しくないみたいな考え方。偉ぶるつもりはないけど、僕はここのオーナーをしているから、発言権やある種の非指名権もある。だから、あなたは来なくていいみたいなことを、してないですけど、発動する権利はあると思うんです。

 じゃあそれが誰なのか……すごく発言が難しいんだが、例えばジャッジメンタル、勝つことを喜びにしてる人、ある種の思考停止みたいな人。みたいなって言い方もよくないんだけど…。そういうペルソナがなにかで発動されることによって、この店に集まる人たちのなんとなくの人物像ができてくるのかもしれないし、できてたらいいなとは思います。

いつも「あ、これ自分一人では無理」って思う

 ——なるほどなるほど。朝ドラの真似ではないんですが(笑)。

 航一さんね(笑)。『虎に翼』、良いドラマですよね。僕、海外にいるとき以外はずっと朝ドラ観てるんですよ。やっぱ日常にドラマって必要で。制作物としてのテレビ放送よりは、人間のドラマ性。自分以外の人間のドラマが、なにか役に立つ感じになってる。

 で、それが日常に入るスイッチにもなってるので、朝ドラを観る。『虎に翼』は、いまんとこめちゃくちゃポイント高いですね。制作の人たちの努力とか、全体的な方向性や意思がすごい伝わるから、こう、胸が熱くなるものがある。あと、『おかえりモネ』。わかりにくさが素晴らしかった。

 ——わかりにくさ…?

 朝ドラって短いんで、わかりやすさが必要だと思うんですよ。『おかえりモネ』は、間とか表情とかの芝居が多かったんです。だからずっと観て考えなきゃいけないドラマだったんで、不親切だとは思うんですけど、すごく良いドラマでした。批評家っぽいですけど(笑)。

 ——わかりにくさか…。その匙加減って相当難しいですよね。

 難しいですね。テレビって不特定多数を相手にする必要があるし、スポンサーもあるから、とにかくわかりやすい方が勝っちゃう。でも、その相対集合体みたいなものが人からわかろうとする力を奪うことにもなるし、ポピュリズム的なことになっていくので、わかりやすいことがいいことではないと思う。あと、下心があるかないかも大きい(笑)。

 ——「これは泣かせにかかってきてる!」みたいな。

 それでしらける人もいれば、泣かされる人もいるのがこの世界なんで、難しいですよね。僕なんかそういうのすぐしらけちゃうから、涙を流してる方が人間としてまともなんじゃないのって思わなくもない。でも、なんでもそうじゃないですか。揉めるのはわからなさっていうか、わかりづらいことにみんな揉めているので。

 ——そうですよね。極論、争いや人間の好き嫌いも、わかり合えなさから来ていますし。

 「わかる」に噛みついたりするじゃないですか。だから逆に「わかる」って言ってる人に「お前はわかってない」って被せてきたりする。たぶんそれはずっと続いて、連鎖が生まれちゃうだけ。

 そういうの考えても仕方ないかもしんないんだけど、でも、考えることに意味はあると思うんです。答えのない問いを考えることで、謎の筋肉が育ち、別のケースが現れ、また別のわからないが現れたときに、そのケースはワークした、みたいなことが謎の筋肉がある人には起こると思う。

 ——いろんな筋肉をつけていくことで、思わぬところで作用しますよね。

 そうなんですよね。でもそれは、効率的に実装できないじゃないですか。どうしても無駄が生じてしまう。これダメだったね、うまくいったね。で、それがやっぱこう、人間的に面白いんですよね。だから、それこそ全部パターン化されて効率化されてったら…いまの世の中、まさにそうだと思うんですけど、ある種の地獄じゃないですか。

 さっきの、他人よりも自分に興味があるって話、本当はみんなそうじゃない? って思ったりはして。僕は他人より自分の方が大事だけど、別に利己的だとも思っていない。だって、この世界にいる意味それしかないじゃない。だから、自分より他人を優先させてはいけない。“トロッコ問題 ”的な話で言うと、例えば母が己の命を犠牲にして子供を救うとか美談にもなりやすいし、どっかで求める気持ちもなくはない。でも、そんなの僕、自分はできないと思ってて。言うのは簡単で、やるのが難しいと思う。それを他人に求めるのはあまりにも酷だとも。

 ……難しいな。僕は生きててよかったって思うときに、いつも「あ、これ自分一人では無理」って思うわけですよ。粘土をこねて、器を焼いて、会心の一品ができるのは単独行為じゃないですか。でも、これなんのためにつくったの? って話で言うと、誰かに見てもらいたい、有名になりたいとか、いろんな原因と因果があって。大袈裟に言うと他人につくらされてる場合もある。そういう意味では、やっぱり他者の存在ってとっても大事、必要不可欠だから……説明になってます?

 ——なってます。

 完全に一人で生きていかなくちゃいけなくなったら、生きてる意味ほぼ0って思います。なに言ってんだって話ですけど。

嫌いなものや許せないものが一緒の方がたぶんいい

 ——いやいやいや。……このまま一人で生きていく人生だったらってたまに考えるんですが、そういうこと考えたりしますか。

 一人というのは、独身みたいな話ですか?

 ——そうですね。婚姻関係を結ばないにしても、人生のパートナーがいるかいないかを考える。

 考えるんですか。

 ——考えます。

 考え…考えることはあるかもしれないですね。そもそも、パートナーがいること、パートナーと人生を共に歩むことの方が奇跡だと僕は思う。この世界に生きる人の半数以上それやってるんじゃんって言われたら、それで終了しちゃうんですけど。でも、彼らは彼らなりにたぶん格闘してると思うんですよ。努力なくして共生は、僕、無理だと思うので。だから奇跡的な行為だと思うんです。若者語で言うと“無理ゲー ”。その無理ゲーを一緒に戦う感覚。奇跡に立ち向かうみたいなことだと思うんで。まあちょっと大げさに言ってますけど。

 人って満足と不満を行ったり来たりするじゃないですか。なんらかの事象が現れたときに、気分一つでリアクションが変わる。気分が良ければそれを許せる、悪ければ怒る。人間ってすごく勝手だと思うんです。だから、自分の人生に他人を巻き込むって、それをずっと繰り返して、正解がわからないまま無理矢理正解を言語化せずに求め続けていく行為だと思うので、すごいなと。…でも最終的に僕らは一人で、パートナーの在不在は置いといて、独りで生きているんじゃないかって、ちょっと哀しい言い方かもしれないけど、思いますね。

 なるべく依存しないのがいいですよね。や、頼っていいんだけど、人生そのもので頼らない。車で迎えにきてとかはいいと思うんですけど、単純に人生をかけて寄りかかられるのは結構しんどいんじゃないかなと個人的には思います。それは経済だけでもないし、精神の部分もあるし、存在理由そのものっていうケースもある。「あなたがいて私の人生がある」みたいな。そういうメンタリティを否定するわけではないですが、この世界が難しいのは、それが嬉しい人もいることじゃないですか。

 ——休みが別ぐらいがちょうどいいかなとは思いますね。

 いいですね。休みが別なぐらい、かなり的確かもしんない。それもほら、人間が成長とか失敗とかを繰り返して学んだような気になることじゃないですか。でもそれってその人の正解でしかないし、他人にそのまま当てはまるわけでもないのが面白い。

 マッチングアプリって、すごい名前だなと思うんです。つまりマッチングが勝ち。恋愛とかパートナーシップって、そのマッチングありきだと思うんですよ。だから、話や趣味が合うとか、すごい大事になるじゃないですか。一方で、そこまでに割と時間がかかると思うんです。話や趣味が合うと思って出会った人たちがそれに苦しむこともあって…。

 そういう意味では、別にマッチしてなくてもいいんじゃないって思うときがある。いま、休みが違うぐらいがいいって話で僕も思いついて話してるんですけど、趣味とか合わない方がいいんじゃないって思ったりするわけですよ。例えば共に生きようと思う人がいたならば、お互い好きなことが別々にあって、それを反対側から覗きながら「そんなことやってんだ」みたいな。

 ——世界はそっちの方がより広がりそうですね。

 まさに。個人の拡張でいうと、そういうパートナーの方が新しいものに出会う確率は絶対に上がる。広い目線で思うのは、人間ってなんでも好きになれる。僕は「好きなものなんですか?」って聞かれたら、「本、読書、旅、フットボール」って昔答えてたんですけど、出会う順番が入れ違ったら、違う世界線もあったわけで。好きなものがある人に「なんで好きなの?」って聞くと、面白そうに語るじゃないですか。だから、明るい面だけを見れば、この世界は人の好きで溢れてる。好きがあってアンチが生まれる話もすごい面白いと思ってて。だから、アンチになるパターンもあると思うんですよ。

 ……さっきのパートナーシップの話、最近よく思うのは、嫌いなものや許せないものが一緒の方がたぶんいい。ストレスの原因にもなるし。

 ——嫌いなものはなんですか?

 話の流れを無視すると、嫌いなものは納豆(笑)。すごい無謀なことを言うんですけど、僕の周りから嫌いなものをなくすキャンペーンをずっとしてるんです。自分の半径からは嫌いなものがなくなれと思ってるし、なくせるものならなくしたい。いまぱっと思いついたのは、さっきも話したけど、物事を決めつける人とか…は好きじゃない。自分の頭使わない人とか、他人の言葉を借りてくる人とか、嫌いかもしれない。なんですか、嫌いなものは?

 ——雑に扱われることですね。

 おお。いいですね。雑に扱われると傷つきますよね。脱線していいですか。

 ——もちろんです。

自分の正解をつくっていくのが大事なんじゃないかな

 近所のお花屋さんの店主Mさんとたまにお喋りするんです。彼女も僕と似てることやってて、花の売り買いだけじゃなくて、人とのコミュニケーションを割と大事にしていて。ただ、俺の話を聞け的な人も来ちゃう。

 自分の話したいことを話して、かつ、Mさんがちょっと自分の話をすると、その間スマホ見て圧倒的に聞かなくなっちゃうお客さんがいるんだって。で、また自分の話をして帰っちゃう。でも、その人は来る。この問題が難しいのは、それを抗議することに、やや自分にてらいがあること。だから、正しい主張方法が見つかんない。「私の話聞いて!」って言うと、お前主張強いなって話にもなるじゃないですか。でも、そうではない。敬意が自分に向いてないと、やっぱ傷つく。軽視されたくないって言うのって、すごい言葉のトリートメントが難しい。でも、そこはすごい同意するというか。

 ——「あ、いま、雑に扱われた」を感じると、ここにいるの私じゃなくてよくない? ってなります。実際に帰ったこともある。

 私じゃなくていい、ありますよね。帰るのいいんじゃないですか。単純に一つの行動、正解な気がするし。この国の人の特性で言うと、輪を乱すことに恐れがある人が多いじゃないですか。そういう意味では、中座・離席するのってマナー違反にされがちで、僕はその空気自体がすごい重いと思うんだけど。

 でも、「私はこういう人間なんです」って言葉にしないで、単純にそこを離れる意思表明みたいなのって、大事だと思う。それって誰かに刺さるメッセージにもなると僕は思うんですよ。「この人ここで帰れる人なんだ」って評価になる。一方で、「あの人なんか空気読まないね」とも。だから、正解はないですよね。正解探しを個人的な営みとしてするのは大事なんじゃないですかね。

 ——自分の中の正解。

 世の中の正解って既に強固で、もう覆らないと思うんですよ。でも、それを全部イエスにしてたら私である意味がない。マナー規範の法律は仕方がない。でも、例えば選択的夫婦別姓でいうと個人的人権が尊重されてない。法でさえそういう盲点があるわけだから、あらゆるものを疑うと、すげえ忙しい人生になっちゃう。でも疑問を持ったなら、そこはちゃんと一点突破する、自分で考えるのをしていかないと。

 だから、自分の正解をつくっていくのが大事なんじゃないかな。……そういう話で言うと、ブレイクスルーの瞬間ってあるじゃない。人のそういう話を聞くの、すごい好きですね。

 ——ブレイクスルー、ありますか?

 うーん、あります。僕は母一人、子2人の家庭で育ってて、いつも家に兄弟2人で。兄は年子で同じ行動もしやすかったんですけど、いま思うと、10〜11歳ぐらいまで兄にコントロールされてた。ときどき、搾取されてたんです。わかりやすい例で言うと、お年玉もらったときに、兄が「ゲーム機買うから、お前も半分払え」みたいな。僕に拒否権があっても、「お前もゲームやるじゃん」ってまとめられる。別に嫌いだったとかじゃないし、フェアな関係もあるんだけど、時折現れる絶対支配みたいなのが僕目線からは『存在』してて。

 それに「これまでの僕じゃないからな!」って立ち向かったことがあったんですよ。自分のことは自分で守んなきゃダメなんだ、嫌なものは嫌って言わないと搾取もされるってそんとき気づいた。意思表示の大事さと伝えることにも。あとは、九州の地方都市のあまり多様性がない学生時代から急に海を超えて旅人のような生活をするようになって、国籍も年齢層も信仰も違うジャングルみたいなところに放り出されて、いろんな人と話をする中で、「めっちゃこっち向いてんな」って思ったんですよ。

 地元ではみんな同じが当たり前だから、「どいつもこいつも!」「なんで自分が思ってることを思ってる人はいないんだ!」って思ってて。僕、ニルヴァーナとか聴いてて、みんなが好きな音楽をまったく聞いてなかったんですね。

 僕の世代でいうと、「なんでユニコーンもBOØWYも聴かないの」とか言われて。だから、自分が好きなものを問われて答えても、ぜんぜん届かない感じがしてて。そういう世界から出たときに、自分の求めてた会話があったんですよ。それが目の前でどんどん生まれていったときに、すごいドライブがかかって。ブレイクスルーっていうか、「世界ってこうだったんだ!」みたいなのに海外あるいは外の世界に出て気付いて。地元にいた当時は苦しいと思ってなかったけど、本当は苦しかったことにも気付けて。すごく明るく、そう、明るくなりましたね。あと、諦めることをしなくなった。

 街ですれ違う一人ひとりに、必ず何十年分かの人生体験があり、その人が味わった時代と社会がある。けどその多くを私たちは知らないし、知る機会もないまま、大半は本人とともにこの世を離れてゆきます。
 「生活史」は誰かが整理した歴史と違う、きわめて個人的な人生のふりかえりで、前に聞く人がいることで姿をあらわします。
 
 「駒沢の生活史」というプロジェクトの土台には『東京の生活史』(岸政彦 編|筑摩書房)という本があります。その製作過程から多くを踏襲しました。岸さん等の了承もいただいて、本格的にスタートしたのは2024年の初夏です。

 まずウェブで参加メンバー(聞き手)を募集。70名近い応募を40名に絞ってキックオフ。「生活史の聞き方」「生活史の書き方」といった講座で方法論を共有しながら、各自が自分で見つけた話し手に交渉。以前から話を聞いてみたかった。あるいは駒沢のバーでたまたま出会った。話し手との関係や出会い方はさまざまで、この時点で既に面白さがありました。

 メンバーには「駒沢の話を無理に聞き出さなくていい」と伝えた。自然に出てくる方がいいし、むしろその人の人生に関心をむけてみてくださいと伝えました。
 結果的に、話し手が体験した「駒沢」が垣間見えたり、まったく見えなかったりします。「駒沢に」いる感覚の人もいれば、世田谷あるいは「東京に」いる感覚の方が強い人。あるいは場所でなく「こんな仕事をしている」など活動の方に軸足がある人。それぞれの居所があるなと思います。

 話し手が決まったら、場所を選んで、2〜3時間お話をうかがいます。その音源を文字に起こすと3〜4万字になり、これを1万字に削ってゆく作業には時間を要します。メンバーにとっても、聞き方以上にこの「文章の削り方」が難しそうでした。
 話し手に「ここは省いて」と相談された箇所と、削れる感じがするところを、要約も順番の入れ替えもせずコツコツ整えてゆきます。
 音源を何度も聴き返して、語りが熱を帯びていたところはどこだったか再確認する人もいました。聞き手にとってこの時間は、あらためて話し手とすごすひとときで、相手の人柄や、言葉の質感、当日の空気に浸り直す体験だったと思います。この作業は愛おしかったと、何人かが聞かせてくれました。

 届いた草稿にスタッフが応答し、最終原稿になってゆく過程に伴走します。『東京の生活史』では筑摩書房の柴山浩紀さんが担ったこの役割を、「駒沢の生活史」では熊谷麻那さんがつとめました。「駒沢」は50本で、「東京」は150本です。熊谷さんとは、岸さんの力もさることながら、柴山さんの凄さについて幾度も語り合いました。
 もし他の地域で「◯◯の生活史」の実施を検討することがあったら、この部分を担当する人の情熱と技量が肝になると思います。
 最初の生活史は、秋の早い頃に完成しました。他の大半は、全員が目標にした年末前後に相次いで完成。ただ話し手本人の確認は急かすべきではないので、この過程に時間を要することもあり、最後の原稿が届いたのは3月末だったと記しておきます。

 併行してウェブでの表現方法を検討し、週に一本づつ、一年かけて公開してゆく形を決めました。
 本と違い、ウェブコンテンツは所有の対象になりません。1万字の原稿50本を一気に公開しても読めないでしょうし、読むきっかけをつくるのが難しい。なので、その断片を毎日一言づつ抜き出してサイトに載せ、入口を更新しながら、次第に全体が浮かび上がってくる形にしました。
 挿し絵は、参加メンバーでありイラストレーターの佐倉みゆきさんに描いてもらっています。

 ここまではウェブの話です。それと別に「本にもしたい」という気持ちを、多くのメンバーや関係者が抱いていました。でも商業出版は難しいし、ページ数が多いため自費出版の費用も大きくなります。
 オンデマンドで1話づつ印刷出来る。しかも廉価でデザインも美しいサービスの存在に気づき、各話ごと一冊づつ製作する方針にしました。フォーマットはタイトルまわりの絵も書いてくれたデザイナーの加藤千歳さん。データ作成には、参加メンバーの伊賀原純子さんとイトウヒロコさんが手をあげてくれました。

 私はプロジェクトのまとめ役を担いながら、二年以上にわたる道行きを、メンバーや関係者と歩んでいます。
 そもそものきっかけは、駒沢大学駅前の自社所有地について再開発を決断した、イマックスという駒沢の会社です。2025年秋にオープンする商業施設に先行して「駒沢こもれびプロジェクト」という取り組みを始め、駒沢に絞った地域メディアを「今日のこまざわ」というウェブサイトを核に立ち上げ、日々運用を重ねています。編集長は望月早苗さん。「駒沢の生活史」はその一角を成すプロジェクトです。

 ウェブサイトでは、2026年の初夏までにすべての生活史が公開されます。この1話ごとのプリント版とデータは、2025年秋と2026年初春の二回にわけてリリースします。
 他の話も読んでみたい方はウェブか、あるいはQRコードから一覧ページを開いてご注文なさってください。

 私やスタッフにとって、おそらく参加メンバーにとっても、やりながら「こんなプロジェクトだったんだ」と次第にわかってくる全貌の大きな活動でした。
 駒沢で暮らす方も、ほかの街で暮らしている方も、どうぞお楽しみください。

西村佳哲(2025年7月31日)

駒沢の生活史[33話]

2026年5月1日 発行 初版

発行:駒沢こもれびプロジェクト

「今日の駒沢」
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