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一〇月上旬の夕方前頃に入ると、南北の東山通が西を向いて九条通に変わる東福寺交差点も、一年でも最も過ごしやすい季節となった。
その東福寺交差点の角は、南東に二四時間営業をしているコンビニエンスストアだった。
レジ台は二台あり、店内は閑散としていて、列に並ばなくても、すぐにその2か所にそれぞれ立っている二人の店員―年輩と、学生くらいの若者から成る男性―に会計ができる様相だった。
やがてそのレジの片方、若い方の店員の側に、夫妻と思われる男女の二名、二人の子と思われる、園児くらいの女児、また別の、夫妻の友人と思われる二人の男性、合計五人が、いくつか商品を全員で一つのかごに入れて近づいた。
「いらっしゃいませ」
店員は会釈をして挨拶をし、頼まれたビニール袋に、バーコード打ちをした商品を入れていった。
「お、これもどうだ?」
「そうだな、いっしょに頼もうか」
「俺もな」
その間にも利用客のうち男性の三名が会話を続けていた。
「お兄さん、後でになるが、このチキンも三つ頼むよ」
「承知いたしました」
男性たちはレジの横の什器の中にあったチキン三点を、追加注文した。
すると店員は、その什器からトングで言われた通り、チキンを三点取り出し、それぞれ小さな紙の袋に入れた。
「袋にごいっしょしてもよろしかったでしょうか」
「ああ」
続いて店員は、チキンを、他の商品の入っているビニール袋に入れようとした。
「あっ」
「え」
「わっ!」
そのとき店員は誤って三つのチキンを落とした。そのチキンはレジ台を経て、床に落ちた。また、興味深そうにレジ台を覗き込んでいた女児の顔に当たりそうになり、彼女は慌ててそれを避けた。
「あっ、申し訳ありません……、すぐに取り替えますので……」
若い店員は謝罪し、新たなチキンを用意すると約束し、また什器の方に向かおうとした。
「おい、待て、ちょっと出てこい!」
その時突然夫と見える男性が怒号を上げた。
「今、ともこの顔に当たりそうだったじゃねぇか! しっかり持てや!」
「ほんとね……! かわいいともこちゃんのお顔が火傷したらどうしてくれるの?」
妻とみられる女性も、女児の顔をなでながら続けた。
「あの、それは……その紙袋は耐熱になっておりまして……」
「そんな理論はありとあらゆる一切がいらねぇよ!」
店員の説明を一蹴してかれはまた怒鳴った。
「責任者いねぇのか? ん、あいつか?」
友人とみられる男性が、もう一台のレジの方に立っていた初老の男性に向けて指を差した。それに気づいて、彼はすぐにその客たちのもとに歩み出た。
「あの、先ほどから窺っておりました、あらためて申し訳ございません……、品物を取り替えますので……」
その男性は礼儀正しく謝罪した。
「そんなんじゃ済まねえよ!」
「え」
続いての怒号を聞いて、彼も慌てた。
「そうよ、今日の買い物は、もう全部無料にしてくれない? そのくらいじゃないと割に合わないってことなのよ」
妻の側が言った。
「あの、それはさすがに私共も……」
「はあ? なんだその態度! お客様は神様、今ならみんな知っていることだろ!」
また夫の側が言った。
「そうだ、まるで役人がやる店みたいな態度をしやがって! そんなものは間違った存在だ、みんな知っていることだろ!」
「そうだな、何もやっていないくせに、役人なんて一人残らずいなくなってしまえ! 金稼ぎだけが『普遍的な社会』だ! 今こそ、みんな知っていることだろ!」
続いて、夫の友人たちもリーダーの店員を詰問した。一方彼はそれを聞きながら少しの間考え込んだ。
(な、なぜこのお客たちは、こんな理不尽なことを、全くそうも感じずに……。そういえば……今日の同僚の彼は学生だし、あと、主婦の人も同僚で居るが……、フルタイムでこの店に貼りついて働いている若い子も……でも彼らと同じ基準でしか私も支払えないし、上げよ! と言われても無理か……ないしはどんな言い方をしても結局全て単純に物価に乗せるだけだ……、お客のような世帯をあの子たちは持っておらず、それは半分の人々はそうだし、それではあっという間に全体が壊れてしまうのは明白……。そもそもなぜ二四時間を開けているのだろう! そもそもなぜもはや大人の仕事シリーズの本をいとも簡単に子どもに見せられず、いとも簡単に火の用心部隊を結成できず、もうただちに日本語も右も左もわからない移民を入れないと間に合わないようなことをしているのだろう! だから、お客様が神様というのは違うし、みんながみんながみんながこそが正義というのも違う……これだからこそのこれほどの理不尽言ってくることだって……。でも……もう逃げよう……、時間なんか止めてしまおう……、あの買い物を全部無料にするんだ、それで終わらせられるんだ……)
「もう、別にいいでしょ! 今日はこれらは貰い物にするのよ!」
「あ、あの……」
女性の催促に対し、リーダーの男性は了承しようと、たどたどしく口を開けた。
「ああ、もういいわ!」
「へ?」
「偉い偉い神様の言うことを聞かない奴らだ! じゃあせめて、お前らここで土下座しろ! それで勘弁してやろう!」
「えっ、あの、それは……」
突然のお客の要求に対して、リーダーの店員は大きく戸惑った。
「ほら、とっととやれ! それで許してやる」
「そ、それは……」
彼はなおも戸惑ったままだった。
「さっきからその態度いい加減にしろ! やらないのかぁ?」
「ひっ」
子の夫に見える男性は、一、二歩わざと大股で店員に詰め寄った。それを見て彼は怖さを感じた。それと同時に、詰め寄った男性の後ろの首付近から、じわじわと黒い霧が発生していたが、それには誰も気付かなかった。
「……」
そのとき、陳列棚の奥の別の通路から、青のジャケットに、黒のロングワンピースという近現代の礼装の若い女性が無言で彼らに近づいた。
「ん……?」
「なんだ、あなたは?」
二人の別の男性はその女性の動きを見て、不敵に笑い、問いかけた。
「ちょうど、よいものを出しているではないか」
「へ?」
しかしその女性は怯むこともなく、逆に同じく不敵に笑いながら言った。それを聞いた男性たちは戸惑った。その間に女性は、店員氏に詰め寄っていた夫の男性のほうにすたすたと進んだ。
「な、なんだよ、お前……あが!」
突然その男性は悲鳴を上げた。女性は片手で男性の首を握り締めていた。
「え」
「は?」
周囲の店員や男性たちはそれを見て驚かされた。
「う、ぐ、くっ……」
掴まれた男性はそれから逃れようともがいたが、予想以上に女性の握力が強く、それは敵わなかった。
「ひいっ……」
――ガタッ。
周囲の男性の一人はそれを見て狼狽え、思わず一歩後退した。すると、そこに在った、売り物の菓子などを載せていた机に当たった。
「ん……?」
それを聞いた女性は一瞬そちらに目をやった。
「ぐっ……! は、はぁ……はぁ……」
そのとき彼女の握力も弱まった。すると慌てて男性はそれから逃れ、荒い呼吸をした。
「おい、貴様……」
一方女性は恐ろしい形相でその男性を睨んだ。
「ひ……」
それを目にし、掴まれていた男性の表情は蒼くなった。
地下鉄蹴上駅は東山区にある。しかし三条通りが南に向かって曲がって程なくすると山科区に変わる。またその途中で東に向かう石段は、いったん左京区を挟んだ後で山科区になる。徒歩一〇分程度で少し小さめの広場があり、北に日向(ひむかい)大神宮の鳥居と石段がある。
ここを登ったところにある広場の東寄りに、伊勢と同様外宮がある。また外宮を見ながら、西寄りには小橋の奥に、同じく伊勢同様、石段とその上に内宮、及びその鳥居が一望できる。
この石段の真下に、いつものメンバー、珠洲、美濃、耐、司、雲雀、また正、そして今回は、彼らに加えて、正が以前に珠洲たちと同様、図書館で知り合っていた高校二年の少女、御薗未熟(みそのみじゅく)がいた。
彼女は耳を覆った短い髪で、向かって左半分の前髪を全て、藍色のヘアピンで留めていた。また、灰色のシャツの上に、オレンジ色のジャケットを羽織り、髪留めと同じ藍色のミニスカートを履いていた。また珠洲たちよりも一割ほど高く、その身長は一五〇センチ程度はあった。
「伊勢と同じだし、さっきのが外宮だけど、この階段の上が内宮だよ」
正が石段を見上げながら穏やかに言った。
「ここは注意は特に見当たらないけど……一応写真はやっぱり、本社と同じく下からでしょうか」
続けて未熟が、そんな正、続いて彼と同じく石段を見上げて微笑みながら言い、スマホを持つ右手を少し上に上げた。
「えへ、やっぱり、格式の高いところなんだね」
それを聞いた耐が笑顔で言った。
「うん……、『京伊勢』だし、天皇さんや皇族が、参拝したり奉幣した記録多いみたい……」
それを聞いた正が頷きながら言った。
「なるほど……」
司もそれを聞いて、穏やかに頷いた。
「さて……登って、お参りしましょう」
「はーい」
「あ、はい……」
未熟が呼びかけ、雲雀、珠洲らが返事をした。
そして七人は内宮の参拝を終え、その前にいた。
「さて……ここに来たからには、ってとこがあるよ、もう十分くらいだけど、また歩くよ」
正が促した。
「えっ……ひょっとしてまた坂……かなぁ」
「あっ、うん」
耐の言葉に正は苦笑して頷いた。
「耐ちゃん、疲れました? みんなでの坂道のルールですけど、先頭行きますか?」
それを聞いた未熟が尋ねた。
「あっ、私はまだ……それより、珠洲ちゃんは」
「え、うーん……、さっきまたお水を飲んだからもう大丈夫かもです。それより、さっき二番手の美濃くんは……」
耐は照れながら、先ほどまで先頭についていた珠洲の方に目をやり、名指しされた珠洲も照れながら、美濃の方を向いた。
「……うっ……そうですね……、一番前行ってみます……」
既に汗の量も多かった美濃は大人しく珠洲の提案に頷いた。
「あは、了解です、道は私が後ろからガイドしますね」
「え、はい、ありがとうございます」
そして未熟の言葉にはにかみながら礼を述べた。
2026年9月22日 発行 初版
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