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まじめな建築の話と麦という猫の話とそしてなんとあの...

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ケンチクノ BCCK 1

松崎 宏二

matsuzaki出版

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 目 次

■2009年2月19日~3月14日
  序文~言葉。そして自然
 (建築にまつわるエッセイと52の言葉など)

■2009年3月19日~5月12日
  民家は、きのこ、である。~日本の木材を使う
 (現場日記と木造建築に関するエッセイなど)

■2009年5月15日~5月23日
  麦という名の家族~麦の仕事3
 (我家の猫の話など)

■2009年6月4日~6月12日
  縁側~煙出し
 (日本の伝統的な木造建築の話)

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序文

 建築という仕事は実に楽しい仕事なのだ。ほとんど、仕事ということを忘れてしまうくらい楽しい。

 それはたぶん夢を実現する作業だからだと思うのだ。

 夢を実現するのなら文学や映画やその他の芸術でも可能ではある。しかしそれらの作品は建築ほど具体的な実体を持たない。現実の仮の似姿のようなものだと思う。

 オートクチュールの服や焼き物の食器や工芸的な家具などのほうが、建築に近いのかもしれないと思う。

 長いこと設計という立場で建築をつくりあげる現場に関わってきて、いろいろなことを学ばせてもらった。

 数多くのつくり手、職人と呼ばれる人々や、タイルや石や金物などの材料をつくる人々や、それらをまとめる工務店や、それと、なによりも、理解ある多くの建主の熱意によって、多くの建築がつくられてきた。

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 もちろん偉大な先達の建築や、その設計図やスケッチや、多くのエッセイやインタビューや著作物からも学ぶことはできるが、現場での体験は、そういう知識からは得ることができないとても貴重なものである。

 仕事の中で多くの尊敬すべき人々と出会い、数多くの示唆をもらったが、結局、建築は形あるただの「もの」にすぎないのだというように感じられるようになった。

 そういうわけで、どうやってつくるか、ということを考えるのが設計の仕事だと、今は考えているのだ。

 建築という仕事をはっきりと意識したのは1983年のことだった。バックミンスター・フラーという偉大なる巨人が世を去った、という科学雑誌の記事を目にした。なんとなく、何かをつくる人間になりたいなと思った。

 フラードームで有名な構造家として知られているが、実際は地球の未来を真剣に考える科学者であり思想家であり、教育者であったのだと思う。

 彼は建築家という存在を情緒的で古めかしい非科学的な愚かな存在と考えているようだった。残念ながら世の中にはポストモダンと呼ばれる引用主義的な建築が全盛であったこともあって、フラーの言う通りでもあった。

 そんな反動からなのか、時は「ハイテックスタイル」や「デコン」など現代科学や現代思想の概念をそのまま建築に応用する手法が流行の兆しを見せ始めてもいた。

 これから建築を学ぼうと漠然と考えていた自分には、このポストモダンやハイテクはひとつのファッションとしか思えず、逆に建築を真摯に考える動機にもなった。

 そんなわけで、つねに興味は原始的なものや、土着的なものや、伝統的なものに向かった。いわゆる現代建築にはあまり期待をしていなかったのである。

 こんな感覚は、現代建築の寿命があまりにも短いせいではなかっただろうか。まじめに考える対象ではない、というように思えたのである。そうであればできるだけ軽く、簡単に、のほうがよっぽどいいくらいだ。

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「枕草子」的な。

 日本文学の中で、なにか好きなものを選べと言われたら、あまり評判のよくない「枕草子」がどうしても一番に思い浮かんでしまう。春はあけぼの。

 我が国は(少し大げさだけれども)武家の台頭以降、いわゆる男性的なものが支配してきた。もちろんいまや男性的などという言葉は風前の灯火のようでもあるが。

 そんな文化基盤のなかでは「枕草子」の評価はどこか女々しいものとして軽んじられてきたのだと思う。

 女々しい、という言葉自体のネガティブな響きこそが男性的文化の象徴だったとも言える。

 皮肉なことに千年前の現実がまるで昨日のことのようによみがえる文章のリアリティは、その女々しさゆえに書き残されえたものだとしか思えないのだ。

 そこに見えるようにありありと描かれる景色や人々の有様が、千年の時がほんの束の間だということを教えてくれる。すべては、おかし、わろし、だけでいいのだ。

「摩天楼の反対物であり、ピラミッドの反対物であり、固定化し、化石化した芸術作品の反対物であり、つまり生命そのもののように自由で、はかなく、傷つきやすい何ものかを作り出そうというものであった」

 ニキ•ド•サンファールのパートナーとしても有名な、ジャン•ティンゲリーを評して書かれた一文も、まさに男性的なものへのアンチテーゼのように感じられた。








建築の現場、今昔

 建築の仕事をしているので、言ってみればものづくりを飯の種にしている人間の一人だ。

 しかし、実際つくるのは大工さんや職人さんなので、正直、自分の手が何かを生み出すわけではないのだ。

 つくるための図面を書く。どうしたらそれがつくれるのかを考える。あくまでも、つくるのは自分ではない。

 このまだるっこしさは、映画監督とかに近い感じなのかもしれないと思うことがある。

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 ただ、たとえば地獄の黙示録なんかの裏話を読むと、映画の編集というのは相当に即興性の高い作業のようでもある。最後に結末が変わるという話もよく聞く。

 数年前までは建築の現場もそういうところがあった。図面はあるにせよ、少しでもましな「本物」にしようと日夜改良に励む。設計がいい加減というわけではない。

 今は法制度が厳格化して、図面と寸分違わず完成させることだけが求められるようになったので、そういう現場の努力は必要とされなくなったし、出来なくなった。

 設計者にとっては、ますます作っている実感が希薄になってくるのだ。設計と施工が一丸となった現場こそがものづくりを体感できる貴重な時間だったのだけれど。

 もちろん、いい絵コンテあってこそのいい映画なのだから、設計段階で今まで以上に頑張るしかないのだ。

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自由と不自由のあいだ

 映画というのは、構造上「リニア」なものだという宿命を負っている(時間を追うごとに次々とシークエンスが流れていくのを、ただ見るだけ、という意味で)。

 その昔、級友と一緒に素人映画を撮った(その一つは日本一の賞をもらえたほどの渾身の作でもあった)のだが、頭の中のことは全く映像化できないことも知った。

 その時はいくつものストーリーがパラレルに展開することで、なんとかそのリニアな構造の不自由さから逃れようとしたのだが、結局リニアなものはリニアなのだ。

 しかしその数年後、今度は建築を構想するのに、逆に映画のリニアな構造の暗喩として、チェーンのように、リニアに連続する建築群というものを考えたりもした。

 不自由だとなんとか自由になりたいと思い、あまりに自由だと、わざわざ不自由な制約をひねくり出す。

 創造性は全くの白紙状態から生まれるものではなく、障害があってはじめて芽生えるものなのかもしれない。

 敷地があって、法律があって、力学があって、予算があって、工期があって、とちょっと考えただけでも制約だらけの建築だが、これがかえって創造力の源となる。

 どうつくるかの答えは無限の選択肢の無限の組合わせの中にある。建築はクライアントの財産でもあり社会の財産でもあるから、恣意的に選ぶような無責任なことはできない。これしかないという確信が必要なのである。

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いま、いったい何がつくれるのだろうか?

 知らず知らず、自分に課する制約はどんどん蓄積されていく。もちろん、建築をデザインする仕事においてのそういう作法みたいなものはむしろ財産であるはずだ。

 建築術の知恵というものは、その世界ではかなり固定化したものとして確立していたが、新技術の台頭によりその大半は文字通り前世紀の遺物となってしまった。

 少し前まであたりまえだったことが、今はまるで古臭い職人技のように言われることがしょっちゅうなのだ。

 とうとう建築は手でつくるものではなくなった。

 なにしろコンピューターで原寸図を書く時代になったのだから、アルミ加工工場ででもなければ、そんな精度のものなど、はなからつくれりゃしないのである。

 かくして建築はガラスとアルミだらけになってしまった。そのうちプラスチックだらけになるかもしれない。

 そうやって、軽さと速さと正確性を身につけた建築はモダンアートのように、スノビッシュなオブジェになることはあっても、百年後にはもう消えているのだ。

 アンチモニュメンタルという点では「反男性的」ではあるのだが、はたして清少納言なら、こんな建築をいとおかしと言ってくれるだろうか。

 現代建築は、いい線いってるようで、どこかが間違っているような気がするのは、自分だけじゃないはずだ。

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上棟

 とはいうものの、日常では住宅の現場が進んでいる。

 今や木造住宅の世界ではプレカット工場で木材を加工するのが常識となり、2〜3日もあれば一軒分の材料が揃うようになった。

 ところが自分の現場では大工さんの手で仕口をつくるので、材料の墨付け、刻みだけで一ヶ月をかける。

 一ヶ月かけて、ほぞや継ぎ手をじっくりつくりこんだ材木を、たった一日で組み上げる。ひとつも間違えずに建て方が終了する。驚嘆である。

 木造でありながら陸屋根(フラットルーフ)の設計が続いた。屋上の有効活用というものが、どうしても魅力なのだ。

 今回はさらに巨大なトップライトという、建築の常識では御法度の技の二連発である。これもいい施工ができる大工への信頼があるからこそ、できることではある。

 1m先にとなりの家の窓があるのに、大きな窓を開けるわけにもいかない。もちろん日が差すわけでもない。天窓を極めることが、家づくりには大事な課題なのだ。

 日が当たる庭がなければ、屋上を使うことを考えないわけにはいかない。陸屋根も同じく大事な課題なのだ。

 変わったことをやっているのではない。今の日本では切実な問題を、ただ解決しようとしているだけなのだ。

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木組

 今の建築基準法では、木材の接合は金物の強度に頼り切っている。プレートや釘、ビスが肝心だと言うのだ。

 しかし伝統的な「木組」であれば、一本の部材として認められるのである。仕口や継ぎ手というものは、それほど強固に木材同士を接合することができるのである。

 これほどに洗練された技術を今の日本人は捨て去ろうとしている。悲しいことである。

 森で育った木を切り、大切に加工して何百年と持つ家を建てる。とても美しい話だと思う。

 ドイツの経済学者シューマッハーは次のように書いている。

「大量生産の技術は、もともと暴力的なものであり、生態系を傷つけ、再生不可能な資源を浪費し、人間を無能にする。一方、民衆による生産は、近代の知識と経験のうち最善のものを生かし、脱中心化に寄与し、生態系の法則にのっとり、希少な資源を消費することが少なく、人を機械の奴隷にするかわりに、人に奉仕するように設計されたものである。そのような技術は、伝統的で素朴な技術よりはるかにすぐれており、一方多額の資金を要する高度技術よりは単純で安価で自由であるがゆえ、私はそれを中間技術と名付けた。」

 これぞまさに「中間技術」の見事な例ではないだろうか。ちなみに写真の継ぎ手は左の方から順に「追っかけ継ぎ」「腰掛け鎌継ぎ」「蟻継」。美しいではないか。

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眺めのいい部屋

#001「景色を眺めるための窓は北向きにつけること」

 なぜか最初に思い浮かんだのが建築そのものではなく窓の外の風景のことだった。日本では南向きが好まれるため、いつも目にするのは逆光の暗い眺めなのだ。
 
#002「南側には水を置くこと」

 とは言っても、光を通したり、反射したりするものは逆光のほうがかえって美しく見える。揺れる水面がきらめいて面白い。日本の庭はこのような効果を考えてデザインされているのだと思う。

 建築の写真を撮っていると、雨上がりの夜景の輝きに驚くことが多い。晴れた日を選んで撮影することが多いので、雨の風景は新鮮である。色とりどりの光が濡れた路面に映り込み美しく感じられる。

 景色の中には、なにより人が多ければ多いほどよい。色鮮やかな衣服、楽しげな動きなどあればとても魅力的である。ゆっくり腰を下ろして休んでいる様子もまた楽しい。これもまだ風景の話であるが。

 魅力的な建築には自ずと人がたくさん集まるものだと思う。あたりまえのことではあるけれど。

#003「まず太陽の向きを考えること」

#004「つぎに人が集まる場所を考えること」

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オリエンテーション

#005「北向きの壁は暗めに、南向きの壁は明るめに、北向きの壁は平坦に、南向きの壁は彫深くすること」

 そうすれば日の光を受けたときに、鮮やかな陰影を見せてくれるものである。

 形や色は日の光を受けて見えるものだから方位を考えるのは大切なこと。建築を考えるはじまりは東西南北を考えることなのだ。方位のことをオリエンテーションと言うが、昔、教会を建てるのに東(オリエント)の方角を見定めることから始めた、というのが語源でもある。

#006「目につくのはまず壁。明るさや色合いを感じさせるのも壁。空間を見せることは壁に光を反射させることから始まる」

 よく「リフレクター」という言葉が使われるが、建築を見せるためには、光の当たった壁面をどのように配置するかをまず考える。夏と冬、朝と夕では光線の角度もまったく変わるので、これがなかなか難しい。

#007「曲面の壁は特別な存在感を持つ」

 つねに、必ずそのどこかに光線を受けることができるという性質によって、曲面であれば、ハイライトと陰がつねに対象物を立体的に見せてくれるのである。多角形でも同じことである。

#008「ガラスは明るい建築をつくる。ところがガラスそのものは、実際には最も暗く見える部分にもなる」

 ガラスの使い方は、光の使い方の中で、最も難しい。

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天気

 ここのところ雨がよく降っていたが、今日はとうとう雪になった。現場は晴れてくれると嬉しいのだけれど。2月にこれほど晴れないのは記録的なことだ。

 躯体に間柱と床板がついた。大きな天窓から1階まで光が降り注ぐ設計だ。今は雨が降り注ぐ。

 前の現場はちょうど真夏にこの状態だったので、暑さと台風が敵だったのだが、今回は寒さと雪だ。春か秋に建て方をすると大工さんも少しは楽だったろう。

 建築中はなにかと仕事が天候に左右されて苦労もするけれど、それだけに季節や時間の移ろいを肌で感じることができ、自然を相手にしている感じが強くする。

 たぶん農作業と同じくらい、毎日天気を気にしながらの生活が始まるのである。

 暑くて死にそうな、あるいは寒くて凍えそうな現場が工事が進むにつれて、屋根が出来、壁が付き、床が貼られとしていくうちに、少しずつ過ごしやすくなる。

 冷房や暖房がなくとも、強い日差しを遮る屋根が出来たとたんに、風を遮る壁が付いたとたんに、驚くほどに涼しく、あるいは暖かくなるのだ。

 今の住宅は神経質なまでに高気密、高断熱を求める。さらに花粉症などもあって、部屋の中に外の風を入れることもほとんどない。夏は風で冷やし、冬は太陽で暖める、そんな考え方が大事なのではないかと強く思う。

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いの一番

 「最初に」という意味で「いの一番に」と言うことがあるが(若い人には分からないかもしれないけれど)、これも大工さんの言葉の一つだ。

 家の平面図があるとすると、右上隅の柱から始めて、左へ「い、ろ、は、…」下へ「一、二、三、…」と番付をするのだ(関西では違うかもしれない)。

 基準となる右上隅の柱が番付の「い」と「一」の柱で「いの一番」と呼ばれるわけだ。

 下の写真は間柱を入れる梁のほぞ穴を見上げたところである。「マ穴」とはもちろん「まばしらのほぞあな」という印である。すぐメモ書きしてしまうのだ。

 日本の住宅は真壁(しんかべ)と言って、柱が壁よりも出っ張って納まる作りが多かったので、基本的に柱はすべて仕上げの化粧柱である。

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 気軽にメモ書きすると、仕上げだったりして、あとであわてて削ったりしなければならない。あらわし仕上げに慣れていない電気屋さんなどは要注意である。

 前回は真壁どころか、内壁などまったくない家を設計したのだが、現場の落書き(と言っても大事なメモ書きなのではある)をよく紙ヤスリで消し歩いたものだ。

 大工さんは現場でいろいろ難しいことを考える。いろいろと計算をする。どこの家にも、そんなちょっとした走り書きが、見えないところに残っているはずである。

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色の話

#009「白黒は退屈である」

 モダンで洗練されているという建築の多くは、なぜか色がない。モノトーンや無彩色ばかりである。アルマーニみたいなジャパニーズスタイルが定着してしまった。

#010「鮮やかな色を使うこと」

#011「三色以上が同時に目えるように配色すること」

 彩度を下げれば上品ではあるし、アクセントカラーやワンポイントカラーは無難であるが、同時に陳腐なものである。

#012「色は積極的に使うこと」

 しょせん好き嫌いのある話だから、おっかなびっくりやるよりは思い切ってやったほうが魅力的なものになるのではないだろうかと思う。控えめすぎる色使いなら、ない方がましだとさえ思う。陽明門だってありなのだ。

#013「自然素材の色はそのまま生かすこと。木の色、土の色、金物の色。素材の色は変わりやすい。褪せた色をよく知って使うこと」

 朽ちた色が美しいのが自然素材の特徴である。木の黒ずみ、石の苔、鉄の錆等々。銅の緑青などは最たるものだろう。一方、色をいつまでも鮮やかなままに使いたいときはホーローなど無機焼き付け塗装にするほかない。赤みが褪せた塗装はとてもみすぼらしいものである。

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目地のこと

 目立つのは壁であるが、壁で目立つのが目地である。

#014「必要な目地は自然に取ること」

 目地が無いのが最も上等な仕上がりではあるが、割れなど出ては台無しである。

#015「目地の色は濃く、深目地にすること」

 ただし黒では目地がきつくなりすぎるので、濃灰くらいがちょうど良い。反対に壁仕上げと同色にし、まるで目立たなくさせるのも良い方法である。難しいけれど。

 目地は床、天井にもあり、これらを壁とも合わせようとすると大変である。

#016「いかにも目地割りに心を配ることはない。床壁天井、無関係に割るのも良い。無頓着であっても、材料の取り合わせや色形が心地よいほうが勝る」

 杓子定規に割切れているよりも、気づかない程度の自然さが肝要である。また横長に割付けられたのは揺れに従いやすく理に適っている。動きを吸収しやすいことから、目地幅を細めにすることができ、見栄えも良い。

#017「目地は汚れのもとである」

 濃い色であっても汚垂れには十分気を配りたい。最下部ではしっかりと水切りをする。汚れて目地の色がすぐ濃くなることにも気をつけたい。

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床仕上げに関すること

#018「床は黒くすること」

 床の色を明るくすると光の照り返しが眩しい。外部は汚れやすくもあり、床を白くするのはあやまった仕上げ方であると思っている。

 黒御影石の荒らし仕上げなどが最も上等ではあるが、洗出しのコンクリート平板などでも十分見栄えがする。

#019「床を磨き仕上げとするときは全面を磨くこと。部分的に磨くのは滑るもととなり危ない」

 本磨き石に部分的なノンスリップ加工などをすると、かえって危険である。鏡のように磨かれた床の上は用心して歩くものである。これが今は通用しないのだが。

#020「床を石貼りするときは、幅木を高くすること」

 壁を傷つけないように床石を磨くには普通の倍ほどの高さの幅木が必要である。低い幅木が洗練されていると思われがちだが、手入れのことを考えないといけない。

#021「幅木は床と壁の境目をきれいに見せるもの」

 壁の色と同じような白い幅木の方が見栄え良いと思われがちだが、たとえば濃い色のカーペットに明るい色の幅木では、境目がギザギザになって、とても見苦しい。床材料の特質をよく把握して色を選ぶことが大事だ。

 古臭いものにはそれなりの理由があるということ。

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樋の話など

#022「壁に出隅があるのは傷つくもとである。できるだけ出隅をつくらないこと」

 出っ張った壁の角に使っても間違いないのは金物だけであろうが、ガラスモザイクタイルなど丈夫な素材は、出隅のあるほうがかえって質感が感じられて面白い。

#023「壁の出隅、入隅は大きく丸めるのも良い」

 これは#007に通ずるが、丈夫にする方法でもある。
床と壁の入隅を丸めると掃除もしやすい。しかし丸みを付ける仕上は高度な手仕事。継ぎ目を目立たせぬようにすりつけるのはなかなか至難の技である。

#024「雨樋をきれいに納めること」

 壁に不格好に取り付いている様子は本当に幻滅する。
軒天で横引きされているのや、飾り桝などが目立つのも見苦しい。露出していても納まりのいいのは感心する。

#025「天井伏せをよく考えること」

 割り切った廉価な材料ならまだしもアルミなど高価な天井材ではなおさら。使い勝手が一番であるから無闇に隠して使いづらいのや、割付け、寸法、対称などに無理にこだわるのもかえって良くない。ゆえに難しい。

#026「割付けようがない時は、四半敷きにすること」

 四半敷きは45度振った格子状に割付ることである。

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小さな寸法から感じること

#027「部材の寸法というのは小さな要素であるが空間全体の大きな雰囲気に影響するものである」

 パネルの900、方立の100、枠の25など、見慣れた寸法は凡庸に見せる。自由である寸法を慣例に捕われて決めつける必要はない。しかしながら規格の型材をそのまま使うのであれば、経済的でもあり悪くない。

#028「強度の合理性に適った寸法で、かつ必要最小限の構造とすること」
 
 無垢のフラットバーなどがよく好まれて使われるが、だいたいにおいてそれらは構造的に過剰である。実際、それらの重量を知らないのだろうとも思う。材料の強度から考えれば角パイプで十分であるし、見た目にも実は軽やかである。人間の目は質感を感じ取る能力がある。

#029「建築は経済的に作られなければならない。無駄があってはならない」

 しかしながら建築は空間的な豊かさ、面白さを感じさせなければならない。経済的であることは陳腐や凡庸と決して同義ではないと、名もないものから教えられる。

#030「できるだけ経済的な方法によって、できるだけ豊かな空間を創出するために、すべての要素が無駄なく働かなくてはならない」

 バックミンスター・フラーから学んだ最小努力による最大効果という哲学がすべての基本にあるように思う。

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ホテルの風呂場

 本格的な仕事の始まりはとあるホテルの設計だった。忙しい時代にもかかわらずじっくりと取り組めたのだ。

 毎週一回、ホテル側の建設スタッフとの打ち合わせをしながら、設計は2年に及んだ。相手方もホテル建築に関わるのは始めてなので共に学びながらの日々だった。

 かねてからホテルの浴室の不便さを感じていたので、どうして日本の住宅のようにお湯をかけられる洗い場がホテルにはないのか、当事者である彼らに尋ねた。

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 外国人はそういう習慣がない、という以外には特別な理由はなかった。スペースを取らずにバスルームをつくれる、という利点はもちろんあるにはあるのだが。

 自分の疑問はこのホテル計画で解決した。洗い場付きのバスルームをつくったのである。1996年のことだ。

 以来、ここに泊まりにきた外国人の旅行者によって、「ジャパニーズスタイル」の評判が広まり、フォーシーズンやリッツカールトンなどにも採用されるに至った。

 子供のころ、アメリカ人の住宅に泊まらせてもらったとき、浴室に絨毯が敷いてあり驚いたことを思い出す。

 限られた面積の中に客室を気持ちよくレイアウトするのはなかなか難しい。ホテルは儲かる商売ではないからだ。1㎡たりともおろそかにできない中で、バスルームに洗い場をつくるのは無駄かもしれないが、それまで誰もやろうとしなかったこともまた、驚きであったのだ。

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久しぶりの快晴

 やっと晴れた。まだ防水していない現場は昨日の雨をなんとかしのいでくれた。早く水を止めないといけないので、いよいよトップライト工事だ。

 既製品がいろいろとあるのだが、大量生産しているにもかかわらず高価である。できるだけ工業製品には頼りたくないので、手作りのトップライトを設計した。

 とは言っても材料は工業製品に頼らざるを得ないのでまったくの手作りではない。規格寸法のステンレス型材を刻んでつくるのだ。切断や穴あけは手仕事である。

 防水と断熱が必要になってくるので、1枚目のガラスは2分の1勾配にして、平らなガラス面とで空間を作り二重構造にする。暖まった空気を排気したり、床下まで循環させたりする気道もつくって有効に利用する。

 雨仕舞はシールと防水テープに頼るのだが、水が溜る横桟をなくし、漏水の危険性を減らしている。

 縦桟は、受けに3×30×30のアングル、押縁に1.5×18×65の角パイプを使用し、斜め梁に直接ビス止めする。いたってシンプルな構造である。ステンレスは結露するので部屋内に露出させないことが重要な納まりである。

 北側の吹抜に面した壁面は、このトップライトを通した外光によって昼間の間ずっと照らされることになる。
 
 壁に反射した日光が部屋のすみずみまで明るくしてくれるので、壁に窓のない家をつくることができるのだ。
 

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郷普請の日

 今日は村の郷普請(ごうぶしん)だった。春のこの時期に毎年、水田の用水路の泥さらいをするのである。

 この村に移り住んで二度目のことである。自分自身、啓蟄の日に生まれたこともあって、この3月初旬の作業は、春の到来を感じる貴重な行事になった。

 べつに農業をやっているわけではないのだが、農村に家を建てて住む以上、村人と一緒に協力しあって生きていくのはあたりまえのことだと思うようにもなった。

 葬式も親戚のように手伝って、かかりっきりになる。都会生活では考えられないほど濃密な近所付き合いだ。

 人の話をよく聞き、みなが納得するように話し合い、決して争わず、優れて協調的な人間関係に驚かされた。

 これほど優しい感じの人々はそういないと思う程、皆穏やかに話をする。「そうだ、そうだ、そのとおりだ」といつもみなが言っている。尊敬すべきことだと思う。

 「日本書記」によれば、古代、武蔵国造(むさしくにのみやつこ)の笠原直使王(かさはらのあたいおみ)がこのあたりに住み、武蔵の国府となっていたらしい。

 郊外の農村にしては神社や寺が集まっていて、木立も立派である。敷地は明治時代から続く屋敷跡だったこともあって、いい雰囲気だと思ってはいたのだが、地霊=ゲニウスロキ、みたいなものを感じたのかもしれない。そういう土地の力が本当にあるのかもしれないと思う。
 

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窓の話や、建築の多様性と対立性の話

#031「窓は開くから窓。故に嵌め殺しのガラスは窓というよりは壁である」

 叩いても割れないような厚く大きなガラス面は透明であってもむしろ閉鎖的なものである。縦や横の桟や格子でガラスが細かく割られているのが窓らしい。

#032「型ガラスや磨きガラスなどの薄くて柔らかな質感がガラス本来の味である。網入りガラスなどもガラスの存在感があって良い」

 ユーモアのセンスは大事。本当に面白くするのはなかなか難しいことである。ことさら面白くしようとしても見えすいてはかえってつまらない。分からないぐらいにそっと忍ばせたしかけが、何かを感じさせるのである。

#033「誰も気づかない、ほんの少しのありえなさ加減を加えること」

#034「いい空間の良さはあいまいなとらえどころないもの。が、あいまいなだけではいい空間にはならない」

 これはよいと思える絶妙なあいまいさを意図的に再現することができればいいのだけれど。とても難しい。

#035「単純なものはつまらない。複雑なものは面白いが、安易に複雑なものは、またつまらない。単純で豊かなものは、とても面白い」

 ただ多様でさえあればよいというものでもないのだ。

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つまりは「配置する」ということ

 空間の豊かさは材料の上等下等ではなく、技量の上等下等によるところが大きい。

#036「高価な材料を下手に納めたよりも粗末な材料を上手に納めたほうが勝る」

 また空間の豊かさは材料の豊富さよりもむしろ少なさにより醸し出されるもの。技量においても複雑さよりも単純さが尊い。

#037「数少ない素材で最小限の手間をかけたかのように見せるのが最も上等である」

#038「人の仕事の本質は物をあるべき場所に配置するということである」

 つまり適切な配置の法則を見出すことが重要である。善し悪しの尺度となるのはまったく無駄の無い経済性である。一つの欠点があれば何かしら法則に適っていないということである。

#039「解決策というものは常に異なった様相を呈するものである」

 思考の初源のわずかなゆらぎが、自然と構造を生む。一見均質な与条件の中に特殊性を見出すことが最終的な解を決定するのである。最初の一歩が適切であれば適切な解が、不適切であれば不適切な解が得られる。多様性というものはそういった数々の試みのバリエーションとして現れるものなのだと思う。はじめが大事なのだ。

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完璧な海

 昨日は珍しく暖かく晴れた。隣近所の集まりで房総へ行った。ほとんど老人会の、総勢30名のバス旅行だ。

 いちご狩りや花摘みをして漁港でお昼を食べて帰ってくるという企画であったが、そんなのは行き帰りのバスの中で宴会をするための口実のようなものではあった。

 仕事がら民家の形などに興味が湧いてしまい、車窓の景色ばかりついつい眺めてしまう。楽しいのだ。

 養蚕などがあまり行われていなかったため平屋の農家が目立つ。寄せ棟の立派な瓦屋根は茅葺きを葺き直したものだろう。武蔵の風景とはずいぶん違って見える。

 久しぶりに海を見た。打ち寄せては引く白波を眺めているだけで飽きない。海はいつも偉大だ。

 「きれいな空だ、ドン」
 「完璧な空だと思うか?」
 「完璧って何だ」
 「完璧な人格っていうだろ?そういう意味でさ」
 「空はいつだって完璧さ」
 「一秒ごとに変化してるのに完璧だって、
  そう思うか?」
 「ああ、海もそうだ、完璧だ」
 「完璧であるためには、一秒ごとに変化しなくては
  ならない、どうだ、勉強になるだろう」
 (イリュージョン、リチャード・バック/村上龍訳)

 海を見るたび、完璧ということを考えてしまうのだ。

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パティーナということ

#040「良い仕上げは、長持ちするものである。それは時間の経過とともに傷つき、色褪せ、朽ちても見苦しくならないもの。長持ちとはそういうことである」

 パティーナ(patina)という言葉がある。日本語ではずばりの訳が難しいが「寂び」と言えばいいだろうか。いわゆる「エイジング」とはわざわざパティーナな汚しを施す技法のことだが、本物のエイジングには負ける。

#041「汚さないディテールは大事な技術である。材料の性質のみに頼っていると見苦しく汚れるものである。水切りは建築のデザインにおいて最も重要な技術であり疎かにしてはならない」

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#042「しっかり止水をするディテールは基本の技術である。材料の性質のみに頼っていると漏水をする。防水は建築のデザインにおいて最も重要な技術であり疎かにしてはならない」

#043「必要な性能を最小限の材料と手間で実現させるよう考えなければならない。不経済であっては、性能が十分でも満足な技術とは言えない。余分なものがないと結果として見栄えも良くなるものである」

#044「強度、機能、手入れのし易さなどを犠牲にした形は、結果として醜いものである。完成の一瞬は美しくあっても、虚しい美しさである」

 ミニマルデザインなどにこれが多いように思う。よく考えられたミニマルは、そうそうお目にかかれない。

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新しさ、と古さ

#045「良い空間とは、やわらかく、やさしく、落着きと心地良さが十分にありながら退屈ではないもの。それ故に新しいものが常に求められるのである」

 新しいことを考えようとする意志が、すべての始まりのような気がするのだが、本当に新しいことは少ない。

#046「往々にして古いものは好まれる。それは大切にされてきた時間の魅力である。長い年月積み重ねられてきた手入れの重みが感じられるから良いのである。ただ新しさを保てば良いと言うものではない」

 ものの価値は、手入れにかけられた手間、時間、お金などによって加えられた価値のほうが、そもそもの価値よりも勝るのではないだろうか、とも思うのだ。

#047「調和には様々な調和がある。同質化する調和もあれば異質化する調和もある」

 違う音程の二音が心地よいハーモニーを生むように、異なったトーンで調和させるという方法があるように思われる。同じものばっかりがズラリと並ぶのは、むしろ不快である場合が多い。

#048「人間の本性を探求することはデザインのために有益である」

 科学的アプローチはデザインのために必要なことである。しかし、科学理論や哲学理論が示す概念そのものをデザインしようとするのはとても愚かしく見える。

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言葉。そして自然

#049「作り出そうとする建築も空間も、言葉で説明し言葉で表現をすることが出来るもの」

 言葉が正確に伝わらないのと同様に建築や空間の意図も正確には伝わらないことがある。しかし、だからこそ人それぞれに何らかの解釈をされ、理解されるものにもなりうるのである。機能を超えた意味はそこにこそあるのだと思う。

 往々にして言葉に論理的な誤りがあるように、建築や空間にも論理的な誤りが起こりうる。それ故、最低限、論理的には正しいことが必要である。しかしながら矛盾をまったく排除するものではないとも思う。

#050「時として、相矛盾するものから生じる多様性が心地良いことがある。人間の本性がそういうものであるからかもしれない」

#051「生まれ持ったものの特徴を最大限に生かしつつあるがままに素直に見せることが大切である」

 大きいものは大きく、小さいものは小さく。
 高いものは高く、低いものは低く。
 長いものは長く、短いものは短く。
 広いものは広く、狭いものは狭く。
 明るいものは明るく、暗いものは暗く。
 白いものは白く、黒いものは黒く。
 
#052「自然は無理をしないものである。自然に学んで無為に事を成すことこそ大切である」

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民家は、きのこ、である。

 さて、現場は毎日着実に進んでいく。現場が始まるとほとんどの時間を現場で過ごすことになるので、大工のつくり方を見ながら、いろいろ勉強させてもらう。

 およそ創作物の価値は、どれだけつくるのが大変で、どれだけ膨大な手間やエネルギーを費やしたか、という苦労の量に比例するように言われるのが普通だ。

 自分はその正反対の立場でものをつくりたい、と日々考えてはいるのだが、やはり少なからずつくり手に苦労をかけてしまうことは避けられない。

 家づくりの技術は大量生産的であってはならない、と思う反面、何から何まで手でつくるのは、それはそれで苦労が多いのも事実である。

 またケミカルな材料にも頼らざるを得ない。できればスタイロフォームなどを使わずに済ませたいところだが夏冬の冷暖房費を軽減するためには断熱が必要となる。

 日本の伝統的な構法、木造軸組総持ちに、土壁、茅葺というつくり方ほど理想的なものはない。しかしながら現代社会はそれらを経済的にも法的にも排除したのだ。

 結果、本来ならば風景の中心的な要素となるべき住宅の質を失い、地域性や伝統を失い、文化的価値を失い、
集落という社会性も失ってしまったように思われる。

 村野藤吾という建築家が民家を「きのこ」と言った。できれば、そのような家をつくりたいと思うのである。

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手づくりの天窓

 巨大な天窓にガラスが入った。畳ほどのガラスが9枚連なる。規格寸法のステンレス型材を刻んで枠にした、すべて手づくりのはめ殺し窓だ。

 こういうものはメーカー製品のアルミサッシュを使うのが普通であるが、金額的に納得のいくものではない。

 アルミを押し出す材料費はいくらにもならない。だが今の世の中は手仕事というものを信用せず、メーカーの認定書や保証書さえあれば安心してお金を出す。

 設計者ですら、機構を理解しない製品を使っている。図面をCADで描くようになり、メーカーのディテールを意味も分からずコピーしている場合も少なくない。

 メーカー製品は、特に止水に関してジョイント部分の設計がおろそかである。水切りや止水板をつくり変えずにそのまま使えるサッシュや外装材は実に少ないのだ。

 結局、最終的に取り付けるのは人の手であるのだからメーカー製品といえども完全ではない。意味をよく理解して、一からすべて手でつくる方が逆に安心できる。

 やれLow-Eペアガラスだ、断熱樹脂サッシュだと今の住宅は過剰スペックの建材があたりまえのように使われているが、例え木製の建具でも、二重にすれば十分だ。

 簡単に手に入れることができる素朴な材料で、誰でもつくれる方法で、十分な性能をもった家づくりができる技術こそ、正しい家づくりの技術であると思うのだが。

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「仕上げ」の意味するもの

 外壁と屋根の防水が終わり、大きな天窓にもガラスが入り、いよいよ内部の工事が始まる。

 建築で内部を仕上げることを内装工事と言うのだが、住宅の場合ほとんどプラスターボードにビニールクロスが常識となっている。

 仕上げはもっとも人に接する大事なマチエールを持つべき部分であると思うのだが、構造材を覆い隠す包み紙ほどのものにしかなっていないのが現実だ。

 プラスターボードの箱は非常に高い寸法精度でつくることができ、手仕事とはとても思えない、規格サイズの○LDKみたいな単調な部屋を大量に生産してきた。

 高層集合住宅であろうが田舎の戸建住宅であろうが、部屋の造作はほとんど差がなくつくられるようになり、一部デザイナーズなんとかという変なものだけがなぜか打放しコンクリートだったりする程度である。

 何百円のプラスターボードやビニールクロスで構造材をくるんでしまうのはもったいない話である。柱や梁にこそ家づくりの本当の質や技術や手間や価値がこめられているのに、それを見せずに何を見せるのだろうか。

 よく言われる欠陥住宅などもプラスターボードの裏側に杜撰な工事が隠されていることが多いのであるから、構造をあらわすことは、その点でも意味があるのだ。

 隠さない仕上げ、というものを目指したいのである。

 

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手仕事

 仕上げはもっとも大事なマチエールを持つべき部分であると言ったが、建物の外装についても全く同じことが言える。人の目と手に触れる質感を持たせたいと思う。

 土壁や漆喰が日本の風土にもっともマッチした材料だとは思うが、今の生産体制では経済的に成立しがたい。

 大手の住宅メーカーが大量販売している家のほとんどは窯業系サイディングである。薄っぺらいセメント板の表面は塗壁風やレンガ、石積み風、はたまた板壁風まで本物そっくりに模造する。

 しかしながら所詮パネルであるため、あるはずのないシール目地が縦横に走る。誰もあれでいいいとは思っていないだろう。ディズニーランドくらいにはうまく騙してほしいと思うが、なんとかならないだろうか。

 マチエールなどの話をする以前の問題である。粗末なつくりの代表のように言われる木造モルタルやトタン葺きのほうがよっぽど質感を持っていると思う。

 手仕事で外装を仕上げることができる数少ない材料の一つが板金である、と気づいたのは古い民家や蔵の外壁を補修するのに昔から使われているトタン板を見てからである。何十年経っても錆が味となり風格を増す。

 今度の現場は熟練した職人技で板金の外壁に挑戦している(もう一週間になるがまだ葺き上がっていない)。

 手仕事というのは、なかなか難しい世の中なのである。

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 木の家がいいという人は多いと思うが、今の住宅ではログハウスでもないかぎり、ほとんど木に触れる部分はない。せいぜい和室の壁の間にちらりとのぞく柱くらいのものだろうか。

 防火性やメンテナンスを考えると素地の木部が触れるような仕上げは難しい、と思われるようになったのかもしれない。

 ところが木というものはもっとすぐれた素材なのだ。断熱性能はコンクリートの十数倍もあり、結露もせず、吸湿性もある。肌触りがやわらかく、あたたかい。香りもよい。木目が豊かな装飾になる。

 加工しやすいので思い通りの形につくれる。納まりもきわめてよい。わざわざ仕上げ用の模造品を貼り上げる必要はないと思うのだが、なぜか木は隠されるのだ。

 この現場では、風呂場の天井も右上の写真のように椹(さわら)の板だ。油分を持った木肌が美しく、吸湿による変形がもっとも小さい樹種として知られる。

 いま木部の塗装を悩んでいるところである。前の現場では未晒しの蜜蝋を薄くすり込んで終わりにした。今回はまったくの素地でもいけないだろうかと考えている。

 木のすぐれた性質を最大限に生かそうと思えば、一切何も塗らないのが一番なのは間違いない。あとは変色や汚れに対して、それでいいのか、という心配だけだ。
 

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 「木造り」と言えば釘を使わない、というのが誰もが信じている迷信だが、実際は釘やビスは必要だ。できるだけ見えない部分に釘を打つか、化粧の仕上釘を使う。

 しかしどうしようもない場合は木栓で隠す。そのへんの材木をノミでさっと削り、丸く掘った穴に埋木する。

 その間、ものの数十秒である。仕上がると、まず気がつかないくらいにぴったりと納まっている。こんなのも木のすぐれた性質を利用した匠の技である。

 設計で考えていた組方と、大工が実際に納める組方はかならずしも同じではない。だいたいにおいて、大工の知恵のほうが勝っているのだ。残念ではあるけれど。

 求める精度がぜんぜん違うのだ。こちらはある程度の施工誤差を許容するくせがついてしまっているのだが、大工さんはぴたりと納めないと気が済まないのである。

 このプライドは日本独特のもののように思う。彼らの技に日本の建築の精度は高く保たれてきたのだ。

 いまは建築の現場にこの職人技が必要とされなくなりつつあり、工場で大量生産された誰でも組み立てられる部材でパタパタとつくられていく。

 思えば今の建材は粗隠しの工夫満載の、ごまかし材料ばかりの感がある。誰でも簡単につくれるということは大切なことではあるのだが、プロフェッショナルな技の伝承を犠牲にしてしまってはどうなんだろうかと思う。

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板金の壁

 手仕事のマチエールを持った外装仕上げはないだろうかと考えて選択した板金の外壁だったが、今日無事完成した。かれこれ半月もかかってしまった。

 はぜの折り曲げも、板厚を考慮して一枚分ふくらみを持たせて叩いてある。そうするときれいに嵌め込むことができる。そのほうがかえってシャープに見えるのだ。

 笠木も捨て板にはぜで留めている。ビルなどでアルミ笠木を取り付けるような要領である。止水を重視するとこのやり方が正解だと思う。が、少々手がかかる。

 いわゆる一文字葺きなのではあるが、単純な馬目地ではなく、三分の一ずつ横にずらして張っていく階段葺きとした。これで割り付けもうまくいった。

 全面板金の偉容は、単純ではあるが、工芸品のような存在感を放っている。決して高価ではない、素朴な材料にもかかわらず、とても上等な外壁ができあがった。

 耐火上の問題がない敷地では、できれば木板の外装が一番いいと思っているのだが、それがかなわない場合の第二の選択として、この板金壁は百点の出来だった。

 いずれは土壁、漆喰壁に挑戦したいと思っているのだが、いったいどれほどの時間がかかるのだろうかと考えると、それもなかなか勇気のいる選択ではある。

 もし幸運に、とても気長な建主があらわれたならば、思いっきり日本の伝統工法で建ててみたいものである。

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階段

 一寸二分の集成材の板を使って折返し階段をつくる。住宅の階段といえばだいたい九尺で一階を上がるような急な階段が多い。

 今度の家は構造的にも機能的にも階段を中心に据えたプランなので、ゆったりと上り下りできる美しい階段にしたいと思い、18段の「行って来い階段」とした。

 九尺行って一畳の踊り場を設け、また九尺折り返して一階上がるという寸法なのである。三尺事に本柱を建てて階段室の周囲を囲う構造とした。

 柱間はすべてガラス張りで、トップライトからの光を室内に振りまくための吹抜けの役割も担うので、家の中のどこからでも目に入る目立つ存在となる。

 踏み面は一尺、蹴上げは五寸のゆったりとした勾配である。ささら桁がかなり寝ることになるので厚みを二寸二分とし、たわみを少なくした(成は一尺)。

 さて、一間の柱間に両側五分大きい一枚板の踊り場を入れることになり、かなりの大仕事となってしまった。ささらと壁で四方を囲まれているので、ちょっと考えると絶対入らない。…と思われたのだが。

 ベニヤで原寸の型紙を取り、周囲の柱には一寸二分のしゃくりを入れ、知恵の輪のようにひねくりながら差し込み、最後は大引でぶっ叩いて入れた。二度と取れないので寸法取りには慎重の上に慎重を期したのであった。

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ペンキ

 住宅の仕上げ工事と言えばプラスターボードにクロスが一般的だが、どうやらそれは施工性、つまり早く簡単に仕上がるので、採用されることが多いのだ。

 仕上げ材の手触りには、やはり味のあるマチエールがほしいのだが、たとえばペンキなどはなかなか魅力的な材料だと思うのだが、どうだろうか。

 下地がプラスターボードだとそれほど味があるわけではないけれど、木目のある板張りの上に塗ったとたんに質感ある仕上げになる。

 こういう塗装という仕上げはあまり日本的な方法ではないように思われているが、じつは昔から色々な塗料が使われてきているのである。

 現代の住宅でも、もっとペンキを使ってもいいのではないかと思う。たとえばラーチベニヤのような粗末な下地でも上等に見える。腰壁ならば内装制限もない。

 かつて木部の塗装といえば油性調合ペイントや改良型の合成樹脂調合ペイントで、乾燥に時間がかかったり、溶剤の臭いがきつかったりと使用が難しかった。

 今は水性の乾燥が速いペイントが多くある。シリコンやセラミックを配合して、丈夫な塗膜とつや消しのいい味を出せる体にやさしい塗料がいろいろ選べるのだ。

 今回は調子に乗って、刷毛塗りできる金銀のペイントを木建具に塗ってみようかとも思っているのだが…。

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保存問題

 これがあの東京中央郵便局の今の姿である。鳩山総務大臣が解体にストップをかけたかのような報道がなされて安心したのも束の間、あっという間にこの有様だ。

 この丸の内地区だけでも、この何年かだけで丸ビル、新丸ビル、銀行協会、工業倶楽部、八重洲ビルといった愛すべき名建築達が人間の寿命にも満たず、壊された。

 もちろん文化的価値の側面から保存すべきだ、いや、その必要は無いという議論がなされているのだろうが、結局、いつも「建替え」という結論になってしまう。

 それはデベロッパーが彼らの経済活動の価値判断から決定するだけなのであるから、より利益を生む新しい大きな床を作りたいと思うのも無理のない話なのである。

 建築家はそもそもラジカルな思想を持つ傾向にあり、古いものにこだわるような懐古趣味は女々しく保守的なセンチメンタリズムだと軽蔑するので頼りにならない。

 古い建物をきれいに維持し、耐震性や設備をグレードアップし、テナントが満足するような貸室を提供する事は、手間もお金もかかる不経済なことではあるだろう。

 三信ビル、旧日本相互銀行、パレフランス、同潤会、などなど、かけがえのない建築がいともあっさりと姿を消す。残してほしい建物は、もう数えるほどになった。

 この二十年、次々と解体されていくビルを見ながら、いったい何をやっているのだろうと悲しむ日々である。

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保存問題2

 昨日、軍艦島が数十年ぶりに一般公開された。長崎県が観光用に整備を進めているということだ。

 長崎港から18㎞の洋上に浮かぶ小島「端島」の俗称である。明治23年より昭和49年まで、三菱石炭鉱業が製鉄用原料炭を採掘し続けた海底炭坑の人工島である。

 廃墟ブームが後押ししたのかもしれないが、こういう遺産が朽ちながらも残されえたのは、閉山から今日までこの島がなんの利用価値も持たなかったからだろう。

 これがもしお台場にでもあったならば、臨海副都心の再開発に飲み込まれて姿を消していたかもしれない。

 なにしろ現役バリバリのあの築地市場でも取り壊そうと決定しているくらいなのだから。不動産的価値のある立地では建築の価値など無に等しいのだ。

 村野藤吾の日生劇場も取り壊されるらしい。あの建築的価値を考えたら、タリバンがバーミヤン遺跡を破壊した行為がテロと呼ばれたことに匹敵する蛮行だと思う。

 ビル開発事業の全体コストからすれば新築工事費などそれほど大きな問題ではないのは事実である。効率的に維持管理できる経済的な器のほうがもっと儲かるのだ。

 どんな建築が未来まで残るのだろうか、と考えたら、あの地下河川放水路のことを思い出した。PVやCMの撮影にもよく使われる。有効性は別として、この構築物は永遠に残りそうだな、とたしかに感じたのであった。

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金銀のドア

 トイレのドアが金と銀に塗られた。一時はコスト的に無理かとあきらめかけていたのだが、なんとかイメージ通りのパネルドアが完成しそうだ。

 決して予算がある現場ではないので、できるだけお金がかからないようにいろいろと工夫しながら、考えられるかぎり施主の理想に近づけようと知恵を絞っている。

 トイレのドアは既製品で数万円、注文品で十数万円という値段だ。ましてや理想通りのイメージのパネルドアなど、とても手が届かない金額になってしまう。

 まず大工さんに集成材の板を使って框とパネルを組み立ててもらう。面を取った平板を両面張りし、二つ割の框で挟み込んで、なんとなく建具らしいものをつくる。

 つづいてペンキ屋さんにはパテで補修をしてもらい、その上でペーパーがけと下塗りの白を塗る。この時点でなんとかいけそうな気がしてきた。

 いよいよ仕上げの塗装である。金銀の水溶性ペンキをおそるおそる塗ってみる。なかなか乗りが悪い。これで三回塗りである。ペンキ屋さんも苦労している。

 あとはレバーハンドルを取り付けて仕上げ塗りをする予定である。ペンキ屋さんは不満げだが、十分いい。

 何度もベニヤのフラッシュにしてしまおうとしたが、こうやって当初のイメージ通りのものが出来上がろうとしている。大げさでなく、感動で震えてしまうのだ。

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左官

 そろそろ仕上げ工事が本格的にはじまり、あちこちで壁塗りがはじまった。

 屋上は目の高さ程度の壁に囲まれているので、仕上げにモルタルを選んだ。屋上へ至る外階段も高い壁なのだが、いろいろ悩んだ末に同じくモルタル塗りにした。

 浴室は全面モザイクタイル張りなので、下地をつくるのにモルタルを使う。三人の左官やさんと二人のタイルやさんがいっせいにコテを片手に壁や床を塗り出す。

 ペンキやさんがやっとの思いで磨き上げた室内には、容赦なく水と砂とセメントが大量に持ち込まれ、大胆な作業がはじまった。下塗りはかなり荒々しい仕事だ。

 この下地の段階が、櫛目などが面白くて、なかなかの質感なのだ。これくらいのところで終わりにしたらいい感じだろうと思うが、そうもいかない。

 下塗りにひびが入るのを待って上塗りを重ねる。とはいっても結局割れるものだ。割れる仕上げなど現代人には受け入れられがたいかもしれないが、しかたない。

 いまはモルタルにも樹脂やファイバーが混ぜ込まれ、ずいぶんひびが入りにくくなったものだが、やはり扱うのが難しい材料である。

 ちなみに左官の職人さんたちはかなりの高齢である。前の現場でお世話になった一人の方は先日引退された。次代へ継承してほしい技術だが、心配である。

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タイル

 モルタル下地の上にモザイクタイルが貼られた。目地が汚れるからということで敬遠されがちなモザイクだが手間がかかる分だけ味わいがある。

 これは「シーズン」というガラスモザイクだが、単色にして、あえてソリッドなというかモノリシックな感じを出そうとしている。大判はどうしても目地が気になるが、モザイクの目地はかえってシームレスに見える。

 世界のタイル工場は中国広東省佛山に集中している。年間生産量15億㎡(といってもどれくらいすごいのかよく分からないが)、世界最高の窯が揃い、どんな風合いのタイルも要望通りに製造する能力を有している。

 人件費が安いこともあって、日本ではm当たり千円はかかるウォータージェットカットも無料である。渦巻き模様にカットした二枚の大判タイルを色違いで嵌め込むなどという一見神業も簡単にやってしまう。

 大きな声で言っていいことではないかもしれないが、多くのイタリアンタイルは佛山の工場で焼かれている。なにしろ街じゅうデパートみたいなショールームだらけで、15㎜の厚さで1m×2mなんてのも売っている。

 窯はドイツ製が世界一高性能だが、ハイエンドマシンはここ数年、中国にしか納入していないそうである。

 話は中国のタイル事情にそれてしまったが、産地偽装はこと食品だけの話ではない、ということをふと言おうと思ってしまったのである。タイルの話は次回に。

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タイル2

 せっかくタイルの話をしようと思ったら中国の裏話にそれてしまったので、またタイルの話に戻ると、これはいわゆるガラスモザイクタイルとは少し違っている。

 よくあるのはイタリア製のVETRICOLORやスペイン製のVITROGRESだが、ガラスといっしょに金属を融解させてマーブル状に着色したものだ。

 一時期、店舗の内装にもよく使われていたが、ピン角で危ないところや、床に使うと剥離し易いところ、少し高価なところ、などが欠点といえば欠点だった。

 この「シーズン」は丸みを帯びていて、7㎜ほどの厚みの半分が陶器質のベースで、半分がガラス質というつくりである。危なくなく、裏が透けることもない。

 値段も手頃であるので、30㎝四方の紙張りシートを200シートも使うことになった。特注でコーナー役物もつくってもらえる。

 「きれいに仕上がりすぎない」のが何よりもモザイクタイルのいいころだ。また広い面をシームレスに仕上げたいと誰もが思うのだが、モザイクならそれができる。

 目地は汚れ易いと思われているが、よく乾燥させて、カビを生やさないようにすればいつまでも白いままだ。

 というわけで、水場にはモザイクタイルを使おう、と決めている。手間がかかって申し訳ないとは思いつつ、またものすごい面積のモザイク張りになってしまった。

 

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 タイルの話から中国の話になりかけたのだが、いまや中国といえば石だ。もちろん現代の建築は石造りというわけではないが、内外装にふんだんに石を使用する。

 コンクリートや鉄骨の下地の表面に、板状の石を張り付けるように使う。厚さは25㎜〜35㎜が標準である。

 石は材料だけで㎡数万円する高級品であったが、中国産が現れてからはリーズナブルな仕上げ材になった。

 昔はボテチーノやトラバーチンのような大理石がよく内装に使われていたが、少し前はカララ、シベック、タソスなどの白大理石がブームとなり、その後いくつかのライムストーンやオーストラリア砂岩も人気となった。

 いまは少し堅実な世の中になったのか、メンテナンス性を重視してか花崗岩を内装に使うことが多いようだ。しかも飽きのこないモノトーンや錆色がよく使われる。

 黒にもインパラ、カレドニア、ベルファースト、ジンバブエ、キングブラックなどなどいろいろあるのだが、ここ数年は、安い中国産を採用することが多くなった。

 上はアモイの石加工工場の写真だが、日本の関ヶ原や矢橋に勝るとも劣らない規模と種類なのだ。ありきたりの花崗岩ならタイルよりも安いくらいなのだから驚く。

 石の張り方なども昔ほどこだわりがなくなり、タイルみたいに目地を取ってぞんざいに張ってあったりする。ちなみに中国では床も眠り目地である。謎である。

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壁紙、スイッチプレート

 さて、いよいよ仕上げも最終段階になってきた。壁のクロス張り部分はデコールメゾンというスウェーデンのメーカーから「Spirit」と「Future Wall」という壁紙のシリーズを使うことになった。

 日本で壁紙というとほとんどビニールクロスのことを指すが、デコールメゾンは文字通り「紙」である。柄は北欧特有のオーガニックな大きなパターンが多い。

 日本のクロスは織物調、塗壁調、木調、石調、etcと何か別のものを模倣したプリントが主流であるが、この傾向はいろんな仕上げ材に共通の悪しき特徴である。

 紙という素材感を感じられるのは、仕上げ材としては大切なマチエールがちゃんとあるということである。

 また、内装でいつも困るのがスイッチやコンセントの類いの電気工事材の質感である。せいぜい亜鉛めっきやステンレス素材を使うくらいしか考えつかなかった。

 東京ジャケットというシリーズの「代官山プレート」はスチール削り出し加工に、赤、黒、銀の三色を塗装した手仕事的味のある一品である。アクリルカバーと一緒に塗装された六角ビスで留めるという凝ったつくりだ。

 これを使うことによって、あまり見せたくない部分が積極的に見せたい要素に変わる。嬉しいことである。

 あとはインタホンや給湯機のリモートモニターなどもハンドクラフト的な素朴なものが出来るとうれしい。

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階段の手すり

 階段の手すりをデザインするのはなかなか難しいことなのだが、それだけに設計の中でも面白い要素の一つだと思う。ここのところずっと試みている形がある。

 いつものポリシーからすると、最小限の部材で、最大の強度を持ち、安心感と透明感が両立した構造が理想なのだが、簡単ではない。華奢で繊細なのはまず強度不足だし、ひたすら丈夫では目障りな存在になりそうだ。

 何本もの竪桟を入れる構造が一般的なのだが、片持ちであるため、十分な強度を持たせるには相当の部材断面が必要になってくる。納まりはいいが、不経済なのだ。

 構造の経済性を追求するとトラスになるのだが、斜材を見せるのは、木造住宅の雰囲気を大きく変える心配がある。木造軸組構造にブレース(斜材)は似合わない。

 が、ブレースを手すりの勾配と同じ角度にして、3段置きの竪桟と結ぶとまあまあ自然なトラスになるのだ。(したがって段数は必ず3の倍数にする必要がある。)

 こんなスカスカの手すりでは恐怖感がありそうな気がするが、この斜材の存在は想像以上の安心感もある。

 行って来い階段で何度も試したが、これ以上に経済的な手すりの構造はないと思うようになった。ブレースの角度や段数に神経を使うが、出来上がればさりげない。

 鉄骨階段でも、40×20くらいの平角パイプのトラスで十分な手すりができる。むしろ、木造より簡単である。

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一休み

 世の中はゴールデンウィーク。休日の無い仕事をしているので特に変わりはないけれど、お役所や会社が休みなのでいろいろ段取が滞ってしまい、ちょっと迷惑だ。

 とかなんとか言って、つられてついついお休みモードになってしまう。たまにゆっくりいろんなことができる時間があるというのもいいものだ、としみじみ思う。

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自然エネルギー利用の問題

 昨日、日本の有名なロックスターが亡くなった。彼の反原発ソングがレコード会社(某電気メーカー企業系)の圧力で発禁になったことをふと思い出す。

 スリーマイルやチェルノブイリの原発事故で地球滅亡寸前の危機を目の当たりにした我々は、当然のように、いっせいに反原発を唱えた。スウェーデンでは国民投票の結果、原発を廃止するまでに至った。

 世の中が反原発に向かうかと思いきや、今やブームともなった地球温暖化論に後押しされ、原発推進派がまたあたりまえのように拡大してきている。

 たとえ、原子力発電所があろうことか活断層の真上に建ち、案の定地震でもろくも損壊しようとも、国や電力会社をあげて何食わぬ顔で再開をごりおしするほどだ。

 ここへ来て太陽光発電などの自然エネルギー利用にも国が力を入れはじめているようだが、今の発電パネルの変換効率の悪さを考えれば、まだまだ未来は暗い。

 その効率の悪さは、素人考えだが、光ばかりを電力に変換しようとしているところにあるのではないかと思うのだ。有り余るほどの熱線も同時に利用すれば、もっと多くのエネルギーを取り出すことができるはずである。

 政府は電力搬送のインフラ整備にコストがかかるので太陽光発電が普及しないと言っているようだが、もっとローカルなシステムでやればいいのではないだろうか。

 電力会社を儲けさせるための事業ではないのだ。全く。
 

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自然エネルギー利用の問題2

 某大学の研究室が、ある地方自治体の出資で風力発電機を設置したが、全く発電できないという大失敗をして訴えられているという報道があった。

 またある地方では、風力発電機の回転音で体調不良になったという村民の苦情が報道された。景観上もとても醜いので不快な思いを強いられているという。

 もっとあたたかく見守ってほしいと思う反面、太陽光にしろ風力にしろ、その技術レベルそのものがまだ信頼するに足る水準に達していないことは大問題だと思う。

 フラーは化石エネルギーの利用を車のセルモーターに例えた。人類文明の大きな歴史の中ではメインエンジンに点火するまでの一時的な着火剤にすぎないのだ。

 いまだにセルモーターで車を走らせているようなものだが、はたしてメインエンジンとはどういうものになるのだろうか。自然エネルギーか水素か核融合か。

 いままでエネルギーは儲けの道具として奪い合いされ続けてきた。限りある石炭、ガス、石油、ウラン。資源のあるところに資本は集まる。

 もしそんなエネルギーが自然界から無尽蔵に得られるとしたら。すべての化石エネルギーはまったく無価値になる。こんな大転換を世界の商人は容認するだろうか。

 昔流行ったエントロピー理論からすると、世界が混沌から純化していく道筋は見出しにくいように思える。

 

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ピアノの蓋

 純木造で家をつくると便利なことがある。通常、壁や天井に何かを取り付けようとすると下地をちゃんとしておかないといけないのだが、いたるところ構造材が現しになっているので、そういう心配がまったくない。

 たとえばカーテンはパイプをフックで吊り、リングの付いたクリップで布を下げればよい。ペーパーホルダーも市販のボルトやビスを組み合わせて簡単にできる。

 間仕切り壁でさえ、くりぬいて窓をつけたりすることがあっという間にできるので、本当に自由なのだ。もちろん好きな色に塗るのも気楽にできる。

 木は、たとえ汚れても傷ついても、なんら質感を損うことはない。この気安さはとても心安らぐものである。これに比べると白ペンキを塗ったプラスターボードなどはまったく正反対の嫌な仕上げであるとつくづく思う。

 そういうふうに考えると、いまの建築に普通に使われている材料や部品のどれもが嫌なものばかりであることに気づく。カタログから物を選べたためしがないのだ。

 どうしてこんな形をしているのだろうかと首をひねりたくなるようなものばかりだ。同じようなことが何十年と言われつづけていて、このありさまなのだ。

 フラーは技術の発達のきっかけを海に浮かんだピアノの蓋みたいなものだと言った。溺れかけた時にたまたましがみついただけで、けっして浮かぶために最適な構造をよくよく考えてつくったものではないということだ。

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ピアノの蓋2

 最初の思いつきで決まってしまう、ということは歴史を見ればあながち誤りではないだろうと納得できる。車などは究極まで高性能化されてはいるものの、その概念は原始的な荷車などと比べさほど変わらないと思う。

 自動車メーカーの設計室で、たとえば車輪のないものを開発しようとするだろうか。原動機が車軸を回転させるという機構以外の推進装置を研究しているだろうか。

 限界ある経済活動の範囲ではそのようなパラダイムの転換は起こりにくい。せっせと車輪構造の性能を高めていくだけの進歩にとどまるのではないかと心配する。

 あらかじめ与えられた枠組みにとらわれるとなかなか抜け出せないのが現実である。進化すればするほど根本の概念に強く縛られていくということも言えるだろう。

 たしかに積み重ねは大事なのだが、たまにはリセットすることも必要なのではないだろうかと思う。積み上げられた成果をいったん白紙に戻すべき時もあるだろう。

 そういう大げさな話ではないけれど、建築の設計にも同じようなことがあてはまる。とは言っても構造的概念から考え直すような馬鹿げた話ではなく。

 建築基準法では、100㎡以下の木造2階建てまでなら誰でも設計してよいこととなっている。つまり住み手が好きなようにつくれるのだ。もちろん適法な構造の範囲でならの話だ。住宅がどんどん住み手自らによってつくられていくことで、何かが変わるような気がするのだ。

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ピアノの蓋3

 いまの世の中で当然だと思われている「住宅建築」というもののつくられ方が、どうもこのままではこれ以上まっとうな進化をしないのではないかと危惧している。

 良心的な建築家に委ねれば、真に幸せに暮らすための最上の家をつくってもらうことができるかもしれない。しかし、そのような建築家がすべての家を設計するわけにはいかないのが現実だ。建売りや注文住宅を購入することになるのがほとんどだろう。

 日本の住宅は木造軸組に土壁、茅葺きという伝統工法をベースに発達してきた。そのうえに防火性能や、気密性能、耐震性能を無理矢理付け足しながら現在に至る。

 建築基準法という最低限の水準を定める法や、ハウスメーカーのスペックや、ユーザーの要求までがどんどん上塗りされ、そこに伝統はまったく痕跡をとどめない。

 たとえば気密性を高め過ぎたために結露やカビの発生からシックハウスまで多くの問題が生じた。結果、24時間機械換気という馬鹿馬鹿しい対策が義務化された。

 耐震壁の量で安全性を確保しようとする構造の考え方が採用され、かえって地震で破壊される結果となった。

 防火性能のある認定材料しか外装には使えず、木造の良さを生かした仕上げができなくなった。

 これでは木造技術を一生懸命磨こうとする大工がいなくなっても当然である。今こそ伝統の技に戻るべきだ。

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適正技術として見直す木造住宅構法

 適正技術とは一般的には「それぞれの地域の社会的・経済的・文化的条件に適合的で、人々が広く参加でき、人々のニーズを的確に充たすととともに環境にも負担をかけない技術」というように説明される概念である。

 シューマッハーの言う中間技術、つまり「民衆による生産は、近代の知識と経験のうち最善のものを生かし、脱中心化に寄与し、生態系の法則にのっとり、希少な資源を消費することが少なく、人を機械の奴隷にする代りに、人に奉仕するように設計された」技術、という説明が適正技術という概念にもっとも近いように思う。

 ヴィクター・パパネックによる名著「生きのびるためのデザイン」をフラーの研究を通じて知り、それからというもの「適正技術」という考え方が頭を離れることはなかった。建築の仕事に就いても大きな主題となった。

 人が生きるためにもっとも重要な「家」というものをつくる技術は、大量生産的であってもならないし、また謎めいた秘法であってもならないと思うのである。

 そこで、日本の風土にもっとも合った伝統工法技術の原点に帰り、経済的で誰にでも建築可能な木造住宅構法というものに取組み、実際に建築してみた。

 「建築家なしの建築術」としてとある場所で発表した構法の図面がこの2枚である。間取りさえ考えればこのシステムですぐに建築可能なのだ。同断面の柱と梁だけでシンプルに架構を組み、仕上材もまったくいらない。立面も壁と開口部の2パターンだけでできている。

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適正技術として見直す木造住宅構法2

 構造材だけでできた部屋の写真がこれである。建具と畳が加わるだけで仕上げは十分という感じがするのだ。

 住み手が思い思いに好きな間取りを考えて、そのまま家となるなら、それが一番理想的な住居のつくられかたになるのではないかと思う。真のバナキュラーなのだ。

 現代建築の一つの主題でもあったインターナショナルスタイルという考え方に表面的には近く感じられるかもしれないが、これはその正反対の概念である。

 住空間はこうあるべきだというものはすべて住み手の創意にまかせ、地方地方の木材を使用し、地元の大工の手で建てる。自然と地域色が出ることも期待できる。

 大量生産の工業製品や廉価で粗悪な輸入材料ばかりを使って、そのうえ職人を低賃金で使い捨てにするような今の住宅産業のあり方では、技術レベルはどんどん低下し、林業や建築関連の製造業はますます衰退する。

 左官屋、建具屋、畳屋といった日本の木造建築を支えてきた職人が激減している。大手ハウスメーカーに酷使され、跡継ぎも育たないと嘆く声をよく耳にする。

 仕事を与えているだけ感謝しろと大企業経営者は考えているのだろうが、職人達の疲弊は限界に達している。功利主義社会のひずみがこういうところにも出ている。

 家は人の暮らしの基本であると同時に社会や環境の、あるいは文化の基本でもある。よく考える必要がある。

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採光について

 家づくりで一番頭を使うのは何かと考えると、やはり太陽の光をどのように取り込むか、ということに尽きるようだ。たぶん大昔から建築の基本であったと思う。

 建築基準法では床面積の1/7の窓が必要だ。住居系地域ならば、軒先から敷地境界までの寸法を軒先までの高さの寸法で割り、6倍して1.4を引いた係数倍する。

 つまり隣地に近い1階の窓は採光がないことになる。あたりまえと言えばあたりまえだが、この算定式でぎりぎり窓を取ったところで採光が十分なわけでもない。

(これにかぎった話ではないが、基準法をぎりぎり満足するだけの設計が世の中にはあふれている。階段の寸法などはそのいい例だ。余裕のある階段はあまりない。)

 この基準法があるために窓のない居室はつくれない。ほのかな光がもれる薄暗い部屋がほしいと思ってもだめなのだ。陰影礼賛などと気取っていられないのである。

 たとえばトップライトから光が入るガラス張りの階段を家の中心に設けたとする。その階段のまわりの部屋は仮に窓がなくとも、まるで外同然に明るくなるだろう。

 ところがこれは基準法上は認められない。こういうのが設計の歯痒いところでもある。最低基準を定める法律に邪魔されていいものがつくれないというのは悲しい。

 光を味わうにはある程度暗い空間をつくりたい。窓の大きさまで法律で決めていただく必要はない、と思う。

 

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明るい国、日本

 現代の日本の住宅は総じてとても明るい。昼間の採光も十分な上、何百ルクスにもなるような過剰な人工照明が常識になっている。住宅にかぎらないことであるが。

 そう広くもない部屋には必ず天井付けの蛍光灯が吊り下げられていて、机などあればスタンドなどが置かれ、そのうえ壁にはブラケット照明が付いていたりする。

 なぜ現代の日本人が明るい照明を好むのか、調べると面白い分析ができるのかもしれないが(たとえば西洋人に比べて眩しさに強い、とか)、理由は分からない。

 昔はずいぶんと薄暗い家で暮らしていたものである。個人的にはあの程度のほの暗い空間で生活するのも悪くないのではないかなと思う。とても落着けそうだ。

 DNAに刷込まれているであろう記憶には、住居というものはおそらく外界と閉ざされた薄暗い安心の空間、というイメージがあるはずだと思う。勝手な想像だが。

 もちろん暗闇に対する畏れという本能もあるだろうし明るさに安心感を感じるのも当然ではある。深夜、煌煌と輝くコンビニの明るさにほっとする気持ちも分かる。

 人間は脳内物質の働きで、強い光を浴びて14時間後に眠くなるようにできているという。不眠症を治すのには午前中に日光浴をするといいらしい。

 のべつ明るい部屋にいると、そんな体内時計も狂ってしまうのではないかとも思う。電気ももったいないし。

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日本の木材を使う

 今の法律では伝統工法で家を建てることは難しい。柱を石場建てし、貫と差し鴨居でつないで、大梁で小屋を架ける「総持ち軸組構造」は構造計算で評価できない。

 なんとか限界耐力計算で建築確認を取る方法はあるが一般住宅を建てる手続きとしては負担が大きすぎる。

 一般の木造在来工法の構造基準を簡単に言うと、筋交がバランスよく十分に配置されているかどうか、ということになる。重心と剛心の遍心率を0.3以下とし、壁面と床の面積に応じた筋交=壁を必要なだけ配置する。

 単純化されて計算は簡単な反面、伝統工法で使われるような立派な柱や梁が効果的に評価されることはない。

 実際、日本の古民家を見れば分かるように、その構造の重要な部分を占めるのは欅や松でできた重く大きい柱梁である。明らかに構造上無視できない存在のはずだ。

 このような大断面の木材は今ではあまり用がなくなり見かけなくなってきた。もう採れなくなってしまったのかと思いきや、じつは結構あるところにはあるのだ。

 こういう木材をちゃんと使って建築をしないと、まだなんとか残っているこういう林業も絶やしてしまうかもしれないのだ。もったいない話である。

 建築基準法が伝統工法を無視している現状をなんとかしないといけない。これだけ地震の多い国で発達し定着した伝統工法が地震に弱い建築方法であるはずがない。

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スタジアム

 最近気になる話題のひとつに広島マツダスタジアムがある。いろんなバリエーションに富んだ観客席があり、野球中継を見ていても、なんとも楽しそうなのだ。

 これまでは札幌ドームが一番すばらしいスタジアムだと思っていたが、広島が抜きんでた感じがする(実際、本物を見ていないので、テレビで見た感想なのだが)。札幌ドームは少し建築作品としての完成度を追いすぎたきらいがあるけれど、マツダスタジアムはローコストながら野球観戦の面白さだけを純粋に追求している。

 設計者選定のコンペで一悶着あったいわくつきのプロジェクトではあったが、こんなに魅力的な球場が完成しうれしく思う。建築が世の中に貢献するのは喜ばしい。

 はじめて野球場で試合を観戦したのが、実は広島市民球場だったのだ。カクテル光線に輝く緑の芝生と黒い空の広大さに震えるほど感動したことを思い出す。

 ライトスタンドから(まだ赤ヘルではない)山本一義の背中を凝視しながら、生まれてはじめての異次元空間に興奮していた。打球の放物線の美しさに見とれた。

 その年の夏、甲子園に東東京代表城西高校のエースとして出場したのが高橋慶彦である。ドラフト3位で広島に入団、赤ヘルの歴史のはじまりであった。余談だが。

 写真はぜんぜん関係はないのだが、ヒトラーで有名なニュルンベルグでの赤いクロアチアサポーターである。

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麦という名の家族

 もう一歳になるのだが(人間の年齢に換算すると18歳)、ひょんなことからメインクーンという猫を飼うことになった。これは家に来た日の記念写真なのだ。

 まるで麦畑のような、明るいベージュのふわふわの毛をしているので名前は「麦」とつけた。男である。

 猫は家になつくというので、それ以来、我が家は麦のための家ともなった。もちろんそういう予定はまったくない設計だったので、いまだに苦心が続いている。

 麦がやって来た日、興奮した彼はチーターのように、弾丸のように走り回った。あっちにぶつかり、こっちにぶつかりしながら。一通り暴れて、すぐに落ち着いた。

 まずは気に入ってもらえたようである。なにしろ麦にははじめての外界である。どんなふうに感じているのかすごく聞いてみたい。猫語が分かればいいのだが。

 レッドタビーという毛色なのだが、我が家の床の色とまったく同じなのだ。杉板と保護色だったのだ。これは見つけにくい子猫を買ってきてしまったと思った。

 本当の話、床にぺたっと寝ていると踏んづけてしまいそうなくらい同じ色をしている。なんだかこの家のために生まれてきたようなヤツなのであった。

 麦も今では体重が6倍くらいになり、いくらなんでもまちがって踏んづけることはなくなったが、相変わらず杉板とおんなじ色をしている。

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猫と家

 これもまだ我が家に来て間もないころの写真なのだがすぐにあちこち居心地のいい場所を見つけてはくつろぐようになった。麦の行動を見ていると勉強になる。

 彼が落ち着いて寝そべる場所はそれなりの魅力がある特別なスポットなのだ。その環境構成要因を分析すると居心地のよさのポイントが見えてくる。

 まずは周囲をよく見渡せつつ、適度に守られた一角を好む。まわりの様子を見る、ということを重視しているようだ。離れたところからこっちをよく見ている。

 メインクーンという猫は、アメリカのメイン州産の種なので、基本的に暑がりである。あまり空気がよどんでいない涼しいところが好きである。そよ風が大好きだ。

 車や飛行機の騒音がきらいである。物音がするとすぐ飛び跳ねてこわがる。静かなところでないとだめだ。

 一方、明るさや暗さにはほとんどこだわりがないように見える。真っ暗でもまぶしくても大好きなところには変わらずずっとじっとしていることができる。

 山の出のせいか、高いところも大好きだ。我が家には台所にコンクリート塀があるので、しょっちゅうその上を走り回ったり、落ち着いて眠ったりしている。

 冷たい洗面所の陶器の中も好きだが、ふわふわの敷物も大好きで、よく踏みつけて遊んでいる。なによりも、トイレをすぐにおぼえてくれたのはありがたかった。

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寝子

 今ではもうすっかり若者の年齢になったのだが、家にやって来た時は体重1㎏足らずの赤ちゃんだった。

 いつも寝ていた。よく寝る子だから寝子=ねこ、だという説があるが、その通りだと思う。だったら犬はなんだろう。居ぬ=いぬだろうか。いつも居そうだけれど。

 ごはんは決まった時間にあげるのがいいらしいけど、いつも山盛りについでおくようにしている。そうすれば安心して適量を食べるようになる、と勝手に考えた。

 だからごはんをびっくりするほど食べ過ぎる、というようなことはまるでない。むしろ小食で、こんなくらいでいいのだろうかと心配になるほどだ。

 にもかかわらず、すごいスピードで成長する。あんな少しのごはんでどうしてこんなに大きくなるのか不思議だ。体重を計る度に1㎏増えているといった感じだ。

 とりあえずなぜだかごはんが食べたいだけ出てくる。この状況をどう思っているのか知らないけれど、えさを捕る努力もなしに、いったい何が生き甲斐なのだろう。

 可哀想なことに麦は去勢された男の子なので、子孫をつくるという唯一の生きる目的も奪われている。なんで生きているのか、人間なら悩むところだろう。

 ところが麦はいたって幸せそうに毎日暮らしている。毎日同じ時間に決まったことをして、楽しそうに生きている。皮肉でもなんでもなく、見倣いたいと思うのだ。

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麦の一日

 麦の一日は厳格にスケジュールが決まっている。朝は鏡に反射させた太陽の光を追っかけて妻と遊ぶ。晴れた日でないとだめだということはまだ理解できていない。
人間が朝ご飯を食べているのを見て、自分もいそいそとごはんを食べる。一緒に食べるのが好きなのだ。

 妻の洗濯干しを観察する。風呂場で寝る。マッサージと水をねだる(麦は器の水は飲まないのだ)。洗面所で寝る。そして、何度かマッサージと水。

 すずめに向かって鳴く(麦はニャーとは鳴かない。犬みたいにワンと吠えるか、すずめみたいにチュンチュン鳴く変わったねこなのだ)。隣のミーちゃんに吠える。

 午後はハンモックで眠る。木の家なのでそういうものも吊り放題なのだ。柱に麻縄を巻いて登れるようにしてある。かなりの時間をハンモックの上で過ごす。下りるときは鳴いて呼ぶ。だっこして下ろしてやる。

 テレビを見る時間はテレビの下に寝る。たまにテレビを見る。サッカーが好きで、お気に入りの選手を捕まえようと必死である。動くものがとにかく大好きなのだ。

 そろそろ風呂の時間だよと鳴く。もうお湯がたまったよと鳴く(ぜんぜんたまってないことが多い)。風呂のそばで眠る。風呂を出ると風呂掃除の様子を見学して、終わると一緒に居間に移動して夜までくつろぐ。スルメをねだる。一週間に一度くらい、ちょっとだけあげる。

 仕事をしているとすぐ誘いに来るのは、少し困る。

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ムギハウス

 2階建ての大きなケージが麦の家だ。とにかくトイレをおぼえてもらわないといけないので、目の届くところで見張れるように居間の片隅にでんと据えたのだ。

 ところがあっけないくらいすぐ、ちゃんと麦用トイレで用を足せるようになった。めでたしめでたし。

 猫のトイレが食卓のそばにあるのもなんなのでケージごと移動しようとしたのがまずかった。ものすごい剣幕で怒るのだ。後にも先にもこれほど怒ったことはない。

 生まれてすぐ放り込まれた不安な世界の中で、やっと手に入れた自分の城が、何者かによって動かされることに耐えられなかったのだ。もうそれは麦だけの聖域だ。

 麦は変化を嫌う。たしかここにあったはずのものが、次の日は別の場所に移動したりしているととても不安な様子になる。新しいものへの警戒心がとても強い。

 人間は変化を好む。すぐ飽きる。気分転換が好きだ。しかし麦は違う。動物の本能は毎日毎日変わらぬ繰返しが好きなのかもしれないと思うと、考えさせられる。

 麦はきれい好きである。トイレが臭うと用を足さないでがまんしてしまう(本当のトイレのマットでこっそりしてしまうのだ)。マットを丸めて隠してしまう。

 野生の世界では排泄物の臭いで天敵に見つかる危険があるので、本能的に自分の排泄物(の臭い)を隠す習性が身に付いているのだ。それはもう必死なのだ。

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麦対策

 構造あらわしの家なので、天井に細工をするのは簡単である。ステンレスのリングを梁にねじ込み、メッシュを吊り下げるだけですぐハンモックができる。

 そばの柱には麻縄を巻いて登れるようにしてあるが、自分ではめったに下りない。下りたいときは鳴いて人を呼ぶ。自力で下りれるように早くなってほしい。

 我が家の床は杉板か畳である。麦が走りまわればすぐ傷だらけだ。しかしこれがじつにいい具合のエイジングなのだ。わざと爪を研ぐようなことはしない。

 しかし工房のある棟の建具は障子と襖なので、いまは麦立ち入り禁止である。大工さんにも申し訳ないので、そっちの棟は麦の爪痕から守ってやろうと思うのだ。

 一方でこっちの棟(母屋)は麦のやりたい放題にしている。毎日好きなところに陣取って家全体をわがもの顔で占拠している。姿が見えない時は押入で寝ている。

 難しいのが人の出入りだ。麦は家猫なので外には出さないようにしているのだが、ひとたび脱出したら、どこまですっとんで行くか分かったものではない。

 出入り口は全て引き戸である。雨戸代りのガラス戸と二重になっているのでいきなり飛び出すことはないが、来客があると、開けっ放しになる瞬間が危険なのだ。

 なにしろチーター並みのロケットスタートなので油断できない。ネットフェンスをさっそく買いに行った。

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仕事場にて

 麦は昼間はだいたい寝ている。邪魔はしないが、すぐ仕事場をのぞきに来て、好きなところで眠る。これならまあいい。遊んであげなくてもいいので楽だったのだ。

 ところが麦は器の水を飲まないので、水が飲みたい時は呼びに来る。水を飲んでいるときに何気なく頭や首を揉んでやったら、これがじつに気持ちよかったらしい。

 なにかというとマッサージをしてくれと呼びに来る。じつは今も足下でさんざん鳴かれ、しかたなくひと揉みしてきたところだ。のどをゴロゴロさせて甘えるのだ。

 たとえばテレビを見ていたり、昼寝をしていたりするとおねだりには来ない。仕事場で椅子にかけたとたんに呼びに来る。不思議だが困ったことになってしまった。

 昼間、現場で外出しているときなどはどうしているのだろう。抜け毛が落ちているところを見ると、机の上や本棚などにもどうやら登って遊んでいるらしい。

 困ったことはファックスが届くとどうもいたずらしているようなのだ。留守にしていると受信がちゃんとできないことが多い。きっと何かボタンを押しているのだ。

 水を飲んでびしょぬれになった足で図面の上を歩かれたときは本当に参った。トレペは濡れると凸凹になってひどい。言っても分からないのでしょうがないけれど。

 猫は勝手に遊ぶというが、かまってあげないとどうも仕返しされるような気がする。案外寂しがりやなのだ。

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家猫、外猫

 麦は家猫である。基本的にずっと部屋の中で暮らしているが、週一回のお風呂の前だけ中庭でちょっと遊ぶ。

 木デッキの下に潜り込むと捕まえにくいので、ネットフェンスを張ったり、オリーブの植えてある穴に落ちるのを防ぐためにメッシュで塞いだりと麦用に改造した。

 平家だが、屋根面がぜんぶ屋上になっているので、麦にも遊ばせたいところであるが、近所の外猫たちの遊び場になっているので、麦は立ち入り禁止だ。

 中庭に出ると、お隣のミーちゃん(おばあちゃん猫)や、すずめたちや、姿の見えない犬の鳴き声や、カラスや飛行機に驚かされるので、麦も吠えてばかりいる。

 そんなに楽しげな様子もないまま、すぐ家の中に戻りたがるので、最近はもう中庭遊びもやめてしまった。

 日当りのいい風呂場でじゅうぶん日向ぼっこもできるし、運動不足にならない程度には走り回ることもできるので、完全な家猫になった。それで満足そうである。

 もし外に出したらどうなるのだろうかと考えることがある。我が家の回りでごろごろしている近所の外猫たちのように平気に暮らせるようになるのだろうか。

 なんとなく、果てしないところまで走り去ってしまい行方不明になってしまうような気がする。猫は必ず家に帰って来れるというが、麦はちょっと信用できないような気がする。なにしろチーター並みの爆発力なのだ。
 

 

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麦が好きなこと

 麦は高いところが好きなので、ハンモックをつくってあげた。これが大好きで、この上でよく眠る。

 ところが最近はハンモックの使い方をちょっと勘違いしていて、何かしてほしい時に吠えるためのポジションだと思い込んでしまった。

 ダダッと駆け上がるやいなや、ワオんワオんと鳴いて(麦はたしか猫のはずであるが)いろいろ要求する。

 たしかにそこからなら気づかないということはない。しつこく吠えるので、だっこして下ろしてやると、人の顔色をうかがいながら洗面所へいそいそと誘うのだ。

 麦は外を眺めるのも好きだ。特に網戸にしてやると、ずっと窓の外を眺めて動かなくなる。すずめが来ると、麦もチュンチュンとうるさい。子供が来ると逃げる。

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 車やバイクの音が苦手なのだが、走っているのを眺めるのは好きだ。とても興味深そうに観察しつづける。

 外の様子が見える窓は仕事場だけなので、車の観察をしたい時は仕事場の奥にある緑の革のソファに陣取る。ちなみにトイレ(大)の後もソファに一直線なのだ。

 きっと革のひんやりした感触がお尻に気持ちいいからだろうと思うのだが、変な落とし物がないか、ちょっと気になる。しばらく変なかっこうで跨がっているのだ。

 最近はトタンのたらいがお気に入りになっている。

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手を使う猫

 メインクーンはアライグマ(coon=クーン)の血を引くという俗説があるくらい、普通の猫とは違うのだ。水遊びが好きで、しかも手が器用である。

 たとえば何かおもちゃを投げると立ち上がって両手でキャッチする。これはかなり笑える姿である。すっかり立ち上がってしまうのだ。リスみたいに。

 ふつうの猫は水が嫌いで、お風呂に入れると動物虐待になる国があるくらい、体が濡れることにストレスを感じるらしい。水浴びなどぜんぜんしないものなのだ。

 ところが麦はお風呂に入れても気持ちよさそうにしている。手を洗う時も片手ずつ順番に差し出して大人しく洗われる。風呂上がりのバスタオルも気持ちよさげだ。

 嘘だとは思うが、アライグマの子孫だと言いたい気持ちはよく分かる。リスやテンやアルパカに見える時さえある。アザラシやネズミみたいな顔をするときもある。

 たぶん鼻が長く出ているので、ほかの動物に似ているように感じるのだろう。ライオンや豹やチーターなんかにもそっくりだ。たいがいの動物に麦は似ている。

 ふつうの猫はなんだかおまんじゅうみたいな丸顔で、手足も短くコロッとしている。たまに他の猫に会うとその違いにびっくりする。まったく別の動物だなと思う。

 麦は毛がふさふさしているので大きく見えるが、風呂に入れるとガリガリでちょっと可哀想な細マッチョだ。

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ムギハウス2

 ケージよりも落ち着けそうなテントを買った。わりとヒットな買い物だと思ったのだが、あまり気に入ってはくれていない。麦なりに不安な要素があるのだろう。

 しかたないのでテーブルの上に置きっぱなしである。かわりにテーブルの下に敷いてあるシャギーラグは気に入っている。おもちゃを持ち込んでは遊んでいる。

 今では麦の遊び道具が所狭しとちりばめてあり、もうすっかり麦専用の遊園地みたいになっている。

 ムギハウス計画は失敗に終わったが。まあこんなものを買うことも、麦がいなければなかっただろうと思う。奇遇な出会いを大事にしたい。しばらく置いておこう。

 ちなみに麦が一番好きなおもちゃは「花王クイックルワイパーハンディふわふわキャッチャー」である。色も形も麦の仲間のようで、飽きずにずっと戦っている。

 そういうわけで部屋のあちこちには「花王クイックルワイパーハンディふわふわキャッチャー」の無惨な残骸が散らばっている。可哀想だ。

 ティッシュペーパーも危険である。間違って放置してしまうと、翌朝にはティッシュペーパーの無惨な残骸が見事に散らばっている。可哀想だ。

 少し大ぶりなムートンクッションを買ってきた時は、しばらくびくびくと様子をうかがっていたが、攻撃して来ないことを確かめると、激しく傷めつけ始めたのだ。

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風呂場

 窓が開く日当りのいい風呂場は気持ちいい。風も通るのですぐにカラっと乾くし、手入れも簡単である。

 ところが風呂に入るのは一日のうちほんの僅かな時間で、夜になることがほとんどだ。それだけのために家の中のベストポジションを占領させるのはもったいない。

 というわけで、ふつうに家を設計すると風呂場は少し脇の方へ追いやられてしまうのが常だ。そこで我が家は風呂をいじめないですむ方法を考えて間取りを決めた。

 一番理想的な位置に風呂場を設けつつ、昼間はそれが邪魔にならないように4面ガラス張りにすれば、まわりにも明るく日が入り無駄な空間にはならないのだ。

 入浴中は半透明のシャワーカーテンを閉じる。初めて入るときは心許ないが、慣れるとこの開放感もそれほど悪くはない(ぜったい覗かれないという保証はない)。

 日が当たる昼間は麦の遊び場にもなる。冬は暖かいし夏はタイルがひんやりして気持ちいい。湯船はホーローにしていたので麦が暴れても傷つかない。よかった。

 4面は檜の建具、天井は杉なので、木の匂いもする。昼風呂をしたいところなのだが、そういう怠惰な生活はもう少し年取ってからの楽しみに取っておこうと思う。

 余裕があれば風呂場はできるだけ大きくつくることをお薦めしたい。2坪くらいあるとゆったりして気持ちがいいだろうなと思う。昼寝に使ったりもできるだろう。

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中庭

 家の間取りを考えるに当たってどうしても気になったのが日本建築の伝統的な、とある作法のことだった。

 誰から聞いたのか、どこで読んだのか、ちょっと失念してしまったのだが、日本の屋敷というものは部屋毎にプライベートな庭がなくてはならないのだそうだ。

 この話を聞いたときにいろいろな伝統的な日本建築を思い浮かべ、これはなるほど、すばらしく心地よい家のつくりかたに違いないと思ったのだ。

 したがって我が家のプランは3カ所の中庭を持つ平家になった。外から見ると黒塀に囲まれた閉鎖的な建築物に見えるが、内部は意外と開放的だ。

 麦は家猫なので、あちらこちらに見える中庭のことが気になる。あの向こうには何があるのだろうとよく見ている。日が当たる窓は朝、昼、夕で刻一刻変わる。

 中庭を散りばめながら、理想的な部屋の配置を考えているうちに、はっきりとした玄関というものがない家になってしまった。来客にはかなり不便をかけてしまう。

 単純な構造を追求した結果、家の外壁は掃出しの窓の部分と板壁の部分の基本的に2種類だけで出来ている。どの窓からも同じように出入りできるのである。

 檜の引き違いガラス戸を二重にして、その間には網戸を入れている。今では珍しくなったネジ締まり錠を裏表につけているので、これを開けるのは容易ではない。

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外部建具のこと

 「アルミサッシ」というものが嫌いである。さんざん仕事ではお世話になってきたくせに、愛情を持てない。

 建築の用語で言うと「サッシュ」というのが一般的であるが、今のビルの開口部はすべてこれである。上等なものはメタリックなフッ素樹脂を焼付けしてある。型もそれなりに洗練されていて、見栄えのいいものもある。

 一方、住宅で使われるのは酸化皮膜を電解着色した茶色味がかったものや、アルマイト色のものだ。クリアのウレタンでテラテラと光っている。部品は樹脂製だ。

 フッ素ならともかく、電解着色にクリアの塗装皮膜というものはせいぜい20ミクロン程度なので、ちょっと潮風などが当たるところでは数年でダメになる。

 白や黒に着色したアクリル樹脂焼付け塗装、いわゆるジュラクロンでも、持って5年といったところなのだ。

 塗装されたアルミの汚れはみすぼらしく、手の施し用がない。薄汚くなるにまかせるしかない。年季が入って味が出るなどという代物ではけっしてない。

 気密性が要求されるいまの住宅は何も考えずにアルミサッシュを使う。しかもメーカーのカタログから選んだありきたりの寸法で、安っぽい外付けの納まりとなる。

 引き戸ならまだしも、開き戸の框のぶっとさは見れたものでない。そういう窓がいっぱいついた新築を見ると悲しくなる。アルミの窓ばっかりなのは日本くらいだ。

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麦の仕事

 麦にはこれといって仕事はない。ごはんを食べるために芸をしなくてはならないわけでもなく、おあずけとか言われることもなく、いつでもたっぷりのご飯がある。

 野生の生き物も、子供のうちは親がえさを運んできてくれるだろうが、兄弟たちとの取り合いなど、なんらかの努力と引き換えにごはんが食べられるものなのだ。

 人間で言えば完全なニートであるが、本人はそれほど気にしている様子もないようだ。とても機嫌良く毎日を過ごしている。完全失業者だという自覚は全くない。

 人間のように働かざるもの食うべからずというルールはないようだ。不労所得がたんまりあるためにダメ人間になる、というようなこともどうも猫にはなさそうだ。

 ところが麦にも、一人の力では出来ない、どうしても人に頼まないとできないことが二つだけある(ごはんもトイレも世話になっているのだがその自覚はない)。

 ハンモックから下りることと、水を飲むために蛇口を開けてもらうことの二つだ。一生懸命鳴いたり吠えたりこればっかりは必死に頼み込まなければならないのだ。

 けなげなほどに鳴くので、しかたなく手伝ってやる。麦が好きな首のマッサージを要求する場合もあるけれどそれは生きるために必須なことではない。

 水とマッサージの違いは麦も自覚しているみたいで、少し遠慮がちに「揉んでくれると嬉しいな」と言う。

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麦の仕事2

 部屋で仕事をしていると必ず麦が呼びにくる。居間でごろごろ暇そうにしていても知らんぷりだが、忙しそうにしたとたん、何かを察知してしつこく鳴きはじめる。

 どういうきっかけでこうなったか記憶がないが、麦の中では確実に「仕事をはじめたら邪魔をしなければ」という義務感が確立してしまっている。面倒なことだ。

 一度いい思いをしたら次も期待して同じ行動を繰返すようになると言うが、ちょっと勘違いしてしまっても、なかなかその誤りには気づかなくなってしまう。

 たまたま結果が出ただけなのに、そのプロセスの全てが正しかったと思い込んでしまうと、次に同じ事をするときにどうしても繰返してしまうのは人間も同じだ。

 経験や常識のなかにもこういうそれほど正しくない物が紛れ込んでいることがある。そして同じ誤りを何度も繰返す。改善するというのはとても難しいことなのだ。

 だいたい人間の頭は固い。年を取るとますます信念を持って頑固になる。一生懸命にやればやるほど柔軟性を失う。専門家の固定観念ほどやっかいなものはない。

 教科書に書かれていることを信じ込み、丸暗記して、例外や異端を排除して集団で同じことをする。世の中には絶対的な共通の価値観があると漠然と信じている。

 「マーケティング」なんてものがこれの代表みたいなものだと思う。前例のないものにはチャンスがない。 

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麦の仕事3

 「マーケティング」の裏付けがなくては企業は投資の決断ができない。そこには直感や閃きが入り込む余地がない。ありきたりの成功例の二番煎じばかりになる。

 ショッピングモールには同じテナントばかりが並び、本屋にはベストセラーばかりが、テレビ番組は美味しいお店紹介と雑学クイズ、服屋には流行ものだけが並ぶ。

 個性だなんだと言われて久しいが、結局大手広告会社が垂れ流す物売りのための洗脳情報に全員が右へならえしているのだ。行列のできるお店が大好きになる。

 たとえばレストランひとつをとっても、静かで、いつ行ってもいい席があり、サービスがよく、美味しい食材を使い、手間をかけた料理をして、しかもリーズナブルとくれば普通ならパーフェクトで、成功間違いない。

 ブラッスリーDなどはそういうお店のひとつだった。しかしそんな愛せる名店は今はもうない。なぜならこの世の中で成功するのはその正反対のものだけだからだ。

 混んでいて、不味くて、高い手抜き料理を出すお店をテレビ番組のパブリシティだけで流行らせている。

 109の地下におそらく地権者のお店だったのだろう定食屋が一軒入っていた。おばあさん手作りのお惣菜とごはんとみそ汁が出る。あの一軒さえあればよかった。

 タイトルとも、写真ともまったく関係ない話になってしまった。しかしあの定食屋がなくなったのは残念だ。

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関係のない話のつづきでおしまい

 生きるために最低限必要なものは当然それだけの価値がある。それ以外のものを対価を払って買うということは、必要ではないものを欲するなんらかの理由がある。

 世の中の価値という意味をつきつめていくと、結局は「稀少価値」というところに行き着く。希少性を煽って価格を高騰させるのは商売の基本中の基本だ。

 一方でマーケティングは多数決の世界である。多くの人が希少なものを競って買う。当然この矛盾は際限なくニッチを消費しつづけていくことでしか成立しえない。

 もうそろそろこのまやかしの商売をやめてもいいのではないだろうか。たしかな技術と品質で百年でも二百年でも変わらない定番の一品を生み出してほしい。

 三百年前の古民家に勝る建築を見たことがない。それも単なる希少価値だよと言われてしまうと困ってしまうが、日本中古民家だらけであっても一向に構わない。

 いまの日本ではたった20年前に普通に買えたものを手に入れることがほとんどできない。着慣れた服、履き慣れた靴、車から歯ブラシまで、なんでもかんでも。

 質や機能やデザインがよくなっていくならまだいい。より安っぽく使いづらく味気なくなるばかりなのは功利主義社会の必然的な流れだ。儲けを追うだけなのだ。

 儲けを競いあって自由で豊かな社会を築こう、という大前提の世の中に生きているのだから、しかたない。 

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竣工間近

 麦の話がしばらく続いてしまったのだが、現場の方も日々着々と進み、いよいよ完成を迎える。

 外構工事を見ていると日焼けしてしまう。考えてみると建築の職人さんはみんな真っ黒だ。すごく遊んでいる人とすごく働いている人が日焼けしている国なのだ。

 手仕事にこだわった家だ。まっとうな設計ではあるが職人さんの高い技術がないと出来上がらない材料ばかりでつくられている。高価ではないが手間がかかる。

 しかし「より簡単に」という進歩を急速に遂げて来た建築の世界にあって、このこころみはそう簡単ではないということは誰もが想像の通りなのだ。

 難しい、苦しい、果てしない作業をやり遂げる精神力を目の当たりにすると心から感服する。人間の力というものを見せつけられた気分だ。

 そういう職人さんたちのかけがえのない努力を台無しにしてはいけないので、設計する方も少しも気を抜く事はできない。最大限の満足を全員で味わいたいと思う。

 これでもモットーはフラー仕込みの「最小努力の最大効果」である。地球環境のための一番のエコはこれしかない。無駄なものを見ると本当に悲しくなる。

 徒労は悲しいものである。だれもやりたくないことはやりたくない。つくりたいという意気に感じたものしかつくってはいけないのだと肝に銘じている日々である。

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透明な床

 吹抜けのある家は多い。ところが吹抜けには構造上の問題以外にも、いろいろと悩ましい欠点があるのだ。

 一番の問題は高いところに手が届かないので手入れが難しいこと。続いて冷暖房が利かないこと。音が漏れること。落下の危険があること。などなど。

 メンテナンス用のギャラリーを設けたり、シーリングファンを設置したり、という工夫が必要になる。

 いろいろと悩んでいるうちに、床を透明にしてしまえということになった。そもそも視線的に見通せることと太陽の光を階下に透過させることが目的だったのだ。

 これで高いところの掃除の問題も冷暖房の問題も解決した。構造的にも井桁状に組まれた梁が補強になる。

 この透明の床は強化ガラスに飛散防止用のフィルムを張ったものだが、そのフィルムにも熱線や紫外線を遮蔽する特殊なものがあり、可視光線だけを透過するのだ。

 伝統的工法と最先端技術との出会いが新しい家の様相をつくりだした。素朴っぽいような、未来っぽいような不思議な光景だ。見たことのない部屋ができた。

 大きな天窓越しの空が床に映るのも面白い。昼と夜とで劇的に雰囲気も変わる。自然の中にいる気がする。

 工事中に日除けのためのブルーシートを天窓に掛けたのだが、その瞬間、部屋中が水底の世界に変身した。 

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水底の世界

 これがブルーシートで偶然できた青の世界だ。涼しくなったのももちろんだが、この幻想的な雰囲気にはぞくぞくするものがあった。色の力を感じさせられた。

 若い見習いの大工さんも一緒に興奮気味に喜んだのだが、天窓でこういう芸当ができるとは今まで考えたこともなかった。これがステンドグラスなんだなと思った。

 浄土寺浄土堂の内部が、朱に塗られた格子戸を透けて差込む光で仄赤く染まっていたのも、ふと思い出した。

 太陽の光は時間の流れや雲の動きにつれて、刻一刻と移ろうのだが、それが部屋の中にいて敏感に感じられるのはとても面白い。

 壁面の窓からだけの採光では、この光の変化はあまり感じられたことはなかったのだが、大きな天窓からの光はまったく違った。まるで外にいるようだ。

 残念ながらこの家で暮らすことはできないが、こんな自然な光のゆらぎの中でぼんやりと過ごしてみたいものだ。飽きることがないと思う。

 竣工が近づいて、この家が自分のものではなくなるのが寂しくなってくる。来る日も来る日もこの家のことを考えつづけた一年が終わろうとしている。

 建築は夢を実現する仕事だと最初に書いたが、今その瞬間が近づいている。クライアントのうれしそうな顔を見て、少し実現できたのかな、と安心したのであった。

 建築主の夢も実現できたのかなと、少し安心したのだ。

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Tokyo Jacket

 ようやくスイッチやコンセントのプレートがついた。建築主が選んだのは「代官山スリット」というものだ。

 赤、黒、銀、の三色に塗装された削り出しのアルミ板は左右に一段面落ちのスリット加工が施されている。

 一廻り大きくオーバーハングしたアクリルプレートが同色に塗装された2㎜の6角ボルトで留められる。

 アクリルの中央部に開けられた窓のエッジはテーパー状に3次元カットされている。

 アクリルのエッジライト効果を生かし二層構造を強調したデザインとなっている。

 これらは日本の町工場でひとつひとつつくられているそうだが、その技術はどれをとっても非常に高度な製造技術である。簡単につくろうという姿勢は全くない。

 この製品のデザイナーの方によれば「この工場にしか出来ない日本が世界に誇るべき町工場の底力」なのだ。
 
 とかく工業製品を敬遠してきてはいたけれど、こんな魅力的なプロダクトであればまったく文句なしである。

 よくよく見るとアルミの削り出しの刃跡や塗装ムラが見える。製造者にとっては不満があるかもしれないが、そこがマチエールを感じられるいいところなのだ。

 グッドデザイン、心のベストテン第1位最有力候補。

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仕切りのない家

 内装もほぼ完了した。家の中心にゆったりとした階段を据え、全体が一目で見渡せるようになっている。

 壁はほぼ外周のみで、間仕切りは可動の建具である。ほとんどは天井までのガラス入り木製框引戸にしてあるので間仕切り壁というものがない家になった。

 透明なガラスで区切られたいくつかのスペースだが、視覚的にはほぼ一体となっている。家全体がワンルームだと言っても間違いではない。

 これらの造作の一切がオリジナルに手作りされたものである。住宅建材メーカーのカタログには便利なものがたくさん載っているが、ほとんど使うところはない。

 人間の手でつくりだせるものはなるべく手でつくる。レトルトのインスタント食品や冷凍食品が味気ないのと同じように、出来合いの材料は手触りに味がないのだ。

 窓のない家なので、外周部にたっぷりと収納を設けてある。そのことで構造的にも非常に耐震性の高い架構が組めている。全部で8間のクローゼットと押入がある。

 天窓はガラスの二重構造になっていて、その中で暖められた空気が冬期は暖房に使えるよう、夏期は効率的に屋外へ排出できるようになっている。

 中央部の階段室を伝い、階下の冷たい空気が暖められながら上昇し、室内には気流が生じる。空気が澱まず、涼しいそよ風が屋内を巡るように設計されている。

 

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部屋の内装

 壁面いっぱいの本棚とペンキ塗の板壁はクライアントの要望である。造り付けの家具は好きではないのだが、棚が自由に取り外しできるこの棚は悪くない。

 難しい注文だなと少し悩んだが、店舗などでよく使うガチャ柱を思いついてからはいけそうな気がしていた。

 板壁はラーチを目透かしに張ったもので、その目地にガチャ柱を埋め込んである。棚板は松の集成材である。18枚の板は壁面の中で自由自在に組み替えられる。

 壁の水色は「かもめ食堂」のイメージである。DVDを何度も見て色合いを決めた。映画に出て来るセットの雰囲気はなかなか味のあるものが多い。

 ピカピカツルツルのものはほとんどなく、そこらへんではめったにお目にかかることのない、芸術的なまでに年季の入った風情が拵えられていることが多いのだ。

 そのいい質感に慣れてしまっているのに比べて、現実の建築はそこまでいい味を出してはいない。エイジング塗装されたディズニーランドのほうがましなくらいだ。

 エイジング塗装はいくらなんでも邪道であるが、いい感じの「汚し」はものの質感を高める。木の黒ずみや、石の苔、鉄の錆などは本当に美しいと思う。

 家の内装というものは、なかなか汚れて美しいというわけにはいかないのだが、そんな材料で出来ていることが理想である。つまり「パティーナ」ということだ。

  
   

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風呂場

 風呂場は気持ちいい空間であるべきなのだが、そこで過ごす時間はきわめて短い。そのために限られた家の中のベストポジションを占有させるのはもったいない。

 使わないときにもスペースの無駄にならないために、ガラス張りにする方法は最近よく見かける設計である。

 モザイクタイル仕上げなど、せっかく手の込んだ内装なのだから、見えるようにしておきたいという気持ちはよく分かる。この家も丸見えの風呂場となった。

 左手にある洗面カウンターとひと続きになった3坪のスペースがすべて風呂場といってもいい。手前の8帖のサンルームと合わせると合計7坪の大浴場なのだ。

 仕切りは天井までの檜の框引違戸で、床、壁はガラスモザイクタイル(シーズン)、天井は椹(サワラ)の板という仕上げである。

 風呂場の部分だけで天井高が2.5m、広さは3帖あり普通の1坪タイプのユニットバスに比べて気積が2.5倍もある。このゆったり感はなかなか気持ちがいい。

 2階にあるので構造と防水に特殊な対応が必要であるが、ユニットバスでなければできないわけではないのである。あれは施工の手間を考えただけの製品なのだ。

 最近、防水をFRPにすることが多いようだが、柔軟性がないので破断したらおしまいである。あのガラス繊維も職人泣かせだ。ゴムシート防水が一番いいと思う。

  
   

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台所

 ユニットバスと同じように、システムキッチンというものも原則として使わないようにしている。

 機能的には流しとコンロと調理台に収納が付いているだけのものなので、それぞれ好きなように手作りすれば使いやすいものが安上がりにできると思うのだ。

 カウンターだけ工場で製作し、足や棚は木材を使って現場でつくった。水栓類とレンジフード、IHクッカーは建築主が気に入ったものをとりつけただけである。

 前面の棚はボックス状になっていて、内側には照明をつけるライティングレールと、調理器具を下げるためのタオルバーが取り付けられている。

 カウンターは長さ3.6mで、厚さ1.2mmの1枚もののステンレス板でできている。流しの部分も溶接研磨してシームレスなデザインだ。ミーレのIHがはまる。

 電化製品を多く使う場所なので、100Vのコンセントを8口、200Vを4口設けている。左手にSMEGの黒い冷蔵庫を置く予定にしていたが代理店が倒産した。

 残念ながら、SMEGは入手困難となってしまったのでGEの特注色に変えた。フードは今回もアリアフィーナである。水栓は建築主の好みでグローエになった。

 トーヨーの高級システムキッチンに勝るとも劣らないものができあがったと思う。もちろん値段は半額以下である。ニトリの19万8千円には、さすがにかなわない。

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便所

 明るく気持ちのいい風呂場をつくるのは好きなのだがどういうわけか便所は閉じたスペースにしたいと思う。あまり理屈の通る説明がつかないのだが、そう思う。

 流行の、窓のある明るい広い部屋にぽつんと置かれた便器、というイメージがどうも心地よいとは思えない。そもそも窓があることにさえ、なぜか抵抗を感じる。

 ああいうだだっ広いトイレが快適だと感じる人も多いのだろうか。謎である。外国では広いバスルームの一角に明け透けに便器が置かれるが、はなはだ落着かない。

 ドアも本当は内開きが好きなのだが、建築主の要望で大きな手洗い器を設けたため、やむなく外開きにした。

 内開きであれば、使っていないときに開けっ放しにもできるし、間違って開けられても内部を見られることもない。玄関ドアですら、内開きにしたいくらいである。

 内装は床の黒に合わせて黒い壁紙にした。ドアは木製パネルドアを大工さんにつくってもらい金色のペンキを刷毛塗りした。天井も金色の壁紙にした。

 便器はネオレストハイブリッドである。1リットルの水でも流せるという超節水性能に惚れて今回も選んだ。ちょっと昔の便器は10リットル以上使っていたのだ。

 勝手に洗ってくれるという便器を出しているメーカーもあるが、水圧が低い家庭では汚れが残る。クレームが多いと聞いた。考え方はなかなかいいと思うのだが。

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建築写真

 建築物は、完成すると決まって竣工写真というものを撮り、建築主に差し上げる習わしとなっている。

 また建築雑誌という特殊な出版物のための写真もよく撮影する。そういう写真のジャンルは一般に建築写真と言われる。建築写真専門の写真家もいるほどだ。

 室内を撮影するにはそれなりの広角レンズであおりを利かせるため、実際よりかなり広く感じる写真になる。

 家具や小物などをありえない所に置いて構図を整えたり、暗い部分に照明を当てたりと、大変な作業である。

 実物を見てがっかりすることも多いのだが、最近流行なのが少し露出オーバーな白っぽいハレーション気味の写真である。色白は七難隠す、じゃないのだろうけど。

 すみずみまでくっきりはっきりきれいに写った説明的な写真よりも、ポエジーのある幻想的な絵になるのだ。

 いずれにしても実際の建築よりもはるかに美しい写真が出来上がるのだが、それはそれで困りものである。

 今後は建築を記録したり、紹介したりするのに動画が使われるようになってくると思われる。よく言われる事だが日本建築は動く視点で鑑賞するようにできている。

 「行動的空間」というのが日本建築の伝統なのだが、それは写真ではなかなか伝わらないものなのだ。確かに建築雑誌を見ても実物の建築の良さは伝わってこない。

 

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建築写真2

 そういうわけで、自分で写真を撮る場合は、目で見た奥行き感や広がりになるべく近い絵になるように心がけている。うそにならないのが一番だと思うからだ。

 「うそ」と言えばちょっと前に流行った、高いところから撮った鳥瞰写真のフォーカスを中央部だけに当ててミニチュア模型のように見せる撮り方がある。

 Olivo Barbieriの「Siena」という、あのカンポ広場をジオラマ模型のように撮った作品が最初だったと思うが、模型と思ったら実物だ、という手の込んだ嘘だ。

 最近よく耳にする話が、設計段階で超リアルなCGをつくりすぎて、完成するころにはすっかり飽きてしまい誰も喜ばなかったという悲しいことがあるというのだ。

 極論すれば映像的なイメージはCGでいくらでも表現することができるので、わざわざ苦労して実物をつくるまでもないということだ。

 少なくとも、写真的な見栄えを考えて設計することはもはやなんの意味も無い。この切換えは重要である。

 これまでの現代建築は写真というメディアなくしては発達しえなかった。写真が伝える拙いイメージが世界中の建築家のイマジネーションを刺激しあってきたのだ。

 これからは写真では伝わらない部分のデザインだけが意味を持ってくる。すなわちスケール、シークエンス、マチエールに加え、音や匂いや風や温度などだろう。 

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 地元の荒川河川敷では、毎年この時期になると見渡すかぎり一面ポピーの赤色に染まる。れんげやコスモスといっしょで、おそらく耕地の土を守るためなのだろう。

 菜の花の黄色、桜のピンク、ポピーの赤、と春先から初夏にかけて、つぎからつぎへと色鮮やかな景色の変化が楽しめる。この喜びは田舎暮らしならでは、なのだ。

 鴻巣の花はパンジーなのだが、花壇の花はつくりものっぽくて、こういう花畑の迫力には到底およばない。

 田舎に住んでいると植物の生命力に驚嘆させられる。春になると、あっという間に、何もなかった地面に草が生い茂る。一晩で空地が緑に覆い尽くされる感じだ。

 それはもちろん植物のパワーというよりも、太陽や、雨や、土や、つまりは地球の生命力なのだ。エネルギー問題がどうのこうのと言っているのが愚かしく思える。

 人間の科学力など、こんな雑草一本、つくりだすこともできないようなお粗末なものだと考えておいたほうがいい。控えめに自然と共存の道を歩むのがいいと思う。

 地球を意志ある存在であるかのように考え「ガイア」と呼ぶことがある。ガイアの意志は地球をどうしようとしているのかは分からないが、人間のそれとは違う。

 人間の都合で環境保護などを訴えても、それが本当に地球が喜ぶことだとは限らない。燃えるマントルの火の玉になりたいのかもしれないではないか。もしかして。

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縁側

 日本の伝統工法でつくられた建築で縁側のないものはほとんどない。あってあたりまえの縁側である。

 子供のころ毎夏を祖父母の田舎家(いまで言うところの古民家)で過ごしていたので、自分の家を建てるときはなんとなく縁側をつくろうと決めていた。

 部屋を移動する廊下としての役目は当然として、縁側があることで外部の光や空気や音などのいいクッションになる。絶妙な緩衝空間なのだ。

 縁側と切っても切れないのが紙貼り障子だ。普通なら間仕切りなどになるはずのない薄っぺらな和紙が、細い格子の建具に貼られただけで十分な界壁に変身する。

 和紙を透かす光の柔らかさはほかのものでは真似できない。障子に映る影なども面白い。色柄のある紙で装飾することもできる。すばらしい日本の発明だと思う。

 昔の家は雨戸を開けるといきなり障子だった。今では考えられない柔らかい建築だ。木と、障子と、土壁と、畳と、茅。夢のような天然素材である。

 しかもそういうラフな素材たちが信じられない職人芸によって、最高に美しいシンプルさで組み上げられる。どうしてこの伝統を残そうとはしないのだろうか。

 高気密高断熱ばかりを追求する住居のあり方には直感的に不安を感じる。なんだか外の空気が吸えなくなった未来社会のシェルターのイメージが思い浮かぶのだ。
  

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 地球環境問題の話になると政治的な議論になるので、こういうことはめったに言わないようにしているのだが地球温暖化論者の非科学性には本当にうんざりする。

 もちろん二酸化炭素の排出を抑制することは悪くないのだが、そのことと原子力肯定とはまた別問題だ。

 最近テレビでは、さかんに東京電力が柏崎原発の安全性PRのコマーシャルを垂れ流している。この不況の中ではテレビ局にとってもいいスポンサーなのだろう。

 どれくらいの広告料を浪費しているのかは残念ながら公表されないが、公共料金収入の中から莫大な出費をしているのは容認し難い事実である。

 しかもスポンサー番組の中で、コメンテーターに無理矢理「原発はエコ」だと言わせたりもしている。一時期の原発アレルギーは完全にぬぐい去られた感がある。

 前にも書いたが、活断層の真上に建つ柏崎原発が安全だという建設関係者は一人もいない。東電と政府だけが脳天気にも報告書を捏造しているにすぎない。

 地球温暖化論の真意が原発推進にあることはあきらかである。地球温暖化を信じてもいい。ただし、その先に原発肯定論へと続く道があることを忘れないでほしい。

 写真は秩父の荒川上流の美しい流れである。こういう美しい水を眺めながらも、頭をよぎるのが醜い環境破壊政治のことだけなのは悲しい。美しい国、ニッポン。

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差鴨居

 日本の伝統工法の構造的特徴は筋交いのような斜材を用いないことである。構造合理性を考えたら斜材を使うトラス構造のほうが経済的で強い。

 おそらくそういうことは経験的に理解していたと思うのだが、あえて柱梁や貫を直交させるだけの軸組構造にこだわった理由はなんだろうか。

 日本建築の最大の特徴はフレキシビリティだと思う。あらゆる部屋は多目的スペースなのだ。寝室にもなり、居間にもなり、食事室にもなる。結婚式をすれば葬式もするし、歌ったり踊ったりの宴の場にもなる。

 8帖間の座敷がいくつも連なる大農家も、柱間の建具を取り払えば瞬時に大広間に変身する。

 この自由な可変性を支えているのが壁のない軸組構造なのである。そのおかげで抽象的と言ってもいいくらい美しくシンプルな建築様式を究めることができたのだ。

 結果として直交グリッドの端正な意匠が日本建築美の特徴ともなったのであるが、これは構造的な要求ばかりでなく、そもそもそういう美意識も働いていたと思う。
 
 この構造形式を可能にしているのが差鴨居という部材なのである。建具の鴨居が実は重要な構造材なのだ。

 ちなみにトラスはひとつの節点が破壊すると構造全体が崩壊してしまう静定構造である。一方伝統工法は仕口のめり込みで外力に抵抗する粘り強い構造でもある。 

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敷土台

 日本の伝統工法は石場建ての基礎構造が弱点だというふうに思われがちであるが、実はそれが耐震性の重要なポイントなのである。

 現在の建築基準法では、建物とはそもそも堅固に地盤に筋結されたものでなければならないとされている。

 一方、日本の伝統工法では玉石に束や柱を乗せただけで一切固定しない。普通に考えると不安である。

 日本は地震が多い国なので、おそらくあえてそうするようになったのだと思われる。つまりは地震力が建物に入らないようにわざと縁を切った「免震構造」なのだ。

 地震力を受けると、屋根の荷重を支える中央の大黒柱が軸足となり、外周部の柱は浮き上がる。やじろべえと言われる耐震構造システムである。

 ゆっくりとやわらかく建物は変形し、仕口のめり込みが地震力をさらに吸収する。とてもすぐれた構造だ。

 ここで重要なのが柱脚が開かないようにつなぎとめる足固めという部材だ。貫を入れる場合もあるが、外周部には地面に転ばせた敷土台が柱を固定する。

 この部材には湿気や虫に強い栗の木がよく使われた。広葉樹は導管が少ないため重く堅い。針葉樹の3倍ほどの比重がある。欅も広葉樹建築材の代表格であった。

 かつて日本は広葉樹の森に囲まれた国だったのだ。

 

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茅葺き屋根

 日本の伝統建築というと瓦屋根を思い浮かべることが多いと思うのだが、瓦というものは、そもそも大陸から伝来したものである。主に寺院建築に用いられた。

 日本本来の建築は茅葺き、桧皮葺き、杮葺き、などの草木を材料とした屋根が特徴である。この延長上に銅板の一文字葺きなどが生まれたわけだ。

 神社建築などがその例であるが、もちろん農家などの民家も茅葺きが標準的な工法であった。村人総出で屋根葺きを行うのが年中行事でもあった。

 もちろん今でも茅葺き屋根専門の職人さんはいるのだが、最近ではめっきり仕事が少なくなった。次世代では絶滅が危惧される技術のひとつである。

 埼玉の深谷に現存する古民家は、まだ千戸ほどもあるのだが、そのうち茅葺き屋根が残っているものは片手にも満たない。空き家であったり、老朽化も著しい。

 茅葺き屋根というものはフォルムの美しさもさることながら、機能面でもたいへんすぐれた屋根構造である。

 日本の夏は暑いのだが、茅には雨の日の水分を日射によって蒸散させる作用があり、気化熱を奪うことで打ち水と同じような冷却効果を持つ。冬はもちろん暖かい。

 また、古くなった表面の茅を刈り、奥から新しい茅を引っ張り出し刈り揃える、というメンテナンス性もよく考えられている。焼物と違い、土に帰ることもできる。
 

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丸太梁

 埼玉県北部地域ではほとんどの農家が養蚕をしていた関係で、切妻総二階の納屋のような形状をした古民家が数多く残っている。棟の煙出しも共通の特徴である。

 写真は築300年にもなる江戸時代からの農家である。おおむね総二階ではあるが、南側の縁側と東側の納戸が下屋となっているこのようなスタイルが多い。

 正面には玄関庇からひと続きの下屋が取り付く格好となっていて、その屋根を受ける桁が7間〜8間の長さにもおよぶ一本ものの松丸太梁となっている。

 ほとんどの農家住宅にほぼ共通して見られるこの縁側の丸太梁の使い方は、材木の上等さを競い合った当時の大工や農家の見栄のようなものではないかと思う。

 構造的には、どう考えても、この本体構造から外れた部分にこれほど立派な材木を使う理由は見当たらない。つまりは、純粋に意匠や見た目の問題なのである。

 このように昔の民家のつくり方には強い共通性があり間取りや構造、意匠にほとんど独自性というものがないのが特徴である。違いは建具の格子柄程度なのだ。

 座敷の数に差こそあれ、すべて同じ型だと言っていいくらいに定式化した家づくりにおいて、ぱっと目につく丸太の太さが自慢し合う要素になっていったのだろう。

 いまではもうこれほど立派な丸太は採れない。古民家を解体しても、この丸太梁だけは捨てないように願う。

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深谷の赤煉瓦

 明治になって西洋建築を模倣するようになると、その主な建築材料となっていた煉瓦が各地で生産されるようになった。深谷もその有名な産地の一つである。

 あちこちに煉瓦工場の赤い煙突がいまも残っている。あの辰野金吾設計による東京駅などもこの深谷の赤煉瓦でつくられたものである。

 深谷近辺では農家でも赤煉瓦が使われた。蔵や塀などは煉瓦造のものをよく見かける。西洋の象徴のような赤煉瓦と日本の伝統建築が見事に融合していて面白い。

 煉瓦という材料はとてもいい質感を持っている。その汚れっぷりが美しいのだ。釉薬のかかったレンガタイルやテラコッタでは出せない柔らかで素朴な味がある。

 目障りな超高層ビルなども、PCに煉瓦を打ち込んで外壁を仕上げれば、そこそこ見た目のいいものになると思う。おそらく実現はしないと思うので夢の話だが。

 なぜなら汚れる材料はメンテナンスにコストがかかるので、事業者がもっとも嫌うものなのだ。それがいかに風合いのいいものであっても、汚れは汚れなのだろう。

 近ごろ、ビルやマンション、住宅などの竣工検査では異常に細かいクレームが増えているらしい。髪の毛ほどのキズやほんの少しの歪みや凹みが許せないという。

 そういう人は丸太や煉瓦でできた家に暮らしてみるといいと思う。キズなどまるで気にならなくなるだろう。

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森林資源について

 昨夜「HOME」を見た。美しい空撮に見とれながら地球環境破壊のデータがつぎからつぎへと語られる恐怖を味わった。地球の資源という資源が枯渇しつつある。

 なかでも森林面積の減少は深刻だという。空から見たケロイドのような大地の様子は、人類の行いが間違っていることを、その醜さゆえに、はっきりと告げていた。

 資源の利用について節度を訴えても、儲けを競い合う豊かな自由経済社会においては無力だろう。つけを払うのは次の世代なのだから、いまの人々には関係ない。

 アフリカでは黒檀などの貴重な広葉樹林が消滅しつつあるそうだ。中国人が切り倒し、おもに日本などに向け輸出しているからだそうだ。

 森林資源の活用は建築業を営むものにとっては大切な問題である。安いからと言って簡単に輸入材に頼ってはいけないのだ。林業のことを考えずに仕事はできない。

 もともと林業とは森林の再生サイクルを壊さないように植林をしつづけながら営まれてきたサスティナブルな産業であった。根こそぎ切り倒しておしまいではない。

 日本では国策として成長の早い杉を中心とした針葉樹の植林を進めてきた。それがいまや使いみちもなく放置され花粉や大規模な山崩れなどの問題を起こしている。

 アイルランドでは針葉樹植林を反省し、今後の植林は広葉樹に変更する方針だそうだ。日本はどうだろうか。
 

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森林資源について2

 日本はもともとブナ、ナラ、クリ、ケヤキ、クヌギなどの広葉樹の森に覆われていた。日本本来の風景に針葉樹林の色合いは不釣り合いなものだと思う。

 針葉樹が植林された冷たい黒い青緑色の山は、自然というにはあまりに均質で人工的だ。それに比べ広葉樹の山は豊かな自然の造形にあふれていて美しい。

 アイルランドでは針葉樹の山が保水性をなくしたことで崖崩れが多発したことや、日本と同じように花粉症の原因になることが理由で見直しの動きが出て来た。

 しかしその決定的な要因となったのは、アイルランド固有の景色に針葉樹林が似合わない、という美的感覚の問題であった。そしてもう広葉樹の植林が始まった。

 資源利用の節度というものがいったいどの程度なのか明快な線を引くのは大変難しいと思うが、アイルランドのように美醜を判断基準にすることもありだと思う。

 ケロイドのように切り裂かれた大地の醜さは、考えるまでもなく限度を超えた行いであることを分からせる。

 考えてみると世界中の文明の発達は、程度の差はあるけれど、美しいもの、を追い求めてきた歴史でもある。ブラジルのスラムでさえ世界遺産になるほどに美しい。

 経済的であることを優先して見栄えは二の次で成長をとげた国もある。その豊かさはグローバル経済の破綻の中でもろくも崩れ去り、もはや何も残っていない。

 
 

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内と外の境界

 荏開津君の日記にトラン・アン・ユンの青いパパイヤの香りの話があって思い出したのだが、あの映画に出て来るベトナムの住居が強く記憶に残っている。

 見たところ内と外を隔てる窓らしきものがないのだ。中庭みたいな空間とひとつづきになった屋根のある部分が、自然に部屋のようにしつらえられている。

 気密も断熱もあったものではないつくりである。それがあの熱帯の国で、どうして成立するのか不思議でならなかった。スクリーン越しにはとても魅力的に見えた。

 京都の町家なども坪庭に面して網戸もなく開け放してあることが多いが、やはり蚊や蝿の心配をしてしまう。

 ところが幼いころに過ごした古民家での夏を思い出してみると、縁側の雨戸を開け放てば、たしかに外と同じ空気であった。昔の日本も同じようなものだったのだ。

 はたして今の日本の住居はというと、ほとんどが完全に密封された箱になりつつある。高気密高断熱を競って外気をシャットアウトすることに血眼になっている。

 窒素酸化物や、花粉や、黄砂や、農薬や、害虫などが浮遊する空気をおいしく吸えといっても無理な相談だがそういう世界に生きているということ自体が恐怖だ。

 窓をあけて暮らすために「コバエコナーズ」を窓先にぶら下げようかと思ったが、そのあまりに惨い姿に怯み断念した。とりあえず網戸は閉めたままにしよう。
 
 

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縁の下の力持ち

 この写真は高山の吉島家住宅のものであるが、縁側の欅板の裏側を見たところだ。5㎝ほどの無垢板なのだが、ある工夫がしてある。

 一般に板材は厚いほど反りが強く出やすい。欅の板が反る力を実や釘だけで押さえ込むのはまず不可能だ。

 そこで、見えない裏側に角材を張付け、反りが出ないようにするのが「吸付き蟻桟」と呼ばれる技である。

 もちろん釘で打ち付けるわけにもいかないので、板の裏側に逆八形の蟻溝を彫り、そこに蟻継ぎの仕口の形に刻んだ桟木を板の木口から差し込むのである。

 天井板の継ぎ手などにも使われるこの技のおかげで、どんな無垢板も、反ることもなくきれいに納められる。

 こういう繊細な技法が、人目につかないところに沢山隠されているのが日本の伝統建築のすごいところだ。

 設計者というものは、往々にして、人目につく姿形や材質ばかりを追って、こういう技術を知らずに、つくり方はつくり手に委ねてしまっていることが多い。

 そう言えば「縁の下の力持ち」という言葉があるが、日の当たらないところに重要な役割をしている人がいるというような意味で使われるのが一般的だろうか。

 なんだか、まさしくこの「吸付き蟻桟」のことをそう言っているのではないかと思えてくるのであった。

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雨戸

 この写真も高山の吉島家住宅のものであるが、縁側の雨戸の敷居を見たところだ。右側の、木口に白い油紙のようなものが貼ってあるのが縁側の欅の板である。

 敷居となる土台に床板を乗せただけのすっきりとして合理的な納まりだ。雨仕舞などについても機能的であるし、構造的にも無理がなく見た目にもスマートだ。

 しかし、よく見てみると雨戸(ガラス框戸)の下縁のしゃくりが逆である。ふつう、建具の外側に敷居の溝が来るものなのだが、なぜか部屋側に溝が来ている。

 正面から見えない向こう側をしゃくるのが建具の掟である。ましてや外部に面した、外からしか見えないような下框が、あえて逆になっている理由はなんだろう。

 考えられるのは、敷居の溝の縁に建具の戸車のレールと思われる金物が見えるが、これが水返しになるという理由で逆転したのかもしれない。

 雨戸の外面をつたう雨水が全部溝に流れ込むのが普通であるが、こうなっていると、ある程度は敷居の外側に流れるだろう。そう考えると納得がいく。

 と同時に、何も考えずに外部建具の敷居の溝を外側にしている常識はなんなのだろうかと逆に考えてしまう。

 ちなみに雨戸がガラス戸になっているのは我家と同じである。閉めっぱなしでも明るいので楽である。無謀なことをしたと心配したが、ちゃんと前例はあったのだ。

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木目

 で、その縁側を部屋から見るとこんな感じだ。雨戸の敷居が隠れているので、縁側の縁がスパッと切れているようにしか見えない。なんとも美しい。

 またこの欅の板幅はどうだろう。これほどの寸法の板が採れる原木の大きさを想像すると圧倒される。板厚も2寸くらいあり、立派と言うほかない。

 それに、この美しい木目である。木目は専門用語では木理(もくり)というが、そのなかでも特徴的な模様が出ている木理は杢(もく)と呼ばれ珍重される。

 杢にもいろいろな種類があるが、これは玉杢に類する銘木だろうか。人の手による造形ではまず不可能な模様だと思う。これ以上に豊かな装飾があるだろうか。

 明治9年の創建当時か明治40年の改築の時のものかは定かではないが、少なくとも百年以上の年月を経ているのは確実である。磨き込まれた輝きもまた豊かである。

 ここからは冗談半分だが、この床磨きに毎週1時間、時給1000円とすると、百年で500万円以上かかる計算になる。手入れというものは、ものすごい価値なのだ。

 建物の維持にはお金がかかる。寿命が50年足らずの現在のビルでも、清掃や保守、光熱費などのランニングコストは建設費の約4倍に相当するとも言われている。

 長く大事にされる建築になるには、床磨きに500万円かけてももったいなくない価値がないとダメなのだ。

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職人芸

 飛騨の匠の技が凝縮している高山の吉島家であるが、西田伊三郎と内山新造という名工の作である。明治9年に着工、同38年の半焼後の修復も二人の手による。

 大黒柱を中心に梁と束によって構成される立体格子の見事な土間の大吹抜けが最大の見せ場ではあるが、匠の技は細部にこそ光っている。

 たとえば、通りに面した明かり採り窓の格子はもはや建築というよりも工芸品である。わずか数ミリに割いた竹と竹の間の極細スリットから光を入れる繊細さだ。

 竹の節も意匠に使い、自然に湾曲するオーガニックなデザインの極みを見ることができる。この細かさは現代建築ではまず考えられないスケール感である。

 まずこの超絶技法にも驚かされるが、これほどか細い竹細工が百年以上の風雪にも耐えうるという自然材料の強さにもまた驚嘆する。手入れも容易ではないはずだ。

 この手仕事はおそらく二人の棟梁自らの手によるものではく、無名の職人の技によって出来たものであろう。

 名を残さなくとも、これほどまでの名人芸をやり遂げる精神力に感動を覚える。日本中にこういう仕事をしてきた大勢の職人がいたことに驚嘆するし、誇りに思う。

 産業革命が人間を単純労働から解放したと歴史教科書で教わったが、はたして本当に解放であったのかどうかは疑わしい。なにが幸福であるかは難しい問題である。

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 …その美しい竹細工の格子戸から、通りを眺めると。

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戸袋

 高山の吉島家を離れて、埼玉は深谷の古民家に戻る。由緒ある大地主の方の母屋であるが、板造りの庇も創建当時のままの姿で残る保存状態の良い古民家である。

 この地域に多く見られる総二階の切妻に一部馬小屋の下屋が付いた典型的な農家住宅である。建坪で70坪、二階の天井高が3mもある、巨大な民家建築なのだ。

 昔の家は雨戸の戸袋が重要なデザイン要素であった。今の住宅ではしかたなく付いている部品のように見える戸袋も古くは家の格式を表現する手段にもなっていた。

 この戸袋はすっきりとした鏡板に長押を入れ、台輪を回して納められている。シンプルながら重厚な印象だ。

 この家で面白いのは、戸袋部分の部屋側に壁がなく、雨戸の開け閉めが簡単に出来るようになっているところである。戸袋がしっかり造られているからこそだろう。

 ちなみにこの戸袋には左右8枚ずつの雨戸が収納されるので内法は一尺近くになり、その出寸法で二階の窓先に花台が設けられ、がっちりとした8間の手摺が付く。

 一階の戸袋には板造りの片流れの屋根が乗り、美しい反りを見せている。ただの農家ではないことを表現している。木の屋根が数百年も持つものだとは驚きである。 
 
 写真の下部に見える差鴨居も成が二尺以上もある見事な欅である。ここまで立派な差鴨居も珍しい。庇を支える木鼻も凝っている。大事に残してほしいと思うのだ。

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踏み天井

 ふたたび深谷の古民家の屋内に入らせてもらう。立派な差鴨居が特徴だが、縁側の部分では欄間もなく二階の床下までめいっぱいの寸法である。

 もはや差鴨居とは呼べないような構造であるが、このように縁側が張り出しの下屋になっていないので、丸太梁の代りに見せびらかすポイントにもなったのだろう。

 写真の上部に見られるように、桁に直交する梁も一尺以上はある見事な欅であるが、この差鴨居の寸法と比べると小さく見えるほどだ。ぜいたくに木を使っている。

 このように梁の上に床板が敷かれ、その上げ裏がそのまま下の階の天井になっているつくりを踏み天井といい普通の吊り天井と区別される。

 一般には吊り天井が上等なつくりとされるが、構造が現しになる踏み天井の方が面白いし、見て勉強になる。

 立派な木材を使うと、それを見せびらかしたいがために、大工の方からかえって踏み天井にしたくなるのではないかなとも思う。吊り天井は構造を隠すものなのだ。

 余談になるが、いまの建築基準法では木造住宅の構造耐力については壁(筋交いなど)の配置規定だけが定められている(限界耐力計算をする場合を除いて)。

 梁は壁量計算上無視されるので、この立派な差鴨居も重心や剛心の計算(偏心率)や軸組量としてはまったく考慮されない。そんないい加減な話があるだろうか。 

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下屋

 鴻巣の農家の玄関庇下の軒である。驚くような丸太梁が頭の上を横切っている。松だと思われるが、若干絞りのような木肌をしていて珍しい。

 本体構造から張り出した一階部分なので、これほどの構造は当然ながらまったく不要である。こういう付足しの一階部分は下屋(げや)と呼ばれる。

 縁側や台所、厩舎などの内と外の中間領域的な空間が下屋になっていることが多く、座敷などの完全な屋内とは建具で仕切られる。

 下屋の屋根と外壁が取り合う部分での雨漏りが多く、家の傷みが進んでいるのはだいたいこの辺りである。

 雨仕舞が難しいにもかかわらず下屋のある民家が多いのは不思議なことだが、外観上は下屋があるとなしとではだいぶ印象が違って見える。

 下屋のない総二階はどこか納屋のような機能的な建物に見えてしまうが、下屋があると屋根形が複雑になり、見栄えが立派になる、と思われているのかもしれない。それが行き過ぎて、まるで城のような入母屋の屋根が折り重なる農家住宅へと発展していくのだが、成金趣味のようで好きではない。切妻総二階がむしろ格好良い。

 下屋の意味については見た目の問題もあると思うが、暑さ寒さをやわらげる緩衝空間になっているという環境工学的な見方もできる。たぶんそれが目的なのだろう。

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煙出し

 明治30年代になると、日本は世界一のシルク生産国となり、横浜港から世界へ向けて年間2万トンもの生糸が輸出されるようになる。輸出品の6割が生糸だった。

 群馬、埼玉を中心に全国で9万戸近くあった養蚕農家だが、埼玉ではもう150ほどになってしまったそうだ。北埼玉ではほとんどの農家が養蚕をやっていたのだ。

 どの家でも二階は蚕を飼うための部屋に改造された。冬を通して火が焚かれるため、屋根の棟には箱形をした「煙出し(けむだし)」と呼ばれる排煙口がついた。

 この煙出しの意匠が、この近辺の農家住宅の特徴にもなっている。だいたい5〜7間ほどの長い形状のものが多いが、三つに分かれているような面白いものもある。

 いまでこそ板で封鎖されているが、当時は開けっ放しの換気口になっていて、夏には暖まった部屋内の空気がうまく排出され、涼しく過ごせただろうと想像される。

 なにしろ一冬火を焚き続けるのだから、二階の小屋は煤で真っ黒である。松や欅の大きな梁も、何十年もの間燻されつづけて黒光りしているのが、また美しいのだ。

 農家の老人が「おこさま」と、ありがたそうに呼ぶ蚕なのだが、最盛期には一階の座敷をつぶしてまで飼われていたそうだ。蚕が大正の日本を支えていたのである。

 国産の絹織物を復活させることは経済的に不可能なのだろうか。ほんとうに自由経済というのはくだらない。

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これが煙出しのある、旧養蚕農家典型の屋根型なのだ。

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 多層的な表層、あいまいな境界、可変的な空間、無垢の本物の材料、ランダムなパターン、経済的で合理的な構造システムなど、およそ現代建築が標榜するすべての理想が日本の民家ではひとりの建築家に頼ることもなく完成されていた。決してノスタルジックな懐古趣味などではない。これらの民家と比較して、少しでもすぐれている現代建築をはたして見出すことができるだろうか。

ケンチクノ BCCK 1

2010年12月24日 発行 converted from former BCCKS

著  者:松崎 宏二
発  行:matsuzaki出版

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松崎宏二(まつざき・こうじ)

1965年生れ
これまで仕事の現場でお世話になった大勢の皆様方に教えていただいたことを元に拙い文章を書きました。日記のように少しずつ書き足していったものなので、本の構成にはまるでなってないのですが、一頁一頁、その時その時真剣に考えたことではあります。適当に好きなところを拾い読みしていただければ幸いです。

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