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ある春の日暮です。
唐とうの都洛陽らくようの西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費つかい尽して、その日の暮しにも困る位、憐あわれな身分になっているのです。
何しろその頃洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌はんじょうを極きわめた都ですから、往来にはまだしっきりなく、人や車が通っていました。門一ぱいに当っている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗しゃの帽子や、土耳古トルコの女の金の耳環みみわや、白馬しろうまに飾った色糸の手綱たづなが、絶えず流れて行く容子ようすは、まるで画のような美しさです。
しかし杜子春は相変らず、門の壁に身を凭もたせて、ぼんやり空ばかり眺ながめていました。空には、もう細い月が、うらうらと靡なびいた霞かすみの中に、まるで爪の痕あとかと思う程、かすかに白く浮んでいるのです。
「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし――こんな思いをして生きている位なら、一そ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」
杜子春はひとりさっきから、こんな取りとめもないことを思いめぐらしていたのです。
するとどこからやって来たか、突然彼の前へ足を止めた、片目眇すがめの老人があります。それが夕日の光を浴びて、大きな影を門へ落すと、じっと杜子春の顔を見ながら、
「お前は何を考えているのだ」と、横柄に声をかけました。
「私わたしですか。私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」
老人の尋ね方が急でしたから、杜子春はさすがに眼を伏せて、思わず正直な答をしました。
「そうか。それは可哀そうだな」
老人は暫しばらく何事か考えているようでしたが、やがて、往来にさしている夕日の光を指さしながら、
「ではおれが好いいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中に立って、お前の影が地に映ったら、その頭に当る所を夜中よなかに掘って見るが好い。きっと車に一ぱいの黄金おうごんが埋うまっている筈はずだから」
「ほんとうですか」
杜子春は驚いて、伏せていた眼を挙あげました。ところが更に不思議なことには、あの老人はどこへ行ったか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当りません。その代り空の月の色は前よりも猶なお白くなって、休みない往来の人通りの上には、もう気の早い蝙蝠こうもりが二三匹ひらひら舞っていました。
杜子春は一日の内に、洛陽の都でも唯ただ一人という大金持になりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。
大金持になった杜子春は、すぐに立派な家うちを買って、玄宗げんそう皇帝にも負けない位、贅沢ぜいたくな暮しをし始めました。蘭陵らんりょうの酒を買わせるやら、桂州けいしゅうの竜眼肉りゅうがんにくをとりよせるやら、日に四度よたび色の変る牡丹ぼたんを庭に植えさせるやら、白孔雀しろくじゃくを何羽も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、錦にしきを縫わせるやら、香木こうぼくの車を造らせるやら、象牙ぞうげの椅子を誂あつらえるやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。
するとこういう噂うわさを聞いて、今までは路みちで行き合っても、挨拶あいさつさえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。それも一日毎ごとに数が増して、半年ばかり経たつ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛さかんなことは、中々なかなか口には尽されません。極ごくかいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯さかずきに西洋から来た葡萄酒ぶどうしゅを汲くんで、天竺てんじく生れの魔法使が刀を呑のんで見せる芸に見とれていると、そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠ひすいの蓮はすの花を、十人は瑪瑙めのうの牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を節ふし面白く奏しているという景色なのです。
しかしいくら大金持でも、御金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日きのうまでは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀わんに一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。
そこで彼は或日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、片目眇すがめの老人が、どこからか姿を現して、
「お前は何を考えているのだ」と、声をかけるではありませんか。
杜子春は老人の顔を見ると、恥しそうに下を向いたまま、暫くは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、同じ言葉を繰返しますから、こちらも前と同じように、
「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」と、恐る恐る返事をしました。
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当る所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっている筈だから」
老人はこう言ったと思うと、今度もまた人ごみの中へ、掻かき消すように隠れてしまいました。
杜子春はその翌日から、忽たちまち天下第一の大金持に返りました。と同時に相変らず、仕放題な贅沢をし始めました。庭に咲いている牡丹の花、その中に眠っている白孔雀、それから刀を呑んで見せる、天竺から来た魔法使――すべてが昔の通りなのです。
ですから車に一ぱいにあった、あの夥おびただしい黄金も、又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。
「お前は何を考えているのだ」
片目眇すがめの老人は、三度ど杜子春とししゅんの前へ来て、同じことを問いかけました。勿論もちろん彼はその時も、洛陽の西の門の下に、ほそぼそと霞を破っている三日月の光を眺めながら、ぼんやり佇たたずんでいたのです。
「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしようかと思っているのです」
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いことを教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その腹に当る所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車に一ぱいの――」
老人がここまで言いかけると、杜子春は急に手を挙げて、その言葉を遮さえぎりました。
「いや、お金はもういらないのです」
「金はもういらない? ははあ、では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな」
老人は審いぶかしそうな眼つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。
「何、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想あいそがつきたのです」
杜子春は不平そうな顔をしながら、突慳貪つっけんどんにこう言いました。
「それは面白いな。どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」
「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、世辞も追従ついしょうもしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。柔やさしい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持になったところが、何にもならないような気がするのです」
老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにや笑い出しました。
「そうか。いや、お前は若い者に似合わず、感心に物のわかる男だ。ではこれからは貧乏をしても、安らかに暮して行くつもりか」
杜子春はちょいとためらいました。が、すぐに思い切った眼を挙げると、訴えるように老人の顔を見ながら、
「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子でしになって、仙術せんじゅつの修業をしたいと思うのです。いいえ、隠してはいけません。あなたは道徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ、一夜ひとよの内に私を天下第一の大金持にすることは出来ない筈です。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい」
老人は眉まゆをひそめたまま、暫くは黙って、何事か考えているようでしたが、やがて又にっこり笑いながら、
「いかにもおれは峨眉山がびさんに棲すんでいる、鉄冠子てっかんしという仙人だ。始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好さそうだったから、二度まで大金持にしてやったのだが、それ程仙人になりたければ、おれの弟子にとり立ててやろう」と、快く願ねがいを容いれてくれました。
杜子春は喜んだの、喜ばないのではありません。老人の言葉がまだ終らない内に、彼は大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御時宜おじぎをしました。
「いや、そう御礼などは言って貰うまい。いくらおれの弟子にしたところが、立派な仙人になれるかなれないかは、お前次第で決まることだからな。――が、ともかくもまずおれと一しょに、峨眉山の奥へ来て見るが好いい。おお、幸さいわい、ここに竹杖たけづえが一本落ちている。では早速これへ乗って、一飛びに空を渡るとしよう」
鉄冠子はそこにあった青竹を一本拾い上げると、口の中うちに咒文じゅもんを唱えながら、杜子春と一しょにその竹へ、馬にでも乗るように跨またがりました。すると不思議ではありませんか。竹杖は忽ち竜のように、勢いきおいよく大空へ舞い上って、晴れ渡った春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きました。
杜子春は胆きもをつぶしながら、恐る恐る下を見下しました。が、下には唯青い山々が夕明ゆうあかりの底に見えるばかりで、あの洛陽の都の西の門は、(とうに霞に紛れたのでしょう)どこを探しても見当りません。その内に鉄冠子は、白い鬢びんの毛を風に吹かせて、高らかに歌を唱うたい出しました。
朝あしたに北海に遊び、暮くれには蒼梧そうご。
袖裏しゅうりの青蛇せいだ、胆気粗たんきそなり。
三たび岳陽に入れども、人識しらず。
朗吟して、飛過ひかす洞庭湖どうていこ。
二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞い下さがりました。
そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空なかぞらに垂れた北斗の星が、茶碗ちゃわん程の大きさに光っていました。元より人跡じんせきの絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、後うしろの絶壁に生はえている、曲りくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。
二人がこの岩の上に来ると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせて、
「おれはこれから天上へ行って、西王母せいおうぼに御眼にかかって来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っているが好いい。多分おれがいなくなると、いろいろな魔性ましょうが現れて、お前をたぶらかそうとするだろうが、たといどんなことが起ろうとも、決して声を出すのではないぞ。もし一言ひとことでも口を利きいたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。好いいか。天地が裂けても、黙っているのだぞ」と言いました。
「大丈夫です。決して声なぞは出しません。命がなくなっても、黙っています」
「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから」
老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、夜目にも削ったような山々の空へ、一文字に消えてしまいました。
杜子春はたった一人、岩の上に坐ったまま、静しずかに星を眺めていました。するとかれこれ半時はんときばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透とおり出した頃、突然空中に声があって、
「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。
しかし杜子春は仙人の教おしえ通り、何とも返事をしずにいました。
ところが又暫くすると、やはり同じ声が響いて、
「返事をしないと立ちどころに、命はないものと覚悟しろ」と、いかめしく嚇おどしつけるのです。
杜子春は勿論黙っていました。
と、どこから登って来たか、爛々らんらんと眼を光らせた虎とらが一匹、忽然こつぜんと岩の上に躍おどり上って、杜子春の姿を睨にらみながら、一声高く哮たけりました。のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、烈はげしくざわざわ揺れたと思うと、後うしろの絶壁の頂からは、四斗樽しとだる程の白蛇はくだが一匹、炎のような舌を吐いて、見る見る近くへ下りて来るのです。
杜子春はしかし平然と、眉毛まゆげも動かさずに坐っていました。
虎と蛇とは、一つ餌食えじきを狙ねらって、互に隙すきでも窺うかがうのか、暫くは睨合いの体ていでしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙きばに噛かまれるか、蛇の舌に呑のまれるか、杜子春の命は瞬またたく内に、なくなってしまうと思った時、虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消え失うせて、後には唯、絶壁の松が、さっきの通りこうこうと枝を鳴らしているばかりなのです。杜子春はほっと一息しながら、今度はどんなことが起るかと、心待ちに待っていました。
すると一陣の風が吹き起って、墨のような黒雲が一面にあたりをとざすや否や、うす紫の稲妻がやにわに闇を二つに裂いて、凄すさまじく雷らいが鳴り出しました。いや、雷ばかりではありません。それと一しょに瀑たきのような雨も、いきなりどうどうと降り出したのです。杜子春はこの天変の中なかに、恐れ気げもなく坐っていました。風の音、雨のしぶき、それから絶え間ない稲妻の光、――暫くはさすがの峨眉山も、覆くつがえるかと思う位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴が轟とどろいたと思うと、空に渦うず巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちかかりました。
杜子春は思わず耳を抑えて、一枚岩の上へひれ伏しました。が、すぐに眼を開いて見ると、空は以前の通り晴れ渡って、向うに聳そびえた山々の上にも、茶碗ほどの北斗の星が、やはりきらきら輝いています。して見れば今の大あらしも、あの虎や白蛇と同じように、鉄冠子の留守をつけこんだ、魔性の悪戯いたずらに違いありません。杜子春は漸ようやく安心して、額の冷汗ひやあせを拭ぬぐいながら、又岩の上に坐り直しました。
が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ、金の鎧よろいを着下きくだした、身の丈たけ三丈もあろうという、厳おごそかな神将が現れました。神将は手に三叉みつまたの戟ほこを持っていましたが、いきなりその戟の切先きっさきを杜子春の胸むなもとへ向けながら、眼を嗔いからせて叱りつけるのを聞けば、
「こら、その方は一体何物だ。この峨眉山という山は、天地開闢かいびゃくの昔から、おれが住居すまいをしている所だぞ。それも憚はばからずたった一人、ここへ足を踏み入れるとは、よもや唯の人間ではあるまい。さあ命が惜しかったら、一刻も早く返答しろ」と言うのです。
しかし杜子春は老人の言葉通り、黙然もくねんと口を噤つぐんでいました。
「返事をしないか。――しないな。好し。しなければ、しないで勝手にしろ。その代りおれの眷属けんぞくたちが、その方をずたずたに斬きってしまうぞ」
神将は戟を高く挙げて、向うの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空に充満みちみちて、それが皆槍やりや刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。
この景色を見た杜子春は、思わずあっと叫びそうにしましたが、すぐに又鉄冠子の言葉を思い出して、一生懸命に黙っていました。神将は彼が恐れないのを見ると、怒おこったの怒らないのではありません。
「この剛情者め。どうしても返事をしなければ、約束通り命はとってやるぞ」
神将はこう喚わめくが早いか、三叉の戟を閃ひらめかせて、一突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。勿論この時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音と一しょに、夢のように消え失せた後だったのです。
北斗の星は又寒そうに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁の松も前に変らず、こうこうと枝を鳴らせています。が、杜子春はとうに息が絶えて、仰向あおむけにそこへ倒れていました。
杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静に体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。
この世と地獄との間には、闇穴道あんけつどうという道があって、そこは年中暗い空に、氷のような冷たい風がぴゅうぴゅう吹き荒すさんでいるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯木この葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿しんらでんという額がくの懸かかった立派な御殿の前へ出ました。
御殿の前にいた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまわりを取り捲まいて、階きざはしの前へ引き据えました。階の上には一人の王様が、まっ黒な袍きものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりを睨んでいます。これは兼ねて噂うわさに聞いた、閻魔えんま大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへ跪ひざまずいていました。
「こら、その方は何の為ために、峨眉山の上へ坐っていた?」
閻魔大王の声は雷らいのように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、ふと又思い出したのは、「決して口を利きくな」という鉄冠子の戒いましめの言葉です。そこで唯頭かしらを垂れたまま、唖おしのように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄の笏しゃくを挙げて、顔中の鬚ひげを逆立てながら、
「その方はここをどこだと思う? 速すみやかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責かしゃくに遇あわせてくれるぞ」と、威丈高いたけだかに罵ののしりました。
が、杜子春は相変らず唇くちびる一つ動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一度に畏かしこまって、忽たちまち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上りました。
地獄には誰でも知っている通り、剣つるぎの山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔ほのおの谷や極寒ごくかん地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代る代る杜子春を抛ほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥はがれるやら、鉄の杵きねに撞つかれるやら、油の鍋なべに煮られるやら、毒蛇に脳味噌のうみそを吸われるやら、熊鷹くまたかに眼を食われるやら、――その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦せめくに遇あわされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言ひとことも口を利きませんでした。
これにはさすがの鬼どもも、呆あきれ返ってしまったのでしょう。もう一度夜よるのような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春を階きざはしの下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、
「この罪人はどうしても、ものを言う気色けしきがございません」と、口を揃そろえて言上ごんじょうしました。
閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、
「この男の父母ちちははは、畜生道ちくしょうどうに落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。
鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上りました。と思うと、又星が流れるように、二匹の獣けものを駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは二匹とも、形は見すぼらしい痩やせ馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。
「こら、その方は何のために、峨眉山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ」
杜子春はこう嚇おどされても、やはり返答をしずにいました。
「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合が好ければ、好いいと思っているのだな」
閻魔大王は森羅殿も崩くずれる程、凄すさまじい声で喚わめきました。
「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」
鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭むちをとって立ち上ると、四方八方から二匹の馬を、未練未釈みしゃくなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所嫌きらわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、――畜生になった父母は、苦しそうに身を悶もだえて、眼には血の涙を浮べたまま、見てもいられない程嘶いななき立てました。
「どうだ。まだその方は白状しないか」
閻魔大王は鬼どもに、暫く鞭の手をやめさせて、もう一度杜子春の答を促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに階きざはしの前へ、倒れ伏していたのです。
杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、緊かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、殆ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。
「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰おっしゃっても、言いたくないことは黙って御出おいで」
それは確たしかに懐しい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼をあきました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、怨うらむ気色けしきさえも見せないのです。大金持になれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志でしょう。何という健気けなげな決心でしょう。杜子春は老人の戒めも忘れて、転まろぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬の頸くびを抱いて、はらはらと涙を落しながら、「お母っかさん」と一声を叫びました。…………
その声に気がついて見ると、杜子春はやはり夕日を浴びて、洛陽の西の門の下に、ぼんやり佇たたずんでいるのでした。霞んだ空、白い三日月、絶え間ない人や車の波、――すべてがまだ峨眉山へ、行かない前と同じことです。
「どうだな。おれの弟子になったところが、とても仙人にはなれはすまい」
片目眇すがめの老人は微笑を含みながら言いました。
「なれません。なれませんが、しかし私わたしはなれなかったことも、反かえって嬉しい気がするのです」
杜子春はまだ眼に涙を浮べたまま、思わず老人の手を握りました。
「いくら仙人になれたところが、私はあの地獄の森羅殿の前に、鞭を受けている父母を見ては、黙っている訳には行きません」
「もしお前が黙っていたら――」と鉄冠子は急に厳おごそかな顔になって、じっと杜子春を見つめました。
「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ。――お前はもう仙人になりたいという望のぞみも持っていまい。大金持になることは、元より愛想がつきた筈はずだ。ではお前はこれから後、何になったら好いいと思うな」
「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです」
杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子が罩こもっていました。
「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇あわないから」
鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、
「おお、幸さいわい、今思い出したが、おれは泰山たいざんの南の麓ふもとに一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住まうが好い。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」と、さも愉快そうにつけ加えました。
『杜子春』のパラドックスと回向の構造
自力超越の限界と「盂蘭盆」の真義
芥川龍之介の『杜子春』は、表層的には児童文学の体裁を取りながら、その深層には極めて峻厳な宗教哲学的問いを孕んでいる。
主人公・杜子春が課せられたのは、「一言も発してはならない」という沈黙の行である。しかし物語の結末で師の鉄冠子が明かすように、「もしお前が声を出し続けなかったら、自分はお前を殺していた」という戦慄すべき二律背反が、そこには潜んでいる。
つまり、
声を上げれば仙人になれない。
黙り続ければ殺される。
という、逃げ道のないパラドックスである。
では、杜子春はどうすればよかったのか。
この問いを解く鍵は、単なる精神力の強さではない。
杜子春が挑んだ「沈黙の行」と、釈迦の弟子である目連尊者が母を救うために駆使した「神通力」。この二つを重ねて見ると、そこには共通する一つの問題が浮かび上がる。
それは、自分自身の力だけで、他者を救うことはできるのかという問題である。
本書では、『杜子春』をこの「自力の限界」という視点から読み直し、最後に現れる「お母さん!」という叫びを、回向による救済へ向かう転換点として捉えてみたい。
自力の構造
杜子春が挑んだ「沈黙の行」と、目連尊者が母を救うために使った「神通力」は、方法こそ違うが、どちらも個人の意志や能力に依拠する「自力の行」として見ることができる。
杜子春は、自らの強靭な精神力によって感情を排し、何が起きても声を出さないことを目指した。
一方、目連は「神通第一」と称されるほどの神通力によって死後の世界を探索し、餓鬼道に落ちた母を探し出した。
自力の行き止まり
ところが、ここで二人の道は行き止まりにぶつかる。
目連が神通力によって母に食べ物や水を与えようとしても、それらは母の口に入る前に火となってしまう。
神通力が足りなかったのではない。
問題は、どれほど強大な自力であっても、それだけでは他者の苦しみを救えないというところにある。
杜子春にも同じ問題が現れる。
彼が仙人になるためには、最後まで沈黙しなければならない。
しかし、目の前で父母が苦しめられているのを見ても沈黙し続けるならば、それは人間としての情を完全に捨てることになる。
そして鉄冠子は、そこにこそ試験の本当の意味を明かす。
沈黙を守り続ければ、杜子春は仙人になれる。
しかし、そのとき杜子春は、人間として何かを失ってしまう。
ここに、自力による超越の行き止まりがある。

『杜子春』でもう一つ見事なのは、物語前半の「豪遊」と、後半の「地獄の呵責」の対応である。
杜子春がかつて享受した感覚的な快楽は、地獄に入ると、その身体を苦しめる呵責へと反転していく。
たとえば、杜子春が味わった酒や食物、色鮮やかな牡丹、白孔雀、玉や錦、香木の車、象牙の椅子、美女、音楽――。
それらはすべて、杜子春の身体と五感を満たすためのものだった。
杜子春が現世で味わったものは、酒、食物、花、宝石、衣服、香木、美女、音楽――つまり、眼・耳・鼻・舌・身を通して得られる、ありとあらゆる快楽だった。
ここで思い出されるのが、『般若心経』の有名な一節である。
「無色、無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法」
色もない。受想行識もない。
眼も耳も鼻も舌も身も意もない。
そして、色・声・香・味・触・法もない。
ところが地獄では、その身体と五感そのものが苦痛の対象になる。
酒や食の快楽は、煮えたぎる油や舌への責苦へと反転する。
美しいものを見ていた眼は、熊鷹に眼を食われる。
贅沢な衣服に包まれていた身体は、皮を剥がされる。
豪華な家具に身を委ねていた身体は、鉄の杵によって打ち砕かれる。
美女や音楽に囲まれていた世界は、鬼や怪物による恐ろしい呵責の世界へと変わる。
つまり、
快楽の世界が、そのまま地獄の世界へと上下逆さまに反転している。
杜子春の地獄は、物語の途中から突然現れた別世界ではない。
それまで杜子春が享受していた快楽の世界を、上下逆さまにして見せた世界なのである。
芥川は、杜子春の贅沢な生活を細部まで描いたからこそ、その反転として現れる地獄の残酷さを際立たせた。
快楽の一つひとつが、地獄の呵責へと反転していく。
そこには、単なる恐ろしい地獄描写ではなく、物語全体を貫く応報の構造がある。
『杜子春』をよく読むと、杜子春の旅は単なる仙人修行ではないことに気づく。そこには、東西南北の方位と、天・地上・地下という上下の軸が組み込まれている。
ここで思い出されるのが、釈迦の「四門出遊」である。釈迦は王城の東西南北の門から外へ出て、老人、病人、死者、そして出家者を見る。それをきっかけに、人間の苦を知り、出家を決意したとされる。つまり四門出遊は、人間の世界を出て、苦の意味を知り、それを超える道を求める物語なのである。
『杜子春』にも、この「四つの方位を巡って、人間の生死を知る」という構造を思わせる仕掛けがある。
物語は、洛陽の西の門から始まる。杜子春は鉄冠子とともに峨眉山へ飛ぶ。そこで北斗が現れ、鉄冠子は「北海」「蒼梧」を歌い、さらに西王母に会いに天上へ行くという。
しかし杜子春自身は天上へ向かわない。試練の中で死に、地獄の底へ下っていく。そこで父母と出会い、母の苦しみを見て、ついに「お母さん!」と叫ぶ。
すると杜子春は地獄から現世へ戻り、物語の出発点である洛陽の西の門へ帰ってくる。
そして最後に、もう一つの方位が示される。鉄冠子が与えるのは、東岳・泰山の南の麓にある家である。そこには桃の花が一面に咲いている。
ここには明確な反転がある。
杜子春が求めていたのは、仙人になって人間世界を超えることだった。しかし最後に与えられたのは、天上の宮殿ではなく、泰山の南麓にある「家」と「畑」である。
つまり、杜子春が最後に戻った場所は、仙界ではない。大地に根を下ろして暮らす、人間の世界なのである。
さらに重要なのが、桃の花である。
桃は西王母の仙桃を連想させる。西王母は西方の神女で、不老長寿の桃と結びついている。ところが物語の最後に登場する桃は、仙人が食べて不死になる桃ではない。人間が暮らす家の周囲に咲く、春の桃の花である。
ここで、
仙界の桃=不死
地上の桃=春、生きること
という反転が生まれる。
そして「泰山の南麓」という場所も意味深い。泰山は中国の五岳の東岳である。最後に杜子春は、物語の冒頭にあった「西」から、東の泰山へと着地する。
こうして見ると、杜子春の旅は、
西の門 → 峨眉山 → 北斗・北海・蒼梧 → 天上・西王母 → 地獄 → 母 → 「お母さん!」 → 地上 → 東岳・泰山の南麓 → 桃の花
という大きな循環を描いている。
しかもこれは、東西南北だけの旅ではない。杜子春は峨眉山から天上を仰ぎ、地獄の底へ下り、再び地上へ戻る。つまり、水平の方位軸に、天・地上・地下という垂直の軸が重なっている。
そして、その中心にあるのが「母」である。
西王母の「母」と、地獄で出会う「母」。その母を見た杜子春が「お母さん!」と叫んだ瞬間、仙人になる道は閉ざされる。しかし同時に、杜子春は人間世界へ戻る。
ここが、釈迦の四門出遊との大きな違いである。
四門出遊では、老・病・死という人間の苦を見た釈迦が、人間世界を超える道を求めて出家する。一方、杜子春は地獄で母の苦しみを見て、人間世界へ戻る。
そして、この「戻る」という方向が、本書のテーマである回向とも響き合う。
自分一人の力で仙人になろうとした杜子春は、最後に自分だけの超越を捨て、母とのつながりを選ぶ。
四門出遊が「苦を知って、超える道へ向かう物語」なら、
『杜子春』は「母の苦しみを知って、人間の世界へ戻る物語」である。
だから最後の泰山の南麓の家と桃の花は、単なるハッピーエンドではない。
天上ではなく大地へ。
不死ではなく生へ。
仙界の桃ではなく、地上の春へ。
芥川は、東西南北と天地を巡る大きな旅の最後に、杜子春をもう一度「人間」として地上に立たせたのである。
『杜子春』には、もう一つの謎がある。それは、なぜ物語の最後に、杜子春の住む場所として「泰山の南の麓」が選ばれているのか、という謎である。
杜子春は洛陽の西の門から物語に入り、峨眉山へ向かう。そこから仙界へ入り、天上へ上り、さらに地獄へ落ちる。そして最後に戻ってくるのが、泰山の南麓である。
この旅は、単なる冒険の道筋ではない。東西南北をめぐりながら、天上と地獄を往復する、巨大な円環として読むことができる。
ここで重要になるのが、釈迦の「四門出遊」である。
釈迦は王子として宮殿の外へ出る。東門では老人を見て老いを知り、南門では病人を見て病を知り、西門では死人を見て死を知る。そして北門では沙門に出会い、出家への道を歩み始める。
四門出遊とは、人間の世界から外へ出ることで、人間の生そのものを見つめ直す物語である。
ところが、『杜子春』では、その構造が反転している。
杜子春もまた人間の世界から出ていく。しかし彼が最後に選ぶのは出家ではない。仙界と地獄を巡り、母親の苦しみを見た末に、もう一度、人間の世界へ戻ってくる。
釈迦が四門を出て出家したのに対して、杜子春は四門の彼方まで行って帰家する。
この反転こそが、『杜子春』に仕掛けられた魔法陣の第一の謎ではないだろうか。
そして、その帰還地点として泰山が選ばれていることが、さらに重要な意味を持つ。
泰山は中国では東岳として知られ、古くから天と地を結ぶ聖山と考えられてきた。とりわけ重要なのが、歴代の皇帝が行った「封禅」である。
封禅では、泰山の山頂で天を祭り、山麓で地を祭る。泰山は、天と地を結ぶ場所だったのである。
ここで、杜子春と皇帝の対照が浮かび上がる。
皇帝は、この世で最大の権力を持つ存在である。自らの権力と地位によって天下を支配し、その正統性を天に認めてもらうために泰山で封禅を行う。
一方の杜子春は、徹底して無力な存在である。
財産を失い、仙人の力を持たず、皇帝のような権力もない。最後に残されるのは、母親を思う一人の人間としての心だけである。
その二人が、同じ泰山という場所で対照をなす。
皇帝は泰山を登って天へ向かう。
杜子春は、天上と地獄を巡ったあと、泰山の南麓へ戻ってくる。
ここには、権力の方向と、人間の方向との反転がある。
皇帝が天に向かって自らの偉大さを示すのに対して、杜子春は天上の世界を経験したあと、自分の無力さを受け入れて地上へ戻る。
しかも、杜子春に与えられるのは泰山の頂上ではない。
南の麓にある一軒の家である。
これは重要である。
杜子春は、天に近い場所を与えられたのではない。地上で暮らすための場所を与えられたのである。
さらにその家の周囲には、桃の花が咲いている。
西王母の仙桃が不死の世界を象徴するとすれば、ここにある桃は、地上の春を象徴している。
杜子春が最後に手に入れたものは、不死ではない。
人間として生きる場所だったのである。
こうして見ると、泰山は単なる舞台ではなくなる。
天へ登る皇帝と、地上へ戻る杜子春。その二人を一つの山がつないでいる。
しかも、その山は「封禅」によって天と地を結ぶ山である。
この構造は、『杜子春』のもう一つの裏テーマである「倒懸」とも響き合う。
盂蘭盆の「倒懸」は、逆さ吊りである。上下が反転した状態から、そこにいる者を救い出す。
『杜子春』でも、世界は何度も上下を反転する。地上から天上へ上ったかと思えば、地獄へ落ちる。そして最後には、地上へ戻ってくる。
四門出遊も反転する。
釈迦にとって四門は、出家へ向かう入口だった。
杜子春にとって四門は、帰家へ向かう入口になる。
そして泰山も反転する。
皇帝にとっては、天へ向かうための山。
杜子春にとっては、天上から地上へ戻ってくる山。
ここまで来ると、「泰山の南麓」という一見何気ない設定が、物語の最後に置かれた理由が見えてくる。
絶対権力者である皇帝が天へ向かう泰山を、全くの無権力者である杜子春は、地上へ帰ってくる場所として与えられたのである。
この対比こそが、泰山の最も深い意味ではないだろうか。
皇帝は天命を背負って泰山へ登る。
杜子春は何の権力も持たず、何の天命も主張せず、ただ「お母さん!」と叫んで泰山の麓へ帰ってくる。
そして、そこで普通の人間として暮らす。
四門出遊が「出家」の物語なら、『杜子春』はその反転として「帰家」の物語である。
封禅が地上の絶対権力者を天へ結びつける儀礼なら、杜子春の泰山は、無力な一人の人間を地上へ戻す場所になっている。
この反転を仕掛けたものこそ、『杜子春』に隠された「魔法陣」なのではないだろうか。
倒懸という苦しみ
ここで『杜子春』から目連の物語へ目を移すと、もう一つ重要な言葉が現れる。
それが「盂蘭盆」である。
盂蘭盆(ullambana)は、伝統的に「倒懸」、すなわち逆さ吊りを意味する言葉として解釈されてきた。
目連の母は、死後、餓鬼道に落ち、倒懸の苦しみを受けていた。
つまり、盂蘭盆とは、単なる先祖を懐かしむ行事ではない。
そこには、
逆さ吊りにされたような苦しみから、死者を救い出す
という物語がある。
これが、日本のお盆につながっていく。
現代の死者観との対比
現代の日本では、亡くなった人に対して、
「天国から私たちを見守ってください」
という言葉がよく使われる。
そこでは、死者はすでに安らかな場所にいて、生きている私たちを見守る存在として描かれる。
しかし、目連の物語に描かれている死者の姿は、それとはまったく違う。
死者は救われているとは限らない。
苦しみの世界にいて、生きている者の供養を必要としている。
つまり、ここには二つの死者観がある。
オウム真理教との対比
現代における「自力思考」の極致として、オウム真理教の「カルマ落とし」が挙げられる。彼らは「逆さ吊りの修行」などの身体的苦痛によって自らのカルマを浄化しようとしたが、その過酷な自力修行は実際に死亡者を出すに至った。
信者同士が恋人関係になり隠れて性交をしていたことが発覚した場合、その性交した場所で男女二人を「逆さ吊りの刑」にしていた。
これに対し、本来の回向の思想は「他者への善行を通じて得た功徳を循環させる」という利他的な方向性を持っており、自責的な苦行とは救済のメカニズムにおいて決定的に対立する。
現代的な死者観
死者
↓
安らかな世界
↓
生者を見守る
目連・盂蘭盆の死者観
死者
↓
苦しみの世界
↓
生者の供養によって救われる
お盆の原型には、後者の切迫した救済の構造がある。
神通力から回向へ
目連は、自分の神通力によって母を救おうとした。
しかし、それでは救えなかった。
そこで目連は釈迦に教えを求める。
釈迦が示したのは、さらに強力な神通力を身につけることではなかった。
夏の修行が終わる日に、修行僧たちに食事を施し、供養する。
そこから生じた功徳を母のために向ける。
これによって、初めて母の救済が実現する。
ここで重要なのは、救済の方法が変わったことである。
神通力によって直接救う。
そこから、
布施・供養によって功徳を生み、その功徳を他者へ向ける。
という方法へ転換したのである。
これが「回向」である。
回向とは何か
回向とは、自らの善行や布施、供養などによって生じた功徳を、自分だけのために独占せず、他者へと向けることである。
ここでは、自力が消滅するわけではない。
布施をするのも人間であり、供養をするのも人間である。
しかし、その功徳を自分だけのものにせず、他者のために振り向ける。
ここに、自力だけでは越えられなかった境界を越える仕組みが現れる。
どれほど強い自力でも、自力だけでは越えられない境界がある。
その境界を越えるところに、回向による救済がある。
この構造を『杜子春』に重ねてみると、物語の最後に現れる「お母さん!」という叫びの意味が変わって見えてくる。
ここで、少し視点を変えてみたい。
エイモス・チュチュオーラの『やし酒飲み』には、死者の世界を旅する主人公が登場する。
このナイジェリアのヨルバ族の人によって書かれた物語は驚くほど『杜子春』に構成構造が似ている。
人類共通の物語原理というものがあるのかもしれない。
しかし、そこには『杜子春』とは奇妙な違いがある。
『杜子春』で杜子春が最後に求めるのは、母親である。
ところが『やし酒飲み』の主人公が死者の世界へ向かう目的は、死んだ父親を救うことではなく、自分に酒を飲ませてくれた、死んだやし酒作りの名人を探すことだった。
この違いは興味深い。
『杜子春』では、最後に「母」が現れることで、主人公は仙人になることを捨てる。
つまり、「孝」や家族への情愛が、超越よりも上位に置かれる。
これは、人間にとって何が最も大切なのかという問いでもある。
親子の情愛を絶対的なものとして描く『杜子春』と、別の価値の置き方をする『やし酒飲み』を並べてみると、「親孝行」という倫理が、それぞれの物語の文化的背景の中でどのように描かれているのかが見えてくる。
では、最初の問いに戻ろう。
どうすれば杜子春は仙人になれたのか。
答えは簡単である。
最後まで黙っていればよかった。
しかし、それでは鉄冠子の言う通り、杜子春は殺されていた。
ここに、この物語の本当の謎がある。
仙人になるには、人間であることを捨てなければならない。
杜子春は、その最後の一線を越えなかった。
父母の苦しみを目の前にして、彼はついに叫ぶ。
「お母さん!」
この一言で、仙人への道は閉ざされた。
しかし同時に、杜子春は救われた。
それは仙人としてではない。
人間としてである。
目連の物語も、同じところに行き着く。
神通力だけでは母を救えなかった目連は、布施と供養によって功徳を生み、それを母へ向けた。
自分だけの力で超越するのではなく、他者へ向けて力を分かち与える。
そこに「回向」がある。
『杜子春』の最後の一言は、この思想を直接語ってはいない。
しかし、杜子春が選んだのは、まさにその反対側だった。
自分だけが仙人になることより、母とつながっていることを選んだのである。
だから、「お母さん!」は修行の失敗ではない。
それは、自力による超越を捨て、人間の世界へ戻る一言だった。
杜子春は仙人にはなれなかった。
しかし、その瞬間、初めて本当の意味で人間になったのである。
ここで少しだけ、作者・芥川龍之介自身の母親について触れておきたい。
芥川の実母フクは精神を病み、龍之介は幼い頃から母と離れて暮らした。
芥川は後年、この母親について『点鬼簿』に書いている。そして、自分も母親と同じように精神を病むのではないかという恐怖を抱いていたことを、周囲の証言から知ることができる。
龍之介は生後まもなく本所の芥川家に入り、少年時代を本所で過ごした。
本人も後年、「生れてから二十歳頃までずっと本所に住んでいた」と書いている。
そして本所両国には回向院があった。
現在の回向院である。
芥川は後年の『本所両国』で、実際に回向院を訪れ、読経の声を聞きながら鼠小僧の墓を見ている。
そこで彼が特に驚いたのが、「膃肭獣供養塔」だった。
つまり、人間だけでなく動物まで供養する回向院の世界を、芥川は自分の目で見ていたわけです。
回向院は明暦の大火で亡くなった無縁の死者を供養するために始まった寺であり、施餓鬼や盂蘭盆とも深く関わってきた。
こうして見ると、芥川の人生の周囲には、
母親、死、供養、そして回向
という言葉が思いがけず並んでいる。
もちろん、これをもって『杜子春』が芥川自身の母親を描いた作品だと考える必要はない。
ただ、『杜子春』で最後に現れる「苦しんでいる母親」と「お母さん!」という一言を読むとき、作者自身が母親との複雑な関係を抱えていたことを知っておくと、作品の陰影が少し違って見えてくる。
芥川は幼い頃、母親が精神を病んだため、母と普通の親子関係を築くことができなかった。
幼い芥川は、その回向院の境内や周辺にあった学校に通っている。
つまり、芥川の少年時代には、
病で苦しむ母親という存在、
死者の供養、
地獄や仏教の物語、
そして本所・両国の風景
が重なっていた。
これらが、後年の芥川の心象風景を形作ったとしても不思議ではない。
もちろん、だから『杜子春』の母親が芥川の母親そのものだという意味ではない。
そうではなく、幼い頃に見たもの、聞いたもの、感じたものは、本人が意識しなくても心の底に残っている。
それは、音楽家が子どもの頃に聴いた歌を、大人になってから無意識のうちに自分の音楽の中へ取り込むことにも似ている。
芥川の場合、それは昔話や仏教説話、地獄と救済の物語、そして「母」という記憶だったのかもしれない。
そう考えると、『杜子春』の「お母さん!」という一言も、単なる物語上の仕掛けではなくなる。
少年時代の芥川の記憶の底に沈んでいたものが、杜子春という物語の中で、もう一度姿を現した。
この物語を形作った風景の一部は、もっと遠い少年時代から、すでに芥川の中にあったのかもしれない。
2026年9月24日 発行 初版
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