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幻惑の河畔・バラナシ 
写真集

清水正弘

深呼吸出版



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 目 次

バラナシとは

バラナシの幻惑剤・アールティ・グラーナ

バラナシの写真集(二〇一〇年の記録)

バラナシとはどんな町

バラナシ(別名ベナレス)は、ヒンドゥー教最大の聖地であり、三千年以上の歴史を持つ世界最古級の現存都市である。ガンジス川沿いに広がり、「生と死」が間近に感じられる独特の死生観と、混沌としたエネルギーが混ざり合う、インドで最もディープで象徴的な街として知られている。

ヒンドゥー教最大の聖地インド各地から数百万人の巡礼者が訪れ、聖なる川(ガンガー)で身を清めている。川沿いに立ち並ぶ階段状の沐浴場は「ガート」と呼ばれ、祈りを捧げる人々で常に賑わっている。

生と死が交差する場所バラナシで亡くなることは輪廻(りんね)から解脱(苦しみの連鎖から解放されること)できると信じられており、終焉の地としてこの町を選ぶ信者も少なくないのである。川沿いには野焼き形式の火葬場が二十四時間稼働しており、生と死が日常の一部として溶け込んでいる。

旧市街は迷路のように入り組んでおり、人、車、バイクのほか、野良犬や聖なる牛が行き交う、非常にエネルギーに満ちあふれた町です。毎夕ガンジス川で行われる礼拝(プジャ)の幻想的な光景とのギャップも魅力である。すなわち、この町は「美しき混沌(カオス)」が絶えず漂っているのである。

バラナシの幻惑剤・アールティ・グラーナ

インド・バラナシの夜を彩る最も有名な祭典は、毎晩ガンジス川のほとりで行われる礼拝儀式「プージャー(アールティ)」がある。祈りの儀式「プージャー(アールティ)」は、ガンジス川の女神に感謝を捧げる、ヒンドゥー教の伝統的な礼拝儀式である。

若き高僧(バラモン)たちが、何重もの燭台に火を灯し、鳴り響く鐘や音楽に合わせて一糸乱れぬ動きでお祈りを捧げていく。アールティ(Aarti)とは、ヒンドゥー教の神官(バラモン)が火を用いた燭台を掲げ、ガンジス川の女神(マータ・ガンガー)やシヴァ神に祈りを捧げる神秘的な儀式なのである。

選ばれた美しく若い神官たちが、重厚な真鍮製の燭台を音楽とマントラ(お経)に合わせて一斉に振りかざし、その一糸乱れぬ動きは圧巻の一言である。お香の煙、お花の香り、激しく鳴り響く鐘や太鼓、そして数千人の観衆による地鳴りのような歓声が響き渡り、非日常的な熱気に包まれるのである。

日没に合わせてスタートし、季節によって開始時間が異なるが、儀式自体の所要時間は約四十五分間である。夏期(四月~九月頃):十九時頃 スタート。冬期(十月~三月頃):十八時頃 スタートである。メインの開催場所は、ダシャーシュワメード・ガート。

この祭典の歴史について

バラナシのガンジス川で行われる夜の儀式「アールティ(プージャー)」は、一見すると何千年も変わらずに続いてきた古代の儀式のように感じられるが、実は「古代から続く信仰の土台」と「一九九〇年代に始まった近代的な演出」が融合して生まれた歴史を持っている。

(一) 信仰のルーツ:古代〜数千年前からの伝統

「アールティ」という行為そのものは、ヒンドゥー教の誕生とともに始まった非常に古い宗教儀礼である。サンスクリット語の「アーラトリカ(Aratrika)」が語源で、「暗闇を払うもの」という意味を持っている。古くからヴェーダの神々に火を捧げる儀式として行われてきた。

ヒンドゥー教徒にとって、ガンジス川(ガンガー)は単なる川ではなく「女神の化身」そのものである。天界から地上に降りてきて人々の罪を洗い流してくれた女神に対し、人々は数千年前から毎日、祈りと感謝を捧げ続けてきたのである。

(二) 現在の形の始まり:一九九二年の「近代化」

現在のような、大勢の観光客を魅了する「壮大でシステマチックな夜のアールティ」が始まったのは、実は一九九二年のことである。現地の熱心な信仰者や有志たちによって組織が立ち上げられ、ダシャーシュワメード・ガートでの儀式を「毎晩、固定の形式で、より美しく」行う仕組みが作られたのである。

それまでは各個人や小さなグループがバラバラに行っていた祈りを、選ばれた若いバラモン(高僧)たちが同じ衣装をまとい、一斉に同じ動きをする「ショー(儀礼パフォーマンス)」の形式へと昇華させたのである。これが国内外のメディアや観光客の間で大反響を呼び、バラナシを代表する風景となったのである。

(三) 歴史を支える「神官(バラモン)」の世代交代

この儀式を執り行うのは、ヒンドゥー教の最高カーストである「バラモン」の若者たちである。彼らは幼少期からヴェーダ(聖典)を学び、サンスクリット語のマントラ(お経)を暗唱する訓練を受けている。毎晩の儀式を完璧にシンクロさせるため、昼間も厳しいリハーサルを行っている。

このように、アールティは「数千年間変わらないガンジス川への信仰」をベースにしながらも、現代の人々を惹きつけるためにデザインされた、伝統とモダンが融合した歴史を持っている。この歴史を踏まえた上で、儀式で使われる独特な道具(何重もの燭台や法螺貝など)の意味や、儀式中に流れる音楽・マントラの世界観について注目していきたい。

(一) 儀式で使われる聖なる道具とその意味

神官たちが手にする道具は、単なる飾りではなく、すべて「自然界を構成する五つの要素(地・水・火・風・空)」を表している。これらを神に捧げることで、宇宙全体の調和と浄化を祈っている。

法螺貝(シャンカ / Shankha)
 意味:「空(空間)」と「音」の象徴。
 役割:儀式の始まりに神官が一斉に吹き鳴らす。その深く響く音は、周囲の邪気を払い、神々をこの場所に迎える合図となる。

大きな真鍮製の燭台(ディヤー / Diya)
 意味:「火」と「光」の象徴。
 役割:アールティの主役となる、何重にも重なったピラミッド型の燭台である(蛇の神「ナー ガ」を模したものもある)。神官がこれを大きく回すことで、無知の闇を払い、人々の心に知恵の光を灯すとされている。

クジャクの羽の扇(マユール・パンク / Mayur Pankh):
 意味:「風」の象徴。
 役割:火を捧げた後、神官たちは大きなクジャクの羽の扇を優雅に仰ぐ。これは神に涼しい風を送り、おもてなしをする意味がある。

白いヤクの毛の払子(チャマラ / Chamara):
 意味:「風」と「王権・敬意」の象徴。
 役割:フワフワとした白い毛のブラシのような道具を細かく振る。神聖な神(ガンジス川)に対  する最高敬意の表現である。

お香(ウダバティ / Udabatti):
 意味:「地(物質)」と「香り」の象徴。
 役割:心地よい煙を立ち上がらせ、空間全体を神聖な香りで満たしていく。


儀式中、スピーカーからは大音量で賛歌(バジャン)やマントラが流され、ガート全体が独特のトランス状態のような熱気に包まれていくのである。もっとも有名なのが「Om Jai Gange Mata(オーム・ジャイ・ガンゲ・マータ)」という、ガンジス川の女神を称える賛歌である。サビの部分では、集まった数千人の参拝客が一斉に手拍子をし、一緒に歌い出すのである。

音楽に合わせて、背後のサポートスタッフや参拝客が真鍮の鐘を激しく連打し続けていく。この連続する打楽器の音には、人間の脳をリラックスさせ、集中(瞑想)状態に導く効果があると言われている。約四十五分間の儀式の最後には、一般の参拝客も参加できる美しいフィナーレが待っている。儀式が終わると、神官たちが使った火が参拝客の元へ回ってくる。人々はその火の上に両手をかざし、その手を自分の頭や目に当てることで、神の祝福(光)を自分の体に取り込むのである。

ガートの周辺では、小さな葉っぱの器にマリーゴールドの花とロウソクを乗せた灯籠が売られている。これを「願い事を唱えながらガンジス川へ流す」と、願いが叶うとされている。夜の川面を無数の光が流れていく景色は息をのむ美しさである。

早朝のカンジズ河畔

幻惑の河畔・バラナシ 写真集

2026年7月2日 発行 初版

著  者:清水正弘
発  行:深呼吸出版

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清水正弘

二十歳の時にダライ・ラマ十四世と個人的に出会った事が、世界の山岳・辺境・秘境・極地へのエスノグラフィック・フィールドワークへのゲートウェイだった。その後国内外の「辺(ほとり)」の情景を求めて、国内外各地を探査する。 三十歳代にて鍼灸師と山岳ガイドの資格を取得した後は、日本初のフリーランス・トラベルセラピストとして活動を始める。そのフィールドは、国内の里地・里山から歴史的、文化的、自然的に普遍価値を有する世界各地のエリアである。 また、健康ツーリズム研究所の代表として、大学非常勤講師を務めながら、地方自治体における地域振興のアドバイザーとしても活躍している。 日本トラベルセラピー協会の共同創設者でもある。

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