ひょんなことから殺人者となり、「パパ」と呼ばれる青年と連れ立って幻獣ミルクジャガーを探す逃避行へと出発する女子高生レイコの冒険を描く『チャンスも経験もいらない』。これが、<わたし>こと映像ディレクターのスローリィ・スローステップが映画化を依頼された小説だ。会心の映画監督デビュー作を生み出すべく、スローリィは気まぐれプロデューサーのヤングパレス、シニカルな脚本家の卵チェリームーンと組んで走り出すが……。B級娯楽映画製作の報われない舞台裏を通して、青年期の終わりを描く苦味とユーモアあふれるコミック・ノベル。
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1 監督誕生
もうずいぶん前のことだが、ある年の冬から初夏にかけて、わたしは「監督」と呼ばれて過ごした。監督といってもいろいろある。工事現場の監督。野球の監督。アダルトビデオの監督。わたしの場合は、映画の監督だ。手がけた作品の題名は『チャンスも経験もいらない』。しかし、観た人は少ないだろう。公開されたのはほんのわずかな期間だったし、DVDはまったく売れなかった。それに、これが重要なことだが、完成した映画に「監督」としてクレジットされているのは、わたしではない。
映画が公開され、シネマコンプレックスのいちばん小さなスクリーンに観に行った時のことだ。客の入りが悪いからだろう、すでに朝八時五十分からの上映のみという枠に追いやられ、かなりの観賞意欲の持ち主でなければ入場に至ることすら難しそうなその劇場に足を踏み入れると、案の定、客は一人もおらず、わたしさえ来なければ、上映の手間そのものがはぶけたかもしれないのに、と劇場スタッフにやや申し訳ない気分にひたっていたところ、ドリンクとポップコーンを抱えた若い女性たちが三人、にぎやかに会話しながら入ってきた。どうにか貸切にはならずにすんだわけだが、内臓を針でつつかれ続けるような百分弱の上映時間が過ぎ去った後の、彼女たちのざわめきはわたしの耳朶を打った。自分たちが今、目撃した映画らしきものはなんだったのか、こんなもののために千数百円の金を蕩尽した愚行について、誰に責任を取らせればよいのかという糾弾大会が始まったのだ。その中の一人が、失望に失笑を注いで憐憫でかき混ぜたような声でこう吐き捨てたのが忘れられない。
「なんつうかさぁ、心がねぇんだよ、心が」
おそらく彼女たちは原作小説のファンなのだろう。休日の早朝から、原作の「心」がきちんと映像に刻印されているか、確認に訪れたのだ。検品の結果、評価は「不可」と出た。わたしは彼女たちの期待に応えられなかったことを心の中で詫びながら、席を立った。
そういえば、プロデューサーの欄にヤングパレスの名前も載っていなかった。ヤングパレスとは、わたしがこの作品に関わっていた時、プロデューサーだった男である。
「わかった。それじゃ、君に監督をやってもらおう」
高田馬場のカフェバーで、ヤングパレスはわたしにこう言った。二人の間のテーブルには、ふたつのコーヒーカップと、『チャンスも経験もいらない』の原作本と、高名な脚本家が執筆したその映画化用脚本の第一稿、そしてわたしが独自に執筆したシノプシスが置かれていた。
『チャンスも経験もいらない』は、作家・丑寅ミサキのデビュー作だ。ミステリー系のライトノベル新人賞で佳作だか残念賞だかを受賞し、文庫本で刊行された。その後、丑寅ミサキがそれなりに人気のある作家に成長したおかげで、デビュー作もロングセラーとなっていた。数年前、わたしは行きつけの喫茶店の「ご自由にお持ちください」コーナーから『チャンスも経験もいらない』を拾い、ひまつぶしに一読した。そして、恋に落ちた。所属している制作会社のプロデューサーに見せて映画化権の確認を依頼すると、その返事を待たずに企画書とシノプシスの執筆に取りかかった。しかし、そこまでだった。映画化権はすでにある映画制作会社に押さえられていたのだ。わたしが惚れる相手には必ず恋人か配偶者がいる。いつものことだ。時が過ぎ、『チャンスも経験もいらない』の映画化は実現に至らぬまま、どういうわけか権利をヤングパレスが預かることになった。さっそく企画開発に取りかかった彼は、監督に自主映画出身の激しいアクション描写で知られる中堅監督を起用し、脚本を日活ロマンポルノ出身で華々しい受賞歴を誇るベテラン脚本家に依頼した。
「アイツを選んだのはぼくじゃない、監督だよ」と、ヤングパレスは説明した。「あの監督、自分の弱点は脚本だと自覚してたんだな。今まではとんがった作家性だけで突っ走ってきたが、もう五十歳近いしね。そろそろしっかりした脚本家と組んでみたかったんだって。でも、それにしたってアイツを呼ぶことないだろう。原作はライトノベルだよ? アイツは大人の男女のしがらみにしか興味がない男だろ。不倫がどうしたとか近親相姦がどうしたとか、要するに『暗くてしみったれた日本映画』の象徴じゃないの。ぼく、日本映画がダメになったのは作り手や批評家に、ロマンポルノをありがたがる連中がのさばるようになってからだって、本気で思ってるからさ」
脚本家から届いた第一稿を読んで、ヤングパレスは不安の的中を悟った。しかし彼には監督や脚本家に不満を的確に伝える自信も能力もない。そこで原作を読んでいそうなわたしに声をかけ、第一稿の感想を訊ねたのだ。メールで送られてきた第一稿を読んだわたしは、かつて愛した原作が下品な中年男に強姦されたとしか思えない脚色の数々に殺意すら抱いた。怒りに震える指で率直な批評を書き、ヤングパレスとの打ち合わせに持参した。その際に、かつて書きかけていた企画書をひっぱり出し、「自分ならこうする」と独自のシノプシスを完成させて、いっしょに持ち込んだのだ。
『チャンスも経験もいらない』は、こんな物語だ。
主人公・レイコは、学校でも家庭でも孤立している女子高生。物語は、レイコが「パパ」と呼ぶ男と街をデートしている描写から始まる。読者は当然、「パパ」はレイコの父親なのだろうと思うが、じつはそうではない。「パパ」は二十代の青年であることがじょじょにわかってくる。そして、レイコはモデル事務所から派遣され、娘の役を演ずる「レンタル娘」だということも。「レンタル娘」の利用者のほとんどは中高年の男性だが、今日の依頼者はどう見ても「父親」とは思えない青年・二階堂だった。レイコは用心しながら二階堂の前で天真爛漫な「娘」を演じる。しかし、二階堂はなぜかレイコと趣味嗜好がぴったり一致する好青年で、意外にも心地よいデートを楽しむことができる。契約時間が終わりかけた夕方、レイコはある光景を目撃する。「レンタル娘」の同僚にして憧れの親友だった少女ミチルが、中年男と二人連れで歩いていたのだ。仕事とは思えないその親密ぶりに不穏な気配を感じたレイコは、二階堂を放り出して後を尾ける。はたして二人はラブホテルへと吸い込まれてゆき、親友の売春に衝撃を受けたレイコは、そのままホテル街から逃げ出そうとする。その時、路地から出現した覆面の集団に襲われ、車で拉致されそうになる。離れて後をつけていた二階堂が救援に駆けつけ、乱闘が始まる。二階堂はすぐ袋叩きにされるが、レイコは複数の護身グッズを携帯していたため、催涙スプレーで覆面集団の撃退に成功する。が、その中の一人が破れかぶれでレイコを押し倒し、服を剥ぎ取ろうとする。抵抗するレイコは男を特殊警棒で殴り殺してしまう。転がった死体を前に愕然とするレイコと二階堂。とりあえずその場を走り去り、乗り込んだタクシーでいったん二階堂の自宅へと逃げ込む。殺人の経験にぶるぶる震えるレイコ。二階堂はそんなレイコをやさしくなだめる。落ちつきを取り戻したレイコは、二階堂の部屋の中に、隠し撮りされた自分の写真が落ちているのを発見する。今日初めて会った「パパ」だと思っていた二階堂は、ずっと前からレイコにつきまとっていたストーカーだったのだ。しかし、レイコは二階堂に嫌悪感を抱かない。むしろ、自分に価値を見出した二階堂に関心を抱き、哀れみすら抱く。さらに、この出会いは生まれた時からくすぶりつづけてきた自分が、大胆に生を燃焼する契機ではないかとすら思い始める。まずいことに二階堂は乱闘の際、覆面集団に財布を奪われていた。中には個人情報がどっさりだ。死体が見つかり、あの覆面男たちに捜査が及べば、いずれ警察がここに来る。レイコは二階堂と共に家を捨て、逃亡の旅に出ることを決意する。
ここまでが第一幕。
「まず出だしですけど……」わたしは努めて冷静に第一稿の問題点を指摘していった。「レイコと二階堂、二人でいる場面はずっと二階堂の顔を隠して映さない、と指定してますよね。これ、実際にやったらかなり変なことになりますよ」
「そうだよな、ぼくも無理があると思ったんだ」
「主人公が『パパ』と呼ぶ相手は、じつは父親には見えない若い男だった。原作でこれがはっきりするのは二階堂の家に着いてからですよね。でもその意外性は文章だから成立するトリックであって、主人公の相手役の顔がずっと画面に映らなかったら、何か狙いがあるな、とまるわかりだと思うんですよ。演じる俳優の声だって聞こえるんだし。むしろ、デート中の若い男女に見える二人なのに、なぜか主人公は相手を『パパ』と呼ぶ違和感を強調して、観客の興味を引くべきです」
「同感、同感」ヤングパレスは自らひっかかっていた違和感を言語化してもらえたことに、相当な喜びを抱いたのか大げさにうなずく。
「レイコと二階堂がデート中、極右団体のデモが在日朝鮮人排斥のシュプレヒコールをあげながら通り過ぎる、となっていますが、これはどういう意図ですか」
「ぼくにもわからんよ。知ってると思うけど、アイツ、左翼で元活動家だからさぁ」
「レイコに七〇年代的な反逆ヒロインのイメージを投影したい気持ちはわかりますよ。わたしもこの主人公の不充足感でいっぱいになっている心情に心惹かれたし、事件の中で、彼女が自分の主体性に覚醒してゆく過程が感動的だと思いましたから。でも、レイコは女囚さそりとは違います。彼女の置かれた状況を描くのに、政治的な要素をファッション感覚で持ち込むのって、変にバイアスがかった印象を与えると思うんです」
「確かに。たぶん、『愛のコリーダ』で藤竜也が兵隊の行進とすれ違う場面の引用じゃないかな」
「それから、ここ。レイコがホテル街の路地で暴漢たちに襲われる場面ですが、ひっぱり込まれたのは駐車場ですよね。こんな埃っぽい場所でいきなり集団レイプしようとするのはおかしくないですか。人だって通るだろうし」
「ヒロインの貞操の危機を描かないと映画が盛り上がらないと思っているのさ。古いよなぁ。監督はきっとスタイリッシュに表現すると思うけど……」
「原作ではまずワゴン車に連れ込もうとしますよね。人里離れた場所まで連れ去ってからレイプする計画なんでしょう。いきなりこんなところでおっぱじめるなら、この連中は完全に頭がおかしいということになります。二階堂がすぐ駆けつけて来るんだし」
「まぁ、だから二階堂は殴られてすぐ失神しちゃうよね」
「それがさらに無理を重ねてます。相手は四人ですよ。集団レイプされかかった女子高生が、たった一人で全員返り討ちにして、そのうちの一人をぶち殺す、ってレイコは格闘技の達人かなんかですか」
「監督がアクション得意な人だから、見せ場を用意してやったんだろうね。でも、ここだけ映画が違ってるよなぁ」
「本当にあの先生が書かれたんですかね。ベテランとは思えない雑な描写だらけですけど」
「よくわかったね」ヤングパレスが意味ありげに笑った。「じつはこれ、娘さんに書かせたものらしいんだ。アイツは後でちょっとチェックしただけだろうね。アイツ、娘を脚本家に育てようと必死なんだよねぇ」
そんな事情でもなくては還暦近い大御所がライトノベル原作を手がけるはずがない。わたしはなるべく自分の怒りを悟られぬよう、淡々と脚本の不備を指摘していった。決して「こんな連中に作らせるぐらいなら、こっちにまかせてくださいよ」とは言ってない。そんな自己宣伝をぬけぬけと口に出せる性格だったなら、少しはちがった人生を送れていただろうに。
わたしの意見をひと通り聞き終えたヤングパレスは、改めて深くうなずき、「君だったらどう脚色するかな?」と訊ねた。この絶好球を待っていた。バッグから自分で書いたシノプシスを取り出し、ヤングパレスに渡す。ひどい第一稿を読んだおかげで、わたしの中では『チャンスも経験もいらない』の映像化に向けてなにが必要か、かなりの部分が具体化されていた。このシノプシスには、三年前に書きかけた企画書用に構想したプランから、改めて思いついたアイディアをすべてつめこんである。わたしは、自分の映画化イメージをひと息に語り切った。
渡されたシノプシスに目を通しながら、わたしの演出プランを聞き終えたヤングパレスは、原稿から顔を上げて言った。
「昔、マイケル・チミノが『ディア・ハンター』の企画をパラマウントに売り込んだ時、重役たちを相手に、そんな風に一気に物語を語って見せたそうだよ。その時の重役たちの気持ちが、今、やっと理解できた」
そして、わたしへの監督依頼を口にしたのだ。
ついに、扉が開いた。
そう思った。
その時は。
2 書いては書き直し
ヤングパレスとわたしが知り合ったのは、出版社の銀鷲社が主催する映画の企画コンクールだった。わたしは数年がかりのオリジナル脚本を応募し、佳作に入選した。大賞受賞作は該当者なし、四名の佳作受賞者の作品に関する企画開発は、銀鷲社が出資するシルバー・フィルムズという合資会社が担当することになり、ヤングパレスはその代表取締役社長なのだった。
彼の正確な名前は「若宮京次」という。
「学生のときに名前を英語に分解するのが流行ってさ。ほら、黒澤明ならブラックスワンプ・ブライト。手塚治虫ならハンドマウンド・ランインセクト。村上春樹ならヴィレッジアップ・スプリングツリーって感じに。ぼくの名前は『ヤングパレス・キョートネクスト』。それからヤングパレスと呼ばれてるようになったんだ」
とはヤングパレスの解説だ。なるほど彼の風貌は京都のお屋敷でのんびり茶会でも催していそうな雅な雰囲気をたたえている。古典芸能の家系、と言われたらきっと信じてしまっただろう。
そして、彼はわたしにも英語読みのあだ名をつけてくれた。
スローリィ・スローステップ。彼はわたしを「スローリィ」と呼んだ。
わたしの本名は「野呂進」という。
「君の脚本、面白かったよ。一度、撮った作品を見てみたいね。DVDがあるなら送ってくれ」
授賞式のパーティーでそう話しかけてきたヤングパレスに、わたしが悪印象を抱くはずがない。わたしは学校の卒業制作で撮った中篇のDVDを彼に送った。もう十年以上前の作品なのが気にかかったが、人に見せられる作品はそれしかなかったのだ。わたしが監督を務めた卒業制作は、自主映画のコンクールで審査員特別賞を授賞し、獲得した賞金を元手に長篇の制作に挑んだ。が、うまくいかなかった。原因はわたしに人望が乏しく、きちんとした制作管理を受け持つプロデューサーの能力に欠けていたからだ。週に一、二日撮影をするスケジュールでかかった期間は四ヶ月。一人で編集と仕上げを行なったものの、やはり優秀な協力者を募るべきだった。出来上がったものは才能の不足を露呈した失敗作で、しかも想定した予算を大幅に超過していた。スタッフ・出演者に約束したギャラを支払うため、親類一同から借金を依頼して回ったおかげで、わたしの悪評はたちまち一族に知れ渡った。完済するにはサラ金に手を出すしかない、と思いつめていたところ、学生時代の先輩から声がかかり、彼が務めるテレビ番組制作会社に潜りこんだ。そこで契約スタッフとして寝るひまもなく駆けずり回ること三年、どうにか借金は返済できたが、同時に焦りのようなものが芽生えた。このままではテレビの雑用仕事で使い捨てられてしまう。バイトで食いつなぎながら、次は個人的に制作できるものに取りかかろうと決心し、ある展覧会で興味を抱いた芸術家に声をかけた。樹脂で固めた野菜を組み合わせて、オブジェを作る男だった。ある部分にはめこむ野菜をナスにするかキュウリにするかで一週間も悩み続けるところに魅力を感じ、撮影を始めた。が、三ヶ月経ったある夜、酒を飲みすぎた彼は自宅マンションのベランダから転落し、自分自身がつぶれたトマトみたいになってしまった。いずれ彼が世に認められれば、わたしの記録映像も価値が出るはずだと踏んでいたのだが、ちょっと死ぬのが早すぎた。撮りためた素材と彼が残した作品の物撮りでドキュメンタリーを完成させてみたものの、無名の芸術家の記録映画など、見たがる者がいるはずもなく、一般公開には持ち込めずに終わった。
生活費を稼ぐには、仕事を受けなくてはならない。その後、わたしは複数の制作会社を渡り歩きながら、テレビ番組やPRビデオ、博物館の展示映像などの制作に参加した。女子高生に人気のあるケーキ屋の紹介から、奈良時代の防疫体制と呪法の進化に関する解説、離島の男たちと六本木で夜遊びしている女たちの集団お見合い、放送大学の教材コンテンツから、水商売グループの企業紹介動画まで、頼まれればなんでもやった。正直、どれも優秀とはいえない仕事ぶりだった。試写では叱責されてばかりで、わずかな自信もすっかり磨耗してしまった。しかし、この業界は慢性の人手不足ゆえに仕事が途切れることはなく、どうにか生活を続けることはできた。まずいのは、人から要求される情報と映像をそれらしく整える作業を日々くり返しているうちに、自分にとって「面白いもの」とはなんなのかがわからなくなったことだ。
「何が面白いか、なんてわたしにもわかんないよ。わかんないけど、自分がなにに心を動かされたか、そこだけ嘘をつかずにいれば、なんとかなるもんだよ」
と、慰めてくれたのは、現在所属している制作会社のプロデューサー、雁一だ。ヤングパレス流に読めばグース・ワン。女性だ。雁から年齢を訊ねられたので答えると、彼女は軽くうなずいて言った。
「ぼちぼち『三五歳の壁』を意識するころだね」
「三五歳の壁」とは、一般人が再就職の難しくなる年齢とか、女性の結婚しづらくなる年齢として使われることが多い言葉だが、雁の言う「業界版・三五歳の壁」は少し意味合いが違った。映画や演劇、テレビや広告の世界に関わる者は、三五歳までに有名な賞を受賞するか、大ヒット作を生み出すかして、業界に認知される「代表作」を持たないと、その後は凡庸な制作者として終わるというのだ。なるほど、岩井俊二が『打ち上げ花火/下から見るか? 横から見るか?』で注目されたのは三十歳の時だったし、是枝裕和が『幻の光』でヴェネチア映画祭受賞を果たしたのは三三歳の時だ。庵野秀明だって全国放送のテレビシリーズ『ふしぎの海のナディア』を三十歳で監督している。
「これは俳優やタレント、アナウンサーにも同じことが言えるの。わたしが自分で企画した終末医療のドキュメンタリーで芸術祭の賞をもらったのが、三四歳の時だった。あれで注目されなければ、未だに岡山の局でニュースを読んでるか、とっくに営業に回されていただろうね」
雁はローカル局のアナウンサー出身で、ドキュメンタリストとして名を挙げ、ディレクター仲間と制作会社を興した傑物だった。しかし、皺も風格も体重も増加した現在、彼女がニュース番組で原稿を読む姿は想像できない。
「結局、左右するのは運だけどね。でも、運が巡ってきた時に、それを逃さないためのトレーニングは、常に続けていなけりゃならない」
そう言われたわたしは、素直にトレーニングを始めた。脚本を書き始めたのだ。自分が何を面白いと思っているのか、自分自身で確認するために。通勤電車の中や喫茶店の中でも、毎日少しずつ書き続けた。小説『チャンスも経験もいらない』に目をつけ、映画化の可能性を探ったのもそのころだ。書き直しをくり返し、自分なりに納得のいくオリジナル脚本が仕上がったのは二年後のことだ。暴力団の新人構成員が、ある新興ヤクザのリーダーを暗殺するため、ホステスに女装してクラブに潜入する話だった。突飛な筋書きに見えるが、山一抗争で実際にあった事件をモデルにしている。もっとも、わたしの脚本では主人公と標的のヤクザはいつしか恋に落ちてしまい、二人は組の資金を奪って逃走、追っ手の殺し屋たちと血みどろの戦いをくり広げる。
『恋するヒットマン』と題した脚本を銀鷲社のコンクールに応募し、佳作に入った。その時の審査員の一人が、ヤングパレスだった。
ヤングパレスはわたしより七、八歳ほど年長だったが、当時は自分の事務所を構えたばかりで覇気にあふれていた。わたしの卒業制作を気に入った彼は、『恋するヒットマン』の映像化を実現するためにさまざまな提案をしてくれた。その姿勢には感謝している。問題は、そのアイディアがことごとく絵に描いた餅にすぎず、いや、絵に描くのはこちらで彼は餅の構想を語るにすぎず、描かされた餅が食べられるものに変化することが決してないことだった。
ヤングパレスは突然、こんなことを思いつく。
「今、無名の新人がオリジナル企画を成立させるのは非常に難しい。そこでだ、うちから五十万円ほどの予算を出させるから、プロモーション映像を製作して、それで映画会社にプレゼンする、というのをやろうじゃないか」
もちろんこちらに異存はない。「やりましょう」、「カッコいいやつを作って業界を驚かせましょう」、「やりたいことをどんどん試してみましょう」とがっしり手を組んで意気投合、わたしは脚本の中から効果的なシーンを抜き出し、予告篇風の絵コンテ台本を作成した。なにしろ予算五十万では派手なセットも技術スタッフへのギャラも期待できない。知り合いのカメラマンに相談して、機材を安くレンタルする方法や、格安で参加してもらえるかどうかの交渉、自腹でロケハンまで始めていた。ところが数ヶ月後、連絡が途絶えていたヤングパレスが、浮かない顔で現れ、こう言うのだ。
「いやぁ、まいったよ、あちこちの芸能事務所に声をかけて出演候補者を出してもらおうとしたんだけどさ、やはり実際の製作が前提になってない企画には協力できないって言うんだな。研修生レベルの子なら出してやってもいい、ってさ。バカにしてるよ。その上、『で、企画が成立したら、その子を主役にしてもらえるんでしょうね』と、こう来るんだ」
芸能事務所からすれば、当然の要求だろう。プロモーション映像にだけ参加して、本番は別の事務所の有名俳優に乗り換えられたのでは、協力のしがいがない。それならこちらも腹をくくって、主役の俳優を今から決めてしまい、その上で製作支援もお願いするのはどうかと言うと、ヤングパレスは「企画が成立するまでに、その子がトシを食っちまうよ。それに、新人監督のデビュー作だから、主役にはそれなりに名の通った俳優が必要だ」と首を横に振る。
数週間後、ヤングパレスは次の手を思いつく。
「この脚本で、いったんドラマCDを制作するというのはどうかな。ちょっと人気のある声優を集めてきてさ。ドラマCDって今、けっこう売れてるんだよ。プロモーション映像よりは安上がりだし、内容の面白さが伝われば、映画化への近道になる」
つまり、オーディオドラマ版を制作し販売に持ち込もうというわけだ。もちろんこちらに異存はない。オーディオドラマでもなんでも、作れるものなら作ってみたい。「やりましょう」、「声優ファンの心をグッと掴む名盤を仕上げましょう」、「ドラマCDをきっかけにメディアミックス展開を立ち上げましょう」と意気投合、わたしは売れ筋のドラマCDを何枚も聴いて猛勉強、脚本をオーディオドラマのスタイルに書き直した。説明せねば伝わらぬ部分にはセリフを追加し、サウンド・エフェクトや音楽が入るタイミングを周到に計算し、音響演出について知り合いの音効スタッフからレクチャーを受けた。ところが数ヶ月後、連絡が途絶えていたヤングパレスが浮かない顔で現れ、こう言うのだ。
「まいったよ、ドラマCDって意外に金がかかるし、出演声優たちの権利処理が異様に面倒くさいんだな。それに、どこのレーベルもこの脚本に乗ってくれなくてねぇ。話の印象が昔の東映っぽいって言うんだよ。もっとこう、耽美的なBL物にできないかって言ってきたところはあったけど」
わたしが書いた『恋するヒットマン』は同性愛を扱っているので、いわゆるBL物に仕立て直すことはできなくはない。主役二人のイメージを完全に切り替える必要はあるが、そういう商業上の要請を拒絶するほど心が狭くはないつもりだ。再度の脚本修正に取りかかっていたところ、ふたたび次の手を思いついたヤングパレスから連絡が入る。
「今、銀鷲社とライトノベルのポータルサイトを作る計画を進めてるんだけどさ、そこに、インターネットドラマを配信させられないか探っているところなんだ。君の脚本が使えるんじゃないかと思って。あの脚本、配信用の連ドラにできないか」
当時、動画配信サイトでミュージックビデオなどを流すのは一般化しつつあったが、ドラマのような長尺の内容を、高画質で配信するのはまだまだ試験的な段階だった。はたしてメジャー出版社のサイトから、縁もゆかりもないわたしが企画したドラマが配信される、なんてことが起こり得るだろうか。かなり実現性の乏しい計画に思えたが、日ごろから企画ミーティングでは消極的な発言は避けるべし、という習性を叩き込まれている悲しさ、「やりましょう」、「動画配信の世界に殴り込みをかけましょう」、「大出版社がスポンサーなら、画面作りも豪華にできますね」と大乗り気な姿勢を見せ、脚本を一話二十分、全五回の構成に書き直してしまった。キャスティングの候補者を書き出し、効率的な撮影スケジュールを練りながら連絡を待っていると、やはり浮かない顔のヤングパレスが現れる。
「まいったよ、ポータルサイトの計画、結局おじゃんになっちゃった。銀鷲社も忙しすぎて担当できる奴がいないって。そもそもドラマを制作する予算なんかまったく想定してなかったっていうんだ。まぎらわしいこと言って気をもたせやがって、許せねぇよなぁ、ホントに。それに、ドラマにするならウチで出してる小説かマンガを原作にしてくれなきゃ困る、だってさ。ちゃっかりしてるじゃないの」
それもまた出版社からすれば当然の要求だろう。ヤングパレスとのこうしたやりとりをすでに一年半もくり返していたわたしは、この男と組んでいる限り、ギャラの発生しない労務を積み重ねられるばかりで、企画は永遠に実現しないのではないかという不安が梅雨どきのカビのように胸中に広がりつつあった。
その席で、ヤングパレスが忘れ物を思い出したような顔で言った。
「ところで君、丑寅ミサキって好きかい。作風がちょっと近い気がするんだよな。そいつのデビュー作が銀鷲社から出てるんだけどさ。『チャンスも経験もいらない』っていうやつ。うちが映像化権を引き取ったんだけど、脚本がうまくいってなくてねぇ。一度、読んでみてくれないかな」
目の前のヤングパレスが、賽の河原の鬼から蜘蛛の糸を垂らす釈迦如来へと切り替わる。ずっと前から目をつけ、どうしても手が届かなかった原作が、突然、向こうから顔をのぞかせた。安手の恋愛ドラマにありがちな「偶然の再会」というやつだ。俗っぽい表現を借りれば、わたしと『チャンスも経験もいらない』は運命の赤い糸に結ばれていた、ということになる。その思いは、二週間後に監督を依頼されたことで、決定的なものになった。
3 チェリームーン
それから三週間あまり、わたしはテレビ番組の仕事にかけずり回りながら、その合間に『チャンスも経験もいらない』の脚本を書くという二重生活を送った。
一気呵成に作品を仕上げるという集中力に欠けているわたしは、原作に加え詳細なシノプシスまで用意してあるというのに、なお筆が遅い。のろのろ書き進めるうちに、新たなアイディアがひらめいたり、前後の矛盾に気づいたり、セリフや芝居の陳腐さにがまんならなくなったりで、何度となく同じ場面を行ったり来たりすることになる。少しずつ少しずつ、ぺちゃんこになった歯磨きのチューブを必死に絞り出すような努力を重ねながら、ひとつひとつの場面を積み上げていった。それでも、この場面を演出するのは自分なのだ、この作品に「監督」としてクレジットされるのはこのオレなのだ、と約束された栄光を夢想するだけで陣痛は麻薬を吸ったようにやわらぎ、キーボードを打つ指にいっそうの力がこもるのだった。
やっとのことで完成した初稿をメールでヤングパレスに送ると、翌日には「面白かったよ。打ち合わせをやろう」と返信が来た。
空に亀裂が入りそうなほど冷気がはりつめた二月のはじめ、わたしは高田馬場駅から歩いて十五分ほどの場所にある、目立たない雑居ビルに入った。エレベーターで四階に上がり、「シルバーフィルムズ」と表札が出たドアを開けると、そこはドラマに出てくる探偵事務所みたいながらんとしたオフィスで、ニット帽をかぶったセーター姿の若い女性がデスクでノートパソコンに向かっていた。奥のデスクで漫画雑誌を読みふけっているのがヤングパレスだ。彼は私に気づくと、会議用の広いテーブルに招き、椅子に座らせた。五人いる社員は全員外に出払っているという。ニット帽の女性がお茶を運び、彼女もまたテーブルの席につく。電話番かと思ったが、どうやらいっしょに会議に参加するつもりらしい。
「この人、桜庭月子さん」ヤングパレスが紹介する。「脚本家のタマゴみたいなもんでね。うちでデスクをやってもらってる」
桜庭月子。英語にすると、チェリーガーデン・ムーンチャイルド。わたしとヤングパレスは、彼女のことをチェリームーンと呼んだ。
「じつはね」と、ヤングパレスがいたずらを告白する子供の顔になる。「スローリィとチェリームーン、二人にそれぞれ初稿を書いてもらったんだよ。もちろん、スローリィの腕を信頼していなかったわけじゃない。ただ、この企画には女性の視点が練り込まれた方がいいかもしれない、という気がしてね。お互いの了承を取ってないのは悪かった。でも、映画のプロデューサーというのはそういうことをするものなんだよ」
本当に「映画プロデューサーとはそういうことをするもの」なのか、今でもわたしにはわからない。しかしこの瞬間、わたしの内部でヤングパレスに対する警戒レベルが一段階上昇したのは確かだ。前々から安易な思いつきでタダ働きさせては平然としている、いささか繊細さに欠ける男だとは思っていた。しかし今回、この男は急な発注に応えるべく必死で執筆したわたしの脚本を、場合によってはそっくり捨て去ってチェリームーンが書いたものに置き換えるつもりでいたのだ。確かに、実績のない新人に大きな仕事をまかせる以上、予防策を立てておくのは必要な措置かもしれない。しかし、その予防策が、わたしと同じくまったく無名の脚本家志望者というのは、いかにも危うい。たぶん、まともな脚本料を支払う能力がないから、タダで書いてくれそうな者に声をかけたにすぎないのだろう。それに、予防策の存在をわたしに伝えなかったということは、脚本だけでなく、「監督」も場合によってはあっさり切り捨てる部品のひとつとしか考えていない、ということだ。
わたしが不快の念を抱いたことにいっさい気づいた様子のないヤングパレスは、おのれのプロデューサーとしての手腕に酔いしれながら語り続ける。
「うん、二人ともよく書けてた。安心したよ。君たちの才能は本物だ。スローリィには、すでにしっかりしたヴィジョンがあるようだから、このまま君に改稿作業をお願いしたい。きっと斬新な青春クライムサスペンスに仕上がるだろう。でも、チェリームーンの書いたホンにも、いいアイディアはたくさんあるんだ。これから意見交換しながら、スローリィに検討してもらって、それで第二稿に取りかかってもらいたい」
ただの予備として一本の長編脚本を競作させられたチェリームーンにしてみれば、ずいぶん酷な言葉だと思ったが、彼女は表情を変えなかった。これもデビュー前の新人が経験する修行の一環としてすべて受け入れているのだろうか。そんな冷静さが、やや不気味だった。
その日の会議は、わたしが書いた第一稿を音読して、尺を測る作業から始まった。わたしが二階堂のセリフを、チェリームーンがレイコのセリフを、そしてヤングパレスがト書きを読む。わたしとしてはきわめて照れくさい儀式だったが、二人とも、こういう作業を他の作品でも行なっているのか、淡々としながら上手な音読だった。特にチェリームーンの声は、これがラジオドラマならそのままレイコ役に採用したいぐらいだった。
読み上げた結果、尺は一一七分。ヤングパレスが嘆息する。
「これ、実際に撮ったら百三十分を越えるぞ」
枚数上、長すぎることはわかっていた。どこをカットするかが問題となった。
意見を求められたチェリームーンは表情を変えずに言った。
「脚本の段階でバッサリ落とさなくてもいいんじゃないでしょうか。監督が書かれた脚本は原作の構成を大胆にいじるところと、そのまま活かすところがうまく処理されていると思います。勉強させてもらいました」
わたしの中でチェリームーンに対する印象が「不気味」から「愛おしい」に急変したが、ヤングパレスは納得しない。
「でも、予算と撮影スケジュールの問題があるからね。長いままというわけにはいかんよ。ぼくは、君が書いたファーストシーンも気に入ってるんだけどな」
チェリームーンの脚色した原稿を見せてもらう。トップシーンは原作とはまったく異なっていた。「パパ」である二階堂が「娘」を演じるレイコをモデルに、公園で肖像画を描いている場面から始まるのだ。
◯ 公園の森
木漏れ日を受けながら、じっと正面を見つめている十七歳の少女がいる。
その名はレイコ。
レイコは木陰に設置されたベンチに座っている。やがて、大きなあくび。
レイコ「(正面に向き直り)あ、ごめんね、パパ。昨日、部活のレッスンでめっちゃ疲れててさぁ」
画面外から男の声が聞こえる。
男の声「部活、やってるのかい」
レイコ「うん。ね、何部かわかる?」
男の声「うーん……演劇部、かな?」
レイコ「……」
男の声「当たり?」
レイコ「つまんない。なんでわかったの?」
男の声「ちょっと、まだ動かないで」
レイコ、姿勢を戻す。
レイコの前では青年・二階堂博人がせっせとスケッチブックに鉛筆を走らせている。
レイコの肖像画を描くためのデッサンだ。
二階堂「なんでわかるかって? まぁ、目と声かな。お芝居をしてる人っぽいな、と思って」
レイコ「えーっ、あたしのリアクション、そんなにわざとらしい?」
二階堂「いや、いろんなものを観察してるし、滑舌がいいでしょ。声の通りもトレーニングしてる人特有の、声帯の開きが感じられる」
レイコ「へぇ……鋭いね。パパはもしかして美術部だった?」
二階堂「いや、絵は好きだったけどね……」
二階堂、ペンを置くと、傍のファイルケースから数枚の作品を取り出し、レイコに渡す。
レイコ、見る。それは日本各地の城郭が描かれたスケッチの数々。
レイコ「お城?」
二階堂「そう。城郭研究会に入ってたんだ」
レイコ「すげぇ、渋い趣味してんね」
次々とスケッチをめくるレイコ。最後の一枚で手が止まる。
そこに描かれたのは城ではなく、獰猛な目つきをした白い猫のような動物。
レイコ「これだけ猫ちゃんが描いてある」
二階堂「ああ、それは猫じゃなくて」
レイコ「違うの?」
二階堂「ミルクジャガーだ」
考えたな、と思った。絵を描きながらの「父娘」の会話が、いつしか聞く者に違和感を抱かせ、不穏さを醸し出す。原作通り、レイコと二階堂のデート場面をいくつも重ねてゆくより簡潔だし、描かれる「肖像画」というオブジェに、二階堂のレイコへの思いをダブらせることも可能だ。それに、後半の鍵となる謎の生物「ミルクジャガー」を冒頭で登場させるのもうまい。
ただ、チェリームーンの脚本はレイコのセリフが過剰に多いのが特徴だった。演劇風にモノローグで心情を説明する場面も多い。思考や回想の内容を全部言葉で説明するのは映画的とは言えないし、長いモノローグを感情豊かにこなせる高校生女優が簡単に見つかるとも思えない。レイコが「レンタル娘」のアルバイトを始めた動機を観客に打ち明ける回想場面では、こんな調子のモノローグがえんえん展開するのだ。
レイコ「三学期のテストの後で、お父さんから成績のことをぐちぐち言われたんだよね。ああああ、思い出した、さんざんバカだのグズだの言っといて、『くやしかったら勉強しろ』って言ったのよ。そのひと言がずーっとこびりついててさ。なんでバカにされたのがくやしくて勉強せにゃならんの。勉強して成績が上がったら、喜ぶのあんたたちでしょーがって。成績上げてオレたちを見返してみろ、なんて煽るような奴に向かってさぁ、『よーし、見てろよ』なんて正直に勉強してたら、あっちの思う壺じゃん。だったら、勉強しないで人生幸せになるのが、唯一の復讐だと思ったのね。どうすりゃいいのかはわからんけど。ホント、どうすりゃいいのーって頭ん中いっぱいになってたところに、ポンと肩を叩かれた。びっくりしたよ、独り言を漏らしながら美術館をうろうろしてるような女に、声かけるか、普通。どう見たって電波受信中の人でしょ。でもそんな奴にいきなり『こんにちは』って話しかけてくれた人がいたんだな。それも、アイドルグループにいそうなかわいい子でさぁ、白いドレスコートを羽織って、中はフリルのついたブラウス。下はニットのフレアスカート、お嬢様コーデってやつかい。まー、あたしとはぜんぜんちがう。そいつが、ミチル。あたしを今のバイトに誘ってくれた子だった……」
しかしチェリームーンの描くレイコは、わたしの脚色したレイコよりも、もしかすると原作のレイコよりも生き生きとしていた。わたしはチェリームーンの筆を通して、レイコという人物の解像度がかなり高くなったことを素直に認める。
同時に、ヤングパレスがチェリームーンを共作者にするのではなく、わたし一人で改稿を続けろと指示した理由もなんとなく理解できた。プロのライターになれるだけの素質が彼女にあるか、未知数だからだ。聞けば、チェリームーンはつい三ヶ月前までシナリオ教室に通っていたフリーターで、長編の脚本を書いたのはこれが二作目だという。
改稿に向けての方向性がまとまると、ヤングパレスは、「この企画はきっとうまくいくよ。スローリィにとってもチェリームーンにとっても、映画界に打って出るための最高の『名刺』になるぞ」と高らかに宣言した。
オフィスを出て駅に向かって歩き出すと、後ろから「監督!」と声をかける人がいる。
もしや自分のことか、と振り返れば、チェリームーンが手を振りながら駆け寄ってくるところだった。その姿が、活人画となってわたしの網膜に焼き付けられる。これまでの人生、女性に追いすがられた経験などただの一度もなかったわたしにとって、あまりにも感動的な光景だった。
「これ、忘れましたよ」
と、追いついたチェリームーンはわたしの携帯電話を差し出した。一瞬の胸のときめきを悟られまいと、そっけなく礼を言って受け取る。それじゃ、と帰ろうとするとチェリームーンが「待ってください」と引き止め、ポケットから何か書類を取り出す。手渡されて見ると、芝居のチラシとチケットだった。
「来週、舞台に出るんです。よかったら観ていただけませんか」
デートの誘いでは当然なく、チェリームーンが学生時代から参加する「極楽決死隊」という劇団の公演への誘いだった。招待券なのかと思えば「三千五百円です」のひと言が追加された。もちろん「それならいりません」と答えるわけにはいかない。
代金を受け取り、「ありがとうございます」と礼を述べるチェリームーンの顔に、この日はじめて笑顔が浮かんだ。地中海の底に沈んだ彫像のような、心情の読めない笑みだった。
「あなたは女優さんだったんだね。どおりで書いたセリフが演劇っぽいと思った」
「いえ、劇団では制作と小道具の担当です。ただし、今回の公演では小さな役で出演もさせられてるんです。役者が見つからなくて」
演目は何かとチラシを見れば、サミュエル・ベケット原作『喜劇・ゴドーを待ちながら』とある。
「この髪も、いちおう役作りなんですよ」
そう言ってチェリームーンがニット帽を脱ぐと、西洋の少年のような金髪があらわになり、風にそよいだ。曇天なのに、日光を反射したようなきらめきを発した。
4 しあわせな日々
第二稿の執筆に取りかかった。
同時に、所属している制作会社にスケジュールの相談をしなければならない。『チャンスも経験もいらない』の製作が本格化すれば、レギュラーの仕事を請けることは難しい。当時、わたしが参加していたのはBS放送の大がかりな近代史検証バラエティだった。チーフディレクターの下に三人のVTR担当ディレクターが参加しており、わたしもその一人だったが、スタジオ収録は一ヶ月半後の三月末、放送は四月の半ばが予定されていた。収録までに、VTRの撮影と編集をこなさなければならない。
プロデューサーの雁一に相談すると、「素晴らしいチャンスだから、すぐにでも送り出したいけど、いきなり抜けるのは困るなぁ。代わりがいないもの」と渋面を浮かべた。当然だ。スタジオ収録までは、こちらを離れるわけにはいかないだろう。
雁は映画の撮影開始はいつからか、と訊ねる。
「プロデューサーは、六月にはインしたいと言っています」
「仕上げのスケジュールと封切りの予定は」
「まだ具体的には決まってないんです。撮影によくて一ヶ月、仕上げに一ヶ月か二ヶ月、秋までには完成でしょう。公開は来年という話ですが」
「その辺、はっきりさせとかないと、後で揉めるよ。脚本料と監督料、そして拘束期間を具体的にした契約書を交わしなさい。うちの仕事はスタジオ収録までとするなら、こっちの契約ギャラは三月いっぱいになる。そこから、十月まで半年間、食えるだけのギャラを映画の方からせしめなくちゃね」
「予算から考えて、そんなにギャラが出るとは思えないな」
「それで貯金を切り崩したり借金をしたりすることになったら、苦労するのはあんたでしょ。うちの会社からの『出向』という扱いにするから、とにかく契約書を作らせることだね。ギャラの額がわかれば、手の打ちようはある」
雁のアドバイスを受け、わたしはヤングパレスに契約書の作成を求めるべく、シルバーフィルムズを訪問した。ドアを開けようとすると、向こう側から勢いよく開き、野球帽をかぶったサングラスの老人が、
「じゃ、京ちゃん、頼んだよ。盛岡で会おう」
と、オフィスの奥に向かって大きく手を振りながら出てきた。どこかで見たことのあるお爺さんだな、とエレベーターに消える後ろ姿を見送っていると、そっと背後に立ったヤングパレスがささやく。
「今の、優田曇吾郎監督だよ」
優田曇吾郎といえば確か、八〇年代に独立プロで数々の良心作を生み出したベテランだ。ヤングパレスは当時、優田監督の新作準備にも取りかかっていたのだ。題名は『エレガント』。撮影開始は一ヶ月後に迫っているという。
『エレガント』は銀鷲社のロングセラーが原作で、会長が自ら製作総指揮に名を連ねていた。ヤングパレスは会長じきじきにプロデューサーを任命されたんだ、とはじめてのお使いを頼まれた子供のようにはりきっていた。
「『チャンスも経験もいらない』が控えてなかったら、スローリィにメイキングの監督をお願いしたんだけどなぁ」と言いながら『エレガント』の決定稿を読ませてくれた。東北地方の村芝居でコンビを組む青年二人の友情と別離、そして再会が描かれる古風な物語だった。クライマックスは主人公二人の四十年ぶりの再共演。あからさまに中国映画『さらば、わが愛 覇王別姫』を意識した展開は読んでいて気恥ずかしかった。数ページで結末の予想がつくこの物語を、現代の商業映画として成立させるには、大予算をかけて映像を豪華にするしかない。特に歌舞伎パートは流麗かつ幻想的に表現し、観客を陶酔させなければ。主役の二人はすでに上方の歌舞伎俳優がキャスティングされていたが、いわゆるアイドルスターではないし、優田監督は児童映画を得意とする堅実な作風で知られ、耽美派でもテクニシャンでもない。わたしはプロジェクトの失敗を予感した。
脚本の感想を求められたので、「ここまで王道の物語なら、むしろCMやプロモーションビデオの若い監督にまかせた方がよいのでは」と忠告した。ヤングパレスは「痛いところ突くねぇ」と顔をこわばらせた。
「これ、優田監督が銀鷲社に持ち込んだ企画でね。監督と会長、高校時代からの親友なんだって。なんとかしてヒットに持ち込んでくれ、とぼくのところに回ってきた。難しいよね、田舎芝居の話で、監督は児童映画のお爺ちゃん。Eテレ向きのじじむさい映画にしかならねぇのはわかりきってるでしょ? でもね、どう見ても五十代以上がターゲットの渋い企画を、若者にも届ける方法というのはあるんだよ。まず、キャメラマンをこっちで指定した。CMでバリバリやってる若手でね。彼なら歌舞伎の場面もクリストファー・ドイルばりのスタイリッシュな映像に仕上げてくれる」
確かに、ベテラン監督には新人のキャメラマンを、新人監督にはベテランのキャメラマンと組ませるのが効果的、とは学生時代に聞いたことがある。
「その上、ぼくが指揮を執ってこの脚本を完成させたんだ。仁丹臭い企画も、シェフの腕捌きひとつで、渋谷で遊んでるお姉ちゃんたちすら泣きに泣かせる大メロドラマに仕上げてしまうのよ。『泣ける』映画として週末興行ランキング一位を狙ってみせるぞ」
若い観客に届ける工夫が、この創意というものを削ぎ落とした脚本と、『暁角座の人びと』という原作の題名を『エレガント』に変更することらしい。ますますもって脚本改稿の主導権をヤングパレスにゆずり渡してはならない、と確信した。
そして監督・脚本を受けるにあたって契約書の作成はなされるのか、と訊ねると、ヤングパレスは「うん、わかってる、わかってる。あいにく今、バタバタしていてね。今月中にはやっとくから」とあっさり了承してくれた。あまり簡単に引き受けてくれたので、ギャラの額を確認しそびれたほどだ。
が、この約束は三ヶ月経っても果たされることはなかった。
数日後、わたしは梅ヶ丘の小さな劇場に向かった。極楽決死隊の公演『喜劇・ゴドーを待ちながら』を観るためだ。劇場は商店街の片隅に建つ雑居ビルの地下だった。おそらく普段は稽古場として使用しているのだろう、かび臭い空間に数十脚のパイプ椅子が並べられているだけで、劇場らしさはどこにもない。
『ゴドーを待ちながら』の上演を観るのは初めてだ。それでも、かなり特殊な脚色が施されているのはすぐにわかった。出演者が全員女性だったからだ。「喜劇」と銘打っていたためか、会話の途中で強引に関西風の漫才が始まったり、コントらしき小芝居が挿入されたり、脈絡なく時事ネタのくすぐりが入ったりもする。観客を眠らせない工夫なのかもしれないが、会場は開演から終演まで宇宙空間のように静まり返っていた。
第一幕と第二幕それぞれの終わりに、主人公二人に向かって「ゴドーさんは明日には来るでしょう」と伝えに来る少年が登場する。それがチェリームーンだった。金髪で小柄なチェリームーンは、水色のセーラー服を着ると本当に西洋人の子供のようだった。
上演が終わり、会場を出て駅に向かっていると、携帯にチェリームーンから電話がかかってきた。
――客席にいるの、気づきましたよ。本当に来てくれたんですね。
――『ゴドーを待ちながら』って、初めて舞台で観たよ。これでインテリに一歩近づけたかなって気がする。
――退屈でしたか? 正直な感想をどうぞ。
――いや、面白かったよ。『エレガント』のシナリオよりはずっと。
電話口のチェリームーンがふふっと笑った。そして、「お礼に一杯ご馳走しますよ」と、駅前のワインバーで待つように指示した。
三十分後、煙草の煙で充満したワインバーに現れたチェリームーンは、いつも通りのニット帽に野暮ったいセーター姿に戻っていた。わたしたちはビールで乾杯し、舞台の感想を話した。チェリームーンの演技を褒め、一枚の背景布に木を書き込んだだけの美術を褒め、客入れ音楽にかかっていたジャズを褒めた。しかし、それが無理にひねり出した賞賛に過ぎないことは、チェリームーンにははなからお見通しのようだった。
「監督の感想、演出に伝えておきます。きっと大喜びしますよ」
薄い笑みを浮かべた唇に、白ワインがするすると吸い込まれてゆく。
「そういえばチェリーが書いた脚本、ミルクジャガーは最後まで登場しない脚色になっていたよね。あれは、もしかして『ゴドーを待ちながら』が元ネタかな?」
「あはは、バレましたか」シルバーフィルムズから一歩外に出たチェリームーンは、別人のように表情が豊かだった。「でもね、わたし、あの主人公がミルクジャガーという生き物に惹かれて旅に出る、そこだけは理解できた気がしたんです」
「二人が探し求めるミルクジャガーとはなんだったのか、最後まで姿は明確にはならない。そういう脚色もありだと思うよ。でもね、おれはクライマックスでミルクジャガーとレイコが見つめ合う瞬間を撮りたいんだ。その経験があって、レイコは『チャンスも経験もいらない』という心境にたどり着けるんだと思ってる」
「おまかせします」さっそくグラスを一杯飲み干したチェリームーンが、煙草に火を点けながら言う。「でも監督、ずいぶんレイコちゃんに入れ込んでますねぇ。あの小説、そんなに面白いですか?」
「『ゴドーを待ちながら』よりはだいぶ楽しい内容だと思うけど」
「そうかなぁ」チェリームーンは鼻から煙を吐き出しながら考え込む。「あれって、『変身』がテーマですよね。レイコという、思春期にありがちな鬱屈をこじらせた少女が、自分を隠さずにすむ生き方を見つけ、輝きを取り戻す。つまり、別人に変身するんじゃなくて、よそ行きの衣装を脱ぎ捨て、本当の自分に戻ってゆく変身」
前回の脚本打ち合わせではほとんど積極的に発言しなかったチェリームーンが、ここでは本音の作品分析を語ってくれる。どうやらわたしは彼女に信用に値する人間と評価されたらしい。
「そこはいいんです。でも、犯罪者になることで解放感を得る、というのがちょっと古い気がするんですよねぇ」
「確かにニューシネマっぽいセンスだと思うよ。それでも、『俺たちに明日はない』や『イージー・ライダー』に感動する人は、二一世紀にだっているんじゃないかな」
「だって、犯罪者なんて退屈じゃないですか」
わたしはちょっと口ごもる。唇に破裂した風船ガムが張りついたようなねばつきを覚えながら、頭の中をひっかき回して言葉を探す。
「ギリシャ悲劇やシェークスピアの時代から、犯罪者や殺人者は主人公としてくり返し描かれている。それはワイドショーが高い視聴率を上げる現在と何も変わらない。その普遍性がむしろ退屈に感じるってことかな。確かに、『ゴドーを待ちながら』には殺人も犯罪も起こらないけど。『ゴドー』にくらべれば、たいていのフィクションは保守的かもね」
「そうじゃなくて、殺人や犯罪をテーマにしたフィクションというのは」チェリームーンが二杯目のグラスを傾けながら言う。「つまるところ、自分が被害者ではないことを確認することで安心するサービスみたいなもんでしょう。まぁ、原作者含め女性にはそういうのを好む人がけっこう多いのかもしれません。いつだって身の回りに危険がいっぱいなんだから。でも犯罪行為そのものが犯罪的にまで退屈だと思う女もいるんです」
「丑寅ミサキは男性だよ」
「えーっ、そうなんですか」
チェリームーンが本気で驚いているところを見ると、これまで原作者について、ネット検索ひとつかけたことがないのだろう。ライトノベルとはいえ長編小説を一冊丸ごと脚色するにあたって、原作者の情報をまったく仕入れようとしないというのは、いささか怠惰と言わざるを得ない。
「しかもデビュー作を書いたとき、彼は二一歳だ。丑寅ミサキが書く小説って、だいたい主人公が現実に生じた裂け目に潜りこんでゆくことで、世界の認識が更新されてゆくパターンが多いんだよね。そこで、『悪人』とは誰か、『悪』とは何かの問い直しがある。レイコはその第一弾として、いちばん純度の高い丑寅キャラだと思うけどなぁ」
というわたしの意見は、「監督って、なんか文学部の先生みたいな話し方するんですねぇ」というチェリームーンのひと言で一蹴されてしまった。
チェリームーンがグラスを三杯空け、煙草を四本灰にする間に聞き出せた個人情報は以下の通り。大学卒業後に就職した建設会社が性に合わず、一年で退職。学生時代から参加していた劇団の手伝いを続けながら、戯曲や脚本の理解を深めるべくシナリオ学校に通い始めた。そこへ特別講師として現れたのがヤングパレス。チェリームーンの実習脚本を読んだ彼は、設立まもないシルバー・フィルムズの総務で働かないかと誘ってくれた。それが去年の晩秋。
この先、どんな脚本を書きたいと思っているのか、と訊ねると、チェリームーンはあっさり首を横に振った。
「特にありません。わたしが本当に書きたいと思っている話は、今のところひとつしかなくって、それはもう、シナリオ教室の卒業制作で書いちゃいましたから。でもやっぱり駄目ですね。うまく書けませんでした。今回の脚色に参加させてもらったのも、その作品を書き直すためのスキルを身につけたいと思っているからです」
私が呆気に取られていると、チェリームーンは煙を吐きながら微笑んだ。
「わたし、ずいぶん失礼なこと言ってますよね。せっかく監督の大事なデビュー作に参加させてもらったのに、練習台にさせてもらってます、なんて。ごめんなさい」
チェリームーンが本当に書きたいと思っている物語とはどんな内容なのか。断片を聞かせてもらったはずだが、思い出せない。いや、その前に「それなら君の卒業制作の脚本、読ませてみてよ」という提案を口に出せただろうか。それすらも定かでない。なぜならわたしはこの直後に酩酊し、記憶をどこかに落っことしてしまったからだ。
重油のプールでもがいているような息苦しさで目を覚ませば、自分の部屋だった。どうやって帰宅したのかわからないが、帰巣本能だけは失わなかったようだ。ふと隣に目をやれば、カーテンの隙間から差し込む陽光を受けてチェリームーンの白い背中がぼうっと輝いていた、などということはもちろんなく、わたしはいつも通り、積み上げた本や雑誌、DVDの山の隙間に広げられた万年床の上に干物のようにのびていた。
コタツテーブルの上に置いたノートパソコンに電源が入っており、書きかけの『チャンスも経験もいらない』第二稿が開かれている。チェリームーンと飲んだことで浮かんだアイディアを、帰宅するなり打ち込んだらしい。見れば、レイコと二階堂のこんな会話が脈絡なく挿入されていた。
レイコ「あのさ、『運も才能のうち』ってよく言うじゃん」
二階堂「ああ」
レイコ「つまり、運がいい人、チャンスを掴める人は、才能があるわけだ」
二階堂「そういうことになるね」
レイコ「逆に言えば、チャンスをつぶす人には、才能がない」
二階堂「……」
レイコ「才能がない人は、経験をどんなに積んだって、才能ある人にはかなわない」
二階堂「べつに、勝負する必要ないだろ」
レイコ「パパ、わかってないね。気がついた時にはもう戦ってるんだよ。武器も持たされずにね」
レイコ、椅子に寝転ぶ。
レイコ「あーあ、チャンスだの経験だの、気にしないで生きたいなぁ」
番組の取材と並行しながら徹夜を繰り返し、第二稿を書き上げたのは十日後のことだ。初稿にくらべると、一割は短くなっていたが、それでもまだ少し長かった。撮影稿に向けての書き直しを行うには、キャスティングを確定する必要があった。
ヤングパレスに第二稿を送ると、翌日、電話がかかってきた。
「だいぶよくなったと思う。銀鷹社にも送っといたよ。丑寅ミサキと担当編集者に読ませて反応を見よう。一度、彼らとも顔合わせしなくちゃね。映画が完成したら、原作者様にも大いにキャンペーンに協力してもらわんといかん。君とツーショットでの対談もありうるだろうしね。二人ともいい男なんだから、メディアにはバンバン露出してくれよ。映画が公開されたら、君は必ず世の中に認知される。それまでとは周囲の景色がちがって見えるぞ」
5 原作者との対話
丑寅ミサキに会う日が決まった。原作者への表敬訪問というやつだ。店はヤングパレスが手配してくれた。てっきりレストランか小料理屋を予約するものと思ったら、案内されたのは秋葉原のメイドカフェバーだった。今ではコンセプト居酒屋と呼ばれるタイプの店で、店名は「しら☆かば」。
「丑寅先生はそんなにお酒を召し上がらない、となにかで読んだんでね。たぶんオタク向けの店の方が喜ばれるだろうとプロデューサーの勘が働いたのさ」
店の選択に絶大な自信を誇るヤングパレスは、脚本・監督を担当する私と、制作助手兼脚本協力者であるチェリームーンを連れて、店に入った。すると、大正時代のカフェの女給みたいな格好のメイドたちが「お帰りなさいませ、先生!」と合唱する。内装も木造を再現した擬古調で、流れている曲は「宵待草」。なんでも文豪メイドカフェというコンセプトだそうで、メイドたちの源氏名も、往年の大作家にちなんだ苗字が付けられている。壁にかけられた彼女たちの写真入りプロフィールを見ると、なるほど「芥川」、「谷崎」、「国木田」、「三島」、「中上」といった名前が並び、それぞれがお薦めの一冊を手に携えているのだ。
やがて、銀鷲社の編集者に連れられた丑寅ミサキが現れた。眼鏡をかけた背の高い男で、われわれを見てもにこりともせず、極度に緊張していることが見てとれた。もう三十歳になっているはずだが、浪人をくり返している予備校生にしか見えない。編集者は小柄な中年女性で、出来の悪い息子を保護者面接に連れてきた母親のように、丑寅の一挙手一投足を見守っていた。
わたしたちのテーブルを担当するのは「江戸川」と「高橋」という名のメイドたちだった。江戸川乱歩はともかく、高橋源一郎は文豪だろうか、とつい口に出したところ、和巳の方です、と訂正された。集まった面々に高橋和巳の名を知る者はおらず、会食はいささか気まずい雰囲気で始まった。
丑寅に脚本の感想を訊ねると、「映画と小説は別物だから、もっと大胆にいじってもらってかまいません」とやけに物分かりのいい答えが返ってきた。表情は変わらず、面白かったのかつまらなかったのかもうかがい知れない。映像化に際してなにかリクエストはありますか、と訊ねると、
「あれは学生時代に書いた長編で、文章は粗いし、展開に無理はあるし、とにかく好きにしていただいてOKです」
とくり返した。本気で『チャンスも経験もいらない』を若気の至りの失敗作と考えているらしい。惚れた娘が実父から邪険に扱われている様子を見るのはつらい。よく映画化を許諾したものだと思いつつ、演出のイメージをわたしなりに説明した。しかし丑寅は答えにくそうにもじもじしているばかりで、特に反応を示さない。
ヤングパレスが「どうですか、監督の印象は」と声をかける。丑寅ミサキは「なんというか……、とても熱心で、ぼくとはちょっと違うタイプですね」と、表情を変えぬまま答えた。ある対談で彼が「ぼく、エネルギッシュな人に会うと、体が溶けてくるんですよねー」と語っていたことを思い出し、全身に薄い氷が張りつめたような緊張が走る。少し熱を入れて喋りすぎたかもしれない。原作者から同志と認めてもらえなくては、製作中に大きな亀裂が生じる危険がある。ヤングパレスはビールを口に運びながら、「彼はまだ無名ですがね、ウチの秘密兵器なんですよ。すばらしい教養の持ち主で筆力もある。このプロジェクトはきっと成功させます。来年のカンヌで新人監督週間を狙いますよ。カンヌ、ごいっしょしませんか?」などと薄っぺらい言葉でわたしを持ち上げる。
わたしは、登場人物の心境だの物語の辻褄だのを原作者に確認する、といった野暮な真似をするつもりはなかった。訊きたい質問はただひとつ。
「フォーク派ですか? それともプログレ派?」
『チャンスも経験もいらない』という題名は、アメリカのフォークシンガー、リッチー・ヘブンスの曲名(No Opportunity Necessary,No Experience Needed)から引用されているのは確実だ。一九六八年発表のアルバム「サムシング・エルス・アゲイン」に収録されているものだが、日本ではイギリスのプログレッシブ・ロックバンド、YESのセカンドアルバム「時間と言葉」に収録されたカバー・バージョンで知られている。なので、丑寅ミサキはこのどちらの曲調をイメージして作品タイトルに使ったのか、確かめておきたかった。ところが彼はどちらのアルバムもまったく知らない、という。
「小説が完成したのに、タイトルが思いつかなかったんです。悩んだ末、『ミルクジャガー』に決めかかったんですが、村上春樹みたいに外国の曲からパクったらどうかな、とひらめきました。兄がバンドをやってたんで、家にたくさんロックのCDがあったわけです。それらをひっくり返して、カッコいいタイトルを次々メモしていった中に、YESのベスト盤があって、一曲目が『チャンスも経験もいらない』だったんですね。なんかいけるかな、と。曲そのものは未だに聴いたことがありません」
丑寅ミサキがぼそぼそと答え終わると、この先なにを話題にしていいのか、全員が牽制する空白が生じた。そこへ江戸川と高橋が料理を運んでくる。トマトとモツァレラチーズのサラダ、手羽先の唐揚げ、牛すじの煮込み、ラム肉の串焼き、ホタテの鉄板焼き。いずれも戦慄すべきまずさだった。場の空気はいっそう冷たさを増し、宴会らしからぬ重苦しさが店の外にまであふれそうになった。
チェリームーンのひと言が、状況に変化を与えた。
「レイコという主人公は、丑寅さんの分身ですか」
「まさか」丑寅が即座に否定する。「ぼくは二階堂の方ですよ」
しかし、レイコのイメージモデルになった女性はいるという。聞き出すと、それは『黄金島』というポーランド映画のヒロインだった。
「あくまでも外見のイメージだけですよ。女優さんの名前も思い出せないし。でも、監督の作品はいちおう全部観ています。ヴィトルド・バチンスキというんですが」
これは驚いた。ヴィトルド・バチンスキならわたしも大好きな監督だ。バチンスキは七十年代にポーランドで注目された青春映画の監督で、八十年代に入るとハリウッドに進出した。アメリカで撮ったものはコメディかスリラーが大半だが、職人監督に徹するには少し生真面目すぎたようだ。画面の構図はいつも堅苦しいし、俳優の演技もさばききれず、しばしば暴走を許している。しかし、ネジが一本外れた状態で動いている機械を見守るような、不思議な危なっかしさが彼の映画の魅力である。かくいうわたしも、バチンスキ作品は入手可能なDVDをすべて揃えている。
「バチンスキのどこが好きかと言いますと」丑寅ミサキが語り始めた。「『家族』を描かないところです。結局、あるべき父親像だったり母親像だったり、そういったものを探してホームドラマにまとまっちゃう映画って多いんですよ。まぁ、家族って世界中で共通するテーマじゃないですか。家族を描いとけば間違いないって空気が、今、世界中に蔓延してると思うんです。でも、バチンスキは家族の問題や理想の家族像を押してくることがないですよね。理想の家族を描きかけても、必ず破綻する。『黄金島』のラスト、やっと辿り着いた宝島で父親が大怪我しても、娘は見捨てちゃうんですね。発見したお宝さえも放り出し、ボートを出航させる。あれは家に帰るんじゃないですよ。彼女の新しい旅立ちなんです。あの時の娘が海を見据えた表情、あれがレイコのイメージの出発点です。『チャンスも経験もいらない』も、二階堂とレイコが擬似父娘の関係を築く話ですが、やっぱり破綻するでしょう。そう簡単に、家族の話にまとめて読者を安心させたくないんですね」
わたしも大のバチンスキファンということで、丑寅との距離は一気に縮まった。二人でバチンスキの演出を礼賛し、彼の作品をまだ観たことがないというチェリームーンにお勧め作品を次々と紹介した。と言っても彼の監督作品はポーランド時代も含めて七作しかない。バチンスキはこの十年あまり、新作の発表が途絶えているからだ。ハリウッドにいるのか、ポーランドに帰ったのかさえ、わからない。しかし、バチンスキ作品はこうして一介の演出家と原作者が親交を深めるきっかけとなってくれた。それだけでも、彼が映画を作り続けたことには価値があったと言えるだろう。
「ところでバチンスキって今、何をしているんでしょうね」
わたしの何気ない問いに、丑寅が答える。
「何年か前にネットで読んだ情報ですが、ドストエフスキーの『悪霊』の映画化を企画してずっとうろうろしているらしいですね」
すると、それまでわたしたちの会話を聞きながらビールを飲んでいたヤングパレスが、赤い顔で突然割り込んできた。マニアックな映画ファンであるヤングパレスだが、バチンスキにはさほど注目したことがなかったらしく、この話題ではすっかり蚊帳の外となっていたのだ。
「それはあれだね、絶対成立しない企画を抱えて、人生の残りのエネルギーを食いつぶしちゃうパターンだ。映画監督が陥っちゃいけない罠のひとつだよ。もう十年近く前になるかなぁ。マイケル・チミノが新作に入るから出資しないか、という話があって付き合ったことがあったんだけどさ。原作が『人間の条件』。と言っても仲代達矢じゃないよ。なんとかいうフランスの作家の古い小説でさぁ」
「アンドレ・マルロー」と、メイドの高橋が空いたグラスを下げながら補足する。
「そうそう、戦前の中国が舞台でね。ぼくとしては協力したかったのよ。チミノの映画は大好きだし。でも、脚本を見せてもらったら、クソ長い上にやたら暗くてねぇ。つまりエンタメになってない。結局『ディア・ハンター』の時代から意識が更新できてないんだなぁ。偉大な映画を撮ろうと思ったら、古典文学にすがりつくってのも、年寄り特有の権威主義そのものでね。理想の自分と原作の価値を混同しちゃってるわけよ。でもね、真のリアリストなら、映画はビジネスであるという視点から、逃げちゃいけない。撮れなくなる人って、その辺に鈍感なんだよな」
わたしは黙っていた。丑寅ミサキも、チェリームーンも沈黙していた。同意のうなずきすら見せなかった。
「でも丑寅先生がこんなに自分から喋ったのはひさしぶりに見ましたよ」と担当編集の女性が感動を隠しきれぬ様子で言った。「じつは、丑寅先生も本当は映画監督になりたかったんです。今でも、お友達と自主映画を撮っていて」
ええっ、と驚いたわれわれに丑寅はバッグから一枚のDVDを取り出す。「よかったら観ていただきたいんですけど」と手渡されたそれは、彼が監督した自主制作短編だという。
「そうかぁ、丑寅先生はそんなに映画好きだったのかぁ」と、ヤングパレスが残念そうにうめく。「それなら、最初から先生に脚本をお願いすればよかった」
「いや、僕なんかまだ勉強中ですから……」と、丑寅がうつむくと、すかさず担当編集の女性が、「先生が映画を撮るなら出資してくれそうな企業、いくらでもあるんじゃないかって、わたしも思うんですけどね。でも、先生は『自分はまだ未熟ですから』と言い張っていて。本当に奥ゆかしい性格なんです。でもね、撮ればきっと当たる映画を作ってくださるんじゃないかな、そんな期待をさせてくれる方なんです」と続け、ヤングパレスは「それじゃ『チャンスも経験もいらない』が完成したら、ぜひ丑寅先生の初監督作品をわたしにプロデュースさせてください。いいですか。約束ですよ」と握手を迫った。
数日後、シルバー・フィルムズのモニターで丑寅ミサキが監督した短編映画を観た。チェリームーンもいっしょだった。題名は『夢みる街の物語』。三十分足らずの作品だ。失踪した恋人から送られた絵葉書の風景を求め、赤いコートを着た女性があちこちを彷徨する物語。一種のロードムービーだが、低予算のせいなのかカットを割る能力がないのか、長回しがやたらに多く、退屈極まりなかった。
最後まで観賞することができたのは、チェリームーンが主人公を指して「丑寅さん、この女優さんに恋をしてますね」と指摘したからだ。自主映画作家はえてして主演女優を口説く目的で撮り始めるとはいえ、いくらなんでも見方が低俗ではないかとわたしは少し鼻白んだ。改めて注目してみたが、この主人公はアップもろくに映らないし、メイクスタッフがついてないのか、さほどきれいにも撮られていない。そこらへんのテーブルやポストと変わらぬ、ぶっきらぼうな撮られ方をしている。しかし、チェリームーンは「画面を見ればわかりますよ」と確信を持って言い切った。
映画は終わった。めざす風景も恋人も見つからず、旅先で拾ったハーモニカを吹きながら、主人公がとぼとぼと帰ってゆく後ろ姿を三分も映し続けるラストシーン。作家が撮った映画だから文学的と表現するべきなのかもしれないが、なんともしまらない結末だ。チェリームーンはリモコンを使ってディスクを取り出しながら言った。
「どうも丑寅さんは、自分が理想とする女性を主人公に描きたくなる作家のようですね」
「たいていの作家がそうじゃないかな」
「『チャンスも経験もいらない』のレイコは監督の理想の女性ですか」
「いや、あれは自分自身のつもりで書いてる」
「でしょうね」チェリームーンがかすかな笑みを浮かべる。「監督の話を聞けば聞くほど、シナリオのレイコが監督に見えてきましたよ」
「でも、君が初稿で見せたレイコのイメージはずいぶん参考にさせてもらったよ。あれはやっぱり、チェリームーンが普段考えてることが書き込んであるんだろ?」
「まさか、あの主人公、わたしとは一ミリも重なるところありませんよ」
チェリームーンは言下に否定したが、本音かどうかはわからない。
それから十数年が経過し、丑寅ミサキは自らのオリジナル脚本で長編劇映画を監督し、劇場公開を果たした。しかし、制作プロダクションはシルバー・フィルムズではなかったし、ヤングパレスがプロデューサーを務めることもなかった。どうでもいいが。
原作者との面会を終えたヤングパレスはしばらくご満悦だったが、やがて脚本について「やっぱり、長さが問題だな」、「低予算の娯楽映画は百分以内に限る」、「ひねりすぎた構成は一般観客に理解されない気がするんだ」、「丑寅先生は大胆に変えていいって言ってたよね」、「君の原稿、全体の印象がマニアックすぎるんだよ」などと言い出すようになり、撮影稿にまとめるためのさらなる改稿に着手することになった。
わたしとしては第二稿で自分のやりたいイメージはほぼ整理できていたので、シーンを削除したり、展開を単純化することにはかなりの抵抗があった。打ち合わせの席で、ヤングパレスと意見がぶつかるたび、わたしはなるべく彼の顔を立てながら、提案される削除案をひとつひとつ論破し、撃退した。ふくれっ面をしたヤングパレスが、チェリームーンに救援を求めると、彼女は「どっちの意見もありうると思います」と中立を保持するのが常だった。上司の味方をせずに、社内で立場がまずくならないのだろうか、とこちらが心配になるほどの中立ぶりだったが、ヤングパレスが、じゃあどうしたらいいと思うか、とさらなる意見を求めると、チェリームーンは自分の観点からの第三案を提案する。二人の意見を練り込んだ上での改訂案なので、もっともバランスがよく、わたしもたびたび意見を採用した。
「あんまりかたくなな態度は取らないほうがいいですよ」トイレに向かったヤングパレスの後ろ姿を見送ったチェリームーンがささやく。「社長、第二稿をいろんな人に読んでもらってるんです。なにか言われるたびに、自分の判断に自信が持てなくなって悩んじゃうみたいで」
「いろんな人って?」
「例えば、実際の制作を受け持つプロダクションのプロデューサーですね」
「シルバー・フィルムズが制作するんじゃないの?」
「うちは企画を動かすための合資会社で、実際の制作は外部のプロダクションに依頼するのが基本なんです」
たいていの映画人は未定稿脚本を「不完全なもの」として扱う。そして誰もが「自分の意見を注入すれば、完璧なものに仕上がる」と思い込んでいる。本当にそうだろうか。第三者のアイディアは脚本に新たな可能性を与えることもあるが、多すぎる船頭の役割しか果たさないことも多い。脚本を「読める」プロデューサーと「読めない」プロデューサーの違いは、無数の選択肢の中から最適な読み筋を見つけられるか否かにかかっている。企画段階で自分の読み筋に基づく設計図が引けているプロデューサーは、他人の意見から有益なアイディアを吸い取ることはあっても、設計図の根底をいじることはない。しかし、定見のないプロデューサーは、誰かに欠陥を指摘されるたびに自信がぐらつき、あわてて設計図を引き直そうとして迷路に陥る。ヤングパレスはあきらかに後者だった。
第三稿がまとまらぬまま二週間近くが経過し、ヤングパレスはわたしに『チャンスも経験もいらない』の制作プロダクションとなるシーサーペントという会社のプロデューサーである船島広樹とキャスティング・ディレクターの姫乃樹ユリを紹介した。二人ともまだ三十代だが、大手の制作会社で低予算のアイドル映画やホラー映画を大量に手がけた実績を持ち、昨年独立したばかりの「やり手」でもあった。シーサーペントという制作会社には、ヤングパレスも設立時から相談役として一枚噛んでいたらしく、船島をシップアイランド、姫乃樹をプリンセス・リリーなどと呼んで大いに持ち上げていた。シップアイランドはわたしを見て、
「おおー、なんか予備校のCMモデルが似合いそうな方ですなぁ」
と、関西訛りで挨拶した。彼の外見はソバージュの髪にサングラス、派手なシャツを着て七十年代ヒッピーの残党みたいだと思ったが、さすがにそうは返せない。
「頭がよさそう、という意味ですよ。すっとんきょうなこと言い出す人なんで、気にしないでくださいね」
と、フォローに回るプリンセス・リリーは地味なグレーのスーツ姿、銀行の営業担当のような笑みを浮かべている。
最初の議題はキャスティングについてだった。
ストーカーである二階堂を演じる俳優については、すでに決まっていた。『チャンスも経験もいらない』の企画を受け取った時点で、ヤングパレスはある大手芸能プロダクションに声をかけ、一文字恭介に主演の内諾を得ていたのだ。一文字は若手の俳優だが子役時代から長いキャリアを持っており、植物的で陰湿な青年の役を得意としていた。すでに二十代後半、ここ数年は主演作が途絶えているので、今回の企画には大いに乗り気になっているという。わたしとしても異存はない。
問題はレイコ役だった。
ヤングパレスが用意したキャスティング案のリストを見て驚いた。そこには多部未華子、仲里依紗、谷村美月、福田沙紀、北乃きい、といった当時の人気女優が並んでいた。しかしこの時点ですでに二月が終わりかけており、想定スケジュールでは撮影期間が六月一杯となっている。ここに名のある女優たちが、三ヶ月後にひと月という期間をまるまる空けてもらうのはかなり難しいのではないか。そう疑問を口にすると、
「いや、案外イケるもんだよ」とヤングパレスはまったく心配していない。「だって主役だぜ。それにこの役は面白いもん。興味を持てばノってくるはずさ」
「でも、多部さんも仲さんも、年齢的に女子高生はもうキツいと思うんですけど」
「監督がド新人なんだもの。主演女優にはある程度、ネームバリューのある人が必要なんだよ。彼女たちの演技力なら、若く見せられるでしょ」
営業上の必要ということだったが、わたしには納得いかなかった。候補の女優たちは、確かにレイコを演じる技術を持っているかもしれない。しかし、技術を持っていることと、その役が合っているかどうかは別なのだ。言ってみれば、新しい味の料理に挑戦するのに、食材を探すことをせず、スーパーに並んだ人気食材から、合いそうなものを買って間に合わせようとしているにすぎない。もちろん、魅力的な豪華食材を揃えて一流の料理を作ることは可能だ。しかし、予算的に一流食材を揃えることが困難で、なおかつ新鮮さを売り物とする創作料理をめざす場合、やはり食材からふさわしいものを用意したい。
「とりあえず、今のリストからスケジュールの確認を進めてみましょう」手帳にペンを走らせていたプリンセス・リリーが、わたしに目を向ける。「監督の優先順位はありますか?」
「正直なことを言いますと」わたしは彼らを見渡す。「この中に、レイコはいない」
ヤングパレスの目がけわしくなり、ノートパソコンに議事録を取っていたチェリームーンもキーを叩くのを止めた。
「……と思うのですが、撮影のことを考えると、早めに決めた方がいいですよね。順位をつけることはできますが、各事務所に声をかける際、役のイメージを伝えて、ほかに似通った候補者がいないか検討してもらえませんか。できたら、そこで名を挙げてもらった人を集めてオーディションで選ぶ、という可能性も残しておきたいんです」
そう続けると、ヤングパレスは侵入者の匂いを嗅ぎつけた番犬のような表情でわたしを睨みつけていたが、シップアイランドもプリンセス・リリーも反対はしなかった。おそらく彼らも、ヤングパレスの理想とする有名女優のキャスティングは現実的に困難だと察していたのだ。
この日の打ち合わせで、ヤングパレスはたくさんの夢を語った。いや、語り過ぎた。
「映画が完成したら、そのまま同じキャスティングで短いスピンオフドラマを作って、インターネットで流すのはどうかと考えているんだ。全十二話ぐらいの。脚本については、レイコのキャラだけ借りてこっちで新しいのを用意すればいいだろう。だって、ここにはスローリィとチェリームーン、書ける人材が二人も揃ってるんだよ。で、それを原作に漫画版を描かせて、銀鷲社の雑誌に連載させる。うまくいきゃアニメ化だぞ。その間に、丑寅先生に続編の原作を書いてもらえば、インターネットドラマが終わったタイミングで、映画版『チャンスも経験もいらない2』の製作に入ることもできる。ヒットしたら、三部作にしたいよね。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいに二作目と三作目を同時撮影するって手もありだな。監督デビュー後のスローリィはかなり忙しくなるぞ。スケジュール、空けといてくれよ」
この時、ヤングパレスが駄法螺を吹いていたとは思えない。彼の頭の中では、本当にこのような構想がシャボン玉のようにふくらみ続けていたのだ。シップアイランドとプリンセス・リリーはこの種の空手型はもう何万遍も聞かされております、といった風情の笑顔で聞き流していた。チェリームーンが無表情で議事録を打ち込む、その乾いたキータッチの音は、今も耳の奥に残っている。
6 ツチノコ論争
第三稿をまとめるには、二十日ほどかかった。参加中の番組のスタジオ収録が近づき、そちらに時間を取られていたせいもあるが、直しの方向性に迷って書きあぐねていたからでもある。
煮つまったわたしはチェリームーンにメールを送り、完成した部分までの原稿を読んでもらった。彼女からの返信は称賛と応援の言葉が簡潔に綴られ、その直後に疑問点と問題点の指摘とその代案、さらに自分ならこう書くが、という提案が並んでいた。
小説『チャンスも経験もいらない』の後半部はこのように展開する。
自分を拉致しようとした覆面集団の一人を殺害し、レンタル娘の客・二階堂の家に逃げ込んだ女子高生レイコ。しかし、その日「父親」としてデートした二階堂の正体は、自分のストーカーだったことが判明する。二階堂は勤務先が倒産し、暴力団のフロント企業に潜り込んで糊口をしのいでいるシステムエンジニアで、ある日、河川岸で発声練習をするレイコを見かけてひと目惚れ、それ以来レイコの身辺を個人的に調査していたという。尾行をくり返すうちに、レイコがレンタル娘のアルバイトをしていることに気づいた二階堂は、客を装って彼女の前に現れた。そして午後いっぱいのデートを楽しんだわけだが、その目的が何だったのか、彼自身にもよくわからない。レイコは二階堂の告白を聞き、その場から逃げ出すことも、警察に自首して正当防衛を主張することもしない。むしろ、自分に価値を見出した二階堂という男に関心を抱き、彼の過去を知りたがる。その結果、二階堂は子供のころに訪問した田舎の山城跡で「ミルクジャガー」と呼ばれる幻の山猫を目撃し、それ以来、個人的に探索活動を続けていることを知る。するとレイコは、これからミルクジャガーを探しに行こう、と唐突に言い出す。いずれ警察に追いつかれるなら、その前に二階堂と過ごす時間を充実させることで彼の愛情に報いたい、というのがレイコの主張だった。最初は当惑していた二階堂も説得され、二人はこっそり家を出る。二四時間営業の量販店で必要な装備を買い込み、ファミリーレストランで夜明けを待ち、始発の新幹線で岐阜へ向かう。岐阜の山奥には、やはり昨年ミルクジャガーを目撃したという元教師の老人・西田がいて、二階堂は彼とメールのやりとりをして親交を深めていた。突然の訪問にもかかわらず、西田老人は二階堂とレイコを迎え入れ、ミルクジャガーを目撃した森へと案内する。
西田老人という人物は、原作では一人暮らしのUMAマニアで、家の中に無数の水槽を並べてカブトムシやクワガタを飼育している奇人だった。しかし、チェリームーンの脚色では、寝たきりになった妻の看病をしている設定に変更されていた。老老介護に疲れた老人の唯一の息抜きが、伝説のミルクジャガー研究というわけだ。妻は少し認知症になりかかっているのだが、あいさつのため顔を見せたレイコに優しく語りかける。
「ミルクジャガーは森の中にいるのではありません。必要とする人の前に現れるのです」
なかなかいい台詞だ。この場面はそのままいただいた。
物語の続きを説明すると、レイコと二階堂は西田老人にミルクジャガーの目撃地点を教えてもらい、さっそく探索を始める。はりきって森に分け入ってゆくレイコだが、しばらくすると、慣れない森林の空気と昨夜からの疲労でいつしか気が遠くなる。倒れかけたレイコを二階堂が抱き止める。見つめ合う二人。ラブシーンの気配を感じたレイコは、突発的にその場から逃げ出す。が、森の斜面を滑り落ち、足を挫いてしまう。追ってきた二階堂が介抱するが、彼らの前に、ミルクジャガーが現れる。
森の中で、足を怪我したレイコと介抱する二階堂の会話を、チェリームーンはこのように書いた。
◯ 森
レイコ、足をさする二階堂を無表情に見つめながら、つぶやくように問う。
レイコ「ねぇ、ミルクジャガー見つけたら、どうする?」
二階堂「そりゃ、捕まえる」
レイコ「それから?」
二階堂「それから……」
レイコ「捕まえたって、世の中に発表できる立場じゃないよね、あたしたち」
二階堂「いいんだよ。本当にいることさえわかれば」
レイコ「もし、見つからなかったら?」
二階堂「まだ初日だよ」
レイコ「でも、ずっと西田さんのところに泊めてもらうわけにもいかないし」
二階堂「有望な土地はほかにもたくさんあるよ」
レイコ「あたしがイヤだって言ったら?」
二階堂、レイコを見る。
二階堂「イヤなの?」
レイコ「ううん……言ってみただけ」
上空から、ジェット機の爆音が降りそそぐ。
空を見上げるレイコ。木々の向こうに、飛行機のシルエットが見える。
視線を戻すレイコ、二階堂に抱きすくめられる。
レイコ「(驚き)……あたしのこと、本当に好き?」
二階堂「(うなずく)」
レイコ「でも、あたしはパパに何もしてあげられない」
二階堂「かまわない」
レイコ「じゃあ、何をしてほしいの?」
二階堂「そばにいてくれればいい」
レイコ「ペットみたいに?」
二階堂「そうじゃない、ただ……(何か喋るが聞き取れない)」
レイコ、自分の肩を抱く二階堂の手にそっと触れる。
レイコ「ありがとう。嬉しい」
二階堂はレイコの体を離し、その目をまっすぐ見る。
照れて視線をそらすレイコ。その時、何かを発見。
レイコ、震える指で方向を示す。
レイコ「出た」
目を向ける二階堂。
大樹の陰から、白い毛をふさふささせたミルクジャガーが背筋を伸ばして二人の様子を窺っている。
探し始めて一時間で発見できるとは、さすがにレイコも二階堂も想定していなかった。「捕まえて!」と叫ぶレイコ。二階堂はミルクジャガーを追って、森に消える。一人残されたレイコの背後に、正体不明の人影が忍び寄る。人影は手にしたスタンガンをレイコの首に押し当て、失神させてしまう。
ここまでが全体の第二幕。
完成した脚本には、表紙に「野呂進 桜庭月子」と二人の名を連名にしておいた。当然だ。しかしヤングパレスは、次の脚本打ち合わせに鶏冠井雄路なる大きな黒縁眼鏡をかけた中年男を同席させていた。その読みにくい名前はまったく聞いたことがなかったが、ヤングパレスによればベテランの脚本家で、クレジットこそされていないが『エレガント』の脚本も決定稿は彼がまとめたという。
「君たちはよくがんばってくれたが、ここらでプロの意見を入れた方がいいと思ってね」
というのがヤングパレスの説明だったが、意見がぶつかることが多くなってきたわたしに対する反論要員として呼び寄せられたことは明白だった。大御所脚本家による第一稿をわたしに読ませて批判させたように、作家を自力で説き伏せることのできないヤングパレスは、味方になってくれそうな者から知恵を借りる癖があった。しかし、自身の不満を代弁できる者をそのつど投入していたのでは、己の定見のなさが露呈するばかりでいつまでたっても完成には向かわない。準備期間が豊富な仕事なら、そのように視点の異なるライターを組み合わせて練り上げるやり方も有効だろうが、クランクイン予定日まで残り二ヶ月ほどしか残されてないのだ。どうやら、ヤングパレスは撮影の一週間前、いや前日に至るまで脚本をいじり続けるのが作品に対する「誠実さ」の証であり、脚本は揉めば揉むほどよくなると本気で考えているらしかった。
意見を求められた鶏冠井は第三稿に対し、「全体に長すぎる。会話の間を切りつめ、もっとテンポを出さないと現代の観客に飽きられる」だの「主人公らが極端な状況でしか描かれてないので、観客が親近感を抱きにくい。時制の並びを工夫して、『日常』の描写を加えるべし」だの「殺人や残酷な場面は露骨に描かず、オフ(省略法)で処理したほうがスッキリする」だの、作品から牙を取り除く凡庸な指摘ばかりくり広げた。後で知ったのだが、鶏冠井というライターは脚本家と名乗ってはいるが、映画やドラマに名前がクレジットされたことはほとんどなく、シナリオ教室の講師や脚本のハウ・トゥ本の執筆で知られている人物だった。つまりプロの脚本家ではなくレッスンプロというのが正しい。脚本家としてのキャリアがゼロであるわたしにすべてをまかせる、という賭けに出られないヤングパレスにとって、友人のシナリオ講師に仕上げを確認させる、というのは欠くことのできない安全策なのだった。
わたしは鶏冠井の指摘をことごとく撃退した。強い口調で意見をはねのけられても、鶏冠井は柔和な顔を崩さない。おそらく、シナリオ教室で生意気な生徒から反駁されることに慣れているのだろう。代わりに、ヤングパレスの表情が苦々しさを増してゆく。もしかすると、鶏冠井はヤングパレスから事前に修正の方向について、指示を受けていたのかもしれない。
「君は、お客さんが必ず原作を読んだ上で映画館に来ると思ってるようだけど、そんな人ばかりじゃないからね。映画は、原作をまったく知らない人たちをも振り向かせなければ商売にならないんだよ」と主張する鶏冠井に対し、わたしは「最初に劇場に駆けつけるだろう原作ファンを満足させられない作品が、興行的な成功につながるとは思えません」と言い返し、議論は膠着した。
この時のやりとりであまりにもくだらない衝突だったのでよくおぼえているのが「ツチノコ」論争だ。
『チャンスも経験もいらない』の後半は、主人公たちがミルクジャガーという架空の生物を岐阜の山中に探しに行く展開になる。ところがヤングパレスと鶏冠井はミルクジャガーをやめて「ツチノコ」に変更しろと言い出した。ミルクジャガーなどという誰も知らない生物では、話が嘘臭くなって客がついてこられないだろう、と。わたしは反対した。ツチノコという手垢のついたUMAを使用したのでは作品のオリジナリティが損なわれるし、実写でツチノコを表現するとなると、それなりにしっかりした造形物を製作するか、デジタル技術の力を借りる必要が生じる。今から担当者を探すのは骨だし、リアルな表現を獲得するには相当な予算を覚悟しなくてはならなくなる、と。原作通りのミルクジャガーなら、白い猫とぬいぐるみを工夫して撮影し、アップになる部分だけ造形物を作ればすむ。しかし、ヤングパレスはゆずらない。
「いや、ツチノコならみんな知ってるし、そういうのを追いかける人もいるだろうなって、理解できるじゃないの。ぼくは原作を読んだ時点で、ミルクジャガーという生き物が出てくる理由が、よくわからなかったんだよね」
「山林の中で誰にも知られず孤高の存在として生きる山猫のイメージに自分を重ねたから、レイコは探しに行こうとするんですよ。ツチノコで反応したんじゃ、彼女はもともと爬虫類好きかUMAに惹かれるマニアって説明をしなきゃならなくなるでしょ」
「いやぁ、最近は蛇やトカゲを飼う若い女だっているみたいよ。それにこの場面、レイコにとっては家出のきっかけになりさえすれば、なんでもいいと思っていたんでしょ。猫だろうが蛇だろうがたいした違いはない。それならツチノコみたいな若い子でも聞いたことがある名前の方が強い」
「今どきの十代がツチノコなんて知ってますかね。森の中に佇む幻の白い山猫の方がロマンチックなイメージわくと思うんだけど。毒蛇の化け物じゃあまり見つけに行きたくないでしょう」
チェリームーンにも意見を求めたが、彼女は「動物の好みは人それぞれですから」としか言わず、第三案の提出はなかった。失望した。鶏冠井雄路はチェリームーンが通ったシナリオ学校でも講師をしていたそうなので、遠慮しているのだろう。小劇団で揉まれた結果の処世術だろうか。それとも共同執筆の同志に見えたのは錯覚で、その正体はヤングパレスの忠実な部下か愛人の一人なのか。わたしを色じかけで篭絡し、思考内容をすべて彼に報告する女スパイの可能性すらある。
かたくなに自説を曲げないわたしに対し、ヤングパレスも爪を立てた猛獣のようないら立ちがあらわになる。
「スローリィは映画というものをわかってないな、演出的に言っても探す生き物が蛇であることが重要なんだよ」
「さっき猫だろうが蛇だろうがたいして違いはない、と言ったじゃないですか」
「映画はなまものだ。時事刻々と変化するんだ」と、紙コップのコーヒーをひと息で飲み干したヤングパレスが語り出す。「つまりだ、あの山中の場面で初めてレイコと二階堂は性的に接触するだろう」
「そして二階堂はフラれる」と、わたし。
「そう。そこで行き場のなくなった二階堂の性的な高まりの象徴として、ツチノコを登場させる。未遂に終わったラブシーンに漂う、行き場を失ったエロティシズムの象徴として蛇が出現するんだ。これは映画としての表現の深さの問題だよ」
「つまりツチノコというのは」
「ペニスだ」
呆れてチェリームーンの顔を見た。彼女は黙ってパソコンに向かって議事録を打ち込んでいる。その指は今、「penis」とキーを叩いたことだろう。その後の議論で、ヤングパレスはいったい何度「ペニス」を連呼したことか。どうして彼が突然フロイト的な象徴主義に取り憑かれたのか、さっぱりわからない。それに、一人でここまで粘れるのなら鶏冠井を呼ぶ必要などなかったではないか。おそらく、ヤングパレスとしても創造面での主導権を取り戻すべく必死なのだ。これ以上粘ると監督解任の危機が迫るかもしれない。そう直感したわたしは、地動説を放棄したガリレオのような表情で了承せざるを得なかった。
ヤングパレスはついに「これまでの議論をふまえ、第四稿は鶏冠井さんに書いてもらったらどうか」と言い出した。いよいよ脚本を取り上げられるのかと覚悟を決めたが、これは鶏冠井がスケジュールに余裕がないと受けず、結局、書き直しはわたしに一任されることになった。
もう、チェリームーンに直しの相談をするわけにはいかない。迷路の中で目印を見失ったような孤独が胸に沁みた。
数日後、契約書の催促をしようとシルバー・フィルムズに電話すると、チェリームーンが出た。ヤングパレスが不在だったので、彼女に先日の会議のことを訊く。
「チェリーは本当にツチノコを探しに行く旅でいいと思ってるの?」
「ごめんなさい」チェリームーンは静かに謝罪した。「社長はこのところ、かなりナーバスになってましてね。『エレガント』の現場がうまくいってなくて」
チェリームーンの説明によると、シルバー・フィルムズの新作『エレガント』は雪の場面を狙って二月下旬に東北で撮影を開始したが、ラッシュで上映された映像の出来が悪く、銀鷲社会長から叱責を受けたという。
「来月には桜が咲くのを待って春の場面を撮るんですが、優田監督とキャメラマンがぶつかってるんですよ。やっぱり、CMのスタイルが合わないんですね」
「まぁ、現場の雰囲気が悪いと画面に出るからね」
「結局、キャメラマンを交代することになりました。でも、本当の問題は予算不足に決まってますけどね」
「いくら?」
「いってんに」
「一億二千万、そりゃきびしいね。終戦直後から現代の話だろ」
「でも、会長の信頼を失ったら、うちはおしまいですからね。『エレガント』に赤信号が点ってる今、『チャンスも経験もいらない』は絶対に失敗できないプロジェクトだ、と社長もよく言ってるんです」
「こんなに低予算で公開規模も小さいのに?」
「これが成功したら銀鷲社はきっと丑寅ミサキをもっと大々的に売り出す、というのが社長の読みなんですよ。そうすれば他の作品の映像化も、うちで請け負うことになるはずだ、と」
「そりゃ責任重大だ。でも、失敗が許されないからミルクジャガーをやめてツチノコを出そう、ってどういう感覚なんだろう」
「監督がミルクジャガーにこだわる気持ちはよくわかりますよ。でも、ここでいったん折れて社長の要求を飲んでおきましょうよ。そうすれば、次、もっと大事なところで監督の意見が通りやすくなると思います」
なるほど、チェリームーンの言うとおりだ。わたしとヤングパレスの前には、ヒロイン役の決定という、重大な判断が控えていた。
脚本第四稿の執筆と同様に、キャスティングも停滞していた。
先日候補に上がった有名女優たちは、ことごとくスケジュールNGで断られてしまったのだ。やはり、原作の知名度が低いことに加え、制作会社も監督もまったくの無名とあっては警戒されて当然だろう。わたしも脚本を直しながら、「この人なら」と考えていた女優を二名挙げた。いずれもまだ知る人ぞ知る、という段階の新人女優たちだ。プリンセス・リリーはすぐに当たってくれたが、それでも引き受けてはもらえなかった。一人はほんの数日前に別件の映画が決まってしまい、もう一人は海外留学のため芸能活動を休止するという。
主役が見つからなければ、企画は中止するしかない。改めて開かれたキャスティング会議で、ヤングパレスは腕を組みつつ「そうなると新人を見つけるしかないかぁ」とうめいた。だから最初からそうすればよかったのに。プリンセス・リリーはわたしの指示通り、打診した各事務所から出演が可能な新人俳優の候補を受け取っていた。しかし、全部合わせても二十人あまりしかいない。
「まぁ、こういうオーディションは書類審査でいきなり絞り込むより、一度全員会ってみることをおすすめしますよ」低予算のアイドル映画を大量に手がけた経験を持つ、シップアイランドからのアドバイスだ。「きっと監督さんには、ホンを書きながら理想のイメージが出来上がっていることでしょうが、生の人間に出会うと新しい可能性がぐっとわきあがることもありますからねぇ」
オーディションは四月上旬、二日かけて行うことになった。低予算でも旬のスターを使った時代を象徴する青春映画を撮ることができるはずだ、と自信をみなぎらせていたヤングパレスはすっかり気落ちし、しなびた白菜のようになっていた。
7 ヒロイン決定
空気の凍てつきがすっかり溶けた三月の後半、わたしは局の編集室と自宅を往復する毎日を送っていた。取りかかっていた番組のスタジオ収録が近づき、ロケVTRの撮影編集とナレーション執筆、収録前の試写チェックとその対応に追われ、睡眠時間を捻出するのも難しい。唯一の息抜きは脚本の修正だ。どんなに忙しい中でも、毎日三十分から一時間は脚本に向き合うようにしていた。作品に対する想いが離れぬようにするためだが、焦りもあった。修正稿の仕上がりが遅れれば、ヤングパレスは私から脚本を取り上げ、鶏冠井に書かせてしまうだろう。それだけは避けたい。修正をチェリームーンに依頼することも考えたが、彼女がヤングパレスの側かもしれないという疑いが芽生えた今、作品を託すには不安があった。
ミルクジャガーをツチノコに変更する作業はたいして難しくなかった。インターネットで検索すれば、ツチノコに関するさまざまな情報や資料に触れることができる。わたしは二階堂の部屋に『和漢三才図会』や鳥山石燕の『今昔図画続百鬼』が置かれている描写を加え、レイコと二階堂が目撃するツチノコの動きをいかに表現するかのイメージコンテも作成した。ヤングパレスから「全体の印象がいかにもミニシアター映画だ、もっと一般観客に開かれた内容に」という注文がくり返し出されていたため、惜しいことだがチェリームーンの筆による感覚的なセリフや芝居のアイディアを大幅に削らざるを得なかった。しかし、これはすべて演出ノートに記録してあり、撮影現場ではある程度元に戻すつもりでいた。
三月三十日、番組のスタジオ収録が終わった。こちらはこちらで収録当日まで不愉快かつ理不尽な出来事が連続していたのだが、これさえ終われば劇映画の監督という、はるかに芸術的な仕事環境が待っているのだと考えることで、どうにか発狂を免れていた。収録の終わりは、刑期満了による出所に等しい解放感があった。
晴れて「監督」に専念しての最初の仕事はレイコ役のオーディションだ。会場は恵比寿にあるシーサーペントの会議室で行われた。
プリンセス・リリーの仕切りで丸二日かけ、二六人の少女たちを面接した。
若手スターをキャスティングできなかったショックから立ち直りつつあったヤングパレスは、「各プロダクションからイチオシの新人が集まってくる。その中から未来のスターを見つけ出せばいいだけだ、簡単なもんだよ」などと空元気を見せていたが、オーディションが終わる頃にはぐったりとくたびれ、金鉱を発見できぬまま遭難死した採掘者のごとき干からびた表情になっていた。
代わるがわる現れた少女たちは「イチオシの新人」などではなく、それぞれのプロダクションで仕事がなく、長いこと店ざらしになっているタレントの卵ばかりだった。クランクインが近づき、こちらが焦っていることを見越した上で、在庫を押し付けようとしているのはあきらかだ。完全に足元を見られていた。
加えて、どうにか映画の主役にありつこうと、しきりに媚びた振る舞いでやる気を訴える少女たちに対面し続けるのも辛かった。彼女たちにストーリーを説明しても、時制が複雑に行き来する物語を理解できたのかおぼつかなかったし、そもそも台詞をまともに読める者がいなかった。中には、事前に原作を読んできた子も二人だけいたが、小説の感想をやりとりすることができるのと、レイコという役を演じられるのとは別だ。集められた少女たちは、俳優以前のお嬢さんでしかなく、レイコという役が要求する社会への不充足感、何かのきっかけで爆発する鬱屈を演技で抑え込んでいる風情はもちろん、存在の独自性すらどこにも見当たらなかった。
「いやー、まいりましたな」シップアイランドが頭をかきながら言った。「こんなに使えん子ばかりのオーディションは初めてですわ。なんであの子たちが売れへんのかはようわかりましたけどね」
「エキストラレベルばかり寄越しやがって」ヤングパレスは体を震わせて憤った。「いい役なのに、なんで出し惜しみするんだよ」
「やっぱり、原作に出てくるエッチな描写と、人殺しの場面が引っかかってるのかもしれませんなぁ」シップアイランドがわたしに目を向ける。「でもその辺は、まぁ、演出でうまいこと処理できますよね」
わたしは黙っていた。
「まだ交渉中の事務所もあります」プリンセス・リリーが携帯をいじりながら言う。「あと五、六人は来てもらえるでしょう。それでも駄目となると、だいぶきびしいですね」
しばしの沈黙。ヤングパレスが投げやりに言う。
「考え方だな。レイコという子はアイドルのように可愛い女の子じゃあない。むしろ地味で目立たない子だ。そういうぱっと見の冴えない女の子が大胆なことをやらかすから、この話は面白いんだ。だからさっきの子たちのような、いかにも普通な子の方が、向いてるのかもしれん」
「そう言ったところで、映画の主役が務まる顔と務まらない顔には決定的な差がありますからね」
わたしがはねのけると、ヤングパレスはおもねるような笑みを浮かべてこちらを見る。
「後はスローリィにまかせるよ。どうにかこの中から選べないかね」
わたしは首を横に振り、テーブルの上に散らばった少女たちのプロフィールを片付け始める。
「とにかく、もっと探す範囲を広げる必要がありますね」
「細かい事務所を相手にオーディションくり返すってのは、手間がかかるんだよ」
ヤングパレスがいかにも面倒くさそうに言う。だからスター女優の返事待ちなどで時間を浪費せず、さっさとオーディションを始めればよかったのに。わたしがそのひと言を飲み込むと、シップアイランドが口を挟む。
「ま、ま、短気を起こさず、少しでも可能性を感じた子がいたらキープしといてください。少し時間が経つと、また印象が変わってくるかもしれんですから」
「そうですね、これは合わないなぁ、と思った子が、現場で演じさせてみたらガラッと変わるってこと、意外に多いんですよ」
と、セールスレディの微笑みで語るプリンセス・リリーの言葉を聞き、ヤングパレスが急に顔を明るくする。
「その通り、役者が石ころになるか黄金になるかは、監督の腕ひとつだ。ここは、スローリィの演出力の見せどころだな、うん」
無理を言うのはどっちだ、とわたしは内心で毒づく。俳優が駄目なものを演出で挽回することなどできっこない、というのは映画演劇における真理ではないか。『チャンスも経験もいらない』の映画化というプロジェクトにおいて、主役のレイコにふさわしい少女を発見できるか否かは、監督の選定以上に重要だ。それなのに、たかだか三十人に満たない候補者を面接しただけでさっさと匙を投げるつもりでいるとは信じられない。大型映画や朝ドラの新人オーディションのように、数千人規模を募るのは無理としても、無数に存在する芸能事務所をあたり続ければ、クランクインまであと一ヶ月半、おそらく百人以上の面接ができるはずだ。なのに、シップアイランドもプリンセス・リリーも、大手事務所の反応を知った以上、いたずらにオーディションを続けたところで無駄であると見切ってしまっている。これも低予算映画を多数製作してきた経験によるものだろうか。それどころか、監督のわたしが妥協してくれさえすれば、問題なく製作を前進させられる、と考えているらしいのだから、恐ろしい。
脚本の改訂作業はまだ続いていた。第四稿を仕上げたが、やはり妥協の産物で自分でも納得できなかった。これにはヤングパレスも同意見で、再度構成を見直し、話の運びをテンポアップした第五稿に取りかかった。この作業を通じてレイコのイメージはかなりの部分が具体化されていったのだが、それにはチェリームーンの存在が大きかった。チェリームーンが書いたレイコだけでなく、舞台上で彼女が演じた少年の姿が新たな発想源になっていたからだ。わたしは、脚本上のレイコを通じて、チェリームーンの心情に触れようとしていた。
オーディションにはチェリームーンは立ち会えなかったので、その惨状についてメールで報告した。が、あまりあけすけな憤懣を書き散らすと、彼女からヤングパレスに筒抜けになる危険がある。一方で、ヤングパレスが実際のところ何を考えているのか、彼女から情報が引き出したい、という思いもあった。翌日の返信には、このように書かれていた。
正直、私もレイコ役にどんな女の子がふさわしいのか、イメージが浮かびません。
ただ、陰のある女の子とはちょっと違う気がします。
レイコの役って、後半の病室での取り調べ部分が特に面白いと思うんです。
刑事に向かって誘拐された被害者を演じながら、捜査を自分の書いたシナリオに誘導する、
そんなずるがしこさが演じる子からにじみ出てこないと失敗でしょう。
いちばん重要なのは、監督がレイコ役の子と「共犯者」になれるかどうかだと思います。
共犯者になれる子さえ見つかれば、外見はそんなに重要ではないのではありませんか。
外見で理想を求めすぎない方がいいかもしれないですね。
たいしたお力添えもできていないのに、脚本を連名にしていただき、恐縮です。
返信した。「レイコはいっそ、あなたが演じた方がいいのかもしれません」と書きそえて。
チェリームーンからの返信は、途絶えた。
さて、『チャンスも経験もいらない』のクライマックスは以下のように展開する。
謎の山猫・ミルクジャガーを探し岐阜の山中に分け入った二階堂とレイコ。森の中でちょっと盛り上がりかけた二人の前に、ミルクジャガーがいきなり出現。これを追って二階堂は森の奥へ消える。足を挫いたレイコは一人取り残されるが、そこへ背後から忍び寄った人影にスタンガンを押し当てられ失神してしまう。ここで時間経過と場面転換。「現在」のレイコは憔悴した様子で病院のベッドにいる。そばに控えるのは、女刑事とその部下。レイコは山の中で二階堂を見失い、さんざん道に迷った挙句、ようやく西田老人の家まで帰り着いたのだ、と刑事たちに説明している。山中で出会った謎の人物に触れないので、読者はレイコが嘘をついていることがわかる。レイコが言うにはその日の夕方、携帯に二階堂の電話番号から着信があった。知らない声だったが、翌朝十時に岐阜羽島駅の前まで来いという。西田老人に付き添われて出向いたところ、駅前の大野伴睦像の下で待っていたのはレイコの両親だった。駆け寄る母親を蹴り倒し逃げ出そうとするが、張り込んでいた刑事たちがいっせいに押し寄せ、レイコは取り押さえられる。刑事の一人が問う。「立花サツキさんだね?」それは、レイコの本名だ。
ふたたび病室で女刑事から取り調べを受ける「現在」に戻る。「いったい、何が起こったんですか?」とレイコがおびえ顔で訊ねれば、女刑事が説明する。二階堂は暴力団関係者で、最初からレイコの誘拐を狙って「レンタル娘」を利用したのだ、と。レイコは驚愕の表情を浮かべるが、それはもちろん演技である。女刑事は、レイコを自室に誘い出した二階堂は、ひそかに彼女の実家に電話をかけ、娘の誘拐と身代金を要求していた、と説明を続ける。レイコの両親は翌朝、告げられた口座に五十万円振り込んだ。その口座はレイコがレンタル娘のギャラ振込用に作った口座だ。レイコは財布をなくした二階堂に逃走資金を提供するため、自分の口座とカードを渡していた。入金された金は二人が岐阜羽島に着いた時点で二階堂自身によって引き出されている。目的を達した二階堂は、レイコを岐阜の山中まで連れ出すと、そこで置き去りにして、一人で逃亡したのだろう。「で、でも、駐車場で覆面の男たちに襲われたわたしを、パパは守ってくれたんですよ」とレイコは二階堂を弁護するが、調べたところあの駐車場で死体が発見された報告はないという。覆面集団の襲撃はレイコの信用を得るため、二階堂が仲間と仕組んだ芝居だったと思われ、岐阜羽島駅に呼び出す電話をかけてきたのも仲間の一人だろう、と女刑事は結論づける。しかしレイコは「そんな少額の身代金のために、手の込んだ誘拐をするでしょうか」と、なかなか信じようとしない。女刑事は動かぬ証拠として電話の録音を聞かせる。それは、二階堂がレイコの父親に身代金を要求する声だった。「嘘、嘘よ」と泣きじゃくるレイコ。「悪い夢よ。すべて忘れなさい」と慰める女刑事。夢を抱いた家出のはずが、誘拐犯にだまされ、完全に操られていたというまぬけな女子高生を演じながら、レイコは回想する。あの日、自分は何をしたのか。ミルクジャガーを探しに行くことを提案したのも、二階堂に実家への脅迫電話をかけさせたのも、すべて自分だった。いちばんの計算違いは、捜索を始めて一時間もしないうちに、ミルクジャガーを発見してしまったことだろう。そして、二階堂がミルクジャガーを追って森の奥に消えた間に、何者かにスタンガンを当てられ失神させられてしまったことも。
ここで場面はまた森の中に戻る。失神していたレイコは意識を取り戻すが、自分が両手を縛られた状態で木から吊り下げられていることに気づく。目の前には自分を失神させた人物が立っていた。それは、会ったことのない大柄な女だ。ここまでで第三幕。
孤独な少女から狡猾な犯罪者へと変身を遂げる女子高生レイコ。この役を演じられる十代の俳優を、たかだか数日のオーディションで発見しようというのは、はなから無理があった。
しかし、意外なところから光が差した。脚本の第五稿が完成し、その台本を土産に二階堂を演じる一文字恭介の所属事務所を訪問した時のことだ。ドラマの撮影が伸びたとのことで一文字との顔合わせはキャンセルになったが、代わりにマネジメント部の部長が挨拶に現れた。脚本を渡し、まだヒロインが見つからず難儀しているのだとヤングパレスが告げたところ、部長の目が光った。すさまじいスピードで脚本に目を通すと、ワイン通が試飲したワインの年代を当てるような表情になってつぶやく。
「そういえば……、名古屋の小さなプロダクションと協定を始めたんですけどね。そこに、この役に合いそうな子がいましたよ。声かけてみましょうか」
さっそくその会社のタレントプロフィールを持ってきてもらい、ページを開く。名前は上桃蘭子。先月高校を卒業したばかりで地方短大の一年生ということだが、見た目はもう少し幼く見える。身長的にも容姿的にも飛び抜けた部分はなく、学園ドラマのその他大勢に埋もれてしまいそうでありながら、不穏なきらめきを帯びた目元が印象に残った。
数日後の第二回オーディションに、上桃蘭子は現れた。この日に面接した七人は前回と同じく会議室に入ってきた時点で「お帰りください」と言いたくなる子ばかりだったが、八人目に現れた蘭子だけは、気配がちがった。顔立ちは地味だが、スクリーンを占拠することを許された特権が華奢な全身から匂い立っている。
蘭子はどこか不機嫌そうで、愛想笑いをいっさい見せなかった。イギリスからの帰国子女という経歴に注目したヤングパレスが「英語を喋ってみてよ」と要求したところ、「いやです」と即答。原作を読んだというので感想を訊ねると、「気色の悪い話でした。主人公と自分に重なるところがあるとは思えません」。お芝居の経験は、と訊けば「学校の学芸会しかやったことがないので、なんとも言えないです」。そのぶっきらぼうな答え方からは、オーディションに受かろう、という情熱がおよそ感じられず、事務所の命令でいやいや上京してきたのか、東京の空気にすらなじめていない異物感があった。
蘭子に脚本の抜粋を渡し、台詞を読み合わせてみた。場面は、二階堂の部屋。二階堂の正体を知ったレイコが自分の実家に身代金要求の電話をかけるよう命じる場面だ。二階堂役は不肖わたし。二階堂がレイコの父親に電話をかけ、身代金を払わなければ、娘が援助交際をしている現場写真をネットに流出させるぞ、と脅している。
脚本ではこのような会話になっている。
◯ 二階堂の部屋(夜)
二階堂が受話器の通話口を押さえたまま振り向く。
二階堂「どうしよう、娘の声を聞かせろ、だって」
レイコ「(首を横に振り)無理無理、断って」
二階堂「でも、怪しまれてる」
レイコ「いいから無視して。ここであたしが出たら絶対バレちゃう」
二階堂、ふたたび受話器に向かってドスの利いた声で話しかける。
二階堂「今は無理だ。しかし、信じなければ写真は全世界に公開されるし、そのうち娘の死体がどこかで見つかるだけだ。詳細はこれからメールを送る。いいな」
二階堂、電話を切る。
レイコ、指で輪を作り、「合格」のサインを出す。
二階堂「……本当にうまくいくのかな」
レイコ「安心して、ウチの両親、これ見たらどんな顔するかな」
レイコ、デスクトップパソコンに向かい、二階堂が撮りためた自分と『パパ』たちのデート中の写真を数枚選ぶと、脅迫状メールを打ち始める。
二階堂「今なら、まだイタズラってことにできるよ……君には、将来があるんだし」
レイコ「弱気にならないでよ。チャンスを掴むのにリスクはつきものでしょ。グズグズしてたら警察に追いつかれるよ」
二階堂「でも……」
レイコ「(向き直る)あのね、傷ひとつない人生なんて、あたしにはなんの興味もないの。それより、この出会いを大切にしたいの」
二階堂「怖いんだよ」
レイコ「だからさ、ここであきらめたら、あたしたちってなんなの? 心に闇を抱えた繊細な現代人? 援交女子高生とストーカー? そんなんで終っていいわけ?」
二階堂「君は今日いろいろあったからヤケになってるんだよ」
レイコ「そうよ、あたしは今、片思いの恋に破れて、人殺しになって、帰る家も失った世にも不幸な女の子よ。復讐してやらなきゃ気がすまないの」
二階堂「復讐って誰に?」
レイコ「知らねぇよ、そんなの。とにかく、あたしは今日、とんでもない体験をして生まれ変わったの。昨日までのレイコはもう死んだ。今日からはニュー・レイコだ!」
二階堂「大声出さないで、お袋に聞こえる」
レイコ「だって、世の中には頭のてっぺんからつま先まで、つまんない細胞でできあがってるバカどもがバクテリアみたいにうようよしてんだよ。あんな連がなにも考えずに楽しそうに生きてて、あたしたちが苦しまなくちゃいけないなんて、絶対ヘンでしょ。パパは協力してくれないの?」
二階堂「でも、自分の両親から大金を脅し取ろうなんて」
レイコ「新しい人生を切り開くためには資金が必要だもん。大学の入学金払うつもりでポン、と払ってくれりゃいいのよ」
二階堂「(ため息)君は怖い女だね」
レイコ「(うなずく)自分でも今気づいたけど」
正直、蘭子の芝居はかなり硬かった。しかし、声が良かった。その声は台詞に説得力を与えてくれる。そして、台詞を発するレイコの顔にも、言わねばならぬ言葉をしゃべっている実感が宿っていた。読み合わせが終わり、ヤングパレスと目が合った。わたしは「いけます」とうなずく。彼は少し困ったような顔を浮かべていたが、やがて「オーキッド・チャイルドか。悪くない」と誰に聞かせるともなくつぶやいた。わたしたちの間で、レイコ役が決定した瞬間だった。
蘭子にどんな気持ちで演じたのかと訊ねた。
「たぶん……、レイコって、こんな感じの子だと思うんです」
蘭子は、おずおずと一冊の画集を鞄から取り出し、わたしたちにページを開いて見せた。襟の広い濃茶色の服を着た若い女が、顔を斜に構えながら、不敵な視線をこちら側に送っている。波打つ茶色い髪と、どんよりした背景色は彼女が突風に抗っているかのような印象を与える。
「台本をいただいてから、この絵を何度も見て気持ちを作りました。レイコは、いろんな事件に巻き込まれることで、魔女としての正体に気付いたんだと思うんです」
レイコと二階堂が岐阜の山中で捜索を始めたわずか一時間後にミルクジャガーと出会ったように、我々もわずか三日、三四人目の面接者で早くもレイコ役にぴったりの俳優に出会えてしまったらしい。
ヤングパレスが、脚本を読んでいちばん気に入った場面はどこかと訊ねる。蘭子は初めて顔をほころばせ、訥々と、しかし雄弁に答えた。
「それはやっぱり、ツチノコに出会うところですよ。でも、原作では山猫でしたよね? できれば猫の方がよかったなぁ。どうしてかって言うと、この作品、猫のイメージがあちこちに出てくるんですよ。このレイコって子も正体は猫だと思うんですね。いやその、猫の化身、みたいな? つまり、その、二階堂が探すミルクジャガー、それが人間になって現れたのがレイコって子なんですよ。本人も気づいてないけど。だからその、この話って、猫の化身が、自分の本性を探しに行く物語ですよね? つまり、レイコと二階堂の恋愛の話ではないな、と思いました。だってほら、レイコってゲイじゃないですか。レンタル娘の先輩女子が好きだったわけですし。あの先輩に失恋したから、やけになってストーカーといっしょに旅に出るんだけど、でもやっぱりこの男じゃ満足できないんだなぁ、と気づくわけでしょ。その時に、自分の本性そのものである生き物に出会っちゃう。誰にも知られずに生きる白い山猫に出会うことでやっと、レイコは本当の自分を取り戻して、精神的に自立するって話なのかな、と考えたんです。つまり、このストーカー男と旅をすることで、自分で自分に惚れ直すって言うか、自信を取り戻すって言うか。あたしにはよくわからない気持ちだけど、ここを読んだ時は、なんかグッときました。なのにツチノコなんて蛇の怪物じゃいまいち迫ってこないなぁ、と残念だったんです」
結局、その後の脚本ではレイコと二階堂が探しに行くのはミルクジャガーに戻った。
8 メイキング執筆
主役が確定したおかげで、最終的な脚本直しは快調に進み、第六稿が完成した。原稿はヤングパレスのチェックを経て印刷所に回された。わたしとしては今度こそ決定稿のつもりだったが、刷り上がった台本の表紙には、「チャンスも経験もいらない 準備稿」と赤地に白文字で書かれていた。
台本の表紙をめくると、スタッフ紹介ページには「脚本・野呂進 桜庭月子」、そして「監督・野呂進」とクレジットされている。長い道のりだった。ヤングパレスに振り回された二年あまりの苦労は、ここに結実した。
次に制作日誌をつけ始めた。記念すべきデビュー作のメイキングを、自分自身の手で克明に記録しておくつもりだった。映画が完成したら、銀鷲社の雑誌に掲載してもらえるかもしれないし、そんな機会に恵まれなかったとしても、自分でブログを立ち上げ、日記として連載すれば作品及び自分自身の広告になる。ブログの題名は「新人監督日記」にしよう、と思ったら和田誠がまさにその題名で『麻雀放浪記』のメイキング本を出していた。それならば、「ぴんぼけディレクターの初監督日誌」あたりでどうか。ちょっぴりポップな雰囲気で笑える読み物に仕上げよう。丑寅ミサキファンはまずアクセスしてくれるだろうし、一文字恭介ファンも読んでくれる可能性が高い。ブログの知名度が上がれば、映画が公開され、運よくヒットした際には書籍化だって夢ではない。脚本監督料に加え、印税がちょっとしたボーナスになってくれるわけだ。この種の映画関連本はだいたい一冊千円前後、仮に初版八千部とした場合、その著者印税はいくらになるか……などと皮算用にも余念がなかった。
そんな邪な思いで書き始めた日誌なので、読み返すのはなんとも苦痛なのだが、当時の気分を確認するため、冒頭の部分を抜粋する。
5月7日
シーサーペント事務所でメインスタッフとの顔合わせ。キャメラマンのK氏、チーフ助監督のS氏、制作主任のN氏の三人。びっくりしたことに、Kキャメラマンはわたしと同じ専門学校の出身だった。たちまち共通の知り合いである講師陣の名前で盛り上がる。まだ四十歳前だというのに、何本も有名監督と組んでいて頼もしい。大柄なS助監督は自分より二十歳も年上で、現場に出たら絶対Sさんの方が監督らしく見えるだろう(私だってそう思ってしまいそう)。実際、テレビドラマの世界ではとっくに監督デビューしているが、今もベテランの助監督としてひっぱりだこなのだそうな。N制作主任は自分よりもだいぶ年下だったが、すでに船島プロデューサーと何本ものVシネマをこなしている凄腕とのこと。早くもきびしい目で脚本を読み返しながら、必要な撮影日数を割り出そうとチェックしている。三人とも新人監督をいびる典型的なカツドウ屋タイプには見えないのでホッとひと息。とりあえず作品の狙いを説明する。
・これは青春映画であり、ブラックコメディでもあるが、何よりもまず大衆娯楽作品である。タッチとしては、冷徹だが血の通った犯罪映画でありたい。
・後半、残酷かつ官能的な展開を見せるが、キワモノ狙いのスリラーにも、作家性にかまけた芸術映画にもしたくないし、編集でごまかすMTV感覚にもすり寄りたくない。仕上げでいじくり回すのではなく、現場でワンカットずつ光と影と音を立体的に作り込んで、「この映画の中にだけ存在する世界」を構築したい。
・ヒロインは今回、映画初出演にして初主役という新人である。緊張しているに違いない彼女が、映画の現場にネガティブな印象を抱かないように意識したい。それは体育会系な根性主義や、効率最優先の省エネ主義に貫かれた現場では難しい。楽しく、愉快に、それでいて各パートの可能性が最大限に華開く場所が、われわれの撮影現場なのだとわからせねば。ヒロインを撮る時には、博物館の貴重品を撮る気分の慎重さと、年少の友人とサッカーに興ずる高揚感を、併せ持ってほしい。
・原作の舞台は町田周辺と岐阜の山中である。できれば出だしは実際の町田ロケを行いたい。しかし、すべてが町田である必要はない。後半の舞台となる森は、その辺の雑木林ではなく、逃亡者となった少女が迷い込むのにふさわしい異世界の禍々しさをたたえた森でなければならない。生命力と神秘性がみなぎる緑の世界を、予算の許す範囲で見つけ出したい。
・前半は即物的なリアリズムのタッチで攻め、後半の逃避行はリアルを逸脱していくことで展開の「ありえなさ」をスムーズにごまかす。アングル、陰影、音響効果でじょじょにトーンを変化させることで、主人公の心境変化を描き、新人俳優の演技の助けとしたい。
・予算的にステージを組めず、オールロケになることは覚悟している。が、ロケだからと言ってその辺で撮ったホームビデオと変わらない空気感になることは避けたい。美術・装飾にそれなりの予算をかけ、主人公二人が生きる現代日本の現実感を、視覚的に掴み出すにはどうすればいいか、ロケハンの時点で考え抜いていきたい。
おおよそ、こんなことを語ったところ、船島プロデューサーから、
「えらく意識の高い映画が仕上がりそうですなぁ!」
と冷やかされた。三人のメインスタッフにとっては釈迦に説法だったかも。でも、全員神妙にメモを取りながら話を聞いてくれたので大丈夫だよね? Kキャメラマンはオファーがあった時点で第二稿の脚本を受け取って読んでいたそうで、「準備稿の方が、ずっと面白くなってますね。安心しました。撮影前になるとつまらなくなるホンって、意外に多いんですよ」と言ってくれる。このひと言でこれまでの苦労が吹っ飛ぶようだ! Kキャメラマンには、ルックの参考用にエドワード・ヤンの『カップルズ』とデヴィッド・クローネンバーグの『ヒストリー・オブ・バイオレンス』のDVDを渡す。すると彼は、
「これ、フィルムで撮ったらどうでしょう」
と言い出した。願ってもないアイディアだ。今、使用が予定されているデジタルシネマカメラにも興味はあるが、映画を撮る以上はやっぱりフィルム撮影に挑戦してみたいもの。しかしこれには企画プロデューサーである若宮氏が猛反対。フィルム撮影なんて面倒臭いばかりで金も時間も食う、というのである。監督も主役も新人なんだから、デジタル撮影で現場の機動性を最優先すべし、と。
Kキャメラマンは十六ミリフィルムを使えばどうにかなるのでは、と食い下がってくれたが、若宮氏は予算的に難しい、と受け付けない。その上、
「監督はどう思う?」
と、こちらの意見を求めてきた。さぁ、困った。ずっと並走しながら脚本開発を手伝ってもらった若宮プロデューサーと、これからの撮影現場で女房役となるキャメラマンの意見、どちらに味方するべきか?
「……できるなら、フィルムがいいですねぇ」
こればかりは自分に嘘つけません! Kキャメラマンは「ねぇ、そうですよね。夜の絵が締まりますからね」と監督の支持を喜んでくれたが、若宮Pは浮かべた渋面が渋さ三割増に。若宮さん、ゴメン。(後略)
5月8日
昨日の打ち合わせで出た意見に従って、脚本を再修正。さすがベテランスタッフからの意見はどれも建設的かつ具体的で助かる。フィーリングで不満を述べられるのと違って、すぐ修理に取りかかれるのだ。今度こそ、完全な決定稿が仕上がるだろう。
5月10日
シーサーペント事務所の会議室にて、ロケハン打ち合わせ。
N制作主任がインターネットを駆使して集めてくれた画像をもとに検討を始めたところ、遅れてやってきた若宮Pから驚きの提案が。
「この映画、仙台で撮れないかな?」
えええ〜〜〜〜〜! さすがに全員びっくり仰天。なんでも、若宮Pは仙台にある芸大の非常勤講師として週に一回、通っているのだそう。宮城のフィルムコミッションと共同してロケ場所を探せば、地元企業のタイアップを受けられるかもしれないし、芸大の学生をインターンとして制作部に招き入れれば人材も確保できる、という。
なかなかの迷いどころだ。もちろん、後半の舞台となる森を仙台周辺で探すことはできるとは思う。しかし原作の舞台である町田をあっさり切り捨てていいものか。前半を町田で撮り、後半を仙台で撮る折衷案には、N制作主任が反対する。遠出するなら一箇所で全体をまとめて撮れるようにスケジュールを組まないと、予算的にオーバーしてしまう。物語の出発点に「レンタル娘」という特殊なJKビジネスがある以上、東京が舞台の方が風俗的には似合っている。しかし、この作品は十代の少女が置かれている問題を糞リアリズムで描き出すようなものではない。映画の世界の「都市」が成立していれば、仙台でも成立するはずだ。いちばんの問題は、わたしが仙台に行ったことがないため、まったく見当がつけられない、ということだけど。
「仙台はいい街だよー。フィルムコミッションの人たちは知り合いだから、すぐにでも紹介できるし、ロケが終わればみんなを美味い牛タン屋に連れて行ける」
と力説する若宮P。牛タンにはかなり心を動かされるものの、ロケハン候補地を大量に用意してくれたN制作主任にちょっと申しわけない気が……と、彼の顔をうかがうと、さすがベテラン、不快な様子は毛ほどもなく、早くもノートパソコンに向かって仙台のロケ地候補を探し出そうとキーを叩いている。しかし、クランクインの予定日まで残りおよそ一ヶ月。いきなりオール仙台ロケで制作体制を組むのは、本当に可能なのだろうか? そして若宮プロデューサーは一週間経ったら「やっぱり沖縄で撮ろう」と言い出すのではないか?(後略)
と、このような流れで急遽仙台ロケを検討することとなった。脚本が完成してもなお、ヤングパレスの思いつきに振り回される日々は続くのだ。しかし、わたしはあえてヤングパレスの提案を受け入れた。ここで彼と反目するのは得策ではなさそうだったし、とりあえず今はプロデューサーの強権に唯々諾々と従う監督を演じておいて、撮影初日、カメラが回り始めた瞬間にすべての主導権を彼から強奪したほうが鮮やかだろう、という演出効果を考えてのことである。今はまだまだ臥薪嘗胆、クランクインしたその日から、野呂組はわたしの完全独裁体制に敷かれるはずだ、と確信していた。
N制作主任は改めて仙台のフィルムコミッションと連絡を取り合い、ロケハンの段取りを組み始めた。その間、わたしはさらなる決定稿の完成を急いだ。前半を町田で撮るつもりでいたので、芹沢公園だの国際版画美術館だの、ロケ先が実在の施設を想定した内容になっている箇所を、すべて修正する必要がある。インターネットで仙台の情報を調べながら、脚本をさらにいじる。そんな作業をしながら、クライマックスをどう撮るべきか、演出プランを練り始めた。
『チャンスも経験もいらない』のクライマックスは、以下のように展開する。
山中で目を覚ますレイコ。自分が口をテープでふさがれた上に手錠をかけられ、両足を縛られた状態で樹木の枝から吊り上げられていることに気づく。目の前には、レイコを失神させた謎の女。この女の正体は、昨夜、レイコを拉致しようとした覆面グループの一人であり、名前をユカリという。レイコから反撃されて逃走したが、しばらくして現場に引き返したところ、そこに撲殺された恋人の死体を発見した。ユカリは仲間と共に死体を車に積んで走り去ったが、死体のポケットには二階堂の財布が入っていた。免許証に気づいたユカリは死体の処理を仲間にまかせ、ひとり武器を持って二階堂の自宅に向かった。もちろん恋人の復讐のためだ。ユカリが二階堂の家を見つけるのと、二階堂とレイコが家の中から夜逃げするかのように現れたのは同時だった。ユカリはそのまま二人を尾行し、はるばる岐阜の山中までやってきたのだ。長い回想を終えたユカリは、自分のリュックから、ビニール袋に包まれた物体を取り出す。何重もの新聞紙を取り外して現れたもの、それはレイコが殺したあの男の生首だった。女は昨夜のうちに遺体から切断させた恋人の首を仲間に届けさせていたのだ。復讐鬼と化したユカリは、首をレイコの前に安置すると、見せつけるように吊るされたレイコの服を脱がし始める。恋人の最期の思いを遂げさせるべく、生首の眼前でレイコを陵辱する気なのだ。ユカリは下着姿のレイコを草原に転がすと、その柔肌にナイフで傷をつけ、流れた血を指と唇でもてあそぶ。屈辱的な性暴力を受けながら、レイコはいつしか愛撫に反応してゆく。
その時、茂みの中から飛び出した二階堂が、ユカリを蹴り倒す。激しく取っ組み合う二階堂とユカリ。レイコはユカリが落としたナイフを拾って手足を自由にすると、そのナイフを持って突進、二階堂の背中に深々と突き刺す。二階堂は絶命する。
「この場面、ユカリという女は本当に死んだ彼氏への愛でレイコをレイプしようとしたのか、それともただのサディストだったのか、チェリームーンはどう思った?」
梅ヶ丘のワインバーでチェリームーンと飲んだ夜、彼女にこんな質問をした。その答えは明快だった。
「ミルクジャガーを探す旅に出るのが、レイコにとって自分探しの旅だったように、このユカリという女にとっても彼氏の復讐の旅に出たことで自分の中に潜んでいた何かを見つけたんだと思うんです。だから、彼氏の復讐を果たすという思いは、レイコの体を弄んでいるうちに、ユカリの頭から消えてしまう」
「なるほどね。ユカリもある意味、レイコと似たもの同士というわけか。参考になるよ。よくある性犯罪者の女版というキャラにはしたくないんだよね」
チェリームーンが書いた第一稿では、この場面、レイコはいましめを解かれ、ユカリとそろって全裸になってからみ合うという、原作以上に過激な描写になっていた。打ち合わせの時に、性暴力の被害者が加害者と恋愛感情で結ばれるという展開は、女性としては受け入れ難い、と主張していたチェリームーンが、なぜあえて濃厚な濡れ場を描写したのかと訊くと、「殺されたくないレイコは屈服したふりをして、ユカリの加虐趣味を満足させようとセックスに応ずるんです。つまり、これも彼女の演技のひとつです」とのことだった。なるほど、とは思ったものの処女の高校生がそこまで気が回るものだろうか。しかし死とエロティシズムの混合を描くまたとない場面であり、演出家の力量を試される場面でもある。一方で女同士とはいえ未成年のレイプ場面をえんえん描写すれば、R18指定をくらって興行に影響が出るし、そもそもこの作品のためにフルヌードになる十代女優が見つかるとも思えない。
わたしが考え込んでいると、チェリームーンがタバコの煙を吐き出しながら、こう確認する。
「レイコはこの森に入る前から、二階堂との逃避行はそのうち警察に捕まる期間限定のものだ、って自覚していたわけですよね?」
「そう。ミルクジャガーを捕まえたって、犯罪者である彼らにはもはや世間に発表する術がない。いずれ捕まり、引き離される。それでもいいから探しに向かう。明日なき暴走ってやつだね」
「原作では、レイコは森に来るところまでは自暴自棄になっていた感じだけど、ユカリと出会うことで、旅の結末を思いついたわけですね。つまり、レイコは二階堂のことをただの現実から飛び出すバネにしか考えてなかったわけで、ユカリとそういう関係になっちゃったもんだから、もうバネはいらなくなったと気づく。ここが表現できていればお客さんが混乱することはないでしょう」
「そうだね。ロープを解かれたレイコが自ら服を脱ぐ芝居をつけて、脱皮のイメージを与えてみよう。そして、ユカリとは精神的にも肉体的にもここで結びついた」
「実際はそんなこと百パーありえないですけどね」
「ただ、問題はここで乗り換えられてしまった二階堂だ。その哀れさを、彼が殺されるところで出したいんだけど、どう映画的に印象づけるかが難しい」
「あの場面はレイコの二階堂への復讐でもあるんです。見られる者から見る者への。でも、二人のラブシーンのように撮ってほしいですね」
「そのニュアンスが伝わらないと、レイコが浮気症のひどい女に見えちゃう気がするんだよね。ただ自分に関心を持ってくれる相手に出会うたびに、さっさと乗り換えていく尻軽キャラ、と思われたらつらい。なにかワンポイントほしいな」
「決定的なところで、レイコのモノローグを入れたらどうでしょう」
露骨に表情が歪んだせいだろう、チェリームーンは噴き出し、わたしの右手をパンと叩く。
「監督がナレーションやモノローグを入れたくないのはわかってますよ。でも、一回だけならアリです。フランス料理の隠し味に醤油をたらしたっていいじゃないですか」
ふさわしいのかズレてるのかよくわからない比喩だが、最終的にはチェリームーンの意見を取り入れ、レイコが二階堂を抹殺する場面は、このように書いた。
◯ 森
二階堂、馬乗りになったままユカリを殴り続ける。
ユカリ、野獣のような声をあげて抵抗する。
レイコ、落ちたナイフを拾い上げると両足を縛っていたガムテープをビッと切る。
ナイフを持って身構えるレイコ。一瞬の躊躇。そしてダッシュ。
二階堂の背中に体ごとぶつかってゆく。
ゆっくりと振り返る二階堂。信じられないものを見るような目。
レイコの声「私がパパにできるのは、これだけ。優しく殺してあげる。何も感じなくしてあげる。だから、いつまでも眠って」
二階堂、そのまま前のめりに倒れる。その体の下から、ユカリが悪態をつきながら這い出してくる。
ユカリ、二階堂の背中から突き出たナイフに気づき、ぎょっとしてレイコを見る。
レイコ、かすかな笑み。
森に響くユカリの悲鳴。
9 ちゃぶ台返し
決定稿が完成した。撮影開始まで、残り四週間を切っている。
N制作主任からは、仙台でのロケハン候補地の写真や動画が、プリンセス・リリーからは、キャスティングの進捗状況の報告と候補者の書類が大量に送られてきた。なかなか決まらずにいた美術監督との打ち合わせの準備もしなければいけないし、ロケハンを終えたらすぐさま上桃蘭子と一文字恭介を対面させ、本読みとリハーサルを開始する予定になっていた。
ところが、ロケハンに出発する三日前、わたしはヤングパレスからシルバー・フィルムズに呼び出された。
チェリームーンはいなかった。会議テーブルではヤングパレスが一人、携帯電話を覗きながら待っていた。
「これ、読んでみてほしいんだけどさ……」と、わたしを見るなり差し出したのは、『チャンスも経験もいらない』の脚本原稿だった。わたしとチェリームーンが書いたものではない。脚色者の名は鶏冠井雄路。結局、ヤングパレスはわたしに賭けることを避け、安全牌に逃げたのだ。
「なんですか、これは」とわざと横柄な態度で訊けば、「うん、君の改稿で本当にインして大丈夫なのか、ちょっと不安になってね。プロの視点でこの物語を映像化するならどうなるか、雄路さんに書いてもらったんだ」と答える。鶏冠井もよく応じたものだ。
内容は、ひどかった。ろくに原作を読み込んでいない職業ライターが、短期間で書き飛ばした安っぽい代物というしかない。はっきりしたのは、わたしとチェリームーンが進めた脚本に目を通した上で、この程度しか書けないようでは、鶏冠井のレッスンプロとしての技量も相当に疑わしいということだ。
感想を訊ねられたので、正直に「これでは撮れませんよ」と答えた。
「そう言うと思った」軽くほほを痙攣させたヤングパレスは、手のつけられない悪童を前にした校長先生の目になって語りかける。「ぼくもこのホンが完璧だとは思わない。だけど、さすがに一般向けに開かれた脚色にはなっていると思ったね」
わたしは改めて鶏冠井稿のページをめくり始める。
「原作の交錯する時間軸を取っ払って平凡に語り直した上に、入れなくていい描写をやたらと付け加えていますね。出だしにあるレイコの家庭内描写はなんのためにあるんですか。レイコの両親は、岐阜羽島駅で初めて登場しなくては意味ないと思うんですけど」
「いや、そこまで原作のトリックを重視しなくても、ストレートにレイコという主人公の境遇を描いていった方が、観客は感情移入しやすいじゃないか」
「よく考えてください。原作においては、この物語の語り方じたいが、主人公の心境を理解する重要な構成要素になっているんです。それを外すなら、この原作を映画化する意味を問い直さなきゃならない。だって、これじゃテレビの二時間サスペンスよりもずっと安っぽくなってるじゃないですか」
「スローリィは原作を客観視できてないな。ぼくは、主演が新人ということを考えても、このストレートな話の運びの方が、見る側も作る側も乗っていきやすいと思うんだよ」
「原作に惚れた者としては、そんなぬるい映画化は受け入れ難いです」
「だから、原作を知らない人を振り向かせるのがプロの映画人なんだってば。ぼくは、雄路さんのホンに君の色を乗っけて書き直したら、ちょうどいいバランスに仕上がるんじゃないかと思っている。これは最後のブラッシュアップのチャンスだ。どうだい?」
さすがにヤングパレスも鶏冠井稿が不出来なことは理解しているようで、わたし自身の手でさらに改稿させれば理想の脚本が完成する、と目論んでいるのだ。それほど心を砕いているのに、当のわたしは感謝するどころか、失望と軽侮を隠さぬ視線でヤングパレスを串刺しにした。その痛みに耐えかねたのか、ヤングパレスは立ち上がって窓外を見ながら早口に語り出した。絞り出される声には怒りとおびえが入り混じっていた。
「ううん、まぁ、でも、これはやっぱり難しい小説だね。しょせんラノベだとなめてかかっていたけど、簡単に手に負えるものじゃないのかもしれん。だってさ、『エレガント』の決定稿は、銀鷲社の会長が読んでも、ゼミの教え子に読ませても『泣ける』って言ってもらえるんだよ。そこまで広く受け入れられるのは無理だとしても、『チャンスも経験もいらない』だってある程度は、普通に街を歩いてる人や十代の女の子たちにアピールする作品に持って行きたいじゃないか。それなのに君の脚色ではどうしても九〇年代センスを手放せないんだなぁ。もう悪趣味系サブカルの時代じゃないよ。今じゃデヴィッド・リンチもタランティーノもすっかり過去の遺物だ。そのことは丑寅先生もよく理解してるんだ。だからあれだけ好きにいじっていい、とおっしゃったわけでさ」
わたしは黙って聞いていたが、さすがに次のつぶやきには黙っていられなかった。
「駄目かい。そうか……。しかたないね。今ならまだ、白紙にして映画化権を銀鷲社に返しても、勘弁してもらえるだろうね。残念だよ」
この男は『チャンスも経験もいらない』の製作中止をほのめかせば、わたしを服従させられると思っているらしい。まったく舐められたものだ。それに、撮影まで残り四週間弱、今からプロジェクトを放棄すれば、制作プロダクションや芸能事務所からペナルティを請求されかねない。ヤングパレスが企画中止に伴う損をかぶる覚悟があるとも思えないが、こういう迂闊と粗忽の合成物である男ほど、自尊心を満たしたい一心で勝手に特攻機に乗り込む真似をやらかしかねない。一度、はっきり灸を据えてやる必要がある。
「ヤングパレスが『エレガント』の脚本にそこまで自信を持っていたとは、正直意外ですね」ずっと胸中のダムに蓄積していた鬱憤が、決壊してあふれ出す。「おれから見れば、『エレガント』こそ時代からズレ切ったアナクロな浪花節から、一歩も動いてない企画ですよ。観客は六〇代以上しか見込めないでしょう。むしろその層に向けて徹底して古臭く作るべきだった。往年の日本映画の名作に負けないクオリティをめざし、白黒で撮るぐらいにね。それができていれば、逆に全世代に受け入れられる強さを持った作品になったでしょうよ。なのに、女性観客を意識した安直な男同士の恋愛をベタベタ展開させちゃって。観客はそこまで莫迦じゃない。露骨にぶら下げたニンジンはすぐに見破られます。だいたい『泣ける』ってのは、脚本の筋書きだけ追った人が条件反射的に導き出した感情でしょう。あの企画を泣かせだけに突っ走った脚色でまとめるなんてもったいないですよ。もっと歌舞伎の美学や時代背景の部分を綿密に追求するべきでした。そのへんのこだわりがあって、初めて映像に官能性は宿るんです。だいたい、優田監督に今どきのボーイズラブを撮らせようったって、あの人にそんなセンスあるわけないでしょう。トンチンカンな珍作が出来上がるのは時間の問題です」
ヤングパレスのふやけた顔がみるみる引き伸ばされ、頬が紅潮してゆくのが見える。しかし、もう止まらない。後は一気にまくしたてた。『エレガント』の脚本には、平面的なキャラクターしか登場せず、彼らはストーリーを運ぶための台詞を吐き出すスピーカーでしかない。自分が撮るなら、こんな単純な人物造形は絶対に受け付けないが、『エレガント』は自分に向けられた企画ではないから、そういうシンプルな構造の映画があってもいいだろう、とあえて口に出さなかった。しかし『チャンスも経験もいらない』はそうじゃない。まさに自分のような観客、原作に描かれた主人公の心情に同調できる観客に向けて製作されていなければ、企画は必ず失敗する。不道徳で残酷な要素はサブカル受けを狙ったファッションではなく、反現実の世界を描く作品の要であり、魂なのだ。女子高生が主役の青春サスペンスという、通俗的なジャンルの中に、描き出すべき魂が埋没しないよう、細心の注意を払って七回書き直し、自信のある脚本を完成させた。それなのに、今さら別作家に勘所を外しまくった脚本を用意させるなど、ただの自殺行為に等しい。その上、「やっぱり白紙にしよう」と言い出すのはあまりにも無責任であり、プロデューサーの無能の表明ではないのか。
わたしが吐き出す言葉の刃を全身で受け止めながら、ヤングパレスは固まっている。ビデオリモコンで一時停止を押されたような状態の彼に、わたしはとどめを刺す。
「いや、おれの努力が無になるのはまだいいですよ。でも、チェリームーンだって気の毒じゃないですか。これが脚本デビュー作になるはずだったのに、社長の思いつきで結局ゼロだ。それに、映画というものが、プロデューサーの朝令暮改の連続で完成にたどり着いたり着かなかったりする、きわめてでたらめな創作物だと彼女に思ってもらいたくないですね。そんな誤解を与えたら、彼女は作家として伸びないですよ。自分の書いた場面や台詞が映像になって観客の前に映し出される、その瞬間を体験してもらいたかった。舞台とはまったく異なる、映画独自の生々しさをね。でも、ヤングパレスのやり方じゃ、きっとチェリーはこの業界に絶望します。いや、もうしてるかもしれない」
ヤングパレスが拳で固めたような声を漏らす。
「あのねぇ……。このプロジェクトが失敗すれば、責任を問われるのはぼくなんだよ。そのリスクを背負いながら、若手にチャンスを与えてるんだ。君らが恥をかくことのないよう、細心の注意を払ってやってるというのに……」
「ご厚意には感謝しています。こちらも同じ思いです。絶対に『チャンスも経験もいらない』を失敗させたくない。あなたの恩に報いるため、傑作を生み出したい。それに、この作品の出来が悪けりゃ、おれは無能監督の烙印を押され、デビュー作が即遺作になっちまうんですよ。プロデューサーはほかの作品で挽回できるかもしれないけど、監督はそうはいかないんだ」
「だから、バランスが必要なんだ。スローリィは作品世界にのめり込みすぎている。そこで手綱を引いて、多くの人に開かれた内容にアレンジするのが、プロデューサーの役目なんだよ。そもそもあの原作は若書きだから、出来が粗い。脚本はいろんな人の意見を取り入れ、原作以上に完成度を高めるべきだ。最終的に君が撮影するんだから、どうしたって君の匂いは残るよ。それでいいじゃないか」
「こんな個性的な小説を映画にするのに、大勢の意見を取り入れて平均的な内容にするっておかしいでしょう。そりゃおれの脚本は完璧ではないかもしれません。でも、作品というのは欠点も含めて表現なんですよ。欠点を正して、嫌われる要素を取り去れば、誰からも好かれる作品になるかって話です。逆に本来あった魅力が損なわれると思いませんか」
「芸術家はすぐそういうことを言い出すが、それは傲慢ってもんだ。お客さんのことを第一に考えれば、何度も練り直して欠点を一つひとつつぶしてゆく作業こそが、真のクリエイティブなんだよ。そこでなまけたら手に入るのは監督の一人よがりが映った失敗作だ」
総合芸術に意見の衝突はつきものだ。その場合は、責任を取れる者が判断を下すことになる。映画においてはプロデューサーが船長なら、監督は操舵手にすぎない。が、船長が指示する航路に誤りがあれば、実際の航行を担当する操舵手が修正を求めるのは当然だ。今でもそう思っている。とはいえ、航海の途中で平気で航路を書き換えようとするヤングパレス船長に対しては、うまくご機嫌をとり結びながらこっそり最初の目的地へと誘導する器量が必要だったのかもしれない。しかし、わたしはヤングパレスよりも早くから『チャンスも経験もいらない』に注目し、映像化に向けて構想を練っていた。作品が到達すべきイメージが明快だったがために、わたしよりも鶏冠井を信頼したヤングパレスへの対応が糾弾の姿勢となって表れた。わたしは作品を、いやレイコを守ろうと必死だった。
わたしたちのやりとりは次第に声が大きくなり、オフィスにいる数名の社員がこちらの様子をうかがい始めている。わたしは自分が取り返しのつかない失敗をしつつあることを自覚しながら、あえて言い切った。
「あんたの言うとおりだ、本当に鶏冠井さんのホンの路線で撮れというなら、製作を中止した方がましでしょうね。みすみす駄作を作ることはない」
わたしは腕を組み、泣き出すのを必死に我慢する幼児そっくりになったヤングパレスをにらむ。彼が目を伏せて言う。
「……こんな感情じゃ、今日はもう打ち合わせはできない。帰ってくれ」
帰宅途中、チェリームーンから携帯にメールが届いた。
仙台ロケハン、いったんバラシにさせてください。社長がちょっと頭を冷やすと言ってます。
でも、『チャンスも経験もいらない』が中止になることはないですよ。ご心配なく。
監督が社長と揉めたこと、スタッフから聞きました。
今日の社長の機嫌についてですが、『エレガント』の春パートの撮影ラッシュがやっぱり出来が悪くて、追いつめられているんです。
演出と撮影がダサくても、脚本はしっかりできているからどうにかなるはずだ、と望みを繋いでいたんですね。なのに、スローリィから脚本が根本的にダメだと言われたのでショックだったんでしょう。
私のことを気遣ってくださったそうですね。ありがとうございます。でも、社長にはなるべく優しくしてあげてください。口は災いの元です。
あの程度の批判で「ショック」を受けるとは片腹痛い。ヤングパレスはよほどの温室育ちなのだろうか。荒くれ者がそろった活動屋と渡り合った経験が案外乏しいのかもしれない。もともと資金調達に関する仕事ばかりしていたようだから、製作面にはさほど関わってことなかったのだろう。それにしても学生時代から今日まで、罵詈雑言に威圧恫喝、時には鉄拳制裁が乱れ飛ぶ映像業界の野蛮な空気に染まらぬよう、英国貴族並みの落ち着きと優雅さをおのれに刻み込んできたこのわたしが、まさか年下の女性から「口は災いの元」とたしなめられるとは思わなかった。しかし、彼女の言を聞き入れ、ヤングパレスへの歩み寄りを示すためにも、脚本にさらなる修正を加えようと決意した。
10 監督解任
一週間が過ぎた。
ヤングパレスからの連絡は途絶えた。
仙台ロケハン、美術監督との打ち合わせ、主役の二人の顔合わせと脚本の読み合わせ、撮影スケジュールの検討、衣装合わせの準備など、山ほどあったはずの仕事について、いっさい連絡が来なくなった。シーサーペントに電話しても、シップアイランドは捕まらない。おそらく居留守を使われていたのだろう。メールを送っても返信がなかった。
チェリームーンだけが短いメールを送ってくれた。現在、ヤングパレスは『チャンスも経験もいらない』を仙台で製作する体制の見直しを考えており、撮影開始のスケジュールも二週間ほど後にずらす予定でいる、と。
ヤングパレスの思惑とは異なり、実際に仙台ロケを行うとなると不都合が多いことがあきらかになったらしい。彼の思いつきは脆弱な模型飛行機と同じで、ささやかな空気抵抗に遭っただけで簡単に空中分解してしまう。
改めて鶏冠井が書いた稿を読み直し、ヤングパレスがわたしの脚本に何が足りないと考えているのか、周到に検討した。それはおそらく、大衆への訴求性といい意味での明快さ、そして後味だ。わたしは決定稿に手を入れ、「修正決定稿」を脱稿した。そして、ヤングパレスとチェリームーンにメールで送付した。
『チャンスも永遠もいらない』の結末は、このように展開する。
警察の捜査の結果、レイコと二階堂の逃避行は、ひそかに二階堂が計画した誘拐事件であり、レイコは巧みに誘導されていたにすぎない、と結論づけられる。レイコが駐車場で撲殺したという覆面男の死体は見つからなかったし、二階堂は金を持ったまま姿を消した。しかしレイコはその結論を否定し涙ながらに訴える。「わたし、パパといっしょに、ミルクジャガーを見つけたんです。本当なんです」と。
もてない女子高生が悪い男に言い寄られて駆け落ちし、そのあげくに親の金をだまし取られたという、社会面をわずかににぎわす事件としてすべてが片付けられてゆく中、レイコはあの日、岐阜の山中で二階堂を刺殺した時のことを回想する。突然のレイコの凶行を前にユカリは腰を抜かした。しかし、そんな彼女にレイコは艶然と微笑みかけ、二階堂の死体を始末するのに協力してくれれば、謝礼をすると持ちかける。どうにか二人で死体を処理すると、レイコは西田老人の家に戻り、二階堂が失踪したと訴える。同時に、岐阜羽島駅への呼び出し電話をユカリにかけさせた。そして翌日、劇的な両親との再会。
夏休み最終日の夕暮れ、レイコは街外れの雑居ビル屋上でユカリと待ち合わせる。再会したレイコとユカリは固く抱き合い、お互いの無事を祝い合う。あの日以来、すっかりレイコに従順となったユカリは、謝礼として渡した五十万円を使うことなくこの日を待っていてくれた。二人で山分けするために。ユカリの友情に感激したレイコは、この金を二人の将来のために貯めておこうと約束する。すべてを終え、一人タクシーで帰宅するレイコ。トンネルに入ると、車窓には「ひと夏の経験」を終えて大きく成長を遂げた自分の顔が映っている。レイコは自分自身に向かって微笑みかけるが、目は凍りついたままだ。
以上が、原作のラストシーン。しかしチェリームーンは、タクシーにレイコが乗り込んだ後に、雑居ビル屋上で延髄にナイフが突き刺さったユカリの死体が発見される展開を書き足した。自分の体に不埒な行いをした者への当然の制裁だ。わたしたちのレイコならそうするだろう、と採用した。その場面の後、レイコはタクシーの車内で車窓の自分に微笑む。わたしはそこから、描かれる時制がもう一度、二階堂を殺した直後の森の中に戻るという展開に変更した。
○ 森
レイコ、ユカリから借りたライターで二階堂の指紋を焼きつぶしている。
そばにユカリ。臭気に顔をしかめている。
ユカリ「じゃ、行ってくる。裏の納屋だね」
レイコ「そう、西田さんに気づかれないようにね」
ユカリ「シャベルを持ってくりゃいいんだよね?」
レイコ「あと、ハンマーがあったらお願い」
ユカリ「ハンマー?」
レイコ「歯をつぶすんだよ、この人の。いい? そのまま逃げたりするんじゃないよ」
ユカリ「そっちこそ、戻って来たら金だけ持ち逃げしてるってのはナシだからね」
レイコ「大丈夫、あたしを信じて」
ユカリ「こっちも」
二人、抱擁する。
ユカリ、森の中に駈けていく。
レイコ、右手を終了して、次に二階堂の左手を取る。
左の手首に無数の自傷行為の跡が見える。レイコ、傷跡をしばらく見つめる。
そばに転がった白い布袋がごそごそと音を立てている。
森の奥から戻ってきた二階堂が放り投げたものだ。
レイコ、その布袋の口を開き、逆さに振る。
綿の塊のような生き物が転がり出て、着地する。
ミルクジャガーだ。わたしに向かって牙を剥き、威嚇する。
レイコ、しゃがみ込んでミルクジャガーの目を見る。
レイコ「……お前のことだけは、誰にも嘘つかないからね」
ミルクジャガーは二階堂の死体を飛び越え、草むらの中へ姿を消す。
レイコ、森の奥の暗がりをいつまでも見つめている。
エンドロールが流れ始める。
森の奥を見つめるレイコの後ろ姿を、俯瞰でとらえた構図でこの映画は終わる。逃げてゆくミルクジャガーに、二階堂の魂の昇天を重ねるよう演出するつもりだった。
続いてわたしは撮影用の絵コンテを描き始めた。予算のきびしい現場で滞りなく撮影を行うには、スタッフが映像イメージを共有する必要がある。机に向かって、こりこりと鉛筆を走らせること四日、執筆作業が全体の三分の一に達したころで、ヤングパレスから、「明日の午前11時にシルバー・フィルムズの事務所に来てください」と、電報のように短いメールが届いた。
翌日。
わたしは監督を解任された。
ひさしぶりに顔を合わせたヤングパレスは、席につくなり初めての告白を行う男子高校生のようなはにかみを浮かべながら、「申し訳ないんだけど、監督を降板してほしいんだ」、と言った。その顔で別れ話を切り出すのかよ、と突っ込みたくなるのをどうにかこらえた。解任の理由は、クランクインが近づくにつれ、彼とわたしとの間に無視し難い「創作上の相違」が生じていることが判明したからだという。放置しておけば、いずれ取り返しのつかないことになるはの確実だ。それならば、決定的な対立が起こる前に、現場を去ってもらった方が、映画への傷は浅い。早い話、ヤングパレスはわたしに賭ける自信を完全に失ったのだ。
「もちろん、ここまでプロジェクトを進めてくれたことは感謝してる。上桃蘭子を見つける手伝いもしてくれたしね。君のデビュー作はうちでプロデュースしたい、という気持ちも変わってないよ。でも、『チャンスも経験もいらない』は、やっぱりぼくのヴィジョンを実現してくれる人に預けたいんだ」
わたしは黙っていた。反論も弁解もしなかった。そして、後任は決まってるんですか、とだけ訊ねた。すると、灰原無明という名が返ってきた。わたしよりいくつか年上だが、自主映画の世界でそれなりに長く撮り続けている監督だ。数年前から低予算のビデオ映画の世界に進出している。日本の自主映画出身作家にしては珍しく、社会派のエンターテインメントを志向するところがヤングパレスのお気に召したらしい。灰原を日本のマーティン・スコセッシに育てるべく、この数年、企画開発を続けてきたのだと語った。そんな灰原に『チャンスも経験もいらない』を読ませたところ、「やりたい」と猛烈な勢いで食いついてきたという。
結納を済ませた婚約者を、式の直前にかっさらわれたようなものだが、わたしの心はなぜか平静だった。こうなることを、どこかで予期していたからかもしれない。高田馬場のカフェバーで監督依頼を受けた日から今日までの四ヶ月あまり、わたしはリコール社の催眠チェアに座ったまま、映画監督に勤しむ模造記憶を植え付けられていただけなのだ。
ヴィトルド・バチンスキも、ハリウッドで進めていたある企画を、製作中に降板させられたことがある。その時の心境について、こんなふうに語っていた。
「こちらがバロック様式の家を建てようとしているのに、いやルネサンス様式でないと困る、というぐらいなら対応できる。でも設計図が完成してから、注文は中国風だったはずだ、と言われたらもう絶望だ。それでも自分から仕事を降りるべきではない。相手にクビにされるまで粘るべきだ。仕事をすぐ断る演出家よりも、戦って降ろされた演出家の方が、業界的にはウケがいい」
「君の降板については、おたくの雁プロデューサーにも話は通してあるんだ」ヤングパレスが淀みなく説明を続ける。「雁さんからは、契約不履行のペナルティを支払う必要はないから、スローリィの名前を脚本のクレジットに必ず入れてくれ、と頼まれた。もちろん『脚本協力』にはクレジットさせてもらいますって言ったら、いや『脚本』でなけりゃ駄目だってね」
いつのまにか雁ともそんな話が行われていたのか。ヤングパレスは、もちろんギャラは全額支払うよ、と胸を張ったが、額を確認すると「五十万円」だという。少ない、と直感的に思ったが製作費八千万前後の劇映画において、新人脚本家に支払われるギャラの相場など、当時のわたしにはまるで見当がつかなかった。去年まで一年半かかった『恋するヒットマン』の改稿作業はすべてノーギャラだったから、五十万でも払ってくれるだけましなのかもしれない。
承諾書にサインし、ヤングパレスと握手を交わした。あっさりと握手に応じた自分が少し腹立たしかった。ヤングパレスの笑顔の裏には、わたしが感情的な反応を示さなかったことで安堵する一方、小生意気な若造が醜態をさらす場面が見られず失望している気配も感じられた。しかし、わたしには怒ったり泣いたり土下座したりすることで、彼の期待に応える意欲も失っていた。
「今回のお詫びに、次は君の企画を優先的に検討したいとは思っているんだけど、例の『恋するヒットマン』、あれはどうもツキに恵まれないな。ほかに、なにかやりたい企画かネタないかな。またいっしょに仕事しよう」
前向きなことを言っているが、ただの社交辞令だろう。わたしはその質問には答えず、確認した。
「脚本のクレジットには、チェリームーンの名前も入れてくれますよね」
ヤングパレスの笑顔が固まった。
「やっぱり、入れたほうがいいかな」
「もちろんです。彼女にもギャラを払ってあげてくださいよ」
「わかった」ヤングパレスが軽く両手を上げる。「彼女、スローリィに感謝するだろうね」
まったく観客に受けなかった芸人が楽屋に戻るような足取りで、早稲田通りの雑踏を歩く。普段の十倍以上の重力が覆いかぶさってきて、過去も未来もすべて押しつぶされてしまった。しかたがない。開いたと思った扉が、入る前に閉じたのだから。どうにかアパートにたどり着き、万年床に潜り込んで巣穴に戻ったハリネズミのように丸くなった。
映画の世界では監督や脚本家が、撮影直前で解雇されることなど、べつだん珍しくない。無名の新人ともなれば、その数は何倍にもなるだろう。わたしと『チャンスも経験もいらない』を結びつけた「運命の赤い糸」は、ナイロンよりも細く、蜘蛛の糸よりも弱かった。それだけのことだ。
チェリームーンには連絡できなかった。
翌日、会社に行って雁に報告した。雁は七度も書き直した脚本料が五十万円と知って驚愕した。そこまで低いとは思っていなかったらしい。脚本クレジットの配慮について礼を言うと、「あれぐらいしか主張できなくてね」とすまなそうに言った。
「ああいう連中って、安い金でコキ使って、あとは知らん顔ってのが多いからさ。しかし若宮さんもひどいね。いい脚本を安く手に入れるために、君に苦労させたんじゃないのかね。最初から監督は別の人を連れてくるつもりでさ。それで完成した映画に君の名前が載らないんじゃ、あまりにかわいそうだもの。もし映画がいい仕上がりになったら、脚本がよかったからだ、と思ってもらわなきゃ、ね」
その心遣いには感謝するしかないが、ヤングパレスが上出来な脚本を入手するため、監督の座を餌にわたしを酷使したとは思えない。それは二週間後に送られてきた『チャンスも経験もいらない』の撮影稿を読めばあきらかだった。
わたしが完成させた修正決定稿よりもずいぶん薄く、二割以上短くなっている。台本の表紙をめくって脚本のクレジットを確認すれば、そこには「灰原無明 鶏冠井雄路 野呂進 桜庭月子 Young Palace」と五人の名前が連なっていた。結局、初稿の大御所以外、関わったライター全員を表記することにしたらしい。最後の「Young Palace」とは、もちろん若宮京次プロデューサーの筆名である。一文字も書いてないくせに名前を並べるあつかましさも、どことなく彼らしかった。
残念なことに、撮影稿はとうてい五人の脚本家が知恵を絞った内容とは思えない代物だった。わたしたちの決定稿とも鶏冠井の原稿とも異なり、原作からストーリーを語るために必要最低限な描写を脚本形式に移し替えた以上のものではない。台詞も描写もごく単純化され、チェリームーンと原稿をやりとりしながら練り上げた台詞やト書きの数々は影も形もなかった。チェリームーンが書いた二階堂がレイコの肖像をスケッチするトップシーンも、わたしが書いたレイコがミルクジャガーを見送るラストシーンも、きれいさっぱり無視されていた。レイコがユカリから官能的な拷問を受けるクライマックスに至ってはほとんど削除という潔さ。レイコも二階堂も類型的な「病んだ若者」として描かれ、無味乾燥なサスペンスドラマとしてまとめられている。参加した痕跡が完全に消滅している脚本に自分の名前が載っているのは、きわめて不条理な事態に思えた。
その後、会社の仕事に戻ったわたしは、改めて企画用のシノプシスを二本書き、ヤングパレスに送った。案の定、返信はなかった。
11 愛情の行方
数ヶ月が経った。蝉の鳴き声が求婚の歌から断末魔の叫びに変わり、それもほぼ消えかけたころ、チェリームーンから電話がかかってきた。
何事かと思えば、『チャンスも経験もいらない』の監督である灰原無明が、わたしに会いたがっている、という。
――会ってみませんか、わたしも付き添います。
――おれに会ってどうしたいんだろう。
――それはわかりません。
映画は完成したのか、と訊けば撮影は七月いっぱいですべて終了、しかしポストプロダクションで作業が中断しているらしい、という。「らしい」というのはチェリームーンもすでにシルバー・フィルムズを辞めてしまったからだ。なにかトラブルが起こっているのだろう。事情を知りたかったので、灰原との面会を承諾した。
金曜日の夕方、新宿紀伊國屋書店の前で待ち合わせた。現れたチェリームーンは予想外の出立ちをしていた。少し伸びた髪は金髪ではなく。漆黒になっていた。焦茶色のベレー帽をかぶり、薄い水色のサングラスをかけ、唇は苺のように赤かった。赤黒チェックのミニワンピースから突き出した足は網タイツに包まれ、かつてのニット帽に野暮ったいセーター姿を完全に上書きしている。
「これから、お店にご出勤ですか?」
「そのジョーク、褒め言葉として受け取っておきますね」服装は変わっても、少年のような声は変わらない。「監督はちっとも変わりませんね」
「男は五ヶ月かそこらじゃ成長のしようがなくてね」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、って言うじゃないですか」
「古い言葉を知ってるね。でもそれ、元ネタは『三国志演義』の呂蒙の台詞だ。呂蒙が男だからそう言っただけで、意味に性別の違いはないんだ。対象は人間全般なんだよ」
「監督のそういう蘊蓄、なつかしいな」
「もう監督じゃないから、そう呼ばなくていいよ」
「そうですね、灰原監督もいますし……。じゃ、スローリィでいいですか」
ヤングパレスが付けた呼び名は、こうして継承されたのだった。チェリームーンは現在、小さな編集プロダクションでアニメの雑誌やムックなどの制作を手伝っているという。シルバー・フィルムズを辞めたのは、『チャンスも経験もいらない』の撮影が終わった七月の末。歩きながら、映画制作の顛末を聞いた。
「あの映画、結局仙台ロケは中止になりました。あてにしていた地元企業の協賛が得られなかったそうです。なので、全編都内近郊ロケ。期間は三週間ぐらいだったかなぁ。ミルクジャガーを探しに行く森なんて、奥多摩のキャンプ場ですよ」
「奥多摩かぁ」わたしは天を仰ぐ。「せめて相模湖には行ってほしかった」
「それに、五月で撮影が終わった『エレガント』が、結局予算をオーバーしちゃいましてね。完成はしたんですが、まぁ、誰がお金払って観るんだこれ、というかなり厳しい出来栄えでした。ぜんぜんエレガントに見えなくって、どちらかといえばエレファントって感じの作品で。スローリィが予言した通りの結果になりましたよ。試写を観た銀鷲社の会長はもうカンカンで。再編集のために社長が追加予算を申請したら、プロデューサーを外されちゃったんですって。完全に銀鷲社の信用を失いました。この会社はもう長くないな、とわかったので離れたんです」
「ヤングパレスは今、どうしてるんだろう」
「それは灰原さんが説明してくれるんじゃないですか」
などと気分が暗くなる会話をしているうちに、約束の中華料理屋に到着した。
「おう、来たか月子。こっちだ」
店の奥のテーブルで、肉付きのいい体をした、ゴルフ帰りの管理職のような色黒の男が手をあげる。それが灰原無明だった。すでにピータンをつまみに紹興酒を飲んでいる。
映画監督よりも土建屋の監督が似合いそうな人だな、と思っていると、じつは廃棄物処理企業の経営者でもあり、そちらの稼ぎを映画制作に注ぎ込んでいるのだと語った。収入先を確保した上で活動する堅実な芸術家か、稼ぎを蕩尽する道楽社長か、その風貌からは判断が下し難い。
顔馴染みらしい店員に次々料理を注文した灰原は、わたしたちのグラスにも紹興酒を注ぐと、乾杯の挨拶もそこそこに、若宮から暴行で告訴されそうなんだ、と語り出した。
「いや、あいつがあんまりふざけたプロデューサーなもんだから、許せなくなってさぁ。そもそも、日本の映画界が腐りきってる原因って、こういう無責任なオッさんたちが若い奴らをだまくらかして、タダ働きさせるところから始まってるとかねがね思ってたんだ。映画界の搾取の構造を破壊するには、まず身近のダニをつぶすところから始めなきゃいかん。野呂さん、知ってるかい? 若宮は『チャンスも経験もいらない』の映画化権を、八月中に作品を完成させる契約で銀鷲社から得てたんだ。製作した場合は二千万だかの出資をしてもらう約束もセットでね。つまり、作らなけりゃ、ゼロになる。若宮は銀鷲社の看板であちこちから金を集め、八千万の予算を組んだ。これをシーサーペントに実費六千万で作らせて、銀鷲社が送ってくる二千万はまるまる会社の利益にする計算でいたわけよ。たまげたことに、シーサーペントの船島はこれを四千五百万で作って千五百万吸い取る気でいたんだぜ。呆れるほどビンボったらしい話だろ。さらにだね、若宮が抱えていた『エレガント』とかいう映画が赤字になりそうだからって、こっちの実費を五千万まで下げようとしたんだな。それじゃ話が違う、と船島と揉め始めた。撮影の直前になってだぜ。船島だって、金を抜くことしか考えてないから、内容的にはやる気ゼロ。結局、四千万で作ろうとスケジュールを直し始めた。あの船島って男もさぁ、じつはシーサーペント興す前にいた会社の頃から、ギャラの踏み倒しで有名なチンピラなのよ。そんな製作費泥棒と不払い野郎が手を組んだ現場がまともに機能するわけないやね。『チャンスも経験もいらない』って企画は、若宮から『今、若い監督と進めてる映画のホン直しが、どうも停滞しちゃって』と相談されてね。パッと原作読んで、撮りやすい台本に全部書き直してやったわけ。四日で書けたな。まぁ、その辺おれはプロだから。そしたら『素晴らしい、監督もやってくれ』って、すがりついてきた。このオッさん、大丈夫かな、とは思ったけど、困ってる人を放っておけないのがおれの性分でね。でも、そんな現場だからロケハンもきちんとつめきれなくてさ。インしてから当日の午前中に大急ぎでロケハンして午後から撮るとか、ロケハンなしのグーグルストリートビュー見ただけで撮るとか、テレビの再現ドラマ並みの綱渡りなスケジュールでイライラさせられたよ。こんな現場、自主映画でもVシネでもなかったからな。それから上桃って主役の子がまた芝居できなくてさぁ。もう、撮影初日で若宮にはっきり言ったよ。あの子を変えてくれって。でも若宮がそれはできないって言うんだ。一文字の事務所の世話で見つけた子だから、関係を壊したくないって。もうね、阿呆かと。莫迦かと。そもそもちゃんとオーディションしたのかよって訊いたら、若宮が鼻をふくらませて『三十人以上の女の子を面接しました』だって。腰が抜けそうになったよね。おれはVシネのヒロインオーディションだって二百人に会ってるっての。万事この調子なんだよ。真面目にやってない。どうにか撮影を終えて、編集に入ったら『スタジオのレンタル代が限られてるから、何日までにオールラッシュあげろ』だとか、『音楽費がないからシンセ一本で安く作れる作曲家を見つけろ』だとか、『宣伝費がかけられないから、ポスターは原作の装丁の再利用で行こう』とか、まぁ人のやる気を削ぐようなことしか言いやがらねぇ。それでおれへの脚本監督料はいくらかって訊いたら、百万円だっていうんだ。いやいやいや、八千万予算の映画でなんでそうなるんだよって。おれは自主制作の時はもちろんノーギャラだけど、雇われ仕事の時はその辺、きっちりさせるんだ。せめて五パーセントの四百万は払え、と言ったらできない、と。頭に来たから予算表の内訳を見せろ、と言ったけど見せやがらない。船島を脅してやっと確認したら、なんだ、若宮の会社がはなからずいぶん抜いてるじゃねぇか。それで銀鷲社に、『若宮ってプロデューサーは、お宅の原作でデタラメな現場組みながら、預かった金をちょろまかしてますよ、いいんですか?』とメールを送ってやった。若宮は自分で予算管理をやった『エレガント』でも失敗してるから、すぐ問題になった。ほかにもいろいろトラブル抱えてたんだろうね。たぶん、来年のうちにシルバー・フィルムズは閉鎖になるよ。それで若宮の野郎がまたヒステリックになってねぇ。いきなり、『もう予算が尽きました』と言っておれたちのダビングを差し止めやがった。編集終えてピクチャーロックしたのに、音付けと音楽入れの前にストップだよ。じゃ、この映画どうすんのよ、って話じゃん。銀鷲社の映画部にも相談したよ。そしたら、若宮みたいな無能が服を着た男に会社ひとつまかせていたことを隠蔽したいんだろうな、『これ、すべてなかったことにできないか』なんて言い出した。お蔵入りにして、若宮の仕事ごと抹消しろってことよ。なんだよそれ。すべては若宮の責任じゃねぇか。許せねぇ、と思ったから若宮が事務所に戻ってきたところを説教してやろうと張り込んだのね。そしたらあいつ、おれの顔を見るなり逃げ出しやがった。こっちも追いかけたよ。でも天罰てきめん、あいつは神社の石段を転げ落ちて足を折った。救急車を呼んでやったのはおれだよ。言ってみりゃ命の恩人のはずだ。なのに若宮の野郎、病院でおれを傷害で訴えるって騒ぎ出したの。おれが背中を押したから石段を落ちたと思いこんでるんだ。いよいよ被害妄想でどうかしちまったのかもな。言っとくけど、おれは現場で助監督や俳優に暴力を振るったことは一度もない。手を出すのは、その場でいちばん権力を持ってるやつに向けてのみ、と決めてるんだ。若宮にもそういう話をしたから、自分が殴られたと勝手に思い込んだんじゃないかね。あいつに殴る価値なんてないのにな。まぁ、裁判するなら望むところだよ。自慢じゃないが、おれは経営者で法律にも強いからね。あいつのデタラメプロデューサー稼業を白日の下にさらしてやりますよ」
といった調子でえんえんとまくし立てた灰原だったが、わたしをここに呼び出したのは、『チャンスも経験もいらない』には、どんな条件で参加していたのか、ヤングパレスとの付き合いの中で、彼の不誠実を実感したエピソードはないか、という情報収集のためだった。そして、裁判が始まったら、こちら側の証言者になってほしい、と言い出した。つまり、証人の「抱き込み」を狙っての接触だ。
知っていることはおおよそ話したものの、わたし個人の印象では、ヤングパレスが姑息な金計算をしながら『恋するヒットマン』の企画開発や『チャンスも経験もいらない』の脚本改稿を進めていたようには思えない、と灰原に語った。それなら、もっとスピーディーに製作を進めただろうし、わたしを原作者の丑寅ミサキに会わせようなどとも考えなかったはずだ。
「野呂さん、そりゃ甘いよ」灰原はせせら笑った。「確かに若宮は単純な男だったし、熱心な男ではあった。だから余計に罪深いんだ。ああいう無能なプロデューサーが、『きっといつか、ウチであなたの監督作品を製作しますよ』なんて甘言を弄していれば、若手の監督や脚本家をタダで働かせられる、という構造じたいが立派な詐欺行為なんだよ。いくら熱心だからって、若宮なんて銀鷲社の看板に寄生してるダニじゃねぇか。あいつは自分がクリエーターから搾取してる自覚なんてまったくなくて、新人にトレーニングの機会を与えてやったつもりでいたんだぜ。だからやらせた仕事が実現しなくても、なーんとも思ってない。今の時代、鈍感は犯罪だよ。とにかく、製作費のちょろまかしが明るみに出た以上、若宮にはきちんと失脚してもらわんとな。そう思っていたところ、実際に足を折りやがった。自業自得さ」
酔いが回った灰原は、その後は他の映画人を片端からこき下ろし、駆け出しの助監督だった頃に出会った今は亡き名優たちの思い出を涙ながらに語った。さらに場所をカラオケボックスに移すと、萩原健一や沢田研二など七十年代歌謡を熱唱した。チェリームーンも欧陽菲菲や山口百恵を器用に歌った。しかたなく、わたしもドアーズやザ・フーを歌った。
翌朝、泥酔した灰原をマンションに送り届けたわたしとチェリームーンは、まだ薄暗い新宿の街を駅に向かって歩いた。数羽のカラスが、道に落ちたハンバーガーをホッケーさながらにつつき合うそばを歩きながら、チェリームーンがつぶやく。
「社長は灰原さんのこと、アッシュと呼んでましたね」
「たぶんそうだと思った」
「灰原さんはああ言ったけど、あの人も半年前までは社長とべったりだったんですよ。本当に仲のいい相談相手でした」
「ヤングパレスと? そうなんだ」
「お金に困ってるのは灰原さんも同じです。あの人、結婚と離婚を繰り返していて、慰謝料や養育費の支払いに追われてるんです。それで、社長は出世払いの約束で何度もお金を貸していました。社長、自分を好いてくれる人には弱かったから……。本当なら、『チャンスも経験もいらない』のギャラなんて、去年までに貸した分で支払い済みにして充分なはずです。それなのに、灰原さんから追加のギャラを強く要求されたものだから、社長は親友に裏切られた気持ちになったんでしょうね」
「そりゃ撮影前にきちんと契約書を交わさない方が悪いよ」
ヤングパレスが契約書を作るのを渋ったのは、簡単に首を切れなくなるからに決まっている。しかしギャラの額を明確にせぬまま、思いつきで仕事を依頼していれば、いつかはこういうことになるはずだ。
「わたし、灰原さんが撮ったラッシュ、少し見せてもらいましたよ」
「どうだった?」
「なんだか不思議な気持ちでした。だって、わたしとスローリィがイメージしていたものにそっくりなお話が展開し、主役に想定してた人たちが映っているのに、全体としてはぜんぜん思っていた作品に似てないんです。なんだか自分の子供を養子に出したら別人に育てられちゃったみたいで……」
「まぁ、そういう気持ちは原作者がいちばん強く感じるんだろうけどね」
「でも、灰原さんはあれ以上の監督にはなれないでしょうね。そこははっきりしました。ああも蘭子ちゃんの魅力を引き出せないんじゃ、底が見えたと思います」
こうした辛辣な寸評を、会議の席や本人の前では決して口に出さないのがチェリームーンだった。仕事の席では観察に徹し、心を許せる者の前でのみ本音を吐く。彼女のSNSアカウントは知らないが、きっとこの種の毒舌が並んでいることだろう。私的な聞き役に選ばれたのは光栄だが、わたしについても別の場所ではきびしく裁断されているのかと思うと、いっしょに笑ってはいられない。
「チェリームーンから見て、おれは何が足らなかったと思う?」
こちらから先に訊ねてみた。チェリームーンが立ち止まり、サングラスを外してわたしを見る。
「スローリィは社長をもっと愛し抜くべきだったんですよ」
突然「愛」などという言葉をぶつけられて驚いたが、チェリームーンの瞳には、抗議の色が浮かんでいる。わたしたちの考えていた『チャンスも経験もいらない』が死産に終わった責任について、ずっと言いたかったひと言にちがいない。おれだってヤングパレスと仕事をする上で、ひたすら自我をすりつぶし、二年近い時間を蕩尽したんだ、あげくにそう批判されるのは酷じゃないか、と言い返そうとした。が、わたしの唇は動かない。チェリームーンの顔が、わたしが撮ろうとしていたレイコの顔、ついに撮られることのなかったヒロインの顔そのものに見えたからだ。彼女は独り言でもおかしくないくらいの低い声で続けた。
「スローリィを監督に抜擢したのは、『恋するヒットマン』の企画開発を、何度コンセプトを変更しても、黙ってついてきてくれたからなんですって。あれは社長のお試し行動だったんです」
「だと思ったよ。だから必死に食らいついた」
「社長は本当にスローリィを高く評価していました。でも、スローリィは『チャンスも経験もいらない』では、最初から最後まで社長を警戒していましたね」
「あの原作は、ヤングパレスに出会う前から狙ってたんだよ。おれは自分が理想とするレイコをスクリーンの中に映し出したかった。その思いが彼に通じなかったのは残念だ」
「つまり、社長よりレイコを取ったんですね」
その結果、わたしのレイコはこの世に生まれなかった。わたしはもっとヤングパレスに心酔し、依存し、心中する勢いでのめり込むべきだったのだろうか。確かに、あの甘ったれたお坊ちゃんとなにかを成すには、まず自分が「味方」であることを徹底的に教え込まなければいけなかった。わたしが彼をもっと巧みにたらしこみ、ありがた迷惑な献身精神を引き出し続けていれば、どれほどのまわり道をしたところで監督を解任されることはなかったろう。実際、灰原はヤングパレスから信頼されることで生活資金をしぼり取ることに成功していたのだし、最終的に『チャンスも経験もいらない』の監督の座を棚ボタ式に手に入れてもいる。チェリームーンから見たわたしは、自らの狷介さによって星を掴み損ねたドジな男でしかないのだろう。
新宿駅に着いた。チェリームーンに、まだ脚本は書いてるのか、と訊ねると、彼女は首を横に振る。
「劇団も辞めました」
完全に業界から見切りをつけてしまったらしい。才能あるんだから、書くのは続けたほうがいいよ、とはげましたが、チェリームーンは無表情では失礼だからと、とりあえず浮かべた微笑のまま答えない。わたしが監督した『チャンスも経験もいらない』で脚本家デビューできていたなら、彼女のライターとしての運命も大きく変わったにちがいない。
小田急線の改札に向かうチェリームーンが、こちらに振り返る。
「わたしたち、乗車券だけはもらえましたね」
「乗車券?」
「でも、山手線に乗って同じところをぐるぐる回るのは性に合わないんです。それならキセルでもしながら、どこか気ままに旅した方がいいなって思っちゃう」
「旅って、どこへ」
「旅先でばったり会えたりするといいですね」
わたしの反応を待つことなく、チェリームーンは軽く手を振ると、改札の向こうに消えていった。
その後、灰原から連絡は来なかった。おそらく、ヤングパレスからの告訴は避けられたのだろう。どういう話し合いがまとまったのか知らないが、翌年になって『チャンスも経験もいらない』の仕上げ作業は再開されたようだ。三月初めには、完成を告げる試写状が届いた。行く気にはなれなかった。この作品とは、劇場で観客と共に対峙するべきだ。なぜかそう決めていた。
劇場公開はさらに八ヶ月も先だった。その間に、大きな震災があり、原発事故があり、首相が交代した。そんな混乱期に『チャンスも経験もいらない』は封切られた。ろくに宣伝もされず、客が来なさすぎたせいだろう、二週目には早朝の上映回に押し込まれていた。わたしが観た回が観客四人だったことは、すでに述べた。
気がつけば、三五歳を過ぎていた。
12 メフィストの誘い
映画『チャンスも経験もいらない』は、大量に製作される若年層向け娯楽映画のひとつとして、標準的な末路をたどった。つまり、大きな収益をあげることも、批評家から絶賛されることもなく、ただ忘れられたのだ。少数のファンによってインターネットで熱狂的に語られる、ということももちろんなかった。その結果、銀鷲社は丑寅ミサキを大々的に売り出すことはせず、『チャンスも経験もいらない』も数年後にはいったん絶版となった。しかし、そんな不運をものともせず、丑寅ミサキはめきめきと腕を上げていった。若者の不安や暗い鬱屈を露悪的に描く作風を脱し、「せつなさ」が売りの恋愛小説や架空世界を舞台とするファンタジー、暗い暴力に満ちた警察小説まで手がける、大人のエンターテインメント作家へと成長した。小説だけではない。『チャンスも経験もいらない』の公開から十数年経った今年、丑寅ミサキは自らのオリジナル脚本による劇場映画の監督にも乗り出した。作家として売れっ子になった後も、こつこつと自主映画活動を続けていたのだ。監督デビュー作は、ある劇団を舞台とした喜劇的なサスペンス映画だった。劇場で観たが、ところどころでヴィトルド・バチンスキ作品の引用が隠し味に効いた、悪くない出来だった。あの退屈な『夢みる街の物語』とは比較にならないどころか、『チャンスも経験もいらない』の映画化作品よりもはるかに面白い。これなら監督としても前途洋々だろう。映画が終わって帰り支度をしていたわたしは、エンドロールのプロデューサー欄に思わぬ名前を見つけた。
桜庭月子。
チェリームーンがなぜ丑寅ミサキの新作映画に関連しているのか。帰宅中の電車内で、作品の公式ホームページや監督のインタビュー記事をあわてて検索し、片端から読みふけった。そして、丑寅ミサキがチェリームーンと結婚していることを知った。それどころか、今やチェリームーンは丑寅ミサキの個人事務所の代表であり、二人の間には八歳になる男の子がいて、丑寅の初監督作に重要な役どころで出演していたのだ。二人の馴れ初めはあの自主映画『夢みる街の物語』の感想を、チェリームーンがメールで送ってきたことだという。インタヴューで「出会って以来、小説も脚本も、最初の読者はいつも妻です」などとさわやかに語る丑寅ミサキは、文豪メイドカフェで出会った陰気な青年とは別人だった。彼が急速に作家として飛躍した陰には、妻という強力な推進剤があったことはまちがいない。チェリームーンは誇るに値しない脚本家デビューに腐ることなく、もうひとつのチャンスを大切に育てあげたのだ。
その数日後。ヴィトルド・バチンスキ監督が二五年ぶりに映画製作に復帰した、というニュースが流れた。しかも、新作はドストエフスキー原作の『悪霊』だという。ハリウッドで失踪したかに思えたバチンスキだが、企画を抱え、深く静かに潜航していた。
記事の中には、「ヒロイン役を勝ち取ったのは日本人俳優の上桃蘭子」という一文があった。『チャンスも経験もいらない』に主演した、あの蘭子だ。映画初出演にして初主演という幸運を掴んだにもかかわらず、『チャンスも経験もいらない』はまったく蘭子の魅力をとらえ損ねていた。その後の蘭子は特撮番組のレギュラーに抜擢されて知名度を上げたものの、企画には恵まれなかった。傍役女優の一人として埋もれてしまうかに見えた二十代半ばで、ニューヨークに留学したという記事を見かけた記憶がある。そのまま勉強を続け、バチンスキ作品のオーディションを受けたようだ。『悪霊』のヒロインということはリーザ役かと思ったが、記事を読むとニコライ・スタヴローギン役らしい。実質的な主役ではないか。記事には三十代になったドレス姿の蘭子がカメラ目線でにらみをくれた写真が載っている。その姿は、レイコ役のオーディションの日、わたしに見せたレオノール・フィニの自画像にいっそう近づいていた。わたしが思い描くレイコを演じてもらうことは幻に終わったが、バチンスキが思い描くスタヴローギンを蘭子は完璧に演じきることだろう。そうなれば灰原無明に改めてわたしの目の高さを自慢することもできる。ただし、灰原は『チャンスも経験もいらない』の公開から七年後、心不全で急逝していた。同じころ、制作会社シーサーペントも倒産している。
かつてレイコを演じた俳優がバチンスキ作品に主演する。このニュースを丑寅ミサキはどう受け止めただろう。そして、妻となったチェリームーンは。丑寅ミサキは蘭子に次回作の出演を依頼するだろうか。バチンスキが新作を完成させて来日すれば、丑寅は宣伝用の対談相手を務めるかもしれない。『チャンスも経験もいらない』をきっかけに縁が生じた人びとが、少しずつ枝を伸ばし、からみあい、より大きな実をつける。まったく理想的な進展だが、その中にわたしはいない。
そう、わたしだけ何も変わっていなかった。結婚も海外進出も死ぬこともなく、今も映像業界の隅っこで働いている。『チャンスも経験もいらない』の記憶を払拭すべく、新たにいくつもの企画や脚本を手がけたが、ものにならなかった。どうもわたしにはミダス王に似た能力が備わっているらしく、立ち上げるプロジェクトをことごとく萎れさせてしまうのだ。ヤングパレスの自滅も、わたしなぞに目をかけたのがそもそもの不運の始まりだった気さえする。最近の仕事はもっぱらユーチューバーの配信動画の製作で、タレントやインフルエンサーを相手に一瞬で忘れ去られる映像を連日撮りまくっている。唯一の変化は世田谷のアパートから武蔵野市の小さなマンションに引越したことだけだが、本や雑誌やブルーレイディスクの城壁に囲まれながら暮らす点ではさほど変わりはない。『チャンスも経験もいらない』に参加した経験はわたしの環境に何の変化ももたらさず、羽化に失敗したセミのような状態のまま、夢だけを食んでいた。
ヤングパレスはその後、どうしているのだろう。数年に一度、思い出しては「若宮京次」の名をインターネットで検索してみるのだが、『チャンスも経験もいらない』公開後の活動はまるでひっかかってこなかった。風の噂に、京都の専門学校で講師をやっているのを見たとか、名前を変えて映画の予告編製作の会社を興したらしいとか、じつは業界の大物の隠し子で、今では父親の秘書をしているようだ、といった話を聞かないでもなかったが、事実か否か確かめる術がなかった。
ところが先日、Facebookを開いたところ、新たな友達リクエストが届いていた。送り主の名は「若宮京次」。地獄からの挨拶状だ。すかさず送り主のアカウントを開くと、自己紹介の情報からしてまちがいなくヤングパレスと確認できた。しかし、投稿は何もない。公開範囲を友達限定に絞っているようだ。驚いたことに彼の「友達」の数は三千人を越えていた。沈黙していた十数年の間にも、なにか業界人らしい活動をしていたのだろうか。それにしても、なぜ今になって大昔にクビにした監督にぬけぬけと声をかけてきたのだろう。それとも、知人の名を見つけたら反射的に友達リクエストを送っているだけで、特になにも考えていないのか。
わたしはもう、無能なプロデューサーのために喜んで無償奉仕を買って出るような篤志家ではない。この友達リクエストは見なかったことにして、そっとブロックするのが正解だ。頭ではそう理解しているのに、わたしの指はなぜか「承諾」のボタンを押している。薬莢を拾うため、地雷地帯にあえて足を踏み入れるスラムの人々のように、わたしは彼の情報に飢えていた。
ヤングパレスを友達に登録し、改めて彼のアカウントを開く。投稿が見えるようになったが、数は少なかった。それでも年に二、三度ほど、どこかの店で食事をしただの、どこかの地方都市へ行っただのという、どうでもいい報告が載っていた。掲載された写真の中には、ヤングパレスの自撮り写真もあった。十数年ぶりに見たその姿は、白髪が増え、頬がこけ、肌が黒ずんだ初老の男。停止した時間の中で一人朽ち果ててゆく彼の姿に痛ましさを覚えた。彼が今のわたしを見れば、似たような感想を抱くのかもしれないが。
唯一、プロデューサーらしい仕事としては五年前に湘南を舞台にした、実在のサーファーが主人公の映画を製作するための、クラウドファウンディングを開始したという告知が載っていた。が、告知に載ったサイトを開いてみると、八百万円の目標金額に対し、集まった額が十五万円にも満たず目標不達成で終わっていた。三千人以上の「友達」を持ちながら、出資の誘いに応じたのは二四人しかいなかったようだ。
確認を終え、Facebookを閉じようとしたところでメッセージが届いた。ヤングパレスからだ。かすかに浮かんでいた感傷的な気分が消しゴムでかき消され、赤色の警戒信号が頭蓋の内に鳴り響く。とっくに遠ざかっていったはずの希望が、なまなましい絶望となって帰ってきた。それなのに、思い浮かぶのは「スローリィは社長をもっと愛し抜くべきだったんですよ」と抗議するチェリームーンの黒い瞳。わたしは人魚の歌声に誘われた船乗りとなって、そのメッセージを開封してしまう。
御無沙汰しております。
ヤングパレスこと若宮京次です。元気にしていますか?
ぼくは今、アマゾンプライムで配信ドラマの企画を進めているところです。
昔、スローリィはぼくのところにシノプシスを二つ、送ってくれたよね。
あの企画、スローリィさえよければ使わせてもらえないかな。
できることなら、君に企画書のリライトをお願いしたいと思っています。
もし企画が通ったら、もちろんスローリィを脚本家として迎えたいし、監督の一人としても推薦したいと考えてますよ。
問題なければ、さっそく打ち合わせを行いたいと思っているのだけど、来週、空いている日はあるかな? 御検討よろしくお願いします。
P.S.
先日、誘われて信州に松茸狩りに行ったよ。
その時、森の中で真っ白なふわふわした動物が横切るのを見たんだ。
あれは間違いなくミルクジャガーだった! いよいよ運が向いてきたのかなぁ。
君はまだミルクジャガーを探しているかい?
Young palace
2026年10月12日 発行 初版
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東京都在住。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、さまざまな映像制作の現場に参加。当時の経験を踏まえて本書を執筆。
影響を受けた作家はフランツ・カフカとパトリシア・ハイスミス。影響を受けた漫画家は東海林さだおと永野のりこ。影響を受けたバンドはピンク・フロイドとリターン・トゥ・フォーエヴァー。
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