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utanohaが出版した最初の詩集です。オリジナルは現在品切れとなっています。著者はutanohaの詩人、松本暁。イマジネーションあふれる言葉で生きることの美しさを鮮烈に描き出します。

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僕ら生きるってことをつかまえたくて玄関から飛び出したままだ

松本暁

utanoha

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 目 次

 メッセージ
 お嬢さんと兵隊
 世界中で一〇人に一人が
 おはなとふるうつ
 愛しい君へ
 希望のうた
 じぶんとふたりぼっちの女の子
 オアシス
 今日のうた
 つむじ風の精霊たち
 ドレミファのうた
 新しい国
 僕らはもう二度と会えないものでできてる

 覚え書き ——— 執筆地









子供たちの子供たちへ

メッセージ

お前は神さまと一個やけん
なんも心配せんどきい
お母さんは地球やけん
どこへ行っても兄弟たい
いつ死ぬかは知らんでも
時間は幼なじみやけん
死ぬまで一緒の連れの仲よ
誰かに惚れたらその時が
お前が人類の歴史ばなぞる時たい
宇宙の果てまでは行けんけど
この町の住所は銀河系から始まるとよ 

お嬢さんと兵隊

アルビノで色盲のお嬢さん
海辺の町に住んでた
子猫を飼ってた
朝には花壇に水をまいた
子猫が一輪の花
毎日だれかの玄関に届けた

口のきけない兵隊
戦場から帰ってきた
ふるさとの海辺の町
毎日ボートで沖に出た
今日も一羽のカラス
ボートのへさきに座ってた

アルビノで色盲のお嬢さん
トマトをもいだ
オレンジをほおばった
子猫が花を置いた
口のきけない兵隊の家
兵隊は沖へ出た
カラスの隣に一輪
真っ赤なポピー
お嬢さんは夕焼けを見た

世界中で一〇人に一人が

世界中で一〇人に一人が
だれに出すわけでもない手紙をなんとなく書いてみた日
なぜだかそんな気になって
昼ごはんのあとや
一人になったときに
なんとなく書いてみた日
そのまま引き出しにしまったもの数名
ラブレターがちらほら
俺のともだちのともだちは書いたらしい
山手線の一車両に十五人ぐらいいた
マンチェスターユナイッテドのスタメンのうち
実に六人
そのうちラブレター一名

世界中で一〇人に一人が
誰かに名前を呼ばれたような気がして振りかえった日
そんな夕方
じっさい母親に呼ばれてた女の子
今週なんどめかの気のせいだったとせきをするおじいさん
どこかずいぶん遠くから
こころのなかに思い浮かべられた人
それぞれひとりづつ

世界中で一〇人に一人が
だれかを抱きしめる夢を見た日
そんなもうふのなか
その夢がかなった人
俺集計たくさん
ただしなかなか高い割合で
ほんとにだれかを抱きしめてた
ほんとに抱きしめたい人を抱きしめてた人数
ほんとは抱きしめたい人じゃない人を抱きしめてた人数
大人の事情につき秘密

世界中で一〇人に一人が
もうそれが最後の別れだと気づかずバイバイした日
笑顔だった人
目をそらした人
両手をふった人
最後かもしれないとうすうす気づいて声がふるえた人
いつまでも見送った人

世界中で一〇人に一人が
ほんとはもっとたくさんの人が
じぶんと同じ気持ちを抱えてるのかもと
感じた日
もっともっとたくさんの人が
じぶんと同じことを祈って目を閉じたことがあると知って
からだじゅうが透きとおるように感じた時
世界中で一〇人に一〇人が
それぞれみんな生きていて
そのうち死んでしまうことが
なんだか美しいなと思えた日
そんな日がやってきた朝

おはなとふるうつ

おはなとふるうつ
こどもたち
りょうてにかかえて
あるいてく

みちというみち
とおりというとおりを

おはなとふるうつ
こどもたち
いちごにぱいなっぷる
ちゅうりっぷにかあねえしょん

いぬとねこがおとも
やねのうえのことりたち
かみふぶき

おはなとふるうつ
むねいっぱい
せかいへなげきす
たくさんのうた
ぴいすさいん

まちというまち
くにというくにで

おはなとふるうつ
こどもたち

愛しい君へ

しずか
君と話したい
君に伝えたいことがたくさんある
ねえ しずか
世界はやっぱりすごいわ
いろんなもの見たよ俺
見たことないもの山ほど見た
会ったことのない人に山ほど会った
君に教えたいことばっかりで
でも一個一個話そうとしたら
俺は泣いちゃうかもしれない
ねえ しずか
やっぱ俺生きててよかったわ

秋の星座みたいにおだやかなナイトバザールを歩いた
草原の真ん中で会った女の子が
黄色い野の花をくれた
知ってるかい?
標高四千メートルのブタは毛がフサフサしてるんだぜ
おんぼろバスの床で
荷物と一緒にほこりだらけになってたら
開けっ放しの窓のカーテンが
五月のワンピースみたいに
風に揺れた

生きるってきっと
いつでもどこだって大変で
それでも ねえ しずか
それでも人は生きてるね
そして世界は美しいね

本当に君に見せたいものばっかりだよ
君は感動しいだから
鼻血とか出しちゃうかもね
きっと涙流してばかりで
目なんてキラキラ度10割増しで
すてきなものをたくさんみつけるだろうね
俺さ 生きることと信じることが
ひとつになってる人たちに会ったよ
ねえ しずか
人が本当にほしがってるのは
言葉とか意味じゃなくて
なんだかもっとよくわかんないもので
きっとそれがほしくて俺たち
人の目を見たり祈ったりするんだろうね

バスでチベットの山を越える時の俺は
もう興奮しちゃってこんな感じだった

どんだけでけえんだ山!
どんだけ連なってるんだ峰!
どんだけ続くんだ道!
どんだけ青いんだ空!
どんだけ吹くんだ風!
どんだけ美しいんだ
どんだけ美しいんだ地球!
どこまでも行きたいんだ俺は
どれだけでも見たいんだ俺は

そのうえ短歌なんか作っちゃう始末

とけだした雲か白雪ひとすじの清水流るる峠越えゆく

ねえ しずか
君に話したいことばっかりだよ
一緒に見たいものばっかりだよ
だから俺は君の名前を呼ぶ
しずか
しずか

旅立つ俺に手を振る君はまるで
胸いっぱいの花束を空に放り投げたように見えた

しずか
俺は冬の夜に君の名前を呼ぶ
俺は自分に正直になりたくて
君の名前を呼ぶ
俺が君に伝えるものは
世界中のだれもが生まれながらに伝えることができるもの
だれもそれなしでは生きてゆけない
人が優雅に生きるための力となるもの

俺は春の朝日のなかで君の名前を呼ぶ
しずか
しずか
しずか

希望のうた

さよならにいつまでも慣れないまま
俺はここにいるんだ
ここってのは
四十五億年前に生まれた
この地球のことだ

出会いの恵みにただ驚きながら
俺はここにいるんだ
ここってのは
知らない土地で今踏み出した
この新しい一歩のことだ

ありったけの思い出を置き忘れてきたのに
俺はここにいるんだ
ここってのは
昨日まで生きた今日にやってきた
この朝焼けのことだ

にんげんの渦がきらめきをおびる
太陽の散歩道
この旅路のことだ

じぶんとふたりぼっちの女の子

おれたちがまだがきだったころ
おれたちがはじめて会ったころ

おまえはいつもすわってた
原っぱの落ち葉のうえ
足をそっとなげだして
こころのまんなかに見つけた場所に
たばこくわえておまえは
じぶんとふたりぼっちで

おまえの横顔
いつまでもいつまでも
髪の毛一本までぜんぶおまえのもの
この世界は遠く遠く続いているから
おまえはどこまでも眺めていられた
ひとのこころに入っていくのは
とてもとてもむずかしかったから

おれたちのかげぼうし
ひとつひとつ
アスファルトをすべった
その道からは山が見え
おれたち制服のまま自転車に二人乗りして
ああこの匂いだなって思ってた
冬の夕焼けにあたためられた
やさしすぎて
二度と帰ってこない風の匂いだなって

おまえはまた明日から
なんだかよくわからないものの中を
手さぐりで生きなきゃならない
おれはまだまだがきだったから
ほんとうに言いたかったことが言えなかったけど
おまえはなにも言わなかったし
いつもこころは感じすぎてしまうものだから
おれたちは言葉を探しはじめたばっかりだったから

じゃーねって別れたあとも
ほんとうは明日が来るかなんてわからないのに
それでもまいにち明日が来てしまったあとも
なにを探してたのかわからなくなって
じぶんもひとも守れなかった時だって
ほんとうはおれはおまえに
たったひとつのことが言いたくて

おまえはこころを燃やし
それを力に走ろうとする
じぶんの足で立つために
なにかを一心に信じようとする

おれはおまえが聞きたい言葉を
言ってあげられない
おれはおまえが望むように
理解してあげられない
でもおれはおまえのはなしを
本気100でしか聞けないし
おれはおれのことを
本気100でしか話せないぜ

だからおまえの好きなもののはなし
おれに聞かせて
あたらしくみつけた夢
おれに教えて

じぶんとふたりぼっちの女の子へ

オアシス

大地にしみこんだ雨水が
空へ昇ろうと湧き立つ
オリーブの林
背伸びして太陽を見上げるあざみのおでこに
ミルクの王冠が花開く
真珠のような月が浮かべば
天は波のない海原
産まれて来る子の名をたずねるように
耳を澄まし草花
さざめきをかわし
ついに揺りかごへと帰った雨のしずくたち
夜空をあじさいで満たした

今日のうた

ひからびたコンクリに
水をまいた
砂ぼこりがしずまって
ちっさな虹がかかった
ホースの口をつまんで
空もうるおえと
まきちらしたら
つるっつるになったコンクリで
おばさんがすべって転んだ
みんなからばかやろうと怒られた
びっしょびしょじゃねーかと
もっとまきちらした
みんなは
虹の中を逃げまどった
コンクリートのしみは
穴みたいに深くなって
道いっぱいに広がった
しめった影を踏んで歩いた
春の原っぱ
描こうと
いくつも色をかさねたら
黒くにごった
暗い海みたいににごった
にぎりしめられた綿みたいに
こわばって倒れたままの
絵筆の先
お日さまは輝いて
まぶしすぎるから
目を閉じなければ
顔を上げられなかった
底の見えないやさしさの淵に
立ち尽くしてしまった
風が
愛の言葉のように
つつみ
木の葉が鈴のように揺れ
舞い上がった灰が目にしみた
見えていたものが
涙でにじんだ
涙は
ちりを洗い流し
まぶたでは閉じられない

うまれてきた

つむじ風の精霊たち

レモンが乾いて割れていたので
冷蔵庫にしまった
レモンのさけめにあつまってきた
つむじ風の精霊たち

つむじ風の精霊たちは
できたての夕食とともに
手袋つけて飛んでくる
待ちきれない気持ちで
二重丸描いて遊ぶ
それー

精霊たちの仕事はつむじ風
それは生まれたお祝い
ある日地平線がひび割れて
たそがれが生まれて来た
津波みたいに大きく育ちたそがれは
風を切る紙飛行機よろしく
空まっしぐらに
広がった
つむじ風の精霊たち
突き進むたそがれの
服のすそをつかもうと
雲を吹きとばし追いかけた

たそがれが涙でぬらしたのは
一つに合わせると海ができるほどの
たくさんのこころ
深い谷をおおって
たそがれはふくらみ続けた
君が思いつく限りのものたちが
お別れを言いに
天から降りそそいでくるよ
流れ星みたいに
焼けつく雨が
みんなを眠りにさそう
つむじ風の精霊たち
急げ

これはお日さまが聞かせてくれた
精霊たちの昔話
たそがれの弟たちとの約束
果たすため
つむじ風
つむじ風
コロナに花のわっかをかけた

朝日がきらきら
今も毎日のぼるのは
しろつめ草やたんぽぽのおかげ
野の花で編んだ花のわっか
精霊たちの
贈り物

ドレミファのうた

ドはみんなのお父さん
レはしずかなお姉さん
ミはなかよしのいとこ
ソは育ちざかりの末っ子
ラは次男で変わり者
シはいちばんお兄さん
ファはひとりぼっちの次女
さびしんぼうのファ

ドは親指
レは秋の果物
ミはカレーライス
ソは青空の気球
ラはチェックのスニーカー
シは雪だるま
ファは自分のことをこう呼んだ
私は海に沈んでいく小石
ファは泣き虫

私はファ
河をただよう笹の葉さえも
私よりはずいぶんまし
たんぽぽの綿毛は飛ぶ
わたしはただいる
くるのもゆくのも
ひとりぼっち
私はひとりぼっちで立つファ

ファもいつかは知るでしょう
ひとりぼっちのファじゃないことを
みんなの真ん中
踊ればよいと
前にもあとにも
みんなのステップ
続いていると知るでしょう
みんなにつつまれてる
ファ

私はそんな子供だったのと
話してくれたお母さん
ファは今ではお母さん
幸せそうなファ

新しい国

革命夢見たこじきがひとり
オフィス街の公園の
桜並木の下
ひとり

記憶を失ったラッパ吹き
三叉路の陸橋にたたずんで
こわれた腕時計
すりへった靴

故郷を捨てたポン引きは
口をつぐんだまま
夜明けを嫌う男女のたまり場
ほれてはふられ
またほれて

オーロラビジョンのニュースが
携帯みたいにまたたき
忘れられた
東京が迎える
一年ぶりの春の日

こじきは旗をこしらえた
木の枝に破れたビニール
セロハンテープ

ラッパ吹きは陸橋のてっぺん
口笛を吹いた
思い出した聞きおぼえない歌

ポン引きは口を開いた
今伝えないといけない言葉
これ以上しょいこめないから

白波に浮かぶ小舟のよう
こじきの旗
空を透かして
散る桜を浴び
ラッパ吹きは風花につつまれ
口笛の音は未来よりもかなたへ
ポン引きは
言葉をおさえられぬまま
いつしか涙にふるえ
やがてそれぞれが
それぞれの夏を迎える

新しい国は
こうして再び訪れ
またこうして再び
過ぎ去った

僕らはもう二度と会えないものでできてる

君は今日も帰り道
駅の改札で
君を待ってる誰かを探してみるけれど
家路を急ぐ人たちは
君が数えた花の名や
朝なにを食べたのかなんて
だれも聞いてくれなさそう
君はため息なんかつかない
ただ昨日までと同じに
生まれた家へと歩く
決して急ぎはせず
途中でいくつかの思い出の場所を
通り過ぎてゆくけど
毎日は思い出は
君の心揺らしはしないから
大丈夫

新しい思い出は
秋の日に吹く風
少し古い思い出は
冬の日の手袋
いつもうまく生きれたわけじゃないけれど
初めての人生さ
うまくできなくっていい
コンビニの角を曲がり
幼稚園を過ぎた先
少しがらのよくない辺りに君の家はある
君の部屋はその二階
猫が三匹出迎える
君が拾った子猫も
今じゃ立派に家族の一員だ

母さんはテレビを見てる
君は少しだけ話し
すぐに自分の部屋へと上がる
かばんを置いて着替える
屋上で今日写した
夕日の写真を
誰に送ろうか考え
幼なじみに送った
その幼なじみは
時々君をしかる
うるさいけどうれしい
色々あった仲だし
最近よくは会わないけれど
時々電話がある

君はパソコン開いて
メールボックスチェックする
うれしいニュースが今日もたくさん
届いてるといいけど
一通暗号みたいなメール
幼なじみから来てる
「あけびの木の下で会おう」
カレンダーを君は見て
すぐになぞを解読する
明日は日曜日
昔々に埋めたタイムカプセル
開ける日がついにやって来た
Re:あけびの木の下で会おう

僕らはもう二度と会えないものでできてる
もう二度と会えないものから
力もらって僕ら生きてく

覚え書き ——— 執筆地

メッセージ/福岡県二日市、幼なじみの 部屋で
お嬢さんと兵隊/オーストリア・リンツ郊外の小さな村、ホームパーティーのリビングで
世界中で一〇人に一人が/ネパール・カトマンドゥ、タメル地区の路上で
おはなとふるうつ/カンボジア・プノンペン、バイクタクシーの後部座席で
愛しい君へ/チベット・ラサに着いた翌日、ユースホステルで
希望のうた/インド・ニューデリー、メインバザール、安宿のベッドの上で
じぶんとふたりぼっちの女の子/ネパール・ジャナクプル — ヘトゥーダ — カトマンドゥとたどる小旅行で

オアシス/パキスタン・ペシャワールとカラチを結ぶ列車の中で
今日のうた/インド・ヒンドゥー教最大の祭りクンバメーラーへと向かうバスの中で
つむじ風の精霊たち/インド・ヴァラナシ、パンディーガートで  
ドレミファのうた/インド・ヴァラナシ、久美子ハウス新館ソファーに座って
新しい国/チェコ・プラハ郊外での彫刻家、写真家の共同作品制作から
僕らはもう二度と会えないものでできてる/ラオス・ヴィエンチャン、メコン川が見える安宿の屋上で初稿~ドイツ・ドルトムント、4ヵ月半住んだガレージで最終稿


2006年5月12日 東京発
——— 2007年11月18日 東京着

僕は一生一番好きなことだけをやって
生きてく方法を知ってる

なによりも好きになればいい
生きることを

一生一番好きなことだけをやって
生きていける
命の限り
生きることをなによりも愛するだけで

僕ら生きるってことをつかまえたくて
玄関から飛び出したままだ

僕ら生きるってことをつかまえたくて玄関から飛び出したままだ

2010年3月31日 発行 converted from former BCCKS

著  者:松本暁
発  行:utanoha

bb_B_00032341
bcck: http://bccks.jp/bcck/00032341/info
user: http://bccks.jp/user/19730
format:#002

発行者 BCCKS
〒 141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp/

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松本暁

詩人。詩の団体utanoha代表。「くらしに寄りそう詩」をテーマにこれまで、音楽、インテリア、スイーツなど、様々な分野とコラボレーションを重ねる。ポエトリーリーディングも活発に行い、繊細さとダイナミックさが同居するライブにも定評がある。詩集「世界のうた/青年よ、空を憎むな」「僕ら生きるってことをつかまえたくて玄関から飛び出したままだ」が既刊。

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