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近代看護の基礎を築いたナイチンゲールは、彼女の人生において徹底して「考える」「考え抜く」ということを、彼女の人生を通じて、また、看護師・社会改革者としての活動を通じて行っていた。
ナイチンゲールは、『看護婦の訓練』(1882年)において、次のように言っている。
『思考によって何をしなければならないかが分かる。』、そして、『思考は訓練を必要とする。』
ナイチンゲールは、看護師には専門的な訓練が必要であるとして、1860年にロンドンに看護婦養成学校を創設した。そして、ナイチンゲールがこの看護婦養成学校の看護婦と見習生に宛て書簡(1873年)の中の一節に、次のような内容を書いている。
『どのような訓練を受けたとしても、もし感じることと自分でものを考えること、この 2つが会得できていなければ、その訓練も無用なものとなってしまうのです。』
ナイチンゲールは、看護婦とは、自分で感じ取り、自分で物事を考えることができるようにならなければならないことを力説しており、そのためには訓練が何よりも大切であることを説いていた。
今日の看護の領域では看護理論、地域看護、看護管理、看護研究、感染看護、さらには、災害看護に至るまでその源泉は、必ずと言っていい程ナイチンゲールの看護(論)にたどり着くと言っても過言ではない。すなわち、ナイチンゲールの看護思想は看護学の発達史上の原点であると位置づけられ、その考えは今日に至っても、看護のあらゆる分野につながっているのである。
今回のテーマ『ナイチンゲール看護論におけるクリティカルシンキング』では、クリティカルシンキングを取り挙げ、『理にかなって熟慮すること』であり、『確信すべきことや行動すべきことに焦点を当てる』、『意図的な目的をもち思考型の考え方であり、技術』を基本とした思考能力と批判的・反省的思考を推し進める態度から構成されており、一般的には現象を抽象化したり、情報から推論したり、証拠となるデータを集めながら、論理的に判断していく能力など様々に定義される。
看護におけるクリティカルシンキングについては、後の章で詳しく掘り下げて述べるが、米国では全米看護連盟が 1989年からこのクリティカルシンキングを導入し始めた。さらに米国の看護大学でも独自の定義を設けてカリキュラムに取り入れてきた。
今日の世界では科学やテクノロジーの急速な発展に伴い、すべての知識を看護学生に教えることが不可能になり、看護学生が様々な情報をいかに統合して、思考力や問題解決能力を駆使して、看護を実践していく必要があるかということが問題となり明らかになってきている。
ナイチンゲールが19世紀の英国において取り組んだ衛生問題の改革的な取り組みと活動は、クリティカルシンキングの観点から見てみても、ナイチンゲールこそが看護界において優れたクリティカルシンキングの先駆者であることを現わしていることが明確に分かる。
本書では、このことを明確に示し説明するとともに、ナイチンゲール看護論におけるクリティカルシンキングを学ぶことで、現在の看護師が行う日々の臨床看護における判断力を養うための一助となることを示したい。
現代の看護において、どのようにクリティカルシンキングが説明されているのか。これから看護師が行うクリティカルシンキングを述べていく際に、まず、日本看護科学学会が「クリティカルシンキング」について定義づけを行っている内容が参考になるので、確認してみてみよう。
看護師は、日々の臨床での看護の現場に於いて、様々な健康上の問題を抱える人々と接し、その対象となる患者に対し最高の看護を受けられるように努力しなければならない。
看護アセスメントから看護診断、そして、看護評価に至るまでの看護過程において用いる技術の一つがクリティカルシンキングである。それは、科学の原理と方法を基盤として、憶測ではなく証拠(事実)を基に判断を下す思考、探究的態度、経験などに基づいて行われなければならない思考能力と技術である。
クリティカルシンキングとは、能動的、系統的な認識の過程において行われるものであり、自分や他者の考えを注意深く検証するために用いられるものである。直面している問題の存在を認識し、その問題に関連する情報を探索・分析し、推測や証拠も活用しながらその情報を評価し、結論を導き出すことが含まれる。
クリティカルシンキングの技術には、解釈、分析、推論、評価、説明、自己規制という項目が挙げられる。
そして、このクリティカルシンキングを用いるためには、真実の探索、偏見をもたない開かれた心、分析性、組織性、自信、知的好奇心、成熟といった概念が必要である。
看護師は、効果的にクリティカルシンキングを用いるために、問題に直面したとき、安易に一つの解決策に飛びつくのではなく、問いかけ続ける姿勢と最新の情報を受け入れる力をもっており、どうすればよいか、どう考えればよいかということの選択肢に焦点を当てる。
看護を提供することは、正確で適切な臨床上の意思決定を行う責任を負うことである。看護行為における意思決定は、問題の解決に焦点を当てたクリティカルシンキングの結果として生まれるものであり、その意味で、クリティカルシンキングは、看護職としての実践において重要かつ不可欠な技術であると言える。
【日本看護科学学会が定義するクリティカルシンキング】
「看護実践におけるクリティカルシンキングは、多様な健康上の問題を抱える人々が最高の看護を受けられるようにするために用いる技術であり、科学の原理と方法を基盤に、憶測ではなく証拠(事実)を基に判断を下す思考、探究的態度、経験などに基づいている。クリティカルシンキングとは、能動的、系統的な認識の過程であり、自分や他者の考えを注意深く検証するために用いられるもので、問題の存在を認識し、その問題に関連する情報を探索・分析し、推測や証拠も活用しながらその情報を評価し、結論を導き出すことが含まれる。クリティカルシンキングの技術として、解釈、分析、推論、評価、説明、自己規制が挙げられる。
そして、クリティカルシンキングを用いるためには、真実の探索、偏見をもたない開かれた心、分析性、組織性、自信、知的好奇心、成熟といった概念が必要である。すなわち、効果的にクリティカルシンキングを用いる人は、問題に直面したとき、安易に一つの解決策に飛びつくのではなく、問いかけ続ける姿勢と最新の情報を受け入れる力をもっており、どうすればよいか、どう考えればよいかということの選択肢に焦点を当てる。看護を提供することは、正確で適切な臨床上の意思決定を行う責任を負うことである。意思決定は、問題の解決に焦点を当てたクリティカルシンキングの結果として生まれるものであり、クリティカルシンキングは、看護職としての実践において重要かつ不可欠である。」
参考文献
1)Patricia A. Potter, Anne Griffin Perry(著)/井部俊子(監):看護学名著シリーズ ポッター&ペリー看護の基礎―実践に不可欠な知識と技術, エルゼビア・ジャパン, 2007.
2)Rosalinda Alfaro‐LeFevre (著)/ 田原勇, 江本愛子, 牧本清子,他(訳):アルファロ 看護場面のクリティカルシンキング,医学書院,1996.
●クリティカルシンキングとは
「クリティカルシンキング(批判的思考)」には複数の定義がある。
クリティカルシンキングとは、
第一に、クリティカルシンキングは、証拠に基づく論理的で隔たりのない思考、すなわち、客観的・多面的に物事を捉える思考である。
これは論理学、統計学、科学的方法論に依拠した基準に基づく思考と言い換えることができる。クリティカルシンキングの知的基準としての明瞭さ、的確さ、正確さ、妥当性、深さ、幅論理的、重要性、公平さを上げている。
第二に、クリティカルシンキングは、人間の意識的な内省(リフレクション)を伴う熟慮的な思考である。これは相手を批判するということよりも、自分の思考について意識的に吟味するメタ認識向思考である。メタ認知的思考とは、自身の思考の上位にあって、自分の思考が正しく行われているかをモニターし、隔たりがあれば、全てをコントロールする内省的な思考を指す。
クリクティカルシンキングは、意図的で自己統制的な判断であり、自分や他者の思考や行動を支えている過程を省察し、別の思考方法を塾考することである。人の心の捉え、働きを捉える心理学では、クリティカルシンキングをどのように捉えているのかを見る。人が思考や判断を行うプロセスを大きく 2つのシステムに分けて考えることができる。クリティカルシンキングは熟慮的で論理的な思考として自動的で感情的な処理による直感的思考をコントロールするシステムとして位置づけることができる。
第三に、クリティカルシンキングは汎用的な思考力である。仕事、学習、生活など様々な場面において、その目的達成のために情報収集し、情報を評価分析し、推論して質の高い問題解決や決定をする際に働く思考である。
特に看護の実践においては、信頼できる情報を多角的に集め、判断するクリティカルシンキング能力はエビデンスに基づく看護エビデンスベイストナーストシングを実践し、看護師が経験からの学習として成功するための土台となる能力である。これまで看護教育では看護の専門的知識やスキルの習得によって即戦力を持った看護師を育てることが目標であった。
これからは従来型の教育に加えて、クリティカルシギングを成し育成することにより、生涯にわたって自らの経験した学習をし、適切に判断できる自律的な看護師を育てることが、現代において、さらに未来の看護教育における目標となる。
クリティカルシンキングの育成、医療をめぐる情報状況が変化する中での看護実践の多様性と複雑さの専門的な対応として必要なことである。
クリティカルシンキングは、看護過程アセスメント、看護診断、計画介入、評価を支える思考力と態度の中核に位置しているのである。看護師の直面する重大な場面として、以下のことがある。
●初心者を学ぶとき、初心者を指導するとき、
●患者や家族に接するとき、
●倫理的・論争的な問題(安楽死、人口中絶、臓器移植、遺伝子診断、代替療法に直面したとき、
●専門分野の文献の読解研究を行うとき。
しかし、看護の仕事には膨大な仕事量と時間の制約がある。例えば、患者の在院日数が短くなっているため、看護診断においてじっくり立ち止まって、クリティカルシンキングを行うことが難しい状況になっている。さらに、認知能力や知識における限界や外部内部からのプレッシャーによってつかるシンキングが発揮できないことがある。また、看護の場面ではクリティカルシンキングを一人で働かせるよりも、相手との共同的な活動の中で働かせることが重要である。
こうした点に基づいて、クリティカルシンキングに基づく行動とそうでない行動を特徴づけると、次のようになる。
クリティカルシンキングに基づく行動とは、
●相手の発言に耳を傾け、考えや論拠、感情を的確に理解すること。
●立ち止まって考えること。賛否容量の立場からじっくり考え評価すること。
●論拠に基づいて、前提や理由を系統だてて相手に説明すること。
●目的状況、相手の感情、文化、価値観を考慮して実行すること。
一方、クリティカルシンキングにも基つがない行動とは、
●相手の発言に耳を傾けず、議論を退ける表面的な評価をする。
●揚げ足を取る・人を惑わせる・正当でない評価を出す。
●証拠に基づかない先入観や偏った解釈によって説明する。
●目的状況を相手の感情、文化、価値観を考慮しない。
このようにクリティカルシンキングには、論拠や論理とともに、他者の異なる考え方に耳を傾け、その考えを取り入れながら問題解決をはかるような協力的な営みが重要である。これは西洋で直接育まれたクリティカルシンキングとは異なるものである。日本の社会文化に適合したクリティカルシンキング;批判的思考が重要である。
したがってクリカティカルシンキングを正確に遂行する能力やスキルだけでなく、日々の看護の場面において適切な場面かどうか判断してクリティカルシンキングを実行することや、議論の場面において、相手の感情に配慮しつつ、相手の意見を受け入れ、お互いが納得できる解決を導くことは、クリティカルシンキンの評価基準として重要であると言える。
●クリティカルシンキングのプロセスと構成要素
クリティカルシンキングは、患者のアセスメントを正確に行い、的確な診断に基づいて計画を立案し、適切な看護介入を行い、その評価を行うことを言う。看護過程において不可欠な技術である。
クリティカルシンキングと看護過程は、プロセスと構成要素において類似性を持っている。ここで取り上げる情報の明確化・推論の土台の検討、推論、行動決定と問題解決というクリティカルシンキングの 4つの主なプロセスと構成要素からなるフレームワークは、看護過程のアセスメント分析、診断計画、看護介入と評価に対応づけることができる。こうした点からアルファロは看護過程の経験を通してクリティカルシンキング能力を高められると述べている。その理由として、看護過程は次のような特徴を持っているからである。
●目的的、計画的、系統的、さらに人間的であること。
●段階的、循環的ダイナミックであり、先を見越すエビデンスに基づく直感的論理的であること。
●結果をよく見直す創意工夫する工場を目指すものであること。
これが看護実践におけるクリティカルシンキングのステップである。
(1)情報の明確化
情報の明確化は、診断計画立案などに先立って、その根拠となる患者の言動・データ・出来事などの情報を集めることである。そこには以下の行動がある。
●患者の客観的データ(検査データ)など主観的データ(様子、言動など)、ニーズ要望や訴えなどや心配事(語られない事柄も含む)などを明確化すること
●患者との対話において傾聴し、必要に応じて質問をしてわからないことや曖昧な言葉を明確化(定義)することである
●問題(仮説・前提・危険性などに焦点当て明確化を行うこと
●患者や患者に関わる人の発言の論理(結論、理由や根拠、技術、意見を分析し。隠蔽された前提を明らかにすること。
以上のような行動はアセスメントを適切に行うために必要である。看護の標準的なお及び理論的枠組みで捉え、患者の健康状態や問題を把握することが重要である。また、関連図を描くことは、患者の基本情報症状、疾患治療内容、副作用、看護内容などの関連を明確化することにつながる。加えて、情報の明確化というステップはプロセスの上位にあるメタ認知の影響を受けている。メタ認知は自らの思考の各プロセスをモニターし、明確化は不十分な事柄を特定し、再度、明確化を行うようにし、認知をコントロール制御する自己制御の働きを担っている。
したがってステップの最初の段階だけでなく、後に続く 3つのプロセスにおいても目さらなる明確化が行われる。
(2)推論の土台の検討
推論を行う前には、推論を支える根拠となる情報を検討することが大切である。根拠となる情報には、患者や家族の言葉や行動、出来事、観察結果、カルテ、検査データ、他の医療スタッフから得た情報や意見などがある。
これらの情報を分析して、その後の推論に利用できるかどうかを信頼性や接合性、重要性などに基づいて評価する。
看護診断に関わるデータや証拠は、数も多く複雑で、不確実性を伴う難しさがある。主な推論の土台の検討には、以下の 2つ、「根拠の確かさの検討」と「隠れた前提やバイアス」の検討がある。
●根拠となる情報が確かであるかを判断するために、情報源が信頼できるか、異なる情報間で一致しているか、確立した手続きに従って集めたデータかなどの視点に基づいて吟味する。
●根拠となる情報に隠れた前提や認知のバイアス(偏り、思い込み)があれば、それに気づき、前提を明らかにし、バイアスを修正する。
例えば、他の医療スタッフや患者との話し合いがかみ合わない場合、理由と主張との間に飛躍がある場合には、言葉にされていない暗黙の前提や認知バイアスが存在していることがある。これは相手方、自分側の双方に原因があり得る。暗黙の前提を明らかにし、解決するステップの一例は次の通りである。
●相手と話をしたり、相手の背景を調べて隠れた前提を明確にする。
●自分の意見を分析して隠れた前提に気づく。
●食い違う自他の前提に焦点を当て、妥当性を吟味する。
●事実前提の相違には、証拠や定義の違いをすり合わせて対立を解消する。●価格前提の総意は互いの価値観を尊重して解決を探る
(3)推論
推論とは、根拠から結論を導くプロセスである。看護診断においては、主な推論として「帰納・一般化」「演繹」「価値判断」がある。
<帰納;一般化>
帰納は、複数の証拠に基づいて、結論を導く一般化のプロセスである。個々の事例を類似性に基づいて分類したり、因果関係や一般的なルールを導いたりする推論であり、診断において重要な役割を果たしている。例えば、患者のデータ、徴候などの様々な手がかり、病歴などの情報収集し、原因を探り、予測することである。大きくは次の 3つのステップに分けることができる。
●証拠獲得では、証拠を偏りなく、多面的に多数集めることが重要である。あらかじめ立てた仮説や見込みを確証する情報だけではなく、反証情報も探索することが大切である。しかし、人は確証する情報だけで結論を出したり、少数事例や偏った事例から過剰に一般化してしまう傾向がある。
●仮説形成では、証拠に基づいて一般化を行い、仮説を形成する。
●仮説検証では、仮説に基づく結論を証拠に基づいて評価し、仮説を保持するか修正するか、棄却して、新しい仮説を形成するかを決める。仮説を採用するかどうかを判断する場合は、仮説を支持するプラス;積極側の根拠と仮説を支持しないマイナス;消極側の根拠について、根拠の数と強さの両方を比較することが重要である。
帰納に関わる推論として、過去の類似経験に基づく類推アナロジーがある。ただし、類推を見かけだけの類似性だけに基づいて行うことは危険である。経験の反復を通して事例を積み重ね、事例の本質的な類似性(関係や構造レベル)の類似性に気づいて、帰納によって類似性の規則を抽出することが重要である。それができていないと見せかけの類似性に基づく間違った類推をする恐れがあるためである。看護教育における類推能力を育成する教育事例実践例について紹介されている。
<演繹>
演繹 、三段論法などの一般的な推論基準に規則に従って、複数の前提を正しいと仮定したとき、前提に基づいて結論を導く推論である。演繹の判断においては、前提が正しいか推論過程を簡略化してないか、論理的な矛盾はないか判断が重要である。
<価値判断>
価値判断では、多面的な情報を集め、比較統合して背景事実、リスクとベネフィット、価値、倫理などを考慮に入れてバランスの取れた判断をすることが大切である。
●当事者の視点を取って問題を明確化する。
●当事者の価値観、状態、権利、規則の根拠を知る。
●自分の価値観か能力、客観性を知る。
●上司のアドバイス、助けを求める
●必要であれば、別の方法も含めて、当事者の視点から評価する。
●上記のステップを踏まえて、価値判断をして行動計画を立てる。
●計画を実行し、計画が結果がうまくいったかどうかモニターする。必要に応じて適切な時点のステップまで戻る。
<行動決定と問題解決>
「情報の明確化」から「推論のプロセスに基づいて結論を導き、状況を踏まえて行動決定や問題解決を行う」。ここでは結果を予測したり、目標に照らして適切な基準を設定したりして選択肢を比較し、優先順位をつけることが重要である。看護においては最も重要なプロセスであり、次の 4つに分けて考えることができる。
①計画について、状況全体を考慮した上で、看護介入や行為の選択肢を吟密する。
②計画を実行(看護介入や行為)にする。
③実行過程をモニター(患者の反応のアセスメント)する。
④問題解決ができたかを評価して、行動決定の修正や次の行動決定をする。
「情報の明確化」から「行動決定のプロセス全体を通して的確の思考を行う」には、「情報の明確化」で述べたように、メタ認知、すなわち自らの認知プロセスをモニターし、コントロールすることが重要な役割を果たしている。
特にクリティカルシンキングを働かせるためには情報の明確化のプロセスを始める前の段階で状況目的と文脈を解釈して、クリティカルシンキングを働かせるかどうかのメタ認知的判断をすることが必要である。正しく判断することを目標としているときには、クリティカルシンキングの実行が促進される。目標によっては、クリティカルシンキングの実行を停止することもあり得る。クリティカルシンキングが要求される状況とそうでない状況を判断することを学ぶ必要がある。
「行動決定のプロセス全体を通して的確な思考を行うには、」プロセスの終えた段階で導いた結論をもとに、状況との適合性を考慮して良い結果を得られるような効果的行動を構成する必要がある。この段階において、クリティカルシンキングに基づく言葉や行動を表示すると悪い結果が生じるとメタ認知的判断を行った場合は、それを抑制すること、患者さんの心を傷つけるならば、表出を抑制することが必要である。
クリティカルシンキングの実行には、患者や家族、他の医療スタッフとの相互作用のプロセスが重要である。特にクリティカルシンキングに基づく結論や考えを患者や家族、他の医療スタッフなどに伝えるためには、相手の心情に配慮しつつ、結論や考えを明確に表出・表現して伝えるコミュニケーションスキルも重要である。自分の能力や状況に応じて上司、先輩や道理を他職種の専門家などの適切なアドバイスや助力を求める必要がある。
●クリティカルシンキングの態度と意識
①態度
・クリティカルシンキングの態度は、クリティカルシンキングの各プロセスの遂行を支えている。心理学における「態度」とは、日常語の意味と異なり、行動をすぐに実行できるように準備している状態のことである。すなわち、クリティカルシンキングのスキルを持っていても、クリティカルシンキングの態度が備わっていなければ、看護の実践において適切にその能力を発揮することはできない。では、クリティカルシンキングの態度とはどのようなものであろうか。その態度尺度の一例を以下の通り示す。
【論理的思考への自覚】
・議論の前提や用語の定義を正確に捉えて考えようとする
・誰もが納得する論理的説明を使用とする
・他の人の考えを自分の言葉で纏めてみようとする
【探求心】
・いろいろな考え方の人と接し、多くのことを学びたい
・生涯にわたり新しいことを学び続けたいと思う
・様々な文化について学びたいと思う
【客観性】
・いつも偏りのない判断をしようと思う
・物事を決めるときには、客観的な態度を心がける
・一つ二つの立場だけでなくできるだけ多くの立ち場から考えようとする
【証拠の重視】
・結論を下す場合には、確かな証拠があるかどうかにこだわる
・判断を下す際には、できるだけ多くの事実や証拠を調べる
・行動をとるときには、はっきりとした根拠に基づくようにしている
②知識
・クリチカルシンキングの4つのステップ(情報の明確化、推論の土台の検討、推論、行動決定を支える汎用的な知識とスキルである。これらは看護領域以外のものとも共通している。一方、領域固有のものは、看護領域の専門的知識の過ぎるのであり、看護診断において不可欠のものである。これは、看護教育、そして、看護の仕事の経験を通じて獲得される。
■クリティカルシンキングの育成;教育実践と測定
●クリティカルシンキングの教育がなぜ必要か
・クリティカルシンキングの教育がなぜ必要か考えてみよう。
第一に、クリティカルシンキングを身に着けることは、看護学を学ぶ学生として、また、看護師としての実践を行うために必要である。特に、看護師として、複雑な判断を日々行い、新しい状況に適応し、新しい知識やスキルを学習する際に、クリティカルシンキングを身に着けることによって、より良い遂行能力を発揮することができる。
第二に、クリティカルシンキングは、自己中心的思考や先入観にとらわれず、異なる立場の人の意見に耳を傾け、共同して問題解決をすることを促進するからである。これは看護師の仕事が患者や家族、他の医療スタッフなどのコミュニケーションによって支えられているため、重要なことからである。
第三に、クリエティカルシンキングを身につけることは証拠に基づいて考えを明確に自信を持って発言することの土台となる。看護師として同僚や患者家族を説得する場面において、クリティカルシンティングに基づくコミュニケーションは、相手を動かす力を持つことになる。時には相手の間違いを正すことも必要であるが、論理や証拠だけではなく、相手の感情や価値観にも配慮したコミュニケーションが大切である。また、ミーティングや研究会においても質の高いプレゼンテーションをしたり、レポートをまとめる土台となる力である。
第四は、看護の現場はストレスの多い職場であるが、クリティカルシンキングにおいて客観的合理的に分析して解決策を考えること、理論において批判もされても批判は議論に対するものだと捉えて、自分の人格に向けたものと受け取らないことなどがある。これらはストレスにうまく対処するレジリエンス、精神的回復力につながる。
第五は、クリティカルシンキングはジェネリック汎用スキルであり、看護だけではなく、学習研究、日常生活の様々な場面において、適切な判断と決定を支えている看護師であるとともに予期し、市民として生きていくために必要な能力であると言える。
●クリティカルシンキングの教育方法
クリティカルシンキングを教えることができるか、さらに教えることができるとしたら、どのようにすればうまく教えることができるかは、教員がまず考えなければならない問題である。現在、主流となっている考え方はクリティカルシンキングを構成するスキルを教えることによって、学習者はクリティカルシンキングができるようになるという考え方である。
ここではクリティカルシンキングの教育は、クリティカルシンキングの中の汎用的教育であり、クリティカルシンキングの能力の優れたものは多くのスキルを持つと考えられる。しかし、汎用的な思考スキルだけを訓練するよりも、具体的な場面での問題解決過程全体の中で教える方が、学習効果が大きいことを複数の研究が示している。例えば、看護教育を通してクリティカルシンキングを教える方が、クリティカルシンキングだけをトレーニングするよりも、効果が大きい。また、専門教育前の教養教育においてある特定の領域を事例として教えるときには、他の領域への転移波及を想定することが重要であることが示されている。
こうしたことを踏まえて、クリティカルシンキングの教育と学習の構成要素として、以下の 4つが挙げられる。
①思考スキルを明示的に教育教授する訓練、
②意識的な思考や学習のためのクリティカルシンキング態度の育成、
③思考スキルが養育文脈を超えて、転移するように問題構造に着目する学習活動、
④自分の思考プロセスをモニターするためのメタ認知能力、意識的な政策の育成。
こうした構成要素を組み込んだクリティカルシンキングの教育方法には、そのウェイトの置き方によって大きく分けて、次の 4つのアプローチがある。
【汎用アプローチ】
第一の汎用アプローチは、領域普遍的なクリティカルシンキングについて、ライティングリーディングなどの初年時教育や論理学、倫理学なの教養教育の授業の中で練習し、明示的に教える方法である。その後、各専門領域の転移を目指す。
【導入アプローチ】
導入アプローチは、看護などの専門教育にクリティカルシンキングの練習を導入する形で明示的に教える方法である。
【没入アプローチ】
第 3の没入アプローチは、学習者が専門内容に深く没入することを通して命示的に教えなくてもクリティカルシンキングスキルを獲得することを目指す伝統的な教え方である。例えば、ゼミやラボなどの指導で行われる方法である。
【混合アプローチ】
第 4の混合アプローチは汎用アプローチに、導入または没入アプローチを組み合わせる方法である。これは没入アプローチに比べ、クリティカルシンキング能力をすべての学習者に確実に身につけさせることができるという利点と汎用性と専門性の両者を備えたスキルを目指すことができるという利点がある。
●クリティカルシンキング育成のための学習活動
【文書の批判的特解】
第一は、テキスト、新聞記事、論文などの批判的、読解である。読解は、情報収集の大きな部分を占め、クリティカルシンキングを働かせる必要がある。
著者の主張する論理を明確化し、証拠の確かさを検討し、推論・問題を解決することが重要である。読解テストは、クリティカルシンキング能力の評価にも利用されている。
【専門領域に関連した映像資料の視聴】
第二は、看護に関わるビデオ、テレビ、映画などの視聴である。メディアを解読する能力は、市民リテラシーを育てる教育として、小学・中学・高校の教育でも一部導入されている。特に、看護教育で導入する場合には、看護現場に関わる生命・倫理ヒューマンエラーなどの問題に焦点を当て、討論と組み合わせ、問題解決力、意思決定力などを育成することが重要である。ビデオなどの視聴は、受動的になりがちなので、個人の内省だけではなく、対話や討論によるアクティブラーニングが重要である。また、ビデオ作品を全部見せるよりも、大事な部分に絞り、討論時間を取ることが大切である。
【討論】
第三は討論である。新聞記事や学術論文の読解やビデオの視聴の後に討論することは自他の考えを比較することによって、多面的に考え、自分の考えを精察することを促進する。さらに協同的な場面でのクリティカルシンティングのスキル、能動的傾聴スキルを含むコミュニケーションスキルを育成することになる。クリティカルシンキングを高める討論するには、教員による有意義な問題提起と学生の反応を引き出す工夫が必要である。
具体的には下記の方法が考えられる。
①クラス討論の形で、講義形式の授業の後半部分で自由討論
②代表者数名が異なる観点から個人発表した後で全体討論
③グループ討論をした上で、全体討論
④看護の場合は特にペーパーペイシェントを使ったケース分析。
討論において、あらかじめテーマをシラバスに掲載しておき、討論の準備をさせるクラスを 6人から 8人の小グループに分割する。討論のリーダーを固定せずに、毎回順番に割り当てるなど、討論を活発化する必要がある。ジグゾー法を用いて教材を分割し、教師役と生徒役を交互に行うこと、賛成・反対の立場を割り当て、ディベート形式で立論や議論のプロセスを一定の規則に基づいて行うこと、毎回自らの討論の態度を振り返って評価させることも有用である。
【書くことによる思考力、自己の表現力、創造性の育成】
第四は、書くこと、レポートや論文の作成によって論理的で分析的な思考と自己表現力、創造性を育成する活動である。初年時における論理的に書く力を通した育成をする。専門教育における学習レポート、卒業論文、修士論文、博士論文の作成は、研究リテラシーを支えるクリティカルシンキング能力を育成する上で重要な意味を持っている。レポートや論文の作成指導では、経験の振り返りや複数の立場に立った論理や主張について、出題した教員やティーチングアシスタントが添削し、フィードバックすることが大切である。
【グループ活動】
第五は、グループ活動である。近年アクティブラーニングにおいて重視されるプロジェクトベース学習は、その一例である。 PBLでは目標を設定して、4・5人から 6人程度のグループで共同作業を進める学習によってコミュニケーションスキルに加えて、問題解決や意思決定、創造のスキルの育成を目指している。これは、将来職場で必要とされる実践的能力と結びつく。看護教育における討論を通した育成にする。
【シュミュレーション学習】
第六は、シュミュレーション学習である。模擬経験を通してスキルや知識を能動的に学習するための学習法であり、看護の専門教育では数多く行われている。クリティカルシンキングの育成に関わるのは、手技などのスキル獲得の側面ではなく、架空状況における個人は共同問題解決によって問題解決能力や意思決定能力、対人関係能力などの実践的能力を獲得する側面である。初学者はうまくいかないことがあっても振りかえり、リフレクションによって失敗から学び、改善に結びつけることが大切である。
シミュレーション学習には、現場場面に近い状況での訓練のほかにも思考に関わる特定スキル訓練として、合意形成の技法、ブレーンストーミングや KJ法などの創造技法などもある。
●初年次の導入教育では、大学で学ぶためのアカデミックリテラシー教育として、ライティングやプレゼンテーション、情報の活動などの指導において汎用的なクリティカルシンキングスキルを明示的に教えるプラクティスを取り入れ、各自のスキルの定着を目指すことが目標となる。そこでは学習者間のインストラクションを促すような問いと説明発表グループやクラスでの討論の場面を作ることが重要である。
さらに、教養教育では、哲学、倫理学、心理学、社会学、科学技術、社会論などの授業において、思想や理論データ、現実、社会の諸問題を通して汎用的なクリティカルシンキングスキルや態度を育成し倫理的判断や心、社会、科学などの領域に適用できるようにすることである。
●看護の専門教育では、看護の理論を学び、実習を通してアセスメント、看護診断のプロセスにおいて、クリティカルシンキンがどのように働くのかを学ぶこと、看護の研究法を学び、専門論文の読み方を学ぶことを通して、信頼性の高いデータの取り組み方、評価の仕方を学ぶことが大切である。
●最終学年における教育としては、これまでに学んだ理論と実践を統合して、クリティカルシンキングを発揮することを求められる統合分野の科目がある。さらにデータに基づいて問題を解決し、論理を組み立て、論文を書く卒業研究がある。これらの教育は学生が実践場面で活活用できるクリティカルシンキングを身につけ、生涯を通して成長できる看護師になるために重要である。
●実践知の獲得を支えるクリティカルシンキング
■仕事の熟達化による高度なクリティカルシンキング
熟達化とは、経験による高次のスキルや知識の獲得のことである。看護師は熟達化によって、すばやく、正確な遂行ができるようになる。仕事の熟達として次の者がある。
第一に実践知、仕事に関する詳細な知識をもっている。特に、暗黙知という言語化、意識されにくい、本には書かれていないような経験知をたくさんもっている。したがって、問題状況を適切に分析し、最適な方略を選択できる。
第二に、スキル自動化して、正確に素早く実行でき、高いレベルの仕事が実行できる。塾練者は、初心者が時間のかかることを迅速に行うことができる。特に、日々行うルーチンワークについては、多くの自動化されたスキルのレパートリーをもち、初心者が時間のかかることをうまく行うコツ(暗黙知)を知っている。たとえば、熟達した看護師には、患者の採決を迅速に行うことができる。
第三に、状況全体をみたときに、重要な特徴(異常な特徴・問題点)に気づき、それがなんであるのかを認識できるスキルと知識を持つ。これは、典型的な状況やその中での事象の時間的結びつきに関する多くのパターンの知識を持っているからである。熟達した看護師は、気になるナースコールの瞬間に、予想されることを推論して、何が起きたのかを瞬時に判断することができる。
第四に、不測の事態に対応できる。通常の業務では、熟達者とそうでないものの差はわからない。しかし、突発的なトラブルが起こったりしたときは、熟達者は、不確実性に対応できる方略をもっているため、うまく対応できる。これは、短い時間と労力で効率的に状況を動かすレバレッジポイントを上手く知っていて、それを使って状況を変えていくことができる。
第五に相手の気持ちを的確に察することができる。患者や部下がうまく言葉にできないようなことをもっているにしても、うまく気持ちを察して、あるいは、個々の状況を察して、あるいは、個々の状況を察して、的確なアドバイスができる。
第六に、メタ認知により、正確な自己モニタリングやリフレクションによって自分の状態や失敗を把握できる。そして、適切な自己調整・修正ができる。また、自分の長所や短所・限界を自己認識している。
■ ナイチンゲールの人生はクリティカルシンキングの気質に溢れている
1990年、米国哲学協会(APS)がデルファイ法による研究を行い『看護におけるクリティカルシンキングの特徴』を明らかにした。ここで、看護におけるクリティカルシンキングの『心の習慣』を10の特徴で示されたのである。
その特徴とは、自信、状況認識、柔軟性、創造性、探求心、知的誠実さ、直観、偏見のない開かれた心、内省、忍耐力で示し、『認知スキル』を7つ(分析、基準の適用、識別、情報の探索、論理的推論、予測、知識の変換に分類した。
特に、真理の探求とは与えられた状況で最善の知識を探求する熱心さであり、偏見のない開かれた心とは、自分の偏見を知り、多様な考え方に対して心を開き、寛大であることである。また、分析性とは、推論や証拠に基づいて問題を分析し、問題解決のプロセスを評価する力である。系統性は組織的で順序性のある焦点を絞った勤勉な探索ができる気質である。クリティカルシンキングにおける自信とは、推論の過程で自分の推論に自信を持つことであり、自分の堅実な判断を信用し、他者を導く気質である。探求心は学習への意欲と知的好奇心であり、成熟性とは自分の意識決定に思慮深いことである。
われわれが、ナイチンゲールの生涯を概観すると、このクリティカルシンキングの心の習慣と認知スキルに溢れた生を送っていることが分かる。そこで彼女が送った人生の主な出来事を概観し、クリティカルシンカーとしてのナイチンゲールの実像をここで明らかにしてみたい。
■探求心と知的誠実さに満ちた幼少期の教育
ナイチンゲールは1820年に5月12日、両親が旅行中のイタリアのフレンツで、 2人姉妹の次女として生まれた。彼女の生涯は90歳まで生き、その生涯を閉じている。
ナイチンゲールは英国ビクトリア朝の名門の出であった。幼少期のナイチンゲールは、初めは女性の家庭教師に任されて教育を受けた。しかし、彼女が12歳になった折には、父親が家庭教師に変わって姉妹を教えることになった。
父親のウィリアム・エドワードは、ケンブリッジ大学のトリンティカレッジ出身であり、女性の教育について当時の時代の人々より進歩的な考え方を持っていた。ナイチンゲールは、父親より自らの手で、数学、語学、イタリア語、ドイツ語、フランス語、ラテン語、ギリシャ語、憲政史、ローマ紙、ドイツ史、イタリア史、トルコ史、小論文作成などの教えを直接受けたのである。
ナイチンゲールは特に数学に興味を持っていた。彼女が父親から受けた教育は、今日の大学教育の標準以上であったとさえ言われている。
■苦悩と忍耐の日々
ナイチンゲールが不思議な体験をしたのは16歳の時のことである。彼女の手記によれば、「1837年2月7日、神は私に語りかけ、神に仕えよと命ぜられた」とある。フロレンスは幼少期より、日常生活の単調さ上流社会の社交的生活にどこか馴染めないものを感じていた。このような状況の中で、神の声(内なる声)に耳を傾け、自分の生き方を、現存する安易で表面的な生活に模索するのではなく、人間としての真の価値に結び付くような何かに求めようとしたのである。しかしながら、直ぐに彼女に答えが出ることはなかった。自分が一体何をすればよいのかわからないまま、長い間無意味な時間が費やされた。社交界での成功や名声は、苦痛の種と化していったのである。
■識別、使命の発見と直観力
ナイチンゲールが22歳になった折、母親と一緒にリーハースト(ナイチンゲール家の夏の家)やエムブリイ荘(冬の家)の村人の中に入り、病気の人や助けを求めている人たちを訪問して歩いた。
この時から、彼女ははっきりと、世の中には悲惨と苦悩と絶望に満ちた世界があることに気づきはじめた。
■看護師への道が遠のく
19世紀の英国にあって、良家の子女が病院における慈善事業に献身するなどは前代未聞のことであった。なぜなら、病院という場所は、本来、社会の底辺に住む極貧の人々が、病気になったときに収容される施設であり、そこには不衛生と不道徳が混在していた。更に悪いことには、看護師と言われる女性たちは、たいてい、最下層の人々何の知識もなく技術もなかった。
このような状況において、彼女は、正しい知識と技術を学ぶため、病院に研修に出してほしいと家族に訴え始めた。しかし、フロレンスは家族から看護という言葉すら出すことを禁じられた。フロレンスは、そのような中でも自分の描く道を諦めず、秘密裏に勉強を行っていた。この時の学習によって、彼女は当時先端の病院の医療と公衆衛生分野の知識を習得していったのである。
■カイゼルスヴェルト学園での学び
ナイチンゲールはドイツのカイザスウェルト学園の報告書を読み、そこで看護の訓練を受けることを切願し、密かにその機会をうかがっていた。彼女が 30歳になった時のことである。1850年に 2週間、エジプト旅行の帰りにドイツのカイゼルスヴェルト学園に滞在し感銘を受けた。翌年には、再び、カイゼルスヴェルト学園を訪れ、3ヶ月のディアコネス(女性の社会奉仕員)のコースを修了することができた。そこでの厳しい教育は、彼女にとって喜びとなり、積極的に看護の訓練を受け学びたいと言う思いが益々強くなっていった。
■淑女病院の総監督として状況認識と創造力
1853年の夏のことである。ナチンゲールは自分が進むべき道を一歩踏み出した。友人たちの手助けによって、ハーレイ通り一番街の淑女病院の総監督に就任したのである。ここでナイチンゲールが行なったことは以下のことである。
①病院の各階に温水用の配管を引き、各病室にお湯と水が出る洗面台を造る事。
②患者の食事を上階に運ぶためのリフトの設置
③患者の傍らにナースコールを設けること。
以上に加えて、患者は宗派に関係なく、受け入れたたことである。
■クリミア戦争での功績
1853年にクリミア戦争が勃発した。負傷兵の悲惨な状況をタイムズ紙の報道で知り、病める者・傷ついた者に仕えたいと気持ちが日増しに強まっていった。
ナイチンゲールは志願し、同時に政府からの要請も受けて 38人の看護団を組織してトルコのスクタリへと渡った。その看護団には訓練を受けた看護師は一人もいなかった。ナイチンゲールはスクタリにある病院の衛生面の改善に全力を尽くし、夜は不傷兵のベッドを見て回った。
この戦時下の中で、ナイチンゲールは資産を投じて洗濯場を再組織し、栄養のある食事を定時に出し、ボイラーを設置するなど働きかけた。その一方では、日夜ベッドからベッドへの見回り、病人に希望を与え、ランプを持った天使と崇拝された。それは厳密な方法を持ち、厳しい規律を守り、ぬかりなく細部に注意を払い、休みなく働くことによって、不屈の決意によって実現したのであった。常に傷病兵の回復を第一に考え、綿密に自己可能な計画を立て、安楽でいられる方法を積極的に実施した。
そのために、床掃除やボイラー設置など、いわゆる衛生的な環境を整えることを細部にわたって行った。彼女の仕事は、たとえ看護の仕事ではなくても、傷病兵にとって良いことは積極的に実行したので、最終的には誰も納得せざるを得なかった。ナイチンゲールは彼女を派遣したシドニーハーバードに厳しい要求をし、連日のように手紙を送った。その後、兵士の治療や看護が落ち着いた時に「もっと人間として向上してほしい」という観点から回復期の患者が酒場で金を使うのを見て、他にすることがないからだと気づき、図書を開き、銀行開業した。酒を控え、家族に送金を促したことで、兵士は人間らしい余暇を過ごすようになった。ここには彼女の『健康とは持てる力を十分に活用できる状態』という信念のもとでの健康感が生まれたのである。
こうした精力的な働きかけにより、 6ヶ月で負傷兵の死亡率は 42パーセントから 2.2%代へと激減させることに成功した。その後、彼女は前線であるクリムア半島の病院に視察に行き、そこでの働きが影響して自分の体力を消耗しクリミア熱に悩まされた。
戦後、1856年英国に戻り、クリミア熱など病気のために、その後の生涯をベッド中心の生活を送ることになった。その後、イギリス陸軍の衛生問題の改善や『病院覚書』、『看護覚書』などの看護関連の著作を出版していくことになる。
■英国陸軍の衛生問題の改革
クリミア戦争から帰国したナイチンゲールは、あらゆる公式の歓迎行事を断って、『私は殺された兵士たちの祭壇の前に立っている。私は生きている限り、あの人たちの命を奪った死因に対して戦う』と、多くの兵士の不惨な死を思い、イギリス陸軍全体の衛生状態を改善しない限り、この悲劇は続くと確信した。これは軍隊の問題であり、当時の女性では感知できない分野でもあった。
そこで、ナイチンゲールは勅撰委員会を作ることを考えた。ビクトリア女王に考えを説明し、陸軍大臣にも協力を得て、陸軍の衛生状態に関する勅選委員会を設立した。この委員会にはいなれないナイチンゲールが水面下で選定し、活動を指揮していたのである。
ナイチンゲールは統計学に優れており、統計学を駆使してデータを分析し、陸軍の医療統計の徹底的な研究をした。そして、膨大な報告書をつくることに成功した。兵舎の衛生や統計局を設置する問題について、彼女は実証的に証明するために分析したデータを独自な方法で四角形、円及び楔型のグラフを用い、カラーをつけ、数字から色分けして見せた。陸軍の医療統計をやり直した。その結果、 1860年代にはすべての兵舎と軍病院の換気や暖房給水や排水、洗濯場や料理場が改善された。レクレエーションの設備も認められ、読書室などが作られた。このようにクリミア戦争を終えての活動はまさしく陸軍の衛生問題の解決のために、すなわち兵士の健康をどのようにしたら保つことができるかという目的のために、最善の方法を綿密に立て、データを入れた実証的方法で行ったことは優れたアクリティカルシンキングの実践の証と言える。
■インドへの衛生問題や看護への取り組み。
ナイチンゲールは、イギリス国内の改革ばかりでなく、一度も訪れたことのないインドの陸軍の健康問題やインドにおける看護の組織づくりにも着手している。インド各地の環境条件、弊社の状態、兵士の生活、さらにインドの生活について詳細なデータを取り寄せ、得意の統計学を使って分析したのである。そして、どうすればインドで、人は死なないで生きていけるかインドの病院における看護、インドにおける生と死、インドの人々などの著作を書いた。
その結果、インドの病院における看護は、インドに看護の組織化を図るナイチンゲールの提言が基になって行われるようになった。そこには新たに看護の組織化を計画的に始めるには、その指導と訓練のための学校をインドにも建設しなければならないという基盤づくりの重要性を指摘している。これは看護の組織を作るときに何のために行うかという理念を持っていなければ、組織の弱体化や崩壊につながることを示唆している。
また、それを実際に動かすには。優先に有能な指導者が必要であり、看護師として訓練を受けるだけではなく、看護の指導者としての訓練の必要性を指摘している。さらに有効な展開方法は、吟味された一つの病院から始め、ルールづくりをシステムとして機能させることを提言している。これは今日でもあらゆる組織づくりにおける基本原則であると言える。
■病院覚書の執筆
また、1858年には、『病院覚書』を発表した。これは「病院が備えるべき第一の必要条件は、病院は病人に害を与えないことである」という一節から始まる。この本は新鮮な空気換気の必要性と日光の必要性にとどまらず、直射日光の重要性を一貫して、強調した点で時代に先んじていたと言える。この主張は科学的な原則に基づいていた。彼女はクリミア戦争の間、また外国の病院における経験と観測からそれを主張したのであった。
■ナイチンゲール看護師訓練学校の創設
1860年には、念願であった「看護という仕事の訓練を要する専門的職業とする」ための教育施設、ナイチンゲール看護学校を聖トーマス病院内に組織した。この財源は、クリミア戦争の功績から得られた『ナイチンゲール基金』により創設された。
ここで看護の訓練を受けた卒業生たちは世界中から要請され派遣されて行った。ナイチンゲールは近代看護の創始者として、その名声は不動のものにした。
彼女は帰国後にクリミア熱に患い、その人生の大半を自宅で過ごすことになったが、看護学校創立12年後からは、学生たちに年1回の書簡を送り、1900年まで 14通の書簡を送った。(看護婦と看護見習生への書簡)
ナイチンゲールがこの病院に学校を設置した最大の理由は、信頼できる監督・看護監督マトロンであるワードローパー夫人がいたことが大きく影響している。彼女はナイチンゲールとともにクリミア戦争へ行った看護団の 38人のうち最も優れた看護師であった。つまり、優れた実践家の下でこそ、看護婦の訓練ができるとナイチンゲールは考えていたのである。
この訓練学校の訓練期間は 1年間である。年齢は成熟度のある25歳から 35歳までの女性を対象とした。ナイチンゲール基金から生活費と年 10ポンドが支給された。この学校は看護の教育上病院に付設されていたが、財政的には独立していた。看護見習生はふさわしい環境で、訓練を受けなければならないとし、道徳上の教育も重視、病院内で設けたホームで生活をさせた。ホームはそれぞれ個室と共同の間が与えられ、ホームシスターの指導のもとに規律正しく、高尚な道徳かる生活を送ることが求められた。学校を卒業し派遣された卒業生は各地から歓迎されたが、必ずグループを出送り、決して一人で派遣させることはなかった。それは、一人で看護を改革しようとしても潰されてしまうからであった。
以上のように、ナイチンゲールの生涯を通じてその活動を見ていくと、クリティカルシンキングの事例に枚挙にいとまがない。看護師の仕事を自分の天職と捉えた取り組み、クリミア戦争での働き、英国陸軍の健康問題の改革、一度も訪れることもなく仕上げたインドの健康問題の改革、世界で最初の専門職として看護師養成学校の創立などすべて未知の世界に足を踏み入れるナイチンゲールの活動を外観すると、真理を求めてグローバル的な視点で健康問題や看護を総括的に捉え、大きな問題に目を向け、極めて詳細に分析し、時には統計学を駆使し実証的手法で、また、人脈脈を駆使し統合して対処し、多くの問題を解決し著書に仕上げていく姿は、クリティカルシンキングの先駆者の姿そのものであると言える。
ナイチンゲールの著作や言葉など看護論から、クリティカルシンキングの発想を読み取ることができるので、それを見ていこう。
ナイチンゲールは、看護には『病いの看護』と『健康を守る看護』という2つの側面があると表明した。それは別々に存在するのではなく、『看護の原理』は同じであり、『自然の法則に則った看護』という視点によって連結された二側面は、一つになって看護の全体像を結ぶとした。
そこで「病いの看護」における看護のあり方と、「健康を守る看護」のあり方の二側面にナイチンゲールの考え方が反映されて明かにされ、 そこから 『看護の原理』を抽出することができる。
まず、「病いの看護」のあり方を思考するプロセスを(1)とする。次に、「健康を守る看護」のあり方を思考するプロセスを(2)とする。
思考のプロセス(1)=病いの看護のあり方についての思考のプロセス(1)を辿には、まず「病気とは何か」について、明かにしなければならない 。
【ナイチンゲールの言葉】
『すべての病気は、その経過のどの時期をとってみても、程度の差こそあれ、 その性質は必ずしも苦痛を伴うものではない 。つまり、病気とは、毒されたり、衰えたりする過程を癒そうとするのが自然の努力の現れであり、それは何週間も何か月も、ときには何年も以前から気づかれずに始まった、このように進んできた以前の、ときどきの結果として現れたのが病気とう現象なのである。』(『看護覚え書』1860)
『病気は、健康を妨げ条件を除去しようとする自然の働きである。それは癒そうとする自然の試みである 。われわれは自然の試みを援助しなければな な 。』(『病人の看護』1882)
ナイチンゲールは、「回復過程という性質を持つ自然の営みを援助することが看護であると述べている。
“自然の試み”とは、体内に宿る「自然治癒 」や「生命の維持機構の具現化」として認知できるものであり、看護という営みが、体内の回復過程に着目するがゆえに、「いのちのしくみ」を看護の視点で学び、それに沿って展開されなければななことを教えている 。
さらに踏み込んで、ナイチンゲールは「看護とは何か」について 、以下のように明文にした。
【ナイチンゲールの言葉】
「看護がなすべきこと、それは自然が患者に働きかけるに最も良い状態に患者をおくことである 。」(『看護覚え書』1860)
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなどを適切に整え、 これを活かして用いる事、また、食事内容を適切に選択し適切に与えること、こうったことのすべてを、患者にするように整えことを意味すべきである 。(『看護覚え書』1860)
以上の文章から 、「病人の看護」=「本来の看護」をするためには、以下の3点に 留意しなければならないことが浮き彫りになる。
●自然の回復過程 (生命の維持機構)を促進させること
●そのためには、生活を取り巻く条件・状況を最良の状態に整えること
●加えて 生命力の消耗を最小限にするように整える こと
3)思考のプロセス(2)=健康を守る看護のあり方について
思考のプロセス(2)を辿るには、「健康とは何か」について明かにしなければならない 。
ナイチンゲールは、1893年の論文における「看護とは何か」というテーマに次いで、「健康とは何か」についての定義を明かにした。
【ナイチンゲールの言葉】
健康とは何か。健康とは良い状態をさすだけではなく、われわれが持っているものを充分に活用できる状態をさす。(病いの看護と健康を守る看護・1893)
(What is health? Health is not only to be well, but to be able to use well every power we have.)
上記の文章から 、「健康を守る看護」にとっては、以下の2点に留意しなければならないことが浮き彫りになった。
●持てる力の活用をはかること
●生命力の増大を図る事
ナイチンゲールの理論における看護の定義
思考のプロセス(1)および(2)か 導き出された『看護の原理』に立ち、ナイチンゲール看護理論においては、看護の定義を以下のように措定することができる 。
『看護とは、 人間の身体内部に宿るシステムが、十分にこの機能を発揮できるように、 活動を整えたことであった。これは同時に対象者が高まよう最良の状態を創ることである 。
更に看護とは、生命力を増大させ、今以上の健康の助長を目指し (時には死にゆく過程を、限りなく自然に近づけるようにすることも含まれている )QOLとの活用を図ることである」、つまり、看護実践の目的は、本来、「いのちのしくみ」として体内に備わった = 「自然のシステム= の維持機構」が発動するように、活用を最良の状態に整えることである 。
そのためには、その時々の「人の体内のあり様」に着目し、 体がもつものを見据えることが肝要となる 。体がもつものは、終末期においても発揮される 。終末期にあっては、体内のすべての細胞、臓器が衰弱しながらも、バランスを取りながら安定した状況を創りあげていく。このプロセスを「自然への回復過程」とよぶ。
看護は、人間のいのちのしくみに沿った、静かに、穏やかに経つのを見守り、支援するものである 。終末期においては、過剰な治療や 干渉に加え、看護の不足は誤りもあるが、体の自然への妨げ、苦痛を与えることがある点に留意すべきである 。「いのちのしくみ」の学習の重要性はここにあり、これが看護の“核”とな 視点である。
また、看護によって体内の回復過程を促進させるためには、 自然の時々における「回復過程」に注意しながら、今ある、「ものを活用する」ことが不可欠の要件である。看護は単に諸技術を駆使するだけの仕事ではない 。患者とのかかわりが常に相手の自然の回復過程に行われるのである 。』
●ナイチンゲールの三重の関心
ナイチンゲールはこのように『看護の原理』を明らかにし、合理的で科学的な思考を内包する看護を説いた。一方で、不確実なことや不足のことへの耐性につながる感受性や心が看護には不可欠であることを指摘した。優れた看護婦は次の3つの関心をあわせ持つというものである。
①患者に対する個別的で母親的な関心。その人の頭の中に飛び込んで、その人のその時の思いを感じ取ろうとする関心。
②患者の症状とその経過に対する理性的で知的な関心。看護の専門的な知識の修得があってはじめて示すことのできる関心。
③患者の世話と治療についての技術的で実践的な関心。その人のより良い健康のための行為を選び取ろうとする関心
●ナイチンゲールの看護過程と看護観察とクリティカルシンキング
ナイチンゲールは、患者のアセスメントをする場合、患者に何が必要であり、何を求めているのかを問うことである。ナイチンゲールは、答えを導くような質問をしないように警告している。質問をする看護婦は、質問に答える患者の感情や動作にこそ関心をむけるべきだとしている。
次に、看護観察の活用である。患者の身体的健康と環境に関するすべてを正確に看護観察することである。
「看護婦に与えられる最も重要な学習は、何を観察し、どのように観察し、どの徴候が良くなっているのか、その逆はおこっていないのか、どれが重要で
あり、どれが重要でないのかということを教えることである。看護婦が行うアセスメントがその都度の内容が十分でないこともあるので、繰り返し看護観察を実施しなければならない。
看護診断は、アセスメントによる情報から得られる結論を分析することを基盤にしている。ナイチンゲールはデータは結論を導き出す、基礎になるべきであることを説いていた。重要なことは、看護診断するのは、環境に対する患者の反応であり、環境問題そのものではない事である。看護診断は患者の健康と安寧に対する環境の重要性が反映している。
看護計画は、患者が安楽で、自然が働くのに最良の状態であるようにするために必要な看護行為を明らかにすることを含んでいる。看護計画の焦点となるのは、病気の回復過程に反応する患者の能力を高めるための環境を調整することである。
実行は、患者に影響する環境に対して、環境の修正をはかる行為をすることである。環境のすべての要素が考慮されるべきであり、それには、騒音、空気、寝具、清潔、光が含まれる。こういう全ての要因を考慮し、自然がうまく働くように患者を最良に状態に置くようにするのである。
評価は、環境を変化させることで、できるだけ、少ないエネルギーを費やすようになり、患者が健康を取り戻すようになる成果に基づくものである。ここでも、介入に対する患者の反応を評価するために用いられるデータの収集の駄一義的方法は看護観察である。
『看護とは』と問うことは、「看護を言葉にすること」につながり、「看護を目に見えるようにするため問い、さらに「看護の概念を育てる、理論の形成に寄与するために問う」ことである。問うことは看護の現象を言語化し、可視化、概念育成、理論形成につながることを示唆している。
教室・臨床場面での学生と教員・臨床指導者との問いも同様に、看護を言葉にして記述することで、考えや行動の意味を見出し、共通言語で可視化し、理解を共有することにポイント置かれる。そこから個々の学生の『看護概念』が育まれて、理論形成へとつながることが考えられる。看護理論は、看護師たちの創造的生産物であり、「さまざまな看護の側面を研究したり、評価したり、他の看護師たちが活用できるような方法で思慮深く記述する。つまり、看護理論は看護の現象の中に見出した様々な様式や関係を記述する努力であると言える。実践の科学である看護は、看護の現場を見極めるための『問うアート』ととらえることができる。『問う』という創造的深慮の積み重ねが最適の看護実践と看護理論の発展を導く。
では、看護の目標である最適の看護実践を行う上で、教育者の良質な問いかけの技を洗練するために必要な課題は何であろうか。また、クリティカルシンキングの思考の習慣とスキルを高める学生の質問力の育成にはどのような支援が必要であろうか。
看護基礎教育において『問うこと』に注目して内包された6つの糸を最後に紹介したい。
①論理的思考・創造的思考の促し
②学習過程の方向づけ
③質問の生成の支援
④自らの考えや感性の理解
⑤患者の思いや状況の理解
⑥臨床状況を解釈し続ける看護の探究
の6つである。
本書『ナイチンゲールに学ぶクリティカルシンキング』が提示した核心的な学びは、以下の3点に集約されると思われる。
1.「事実」と「意見」を峻別する『看護観察力』
目の前の現象を主観で歪めず、ありのままの事実として捉えること。ナイチンゲールにとっての『看護観察』とは、次の行動(介入)の根拠を生み出すための、能動的かつ批判的な検証作業であったこと。
2.ルーティン(形)に陥らない目的志向が育つこと。
「いつもこうしているから」という前例踏襲(ルーティンワーク)は思考停止を招く。常に「何のためにそれを行うのか(本質的な目的)」を問い直す姿勢こそが、クリティカルシンキングの原動力である。
3.冷静な論理力の養成
患者を救いたいという「熱い信念」を実現するためには、最善の手段を選ぶための「冷静な論理力」が不可欠である。
クリティカルシンキングとは、他者をただ批判するための技術ではない。自分自身のバイアス(偏見)を疑い、目の前の課題に対して「本当にこれで最善か」と問い続けるための「誠実な学びの態度」そのものである。
情報が溢れ、正解が一つではない現代社会だからこそ、私たちはナイチンゲールが遺した「自分の頭で考え抜く力」という知の遺産を、日々の実践の中で受け継ぎ、活かしていく必要がある。
2026年9月8日 発行 初版
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