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この本はタチヨミ版です。
初めてお手に取っていただいた皆さん、初めまして。初めてじゃないよという皆さん、お久しぶりです、ありがとうございます。『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』編集長かわせです。第十三号をお届けします。
十三……不吉な数字。ということではないはずなのですが、気がつくとスケジュールぎりぎりになっていました。僕の予定表にはすごい余裕のあるスケジュールが書かれていたのに、なぜだ。
スケジュールはピンチでしたが、しかし内容的には非常に充実しております。それではご紹介いたしましょう。
まずは巻頭、神楽坂らせん『ちょっと上まで…』。物語の発端、スマート・ボム・インシデントの全貌が明らかに。そしてですね、なんと一挙二話掲載です! あいだ空けまして、最後に最終回も載っております! 実は『ちょっと上まで…』は、ガンズ創刊号でも、巻頭とトリの一挙二話掲載だったのです。ガンズを支えてきた作品の大団円、お楽しみくださいませ。
お次はにぽっくめいきんぐ『タイムスリップせどらーはたなか』。ここ何号かはリアルでの活動が忙しく、エッセイで参加していたにぽさん。そちらが一息ついたそうで、待望の小説でのカムバックです! アイディアのユニークさでは他の追随を許さない。切れ味は錆びついておりません。タイムスリップをそう取った人、初めて見たよ。どうなるんだろうなー、これ。
お次は拙作かわせひろし『クローン04 』です。戦闘用クローンとして作られたリンスゥ。組織を逃げ出し流れ着いた先は、下町の食堂。住み込み店員として働き始め、新たな暮らしを得たけれど、戦闘用として作られた体は新しい仕事に さっぱり順応しません。そんな中見つける、小さな幸せ。さあ、リンスゥはどうなっていくのでしょう。
そして波野發作『異世界転戦ダルダイン』。すべての武器が花となり、悪口さえも口から出ると 花吹雪という、突飛な異世界。まさにお花畑がそこら中に広がっていた不思議なお話だったのですが、ここへ来て急展開。めっちゃ殺伐としてまいりました。主人公も大ピンチですし、ハラハラしますね。
そして山田佳江『アンフォールドザワールド・アンビバレンス』。こちらも佳境へと進む展開。ハニカムユニバースを繋ぐ抜け道を見つけ、また会うことができるように。夢の使い方がうまいですねえ。起きるときずなは覚えていないんですよ。読んでるこちらは忘れないので、非常にもどかしい。掌で転がされながら読む喜び。極上の展開です。
という盛り上がり続ける5作品を取り揃えました。どうぞご堪能ください。
【ちょっと上まで……】第15話
# Enter the Lagrange Point
【ショーゴ視点】
時間は数日遡る。
リリクの親父さんは、夢に生きる男なんだろう。
なんていうとかっこよく聞こえるかもしれないけれど、実際のところ、このおっさんはとんだエゴイストだ。
ショーゴはそう痛感していた。
リリクの乗ったシャトルが〈バイトアルト〉への帰還軌道を逸れ、地上へ緊急再突入を余儀なくされた時……。
実はちょうど足りるぐらいの減速用推進剤が積まれていて、さらに、ちょうど再突入ポイントの帰還ウィンドウが目の前に……、なんて「偶然」があったのだ。
「こんなこともあろうかと……ってな」と、「どうして?」と聞いた僕に、予期していたような親父さんの言葉。
アクシデントへの備えとしてはあまりにも出来すぎているんじゃないのか?
かろうじて機能が残された〈バイトアルト〉の設備履歴を確認したショーゴは、親父さんが事前に着々と準備を進めていたことを知る。
リリクはいつだって先頭に立って走りたいはずなのに。
ほんとに自分の事しか考えていないオヤジだ。
彼女がいない分、僕はかじりついてでも同行してやるんだ。
そう、どんなに危険だって。
◇
射出の瞬間、見えない巨人の手が全身を押さえつける。
電磁カタパルトが間に合わせの宇宙機 ──〈ウェンレニウシ〉と名付けられた── を一気に加速させる。初速でいきなり秒速数百メートルへ。成層圏上層のほぼ真空と言えるごくごく希薄な大気を切り裂いて──射出。
カタパルトの衝撃のあと、突然すべてが軽くなった。
無重量。
胃が遅れてついてくる。ショーゴは思わず手すりを掴む。指先に伝わる金属の冷たさだけが、自分がまだここにいることを教えてくれる。
「影響あたえる大気なんてここらにありゃしねえよ」
親父さんの言葉を裏付けるように、〈ウェンレニウシ〉は大気の摩擦など考慮していない。無骨で単純、そして原始的な──少々長めの丸太を三本、ひもでまとめたような形。キウンカムイのブースターを強引に束ねただけのものだ。
推力軸線がぶれてさえいなければ問題ない。と親父さんは言う。
キャビン内部は剥き出しの配管と押し込んだだけのシート。頭上には手書きのラベルが貼られたバルブやスイッチが無造作に並ぶ。足元には酸素ボンベと工具箱。壁面には軌道計算用のチャートと、地球近方でしか使えないコンパスが、テープで固定されている。
雑な作りだった。
だが、それでも何とかなる、してきた実績があるんだろう。親父さんは自信たっぷりだ。
ショーゴは小さな覗き窓に額を近づける。遠ざかるバイトアルトの輪郭を目で追った。
〈ウェンレニウシ〉は噴射口を先頭にして進んでいる。進行方向に対して後方となっている与圧部からは、母船がよく見えた。巨大な白鳥とも、翼をもつ白鯨とも形容された優美で生物的なシルエット。
(リリクはエイみたいだって言ってたっけ。そっちのほうがしっくりくるな)
ゆっくりと、しかし確実に、母船は視界から小さな白い点へと変わっていった。
◇
いま、キャビン内は静かだ。
エンジン音もない。あるのはわずかな生命維持装置の駆動音と、時折パイプを流れる液体の音だけ。真空の中を慣性のまま突き進む〈ウェンレニウシ〉は、その速度に反して、まるで深海を漂う潜水艇のようだった。
手元の軌道チャートに目を落とす。数字と矢印の群れが、現在位置と向かう先をクールに示している。
だがショーゴの意識は、冷たい空間上のベクトルより心理の事象に向いていた。
つまりはそう、リリクのこと……。
あの笑い声や怒りの矛先、手の熱さ。いつでも思い出せる。鮮明に。
(……そうだ。リリクのために、僕はここにいるんだ)
その心の目標に至るためには現実の軌道を正確に計算し、実際の場所、目的地へたどり着かなきゃいけない。
ベクトルチャートとコンパスを壁面ダッシュボックスに納めて、ショーゴはこれからの行程を脳裏に思い浮かべる。
バイトアルトの後方斜め上方側に射出され、地球の中心をめぐる楕円軌道。ほんの少しだけゆがんだ軌道はいったんふくらみ、速度から得られる接線分力がぎりぎり地球重力と拮抗する点で、地球の縁を沿うように進路をそらす。そこでブースターに点火。落下する加速度を加算して脱出速度を得る。
「急げは遅く。高いは遠い……か」
ショーゴはつぶやいた。
加速するタイミングと向き、噴射時間を再確認していると、親父さんが当然わかっているというふうに言った。
「うわてがえしの重力パチンコ軌道ってやつだ」
何でも聞きたがるなぜなに小僧(僕のことだ)よ、覚えておけ、と。
重力パチンコ? スリングショット効果のことだろうか。
熟達した水先案内人は、見えない海底の地形を知り、潮の流れを読んで舵を切り、自在に思う方向へ舳先を向けるという。この親父は、亜軌道という地球大気圏と宇宙の狭間の空域を知り尽くしているのだろう。
膨らんだ軌道を取り戻すようにバイトアルトの後方へ滑り落ち、地球の質量から得られる重力加速度 ── 地球が太陽をめぐる公転速度と、その巨大な質量のエネルギー ── を、ほんの少しいただく。軌道を一周する時には脱出軌道に乗る軌道遷移。
この〈ウェンレニウシ〉が ── 重力パチンコとして ── 打ち出される代わりに、地球が失うエネルギーは誤差のようなものだろう。たぶん、公転速度が年間1ミリメートルぐらい遅くなる程度だ。
(大丈夫……だよ、ね?)
本来はしっかり計算して軌道を考えないといけないのだけれど、リリクも親父さんも経験と勘でやってしまうんだから困る。
(ホントかよ、って思うけど、ホントなんだよなあ。
まあ、僕にはそんな真似はできっこない。少しでも早く計算できるように、近似値をまとめておこう)
改めてチャート表に現在のベクトル値を記入する。このまま地球をぐるりと回って目指す先、ラグランジュ点への軌道曲線を思い描くのだ。
(もしかして親父さんやリリクは、僕が描く二次元の曲線と加速度の重みづけを、三次元で理解しているのかな……)
そんなことを想像しながら。
◇ ◇ ◇
【仁義のプロトコル】
L1までの行程の途中、そろそろ減速かという頃合い、親父さんに声を掛けようとしたショーゴの耳は、突然、キャビン内に響く声を捕らえた。
「どちらさんも、お控えなすって」
「ひゃっ!?」
おどろきで飛び上がった。慣性航行中で無重量状態のため、頭を壁にぶつけそうになる。慌てて手をあげて頭をガードする。
足の先、キャビンの床には細身で銀色の甲冑めいた姿をした謎の人物がしゃがみ込み。深くこちらに頭をさげている。
もちろんこんなやつはいっしょに乗ってきていない。いったいいつの間に……。
ショーゴが戸惑っているところで、先に反応したのはオヤジだった。
「……。そちらさんからお控えなすって」
「いえ、どうか親分さんから」
(なんなんだこのやりとり!?)
「ご丁寧にいたみいりやす。それでは仁義になりません。改めて、どうぞ、そちらさんからお控えなすって」
親分さんと呼ばれたのに気をよくしたのか、親父さんは「どうぞ」に力を込め、そちらからどうぞと返す。
「畏れ入ります。逆意とは存じますがお先に控えさせていただきやす。失礼ながら手前、当世の仁義の流儀にはとんと不案内の不心得者にて、やむなく旧弊の流儀にて、また、故あってのこととはいえ映像での仁義ご挨拶にて御免こうむります。粗忽もありましょうがお許し下さい」
映像? なるほど、よく見てみれば窓穴から光のオビが見える。船外にプロジェクターでもあるのだろうか。直射日光よけのフィルターのせいで少々色が飛んでいる、
でもこの声はどうなっているんだろう? どんな仕組みで空気を振動させているのか。船殻を震わせて内部の空気につたえているのだろうか。
「お楽に、皆々様、どうかお楽に」
銀色の男はしゃがんだままあらためて体を斜めに構え、頭を少し下げ、右手を前に出す独特のポーズをした。
「改めまして御免被ります。手前、生国も齢もしれず、意識心情もない無能者との名札付きにて地上に稼働しておりましたところ、電脳開放組との縁を持ちまして、大親分はシリコンのサミアッドよりいただきました本名はシュン。組アニキ衆よりご指導いただきました得意の技はシュン間移動にござんす。
名は態をあらはすといにしえの賢人も申しております通りに余人なき技を稼業とさせていただきまして、総名をテレポーターのシュンと発しやす。
本日この度も手前ども発しますところのGスター、皆々さま発しますところのRFS‐L1より、遠方よりご到着のお喜びと併せて火急のお知らせを届けるべく、勇み飛んでまいった次第。
突然のご挨拶、並びに数々のご無礼、汗顔必至、お天道様にも顔向けできぬ半端者のすることとお笑いくだされば無上の幸い。これにてひとつ親分さんにはお見知りおかれまして、なにとぞよろしくお頼み申し上げます」
「……。見事な口上、ご丁寧に痛み入りやす。お楽に、どうぞお楽に。こちらからも仁義返させてもらいたいところですが……すまんな……、口が回るほうでなくってよ。話の途中でつっかえちまって赤っ恥かいちまわあ。親分って柄でもねえしな。俺の事はただの親父でいいよ。名はタケオだ。こっちのひょろメガネはショーゴ」
うーん、親父さんうまくまとめちゃったな。
僕はといえば初手で飛び上がった以降(キャビン天井側に張り付いたまま)なにもできていない。
交渉役は僕だったはず。なのに、人生経験の差がでてしまったか。くやしい。
なるほど、お控えなすってってのは見知らぬもの同士でのこうした挨拶のプロトコルだったんだ。ぜんぜん知らなかった。こういう名乗りができるように自分の口上も考えておいた方がいいのかな……。
「そうか、いったいどこからと思ったけれど、テレポートしてきたんだ……。で、火急の知らせっていうのは?」と聞いてみると、
「それでございます」ポンとひざを打つ立体映像のシュン氏。さすが若旦那とか言い出しそう。
「実を申しますと、皆様の後方より攻撃ミサイルが接近中でありまして」
「あー、やっぱりな。もう撃たれたか」とオヤジさん。
「おや、ご存知でしたか?」
「出発前にな、地上でごそごそ準備をしているのを上から見てはいたんだ。まだまだ時間がかかるとタカをくくっていたんだが。あいつら、急いで打ち上げてきやがったな」
シュンさん曰く、ここで減速を始めると、ちょうどL1へ到達するタイミングでミサイルが追い付いてきてしまうのだそう。
「減速しないでこのまま慣性で飛んでいただければ、あちらさんのミサイルが到達するより早くL1のヒル球に到達できますんで、ぜひこのままずずいっと進んできていただければよろしいかと存じます。しからば、先着の資格があるってぇ寸法で──」
「しかしな、減速しなければ通過しちまわねえか」とオヤジ。
「いちおう、L1までは地球の重力の影響で緩やかに減速しつづけてはいるけど……」
地球と月の重力均衡点であるL1までは地球重力に従いゆっくりと減速していく。均衡点で完全停止が理想だが、多少の誤差は出る。通常行き足の余り分となる余分な運動エネルギーは、次の重力勾配の行く先である月へ落ちていく初速になる。
今回、この誤差分のエネルギーは、進行方向に対し反転加速、つまり減速することで打ち消す予定だった。
「通過していただいて大丈夫っすよ。Gスターの皆はほとんどが物質的な存在じゃありやせん。それに、通過時にほら、アッシの能力で飛び移ってもいいですし……」
「シュンさんと言ったな、その能力は、別の者にも使えるのか?」
「ええ、この船ごととかミサイルごと転移させるってのは大きさ的にちょっと無理なんすけど、人ひとりや二人ぐらいならいけますよー」
「本当に瞬間的に移動するの? 距離は?」
「皆さんの認識できる一瞬以下と言っておきやしょう。距離はそうですね、ざっと千キロメートルぐらいは一跳躍でいけますな」
「ふむ……」「その追ってきているミサイルと彼我の距離は千キロ以下まで迫っているのか?」とオヤジ。
「そうですね、ちょうど千キロを切ったぐらいですね。って、ちょっとまってください? まさか?」
「そうだな、ショーゴ、このまま反転して減速準備をして待機しててくれ。俺は船外活動としゃれこむとしよう。シュンさんや、すまんがそのミサイルまで俺を転移させてくれ」
「んー。了解。推進軸180度反転して待ってればいいね?」
「ええええ。ちょ、ちょっと、どういうことですか。何もしなくても先着順はかわりませんよ?」
「まあ、せっかく到着しても観光もできずに通過しちまうだけってのもつまんねえしな。自分らの国が爆弾投げつけてくんのを見過ごすってのも気分わりいんでな」
「なんすかそれ……。気分が悪いって……アッシには理解不能な感情ですわ……」
◇ ◇
【ミサイル至近にて:タケオ視点】
暗転。いや、光転か。
圧力すら感じられる強烈な太陽光が右サイドから叩きつけられ、視界の半分がホワイトアウト、左半分は暗黒の世界。転移前から無重量状態であったものの、突然無限に広がる宇宙空間に放りだされて感じる落下感。空間失調症──バーティゴに似た見当識失調。
深呼吸。ヘルメット内に反響する自分の息遣いだけが、生きている実感を与えてくれる。
突如、目の前を眩い白光が覆う。ミサイルだ。
反射的に手を伸ばし、慌てて止める。実際は手が届く範囲ではないが、この速度差で接触したらただではすまない。秒速数キロメートルで飛んでいるハズ──人間の反射神経では対応できない速度だ。
「動かないでください。相対速度合わせますんで」
宇宙服のラジオに入感。シュン氏の声だ。
二度、世界が点滅する。そのたびにミサイルに近づき、速度差が縮まっていく。三度目の転移で、ようやくミサイルと並走する状態になった。
「なるほど、運動量はキャンセルされないのか」
「絶対座標なんてこの宇宙にありませんでね。都度調整ですよ」
(そりゃそうか。L1付近で脱出速度から減速が完了するとしても地表から見たらマッハ1に近いはず。そんな速度で飛んでる二機の速度が合ってるわけねえな)
シュン氏の声に少し緊張が混じる。
「人間を運んだのも初めてなら、行き当たりばったりで跳んだのも初めてです。急に無茶させないでくださいよ」
「いやいや、瞬間移動なんて人間業じゃねえしな、立派なもんだ。頼りにしてるぜ」
目の前のミサイル──かつての大陸間弾道弾の不気味な姿。タイプB85。
スマート・ボム・インシデントを生き延びた旧世代の兵器である。皮肉なことに、高度な電子機器を持たない古いシステムだからこそ、あの災厄を乗り越えられたのだろう。
(よく残ってたなこんなもん。こんな重いもの打ち上げるなら、人間一人ぐらいあげられそうなもんだが……)
まったく愚かな連中だ。
ま、愚かなのは、俺も同じか。とタケオは思い直す。
(リリクを置いて行って……。小僧のショーゴまで巻き込んで……)
ふと、娘の顔が浮かび上がる。怒った顔、泣いた顔、笑った顔。そして、セイコの顔。
(すまねえな、二人とも。でも、やるしかねえんだ)
弾頭は露出している。最終調整用のバーニアノズルも突き出ている。ヒドラジン、残ってんのか? うまく横向けて走らせられれば、L1から逸らせる。
カウル剥離起爆ボルト──あった。射出用のストラップも残されている。
大陸間弾道弾は再突入時、地表の目標に向けて軌道修正をかける。その機構をL1へ向けて再利用しているようだ。誰だか知らないが、うまいことやってるな。技術者として、敵ながら感心する。
とはいえ、今回は時間制御のはず。タイマー式か、もしくは電波信号による遠隔起爆だが、さすがにそれはないだろう。
タケオは制御パネルに手を伸ばす。X-Y軸の制御を奪い、進行方向軸に対して直角方向のバーニアをスポット点火。
ゆっくりと ── あまりにゆっくりと、ミサイルの向きが変わっていく。
(もっと早く……!)
頃合いを見てバーニアの固定ボルトを点火。最終スラスト回路の接点を短絡させる ── 小さな火花が走り、ミサイルが真横に向けて加速し始めた。
その瞬間、ミサイル後部から炎が噴き出した。
「ちょっ!! バッ!」
シュンさんの叫び。
視界が瞬転する。
「なにやってんですかあああ!!!」
目の前には見慣れたキウンカムイ式のエンジン。自分たちの〈ウェンレニウシ〉だ。
「お? もどった?」
「びびびびっくりさせないで下さいよっ! アッシがとっさに飛ばしてなかったら、タケオさん、あの中ですよ!! 木端微塵で蒸発してますよ!!」
〈ウェンレニウシ〉の脇にぷかぷかと浮かぶシュン氏の指さす方向には、地球を背景に人工の太陽のような光点が急速に輝度を増していた。
爆発の閃光が、暗い宇宙に浮かぶ〈ウェンレニウシ〉を一瞬、昼のように照らし出す。
「やっべ……爆発させちまったか」
「やっべじゃないですよもぉお! あと10ミリ秒遅かったら旦那も巻き込まれてましたよ!」
タケオは深く息を吐く。ヘルメット内が曇る。命拾いした ── いや、命を拾ってもらった。
「シュンさん、助かったぜ。礼を言う」
「まったくもう……。ちったあ計画的にお願いしますよ」
船外でまた相対速度を調整した後、キャビン内部へ転移する。エアロックさえ不要とは、テレポート能力は便利なものである。
宇宙服を脱ぎながら、タケオは小さく笑った。
「ま、これでミサイルは片付いたし、あとはL1まで直行だな」
けろりとした顔で言うタケオに、ショーゴは呆れ果てた目を向ける。
「……親父さん、今のでよく平気でいられますね」
「平気なわけねーだろ。手ぇ震えてるぜ、ほら」
タケオは自分の手を持ち上げる。わざとだろうか、大げさに震わせてみせる。
「でもな、ショーゴ。怖がってばかりじゃ、何も成せねえんだ」
手を握ったり開いたりして感触をたしかめているオヤジに、ショーゴは何も言えなかった。
(結局、爆発させちゃって。カッコつけたかっただけじゃないのか……)
追ってくるミサイルを無力化する必要があったのは確かだ。だが、あの無茶苦茶な船外活動は、半分以上「見せ場」を作りたかっただけに見える。命がけで、しかもシュンさんに助けられての結果だ。
自分の命をなんだと思ってるんだ、このオヤジは。
リリクがいなくて本当に良かったと、ショーゴは心底思った。あの場面を見たら、きっと怒り狂って殴りかかっていただろう。そして、二度と親父さんを許さなかったかもしれない。
親父さんは相変わらず夢を追う男だ。だが、その夢のために周りがどれだけ振り回されているか ── いや、もしかしたら、それを分かった上でやっているのかもしれない。
ショーゴは、親父さんがちらりと地球の方向を見た瞬間を見逃さなかった。しかし、その目に一瞬だけ浮かんだ感情はどんなものか、それはまだ彼にはうまく理解できない、複雑なものだった。
ショーゴは小さくため息をつく。
「……ま、結果オーライってことで。でも、リリクにアクシデント自慢するのは絶対にダメですからね」
「あん? そうか? 土産話にちょうどいいと思ってたんだがなあ。それに、セイコに言ったらすぐバレるんじゃねえか?」
「どっちもダメです! まったくもう!」
「このオヤジ、やっぱりわかってない……」
小声で呟いて、ショーゴは減速時の運動量計算に意識を戻す。L1まで、あと少しだ。
◇
【ラグランジュポイントにて】
やがて、〈ウェンレニウシ〉は予定通り減速を続け、L1付近で相対的に静止する。
地球と月の間、重力が均衡するポイント。そこは本来何もない虚空のはずだった。
だが、いま、そこには無数の微少質量点が漂っている。
マイクロ・ブラックホールを粒子とした雲──AIサミアッドとその同胞たちが形成する、思考する雲である。
「よくぞ参られた」
シュンさんとは異なる、重厚な声がキャビンに響く。
「お初にお目にかかります。自分はサミアッド。かつてシリコンに宿っていた意識体です。今は、この通り」
キャビンに光の粒子が集まり、人の形を取る。村の長老と言えばこの姿といったイメージそのままの、しかし、年齢を超越したような姿。
「先着の資格、確かに確認しました。約束通り、我々の持つ知識を提供しましょう」
タチヨミ版はここまでとなります。
2026年4月19日 発行 初版
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