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名前のない花

クロラブ

合同会社ブロードゥン



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    名前のない花

「すみません これ何て言う花ですか?」
「それねぇ 名前がないんですよ」
香奈は通いなれたお花屋さんで、初めて見た花に目が留まった。カーネーションに良く似た感じの花で、葉と茎の部分は緑色でごく普通だが、花の部分がガラスの様に透明で、透き通っている。
「その花はすごく特殊で、持つ人の気持ちで色が変わるんですよ」
「色が変わる?」
「はい そして一度咲くと永遠に枯れません」
香奈はその花を買って家に帰った。いつもの花瓶に少しだけ水を入れ、その花を挿す。
少し嬉しい事があると、お花を買って帰る習慣があった。
コンビニで買ってきた簡単な晩御飯を食べ、シャワーをし、リビングでリラックスしようと戻って来た時に、花は黄色になっていた。
「あ ほんとだ 黄色くなっている でも何で黄色なんだろう…」

翌朝、花は透明に戻っていた。いつもの様に仕事に行くが、この日は散々だった。
仕事のミスから上司に叱られ、昼食を取る時間もないぐらいで、へとへとになって帰宅。リビングの電気をつけ、カバンを机に置き、花を見ると、灰色になっていた。
「今日は灰色かぁ…」
翌朝、花は透明に戻っている。この日は香奈に良い事があった。会議で気になっている男性と意見が合い、二人が中心となって企画を進める事となった。
帰宅すると花はピンク色に咲いていた。
香奈は店主が言っていた事を思い出した。
(持つ人の気持ちで色が変わる)

それから数週間が経ち、香奈は花の色の意味を理解していた。
嬉しい日は黄色。
怒った日は赤色。
悲しい日は青色。
愛しい日はピンク色。
落ち込んだ日は灰色。
そして何もない日は透明。
花は毎日、香奈の気持ちを映した。

良い事があった日は花を見ても気分が良かった。でも嫌な事があった日は、自分の心が映し出されているようで、段々と花を見るのが嫌になっていた。
そんなある日。進めていた企画が、最終的にボツとなってしまった。家に帰ると花は赤色に咲いていた。
「どうしてダメになったの! もうその赤色やめてよ!」
机にカバンを投げつけた。するとその反動で花瓶が倒れ、花瓶から少し水がこぼれた。香奈は花瓶をそのままにしたまま、ソファーで寝てしまった。
翌朝、花は透明に戻っていた。
「ごめんね…」
香奈は小さな声で謝った。花瓶の水を替え、いつもの場所に置く。
「透明って事は、倒した事許してくれたのかな?」
少し微笑みながら話掛けるが、もちろん返事はない。ただ、花はそこにいる。

そんな日々が数年続いた。
仕事が上手く行かなかった日。
大切な人と喧嘩した日。
嬉しくて眠れない日もあった。
一人で泣いた日も。
その全部を花は見ていた。

ある朝。香奈はいつもの様に透明になっている花に、何となく話しかけた。
「ねぇ 私いろんな事があったよね…」
花は何も言わない。
「笑ったり、怒ったり、泣いたり」
花は透明のまま
「誰にも見せたくない顔も、全部見てたんだよね。八つ当たりもいっぱいしたね」
香奈は少し笑った。
「ごめんね…  ううん、ありがとう」
香奈は花をそっと手に取り、胸に抱いた。
その瞬間透明だった花がゆっくりと色づき始めた。
黄色。青色。赤色。灰色。ピンク色。
そして、これまで見て来た全ての色が、綺麗に混ざって行く。
「なに? この色…」
香奈が見た事もない、鮮やかな色になっていた。
「そっか… これが私の色なんだね」
香奈の瞳から涙がこぼれた。
嬉しい日も。
悲しい日も。
怒った日も。
泣いた日も。
全部、間違いじゃない。全部、自分が生きて来た証だった。
香奈は花を花瓶に戻し、
「よしっ」
と、涙を拭いて、出掛ける支度をした。
玄関に向かう前に花に目をやると、花は透明に戻っていた。
まるで、「今日もちゃんと見ているからね」とでも言うかのように。
香奈は少し笑って、
「行ってくるね」と小さく呟いた。

名前のない花

2026年9月11日 発行 初版

著  者:クロラブ
発  行:合同会社ブロードゥン

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