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幻惑の河畔・バラナシ  写真集

清水正弘

深呼吸出版



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 目 次


インドというカオス世界に身を浸す

生と死のスクランブル交差点

バラナシとは

バラナシの幻惑剤・アールティ・グラーナ

バラナシの写真集(二〇一〇年の記録)

インドというカオス世界に身を浸す


■ 聖なる濁流に、ただ立ち尽くす

朝の五時、ガンジス川の畔(ほとり)は、すでに人間のすべての営みが沸騰したかのような熱気に包まれている。対岸から昇る赤銅色の太陽が、すべてを等しく照らし出す。

川に深く身を沈めて熱心に祈りを捧げる巡礼者がいるかと思えば、そのすぐ数メートル横では、これ以上ないほど日常的な手つきで洗濯物を石に叩きつけている男がいる。さらにその少し先では、薪が激しく燃え盛り、ひとつの肉体が灰へと還っていく。

生と死、聖と俗、あるいは清潔と不潔。私たちが普段、頭の中で整然と仕切っているはずの境界線が、ここでは大いなる濁流の中にすべて溶け込み、混ざり合っている。これがいわゆる、インドのバラナシという街の景色だ。

現代を生きる私たちが、わざわざ高い飛行機代を払い、お腹を壊すリスクを冒してまでこのカオスに身を浸す意味とは、一体どこにあるのだろうか。

■ 記号化された無菌室で生きる

私たちの日常その意味を考えるために、まずは私たちが「日常」と呼んでいる日本の街並みを思い浮かべてみたい。東京の地下鉄のホームに立てば、そこには目を見張るほどの秩序が広がっている。

床に描かれた細い白線に沿って、人々は寸分の狂いもなく二列に並ぶ。定刻通りに滑り込んできた電車のドアが開くと、吐き出される乗客と吸い込まれる乗客が、まるで精密なオートメーション工場のように無駄なく交差していく。

車内に一歩足を踏み入れれば、そこは静寂の空間だ。誰もがスマートフォンの四角い画面を見つめ、イヤホンで耳を塞ぎ、隣に座る見知らぬ他者との接触を徹底的に遮断している。街へ出ても、その「無菌室」のような快適さは変わらない。

コンビニエンスストアの自動ドアをくぐれば、全国どこでも同じ明るさのLED照明が灯り、棚には傷一つない均一な形の野菜や、寸分違わぬ温度で温められた弁当が並んでいる。飲食店に入れば、店員とは言葉を交わすことなく、タッチパネルとセルフレジだけで会計が完結する。

そこは、あまりにも過剰にシステム化され、美しく舗装された世界だ。予期せぬトラブルや、他者との生々しい摩擦は「リスク」として事前に徹底して排除され、あらゆる物事が予定調和のレールの上を滑っていく。

この世界は確かに快適で、安全で、そして何より効率的だ。しかし同時に、私たちの感覚を少しずつ、確実に麻痺させていく。すべてが予測可能で、摩擦のない世界に生きるということは、そこに「驚き」もなければ「生の生々しさ」もないということだ。

私たちは、自分が本当に生きているのか、それとも精巧に作られた社会の歯車として、ただプログラム通りに動かされているだけなのか、時折分からなくなる。バラナシという街は、そうした現代日本人が無意識に閉じこもっている「予定調和の檻」を、容赦なく、そして暴力的なまでのエネルギーで粉砕してくれる。


■ 割り切れない世界と、身体の回復

バラナシの路地裏に一歩足を踏み入れれば、そこは理屈や論理が一切通用しない空間だ。日本の街頭を埋め尽くす「歩きスマホ」など、この街では自殺行為に等しい。

凄まじい音量で鳴り響くクラクションを避けたと思えば、行く手を巨大な野良牛に阻まれ、足元を見れば糞やゴミが散乱している。どこからともなく漂うスパイスと排気ガスと、何かが燃える匂い。

そこには、効率化も、タイムパフォーマス(タイパ)も、カスタマーサクセスもない。ただ、圧倒的な「個」としての生命が、それぞれの理由で、あるいは理由もなく、そこに存在している。現代社会では、すべての物事に「正解」や「コスパ」が求められる。

私たちは常に、何が正しくて何が損かを計算し、他人に「迷惑」をかけないよう、息を潜めるようにして生きている。しかし、バラナシのカオスを前にすると、そうしたちっぽけな脳内計算や世間体は一瞬で無意味化する。

牛の落とし物を踏まないようにステップを踏み、押し寄せる人波をすり抜け、目の前の混沌をそのまま受け入れるしかない。このとき、私たちは久しぶりに「頭」ではなく「身体」を使って生きる感覚を取り戻す。五感をフルに動員しなければ、この街では一歩も前に進めないからだ。

カオスに身を浸す意味とは、脳化しすぎ、記号化しすぎた現代人が、自らの五感と身体性を強引に引きずり出され、文字通り「生身の人間」へと引き戻されることにある。


■ 灰の向こう側にある、本当の肯定

そして、バラナシをバラナシたらしめている最大の要素は、やはりあの「燃える河(マニカルニカー・ガート)」だろう。

日本の社会において、「死」は徹底的に隠蔽されている。人が亡くなれば、病院の白いベッドから速やかに遺体安置所へと運ばれ、美しく整えられた葬儀場の祭壇を経て、近代的な火葬場の炉の中へと収められる。煙突から煙が立ち上ることすら、今では稀だ。

私たちは日頃、死を遠ざけ、まるでないもののようにして生きている。若さや生産性ばかりが尊ばれ、老いや衰え、そして死は、社会の隅へと追いやられる。だからこそ、私たちは心のどこかで、終わりが来ることへの言いようのない不安を抱えている。

しかし、ガンジス川の畔では、二十四時間、絶えることなく煙が立ち上り、遺体が炎に包まれている。剥き出しの死が、洗濯をする日常のすぐ隣で、ただ淡々と、しかし厳かに行われている。その煙の向こうに消えていく肉体を眺めていると、不思議な安堵感が広がっていくことに気づく。

なぜなら、そこでは「死」が特別な悲劇や忌むべきタブーとしてではなく、川の流れや太陽の昇り沈みと同じように、この世界の大いなる循環のひとつのパーツとして、ごく自然に受け入れられているからだ。

生きることも、死ぬことも、汚れることも、清められることも、すべてはこの地において地続きであり、等価値である。バラナシのカオスは、人間の都合や都市のシステムで切り分けられた「綺麗事」をすべて焼き尽くした後に残る、圧倒的な世界の肯定そのものなのだ。


■ 境界線をなくした旅人が、日常に戻るとき

バラナシに行っても、別に人生が劇的に変わるわけではない。帰国の途につけば、また成田や羽田の整然とした入国審査を通り、1分の狂いもない満員電車に揺られ、理不尽なタスクに追われる日常が待っている。

しかし、一度でもあの聖なる濁流とカオスに身を浸した人間は、胸の奥底に小さな「余白」を持つことができるようになる。日本の過剰なまでにクリーンなオフィスでトラブルが起きようが、誰かに理不尽に怒られようが、「まあ、バラナシのあのカオスに比べれば、大したことはないか」と、どこか一歩引いた視点で世界を見つめることができる。

私たちがバラナシへ向かうのは、洗練された日本の現代社会を否定するためではない。むしろ、あまりに整いすぎた日常の中で凝り固まってしまった心の境界線を一度綺麗に解き放ち、この世界の本質である「割り切れなさ」を、もう一度愛せるようになるためなのだ。

川面を渡る風が、灰の匂いを運んでくる。現代人は今日も、その割り切れないカオスの中に、自らの生を確かめに行く。


生と死のスクランブル交差点

「生と死のスクランブル交差点」としてのバラナシは、地球のエネルギーが最も濃密に噴出する究極の「癒し場(セラピースポット)」である。インド最大級の聖地・バラナシほど、異邦人の魂を根底から幻惑し、心身のバイオリズムを調律し直してくれる街はない。

二〇歳の私が初めてこの地を訪れた際、眼前に広がったのは、まさに「美しき混沌」と呼ぶにふさわしい、生と死が一点に交わるカオスの時空であった。バラナシの旧市街は、まるで生き物の体内に張り巡らされた毛細血管のように、狭く入り組んだ迷路の石畳が続いている。

そこはあらゆる「生」のエネルギーが容赦なく行き交うスクランブル交差点だ。押し寄せる巡礼者の波をかき分けるように、悠然と座り込む野良牛たち。行き交うリキシャのクラクション、スパイスの芳香、神々を讃える祈りの声、物売りたちの哄笑と喧騒。

日常の生を謳歌する人々の喧騒のすぐ隣を、「ラム・ナム・サッティア・ハイ(神の御名こそが真実である)」と唱える声が通り抜ける。それは、白布に包まれた遺体を担いだ人々が、大河へと向かう葬列である。

ここでは、生者の日常と死者の旅立ちが何隔てなく地続きで、同じ交差点の中で、文字通り肩を寄せ合うようにして呼吸している。川岸に並ぶ沐浴場「ガート」へと歩みを進めると、夕暮れ時のガンジス河畔からは、この街特有の幻惑の芳香が放たれ始める。

ヒマラヤの氷河を源流とし、シヴァ神の髪を伝って地上に降りたとされるこの聖なる大河は、まさに地球という生命体の巨大な脈絡そのものである。数千年の歴史を持つというマニカルニカー・ガート(火葬場)からは、昼夜を問わず、遺体を燃やす幾筋もの煙が立ちのぼっている。

すぐ傍らでは、巡礼者たちが祈りを捧げ、聖なる水で自らの心身の汚れを洗い流す沐浴を行っている。燃え盛る炎、灰となり河へと還っていく命、そしてその聖水を浴びて新たな生へと向き合う人々。

西洋的な衛生観念や二元論的な思考は、この圧倒的な大河の調和の前では、まったく無力化されてしまう。東洋医学において、滞った氣血を巡らせることで身体を健やかに導くように、バラナシという街は「死」という一見ネガティブな要素を完全に内包し、循環させることで、強烈な「生の自己治癒力」を機能させているのだ。

死を忌むべきものとして覆い隠す現代社会から見れば、ここはアヤシくも、あまりに剥き出しの真実が転がる場所だと言える。日没を迎えると、ガートでは何百年も前から絶えることなく受け継がれてきた宗教儀式「アールティ」が始まる。

何人もの高僧が掲げる炎が闇を照らし、激しい鐘の音と賛歌が五臓六腑を震わせる。バラナシのカオスは、この瞬間、最高潮のトランス状態を迎える。大河に浮かべた無数の灯籠が、ゆらゆらと暗黒の水面を流れていく。

それは、今この瞬間を生きる者の祈りであり、かつてここで灰となった死者たちの魂の輝きのようにも見える。生に執着し、死を恐れて身を硬くしている現代の迷い人たちに、バラナシは優しく、そして暴力的なまでの説得力で語りかけてくる。

生も死も、この大河を流れるひとしずくの水に過ぎない、と。地球のツボに深く深く触れ、宇宙の大きな循環に心身のリズムを委ねたとき、私たちの魂はかつてない静謐さと、大いなる生命力によって満たされる。

これこそが、この幻惑の聖地が持つ、究極のトラベルセラピーなのである。

バラナシとはどんな町

バラナシ(別名ベナレス)は、ヒンドゥー教最大の聖地であり、三千年以上の歴史を持つ世界最古級の現存都市である。ガンジス川沿いに広がり、「生と死」が間近に感じられる独特の死生観と、混沌としたエネルギーが混ざり合う、インドで最もディープで象徴的な街として知られている。

ヒンドゥー教最大の聖地インド各地から数百万人の巡礼者が訪れ、聖なる川(ガンガー)で身を清めている。川沿いに立ち並ぶ階段状の沐浴場は「ガート」と呼ばれ、祈りを捧げる人々で常に賑わっている。

生と死が交差する場所バラナシで亡くなることは輪廻(りんね)から解脱(苦しみの連鎖から解放されること)できると信じられており、終焉の地としてこの町を選ぶ信者も少なくないのである。川沿いには野焼き形式の火葬場が二十四時間稼働しており、生と死が日常の一部として溶け込んでいる。

旧市街は迷路のように入り組んでおり、人、車、バイクのほか、野良犬や聖なる牛が行き交う、非常にエネルギーに満ちあふれた町です。毎夕ガンジス川で行われる礼拝(プジャ)の幻想的な光景とのギャップも魅力である。すなわち、この町は「美しき混沌(カオス)」が絶えず漂っているのである。

バラナシの幻惑剤・アールティ・グラーナ

インド・バラナシの夜を彩る最も有名な祭典は、毎晩ガンジス川のほとりで行われる礼拝儀式「プージャー(アールティ)」がある。祈りの儀式「プージャー(アールティ)」は、ガンジス川の女神に感謝を捧げる、ヒンドゥー教の伝統的な礼拝儀式である。

若き高僧(バラモン)たちが、何重もの燭台に火を灯し、鳴り響く鐘や音楽に合わせて一糸乱れぬ動きでお祈りを捧げていく。アールティ(Aarti)とは、ヒンドゥー教の神官(バラモン)が火を用いた燭台を掲げ、ガンジス川の女神(マータ・ガンガー)やシヴァ神に祈りを捧げる神秘的な儀式なのである。

選ばれた美しく若い神官たちが、重厚な真鍮製の燭台を音楽とマントラ(お経)に合わせて一斉に振りかざし、その一糸乱れぬ動きは圧巻の一言である。お香の煙、お花の香り、激しく鳴り響く鐘や太鼓、そして数千人の観衆による地鳴りのような歓声が響き渡り、非日常的な熱気に包まれるのである。

日没に合わせてスタートし、季節によって開始時間が異なるが、儀式自体の所要時間は約四十五分間である。夏期(四月~九月頃):十九時頃 スタート。冬期(十月~三月頃):十八時頃 スタートである。メインの開催場所は、ダシャーシュワメード・ガート。

この祭典の歴史について

バラナシのガンジス川で行われる夜の儀式「アールティ(プージャー)」は、一見すると何千年も変わらずに続いてきた古代の儀式のように感じられるが、実は「古代から続く信仰の土台」と「一九九〇年代に始まった近代的な演出」が融合して生まれた歴史を持っている。

(一) 信仰のルーツ:古代〜数千年前からの伝統

「アールティ」という行為そのものは、ヒンドゥー教の誕生とともに始まった非常に古い宗教儀礼である。サンスクリット語の「アーラトリカ(Aratrika)」が語源で、「暗闇を払うもの」という意味を持っている。古くからヴェーダの神々に火を捧げる儀式として行われてきた。

ヒンドゥー教徒にとって、ガンジス川(ガンガー)は単なる川ではなく「女神の化身」そのものである。天界から地上に降りてきて人々の罪を洗い流してくれた女神に対し、人々は数千年前から毎日、祈りと感謝を捧げ続けてきたのである。

(二) 現在の形の始まり:一九九二年の「近代化」

現在のような、大勢の観光客を魅了する「壮大でシステマチックな夜のアールティ」が始まったのは、実は一九九二年のことである。現地の熱心な信仰者や有志たちによって組織が立ち上げられ、ダシャーシュワメード・ガートでの儀式を「毎晩、固定の形式で、より美しく」行う仕組みが作られたのである。

それまでは各個人や小さなグループがバラバラに行っていた祈りを、選ばれた若いバラモン(高僧)たちが同じ衣装をまとい、一斉に同じ動きをする「ショー(儀礼パフォーマンス)」の形式へと昇華させたのである。これが国内外のメディアや観光客の間で大反響を呼び、バラナシを代表する風景となったのである。

(三) 歴史を支える「神官(バラモン)」の世代交代

この儀式を執り行うのは、ヒンドゥー教の最高カーストである「バラモン」の若者たちである。彼らは幼少期からヴェーダ(聖典)を学び、サンスクリット語のマントラ(お経)を暗唱する訓練を受けている。毎晩の儀式を完璧にシンクロさせるため、昼間も厳しいリハーサルを行っている。

このように、アールティは「数千年間変わらないガンジス川への信仰」をベースにしながらも、現代の人々を惹きつけるためにデザインされた、伝統とモダンが融合した歴史を持っている。この歴史を踏まえた上で、儀式で使われる独特な道具(何重もの燭台や法螺貝など)の意味や、儀式中に流れる音楽・マントラの世界観について注目していきたい。

(一) 儀式で使われる聖なる道具とその意味

神官たちが手にする道具は、単なる飾りではなく、すべて「自然界を構成する五つの要素(地・水・火・風・空)」を表している。これらを神に捧げることで、宇宙全体の調和と浄化を祈っている。

法螺貝(シャンカ / Shankha)
 意味:「空(空間)」と「音」の象徴。
 役割:儀式の始まりに神官が一斉に吹き鳴らす。その深く響く音は、周囲の邪気を払い、神々をこの場所に迎える合図となる。

大きな真鍮製の燭台(ディヤー / Diya)
 意味:「火」と「光」の象徴。
 役割:アールティの主役となる、何重にも重なったピラミッド型の燭台である(蛇の神「ナー ガ」を模したものもある)。神官がこれを大きく回すことで、無知の闇を払い、人々の心に知恵の光を灯すとされている。

クジャクの羽の扇(マユール・パンク / Mayur Pankh):
 意味:「風」の象徴。
 役割:火を捧げた後、神官たちは大きなクジャクの羽の扇を優雅に仰ぐ。これは神に涼しい風を送り、おもてなしをする意味がある。

白いヤクの毛の払子(チャマラ / Chamara):
 意味:「風」と「王権・敬意」の象徴。
 役割:フワフワとした白い毛のブラシのような道具を細かく振る。神聖な神(ガンジス川)に対  する最高敬意の表現である。

お香(ウダバティ / Udabatti):
 意味:「地(物質)」と「香り」の象徴。
 役割:心地よい煙を立ち上がらせ、空間全体を神聖な香りで満たしていく。


儀式中、スピーカーからは大音量で賛歌(バジャン)やマントラが流され、ガート全体が独特のトランス状態のような熱気に包まれていくのである。もっとも有名なのが「Om Jai Gange Mata(オーム・ジャイ・ガンゲ・マータ)」という、ガンジス川の女神を称える賛歌である。サビの部分では、集まった数千人の参拝客が一斉に手拍子をし、一緒に歌い出すのである。

音楽に合わせて、背後のサポートスタッフや参拝客が真鍮の鐘を激しく連打し続けていく。この連続する打楽器の音には、人間の脳をリラックスさせ、集中(瞑想)状態に導く効果があると言われている。約四十五分間の儀式の最後には、一般の参拝客も参加できる美しいフィナーレが待っている。儀式が終わると、神官たちが使った火が参拝客の元へ回ってくる。人々はその火の上に両手をかざし、その手を自分の頭や目に当てることで、神の祝福(光)を自分の体に取り込むのである。

ガートの周辺では、小さな葉っぱの器にマリーゴールドの花とロウソクを乗せた灯籠が売られている。これを「願い事を唱えながらガンジス川へ流す」と、願いが叶うとされている。夜の川面を無数の光が流れていく景色は息をのむ美しさである。

早朝のカンジズ河畔

幻惑の河畔・バラナシ 写真集

2026年7月2日 発行 初版

著  者:清水正弘
発  行:深呼吸出版

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清水正弘

二十歳の時にダライ・ラマ十四世と個人的に出会った事が、世界の山岳・辺境・秘境・極地へのエスノグラフィック・フィールドワークへのゲートウェイだった。その後国内外の「辺(ほとり)」の情景を求めて、国内外各地を探査する。 三十歳代にて鍼灸師と山岳ガイドの資格を取得した後は、日本初のフリーランス・トラベルセラピストとして活動を始める。そのフィールドは、国内の里地・里山から歴史的、文化的、自然的に普遍価値を有する世界各地のエリアである。 また、健康ツーリズム研究所の代表として、大学非常勤講師を務めながら、地方自治体における地域振興のアドバイザーとしても活躍している。 日本トラベルセラピー協会の共同創設者でもある。

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