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駒沢の生活史[53話]

駒沢こもれびプロジェクト




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駒沢で生まれた、いま住んでいる、
暮らしていたことがある約50名の人生を、
約40名が聞いた、生活史の一群です。

駒沢の生活史


第1話 世田谷はまだ土地が安いから、そこらへんを買ったら?
    みたいな話があったみたい

第2話 だから、もっと普通。普通に、普通の生活を(笑)

第3話 マネーゲームのゲームの外側から見ちゃうと、
    人生のあと残った時間を費やすっていうのが

第4話 父親の思い出って本当に少なくて。
    駒沢公園で鳩に餌をあげたとか(笑)

第5話 「それまで生きたのは、人に助けられてたんだ」っていうことを、
    そのとき初めて、ものすごい実感した

第6話 なんだったら焼きおにぎり自分で作って、おやつで食べていいよ、
    みたいな(笑)

第7話 今。うん、よくわかんないけど……。愛情は湧いてきたから

第8話 ふふっ。刃傷沙汰にはならないようにね(笑)

第9話 憧れと一緒に暮らすって違うよね。
    そこをちゃんと見極めてたのは偉いと

第10話 どうなんですかね?
     結構、直感で生きてるとは思ってはいるんです

第11話 まかない食い放題!
     生マグロのね、本マグロは、ほんと美味しいの

第12話 ひとつ前の会社が戻って来いって言うから、
     じゃあ、○円くださいって言って(笑)

第13話 もしそう言わなければ、そう思わなかったら、
     親父はもっと長生きをしてくれたんじゃないか

第14話 「また仲良くなるためには、どうしたらいいんだろう」って
     ことに、私はいちばん、頭を抱えているかもしれない

第15話 そのためにL字ソファーベッド買ったんですよ。生意気ですね

第16話 私がアメリカ行くのは、おじさんと一緒にっていうつもりで。
     それが「あなたが社長ですから、
     これ、サインしてください」って、突然

第17話 だから、だから、だからだと思うんだけど

第18話 幼稚園の終わりにはもう美容師になりたかったんだよね

第19話 家出できる場所ってこの辺全然ないんですよね


第20話 お茶ひとつあげても「ありがとうございます」って言う
     お客さんって、すごいなとずっと思ってた

第21話 朝来た瞬間から、
     自分でやりたいことを自己決定していくっていう

第22話 けっこう今は相談相手って感じ。お姉が、いちばんの

第23話 ここにいたら自分なんか甘えちゃうなって(笑)

第24話 「本命じゃない人」と一緒に付き合ってるみたいで、
     「なんかあんまり」って思ってたけど


第25話 根岸農園でぶどう狩り、ぶどう狩りができるんです。
     あのね、これをずっと行くと緑道に出るんですよ

第26話 仕事してるとき、
     自分の子どものこと思い出したことってないんです(笑)

第27話 駒沢公園はずっと身近にはあったかな

第28話 悩みってほどでもないけど、自分から言う話でもないから

第29話 塾すら近所だからさ、
     全部、この三茶駒沢エリアで完結してたの


第30話 ここには駅がなかったんですよ、昔。
     私が高校一年生のときに、駒沢大学駅ができたんです

第31話 もうなんか、聞いてる以上にすごかったですね。
     「子どもを送ってったあと、お茶」とか。床が大理石の家とか

第32話 仕事だと、すごいなんでも頑張れてるんですけど。
     プライベートとなると急にちょっと雑になっちゃう

第33話 僕、駒沢歴が長くて。渋谷に4年、武蔵野に一年いたんです
     けど、それ以来ずっとこの界隈で

第34話 がーって準備して、半年ちょっと経った十一月に
     駒沢でオープン

第35話 山梨の人は東京に出ると
     中央線沿線に住む人が多いんですけど、
     高校生当時の僕には「世田谷区」の響きが良くて

第36話 海外にいると言葉も文化も習慣もわかんないから、
     頼れるのは家族みたいなのはあったのかも

第37話 「おいしいクリームソーダを出すだけの人です」って言われた

第38話 さあ東京行くぞって出てきたやつは、
     大学入った時点からもう野心がバリバリなわけですよ

第39話 「宿命なんだ」と思って。ちょっと移ってみようかなって

第40話 早稲田落ちた次の日に下北沢に行って、カフェに(笑)。
     落ちたけど、コーヒーは飲みます

第41話 ご近所をちょっと歩いて、おう元気か!とかいって
     声かけられて、そういうのなんか憧れるよね

第42話 喘息でお昼にマックはちょっとつらいですみたいな。あははは

第43話 …どっからか来てるのかな。
     常に負けられない戦いが始まっちゃってるんですよね

第44話 たぶんすごい逆算思考なんですよ。
     後ろから人生を逆算してるから

第45話 またね、切り替わる時が来るかもしれないから、
     いまある仕事を、最大限にやるしかないと思って(笑)

第46話 いまでも「ここではこんなことがあったなぁ」とか
     そういうのを思い出しながら、ゆっくり散歩してるんです

第47話 すげえな、自分はそうなれんのかな、みたいな。
     あんまり繋がんないっていうのがあったんですけど

第48話 「私、ここにいなきゃいけないような気がする」って
     おっしゃって。「どうしよう」って(笑)

第49話 で、ご飯が美味しくて2キロぐらい太って帰ってきました(笑)

第50話 そこから出たい人ももちろんいると思うし、ここにずっといる
     ことが尊いともあんまり思ってないんですけど

第51話 東京がすごく息苦しい街だなって、来た瞬間から思ったのね

第52話 私はしたいことをしよう。自分には嘘つかないで生きていよう。
     本当に素直で正直に生きていけたらいいなって思って
     過ごしています

第53話 私、人よりすごい睡眠時間が長いんです(笑)


















私、人よりすごい睡眠時間が長いんです(笑)

話し手 30代女性
聞き手  西村佳哲


 フリーランスになって丸4年経ったけど、会社員の頃はやっぱ週5で働くじゃないですか。朝から夜まで、8時間くらい。で、私、人よりすごい睡眠時間が長いんです(笑)。

 ──笑っちゃうぐらい。

 帰ってご飯食べて、食べ終わった瞬間にもう起きてられなくなって、朝まで寝ちゃう。仕事以外はもうほぼ寝てる、みたいな。だからプライベートを充実させている実感がなくて。

 で、フリーランスになって、仕事はまあ週3か4で、1日5時間くらいやって。あとは趣味に使ったり、人に会ったりという感じで、いまは本当に……楽しい! って、日々過ごせるようになったな。

 ──激変ですね。

 激変した気がしますね。ぜんぜん違います……そもそも働いてる時間がめちゃくちゃ減ったし、そのぶん……遊んでます(笑)。

 ──いまは自分でハンドルを握っている。

 はい。働くときは働く、遊ぶときは遊ぶで、メリハリつけて。でも、ちょっと気を抜くと仕事を入れすぎて。「やばい。余裕がなくなってる」と思うとちょっと仕事を抑えて。

 仕事の量のバランスが少しずつわかってきた。「そんな無理して働かなくてもいいよね」と自分に甘く。「きついな」と思ったら趣味に逃げて(笑)。で、また「そろそろ働かなきゃ」と思って、頑張って働いて。


 ──自分で調整してる。

 してます。

 ──でも仕事が来ると、入れすぎちゃう感じがある。

 そうなんですよね。断るのがどうしても苦手で。

取材の3日前くらいから緊張して……ダメなんですけど

 そんなにやりたい仕事じゃなくてもとりあえず受けちゃう。
 自分が「やりたい」テーマにフォーカスした方がいいよねと……思うけど……依頼が来ると受けちゃう。興味がなくても「なにか得られるものがあるだろう」と……いまはまだ、自分に合うもの・合わないものを探すフェーズなのかなという想いもあり。
 やった後「受けなきゃよかった」と思うときもあって。でもこれをくり返して見つかっていくんだろうな。

 いろいろ手探りですね。まだ4年。


 ──4年前にフリーランスに切り替えたのは、バランスを取りたくて?


 それが大きくて。あとちょうどコロナで、会社が週休3日制になって。平日も時短になったり、お給料も減って。
 そのぶん自由な時間が増えたときに、「なんかやってみよう」「自分で出来ること探したいな」って、最初副業でライターを始めて。たぶん、もともと書くのがそんなに嫌いじゃなかった。「いいな」と思って。数ヶ月やったあと、会社を辞めて独立した。


 ──これでやってみようと。

 思いました。(勤めていた頃は)大学とかIT企業とか数社で事務系の仕事をしていて。文章には関係なかったけど、喋るより文章で伝える方が、自分の気持ちを伝えられるなと日々思っていて。書くのが嫌いじゃなかった。ただそれだけの理由で(笑)。

 話すのが苦手。自分の考えとか、言われたことに意見がすぐ出てこなくって。テンポよく対応できないコンプレックスが、ちょっとあって。
 その点文章だと、きれいに頭の中を整理して「違うな」と思ったら消せるし、伝えられる。

 ──で、つづいているってことは、手応えを感じている。

 そう……「やっぱ向いてないよ」と毎日のように思って(笑)。でも辞めないってことは。人に話を聞くのが苦手ではあるんですけど。でもやっぱ、得られるものが大きい。というか楽しい。
 自分が知らなかった世界を教えてもらえるのが。取材の3日前くらいから緊張して……ダメなんですけど。「もう今回でもうやめよ」と思うくらい緊張して。毎回毎回緊張して。4年経っても。

 でも終わった後に「楽しかった」と思う。話を聞かせてもらって。だからつづいてます。意外と。

 ──大きなものが返って来るんだ。

 そうなんですよね、たぶん。
 話を聞き終わった後、インタビューをした人から、「聞いてもらってこう思った」「本当にありがとうございます」みたいなメールをもらったり。公開後にSNSとかもチェックして。ぜんぜん知らない人の感想とか見ると、やめられない(笑)。

 ──味をしめてる感じか(笑)。


 そうですね(笑)。

なんにも動いてなかったし、どちらかというと自分の世界に閉じこもっていた

 ──そういう仕事ができてるの、すごいねえ。

 毎回じゃないですけど、そうですね。嬉しいことですね。


 ──でも、それで生活がいっぱいになっちゃうのはどうか…、という感じなのか。

 (仕事を)入れすぎると本当に余裕がなくなっちゃうから、ある程度の件数に抑えないと、というのはあって。
 家族に優しくできなくなったりするのは、わかってきましたね。ここ1〜2年くらいで。仕事は楽しいけど、それでプライベートを楽しめなくなったら本末転倒だなという想いが強い。


 ──さっきのお話で「ご飯食べて寝る」という、つまり趣味や好きなことに投じる時間のあまりない勤め人時代を想像しました。でも「バランスを取ろう」と、時間ができて。出来た時間になにして遊ぶ? という、その部分はどう開発されていったのかな。

 好きなことは意外とあって。会社員時代は、好きなことはあるけど、それをやる体力と気力がない状態だった。
 ものづくりが好きなので教室に通うとか。「こういうのも面白いよ」と聞いて、そっちも試してみるとか。「取材で聞いた面白そうな資格があるから取りに行ってみよう」とか。人に会う回数が増えた分、自分のチャレンジもどんどん増えている感じです。いい感じに変わってきてる。


 ──緊張しながらも、ワクワクしている。「わあっ」という気持ちがある。

 はい。

 ──そういうご自分は結構長いんですか? 会社辞める前の時代、あるいは小さな頃から割とそういう感じなのかな?

 いや、こうなる前まではなんにも動いてなかったし、どちらかというと自分の世界に閉じこもっていた。
 なにもチャレンジもしない。ただ与えられることをこなすような……かなり陰。陰と陽の、陰な生活を送ってました。ずっと。

 ──ずっと。

 はい。というのも、家庭環境があまり良くなくて。母に、アルコール依存と精神疾患があって。
 私が大人になってから、その精神的・経済的な依存がけっこう大きかった。その母を支えなきゃいけない、みたいなのが強くて。なおかつ昔からあまり裕福な家庭じゃなかったので、奨学金をマックス借りて大学は出たけど、その返済と母への仕送りとかで生活もカツカツで。

 だから趣味とか、自分の好きなことにお金を使おう、という気にもならなかったし余裕もなかった。実際。空いた時間は家でテレビ見るか、寝て過ごしていた。

話せることがなかったんですよね。家でずっと寝ているだけだから

 でも28歳くらいのとき、母と絶縁したんです。「そろそろ自分の人生を歩きたい」と思って。「このまま歳をとっていくのが怖い」と思った。

 で、絶縁して。まだ会社員だったけど、そっからいろいろ。「自分のお金も時間も、自分のために使ってみよう」「自分の好きなことをなにか考えてみよう」みたいな感じで。

 ──自分の人生。

 はい。ありきたりな言葉ですけど、自分の人生を歩き始めたという経緯があります。

 ──それまで目一杯だったんだな。でも、このままじゃ怖いなと。


 思いました。60歳になったときを想像して。

 20代の頃とか、友人たちと集まっても、私だけ浮いているように感じて。
 みんなが仕事とか趣味とか旅行とかに精を出している、人生を楽しんでいる姿を見て、「自分はなんて空っぽなんだ」というか、話せることがなかったんですよね。家でずっと寝ているだけだから。
 だから……そういうのもあって、人と会うのも嫌になっていたし。

 そうなんですよね。先のこと考えたら「自分は空っぽのままになっちゃう…」と思って……怖くなった、のかな。

 ──「空っぽのまま」という言葉は、傍で聞いていても怖い感じがします。

 だから「自分が動かなきゃな」…と思ったんですよね。まずは絶縁して。そのときは悩んだし、罪悪感もあったけど、いま後悔はしてなくて。

 やっぱり私の自立は、社会人になったときでも、一人暮らしを始めたときでもなくて、母と縁を切ったときに始まったと思っている。昔に比べたら人生でいまがいちばん楽しいと思えるから、あの決断はしてよかったなとは思います。

 ──いまの楽しさというか、バランスの取れた状態の喜ばしい感じが、ちょっとただ事じゃないというか。本当にそうなんだなって。


 うんうんうん。

 ──しかもまだ始まって数年。真っ最中だね。


 そうですね。ほんとに真っ最中で。いまがいちばん楽しいし、楽しまなきゃって……思ってます(笑)。「動きたい」という想いでいっぱいです。

 ──さっき、いろんなことに好奇心があるけど、ちょっと緊張してじっとしているというか。その場所から動かずに世界を見てる、みたいな印象を言ったけど、その印象もまた変わってきました。

 ほんとですか。


見てこれなかったものをいま必死に集めている。経験しに行っている

 ──しかもその中で「バランスをとろう」と、自分を大事にされている。自分をすごく助けていて、すごいな。その中で、書いていくことが頼もしい力になっている。


 そうですね。……書くこと。人に会うことが……仕事というよりライフワークのように……うん。自分を支えてると言ったら大げさかもしれないけど、自分の人生のため。
 お金を稼ぐためというより、見てこれなかったものをいま必死に集めている。経験しに行っているイメージです。


 ──仕事がいろんなところへ運んでくれているんだ。


 あっ、ほんとにそうだと思います。

 ──単に書くというより、「インタビューして書く」のがいまとても使えているんだ。



 そうなんですよ。本当にその通りで。そうなんです……「書く」と「人に会う」。「人に話を聞く」のをセットでやりたいと思っていて、ずっと……やってます。苦手だけど(笑)。


 ──(笑)得意分野ではない。

 ないんです(笑)。


 ──3日前から緊張する(笑)。


 そうなんです。お金もらっていることだから、しっかりやらなきゃいけないけど。やっぱ「このインタビューばっちりだったぜ」と、「120パーできた」「得意」とか、そういう感覚はずっと持てなくて。「こんな取材じゃ…」って。

 やっぱ書くには取材がしっかりしていないとダメだから、「取材もっとできるようになんないと」「こんなんじゃ」と思うんですけど、毎回「向いてないでしょ」って(笑)。


 ──その言葉2回目(笑)。


 (笑)思うんですけど、そういうネガティブな自分に対して「いや回数重ねたら出来るようになっていくよ」という自分もいて。
 せめぎ合っているけど、ずっとやめられずにいますね。

──自分の中で話し合いがある。

 あるんです(笑)。

 ──いずれにしても、精神は活発な状態。


 そうですね。ずっと……常に自分が心地よくいられる状態を探してるし、昔の脳死した自分とは。…もう、考える事をやめていたというか。そういう自分とは違うなって、その違いがはっきりある。ありますね。

 ──新品なんだ。


 新品ですね(笑)。ほんとに「自分はもう生まれ直した」と思って。「自分はまだ4歳だ」と思ってやってます。


 ──そういうふうに見えます。

 あ、見えますか(笑)。

 ──4歳はあれだけど、しがらんでいないというか。自分と。


 いままで散々しがらんできたんで。なんかもう「そんな時間はもったいないぞ」という状態で。

ここってファミレスかなんかでした?

 過酷だったんですよ。28歳で絶縁するまで「もう生きていけないな」と思ったことが、「もうダメだ」と思ったことは何回もあったけど。「なんとかなるんだ」「そう人は簡単に死なないんだ」ということがわかって。
 どんなことがあってもなんとかなるんだ、という経験をしたんですよね。だからいまもそこだけは役立っていて、どんなに「やばい」と思っても「いや、でもどうにかなるから」と思える。メンタルの強さだけはあるのかもしれない。


 だからあまり深刻には悩まない、という基礎が身についているのは強みかもしれない。


 ──さっき脳死状態とおっしゃったけど、そういうときも、自分との会話はあったんだ。


 きっと。

 ──でもいま、その頃以上に、自分と話し合いながら生きている。


 ……「この人はこう言ってたけど、じゃあ自分だったらどうする?」と考えるとか。人に会うところから、相乗効果で自分についてもいろいろ考えるようになったな。

 人に会わないときって、やっぱり広がらなかったんですよね、自分の中で。しかも悪い方向にしかいかないし。
 話が自分に合う・合わないはあると思うけど、人に会う分だけ広がっていく、というのはいますごく思う。広げてかなきゃなって。


 ──いいですね。

 ふふふ(笑)。

 ──(笑)笑っちゃう感じがある。絶縁の切り替えは、住む場所を変えたということ。

 はい、ずっと東京にいたけど住む場所も変えて。そんな遠くはないけど埼玉の方へいって。当然、住所もなにもバレないように。心機一転……結婚したというのもあるし。夫も、夫の家族もいい人たちで。ほんと心機一転。第2の。早いけど、第2の人生をいま歩いている感じがする。

 その辛い時期を、ここ(駒沢)に住んでたんですよ、ずっと。


 ──じゃあ(親御さんが)いらっしゃる。

 いまは別のところにいるんですけど。ここに住んでいて。夜逃げも2回くらいしてる(笑)、なんか想い出深い場所で……そうなんです。駒沢の街はすごい好きだったし、まあ……家族関係以外は、友だちと楽しく過ごした想い出とかもちゃんとあるから、悪い想い出ばかりではないけど。悪い想い出もある(笑)。

 ここってファミレスかなんかでした?


──いや知らない。ユニクロの上。


 そうですよね。ジョナサンかなんかだった気がして。違うかな。親に締め出されて、中学生か高校生のときこのファミレスで一晩過ごしたことがあるなと思った。「ここかも」という想い出の場所です(笑)。

 でも、いま想い出してもぜんぜん辛くならなくて。「やばかったなあ」ぐらい。「よく頑張ったなあ」という感じ。もうほとんど笑い話で、という。


 ──別の世界にいるんだ。


 そうなんだと思います。よかったと思う。

 街ですれ違う一人ひとりに、必ず何十年分かの人生体験があり、その人が味わった時代と社会がある。けどその多くを私たちは知らないし、知る機会もないまま、大半は本人とともにこの世を離れてゆきます。
 「生活史」は誰かが整理した歴史と違う、きわめて個人的な人生のふりかえりで、前に聞く人がいることで姿をあらわします。
 
 「駒沢の生活史」というプロジェクトの土台には『東京の生活史』(岸政彦 編|筑摩書房)という本があります。その製作過程から多くを踏襲しました。岸さん等の了承もいただいて、本格的にスタートしたのは2024年の初夏です。

 まずウェブで参加メンバー(聞き手)を募集。70名近い応募を40名に絞ってキックオフ。「生活史の聞き方」「生活史の書き方」といった講座で方法論を共有しながら、各自が自分で見つけた話し手に交渉。以前から話を聞いてみたかった。あるいは駒沢のバーでたまたま出会った。話し手との関係や出会い方はさまざまで、この時点で既に面白さがありました。

 メンバーには「駒沢の話を無理に聞き出さなくていい」と伝えた。自然に出てくる方がいいし、むしろその人の人生に関心をむけてみてくださいと伝えました。
 結果的に、話し手が体験した「駒沢」が垣間見えたり、まったく見えなかったりします。「駒沢に」いる感覚の人もいれば、世田谷あるいは「東京に」いる感覚の方が強い人。あるいは場所でなく「こんな仕事をしている」など活動の方に軸足がある人。それぞれの居所があるなと思います。

 話し手が決まったら、場所を選んで、2〜3時間お話をうかがいます。その音源を文字に起こすと3〜4万字になり、これを1万字に削ってゆく作業には時間を要します。メンバーにとっても、聞き方以上にこの「文章の削り方」が難しそうでした。
 話し手に「ここは省いて」と相談された箇所と、削れる感じがするところを、要約も順番の入れ替えもせずコツコツ整えてゆきます。
 音源を何度も聴き返して、語りが熱を帯びていたところはどこだったか再確認する人もいました。聞き手にとってこの時間は、あらためて話し手とすごすひとときで、相手の人柄や、言葉の質感、当日の空気に浸り直す体験だったと思います。この作業は愛おしかったと、何人かが聞かせてくれました。

 届いた草稿にスタッフが応答し、最終原稿になってゆく過程に伴走します。『東京の生活史』では筑摩書房の柴山浩紀さんが担ったこの役割を、「駒沢の生活史」では熊谷麻那さんがつとめました。「駒沢」は50本で、「東京」は150本です。熊谷さんとは、岸さんの力もさることながら、柴山さんの凄さについて幾度も語り合いました。
 もし他の地域で「◯◯の生活史」の実施を検討することがあったら、この部分を担当する人の情熱と技量が肝になると思います。
 最初の生活史は、秋の早い頃に完成しました。他の大半は、全員が目標にした年末前後に相次いで完成。ただ話し手本人の確認は急かすべきではないので、この過程に時間を要することもあり、最後の原稿が届いたのは3月末だったと記しておきます。

 併行してウェブでの表現方法を検討し、週に一本づつ、一年かけて公開してゆく形を決めました。
 本と違い、ウェブコンテンツは所有の対象になりません。1万字の原稿50本を一気に公開しても読めないでしょうし、読むきっかけをつくるのが難しい。なので、その断片を毎日一言づつ抜き出してサイトに載せ、入口を更新しながら、次第に全体が浮かび上がってくる形にしました。
 挿し絵は、参加メンバーでありイラストレーターの佐倉みゆきさんに描いてもらっています。

 ここまではウェブの話です。それと別に「本にもしたい」という気持ちを、多くのメンバーや関係者が抱いていました。でも商業出版は難しいし、ページ数が多いため自費出版の費用も大きくなります。
 オンデマンドで1話づつ印刷出来る。しかも廉価でデザインも美しいサービスの存在に気づき、各話ごと一冊づつ製作する方針にしました。フォーマットはタイトルまわりの絵も書いてくれたデザイナーの加藤千歳さん。データ作成には、参加メンバーの伊賀原純子さんとイトウヒロコさんが手をあげてくれました。

 私はプロジェクトのまとめ役を担いながら、二年以上にわたる道行きを、メンバーや関係者と歩んでいます。
 そもそものきっかけは、駒沢大学駅前の自社所有地について再開発を決断した、イマックスという駒沢の会社です。2025年秋にオープンする商業施設に先行して「駒沢こもれびプロジェクト」という取り組みを始め、駒沢に絞った地域メディアを「今日のこまざわ」というウェブサイトを核に立ち上げ、日々運用を重ねています。編集長は望月早苗さん。「駒沢の生活史」はその一角を成すプロジェクトです。

 ウェブサイトでは、2026年の初夏までにすべての生活史が公開されます。この1話ごとのプリント版とデータは、2025年秋と2026年初春の二回にわけてリリースします。
 他の話も読んでみたい方はウェブか、あるいはQRコードから一覧ページを開いてご注文なさってください。

 私やスタッフにとって、おそらく参加メンバーにとっても、やりながら「こんなプロジェクトだったんだ」と次第にわかってくる全貌の大きな活動でした。
 駒沢で暮らす方も、ほかの街で暮らしている方も、どうぞお楽しみください。

西村佳哲(2025年7月31日)

駒沢の生活史[53話]

2026年5月1日 発行 初版

発行:駒沢こもれびプロジェクト

「今日の駒沢」
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