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この本はタチヨミ版です。
●テキストデータをペーストして、[本のPreview]ボタンを押すと、本を発行した状態がチェックできます。胸立てて踊る竹の子つかんだろか 統合失調症 と国家高見昌宏近代文芸社
目次相対的なものについて 5 男 性 原 理 。 女 性 原 理 o‐ 西洋と東洋の相対性 ‐3 精神病者の内実51主王 稲 を 追 い 求 め る の と 追 い 求 め な い と こ ろ人 生 論 03 恋 愛 論 83一示熱町への曰ヽい ‐4 計算主義の悩み 文化に? いて 〝24
言 葉 で 考 え る 人 ・ 勘 で や る 人 94 ひらがなには 「共同幻想」の香りがする‐ 女性論 6女性論 補筆 56‐7再 び 「 四 つ の 力 」 に つ い て 57四つの力理 科 系 。 文 科 系 に つ い て 38 文化の盛衰 に ついて 譴日々の指針 〟女性論 再び 3o‐4 哲学論 ol人間論 社会 (国家)論 騒 あとがき
胸立てて 踊る竹の子 つかんだろか
相対的なも のに ついて今の私のような生活のなかで私が気になる話は、つぎのようなものです。それは、「負 けるが勝ち」というか、勝てない時は、勉強をして蓄積するべきだ、という大川先生の説 にも似たものを感じます。今、世に出られないので次のような話が気になります。それは、 ミルが 「肥えた豚であるよりも、痩せたソクラテスであれ」と言 ったようなものです。私 はそのような状況にあるのか、そういつた話が好きです。尾崎豊の歌の歌詞で書くとすれ ば、 ♪ 鉄を食え、飢えた狼よ―死んでも豚には食いつくな♪ とか、甲斐バンドの歌の 歌詞を書くとすると♪ そうさ、コートの襟を立て、雨と風をやりすごせ、みんな拳を握りしめ、雨と風をや りすごせ、今は嵐の季節♪ などです。こういった話が気になるのは私が世に出られないからでしょう。 大会社や軍事力の優れた国に対しとる戦法は、もちろん奇襲戦法であり、といいます。 しかし、正当戦法でばかり 『新プリンキピア』などという本を出版社に出しては落ちている私なのです。 前書きは、これくらいにして気になる逸話を書きましょう。それは、まずインドネシア立国の革命家、アウンサン将軍のことです。 アウンサン将軍は、日本軍に支配されたインドネシアで日本の兵隊に戦争の仕方を教えられていました。
そこでは、たまに日本の兵隊さんによる 「鉄拳制裁」もあ ったということです。それだ けは許せないというインドネシアの人もいたようです。しかし、アウンサン将軍は、そう いう時なにを考えていたかというと 「日本軍は、放っておいても戦争の仕方を教えてくれるからいい」というのです。 相撲の厳しい稽古でも、竹刀で叩かれるのは、痛いですが、相撲を強くはなれます。 そのような心境だったのでしょう。 二番目に話したいことは、アゴン宗官長の桐山靖雄先生の話です。桐山先生は、七年間、京都の五社の滝に打たれ修行なさいました。しかも、それは正月の元旦からだったという のです。そこで、自動車などに乗 って暖房を効かせても行こうものなら、体が寒さに慣れず、滝 に打たれたら心臓発作を起こして死んでしまうので、歩いて京都の町を歩き五社の滝まで 行ったそうです。そこで、桐山先生は、正月だから窓越しに 一杯やっている庶民の姿が見 えたというのです。普通ならうらやましいでしょうが、桐山先生はのちに書いておられま す。「私は、その 一杯やっている人を軽蔑していた。軽蔑していたといってはおかしいが、こ いつはこれだけのものだ。今は、それで楽しいだろうが、こいつはこれだけのものだ」と思ったそうです。すごい話です。このような生活の中で世にも出られないで、と初めに書きましたが、今のところ私には 妻も子もいません。
両親との人間関係のなかに生きているのです。人間は 「情け」や 「もののあわれ」がな いと生きられません。尾崎豊の歌 ♪ 俺は、貧しさのなかに生まれ、親の愛も知らず育 った、暴力だけが俺を育てた♪ というようなことはありえません。親がいなくても、寄宿 舎の主人が、親のない子を好きだったとか、施設の偉い人とスキンシツプをもっていたと かが必ずあるのです。私は、不細工な太 った女の子から申し込まれて、文通をしたことがあります。中国地方 の人でしたが、その子があわれ、というか助けるのが好きな人がいたというのです。もち ろん、不細工でデブというのも勉強や芸術で活躍している人もいますし、いいのですがもう 一つ、妻や子のいない生活のなかで思うことがあります。それは、男には、なかな か勝てない、ということです。私は、精神病者の仲間で精神病者は、駄目になっている人 間とも思えます。そして、妻や子のない人が多いです。そこでプライドを保つためには、不登校の学校に行っていた人で体力もない人だと 「私 が、キリストです」と神父さんの前で言った人がいます。そういうことで駄目な人間とい われる精神病者のなかでもプライドを保てないと言い出すのです。しかし、それを否定し ようとしても無理です。人は、いろいろな抜け道を使 ってプライドを保ちます。それは、 間違 っていても 「そうだ」と言い張られたら、否定しようがないのです。そうじゃなく、頭も良くなく親もいないとどうなるか、ということです。それは、悪い
ことをしてでもプライドを保とうとするのです。家に火を つけるとか、家に 「泊まらせて」と言 ってきて安全を脅かすのです。 悪いことだから、いけないと言って済まされません。それが、私がここで生活していて、怖いのです。実際、脅かせたり、責めないと男のプライドは保てません。悪いことだから といっても実際に怖かったり、憎かったりするのです。法律を厳しくしてくれ、といいたいですが、警察でも取り合ってくれない程度の事件もあります。こうして考えてみると駄目な人などいませんし、ひとを駄目にすることもできません。 何かの抜け道はあるのです。しかも、人間関係なしでは生きられません。情けとか好きだ とかないと......こうして考えてみると 「隣の芝は、青く見える」ということにも考えが及びます。レベルが高くなっても、新しい悩みがでてきますし、その人が幸せとは、限りません。 こういった考えもできます。「その人が幸せだと思えるか、どヽつか」だと......しかも悟ることは山にこもらなくてはいけないかもしれません。この文は早朝書いてい ますが、人が動き出すと情報の波に飲まれて勘でどうにかするしかありません。人との中 で悟ることは出来ないでしょう。山にこもると悟れるかもしれません。しかし、寂しいで しまつし、人間関係の中で人は生きているのです。人には、男にはプライドがあるのです。朝鮮を植民地にしていたら、こんど (二〇〇
八)のオリンピ ツクでメダル数で負けて当然です。人をバカにしてはいけません。日本が 仕掛けた戦争で負けた日本も 「白人コンプレツクス」がありましたが、自動車で追いつき、 経済でアメリカに勝って、宮中晩餐会でレーガン大統領が倒れる、といったことをもって 頭を使ってコンプレツクスを克服したのです、人をバカにしたり、高い低いはありません。 それを 「勝ったり、負けたりだ」ともいえるでしょう。「隣の芝は、青く見える」といいますが、人に勝つことや悟ることはできないのでしょう か。例えば、女性です。体力に劣るといっていい女性は、男性を褒めたり、灰皿を出したり して生きています。男はプライドの生き物です。奥さんの方が、職業の地位や月給が上だ と旦那は浮気をしだします。それもレベルの低い女とです。それでは、おかしいと思うの ですが、そのほうがくつろぐのです。そういった事実もあるのです。男は女を皆殺しに出 来るというのは事実です。しかし、それは欲求不満の人の意見です。欲求不満でなかった ら、そんなことはいいません。ヒステリックなフェミニスト (女権拡張論者)も欲求不満 であるといっていいでしょう。また、ちょっと有名になっても、地位や名誉が高くても何も嬉しくありません。私は、 市立図書館に本を置きましたが、そうな っても悩みはあります。また、健康についても、こういった相対的な意見は言えるでしょう。たとえば 「一病息
災」です。 一つ病気があると気を つけて長生きするというのです。これは、いえるでしょ う。「無病息災」ともいいますが、病気もしたことのない私の親戚は、風邪をひいただけ で 「もう駄目だ」と思って死んだ人がいます。また成功についても相対的なことはいえます。それは、コンプレツクスや不快感がない と成功できないのです。成功している人は、その分の苦しみがあろ両面あるのです。相対 的なのです。私も五つほど発見しましたが 「朝から晩まで、いつ思いつくか分からない。一日中、仕事だ」と母に言っていました。 新理論を展開している人などは、背広などを着ていますが、その人にもぼろ服を着ていた時期があ ったのです。発見をした私は、テレビで新理論を展開している人などを見てそ れが想像できるのです。男性原理 。女性原理「相 対 的 な も の に つ い て 」 を 書 い て き ま し た が 、 こ こ で 男 と 女 の 特 質 が ど の 文 化 に お い て も出てくると いうことについて、お話しましょう。それは、右脳的なもの・左脳的なものです。その右脳的で女性的なものと、左脳的で男 性的なものがどの文化においても両方出てくるということについてお話しましょう。その考えの浮かんだきっかけは、男性のキリスト信仰ばかりでは、マリア信仰が出てく
る、という文を読んだときからでした。男 が 道 を 一 回 言 っ た ら 覚 え て い て 、 女 の 人 は 「ど こ だ っ た か な ? 」 と 言 っ て い る 光 景 をよく目にします。それは、男は、右脳と左脳を結ぶ線が細いからだといわれています。女 性は右脳と左脳を結ぶ線が大く、感情の脳の右脳の影響で地図を読む左脳を乱してしまう らしいのです。女性は、共感脳。男性は、解決脳ともいわれます。そして、左脳を言語脳。右脳を音楽脳と いいます。 「あ・い。うこえ・お」の母音は、右脳に入ります。 「k・S・t・n・h・m・y・r・w・n」などの子音は、左脳に入ります。私が、左脳の男性的、右脳の女性的なのに気づいたもう 一つのきっかけは、純粋音楽の 盛んなドイツ (歌詞のない器楽曲の多い)において、哲学が盛んであり、心理学を生んだ フロイトもドイツ人のところからです。また、ドイツ語を聞いていると子音 (左脳に入 る)がよく聞こえます。そして、宗教も言葉ばかりのプ ロテスタントがドイ ツではほとん どだということからです。左脳に入る子音がよく聞ゝ」えるドイツ語では、哲学 ・心理学が 発達し、言葉で説教するプロテスタントであり、また、左脳の言語ばかりかと思っていたら、女性原理が出てきて、器楽曲の多いクラシックが盛んなのです。一方、もう 一つクラシックの音楽の国、イタリアはどうでしょう? それは、言葉を伴 うオペラであり、イタリア語も日本語のように母音で終わり、母音の国です。母音は、右 脳に入るのです。そして、 マリア (女性)信仰もあります。キリスト教は、カトリックで すっぱい薄い食べ物を神父さんが食べさせたり、感覚に訴える宗教です。右脳は、音楽脳・勘 ・感覚脳なのです。しかも、視覚に訴えるキリストの十字架像などがカトリックでは、
許されているのです。プロテスタントでは、偶像崇拝禁上でキリスト像やマリア像はあり ません。右脳 (感覚)が満足していると、わざわざ、感覚 ・音楽脳を器楽ばかりの曲で潤すこと はないのです。これは、キリスト信仰だけでは、マリア信仰がでてくるようです。それでは、子音しか表記しないアラビア世界は、どうでしょう? 子音は男の脳の右脳 です。すると 一夫多妻で男が強くハーレムがあるということです。女性的なものもないと 息が詰まってしまいそうです。そこで六信五行に 「運命を受け入れる」というのが出てき ました。何でも運命として受け入れるのです。それは、あきらめとも取れるでしょう。しかし、子音の男は原理だけでは、息が詰ま り 「運命を受け入れる」といったような努力しない文化になったのです。よくアラブ人は 「インシャアツラー」(神の思し召しのまま)というそうです。どんな文化にも男性原理ば かりでは息が詰まり女性原理が出てくるのです。子音の割とある自人の言語では、運動や勉強が出来ると 「才能だ」というそうです。し かし、東洋人は 「努力だ」というそうです。イスラムの 「運命を受け入れる」の次に子音 がちょっとあると 「才能」にして、母音が多いと 「頑張る、 一生懸命 ・努力」となるので す。東洋は、女性的、西洋は、男性的といわれます。しかし、私は、西洋は男女の差が大き いと見ます。白人は胸が大きく男と女の違いが大きいように感じます。「LOVE」など
というのもキリスト教のアガペー愛に端を発するものです。東洋は、男と女の差が少ない といっていいでしょう。仏像の仏さんは、やはり中性なのです。西洋だと両性具有という 中性の形をとります。男と女をはつきり区別しているといえるでしょう。子音の多い、ドイツ・イスラムの男性的な国でも必ず 「運命を受け入れる」だとか器楽 曲 (音楽脳 ・女性脳)の女性の繊細でやさしい文化を訴え、欲し女性原理がでてくるので す。ユングは、男性のなかの女性的なものをアニマ、女性のなかの男性的なものをアニムスと呼びました。西洋と東洋の相対性私も、四十三歳になろうとしています。生命 千不ルギーの弱体化は、発見をしていた私 に相対的な考えを勧めているようです。ここでは、西洋と東洋について書きたいと思います。西洋は、キリスト教的な発展史観といって、世の中はどんどん発展していくものだ、と いう歴史観があります。また、若い男女中心の考え方というのもあります。東洋は、どう でしょう? よく言われるのは、東洋的停滞ですが、東洋は循環史観――世の中は同じことを繰り返す歴史だ――と いう考えがあります。 しかも、東洋では老人が尊敬を受けています。私は四十三歳になろうとしていて若い人 3中心の西洋から、相対的――善悪 ・真偽 ・美醜があって、いろんなことがあるから、そこ
にとどまって、ありのままに生きよ、という東洋的あるいは、仏教的な考えに達しようと しています。しかし、西洋にも ニーチ ェの永劫回帰など輪廻転生を思わせる循環的な考え もあります。また、東洋でも循環といっても、原始時代に比べれば、今の生活はいいよう に発展もしてきています。室町時代、二食だった食事は、三食になりました。西洋は、若 い人中心の考えで春や夏の考えでしょう。ただ、今秋の気配が感じられ、余計東洋の秋冬 といった考えに四十三歳に九月六日になる今、なろうとしています。相対的な考えとは、「0」もあれば 「∞」もある。どうしようもない苦しみもあれば、 楽や喜びもある。生もあれば死もある、といった考えです。「隣の芝は、青く見える」と いいます。これは、隣の家、という時間にたしする空間的な優越です。しかし、歴史の発 展は、歴史という時間的なものです。歴史の発展は、技術の発達ということをもたらしま す。技術が上が って生活が便利になれば、その時は幸福です。しかし、空間的にみんなよくなります。みんなよくなると 「隣の芝は青く見えます」。しかし、時間的によくなる、 技術的に上が ったときは喜びです。みんなよくなるから 「空間的優越性」は変わりませ んが、「時間的向上」はあるのです。人類の幸福は、昔に比べてよくな ったか? 幸福は、 増大したか? と いうと空間的な優越はみんなよくなるのですから、幸せは増大しようが ありませんが、みんなよくなった瞬間は、うれしいのであり、人々は向上の瞬間うれしい ですから昔よりだんだん幸福感は持 ったと見ていいでしょう。ジャンケンというのは、グーがパーに負け、パーがチョキに負け、チョキがグーに負け る循環です。三つが追いかけっこをしているのです。しかし、発展史観の西洋では、コイ ンの裏表で野球の先攻後攻を決める二元論の文化です。そういう文化では発展史観で、ジ
ャンケンのある国、東洋は循環があると見ていいでしょう。精神病者の内実精神病者というと精神に異常をきたしているのであるが、その内実を書いてみよう。それが今の日本で今も実際に起こっているのである。私も、興奮しておかしい気になる という軽い精神病者なのである。精神病院では、常識と全く違 った世界が展開されている。それが実際、日本で起こって いるのである。ひらがなが書けない人もたくさんいる。読めはするのであるが、私もケー タイにひらがなで名前を打 ってあげた人が数人いる。子供を施設に預けていて、生活保護 で暮らしているというと、ちょっと変わった人のように感じるが、その人はまともである。パチンコ中毒の人で施設に入っている人もいるし、お金をごまかして返す人もいる。精 神病者は、 一日何をしているのか? というと煙草を吸っていて、どうでもいいことを喋 り、たまに喧嘩したりしているのである。私も、その中で生活していて、そう いう人たち が怖いのである。人を殺しかけて、警察沙汰になり病気で刑事に説教した人もある。作業 所の施設に入っていたら、まだいい方で、おかしいといってもそこの人はまともなのであ る。アパートに男を入れてお金を取っている人もいる。私も 「殺す」とか 「生きて帰れる と思うな」とかよく言われた。そういう私も仕事ができないので、まともといっても家の 5 近くの公園を三時間散歩して、あとは暇である。四十近くにな っても、バイトだけして、
一週間くらいで辞めて何十箇所と仕事場を変えている人もいる。 浮浪者といっしょに一日寝ていて、おにぎりをもらった人もいるし、女の格好をして男が実際に今日本で喫茶店に行っているのである。そんな精神病者でもいいところがある。 それが、家庭的なのである。オウム真理教の幹部も家庭的であったというが、家庭的なの は家庭的である。暴力団に関係のある人もいるし、デイケアという施設の一日を過ごすところで、暴力団 が来て、いざこざがあり、先生が警察を呼んで実際に警察が来たこともあ った。そんな精 神病者は、お金はどうしているのかといえば、障害年金や生活保護である。親のいない人 もざらである。親のいない人を見ていて思うのは、性格に少しでも歪みが出来るのである。 父親のいない人は、お金、経済的なものに弱いところがある。どうしてもである。若いの に性が目的なような禿げたおじさんと結婚して経済を支えてもらうとかである。身体障害者や親がいなくて、精神障害になった人もたくさんいるが、親がいて精神病者 になった人は、激しい性格や、厳しい仕事や学校のせいである。しかし、厳しい状況でも ならなかった人もいるし、私がいいと思うのは、父親がいなく、精神病院に入院して寝泊 りし、薬は習慣になるからと飲まず、仕事を見つけ働いて、旦那を見つけ結婚し、今は子 もいる人である。女であるが、厳しい状況でも立派な人はいる。親がいて、死んでしまった精神病者は、車にひかれ死んで自殺かどうかもわからないま まとか、精神病院に入院して、ふにゃふにゃになるとかである。親が死んでもやっている 人もいる。そして、ある程度年をとるまで親が生きていると今、 一人暮らしでもある程度 まともである。奥さんと子供がいた人でも病気になり、放っておかれて、消息不明になる
と、奥さんや子供はいても、消息不明で全く関係がなくな って、 一人暮らしの人もいる。 親は、子供が新しい荒れ方、昔はなかった状況に追い込まれるとたいへんであるが、なんとかなる。女の子で病気になると 「あんたが、男だ ったら殺されている」と言ったり、 夜、娘に起こされたり、訳のわからないことを言われても、新しい状況に対応しているの である。そして、幻聴というのもある。幻聴というのは、私から見て、青春の炎を燃やしている のである。激しいのを好んでいるのであって、幻聴のある人はよくいう。「幻聴がなくなったら、 どうしよう」と......また妄想というのもある。現実と違うことを思い込むのであるが、わざと言っているじ ゃないか? と思うがそうではない。青春の炎を燃やしているというか、激しさを妄想で 表しているのであり、だいたいが 「未成年のまんまで」というか子供っぽい、モラトリアムの青春のままでいたい人が多い。また 「精神病である」という理由のつく人もいる。家で寝ているだけとか激しい感情があると薬を飲んでいるとかで一旦、理由がつき、親に怒れるとか、家で寝ていることに理 由がつくとかである。もちろん精神病者でも女は大人しい。しかし、女性でも妄想や幻聴や激しいところがあ るから精神病になるのであろう。精神病者の親は、子供が精神病になると、障害年金をもらわせない人もいるが、だいた いはもらわせる。しかし、ある親は電話がかかってくると 「また、精神病者からだ」とま
タチヨミ版はここまでとなります。
2026年2月16日 発行 初版
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京都市生まれ。市スポーツ優勝2回県3位1回私宅監置に4歳くらいまで会い体が歪み左足をいためる。小学校三年の時三重県四日市市に転校。以後も父親の会社が、潰れつずけ、全国を転々とする。