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この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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交差点

クロラブ

合同会社ブロードゥン



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         交差点


1.高木
午前7時45分。妻が亡くなってから11年経った今も、それだけは変わらなかった。高木は毎朝同じ時間に家を出て、毎日通う場所がある。それは家から駅に向かう途中の古い商店街にある小さな喫茶店だった。
カランコロンカラン
「いらっしゃいませ~」
「おはよう」
「あっ おはようございます。 いつものでいいですか?」
「ああ」
カウンターに置いてある朝刊を手に取り、窓際の一番奥の席に座る。少し窓の外を眺めてから、新聞を開く。政治や経済の記事も、スポーツ欄も、ほとんど頭に入ってこない。ただ、新聞を読むと言う行為を毎朝繰り返している。正直家に居てもする事がないので、ここに来ている面もあった。
ただ、妻がいた頃は違った。毎朝妻に起こされ、休日には
「ねぇ 今日どっか出かけない?」と誘われた。そう、家には誰かが居た。でも今は居ない。高木は一口コーヒーを飲み、新聞を閉じた。窓の外では通勤する人たちが、一方通行かと勘違いしてしまうぐらい、足早に駅に向かって歩いている。その中に若い女性が一人逆行していた。何度かこの店の前を通っていて、高木は覚えていた。二十歳くらいだろうか。黒い髪を後ろで束ね、少し疲れた顔をしていた。女性は店の前を少し通り過ぎた所で立ち止まり、こっちへ戻って来て店の扉を開けた。
カランコロンカラン
「いらっしゃいませ」
高木の向かいの壁際の席に座る。
「コーヒーお願いします」
声が小さく、店主が注文を聞き直す。
「ブラックですか?」
女性は少し迷って、
「・・・はい」
と小さい声で答えた。おそらく初めてこの店に来たのだろう。女性も同じように窓の外を高木越しで見ていた時に、高木と目が合った。高木は再び新聞を開いた。別に何も気にする事でもない朝だった。
ただ、その日からだった。高木の11年間止まったままの時間が、ほんの少しだけ動き始めたのは。
それから女性は毎日同じ時間帯に来るようになり、ちょっとしたきっかけから話をするようになった。
「最近あの子よく来ますよね」
「そうだな」
店主が高木の空いたカップに、コーヒーを注ぎにくる。
「元々はこの辺の子じゃないみたいですよ。なんだか昔、事故を起こしてしまったらしく、それでこっちに…」
コーヒーを飲もうとしていた高木の手が止まった。

2.佐伯
大手企業に勤める47歳。営業課長で部下からも頼られていて、責任感の強い言わばエリート的な感じである。朝は7時に家を出て、帰るのは夜9時を過ぎる。
「今日も遅いの?」 
「たぶん」
電車の中での業務連絡。家に帰った頃には、妻はもう自分の部屋に居て、リビングには誰も居ない。息子も大学に進学して家を出ていた。静まり返った家の中で、佐伯は一人で夕食を食べる事が当たり前になっていた。そんな当たり前の中でも、たまにふと考える事がある。家族の為に仕事を頑張ってきた。なのに、いつから家族と話をしなくなったのだろう。
その日も佐伯はいつもの様に帰宅し、テレビを付け誰も居ないリビングで夕食を食べながら、スマホで明日のスケジュールを確認していた。テレビではニュース番組が流れていて、市内で行われる大規模な道路工事について報じていた。何気にテレビに目をやると、内容は頭に入ってこないが、映っていた交差点に見覚えがあった。
(ここって・・・)
佐伯がまだ主任だった頃によく通っていた取引先の近くだった。少し懐かしさを感じながら、またスマホに目線を落とした。それから夕食を終え、お風呂に入り、自分の部屋のベッドに横になった時に、ひとつの記憶が蘇った。
昔、あの交差点の近くで道を聞かれた事があった。
「すみません。市民中央病院へ行きたいのですが、どう行けばいいですか?」
佐伯はアポイントの時間が迫っていて急いでいた。スマホで確認をせず、自分の記憶だけで答える。
「市民中央ですね?  この道をまっすぐ行って、えっと・・2つ目の交差点を右です」
「ありがとうございます」
「佐伯早く行くぞ」
女性は笑顔で歩いて行った。それだけの記憶だった。もう10年以上も前の事だ。なぜ急にこんな記憶が蘇ったのか自分でもわからない。翌朝にはもう忘れていた。
「今日も遅いの?」
「うん」
電車を降りてコンビニでコーヒーを買ってオフィスに入る。この日は終日会議で籠りっ放しで疲れていて、少し早めに帰宅した。いつも自分の部屋いるはずの妻が、リビングでテレビを見ていた。
「珍しく早いね」
「・・・」
返事をする気が無い訳ではない。妻が夕食を温めて、テーブルに並べてくれている間に、部屋着に着替える。そして夕食を食べながら、明日のスケジュールを確認していた。
「そう言えば、昔ここで大きな事故があったよね」
首をあげ、テレビを見た。昨日の大規模工事の交差点が映っていた。そして、事故当時の映像も流れていた。そうだった。あの道を聞かれた日、商談が終わって駅に向かっている時に、大騒ぎになっていたのを思い出した。
「まさか・・・な」
佐伯に疑念が生まれた。


3.美咲
夜の仕事を終え、家路に着く頃には辺りはすっかり明るくなり、眠りにつくのは、いつもお昼前だった。だから朝早く起きて動き出す人たちを見ると、少しだけ別の世界の人に思えた。そんな美咲に最近楽しみが一つ出来た。駅から家に帰る途中にある、喫茶店に寄る事だった。店主はひげを蓄えエプロン姿でのんびり営業している。店内に広がるコーヒーの香り。そしていつも奥の窓際に座っている年配の方。美咲はここに来ると、すごく落ち着くようになっていた。
ある朝、いつもの様に店に入った。
カランコロンカラン
「いらっしゃいませ」
「おはようございます」
美咲は小さく頭を下げた。
「コーヒーお願いします」
「はい」
窓の外を歩いている人たちを眺めている。いつもの年配の方と目が合い、軽く会釈をする。
「お待たせしました」
テーブルに置かれたブラックコーヒー。美咲はこの店に来るようになってから、コーヒーはブラックになっていた。コーヒーを飲み終え、家に帰ろうと席を立った。年配の方は、新聞を読んでいる。レジで財布を出そうとカバンに手を入れるも、財布が見当たらない。
「あっ」
財布をロッカーの上の棚に置いた事を思い出した。
「すみません」
美咲は一度席に戻った。ここは昔ながらの喫茶店で、QR決済など出来ない事は前に確認していた。店主に正直に話すか、どうしようか考えていた時、年配の方が席を立ち、レジへ歩いて行った。
「マスターご馳走様 お代ここね」
年配の方はマスターがレジに来る前に、お金を置いて出て行こうとしていた。
「ありがとうございました」
マスターが少し駆け足でレジに向かう。
「ん? 高木さん! ちょっと待って。多いですよ!」
「それね お嬢さんの分もね」
美咲はハッとし、すぐに駆け寄る。
「いや、すみません。大丈夫ですので」
「ん? 財布ないんでしょ? いいよ、今度また返してくれたらいいしね」
「すみません・・・ ありがとうございます」
それから二人は少しずつ話をするようになった。年配の方の名前は高木さん。
11年前に奥さんを亡くし、今は一人だと言う事を知ったり、夜働いて、その帰りにここに来ている事を話した。ただ、それ以上深い話はお互いにしなかった。
ある日の朝、いつものようにコーヒーを飲んで、家に帰ろうと歩いている時に、道路の向こうから声が聞こえた。
「危ない!」
美咲がその声の方を見る。子供が一瞬道路へ飛び出し、車が急ブレーキを踏んだ。
「キキッーー」
美咲の体が一瞬固まった。その音を聞いた美咲の頭の中に、遠い昔の記憶が蘇りそうになる。母親 私 道路 車 そして何かを落としたような気がした。
「何だっけ・・・」
美咲は小さい声で呟いた。


4.11年前
「ねぇ 今日仕事抜けられたら一緒について来てくれない? 初めて行く病院だし不安なのよ」
「ごめん 今日は忙しいから抜けられないよ」
「そう・・・」
恵子は残念そうに朝食の後片付けをしていた。2週間ぐらい前から妻の体調が良くなく、一度総合病院で精密検査をした方が良いと言い、先週高木が予約していた。
11時だからね。 ここに行き方書いておくよ」
恵子はスマホを上手く使えこなせずにいたので、高木が恵子にメモを渡した。病院までは家から1時間ちょっとで行ける。初めて行くので迷ってはいけないと思い、恵子は予定よりも少し早めに家を出る事にした。
電車を乗り継ぎ、最寄りの駅へ到着した。メモの通り西口から出たのは1013分だった。ここから徒歩12分。時間に少し余裕もあり恵子は安堵感に包まれたが、それはすぐに消えてしまう。駅から数分歩いて来たが、どの交差点で曲がるのかわからなくなっていた。前からスーツを着た男性二人が少し早歩きでこっちに向かってくる。
「すみません。市民中央病院へ行きたいのですが、どう行けばいいですか?」
「市民中央ですね?  この道をまっすぐ行って、えっと・・2つ目の交差点を右です」
「ありがとうございます」
「佐伯早く行くぞ」
恵子はまた安堵感に包まれた。男性が教えてくれた通り、交差点を1つ越え、2つ目の交差点で右に曲がろうと横断歩道の前で信号待ちをしていた。

「ねぇママみて」
「歩きながら回していたら危ないよ」
女の子が嬉しそうに、キーホルダーを指でクルクル回しながら歩いていた。
「あっ」
指から抜けたキーホルダーが道路の方へ飛んでいく。それを取りに行こうと女の子が駆け出す。
「美咲!」
道路へ1メートルほど出たところで、母親が女の子の腕をつかんだ。その瞬間、交差点の向こうから車のクラクションとブレーキ音が響いた。
「キキッーーーー」
車は二人を避けようと反対車線に飛び出してしまう。反対車線にいた車は、飛び出して来た車を避けようと、ハンドルを左に切る。
「ガッシャーン」
そのまま歩道へ突っ込んで止まった。一瞬の出来事だった。
「おい救急車! 一人倒れているぞ」
母親は女の子を事故の方が背になるようにし、抱きしめた。

ちょうど昼食を何にするか同僚と話をしている時に、高木のスマホが鳴った。
登録されていない番号が表示されている。末尾は110。
「こちら中央警察ですが、高木さんの携帯電話でしょうか?」
知らない男性の声。
「はい」
「高木恵子さんは奥様でしょうか?」
「そうですが… 妻がどうかしましたか?」
嫌な予感がした。電話の向こうで男性が言葉を選んでいる。
高木はハッとしたような顔で立ち上がった。そして伝えられた病院へ向かう。それは今朝妻へ伝えた、市民中央病院だった。
「恵子! 嘘だろ どうして・・・  どうして・・・」
妻はすでに亡くなっていた。警察から事故の状況等を聞かされたが、あまり記憶がない。ただ1点だけ疑問が残る。どうしてこの交差点を曲がろうとしていたのか。ここを曲がってしまうと市民中央病院へは少し遠回りになってしまう。だから一つ先の交差点を曲がるのが自然だ。この事だけがずっと引っかかっていた。


5.交わり
高木は月命日には必ず交差点へ行っていた。
(恵子 どうしてここを曲がろうとしていたんだ…)
11年間この事だけが、わからなかった。それから家に帰って遺留品を見返す。
かばん 時計 スマホ 財布 そしてあの朝に渡したメモ。血の跡が黒ずんで、もう「市民中」ぐらいしか読めない。普段使っていた物だけを手にとり、少し眺めてからまた衣装ケースにしまった。他にも服や靴、病院の書類など全て事故当日のまま残しているが、それにはなぜか手に取る事はなかった。

「課長 何撮ってるんですか?」
「あ いや、何でもない」
佐伯は交差点の近くに居た。今は直属の部下があの取引先の担当だった。あの大規模工事のニュースを見てから、ずっと気になっていた。そして家に帰ってあの日の事故をネットで調べた。まずは交差点の名前と事故で検索をかける。すると何件か事故の記事が出て来た。その中から10年前ぐらいの記事を探す。
7月3日 午前1030分頃 立花1交差点で事故 死亡したのは高木恵子 53
11年前の7月… 大体の時間が合っている これだ)
佐伯は食い入るように見る。しかし詳しい事故の詳細までは掲載されていなかった。
週末、佐伯は近所の図書館にいた。11年前の7月3日の夕刊と、7月4日の朝刊を全て調べていた。どんな小さな情報でも欲しかった。
(違っててくれ…)
自分の中の何とも言えない感情を消し去りたかった。図書館のパソコン画面を指でなぞりながら探している。
(あった)
帝都新聞の記事に、小さく掲載されていた。記事を読むも、先日ネットで掲載されていた内容とほぼ同じで、新しい情報はなかった。
そのまま同じように探していると、5社目の東西新聞にも掲載されていた。少し目を細めながら記事を読む。ほどなくして指が止まった。
(やっぱり… あの女性かもしれない…)
佐伯は愕然とした。

7月3日 午前1030分頃 立花1の交差点で高木恵子さん(53歳)が乗用車に跳ねられ、死亡しました。中央署によると、高木さんは市民中央病院へ向かっている途中で、立花1の交差点を東に渡ろうと信号待ちをしていたところ、乗用車が突っ込んできたと言う事です。運転していた男性は、女の子を避けようと対向車が反対車線に飛び出し、それを避けようと歩道に乗り上げたと容疑を認めている。同署は両方の運転手から事情を聴いている。

気付いたら佐伯は立花駅に居た。雨は午後からの予報だったが、午前中から降っていた。駅から少し歩いたところで立ち止まる。
「ここで道を尋ねられたんだ…」
あの交差点の方を見ながら呟いた。そして交差点の方へ歩いて行った。1つ目の交差点を渡り、2つ目の交差点に来た時に目が留まる。
(お花だ…) 
佐伯は何かに気付いたかのように、ポケットからスマホ取り出し、画面をみた。
4月3日 1347分 
(今日は月命日にあたる。遺族の方が手向けに来ているのかもしれない)

立花駅を降りた頃には小雨が降り始めていた。高木は傘を差しながらしゃがんで手を合わせる。そして立ち上がって少し辺りを見回し、駅の方へと歩いて行く。
「高木さん?」
傘で顔がよく見えなかったが、美咲が男性に声をかけた。高木が振り返る。
「あれ 美咲ちゃん?」

カランコロンカラン
「いらっしゃいま・・ あれ 2人揃って珍しいですね」
「立花駅の近くで会ってね」
「今日は3日ですもんね」
「美咲ちゃん昔あの辺りに住んでたんだって」
「へぇ それは偶然ですね」
「はい」
2人は窓際の一番奥の席に座った。
「お腹空いたねぇ 美咲ちゃん ランチでいい?」
「はい」
「マスター ランチ ツーで」
高木がピースしながら注文をした。カウンターにサラリーマン風の男性が座っている。
食後のコーヒーを飲みながら、美咲の話になった。
「ところで美咲ちゃん どれぐらい立花に住んでいたの?」
「私あの駅の反対側にある、総合中央病院で産まれたんですよ」
「そうだったの」
「で、ずっと居たんですけど、9歳の時だったかな、ちょっと事故があって…」
「事故?」
10年ぐらい前か。 そう言えば前にマスターが言っていたのを思い出した)
「はい 私もあんまりよく覚えてないんですけど、お母さんと歩いている時に私が何か落としたらしく、それを拾いに道路に飛び出してしまって…」
「それで美咲ちゃんが事故にあったの?」
「いえ、私じゃなくて… 車が私を避けようとして、それで… 反対側の車も避けようとして、他の方にぶつかったみたいなんです…」
「それで?」
美咲は一瞬マスターと目が合い、目線を少し落とした。
「私も後から聞いたんですけど… そのぶつかった方が亡くなったって…」
高木は持っていたカップをテーブルに置き、目を閉じた。
「それから少しして、こっちに引っ越してきました・・・」
少しの沈黙の後、高木はゆっくりと目を開いた。
「美咲ちゃん… 美咲ちゃんの落した物ってミッキーマウスのキーホルダー・・・ じゃない?」
美咲はハッとした。
(そうだ。前日にディズニーランドに行って、お父さんに買って貰った物だ)
マスターが心配そうにこっちを見ている。美咲は困惑した表情で高木に聞いた。
「高木さん・・・ なんで・・・」
「その亡くなった人はね・・・ 高木恵子 僕の妻だよ」
「え・・・ うそ・・・・・・」
見開いた美咲の目から涙がこぼれた。


6.12
「わざわざありがとうね」
美咲からお願いをして、高木と一緒に交差点にきていた。二人でしゃがんで手を合わせてから、高木だけが立ち上がった。美咲は恵子に謝罪していた。高木は少し気を使い、2,3歩後ろに下がって、少し辺りを見回した時に、男性と目があったが、男性はすぐに目を逸らした。
「すみません お待たせしました」
美咲は少し涙を拭きながら立ち上がった。二人が駅の方へ歩いて行こうとした時に、目が合った男性が近づいてきた。
「あの… 大変失礼ですが、高木さんでしょうか?」
「そうですけど・・・ どなたですか?」
「わたくし 佐伯と申します。実は事故の事で… お話したい事があります」
いつもの佐伯とは程遠い小声で、申し訳なさそうに話している。
3人はそのまま立花駅の前にあるカフェに入った。高木と佐伯は先に席の方に向かい、美咲はレジの方へ向かった。すぐにトレイを持った美咲が高木の横に座った。
高木はストローで軽くかき混ぜた後、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「佐伯さんって言ったかな。 事故の事で話っていうのは・・・」
「すみません… 実は… 僕のせいなんです」
佐伯は頭を下げた。
「ちょっと 急にどうしたんですか?」
「あの日、そこで奥様に道を聞かれたんです。市民中央病院はどこですかって…」
「ほんとに?」
高木が少し前のめりになった。
「はい… それであの時急いでいて、確認せずに2つ目の交差点を右に曲がると言ってしまったんです。でもその後、商談が終わって帰りの電車で確認したら、本当は3つ目の交差点を…」
「そうか。そういう事だったのか。ようやくわかったよ」
佐伯は顔を上げ、高木を見た。
「佐伯さん それを伝えに来てくれて本当にありがとう」
「え? いやでも… もし僕が3つ目の…」
「君の言いたい事はわかる。でも、もういいんだよ」
「いやでも・・・    すみません・・・  すみません・・・」
佐伯は何度も頭を下げた。美咲は高木の隣で泣いていた。
「二人とも本当の事を知ってしまって、余計に気が滅入ってしまったんじゃないか?」
(二人とも?)佐伯が少しひっかかった。
「佐伯さん 私もなんです」
美咲は佐伯に事故当日の事を話した。佐伯は少し驚いた様子だったが、静かに聞いていた。二人は下を向きながら、何も話せないでいた。
「来月でちょうど12年か…」
高木が呟く。
「・・・」
「僕から二人に一つお願いしてもいいかな?」
高木は少しにこやかな顔で二人を見た。
「はい・・・」
「来月家に来てくれないか?」
「え?」
佐伯と美咲が見合った。
「そして恵子に線香をあげて欲しい。それで二人共自分を責めるのは終わりにして欲しいんだ」
「高木さん・・・」

その日も交差点に高木は居た。両手を合わせて立ち上がろうとした時に、男女の二人組の会話が聞こえてきた。
「ごめんね 間違えちゃって」
「ううん 間違える人多そう…」
高木は何も気に留める事無く、立ち上がり、駅の方へと歩いて行った。そして家に着き、いつもの様に遺留品が入っている衣装ケースを開けようとした時に、蓋を止めている部分が折れてしまった。
「他の衣装ケースに入れ替えようか・・・」
高木は小さい声で呟いた。
かばん 時計 スマホと、いつものように取り出し、そしてその下にある透明のビニール袋に入った服と靴を取り出した。すると一番下に市民中央病院と書いてある薄い水色の封筒が出て来た。この中には当時、病院での恵子の状態や処置した内容が記載された書類、そして警察関係書類が入ってある。高木は事故当時から一度も見る事が出来なかった。
佐伯と美咲に会い、事故の真相を全て知った高木は、あの日以来初めてその封筒を開けた。病院での処置内容、警察署で書いた確認書、どれも目を瞑りたくなる内容。さらっと目を通しながら、書類をめくっていた。
「ピンポーン」
「はーい」
高木は玄関の方を見て、少し急いで書類を封筒にしまったが、小さな紙が一枚落ちた事に気付かず、玄関へ向かった。
「いらっしゃい 二人ともよく来てくれたね」

落ちた小さな紙は予約票だった。
診療予約票 7月3日 午前1100分 初診 高木恵子様 
右下には「総合中央病院」と記されていた。

交差点

2026年8月28日 発行 初版

著  者:クロラブ
発  行:合同会社ブロードゥン

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