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駒沢の生活史[44話]

駒沢こもれびプロジェクト




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駒沢で生まれた、いま住んでいる、
暮らしていたことがある約50名の人生を、
約40名が聞いた、生活史の一群です。

駒沢の生活史


第1話 世田谷はまだ土地が安いから、そこらへんを買ったら?
    みたいな話があったみたい

第2話 だから、もっと普通。普通に、普通の生活を(笑)

第3話 マネーゲームのゲームの外側から見ちゃうと、
    人生のあと残った時間を費やすっていうのが

第4話 父親の思い出って本当に少なくて。
    駒沢公園で鳩に餌をあげたとか(笑)

第5話 「それまで生きたのは、人に助けられてたんだ」っていうことを、
    そのとき初めて、ものすごい実感した

第6話 なんだったら焼きおにぎり自分で作って、おやつで食べていいよ、
    みたいな(笑)

第7話 今。うん、よくわかんないけど……。愛情は湧いてきたから

第8話 ふふっ。刃傷沙汰にはならないようにね(笑)

第9話 憧れと一緒に暮らすって違うよね。
    そこをちゃんと見極めてたのは偉いと

第10話 どうなんですかね?
     結構、直感で生きてるとは思ってはいるんです

第11話 まかない食い放題!
     生マグロのね、本マグロは、ほんと美味しいの

第12話 ひとつ前の会社が戻って来いって言うから、
     じゃあ、○円くださいって言って(笑)

第13話 もしそう言わなければ、そう思わなかったら、
     親父はもっと長生きをしてくれたんじゃないか

第14話 「また仲良くなるためには、どうしたらいいんだろう」って
     ことに、私はいちばん、頭を抱えているかもしれない

第15話 そのためにL字ソファーベッド買ったんですよ。生意気ですね

第16話 私がアメリカ行くのは、おじさんと一緒にっていうつもりで。
     それが「あなたが社長ですから、
     これ、サインしてください」って、突然

第17話 だから、だから、だからだと思うんだけど

第18話 幼稚園の終わりにはもう美容師になりたかったんだよね

第19話 家出できる場所ってこの辺全然ないんですよね


第20話 お茶ひとつあげても「ありがとうございます」って言う
     お客さんって、すごいなとずっと思ってた

第21話 朝来た瞬間から、
     自分でやりたいことを自己決定していくっていう

第22話 けっこう今は相談相手って感じ。お姉が、いちばんの

第23話 ここにいたら自分なんか甘えちゃうなって(笑)

第24話 「本命じゃない人」と一緒に付き合ってるみたいで、
     「なんかあんまり」って思ってたけど


第25話 根岸農園でぶどう狩り、ぶどう狩りができるんです。
     あのね、これをずっと行くと緑道に出るんですよ

第26話 仕事してるとき、
     自分の子どものこと思い出したことってないんです(笑)

第27話 駒沢公園はずっと身近にはあったかな

第28話 悩みってほどでもないけど、自分から言う話でもないから

第29話 塾すら近所だからさ、
     全部、この三茶駒沢エリアで完結してたの


第30話 ここには駅がなかったんですよ、昔。
     私が高校一年生のときに、駒沢大学駅ができたんです

第31話 もうなんか、聞いてる以上にすごかったですね。
     「子どもを送ってったあと、お茶」とか。床が大理石の家とか

第32話 仕事だと、すごいなんでも頑張れてるんですけど。
     プライベートとなると急にちょっと雑になっちゃう

第33話 僕、駒沢歴が長くて。渋谷に4年、武蔵野に一年いたんです
     けど、それ以来ずっとこの界隈で

第34話 がーって準備して、半年ちょっと経った十一月に
     駒沢でオープン

第35話 山梨の人は東京に出ると
     中央線沿線に住む人が多いんですけど、
     高校生当時の僕には「世田谷区」の響きが良くて

第36話 海外にいると言葉も文化も習慣もわかんないから、
     頼れるのは家族みたいなのはあったのかも

第37話 「おいしいクリームソーダを出すだけの人です」って言われた

第38話 さあ東京行くぞって出てきたやつは、
     大学入った時点からもう野心がバリバリなわけですよ

第39話 「宿命なんだ」と思って。ちょっと移ってみようかなって

第40話 早稲田落ちた次の日に下北沢に行って、カフェに(笑)。
     落ちたけど、コーヒーは飲みます

第41話 ご近所をちょっと歩いて、おう元気か!とかいって
     声かけられて、そういうのなんか憧れるよね

第42話 喘息でお昼にマックはちょっとつらいですみたいな。あははは

第43話 …どっからか来てるのかな。
     常に負けられない戦いが始まっちゃってるんですよね

第44話 たぶんすごい逆算思考なんですよ。
     後ろから人生を逆算してるから

第45話 またね、切り替わる時が来るかもしれないから、
     いまある仕事を、最大限にやるしかないと思って(笑)

第46話 いまでも「ここではこんなことがあったなぁ」とか
     そういうのを思い出しながら、ゆっくり散歩してるんです

第47話 すげえな、自分はそうなれんのかな、みたいな。
     あんまり繋がんないっていうのがあったんですけど

第48話 「私、ここにいなきゃいけないような気がする」って
     おっしゃって。「どうしよう」って(笑)

第49話 で、ご飯が美味しくて2キロぐらい太って帰ってきました(笑)

第50話 そこから出たい人ももちろんいると思うし、ここにずっといる
     ことが尊いともあんまり思ってないんですけど

第51話 東京がすごく息苦しい街だなって、来た瞬間から思ったのね

第52話 私はしたいことをしよう。自分には嘘つかないで生きていよう。
     本当に素直で正直に生きていけたらいいなって思って
     過ごしています

第53話 私、人よりすごい睡眠時間が長いんです(笑)


















たぶんすごい逆算思考なんですよ。後ろから人生を逆算してるから

話し手 30代女性
聞き手  梅川久惠


 すごい(犬の刺繍の)ニットを着てきていただけて。嬉しいです。

 ──話のきっかけができてよかった。

 私も実家で飼ってた子は結構前に死んでしまったんですけど。

 ──いま、お一人暮らし。

 そうです。実家は横浜の方。一人暮らし始めたのが5、6、7年前ぐらいですかね。

 ──じゃあ駒沢は本当に去年なんですか。

 そうなんです。ペット可物件自体が少ないから。犬を飼ってる人が多いエリアだったら確率上がるかな、みたいな目論見もありつつ、もうほんとに背水の陣で。前の家を解約して、最後の最後ギリギリ間に合って申し込んで、移り住んできたっていうような。

 ──解約して、から? 探してたわけじゃなくて?

 マンションを賃貸じゃなくて購入しようと思って。足掛け2年ぐらい探したんですけど、前の会社を辞めちゃうタイミングだったので、辞める前に買わなきゃと思って急いだんですよね。追い込むために賃貸の解約を先にしてしまうという。

 ──すごいな。購入なんですね(笑)。

 (笑)この前も同世代の友達とそういう話して、え? みたいに言われたんですけど。
 でも犬飼うなら賃貸だと壁傷つけちゃったりとかするので。じゃあ、もう買っちゃってもいいかって。

 ──(笑)お若く見えるけど…。

 いま34歳の年です。

──ちょっとびっくり。うちの長男はこの間11月で32になったんですけど。

 本当に近いです。

──いやあ、…買わないだろうな、彼は(笑)。

 上に2人兄がいるんですけど、12と11離れていて、ちょっと引っ張られてるのもあるかもしれないです。

 ──お兄さん2人年が離れてて、妹さんだったら可愛がられてた?

 ちっちゃい頃は可愛がってもらってたらしいんですけど、物心つくともう家に兄がいなくて、部活とか、バイトとかで、一緒に過ごした記憶があんまりないんですよね。

 ──そっか。代わりにお母さんと仲良かったりしません?

 母とはむしろ仲悪い。

 ──え?

 いや、悪くはなくて(笑)。
 たぶん私が一方的に苦手なんだなって大人になって…思っていて。祖父母がいる家庭だったんですよね。共働きだったので、祖母がほとんど育ててくれた感じがしていて。祖母が亡くなって急に距離が縮まると、思春期とかぶってギクシャクして、噛み合わないことが結構多かったかな。いまは逆に離れてるので、たまに帰って話す分にはいい距離感というか(笑)。掴めてきてるかな、みたいな…。
 逆に父とは離れてたから、あんまりこう、ぶつかることも少なかったのかな。

なんかちょっと特別、みたいな感じを、ちっちゃい頃感じていて

 ──そうなんですね。犬の話に戻っちゃうけど。もし次飼うとしたらどんな犬種とかありますか?

 私、友達の…犬とかペット関連のお仕事のお手伝いをしていて、犬種の性格とかにだんだん詳しくなっていくんです。でも、そうするとどんどん選べなくなる。ずっと犬飼いたいっていうのは周りに言ってきていて、「コーギー飼ってそう」って言われる率が高くて、なんか言われるとその気になっちゃったり(笑)。

 ──お仕事で遅くなったりとかは大丈夫なんですか?

 あるにはあるんですけど、基本コロナになってから在宅に。転職するときも、裁量労働制というか、自分で勤務の時間とか融通が利くっていうのはマストで条件に入れていた気がします。
 基本的にずっと企画職をやってきてて、いわゆる、広告代理店にざっくり言うと10年ぐらい勤めていて。いまはぜんぜん違う業界で、会社としては建築設計事務所なんですけど、設計をしているわけではなく、いわゆる自治体とか行政が持っている公共空間のリノベーションがどんどん増えていて、そこの…プロデュースというかコンサルティングというか、実際設計をする前の、どういう風にするのがそのまちにとって良いのかみたいなところを、市民の方を巻き込んだりとか調査とかをしながらこう、方針を立てていくところが割と多いような。

 ──行政の人と対するときに、会話の言語の文脈が違うとかって感じることないですか。

 めちゃくちゃあります。ほんとに異文化コミュニケーション。行政の方と民間企業の方とか、市民の方の翻訳をする立ち位置になるのが、やるべきことかなと思っているので、そこに面白みもあったり。伝わりづらいことを伝わりやすくするところが楽しく、やりがいなので、それは今後もできていくといいなとぼんやり思いながら。
 すごいいいのが、こもれびプロジェクトもそうですけど、まちを良くしたいと思ってる人と出会える。説明会とかに来てるのっておじいちゃんおばあちゃんばっかりじゃないんだ、若い人もすごい頑張ってるんだ、みたいなところに結構感動するというか、自分も頑張らなきゃって気持ちになりますね。

 ──日本全国から依頼がある感じなんですね。

 全国やってます。去年は佐賀とか石川県とかに出張させてもらったりして、楽しかったですね。

 ──そこの地域ごとの特質みたいなものもリサーチされたり。

 そうですね。1年間まず調査にかけて、2年目でちょっとワークショップというか市民の方と意見交換して、3年目で社会実験みたいな感じでイベントやってみたりとか、そういうステップを少なくとも3段階は踏んでるのが多いかな。

 ──何人くらいいらっしゃるんですか?

 15人ぐらいのチームでやっていて。ただちょっと特殊で、社員が私ともう一人で、あとの方はみんなフリーランスっていう形でやってるので。社員はプロジェクトもやるんですけど、総務、経理みたいなこともやりながらっていうポジションで。
 歳がたぶん私より5歳ぐらい上の方、それ以上がボリュームゾーンっていう感じで。やっぱり特殊な仕事なので、相当経験積んでる方が入られてるっていうのがあるので、恐れ多くも、みたいな感じで接しつつ。

 ──そういうお仕事があるんだっていうのを…。

 私も知りませんでした。ちょうど1年前のいまが、面接受ける前ぐらいですかね。いまの会社は転職活動始めて、受ける企業をリストアップし始めたときは求人が出ていなくて、自分からホームページにアタックしようかな、どうしようかなって悩んでるうちに求人が出て。かつ、いつもフリーランスの方、業務委託しか出してないところなんですけど。5年ぶりに2人目正社員の募集が奇跡的に出たのがそのタイミングで。

 ──会社自体はご存知だった?

 去年会社を辞めて、1ヶ月ぐらいヨーロッパをふらふらしてたんですけど、なんか公園とか図書館とかに携われる仕事ないかなっていうの探したときに出会って、名前は聞いたことあるみたいな感じで、…割と遅めの出会いでしたね。ビビビッときてしまって。落ちたらたぶん相当ショック受けてた。他の企業さんも受けてたけど。でも、思い入れがちょっと段違いだった気がします。

 ──ヨーロッパでそういう公共施設を。

 そうですね。公園、図書館、美術館とかを…なんとなく心地いい場所に行こうとするとそういうところが多くて。で、なんかこういう場所、あんまり日本にないけど、もっとあった方がいいなとか、そういうのすごい思って。

 いまの会社入った後も…なんでこういう仕事選んだのかなって思い返すと、割とその、母が美術館か図書館に連れてってくれる人だったんで。ショッピングモールとか、映画とか一緒に行ったことがない。つまんなくはあったんですけど、なんかちょっと特別、みたいな感じを、ちっちゃい頃感じていて。
 そこで親しんでたっていうのは大きいかなっていう気が…しますね、いま思い返すと。うん。で、そうすると、やっぱ大人と会う機会が圧倒的に多かった。

さらっとして生きやすくなったかな

 ──子どものときにそういう感覚や、その記憶があるってだけでもすごい違うだろうな。

 ぜんぜん違いますね。私、美術館から受けてる影響はたぶんかなり…ある気が…します。企画職と言いつつ、デザインに関連する仕事をする機会が割とあって、そのときってやっぱり美術館で見たものとか、あと、横浜美術館の子どものアトリエに行ってたときのこととか、すごい影響してるのを感じますね。

 ──ワンちゃんに関わるお仕事も。

 友達がやっている事業を一緒に考えるお手伝いみたいな感じなんですけど。同い年の女の子で、住んでる場所も岐阜なのですごい遠いんですけど…その子の思い描くビジョンがいいなと思ったので、一緒にサービス考えたりとかやってます。

 ──そこも、やっぱり企画なんですね。

 そうですね。基本もう企画は天職だなっていうのを、前の会社のときに思って。自然とそうなっている感じかもしれないです。

 ──そうかあ。いろんな30代の方いらっしゃるでしょうしね。

 そうですね、本当に。たまたまコロナ禍で、とあるコミュニティに入る機会があって。そこでちょっと下の20代後半ぐらいの子から、上は40代の方もいるのかな、で、結構幅広い友達がわ~っとできて、みんなぜんぜん違う仕事してるんだな、みたいなのがすごい面白くて。大事にしてるものとかやり方も違っていて…それがたくさんあるのを知れたのはありがたいなと思っていて。

 あと、たぶん私、元の性格的に内省がすごい好きというか、周りを知った結果、ああ自分はこうなんだみたいに、相対的に自分を発見するのが好きで。それがより明確になったというか、得られることが増えて楽しいみたいなのもありそうですね。うん。

 ──人と比べたときに、客観的、相対的に見られるっていうのはすごいな。

 これも仕事柄なんですかね。だいぶ客観が求められるかなとは思うので、そういうスキルは仕事始めるようになってから身につけた感じなんですけど。ないと結構しんどかったな、とは明確に思いますね。いま振り返ると。

 人生のターニングポイント的なやつがあって、その、仕事で客観視を…身につける前は…もう超主観人間。うん。で、大学生。…その後、私、ちょっとフラフラ~っとしてる時期があって、そこまでを超主観で生きてしまっていて、その時期はすごい辛かったんですよね。結構どん底みたいな感じを長年やっていて。
 …なんかその、主観でずっと来て、でもこのしんどいのもいい加減にやめたいみたいな、限界まで達した感じ…だったのかなと思いますね。そのときやったのは、免許合宿で新潟に行ったんですけど…。まず短期の目標を達成するところからだと思って、社会復帰みたいな感じで…やって。その後もやっぱ主観がこう、ぶり返して、しんどくなる時期はあったんですけど。初めての仕事のストレス、それをごっちゃにして、気のせいだと思ってやっていくうちに、気持ちが慣れてくるというか、バランスが取れてきた感じ。…仕事が紛らわせてくれたというか。

 最初の会社は、もう絶対ここブラック企業だなって思ったんですよ(笑)。それが良かった。うん。泣いてても仕事来てるしやらなきゃみたいな環境がむしろ良かった…し、ある種その、ストレスを感じてることに言い訳できるというか。
 で、2年頑張ったら転職しよう、2年我慢すればいいんだからみたいな、マインドセットもできていたから、なんか耐えられるギリギリを行けて。…あのときガチッとハマってくれてよかった。運良くって感じです。

 ──ご自身の言葉で言えば、いちばんどん底にいるような部分が土壌になってるかもしれないですね。

 そうですね。なんかもう、人格が変わったぐらいにその頃のことを思っているんですけど、自分の中に残っていると。
 うん。本当になんか…。そうですね。…なんて言ったらいいんだろうな。…うん。…前はどろっとしてたのが、さらっとして生きやすくなったかな。
 でも、それこそスイッチが入る前みたいなことはもうない。うん。というか、あったらもうたぶん無理なので。いまの感じで、面白いことがどれぐらいまた起きていくかな、みたいな感覚かもしれないですね。

 ──自分で掴みに行ってますもんね。

 そう、そうですね。いまは掴みに。…そうですね。行ってるかな。

ここはなんのために行く場所なんだ、みたいに急に思って

 でもその辺ドライに決めてるかもしれなくって。なんか…なんて言ったらいいんだろうな。人生死ぬまで暇つぶしって思っている節があるので。こう、いかにこの残りの時間を楽しいことで埋めるかみたいな感じでやってると、自動的に掴みに行かざるを得なくなるのか、飽きちゃうのが怖いみたいな感覚で。最初のマンションの会話に繋がるなって思いますけど、追い立てられたいタイプ。趣味とかも全部そうなんですよね。なんかそれは趣味のやり方じゃないよみたいにすごい言われる。

 ──例えば?

 例えばランニング。友達に誘われてやってるんですけど、走るのはぜんぜん楽しくないんです。大会に申し込んじゃって、大会のために練習する。あとはゲームも好きなんですけど、好きなゲームの新作が発売されて、でも絶対途中で辞めちゃうのが嫌なので、これクリアするまでにだいたい30時間かかる。じゃあ1日6時間を5日やればいいから、毎日絶対6時間やろう。みたいな感じでやっちゃうんですよ。

 ──(爆笑)それはそれでリフレッシュの時間でもある。

 ぜんぜんリフレッシュしてるんですけど、他の人から見たらそう見えにくい。あと、普通の道を走るのはあんまり楽しくないんですけど、山を走るのが楽しいっていうのに最近気づいて。山はなんかすごい集中してるというか、頭真っ白になるんですよ。それがちょっとはまってしまいましたね。

 ──でも走ること自体はやっぱり。

 楽しくない(笑)。

 ──(笑)方向性が面白い。

 やりたいこといっぱいあるので、犬の貯金もしたいんですけど、やりたいことのための貯金すごいしなきゃいけなくて。まず旅行。犬飼い始めるとちょっと難しそうですけど、細切れでもいいので行きたいところはいっぱいあって。写真好きなので、カメラもちょっとお金かかる趣味。と、30代で大学行きたいと思ってるので。

 ──もう1回学びたい。

 もう1回というか、私、大学を中退していて。ちなみに駒澤大学(笑)。

 ──(笑)

 もう入学1週間ぐらいでやる気をなくしてしまって。…なんかここはなんのために行く場所なんだ、みたいに急に思って。でも、大学でちゃんと学びたい気持ちが自然と湧いてきて。あ、いまなんだって。

 ──よく、やりたいと思ったときにやれば良いって言うけど、そう思ったときにやれる環境にいるかって、また別問題じゃないですか。

 それで言うと、祖母の影響がすごく強くて。祖母は5年前に亡くなって、90歳ぐらいだったんですけど、結構ギリギリまで一人で旅行行っちゃってて、しかも海外に。カメラも好きで、撮った海外の風景の写真を、80ぐらいかな、ボケ防止でちぎり絵で再現するっていうのを始めて。最終的に個展とかもやって、町のちっちゃなギャラリーなんですけど、おばあちゃんすごいなと思って。
 で「お葬式こういう風にしてくれ」ってちゃんと書き残してあったらしくて。ロビーにその旅の写真とちぎり絵を展示して、祭壇にも、世界三大瀑布のちぎり絵を世界地図の配置にして、花は水の流れにみたいな、すごいいいお葬式だったんですよ。
 で、いま、母が75歳なんですけど、母も母で、なんかずっと好きでマリンバやってて、楽しんでて。水彩のお花の絵もずっと描いてて、そんな風にやっていけたらいいなって。それで何歳になってもみたいなのは、自然と思っているかもしれないですね。

 ──すごくいいお手本になる方がすぐそばにいらっしゃるんですね。

 そうなんですよね。いま、お葬式とか墓地の設計とかもすごく興味があって。一応墓地とか霊園とかも、行政が関わっている部分で、なんかもうちょっとどうにかなんないのとか、すごい思うんですよね。そういう部分からも影響を受けていて。
 でもそれも職業病で、たぶんすごい逆算思考なんですよ。後ろから人生を逆算してるから自然とそうなってる気がします。

いいお墓つくるプロジェクトに参加したい

 ──いや、そうか、お墓か…今日それがいちばんびっくりしたかもしれない。

 もうどこいっても、お墓の話は驚かれてますね。でも話すと皆さん「確かに」みたいな。同世代でも実家の墓じまいの話とか出てる子はぜんぜんいたりするので。兄達が年上っていうのもあって、兄弟間で決めとかないとね、という話もぜんぜんしますし。
 なので、一応、いまの仕事の野望は、いいお墓つくるプロジェクトに参加したい。いいお墓と火葬場というか。
 しかも今後、人口減るじゃないですか。高齢化だから一気に火葬場が必要になって、その後は一気に必要なくなる。その数の計画とかもたぶん本当はすごい大事なんですけど、いまどうなってるんだろうとか、思いながら……。

 ──絶対必要ってわかってても、心情的に嫌っていう部分をどう折り合っていくかって、本当大事です。

 その気持ち自体は否定できない。それを変えようとするのは難しいというか、やらない方がいいことなんだろうなっていうのはすごく思っていて。でも、全員の気持ちを汲めないっていうのがどうしてもある。
 基本的にネガティブを言われやすいのが行政や公共施設で、それはあんまり良くない構造だなって思っていて。逆にいい声がぜんぜん届かないんですよね。私のいまの会社は、公園がぜんぜん公園してないみたいな、義憤というか、そんなところからプロジェクトがスタートして。もう10年前になるので、私は知っていたわけじゃないんですけど。

 ──いろんなことに文句をつける人の声ばっかりが上がってて、それがもったいないですよね。

 もったいないです。
 それで言うと、駒沢公園は皆さん思い思いに伸び伸びしてて、行くたびいいなって思ってて。スケボーエリアが決まってて、その中でやってる人すごい多くって、若い子たちの憧れなんだなって。その横で犬散歩してる人がいて、子連れがいて、走ってる人もいて。いい公園ですよね。
 なので、引っ越してからだいぶ駒沢のことは好きになりましたね。急激に。嫌いだった時代から劇的変化というか。

 ──どこが嫌いだったんですか。

 駒沢が嫌いというよりは、大学があるからもう嫌いっていう感じで。嫌な思い出があるから近寄りたくない。
 でも、ランニングで誘われて来ちゃったからもういっかって。で、家探しは東京の南寄りでいろんなエリアを探していて、駒沢、犬飼いやすいなって、候補にどんどん食い込んできて、あれよあれよという間に(笑)。
 もう縁というか、因縁があるという風に思うようにしてるんですけど、結果的によかったです。

──色々やることも、やりたいこともたくさん。忙しいですね。

 そうですね。暇しなくていいかなっていう感じですね、暇も楽しめるようになりたくなったら考えます。まだなってないかな。

 ──でも、なんにもしないでポーンと抜けること。

 ぜんぜんあります。月2回ぐらいは意識的にそういう日をつくるようにはしていて。あとすごいロングスリーパーで、寝だめしたいので、そういう日をちょっとつくるようにして。
 予定があれば起きられるんですけど。でも社会人なりたてと、学生時代、本当に朝が辛くて起きれなかったです。小学生の登校班がもう辛かった思い出があるので、元々ちょっと夜型寄りだったのかなっていう気はするんですけど。夜10時ぐらいがいちばん元気かもしれないです。日付変わって2時3時ぐらいとかが自然に眠くなるから。

 ──犬飼いだしたら、健康的に。時間になるとお散歩モードに入る。

 そうですね、ちょっと起こしてもらおうと思います。他人を巻き込むことの強制力に弱いタイプなので、それに頼って健康によりなりたいなと。

 ──犬のためと思ったら、ちょっと無理できちゃいますね。

 そうなんです。ぜんぜんできるなと。うまくそれを朝に組み込めたらすごい、理想的な生活かも。

いままでの自分だったらたぶん聞きながしてた

 ──お仕事の面では…うん。大変だから楽しい、みたいなこともあるじゃないですか。

 ありますね。…たぶん選んでる仕事とか、選んでるものがそっち寄り。スイッチが切り替わる前のときですら、その気はあった。実行委員とかやるの大好きだったので。大変なの好きですね。
 あとは、形になるものが基本好きなので、形になる目標があると頑張れますね。いまの仕事は形になる手前をやってるので、まずは数年後に完成形を見たいですね。
 あとチャレンジというか「人の言うことを聞く」っていうのをテーマに入社していて。前の会社までは自己主張激しいというか、自分の意見はもうはっきり言うし、こっちがいいと思ったらそれを言って通すタイプ。
 せっかくこの歳で新卒みたいな状況に行けるのであれば、いままでの自分と違うことした方が面白いよなって思って。内心は、はあ? って思っても「わかりました」って言ってみる、ということをやってて。実際チームが尊敬できる人たちで、自分よりもすごい知識とスキルがある人たちの下だからこそ、マッチしてる感じで。

 でも、もうちょっと違う面も出さなきゃなっていうのもありますし。年末いろんな人と話してたら、ちょっと感情見えづらいみたいに思われてたらしくて。そこのいい塩梅を探りたいなというのもありますね。
 で、そういう風に意識を変えたら、いままでまったく気にしたことなかったんですけど、「司会向いてるんじゃない」みたいなことを急に言われるようになって。「今度こういうイベントあるから司会やっちゃいなよ」って言われて。役員の人に直談判して行かせてもらって、司会やったりして。いままでの自分だったらたぶん聞きながしてたな、みたいな。

 ──どうでした。手応え。

 司会向いてるなって(笑)。
 そのイベント、すごい行けてよかったんです。内容的にもすごく良くて。自分から掴んだおかげで、いいチャンスがめぐってきたなというか。人の言うこと聞こうって、改めて思いました。

 ──新たなステージが開いた感じなんですね。人の言うこと聞くの、大事なんですね。

 (笑)そう、大事なんですね。

 ──自分の知らない自分のことを、他の人から教えてもらえる。

 うんうんうん。なんか最初の方の話で、いろんな人と出会うと自然と内省して自己分析してるって言ってたんですけど、それってめちゃくちゃ自己判断で、結構、自己判断癖あるなっていうのも思っていて。この会社入るときの面接用に、もうどうしても入りたかったので、自己紹介のプレゼンテーションをつくったんですよ。その中の1ページに他己紹介ページを入れてて。前に周りに性格を聞いてみようというワークをやったことがあったので、そのまとめのページ入れたら、そこが良かったっていうのをいただいて。自分で自分のことを喋るのは面接だから当たり前にやるんですけど、それって自分の補正がかかっちゃったりする中で、他己紹介があると、結構リアルな部分が見えそうというか。
 不思議というか、そんなワード出てくるんだ。みたいなのがいっぱいありました。結構衝撃だったのが、高校の同級生のいまも仲いい親友なんですけど、「思ってるより人との距離が遠い、心の距離が遠い」って言われて。こっちはぜんぜん近い気持ちでいても遠く感じるんだとか。発見があって、すごく面白かったです。

 ──ある程度自分を知ってくれてる人に聞かないと。

 そうですね。仕事の人とそれ以外、友達とか、やっぱそれぞれでだいぶ違う感じで出てきたなっていう気がします。

 街ですれ違う一人ひとりに、必ず何十年分かの人生体験があり、その人が味わった時代と社会がある。けどその多くを私たちは知らないし、知る機会もないまま、大半は本人とともにこの世を離れてゆきます。
 「生活史」は誰かが整理した歴史と違う、きわめて個人的な人生のふりかえりで、前に聞く人がいることで姿をあらわします。
 
 「駒沢の生活史」というプロジェクトの土台には『東京の生活史』(岸政彦 編|筑摩書房)という本があります。その製作過程から多くを踏襲しました。岸さん等の了承もいただいて、本格的にスタートしたのは2024年の初夏です。

 まずウェブで参加メンバー(聞き手)を募集。70名近い応募を40名に絞ってキックオフ。「生活史の聞き方」「生活史の書き方」といった講座で方法論を共有しながら、各自が自分で見つけた話し手に交渉。以前から話を聞いてみたかった。あるいは駒沢のバーでたまたま出会った。話し手との関係や出会い方はさまざまで、この時点で既に面白さがありました。

 メンバーには「駒沢の話を無理に聞き出さなくていい」と伝えた。自然に出てくる方がいいし、むしろその人の人生に関心をむけてみてくださいと伝えました。
 結果的に、話し手が体験した「駒沢」が垣間見えたり、まったく見えなかったりします。「駒沢に」いる感覚の人もいれば、世田谷あるいは「東京に」いる感覚の方が強い人。あるいは場所でなく「こんな仕事をしている」など活動の方に軸足がある人。それぞれの居所があるなと思います。

 話し手が決まったら、場所を選んで、2〜3時間お話をうかがいます。その音源を文字に起こすと3〜4万字になり、これを1万字に削ってゆく作業には時間を要します。メンバーにとっても、聞き方以上にこの「文章の削り方」が難しそうでした。
 話し手に「ここは省いて」と相談された箇所と、削れる感じがするところを、要約も順番の入れ替えもせずコツコツ整えてゆきます。
 音源を何度も聴き返して、語りが熱を帯びていたところはどこだったか再確認する人もいました。聞き手にとってこの時間は、あらためて話し手とすごすひとときで、相手の人柄や、言葉の質感、当日の空気に浸り直す体験だったと思います。この作業は愛おしかったと、何人かが聞かせてくれました。

 届いた草稿にスタッフが応答し、最終原稿になってゆく過程に伴走します。『東京の生活史』では筑摩書房の柴山浩紀さんが担ったこの役割を、「駒沢の生活史」では熊谷麻那さんがつとめました。「駒沢」は50本で、「東京」は150本です。熊谷さんとは、岸さんの力もさることながら、柴山さんの凄さについて幾度も語り合いました。
 もし他の地域で「◯◯の生活史」の実施を検討することがあったら、この部分を担当する人の情熱と技量が肝になると思います。
 最初の生活史は、秋の早い頃に完成しました。他の大半は、全員が目標にした年末前後に相次いで完成。ただ話し手本人の確認は急かすべきではないので、この過程に時間を要することもあり、最後の原稿が届いたのは3月末だったと記しておきます。

 併行してウェブでの表現方法を検討し、週に一本づつ、一年かけて公開してゆく形を決めました。
 本と違い、ウェブコンテンツは所有の対象になりません。1万字の原稿50本を一気に公開しても読めないでしょうし、読むきっかけをつくるのが難しい。なので、その断片を毎日一言づつ抜き出してサイトに載せ、入口を更新しながら、次第に全体が浮かび上がってくる形にしました。
 挿し絵は、参加メンバーでありイラストレーターの佐倉みゆきさんに描いてもらっています。

 ここまではウェブの話です。それと別に「本にもしたい」という気持ちを、多くのメンバーや関係者が抱いていました。でも商業出版は難しいし、ページ数が多いため自費出版の費用も大きくなります。
 オンデマンドで1話づつ印刷出来る。しかも廉価でデザインも美しいサービスの存在に気づき、各話ごと一冊づつ製作する方針にしました。フォーマットはタイトルまわりの絵も書いてくれたデザイナーの加藤千歳さん。データ作成には、参加メンバーの伊賀原純子さんとイトウヒロコさんが手をあげてくれました。

 私はプロジェクトのまとめ役を担いながら、二年以上にわたる道行きを、メンバーや関係者と歩んでいます。
 そもそものきっかけは、駒沢大学駅前の自社所有地について再開発を決断した、イマックスという駒沢の会社です。2025年秋にオープンする商業施設に先行して「駒沢こもれびプロジェクト」という取り組みを始め、駒沢に絞った地域メディアを「今日のこまざわ」というウェブサイトを核に立ち上げ、日々運用を重ねています。編集長は望月早苗さん。「駒沢の生活史」はその一角を成すプロジェクトです。

 ウェブサイトでは、2026年の初夏までにすべての生活史が公開されます。この1話ごとのプリント版とデータは、2025年秋と2026年初春の二回にわけてリリースします。
 他の話も読んでみたい方はウェブか、あるいはQRコードから一覧ページを開いてご注文なさってください。

 私やスタッフにとって、おそらく参加メンバーにとっても、やりながら「こんなプロジェクトだったんだ」と次第にわかってくる全貌の大きな活動でした。
 駒沢で暮らす方も、ほかの街で暮らしている方も、どうぞお楽しみください。

西村佳哲(2025年7月31日)

駒沢の生活史[44話]

2026年5月1日 発行 初版

発行:駒沢こもれびプロジェクト

「今日の駒沢」
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