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とりどり歌語り集

ぴのわ 香川槇奈 つな さつき

二松学舎大学



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 目 次

音楽と栞

ぴのわ

寄り添う光

香川槇奈

おまもりみたいな曲たち

つな

「全部義手だったんですけどね」

さつき

音楽と栞

ぴのわ

音楽と栞

ぴのわ

はじめに

 「本と音楽ってどこか似ている気がしませんか?」という問いに対して「似ていないだろう」と答える人ももちろんいることだろう。しかし、私は本と音楽はとても似ていると思う。本を読んでいる時に頭の中に音楽が流れていたり、逆に音楽を聴いていて歌詞が小説のように感じたりする瞬間がある。この本では、そんな本と音楽がなぜこんなにも相性がいいのかについて語っていこうと思う。

1.共通点「記憶との結びつき」

 音楽は記憶を連れてくるといわれることがあるが、それは本当だと思う。音楽を聴いていると、突然過去の懐かしい記憶が蘇ってくることがある。小学生や中学生のとき通学中によく聴いていた曲、昔ハマってよく見ていたアニメのオープニング、他にも本を読みながらよく聴いていた曲などを何年か後に再び聴くと、当時の懐かしい記憶を思い出すという経験をしたことがある人は少なくないだろう。これは本にも似たようなことが言える。昔読んでいた小説を読み返したりしたとき、その物語だけでなく、読んでいた場所や季節、初めて読んだ時どんな気持ちで読んでいたかなどを思い出すことがあると思う。このように、音楽と本はその作品単体としてだけではなく、その時の景色や感情も一緒に記憶となって残りやすいのである。特に、「嬉しい」「悲しい」「つらい」などの感情は、音楽や本と強く結びつけることが出来る。私自身も、落ち込んでいるときや泣きたいときには励ましてもらえる曲を聞いたり、面白い本を読んで気分をリフレッシュさせるなどしている。強く印象に残っている時間ほど、作品と記憶が結びつきやすいのだ。そのため、久しぶりにその曲を聴いたり本を読み返したりすると当時の自分に再会したような感覚になる。これが、本と音楽が似ていると感じる理由の一つになるのだと私は思う。

2.小説のような歌詞

 皆さんは音楽を聴いていて、「小説の一部のようだな」と思ったことが一度はあるのではないだろうか。私は普段音楽を聴いていて小説みたいだと思うことが多くある。ここで、「Chevon-シェボン」を例に出して見ようと思う。まず「Chevon-シェボン」とは、どんなバンドなのか公式サイトから引用する。(※1)

ボーカルの谷絹茉優、ギターのKtjm、ベースのオオノタツヤからなる、札幌市で結成された3ピースロックバンド。楽曲制作は、詞/メロディを谷絹、リズム/キメをオオノ、コード/リフをKtjmが担当。予見不可能な楽曲の展開力とボーカルの谷絹が生み出す複雑怪奇なメロディーラインが魅力のひとつ。


 特に、感情をストレートに伝える言葉選びや歌詞が小説を読んでいる感覚に近いと感じる。その中でも、『ハルキゲニア』という曲の歌詞に注目して考えていきたい。この曲は、特に情景が浮かびやすく小説の一場面のように感じられる。(※2)

拝啓 手紙は行ったきりで
君からの知らせはないままに
最近寒さが身に染みて来ましたが
風邪など引いていないか、とても心配です


 この歌詞は読んで分かるように、少し寂しさや悲しさを感じるとても儚い歌詞になっている。「手紙は行ったきり」という歌詞から相手からの返事がなく報われない想いだということ、「風邪など引いていないか、とても心配です」という歌詞から報われなくてもずっと相手を想っているということが感じ取れる。

きっといつかまたどこかで君と
出会っていることすら気付かず
ふたり、すれ違って
僕の見ないところで
素敵に変わってしまった君に
もう恥ずかしくてさ
…馬鹿みたいだ
僕だけが街に残っているんだひとり


 また、この曲のサビでは街を出て行ってしまい全く連絡が取れていなかった相手が素敵に変わっているのに対し、街に残っている「僕」は何も変わっていないという現実に「馬鹿みたいだ」と感じていることが読みとれる。「僕だけが街に残っている」という言葉の表現は、ただ場所の違いを示しているだけではなく二人の時間の流れ方の違いも一緒に表されているようにも感じられる。相手が新しい環境で成長している一方で、「僕」は過去の思い出や未練をずっと引きずっていて何も変わっていない、馬鹿だな、と自分にあきれているように捉えることができる。

精神的にどこかよく似ていた
図書館で借りた本にはいつも先に君の名前
ずっと深いところで
僕らは通じ合っていた筈だ
その筈だったんだ
あぁ、春と一緒に
君もこの街へ戻って来ればいいのに

僕だけが残っているんだ、ひとり


 「図書館で借りた本にはいつも先に君の名前」という歌詞から、本の好みが一緒でこの二人がどこか似ているところがあったことから「僕らは通じ合っていた筈だ」という歌詞が次に来たのかなと考察することが出来る。このような歌詞からこの曲は、最後まで報われない「僕」の恋を描いていることが伝わると思う。歌詞を見て情景を思い浮かべるのは、小説を読んでその背景を思い浮かべることと非常に似ているため相性がいいと言えるだろう。

おわりに

 ここまで「Chevon-シェボン」を例にして考えてみたが、音楽と本は「懐かしい記憶を思い出す」「音楽を聴いて情景を思い浮かべることと本を読んで背景を思い浮かべる」と似ている点があることから、この2つの相性が良いと言えるのかもしれない。
 音楽と本は一見あまり関係のないもののように見えて、実はかなり似た要素がある。懐かしい記憶を連れてきたり、言葉の背景や情景を想い浮かべたりと、お互いの魅力をより深く感じさせてくれる相性の良い存在ではないのだろうか。

参考文献

(※1)Chevon Offical site プロフィール
https://www.chevon.biz/profile.html

(※2)ハルキゲニア/Chevon 【Lyric Video】 (YouTube公式チャンネル)
https://www.youtube.com/watch?v=7QoiSZ3wnI4

寄り添う光

香川槇奈

寄り添う光

香川槇奈

音楽は力を持っている

音楽は鎮痛

 現代日本に生きる誰もが何らかのコミュニティに属し、規範の中で生きている。自由気ままに生きていては社会が成り立たなくなるから、人は周りにあわせて生活する。頭でわかっていてもストレスはたまる。毎日まじめに現実と向き合うほど悩みは増える。たまったストレスをあなたはいつもどうやって処理しているだろうか。
 悩みを誰かに話すだろうか。眠るだろうか。あるいは気晴らしに出かけるのだろうか。私は苦しい時、音楽にいつも支えられてきた。誰にも頼れない状況でも音楽を聴くことはできたからだ。聴くだけでストレスが軽減し、嫌なことから意識を引きはがし、明日を生きていくことができる。そういう力を音楽は持っていると思う。

音楽は良い友人

 情熱的な曲調・歌詞をもつ、背中を押してくれるような曲が応援ソングと呼ばれることが多い。実際にその要素を持った曲に背中を押してもらった人も多いだろう。
 しかし、音楽はそれ以外の方法でも私たちを支えてくれる。それは共感できる歌詞であったり、感情の肩代わりであったり、音の心地よさであったり、MVのストーリーであったりする。曲は時間も場所も選ばず一緒に笑い、泣き、時には黙ってそばにいてくれる。リスナーの現実を直接変える力こそないが、前を向くための希望とエネルギーを与えてくれる。音楽はいつでもどこでもあなたの最高の友人としてそばにいてくれるといえるだろう。

「きゅうくらりん」について

楽曲紹介・こんな人におすすめ

 私にとって重要な楽曲はいよわの「きゅうくらりん」である。ニコニコ動画・YouTubeで2021年8月29日に発表されたこの楽曲は、2026年5月時点ではYouTubeで1億回再生以上、ニコニコ動画で1000万回再生以上を獲得している。ジャズピアノのように不安定な曲調、かわいい絵柄に反して後ろ向きな歌詞、随所にちりばめられた考察要素などがおもしろく、聴けば聴くほど魅力を発見できる曲である。
 私はこの曲を前向きになれない人や、消化不良な感情を抱える人におすすめしたいと思っている。少なくとも私はこの曲に共感し、毎日を支えられていたからだ。
 この楽曲と出会ったのは2022年、ちょうど私が高校2年生の時である。中学生のころに人間関係で失敗してから、人と親交を深めること自体が怖くなった。将来への漠然とした不安と現実逃避からくる寝不足もあって、朝はいつも頭痛がした。幸いなことに高校生活は楽しかったが、心のどこかでは常にこの日常に終わりがくることばかり考えていた。
 そんなとき、YouTubeのおすすめ欄に「きゅうくらりん」が表示された。最初は曲調に惹かれているだけだったが、何回も聴くうちにさまざまな魅力を発見した。

魅力① 曲調

 いよわは変拍子・微分音(ミとファの間の音のようにピアノでは表現できない音)・テンポ変更といった要素が含まれるテクニカルな曲を作る人として知られているが、この曲にもテクニカルな要素が入っている。使われている音は可愛いが、その裏では音が複雑に散らばり絡まっている。音と音をあえて衝突させて生まれる濁りから不安定さを演出しているといえるだろう。
 また、この曲のテンポは速くBPM220である。YOASOBIの「夜に駆ける」のBPMが130であることを考えても、かなり速いことがわかる。不安定な曲調とテンポの速さから、まるで心がパニックを起こしているような印象を受ける。それはまるでMVに登場するキャラクター「くらりちゃん」の脳内を反映しているようにもみえる。
 もし興味があれば投稿サイト「ピアプロ」内いよわのページからきゅうくらりんのインスト版を聴いてみてほしい。ボーカルの陰に隠れた音楽のおもしろさは、たとえ音楽に詳しくなくてもわかるだろう。

魅力② MV

 いよわは曲だけではなく、企画・キャラクターデザイン・絵・動画編集に至るまですべて自らの手で制作している。この曲もまた、いよわによって制作されている。
 まず、絵がかわいい。デフォルメされた絵柄で、使われている色もピンク・ミントグリーン・ホワイトを基調にした穏やかな色使いである。それでもこの曲の暗い世界観が邪魔することなく表現されているからおもしろい。MVの中では主人公の女の子「くらりちゃん」がうまくいかない毎日を送っていることが描写される。明確にストーリーを作るというよりはあえて余白を残し解釈の余地を残すタイプの作風であるため、人を選ばず感情移入がしやすくなっている。

魅力③ 歌詞

 全編を通して後ろ向きである。この曲の歌詞は無理に背中を押したり、根拠なく励ましたりしない。後ろ向きだからこそ、悩む人の心により近づける。歌詞の中では前向きであろうとするのにうまくいかない、心の隙間が埋まらない感情が歌われている。特にこの2要素が色濃く出てくる曲後半のサビの歌詞はこのようになっている。

(歌詞はすべてYouTubeの動画から書き起こしたもの)
【きゅうくらりん2番・サビの歌詞】
ああ あなたが知ってしまう  ああ 取り繕っていたいな
ちゃんと笑えなきゃね 大切が壊れちゃうから
幸せな明日を願うけど 底なしの孤独をどうしよう
もう うめき声しか出ない  わたし ぎゅうぐらりん  (※1)


 自分の悩みを知られたくないし、頑張っているけれど内面では苦しさを抱えているように感じられる。笑わないといけない理由も、自分のためではなく壊したくない「大切」を守るためだ。
 私はここの歌詞に深く共感した。過去を全部なかったことにして高校でやり直そうと決めていたのに、どうしても過去に行動が引っぱられてうまくできないことがあったからだ。心の中の穴は「毎日幸せなのに心の中が空っぽで埋められないのはよくない、はやく穴をなくしてしまわなければいけない」と思うほど存在感を増していく。解決するため誰かに相談したくても、話して解決するとは限らない。話せる人が近くにいるとも限らない。そんなとき、この歌詞に共感できるかもしれない。自分は流行りの曲には惹かれないと思う人ほど聴いてみるべき曲だと思う。

余談:「ドキドキ文芸部!」との関係

 ファンの間でこの曲はPCゲーム「ドキドキ文芸部!」内に登場するキャラクター・サヨリをモデルにしているのではないかという説が有力視されている。いよわが「サヨリがモデルである」と発表したことはないものの、彼のTwitterでは「ドキドキ文芸部!」に言及した投稿が複数確認できる。ファンアートも投稿しており、愛好していることは明らかだ。サヨリをモデルにした可能性は高いだろう。
 根拠の一つとしてこの曲の歌詞の中にサヨリが好む単語としてゲーム内で設定されている単語が多く含まれることがある。「虹」「空っぽ」「報われない」などが該当する。またMVのストーリーが彼女のストーリーと似ていることも根拠である。ネタバレになってしまうため詳しくは取り上げないが、彼女は暗い背景を持っている。ゲーム内では彼女のストーリーとして必ず通るイベントがあるのだが、たしかにこの曲はそのイベントの影響をうけているように感じられる。
 「ドキドキ文芸部!」は数々の仕掛けがあるため、なるべく事前情報なくプレイすることが理想的である。もし仕掛けを知っていても、この曲との関係を考えながらプレイするとまた違った視点から作品を楽しめるだろう。よければ「ドキドキ文芸部!」ぜひともプレイしてみてほしい。

この曲の持つ力

 この曲はあの時の私に寄り添ってくれた。毎日楽しいのに人と話すだけで緊張して、前向きになれなかった私を、そのまま受け入れてくれるように感じられた。きっと同じような状況にある人は全国にいるだろう。前向きになれない人・消化不良な感情を抱える人にはなにか響くものがあると思う。
 無理に前向きにならなくても、後ろ向きな気持ちのまま毎日穏やかに過ごしてもいい。いつか立ち上がれるようになるまで待ってもいい。そういう優しさがこの曲にはある。「きゅうくらりん」をぜひ一度聴いてみてほしいと思う。

参考文献

(※1)YouTube きゅうくらりん / いよわ feat.可不(Kyu-kurarin / Iyowa feat.Kafu)
https://www.youtube.com/watch?v=2b1IexhKPz4

おまもりみたいな曲たち

つな

おまもりみたいな曲たち

つな

はじめに

 私は音楽が好きだ。
 私個人に限った話では全くないと思うが、とにかく毎日聴いている。そんな過ごしてきた日々の記憶と結びついている曲や、この曲が良いんだ! と主張したい曲について自由に話したい。普段歌詞に着目して音楽を聴くので、印象深い歌詞やおまもりみたいに思っている歌詞というのも書いていこうと思う。いわば、これは自分の自分による自分のための「好き」の記録である。

思い出深い曲編

 まずは、ロックバンド・BUMP OF CHICKENの『透明飛行船』である。この曲は、2010年発売のアルバムに収録されている。テンポは速く、バンドサウンド全開である。過去を振り返りながら現在を見つめるように書かれた、プライドや優しさについての歌詞は、共感できる点も多い。さらに歌詞には、BUMP OF CHICKENの出身地である千葉県佐倉市にある「宮田公園」という場所が登場する。リスナーにとって欠かせない聖地であり、私も実際に訪れたことがある。住宅街にある木々に囲まれた公園で、子供の頃の拠り所のような場所であったのかななどさまざまな想像をした。まず曲が特に好きで、聖地巡礼という楽しみ方もしたという点において思い出深い一曲である。
 二曲目は、『Blessing』である。この曲は、halyosyというネットを中心に活動するシンガーソングライターが制作した曲で、特にニコニコ動画では、その初期から人気を誇っていた投稿者である。歌ってみた動画やボーカロイドのオリジナル楽曲を投稿しており、歌い手への楽曲提供も多数行っている。
 この曲はニコニコラボと銘打った2014年の音楽作品であり、投稿された動画は3バージョンある。一つは初音ミクをはじめとするボーカロイド6人が歌うVOCALOIDSバージョン。次に、halyosyを含めた歌い手、踊り手、ゲーム実況者など13人が歌唱しているSINGERSバージョンがA、Bとある。私は中学生の頃、まさにニコニコ動画でこれらの動画を見て、曲を聴いていた。生きることについて優しく心に寄り添いながら歌われており、とても励まされていた思い出がある。世界中のさまざまな言語で歌われている動画もニコニコ動画には上がっていたり、今現在も多くの歌い手がコラボをする楽曲であったりと、この曲のもつ力が大きいことも魅力の一つである。

歌詞が響いた曲編

 ここではまずアイドルグループ・嵐の曲を紹介する。なんと言ってもアイドルなので、恋愛がテーマであったり、前向きで元気のくれるきらきらした曲の印象が強いかもしれない。もしくは大人っぽくかっこいい曲だとか。ただ嵐、けっこうシビアな曲も歌ってます。ここで挙げるのは、『できるだけ』という2003年発売のアルバムに収録されている、〝変化〟について歌われている曲である。歌い出しからして衝撃を受けたので、ここに記そうと思う。

あの店のケーキ 苺の数が減って
紅茶も何だか コクがなくなったよね
そんなふうにきっと 変わっていくものを
ちょっと淋しいけど 僕らは受け入れてく(※1)


 2003年は嵐のデビュー4年目であり、平均年齢は20・6歳。大ブレイクしたきっかけのドラマ『花より男子』よりも前の、じわじわと勢いをつけていた頃の曲だ。

変わっていくことを何故
僕らは恐れるのかなぁ
変わらないものを笑うくせに(※1)


 これがサビの一節である。人としてもグループとしても若く、これからであるアイドルに書き下ろされた曲としてあまりにもメッセージ性が強い。いつこの歌詞を聴いても心に響くのは、歌手である嵐と重ねて聴いてしまう部分があるからであり、一個人としても変化を恐れる気持ちを多少なりとももっているからだと思う。
 
 次に、BUMP OF CHICKENの『真っ赤な空を見ただろうか』を紹介する。この曲は、2006年発売のシングルに収録されたカップリング曲である。

夕焼け空 きれいだと思う心を どうか殺さないで
そんな心 馬鹿正直に 話すことを馬鹿にしないで(※2)


 この歌詞が、私の特に好きな部分となっている。周りの人の目を妙に気にしてしまったり、自分の素直な気持ちを自分で否定してしまいそうなとき、この言葉は心強くそばにいてくれる。また、傷ついたときや疲れたときには、この言葉をお供に、自分は自分のことを大切にしようと思える。そしてこの曲をはじめ、BUMP OF CHICKENがこのように真っ直ぐに言葉にして歌ってくれることで、自分もそういう気持ちを持っていていいのだなと、気恥ずかしくても人に言えなくても、自分が思ったことは大事にしていていいのだなと思うのだ。

おわりに

 気分によって自然と心が求めたり、自分にとって大事だったり、頭にふと浮かぶ曲はここに書ききれないほどある。そしてきっと今後もいくつもの素敵な曲と出会うし、そうして感じた自分の「好き」を大事にしたい。音楽は私の感情を時に強引に救い上げ、それぞれの曲のやり方で私のおまもりみたいな存在になってくれる。そんな風に思う。

参考文献

(※1)嵐「できるだけ」歌詞 歌ネット
https://www.uta-net.com/song/55468/
(※2)BUMP OF CHICKEN「真っ赤な空を見ただろうか」歌詞 歌ネット
https://www.uta-net.com/song/48200/

「全部義手だったんですけどね」

さつき

「全部義手だったんですけどね」

さつき

「空気が薄い映画館が良くて」

 みなさんはcali≠gariというバンドをご存じだろうか。「え、なにそれ知らない。」そんな人が大半を占めるのではないだろうか。cali≠gariは1993年に結成した日本のヴィジュアル系ロックバンドであり、2028年に活動を停止する。エログロナンセンスを体現したようなバンドだが、時に人が持つ傷にそっと寄り添う。
 活動停止まであと少しだ。cali≠gariが気になったら本稿を読んでいってほしい。もしかしたら、あなたの孤独に寄り添うことができるかもしれないから。

「だって、朝日は昇るから」

♢「色褪せた青い場面」

 今回紹介する曲は「ブルーフィルム」。2007年7月7日発売のアルバム『ブルーフィルム』に収録された楽曲だ。作詞作曲はギターの桜井青氏が行っている。
 通称【エロアルバム】と呼ばれるこのアルバムはとても実験的だと言われている。アルバムを検索してジャケットを見てもらえばわかるはずだ。あまりここでは書かない方がいいと思うので、各自で検索していただきたい。ジャケットから曲に至る全てにおいてエロを前面に出していながらも音楽を聴くと不快感はない。フェティシズム的なエロではなく、文学的なエロだからだろう。
 アルバムの収録曲の一つである「ブルーフィルム」は孤独に寄り添う楽曲だと私は思っている。皆が先に大人になってしまい、自分だけがまだ大人になりきれていない、そんな人が体を通じてぬくもりや大人を実感しようとする。そして少しずつ前向きに、自分を大切するまでに成長する、そんな曲だと感じる。曲名にもなっているブルーフィルムは性的、卑猥な映像を収めたポルノ映画の総称である。そんなエロティシズムと失われた青春が織りなすこの楽曲は聞いていてどこか心地がいいのである。

♢「行き場のない僕に告げた」

 私はよく、孤独を感じるときに「ブルーフィルム」を聞く。

みんな青春が死んで大人に落ちていっちゃったあの日。
あぁ、僕はただ、誰かの体温と同じになりたかったんです。
空気が薄い映画館が良くて、
誰かに「大好きだよ。」って言って欲しくて、
どんな手でもギュッて握ってみたよ。
全部、義手だったんですけどね。


 これがAメロである。私は初めてこの歌を聞いた時、強い虚しさと寂しさを覚えた。どうにかして温もりを求めてもがいた末に置かれる全部、〝義手だったんですけどね。〟という一言には、深い空虚さが滲んでいる。偽りの愛情を、体温を感じさせない義手として表現している点にも衝撃を受けた。
 また、〝みんな青春が死んで大人に落ちていっちゃったあの日。〟という歌詞からは、大人になることを喪失として捉える感覚が読み取れる。〝青春が死んで〟という表現には、かつて持っていた純粋さが失われていく痛みが込められているように感じた。そして、自分だけが成長できず、その場に取り残されてしまったような孤独感も表現されていると思う。ここからわかるように、Aメロは全体を通して孤独感を前面に押し出した歌詞になっていることが読み取れる。

古いベッドと黄ばんだシーツで、
名も知らない嘘と抱き合いながら、
今日だけは1人で落ちてみます。
だって、朝日は昇るから。


 Bメロの一部を引用した。Bメロの冒頭は、Aメロの最初の歌詞を繰り返すリフレインになっている。Aメロで描かれていた偽りの愛情や孤独を、Bメロではどこか受け入れているように感じられる。
 私はこの部分を聴いて、結局、自分を愛せるのは自分だけなのだと感じた。誰かに理解されることや救われることを求めながらも、最後に自分を支えられるのは自分自身しかいない、諦めとそれに応じた自愛が滲んでいるように思う。そして、〝だって、朝日は昇るから。〟という歌詞からは、どれだけ一人で堕落し、苦しみ続けたとしても、朝だけは変わらず平等に訪れるという感覚が伝わってくる。だからこそ、この歌詞は「落ちてしまうこと」を否定せず、そのままの姿に静かに寄り添ってくれているように感じた。

「誰の為じゃない自分の為に、
みっともないくらい泣くのもいいさ。」


 ラスサビの一部分であるこの歌詞は、「ブルーフィルム」における最大の自愛を表しているといっても過言ではない。自分の為に、みっともないくらい泣ける人はどのくらいいるだろうか。少なくとも私は泣くことができないと思う。私は、この自分のために泣くという行為こそが、最大の自愛なのだと考える。他人にどう見られるかではなく、自分自身の感情を認め、自分軸で生きることを肯定しているように思えるからだ。 世の中には自然に自愛することができる人とそれがどうしても難しいと感じる人がいると私は思っている。「ブルーフィルム」はそうした人々に対して、自分を愛さなければならないと強制するのではなく、あくまで一つの在り方として優しく提案しているのだと感じた。  
 最後にボーカル石井秀仁氏の歌声について語らせていただきたい。
 彼は、色気を湛えながらも深みのある歌声をしている。どこか人を安心させるような、心地よく耳に馴染む歌声なのだ。その声が、「ブルーフィルム」と非常に相性がいい。歌詞だけでなく、歌声も聞き手の心を優しく包み込んでくれるのだ。
 先ほど引用した〝「誰の為じゃない自分の為に、みっともないくらい泣くのもいいさ。」〟という歌詞は、歌声の背後で石井氏がセリフのように語りかける形で発している。まるで聞き手に語り掛けているようでありながら、同時に自分自身へ言い聞かせているようにも聞こえる。この表現方法もまた、聞き手を受け止めてくれるように感じるのだ。

♢「ブルーフィルム」

 孤独を歌った「ブルーフィルム」はいつのまにか、私の孤独を埋めてくれる一曲になった。この曲を聴いていると、人より出来ない自分を、一人ぼっちな自分を肯定してもいいのかもしれないと思うことができる。少しだけ前向きに生きられるのだ。
 長々と自分の感じたことを書いてしまった。cali≠gariのファンであるガリストの方が読んだ時に、解釈と異なる部分が出てきてしまうかもしれない。そこは大目に見ていただきたい。
 私がcali≠gariに出会ったのは、今から7、8年前のことだ。当時中学生だった私は「嘔吐」や「ママが僕を捨ててパパが僕をおかした日」などを聴き、世の中にはこんなにすごいバンドがあるのかと強い衝撃を受けた。多感な時期だったこともあり、何度もcali≠gariの曲に救われてきた。かつて私を救ってくれたバンドが、曲が、今度は誰かの救いになればいいなと思う。
 新録はCDを買わずともYouTubeで聞くことができるので、機会があればぜひ。

参考文献

・歌ネット 「cali≠gari ブルーフィルム」 https://www.uta-net.com/song/291401/ 閲覧日2026年5月21
・cali≠gari - ブルーフィルム【MV】  https://www.youtube.com/watch?v=Eg5Tfvg27SI&list=RDEg5Tfvg27SI

とりどり歌語り集

2026年7月24日 発行 初版

著  者:ぴのわ 香川槇奈 つな さつき
発  行:二松学舎大学

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