スラムからのし上がった男は最後はスラムで『芋虫』となる。
闇の執行機関『0(ゼロ)機関』から暗殺依頼を請け負った『風魔忍』の遙(はるか)は、巨大ギャング組織のボス、ホーク=ルシファーへの報復任務に就いていた。
標的の懐に潜り込むための自作自演の救出劇。その最中、遙は不思議な空気を纏った白髪・紅目の少年・馨(くゆる)と出会う。
出会いは最悪。だが遙は、馨が「不慮の事故」で世を去った伝説の奇術師にして『甲賀忍』の末裔、マダム・プレマの息子であることを知る。
「母を裏切り、殺した奴らを地獄へ送る」
復讐を誓う少年の瞳に宿る、数百通りの演算を数秒でこなす異能『多重並列思考』。
その才能を軍師として引き入れるため、遙は圧倒的な暗殺技術を「プレゼン」として見せつけ、少年を戦場へと誘う。
馨は隠し持っている毒瓶を相手に気づかれないように、身だしなみに違和感が無いかを確認してからドアをノックする。
入室を許可する声がドア越しに聞こえて馨はドアを開けて入室する。日本だと、かがんで入室しなければドアに額をぶつけるが、ニューヨークでは馨ぐらいの長身の男性が多いので、ドアの上部の位置が高い。足音を立てずに馨は、スルリと入室すると後ろ手でドアを閉めた。
部屋に入ると正面向きに、馨を呼び出したこの部屋の主であり、ニューヨークの裏社会を束ねるホーク=ルシファーと彼の客人らしい男の後ろ姿があった。
ホークは、客人らしい男を馨に紹介する。
そこで男の顔を見た馨は、男が未成年だと判る。ハルカ=リュウモン(龍紋遙)という名だとホークは紹介する。年齢は馨と同じか少し年下か、馨は痩せ型で長身なので遙が小さく見えるが遙の身長は180センチはありそうなので充分に長身だ。まだ未成年だということもあって体つきも細い。名前の発音が日本名だが、髪の色とゲルマン系の顔立ちは混血なのかもしれない。
銀髪のポニーテールヘアの遙は左眼を眼帯が隠しているが、それすらアクセサリーとして彼の超絶美形な容姿を引き立てている。
馨は遙を新しい情夫だと勘違いして、こんな未成年にまで食指を動かすとは、鬼畜ゲス野郎だと心の中でディスる。しかし馨の表情はポーカーフェイスで、そんなことはおくびにも出さない。
馨はポーカーフェイスを崩さずに自身の最大の武器である【多重並列思考】の【異能力】で数百通りの演算式の中から、最適解は毒殺と弾き出した。方法は3つ。
①酒に混入。アルコールで舌が麻痺するので気づかれにくい。
馨の所持する【毒】は、無味無臭なのでミネラルウォーターに混入してもバレないのだが。
②葉巻タバコに【毒】を染み込ませる。ホークはヘビースモーカーなので、成功率は非常に高い。しかし、自室で1人の時に死亡してもらわなければ後が厄介だ。
ホークはギャングのボスなので、部下がいる所で死なれては報復のリンチが待っている未来しか馨には浮かばない。
③同衾して毒を盛る。3大欲求の1つだ。【人間】は3大欲求を満たしている時、隙が生じる。そして、オカシナ趣味がない限り同衾は2人きりになれる。
しかし、馨はホークに男娼として近づいたが男の自分が同じ男に組み伏せられるなど屈辱でしかない。
これらの思考を秒でこなした馨は、何くわぬ顔で遙と挨拶の握手を交わす。馨は、クユル=バンだ、と名前を言うだけの味気ない挨拶だった。
手が離れる瞬間に遙が、コレは預かっておくと、馨に小声で言って左手の中身をチラ見させたのは馨が忍ばせていた毒だった。
握手をしている間に遙は馨から毒をスリ取っていた。
馨「っ!?」
握手をした、ただそれだけだ。指が触れ、熱が伝わったわずか一秒。その一秒の間に、厳重に隠していたはずの死神の小瓶が、自身の懐から消え去っていた。
遙の指先に挟まれていたのは、つい先刻まで馨のポケットの奥深くに眠っていたはずの、あの毒の小瓶だった。
馨(いつの間に……。握手の、一瞬で……!?)
遙は小瓶をチラリと馨に見せると、そのまま音もなく自分のポケットへと滑り込ませた。
こんな時でも馨の【多重並列思考】は回転していた。そこで弾き出した回答は、遙はレフティ(左きき)で右手で握手して利き手の左手でスリをした。
遙の表情は無愛想で、敵意があるのか、それとも単なる警告なのかすら判別できない。
ただ、馨を見つめる蒼いの瞳の右眼だけが、底知れない不安を植え付けてくる。
ホーク「どうかしたか、クユル?顔色が悪いぞ」
ホークの声に、馨は震える指先を隠して、かろうじて首を振った。
馨は【伝説の奇術師】と呼ばれた母親から【マジック】の技術を叩き込まれている。いつからミスディレクションされていた、馨は【多重並列思考】を回転させる。
遙は毒瓶を取り上げたが、ホークにはチクらなかった。裏切りを許さないギャングのホークは、こういった小さなことでも裏切り行為と捉える。遙の行動は明らかにホークへの裏切り行為だ。ホークを毒殺しようと考えた馨も他人のことは言えないが。
もし遙が馨からスリ取った毒瓶を所持していることが露見したら、出どころを探れば馨に行き着く。遙の行動によって、馨は強制的に遙と一蓮托生になってしまった。
馨の心臓は、これまでにないほど激しく、不吉な鼓動を刻んでいた。
案内された部屋のドアを閉めた瞬間、遙の意識は「潜入者」のそれへと完全に切り替わった。
盗聴器や隠しカメラの類が仕込まれていないことを確認し終わると遙は、窓から離れた位置にあるベッドに腰掛ける。
一流ホテルのロイヤルスイートのベッドのようなフカフカなベッドは、思わずダイブしたくなるが、遙は敵陣に潜入しているのでプロ根性からダイブしたい気分を抑え込む。
電化製品の仕込みがなくとも、2XXX年の【起源の大戦】という【人間】、【亜神】、【人外】、【異星の邪神】とのバトルロワイヤルのような大きな戦争の際に、【地球(別名・青き星)】は【魔界】という深淵の色をした虚無の世界が領域展開した影響で、全世界の7割の人口が【異能力者】であった。
遙「確か西洋には、『ウォール・イヤー・アンド・ドア・メアリー』とかいう盗聴と覗き見の【スキル】があったな………」
しかし………メアリーって………これ絶対、『壁に耳あり障子に目あり』を【ルー語】にしたヤツだろファンか、と遙は1人で毒づく。
第三者が見ていると遙は、ひとりごとでディスっているように見えるが、彼の耳に付いているピアスは、通信機になっている。
遙は左眼の眼帯を外す。紅い瞳が現れる。馨の紅色は、ルビーレッドだが遙の紅色は、ピジョンブラッドの鮮血色だ。遙は左右の瞳の色が異なる【オッドアイ】だった。
左眼を隠す眼帯の役目は【オッドアイ】を隠す他に、左眼に宿る【風魔羅刹眼】という【風魔頭領】を継ぐ資格がある【瞳】を隠す為だ。
【忍】は、スポンサーの【侍(または主君)】に仕える『名も地位も存在すら無い【影の存在】』と思われているが、実はほとんどの【忍】の先祖は【天狗】であった。その名残りが【羅刹眼】だ。
【羅刹眼】は【天狗の瞳】なので、遙は左眼に【神通力】を宿しているのだ。遙の【眼帯】は、【オッドアイ】と【羅刹眼】とそこから漏れ出す【神通力】を食わせる【チャクライーター】の役割であった。
遙「おっ!発見!シャンデリアにメアリー………」
そして、遙はツカツカとニューヨークの夜景が眼下に臨める窓に近づき、右手と左手を猫が柱に爪を立てるような形にして、窓ガラスに爪を立てた。
キィイイー!
耳障りで甲高い音が響く。
遙「何やってるかって?嫌がらせだ。俺が泊まる部屋をデバガメしやがったことへの『ノイハラ』だ!」
通信機から通話相手が、甲高い音を聞いて何をしているか遙に訊ねたようだ。そして遙は嫌がらせと答えた。『ノイハラ』は、おそらくノイズハラスメントと言いたかったのだろうか。
遙は、しばらく窓ガラスを爪で演奏していると【異能力のカメラ】は解除されたようだ。
遙「解除するなら、最初からやるなよ」
遙の文句で通話相手に、盗聴、覗き見は無くなったことが伝わる。
相手から馨について訊かれたのか、遙は馨の容姿の特徴を口にした。
遙「あいつ、爺さん似だな。あんな瓜二つの顔だと、疑いようがない………丁様の孫だな」
遙はホーク=ルシファーから紹介された馨を思い出して呟く。遙は、馨を見た瞬間に彼の右眼の【輪廻眼】(瞳に異能力を宿している瞳術の一種)の【スキル】の【自動鑑定】した結果から馨は親戚だと判明した。
【伴 馨(バン クユル)】
年齢 17才
甲賀伴一族
遙が視えたのはこれだけだ。
俺とは、再従兄弟になるのかな、と遙はつぶやく。
【甲賀伴一族】は、遙の父方の祖父である【甲賀望月一族総帥】が、妹の産んだ双子兄妹に空席になっていた【甲賀伴一族】を継がせたので、遙と馨は祖父と祖母が兄妹の親戚なのだ。
遙「祖父様が言っていた【多重並列思考】のスキル表示がなかったが………【改竄】とか【隠蔽】の【スキル】で隠せるからな………そうなると、【隠密系スキル】も持ってるってことか………【風魔頭領家】の血統だけは大層な俺の【チャクラ】をレジストするとは………あの白髪紅目………流石は【甲賀の上忍】だ」
遙の【自動鑑定】は、文字通り勝手に自動的に【鑑定処理】してしまうので防ぎようがない。馨の【ステータス】が完全に【鑑定】できなかったということは、馨は常に『ステータスを隠すスキル』を発動していることになる。
相手が通信を切って報告は終わった。
遙はポケットから、先ほど握手を交わした馨からスリ取った小瓶を左手の親指と人さし指で摘んで眺める。
遙「【甲賀忍・秘伝の毒】か………」
遙は【風魔忍】なので、幼少期に毒入り料理の食事や【毒】を【クナイ】に塗って皮膚を切りつけたりなど、毒耐性の修行を経て【毒】が効かない体質である。
ちょっと試しに飲んでみようか、と遙は考えたが【甲賀忍】は【薬学】のスペシャリストなので、内臓が腐蝕する可能性が無きにしもあらずなのでやめた。
遙は、馨が【忍】なのになぜ男娼をしているのか、わからない。
ホーク=ルシファーは、遙に小指を立ててコレを紹介する、と言って呼び出されてやって来たのが馨だった。
遙「なぜ情夫だ………いや【くノ一戦術】か………」
遙は、再び毒瓶に視線を向ける。
ギャングのボスであるホーク=ルシファーは、背中に目が付いていると言っても過言でないほど隙がない。
1人でボケとツッコみをやった後、遙は【人間】が油断する時は『三大欲求』を満たしている時だとすぐに解答を得る。
食事に毒を混入させるか、閨事(性交渉)の最中かのいずれかだ。【くノ一戦術】は閨事のほうだ。奇しくも遙は馨と同じことを考えていた。
もっとも、馨は成功するとわかっても嫌悪感が勝って踏み切る決断ができていないが、遙のほうは逆だった。
遙「1億人に1人………みたいな美男子だからな………あの見てくれを利用しない手はないよな」
馨の容姿に対する言葉が、自身にブーメランしていることを遙は自覚していない。
翌朝、【ルシファー】の本拠地である高層ビル内の劇場のホールには、淀んだ熱気が立ち込めていた。
集まったのは、街の鼻つまみ者たちが揃うギャングの構成員たち。その中心に、場違いなほど美しい銀髪の少年、遙と壁際に佇む長身の馨がいた。
「おいおい、ボスの新しい『おもちゃ』はえらく上等じゃねえか」
「女かと思ったら男かよ。あんな細い腰で、夜の相手が務まるのか?」
下品な笑い声がホールに響く。
馨は無機質な瞳で彼らを見下ろした。
馨(いつもながら、語彙力が貧相だな)
馨は連中の低能さに侮蔑の視線を向ける。
彼らの浅はかな挑発は、馨にとってはノイズにすらならない。だが、隣に立つ遙の空気は、冬の刃のように研ぎ澄まされていた。
鈍い音と共に、男がその場に崩れ落ちた。遙の膝が、至近距離で男のみぞおちを抉っていた。
遙「……汚い手で触るな。腐臭が移る」
遙の氷点下の声が、火種となった。
「てめぇ……! やっちまえ!」
「おい囲め! リンチだ!」
罵詈雑言を吐きながら、十数人の男たちが一斉に遙へ飛びかかる。
乱闘が始まった。
だが、馨の瞳はその狂乱の中で、驚くべき光景を捉えていた。
馨の【多重並列思考】で数百の思考パターンが瞬時に展開される。
馨(……予測、収束。回答は一つ──「屈辱による自滅」!)
踏み込まれた巨漢の股下を、遙は重力を失ったかのように滑り抜ける。
「え……?」
標的を見失った拳が、慣性のまま対面の仲間の顔面を捉えた。
「ぎゃあ! どこ殴ってんだてめぇ!」
「痛ぇ! 離せ!」
自滅、そして同士討ち。標的を見失ったギャングたちの拳やバットは、行き場を失い、そのまま対面にいた仲間の顔面や腹部へと叩き込まれた。
爆発する怒号と鼻血。半数以上の男たちが地面に転がっていた。
遙は円の外で悠然と立ち上がり、乱れたポニーテールを指先で弄びながら、毒を含んだ笑みを浮かべる。
遙「ははは! すごいな、オッサンらの『連携攻撃』。味方を倒す速さだけは一流だ」
馨は、それを見て遙は情夫ではなく傭兵で雇われたと理解した。
馨(!………あれは、戦場の場数を踏んだ【ソルジャー】の動き………実に合理的だ。しかし………股くぐりとは、子供っぽい行動をして奴ら(単細胞たち)を必要以上に煽ったな)
馨の確信を裏付けるように、ホールの2階席から重々しい拍手が響いた。
ホーク「そこまでだ、愚か者共」
ボスのホーク=ルシファーが姿を現した。
彼は手元のタブレットで、一部始終をモニターしていたのだ。
ホークの表情には、隠しきれない戦慄が混じっている。
ホーク(……扱いを間違えれば、組織そのものが食い破られる。こいつは『地雷』だ)
ホーク「紹介しよう。彼はハルカ。近々予定している敵対組織への襲撃のために、私が直々に雇い入れた【ソルジャー】だ」
ギャングたちが顔を青くして静まり返る中、遙は乱れたポニーテールを整え、吐き捨てるように言った。
遙「多勢に無勢で俺一人を凹ろうとした『見事なチームワーク』だ。本番でも、その調子で………I'm looking forward to it.(期待してるよ)」
「なんだと……!」
「皮肉かよ!」
構成員たちが苛立ちを露わにするが、誰も手出しはできない。
遙は彼らを一瞥もせず、ただ馨の方へ視線を向けた。
遙の進行方向に馨が立っていたので、馨は見られたと思っていない。
股くぐりという子供っぽい行為で翻弄されたギャングのヘイトを、「キタネエ合唱だな」と遙は更に怒らせることを言っている。
ホークが収束させたのを、ガソリンを撒いて点火するようなことをする遙の意図がわからない、と馨が考えていると遙はホークに馨を貸してくれと言った。
遙「Mr.ホーク、狙撃ポイントの下見に行く。案内役に、彼を借りて行くぞ」
散々、構成員たちを煽り倒しておいて放置プレイという人を食った言動の遙に、ホークは片眉を上げ、苦笑した。
ホーク「ハルカ。君は既に、うちの兵隊たちから最高に嫌われているようだが? なぜ案内がクユルなんだ」
遙はわざとらしく肩をすくめ、馨の隣まで歩み寄る。
遙「俺にはMr.ホークのような『ホーク・アイ(鷹の目)』がないからな。……後ろからサクッと刺してきそうな奴に背中を預ける趣味はないんだ」
遙の放った寒々しい「ジョーク」に、ホールが静まり返る。
だが、予想に反して構成員たちの表情から怒りが消えた。
「……ほう。ボスは洞察力が優れていると言いたいのか」
馨の【多重並列思考】は、「ギャグだとバレた場合、乱闘再開の確率は100%」という結論を導き出していた。
ホーク「クユル、今後はハルカが何か頼み事をしたらお前が対応しろ」
ホークも褒め言葉と捉えた様子である。アッサリ馨を貸す意思を示した。
ホーク「ハルカは、狙撃もするのか………オレを襲撃した暗殺者をのした時は、素手だったから、てっきり【インファイター】だと思っていた」
どうやら遙とホークが知り合ったのは、暗殺者の襲撃の現場だったようだ。
自分たちのボスを暗殺者から守ったと聞いて構成員たちの遙へのヘイトは激減した。ボスの命の恩人と聞いてもヘイトがゼロにならなかったのは、遙の煽りがやり過ぎのせいである。
一連の会話を聞いて馨は、暗殺者の襲撃に居合わせたという遙に対して【マッチポンプ】の疑惑を抱く。
馨(暗殺者は、遙の仕込みで恩を売ってホークに近づいたか?)
しかし、すぐに否定した。
遙を紹介された日の夜にホークに同衾を命じられた馨は、その時に遙が素手で暗殺者を殴殺、絞殺、内臓破裂などで比喩的な意味と物理的な意味とで秒殺したと語っていた。
馨(仲間を手にかける………とは、考えにくい)
見た所、遙は馨より年下だ。17才の自分より年下の少年が、そんなサイコパスでは世も末である。
それに、仲間を裏切るような【外道】は大嫌いだ。好き嫌いの境目が曖昧なくらい無関心な馨でも裏切り行為だけは、嫌悪を抱く。
スナイパーは、いわゆる『ヒット・アンド・ラン』だ。狙撃したら、即座に場を離脱する。遠距離攻撃は攻撃する前は居場所を断定されにくいが、攻撃後は軌道を読まれて居場所がバレる。秒で離れなければ逆探の的ということだ。
遙の、狙撃ポイントと、狙撃後の逃走経路を事前に下見しておきたいという言い分は、スナイパーの常識だったので、ホークはそれは一番大事だ、と納得して自由な外出を許可した。
抗争前は、敵の暗殺や寝返りを警戒して本来はある程度の縛りを設けるのだが、ホークは先ほどの『ホーク・アイ』効果か、心なし上機嫌に見えた。
遙と馨はホークの許可を得て、オフィスを後にした。
街へ出るエレベーターの中、馨は隣の少年に視線を落とす。190cmある自分と、180cm前後の遙。並んで歩けば嫌でも目立つ。
遙は、ギャングのオトナたちを翻弄して煽っていたが、本来寡黙なほうなのか無言である。
馨のほうも、社交的からは程遠いので2人は特に会話もなくエレベーターが下降する音だけが響いていた。
一階に到着したエレベーターを降りると、遙がホークから持たされているスマホが着信した。
遙はスピーカーにして応じた。
ホーク「ハルカ………お前には万が一はなさそうだが、敵に襲撃された時の保険にファミリーの車に尾行させる。いいな?」
遙「ああ、構わない」
遙は即答した。
集会で、遙は【ルシファー】(ホークのギャング組織名)の連中を徹底的に叩きのめし、恥をかかせ、ヘイトを集めた。その後の遙のオヤジギャグを勘違いして、好感度は上がったが、遙に股をくぐられた者の派閥はヘイト集団となっている。彼らは執念深い。敵の襲撃を受けた場合、敵を排除するどさくさに紛れて背後から遙を撃ち抜く可能性が────────否、それはもはや確信に近い。
しかし、馨の【多重並列思考】の回答を見透かしたように遙は告げる。
遙「Mr.ホーク、一つ条件だ。……もし、尾行しているファミリーの連中が、敵と間違えて俺に銃口を向けたり、攻撃してきたりした場合………」
遙は、まるで馨の思考を読み透かしたかのように、通信機の向こうのホークへ言い放った。
遙の隻眼の蒼い瞳が、冷酷な光を放つ。
遙「『過剰防衛』で皆殺しにしても文句は言わないな? ……これは許可じゃない。俺に武器を向けたらどうなるか、見せしめだ」
ホークの沈黙。そして、引きつったような笑い声が聞こえた。
ホーク「……好きにしろ。役に立たない屑は必要ない」
通信が切れる。
遙は、ヤクザ者はクソだな、手下は使い捨てか、と言う。結構、言葉遣いが悪い。
遙は馨を振り返り、無愛想な顔のまま、わずかに口角を上げた。
遙「お前………【甲賀二十一頭領家・伴一族】だろう」
素性がバレていることに、馨は背筋を冷たい汗が伝う感じを覚えた。だが、馨は表情を崩さない。
遙は、沈黙を肯定と受け取った。そして、1つの疑問を口にする。
遙「その恵まれた長身で、なぜ【毒】に頼ろうとした?」
恵まれた長身というのは、遙にブーメランしているがそこをツッコむより、馨は「アレが【毒】と判るのか」と言った。
馨が遙にスリ取られた【毒】は、無味無臭の無色透明で一見すれば【毒】とは判らない。
遙は、質問に質問で返すなよ、と言う。
遙「その理由を俺が言う前に、お前はまず、俺の質問に答えろ!」
遙は、【等価交換】、【平等】、これぞ『世界平和』と妖しげな宗教団体のキャッチフレーズのようなことを言っている。
しかし、その妖しげな宗教団体のようなことをスローガンにしている【都市伝説】のような【影の組織】の噂を馨は思い出した。
馨「質問が2つになった………すまないがもう1つ俺への質問を考えてくれるか」
遙は、自分の言った【等価交換】を真に受けてその返しかと気づく。
遙「………初回サービスで、先に俺の質問に答えたら2つとも答えてやる」
どうやら遙は2つとも答えてくれるようだ。
馨「なぜ、【色】を使うのか?………だったな。それは俺は……図体はデカいが、腕力のほうは護身術を少々嗜んだ女程度だ。【色】を使い体を張る以外に強者と渡り合う術がない」
嘘ではない。【忍】としての技術はあっても、純粋な筋力や耐久力は、この組織の荒くれ者たちには到底及ばない。それが、彼が男娼という立場を選び、【毒】という手段に頼らざるを得ない理由でもあった。
遙「俺、ちゃんと包んで言ったよー。あけすけに色仕掛けと言わずにオブラートに包んで【毒】って言ったからな!」
と言い換えていたことを主張してから【くノ一戦術】だったか合理的だ、と遙がボソボソとした声量でつぶやいた。常人には聞こえないが、【忍の聴覚】を持つ馨にはバッチリ聞こえていた。
馨は、【甲賀望月一族総帥】の篁癸を思い出した。
馨「は?………【甲賀望月一族】に遙という名の【上忍】はいない………偽名か?」
馨は、否定したものの相手は暗殺者なので、遙が本名とは限らないかと考え直した。
遙「そりゃそうだ。俺の所属は【風魔】だ」
遙は、自分は【甲賀忍】ではないと言った。
馨「【総帥】の孫で【風魔】………」
馨は【甲賀望月一族総帥】の親族構成を一瞬で脳内に描く。
【多重並列思考】は、戦略だけでなく【家系図】までも瞬間で結婚や出産で枝分かれした親族に辿り着いた。
馨「【総帥】の双子の姉上が【風魔頭領家】に嫁いでいる………なるほど、ハイブリッドだったか………」
馨は、遙が【風魔頭領家】と【甲賀】の筆頭【望月一族】の2つの流派のトップの血を引いていることを知った。
遙は、やっぱりそう言うよなと言った。すっかり言われ慣れていて、否定も肯定もやる気がない様子だった。
全世界の7割が【異能力者】となっている【現代】、春は「選別の季節」だ。
五歳を迎える子供たちは例外なく、【国連】が主導する『DNA異能力鑑定』――通称、オメガバース鑑定を受ける義務がある。
その光景は、さながら小規模な戦争だ。
【異能力】は、早ければ3〜5才で発現する。【異能力】に気づいて自主的に『DNA異能力鑑定』を受ける者と受けない者がいることから【国連】が数え年で『5才』、『7才』、『13才』、『15才』、『17才』の計5回は強制的に『DNA異能力鑑定』を行う。
未発現の「爆弾」を抱えた子供を逃さぬよう、【国連】は空母や軍用ヘリを世界中へ派遣する。山間部の集落から孤島の裏側まで、文字通り地の果てまで追い詰めてでも、彼らは子供たちのDNAを採取しに来るのだ。
なぜそこまでするのか。理由は単純だ。
植物の情報を読み取る程度の無害な能力ならいい。だが、中には言葉一つで対象を即死させる「歩く大量破壊兵器」が、反抗期や成長期の不安定な心に宿ってしまうケースがあるからだ。
故に未成年は、一定の年齢を設けて『DNA異能力鑑定』を強制実施する。『反抗期』、『成長期』、『性徴期』が最も発現しやすい時期なのだ。中には『突然変異』で【オメガバース】が変わってしまう者も少なくない。
【空母】まで出動させて大袈裟だが、要は即時鑑定の為に設備や機材を積んだ大型の輸送メカを使用しているだけのことだ。
【国連】が主導しているので強制鑑定の場合、【異能力】は【国連】に全てバレる。【異能力】を隠したい者は、任意で【国連】が『DNA異能力鑑定』を義務づけた年齢に【民間】で鑑定すればいいのだ。
【民間】の鑑定は、【ギルド】で受付している。18才以上の成人は有料だが、17才以下の未成年は無料で『異能力鑑定』が受けられる。
世界中の7割の人口が【異能力者】になったことから【ギルド】が事業として公認されている。最初は【民間警備会社】が前身の【警備ギルド】と【調査会社】が前身の【探偵ギルド】だけだったが、今や【侍ギルド】、【忍ギルド】、【任侠ギルド】などバラエティ豊富である。
【忍ギルド】は、【風魔】、【甲賀】、【伊賀】などの【戦国時代】に【武将】に仕えた歴史ある【忍一族】の他に【忍者】が好きなだけのいわゆるオタクが、忍者のコスプレをしているだけの【忍者ギルド】もある。
【忍】と【忍者】の違いは、【忍】はプロの暗殺者、戦闘員、工作員だが、【忍者】はイベントで【忍者】の格好をする俗にいうコスプレイヤーである。元格闘家が【忍者】のコスプレをして、ボディガードの仕事を請け負うこともあるので、一概に趣味が高じたとは言えないが。
【侍ギルド】は剣道の道場が、そう呼ばれていることが多い。大きな【侍ギルド】は【柳生】である。
そして、【任侠ギルド】は文字通り極道だが、半グレや無法者たちもここに所属する。日本は【任侠ギルド】と呼ばれるが、ニューヨークでは【闇ギルド】と呼ばれる。ホークが組織した【ルシファー】という名のギャング組織は【闇ギルド】である。
遙は、尾行車に乗っている者たちを見て「【β(ベータ)】か」とつぶやいた。
【β】とは、【オメガバース鑑定】で【異能力】を持たない【非能力者】と識別される【β型】のことだ。
【オメガバース】の【型】は、【α】、【β】、【Ω】の3つに識別され【α】と【Ω】が【異能力者】で【β】が【非能力者】になるのだが、【β】には【ナンバーズ】という【Ⅰ(アイン)】から【Ⅵ(ゼクス)】までの数字の1から6を【ローマ数字】で【βⅠ(ベータアイン)】、【βⅥ(ベータゼクス)】などと表記される者が存在する。
遙「ただの【β】か………悪事の限りを尽くしてそうなツラしてやがるから【βⅠ】だと思ったが………【ナンバーズ】じゃねえな」
遙のつぶやきを馨は黙って聞いている。遙の口ぶりから彼に【鑑定能力】があることは間違いない。更に【ナンバーズ】の識別までできるということは、かなり【上級レベル】の【鑑定能力】だ。
馨は鬼畜野郎が【後天性変異】で【オメガバース】が変更する【異能力】持ちの【β】ではないことに安堵して、犯罪者の烙印である識別ナンバーの【β】でもないことに少しがっかりした雰囲気を滲ませる。
遙「ふーん………盗み、暴行事件、暴力事件か………なるほど死者がゼロか」
遙は、ひとりごとを言っているように見えたが、馨は遙が誰かと話していると感づいた。
馨(【鑑定】で見えるのは、犯罪件数と罪状だけだ)
遙が言った盗み、暴行事件、暴力事件は【鑑定】で見えてもその結果は見えない。例えば暴力事件で相手が死亡した場合なら殺人と【鑑定】に反映するが、それは結果ではなく別の罪状が追加されたということになる。
馨は、考えるまでもなく遙はスマホとは別の通信手段を使って誰かとの話していて、相手が【風魔頭領】か【頭領】と並ぶ【副頭領】あるいは【三元帥】かと予想する。
遙は【風魔頭領家】の出身ということは【上忍】であることは【忍】なら頭を使うことを知らない脳筋でも判る。そして出自が【頭領家】となればただの【上忍】は遙に命令できない。むしろ遙が命令する側なのだ。
遙「うー………それは、【徳ポイント】が減って【悪ポイント】が加算されるから、正直………やりたくない」
【徳ポイント】だの【悪ポイント】だのと遙が、おそらく点数を意味するポイントの話をしていたので馨はソシャゲかゲームのレイドバトルの会話でもやっているのか、と背後を自分を闇討ちしかねない敵に尾行(つ)けられているのに、けっこう余裕あるな、と馨は呆れるべきか感心するべきか反応に迷う。
遙「おおー!それならイイ!手を下すのは俺じゃねえからな!ポイントセーブ………」
そして、遙は馨を上目遣いで見て「ちょっと暴れていいか」と訊く。
身長の差から遙は上目遣いになったのだが、それを見た馨はコイツは年上に甘え慣れしていると気づいた。
上目遣いをしていたが遙は媚びてはいない。むしろ年上の特に女性相手には、甘えた雰囲気で少し強引にというのはツボだ。
馨の【多重並列思考】から『尾行者の排除』が回答に浮かんだ。
遙は馨の素性を知っていて、更に自身の素性を明かした。全てではなさそうだが、現時点で必要最低限の遙のプロフィールは馨に告げていた。この時点で遙と馨には敵対する意味がない。万が一、馨が裏切ることを遙が予想していたとしても、遙の手には馨から奪った【毒】がある。「コイツがMr.を毒殺しようとした」と遙はいつでもチクれるのだ。まあそっちの様子はまったくなさそうだが。
遙「今、俺の指揮官から作戦決行と言われてな………とりあえず、準備運動であのストーカーどもを始末しろと言われた」
しかし、遙はイマイチ乗り気ではなさげで、アイツら殺人はまだやってねえんだよなあ、と言った。
遙はホークに近づく目的で、ホークを襲った暗殺者を素手で躊躇なく殺しているはずだが、ここに来て自身を脅かす尾行者を殺すことを嫌がっている。
馨は、反抗期ならではのワガママか、と考えるが馨自身が反抗期に反抗した経験がないので遙の心理がわからない。
『だろ』という推量の形を借りてはいるが、その芯にあるのは逃げ場のない断定だ。遙は確信している。馨がその組織の名を知っているという事実を、冷徹に突きつけていた。
馨(……この男、母だけでなく俺の『祖父』のことまで掴んでいるのか?)
馨は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
馨には、曰くつきの出生があった。
現在、彼は【甲賀柏木三家】の1つ【伴一族】の【上忍】だが、本当の【伴一族】は断絶している。
馨の祖母が【甲賀望月一族総帥】篁癸の妹なので、馨の親は癸の親族になる。
言い方が悪いが、【甲賀望月一族総帥】は親族のコネで馨の親に断絶した【伴一族】を与えて、【甲賀】でも【大身家】や【やんごとない先祖】のいる【柏木三家】の空席を埋めたのだ。
断絶した【上忍家】を【総帥】権限で強引に復興させた【一族】であった。
馨は今の【伴一族】の成り立ちがバレているのは一向に構わない。【忍界隈】では周知の事実だ。
だが、祖父のことは隠しておきたい────────否、知られてはならないのだ。
馨「【結界】を張っていいか?」
馨の問いに、遙は肩をすくめた。
遙「構わないが、後ろのストーカーにバレるぞ。いいのか?」
馨「それは困るな………しかし、話を盗み聞きされてホークにチクられるのもマズい」
馨がその【多重並列思考】を巡らせようとした瞬間。
遙「じゃあ、先にアレを片付けよう」
遙の指先が閃いた。
放たれたのは4本の【千本(長さ7〜8cmの針状の暗器)】。
一投で放たれたはずの針は、空中で意思を持っているかのように軌道を分け、それぞれ異なる地点へと突き刺さる。
それは、【手裏剣術】の極致。
4本の針は、尾行車の進路を囲むように正確な「点」を打ち、見えない四角形を描き出した。
【神技】と呼ぶに相応しい精密投擲だ。遙は、外出理由に狙撃ポイントの下見と言って、【スナイパー】だと仄めかしていたが、あれは外出するための方便ではなかったようだ。
遙は、地面にしゃがんでアスファルトに左手をつけて「はい、ゴロン」と言った。
おそらく【忍法】を発動させる【言霊】だろうとは判ったが────────馨は、【千本】の位置を点として線で結ぶと四角形になるのが判った時点で遙が【忍法】か【忍術】を使おうとしていることは判った。
都市部で【木火土金水】の【五行属性】の付加される【忍術】使用はあり得ないので、【忍法】を使おうとしていると、すぐに判ったが、【忍法】発動に発する【言霊】がオカシイ。
しかし、遙のオカシな【言霊】の後の異変で、遙が使った【忍法】が何なのか馨は判った。
遙の「はい、ゴロン」の【言霊】の直後、【千本】で囲まれた部分のみ異変が起こった。
一瞬で車が消えたかと思った瞬間────────空から車が降ってきた。
重い衝撃音の後に、地面が落下物のバウンドの衝撃で足元が揺れる。更に金属が木っ端微塵に破壊される音とガラスが割れる音が響いた。
馨「………あの意味不明な【言霊】は、【忍法・逆さ屏風】だったのか………」
馨は、眼の前で車が木っ端微塵になり粉々に砕けたガラスと乗車していた人物4名が手、足、首の関節が壊れたマネキン人形のように千切れ飛んで絶命している光景を視界に映しながら冷静に言葉を紡いだ。
【忍法・逆さ屏風】は、指定した任意の範囲の【天】と【地】を入れ替える【忍法】で、主に【閨房術】で使われる。
【閨房術】での使い方は、組み敷いた者を【忍法・逆さ屏風】で上に乗せる。つまり体位の入れ替えを【忍法】でするだけの使い方だ。
しかし、遙は車を四角形で囲い範囲を四角柱型に指定して【天】と【地】をひっくり返した。
車の破損状態から、高層マンションのペントハウスぐらいの高さから落下したらこうなりそう、という凄惨な死体だった。
馨「本来なら【閨房術】で使われる【逆さ屏風】を、こんな斜め上どころか180度回転した使い方をするとは………」
実際、【天】と【地】が180度回転しているので、馨の言う通りだ。
遙「180度回転………ウマい!ヤマダさん座布団3枚!」
遙は、お題にかけてウマいことを言ったら座布団がもらえる某番組をネタにツボっていた。
ここには座布団もヤマダさんもいないが、代わりにノソッとした人影が2つ現れた。
馨は即座に思考を加速させる。
殺された者たちの仲間か、あるいはホークが密かに放っていた別働隊か。凄惨な返り討ちを目の当たりにし、報復に現れたのだとしたら厄介だ。
だが、現れた二人のうちの一人と目が合った瞬間、馨の思考は別の方向へとフリーズした。
遙「猪貍、リキ、後ヨロシク」
遙が、まるでコンビニにでも行くような軽さで二人に声をかける。
遙「近くのビルの中、向かいの路地裏に数名。ネズミが潜んでる。一匹残らず掃除してくれ」
馨も張り込みのように息をこらして潜んでいる者たちに気づいていたが、遙は場所を詳細に特定して指示を出している。
現れた2人は、身長は馨と同じくらいだが、筋肉の厚みがまるで違った。長身というより大柄と形容するのが相応しい。
洗練された【スーパーミドル級】。プロのアスリートを思わせる、無駄のない【ソフトマッチョ】の機能美だ。
猪貍と呼ばれた方は、紅蓮の髪に黄金の瞳。この世のものとは思えぬその彩りは、古(いにしえ)の血を引く【古族(先住者)】────────おそらくは【鬼神族】か。
そしてもう一人、ベリーショートの短髪の男を見て、馨はさらに困惑した。
馨(……リキ? 【甲賀美濃部一族】の、あのリキか……?)
馨の記憶が正しければ、彼は自分より6〜7才は年下のはずだが、眼の前にいる大柄でガタイの良い男は小学生と言うにはサギとディスられる容貌だった。
馨(成長期にも程があるだろう………)
混乱する馨をよそに、遙は2人に全てを丸投げすると、満足げに言う。
遙「これでバレる心配はなくなったな。どうだ、俺の完璧な作戦は?」
悪びれる様子もなく、遙はドヤ顔で馨を振り返った。
馨が右手でフィンガースナップを鳴らした瞬間、世界から色彩が剥ぎ取られた。
風景はモノクロームに変貌し、音さえも吸い込まれるような静寂が支配する。
遙「驚いた………【亜空結界】。馨は【深淵魔法】が使えるのだな」
遙は、驚いたと口にしたが口ほどに驚いた様子はない。
遙は、【結界】越しに外を見て外の風景はモノクロだが、中はモノトーンの床に遙自身と馨はクリアに見えている。
遙「正直………腕力がないだけで男が【くノ一戦術】を使うのは、妙な話だと思っていたが………これで納得した。【深淵魔法】は【神の領域】だ………迂闊に使えない」
遙の言葉に馨は、やはり遙は祖父を知っていると確信した。
馨「俺は祖父【闇神・カオス】から容姿だけでなく【闇魔法】、【深淵魔法】の【神通力】が【遺伝】している」
【闇神・カオス】とは【世界】を管理する12柱の【亜神】の1柱である。馨は【闇神・カオス】が【人間】との間にもうけた子の子────────【神の子】だった。
【神の子】とは【天上界】の【神】と【人間界】の【生物】との間に生まれた者のことで、馨の場合は正確には孫だが【神の子】の資格は何世代後になろうと失われることがないので、何代後の孫だろうが【神の子】と称される。
【神の子】が全員、【チート能力】を使えるわけではないが、『ある事態限定』で大事な役割がある。
【不死身】の存在である【亜神】が死亡することは、まず無いが絶対に無いとは言い切れない。万が一【亜神】が消滅して空席が出来た時には、【亜神】に【存在昇格】してその空席を埋めるのが【神の子】なのだ。【神の子】とは【亜神の補欠】のようなものということになる。
【亜神】は【ニ柱一対】という対になるバディ制になっていて、相棒が死亡するともう片方も消滅する【一蓮托生】になっている。また人数が『12柱』なくてはならないという【宇宙の真理】という【理(ことわり)】があるようだ。
このあたりのことは、学校の【哲学(社会科)】の授業で習うので【人間界】の人々は現在、地上を支配しているのは【亜神】からその役目を任された【人間】だと教育過程で教えられている。
遙「なるほど………俺と同じだな。知ってるだろ。【風魔】の先祖の【五代目風魔小太郎】が【雷神・鬼童丸】の子で当時の同世代の子に【風神・小源太】の子もいたって話」
遙の話は【忍界隈】では有名だ。【初代風魔小太郎】の幼なじみに【鬼童丸】と【小源太】がいて、【小源太】は【副頭領】となり【初代小太郎】の補佐官をする。そして【鬼童丸】は【初代小太郎】の娘の【三代目小太郎】と結婚して【四代目小太郎】となり生まれた子が双子の男児で、この双子が【五代目小太郎】になった。【五代目風魔小太郎】は双子で継いだ。
【五代目小太郎】の代に【主家】の【北条家】は【関東】に勢力範囲を広げていた時代なので、【風魔頭領】の【五代目小太郎】が2人いなければ【忍】の回転率が追いつかないほど【忍】が酷使されていたので【2人の小太郎説】は信憑性の高い話である。
馨が遙に自分の身の上を話して【闇魔法】と【深淵魔法】を明かしてもいいだろうと、考えたのは【五代目風魔小太郎】が【神の子】だったからであった。『何世代を経ても【神の子】の資格は失われない』というのが事実なら、遙も【神の子】になる。
先ほどの【忍法・屏風返し】を見て馨は【神の子】の片鱗を見た気がしたのだった。
本来なら【閨房術】の【屏風返し】は重なり合った【人間】の【天】と【地】を入れ替えるだけのもので、改良して範囲を広げられたとしても、せいぜい室内で天井と床を入れ替える程度だ。遙は高さの範囲を超高層マンションのペントハウスぐらいの雲つく高さを範囲にした。これは【忍法】に使用する【勁】と呼ばれる【体内チャクラ】が相当な量である。
更に馨は遙の左眼の眼帯が【チャクライーター】だと判っているので、遙は『常にチャクラを消耗させ続けなければならない状態』にあることも判っていた。
馨「【風魔】は確か………【相模坊】と【伯耆女天狗】の【天狗の末裔】だったはずだが………彼らがよく【亜神】を孫娘の婿に許可したものだ」
馨は【天狗】と【鬼神】は【亜神】を敵視しているはずだ、と言う。理由は知らないが、【天狗】と【鬼神】は【亜神】と不仲説がある。【都市伝説】のようなものだ。そもそも【天狗】も【鬼神】も【亜神】も【都市伝説】にされているのだが。
遙「その当時の【鬼童丸】と【小源太】は、【人間】だった。もっとも………俺がガキの頃に『記憶が戻った』とか言って、女房と子ども置いて【天上界】へ帰りやがった白状オヤジだがな」
遙は、自分の身に起きたことのように言う。
馨は、それをツッコむべきか流すべきか考える。
馨「過去に自分が捨てられたような言い方だが………先祖の【五代目小太郎】の話だろう?」
遙「ああ………俺【五代目小太郎疾風】の【転生】だから」
躊躇なくアッサリ遙は答えた。
遙「今の龍紋遙は人生5廻目。因みに【五代目小太郎疾風】は3廻目の人生だった。俺、【魂魄ゾンビ】みたいな感じなんだよ」
遙は、自分は【肉体】が死んでも【精神】と【魂魄】が【転生】を続ける【回生】という【転生術スキル】がかけられている状態だと話した。
遙「あと、1つ前の【過去世】は陵影千代という女だった。だから、お前の両親のカルマとプレマを俺は知ってる」
知ってると言ってもアイツらガキだったけどな、と遙は言った。
馨「………1つ確認していいか?」
馨は影千代の名前に覚えがある。
遙「何だ?パパとママのネーミングセンスか?【カオス】っぽいけど、名付けたのは丁様だ」
遙は盗聴の心配がないから何でも答えるぞ、と言って応じる。
馨の記憶にその名はある。陵影千代――風魔の重鎮、そして遙の祖父に当たる影連公の妹君だ。
馨「陵影千代は、お前の【風魔】の祖父・影連公の妹君だったと思うのだが………」
遙「ああそうだ。俺の大叔母だ。………つっても、俺が生まれた時にはいなかったけど」
まあ俺が影千代の生まれ変わりだからいなくて当たり前、と遙は言った。
馨「それなら………祖父がなぜ、祖母を置いて【天上界】へ帰ったのか知っているということだな」
馨の言葉に遙は、ああそう捉えたかと思った。
遙(あれを見ていなければ、まあそうなるわな)
遙は少しだけ、意地の悪い笑みを浮かべた。
遙「知ってるし、話せるが………お前の祖父の威厳を保つためにも、知らないほうがいいと思うが聞きたいか?俺としてはウケるから話したい!」
馨「お前の性格が少しずつ判ってきた。NOと言えば、勝手に話す。なら答えは、聞かせてもらおうか………が正解だ。だが、お前はタダで話さない。お前は、俺に何を望む?」
馨は【多重並列思考】で先読みができるアドバンテージがあるので、冷静な態度が崩れない。
遙「話をしてから決めてやるよ」
悪魔のような微笑を湛え、人生5廻目の少年は口を開いた。
遙「【光神・コスモス】は知っているか?」
馨「【秩序の神・コスモス】………祖父【混沌の神・カオス】の天敵だと母から聞いた」
【ニ柱一対】の【闇神】の相方が【光神】というのは、テンプレだろう。馨は【人間界】への影響力が強い【権能】を持つ【カオス】と【コスモス】の【権能名】で呼ぶ言い方をあえてした。
遙「それじゃあ、お前の爺さんの【カオス】は【魔法】主体の知能派で【コスモス様】は脳筋っていうのは?」
馨は一瞬、【光神・コスモス】の容姿を頭に浮かべる。【光神・コスモス】を崇拝する者は多く、肖像画まであるので美しい【女性神】の姿がすぐに浮かんだ。
馨「そういうイメージはないが………【くノ一】にも一見、深窓の令嬢に見えて【雌豚】がいるからな見た目で判断してはダメだな」
つまり馨は知らないと答えた。
遙「影千代の記憶にあるのは、伽雄須・美少年と秋桜・美少女だ。【甲賀卍谷】で双子の美少女、美少年姉弟を保護した。迷子か、捨て子かは知らんがどちらも考えにくい」
【甲賀卍谷】は、名前の通り切り立った崖を下りた所にあるので【忍】以外に、そんな崖を下りるのは不可能だと遙は言っているのだ。
馨は、美少年、美少女の『美』をつける必要があるのか、と思いながら聞いている。
遙「ある日、伽雄須・美少年は悪ガキ共にイジメられている白髪の超絶美少女を見かける」
遙は、その超絶美少女は目の光がなく痛めつけられているにも関わらず悲鳴を上げていない。何より蹴っているのは【忍】の子つまり、【忍見習い】なので超絶痛い────────もしかしたら骨折している可能性大なのだが痛そうな表情をしていない。感情の抜け落ちた表情をしていた、と話す。
馨「なるほど………その白髪の………少女が祖母の丁か」
馨は、遙が超絶美少女と呼んでいたから一瞬同じように呼ぶか迷った末に呼び方を少女にした。
馨「祖母は生まれつき【五感】が全て損なわれていた不具の子だったのは知っている。しかし、見えない、話せない、痛がらないのをいいことに………やり過ぎだな」
【忍見習い】とはいえ、一般市民の子どもとは腕力や脚力が大人と子どもほどの差がある。丁は大人の一般人にDVをされたようなものだ。
遙「後でわかったことだが、悪ガキ共は丁様に惚れていて気を引こうとしてやったそうだが………逆効果だ。俺の祖母・甲がブチ切れて全員、【忍】としては再起不能にされた。無論、家族共々な」
子どもの行いは親の責任なので、親も再起不能にしたそうだ、と遙は話す。
馨「お前の祖母は、【治癒反転】が使えるのか………」
【甲賀忍】でも【治癒反転】が使える【医療忍】は少ない。優秀だな、と馨は言った。
【治癒反転】とは文字どおり【治癒】を【反転】させる。つまり加虐である。
遙「【治癒反転】は、【治癒ストック】という自分が【治癒】した傷をストックする【能力】があれば、そう難しくないと甲は言っていたが………」
難易度は高いのか、と遙は訊く。
馨「そもそも【治癒ストック】が難しい。【治癒ストック】は自身の体内にダメージを取り込む行為だ。他人のダメージを受けるなんて苦行を中和しながら蓄積できる者などそうそういてたまるか」
遙「なるほど………ドMか」
馨「丁を虐げた者とその家族は、【治癒反転】で再起不能になったのだな」
遙「それは……俺にもわからないが、その時は皆が因果応報で当たり前と誰1人として同情しなかった」
遙は、甲たちの母親がその当時の【甲賀望月一族総帥】だったから忖度したのではないかと追放された側は法律に訴えたが、結局裁判にもならなかったと話す。
馨「満場一致の意見……それは【洗脳】だな」
当時【甲賀望月一族総帥】も含めて全員が【洗脳】されて、加害者は全員因果応報で追放するように誘導されたのだと馨は言った。
遙「【洗脳】……というと【闇魔法】……だが【カオス】は伽雄須・美少年だった。【人間】として降下したのではなかったのか?」
馨「【原初の亜神】は、【神】のまま降下できる。【0(ゼロ)機関】のツートップがそうだ」
遙「【チート】だな!」
【亜神】は存在そのものが【チート】なので遙の表現は、ダジャレか本音か判断できないが、【闇神・カオス】、【光・コスモス】は【原初の亜神】と呼ばれる存在である。
馨「それと、お前は【カオス】が【洗脳】したと思っているようだが、【洗脳】したのは【コスモス】だ。正確には【洗礼】という」
【洗脳】と【洗礼】の違いは、【闇魔法】か【光魔法】かの違い程度らしい。
遙「追放されてるぞ……やっぱり【洗脳】じゃないのか?」
馨「【洗脳】なら追放せずに永遠に奴隷生活させる。追放したということは、ただ放り出しただけだ。まあ再起不能にされているが……これはされて当然だから文句は言えまい」
馨は【洗脳】は生き地獄、【洗礼】は手痛い仕返し1つで放免したとも取れるだろう、と説明した。
遙「ああ……なるほど。【秩序の神】としては終わりのない苦痛より、一次的な体罰で放逐が妥当か」
馨「それに、おそらく【0機関】のツートップが関わっている。彼らも【原初の亜神】だ。【人間界】へ降下して今は【現神】と呼ばれているだろう。トップの室長シンは【悪神】、秘書官のヴァールは【善神】……【悪神】は【罪の権能】、【善神】は【徳の権能】……【甲賀総帥】含めて【甲賀忍】全員を【マインドコントロール】できるのは、【悪神・シン】の【七つの大罪】の1つ、【色欲】だ。【マインドコントロール】して操った後、何事もなく追放した連中も最初からいなかったことになっていたはずだ」
馨は、【悪神】の【色欲】の恐ろしさは【人間】の記憶から無くなるだけではなく存在まで否定される、と続けた。
馨「つまり、追放者は『戸籍のない幽霊』へ堕とされたわけだ」
遙「話のスケールがデケえよ………」
遙は、某アスリートが金メダルを取った時に言った「何にも言えねえ」を口にした。
馨「しかし今の話では、丁が暴漢に虐げられているのを【カオス】は見ていただけのようだが………」
馨は【カオス】が丁を暴漢から助けて、そこから恋愛感情が芽生えたのかと予想したが、現実はロマンス小説のようには進まないらしい。尚、馨の中では祖母を虐げた子どもたちは暴漢扱いになっていた。
遙「ああ………それなら伽雄須・美少年が姉の秋桜・美少女にチクったんだ」
腕力勝負なら【光神・コスモス】のほうが強いからな、と遙は言った。
馨「つまり………イジメられている女の子がいる姉上助けてくれ………と泣きついたのか」
馨の中で【混沌の神】のイメージが崩れていく。
遙「そんな『助けてコスえもん』とは言ってないだろうよ」
遙は、某長寿アニメのネコ型ロボットに泣きつくメガネ少年と【カオス】を一緒にするのは可哀想だろと言った。
遙「しかし、その一件が丁様と伽雄須・美少年との距離を縮めたのは間違いない」
以後、丁の側には常に伽雄須がいるのが当たり前になっていた。
遙「丁様は目が見えないからな………いつも手を繋いで仲良かったぞ」
遙は、影千代は甲と同じ年齢だったから当時は年上のお姉さんだったのだと言った。
遙「影千代はレズビアンでな………秋桜・美少女は将来有望とロックオンしてた」
まあ影千代の本命は甲だったのだが、と遙は言った。
馨「【風魔】の影千代は【傾城】とまで言われた美人だったそうだが………レズビアンか………世界中の男たちが絶望しただろうな」
馨は影千代の顔を知らないが、【傾城】とまで形容されているのだから大層な美人だったのだろうと予想した。
馨「お前の話で、祖母・丁が【神の子】製造マシーンとして扱われたのではないことは判った」
遙「製造マシーン………馨、何気にヒドいよ………」
ずっとそう思ってたんだ、と遙は少しだけ【闇神・カオス】に同情した。
馨「そうだな………万が一が起こった時の為に自身の【闇属性魔法】の使い手の補欠を用意しておく。合理的だ」
遙「おそらく【カオス】が消滅した場合、馨が間違いなく次代の【闇神】は確実だ」
遙の言葉どおりなら、馨は他にも存在するだろう【神の子】より【神】に近い存在になる。
馨「祖父母の馴れ初めは聞いたが、別れ話は聞いていないぞ」
馨は、なぜ祖母を捨てたのだと訊く。
遙「複雑な事情がある………だが、簡潔に言う。【コスモス様】が【カオス】を凹って気絶させて【天上界】へ連れて帰った」
だから丁様は捨てられていないし、2人は別れてもいない、と遙は破局を否定した。
馨「凹………だから最初に【コスモス】は脳筋と言ったのか」
馨は、腕力がない所まで遺伝か、とため息をついた。
馨は、【0機関】の理念は【等価交換】、【平等】、【世界平和】だと前置きをしてから言う。
遙は、初見でスリ取った毒瓶をヒラヒラと弄んで見せる。
遙「あの日、プレマ叔母さんが殺害された時……その場にもう1人いた。馨、お前だ」
【マダム・プレマ】の事故死は【マダム・プレマ】と長男の2人が死亡したことになっている、と遙は話す。
遙「【マダム・プレマ】を殺害した連中には、お前が生きていたら………まあ困ることになるよな」
遙は、【マダム・プレマ】の奇術団【MANJI】でプレマと共に奇術師をしていた仲間は、プレマからあるものを奪った、と言った。
遙「【マダム・プレマ】は世界中で大人気だから、潤沢に資産があるだろうと思われたが………まあ………彼女の仲間たちがあきれるぐらいの浪費家で、プレマ叔母さんが【大統領】とかどこぞの【長官】とかセレブにお呼ばれして【マジック】を披露しなければ、大赤字だ」
遙の言葉から奪われたのが資金の類ではないことが判る。おそらく【マダム・プレマ】は借金を返済し、興行の旅費まで面倒を見ていた。預金できていたかどうか怪しい。
遙「とりあえず、お前が犯人を見たかどうかは、置いておく。『プレマ=バン』が依頼人で依頼は受理されている。問題は、連中が奪ったものだ」
遙は、遺品なので馨に受け取る資格があると言った。
馨「そうだな………ところで遙、お前は俺に軍師になれと言ったが、俺が殺害現場にいたと推理できる頭脳があるのに、軍師は必要なのか?」
思考をショートカットしたいが為に、遙は自分に代わって思考する脳が欲しいということだ。そして馨がロックオンされた。
馨「………依頼人が母というそのミッション、俺が加わるには軍師になるしかないのか?」
馨は、母が絡んでいるなら遙のミッションに協力する意思があった。
遙「すぐ答えなくていいぞ。とりあえず、ホーク=ルシファーとあいつの国【ルシファー】は、潰れるから」
遙は、返事を先延ばしていいと言いながら矛盾したことを言った。
【亜空結界】が解除され、周囲にクリアな色彩が復活した。
しかし、クリアな色彩は『地獄絵図』だった。
鼻を突く強烈な血の臭い。
遙の忍法で天地を逆転させられた残骸と、猪貍とリキが「掃除」した死屍累々の山。
遙「色彩のないモノトーンの【異世界】から帰ってきた気分だが……現実はもっと血なまぐさいな」
色彩のないモノトーンの【亜空結界】の中は、【殺風景な異世界】だった。しかし、戻った世界のほうがもっと血みどろである。
リキ「あ!俺、この兄ちゃん知ってる!スゲェ頭いい兄ちゃんだ!」
猪貍「ほう。知ってるなら名前くらい言えるよな?」
知ってるなら言えるよなほれほれ言ってみ、と猪貍はリキを煽る。
リキ「任せろ!確か………そう!かおるさんだ!」
馨の視線は、リキの190cm近い巨躯と、岩のように盛り上がった二の腕に釘付けになる。身長は馨のほうが高いが、筋肉の厚みが違いすぎる。
視線に気づいたリキが、「おっ、触りたい?」と言うと猪貍が対抗意識で、そんな未熟なガキより俺の腕のほうがいいぞ、とムサいマウント取りをしていた。
遙「お前ら、暑苦しい話はそこまでにして、名前ぐらいは言えよ。………名前を言わなかったら猪貍は『名無しの権兵衛・1号』でリキは『名無しの権兵衛・2号』な。甲お祖母ちゃんが、名前を言わない奴は『名無しの権兵衛』と呼べばいい、と言っていた」
猪貍は、【酒呑童子の末裔】としては『名無しの権兵衛』は恥ずかしすぎるので、即名乗った。
馨は、やはり【鬼神族】だったかと納得した。
【先住者】は【山】、【海】、【陸】の3つの派閥がある。それぞれ【先住王】と呼ばれる【王】が束ねているが、現在は【王】が不在である。【酒呑童子】は【陸の民】と呼ばれる【先住者】だったはずだ。
リキ「馨(かお)兄ぃ、俺のこと覚えてるよな!俺俺!」
再び遙がリキの頭を張り倒す。
遙「俺俺………言って、ちゃんと名乗れこの『俺俺サギ野郎』が!」
遙に頭を張られたリキは、2回目、と情けない声でつぶやいて今度はちゃんと名乗る。
あ、因みにリキは『力』って漢字だから、となぜか名前は漢字だとアピっている。
遙は、よしと、ひとまず自己紹介が終わったので行くか、と促した。
リキが、合流するんか、と訊くと遙が氷点下の視線を向ける。
遙「俺は、『二正面作戦』と言ったはずだが?」
お前脳みそスライムか、と遙は呆れた。
馨「遙、お前が軍師を欲しがる理由の1つはこれか?」
馨は、リキの覚えの悪さを指して言う。
ご明答と、遙は頷いた。
ギャング組織【ルシファー】の本部ビル。その威容を、遙は見上げていた。
傍らには軍師の馨が並び、数メートル後方には猪貍とリキが控えている。
馨(……背後からの接近は即、死を意味する。あれは警戒心などという甘いものではない。命を狙われ続けた者だけが持つ、魂の防衛本能だ)
馨は、十代の少年にして「歴戦のソルジャー」の気配を纏う遙の横顔を、複雑な心境で見つめた。
遙のポケットでスマホが激しく震える。
着信に応じた遙は、数言のやり取りの後、「お疲れ。合流するかは任せる」とだけ言って通話を切った
遙は【山中一族の長男】から壊滅完了の報告だと馨に言う。
猪貍とリキが、「それを言うなら制圧完了」とツッコんでいるが、馨は早いなと言った。
遙「不意打ちだからな。準備してねえところを、上から『ズドン』といかれりゃ無力だろ」
馨「………【雷遁】か。【甲賀山中一族】と言っていたな。【甲賀の雷神】もお前の仲間だったのだな」
馨は、その【雷遁忍術】の凄まじさから【甲賀の雷神】の異名で呼ばれている少年の面影が頭に浮かんだ。
遙「地震、雷、火事、オヤジ。……日本の四大恐怖だ。まあ、ここはニューヨークだけどな」
一人でボケて一人でツッコむ遙に、馨は冷静に問いかけた。
馨「合流の有無は任せると言っていたが、こちらへ呼んだのか?」
遙は最終確認するように、鋭い視線を本部ビルへ向けた。
馨「ああ。古参の幹部連中は虎視眈々とホークの地位を狙っていたハイエナだ。この機に乗じてホークの資産を掠め取り、早々に立ち去るだろう。……問題は、何も持たない『その他大勢』だ」
遙「ザコか」
馨「そうだ、野心がある奴は損得で動くが、何も持たない連中は執念深い。失うものがないゆえの逆恨みほど、厄介なものはないぞ」
遙は鼻で笑った。
遙「……G(ゴキブリ)と同じだな。一匹見えりゃ、裏には数百人は潜んでる。なら、やることは一つだ」
本気とも冗談ともつかないトーンだが、遙の身体能力なら事実、それが「最短」なのだろう。だが、馨は静かに首を振った。
馨「その必要はない。俺の【闇魔法】で直接行く」
遙「【闇魔法】?」
影が馨の足元から揺らめき、濁流のように広がっていく。その禍々しくも美しい魔力に、遙の瞳が面白そうに輝いた。
馨(……これでもう、引き返せない)
銀髪のバトルジャンキーと、白髪の軍師。
不気味なほど静かな笑みを交わし、二人は物理法則を嘲笑うように影の中へと沈んでいく。
最短ルートで目指すは最上階、ホーク=ルシファーの首一つ。
ホーク=ルシファーは、手元の端末が映し出す『沈黙』に眉をひそめた。
通信機越しに報告する部下の声は、隠しきれぬ恐怖に震えている。
無理もない。集会で見せた遙の「余興」を、誰もが覚えている。からかってきた大男を瞬きする間に昏倒させ、怒号と共に襲いかかった下っ端たちを、まるで鏡でも操るかのように同士討ちさせたあの身のこなし。
遙がさらりと口にしたあの言葉は、ただの脅しではなかったのだ。
ホークにとって末端のザコなどいくらでも替えがきくが、組織としての体面がある。だが、遙はそんな『ギャングのルール』すらも一笑に付す規格外の怪物だった。
そもそも、遙を『客人』として招き入れたのは、単なる気まぐれではない。
数日前、ホークを狙ったプロの殺し屋。それを、たまたま居合わせた遙が文字通り『素手』で、塵でも払うかのように制圧したからだ。
ホーク(腕は立つ。顔もいい。……だが、奴を隣に置く気にはなれん)
どれほど美しくても、いつ背後から首を刈りに来るかわからない『地雷』は、愛玩動物としては不合格だ。
ホーク「……そういえば、クユルと並んでいた姿は、確かに眼福だったがな」
ホークが独りごち、椅子の背もたれに深く体を預けた、その時だった。
「——案外、狭いんだな。ボスの部屋ってのは」
不意に、部屋の空気が凍りついた。
ドアは閉まったまま。ノックの音すらしていない。
それなのに、ホークの目の前──────部屋の中央に二人の影が立っていた。
銀髪の死神、遙。
そして、その後ろに寄り添うように立つ、長身の魔術師、馨。
ホーク「っ!貴様……どこから入った。入り口のガードはどうした!」
ホークの声には、隠しきれない動揺が混じった。
遙は退屈そうに首を鳴らし、馨の手を軽く握り直しながら言った。
遙「どこからって、そこにある壁を抜けてきただけだ。……幽霊の気分が味わえて、なかなか面白い体験だった」
ホーク「壁を、抜けた……?」
ホークの脳裏に、知識の断片が走る。
物理的な干渉を無視する【壁抜け】や【転移】は、異能力の中でも最上級に分類される【魔法】または【魔術】────────【魔法】は体内の【オド】、【魔術】は【オド】と空気中の【マソ】の両方で発動────────のはずだ。
遙は格闘能力だけでなく、そこまで高度な術まで使いこなすというのか。
昨夜までは、見てくれが美しいだけの『愛玩物』に過ぎなかったはずの馨。
腕力もなく、ボスの寵愛を繋ぎ止めることしかできなかったはずの男が、今は意志を持った鋭い視線で、ホークを『観察』している。
ホーク(……待て。術者はハルカではなく、クユルか……?)
ホーク「……クユル、お前……一体何を隠している」
デスクの影から、ホークが流れるような動作で銃を抜き取った。
黒い銃口が、正確に遙の眉間を捉える。
馨の紅い瞳が、深淵のような闇を湛えて妖しく輝いた。
デスクの影から、ホークが流れるような動作で銃を抜き放った。
黒い銃口が正確に遙の眉間を捉える。
だが、遙の反応はその上を行っていた。
ホークの指が引き金にかかるより早く、彼は繋いでいた馨の手を離し、一歩横へと滑り込む。
馨を射線から外すための、合理的かつ迅速な回避行動。
次の瞬間、遙は左手を軽く振った。
鞭がしなるような、ほんの一瞬のスナップ。
「ガシャッ!」
硬質な音と共に、ホークの銃が床に滑る。
遙「馨、【闇魔法】で『緊縛プレイ』できるか?」
遙の言い方が独特だが、ここまでの付き合いで馨にもなんとなく遙の『言葉のチョイス』の意味が、わかってきた。
馨「……【闇縄(ダークバインド)】のことか。ああ、可能だ」
遙「よし、縛れ。積年の恨みを込めて、縛れ!」
まるで、馨がこれまでホークにどんな扱いを受けてきたかを知っているかのような言い草だ。馨は片眉を上げ、淡々と問いかける。
絶体絶命の状況で、ホークが思わずツッコミを入れるほど、遙の言い方は理不尽な決めつけだった。
遙「オッサン……俺にツッコミを入れる元気があるならこれを見ろ」
遙は指先で、昨夜くすねた毒瓶をヒラヒラと弄んだ。
遙「これ、薄めたから効果が落ちたかと思ったけど………。投げる前に【千本】に塗っておいて正解だったな」
馨「……薄めたのか?」
遙「ああ。即死じゃ面白くないと思ってな」
馨「……これは【甲賀忍】の『新作』だ。原液なら即死、不純物が混ざれば強力な麻痺毒に変質する。制作者の満は、これを使ったら『感想文を提出しろ』と言っていた。………おめでとう、ホーク。お前は今、天才薬師の新薬モニターだ」
馨の説明を受け、ホークの顔が屈辱で歪む。
遙は右眼の【輪廻眼】を発動し、ステータスを視認した。
遙「だが、根性比べに付き合う趣味はない。馨、やれ!」
馨「了解した」
馨が短く息を吐く。
国家レベルの術者にのみ許された【無詠唱】の発動。
床の影から、夜の闇を編み上げたような黒い縄が蛇のごとく這い出し、ホークの足元から這い上がっていく。
それは意志を持っているかのようにホークの足元に絡みつき、胴、そして上半身、瞬く間に雁字搦めにしていく。
ホーク「な……魔法だと……!?」
抵抗を許さない闇の圧力。雁字搦めにされる身体。
ホーク=ルシファーは、自分が飼っていた愛玩人形が、実は底知れない深淵を飼い慣らす化け物であったことを、凍り付くような感触とその身を以て理解した。
闇の縄に縛られながら、ホークは低く問いかける。
ホーク「クユル………なぜ、その力を隠していた」
彼は単なるゴロツキの親玉ではない。無法者たちを力と恐怖で統べるだけの、狡猾なまでの知性と状況判断力を備えている。
馨のような稀少な【闇魔法】の使いを、自分のような人間に悪用され、道具として使い潰されるのを避けるために隠していたのだと────────聞くまでもなく理解したのだろう。
馨「……馬鹿ではない貴様なら、答えは分かっているはずだ。無駄話をするつもりはない」
馨は感情を排した紅い瞳でホークを見据えた。
馨「答えろ。母……【マダム・プレマ】を殺害した真の理由。そして、母と同じ奇術師団【MANJI】の奇術師のうち、誰がもう一冊の【イリュージョンブック】を持っている!」
ホークは歪んだ笑みを浮かべ、吐き捨てるように答えた。
ホーク「……ブックなら、あの一座の【二代目座長】が持っている。プレマが遺した代物は高値がつきそうだからな。俺も手に入れようとはしたさ。だが、あの連中はゴロツキの俺でも分が悪い……。だから諦めた。それだけだ」
馨(………当然だ。奇術師団【MANJI】の奇術師たちは、その正体が【甲賀忍】なのだから)
馨と遙は視線だけで納得を交わした。忍の精鋭を相手に、街のギャングがまともに渡り合えるはずがない。
遙「……内容は見たか?」
それまで黙っていた遙が、鋭く口を挟んだ。
遙「高値がつくと踏んだからには、そのブックに何が書かれているか、お前は知っているんだろう?」
ホーク「ああ、見たさ。……種明かしなんて興味はねえが、あれに記された『演出』や『人の操り方』、そして『舞台裏の技術』は……確信したよ。あれは一冊のノートじゃない。軍隊を動かす【兵法書】だ」
ホークの言葉を受け、馨の脳内で【多重並列思考】が激しく火花を散らす。
馨(……どうする?言葉で交渉して吐かせるか。それとも………)
馨の選択肢には、禁忌に近い術式が並んでいる。【深淵魔法】を用いれば、強制的な自白など容易だ。一人であれば迷わず術を行使していただろう。だが、隣には遙がいる。
物理的な『拷問』を遙に任せ、自分は対話に徹すべきか。
馨が思考の深淵に沈みかけた、その時だった。
ガシャンッ!!
部屋の巨大な強化ガラスが、内側からの圧力に屈するようにして派手に砕け散った。
砕け散った窓ガラスの破片を、風のような身軽さで避けて室内に滑り込んできた影があった。
嵐「……はぁ、命がけのボルダリングをさせられるとは思わなかった」
窓枠に腰を下ろしたのは、透き通るような金髪の少年だった。
馨は、その少年を知っている。【甲賀柏木三家筆頭・山中一族】の長男・嵐─────。
【甲賀の雷神】の異名(ふたつな)で呼ばれる【医療・薬学】専門の【甲賀忍】には少数派の超攻撃型の代名詞【雷遁使い】である。
嵐は不満げに遙を見やると、肩をすくめた。
馨の記憶にある嵐は、5歳の時に父親を謀略で失った、昏い瞳の美童だった。だが、目の前の嵐は、歌舞伎の女形を思わせるほど端正で繊細な美少年に育っている。
巨躯のリキに対し、嵐は柳のようにしなやかだ。同年代の平均よりは高いが、180センチ超えの面々に囲まれると、その少年らしい体躯が際立つ。
遙「いいタイミングだ、嵐。真打ちの出番だぞ」
嵐「ふふん、分かってるじゃないか」
自信満々に胸を張る嵐。馨には、あの絶望の底にいた子供と、この軽快な少年が同一人物とは到底思えなかった。
遙「嵐、このオッサンに軽く【雷撃】を流してくれ」
遙の無茶振りに、嵐は縛られたホークを品定めするように見つめた。
遙と嵐の掛け合いはオチがついたが、まだ「どうも、ありがとうございました」と引く所ではない。ここからが本番だ。
その漫才のようなやり取りを見ながら、馨は遙が何をしようとしているのかに思い当たった。
馨(……まさか、【記憶捜査】か)
CIAが本格導入し始めた、微弱な電流で大脳辺縁系を刺激し「走馬灯(記憶)」をデータとして抽出する禁断の技術。
これを提案したのはアメリカ留学に来ていた【日本人留学生】と噂がある。
最初は【遺体】を試験利用していた。【遺体】なので【脳】を取り出して電流を流し【大脳辺縁系】に刺激を与えることで【走馬灯】をデータ化することに成功した。【異能力】の使い手が全世界の7〜8割になっているからこそ、【人間】の【大脳辺縁系】の中身をデータ化できるようになったのだ。
【心理捜査】で捜査官が【大脳辺縁系】の機能で嘘をついた時に起こる動作から、犯罪者の嘘を見抜いたり言葉で【大脳辺縁系】を刺激して動揺させたりと、元々【大脳辺縁系】に注目した捜査方法はあったが、この方法を提唱した【日本人留学生】が、それを【異能力】と融合させて発展させたのが【記憶捜査】だ。
ただし、心臓疾患がある者や【非能力者の高齢者】(非能力者は70代ぐらいで心臓疾患がなくても弱っている)には使用禁止と法律で取り締まられている。
馨(あの理論を提唱した日本人留学生……年齢は遙と同じくらいだったはずだが、まさか……)
だが、今は遙がその発案者本人なのかどうかは、重要ではない。確かなのは、この方法ならホークが口を閉ざしていても、母の死の真相と【イリュージョンブック】の情報を引きずり出せるということだ。
遙「このオッサン、ミッチ(満)の新薬で【麻痺状態】だけど、元気だから遠慮なくやっていいぞ」
嵐「満先輩の………超人だな!じゃあ、遠慮なく………」
嵐がつま先立ちになり、ホークの頭頂部へ手を伸ばした。
2メートル近い巨躯のホークに対し、嵐は背伸びをしなければその頭に手が届かない。その光景はどこか滑稽ですらあったが、放たれた一撃は残酷なほど鮮烈だった。
ショートしたような激しい光がホークの脳内を焼き、彼の意識は、膨大な記憶の渦と共に深い闇へと暗転した。
遙「へぇ、記憶をフィルム映像として固定できるんだ。【深淵魔法】って便利だな。つくづく、キチクソギャングにバレなくて良かった」
遙が毒づくその隣で、嵐はじっと馨の横顔を見つめていた。
隠す必要はない。馨は短く肯定した。
すると、嵐の端正な顔立ちがふっと和らいだ。
嵐「ようやく見つけた!馨氏をずっと探していたのだよ!」
馨「俺を?………まさか、身を隠している間に【抜け忍】として追われる身になっていたか」
母プレマと馨。事故死と処理され、遺体が見つからない二人の【忍】。
組織からすれば、失踪は裏切りを意味する。馨の【多重並列思考】が最悪のシナリオを算出したが、嵐は首を横に振って否定した。
嵐「今の甲賀に、離脱した程度の者を追う余裕なんてない。【起源の大戦】で多くの同胞を失ったから。かつての隠れ里、【卍谷】は今や英雄たちの墳墓だ。……それを守る【風魔頭領家】と【甲賀望月一族】のハイブリッドである遙が協力的な時点で、察してくれ!」
【抜け忍】になっていたら、遙が初見殺しすると言って嵐は親指で首を横一文字に掻き切る仕草をする。
現在の【甲賀忍】たちは特定の里に縛られず、個々の才覚で生きる【フリーランス】の傭兵や興行師となっている。
馨の母・プレマは得意の【マジック】を活かして興行を打ちながら諜報活動をしていた。
嵐「馨氏を探していたのは、【外道】たちを処分するためだ。己の欲の為にプレマ夫人を殺した裏切り者は死ねばいい!」
嵐の瞳に、幼少期と同じ昏い闇が宿る。
【甲賀忍】には、同族抗争を禁止する【掟】が設けられていて、これによって【抜け忍討伐】はご法度になる。
しかし、例外が馨の母の件だ。
己の欲を優先して仲間を殺した者は報復制裁しなければならない。
【忍】は元々、裏切りを許さない傾向だったので脱退(抜け忍)より裏切りを重罪としているのだ。
遙が横から口を添える。
遙「馨、嵐にはお疲れ様くらい言ってやれよ。みんなお前も死んだと思ってたのに、こいつだけは『馨氏は生きている。連れて帰る』って実家を飛び出してきたんだからな」
馨「……っ、そうだったのか。だが、あいつらが母を殺した確信があるなら、なぜすぐに手を下さなかった?」
遙「【MANJI】の名がデカくなりすぎたんだ」
遙が忌々しげに答える。
嵐「それでも、裏切りを許さない【甲賀忍】が独自で【新生MANJI】の興行を妨害をしているが………あまり度を超えると犯罪行為だ」
馨「【風魔】は【一個中隊】を警察関係に潜入させていたな」
それで『事件』になっていないのだな、と馨は理解した。
遙「だが、このままではイタチごっこだ。そこで、とある【情報屋】から今の【二代目座長】に代わってからの【新生MANJI】の『完全新作イリュージョン』が【日本】で初披露される………という情報を得た」
遙の言葉に嵐が、この『完全新作』は絶対にプレマ夫人のネタに違いないと言った。
嵐「完全新作? プレマ夫人に『おんぶに抱っこ』だったあの五流奇術師どもが?脳みそが『わた菓子』でできている奴らに、そんな知恵があるはずがない」
嵐が毒づくのを横目に、遙が馨へ鋭い視線を向けた。
遙「脳みそが『わた菓子』かどうかは置いといて、馨………お前、そこで伸びてるオッサン経由で【新生MANJI】に売られる所だったんだぞ」
馨は、ちょっと間抜けな声が出た。
馨「意味がわからない………俺が発見されたら困るのは、連中だ」
馨は、母が殺害された決定的瞬間を見ていた。
遙「うーん………俺は奇術は専門外だからわからんが、お前を『マダム・プレマの遺児』としてカーテンコールに立たせることで、美談に仕立てて客を呼びたいんだろうな」
遙は専門外だが流石に『カーテンコール』がどのようなものかは、わかっていた。
嵐「座長の座を馨氏に返すつもりか?……いや、そんな殊勝な連中じゃないな」
嵐の意見を、遙は即否定する。
遙「ナイナイナイ………プレマ叔母さんを殺してまで手に入れた座長を、ポッと出の遺児にくれてやるとかアホなのか」
馨は、遙と嵐があーでもないこーでもない、と議論する中【多重並列思考】で考えて1つの答えに行き着いていた。
馨(新作は、おそらく奴らが盗んだ【イリュージョンブック】の【マジック】を披露するつもりだ)
馨の母の【イリュージョンブック】の【マジック】をするには、彼らは致命的なミスを犯したからホークに馨(俺)の引き渡しを迫った。
嵐は顔は遙がブッチギリで勝利と言いたいのだろうが、馨はここで【MANJI】の元にはいかないと答えたら顔で決めたと思われそうな気がして何も言えなくなり眉を顰める。
遙は、流れる【フィルム】を眺めて、この中に回答があるかな、と呟く。
記憶の抽出は、まだかかりそうだ。これまでの人生全てを抽出するのだから、いくら【魔法】といえど秒でできることではない。
馨「裏切り者が、俺を必要としている理由………判ったぞ」
馨は、遙と出会っていなければホークによって母を殺害した裏切り者の手に落ちていたのだから、遙には正直に話しておこうと決めた。
馨は、嵐の【手品】の部分は合っているので惜しいというべきか迷う。
馨「【イカサマ】になるかどうか判らないが………奴らの目的は【マリオネットトリック】だ」
馨は、母・プレマが得意としていた【忍法・繰々りの術】を駆使した【マリオネット】操術を必要としている、と言った。
遙「【繰々り】………ああ!アレは【忍法】だが………小手先の技術だからイカサマにはならないな」
嵐「確かに………【鎧通し】と同類のようなものだな」
【異能力】ではなく【技能】だからセーフと遙は言う。嵐は【掌底】を当てて鎧の中の肉体へ打撃を与える【技能】を言っているが、【技能】しか合っていない。
馨「母の【マジック】は、【マリオネットトリック】がなければ成立しない」
馨は、母・プレマは左右の手足を使って【マリオネット】を操ることができる、と言う。
遙「それはつまり………右手でクレー射撃しながら、左手で皿回しをして、右足でドラムを叩いて、左足で【鳴子】を鳴らせる!そういうことだな!」
遙の例えは極端だが、嵐には言わんとしていることが伝わった。
嵐「4つの異なる動きが出来る、ということだな!そんな【トリック】の要になるプレマ夫人を殺害したとは………詰んだな」
ご愁傷さま、と嵐は言う。
馨「本末転倒だな………殺害して母から【マジック】のネタを奪っておいて、母がいないから【マジック】の披露ができない」
馨は、プレマは1人4役で【繰々りの術】をしていたから【人形あやつり師】を4人雇えば問題は解決することだ、と代替案を告げる。
ちょうどその時、空中を舞うホークの人生の【フィルム】が、静かにその動きを止めた。
ホークの目がカメラなので彼が見たものと限定されるが虐待、暴行、強奪、強盗、麻薬、人身売買、殺人など凄惨なものが克明に刻まれていた。
遙と嵐がホークの外道行為をヘイトしている横では、馨はホークの記憶が奪われた【イリュージョンブック】の内容を映した所で、記述に釘付けになる。
馨「………内容が違う………」
馨のつぶやきを聞いて、遙が何のことだと言いたげな表情で馨を見る。
馨「話していなかったが………俺は、母から【イリュージョンブック】を渡された」
そして馨はホークの見た【イリュージョンブック】の記述内容に視線を向ける。
嵐「全2巻………ということなのか?」
嵐の問いは、わからなくもない。しかし馨は違う、と否定した。
馨「演目は同じだ。だが、使う小道具の素材、仕掛けの寸法、箱の構造……全てが微妙に、決定的に異なっている」
馨は、ある1つの演目を指してこの通りにすれば大惨事だ、と言った。
馨「この内容に従って【マジック】をすればショーは失敗だ。『奇術師がトリックをミスして舞台上で死亡』という見出しで新聞、雑誌、報道番組は、この話題で持ち切りになる」
【新生MANJI】は悪い意味でトレンド入りだと馨は言った。
馨「遙は【0(ゼロ)機関】にお前が受けたミッションの依頼人は、俺の母・プレマと言ったな。確かに、ある意味………母は依頼人と言える」
失敗するトリックを記述して、その通りに【マジック】をすれば死亡するのだから。それを書いた者は直接手を下さずに人を殺せる。
しかも、【マジック】をするのは【マダム・プレマ】を殺害して事故死と偽った裏切り者たちだ。
馨から【イリュージョンブック】の通りにすれば死亡する、と聞いた遙は前身を鳥肌の寒気が走った。
遙「馨、奪われた【イリュージョンブック】は、『殺人指南書』だ。だが、金を溶かして観劇するお客様に披露する為の本物も存在する」
それが馨が、直に渡された【イリュージョンブック】だ、と遙は言った。
嵐「うわっ………失敗作を見せられるのか………サギだな」
嵐の言葉に、馨は気絶しているホークを見下ろし、皮肉な溜息をついた。
馨「……ホーク、お前は悪運が強い。奇術師たちに勝てないと踏んで手を引いたお陰で、お前は偽物を掴まされた道化にならずに済む」
馨は口元にニヒルな笑みを浮かべた。
ホークが意識を取り戻した時、最初に感じたのは後頭部を焼くような鈍い痺れだった。
あの、少女と見紛うような美少年(嵐)が頭に手を置いた瞬間、視界が白く爆ぜた。そこから先の記憶はない。
馨の【闇魔法】で縛られているので手脚の自由は奪われているが、首のほうは動かせるので首を巡らせて周囲の景色を見る。
ホークは激しい耳鳴りに耐えながら、脂汗の浮いた顔を巡らせて周囲を見渡した。
割れた窓、吹き込む夜風、特注のデスク。そこは変わらぬ自室だったが────────ただ一点、異常な光景が広がっていた。
暗い室内に浮かび上がる白光へ視線を向けると、目を瞠った。
ホーク(……ここは、地獄か?)
場面は切り替わる。ストリートギャングのリーダーとして肩で風を切る十代の自分。傍らで媚びを売る少女。名前さえ思い出せないその顔は、ただの「使い捨ての女」の一人だったはずだ。
そして映像は、冷え冷えとした刑務所の廊下を映し出す。囚人のボスを叩きのめし、自らが「キング」として君臨した狂乱の日々。
ホーク(……しくじったと思ったが、あそこは俺にとっての王国だった)
だが、次に映し出された一人の女性の姿に、ホークの心臓が激しく脈打った。
ホークは一目で彼女を欲した。財力を注ぎ込み、スポンサーの座を手に入れ、公私ともにパートナーになろうと画策した。
だが、プロポーズの返答は、あまりにも冷徹な拒絶だった。
映像は無音。だが、映し出されたプレマの唇が「私は配偶者を持ってはいけない身だ」と動いた瞬間、記憶の底から彼女の凛とした声が蘇り、部屋を支配した。
心底、惚れていた。
だからこそ、彼女に子供(馨)がいると知った時、独占欲は容易く狂気へと転じた。
───────手に入らないなら、いっそ殺して、剥製にしてでも手元に置いてやる。
映像が途切れた。
フィルムの白光が消えた室内に、冷徹な紅い瞳を持つ『実物』の馨が立っていた。
馨「……つまらない理由で母を殺害したのだな」
◆ ◆ ◆
ホークは闇の縄に縛られ、麻痺によって首から下の感覚を失っていた。だが、生き延びようとする本能だけは、まだその舌を滑らかに動かした。
ホーク「……声は出るか。クユル、手を下したのは団員たちだ。俺は………遺体を引き取る約束だっただけだ……!」
必死に弁明するホークに、遙が冷ややかに言い放つ。
遙「場所を提供して協力したなら『殺人幇助』だ。同罪だよ、オッサン。………ビジネスパートナーで満足しておけばよかったんだ」
嵐「プレマ夫人なら、偽装夫婦やプロ愛人の契約だって、条件次第で引き受けてくれただろう。無論、ビジネスとしてな」
美少女のような見た目の嵐の口から『プロ愛人』という言葉。そのあたりにドライな響きに、ホークは顔を歪める。
ホーク「……偽装では、彼女を狙うハイエナ共は手を引かないんだ………!」
遙「だから殺したって………極端すぎるだろ、このサイコパス野郎が!」
嵐「我々のルールでは、【同害報復】………『目には目を、歯には歯を、そして殺しには殺しを』というルールだ」
嵐の言葉にホークは目をカッと見開いた。絶望が乾いた笑いとなって溢れ出す。
ホーク「【同害報復】だと!【復讐法】の【報復刑】………俺は、処刑されるのか………」
ハハッと乾いた笑い声をたててホークは、自嘲する。
馨が考えを巡らせていた、その時だった。部屋の重厚なドアが、轟音と共に蹴破られた。
バアァン!!
猪貍「遅くなったな、遙!」
リキ「ザコの掃除は終わったぞ。アイツらマジでG(ゴキブリ)だ。全然減りやがらねえ」
現れたのは、血気盛んな猪貍とリキ。そしてその後ろには──不敵な笑みを浮かべた見知らぬ数名の女性たちが立っていた。
馨がそう直感した瞬間、遙が横から補足を入れた。
遙「馨、このオネーサマは俺の母の妹。つまり叔母にあたる環ちゃんだ。まだ二十代だから『オバサン』呼びは厳禁だぞ」
環「遙、今ドサクサでオバサンつったな。……で、そこの苦み走ったタラシ男がプレマお姉様を殺したクソ野郎の一味か?」
環の低い声が、捕縛されたホークを射抜く。馨にとっては、母プレマの従姉妹にあたる血縁者だ。
環の問いは、拷問が行われることを前提としていた。その容赦のなさは、まさに戦う血族のそれだ。遙は環の問いには答えず、猪貍たちの後ろに控えていた別の女性に視線を向けた。
遙「「おい、イチ(一二三)。お前の情報は不完全だったぞ。この白髪のイケメンは、【マダム・プレマ】の息子だ」」
情報の不備への文句と馨の紹介を一息に済ませた遙に対し、話を向けられた少女、雑賀一二三は、肩をすくめて言い返した。
一二三「ここは日本じゃねえんだ、多少の漏れは許せよ」
彼女は銃使いの傭兵集団【雑賀衆(さいかしゅう)】の末裔。現代の雑賀衆は裏社会に精通した【情報屋】を本業としており、マフィアやギャングですら彼らを敵に回すことを恐れるという。一二三は170センチを超える長身に、モデルのようなスレンダーな体型──────いわゆる「壁女体型」だが、その口ぶりは裏社会を渡り歩く者らしく極めて粗野だった。
遙はどうやら一言文句が言いたかっただけのようだ。そして、視線を環へと戻す。
遙「環ちゃん、拷問はこれからだ。こいつを麻酔なしで手術したい。だが、途中で気絶されると面白くないんだ。痛覚だけを完全に遮断できるか?」
環は眉を顰めた。
環「痛くないなら麻酔でいいだろう。眠らせておけば済む話だ」
遙「それじゃ意味がないんだよ」
遙は、凍てつくような無機質な声で続けた。
遙「こいつの腹をナイフで掻っ捌いて、『内臓を腑分け』していく様子を………意識のある本人にじっくり見物させてやりたいんだ」
それは、肉体的な苦痛を超えた精神的な凌駕。生きたまま解剖され、自分の内臓が整理されていく様を、特等席で傍観させられるという最悪の地獄絵図だ。
日焼けした褐色肌に190センチ近い体躯を持つ、女子レスリング選手のような大柄なカンナと、男性の平均身長を超える長身の麗のツーショットは、なかなか迫力がある。
ホークは、残虐の限りを尽くして来た自分がされる立場になったことを実感して顔からは、みるみるうちに生気が失われていった。
銀髪の死神たちは、これから始まる『生体解剖ショー』の準備を、日常の雑事のように淡々と進めようとしていた。
麗が懸念を口にする。知性を湛えた怜悧な容貌の彼女の指摘は至極まともなものだった。
遙「そこは【繰々りの術】でコントロールする。マリオネットみたいに糸で操るんだよ。名付けて『空中引き回し』。江戸時代の罰も、摩天楼なら現代風にアップデートしないとな。趣向を凝らしてみた!」
ホーク「……っ……ひ、ぅ……」
ホークは絶句した。
ホーク(……あれは死神ではない、悪魔だ……!)
無意識に体がガタガタ震えていた。
環「……で、その繊細な【繰々りの術】なんて誰がやるんだ?」
環が腕を組んで一同を見渡した。
環「この脳筋軍団に、そんな細かな糸捌きができる奴はいないぞ。……私を含めてな」
環が自分も含めてと言ったのは、遙にブーメランしてると言わせない為だ。他人に言われると気分が悪いので自分で先手を打った。
一同が揃って納得の声を上げる。彼ら「脳筋軍団」にとって、知能と精密作業が必要な役割は全て「知能派」の馨に押し付けるのが最適解だった。
馨は、さきほど遙が言った『積年の恨みを込めて』という言葉の真意を悟った。
あの言葉は、この「空中遊泳」の処刑を、馨の糸捌きで完遂させることを前提とした合図だったのだ。
引き回し自体は遙の思いつきかもしれない。だが、最後のトドメを馨に刺させること。復讐の手綱を馨に握らせること──。それだけは、最初から決まっていたのだ。
遙は、未だに麻痺状態で転がっているホークを、道端のゴミでも見るような目で見下ろした。
遙「記憶(データ)を見る限り、こいつがやってきたことは『死』程度じゃ温すぎる。さっき言った通り、意識があるまま腑分けして、自分の内臓が整理されるのを特等席で見せてやりたいんだ」
【医療忍】である環は、腕を組んで現実的な手法を検討し始めた。
環「痛覚を完全に無効化しつつ意識を保たせるなら、僧侶が使う【法術:触覚剥奪】か、あるいは【デバフ効果】のドーピングの二通りだが……」
遙「俺の【大罪系スキル・傲慢】で身体強化して、痛覚をバグらせるか?」
遙が事も無げに言った。
嵐「【傲慢】でこの目ヂカラ男を強化したら、暴走しそうで面倒だ」
嵐が眉をひそめると、猪貍が拳をポキポキと鳴らした。
猪貍「へっ、暴走したところで俺が全力で叩き伏せてやる。楽しみだぜ」
カンナ「オメエは単に、【人間】の限界が見たいだけだろ」
【獅子狗神族】であるカンナが呆れたようにツッコむ。彼女のレスラーじみた体格は、【古族(先住者)】ゆえの剛力の象徴だ。
馨は一つ、ずっと気になっていた疑問を遙に投げかけた。
馨「……遙、一つ聞いていいか。お前は【大罪系】を選んだはずなのに、なぜ【美徳系・叡智】による【自動鑑定】が使えるんだ?片方しか選べないはずだろう」
遙「ああ、それ?【裏技】を使ったんだよ」
遙「【大罪系・憤怒】が自分でも怖いくらいヤバかったからな。カンストさせてから【美徳系・叡智】と入れ替えたんだ。おかげで鑑定ができるようになった」
馨は心の中で毒づいたが、遙も自覚があるのか、その件には深入りしなかった。
そして遙が「バーサーカー」ではなく「ベルセルク」とドイツ語圏の発音を用いたことに、馨は彼がドイツ系の混血である可能性を読み取った。
環「……話を戻すぞ」
環が冷徹なトーンで場を制した。
環「開腹術を見せつけたいなら、【麻痺】の深度を調整するのが一番だ。意識をはっきりさせたまま、身体の自由だけを奪える」
遙「でもこのオッサン、さっきから麻痺してるはずなのにやけに元気そうに見えるんだよな。甲賀の秘薬が効いてないんじゃないか?」
環「それを先に言え」
環は遙の言葉を鼻で笑うと、おもむろにホークの二の腕を掴んだ。
あの一二三ですら引いている。どうやら環は、麻痺の深度を確認するためだけに、一切の躊躇なくホークの骨を折ったらしい。
周囲から一斉にヘイトを浴びる遙だが、それを見つめる馨は、不思議と溜飲が下がるのを感じていた。
悲鳴という救済すら許されない。ただ目の前で自分の肉体が損壊していく「映像」だけが、純粋な恐怖としてホークの脳を焼き尽くしていくのだ。
遙「さて、それじゃあオペを始めようか」
環による超過激な触診────────物理的な骨折確認────────が終わり、ホークが痛覚を失ったまま絶望に震える中、遙は腰の鞘から無骨なサバイバルナイフを引き抜いた。
馨「……遙、それで切るつもりか?」
馨の問いには答えず、遙はライターの火でナイフの刃を丹念に炙り、さらにアルコール綿で銀色の身を拭った。チリチリと乾いた音が室内に響く。
遙「殺すのが前提なんだ、メスじゃなくても豪快にいけるだろ。……一応、雑菌が入って化膿しても寝覚めが悪いしな」
殺す相手に衛生管理を徹底するという矛盾した狂気。遙は手際よく割烹着のような手術用スクラブに袖を通していく。
遙「嵐、ライト頼む」
嵐「了解。……猪貍、リキ、出番だ。お立ち台!」
馨(……あの雷遁、完璧な【無影灯】じゃないか)
馨は感心した。嵐の【チャクラ制御】があれば、どんな暗闇でも野戦病院と化すだろう。
環が【クナイ】でホークのシャツをビリビリと切り裂き、準備は整った。
馨「……ところで遙。なぜ医療忍の環さんではなく、お前が執刀するんだ?」
遙「言ってなかったか。俺、【軍医】の資格持ってるんだよ」
麻痺で体は動かないが、口だけは動かせるホークが呪詛を吐く。
環がさらりと付け加えた。
ドイツ連邦国内に存在する独立国家の1つ、【ローゼンクロイツ】。その名の通り【錬金術師】が軍の中核を成す国家だ。そこに籍があるということは、二人が【忍】であると同時に、高度な【錬金術】の使い手であることを意味していた。
馨(錬金術……。なるほど、それならあの「引き回し」も現実味を帯びてくる)
糸でホークを操る際、術者が付き添う必要はない。【錬金術】でビルの屋上に自動制御のワイヤー吊り装置を錬成し、馨がモニター越しに【繰々りの術】で「舞台装置」側を操作すればいいのだ。
馨「……遙は、資格マニアか何かなのか?」
遙「まさか。俺は、自分が得をしたり楽しめたりするためなら、いくらでも努力や苦労をするタイプなだけだ。……その方が、後の『楽しみ』が倍増するからな」
遙が指を鳴らすと、空中にキラリと光が走った。【忍法・増鏡】(硝子の忍法の1つ)で生成された硝子の鏡が浮遊し、ホークが己の腹部を克明に観察できる角度で静止する。
遙「さあ、見ろ。お前の腹の中だ」
無造作に振り下ろされたサバイバルナイフが、ホークのみぞおちから下腹部へ、躊躇なく縦一文字に肉を裂いていく。
カンナ「悪意しか感じられねえ心遣いだ」
カンナが引きつった顔で呟く。
吸引機のない部屋だ。溢れ出す血液が視界を遮る中、遙はナイフを置き、迷いなく血の海に手を突っ込んだ。
遙「……ちっ、こいつシャブのやりすぎか。内臓がリサイクルできないくらいボロボロじゃないか」
環「臓器バンクに提供する気だったのか?」
環が意外そうに眉を上げた。
環「お前なら、『クズの臓器にはクズが詰まってるから使えない』と吐き捨てると思ってたが」
遙「このオッサンは救いようのないゲスクソ野郎だが、内臓には罪はないからな」
遙は淡々と答えながら、手の感触だけで臓器を検分していく。
ホークは、遙の触診が【腸】をいじくり回すのをハイライトが消えた瞳で見ている。
遙「消化器系は全滅だ。諦めよう」
彼は手を背中側へと潜り込ませ、腎臓の触診に移行した。その手の動きは、まるで見えていない者のように繊細で、確実だった。
馨「……遙。もしかして、目が見えていないのか?」
馨がふと気づいて問いかけた。最強の瞳術である【輪廻眼】は、その強力すぎる代償として失明率が極めて高い。
遙「ボヤけて輪郭しか見えないからな。見えていないも同然だ」
馨「そんな視力で、あの距離から【千本】(針状の暗器)を手に命中させたのか?」
遙「ああ。手がそこへ到達する時間を測って、投げるタイミングを合わせただけだ」
環「おおかた、このクズ野郎が暗殺者に襲われた時の動きを一度見て、覚えたんだろうな」
環が補足する。
環「こいつは【瞬間記憶能力(カメラ・アイ)】の持ち主だ。一度見た抜刀や抜弾の動作、タイミングを忘却できない」
馨は納得した。遙がホークの懐に飛び込んだのは、傭兵として雇われるためだけではない。ホークの戦闘動作を「記録」し、必殺のタイミングを完全に把握するためでもあったのだ。
遙の表情が少し険しくなる。
「……腎臓も片方死んでるな。抗争で刺された跡がある。これだからヤクザ者は……。まあ、生きている方を一つゲットすれば十分か。次は呼吸器だ」
その瞬間、遙は浮遊させていた鏡を消滅させた。
ホークは既に絶血死していた。輸血なし、心拍を維持したままの強行軍。その生命の灯火は静かに、しかし確実につき果てていた。
遙「よし、臓器は鮮度が命だ」
遙は迷わず開胸し、心臓を摘出する。そして、空中に人差し指で縦線を引く動作をした。
空間がジッパーを開けるようにパックリと裂ける。
馨(【大罪系スキル・暴食】の【異空間収納】か)
馨は理解した。
遙は摘出した心臓をその闇の中へ放り込み、続いてホークをうつ伏せにひっくり返すと、機能している方の腎臓も手際よく摘出し、空間へと放り込んだ。
環が【治癒チャクラ】の紅い光を手に宿し、空間の中へ手を差し入れる。
【チャクラ】の色が【紅】ということは、環は【五行】の【火属性】ということだ。会話をしている感じだと、環は前線へ突っ込む超攻撃型っぽいので納得の属性である。
遙は死体となったホークの背中を見つめ、無慈悲に告げた。
遙「さて。あとは風船を入れるスペースを作るために、筋肉と脂肪を削ぎ落とすぞ。こいつ、無駄に鍛えてるから筋肉だけは多そうだな」
摩天楼の空へ放つ「マリオネット」を作るため、銀髪の死神による解体作業は、夜の帳の中で加速していく。
◆ ◆ ◆
作業を終えた遙は、無造作に血の付いた手袋を脱ぎ捨てた。
そこにあるのは、もはやかつての面影を辛うじて留めただけの『人形』だった。
ホークの遺体は最早、人間の尊厳など欠片もない。四肢は付け根から切断され、代わりにバルーンアートの風船で作られた簡素な義手と義足が接合されている。その上から清潔なシャツとズボンを着せれば、一見すれば五体満足な男に見えるが、その中身は空虚だ。
内臓を抜き取った空洞にはヘリウム入りの風船が詰め込まれたが、切開部は縫合すらされていない。服で隠れるから問題ないという、遙のあまりにもいい加減な「手抜き」だ。
返り血で汚れたシャツは捨てられ、死体は清潔なシャツとズボンで装いを改められた。
ワイヤー吊りで支えて飛行させるので、遠景の視界が違和感を隠してくれるだろう。
遙は薄笑いを浮かべて言う。
遙「『空中引き回し』が終わった後は、適当な場所に投棄する。馨のお仕事は、そこまでだ」
ワイヤー吊りは、自然落下に任せるのではなく人為的に置く為と遙は説明した。
遙の『当たるも八卦、当たらぬも八卦』のような思考に馨は、手術に使う道具を消毒する等きちんとする割に最後のツメが適当過ぎると呆れる。
環「そもそも、ワイヤー吊りするのに重さ云々に拘る必要あるのか?まあ………コイツ(ホーク)の遺体は中身が詰まっていたら重そうではあったが」
環は、四肢切断は余計なことをしたのではないかと言いたいのだろう。
遙「何を言っている。ツメは完璧だ!見てみろ」
遙がバルーンアートの義肢を器用に折りたたむと、手術台の上の死体は奇妙な形に丸まった。
一同は、手術台の上のホークを見る。
リキの呟きに、周囲からも「ダンゴムシだ」「いや、幼虫だろ」と声が上がる。
ホークの犠牲になった人々にとって、彼の命一つでは【同害報復】には到底足りない。
だからこそ、彼の『矜持』を完膚なきまでに損なわせる。強者が、人々が忌み嫌い踏み潰すような『虫』として打ち捨てられる。その屈辱的な末路こそが、遙の用意した『真の報復刑』だった。
かつてこの街を恐怖で支配した『暴君』。その冷徹な貌(かたち)が夜空に浮遊している。
だが、その姿は以前とは決定的に異なっていた。手足には月光を弾くほど細い銀糸が絡みつき、重力を無視した狂乱のダンスを踊っているのだ。
時に激しくスピンし、時にビル風を背に受けて静止する。その姿は、誰かに操られる『マリオネット』そのものだった。
「馬鹿な。あの暴君を、あんな風に躍らせる人間など、この世にいるはずがない!」
観客たちの困惑を置き去りに、夜空の『摩天楼ゴースト』は、最後のカーテンコールと言わんばかりに自由の女神の指先をなめ、闇の彼方へと消えていった。
ニューヨークの空を舞う「異形の影」の噂は、瞬く間にSNSを駆け巡った。
目撃した者は、それが巨大ギャング組織『ルシファー』のボス・ホークであると特定した。
だが、異能力が公認された現代といえど「雲を突く高度を人間が浮遊するはずがない」と一笑に付され、掲示板は「幽霊だ」「フェイク動画だ」と荒れに荒れた。
しかし翌朝、事態は最悪の形で収束する─────。
かつて街を支配したカリスマ、ホーク=ルシファーは、四肢を失った無惨な姿でスラム街の路上に転がっていた。
発見時、ホークは全裸だった。
高級ブランドの衣類は、夜の間にスラムの住人たちによって剥ぎ取られたのだろう。彼らは、その肌が生身の温かさを失った、蝋細工のような質感であることに気づきはした。だが、明日の糧にも事欠く彼らにとって、死体の尊厳など知ったことではない。
遙は、ここまで惨めな最期を緻密に計算していたわけではなかった。
SNSで騒ぎが大きくなったため、ヘリで牽引していた環たちへ「このあたりで降ろそう」と言った着地点が、偶然そこだったのだ。
衣服を失い、投げ出された姿は『芋虫』そのものだった。
スラムに生まれ、頂点へと昇り詰めた男は、皮肉にも人生の出発地点のスラムで文字通り「骨を埋める」ことになった。
スラムの住人たちは、自分たちが剥ぎ取った『人形』のような肉体から、すでに内臓がすべて失われていたことなど気づきもしなかった。
上空数千メートル。ニューヨークの喧騒を雲下に隠した【0(ゼロ)機関】手配の飛空艇。その静謐なデッキに、それは鎮座していた。
【錬金術】によって錬成された特注筐体─────【からくり箱】。
外観は、どこか懐かしいゲームセンターの体感筐体を彷彿とさせた。左右が開けたドラム状のシェルターは、制作者の「ゲームオタク」としてのこだわりが細部まで注ぎ込まれている。
だが、その中身は娯楽とは程遠い、狂気と精密の結晶だ。
馨は長身だが、座高は低いので天井部分は余裕がある。そして座高が低い分、脚は長いのだが、遙が馨の体のサイズに合わせて錬成したので、前も後ろも充分に脚を伸ばせるスペースがある。
馨の為だけに創られた世界に唯一の【からくり箱】だ。
リキ「【指ぬき】の数多すぎねえ?」
リキの言葉に嵐がフンと鼻で笑う。
嵐「少ない。【あやつり糸】は、『人形の神経』だ。【人間】と同じ動きをさせるのだぞ。本来なら千億本はいる………だが、プレマ夫人はたった百本の【あやつり糸】で【マリオネット】を自在に動かした。【神技】だ」
プレマから【マリオネット】操術に必要な【繰々りの術】を直伝された息子の馨なら、同様の【神技】が使えるはずだ。
遙「馨の注文どおり、予備の【糸】を20本接合しておいた」
遙は改めてコックピット内部を見る。左右が開けているので内部は丸見えなのだ。
馨は、遙の【マエストロ】という名付けを採用して、摩天楼のステージデビューを果たす。
飛空艇で主役(馨)が【繰々りの術】の準備を整え、遙から【マエストロ】のステージ名を命名されている間─────
別働隊の環、一二三、カンナ、麗はヘリの中だった。
操縦桿を握るのは、一二三。【情報屋】の一二三は、あらゆるマシンを乗りこなすことができる。
そして、【獅子狗神族】のカンナと【虎人族】の麗は【古族(先住者)】の中でも身体強化ブーストがかかっている【獣人】だ。
彼女たちの外見は【人間】と変わらない────────並の成人男性より高身長ではあるが────────ので【首長の血族】であることは間違いない。
【首長の一族】の腕力なら、大柄なホークを軽々と持ち上げられるので、馨のショータイムが終わった後の『お片付け』には彼女たちの腕力は必要である。
環が通信機を通して遙へ話しかける。
環「これより【風魔羅刹眼】で、ホークとそっちのモニターとの『視覚共有』をする」
【風魔羅刹眼】────────【風魔頭領家】に伝わる『風魔頭領の資格』である。これを持つ者、持たざる者がいて持つ者は本人の意思とは関係なく『風魔頭領候補』なのだ。
正確には【天狗の血族】に現れる【羅刹眼】という【瞳術】で、【天狗】の【神通力】が使える。
その【神通力】の1つが、摂理を無視した【屍人操り能力】────────【屍暗闇化の術】と呼ばれる蘇生術だ。
環は【屍暗闇化の術】で、ホークの視覚のみを蘇生させた。これによってホークの瞳に映る風景が『視覚共有』されたモニターに映し出されることになる。
相変わらず意味不明な詠唱をする遙。
遙は、本当は無詠唱で発動できるかもしれない。そうでなければ、こんな変な詠唱をしないだろう。
ホークの解剖手術の時に使用した【忍法・増鏡(ますかがみ)】と今使っている【忍法・水鏡】それとあと2つを合わせて【四鏡(しきょう)】という呼ばれ方をする。
【増鏡】は【姿見】として使ったが、この【水鏡】は【モニター】として使用する。
コックピットの中で天井を見上げた馨の目に、摩天楼の絶景が飛び込んだ。
そして、摩天楼を舞台に【マリオネット暴君】を踊らせる演者────────【大奇術師マダム・プレマ】の遺児【マエストロ・馨】の【リベンジショー】の幕が上がる。
ニューヨークの空を【異形の影】が舞っている─────
地上の人々が目撃したその優雅な舞に反して、コックピットの中の馨は、静かなる戦場にいた。
馨の【繰々りの術】は、もはや『操る』という領域を超えていた。数百本の指ぬきを縦横無尽に捌く腕は残像を伴い、あたかも神話の【三面六臂】が如き速度で銀糸を紡ぎ出していく。
遙は、馨がなぜ回転椅子を指定したのか、その理由を目の当たりにして戦慄した。
馨は靴を脱ぎ捨て、素足の十本の指すべてに、下部の【指ぬき】を深々と差し込んでいたのだ。
遙「足まで使って……全身で『繰々って』いるのか……!」
馨は椅子を180度回転させ、コンマ数秒で指を別の糸へと差し替える。
片方の指先がピアノの鍵盤を滑るように繊細な旋律を奏でているかと思えば、反対側の腕は空を突く徒手空拳の動きを見せる
さらに、左右が開放された筐体型コックピットから、馨の脚が格闘技のハイキックやローキック、ニーキックなどのアクロバティックな動きをしている。
それは『人形劇』などという優雅なものではない。己の肉体を極限まで駆使する、孤独な格闘演武だった。
環は通信機の向こうと、ヘリの同乗者たちに労いの言葉をかける。
回収されたホークの遺体から、バルーンアートの義肢とヘリウム風船が取り除かれる。
カンナ「うわっ………がらんどうじゃねえか」
カンナは内臓のないホークの体内を見て言った。
そこにあるのは、内臓も尊厳も奪われた「肉の器」の成れの果てだ。
一二三「環姉さん、行き先は?」
環「スラムだ。………スラムから這い上がり、てっぺん取った男は最期にスラムへ還るのが筋だろう?」
一二三「マジっスか!そんな所に放置したら、エグいッスよ」
一二三は、その日を生きるのに精一杯の飢えた人々の中へ高級ブランドを身に纏ったもの言わぬ遺体の末路を想像した。
麗「散々、悪逆非道を重ねたんだ。最期はカモられて………『The End』……。お似合いだよ」
カンナ「スラムから出たクズは、スラムへリサイクルってか。………イキだねえ」
環の采配でホークは、スラム街に放置された。
【0機関】は、【影の組織】なので元来このような派手なイベントは忌避するのだが、環がツートップに伺いを立てた所───返答は聞くまでもなく判っていたが───彼らはノリノリで「豪華で華麗にやってくれたまえ」と返答が返って来た。
【0機関】の【元亜神】の2柱たちは、自由人気質が【天上界】では肌に合わずに【人間界】へ降下した【上位生命体】だ。こういった類の遊び心は、彼らの大好物なのである。
翌朝───
ニューヨークを震撼させた暴君は、かつて自分が這い上がった汚泥の中で、すべてを剥ぎ取られた無惨な『芋虫』として、静かに転がっていた。
ホーク=ルシファーをスラムへ捨てた後──────
ヘリのモーター音だけが空間を支配していた。しかし、重い空気や圧迫感とは無縁だ。
【刑執行】を終えた充足感か、摩天楼を道化のように踊らされたホークへのざまぁ感を噛み締めているのか、誰一人口を開かない。
『女三人寄れば姦しい』という言葉があるが、現在は一人多い四人。にもかかわらず、機内は奇妙なほど静まり返っていた。
ふと環が口を開く。
環「まだ上には話していないが、残りのターゲットを狩る前に私は、指揮官を降りてバックアップに回ろうと思う」
驚いた一二三が環を見る。
王族の血を引くのは、カンナと同じ【獅子狗神族】。その末裔である彼女の抗議を、環は一瞥(いちべつ)で黙らせた。
【日本帝国】は、【日本神州国】、【琉球王国】、【日本蝦夷聖国】と3つの独立国に分かれている。それぞれに【国王】がいるが、【国王陛下】と呼ばれる【王】は、【日本神州国】だけである。
【琉球王国】の【王】は【キングシーサー大公陛下】と呼ばれる【大公】がトップの【先住者の国】だ。【王族】はカンナの【獅子狗神(シーサー)族】である。
環「カンナ……お前よりずっと……いや【琉球大公陛下】の【キングシーサー】が頭(こうべ)を垂れる【先住者の王】……アイツに指揮官を任せるつもりだ」
【先住者】たちには【先住王】と呼ぶ彼らの【王】が存在する。
【先住王】は、『一国の王』である【キングシーサー】より格上だ。
環は【先住者の国】でミッションを遂行するには、この【先住王】に指揮を執らせるのが最適解だと告げた。
◆ ◆ ◆
空港を出て、【琉球王国】に一歩足を踏み入れた朔(はじめ)は、あらかじめホテルに荷物を送っているので身軽であることから、タクシーを使わず歩くことにした。
突然、【0(ゼロ)機関】からミッション途中での指揮官交代プラス指揮官指名で自分に指揮官の任務が下りたのは、急だな、と不満を持ったが、ターゲットを【琉球王国】に呼び寄せた以上、この【先住者の国】の【王】を支配下にできる【山の先住王】の【転生者】である朔に白羽の矢が立つのは至極当然だ。
もっとも、朔は前指揮官の環の甥で両者の間に確執はない。また環のほうも手柄に固執するタイプではなかった。
朔は、長年【山の先住王】を支え続けて来た重鎮の1人に挨拶代わりに片手を上げた。
窓越しに交わされる、王と王の再会。
ニューヨークのホーク=ルシファーの【報復刑】は前座に過ぎない。
真の【報復刑】開始に先んじて朔は【琉球王国】入りした。
【琉球大公陛下・キングシーサー】が頭を垂れる【山の先住王】の【転生者】朔は、【先住者の国】をコネで『ホームグラウンド』にした。
本編を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
数多ある作品の中から、この物語が皆さまの目に留まったことに、深い縁を感じております。
私は普段、投稿サイト等での積極的な宣伝は控えています。それは「書籍との出会いは一期一会である」という私自身の持論があるからです。
私自身、中学生の頃に栗本薫氏の『グイン・サーガ』(あの豹頭の戦士と双子の姉弟が描かれた美麗な表紙!)や、永井豪氏がイラストを手掛けた『魔界水滸伝』に、表紙の引力だけで吸い寄せられた経験があります。
内容もろくに理解できないまま、ただその世界観に惹かれて読み耽ったあの頃の感覚こそが、読書の醍醐味だと思っています。
そうした原体験の影響か、私の物語はただ直線的に進むよりも、仲間やキャラクターとの繋がりが「横へ横へと広がっていく」タイプかもしれません。
本作は一巻として完結しておりますが、実は現在投稿サイト(カクヨム、エブリスタ、pixiv)で連載している長編本伝の『スピンオフ』という位置づけでもあります。
設定の細かな説明を並べるよりも、「物語」として読むことで、この世界特有の空気感やキャラクターの背景をより深く感じていただけるのではないか……。そんな思いから、外伝を書き上げました。
本作を読んで少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひ投稿サイトの「本伝」も覗いてみてください。(投稿サイトなので、イラストのほうは少なめです)
また、今後の予定は本伝の「第一章」もKindle版として再構成し、お届けしたいと考えております。
そして、本作『忍SHINOBI【追憶】必殺篇』の物語には、さらに続きとなる「第二部」が存在します。
第二部からは断章に登場した【先住王の転生者】キャラクターが仲間に加わります。
またいつか、偶然の出会いから始まる「一期一会」の物語の中でお会いできることを願っております。
2026年3月18日
2026年3月7日 発行 初版
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アニメ、ゲーム、ミステリー、時代劇が好きです。 好きなアニメは『ガンダムシリーズ』、『鋼の錬金術師』。 好きなゲームは『スーパーロボット大戦』。 好きな映画は黒澤明監督の『七人の侍』。 好きな時代劇は、『影の軍団』『必殺シリーズ』。 好きな作家は、江戸川乱歩、京極夏彦、山田風太郎、池波正太郎、藤沢周平、大藪春彦、栗本薫、山藍紫姫子、吉原理恵子、夢枕獏、田中芳樹、菊地秀行、吉岡平、荒俣宏です。(敬称略してます) 最近のマンガやライトノベルでは、『葬送のフリーレン』『薬屋のひとりごと』『Dr.STONE』『転生したらスライムだった件』『けものみち』(アニメでは頭に旗揚!が付いてる)『捨てられ聖女の異世界ごはん旅』など、日常を重視したファンタジー系が好きです。