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七夕と短冊と

たいいちろう

ANUENUEBOOKS



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 凛コの部屋の開け放たれた窓。
 その窓から、これからの夏を予感させる、そんな優しい夜風が凛コの瞼に触れる。
 凛コはそっと目を閉じた。
 そこにあるのは明るい暗闇。
 その明るい暗闇のなかで、今を見つめ、今を感じる。
「凛コさーん。はよ、おいで」
「はーい」
 もうすぐ七月七日。七夕だ。
 子供の頃は七夕も含めて、こういった意味の持つ日を大切にしていた。
 けれども大きくなるにつれて日々の過ぎゆく日常のなかに、七夕のような特別な意味を持つ日がいつの間にか埋もれてしまっていく。
 だが、凛コはどこか子供のようで自由な夏ジの影響を受けて、毎年、七夕の日が近づくと短冊を書くようになった。
 夕食を終えた二人に、ある行事がこれから始まる。
 二人で向かい合わせで正座をして、お互いになにを短冊に書いたのかを見せ合うのだ。
「ほれほれ、凛コさん。見せてみい」
「ほれほれってなんなんよ。長い時間かけて考えたんやからね」
「わかってるがな。すごい集中しとったなあ。そやから、はよう見たいねん」
 夏ジのその言葉に「わかってるなら、そんなん言わんとってくれますかあ」と、凛コが夏ジに嬉しそうな顔をして返す。
「夏ジさんはなにかこう根性を入れて、魂を込めるみたいにして書いてるから。なんか横で見入ってしまうのよね」
「魂って、そないにたいそうなものやないって」
 夏ジが口を開けて笑うと、彼の首元でネックレスにした指環が同じようにして、笑顔になって揺れている。
 凛コの首元にある夏ジとお揃いのネックレスの指環も、同じようにして揺れている。その顔は笑顔だ。
 いつものように、夏ジの指環と凛コの指環はまるで一緒に呼吸をして、共鳴しているかのよう。
「ほんなら今年も飾り付けの時まで内緒やなあ」
「うんうん。お互いに楽しみにしましょう」
「うん。そうしよか。ほな、凛コさんよ。足を崩して胡座(あぐら)でもかいて」
「はい。ちょうど、足がしびれてしまいそうでした」
「僕もや」
 夏ジが顔をくしゃっとさせて笑った。
「短冊って、笹に飾ることで織姫さまと彦星さまの力で願いが叶うっていう、そんな言い伝えから始まったんやんね」
 夏ジが「そやそや」と頷く。
「もとは中国の神話らしいで。二千六百年以上も前の話やそうや」
「に、二千。ほんまにぃ?」
 凛コが目を丸くする。
「そや」
「そしたらあれなん? 織姫さまと彦星さまは中国の人ってこと?」
「いや、そこは注目するところとちゃうんちゃうかなあ」
 夏ジが苦笑いをすると、凛コが頬を膨らますので、思わず夏ジが笑って吹き出した。
「真剣に聞いているのですが」
 凛コは真顔だ。
「うん、そうかもしれんなあ。なんでもええと思うねんけども」
 夏ジがぐっと笑いを堪(こら)えて、真顔になり話を続ける。
「七夕ってあるやろう。七夕って、棚機(たなばた)とも言うやん」
 凛コが興味深く聞いてくれていることに、夏ジはとても嬉しそうだ。
「棚機ってな。日本の古い禊ぎの行事やねんて。乙女さんているやろう。そんな彼女たちが神さまのために着物を織るねん。それを棚に供えて、豊作を祈るっていうか。まぁ、聞いた話でよう知らんのやけども」
「それは初耳やわぁ」
「そう?」
 夏ジが得意げに更に話を続ける。
「ほんで、七夕と書いて『たなばた』と読むのは日本のこの棚機が由来らしいねん」
 凛コが頷きながら、「やっぱり、ちゃんと言葉には物語があるんやねぇ」と、感心しながら夏ジのほうを見る。
「ほんまやなあ。けど、なに? なにか凛コさん、今、意味深な目をしてるけども」
「うふふ。あ、夏ジさん」
「なに?」
「あのねえ。夏ジさんに用意してるもんがあんのよ」
「え、なんや?」
 凛コは立ち上がると、その素足で楽しそうな音を畳の床で奏でながら、台所のほうへと向かっていく。
 凛コのこだわりを感じる、和と洋を融合したかのような不思議な空間。
 畳の上の洋風の椅子。
 和とは真逆のインテリア。
 洗練されていて、されていないような、そんな和モダンな凛コの部屋ではあるが、そこには温かみがあって、居心地のよさを夏ジは感じる。
 夏ジが瞼を閉じる。
 明るい暗闇を感じながら、開け放たれた窓から吹いてくる風の心地よさを心で感じていると、凛コの声が背後からした。
 目を開けて振り返ると、そこにはそうめんを木のテーブルの上に用意している凛コの姿があった。
「そうめん。七夕に食べる定番やろ。夏が来たって感じもするやん。もうすぐ七夕やし」
「やるねぇ、凛コさん」
 夏ジはちょうど小腹を空かしていたところもあり、まるで子供のようにして跳ね上がる。
「七夕の七月七日にそうめんを食べると、無病息災で過ごせるって言われてるやん」
「うんうん」
「ほんでね、人参や胡瓜を星型にしたんよ」
「おーう。七夕って感じがするよ」
 夏ジが関心しながら、「そやけど、今日は七月七日とちゃうで」と言うと、凛コが「その日にはその日で、また一緒に食べましょう」と、微笑んだ。
「ベガとアルタイル。織姫さまと彦星さま。天の川を渡ってちゃんと七夕には逢えるかなあ」
「天気なんて関係あらへん。逢えるとも」

 窓から優しい夜風が挨拶をするようにして、何度も部屋に流れ込んでくる。
 窓辺に飾られた笹には、夏ジと凛コの願いが綴られた二枚の短冊と、折り紙で作られた簡単な七夕飾りが吊るされている。
 七夕飾りは凛コが作ったものだ。
 色とりどりに自由に飾られた笹も、どことなく嬉しそうな顔をしている。
 今夜の夜空はどこまでも晴れていて、雲一つない。
 夏ジと凛コの心には七夕の日には織姫さまと彦星さまの二人が出逢い、抱擁している姿が見えていた。
 夏ジの短冊。
 去年の七夕では、

 凛コさんとずっと一緒にいられますように。
 彼女がずっと幸せでありますように。

 と、そう書いていた夏ジであったが、今年は、

 凛コさんとずっと一緒にいられること。彼女がずっと幸せであること。
 そのことに感謝しとります。

 と、それだけが書かれてあった。
 まるでその願いは叶うと確定されていて、叶い続けていくことに夏ジが礼を伝えているかのような、そんな内容だ。
 凛コの短冊を夏ジが眺める。
「凛コさんよ」
「なになに?」
「今年も小さい字で色々なことを書きすぎて、短冊になにが書いてあるかわからへんでえ」
「もう、だからそれを言わんとってくれますか。書きたいから、書いてるんやけど」
 夏ジが大笑いする。
 毎年、夏ジから言われることなので、思わず凛コも一緒になって口を開けて笑った。
「この字はえっと、なんて書いてあるんかいな?」
 目を細めながら夏ジはそう言うが、ほんとうのところは毎年いつも嬉しいのだ。
「うふふ」
 凛コもすごく嬉しそうな顔をしている。
 凛コの短冊に書かれていることの一つには、

 夏ジさんとずっと一緒にいられて、夏ジさんがずっと幸せでありますように。

 と、夏ジと同じ想いのものが書かれてある。
 そして残りはすべて夏ジのことを想って、夏ジへの今の凛コの気持ちなどが一生懸命に綴られたものだ。
 凛コ自身の願いはなにも書かれてはいなかった。
 だが、夏ジが日々想う願いは凛コの幸せであり、凛コが夏ジを想って短冊に書いた願いやその言葉は、凛コの幸せへと自然に繋がっていくことになる。
 夏ジは凛コの想いをいつもきちんと理解している。理解する努力をしている。
 凛コもそれは同じだ。
 二人のお揃いの指環がそのことを象徴するように。
 誰かと一緒に生きようとすると、時に個々の願いが生まれることがある。その願いの方向が違う場合に、人は互いに傷つき、互いに傷つけ合うこともある。
 だが、いつも相手の幸せを願う気持ちが互いにあれば、そういったことを避けられることにも繋がるのだ。
 書かれた七夕の短冊は、凛コと夏ジの二人の絆の強さを伝えるものでもあった。
 凛コの健気な気持ちが長く書き綴られた短冊を読むことが、七夕が近づくと恒例行事のようにもなっていて、そのことを夏ジは心から幸せにも思っていた。
「なぁ、凛コさんよ」
「なにー?」
「えっとなあ。ええこと書いてくれてるんやと思うんやけどもやな」
「うんうん」
「字が小さくて、やっぱりなにが書いてあるんか、ほんまにわからへんねん」
「夏ジさん」
「はい」
「それを言わへんの」
「これはわかるなあ。夏は暑いから夏ジさんが冷えたもん飲みすぎて、お腹を壊しませんように。僕は子供やないねんで」
「それをきっと言ってくれると思って、大きめに書いてん。ひっかかったな」
「見事にひっかかりました」
 二つの楽しげな真顔の後に、爽やかな二つの笑い声と、そうめんを啜(すす)る賑やかな二つの音が部屋に溢れ出す。
 それから凛コと夏ジの首元にある指環が、とても幸せそうな顔をして二人に微笑んだ。

七夕と短冊と

2026年7月1日 発行 初版

著  者:たいいちろう
発  行:ANUENUEBOOKS
表 紙 絵:たいいちろう

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たいいちろう

巡り会えたあなたに、
幸せが訪れますように…。

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