───────────────────────
───────────────────────
空白の時代の縄文時代は、正確な文献も物証ないが、口伝などで伝わる話しでは、一万年も続いた王朝である。同族の種族であるだけでなく血族の王族が治め続けた王朝でも歴史上で初めてであり。現代でも知る歴史上で最後の王朝でもあったのだ。後の世で混血が治める。その王朝でも歴史上で最長の期間を治める王朝でもあった。その純血族は、始祖であり。神とも言われるが、全て絶えたらしい。だが、神の微かな遺伝子を持つ。神が作りだした人である人類の始祖である五種族がいたのだ。黒髪、白髪、赤髪、金髪、坊主(髪なし)である。それと、定期的に、始祖の転生と思われる男女が生まれるのだが、背中に蜻蛉(ウスバカゲロウ)の羽(羽衣)と左手の小指に赤い感覚器官(赤い糸)を持っていた。その感覚器官で未来、過去、異次元と飛ぶことで、運命の相手を探す導きの旅に強制的に行くのだった。その男女は皆から生まれたことを隠されて育ち、成人の十三歳になると旅に出る。だが、忌み嫌われてではないのだ。人類の祖が生んだ。その始祖であり。神の転生だとして喜ばれるのだが、隠された理由は、運命の修正のために、突然に消えて旅立ち、戻って来る時も突然に現れるために皆が驚くことになり。皆に理由を言うのが簡単に言えば面倒だった。そして、運命の相手である異性の相手と結ばれるまで一人で旅は延々に続くのだった。おそらくだが、狩猟生活の発端は、この男女の運命の導きの旅からの補助生活から始まり。村々の巡回となり。一族全ての狩猟生活になったのだろう。だが、男女の遺伝子の中でしか知らないことだが、男女の祖であり神とも言われた者たちは、地球に初めて地球外生物が地表を踏んだ者であり。宇宙遭難者であった。真っ先にしたことは、遭難信号を送ることだった。通常の通信だろうと、超光速通信だろうと、受信して救助に来たとしても、自分たちは死んでいるだろう。だから、地球の海上の無人島なら生存される可能性もあるが、宇宙では、百パーセント無理だと言えるだろう。そのために宇宙樹を植木するのだ。宇宙空間でも育つ木(現代の世では、世界樹の木とも鈴木の木と言われている)だった。過酷な宇宙だからだろう。時の流を自由に移動する花粉を放ち、過去、未来、異次元と、雌しべを探し続けるのだった。その効用を利用して木に遺伝子操作で遺伝子に文字を刻むのだ。効用とは、木々の花粉は、雄しべに自分の健康状態と何年前に放たれた花粉なのかと、健康状態や年輪など様々な木の自身の状態を花粉の遺伝子に組み込むのだ。その習性を利用して救難信号を流し続けるのだ。それも、正確な例で言うのなら現代のパソコンのアドレスのような文字列だった。もっと、具体的に言うのなら縄文時代で使われた。神代文字であったのだ。そのアドレスにアクセスすると、遭難当時の前後の数年後の時に飛ぶことができた。その時間のずれは、木が地面に根付き花粉を飛ばす時期が必要だったからだ。様々な文献などでは、歴史上の神々は波瀾万丈な人生を暮らした。そして、この地に戻ってくると言葉を残して、神々は消えたのだから救助されたのだろう。そんな神々を待ちながら、長い時が流れ・・・・。
「あっ・・・天照様?・・行幸の途中でしょうか?・・それとも、日高見の山手宮にお帰りなのでしょうか?」
「いや、噂では、富士の安国宮に御戻りになったと聞いたぞ」
「そうなのか?」
森の中で、適当な空き地が点々とあり。その一つの空き地に簡易的なテントの片づけをしていた。その途中のことなのだった。二人の男は上空を見上げて飛行物体を見て囁き合うのだ。縄文時代では、上空を飛ぶ物体を見るのは珍しいことではなかったのだ。それでも、民は、上空を飛ぶ物に乗る人は天照だと思われていたために、無事に各地の宮に御戻りを願い。天照に出会えた喜びに感謝するのだった。そして、視界から消えるまで手を合わせながら、また、お白洲に招いて下さい。そして、様々な伝承や教えの話を聞かせて下さい。と見続けながら祈るのだった。そんな二人の後ろの方では族長らしき者が・・・・・。
「最近、お会いしていないがお元気だろうか、もしかして、我ら十五族は、皆が死んだとして、新たな十五族が巡幸しているのではないのだろうか・・・それとも、考えたくないが、我らが最後の一族ではないのだろうか・・・」
この者も上空を見ながら祈るのだった。
この話しは、皆に知られた。有名な、尊、命のことではなく、だが、同じ、八百万(やおよろず)の神の血族の話しである。そんな、日本の空白時代と言われる。縄文時代の後期の東北のことである。その縄文の国は、人を造った始祖の思いをイザナギ、イザナミの二神が引き継ぐのだが、月日が過ぎると、段々と変わるのだ。おそらく、元々、始祖の世界は完全な福祉国家だったが、地震、津波などの災害を経験から他国民からの脅威から守る。そして、民を飢えさせない。斉矛の教えであり。国民の守護と恵民であったのだ。この気持ちが強かったために狩猟生活となり。衣、食、住の教えを民に直接に伝え回った。勿論だが、武力で民を守ることもあった。その思いは引き継がれて行くが、天照の頃には、狩猟生活で怪我や歳などで脱落者とはきつい言葉になるが、その場、その場で点々と村が築かれた。元は狩猟生活をしていた者達の集まりになり。村々は自力で守れるだけではなく定住した結果で田、畑が作られて飢えに苦しむ者もいない。だからなのか、天照神の民衆愛の思想が中心に代わるのだ。そのために、天照が直接の村々の行幸に行くことはなくなったのだ。だが、民と一緒に王族が楽しんだ国であり。それが、縄文時代だった。
現代流に言うのなら完全な福祉国家だったのだ。もしかすると、貨幣制度が無かったために一万年の国家が存続が出来たことだったのだろうか、それとも、ただ、王と民との身分はあるが、同じ目線の高さで同じ物を見て、共に食事を作り、同じ席で同じ物を食べながら一緒に笑いながら会話する。そんなことができたからかもしれない。だが、民が少なかったからではない。狩猟生活だからであり。村だが狩猟生活が出来なくなった。脱落者が集まる村。その村を何年が経とうが全ての村を巡回するから出来たことだった。現代人が、いや、全ての人が憧憬する世界だった。病人や老人を敬い。若人は、現代の高齢社会と同じだが、夢を追い駆け続けられる世界であり。将来の自分のことだと心底から思い介護にも積極的だった。それを可能にしたのは、狩猟民族だったからかもしれない。王であり。指導者である一族は狩猟生活の途中で狩猟ができなくなった病人や高齢者は定住する生活を選ばせて治療と定住の生活でなければ叶わない夢を追い駆けさせる。だが、介護などは家族や知人よりも共に同じ夢を持つ若人と共に村を作るのだ。王族は、その村々を友や家族に会う喜びのように巡回するのだった。その時になのだが、揉め事があれば、指導、罰則、などの犯罪者などには裁判を開き裁決するのだった。医療に関しても最新の知識があり。狩猟の旅の途中での薬草などの採取により医術は日々進歩しては無償で治療していた。村人たちは、王族たちが訪れるのを期待と旅の話しなどを楽しみにして待つのだ。その中でも、村々から徴収と言う名目ではあるが、海の産物は山に、山の産物は海にと物々交換だが交易をしていた。それを一番の楽しみにしていたのだ。そして、子供達は、旅での出来事の話を聞くのを楽しみにしていただけではなく、全ての問い掛けにも答えては教育にも熱心だった。そんな憧憬な生活だが不満がある者もいた。特に、長く村に住み。狩猟生活を知らない者は、自分たちと同じ考え、夢、思想などの者たちが集まり変革するのだと武器を持ち行動する集団も時にはいるが、王族は、狩猟の生活習慣があるためではないが武力も最強の集団でもある。皆から紙の兵隊と言われていた。特に、紙で作られた鎧は鉄の刀でも切れない。刀も紙で作られているが、鉄の剣など木でも切るように簡単に切断してしまうのだ。その王族も十五族もいて、十五の家族単位で巡回していた。特に、神の血を受け継ぐ純血の、五族の白髪族、黒髪族、金髪族、赤髪族、髪無族の一族が最強であり。残りの十族は混血であったのだ。それも、縄文時代の後期で王族は、一族は半分に減っていたのだ。それには、理由がある。狩猟民族だったために、負傷や病気などで移動生活が出来なくなった者のために定住生活を勧めた結果だ。それが、狩猟生活の衰退と農耕社会の始まり。それと、決定的な理由は西から来た者たち・・・後から述べるが、それよりも、純血族の中には、先祖返りとでも言うのか、左手の小指に赤い感覚器官(赤い糸)と背中に蜻蛉(ウスバカゲロウ)のような羽(羽衣)で運命の相手を探さなければならなかった。時には、過去、未来へと飛ぶ場合もあった。男女などの関係はなく一人で旅立つのだ。だが、他の同じ一族は、先祖返りした者の補佐するのだ。その理由もあり狩猟生活する必要があった。だが、定住する村々は増え続けたが、狩猟生活は続けていた。それには、まだ、理由があったのだ。その先祖返りの補佐に関係したことであり。先祖が狩猟生活をする始まりであり。原因でもあったのだ。それは、純血族だけではなく、混血の王族の一族にも重大な使命があった。それは、現代ではオーパーツと言われている物や口伝であり。時の流に不具合を起こすために回収や破壊に修正であったのだ。正しい時の流、いや、先祖返りした者が結ばれるために必要だった。それと、重大なことがある。皆は、忘れていることだが、始祖が、いや、宇宙遭難者が、救助されたいために時の流を狂わせたことの修正のためでもあったのだ。それが、様々なオーパーツであり。回収なのであった。
「どうしました?」
女性が、老人の後ろから声を掛けたのだ。女性には、部下が指示をしたことの作業が遅れていることで、再度の指示でも考えている。そう思ったのだ。
「あれだ!」
老人は、首だけを右の上方に向けた。それは、上空を飛ぶ物体に向けたのだが・・・。
「ああっ、またですか、でも、俯いて立っていますが、呆けているのでも、寝ているのではないのですよ」
「えっ?」
女性が特別なのではなく、本当に上空を飛ぶ物体は珍しいことではないのだ。原理も分かっている。同じ物ではないが、上空を飛ぼうと思えば飛ぶことができたのだ。
「凄い速さで、紙に何かを書いていますでしょう?」
「あっああ、そうだな。何かを書いているようだな?」
「何を書いているのか分かりませんがね。未来の文字らしいですよ」
「そう言えば、あの男は、いつから一緒に居たのだろうか?」
「そうですね。それよりも、白と黒の髪が混じっていますよね。混血ですかね。それと、老けているようですが、何歳だと思います?。老人なのでしょうか?」
「そうだな・・・だが、身体の動きからすれば、老人には見えないな」
「そうですね・・・・あっ!」
「嘘だろう。倒れだぞ!」
「誰か、誰か、誰か近くに居ないの?」
二人は、直ぐに駆け出した。それも、走りながら叫ぶのだった。
「誰か近くにいるか!誰か!」
木々に隠れて視線に入る所には、誰も見えなかった。それでも、周囲には、かなりの人数は居たのだが、全てが年寄りだけで耳が遠くて、誰一人として、二人の言葉を聞き取れる者は居なかった。
「寝ているのか?」
「その様ですね・・・・そう言えば、素晴らしい、素晴らしいと、興奮して何かを書いていましたが、寝ている姿を見た記憶はないですね」
「それで、そうなのか、身体が限界を感じて、寝てしまった。そう言うことなのか?」
「そうかもしれません」
「それなら、このまま寝かせるしかないだろう」
「そうですね」
「隊長には言っておくから、起きるまで様子を見ていてくれないか?」
「わかりました」
「すまない」
「それにしても嬉しそうな表情ですね。まるで、初恋の女性とでも夢の中で会っているのでしょうか?」
「そうかもしれないな」
この男は、たしかに、楽しい夢を見ていた。女性の想像は当たっていたが、まさか、男は未来人で、過去に飛んだ時の自分の夢を見ているとは想像もしていないだろう。男性の夢は・・・。女性が、男性の夢を見たとしても、何度目かの過去に飛んだか思い出せないだろう。それでも、男の方では、人生が変わったことであり。過去に飛びたい。そう思った出来事だったのである。その夢と同時に、男は起きているような驚きの声を上げたのだ。
「美しい。天女様・・・・本当に美しい」
「えっ!起きているの?」
女性も驚いたが、何の夢なのかと想像していた。男も、この縄文時代に来られたのだ。それで嬉しくて、オーパーツの意味も知り得たが、身体が限界だったのだ。
夢の中では老人ではなく子供の頃であり。希望の学校に入れた祝いに父からビデオカメラを買ってもらった夢を見ていた。大事に本当に大事に常に持ち歩いていた。それは、学校に行く時も持って行く程だった。さすがに、学校に持って行くが、学校の中では撮影はしなかった。その帰り道のことである。何を撮影したい。そう思う気落ちではなくて嬉しくて興奮した気持ちのまま歩きながら夢中で撮影していたのだ。それは、ビデオカメラの動く音が心地良かったからなのだが、人や見慣れた風景を撮るのも飽きた。録画テープも高価でもあるし、長年の思い続けた念願のビデオカメラなのだ。と思い。ビデオカメラの撮影を止めた。いや、ビデオカメラが最後まで撮り終えたのと同時だった。それならば、と直ぐに新しいビデオカメラを再セットした。新しいテープでもあり。一本目は練習の気持ちもあった。二本目なのだから心に残る何かを撮影したい。ならば、近所や街中ではなく海なら何か綺麗な風景などが撮影できる。それに、海の波が打ち寄せる風景なら見飽きない。そう思った理由もあり。直ぐに海に向かったのだ。すると、松林から抜け出して砂浜に一歩を踏み出すと一瞬で身体が膠着した。それでも、脳内の器官が両手に指示するよりも早くビデオカメラで撮影を開始していた。
「え!」
夏も過ぎたが、厚手の冬用のジャンバーまで必要ではないが、薄いジャンバーでも少し寒いと感じる季節だった。そんな季節の海には人などは居ない。そう思っていたのだ。それなのに、時季外れの海岸に一人の女性が居た。まさか、自殺、いや、幻?・・・なのかなどと考えた。それで、不審や驚いたのではない。撮影者の男のような変人とは思えないが、女性は嬉しそうなのだ。誰かと一緒でも、男と同じような機材があるのでもなく、海風に当たるのが気持ち良い。いや、海風とダンスをしている感じであり。海風と遊んでいる様に思えるのだ。だが、男の驚きは、そんな、ありふれた気持ちでも。女性の様子を見たからでもない。
「天女?・・・・」
男は思わず出た言葉も、ありふれた思考や感情の呟きでもないのだ。本当に、それ以外に例えられないのだ。一瞬だが、男は周囲に視線を向けた。夢か幻を見ているのかと、だが、男と女性だけが海岸に居るのではない。男女の二人連れや数人の男女たちに家族連れが、点々と、散歩でもしている海岸の様子なのだ。誰も女性に気付いていない。
「もしかして、映画かドラマの撮影!」
男は、また、周囲を振り向くだけではなく大声を上げてしまった。遠くに居る数人の男女に声が届いたのだろう。こちらを振り向いたが、直ぐに、何もなかったように連れ達の会話に戻る。それなら、と思った時に・・・。
「嘘だろう!」
ビデオカメラの巻き戻しの音が耳に入る。直ぐに、別のビデオテープに交換した。一瞬、現実に戻ったような言葉を吐くが・・・・。
「綺・・・麗・・・」
女性の海風と打ち寄せる波とで戯れている姿に心が奪われ続けた。だが、微かに、人ではない。そんな意識はあったが、何時から居たのか分からない。もしかすると、上空の天界から雲に乗って舞い降りたのだろう。何か下界に興味を引く物か人にでも会いに来たのか、いや、この女性の姿を見れば、一つしか考えられない。天女の羽衣でも風に飛ばされて探しにきたのだろう。
「天女・・・」
その証明のような数メートルもある着物の反物と言うか、女性のストールとでもいう物なのだろう。女性は長い髪なのだが、今吹く風では微かな本数の髪もなびかない。それなのに、おそらく、凄く軽くて柔らかい物なのだろう。その羽衣は、風を相手に踊っているようなのだ。そんな女性を見惚れて見ていると、不思議に思えることがあつた。背中が開いている服だったことで、布だと思ったが、背中から生えている感じなのだ。こんな女性など居るはずもない。やはり、映画の撮影なのかと、ビデオカメラは動かさずに女性の様子を撮影しながらだが、再度、周囲を見回したが、女性の一番近くに居るのは自分だけだった。そんな、驚きなど一瞬で忘れて、直ぐに、女性の方に顔を向けてカメラ越しに見続けた。思わず・・・・・。
「本物の天女?・・・その羽衣?・・・」
例えがありふれなのだが人工物ではないのだ。だが、そう思ってしまった。無理に例えるのなら虫の羽に思えた。そんな虫の羽で一番の綺麗な羽ならウスバカゲロウ(蜻蛉)だろう。そう思った動機は、だんだんと、布のようは羽は透明になってきたのだ。まるで、布から命があるなにかに変化して飛び立つように思えた。それと、今までは絵柄だと思っていた。赤い糸が風の向きとは違った動きをするのだ。まるで、意志がある感じで動きだしたのだ。自然な感情で赤い糸の元に視線を向けると、左手の小指に絡んでいるようであり。小指から生えているようでもあったのだ。
「赤い糸?・・・・運命の赤い糸?・・・」
驚きの声だが、自分の耳にも囁きなのか、思いなのか分からない程の小声だった。その声と同時だった。一瞬、自分の左手の小指に触れた。何かに絡んだ。そう感じた時だった。驚きと言うか、女性が、初めて自分に気付いたような視線があった。そう感じたのだ。だが、怒りだったようだ。それも自分ではなく、自分の後ろでも周囲でもないだろう。そう思ったのは・・・。
「わたしは、運命の人を探していただけ、なのに、なにゆえに邪魔をするのです?・・・」
「・・・」
男は、自分に言ったのではない。そんな、驚きはあったが、それでも、女性を見続けた。
「それに、白紙の部隊までが裏切るのです?・・・信者であり。わたしの加護する者達ではなかったのですか?・・・それなら、わたしの敵なのですね!」
左手の小指の赤い感覚器官が、意識から強制的に遠隔操作されているかのように、男の左手の小指から離れて、鞭のように唸りで力を見せつけてから長い針のように固くなり。虚空に向かって怒りをぶつけると同時に伸びて、敵意を感じさせながら真っ直ぐに槍のように何度も刺したのだ。
「・・・・」
男は、女性の行動と話す内容を聞いていると、自分ではない誰か、それも複数の者を見て話しているようだった。そして、目的が果たされたのか、それとも、時間の制限があったのだろうか、女性は、突然に消えたのだ。暫く、無人の海と打ち寄せる波が撮影され続け・・再度、女性が現れると思ったのだろう。ビデオカメラで撮り続けた。
この男は、この時代では、当然であり。普通のことだったので頭の中の隅にも残っていないことであるが、ビデオカメラを渡される時に、見合いの写真を見せられたことなど忘れていた。だが、その女性と確実に結婚する。神が決めた運命の相手など考えもしていなかったのだ。それもあるが、百年に一人位のこと。男の知らないことだが、まだ、成人ではないために赤い感覚器官である。赤い糸が左手の小指に現れる前に、他の赤い感覚器官との反応で、強制的に見せた女性だった。それは、時の流の不具合でもあったのだった。そして、目を覚ましたら思い出すだろう。結婚した女性とは幸せだったと、だが、子供が生まれ大人になり。また、夫婦の二人だけの生活になった時に、子供時代の懐かしのビデオテープを見て、映像の女性に心奪われるのだ。もしかすると、最近の小説や映画などでは自由恋愛などが普通だったことで、そんな気持ちになったのかもしれない。それから、女性などの衣装などの資料からトンデモ文献に夢中になる。再度、ビデオテープを見て自分の考えが正しいのならば、と神代文字を書く。だが、まだ、目の前にある硯などの全てが用意してあるが、手に取らずに睨んでいるのだ。心の落ち着き、今までの人生の全てを思い出し、まるで、自殺する覚悟のようだった。筆を取ると同時に目を覚ますだろう。
「ん?・・・起きたの?」
十五分くらい過ぎたろうか、女性が、不思議そうに問い掛けた。
「あっ、寝ていましたか?」
男が、仰向けに倒れたことで、そのままの状態で寝かせていたのだ。男は、起きることなく、立って居る女性に話を掛けたのだ。
「はい。それにしても、何が、そんなに、素晴らしいのです?」
「あっああ、もしかして声に出ていたのですね」
「はい」
女性は、頷いて返事を待った。それも、真剣な表情なので誤魔化すことは難しいと思ったのだろう。男は、起き上り、胡坐をかくと、右手で地面を叩いた。女性は、頷いた。地面に座って欲しい。そう言う意味と、男の話が長くなる。そういう意味だった。
「それは、神代文字のことですよ」
「神代文字?」
女性は、男の言っている意味が分からず。本心から悩んでいたのだ。
「先ほどの上空の・・・あれもです。あれ、あれ・・上空を飛んでいたでしょう」
男は、上空を指さすが、すでに、飛行していた物はなく、何かを探すように上空を指さして探すのだった。
「あっ、はい、はい。それが?」
「私の世界では、あのような物はありません」
「まあ、そうでしょうね。あのような巨大な物は、もう、あの一台だけでしょうね」
「その、その、そう言う意味ではなくて、その、その土器の冷蔵庫って言っても分からないだろうし、土器の中だけを冷やして食べ物を凍らせる」
「あっ、神代文字の効果の時止まり神法ですね」
男は、頷きながら自分が書きとめていた物をめくっていた。
「そうそう、それです。それに、時戻る神法、時止まり神法、時進み神法、浮遊の神法などのことです。何なのかと見ても、聞いても際限がありません。もう不思議が有り過ぎて寝る時間もおしい。そう思う程ですよ」
「まあ、あの土器はね。時止まり神法の応用なの。神代文字で、土器の中の時間の流を止める。と書くの。取りだす時は元の時間に戻すのね。そして、物によっては土器の中の温度を希望する温度を書いて、土器の中に食べ物が入れると凍らせることも、冷たくすることが出来るのね。それに、空を飛んでいることに驚いていたけど、あれも、浮遊の神法ですよ。まあ、先ほどの物は見ていないけど土器なのかな?。あまり古い物の素材は分からないわ。一般的なのは紙ね。紙の形は何でもいいですが、その紙の上下に、神代文字で温度の数字を書くことで温度差が起きて上昇気流を起こします。そして、浮遊させてから風の抵抗と揚力の数字を神代文字で書くことで自由に飛べるのですよ」
「まあ、その原理は分かるのですが、神代文字で表すのができずに、メモに書き写していたのです」
「まあ、神代文字を知る者なら誰でもできますよ。そうですね。村に着いたら子供達に教えるから一緒に教えてあげるわ」
「本当ですか!」
「はい。だから、睡眠は十分にとって下さいね。勿論ですが、食事も抜かずに食べて下さいよ。もし子供達に教えている時に寝た場合や空腹の腹の音を鳴らしたら殺します!」
「わっ、分かっています。大丈夫です」
「それが、分かっているのなら何も言いません。皆と一緒に頑張りましょう」
「それと、聞きたいことがあるのですが・・・」
「何でしょう?」
「わたしは、狩りが仕事とされていますので、別に、狩りが嫌とかではないのです。ですが、狩りをしている短時間で簡易小屋が設置されていますし、片づけも同じように短時間で片付けが終わっていますよね。それなのに、簡易小屋の荷物などを持っている様子もないのは、燃やすか、土の中に埋めているのでしょうか?・・・それと、一番の驚きは、外と小屋の温度が違うのは分かるのですが、そんな程度の温度差ではないです。室温、湿度の全てが快適な状態なのが不思議だったのです」
「そう、そんなに不思議だったのね。壺と同じことです。室温、湿度は、神代文字を書くことで調整ができます。それと、簡易小屋の材料は、背負い鞄や馬車などに使われている和紙で出来ているのです。だから、小屋を作る時には馬車はない。全ての和紙を使うのです。だから、材料がない。そう思ったのでしょうね」
男は、女性の言っている意味が半分も分からず、天を仰いだ。
令和の現代である。あの男が子供の頃に撮影した。あの映像の女性に心奪われた。あのビデオテープを見ている者がいた。男の妻も見ていたが・・・・。
「ザッササ、ビシャ、ザッザザ」
ビデオテープの映像と波の音だけが部屋に響いた。そして・・・・。
「カタカタ、ブーンブーン」
と、ビデオテープの再生が終わり。巻き戻しの音が室内に響いた。
テレビ画面を見ている者は、男だが、撮影している者とは別人の若い男だった。
「男の人って、そう言う女性が好きなのですかね」
「えっ?」
突然に、後ろから声を掛けられて驚いた。おそらく、何分も前に襖を開けて入って来たが、夢中でビデオを見ていたから終わるのを待っていたのだろう。
「それを撮影したのは夫が子供の頃の物よ。夫は、そのビデオを観てから人が変わったわ。突然に、蔵や家の中を探して何かを見付けたのでしょう。それから、一人で旅行が多くなり。骨董品を集め始めたわ。特に、硯(すずり)をね。古代文字なのか、何語なのか分からない文字で、毎日、習字をしていたわ」
「習字ですか?・・・古代文字?・・・」
「恋愛結婚だったし、愛されていると思っていたわ。でも、あの頃の夫は変だったからね。夫に好かれようとして、唐墨と硯のために一度も話したこともない。母方の本家の人に会いに行ったわ。夫のことで相談と言う名目で、千年以上も古い唐墨と硯を借りにね。それを見せたら新婚の頃に戻れるのではないかとね」
「ほうほう」
男は、興味を感じて声が出ているのも気付かなかった。
「勿論、夫は喜んだわよ。それも、満面の笑みだった。新婚の生活の時みたいな笑みだった。これで、やり直せる。そう思ったわ。それに、私に言ったのよ。これで、完成する。と、もう骨董品を買わない。一人旅は終わりだとね。それでも、その日は、夜遅くまで習字をしていたわ。それも、今日で終わりなのなら何も言わずに、先に寝たわ。早く起きて朝食を作り。夫を起こしに行ったら部屋には夫は居なかった・・・」
「それで、部屋にある遺品・・・あっ、失踪でしたね」
「そうよ。七年で死亡を認められるけど、もう十年よ。もう諦めたわ」
「このビデオを観たのですか?」
「見たわよ。でも、普通の女性よね。今風に言えば、深窓の令嬢っていうか、清楚な巫女さんとでも言う感じの女性よね」
「えっ!・・・羽衣とか赤い糸?・・・・」
「えっ!・・何の事?・・・羽衣?・・赤い糸?・・・そんなの?・・何か映っていたの?」
「いえ、何でもないです」
(同じビデオテープを観たの・・・だよなぁ・・・)
「そうよね。何も変わった映像ではないわよね。それに、昔なら珍しいかもだけど、今風の背中が大きく開いた洋風の白いドレスよね」
「他にビデオテープは有りますか?」
「映画のビデオなら何本もありますけど、ビデオカメラで撮影したのは、その二本だけよ」
「そうですか・・・」
「そこの何本もある映画は、夫と一緒に観たのよ。変になる前は、、毎週、映画を観ていたのよ。そして、いつか、撮影されたロケ地を見よう。そう言いながら会話を楽しんでいたわ。いろいろと、想像しながらね・・・本当に、本当に楽しかったわ」
「まさか、あなたも変な人にならないでよね。遠縁だからって理由だけで呼んだのではないのよ。中古業の仕事をしているから古い物や変わった物を見慣れていると思って頼んだのだからね。夫みたいに変な人になったら、あなたのお母さんに怒られるわ。それよりも償いようがないわ」
「大丈夫ですから!!本当に、大丈夫ですから!」
「本当に!!」
「はい」
「それなら、いいけど・・・」
「あっ、そうそう、本当に、全てを売るのですね」
「はい」
「分かりました。ネットで売れるように移動宅配の中に選別して入れておきます。でも、即、売るのではなくて資料としてネットに上げて、個別に値段交渉の品としておきますね」
「ありがとう」
「面倒だと思いますが、値段を決めずに個別の交渉の方が高く売れますよ」
「ありがとう。もしかしたら、夫が見たら怒って帰ってくるかもしれませんわね」
「そうかもしれませんね」
「あっ、忘れていたわ。茶菓子を買ってきたの。一緒に食べましょう」
夫人は、茶菓子の事だけ伝えるつもりが、口にする気持ちもないことを自分で言ったことに驚きよりも、恥ずかしくなり部屋から出て行った。
「本当に、今でも愛しているのですね」
夫人の後ろ姿を見ながら思うのだった。その言葉が聞こえたのではないだろうが、夫人は振り向いた。
「何しているの。ほら、早く来なさい。一緒に食べましょう」
「はい」
「適当に座って待っていて!」
四人が座るテーブルの四つの座布団が置かれてある。その一つに座った。
「コーヒーの方がいいわよね」
「はい」
コーヒーの漂う香りで、インスタントではなく、豆から淹れる本格的なコーヒーだと感じて期待して待つのだった。
「良い香りがするでしょう。この豆は美味しいのよ。夫と月に一度は行っていた有名な店でね。それも、近くの喫茶店のブレンドのコーヒーなのよ」
二つのコーヒーのカップと二枚の菓子皿を持ってきて、自分が座る前に、男の前の前に置くのだった。そして、自分も男の前の座布団の上に座るのだった。
「どうぞ」
「はい。頂きます」
夫人は、男の顔の表情を見ていた。それで、美味しいと感じたことに嬉しい気持ちを表したのだ。
「美味しいでしょう」
「はい」
「ケーキも、どうぞ」
苺のショートケーキを勧めた。
「ありがとうございます」
「私たち、本当に初対面よね」
「はい。そうです」
「ねね、芸能人で誰かに似ている。そう言われたことある?」
「ん?・・・言われたことがないですね」
「そうなのね・・・」
一瞬、沈黙になったことで、丁度良い。そう思ったのだろう。女性に荷物を手渡した。
「まあ、他にも個人的な物は有りましたが、この思い出のアルバムなどは処分しない方が良いと、そう思いますよ」
「アルバム?」
「はい。これです」
「ありがとう」
夫人は、手渡されたアルバムを開いた。ゆっくりと、一ページ、一ページと・・・。
「最近は、個人の手紙でも、個人の写真のアルバムでも売れます。特に卒業アルバムなんて高額で売り買いされているのですよ」
「そう・・なの・・・」
「・・・」
男は、夫人が夢中でアルバムを見ていることで、沈黙に耐えられなくなった。とは違うが、最低限の伝える事だけを伝えると、先ほどと同じく沈黙が始まったのだが、夫人が笑みを浮かべていることで、何も気にすることなく目の前にある。苺のショートケーキを食べ始めた。
「あっ!」
「どう、どう、どうしました?」
ケーキを食べていたことで、ケーキが喉に詰まり直ぐに声が出なかった。
「これ!。これ見て!」
「ん?」
「これ、これなのよ。だから、見たことがある。そう思ったのよ」
夫人は、ある写真に人差し指を当てていた。その人物は、高校生くらいの男の子なのだった。男は、席を立ち上がり夫人の後ろから写真を見た。だが、特に、驚くような写真ではなく普通の写真だったので、何に驚いているのかと、不審そうな驚きで、そのまま見ていた。
「あなたに、そっくりでない?」
夫人は、男が何も返事がないので、自分が驚いた理由を伝えるのだった。
「そ、そうですか?」
写真の男は、満面の笑みを浮かべているのだ。たしかに、普通と言うか、自分の満面の笑みって見たことはないし、年に何度も満面の笑みを浮かべることもないために、夫人の言葉に同意が出来なかったのだ。
「そうよ。そうよ。先ほどのビデオを見ている時と同じ表情だったわよ」
「えっ!」
「もしかして、夫の隠し子だったりしてね」
「あっはははは!それは、ない、ない、ないですよ」
「笑って済ませられる。楽しい。幸せの家庭なのね」
「あっ、ごめんなさい」
男は、笑い過ぎて喉が渇き一気にコーヒーを飲みほした。すると、冷静な気持ちになり。夫が失踪していることを思い出して、夫人に笑ったことを謝罪したのだ。
「いいのよ。でも、この写真を見て、あの時のあなたを見ると心配なの。だから、馬鹿な考えだけはやめてよ」
「分かりました。何か遭った時は、まず、母のことを思うことにします」
「そうね。それが、いいわね・・・・コーヒーが空だけど、もう一杯でも飲む?」
「はい。頂きます」
夫人は、空のカップを手に持って立ち上がった。これで、先ほどの話しは終わった。直ぐに、コーヒーを持ってきてくれたが、先ほどの話の話題に戻ることはなかった。後の会話は事務的なことだった。部屋の片づけのことやインターネットで売る出店のことだ。
「全てをお任せします」
「はい。でも、最後の確認だけはして下さい。その時の日時などは後で連絡しますね」
「いいですよ。それで、でも、あまり、気にしなくていいわ。普段のお客様の通りでね」
「そうします」
「はい。なら、もう一杯コーヒー飲む?」
「はい」
「片づけながら飲むのなら持って行くわよ」
「すみません。そうします」
男は、夫人にペコペコと頭を下げながら片付けを続けるために部屋に戻るのだった。直ぐに、片付けを始めたが、手を止める程の興味がある物はなく流れ作業のように片づけていった。すると、夫人の足音が聞こえたのか、手を止めるのだった。
夫人は、コーヒーをこぼさないように注意したことで、男に視線を向けずに問い掛けた。
「どこに置いたらいいかしら」
「あっ、ありがとう」
男は、少々驚きを表して手にしていた本を落としたのだ。やはり、夫人の足音に気づいたのではなく、手にしていた本に興味を感じたのだろう。それでも、直ぐに本を手に取るのではなく、夫人の方に身体を向けて嬉しそうにコーヒーのカップを手に取り。一口を口にしてから感謝の言葉を言うのだった。
「美味しいです」
「それは、良かったわ。ねえ、手を止めていたけど、何か興味を感じるのがあったの?」
夫人は、男の様子に不審を感じた。
「えっ、いいえ」
男は、確かに、嘘を言った。だが、価値があるとかではなく、タイトルを見て読んでみたくなったのだ。それで、夫人に、読んでみたい本があるから借りられませんかと、聞いてみるかと、悩んでいた時に、夫人から声を掛けられたことで驚いたのだ。
「本当に?」
「はい」
「そう・・・」
男は、また、夫人に嘘をついた。
「本当に美味しいですね」
「そう・・・ありがとう・・・あのね。無理をして今日中に終わらせなくてもいいわよ」
「はい。大事な遺品ですしね。そうします」
「もしかして、その本に興味を感じて読みたくなったの?」
男が、先ほど驚いて落とした本が、胡坐をかいでいた。その上に載ってあったのだ。それで、夫人は、軽い気持ちで問い掛けた。
「あっ!」
「その本は、家に残す遺品として手元に置いておきましょう」
「分かりました」
「また、何か悩む物があったら教えて下さいね」
「はい」
男は、何か複雑な表情を浮かべたが、夫人は、悪戯を考えた幼子のような笑みを浮かべて部屋から出て行くのだった。夫人に返事を返すが、片付けの手を休めることもなく夢中だった。もし夫人の表情を見ていれば、別の対応をしたはずだ。そんなにも急ぐ理由でもあるのか、時間的な余裕がないのか、もしかすると、他にも興味を感じる物が有ると思って夢中なのか、それとも、夫人の夫の気持ちを考えて、夫を探す手がかりを探しているのかもしれない。
「一緒に、夕飯は食べて行けるのでしょう?」
「その・・・母が・・・」
「そうよね。忙しいわよね」
「あっ、少し待っていて下さい。母に電話して聞いてみますね」
男は、おそらく、実家にだろう。電話するのだった。驚くことに、二度の呼び出しで電話に出たのだ。普段ならテレビの録画のドラマなどを見ているので、留守録になるのが普通なのだ。なにか、少しだが嫌な気持ちを感じた。
「なになに!どうしたの?」
「夕食を食べて行かないか、そう言われたのだけど、どうしようかと、思って・・・」
「なっなな!何を言っているのよ。大金持ちの家なのよ。少しくらい胡麻をすりなさいよ。あのね。言いたくないけど、あなたの学費のローンは、まだ、まだ、払っているのよ。だから、気に入られるようにして、少しでも多くの謝礼金を貰えるように、ちょっと、ちょっと、話を聞いているの?」
「はい、はい」
男は、適当な返事をして電話を切るのだった。
「食べて来ても、良いそうです」
「そう、そうなの!。それは、良かったわ。でも、元気の良いお母さんね。やっぱり、お母さんって子供と一緒にいると、違うのかしらね。本当に息子が心配なのね」
「いや、家の母は特別だと、そう思いますよ」
「そうなのね。まあ、まあ、そうそう・・・」
男は、これ以上、母の話題は言いたくなかったので話題をかえようとした。
「失礼だと思いますけど、夕食は何でしょう。もし買い物に行くのでしたら、自分が買ってきますよ」
「鍋にしよう。そう思っているのです。一人では鍋なんて作りませんからね。だから、すき焼きなんて、どうでしょうか?」
「いいですね。大好きですよ。それなら、材料は多くなるでしょうから、自分が買って来ましょうか?」
「いいえ。料理の材料を考えながら買うのも、久しぶりだから楽しみなのですよ。それだから、気にしないで片付けをしていて下さいね」
「はい。そうします。でも、気をつけて行って来て下さいね」
「優しいのね。ありがとう。それなら、買い物に行ってきますね」
「はい。楽しみしていますね」
男は、このような労りの言葉など、実の母には一度も言ったことはなかったはずだろう。もし、普段でも言っていれば、息子にたいしての言葉も態度も、この夫人の様な上品とまでは言わなくても、もう少し優しく穏やかになっていたかも知れないだろう。
「さあ、頑張るか!」
家に一人になり。気落ちを切り替えようとしたが、小さい木箱が出てきた。その箱を開けて見ると、かなりの数の手紙が入っていた。手紙の中身を見る気持ちはなかったが、それでも、切手なら使われた物でも値段が付くので、自分でも分かる有名な切手はないのかと、調べていると、驚くことに、時間にして四十分も過ぎていた。それ程まで夢中だったのに時計を見る気持ちになったのは、玄関を開ける音がしたので夫人が帰って来た。そう思ったからだった。
「ただいま。今から作るから一時間くらい待ってね」
「お帰りなさい。大丈夫ですよ。時間なんて気にしないで下さい。それよりも、面白い物が出てきたので、食事の時に見せますね。それの整理も一時間もあれば終わると思います」
「そう、楽しみしていますわね」
夫人と男は、夢中で自分のするべきことの作業を始めた。やはり、夫人は几帳面なのか自分が言った時間で満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに夕食の用意が終わったわ。そう知らせにきた。
「はい。こちら、今終わったところです。直ぐに行きますね」
男は、木箱を手に持って、先ほど座った。同じ座布団に座るのだった。だが、木箱を座布団の左に置くと、おしぼりはあったのだが立ち上がった。おそらく、手を洗いに立ち上がったのだろう。戻ってみると、夫人が鍋の中の食べ物が煮えたか確かめていたのだった。
「もう大丈夫よ。みな煮えたわ」
「美味しそうですね」
「そうね。食べましょうか?」
「はい」
「ご飯は、大盛りでいいのね」
「はい」
夫人は、先に男にご飯を装って渡すと、自分の分を装い終わると、夫人と男は、ほとんど同時に卵を割ってかき混ぜていた。
「頂きます」
「どうぞ」
「美味しいです」
「それは、良かった」
男の表情を見てから夫人も食べ始めた。少しだが、空腹を満たされると、男が話を始めたのだ。
「先ほど言ったのは、木箱に無数の手紙が出てきたのです」
「まあ!手紙ですか・・・」
夫人は、真っ赤な表情を浮かべたのだ。
「あっ、中身は見ていませんから安心して下さい」
「そう言うことではないの。夫からの告白の手紙を思い出したのです。それで・・・・」
「そうなのですか」
「はい。それも、変わったことを言われたと言うか、手紙も変わっていましたね。でも、それが、告白だったのですよ。まあ、説明されないと、意味が分かりませんでしたけどね」
「そう・・・ふむ、ふむ、見てみたいですね」
男は、自分で手紙の内容を想像してみたが、答えが出ずに夫人にお願いをするのだった。
「まあ!男性の方でも興味があるのですか、もしかして、告白したい女性でもいるの?」
「いや、いや、そんな女性は居ませんよ。初めて聞く話しですから、何て書かれているか知りたくなったのです」
「そうでしたの・・・・まあ、木箱にあるのならいいけど・・・どうかしらね」
「これです」
男は、木箱を手渡した。
「ありがとう。有るといいけど・・・」
夫人は、大事そうに木箱を受け取って蓋を開けた。そして、一枚一枚の手紙を思い出しては確かめる感じで目的の手紙を探すのだった。そして、時々、ワァ、とか、キャ、とか、まるで、少女が告白の手紙の返事でも届いて受け取った時のように思い出を楽しんでいたのだ。そして、何分が過ぎたろうか、夫人は、一つの手紙を取って動きを止めた。
「それですか?」
「はい。間違いないわ。この手紙、私が持っていたのよ。それでね。毎年の結婚記念日の時に、嬉しくて夫に見せていたのだけど、何回目だったかな、怒ったのか、恥ずかしかったのか、私から取り上げて隠してしまったの」
「そうなんですか」
「はい」
夫人は、封筒の中から一枚の手紙を取りだした。そして、手紙の文面を読んで頷くのだった。それから、男に手渡した。
「これなのですね・・・・・」
(君静居国(きしい)こそ、妻(つま))お身際(みぎわ)に、琴(こと)の音(ね)の床(とこ)に吾君(わきみ)お、待(ま)つぞ恋(こい)しき)
夫人は、全てを暗記していた。手紙の話をしながら渡すが、男は、漢字だけだったので話の流だけで頷いていた。そんな、男の気持ちなど分かるはずもなく、夫人の話しは止まらずに話を続けたのだ。
「夫は、優しい方でした。恋愛をしている感じでしたが、今の感じで言うのなら友達でしょうね。あの頃の時代では、男女の二人で話すだけで恋人なの。そして、両親に会うだけで、見合いと同じでね。結婚と同意だったのです。だから、家族の対面の後に、二人になったら関白宣言でも言われる。そう思ったのですよ。それが、この手紙を渡されたのです。手紙に書いた内容を話し始めたのです。
「日本の習わしでは・・・・」
「そう話し出した時、意味が分からなかったわ。それで、わたしは何も言えず、何も言わずに頷けばいいのね。そう思ったのです。そしたら・・・」
「この手紙を受け取ったら断りの返事は書けないのですよ。日本の習わしでは、上から読んでも下から読んでも同じ内容なら返事を書けないのです。承諾するしかないのです。まあ、男性から女性に、このような手紙を送るのは、禁句とされていますけどね」
「えっ、本当に、私がお見合いを断る。そう思っていたのですか?」
「はい。あなたは、本当に、素晴らしい人ですからね」
「うっうう、げっほ、げっほ、うっうう」
女性は、嗚咽を漏らして涙が止まらなかった。
夫人が、本当に涙を流して話しが続いたことで、男は、服のポケットから紙と鉛筆を取りだして、手紙の内容を確認したくなったのだ。
「もう一度、見せて下さい」
「いいですよ。どうぞ」
男は、一文字ごと、紙に書いては、ひらがなに直して何度も確認していた。
「あああっ、たしかに、下から読んでも同じ内容ですね」
「あっ、たしか、まだあるはずですわ。これを抜粋した本と翻訳した。その本が・・」
女性は、立ち上がり、夫の部屋に向かった。直ぐにある場所が分かるのは、定期的に読まずに、本棚の本を見るだけで昔を思い出していたのだろう。
「あったわ」
夫人は、やはり、定期的ではなく毎日の習慣のように思い出していたのだろう。それに今回は、男に貸し出すために、当分は見られないのだから余計に思いが膨らんだのだろう。
「どうしたのです?」
「・・・・」
(夫は、どうすることも出来ず。親戚の幼子が泣くと頭を撫でると泣き止むのを思い出したのでしょうね。私にも同じようなことをしたわ。驚く事に直ぐに涙は止まったわ。それで、不審そうに夫の目を見たの。それは、何かを確認しなければならない。そんな視線を向けたの。
「え、もしかして、本当に断られる。そう思ったのですか?」
「はい。あまりにも、綺麗な人だったので・・・・」
「えっ」
「もっと正直に言うなら、これで三度目でした。一度目は一目惚れ。二度目は見合いをしたいと、あなたの家に行った時でした。いや、何度も会いました。あの川岸に立つ有名なお洒落なカフェの店が好きなのですよね。それに、本が好きなのか、それとも、橋を定期的に通る。男性でもいましたか?・・・」
「えっ、どうして、それを・・・」
「それだから、先ほど、トイレに立った時に、この手紙を書いたのですよ。もしかしたら大好きな本に一生ささげる、とか、橋を渡る君とかの想い人がいる。そんな理由で断られる。そう思ったからです」
「クスクス、本気で言っているのですね」
「本気ですよ」
「それなら、正直に言います。橋を渡る君なんて人はいません」
「それは、良かった。でも・・・」
「それと、本当に本が好きで、でも、恋愛小説なんて読んでいるのが、父や母などに知られると、二度と外に出してくれないから・・・それに、カフェなんて家で飲めませんでしょう。もし作れるとしても作り方なんて知りませんしね。だから、暇があれば、あのカフェに行っていたのですよ。まあ、昭和の時代の東北では、それに、ある程度の資産がある家では、そうでは、ありませんでしたか?」
「そうですね・・・・」
夫は、夫人の話が長くなる程に、だんだんと落ち込むのだった。
「あっ、結婚は、勿論、喜んで承諾しますよ」
「本当ですか!」
「はい。本当ですから・・・そろそろ、部屋に戻りませんか?」
これ以上は、思い出したくもないのだろう。もしかしたら、夢をぶち壊すことでも親たちに言われたに違いない。それを思い出だすだけで正気に戻るのだ。
「有りました」
夫人は、男に、大声を上げて知らせるのだった。
夫人の人生で最高の思い出であり。夢が冷める程の話しとは両家の結婚のことであるのだ。世情にも理由があった。当時、軌道エレベーターの建設にあった。それに、あまりにも早い平成の五年で天皇が崩御され、世の中の同じ天皇と同じ年配の者が、自分の死をおそれてひ孫の顔が見たい。など言う冗談のような孫を結婚させて曾孫が見たい。そんな、ブームのような広がるありさまだった。それに、平成の五年で天皇が崩御されて、今の世の令和の記念に、軌道エレベーターと宇宙太陽エネルギーの開発が始まったのだ。それから、たった十五年で、まあ、世界中の全ての国が昭和のバブルと同じになったのだから当然なのかもしれないが、漫画の未来世界、いや、それ以上の想像も出来ない未来の世界になっていた。世界中の地下に電源ケーブルが繋がれ、それと並行して、いや、日本の海底資源がメインとも言われたが、採算が取れないと言うことで、日本だけで密かに産出された。そして、止まることのない。地下の貨物列車のようなケーブル点検貨車が走っていた。ネットと連動して、貨車の一つ一つが、個人または、企業の移動の倉庫になっていたのだ。
「その本が、そうなのですか?」
「そうですよ。お貸ししますから自宅でもゆっくりと読んで下さい」
「本当に良いのですか?」
「勿論ですよ」
「ありがとうございます」
「それより、食事が途中でしたわね。まあ、すき焼きは熱々ではないとね。直ぐに温めますわね。ご飯もお替りするのでしょう」
「はい。ありがとうございます」
男もだが、夫人も久しぶりのすき焼きであり。大好物なのだろう。そして、すき焼きを食べる時は嬉しくて楽しい時だけ食べていたにちがいない。それは、夫人の笑顔と楽しい思い出を語るのが止まらなかったことで証明された。
「美味しかったわね」
「今までで一番の美味しいすき焼きでした」
「そう言ってくれると、本当に嬉しいわ。それなら、また、作ったら食べてくれる?」
「勿論ですよ。楽しみしていますね。なら、そろそろ、仕事をするかな?」
「お願いしますね」
夫人は、男が、夫の部屋に入るのを見ていると、何か、嫌な感じがした。まさか、夫と同じことになるのかと、だが、考え過ぎだったと気付くはず。縄文時代のことを調べ尽くした。そう思えるくらいの資料を集めては実験の実験をしての成功だったのだから・・・もし同じことをしても過去には簡単に行けるはずもないのだ。それでも、ビデオテープを観てのことだが、夫人には見えなく男が見えたのだから何かが起きる予兆であるはずだ。
「は~い。安心して下さいね」
そう返事を言ってから残りの仕事を始めた。超有名な引越屋よりも丁寧であり。骨董を扱う店主以上の細やかな慎重であり。大事な、大事な国宝を扱うような仕事の仕方なので簡単に終わる仕事ではない。それでも、時間を忘れるくらいの真剣に仕事をしている時だった。男は、時間を決める気持ちはなかったのだろう。それでも、十一時になると、部屋の扉は開けたままだったが、扉の入口から言葉を掛けられるのだ。
「お母さんが心配するでしょうから、そろそろ、仕事をやめてお帰りになると良いわ。そう思います。また、明日の好きな時間から始められては?・・・どうでしょう?」
「そうですね。それでは、明日の朝食は何時頃に食べるのでしょう?」
「えっ、朝食も一緒に食べてくれるのですか?」
「あっ!」
「ごめんなさい。そう意味ではなかったのですね」
「いいえ、いいえ、その意味ですよ。本当に楽しみです」
夫人が、驚き、嬉しそうに喜び、そして、失望する姿を見ると、男は、夫人の朝食を食べることを断れるはずもなかった。
「それなら、パンかご飯か、どっちがいいのです?」
「そうですね。なら、ご飯の方がいいですね」
男は、即答で答えてから自動二輪に乗って帰宅するのだった。家の電気は消えていた。台所の大きい電気だけをつけてメモを書くのだ。明日の朝食はいらない。と、そして、携帯電話の電気を点けて自室に入り。電気が点けられるが直ぐに消えるのだった。
「何時に帰ってきたのよ」
母親は、誰もまだ起きていない。そう思って朝食を作ろうとしたのだろう。それが、お風呂場でのシャワーの音が聞こえて驚くのだった。
「忘れた」
「まあ、少しは寝たのよね。それで、朝食はいらないのね」
「そうだよ。直ぐに家を出るから!」
少々怒りを感じているのだろう。それは、何度も母に、風呂場とトイレの時は声を掛けるな。そう何度も言っているのに、やめてくれないのと、時間が本当にないのだろう。そんな息子の気持ちなど知らずに、母親は、朝食を作り始めて、外から自動二輪の音が聞こえて出掛けたのが分かるのだった。そして、自宅では絶対にしないこと、二百メートルくらいで夫人の家に着くのにエンジンの音を止めて歩き出すのだった。おそらく、夫人が起きてない場合を考えてエンジンの音で起こさない気持ちなのだろう。
「八時少し前だが、寝ているだろうか・・・」
歩きながら、ぶつぶつと、心の思いが出ていた。目的の家の玄関に立つと、歩き疲れて呼吸を整えてから呼び鈴を押すのだった。
「今日も宜しく、ありがとうね」
「いいえ。仕事ですから気にしないで下さい」
「そう・・・はい。そうしますね。それで、朝食だけど直ぐに食べる?」
「はい」
男は、嬉しそうに答え。朝食を食べてから仕事を始めるのだ。そして、昼、夕食を食べて家に帰宅する。この繰り返しを一週間も続けるのだ。だが。故意に仕事を遅らせているのではなかった。そんな日々を続けて最終日のことだった。
「約束していた通りのお仕事の料金を渡しますね。それと、約束よりも十分以上にしてくれたので、ボーナスをお払いします。でも、必要以上は入りません。そう言うでしょう。だから、お母さんと話し合って決めますね」
「えっ、ボーナスなんて入りませんよ。それに、まだ、片付けだけで、倉庫にも入れていませんし、物が売れた訳でもないのですし!」
男は、夫人にも分かるように、古い言葉で、倉庫と言うのだった。
「それだからですわ。前の契約金のお礼みたいの感じね」
「倉庫に入れてきます」
夫人は、少々怒りを感じているような男の話をさえぎって、男を落ち着かせてから納得させるのだった。そして、男は、何の返事もできずに逃げるように玄関と裏庭の途中にある倉庫に向かった。倉庫と言っても平成の世にはない物だった。平成の物で例えるのならば、郵便や宅配業者が荷物の多さで破たんするのだった。国と全てと言っていい程の大手の企業で話し合いされて、地下に大小の宅配ボックス、と言うか、倉庫が建造されたのだ。だが、日本大改造になる規模だったために直ぐに実行されなかったのだ。それでも、軌道エレベーターと宇宙空間太陽エネルギー開発が、地球全体で実行されることが決定されてからだった。驚くことに歴史上にない程の世界中の全ての国々で大好景気が起きてからは、地下、地表、海、宇宙など様々な空想だと言われていた計画が、次々と建造された。その一つの移動ネット販売用の倉庫のことであり。昔の元の原案の頃に言われていた。宅配ボックスから始まったことであり。今では、移動宅配と、そう言われていたのだ。それで、なのだが、商品の安全を考えた。その結果、無振動のことを考えてリニアモーターでの移動だったのである。
「ジージジーカンカンージージジー」
男が、地面の踏みボタンを踏むと、耳を押さえたくなるくらいの音が響き危険だと知らせるための音だろう。地面が割れて少しずつ貨物列車の一台分くらいの箱が上がってきた。まあ、一般家庭は電話ボックス程度の大きさだが、この大きさだけでも資産家だと分かる物だった。すると、資産家であり。旧家だと思わる。夫人がおっとりと現れた。
「何度、聞いても嫌よね。この音はね・・・・・でも、何か何時もより長くありません。それに、音が変わりましたよね」
移動宅配が地面の上に設置が完了した。それなのに、音が止まらないのだ」
「長い間、使用してないための点検か、更新の手続きかもしれませんね」
夫人と男は、不思議そうに移動宅配を見続けた。
男が不審に感じること、それは当然だった。移動宅配の業者でも知られていないことだったのだ。誰にも見られずに、誰にも知られずに、移動宅配と並行して点検する貨車があるのだった。それを知ったのは、移動宅配から一人の男が出てきた。男と夫人に言ったからだった。
「てっ、点検ですの・・・・倉庫の?」
「はい。その点検の知らせと、お客様に承諾していただくための書類の一式を持ってきました。これから少々の時間をいただけるのなら説明をしたいのですか、宜しいでしょうか?」
「そう言われてもね・・・・・聞いても分かりません」
夫人は、男にチラチラと視線を向けた。その視線は、お願い。助けて、と言っているようだった。その様子から男は直ぐに感じ取って言葉にして伝えた。
「分かりました。それでは、私が話を聞きましょう」
移動宅配の中から現れた男は、なぜか、説明を簡単に済まそうとしてなのか、その場で話を始めるが、左手に持っている袋から資料を出そうとしていた。
「あっ、風に飛んだら大変だわ。家の中に入りましょう。何か、食べ物と飲み物を出しますから食べながら話を聞かせてくると嬉しいですわ・・・・駄目なのでしょうか?」
「う~む・・・構いませんよ」
腕時計を見てから答えた。おそらく、開始の予定時間はあるが、食欲に負けたのだろう。
「それでは、中に、どうぞ」
夫人は、男に喜んでもらおうと、冷たいミントの紅茶と手作りの菓子パンを用意していた。そんな話を二人の男にしながら家の中に入るのだった。
「失礼します」
「お邪魔します」
「ミントの紅茶ってね。熱いのよりも冷たい方が、味が濃く感じて美味しいのですよ」
「そうですか」
「美味しそうですね」
「温かい方がいいのなら温かい紅茶にしますよ」
二人の男は、即答で、冷たい紅茶だと、お願いするのだった。直ぐに、夫人は、二人に冷たいミントの紅茶を出すと、二人の食べる姿を見ながら米で作ったパンですよ。と、話を掛けるのだった。夫人の話しに興味が無かったのか、それとも、紅茶も菓子パンも美味しかったために夢中だったのだろう。仕方がなく、夫人は・・・。
「そのチラシみたいの読ませて頂いても宜しいでしょうか?」
「いいえ、待って下さい。ごちそう様でした」
「もう良いのですか?」
「はい。美味しかったです。ありがとうございます。それでは、今から説明します」
残りのミントの紅茶を飲み干すと話し出すのだった。男の話しは、この数か月の間に商品が消える事件が起きていると言うのだった。その調査と移動宅配などの全ての点検のために訪問したのだと、そして、正式な書面を持って来たのだ。
「それにしても、変っていうか、怖いわね。まるで、推理小説の出来事ですね」
「そうです。ミステリーなの。そうでしょう」
「えっ、」
二人の男は、百八十度の違う驚きを表した。
「貨車または、移動宅配は完全の密室の空間であり。常に動き止まることなく、五十キロの速度で走っているのです。それと、恐らく、消えた物も大小の大きさで、かなりの重量物も有ったはず。そんな商品が消えるのですからね。小説や映画のような話しですね」
「そうです。だから、本当に困っているのです。それで、点検の許可を頂けませんか?」
男が、夫人の代わりにチラシと書面の資料など読んでいた。そして、男は頷くのだった。
「構いませんよ。それに、わたくしで良ければ何でも協力もしますわ。そうなると、印鑑も必要ですよね?」
「いいえ。印鑑は、もし紛失した時だけです。ただ、この紙テープを渡しますから個別の商品の扉に付けて頂けるだけで十分ですので、宜しいでしょうか?」
「密閉した。と言う意味の印ですね。分かりました」
男が夫人の代わりに即答で答えると同時に、紙テープを受け取るのだった。
「そうです。それでは、仕事を始めます。ご馳走様でした」
点検業者の男は、紙テープを渡すと、夫人に丁寧に感謝の礼を返すと、家から出て直ぐに、移動宅配の中に入るのだった。その後は、移動宅配の奥に扉があった。それは、移動点検汽車に移動する扉でもあり。扉を開けて中に入ると、予定の時刻だったのか仕事を始めるのだった。一通り点検を済ますと、中央に胡坐で座り。何かを思案するのだ。すると、移動宅配から荷物を入れている音が聞こえて戻るのだった。
「先ほど、夫人からご馳走になったし、荷物を入れるのをお手伝いしますよ」
「えっ、あっ、そうですか、なら、お願いします」
男は、断ろうとしたが、夫人の名前が出ては、断る理由が思い浮かばなかった。
「いいえ。いいえ。気にしないで下さい」
「それでは、こちらに、家の中にありますので、付いて来て下さい」
男は、家の中に入る。そう思ったが、家の中に入らずとも、大きな荷物を出し入れするためだろう。直接に外から夫の部屋である、書斎に入れるのだった。
「おおっ!」
男が驚くのも当然だった。八畳くらいの部屋に、本棚に置けない本などが、畳の上に重ねて置いてある。それも、素人が見ても、年代物だと思う骨董品が置いてあったからだ。
「自分が梱包しますので、移動宅配の中に入れて下さい」
「はい。分かりました」
何個かを移動宅配に入れていると、口には出していないが、運び方や男の表情から手伝うことを言ったことを後悔している感じであった。そんな時だった。
「お出かけするのですか?」
「はい。そうです。今日の夕飯は、また、すき焼きにしましょうか、それとも、若い人ですからステーキにしましょうか?」
「えっ?」
「あっ、そうですよね。家のご両親が心配しますよね。わたくしが勝手に思って、ごめんなさいね・・・・・店長さんに、御断りの電話をしないとならないわね・・・・」
夫人は、心底から幸せのように買い物に出掛けようとしたが、男に、驚きのようであり。困ったような表情を見たことで、がっくりと肩を落として家に戻ろうとした。その時に呟くが、二人の男の耳には届いていなかった。
「そうではないのですよ。高額の料理というか、高価な食材というか、何て言うか、その・・・心配になって、だから・・・・」
「そんなことを心配していたのですのね。それは、大丈夫ですよ。知り合いの店長さんがね。すき焼きやステーキで食べる。美味しい、安全な有名な国産の肉で、安い専用のお肉を用意してくれるのですよ。それだから、心配しなくていいのですよ」
「国産の牛の肉!スッゲー、すき焼きか、ステーキか選べるのか!スッゲー」
点検業者の男は、荷物運びの手を休めて、夫人の声が聞こえる所にいたのだ。そして、人生で一度あるかないかの機会を喜びのために内心では我慢ができずに雄叫びのように叫ぶのだった。
「それでしたら、夜は、すき焼きにしましょうか、そして、若い人なのだから大丈夫でしょう。朝にステーキにしましょうね」
「有名な国産の肉なんて高額すぎて想像もできませんよ。本当に良いのですか?」
「値段は知らないですが、店長さんに、毎月、毎月、無理のような決まった金額で食材を用意してくれているから安いのですよ」
「ほう」
「ほうほう」
二人の男は、想像もしていない話を聞いたので、息をするだけしか出来なかった。
「それでは、店長さんから電話がありましたので、今から食材を取りに行きますね」
二人の男は、夫人が車に乗って見えなくなるまで見送った。それから、特に、先ほどまで手伝いすることを言ったことを後悔していた男が、別人のような変わりようで荷物を運ぶのだった。
「これで、終わりだ」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
驚くことに、夫人が帰る前に、全ての荷物を移動宅配の中に入れ終えたのだ。暫く、玄関が見える場所で、夫人が帰って来るのを待っていたが、待ちきれない気持ちもあるのだろうが、少しでも夫人の印象を良くしようとしての下心から掃除を始めるのだった。掃除を初めて見ると、少しでも考えれば分かることだったのだ。夫の荷物には埃がたまっているだけではなく、棚などにも埃が溜まっていることに、夫人が一人で掃除など出来るはずもなく、資産家ならお手伝いや植木職人などが居ないことに驚くべきだったのだ。おそらく、いや、間違いなく、夫の失踪のことだ。愛人が出来て逃げ出した。まだ、そんな、噂なら良い方だろう。誰も訪れる人が居なくなり、近所の付き合いもしなくなったのは、いや、出来なくなったのは、夫人が、夫を殺して庭にでも埋めた。そんな、噂が流れたからだろう。もしかすると、男と話したのは、本当に久しぶりのことだったのかもしれない。
「・・・・・・」
夫人が帰ってきたのかと、玄関に視線を向けると、近所の主婦たちだろう。冷たく鋭い視線を向けながら何か話をしていた。会話の内容など聞こえなくても、男たちが思っていたことが当たっていたことは感じ取れた。だが、男たちは、少しの時間だが、夫人と話しただけで、変な噂の全てが嘘だと分かるのだった。
「何をしているの?・・・・・掃除ですか?」
「はい。そうですよ。でも、今日では、全ての掃除は終わらないからね。また、掃除に来て良いですか?」
「俺も、来る。約束するよ」
「はい。ありがとう。宜しくお願いしますね。それでは、すき焼きを作ってきますわね」
「何か、手伝いましょうか?」
「いいえ。大丈夫ですよ。テレビでも見ていて下さいね」
「はい」
居間に入ってテレビを点けるのだった。すると、驚きの声を上げた。
「なぜ、テレビで放送されている・・・・・」
(会社の中だけで処理するのではなかったのか?)
「この事件の事で、点検と嘘をついて調査に来たのか?」
「・・・・・」
「まさか、夫人を騙すつもりだったのか?」
「それは違う!」
即答で答えるだけではなく、両手、首などを動かして否定するのだった。
「ありがとう。怒ってくれて、でも、仕事ってしたことないけど、仕事って、いろいろあるのでしょう。それでも、嘘をつく仕事ってないのでしょう。そうですよね」
「はい。俺は、嘘をついていません」
「お前なぁ。夫人が、そう言うから、もう何も言わないが、もし夫人が泣くようなことになったら許さないからな」
「絶対に、そんなことにしません」
「はい、はい。もう話はおしまいね。すき焼きが出来ましたから食べましょう」
「最高級の肉!。匂いも普段食べているのとは違うように感じますね」
「・・・・」
点検業者の男の態度に呆れた、夫人の無邪気な微笑を見ては、何も言えなかった。そんな、男と夫人の様子など気付くはずもなく、夢中ですき焼きを食べるのだった。
「食べないの?・・・ねえ、食べましょう」
「あっ、ああ、そうですね」
男も、最高級品のすき焼きなど、いや、前回のすき焼きよりも美味しいと、思わず声を上げてしまった。夫人も二人の嬉しそうな表情を見ては幸せを感じていたのだった。
すき焼きを三人の男女が食べていた。空腹も満たされて箸の動きもゆっくりとなって来た時だった。夫人と言われている。女性が、一人の男に声を掛けたのだ。それは、この家に訪問して来た理由と、テレビでニュースになっていた話題のことを問い掛けたのだった。
「テレビのニュースになるほどの仕事って大変なのでしょうね」
「いや~何でテレビのニュースになるなんて聞いてないのですよ。会社の打ち合わせでは、これ以上、品物が無くならないように確認と封印をしてこい。そう言われたのです」
「そうなのですね。大変ですね。それで、先ほど渡された用紙に捺印と署名をすればいいのですね」
「ちょっと、待って下さい。もう少し話を聞くか、また、テレビ放送するはずですから見てからにしたほうが良いですよ」
「う~まあ、俺のことが心配なら署名と捺印は、今直ぐでなくていいですよ。でも、紙テープの封印だけは出来るだけ早くお願いしますよ」
「まあ、仕方がないな。分かったよ。でも、全ての理由は聞くからな。あっ!」
そんな会話をしていると、夫人が違うチャンネルでも選択したのだろう。再度、テレビ放送が始まるのだった。
それは、テレビ最新情報の放送の内容とは、こんな内容だったのだ。
移動宅配が起業した当時から噂されていたことだった。当時は、紛失はあったが、数日で持ち主に戻って来たことで、偽物、贋作なのか、と噂されたが、機械や人などの運搬の手違い。この頃は、自動車などで日数のずれが普通だったのもあったからだ。だが、この世は、当時の国鉄のように時間に正確である。そして、発送、倉庫として保管、本人と受け取る本人以外は、商品を触ることも見ることも出来ないのだった。それが、扉に紙テープでの締めであり。密閉の証拠だった。この方法で長い間、何も問題はなかった。それが、値段の価値よりも、考古学的な価値がある。世界で一個の遺跡出土が消えたのだ。博物館の方も内密の調査と捜索だったのだが、紛失したのが、一点だけでなく何点も紛失があり。その中の一つが、大富豪のコレクションが消えたことでテレビ放送にまで発展してしまった。そんな、テレビ放送だったのだ。
「まあ、ミステリー映画のようですね」
夫人は、他人事だからだろうか、笑ってしまうのだ。だが、もしかすると、二人の男の気持ちを解そうとしたのかもしれなかった。
「そうですよね。此方としても調査してもなぜなのか分からないのです。本当に、ミステリーですよね。それで、全ての社員が、お客様の在庫の確認と、再度の封印の紙のテープを貼りにきたのです。ですから、書類の捺印と署名は、紙のテープの開封の承諾に来たのです。それと、もし紛失されていた場合は、賠償金を払うだけではなく、会社の信頼を取り戻すために何年が掛ろうが必ず探しだす。それを伝えるために訪問と調査に来たのです」
「そう言うことか」
「はい。ですが、移動宅配の点検だけではなく、良い機会ですので、商品の入庫から一定の期間の監視もしたいと、そう思っています。それと、こんな高価なすき焼きを食べさせて頂いたのです。なんでも、お手伝い致しますので、好きに自分を使って下さい。十日だろうか一月だろうが、何でもお手伝いします。会社の信頼の回復のために我々社員には期間はありません。だから、安心して下さいね」
「大変だな。何かいろいろ疑って悪かったな」
「まあ、それなら、仕事を頑張って下さい。食事なら作りますわ。何でも食べたい物を言って下さいね」
「マジですか!」
「嬉しいですが、あまり高額な料理は・・・・」
「そうですか、気を使われる。そう言うことですね。でもね。いつも決まった金額の食材を購入しているのですよ。その殆どを捨てていたの。だから、気にしなくても良いですよ」
「マジですか!」
点検業者の男は、会社のことを話す時と、私用の時とは、言葉を使い分けているのではなく、もともと、そんな性格なのか。いや、本心から嬉しいからの素直に心の思いが出るのだろう。
「うっふふ、わははっはは」
夫人は、嬉しそうに笑っていた。
少々の時間の家族のような団欒後を過ごした後、食器などは、二人の男が片づけてから帰宅するのだった。自宅に帰る者と、近くのビジネスホテルに帰るのだった。
次の日の朝のことだった。呼び鈴を鳴らしても誰も出て来ないために、夫の部屋である書斎の裏口を開けると、何もない部屋の中心で、夫人が左手に箒(ほうき)を持ったままで、右手で一枚の写真を持って泣いていた。おそらく、掃除をしていて、一枚の写真を見付けて昔を思い出しているのだろう。
「夫人さん・・・・どうしました?」
「えっ?」
夫人は、誰も居ないはずの部屋から言葉を掛けられて、驚いて振り向いた。
「その・・泣いていましたので・・・・」
「えっ・・・・嫌だわ。本当に、涙が出ていましたわね」
夫人は、右の人差し指で目の下を触れて初めて涙を感じたのだった。
「どうしたのですか?・・・・まさか、あの男!!」
「違うのよ。もう、この一枚の写真しか思い出がないのね。そんなことを思っていたら悲しくなってきたのですよ。あの男の子は、何も悪いことはしていないわよ」
「それなら、遺品って言うか、その残して欲しい物があれば、この部屋に戻しますよ」
「いいのよ。そう言う意味ではないわ。壺などの骨董があっても何の思い出もないしね。正直に言うと、わたくしの知らない思い出があっても嫌な気持ちになるだけで・・今、思い出すとね。この写真を撮った時が最後に一緒にお出かけした思い出だったわ。この写真を見て、嬉しいような悲しいような・・できたら・・また、あの人の笑顔が見たいわね」
「コレクションを売れば、直ぐにでも怒って帰ってきますよ」
「そうですね」
「あっ!」
「腹が減った。腹が減ったなぁ。朝食って何だろうなぁ」
人の歩く音と、この場の雰囲気に合わない。場違いなことを話しながら男が現れたのだ。
「おはようございま~す」
「お前なぁ!」
「いいのですよ。そんなにも楽しみにしていてくれるのって、本当に嬉しいことですわ」
「うぉおお!。そうなのね。それなら、それなら、朝食も期待しますね」
「はい。もう作ってあります。直ぐに用意を致しますから座ってお待ち下さい」
「勿論です。いつまでも待ちます」
「もう、本当にすみません」
男は、朝食の件だけではなく、先日のことも、これからのことも心底から謝罪をするのだ。それも、二人分のために、土下座する程だったのだ。
「マジですか!」
点検業者の男が驚くのは当然だった。鮭のバター炒めだったのだ。それも、一人二匹であり。それに、納豆、焼き海苔だけではなく朝食の定番の全てが揃っていたからだ。
「すごく美味しそうです。有難うございます」
「だよな。簡単な朝食に見えるけど、それも、全てが最高の素材で作られているのでしょうね。もしかして、豆腐も一丁で一万円とかしたりしてね」
「いいえ、そんなにしませんよ。たしか、一丁で、五千円だったような気がしますわ」
「・・・・・・」
二人の男は豆腐を凝視して何が違うのか考えた。とくに、一人の男は冗談で言ったことが、本当だったと分かり言葉をなくしたのだった。
「どうしたのですか?・・・・お肉の方が良かったのかしら?・・・・」
「・・・・・・」
二人の男が箸もとらずに、朝食に出された物を普通の食材と何が違うのかと、確かめているために、じっくりと、一品、一品、と見るが、何が違うのか分からず、それでも、見続けたことで、夫人の言葉など聞こえるはずもなかったのだ。
「食べましょう。冷めてしまうわ」
男だけは、一瞬祖母の悲しそうな表情を見て正気に戻った。
「そうですね。頂きます」
「グッフ」
挨拶と同時だった。左の肘で点検業者の男の腹を小突いて正気にさせたのだ。それなのに、逆に涙を流しながら意味の分からない言葉を呟きながら食べるのだ。おそらく、美味しい、美味しいと、叫んでいたのだろう。
「そんなに、慌てなくても・・・・・」
夫人は、二人が食べる姿を見て嬉しいが、男が涙まで流されては、普段の食生活が心配になってしまったのだ。
「ねね、普段は何を食べているの?・・・一人暮らしなの?・・・」
「本当に、美味しかった。ご馳走様。んっ、俺、出張が多くて月に一度くらい実家に帰れる程度だよ。殆ど、ビジネスホテルで泊まっていますよ。でも、実家に帰っても、この家で食べるような豪華な食事なんて食べませんよ」
「そう、それなら、近くの仕事場の時は、いつでも食べに来なさいね」
「本当ですか、本当に食べに来ますよ」
「勿論、本当に良いですわよ」
それから、食後の飲み物と菓子を食べながら会話が始まったが、夫人も嬉しく楽しいひと時を味わったが、男たちが仕事を始める。その言葉で楽しい時間が終わるのだった。
「昼も楽しみしていてね」
「・・・・・」
男たちは、嬉しいが、何か悪い気がして素直に喜べなかった。そして、夫人の方も何か嫌な感じを思いながら送り出すのだった。後で、不安は的中するのだった。
「俺の点検の仕事が終わり次第に手伝いに行きます。だから、また一緒に夫人の食事を食べに行きましょう」
「そうですね。良いですよ。昼食が楽しみですね」
男たちは、移動宅配の中に入るのだった。点検をする方は、自分が言っている通りに直ぐに終わり。男の手伝いに現れた。荷物を確認しながら貸金庫のような扉を開いては収納して、紙のテープで封印するのだった。
「それなら、俺は、封印する前の物をパソコンに在庫として入力するよ」
男は、様々な骨董品や遺跡の異物を見ては、価値は分からないが、一人で整理していては、いくら時間などあっても足りない。そう感じて、自分が運んだ段ボールなら箱の上に紙片が貼ってあり。その中の物のリストが書かれてある。それで、提案したのだった。
「はい。すみません。お願いします」
二人は、無言のまま流れ作業のように続けていた。それも、そろそろ、一時間が経とうとする時だった。貸金庫のような扉を開いて立ち尽くしていた。当然の反応だった。全てが空のはずだったからだ。だが、もしかすると、夫人の夫が入れた物なのか・・・。
「・・・・」
手の平サイズの紙片だった。
「ピーピーピピー」
二人の男は、音に驚き聞こえる方に視線を向けた。すると、何かのカウントのようにデジタル数字の砂時計のような物が点灯していた。
「ごめん。言うのを忘れていた。会社の指示で、移動宅配の稼働の点検をしなければ、今から正午近くまで全ての移動宅配が動きだす。だが、無音振動の点検もあるから作業を続けていても大丈夫ですよ。ただ、正午まで出られないだけです」
「そうか・・・・」
点検業者の男は、男に会社の点検する指示の全てを伝えたが、何か悩んでいるようにも恐怖とも複雑な表情をしていたので安心させるために全てを伝えた。だが、変わらないままだった。
この時代では、裁縫の針の一本からショートケーキの一つでも車でも全てが移動宅配の大小はるが、全てが運搬されていた。運べない者は、命がある物だけ、いや、肉の解体が決定されている物と、点検要員だけは別で、全てが運搬されていたのだ。そのために、超電導磁気浮上方式であり。移動宅配と名称の車両は筒の中を走り。その筒の中は真空であり。無振動だった。そのために、謳い文句では、注がれたままの満水のコップの一滴も零さないで一つでも運搬は可能という宣伝は、誰もが知ることだった。
点検業者の男は、服の内ポケットから手帳を取り出して、今回の勤務内容を読み。そして、実験と調査の確認を始めた。それも、真剣に自分の作業に没頭するのだった。
「移動宅配の外での真空状態は、真空を確認」
「電圧、百パーセント後、ゼロ。確認」
電力で、一定の速度を出ると、磁気の働きだけで止まることはなかった。だが、止まる場合は、再度、電力が必要だった。それと、届け先などの小まめな移動の場合も電力は必要だったが、今回の場合は、稼働の状態と移動の時の盗難としか思えなかったので、小まめな調整が必要ない。それに、再度の盗難の可能性があるために移動宅配の中の温度調整やパソコンなどの電力は必要だったが、移動宅配の開閉、移動のための電力は、ゼロにするために必要がなかったのだ。もし今回の実験と調査で盗難に遭う場合は、空間移動など小説や映画などの話しとなり。あとは、お払いか、神頼みしか、出来ないことになる。
「速度の調整は 七百キロ、安定」
「振動の状態は、ゼロ」
「到着の時間は、正午。これで、何も問題は無し・・・・。
これで、完了。何も問題はない。後は、正午まで何もすることがないなぁ」
男は、自分の本来の仕事が終わった。後は、また、男の仕事を手伝うかと、移動点検と修理のための貨車(移動点検汽車)から出て、繋がっている移動宅配に戻ってきた。そして、男に視線を向けると、何か、思案している感じだったので、男に声を掛けて良いのかと、迷った。
「・・・・・・」
(未使用の移動宅配だと思っていたが・・・・・。
一つ、夫人の夫が入れた。
二つ、夫人が思い出の品だとして残そうとしたメモか。
三つ、夫は、何かの事件に巻き込まれて、自分の命の担保か。
四つ、夫人の夫が、失踪の時に持ち出したリストか。
五つ、失踪の理由は、このリストの探索。
六つ、この移動宅配の中にあるのなら封印すればいいか。
だが、まず、夫人に聞いてみるしかないか、でも、正午まで何もしないのでは時間がもったいない・・・なら、非売品としてリストを作成して、夫人に相談する時の一つとしてみるか・・・)
男は、やっと、思案の答えが出たのだろう。それで、まずは、この中に品物があるのか探してみる。その答えが出たのだった。
「何か、探し物か、俺も手伝うか?」
男は、丁寧に箱を開けるのだが、真剣に、リスト名と品物を確かめる。そのために、男が後ろから声を掛けられても気付かなかったのだ。仕方がなく、男の様子を見ることにした。もしかしたら、要件が終われば声を掛けてくれる。そう思ったからだ。
「メモに書いてある。三点の品物はあったぞ。なら、先ほど思案したことを実行・・・・するしかないか、だが、下線に書いてある意味が分からない。やはり、夫人が思い出の品物として残そうとしたのか・・・・だが、容器に水とは・・・・お払い・・供養か・・・」
「どうした?・・・何を独り言なんて言っている?」
「ああっ、それがな」
男は、思案が終わり。実行する考えで振り向いて、やっと、男のことに気付いて、全てを話すのだった。
「紙片だけが入っていたのか、そして、意味不明な文面なのか・・・・確かに、変だ・・・・・あっ、もしかして、夫人以外の者が欲しい場合ならばだぞ。ネットに新在庫として公表したら何かの返事が来るのではないか?」
「ほうほう、それは、面白い提案だな。試してみる価値はあるな。頼めるか?」
「勿論だ!」
男が、紙片の文字を読み上げてパソコンのリストに打ち込んだ。硯、墨、二個の小瓶と備考として(一つ目に水を満水に入れた物。二つ目に、墨で墨汁を作った物)
「ありがとう。俺は、用意して元の場所に戻して封印するよ」
「水ならトイレの奥に給湯室があるから使うといいよ」
「分かった。そうする」
「・・・・」
男は、直ぐに水を汲んできて、硯で墨をすって墨汁を作るのだった。
「後は、返事が来るか、もしかしたら失踪した者が帰ってくるか、それを待つだけだな」
「・・・・・」
男は、真剣に墨汁を作っていたことで話を聞いているのか分からなかったのだ。それでも、言われなくても分かっていることであり。気分を壊すことなく、小学生の時から今まで習字などしたことがなかったことで、男の様子を懐かしそうに墨汁を作るのを見ていた。
「筆か?」
「いや、墨の色を見た感じと、粘りで、丁度良い出来上がりか分かる」
「そうか、それで、出来上がりなのか?」
「もう少しかな」
「そうか」
男は、少し墨を硯ですると、親指と人差し指で粘りを確かめた。六度ほどすると、丁度良い出来上がりなのだろう。小瓶に移すのだった。そして、紙片が入っていた元の場所である貸金庫のような所に全てを入れて、紙のテープで封印するのだった。
「終わったな。後は、正午まで何をするか・・・・」
「そうですね。それにしても、本当に、無振動ですね」
「まあな、JRとJAXAとJPの良い所取りだからな」
「鉄道、宇宙科学は、予想していたが、日本郵便もとは・・・」
「まあ、会社の中の運営では、日本郵便がメインだぞ。ゆうちょ銀行などには金もあるし、一番は、都会だけではなく僻地などの地域の情報が凄い。まあ、そんなことよりも~」
男の一番の興味であり。自分の職場での自分の仕事の技術の話しに流れたのだ。
「ほうほう」
それは、JAXAの火星と地球の輸送システムの一つの提案から考えられた。その提案だと想像以上に莫大な費用が軽減する。それが、地球と火星を楕円形で永久に止まらずの輸送のシステムにすれば採算が取れる。それだけでなく、小型宇宙船を貨物と考えれば、連結するだけで燃料が掛らない。一時的に世界中で話題になったが、ある学者から先に、宇宙空間にメンテナンスのコロニーを建造が先だと、今の宇宙技術では、宇宙空間にコロニーの建造は無理だと言うのだ。出来たとしても、莫大な費用が掛かる。数年後のことだった。そこで、日本郵便などの運送業関連が、地下に、永久に止まることがない。リニア鉄道の建造を国に提案した。すると、JAXAが、火星と地球の運送システムの実験として協力したい。トンネルの中を真空にすれば、火星と地球の運送システムの実験になるだけでなくリニア鉄道で走らせれば、コップに水を注いだ状態のまま運ぶことが可能だと、宇宙だとロケットになるが、と声明と同時に設計から全てを無料公開とNHKで特別の番組を放送したのだった。すると、日本の大企業だけでなく世界中の企業からも輸送の手段として参入が続いた。元々、JAXAの想定していたことなのか、宇宙事業にも参入は同時だった。その結果が現在の状態になった。そんな状況での、この事件だった。
「ほうほう」
「凄いだろう。それに、火星までの運送システムが可能であり。それだけではなくて、火星の移住まで可能の状態なのだぞ」
「凄いな!」
「数年後に火星に移住だったのが、この事件で、白紙になるかもしれないのだよ」
「そうなのですね。それで、この事件の原因は・・・あっ!」
「どうしました?」
「その・・・話を中断してすみませんが、手に墨が付いていたのと、服にも墨が付いていたので、染みになる前に洗ってこようと・・・・それと・・・トイレも・・・」
「いいですよ。どうぞ」
「すみませんね・・・それでは、ちょっと・・・」
男は、本当に済まなそうに立ち上がった。そんな時だった。メールの着信の音が響いた。
「調査の完了のメールかな?」
男は、まだ知らない。この事件の真相であり。数十年後に、火星と地球の航路と宇宙コロニーが建造されてから人類が初めて宇宙での新しい数式が発見と同時に、タイムスリップが可能になる。とされる数式が発見されるのだった。その初めての証拠となる。奇怪なメールなのだった。
「収納番号六番、骨董三個、縄文時代、九千年、送信完了」
男は、受信メールの内容を見て不審を感じて、先ほど、自分で他の商品を在庫として送信したメールを見た。
「収納番号三番、骨董一個、令和二十六年、一般在庫、送信完了」
男は、悩みながら無言で収納番号の二個を確認しに行った。先に、収納番号の三番から紙テープの封印を破いて中を開けたのだった。確かに、品物はあり。手に取り確かめたのだ。そして、元に戻して、再度、紙のテープで封印した。次は、理解が出来ない。収納番号の六番だった。外からの様子では、紙のテープが破られた箇所もなく、外見からは何の問題はない。間違いなく中に品物があるはず。
「!!!!!・・・・」
驚くのは当然だった。扉を開けて中を見ると、何一つも入って無かった。
「オ~イ!大変なことが起きたぞ!」
「・・・・」
何度も呼びかけたが返事がなかった。それでも、この場から動くと何かの証拠が残っているのが消えるのではないか、そのために動けなかった。それにしても、貨車のような感じの物が二両ある大きさの中では、十分に叫ぶと聞こえるはず。もしかして、トイレかと、その場で十五分くらい待ったが、男が現れることも返事もなかった。仕方がなく、その場から離れて、男を探すのだが居ない。幽霊のように消えてしまったのだ。
「うぁあああ!」
男は、驚き、恐怖、様々な感情から泣き叫んだのだ。宇宙飛行士や軍人なら閉鎖された空間でも正常な精神状態のまま正午までの二時間くらないなら耐えられるだろう。この男は、一般の者であり。男が消えたことで、幽霊か妖怪などに男は連れて行かれたか、食われたか、そんな有り得ないことを考えたことで、隠れる場所も、逃げる場所もなく、精神的に、一人では耐えられなかった。そんな時だった。
「ピッルルル、ピッルルル、ピッルルルル」
受信の音で会社からの電話だと分かった。音が耳に入るごとに、顔色は青ざめていた表情から温かみ表情に変わり。悲鳴のような叫びは止み、何の音なのかと周囲を見回すのだ。そして、一瞬、驚きの表情を浮かべると、正気に戻り。電話に出るのだった。
「はい」
やっと、正気に戻ったが、頭の中の思考は、ぐちゃぐちゃで、一言しか言葉に出来なかったのだ。
「何が起きた!。移動宅配から盗難の警報が鳴ったぞ。お前の担当の移動宅配からだ。勿論だが、犯人を見たのだな。もしかして、捕まえたのか?・・・ん?・・・・」
「人も商品も消えました・・・・・」
「人だと・・・無人のはず・・・・何が起きたのだ・・・おい、どうした?・・・・」
それで、男は、どこに消えたのか?。それは、受信メールにも書いてあった。一万年も続いた。縄文時代の後期の時代だった。それは、縄文時代の末期の千年の時代だった。
二人の女性が鹿を追い駆けていた。一人は年配者で、もう一人は若い女性だった。年配者は、若い女性に狩りのやり方を教えている感じにも思えるが、些細なことでも気遣いの言葉を掛けるのだ。もしかすると、自分の孫なのだろうか、いや、言葉使いは悪いが、少々の気遣いを感じるので、上官か身分が上なのかもしれない。
「まだ早い!待て!」
上官の狩りの神業を見て感心と同時だった。鹿が倒れたので若い女性は駆け出したのだ。
「えっ!」
女性は、自分が地面に倒れている状況が分からなかった。自分に何が起きたのか考えるよりも、年配者が自分の目の前に居て手を差し出している。それも、少々苦痛を感じている表情が心配になったのだ。
「大丈夫か?・・・だから、まだ早い。そう言ったのだぞ」
「はい。大丈夫です・・・でも・・・」
「ん?・・・どうしたのだ?」
年配者は、自分を心配する表情を見て不審に思ったのだ。女性に問い掛けて返事を聞こうとした時だった。
「姫!大丈夫ですか?」
数人・・・いや、その後ろにも数十人の仲間が駈け寄って来たのだ。
「それよりも、吹雪お婆ちゃん。大丈夫なの?」
全ての状況が思い出されたのだ。死んだと思った鹿が突然に起き上がり逃げようとしたのか、自分を殺そうとしたのか、女性を倒して逃げようとしたのか、その時だった。隊長が自分の身体で庇ったのだ。
「大丈夫よ。・・・あれ・・・あれ・・・足が・・・右足が動かない?・・」
吹雪の足は、姫を鹿の突進から庇うために足を捻って骨が折れたのだ。最強五族の黒髪の一族の中から数年ぶりに一人の定住者が現れてしまった。言葉は悪いが、定住して生活する者たちは脱落者なのだ。極端な例だが、王族から民衆の一人になる税を徴収する者から払う者になるのだ。
「骨が外れたかな?」
「痛くないの?」
「このくらいの痛みなど、剣で切られた時の痛みを考えたら縫い針が刺さった痛みと同じだな。だから、大丈夫だ。心配するな」
集まってきた殆どの人が、姫と言われた女性の容体を気にするが、一人の吹雪と同じような年配者が右足の容体を確かめるのだった。
「今日は、この辺りで休みましょうか?」
「休む?・・・昼食でなくて休むと言うのか?」
「それが良いでしょう・・・そうではないですか?・・・違いますか?」
「そうだな・・・ここで、野営をするか、日が暮れるまでには決める。だが、昼食ではなく、休むぞ!。酒以外なら好きなことをしろ。許す!」
「うぉおおおお!」
吹雪が即答できずに悩んだ。その命令を聞いて歓声が上がった。皆の中の一人だけが気難しい表情を浮かべた。その後に、吹雪に問い掛けたのだ。
「予定地であった。村まで様子を見て来ても宜しいでしょうか?」
「あっあああ、たしか、天地村だったな?・・・そんなに、右足が悪いのか?」
(天地(あめつち)歌を歌う。天地の姫の歌であるから天地村。男は、村から紙の空飛ぶ絨毯を持って来る気持ちなのだ。この村は、歌と神代文字で、子供たちなどに、紙の絨毯で空を飛んで遊ぶのが有名な村だった。
「・・・・」
「構わんぞ。それなら、姫も連れて行くといい」
「はい」
深々と、俯くが、何か言いたいことでもあるように思えた。その時・・・。
「あっ、でも、吹雪お婆ちゃんが心配です。そんな、村になんて・・」
「ほうほう、わしの命令に逆らう。そう言うのだな!それなら、この鹿を一人で解体しておけ!いいな。今から昼に食べるのだからな。分かっているな!」
「あっ、はい。分かりました。そうします」
吹雪の鋭い視線で誰も否とは応えられなかった。それでも、数人の者が鹿を解体が出来る場所まで持って行こうと、吹雪と姫に視線を向けて頷きを確認すると運ぶのだった。
「皆、ありがとう」
吹雪と副隊長の二人だけを残して皆が離れて行った。そして、二人は自分たちの話し声も視線にも入らない所まで移動するのを見届けたら、二人は適当な地面に腰を下ろしたのだ。そして、吹雪は・・・。
「何か、言いたいことでもあるのだろう。だから、この場から皆を下がらしたぞ」
「ああっ、その通りだ」
「それで、なんだ?」
「それは・・・ここなら、それ程まで苦労しなくても海にも近い。村にも近いし、山もある。この地に村を作らないか?・・・勿論、俺も残る気持ちだぞ」
副隊長は、真剣に心配して、最後には、恥ずかしそうに思いを伝えたのだ。
「恥ずかしいことを言うのだな。告白なのか?・・・それとも、この右足が、それ程に悪いとは思えないが、何か、理由でもあるのか?」
「それは、自分でも分かっているのだろう?」
「何のことだ?」
吹雪は、問い掛けの言葉の意味が分からない。そう言うのだが、副隊長から視線を逸らしている理由には、告白のような言葉を聞いて、自分のことなら何でも知ると思って誤魔化せない。それが分かっているが、それでも、内心の気持ちを隠したいために視線を逸らしたのだ。
「最近、呆けがひどいだろう」
「それは、この隊というか、この一族の殆どが老人で、同じように呆けているはず。だから、気にする必要もないと思うぞ。わしよりも酷い呆け方がいるだろう」
副隊長は、他の皆と同じ扱いをされたので少々怒りを感じたようだった。
「そう言うのなら、あの程度の鹿を一度で倒せなかったのは、呆けではない。そう言うのだな。ここ最近の様子を見ても何度かあったと思うがなぁ。それは、他にも理由がある。そう考えてもいいのだな?」
「まあ、身体の調子が悪い。そんな時もあるだろう」
「ここまで言っても誤魔化すのだな。それなら、はっきりと、言うぞ。手が震えて正しく文字が書けなくなったのではないのか?」
「・・・」
吹雪は、副隊長の問い掛けに返事に困ったのだろう。俯いてしまった。副隊長の方も死刑宣告を伝える気持ちなのだろう。顔を見ながらでは言えない。それで、虚空を見ながら話しだすのだが、もし、今の吹雪の様子を見たら違う言い方になったかもしれない。
「時々の呆ける程度や怪我なら何も言わないが、俺の前で文字を書き直してみるか、それで、正しい文字が書けるのなら考え直そう」
「まあ、先ほどは、右足が痛くはない。そう言ったが、今は、正直に言うと右足が痛い。もしかしたら・・・」
「そう言うなら直ぐに文字を書けとは言わないが、我ら一族の旅での目的である。我らの使命は、文字が書けない者は必要が無いのは分かっているよな」
「・・・」
「まあ、俺が思ったのは、もしかすると、手が震えて文字が書けなくなった。そう感じたのだ。この話は誰にも言わない。だが、右足が治るまでは考えてくれないか?」
「・・・」
「俺も正直に言うと、旅をするのが少し身体にきつくなってきた。村で落ち着いた生活も良いかと、思っていたのだ。だから、良い機会かと思った。それで、言ったのだぞ」
「そうだったのか!」
吹雪は、やっと、口を開いて答えた。
「それと、十組の男女が結婚したい。そう言う者もいるのだ。それも、考えてやらなければならないだろう。だから、良い機会だと、そう思うだろう」
「そうなると、我ら黒髪の一族は、姫以外は老人だけになってしまうな」
「それが、一番、いいのではないのか、姫だけを考えられる。もしまた、姫が未来か、過去に飛んだとしても・・・その地で待つこともできる」
「そうだな。運命の時の流の修正だけに集中ができる・・・だが、わしは、その場には居られないのだな?」
「そう言う意味で言ったのではないのだ。もし、若者の未来の地を決めれば、その時は、老人だけが、その地で暮らす事になる。そうなれば、俺もお前も一緒に行ける」
「そう言うことか・・・」
この二人の老人は、この先の長くもない未来を若者が夢を語るように夢心地になった。
「そうだ」
「それなら、皆に伝えて来てくれないか?」
「分かった。この地で、野営するのだな。それも、暫く、その足が治るまで・・・足が治ったら、この地に村を作る。そう言うことなのだな」
「そうだ」
「分かった」
「頼む」
副隊長は、立ち上がった。皆に知らせるために・・・伝えることは全て伝えた為か、いや、吹雪の苦渋の表情が話の内容ではなくて、右足の痛みと感じたのか・・。
「怪我には良くはないが、酒でも持ってくるか?・・・酒でも飲んで、右足の痛みも心の痛みも和らぐかもしれないぞ」
「ああっ、頼む・・・なあ、お前も飲まないか・・・・」
副隊長は、歩き出したのを感じ取ったのだろう。そして、呟いた。それは、恥ずかしそうに独り言のように聞こえない。それが、分かっての言葉だったのだが・・。
「勿論だ。酒は、姫に持ってこさせる。いろいろ指示を出さないとならない。後で、ゆっくりと飲もう。勿論、どちらかが、もう飲めない。そう言うまでな」
「・・・・」
今度は、速足で歩き出した。言葉の通りに少しでも早く終わらせて、共に酒を飲むためだろう。その返事はなかったが、吹雪は、振り返ることもなく、虚空を見ながら、ゆっくりと頷いた。
「吹雪お婆ちゃん。お酒を持ってきました」
姫は、両手に様々な物を持って現れたのだ。
「鹿の解体は終わったのか?」
「はい。終わりました」
「そうか、ならいいが、それより、何を持って来た。それは、何だ?」
「オーパーツの一つの携帯コンロという調理用加熱器のはずです。未来の世界に飛んだ時に見たことがあります。その世界では、野営は生活のためではなく遊びでするのです。その時に使う道具の一つです」
「未来の言葉で言われても困るが、まあ、オーパーツなのか?(オーパーツとは、その時代にそぐわない物)それで、運命の赤い糸の修正の処理は終わった物なのだな?」
「はい。もう既に、処理が終わって安全な物です。ですが、使用方法が分からなくて、それで、何て神代文字を書いていいのかと・・・」
「そうか、それで、未来から引き寄こされた。その物と対の物は?」
「あります。これです。野営の時に使用する小さい鉄板という物です」
姫は、吹雪に手渡した。
二人の女性は、外で焼肉するためにキャンプ用品の準備をしていた。それは、嬉しそうに親子のようだった。
「ふ~ん。それで、その用品を使って鶏肉を焼いて食べたい。そう言うことか?」
「そうです。面白そうですよね。それに、勉強にもなりそうですしね」
「まあ、新品の状態に戻る。そう書くと問題ではないが、それは、神代文字だけでは難しい。絵柄、神代文字、縄の絵柄である。糸の寄り合わせの紋様もかなり複雑になる」
「難しいですか?」
「難しいというか、無理に近い。未来の物だろう。我らが、神代文字を使えるのは、我らが狩猟生活を始める頃に、始祖さまから託された関連の物(宇宙遭難キット)なら使えるが、未来の物は別の時の流で別の文明の物となる。だから、関連がないはず。恐らく、無理だろう。だが、物の用途を新品に戻すのではなく、物として時の流を戻すのなら可能かもしれない。それも、ゆっくりと時の流れを戻して、物として稼働が出来たら。それ以上は戻さずに、今度は、微かに残っている燃料を増やしてみるのだな。かなり複雑だが試してみろ」
「それなら、使えるのですね」
「それを試してみないと・・・・何とも言えないが・・・見ていてやるから書いてみろ」
「えっ、わたしが書くのですか?」
「何を言っている。勉強のためにしたいのだろう」
「そうですけど・・・・それでは、吹雪お婆ちゃんの酒のつまみになりませんよ」
「それは、大丈夫だ。その様子を見るだけでも、十分につまみになる」
「えっ、お腹が空いているのだけどなぁ・・・・」
「何か、言ったか?」
「いえ。何も言っていません」
文字を書くためだろう。両手に持って来た物の中で食べ物などを地面に置いて、その中から書道の道具を出して手に持った。
この二人が言っている。神代文字とは、人類誕生から始まっていた。神が人類を造ったが、神とは、宇宙旅の遭難者だった。神代文字は、救難信号の文字列だった。もう少し詳しく言うのならば文字を送る方法が、例えでいうなら封筒であり。封筒の役目が花粉なのだった。世界樹の木や鈴木の木の花粉なのであるのだ。現代で例えると、パソコンのアドレスと同じ感じだった。遭難者が送信した文字を返信する者も返信を待つ者も情報だけなら時間を飛ぶことができた。そして、救出の時は、専門の宇宙船ならアドレスを利用して遭難した現地の過去に飛ぶことが出来たのだ。地球上での海や山の遭難なら生きて救助されるが、宇宙での遭難では、救難信号を発見しても信号を発見された時には確実に死んでいる。そのために遭難した時間まで飛ぶことが許されていた。それも、パソコンのアドレス見たいな文字列(神代文字である)の最後に救難信号ですと印を書く。それは、花押、命、尊などがある。花押(自身が所有する船、軍艦などである。それは、救難信号として登録されているアドレスである)命や尊(フリーアドレスである。現代に伝わっているのは、署名や敬称などとされているが、元々は目的が違っていた)それなら、遭難する前の時間に戻れば良いだろう。そう思われるだろうが、遭難する前なら時の流の枝分かれが無限にあるので無理なのだ。それに、花押などが変に伝わったことで様々な神法がある。複雑な神代文字には不思議な力がある。利用が許されるのは遭難の時の衣、食、住、この三点だけだった。この利用方法が後世に変に伝わったのだ。それが、消えない暖炉の火(火が点く時間と消える時間の繰り返し)現地で食べられる物の保存、陶器などに入れた物の時間停止(食料を入れた時間と腐る手前までの時間の繰り返し、これには応用があり。温度を調整して冷蔵庫または、レンジのように温めなど)衣服の時間の固定(時間が止まることで鉄の鎧のように固くなる)住居(主に、簡易テントだが、テントの中の温度の固定とテントに使われる物品などの劣化の時間の固定)特に問題なのは、救助されるまでの時間だった。生存中ならば救難者が持参した物の回収くらいで済むが、死んだ後では、遺言の言葉、手紙、物品の回収などであるが、なぜ必要かというと、その時代にそぐわない自分や物品を過去に居た証拠を未来の時の流に残さないためである。面倒であり対処が不能の場合もある。あまりにも救難が遅れた場合である。古いアドレスでは、時の流に組み込まれ固定軸も擦れて無くなっている場合である。その時は惑星に一時的に住み痕跡を辿って行くのだが、あまり多い場合は、遭難者と惑星の現地人との混血した人々に遺物の回収を命じることになる。回収不可能と思われた場合には、洪水などを起こして文明を滅ぼす場合もある。だが、それでも、不十分である。神代文字やアドレスの多様化で、様々な物を発展系の物が作られてしまう。その場合には、洪水などで生存した一族に、痕跡を消す。または、回収させる。それと、時の流の不具合の修正もするのだ。それは、混血した人々の一族に全てを託して遭難者(神)は故郷に帰るのだ。その一族には、まれに、遭難者の血が多く残された者や先祖返りのような者は、左手の小指に赤い感覚器官(赤い糸)背中に蜻蛉のような羽(羽衣)を持つ者がいた。その者は、特に過酷な運命があった。赤い感覚器官が示す。運命の相手だけしか結ばれないのだ。それも、場合により、現在、過去、未来に時の流の修正しながら運命の相手を探すのだった。
「何をしている!まず、先に掃除だろう!」
「もう処理が終わってあるのですよ。完璧に掃除は終わっていますよ」
まるで、師弟の漫才でも見ている感じだった。姫も痛み(赤い感覚器官がある者は、時の流の修正以外のことをする場合は痛みがある)を感じている様だが、一人っ子だったことで、もし姉、妹などがいれば、などと表情では、そんなことを思っている感じの表情で楽しみを感じているようだった。
姫は、まるで遺跡の発掘でもしている様子で丁寧に筆を動かして物品を撫でているのだが、吹雪には、長年の年の経験から、そこに埃があるはず。もしかしたら見えているのか、そこだ。ここだ。と指示をするのだ。姫は、愚痴なども言わずに指示の通りに筆を動かし続けた。そして、全ての箇所を筆で撫でた。そう感じた。その時に、年配の女性(二人の時だけ吹雪と呼んでいた。それと、この隊の隊長だった)に視線を向けた。
「いいだろう。それで、お前なら何て、神代文字か、絵文字か?」
「コンロを使用可能の頃までゆっくりと時を戻すのなら・・・縄の絵柄を一本一本と増やして様子を見る方がいいかな・・・・」
「そうだな。なら、描いてみろ。見ているから・・・」
すると、見た目は、直ぐには分からない程度だが変化はあった。縄の紋様を一本書くと、小さい傷が消えて行くのだ。そして、三本、六本と書くと、誰が見ても壊れて動かない。そう見えた物が、綺麗な骨董品と思える。物に魂が入ったと感じる。物に味わいがでた。
「それ位でいいだろう。動かせる箇所を動かしてみろ。火花が出るなら十分だぞ」
姫は、指示の通りに、動かせる箇所を動かした。カッチリ、カッチリ・・・。
「火花が出ました!」
「それなら、今度は、容器の中にある燃料を増やすことだな」
「まず。神代文字で、容器の中の燃料を十分の一に設定すると書きます。もっと少なく、恐らくゼロに近いですが、まずは、基準を作ります。そして、十分の二、十分の三と増やす神代文字を書き足して、物品の重さを感じてから半分の十分の五と書き足したら、あとは、火が点けば終わりです。満杯にしないのは、破裂の可能性があるからです。忘れてはならないのは、花押と書いて時の流の不具合を固定させます」
「正解だ。あとは、実践してみろ」
花押とは、武将などが使う花押の由来であり。ここでは、時の流の固定と文字の固定であり。全ての締めであり。完了した証である。
「カッチリ、カッチリ。ボッ!」
「ほう!」
「おおおお!点きました!」
「まずは、鉄板を熱くして、鳥を焼いて食べるぞ」
「はい
吹雪は、酒を飲みながら師弟の先生の役という遊びを楽しんでいた。それも、鳥が焼き上がって食べる頃には完全に酔っぱらうだろう。そして、酔うと必ず言う小言が始まるのだ。姫は、もう何度も言われたことだが、少し苦痛でもあるが忘れてはならないことなので、真剣な態度で耳を澄まして聞くのだった。
「我が一族の使命を忘れてはならない。神である始祖の全ての痕跡を消す。それを・・・・」
時の流の不具合がある物品などは、未来の物などを引き寄せる働きがある。引き寄せる物品とは、海岸で波を打ち寄せる感じであり。その波に海岸にある物などが波に飲み込まれて引き込まれる。それと同じことだった。その引き寄された物を対という。未来世界では、その時の流を偶然に発見してタイムマシンを作ることになり。さらに、時の流が複雑に絡み合い。収拾がつかなくなる。それを正しい時の流に戻すために、物品を個別に見つけては、神代文字の効果を利用して只の物にするのだった。だが、不具合のまま放置しても良い物もある。土器、木工用品、宝石などの鉱物、紙や布などは文字や絵文字などが消えて、勝手に効果が消えるために問題はない。それに、いつかは土に還る。もし遠い未来まで残ったとしても、普通の生活用品としか思われないので問題はなかった。その頃には神代文字なども消えているはずだからだ。だが、この黒髪の一族は、知らないことなのだが、長い年月で、研究と実験や偶然の結果で、本当なら正しい書き順、正しい正確な文字などでしか反応しなかった。それが、時の流の不具合が、三つの要素で同等の不具合が発生できるのだ。それは、過去の物は過去に引き寄せる働きがある。
一つ、深い洞窟の湖底湖の水である。動きもなく時間が停止したかのような水には、時の流の不具合が貯まり。湖が誕生して古い程に誕生した時まで戻ろうとする働きがある。
二つ、墨、特に松煙である。樹齢が古い程に不具合を発生させる働きがある。それと、松煙は出来上がりの完成具合の理由で、水と墨と色合いがあり。その色合いに寄って未来に働く力と、過去に働く力と極端な反応するのだった。
三つ、墨で書ける物なら何でも時の流は反応するが、特に、反応が激しい物は和紙が良かった。これも、古い物なら古い程に時の流の不具合を吸収と同時に時の流から反発するのだった。それと、黒髪の一族以外の者には手に入らない物だが、隕鉄を探し求める者達が、まれに見付ける。未来の物があれば良い。未来の物は未来に帰ろうとする働きがある。水と一緒の容器に入れて置くだけで未来に帰ろうとする働きがある。特に和紙を作る時に効果的であり。または、墨を作る時の水にも効果的だった。それに、過去の物と未来の物が一緒の場合は、最大の効果が働くのだった。それと、黒髪の一族しか分からないことだが、最後の締めにも理由があった。この直系の一族だけが知っている。花押だが、書かない場合や間違って使われている。花押・命・尊などで締めた場合は、暴走する可能性や突然に効果が消える場合があるのだった。
「目的の処分の地である。始祖地に着いたら何一つの部品が残らないように溶かすのだぞ」
(おそくだが、わしは、共に行けないかもしれない)
「はい」
「ん?」
副隊長が酒を持って現れたのだ。
「酒を持ってきたぞ。おお!姫。酒を持って来てくれたのですね。弟子の鑑ですね」
「何を言っているのだ!」
「そうですよ。副隊長が持って行け。そう指示をされたから・・・・」
「呆けたのか?」
二人の女性は、同時に同じ言葉で叫んだ。
「もういい!。お前に酒を飲ませるか!酒を置いて、第一指揮隊長を呼んで来い!」
「はっ、命令のままに!」
副隊長が即座に駆け出して見えなくなると・・・。
「姫。第一指揮隊長は、若い頃は、凄い武士だったのですよ」
「えっ、暇があると一人将棋を指している。あれが、戦えたのですか?」
「元々、指揮隊長とは、五千の兵を指揮する名称だったのです。五部隊があった。その第一とは、筆頭指揮です。それだけではなく、一度、全部族の集まっての。何十万の大部隊の全ての指揮もしたことがあるのですよ」
「へえ~」
姫は驚きの声を上げた。だが、普段の様子を見て半分は信じていない感じで頷くが、吹雪も、話題が尽きたのか、人を待つにも来るのが遅いと、そんな時間が過ぎた頃だった。
「姫。すまないが、遅すぎる。探して連れて来てくれないか?」
姫は、大きな溜息を吐いて頷く。それは、おそらく、予想が付いているのだろう。
休憩地と選んだ場所である。大きな木々がまばらにあり。大小の石がまばらにあり。所々に草や土が見える。そんな、普通の場所だった。そんな所に、点々と一人でいる者、数人で集まっている者たちを見まわしては、姫は、先ほどの噂の第一指揮隊長を探していた。
「呆けてフラフラしているか、言われたことを忘れて呆けながら一人将棋をしているはずだ、と思うな・・・遠くに行っていないと、いいけど・・・・」
探し人が見当たらないので、一人の老人に聞いてみたのだ。たしか、直ぐには名前が出てこないが、第五指揮隊長の副官だったはず。
「ああっ、第一なら・・・向こうの方で、副隊長と一緒に人を探していましたよ」
「えっ!」
なにか、嫌な予感がして、老人が指し示す方向に駆け出した。すると、二人が歩いている姿を見つけたのだった。
「何をしているのですか?」
副隊長は、不審そうに視線を向けて・・・。
「ツバメを探しているのですよ」
「えっ?・・・・なぜ?」
「副隊長。そんな言葉では、姫には分かりませんよ」
「えっ?」
姫は、再度、驚いた。
「夜の相手ですよ。それも、夜でなく、こんな昼間からですから本当に隊長も好きですね」
「なっななななにを言っているのです!!!」
姫は、顔を真っ赤にして怒りの声を上げるのだった。
「やっぱり、違うのですね」
「当り前です。第一さん。隊長が呼んでいます。一緒に来て下さい」
「はい」
「副隊長は、もう!ほっといていいです!」
姫は、第一指揮隊長の腕を引っ張りながら吹雪が待っている場所に向かった。
「遅かったな。やっぱり、呆けてフラフラしていたのか?」
「はい。まあ、そんな様子でした」
姫は嘘をついた。副隊長が、吹雪のためにツバメを探しているなど言えば、左足だけでも動いて殺しに行くはずだからだ。そんな、副隊長は、何も知らずに、呆けたまま、ツバメを探しているかもしれないが、そんなことなど気にする気持ちもなかった。
「隊長。何の御用でしょうか?」
「ああっ、すまない。すまない。適当に座ってくれ」
「はい」
「姫も適当に座れ」
「はい」
「この地に村を造る。そのために呼んだのだ。そのために、天地村に行って欲しい。先に行っている者がいるから協力して欲しいのだ。頼めるか?」
「はい。承知しました」
「何か必要な物があるなら好きにして構わない。それに、人も好きなだけ連れて行くことを許す。それと、無理を承知で言うが、できる限り、急いで欲しいのだ」
「承知しました。今直ぐに、行動の準備が終わりしだい行きます。それでは、失礼します」
先程まで、呆けていた男だったが、隊長の厳しさもあるが、常に、やりがいのあることをさせていれば、呆ける頻度もかなり減るのだ。それに、何人かの行動なら仲間の全てが同時に呆けることもない。一人でも正気の者がいれば皆を正気にさせることができる。
「姫には・・・」
姫は、副隊長が現れたことで、吹雪の言葉を遮った。
「あっ!。副隊長。あの馬鹿!本当に連れてきた!」
「どうした。どうしたのだ。姫?」
「ちょっと、待っていて下さい。直ぐに戻ってきます」
姫は、怒りの表情を表しながら副隊長に向かって走り出した。
「おおっ!姫!」
「あなたは、馬鹿ですか!。本当に、ツバメを連れてきて何を考えているのです。あなたは、吹雪お婆ちゃんが好きなのですよね。もしかして、自分ではスケベなことは無理だからツバメを連れてきたのですか!本当に馬鹿ですね!」
「姫、落ち着いて下さい。ツバメ、ツバメって、何のことですか?」
「えっ?・・・・」
「この若者は、未来人のように思うのですが・・・それで、連れて来たのですが・・・」
姫は、視線を若い男に向けた。すると、副隊長に言われた通り。未来の洋服と思える服装をしていたのだ。
「・・・・」
「姫が、未来からお帰りになる時、このような服装をしていたのを思い出して、姫だけではなく、隊長にも報告と思いまして連れてきたのです」
「そうでしたか、いろいろなことを言って、ごめんなさいね」
「それに、ツバメとは、何のことでしょう?」
「その事は、忘れて下さい」
「また、呆けていましたか・・・・それにしても、ツバメですか・・・」
「いいから、全て忘れなさい。そんなことよりも、隊長に、その若者ことを報告しなさい」
「あっ・・あっ、はい」
副隊長は、若者が気絶しているのか、寝ているのか、姫様抱っこのまま隊長の所に連れて行った。吹雪は、姫の叫び声の内容は聞こえていなかったが、不審に思っていた。その理由は、若者ことだろう。そう思って視線を向けていた。
「未来人か?」
「おそらく、そう思います」
「若者のこと、分かる程度でいい。全て話せ」
「はい。おそらくですが、若者の近くに、これが落ちていましたので、偶然に異物と同時に、過去に飛ばされたのかと・・・・」
副隊長は、隊長に、硯、墨、二個の小瓶と、三種類の品物を渡した。
「うん、うん、その通りだろう・・・・お前も、若者でも重いだろう。なるべく、草地の上にでも寝かせてやれ、わしの隣でもいいぞ。この足では、しばらくは、動けない。若者が起きるまで、この場に居よう」
「はい」
若者を隊長の見える場所であり。草地が多い所に寝かせた。
「まあ、なんて言うか、立ったままでは疲れるだろう。わしも、話すのも辛いのだ。だから、座らないか?」
「どうした?」
副隊長は、吹雪の隣に座った。
「さっきの話しなのだが・・・・」
「あっ、考え直したのか?」
「あっああ、そうだ」
「それは、本当だな!」
「ああっ、本当だ。勿論、お前も一緒だよな?」
「勿論だ。楽しみだ」
「そうなのか?・・・趣味はなかったよな・・・ああっ、釣りくらいか・・・」
「何を言っている。一緒に住むのだろう。違うのか?・・・」
「それは、早いっていうか、考えておくぞ。まだ、告白もされてないのでな」
「それは、ないだろう。先ほどのあれでは、駄目なのか?」
「あれは、告白ではない。提案だろう」
「そうだな。そうだな・・・そうだな・・・」
「うっうう・・・うるさいな!」
男は、目を覚ます寸前だった。それも、隊長と副隊長の会話がうるさかったのだろう。
「うるさい。とはなんだ!」
副隊長は、男に八つ当たりをしたのだ。
「うぁああ!なんだ。なぜ、外にいる。ここは、どこだ!」
男は、怒声で起き上がり、周囲を見回して自分の正気を疑ったのだ。
(夢でなければ、たしか、移動宅配の中で作業していたはず。そして・・・トイレに・・)もしかしたら、まだ、夢を見ている。と思っているのか、肌に感じる現実感では否定が
出来ないことを感じたのだ。だから、精神の安定のために叫ぶしかなかった。
「やっと、起きたようだな。それにしても、副隊長。いや、お前は本当に大人なげないぞ」
「謝罪をする。おれは、黒髪一族、副隊長の草(そう)剛(ごう)と言う。先ほどは、すまなかった。許して欲しい。それと、勿論だが、純血族だぞ」
「ひっひひ・・・ひっ・・」
男は、腰が抜けているのか、尻を地面に擦りながら後ろへ、後ろへと下がるのだった。
「わしも、黒髪の純血族の一族の隊長だ。この一族を仕切る者だ。
名前は、林(はやし)吹雪(ふぶき)と言う。それと、ツバメにするために男だから助けた。では、ないぞ。副隊長の名誉として伝えておくのだが、どこからか分からんが、お前を助けて、このわしの前まで抱えて連れてきたのだぞ。だから、先ほどの失礼は、助けた恩として帳消しにしてもらえると、嬉しい。それだから、お前も、助けられた。と恩を感じる必要はない。そう言うことだ。宜しくなぁ」
「ひっひひ・・・ひっひ」
男は、副隊長よりも、さらに殺気を感じて、さらにさらに、後ろへ、後ろへと下がった。
「わたしは、黒髪の純血族の当主です。でも、運命の相手を探す者ですから名前だけの当主ですが、愛称として、皆から姫(ひめ)と言われています」
「・・・・」
男は、悲鳴も、後ろに下がることもしなくなったが、何も言えずに、頷くだけだった。なんか、どこかで会ったような気持ちがしたからだった。
「あまり名乗らないけど、本名は、黒髪(くろかみ)の家の恵子(けいこ)です。皆と同じに、姫でいいですよ。普段は、この隊の見習いをしています。宜しく」
「・・・・」
「姫。こんな状態の若い男性の対応をするのは、若い女性しかいないだろう。頼むぞ」
吹雪は、自分の右手で左手の肩を叩いて、副隊長に肩を貸して欲しい。この場から離れたい。そう指示をした。副隊長も意味を理解して無言で、この場を二人にしたのだった。
「わたくしね。未来に行ったことあるのよ。だから、その服のズボンのメーカー名も分かるわよ。安いって有名なメーカーの物でしょう?」
「えっ!」
「信じてくれたのね。未来に帰りたい?」
「う・・・ん」
「そう言えばね。もう一人、年配の男の人だけど、未来から来た人がいるのよ」
「えっ!」
「機会があれば会わせてあげるわ。だから、元気を出してね・・・・名前は、何て言うの。教えてくれない?・・・・駄目?・・しばらくは、一緒に暮らすのですからね。必ず、未来に帰してあげるわ。だから・・・・」
「僕は、鈴木(すずき)新一(しんいち)と言います。
その、宜しくお願いします。歳は、二十歳です」
「鈴木!」
「えっ!」
「もしかして、神社とかの何かの守り人とか、そんな、家系ではない?」
「いいえ。僕が知る限りの家系では・・・ないと・・・思います」
「そう、そうなのね。良いわ。その話は忘れて・・・そうね。新(しん)そう呼んでいい?」
新は、不思議そうに頷くが、姫は、霊木である。鈴木の木の守護する家系だった。
黒髪の一族の休憩地では、少々の騒ぎがあった。それも、隊長が怪我をしたことが、発端だった。狩猟生活が続けられるのか、定住生活になるのかと、ほぼ、この二つの提案だった。残りの少数は、自分の結婚式などで愚痴る者もいるが、その二つの提案の答えが気になっては、人々が集まっていた。
「第一指揮隊長!。隊長から何の話も聞いていないのですか?」
休憩地の周囲を歩くと、何人から同じようなことを聞かれるのだった。そんな、不安定な精神状態の者に本当のことも、隊長からの指示などを伝えるはずもなく、だが、人を探す。いや、これから使命の人選を選ぶには最適だった。ブラブラと歩き、一人や数人でたむろっている者たちに声を掛けていた。
「やはり、一人で資料作りをしていたか、年配だが、これからすることの協力してくれないか、もしかすると、知りたい情報も知り得るかもしれないぞ」
第一指揮隊長は、未来から来た。老人に話を掛けた。
「いいですよ。こんな年寄りで役に立つのなら・・・」
もしかすると、返事がなければ通り過ぎる考えだったのか、返事があったことで、隣に座るのだった。
「勿論だ。だが、と、こちらから言ったことだが、少し話を聞かせてもらってもいいか?」
「構いませんよ」
「名前を教えくれないか、それと、常に文字を書いているが、未来の文字なのだろう。そうだとするなら未来から来たのか、少し聞かせてくれないか?」
「名前は、前木(まえき)忠彦(ただひこ)と言います」
「真栄木(まえき)だと!」
第一指揮隊長は、名前と漢字を誤解している感じだった。真栄木とは、霊木のことなのだ。もしかしたら、何か、この男と関係があるのかと、それで、驚いたのだ。
「えっ!」
「何でもない。気にしないで話を続けてくれないか」
「はい。自分は、未来から来ました。それも、結婚していました。妻も愛していました。いや、今でも愛しています。ですが、若い頃に天女のような人と出会って、無性に会いたくなって、なぜか、縄文時代に関係があるかと、それで、神代文字を調べて・・・」
「そうか、それで、過去の世界に来たのか、それで、天女に会いたく、いや、未来に帰りたいのか、両方か、そのために、いろいろ、帳面に書き足しているのだな」
「はい」
「それなら、俺の任務に付き合わないか、いろいろと、知る機会があるぞ」
「はい。老人ですので、役に立たないかもしれませんが、宜しくお願いします。ですが、自分に、何かの役に立つとは思えませんが・・・」
「役に立つぞ。もしかしたら、この隊で一番の需要な役目になるかもしれない」
「えっ?」
「そんなに、不思議なことか、それは、常に呆けない。それが、一番重要だぞ」
「ファッハハ!」
「冗談を言った訳ではないのだが、笑うと言うことは、承諾した。そう言うことだな」
「はい。それなら、自分でも役に立ちそうです。それと、ついでに、聞きますが、今までの隊での、狩りの任務担当らしいのですが、何かの役に立てていたのでしょうか?」
「不思議なことを聞くのだな。それは、お前が、眼鏡を付けているではないか、他の者は目が悪い者が多くても眼鏡など付けていない。だから、獲物を発見するのが遅い。そう言うことだったのだが、今頃、いや、今になって、それに、気付いたのか?。まあ、当分の間は、両方の任務を頼むぞ」
「はい。頑張ります」
第一指揮隊長は他の選考の者に向かった。その時、言葉が足りない。と感じたのだろう。後ろ向きのまま右手を上げて振るのだった。その姿を見ながら前木は、返事を返すのだ。
「おお、それは、良い手だな。俺には考えつかない一手だな」
前木から何人目か分からないが、今度の者は、二人で将棋をしている。その一人に声を掛けていた。勝敗を最後まで見てから予想の通りに勝った男に、任務の一人として協力して欲しいと誘うのだった。男は、頷くのだから承諾したのだろう。すると、また、他の者へと歩き回り人材の一人を探すのだった。今までに声を掛けた者たちは、自分で思案して適当な時間が過ぎる頃のことだった。まずは、隊長に本心を聞きに行くのだ。前木が行った頃には人々が集まり。隊長からの話しも終わり。任務についての話し合いをしていた。
「おおっ、来たか、来たか、待っていたぞ」
「遅くなり、すみませんでした。それで、何をすれば宜しいのでしょうか?」
「今までの通りに好きに帳面に書いていい。ただ、誰か、自分もだが、呆けた時に補佐してくれるだけでいいのだ。隊長が思っている村に導いて欲しい。それも、隊長は、急いでいるのだ。今までの通り。呆けても、適当で妥協では困る。そう言うことだ」
「分かりました」
「頼むぞ」
「はい」
隊長が、笑みを浮かべながら前木に声を掛けて、直ぐに、第一指揮隊長に、真剣な表情を向けるのだ。
「・・・・・」
「それで、部隊の何人くらいが村に住むのだろうか?」
「はい。部隊の三分の一になります。残りは、狩猟生活を求めています」
「そうか・・・・多いな。それなら、姫と共に行く。そう言うことになるな」
「はい。確かに、そうなるはずです」
「そうなると、姫はいつの日か、我々から離れるのが運命だからな、その前に、誰に隊を任せるか、それを決めなくてはならないな」
「・・・・まあ、それは、村を作り終えてからでも十分だと思います」
「そうだな」
「それでは、我らは、村に行って参ります」
「もし、村に先に行っているはずの若者たちと会った場合は宜しく頼むぞ」
「はい」
第一指揮隊長と六十人ほどの者たちは一番の近くの村に向かった。だが、隊列を組むではなく、仲の良い感じの者たちが話しながら歩き出すのだ。それも、荷物らしい物もない。それぞれが、必要な最低限度の物を持ってのちょっとした日帰り程度の旅に行く感じだった。それでも、今回は、村が近いから特別ではない。普段の狩猟生活でも、森に入れば木の実が豊富であり。鳥、小動物、魚なども豊漁であり。特に困ることもない。それに、馬(九割が紙で作られた馬が多かった)も個人で持ち、その場、その場で怪我人を乗せることも荷馬としても利用していた。一番の利点と言うのも変だが、仲の良い者たちだと、呆けた時の対処も心得ていたからだ。
「正治は、どうした?」
休憩地から二時間くらいが過ぎた頃だった。疲れたとか、愚痴を言う者が増えだした頃だった。何やら、嫌な感覚を感じたのだ。勝手に休むのは仕方がないが、呆けて、フラフラと、迷子でも、などと、そんな不安な感覚だったのだ。仕方がなく、隊の様子を見まわっている時だった。仲の良い老人の二人が、一人でフラフラとしていたのだ。
「孫が迎いに来たと、呟きながら来た道を戻っていきましたよ」
「ああっ、またか、呆けたか・・・それで、なぜ、お前は引き止めなかったのだ?」
「うちの婆さんが、孫だけでは心配だが、息子夫婦も一緒だろうから安心だろう。と・・・」
「たしか、お前の婆さんは、昨年、亡くなったはずでは・・・」
「えっ?・・・」
「こいつも、呆けたか・・・仕方がない。止まれ!。止まれ!。この場で休憩だ!」
休憩だと、その指示が聞こえたからだろう。その場で休む者が多かったが、その中でも元気そうな数人を見つけ指示を伝えるのだ。
「呆けて、隊から消えた者がいる。探すのを手伝ってくれないか」
「わしも疲れているが、仕方がありませんね。それで、誰です?」
「正治だ」
「あああっ!正治か、あいつは、呆けると、孫が来た。とか言っては、その場で寝るから来た道でも戻って連れてきますよ」
「すまない。頼む」
このような感じで村に行く途中で定期的に休んでは向かうのだった。などと、進が、馬で駆け続ければ三時間もあれば、若い者なら歩きで六時間もあれば、だが、この隊は、丸一日を掛けて村に着くのだった。村の入口に着くと、前木は驚くのだった。
「第一指揮隊長。これは、何ですか?」
村の入口と思われる所に、巨石があるのだ。直系五メートルくらいで中心に穴が開いている。例えるのなら五円や五十円のような感じだった。前木は、貨幣だと感じているようなのだが、大きく重くて動かせない。それで、本当は何の目的なのかと聞いてみたのだ。
「それは、村長が、ある者に恩義を感じた形だ。まあ、このくらいの大きさでは、かなりの恩義を感じただろう。末代まで恩義を返して欲しい。そう思う気持ちで作ったのだろう」
「恩義を返す?」
「交易品の交換を普通より倍にするとか、村に泊まらせて酒宴を開くとかだな」
「交易ですか」
「遠くの西の方から来る者や遠くの海から来る人たちだな。主に、黒曜石の矢尻、刃物、最近では、物を接着する時や船の浸水を防ぐ黒い液体(天然アスファルト)だな」
「第一指揮隊長。お待ちしていました」
先に村に来ていた。若者たちが出迎えたのだ。
「まだ、村に居たのか、それは、良かった」
「良かったでは、ありません。直ぐに、隊長の骨折に必要な物を用意して帰りたかったのですが、それが、それが・・・」
「村長に聞けば分かることだ。あとは、任せろ」
「はい」
「それとだな。急いで隊長のために帰る必要はなくなった。隊長は、あの地に村を作る気持ちなのだ。その必要な道具を集めておいてくれ、共に帰る。分かったな」
「はい。他の皆にも伝えておきます」
「あっああ、頼むぞ」
一行は、村に入り。第一指揮隊長の指示を求めた。殆どの者たちは、同じ隊の若者と共に行ったが、第一指揮隊長と前木だけが、村長の家に向かったのだ。
「黒髪の一族が巡回に来た。村長は、在宅か?」
「はい。お待ちしておりました」
「黒髪の姫、黒髪の一族の隊長ではなく、第一指揮隊長と、言われる。代理だが構わないだろうか?。勿論、様々な対応はする。何も心配することはないぞ」
「勿論です。どうぞ、中にお入り下さい」
「失礼する」
円卓のように座布団が並んでいた。西洋などのような対等と言う意味ではないだろう。ただ、囲炉裏を囲むだけの意味のはず。それを意味するように長老は、席を勧めたのだ。
「好きな所にお座り下さい」
第一指揮隊長と前木は、長老の前に座った。すると、後ろに、一瞬では数えられない程の土偶が飾られていたのだ。
「ほう、今回は、かなりの数の土偶があるな」
「何が起きたのか、かなりの人数の者が病気になっているのです」
「ほう、罪人もいるのか、まさか、人殺しもいるのか?」
「人殺しは、いません」
「それは、良かった」
「・・・・」
前木は、二人の会話の意味が分からず。それでも、会話を聞いていれば意味が分かるかもしれない。そう考えて一言も聞きもらさないように聞きながら書きとめていた。
二人の男女は、おそらく、同じ頃の歳だろう。女性は、男性に興味を感じているが、それは、自分の血族なのか、と悩んでいた。男性の方は、自分が未来人と言われたこと、過去だとしたら何時代なのか、この先の自分は命の危険があるのか、この者たちは、信じていいのか、様々なことを考えて、疑心暗鬼になっていたのだ。
「まるで、見合いのようだな」
姫と新のことを言っていた。それでも、男と女の様子が逆だった。吹雪は、二人が心配なのか、副隊長の肩を借りながら近づいてくるが、気付いていないようなのだ。
「その者の気持ちは落ち着いたか、それで、名前は何と言うのだ?」
「新と呼んで欲しいと・・・」
「そうか、そうか、新か・・・ふぅ~ん・・・」
吹雪は、姫と長い付き合いのために、嘘をついている表情ではないが、何か隠している。そう感じたのだ。疑いを掛けられた方の姫も、吹雪が変だと感じたのだ。
「隊長。どうしたのです?。足が痛いのですか?」
「ああっ痛いぞ。だが、な・・・さ・・魚が食べたい」
吹雪は、ぽつりと呟いた。
「えっ?」
「男を任せると言って、この場から居なくなって、突然に現れてすまないな。魚が食べたい。そう言ったのだ。この足でなければ、一人で勝手に行って好きな魚を釣ってくるのだがな。釣りも出来ず。魚も食べられないとなると、イライラとしてくる!」
「分かりました。海でも川でも、どっちでもいいのですね」
「勿論だ」
「ねね、一緒に魚釣りに行かない?。未来の世界と違ってね。この時代は魚が豊富で、面白いように釣れるわよ」
そんな二人の様子を見ながら副隊長が、吹雪に小声で言うのだ。
「こんな優男や姫に頼むより。自分に言ってくれたら直ぐにでも用意しますのに・・・」
「二人に聞こえるぞ」
「聞こえても構いませんよ」
「あのなあ。このまま男の気落ちも落ち着かずに夜になっていたぞ。それも、皆が寝ている時に疑心暗鬼のままで逃げようとして、火でもつけられたら、と言うよりも、これから先のこと、二十四時間でも監視をつける考えだったのか、それなら、敵でもなく、何でも相談でも聞く。何かと力を貸す。と安心させた方が良いだろう」
副隊長の顔に顔を近づけて小声で言うのだ。
「それなら、なぜ、釣りなぞと・・・・」
「あの年頃では、酒や温泉などでは心許すとは思えない。お前も同じくらいの歳の頃は、どうだった。共に遊んで親しくなったのではないのか?」
「それは・・・・」
副隊長は、昔を思い出しているようだった。
「それに、魚が食べたくなったのは本当だしな。それに、間違いなく、姫に関係があることのはずだぞ。それと、海か山か、どっちに行くか、後、何ができるのか知らなければ何の仕事を与えるか、それも、決めなければならない」
「それだけの考えを一瞬で、さすが隊長です」
「黙れ、なにか、話そうとしているぞ」
男女の三人は、新の言葉を待った。
「う・・み・・・海が見たい・・です」
新は、言葉と同時に不審そう怯えた様子で吹雪に視線を向けた。
「海ね。良いわよ」
吹雪は、笑みで返事を返すと、新は、嬉しそうに頷くのだった。
「それなら、美奈(みな)と一緒に行くといい。海でも川でも釣りには詳しいからな。それに、何度も村を作った経験もあるし、村を作ることを決めたのでな。何か不具合があるか調べてもらいたいのだ」
「分かりました。その指示に従います」
姫が一人で、美奈を探しに行こうとすると・・・。
「新。一緒に行くといい。何か荷物を持って行くことになるかもしれない。手伝ってやると,いいだろ」
「そうね。行きましょう」
姫は、新の手を取ると、一瞬だが、驚いた。手が震えていたのだ。安心させようとして引っ張るように歩き出した。新は、姫と手を繋いでいるとは感じていないようで、迷子の子供のように周囲をキョロキョロと見回して周囲の様子を確かめていたのだ。木々も草木も一度も見たことのない。いや、映画で観た場面を思い出して過去に来たことを実感した。
「本当に、ここは、過去なのだね」
「木々を見て実感したのね。本当に帰れるように協力するから安心して」
「安心は、できないよ。そうでしょう。映画などで言うけど、蚊を殺しただけでも、歴史が変わる。そう言うよね」
「たしかに、そう言うのは、聞いたことがあるわね。でもね。私と関係がある人や物の場合は、赤い感覚器官の運命の修正と重なるはずだから何も心配はしなくていいわよ」
「そう・・・なんだ・・ね」
新は、言っている事の意味が分からなかったが、映画のような災難などに巻き込まれない。それだけが伝わり。それでも、不安そうに頷くのだった。
「意外と心配性なのね。ふっふふ」
「むっ!」
「でも、変な意味ではないわ。それなら、私と一緒に良い時の流の修正ができますね」
「えっ?」
「もう、それ程に慎重な方なら安心して一緒に居られる。そう言うことですわ。だから、自然を壊さず、命ある物も魚でも虫でも簡単に殺めませんでしょう」
「うん・・・うんうん」
「もう、疲れる人!」
「ごめん・・・ごめんなさい」
「分かってくれたのならいいわ・・・・ねえ!」
「何ですか?」
「魚釣りは、得意ですか?」
「得意と言うほどではないけど、普通の釣り好きの程度だね。でも、海と川なら海の方が釣りやすいかな。川は、難しいよね」
「そう・・・なのかな・・・なら、川に釣りに行きましょう」
「なんで、そうなるのです!」
「あら、あら、怒ったの?」
「そうだろう。不得意だって、言ったのだよ」
「だって、不得意って言ったのが、大量に釣れたら嬉しくないですか?」
「それは、そうですが、でも、大量はないでしょう!」
「それでは、行きましょう」
「仕方がないですね。そう言うのなら分かりました。行きましょう」
「やっと、行く気持ちになったか、なら、楽しみしているぞ」
「はい。楽しみしていて下さい」
「あっああ、楽しみにしているぞ」
姫は、この場から手ぶらで歩き出したのだ。
「釣りの道具は、必要ないのですか?」
「それも手作りするのですよ。それの方が楽しいでしょう」
「えっ!」
「新が驚いているではないか、まあ、現地調達もいいが、馬の尾っぽの毛くらいは、持って行く方がいいかもしれないぞ」
「そうですね。そうしましょう」
姫は、新の手を引いって馬が休んでいる場所に向かった。すると、馬の見張り番なのだろう。一人の老婆が、馬を見ていた。姫は、その老人に近づいて行った。
「ねえ、美奈さん。馬の尾っぽの毛をもらって良いかな?」
「いいですが、もしかして釣りですか?」
「そうです」
「それなら、姫、餌を付ける所だけ、一本だけ使いなさい。他のは・・・」
老人は、懐を探って何かの束を取りだした。
「えっ?」
「この大麻糸を使うと、いいですよ」
「ありがとう」
「ちょっと、待っていなさい」
老人とは思えない俊敏な動きで、馬に駈け寄り、そして、二本の馬の尾っぽの毛を抜いて戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「いいえ。もし大量に釣れた場合には、わしにも食べさせて下さいね」
「分かりました。でも、新が釣りますので、新に聞かないと・・・」
「えっ、あっ、釣れた時は持ってきますよ。ですが、隊長の命令ですので、隊長の許しがあれば、いや、残ればとなりますよ」
「一緒に行って、いろいろと教えたいが、腰が痛くてね。だから、それでもいいよ。二人で釣りを楽しんできなさい」
「はい」
「あっ、そうそう、一頭の馬を連れて行きますか?。渓流の釣りをするのでしょう。歩きでは、かなり、歩きますよ」
「その気持ちは、ありがとう。でも、大丈夫ですよ」
「新さん。行きましょう」
姫は、また、新の手を握り、やや早歩きで、この場、この周囲から逃げるように山の方に向かったのだ。そして、やや、走り、そして、歩きも疲れた頃であり。周囲に仲間が見えない。そんな場所まで来ると、立ち止まって、新の顔を見るのだった。なにか、告白でもされるのかと、新は、ドキドキするのだった。
「あのね・・・羽衣って知っている?」
「えっ・・・あっああ・・・・空想の反物で、伝承では、仙人が食べる物と同じ霞で織られた物ですね」
羽衣から連想して、新は、海岸で出会った。あの女性を思い出した。
「本当は、大切な人に渡すのだけど、少しの間だけど貸してあげるわ」
「えっ?」
「驚いても、落とさないでよ」
姫は、女性が背中にファスナーがある服を脱ぐ時のような仕草をするのだ。それは、背中にある羽衣の片方を取り外そうとしていたのだ。そして、何か大事そうに持ちながら両手を前に突き出して、新に受け取ってと、そんな、仕草に思えた。その仕草を見て、新も両手を前にだしたのだ。すると、ゆっくりと、新の前に出した両手に長い布地でも掛けるようにした。
「これが、そうなのか、重さもなく、見ようとしなければ見えない。だが、虹のような輝きにも見えるし・・・これが、あの時の女性の・・・・なら、この女性が・・まさか・・・」
「そのような感じで見えるのね。ふっふふふ。でも、誰でしょう。その女性って・・・」
「・・・・」
(違う。あの時の女性とは違う。目の前の女性は、僕と同じような年齢で普通の女の子のようにしか思えない。笑顔が幼い。あの時の女性は、女神のようであり。誰もが心奪われるような笑みだった)
「初恋の女性の話しかな?」
新は、女神と思った時点で、もしも、その女性が目の前に居ても違う。そう思うだろう。
長老宅の中では、三人の男が居た。一人の男は、聞いているだけだった。時々、頷くと紙に書きとめていた。紙に書き取るのだから少しは理解したのだろう。だが、話題の物である。土偶が、ただの置物ではない。それが、分かったことで、触らず、近寄らずに見つめ続けていた。
「そんなに、不思議に思うな。土偶にはいろいろあるが、病気や罪人などを拘束したり、病気の進行を止めたりする。そんな神代文字の様々な神法があるのだ。土偶に文字や絵柄を書く事で効果があるのだ。そして、役目が終わった土偶は、感謝の祈りをした後、ゴミとして捨てるのだ。または、病気の再発、罪人の逃亡、何度かと繰り返す罪人、などの場合は、壊れた土偶を修理する場合もある。その方が、効力が重なり効果が最大に働くからなのだ。または、最高の神代文字で書かれた。達人が作った土偶は修理をして代々の守り神とする場合もある。特に、妊婦の痛みの肩代わりに使うのが多い。それに、雨乞いや豊作祈願に疫病などの時にも使う」
「第一指揮隊長。それにしても、この数は・・・・」
「たしかに、普段は、四体か、五体くらいだがなぁ。それでも、多いと思うくらいだ」
「二人の会話で、この村で何か起きたのは分かったのですが、専門的な言葉が多くて理解が出来ませんでした」
「そうだろうな。殆どが、神代文字の書き換え、書き足し、記号や絵文字の変更の話しだったからな。神代文字が分からないなら理解が出来ないだろう」
「まさか、疫病ですか?」
「いやいや、それ程の大事ではない。殆どは、火傷が多い」
「火傷?・・・・」
「いろいろな用途の土器が破裂するらしい」
「土器が破裂?」
「第一指揮隊長。我々が村に住む者には、重大なことですよ」
「たしかに、そうだ。すまない。すまない」
「重大だと分かってくれているのなら、何も言いませんが・・・助けてくれるのですよね」
「勿論だぞ。だが、俺や他の者たちは、火傷などには手助けできるが、家庭用品には女性が適しているのだが・・今回の人選の中に良い使い手がいるか・・・隊の皆に聞いてみるしかないな・・・居るといいのだが・・・」
「それでしたら、女性や子供たちの火傷の手当てを直ぐにでもお願いしたいです」
「そうだな。そうしよう。だが、その前に、何か変わった物を拾って村に持ち入れてないか?。もしかしたら、それが、原因かもしれない。おそらく、この周囲の時の流が狂っているのかもしれないのだ。それが、一番の原因の可能性が高い」
「分かりました。村が落ち着きしだい。皆に聞いてみます」
「そうしてくれ。もし有った場合は、こちらで対処するから触らないで欲しい」
「はい。それは、分かっています。その時は、お願いします」
「まずは、火傷の治療だな。それでは、長老殿、後ほど・・・」
第一指揮隊長と前木は、長老宅の中から外に出るのだった。すると、隊の者たちに指示をする前に、すでに、村の中を急いで走り回り火傷の治療をしていたのだ。
「皆に指示を出す必要はないか、なら、前木・・・そうだな、俺たちは、原因の究明だな」
「はい。壺が破裂するのですよね。そうだとすると、壺を作る時に何が破裂するような異物が混入して、火に掛けると破裂するのでしょうかね」
「いや、それは、違う。そうだな。まずは、壺の用途を見た方が早いな。なら、俺の後について来い。その用途を見せよう」
「はい」
適当な家を探している感じだが、いや、違うはずだ。おそらくだが、家から煙が出ている家が目的なのだろう。最低でも、家事ができる者が元気であり。家庭の用品が無事の可能性が高い。そう思ってのことに違いない。
「すまない」
家と言っても竪穴式住居に似ている。その玄関の扉を叩くのだった。
「なんでしょう?」
手が離せない状態なのか、家の中から大人の女性の声が聞こえた。
「長老から村の様子を聞いた。それで、家々を歩き回っているのだが、火傷した者や何か困ったことはないのか?あるのなら・・・・」
「困り事あります」
女性は、最後まで話が終わる前に、家の中から現れた。
「それで・・・」
「大変なのです。もう全てが薪を集めて火を熾すのですよ。煙いし、熱いし、今時、こんなことってあります。薪を集めるのも大変だし~もう~」
「ちょっと、待って下さい」
一時的に言葉が止まった。おそらく、息を吸うためだろう。その時に、声を掛けたのだ。それでなければ、永遠と言葉の洪水のような話を聞かされる。そう感じたからだった。
「はい」
「大変なことが起きたのは分かりました。それで、できれば、その原因を見せて頂けないでしょうか、家の中に入って宜しいでしょうか?」
「はい。どうぞ、それで、あれが!」
「薪でなく?・・火を熾す?・・それを・・・今時はしない?・・」
「前木!お前の話は、後でゆっくり聞く、だから、何も言わずに見ていてくれ」
「・・・・」
第一指揮隊長は、本当に面倒だと、前木の話を騙させた。そのお蔭だろうか、じっくりと家の中が見られた。長老宅とは違って家庭の家の中だと感じだが、縄文時代の家の中とは想像とは違っていた。家の中心には囲炉裏はなく、土で作られた長いテーブルがある。一瞬、現代の戻ったのかと、それは、陶器で出来た物だが、長テーブルに鉄板が中心にある感じの焼肉屋の物かと感じたのだ。それと、大きな壺が何個かと、おそらく、食料の備蓄の用途だと思う。用途は、分からないが、大小の壺が多いのだった。
「すごい、これは、もしかして、想定された物より大きいが、平面焼肉陶器!」
「そうです」
「これは、自動炊飯陶器の壺、あれは、食料凍結陶器の壺、隣の壺は、低温食料保存陶器の壺だな!。まさか、時間調整調理陶器の壺もあるのか、ほうほう、室内温度調整陶器の壺なのか、水湧きの壺も、おおお!温水水湧きの壺もあるのか、これ程の物の生活では使えないのは不便なのは、十分過ぎる程に分かります」
第一指揮隊長は、壺を見ては、絵柄、神代文字などを見ては、読んでは、驚きの言葉を吐くのだった。前木も、変な日本語だが、いろいろの用途の意味が分かり。本当に、縄文の時代の世界なのかと、第一指揮隊長とは違った意味で悩み苦しんだのだ。室内が明るいことに、今頃に気付いて、もしかして、と、前木は、上を見上げた。
「まさか、照明もあるぞ」
「照明と言う名前ではないが、長老宅にもあっただろう。それに、陶器の自動発光の灯りなら我らの隊でも使用していたぞ。何を今頃になって驚いている」
「えっ?」
(油のランプではなかったのか?)
「お困りは、この壺のことですね。壺の全てが使用できないのですか?」
前木の一般的に使うはずの物のことで驚くことで、第一指揮隊長は正気を取り戻したのか、訪問した理由を言うのだった。
「水は出るのですが、冷却の壺以外は、全て駄目です」
「そうですか、それと、怪我や病気は?」
「大丈夫です。直ぐに直るのでしょうか?」
「何とも言えません。ですが、壺は使わないで下さい。壺が破裂するらしいのです」
「はい。それは、村長から聞いています・・・やはり、直ぐには無理ですか・・・・」
「はい。薪を使って下さい。薪は、村の中心の場所に多く用意しますので、それを利用して下さい。でも、陶器の自動発光は使用ができて安心しました」
「はい・・・・」
女性は、かなり不満だったが、仕方がなく頷くのだった。
「それでは、また、きますので・・・・今以上に何かあれば知らせて下さい」
「・・・・」
少しでも女性の不満の解消をしようとして声を掛けて、二人は外に出るのだった。
「・・・・これ程の複雑な神代文字だと・・・・」
第一指揮隊長は、ぶつぶつと呟きながら村の中を歩き出した。仕方がなく、前木も後を付いて行くしかなかった。すると、突然に、第一指揮隊長は地面に座ってしまうのだ。前木も仕方がなく隣に座るのだった。そして、同じ隊の者が忙しく動き回る姿を見て自分も何かしなければ、そう思うが、何も出来ないことを悟るのだった。そんな時だった。
「ああっ!待て!待て!」
同じ大隊の一人の若者を引きとめた。
「ここに居ましたが、隊長!」
「ああっ分かった。分かった。俺を探していたのだな。それよりも、至急の任務を頼みたいのだ。直ぐに隊長の所に戻り。隊長の指示を仰ぎたいのだ。それは、神代文字が暴走している可能性がある。今の言葉を伝えて欲しい。今直ぐだが頼めるか?」
「はい。それが、あの・・」
「何をしているのだ!。直ぐだと言っているのだぞ!」
「直ちに、では、これを!」
第一指揮隊長が引き連れた部下ではないが、若者は、何か要件があったのだろうが、第一指揮隊長に何かを手渡すと、休憩地の場所に向かって駆け出した。
「えっ!」
「これか?・・・あの男の要件は、これのようだな。お前の落し物なのか?」
「見せてもらっても良いですか」
「あっああ、構わんぞ」
「やはり、俺のコレクションの一つだ」
「コレ・・クレ?・・・お前の物ではないのなら返してもらうぞ」
「いや、間違いなく、自分の物なのですが、未来から持ってきた記憶がないのです」
「無いはずの物がある。そう言うことか、と言うことは、これが、この村の原因なのか」
「これを開けて良いですか?」
「あっ、ああ、いいぞ」
「?!!」
(普段から飲んでいるビールの一本と手紙か・・・誰から?・・・もしかして、過去の俺が・・・いや、未来の俺が書いた手紙なのか?・・・だが、俺は書いてない。だが、過去に飛んで、いや、ビールがある。と言うことは、未来に戻り、過去の俺に?・・・それよりも、これのために、この手紙でタイムパラドックスが起きたのか?。それよりも、今の問題なのは、この村に影響を与えたのは、未来の自分だと言うことは確かなことだろう)
「何をしている?。手紙なのだろう。早く読んだら、どうなのだ。どうした?」
「はい」
ビールを箱の中に戻して手紙を取りだすと、箱を自分の左側に置いた。
「女性の文字?・・・・俺の文字ではないのか」
自分の文字でない。それなら、タイムパラドックスは起きないと、大きく息を吐き出して、安堵したのだ。それでも、今度は、違う意味で悩むのだ。妻の文字に似ていると・・・。
「何て書いているのだ?」
「まだ、読んでいません。なんか、妻の文字に似ている感じがして・・・その・・」
「ああっ、それは、すまない。個人的な内容だったのなら教えなくても構わないぞ」
「・・・・・」
前木は、数枚の手紙があり。その書きだしを読んで驚くのだった。自分以外にも現代から過去に飛んだ人がいる。それも、妻の遠い親戚だと言うのだ。そして、もし出会ったのなら現代に帰して欲しい。そう言う手紙の内容だったのだ。
二人の男女は、空へなど浮くはずもない重い身体なのだが、フワフワと、ゆっくりとゆっくりと、上空に上がって行った。普通に考えて、二人は死んだのかと、思われるだろうが、女性の身体の背中の機能の一部である。羽衣と言う物のおかげだった。女性は、微笑を浮かべていたが、男性の方は、何か考えているかのようだった。おそらく、羽衣の効果の一つである。パニックを起こさないためなのだろう。だから、自分が空中に浮かんでいるなど考えてもいない感じで、昔の思い出でも考えているのだろう。そんな、空中での状況の女性の方は、視線の先である。男性が、いつ驚くのだろうかと、楽しんでいる感じなのだった。それでも、我慢ができなくなったのか、目的の場所に向かいたいためなのか?。
「新。羽衣は落とさないで下さいね」
「えっ?・・・羽衣?・・」
「そう、それです」
「・・・・ギャアア~」
新は、言われた何かが、両手に微かな重さを感じているので視線を下に向けたのだ。その物は羽衣であり。透明だったことで、視線の先は信じられない程の先に地面があるのを見たのだ。当然の反応として、驚きと同時に恐怖の悲鳴を上げたのだ。
「新!落ち着いて下さい」
姫は、仕方がなく、左手で、新の左手を握りながら新に渡した羽衣を右手で取って、新の首に巻いた。これで、自分が掴んでいる左手が外れても羽衣を落とすこともなく羽衣の効果は続くのだ。それから、新の気持ちを落ち着かせようと優しく声を掛ける気持ちなのだろう。まずは、新の目を見た。
「大丈夫ですからね。身体は浮きます。地面には落ちません。だから、落ち着いて下さい」
「・・・あっ・・・はい・・・うぁあああ~空に浮いている。凄い、凄い、スゲェエエ!」
新は、気持ちは落ち着きを取り戻したが、今度は、別の意味で精神状態が喜びの興奮を表した。
「大丈夫ですね。それでは、手を離しますわよ」
「はい。はい」
新は、手を離されてからは、直ぐのことだ。その浮いたままの状態で、前に回転、後ろに回転、左右とクルクル回転するのだった。だが、気持ち的には慌てることはなく、これが、無重力状態なのか、とでも考えているように回転を止めようとしていた。
「そうですね。上空に向かう感じで、二度ほど両手を上下に振って下さい」
新は、指示の通りに実行すると、数メートルほど上昇して回転は止まった。そして、綱渡りでも歩く感じの感覚で、両手を細かく動かして回転も上下の動きも止まった。
「そうです。そうです。上手いですね」
「そうですか、嬉しいです」
「それでは、行けそうですか?」
「えっ、どこに?」
「何を言っているのです?川釣りでしょう。岩魚(イワナ)を釣りに行くのでしょう」
「ああっ、そうでした。そうでしたね」
「はい」
姫は、新に向かって左手を出した。新も意味が分かり。姫の左手を握った。すると、姫は、空中で両足を蹴るようにすると、前方であり。山の方に飛ぶのだった。それを何度も何度もと繰り返した。すると・・・。
「疲れましたか?」
「いいえ。ここから、始めましょう。では、下りるわよ」
「はい。いいですよ」
新に気遣ったのか、ゆっくりと地面に下りたのだ。
「なんか、まだ、ふわふわと浮いている感じがするね」
「そうでしょうね。薄い膜みたいな中にいるからね。だから、そう感じるはずよ」
「膜・・・・ほうほう・・・本当だね。ゴムとも違う・・・温かみがあって・・・」
新は、両手を伸ばして地面を触る感じで撫でるが、自分が思っていた感覚と違う。その感触に驚いて、いや、気持ちの良い感触だったので止められなかった。すると、姫は、その様子を見ていて・・・・。
「何か・・・恥ずかしい。もう・・・止めてもらっても・・・良いですか?」
姫は、自分の身体を触られている感じに思い。そんな感覚は感じないのだが、新の触る仕草を見てから恥ずかしそうに両手で自分の胸を隠すように言うのだった。
「あっ、ごめん。ごめんなさい。もう触りません」
「いいですよ。それなら、地面から小さい小石を拾ってみて」
「えっ、はい」
新は、膜があるのに触れるのかと、疑りながら手を伸ばして小石を掴んだ。
「おおおっ触れる。掴める」
「でしょう。なら、もう安心ね。釣りをしましょうか?」
「はい」
「それなら、私は、丁度いい感じの枝を探してきます。釣り竿に合う感じのねぇ。新さんにはお願いすることがあります。川虫を出来るだけ多く捕まえて下さい。川底の石の下にいるはずですからお願いしますね」
「分かりました」
姫は、木々が茂る方に奥へ、奥へと歩いて行った。新は、少し心配そうに見ていたのだが、考えて見れば、縄文時代の生活も知らないし、キャンプもしたこともない。普通の現代人なのだから心配する方ではなく心配される方だと気付くのだった。その気持ちから真剣に川の底の石をめくっては川虫を捕まえる。と大きな葉っぱの上に載せて集め続けたのだ。時間など気にせずに川の中で夢中に石を持ち上げて石の下を見ていると・・・。
「ただいま。良い感じの木がありましたよ。それで、川虫の方は、どうでした?」
姫は、二メートルくらいの竿に適した二本の木を新に見せるのだ。一つは、自分のだと思って、その気持ちの感謝の気持ちから葉っぱの上に載せた。川虫を見せるのだ。
「凄いわね。そんなに集めて、それも大きいのばかり、これなら良い岩魚が釣れそうね」
姫は、何度も感心しながら頷くと、木に長い大麻糸を繋げて、その先に、馬の尾っぽの毛を繋げるのだ。そして、小鳥の小さい骨だろう。それを巻き付けて川虫を付けるのだ。
「重りは?」
「えっ、重り?・・・何でしょう?・・釣りの道具?・・・何も必要はないわよ」
姫は、何度か大きく竿振って、餌が、川の上に落ちる。そして、浮いて少し流れたと、そう思った時には大きく竿を引いていた。それを何度か繰り返していると、驚くことに、川虫である。その餌が水面に当たる。その瞬間のことだった。岩魚が大きな口を開けて水面から飛び出ていた。
「やった!」
姫は、声と同時に強く竿を引っ張り、岩魚を釣り上げていた。
「凄い。凄いね」
「こんな感じよ。姫と同じようにしてみて」
二人は、面白いように岩魚を何匹も釣り上げたのだ。
「餌も、もうないし。これくらいで良いのでない。皆の所に帰りましょうか?」
「そうだね。あとは、この魚を、どうやって持って行くかだね」
「それはね。自分が鳥籠にでも入って居る感じに思って、ごらんなさい」
「・・・・」
「考えた?」
「・・・」
新は、頷いた。その頷きを姫が見ると、岩魚を新に向かって投げた。新は、突然のことで手に取ろうとしたが、それは、無理だった。だが、岩魚が地面に落ちる。そう思ったのだが、透明の卵の中のように膜に反って岩魚が溜まるのだった。
「行きましょう」
姫は、また、新に向かって左手を出した。新は、頷き。ここに来た時と同じように上空まで浮いて方向を決めると、隊が休憩している場所へ飛んで行くのだ。
「姫たちが帰って来たようだな」
姫と新が山に向かった。その方向を見て、吹雪は隣に座る副隊長に言うのだった。
「えっ、ああっ、そうだな」
副隊長も自分の目で見て確かめて返事をするが、少し、隊長から離れて座り直した。もしかして、隊長は、恥ずかしいから少し離れろ。とでも言う意味に受け取ったのか、いや、副隊長は、腰を下ろして直ぐに立ち上がるので違う意味だったのだろう。
「薪を集めてきます。一人にしても大丈夫ですか?」
「何を言っているのだ。さっさと、薪を集めてこい!」
「はい。直ぐに戻って来ますので・・・(何かあったら大声で呼んでくれ)・・・・」
「ん?。今、なんと言った?」
「あっ、少々お待ち下さい。そう言いました」
副隊長は嘘を言った。
「あっああ、そうか、そうか、分かった。さっさと、行ってこい」
吹雪は、副隊長の言葉を聞いていた。だが、小さい声だったのではっきりと聞こえる大きな声で言って欲しかったのだが、副隊長が言わなかったことにして誤魔化した。それが許せずに怒りを表したのだった。それでも、姫と新が、空を飛ぶ姿が、だんだんと近づく様子を見ると、穏やかな視線を向けていた。もしかすると、自分の淡い想い出でも思い出しているのだろうか、だが・・・・。
「隊長。不機嫌そうな顔をしていますが、どうされました?」
「いや、まあ、薪を集めるのに、いつまで掛っているのかと、そんなことだ」
「そうでしたか、新さん。薪を集めるのをお願いできますか、わたしは、直ぐにでも焼けるように準備をしますので、一人になりますが、お願いしても、いいですか?」
「はい」
姫は、今飛んで来た方向に歩いて戻って行く。その姿を見送ると、新は、知る訳がないが、副隊長が入って行った。その森の中に入って行ったのだ。
「?・・・これって・・・・」
枯れている。そんな、適当な焚き火に合う感じの枝を探していると、紙で作られた刀を見つけたのだ。それは、常に、副隊長の腰帯に刺してあった。紙の剣だと感じたのだ。
「おおっ、すまない、すまない。その刀を探していたのだ。ありがとうなぁ」
「そうでしたか、どうぞ・・・・それで、薪は集めていないのですか?」
「隊長が、そう言っていたのか?」
「はい。遅いと、かなり立腹していましたよ」
「そっ、そそそっ、そうなのか・・なら・・今から探し始めては、遅すぎるだろうな・・・」
「それでは、これを持って行きますか?」
「良いのか?」
「はい」
「それなら、もし、隊長がお前に怒りを向けた場合は、俺の指示で紙の剣を探していた。そう言うといい」
「はい」
新は、別に不審に思っていなかったのだが、なぜか、副隊長は、言い訳を始めたのだ。
「別に、隊長が怖い訳ではないぞ。たしかに、任務を怠ったが訳ではない。この紙の剣はなぁ。隊長から俺のために専用に作ってくれた。隊長の最高の傑作品なのだ。もう二度と手に入らないのだ。だから、俺の気持ちは分かるだろう。宝なのだ。だが、物だから、いつかは消えて無くなる物だ。使えなくなったから捨てた。そう言えばいいのだ・・・」
「はい」
(本当に、隊長が怖いのだなぁ。そんな大事な物を失くしたのだから任務など忘れて探していたのか、でも、いつまで、この言い訳は続くのだろう)
新は、何気なく、姫たちの方に顔を向けると、煙が上がっているのを見るのだ。すると、副隊長は、途中で話を止めて、薪を手に持ち駆け出したのだ。
前木は、手紙を適当に目を通した。そして、確信したのだ。この文字は間違いなく妻の字なのだ。だが、手紙を読むよりも、なぜ、妻は過去に居るはずのわしを知るはずがないのだ。妻は、わしは、現代に失踪したと、そう思っているはず。それなのに、過去にいることを知ったのか、それと、なぜ、過去に手紙を送れたのか?・・・そんなことを悩んでいる感じで、手に持つ手紙を見つめていたのだ。
「少し時間を頂いても良いでしょか?」
「ああっ、構わんぞ」
「それでは、じっくりと読ませて頂きます」
「あっああ・・」
チラチラと、手紙を見るのだが、自分が知る文字ではなかったことで諦めて、適当に周囲を見て時間を潰すのだった。
「・・・」
妻の手紙の内容とは、何なのか、それは・・・。
(あなたが、手紙を読んでいる。そう思って書きます。久しぶりね。元気ですか?。怪我も病気もしていませんよね。身体には気をつけて下さいね。こっちでは、もう十年が過ぎたのですよ。本当なら言いたいことも書きたいことも沢山あるのですが、手紙の枚数が決まっていますのでやめておきますね。ですが、問題があるのです。遠縁の子が、自分の意志でなくて、あなたが居る過去に行ったと思います。無事に帰して下さいね。本当は、詳しい人が手紙を書けばいいのですがね。二人に関係する時の流の不具合に関係ある人でないと、駄目。そう言われたのですよ。その人の話しでは、あたなのパソコン、パソコンのソフト、スマホのアプリ、移動宅配、無振動、速度、時間、過去からの時の流の不具合などで、あなたの手紙に反応したらしいの。それで、荷物と一緒に過去に飛んだと思います。その証拠が、パソコンのメールの履歴が残っているのですよ。五つのメールが一セットとしてね。
一つ、荷物を発送(縄文時代の九千年)発送済み。
二つ、お客様からの荷物指定の地に到着完了メール。到着済み。
三つ、今回の付属の手紙。お届け済み。
四つ、不明商品。人体模型?。到着済み。
五つ、お客さまからの評価、感想メール。未確定。
それと、不思議なことに、次回も利用されますか、と書いてある欄に、二体の人体模型と、物品と書いてありました。あなたと遠縁の子だと思えますので、お帰りをお待ちしていますね。もしかして、物品とハートマーク。と書いてありました。物品とは、わたくしへのプレゼントでしょうか、ハートマーク。絵文字は送れないみたいです。
と、数枚の手紙の抜粋だった。他の手紙の省いた中には、私的な神代文字の歌と感想が書かれてあった)
「手紙を読み終えたのか?」
前木は、手紙から虚空に視線を変えた。それで、読み終えた。そう感じたのだった。
「はい」
「良い内容だったようだな」
「えっ?」
「笑みを浮かべているぞ」
「そうでしょうね。新聞紙ですし、ハートマークですから・・・でも、しんぶんし、はないよな。しんぶんし・・・くっくくく。たしかに、返事は書けない。承諾するしかないよ」
「俺も、その手紙が読めれば、その楽しみを一緒に味わえるのだがなぁ」
「それよりも、第一指揮隊長は、他にも未来から来た人を知っていましたか?」
「えっ!お前以外にいるのか?」
「はい。手紙に書いてあるのです。その子を帰して欲しい。と・・・」
「子供なのか?」
「いや、たしか、記憶では、青年ですね」
「知り合いなのか?」
「一族の一人ですね。それも遠縁の一人です」
「分かった。隊長に、それとなく聞いてみよう。それで良いか?」
「はい。お願いします」
「皆の様子を見に行くとするか」
「はい」
二人は、立ち上がり、どの家から訪問するかと、周囲を見回していると、一人の若者が走りながら向かってくるのだ。自分に用だと感じて視線を向けながら待った。
「第一指揮隊長。大変です。紙と水がありません」
「そうなのか?」
「はい。それで、簡易小屋に使う紙を使っていいのかと、その許可を聞いてこい。そう言われました」
「仕方がない。一つの簡易小屋の紙で足りるのなら許可しよう」
「はい。そう伝えます。それと、水は、どうすれば良いでしょうか?」
「水入れの壺の過去戻し神法は無理か?」
「それだと、効果が薄れます」
「確かに、過去に戻す神代文字と神代文字で火傷などを癒すのだから神代文字が反発して薄れるか・・・・だが、それ以外の方法が・・・まさか、今から地底湖を探すのもなぁ」
「それでしたら。これを!」
前木は、一本のビールを取りだして見せた。
「ん?・・・」
「これは、二千、いや、三千年近く過ぎた。未来の飲み物です。これを一滴でも壺の中の水に入れれば効果が高まりませんか?」
「それなら、なる、なるぞ。効果が高まるはずだ。だが、そんな貴重な物を使って良いのか、もしかしたら、お前らが帰るための液体だろう?」
「小瓶に少し入れておきます。それで、十分のはずです」
「そうなのか、それなら、使わしてもらうぞ」
「構いません。どうぞ。ですが・・・」
「何だ?」
「その使い方を見せて下さい」
「元々、見せる気持ちだった。共に来るといいぞ」
長老の家の前で年寄りと青年がたむろしていた。おそらく、紙も水もなくて何も治療ができず。この場で話し合っていたのだろう。だが、何も良い考えがでるはずもなく、第一指揮隊長が長老の家に戻って来るのを待っていたのだ。
「やっと、来たか!紙がないぞ」
「水もないぞ。どうするのだ?」
「その二点のことなら対策がある。安心して村人の治療をしてくれ」
「その対策とは、おそらく、簡易小屋に使う。あの紙を使うのだろう」
「そうだ。だが、水の方は安心しろ。今までに使ったことがない。最高の水になるはずだぞ。何て言っても、それは、驚くぞ。三千、いや、五千年の先の未来からの液体だ」
「それは、凄いな」
「わたくしたちが、全員で試して使う分を回せるの?」
「勿論だ。それを今から作るから全員で見に来るといい」
「ちょっと、五千年なんて言いすぎですよ。二千か三千年くらいですよ」
前木が、言ったことで、皆は真顔になるだけでなく、一瞬、息を止めて一人の男に視線を向けた。その男は頷くのだが、それでも、信じられなかったのだろう。
「本当なのか?第一指揮隊長?・・・・」
「勿論だと言っているだろう」
「何をしている。何を落ち着いているのだ!鮮度が落ちるだろう。直ぐに墨にしなければ!」
「鮮度は落ちない。何故かと言うと、それは、未開封の缶だからな」
「本当なのか!」
「本当なのだな。それなら、誰にも見せたこともない。家宝の墨を使ってもいいぞ」
「ほう、それなら、家宝の硯を提供しよう」
「それなら、水を入れる壺にも秘伝の絵文字と神代文字を書くしかないな」
この場の同じ隊の者が、俺も、わたしもと、秘伝、家宝といろいろと、誰にも見せたことも隠していた物を提供するのだった。そして、大騒ぎになり。興奮状態の中で、何も提供が出来なかった者が・・・。
「それなら、水も探しに行きましょう。地底湖でもあれば、いいのですがね」
「何を馬鹿なことを言っているのだ。水は井戸水でいいぞ。まあ、それよりも、皆よ。まずは落ち着け。何のために、この場に集まったか、それを思いだせ!」
第一指揮隊長が、皆にたいして怒りを感じて叫べば、叫ぶ程に、皆の気持ちは落ち着きを取り戻していくのだった。
「それで、前木殿の持ち物なのですね。その未開封の缶という物を見せてくれませんか?」
「はい」
前木は、箱からビール一本を取りだして見せるのだった。
「ほうほう、これが・・・・」
皆は、一本のビールを見て同じ驚きの言葉を呟くのだった。それでも、騒ぎは収まったとしても、何の騒ぎなのかと、長老が家から出てくるのだ。
「どうされました?」
「なんでもない。それよりも、長老。未使用の水入れの壺はあるか?」
「はい。あります」
「それを使いたいのだ。宜しいか?」
「はい。直ぐに用意を致します。少々お待ち下さい」
「それと、人手を借りたいのだ」
「分かりました」
長老は、村の中心にある。高床式倉庫に向かった。その途中で出会った村の者に水入れ壺の運搬を頼む。そんな指示をしている感じが遠くから見られた。数人の男性は、長老と行ったが、女性は、周囲の家々に向かったのだ。怪我や病気でない者たちに声を掛けに行ったのだろう。
「長老殿。協力に感謝する。皆も集まってくれて感謝する」
水入れの壺を数人の男たちが長老の家の前に持って来る頃には、健康な女性や子供たちが集まっていた。その感謝の気持ちを隊の代表として第一指揮隊長が頭を下げていた。
「いいえ。こちらこそ、村のために尽力して頂き感謝しているのです。それで、皆には何をさせれば宜しいのでしょうか?」
「硯で墨を作って欲しいのだ。治療や様々なことに神代文字を書いた札が必要なのでなぁ」
「それでは、まず、水入れの壺に水が必要ですね。さあ、皆の衆たちよ。頼むぞ!」
皆は、自分の村のことであり。家族のことでもあるのだろう。いや、自分たちが知らない神代文字の用途でも知り得るからか、家族の回復なのか、少々興奮していたのだ。その中には、家に戻り。自分の硯や墨を持って来る者もいた。だが、やはり、知る人が見ると分かるのだろう。隊の者の持ち物である。硯、墨が可なり高価な物だと分かる。そんな驚き、そして、一番の関心は、前木が手に持つ一本のビールだった。それでも、そんな関心など直ぐに忘れるのだった。水入れの壺が大きく思った程に溜まらず。水から墨の濃度にないこともあるが、家族の怪我や病気を早く治したい。その気持ちから真剣に墨を作り続けた。水入れの壺から水をすくい硯に入れては墨を作り。それを水入れの壺に入れて、また、水をすくって墨を作る。それを繰り返していた。
「ほうほう、そろそろ・・かな・・・もう少し濃度が欲しい・・・」
墨を作り始めてから時間を計っていないが、第一指揮隊長は、色が水の透明から黒くなる頃になると、指先で墨の濃度を確かめていた。
「皆の衆よ。疲れたであろうが、もう少しだ。頑張ってくれ」
長老が、皆に元気付けた。
微かな煙が上空に昇るのを見て、一人の男が森の中を走り続けていた。真剣な表情を浮かべ、いや、恐怖の表情と言った方が良いかもしれない。そして、森の中を抜けて、煙の元である焚き火を見ると、大勢の男女の年輩が集まっていた。
「遅いぞ。何をしていたのだ?」
副隊長は言い訳でも考えていたのだろうか・・・。
「隊長。驚きです。なぜか、この紙の剣が、普通の紙に戻り。風に飛ばされたのです」
「えっ?・・・・本当なのか、見せてみろ」
「今は、鉄よりも硬いはずですが・・・・」
副隊長は、隊長である吹雪に手渡した。
「・・・・墨も薄れていない・・・・文字も絵文字も消えていないな・・・・本当なのか?」
「はい」
「皆も何か紙に戻ったのか?」
「いや・・・」
皆は、時々惚けるためだろう。何て答えていいか悩んでいた。だが、鉄より硬くなる紙の剣などが普通の紙に戻れば分かるだろう。そう思うだろうが、今回のことなどで様々なことが変だと思うことが起きた場合でも、呆けたのか?・・または、呆けでなくても老いのために書き損じた。と、それで、済ませてしまうのは普段からなので特に真剣に考えていないのだった。
「そうだな。そうだろう。また、何か起きたら直ぐに知らせてくれ。お前もだぞぉ」
隊長は、副隊長が呆けた。いや、薪を集めるのに時間が掛った。その言い訳か、どちらかと、そう感じて、今回のことは終わらせた。それに、姫が森から出て来たことで、岩魚の内臓などの処理が終わり。焼き始める用意のために、薪を足して準備を始めたのだ。
「薪が・・オオオ!若いと仕事も早いな」
副隊長に薪が足りない。そう言おうとしたが、副隊長の後ろの方から新が森から出てきたのだ。それも、両手に多くの薪を持って現れたのだ。
「どうしたのだ?」
姫が恥ずかしそうに、紙を神代文字で鉄串のようにして刺した岩魚を怯えるように隊長に手渡したのだ。おそらく、こんな子供でも出来る事を失敗したのかと、叱りを受ける。そう感じたのだろう。だが、それに直ぐに答えたのは、副隊長だった。
「姫!。もしかして、神代文字の効果が消えて普通の紙に戻ったのか?」
「いえ、そんなことはありません!」
副隊長は、同意を求める者を誤ったのだ。姫が少々怒りの表情を浮かべながら即答したのは、自分が、まだだま、半人前だと言われたと感じたからだった。
「そうだぞ。副隊長。そんなことを言って怒らせたら岩魚を食べさせてもらえないぞ」
隊長と他に集まった。男女の年寄りが笑い合うことで、この話は終わるはずだった。その話題が再開されるのは、一時間後くらいの後だった。それも、岩魚を全て食べ終えて適当な話題で盛り上がり、隊長、副隊長、姫と新を残して、皆が、この場から移動しようとした時のことだった。
「ん?」
姫よりは年上で、青年と感じる男が現れたのだ。それも、親の死に目にでも間に合うように休む時間を惜しいと、そう思う程に慌てた感じで現れたのだ。
「まあ、水を飲め。少し落ち着け、落ち着いてから話を聞く」
「はい・・・・・第一指揮隊長からの緊急の知らせです・・・」
それでも、男は緊急のための使い。その気持ちがあるのだろう。水を飲んだが、五分と落ち着くことなど出来ずに話を始めるのだった。
「それは、本当なのか?壺が破裂!神代文字と絵文字の暴走なのか!」
「はい。女性や子供たちが火傷で苦しんでいます」
「それは、直ぐにでも対処しなければならないな。だが、何人かで行ったとしても効果が期待できない。隊の全てで行くしかないか・・・」
「隊長」
姫は、隊長が思案して、即答できない理由に気がついた。
「何だ?」
「わたしの羽衣を・・・・」
「それは、駄目だ。姫は、始祖さまの直系であり。わしは、姫の家臣だ。そんな大事な物を家臣が使って良いはずもない。もし、それを使っては、他の家臣に示しがつかないぞ!」
「そっそそ、そんな貴重な物を使っていたのですか・・・・・僕は・・・・」
新は、顔を青ざめるだけではなく、足が震えて立てなくなる程だった。
「ないない。隊長は、以前にも使ったことはあるわ。あの時は、恥ずかしくて真っ赤な顔をしていたわ。その理由を後からお酒を飲んだ時に聞いたけど、母の胎内にいる感じがして恥ずかしかったらしいわよ。だから、新さんは、何も気にしなくていいのですよ」
「なっなななな、何を言うか!そんな冗談を言ってまで使わせたいのか!分かった。わかった。使えば良いのだろう。さっさと、よこせ!」
「新さん。ちょっと、返してもらうわね」
「はい。どうぞ・・・」
新には、透明で見えないこともあり。大事な物だと言うこともあるが、女性の温かい息が感じる程に近寄ったことで、新は、身体を膠着してしまった。そんな、新の気持ちなど分かるはずもなく、姫は、子供から悪戯道具でも取り上げる時の感じで手に取るのだった。
「隊長。どうぞ」
姫は、透明な羽衣を両手で差し出した。隊長は、透明の物だと知っていることで何の驚きを表すことなく、だが、様々なことにたいして納得していないのだろう。少々怒りを表しながら手に取るのだった。すると・・・。
「やはり、この体勢になるのだな」
隊長は、空中に浮かんだ。右足をかばうために直ぐに体が浮いて、赤ちゃんが使うゆりかごに寝ている感じで身体が丸くなっていたのだ。やはり、隊長でなくても大人の女性なら恥ずかしい体勢だったのだ。そして、恥ずかしいからだろう。隣に居る副隊長に小声で指示を頼むのだった。
「予定の通りに村に向かう。直ぐに、全ての隊の出発の指示を頼む」
「承知しました」
「この場の者とわしらは、このまま村に向かう。では、頼むぞ」
隊長らしくない。囁くような声で指示を伝えた。
「村に着いたら静養して下さいよ」
「・・・・」
「副隊長。先に行っています」
「直ぐに追い駆けます。途中で追いつくでしょう」
姫は、隊長の囁きの意味は聞こえなかったが、歩き出すと、羽衣の中の隊長もふわふわと共に動くのだ。新の時とは違い。今回は、歩きだからもあるが、自分の感覚器官の一つであるので、手を繋げなくても自分の思いで動かせたのだ。そして、姫は、副隊長に挨拶をしたのだった。そんな、隊長は、聞こえない振りをしていた。
「ねえ、姫」
「んっ?・・・何?」
「何も用意もしないで手ぶらで来たけど、その村って近いのですか?」
「あっ!」
姫は、先程に知らせを伝えに来た。その男に視線を向けた。
「自分は、休まずに急いで半日くらいです・・・このままだと、一日は掛るでしょう」
「それなら、この場では、若くて、暇で、体力的にも余裕がある。自分が戻って・・」
「そんな気遣いは無用だ。副隊長が追いつく。そう言うのだから待っていればいい。それが、皆も分かっているために何も言わないのだぞ」
新の不安、自信のない態度であり。姫には、何を言いたいのか分からないが、隊長には分かったのだ。それは、長年の経験で何を言いたいのか分かった。だが、無視しようとしたのだが、部下の指導の経験から判断したのだ。この男を使いに出したとしても間違いなく迷子になる。そう感じて仕方がなく新の話を遮った。
「そうですね。すみませんでした」
三時間くらい歩いた頃のことだった。
「どうしたのだ?」
「隊長。春さんが、また、呆けて息子を探しています」
「またか、仕方がない。休憩だ。休憩するぞ。だが、どこに行くか分からない。あの春を監視するのだぞ。また、出発の時に捜索では大変だからな」
「承知しました」
姫も、春の友も大変だと、隊長に知らせにきたはずなのが、知らせに来た本人も他の友も笑みを浮かべているのだ。
「新。不思議に思っているな。こんなことになる。だから、副隊長は追いつく。そう言ったのだぞ」
「なっななにが起きたのですか?」
「春が、呆けたのだ。遠くの地である。ある村で生活しているはずの息子を探すのだ。今の春の状態の息子とは、五歳の息子だ。その息子も結婚して子もいるのだがなぁ」
「呆けた・・・・」
新は、想像もしていないことに驚いていた。
「姫。さあ、下せ」
「でも、羽衣の中だと、痛みは和らぎますよ。それに、村に着く頃には治っているかもしれませんよ。だから、羽衣の中に居た方がいいです」
「そんなことはいいから!直ぐに出せ!。この中から出さないのなら地面に下せ!」
「はい、はい。分かりました」
姫は、大きな溜息を吐きながら指示に従うのだった。地面に下されると、少し元気になったようだ。まだ、羽衣の中だが、その中で立ち上がり周囲を見回したのだ。
「身体が疲れると、呆ける者も多くなる。自分の隣、また、周囲の者の様子を見て、呆けた者がいたら対処しろ」
姫と隊長と他の者たちは、誰かが呆けると休憩を繰り返していたのだ・・やはり・・・。
「追いつきました。ですが、普段なら寝ているはずの時間ですが、我ら隊を待っていたのでしょうか?・・・・それとも、食事の材料を待っていたのでしょうか?・・・」
「勿論、理由は、食事だ。周りを見てみろ。その意味が分かるだろう」
「そうですよね。呆けても食べることを忘れませんからね」
今もだが、帰還の知らせの時も,副隊長は周囲を見て言葉を選んでいたのだ。
「お前らも早く食べて寝た方がいい。明日は早いぞ」
「酒も持って来ていますよ」
「お前は、馬鹿か!怪我人に酒を飲ませるのか・・そんな馬鹿なことなど考えずに、さっさと寝てしまえ・・・・・ふぁあああ」
「はい。そうします」
副隊長は、隊長の大あくびで全てを理解した。今頃になって周りの皆も同じように大あくびしていることに気付くのだ。大きな焚き火で湯を沸かしていた理由も食事のためではなく、我らの隊を迎えるための篝火であり。湯も疲れを取ってもらうためだったと、それならば、二度目の大あくびが終わる前に深々と挨拶を済まし。直ぐにでも睡眠を取ってもらう気持ちになった。その頃には周囲の者も隊長と違って我慢が出来ずに寝ている者が多くなった。
「ねえ、もう寝たの?」
「どうしたの?・・・まだ、寝られなくて、起きているよ。どうしたの?」
「そう・・・なら、夜の散歩でもしない?」
「いいですよ」
姫は、柔らかそうな草地に寝ていたが、皆を起こさないように立ち上がり。新に左手を差し出した。それは、左利きだと言う訳ではない。姫の思惑からだった。
長老宅の中も外も大勢の老若男女が集っていた。初めは隊の者だけの時には、不安と村人の無事を祈る感じだったのだが、村人が一人、二人と増えて行くと、この場で何をしているのかの説明でも聞いたのだろう。息子、娘、祖父母などの火傷や怪我が治る。その気持ちからだろう。表情からも会話も期待の気持ちが膨らみ。まるで、川での洗濯などの時のように歌を歌いだす者も現れた。それでも、皆が疲れを感じる頃のことだった。
「長老。すまないが、もう少し墨の濃度が欲しい」
第一指揮隊長は、自分から言うと角が立つと思ったのだろう。長老に囁くのだった。
「皆の衆、もう少しらしい。もう少し墨の濃度が欲しいのだ。頑張れってくれ!」
皆は、完成が近い。そう思ったからだろう。作業の速度は変わらないままだったが、歌の声が大きくなり。皆のそれぞれの思いである完成後の期待が感じられる歌だった。第一指揮隊長は、皆の期待に応えるためではないが、何度も念入りに墨の粘度を確かめるのだった。そして、最高の状態の濃度になると、長老に頷きで完成したと伝えた。皆は、安堵したのだ。すると、第一指揮隊長は、前木に視線を向けたのだ。
「前木殿。すまないが、あれを頼む」
第一指揮隊長は、言葉だけではなく、右手で示した。ビールを入れて欲しい。と・・。
「・・・・」
皆は、終わったのではないのかと、不審な表情を浮かべながら前木に視線を向けた。そんな、皆の期待に応える気持ちではなかったが、前木は、頷くと、右手から左手にビールを持ちかえて、右手の指で缶の蓋に・・・・皆は、物が何かも分からない。それでも、初めて見る物だったので視線は外せなかった。すると・・・。
「シュッポン!」
「うぉおお。何だ、何だ!」
酒飲みには至福の音が響いた。だが、この場では、前木しか分からないが、別の意味で皆の視線は前木の手に持つ缶に向いた。いや、そんな些細な感情ではない。まるで、生まれて初めて手品でも見た。そんな驚きと興奮の感情が重なっている感じで、身も心も釘づけの状態だった。
「なんだ。なんだ」
「おっととっと、勿体無い」
と、呟き、口に持って行きかけたが、大きな壺の墨の中に入るようにした。
「おおおっ!」
皆は見ていた。缶から泡がモクモクと、缶の周りに垂れ下がり、ポタリ、ポタリと、壺の中に落ちるのを見た。
「?・・・」
第一指揮隊長は、液体と聞いたはず。それが、泡だったことで、壺の中と前木の顔を交互に見て、壺の中と前木の顔の変化を見た。そんな前木は、何度か頷き、缶を少し傾けたのだ。すると、第一指揮隊長は、直ぐに缶に気持ちを集中して、ポタリ、と一滴が入るのを見て、また、ポタリと、一滴だが、ビールである液体を入れられた。
「ん?・・・・」
元は水入れの壺には、黒い液体である墨が入れられた。その表面には、数滴のビールが入れられて波紋が広がった。その波紋が周囲の陶器に触れて、波紋が戻るのだが、薄紫から黒に変わり光が当たると琥珀のような色に変化するのだった。
「凄い。これ程の墨は見たことがないぞ。もしかしたら噂に聞く、日高見の山手宮に住む。天照様がお使いになる噂の墨に似ているかもしれない」
「これが!・・・・」
「うぉわああ!」
「綺麗ね」
「そうね。宝石が溶けたような滴みたいね」
「そうね。そうね」
第一指揮隊長の驚きの言葉を聞いて、皆は、壺の中を見るために集まり。そして、それぞれ、様々な驚きの言葉、表情を浮かべるが、この世の物とは思えない物を見た。それはだけは、共通していたのだ。
「これなら、子供が神代文字の書き順の間違いや文字の間違いでも効果が発揮する。そう思える程の最高の墨だな」
「第一指揮隊長。わしが実験代になろう。わしの治るはずもない腰痛に効果があるか試してみてくれないだろうか?」
「ふっふふ、その気持ちは分かるぞ。わしも試してみたいが、長老殿から先にしてあげようではないか、ふっふふふ、では・・・・」
長老は、第一指揮隊長の話を最後まで聞かずに、寝具の上にうつ伏せで半裸になっていたのだ。そんな、長老の腰を見て、第一指揮隊長は、う~ん。う~ん。と悩んでいた。
「何をしておるのですかな?」
長老は、うつ伏せのまま待っても何もしてもらえずに、不気味な呻き声が聞こえて起き上がって問い掛けたのだ。
「いやぁあな。何て書くかと迷っていたのだ」
「えっ?」
「腰痛の完治では無理だろうし、やはり、腰痛の痛み止め、腰痛の痛みの和らげ・・・」
「いつものでいいですよ。腰痛の痛み止めでいいですから早くして下さい。様々な治療してもらっているが、貼った時から少し時間が過ぎると、同じように痛みを感じるのですし。もしかしたら、効果が長く続く程度でしょうから・・だから早く・・・完治など無理です」
「そうか、なら、やはり、腰痛の完治でも書いてみるか!」
「はい。それで良いですから・・・」
第一指揮隊長は、すでに懐から紙を出して、神代文字で、腰痛の完治。と書き終えて悩んでいたのだが、内心の気持ちが決まったのだろう。花押と書いて完了にしたのだ。そして、接着剤のためと、湿布の効果の効能のために、紙の後ろは真っ黒とした後は、ペタリと、長老の腰に貼った。すると・・・・
「うぉおおお!これは、これは、効く、効きますぞ」
長老が効くと言っているのは、冷却湿布を貼った時みたいに冷たく、ジンジンと効能を感じるが、今までの湿布なら貼った時が最大の効能を感じるが、だんだんと薄れる。それなのに、ジンジンと効能は継続されるだけでなく、痛みが消えだした。そして、欠伸が自然と出る感じで背伸びがしたくなり。老人とは思えない手を使わずに起き上がる感じで起き上がり、驚くことに大きく背伸びをするのだ。それも、皆が心配するような音が響くのだ。ゴギリ、ゴキリ、ゴキゴキと、その音が響くと、腰が伸びるのだ。最後とは変だが骨が折れたのではないかと、そんな、大きな音が響くと、腰が真っ直ぐになって立ち上がるのだ。そして、若い時のような柔軟体操を始めるのだった。
「まさか、完治したのか!!!」
「湿布を剥がしたら痛みを感じるかもしれが、今は完治したように痛みはないぞ」
「本当ですの?」
皆は、長老の今の姿を見て同じように驚き終わると、自分にも同じ湿布をお願いします。と、祖父母にも、息子にも娘にも怪我と病気を治してと、そんな中には、小声で、うちの夫の腰とあれにも、最近ご無沙汰だから・・・などと言う者も何人かいた。
「第一の全ての隊に命じる。怪我と病気の者を優先に治療を開始しろ!」
「・・・」
直ぐに命令に従わなかった。それは、驚きの光景を見て聞こえなかったようなのだ。それだから、第一指揮隊長は仕方がないと、それで、自分の身体で効果を実験してみるのを許そう。そう言うと正気に戻るのだった。まるで、黄金を探しだした盗掘の人々のように目の色を変えて壺に群がった。それでも、理性があるのは感じ取れた。自分の筆を壺の中の墨に一度だけ入れて直ぐに出すだけだったのだ。もう一つの理性の証拠が、直ぐに、懐から紙を取りだして、自分の身体の中で一番の痛みを感じる部分の診断名を書いて貼るのだったが、理性がある証拠は、文字の崩れがない花押を書いたからだ。効果の反応の速さは、それぞれだったが、皆が完治した様子を現わして笑みを浮かべたのだが、直ぐに、小さい墨汁の入れ物の小瓶に壺の墨を入れた。やはり、先ほどの笑みは、自分の病気が完治したのではなく、これから、一軒一軒の家に向かい。怪我や病気を治しに行って、皆が完治した笑みを見られることの喜びのようだった。
「壺に群がった時は驚いたが、思ったよりは減ってはいないな」
第一指揮隊長は壺の中を見て呟いた。その呟きの後に前木も見たのだ。
「ビールならまだありますよ」
「もう墨がない。それに、自分のために使いなさい。あっ、そうそう」
「・・・・」
第一指揮隊長は、長老に視線を向けた。
「今では使わなくなった物で構わないのだが、冷凍保存用の壺はあるか?」
「あります。ありますよ。少し待っていて下さい。今、お持ちしますので・・・」
長老は、家の隅に数個の壺が置いてある。その中から壺の絵柄を見て、一つの壺を持って来て、第一指揮隊長に手渡した。
「墨の文字が薄れているな。それに、縄の紋様も少し欠けているが、まあ、大丈夫だろう」
第一指揮隊長は、壺を見て満足そうに頷くが、それには、意味があった。新品の壺に今回の墨を使って紙に神代文字を書いても機能はしない。そう思ったのだが、それなら、以前に使われた壺の修復なら効果があると思ったのだった。そして、神代文字で文字を書こうとした時だった。前木に視線を向けたのだ。
「その手に持つ物の名称は。何て言うのだ?」
「これは、缶ビールです」
「ほうほう」
神代文字で、缶ビールだけの壺の中の時間の停止と花押と書いて壺に貼った。
「それを貸してみろ」
前木は、手渡した。そして、第一指揮隊長は、壺の中に缶ビールを入れた。そして、右手を入れて、缶ビールをコンコンと指先で叩いた。その後は何度か頷くと、やや乱暴に前木に壺を渡すのだ。その壺を慌てて受け取り、第一指揮隊長と同じように壺の中の缶ビールをコンコンと叩いた。
「ほうほう、缶ビールが固定されているように固まっている」
「その缶ビールを使う時は言ってくれ。今のままの鮮度で止まっているが、時の流を元に戻すからな」
「はい。わかりました。その時は言います。それより、その壺の仕組みと、その壺を作ってみたいです。駄目でしょうか?」
「まあ、機会があれば作らせるが、一人だけで作れる物ではないのだぞ」
「それでも、いいですので、お願いします」
「まあ、そこまで言うのならば、村の子供たちに教える時がある。その時に、初歩から一緒に作る方が良いだろう」
「はい。分かりました」
「それでは、そろそろ、わしらも仕事を始めるぞ。まずは、村の皆の様子を見に行こうか」
「はい」
「長老殿。特に、問題は起きないはずだが、何かあれば言いに来てくれないか」
「はい。ありがとうございます。村人たちをお願いします」
長老の家から外に出ると、子供たちが駆けまわっていた。真っ先に、子供たちの治療したのだろう。だが、大人たちを後にしたのは理由があった。それは、病名が分からなかったためだろう。凄い効能の墨があったとしても、病名が分からなくては神代文字が書けないからなのだ。それでも、痛み止めと、病気の進行を遅らせることくらいは出来るが、墨の量には限界があるために症状の軽い者から治療した。その結果に違いない。
「第一指揮隊長。それで、何をすれば宜しいのでしょうか?」
「わしらは、保存の壺の優先の度合いを考えて使えるようにしなければならない。まずは壺の数を調べなければなぁ。だが、あまり数が多いと村の倉庫にいれて、倉庫を一つの冷凍壺か冷蔵壺にするしかないだろう。おそらく今の倉庫は、冷風倉庫だろう。かなり大掛かりな手間になるかもしれない。それに、あの壺の墨だけで足りると良いのだがなぁ」
第一指揮隊長は、思案していた。紙と墨、それと、特殊な神代文字になるだろう。と・・。
姫は、左手を故意に出す理由があった。左手の小指の赤い感覚器官には、運命の相手だけに見える。もしかしたら、新に見える。見えるのなら運命の相手なのかと、ちょっとした遊びの気持ちで左手を出したのだ。それは、今まで生きてきて一度も見える。とも、それらしき言葉も驚きの表情などを浮かべる者が一人も居なかったので、初めて会った男性には、冗談のような気持ちなのだった。
「ありがとう」
「そんな、感謝なんて・・・」
(何の反応も表さないわね。なんか、残念。見えていないのね)
新の視線と姫の視線は違う方を見ていた。姫は立っていることで、自分の左手を見ながら新の顔を見ているので、新の視線も自分と同じだと感じていたのだ。だが、新の視線は左手を見ている感じだが、顔だけを見ていたのだ。もしかすると、今までも新と同じことをしていたのかもしれない。それなら、もしかしたら、今まで左手の小指の赤い感覚器官を見られる人がいたかもしれない。
「それで、どこに?」
「シッ」
「・・・・」
右利きだと分かる仕草をした。右手の人差し指を口に当てたのだ。皆が起きるから声を上げないで、そう言う意味の仕草だった。それを感じ取り、何度も頷くのだった。
「手を離さないで下さいね」
口元から右手を放して、その手を右手も新に差し出したのだ。新は、その意味が分かり姫の右手も握った。
「えっ?」
(たしか、羽衣を返したはず・・・)
新は、右手に握られる感じの力と引っ張られる感覚を感じた。それは、少し少し上空に昇る感覚も同時に感じていた。
「大丈夫ですよ。わたくしと触れていれば、羽衣の中から落ちませんからね。冷静になって足元の感触を感じてみて下さい」
「あっ・・・はい。はい。なんか、グニャグニャとした感触を感じます」
「そうでしょう」
新が、身体の全てが羽衣の中に入ると、外から見えなくなった。
吹雪は、不審を感じた。
「ん?・・・紙の剣が・・・硬度が・・・」
右腰の帯に刺さっていた。その剣が、へにゃり、と身体の感触で感じたのだ。まさかと思い。紙の剣を帯から抜き取って手に持って確かめた。
「紙に戻ったな・・・なぜだ?・・それよりも・・・副隊長は嘘をついていなかったのか・・・」
吹雪は、紙の剣について思案していたが、真剣に考える時は目を瞑るのが癖なのだろうか、それとも、長年の疲れが出たのだろうか、吹雪は、そのまま寝てしまうのだった。そして、朝に起きた時のことだ。普通の紙に戻ったことを思い出して、自分の紙の剣を取って確かめると、刀の硬さである。自分が決めた硬度だったので夢だと思ったのだった。
そんな、異常事態のことなど知るはずもなく、姫と新は、夜空の上空を漂っていた。
「海が見たかったのですよね。それとも、海の魚が食べたかったのですか?」
「釣りの話しですか、それは、もう良いですから、たしかに、夜の釣りは釣れるらしいですが、別に釣りたい訳ではないですよ。もしかして、海釣りのことを気にして散歩ですか?」
「いいえ。そう言う意味ではないですよ。星空も見せたかったのですが、海になにか強い思いでもあるのかな。そう思って誘ったのですよ」
「海に強い思いですか、たしかに、思いがないとは、嘘になりますが・・・・」
「それでは、海に行ってみましょうか」
「はい。いいですね。夜の海って見たいですね」
「いいですよ。それなら、ゆっくりと、夜の星空を見ながら海に向かいましょうか」
「そうですね」
ゆらゆら、と風に任せながらゆっくりと、海に向かうのだった。少し夜の星空を漂っていると、新は、無言に耐えられなかったのか・・・。
「未来のことに詳しいのですよね。そんなに、頻繁に行くのですか?」
「もしかして、直ぐにでも未来に帰りたいのですか?」
「まあ、そんなに、この過去の世界が嫌ではないですからね。この世界に厭きるまでって言うか、暫くの間なら居たいですね」
「それなら、この時代のことをいろいろ教えてあげるわね」
「ありがとう」
「ねえ、それで・・・・」
「あっああ、海での強い思い出だね。でもね。その人と直接に会った訳ではないのです。映像って言って分かるかな?・・・」
「ビデオとかDVDって言う物よね」
「えっ!DVDって分かるの?!!」
「わたくしね。未来に行って、真っ先にすることはね。図書館に行って情報を得るのよ」
「そうなんだ」
「もしかして、海での強い思いって好きな芸能人とかの人のことだったの?」
「違うよ。何て言うか、遠い親戚の叔父さんが、若い頃に残した記録の動画なのです」
「そう・・・そうなの・・・ふ~ん。そんなに、綺麗な人だったのね。そして、その女性に強く願ったのね。会いたいと!」
「それが・・・その時のことが、はっきりと・・・と憶えてなくて・・・確か、遠い親戚の人に仕事を頼まれて・・家の中を片づけて・・その時に動画を見て・・それから先のことが、ぼんやりとしか憶えていないのです。そして、気付いたら・・この時代に・・・それでも、天女なのか、かぐや姫みたいな・・・人とは思えない人だったように思えます」
「そう・・・まあ、私のことではないでしょう。でも、何て言うか、天女とか、かぐや姫とかって、わたくしたち一族のことを見て、それを元にした話しって噂なのよ」
「そうなんだ」
「まあ、わたくしは、そんな、天女とか、かぐや姫なんて、そんな、美人でないでしょう。だから、わたくしのことではないでしょうね」
「えっええ、なっなんで、そう思うのですか、姫は凄く素敵な綺麗な女性ですよ」
「ありがとう。優しいのね。でも、会えるといいわね。女性を見ただけで全てを忘れる程に恋焦がれる女性にね」
「そんな、顔も憶えていないのに・・・恋焦がれて・・いるなんて・・・」
「誰から見ても、恋をしている。そう思う様子よ」
「えっ!」
「もし、その女性と会えたら、わたくしにも紹介してね。でも、その女性に会うよりも未来の世界に帰りたいのでしょう」
「は・・い・・・」
「まあ、顔を憶えていないなんて、もしかして、女性の胸だけを見ていたのかな?」
「なっななななな」
「そうでしょう。だって、天女って言えば羽衣は見たのでしょう。それに、女性だと言うなら胸があったってことよね」
「そうですね・・・そうですね・・・胸を見たから女性だと思ったのは、たしかですね・・」
「もう、冗談よ。少し嫉妬しただけ・・・だから、許して・・・わたくし・・・私たち一族は、一目惚れとかないから運命の相手だけしか愛せないから・・・だからよ」
「早く、海がみたいな」
姫が泣きそうな感じに思って、新は、何て慰めていいのか分からず。話題を変えてみた。
「そうね。なんか変なことを言ってごめんね。許してね。なら、行きましょう」
「はい」
「もう少し近寄って、羽衣を持ってないのよ。もし外に出たら落ちてしまうわ」
「は・・・い」
「もう、だから、片方だけだから飛びづらいの!もっと、近寄って!」
「・・・・・」
姫は、海の方を見るだけで、新の様子に気付いていない。顔も耳も真っ赤にしていることに、それでも、新としては、恥ずかしいのだが、指示に従う気持ちで真剣だった。まあ気持ちとしては、この中から落ちて死にたくないために、それ程までに真剣だった。
「あっ・・・着いたわ。降りるわよ」
「はい」
姫は、砂浜に下りようとしたが、一瞬で通り過ぎて海上に行ってしまうのだ。直ぐに戻り砂浜上空の一メートルくらいに着くと、新に声を掛けたのだった。新は、直ぐに下を向くと、姫の身体から離れて繋いだ手も離して砂浜に下りた。
「月明かりって明るいね」
「夜の海岸って初めてなの?」
「はい」
「波の音も心地いいでしょう」
「はい」
「座りません?」
「はい」
姫は、もう砂浜に座っていて、自分の隣を勧めるのだ。新は、素直に隣に座った。
「ねえ、海での思い出って聞かせて・・・駄目?」
「・・・・あっ、女性の動画は海岸だった」
「そうなの。他に何か思い出したことはないの?」
「うんうん。そうそう、頼まれた仕事って、ネットオークションの開設でね。それも、依頼者の旦那さんが、行方不明で・・あっ!もしかしたら・・・・」
「そうね。そうかもしれないわ。この時代にいるはずよ」
「でも、携帯も移動手段もない。もしこの時代に居るとしても探しようながいよ」
「大丈夫よ」
姫は立ち上がり。海の波が足に届くか届かない程度でも歩いて両手を広げた。海風を掴むような風とチークダンスをするかのように踊るのだ。月明かりと、波が足に当たりしぶきが舞い上がることで、透明な数メートル反物のようでありストールのような物が光の屈折で見えるのだ。その一つ一つの屈折は沢山のシャボン玉のように見えては、直ぐに割れると、直ぐに、新しいシャボン玉が現れる。その割れる一瞬の時に、風景なのか一つの土偶にも壺にも思える。ある家の中の様子なのか、様々な映像なのか写真とも思える何が見えたのだ。まるで、何かを探している感じで、目的の物ではないと分かると、割れて、違う物を探す。それを一瞬で無数の物を検索している感じだった。
「天女?」
「ん?どうしたの?」
姫は、新から何か言葉を掛けられたと思ったのだろう。直ぐに視線を向けたのだが、新は、夢でも見ているような様子だった。それでも、姫から声を掛けられて正気に戻った。
「・・・・あっ・・綺麗だなって・・・」
「ありがとう。あっ、羽衣のことね」
「あっ、あの・・・」
「いいのよ。それより、あのね。何か変なの。でもね。未来から来た人が、うちの一族にいるのは分かったわ」
「えっ?」
「変と言っても分からないわよね。近くでも遠くても、自分が行った所に壺や土偶を置いてくるのね。それも、神代文字や紋様などを描いた物をね。それを媒体として情報が知ることが出来るはずなのだけど、微妙な感じで反応が鈍い物や反応しない物があるの。こんなことって初めてよ。それでも、反応した壺や土偶に、うちの一族が使う物から音声と映像の反応で、未来から来た人が居る。それが、分かったの!」
姫の話しを聞いて、新は、驚いて立ち上がった。
第一指揮隊長と前木は、全ての家々を回った。前木には、家々の者の様子で理解ができないことが何点かあったのだ。特に、いかにも大事にしていた土偶のことだ。丁寧に作られた土偶に衣服を着せて化粧までしていた。そんな土偶を嬉しそうな表情を表しながら地面に落として壊すのだ。それと、価値、値段などあるのか、それは、わからない。縄文時代では、物々交換だからだ。そんな、高価な、服や櫛を家の前で嬉しそうに燃やしているからだ。
「何をしているのか、不思議に思っているようだな」
「はい。あれは、何をしているのですか?」
「身代わり土偶なのだ。病気が治ったから壊している。病気が治っても残しておくと、病気の再発を恐れて壊すのだ。それも、土偶の御蔭だと感謝の気持ちがあるから嬉しそうにしているのだ。それに、櫛や服を燃やすのは、妊婦が母体も子供も何事もなく無事に子供が生まれたのだろう。無事に生まれてこられたのは、櫛や服に穢れや病気などの悪い何かを吸収してくれた。その感謝の気持ちで母体と子供に戻らないようにと燃やすのだ。今回はないようだが、壊した土偶を修復する場合もあるのだぞ。死産や生まれて直ぐに亡くなると、次の子が無事に生まれる。または、妊娠するように大事にするのだ」
「はい。分かりました。ありがとうございます」
前木は、第一指揮隊長の話しを聞いては、自分で納得しては書き残しては頷きと、最後まで話を聞き終わると、感謝の気持ちを伝えるのだ。
「病気は治ったのだな。おめでとう」
「いえ、いえ。隊長たちの御蔭です。ありがとうございます」
「感謝する必要はない。それよりも、村の訪問が遅れて、病気の苦しみを長く感じさせてすまなかったな。本当に、すまなかった」
「そんな、そんな・・・」
土偶を壊していた女性が、自分の内心では考えてもいないことに謝罪されて、何度も頭を下げ続けて泣きそうになり。何も言えなくなってしまった。
「家の家族の様子も見に来たのだが、それよりも、訪問にきた理由は、家の中にある壺のことなのだ」
「壺ですか、壺でしたら全てが使えません」
「そうだろう。そうだろう。残っている食材は、多いのか?・・・腐らせる程なのか?」
「はい。このままでは腐らせることになります。それで、長老に相談しよう。そう思っていたのです。それで、もし許されるなら、隊の皆に食べて頂こうと思っていました」
「そうでしたか、皆は喜ぶでしょう。感謝します。それで、何壺くらいあるのだろうか?」
「五壺あります。その中に、凍結している壺は、三壺あります」
「五壺か、家族で、三、四か月は食べられる分量だな」
「はい」
「他の家族の人たちも、同じ数くらいあるだろうか?」
「そうなりますね。家の家族の人数は少ないので、これでも、少ない方だと思いますよ」
「そっそれ程の数になるのか!」
「第一指揮隊長」
前木の言葉など耳に入るはずもなかった。
「すっ直ぐにでも長老と相談しなければ!!食材を腐らすなど、あってはならないのだ!」
第一指揮隊長は、即座に駆け出していた。
「どうされました?」
第一指揮隊長が、親の死に目に会えるかと、そんな形相だった。長老は、恐れを感じるくらいだったのだ。それでも、冷静に問い掛けた。
「倉庫は空いているか、他の倉庫はあるか、倉庫は、何個あるのだ」
「もしかして、村人の貯蔵のことですか、それなら、村人全員で保存食料を作ろうか、そう考えていました」
「そうなのか、食料は、腐らせないのだな」
「勿論ですとも、腐らせません。それでも、お願いがあります」
「それは、なんだ」
「三個の倉庫が、冷風倉庫で、二個が冷蔵倉庫なのです。この五つの倉庫を冷凍倉庫に変更することは可能でしょうか?」
「冷凍にするのか・・・・う~・・・・ん・・・俺では、答えが出せない。それでも、知ることはある。冷風は、草木の壁だが、冷凍にするには土壁に作り直さないと駄目だ。それに、神代文字も絵文字も複雑になるだろう。だから、無理かもしれない」
かなり長い時間を悩み、口に出した結論は、誰もが出せる答えだけだった。
「そうですか・・・」
やっと、前木が、長老宅に着くのだった。
「大きな会話でしたので聞こえましたが、例えばですよ。壺くらいの大きさで試してみては、どうでしょう?」
「小さい玩具のような物を作る。そう言うことか」
「はい」
「だが、成功したとして、五つの倉庫を作る材料はないだろう」
「そうではないのです。神代文字の仕組みは分かりませんが、倉庫の全てを土で固めるための材料は無限にあるはず。もしかしたらですが、壺から常に冷気か、理想は、壺から雪が出せるのなら良いのですが、無理でしょうか?」
「雪なら可能だろう。高山に残っている雪を壺から吸い出して、この村の壺から出せばいいのだ。だが、壺が壊れるまで雪は出るのは止まらないぞ。それに、高山に壺を置いてこないと無理だぞ。誰が、壺を高山も置きに行くか、もし行く者がいたとしても、高山に置いて村に戻って来る頃には、食材が腐っているだろう」
「それでしたら、戻ってくるまでは、壺から冷気だけで保存して、壺を高山に置いて戻って来てから雪を出せば、可能ではないでしょうか?」
「う~ん。可能だろう。だが・・・」
「雪を出す。そう言いましたが、自分の考えなら冷気だけでも十分に凍ると思います。壁を完全に密閉が出来れば可能です。まあ、壺からの冷気が何度なのも問題ですがね」
「何度とは、なんだ?」
「寒さの度合いです。水が氷るか、氷らないか、その度合いです」
「その寒さの度合いなら変更が可能だ」
「それでは、一度、倉庫を作ってみるのは、どうでしょうか?」
「そうだな。まず、試しに、冷風倉庫を冷凍倉庫に作り変えてみるか」
「それなら、古いために使われていない空の倉庫があります」
「そうだな。それを使うとしよう。それなら、野営を取り仕切る担当の者がいたはずだった。その者に任せよう」
「名前は、何と言うのでしょう。もしかしたら、自分の知識でも少しは協力ができるかもしれません。名前を教えて頂ければ、直ぐにでも探しに行きます。そして、今回の全てを知らせに行きますが、どうでしょうか?」
「そうだな。名前は、貝(かい)と言う。女性だ」
「倉庫でしたら見たら直ぐに分かりますので、よろしくお願い致します」
長老は、前木が、貝を探しに歩き出そうとした時に言葉を掛けてきた。
「直ぐに分かるのですね。分かりました。それでは、探してきます」
「頼むぞ」
「はい」
直ぐに目に入った民家の一つに向かった。その家には、先ほど村を巡回した時に女性がいたことを思い出したからだ。女性は、縄文時代に来て直ぐに出会えた女性であり。いろいろと相談などにも話をしてくれる人で、涙(るい)と言う女性だった。
「一人で、どうしました?・・・もしかして、第一指揮隊長から仕事を頼まれましたか?」
「はい。冷凍倉庫を作ることになりました。それで、貝、という方を探しています」
「そうですか、貝なら隣の家にいるはずですよ。一緒に行きましょう」
「すみません。ですが、仕事は良いのですか?」
「はい。一緒に土偶を壊していますわ。その意味は分かりますよね」
「分かります」
「貝さ~ん。仕事は終わりましたか?」
仲間の名前を呼びながら隣の家に向かった。
「どうしたの?」
「それがですね」
貝に、前木から聞いたことを全て伝えた。
「そうでしたか・・・・分かりました。それでは、仲間を連れて倉庫に向かいます」
「お願いします」
全てを理解して、その頼まれた仕事が楽しみと感じているのだろう。本当に嬉しそうに仲間を探しに行った。
「私たちも、先に倉庫に向かいましょうか」
「そうですね。倉庫で待っていましょう」
二人は、倉庫に着くと、古い倉庫を直ぐに見付けることができた。もしかすると、この村ができた。その当初からある倉庫だと思えるくらい古い倉庫だった。細やかな様子を確かめて終わって、適当な私的な話が終わっても、貝は、現れない。いや、貝だけでなく誰一人として現れなかった。そんな時だった。
「どうした?・・・まだ、始めていなかったのか?」
「第一指揮隊長。それが・・・」
貝には話を伝えたこと知らせた。そして、貝が一人で仲間を連れて倉庫にいく。そう言われた。と第一指揮隊長に伝えた。すると、だんだんと、顔を青ざめて行くのだ。
「やはり、そうか、先ほど、貝には会ったのだ。だが、何か考えているかのように歩いていたために倉庫のことだと思っていたが、もしかすると、また、呆けて彷徨っているのかもしれない。貝を探してくる。お前たちは、この場で待っていろ!」
少し待つと、隊の者が一人、二人と現れた。第一指揮隊長が、貝を探す途中で出会った仲間に倉庫に向かえ。そう指示されたと言うのだった。
「貝は、来たか?」
殆どの隊の者が集まる頃に、第一指揮隊長が現れた。だが、貝と一緒ではなかった。
「いいえ。まだ、来ていません」
「それでは、仕方がない。集合のほら貝を鳴らせ。それなら、呆けていたとしても正気になり。いや、戻らなくても、ほら貝の音が聞こえれば、この倉庫に来るだろう」
直ぐに、指示は実行されてほら貝が村中に響くのだった。目的の貝は直ぐに現れないのだが、村の住人の多くが集まってきた。そして、長老も現れるのだが、その隣に、貝がいたのだ。
「呆けているのか、それは、分からないが、誰かの名前を叫びながら歩いていたぞ」
「そうでしたか、それは、本当に、すみませんでした」
「あっ・・・あなた・・・ではないわね。わたくしは、また、呆けたのでしょうか?」
第一指揮隊長の心配そうな悲しい表情を見たからだろう。正気に戻ったようだった。
「そう・・・らしいな。だが、無事でよかった」
「すみませんでした」
「そんなに、落ち込むな。お前の呆けたことで、村人に詳しく話すのも楽だったぞ。ほら貝の音は、初めて聞いたらしいぞ」
「それで、第一指揮隊長、冷風倉庫を改造して冷凍倉庫を作るのですよね」
「そうだ。それも、かなり古いらしい。お前の見立てを聞きたい」
「わかりました」
「それと、前木が、奇抜な着想がある。そんなことを言っていた。お前の見立ての後でも話を聞いて答えを出してくれ、それで、この後のことを皆に指示をしよう」
「わかりました」
先に前木の話を聞いて、その後、古い冷風倉庫を見に行った。
新は、直ぐにでも皆が休んでいた場所に戻ろうとしたのだ。そして、隊長に、未来人がいるはずの村に行く。それも、先に村に向かう。そのために立ち上がった。姫は、そう思った。いや、違うと、無理矢理に隊長を起こして、その未来のことを聞く気持ちだと思って、とっさに、腕を握って止めたのだ。新は、何も知らないのだ。隊では皆が知ることだが、寝ているのを無理矢理に起こした。その後の様子と行動をすることに、そのために必死に止めたのだ。
「未来の世界と違って、何も標識もないのですよ。だから、必ず迷子になります。皆と一緒に行きましょう。それに、かなり前に未来から来たらしいです。もしかすると、隊では皆が知ることで、わたくしと新さんだけが知らないことのような感じなのです」
「えっ?」
「わたくしは別の理由でしょうが、新さんは、まだ、誰にも信じられていないのです。それで、何も言わないのでしょう。それに、仲間になれるかを試されているのでしょうね」
「それでは、隊長に聞いても何も教えてくれませんね」
「そうね」
(新さんには、言えないことだけど、隊長たちは、わたくしの赤い糸が見える人なのか?。その切っ掛けを作ってくれただけの人なのか、新人が入ると、一時的な相棒のようにしてくれる。今回も、そうなのね。でも、新さんって、どこを見ているのだろう。左手を見せるには、どうすればいいの。直接、左手の小指の話しでもしないと、駄目・・・・)
「どうしたのです?」
「えっ?」
「長い間、黙って海を見ているからですよ」
「そんなに?」
「はい。何か心配なことでもあるのですか?」
「まあ・・・そのね・・・ねね、赤い糸って知っていますか?」
姫は、告白と同意と感じているのだろう。恥ずかしそうに問い掛けたのだ。
「うぁああ、うんうん、そのお伽話って大好きですよ。あのような本を読むなんて本当に読書が好きなのですね。赤い糸!勿論していますよ。天女とか天使って、性別がないとも言われているけど、赤い糸が繋がる人でないと子孫を残せない。その話ですよね。本当に実在した。そう思いますよ。だから、文明も滅んだのでしょうね」
「なっななな・・・うっ・・ん。そうね。そんな、運命の人って探せるはずないわね」
姫は、告白を諦めた。
「そっ、そう言えば、羽衣を持っている人。それって天女だよね。そう言えば、姫は・・・天女なの?」
「違うわよ!!」
「ねね、左手の小指って見てもいいかな?」
「なっななな、何を言っているのよ。そんなの有る訳ないでしょう」
「そうだよね」
「でも・・・ね。もし・・そんなのあってね。そう言う人が本当にいたら、どうする?」
「ああっ、やっぱり、あれも読んだのですね。お伽話の裏話の男性のことですね。女性の裏話もありましたね。もしかして、自分が、男性が言ったことを言えば良いのですか?」
「えっ?・・・・えっ・・・」
「いいですよ。赤い糸が見えます。そう言えばいいのですね」
「勿論ですけどね。その話は読んだことあるわ。でも、最後、どうなるのでしたっけ?」
「まあ、その話は、男は身分違いの恋だからって断るのですよ。でも、天女は、運命の赤い糸が見えるのだから問題はないと、男性は、それならって、天女と釣り合いの取れる男になれた時に告白する。そう言って、天女から貢がせるだけ貢がせるのですよ。天女は、自分の命以外の全てを貢ぐのです。それで、これで、釣り合いは取れたでしょう。それなら、天上でも下界でも、男の好きな場所で暮らせますね。そう喜ぶのですがね。最後の最後に、天女の永遠の命を少し少し奪っては、地上の権力者に売って権力の足掛かりにしたのです。すると、五年も過ぎると、天女は老婆になり。そのまま死んでしまうのです。男は知らないことだが、もともと死ぬ程の病気だったために天女に会えたのです。そして、天女が死ぬと、自分も死ぬと分かると、不老不死の人魚の肉と同じだと、勝手に思って・・・」
「まさか!」
「そうです。その通りのことをしたのですよ。でも、他人に命など売らずに、普通に暮らしていれば、天女と同じに不死のような幸せに暮らせていたでしょうに・・・運命の赤い糸がなくてもね」
「そ、そ、そんな残酷・・・」
「裏話には、いろいろありますからね」
「そうね。そうね。そうね・・・」
姫は、心の動揺から左手の手の甲で涙を拭ってしまった。
「えっ、姫・・・・」
新は、姫の左手の小指に赤い感覚器官があるのを見てしまった。
「どうしました?」
「なっ、な、なんでも、ありません」
(今の話しの後では、赤い糸が見えます。そんなこと言えない)
「もしかして、上空から星空や夜の海が見たいの?・・・いいわよ・・・ん?」
「見たいと、思います」
「何か話し方も変だけど、様子も何か変ね。どうしたの?」
「その、その、あの、眠気を感じてきました」
「ああっ、そうね。そうよね。なら、帰りましょうか」
姫は、右手を差し出した。
「そそっ、それなのですが、その・・歩いて行くと遠いのですか?」
「そうね。遠いわよ。明日の皆が起きる朝に着くか、いや、間違いなく着かないわね。もしかして、抱き付く感じだから恥ずかしいの?」
「あっああ~」
新は、顔中を真っ赤にした。左手の小指の赤い感覚器官を見てからは、女性として意識していたが、それでも、運命の相手と普通の女性とでは、対応って言うか、意識が違うのだ。頭の中の思考では、初夜、子供などと、いろいろと、考えてしまうのだ。極端な言い方だと、先ほどまでは、女性としての妄想と運命の相手なのだから確実に結ばれる。それは、まさか、今、明日、もしかして、夫婦になった女性なら女性から男性を押し倒す。とかなんとかと、もう、理性がぶっ飛ぶのではないか、そんなことを考えていた。
「今度は、大丈夫よ。先ほど飛んだ時にこつを掴んだから手を繋ぐだけで十分よ」
「そうなのだね・・・そう・・・・ねね・・・」
「なに、どうしたの?・・・何か、まだ、何か不安なの?」
「あの・・好きな男性のタイプって・・・」
「えっ!」
(まさか、赤い糸を見られる人なの?・・見たのね・・・でも、いつ?・・・・)
「・・・・」
新は、また、視線を逸らしてしまった。自分では理想な男ではないと・・・。
「ねえ、新さんの理想の人は、どんな人なの?」
「料理が上手い人だね」
「えっ、そうなの?・・・それで、何が好きなの?」
姫は、嬉しそうに頷く。本当に、めちゃくちゃ作るのが好きなのだが、皆から料理の味付けが変だと、そんな噂が広まっているのだ。
「すきやき・・・かな?」
「あっ、うんうん。わたくしも、すき焼きは好きよ。今度、作ってあげるわね」
「作れるの?」
「勿論ですよ」
「うん、なら、楽しみしています」
「うんうん、いいわよ」
「なら、帰りませんか?」
「そうね。そろそろ、寝た方がいいわね。寝ないと、明日が大変になるわね」
「はい」
姫は、右手を差し出した。その手を新も右手で掴んだのだ。その時だった。新も慣れてきたのだろう。特に意識した訳ではないが、階段を登る感じで右足を上げた。ふんわりと感触を感じて力を入れて左足も右足に揃えるのだった。
「もう大丈夫と思うけど、怖くなったら抱き付いていいからね」
「抱き付く!」
「もう!」
「痛い、痛い。そっ、そんなことしないよ」
新は違う意味を感じ取り叫び声を上げてしまった。姫も顔を真っ赤にして恥ずかしさを隠すためだろう。左手で新の背中を何度か叩いていた。
「もう~馬鹿ね。本当に落ちそうに感じた時は身体に触れていいからね」
「そうします」
新は、手を握られた時からだった。運命の糸が繋がっている。そう思うからだろう。心臓がドキドキと鼓動を早くなり、音も高く鳴り続けた。姫に聞こえないように祈り続けるのと、鼓動を鎮めようと必死だった。そのために羽衣の中に何十分の間のことだったのだろうか、何分だったのだろうかも分からず。姫が上空に着いたわよ。と知らせる言葉を何度目なのかも、それにも、気付かなかった。
「大丈夫?・・・急ぎ過ぎて目を回した?・・・・上空に着いたわよ」
「えっ?・・・もう?」
「地面に下りるわよ」
「はい」
「皆を起こさないようにね。お休みなさい。良い夢を見てね」
「はい」
姫は、隊長の隣に横になり。新は、男たちが、隊長と女性たちを守るかのようにして囲むように寝ていた。その並びの中で横になるのだった。そして、姫と新は、自分が思っていたよりも身体は疲れていたのだろう。直ぐに寝てしまうのだったが、隊長も他の者も姫が心配で起きていたのだ。そんな、寝ながらの心配する言葉が小さく響くのだった。
(新の様子が少し変だな)
(そうですね。もしかして、姫の左手の小指の赤い感覚器官が見えたのでしょうか?)
(新が、姫の運命の相手なのか?)
(男の気持ちは分からんが、まあ、男だから姫の身体に触れて興奮したのではないのか?)
(若い男ですから、その可能性もありそうですね)
(それにしても、長い間、探していた。その男が新なのか?)
(たしかに、いろいろと、不安を感じる男ですからね)
(姫の相手だと考えるのならば、まだ、日が浅いが、仲間と認めるか?)
(それなら、何をして、仲間と認めるかですなぁ)
(それは、簡単のことだ。姫が、助けを求める。悲鳴から守れるかだな)
(あの男に、姫を守れるでしょうか?)
(そうですね。姫の悲鳴など、一度も聞いたことがありませんしね)
(そうだな)
(ふっふふ)
(隊長は、聞いたことがあるのですか?)
(まあ、なぁ)
皆は、思い思いのことは言うが眠いのだろう。一人、また、一人と寝てしまうのだ。そして、最後には、隊長と副隊長だけの会話が聞こえるのだが、それも、だんだんと声は小さくなり声が聞こえなくなったのは寝てしまったのだろう。
「バサバサ、ポキポキ、バサバサ」
新は、皆が起きる前に、薪を集めて火を熾していた。誰にも指示をされたのではないのだ。昨日の夜に、姫から仲間にするか試されている。そう言われたからだった。
貝と前木は、冷風倉庫の前に立っていた。この村では最大の建物であるが、一番古い建物でもあるし、簡単に作られた建物でもあったのだ。土台と建物の骨組みは、強度はありそうだったが、それ以外は、干し草で覆っているだけの台風でも吹けば、骨組みだけを残して飛びそうな建物だったのだ。
「これは、土壁で補強するしかないわね・・・これは、かなりな面倒な補修になるわ・・意外と作り直した方が早いかも・・・・それで、奇抜な着想って、どんなの?」
前木が、冷風倉庫を見つめるだけで、何も言わないために、貝は、問い掛けてみたのだ。
「多くの強度のある紙片って作れますか?」
「そうね。先ほど作った墨に、紙片を漬ければ可能でしょうね」
「それなら、土壁の補強のような大袈裟でなくても、干し草を隠す程度に塗るだけでも十分な補強になるはずです。それで、入口だけを残して倉庫を完全に密閉にするのです」
「それなら、子供にでも出来そうね。それで、入口は?」
「大きな紙を垂らして使わない時は、好きな硬度を書いて閉じる。使う時は、硬度ゼロと変更すれば、普通の紙に戻ります」
「良く分からない・・・特に、硬度とはなんなの?」
「物の硬さの度合いのことです。皆さんが着る衣服や簡易小屋を作る時に、動きやすさや開閉する所には強弱の数字を書いていますよね。そのことです。その簡易小屋の時の入口と同じことをするのです」
「そうか、大きな土壁の箱を作る考えなのね。そして、絵文字と神代文字で冷凍庫として変更するのね。でもね。皆が、冷凍庫の絵文字や神代文字が書けるのではないわよ。そうね。この規模だと何十人も書ける人が必要よ。村には、一人か二人くらいね。隊の中でも十人も居れば良い方ね。そうなると、完成するには日数が掛かって完成する時には、食料は腐っているわよ。奇抜な着想って、このことなの?」
「いえ、冷凍庫の絵文字や神代文字は必要ありません。多くの壺があれば十分です」
「壺?」
「冷気が出る壺が何個くらい作れるか、それが、重要です。多く作れれば良いのですが・・・・」
「壺から雪を吹き出すって意味なの。それは、難しいわ。山頂まで行って壺を置いて、雪を吸引する必要があるわ。それなら、冷凍庫の絵文字や神代文字を書いた方が早いわね」
「いいえ。もし出来るなら水が凍りそうな冷たい風が出る程度でいいのです」
「瞬間に凍らせる風ではなくて、冷風だけでいいのね。それも、水が薄く氷るくらいのね。それなら、何とかなるかもしれないわ。その壺が多ければ多いだけ必要なのね。分かったわ。なんとかしてみましょう」
「あっ、でも、壺は作らなくてもいいです。各家にある。冷凍壺でも、たしかに、肉など食料は溶けていましたが、あれで十分です。先ほど見ましたら冷気が感じられましたので冷気の風が出る感じに変更してくれるだけでも十分に可能だと思います」
「問題なのは、倉庫が完全に密閉できるか、それだけが、問題です。あっ、でも、入口に小さい隙間が必要になります。それも、冷気が漏れない程度の通風の隙間が必要です」
「う~・・・ん・・・それは、完成した時に修正しましょう」
第一指揮隊長は、二人の男女の様子を離れた所からみていた。すると、二人は、複雑そうな表情から笑みを浮かべたので近寄ってみたのだ。
「何か、良い考えでも浮かんだのか?」
「はい。それが・・・・」
貝は、第一指揮隊長に全てを話した。
「それは、凄い。直ぐにでも実行してくれ」
「はい。まずは、一つの壺で試してみます」
「そうだな。ならば、わしらは、この倉庫の前に、村中の冷凍壺を集めることにしよう」
「宜しくお願いします」
「それでは、村長の家に向かいましょう」
「そうね。村長の家の冷凍壺は大きいからね。試すには、丁度いいわね」
直ぐに、村長の家に着いた。家の中には、村長が一人だけで土偶を見ていた。村の者たちが、病気が快復したと言う者や病状が安定した。などの知らせを聞いて壊すのを探している感じに思えた。横にしている土偶は、おそらくだが、病気は治っていないが、回復の祈願なのだろう。そのようなことを真剣にしていたことで、二人が玄関から呼んだ声が聞こえなかったのだろう。二人が玄関に入ってきて驚くように振り向くのだった。
「どうされました?」
「冷凍壺をお借りしたい」
「構いませんが、ただの壺に戻っていますよ。それでも宜しいのでしょうか?」
「はい」
長老が、不審な視線を向けるので、全てを話すのだった。
「そうでしたか、食料の保存が出来るのですね」
「はい。それを試したいのです。外に出しても宜しいですよね」
「どうぞ、お好きなようにお使い下さい」
「前木が言った通りに、冷気は出ていますね」
貝は、壺の中に手を入れて確かめた。
「それにしても、季節によって、壺を埋める深さが違うのは聞いていましたが、それにしても少し深すぎませんか?」
「冷凍庫として機能ができないから仕方がないでしょう。だから、少しでも土の冷たさを利用したいためですよ。そのために、隆起線文土器(りゅうきせんもんどき)は、底が尖った土器になっていますからね」
「そうでしたね」
二人は、会話しながら土器を調べると同時に、周囲を見回して鍬(くわ)を探していたのだ。先に、前木が見つけて掘り始めた。そして、貝は、両手で土器の絵文字や神代文字が削れていないか調べながら周りの土を払うのだった。
「それくらい掘れば、もう良いでしょう。わたしが、壺の中の食材を出しますので、その間に、家の外に壺が立ちそうな穴を掘っておいてくれませんか」
「分かりました」
前木も歳だからだろう。指示された程度の穴を掘ると、背筋を伸ばして、両手で腰を叩き揉んだりしながら身体をほぐしていた。すると、家の中から手を貸して、そう声が聞こえて、また、家の中に入るのだった。そして、二人は、大きな壺を家の外に出した。
「明るい外で見ても、やはり、変ね。絵文字が欠けてないわ。勿論だけども、神代文字もね。これで、なんで機能しないのかしら・・・・」
貝は、手や布で丁寧に土を払って、壺の外装を確かめては、首を傾げるのだった。
「そうなのですか?・・・」
「これでは、冷気の温度の調整も風力の変更も無理ね。もし変更するならば、変更が可能ならばだけど、壺の内側での冷気の対流から冷気の放出の変更だけね。それも、神代文字で書いたとしても、壺が機能するか、実行してみないと何も分からないわね」
「何か、手伝うことは有りますか?」
「そうね・・・なら・・この布を濡らして壺に付いている土などを拭いてくれると助かるわ。でも、壺の上部だけでいいからね」
「分かりました」
前木は、壺を拭きながらだが、貝が何をするのかと、チラチラと見ていた。
「この墨を使うなら機能は良くなると、思うけど・・・」
壺に残る。その墨を自分の指を入れて粘着などを調べて、満足そうに頷き、懐から紙を出して地面に広げて神代文字や絵文字を描きだした。
「・・・・・」
前木は、自分でも気づかずに手を止めて、紙に書かかれる文字や絵文字に見入っていたのだ。それ程までに興味はあるが、神代文字も絵文字も意味が分からない。それでも、貝が、ぶつぶつと呟きながらの言葉と紙に書かれる物と交互に視線を向けては、少しでも理解しようとしていた。
「壺の・・・・変更・・・・冷気の温度は・・・・冷気の放出・・・最終変更であり・・・」
(壺の冷気を対流から壺の外に放出に変更をする。再度の調整として、冷気の温度を最低の温度に変更する。冷気の放出の風力も最大に変更する。前任者の絵文字と神代文字の重ねに変更する。我の名は、貝である。貝の名で全ての変更である。これは、最終変更である。その締めである。花押を書き終えて実行とする)
貝は、自分が書いた神代文字や絵文字を読み、頷くと、納得したのだろう。その紙を地面に置いて筆入れなどで重しの代わりにすると、再度、壺の中にある墨を汲みに行った。
「壺を拭いてくれたのだね」
「はい」
貝は、前木の返事を聞くと、壺を撫でて土や埃が付いてないか調べると、また、頷くのだ。そして、何をするのかと、前木は、理解と同時に驚くのだった。まるで、糊の代用なのか、もともと、糊として利用していたのか、筆で墨を何度も塗るのだった。やはり、先ほど自分で書いた紙を壺に貼った。
「ゴシゴシ、ゴシゴシ」
と、壺のデコボコとしてある。絵文字と神代文字や縄文字が紙に現れる程に強く擦りつけて貼り付けると、丁寧に、花押を書いてから壺の様子を見るのだった。
「花押(はなをし)・・・」
前木は、貝の後ろから見ていたが、ぼそりと、言葉に出ていた。
「花押を知っているの?」
前木の言葉に驚き、振り向いた。
「はい。何となく・・・様々な意味があると思いますが・・・おそらくですが、貝が、先ほど描いた意味は、絵文字、神代文字、縄文字は、時の流の不具合を利用して冷凍壺などを機能させるためでしょう」
「ああっ、そうよ。でも、読めるのではないのね」
「花押は、描いた意味は、最終の実行の意味ですね。時の流の不具合の固定と紙と壺の接触でしょう。あれ程まで紙を擦って壺のデコボコを浮かび上がらせたのは、紙の上からでも読めれば接触が完了した。そう言う意味ではないでしょうか、そして、花押を書いたことで、全ての締めであり。完了であり。実行の許可の意味だと思います」
「その通りよ」
「もしかすると、自分が作る場合は、アドレスの最後のJP。が日本の意味である。ならば縄文時代なら、ZM。とするのか・・・なら、アットアークである。区切り記号も必要なのか・・・あっああ、だから、その全てが、花押だけで終わらせるのか?・・・」
前木は、脳内での考えが行き過ぎたことで、貝の正解、不正解などのことなど忘れて一心不乱で、自分が書きとめた物をめくったり戻したりと、思考を巡らせていた。
「もしかして、自分が知る文字で、実行ができるか、そんなことを考えていたの?」
貝には、前木が話す内容は、ほとんど、知らない言葉だが、それでも、何となく意味が分かるのだ。縄文時代としての言葉のニュアンスが違うことで、少し返事に困っていたのだが、それでも、何と言えば喜ぶか分かっていたので、笑みを浮かべて言うのだった。
「いろいろと、自己流らしいけど、前木としては理解しているようだね。そうね。機会があれば教えるわ。一緒に作りましょう。だから、自分の花押だけは考えておきなさいね」
前木は、夢中で思案していたが、一緒に作りましょう。その言葉で、自分が思ってもいない言葉だったことで、あまりの嬉しい気持ちが脳内と心に伝わり。今までの思案していたことを止めたのだ。
「本当に良いのですか、教えてくれるのですか?・・・・」
「勿論よ」
「ありがとう」
前木は、あまりにも嬉しくて、貝に抱き付いてしまった。
「もう分かったから手を放して!」
「ん・・・・あっ・・・」
壺に変化が起こり、二人は壺に視線を向けた。
日の出が昇る頃だった。野営地で一人の男だけ起き出して、森の中に入り。薪を持ってきて火を熾していた。もしかすると、寝ずの番がいるかもしれないが、男には気付かない。と言うよりも何も気にしていない。それ程に夢中で火を熾した。自分が考えられる方法の中で、それは、一般的には、映画などで良く使われる方法だが、かなり大変で疲れる方法だったのだ。木と木を擦って摩擦で火を熾す方法だった。呼吸は乱れ、全身で汗を流しながら、やっと、種火を点けて消えないようにと木々を足していた。
「ギャハハハ」
隊長が笑うと、この場の者の皆が起き出したのだ。いや、新が、起きた時から気付いていたが、何をするのかと、新の様子を見ていた。そして、フラフラになりながら満足そうに火が大きく燃えだすと、もう消えるはずがないと、安堵した時に、隊長は我慢ができずに笑い出した声が聞こえたのだ。
「えっ!」
「火を熾してくれて、ありがとう。感謝するよ」
「いいえ。感謝されるために火を熾した訳ではないですよ」
「そうなのか、なら、起きたら頼もうとしたことがあるのだが、それは、可能なのか?」
「勿論です」
新は、息を整えながら答えた。
「水を汲んで来て欲しいのだが・・・疲れているようだが、大丈夫か?」
「直ぐに、水を汲んできます」
「わたしも一緒に行きます」
姫も新の後を追うが、新が、フラフラだったので、直ぐに追いつくのだった。
「何のための火を熾したのでしょうね」
「そうだな」
「直ぐに、壺を用意します」
「まあ、まて、せっかくだから壺の用途を教えた。その後の表情を見たい」
「そうですね」
底がとがった土器。隆起線文土器(りゅうきせんもんどき)燃え上がる炎の土器。火焔型土器(かえんがたどき)の二つの壺のことだった。
「楽しみだろう。まあ、姫が教えるかもしれないがなぁ」
皆は、頷くと、新と姫が、何か話しながら森の中に入るのを見ていた。
「ねえ、何のために火を熾したの?」
「起きて直ぐだと、寒いだろうなぁ・・・とか、何か飲み物でも、とか・・・朝食の用意にも必要かな、とか・・・・」
「優しいのですね」
「いいえ」
「もしかして、仲間になるための試験のため?」
「それも、ありますよ・・・・でも、焚き火は必要かなって・・・」
「そう、もしかしたら、いや、戻ったら驚くかもしれないけど・・・それに、笑われるかもしれないけど、怒らないでね」
「そう・・・なんだ・・・・うん、分かった・・・大丈夫だよ」
二人は、相手のことを思うことで、会話はなくなり。川に着いても無言のまま水だけ汲むと、隊長たちが待っている場所に向かうのだが、新は、不審に思うのだ。
「ねね、水だけど、桶の半分も汲んでないけど、大丈夫なの?」
「大丈夫なのよ。でも、そのことなの・・・・」
「言い辛いならいいよ」
「うん・・・」
二人は、無言のまま歩き続けて、そして、帰ってみると、隊長たちの変な笑みで出迎えられるのだった。直ぐに、隊長から手招きされるのだ。
「ここに座れ」
隊長の隣に座らされて、なぜか、手前には、先ほどは無かった。変な二つの壺が有るのだ。姫も何も変に思わずに水が入っている桶を隊長に手渡した。
「・・・・・」
新は、何をするのか、何の用なのか、隊長の様子を見ていた。だが、隊長は、新が持ってきた以上の薪が周囲に適当に集められている。それを適当に、小さく、ポキポキと折っているだけだった。
「見ていろよ」
燃え上がる炎の土器。火焔型土器に視線を向けて、小さく折った薪を投げ入れた。
「ん?・・・・音がする」
薪を入れると、ライターを点ける時に聞こえる。カチリ、カチャ、カチリ。そんな音が聞こえて立ち上がり壺の中を覗き込んだ。
「危ない。覗くな!」
「うぁあ!」
隊長に右手を掴まれて声を上げながら無理矢理に座らされた。
「大人しく壺を見ていろ」
数秒後、壺の中から火柱が上がるのだ。
「うぁああ、なんだ。何で?」
「面白いだろう。それなら、その壺を地面に刺して、壺の中に水を入れてみろ。それは、何の危険がないから壺の中を覗いていてもいいぞ」
「これですか?」
新は、底がとがった土器。隆起線文土器を指差した。そして、右足で少し蹴って穴を作って壺を刺して立たせた。
「そうそう、上手いではないか、壺の中に水を入れてみろ」
「・・・・」
「それはな。少しの呼び水を入れると、自動的に水が湧き出るのだ」
「うぉおお!何で、何で、なぜなのだ?」
壺の底に数センチ水を入れただけで、水が、泡とボコボコと音を響かせながら水が湧いてくるのだ。そして、壺の淵の少し手前で、それ以上は、水は増えなかった。
「久しぶりに見る。心底からの驚きの表情だった。楽しかったぞ」
姫以外の者が、大笑いするのだった。新は、自分のことで笑われているが、驚きのあまりに怒りなど感じるはずもなかった。ただ、理解ができずに悩むだけだった。
「最近では、子供でも驚きませんからなぁ」
「これは、水を吸い込む壺を渓谷の川の底に置いてある。だから、冷たいぞ」
「?・・・・?・・・?」
「もしかして、神代文字などの原理から分からないのか?・・・今時の子供でも分かることなのだが、まあ、機会があれば詳しく教えよう」
この場の一人の老人が、残念そうに話を止めるのだった。もしかすると、自分が壺を沈めたなどの話をするつもりだったのだろう。そして、今は、手が震えて文字が書けないのだろう。だが、自分が知る。ある神代文字を教えて、壺に書くと、イワナ、ヤマメなどが壺の中に現れる。そんな話をしたかったに違いない。それは、皆が知ることだった。
「そんなに残念がるな。もっと面白いことが見られるぞ。姫が、手取り足取り面倒を見るだろう。いや、胸取り腰とりかも知れないぞ。ぐふふふ!」
「ななななっな!」
新は、真っ赤な顔で怒り。そして、姫に視線を向けた。
「気にしないで、いつものことだから・・・・」
姫は、新に顔を向けて話すと、そして、無表情のまま鋭い視線を老人に向けた。
「まあ、冗談だぞ。姫は、そんな人ではない・・・・そうそう、新に、今度でも紙の剣を作ってやろう。あっ、姫にも作ってやると約束していたな。ああっ、姫と新で似合いそうな夫婦のような紙の剣を作ってやるからな。まあ、だから、そんなに怒るな」
「・・・・」
辰治と言う名前の紙の剣を作る達人的な職人の老人の言葉である。夫婦って言葉で、姫と新は、耳まで真っ赤な顔をして俯いてしまったのだ。そんな雰囲気の時だった。
「朝食ができたぞ!早く来ないと、無くなるぞ」
この隊の中心であり。多くの荷物が置かれてある場所であり。隊の人たちが集まっていた所では出発の準備と同時に朝食の用意もされていた。その中の何人かが、先に朝食を済まして周囲に散らばる者に知らせに回っていたのだ。
「わしらも早く食べに行くぞ。あいつらは、マジで、食事を残す者たちではないのでな」
「そうですね。急ぎましょう。飯抜きでは、まだまだ、村は先ですから食べなくてはね」
姫と新の様子が変だと言うのもあるが、この場の者たちは自分たちが変な雰囲気にしたのだが、それでも、逃げる口実がなかった。それが、仲間の知らせで安堵したかのように逃げるように立ち去るのだった。
「紙の剣って本当に凄いのですよ。鉄の剣だって木刀を切るみたいにスッパッと切りますからね。それに、紙の剣を作ってくれる。伝説的な職人が言われたのです。それは、もう仲間の一人として思われたのですよ。これで、苦労して火を熾して良かったですね」
新とは違い。姫は、運命の相手だとは確信がないために、正気に戻る感情が早かった。
「そっ、そそなのですか?」
「そうよ。紙の剣を作ってくれるのを楽しみにしましょうね」
姫は、心底から嬉しい笑みを浮かべた。新は、その笑みを見て完全に惚れてしまった。
「あっああ、そうですね。そっ、それより、朝食は食べに行かなくて大丈夫なのかな?」
「あっ、そうね。食べに行きましょう。本当に食べられて無くなってしまうわね」
姫は、新の手を握って走り出したのだ。それ程までに空腹だった訳でもない。勿論なのだが、朝食が食べられて残っていない。そんな心配でもないのだが、嬉し気持ちと恥ずかしい気持ちを隠したかったのだ。
「姫。どうしたのだ?。もしかして、本当に朝食が残されていない。そう思ったのか?」
「ひどいですな。姫の朝食を食べると、本当に、そう思われるとは悲しいです。あのように言ったのは、片付けを急ぎたかっただけなのに・・・悲しいです」
「いえ、そうではなくて・・・その・・」
老人は、本当に泣いているかのようだが、皆の笑い声から判断すると、笑を堪えての涙に違いなかった。姫もうすうす感じてはいるのだが、泣いている者に対応に困っていた。
「はい、はい。姫を遊び道具として扱うのには、それくらいにして下さい。早く片付けて出発しないと、村には今日中には着きませんよ」
「食後の休憩くらい遊んでもいいのではないのかな」
「それは、構いませんよ。あなたが全ての片づけをしてくれるのならね」
「チェ」
「何ですか?・・・それに、姫も遊んでないで早く食べて下さいよ。勿論ですが、新もですからね。早く食べて下さい」
「はい。すみません」
姫の返事を聞いてからの判断だったのだろうか、隊長が皆に的確な指示をして今日中に村に着きたいために強制的に休憩を終わらせた。そして、隊長も自分が邪魔だと思ったのだろう。先ほどまで居た場所に戻るのだった。
「隊長。遅くなりましてすみません。朝食を食べてきました。それと、皆は村へ出発を開始しました。隊長も直ぐに出発しますか?」
「そうだな。そうしよう」
隊の全てが出発した後から姫、新、隊長と数人の話し相手の者たちで全ての者が村に向かったのだ。適当な時間が過ぎると、副隊長が、全ての者の指示と点検などを終わらせて、最後方にいる隊長と合流するのだった。隊長の方は、姫の羽衣で空中にフワフワと浮いている姿を見られて恥ずかしいのだろう。適当な言葉で誤魔化していた。
「この調子で何も問題がなければ、村には夕方には着く予定です」
「そうか、分かった。後の全てを任せるぞ。だが、村に着いて直ぐに動けないのは困るぞ」
隊長の忠告を聞いて副隊長の返事から多くの休憩を取って、村には夕方に着くのだった。
一族が二つに分かれていたが、夕方頃に村で一つに合流するのだった。普段なら隊が村に着く前には村に着く時刻を村長に知らせるのと、隊のための食事や寝具などの準備をさせるのだが、今回は、先に村で指示された仕事をしている者たちの邪魔になると考えて何も知らせを伝えなかった。それなのに、少し変だと思うことがあった。神代文字での調理または家庭用品が使われていない。それと、一族の全てが食べてもあまる。そんな、食事の量だったのだ。たしかに、歓迎の意味もあるだろう。野外での肉、野菜、魚介類もある。豪華な料理だったことで、先行の者たちに、隊長は食べながら村の様子を聞くのだった。
「そうだったのか」
「それと、謝罪しなければならないことがあります」
「何だ?」
「簡易小屋に使う紙も全て村人の治療と冷凍倉庫に使ってしまい。そのために古い倉庫に泊まって頂くことになります」
「的確な指示だと思うぞ。頑張ったな」
「それですが、隊長用と女性用の数個の簡易小屋なら用意できますが、直ぐにでも用意しましょうか?」
「いや、その必要はないぞ。もし出来るならば、だが、倉庫に男女の仕切りがあると、良いのだが、出来るか?」
「それは、すでに、作っておきました」
「それなら、何も問題はない。ご苦労だった。ゆっくりと、休むといいぞ」
「ありがとうございます。それと、その足の怪我に良い最高の墨があります」
「そうなのか?」
「はい。長老宅の中にあります。では、共にどうぞ」
隊長は、足の怪我の理由もあるだろうが、直ぐには立ち上がらずに、右手を握ったり開いたりしていた。
「どうされましたか?」
「姫を呼んでくれないか?」
「姫ですか?・・・はい??・・・?」
第一指揮隊長は、誰に呼びに行かせようかと、周囲を見回した。隊長の隣に座っていた。紙の剣の作り人の達人の辰治が、隣で話が聞こえたのだろう。
「いい。わしが呼んで来よう。紙の剣のこともあるのでな」
「頼む」
「あっああ、気にするな。それよりも、呼び出す要件だが、足の怪我だと言う方がいいのか?・・・それとも、紙の剣の方がいいのか?」
「姫が何て反応するか、それしだいでいいぞ」
「そうか、そう言うことか、分かった。なら、理由は言わない」
姫と新は、村の子供たちに囲まれていた。それは、親たちは、宴の料理や接客などをしていたからだが、今回のように野外での食事なら男料理の豪快な料理である。それは、焼くだけの料理が主であり。食事と言うよりも酒を飲みながら騒ぐ目的だ。だから、女性や子供たちや老人は、家の中から出ないのだが、今回は、病気や怪我の治療をしてくれたこともあり。皆に感謝の気持ちを伝えたい気持ちと、神代文字や絵文字などの壺の機能が使えないための不安で相談が多かった。そのために、親が側にいないため、少年や若い男女は、隊の中でも若い達と会話を楽しんでいた。一番の問題は、子守や監視が必要なはずの幼子は寝かされたはず。だが、外が騒がしために興奮して寝られるはずもなかった。そんな時に、二人の男女を見つけたのだ。姫は、一族の長と言うこともある。皆を気遣って集いから離れていた。新も部外者と言うこともあり。姫と一緒にいたのだ。幼子たちは、暇つぶしと、からかう気持ちと、少々の寂しさの気持ちから集まってきたのだ。
「探しましたぞ。姫!」
「どうされましたか?」
「それが、良い墨が見付かりました」
「本当ですか、なら、隊長に知らせなければ!足の怪我に効果があるはず」
「・・・・」
新は、この場の幼子のお守りを一人で任されるのかと、そう思ったが、幼子の方も遊びの相手を選んだのだ。勿論、姫と幼子の後を一緒に付いて行くのだ。
「隊長!」
「どうした?」
「何も、まだ、誰から話を聞いていないのですか?・・・最高の墨があるらしいですよ」
「そうなのか?」
「直ぐに行きましょう。辰治、それは、どこですか?」
「長老宅にあるらしいです」
「それでは、直ぐに行きましょう」
隊長は、先ほどまでは、幽霊のように浮遊して自由に歩いている感じで動いていたのだが、姫が現れてから拘束されている感じであり。透明な担架の上にいる感じで運ばれている感じだった。
「浮遊は、やめろ。自分で動ける!」
「もう歳なのですから無理して変な感じで治ったら、どうするのです」
「この家です」
第一指揮隊長が、皆を長老宅に案内した。
「三人で確かめてくる。お前らは、子供たちと、一緒に外で待っていろ」
三人が、長老宅に入った。すると、辰治の悲鳴か雄叫びのような声が聞こえてきた。子供は怯えて、姫の服を掴む者や手を掴む者など、何も掴めない者は、少しでも姫の近くに寄るのだった。それも、震えながらだった。そんな様子を見ては、外に居る者は、何が起きたのかと、中の様子を想像していたのだが、直ぐに、辰治が現れた。
「あの墨は、凄すぎる。神代文字も書けない幼子でも、あの墨なら幼子が思ったことや考えたことを落書きで描いたとしても反応するかもしれない。それ程の墨だ」
「そっ、そそんなに、凄い墨なのですか?」
「あっああ、今の震えた手でも、あの墨なら今での人生の中で最高の傑作が出来るかもしれない程の墨なのだ。残念だ。本当に残念だ。この手が、この手が、自分が思った通りに動くなら想像も出来ない物が作れただろう。本当に、残念だ。間違いなく、永遠に残せる物が作れたかと、そう思うと、残念だ。最高の傑作品が・・・・」
辰治は、心底から悔しいのだろう。もう本当に狂ったかのように泣き叫ぶのだった。姫は、おそろおそろと、辰治の頭を撫でるのだ。
「辰治・・・私たちに、紙の剣を作ってくれるのでしょう・・・・その紙の剣は大事にするわ。勿論ですが名剣として孫の代でも伝える程にね。それも、子供に継承する時は、辰治が、どんなに素晴らしい人だった。その事も必ず伝えるわ。だから、ねえ、もう泣かないでね。ねえ・・・」
隊長は、一つの小さい壺を持って現れた。しばらく、辰治の様子を見ていたが・・・。
「辰治よ。お前は、わしに嘘をついたのか、この紙の剣を渡す時、これ以上の最高の物は作れません。そう言ったのを忘れたのか?」
「いえ。嘘では・・・」
辰治は、自分の後ろから殺気を感じたかのように振り返った。
「そうか、わしは嘘をつかれるのは好きではない。それに、姫と新に作った紙の剣が、この手にある紙の剣が劣る物なら捨てても良いのか」
「えっ・・・・」
「もし、永遠に残る物ができたとしても、お前の名前も残らず。ただ、人を殺すだけの目的として永遠に残っても、それが、嬉しいのか・・・だが、姫は、継承の儀式までして末代まで残す。そう言っているのだぞ。嬉しくはないのか?・・・おそらく、いや、間違いなくだが、一度も人を殺したことのない紙の剣として残ると、そう思うぞ。人殺しの剣として永遠に残るのと、どっちが良いのだ・・・」
「隊長。すみませんでした・・・・すみませんでした・・・」
「第一指揮隊長からわしの怪我にと、姫に託された墨だが、お前に、この壺の墨を譲ろう。だから、もう泣くな。二人に紙の剣を作ってやるといい」
「隊長。それは!」
「わしが、いい。そう言っているのだぞ」
「・・・」
隊長は、姫の言葉を遮った。姫は何も言えずに、俯くのだった。
「姫、隊長。その墨のことは気にしないで欲しいです。辰治に頼みたいことがあったのです。ですが、無理だと諦めていましたが、今の話しだと、紙の剣を作るのを諦めていない。それが、分かりました。もし倉庫で使う紙の柱を作ってくれるのでしたら、その試験的に紙の剣の二本くらい許しましょう。どうでしょうか?」
「良いのか?」
「はい」
辰治は、顔をくしゃくしゃにして泣きながら喜んでいた。
「それよりも、姫。早く隊長の治療をお願いします」
「姫。見てみろ。本当に凄い墨だぞ」
隊長は、姫に壺を手渡した。
「姫。綺麗だろ」
「・・・・・」
(もし龍がいるとしたら龍の鱗って、このように月の光で輝くのでしょうね)
月の光が当たり。墨は虹色に輝いているように見えた。姫は、あまりの驚きで何一つとして声がでず。墨を見つめ続けていた。
「姫?・・・・」
新は、この場から姫が消えてしまう。そう思って、この場に引き止めようとして声を掛けた。直ぐに、驚きの表情を浮かべて振り向いた。
「えっ?」
「大丈夫?・・・大丈夫そうだね。なら、隊長の治療をしてあげては・・・」
「あっああ、そうでした。この墨があまりにも綺麗だったから見惚れていました。すみませんでした。直ぐに治療します。それでは、隊長・・・」
「うん・・・そうだな。自分でするつもりだったが、なら、試験だと思ってやってみろ」
「それでは、治療を開始します。どうされたのですか?」
姫は、初めに、生まれつきなのか、事故なのかと、聞き始めた。
「そう、事故だったの痛かったでしょう」
「それは、悪しきだな。戦場などで時間が無い場合は、仕方がないが、開始と言った段階で、紙を取りだして書きだすこと、患者の話が終わってからだと、患者も不安だし、言われたことを忘れる場合がある。それと、患者の名前を聞くこと、患者の名前を聞くことで別の患者と間違えるはずもないが、呂律が回るかで精神状態が分かる。それと、患部に障る場合は、子供でも大人でも、触りますと、声を掛けることだ」
「はい」
姫は、初めからやり直した。その途中のことだった。突然に、悪しき。と言っては、やり直しをさせられていた。そして、何度も、何度も、悪しき、と言われて、やっとのことだった。墨を使って紙に神代文字と絵文字に縄文字を書き出す時のことだった。
「捻挫、炎症、骨折、筋肉、の正常化へ、と人体組織、一週間前に戻す」
「まあ、良いだろう。だが、問題は、絵文字、神代文字、縄文字を完全に書けるか、それが、心配なのだが、それを言っても仕方がないが、まずは、書いてみなさい」
「・・・・・・書きあがりました。試しに、若返り、老化停止、でも書いて見ますか?」
「馬鹿か、最高の神代文字の達人なら、この墨でなら可能かもしれないが、素人みたいなお前が書いて、正常な身体の器官が不具合を起こしたら、どうするのだ!」
「すみません。これです」
「う・・・ん・・・・・・悪しき、と言いたいが、まあ、良いだろう」
姫は、良い。その言葉で、筆で墨をつけて丁寧に患部と周囲に塗ってから紙の裏の隅々にも塗ってから患部に優しく貼り付けると、紙と絵文字が動き治療を開始したのだ。
目的の村に、隊長、姫、新の一行が着く少し前のことだった。村長宅の前で、前木と貝が、倉庫を冷凍倉庫にするために大事な壺である。冷凍壺の実験をしている時だった。浅くだったが地面に埋めた。底がとがった土器。隆起線文土器が、ゆらゆらと、土から出ようとでもしている感じに動きだしたのだ。現代的に例えるのならば、電気を入れて直ぐに冷蔵庫が中を冷やそうと、最大の冷気が全開に起動している感じだった。
「やはり、底がとがって土器には意味がありましたね。土の中に埋めて温度調整には、冷凍壺としての機能があるのに変だと思っていたのです・・・・」
「そんな話などどうでもいい。この場から壺を持って移動するぞ。急げ!」
貝は、前木が、何か独り言を呟いていたのを止めさせて、自分は小さい壺に墨を入れた壺を抱えると、前木に、壺を持って走れ。そう指示をすると、真っ先に、倉庫がある方向に駆け出した。前木は、その後を必死に壺を持って追い駆けた。
「待って下さい」
貝は、前木と同じ年頃の老婆が、現代と縄文時代では体力の差はありすぎた。だが、貝が真剣に走るのには理由があったのだ。倉庫の前に着いて、墨が入った壺を地面に置くと、直ぐのことだった。倉庫の中に入り。地面を掘るのだった。必死に掘り続けて、底がとがった土器。隆起線文土器が半分くらい埋まる程に穴を掘ると、地面に座り息を整えていた。すると・・・。
「貝さ~ん!どこです?」
「倉庫の中に居ます。直ぐに入って来て下さい」
中に入ると、倉庫の中心くらいの場所に、貝が地面に座っていて、指で穴を示していた。
「はい。その穴に入れるのですね」
貝は、何度も頷いていた。そして、前木は穴に壺を入れて、隙間に土を入れて壺を固定させてから貝の隣に座るのだった。
「急がせて、済まなかったね。冷気が最大に吹き出たら運ぶことが出来ないからだ」
「はい。壺を運んでいる時に、何となく、そんな気がしていました」
二人は、少し気持ちが落ち着いたのだろう。倉庫の中を見回した。
「倉庫が布で仕切られていますね」
「そうだ・・・あっ!」
布で仕切られた隙間の向こう側には、多くの布が重なっているのを見るのだった。
「この倉庫は、宿泊に使うつもりだったらしいわね」
「どうします?・・・・壺を外に出しますか?」
「今の状態の壺では、外に運ぶのは無理よ」
「他の倉庫が空か確かめますか?」
「それしかないわね」
「それでは、直ぐに始めますか?」
「そうするしかないわ」
倉庫の中に、それ程まで長くいた訳でもないのだが、冷凍壺のことだけを考えていたこともあり。倉庫から出て外の様子を見てみると、村人が壺を持って歩く姿は分かっていたのだが、壺を倉庫に集めているのではなく、倉庫から壺を持ち出していたのだ。
「何をしているのですか?」
「知らないのですか?・・・あなたの部隊の本体が、そろそろ、村に着くそうですよ。そのために、倉庫の食料を使って盛大な宴をする。そう聞きましたわ」
「そうでしたか、それでしたら、倉庫は空になるのですかね?」
「そうなると、思いますよ」
「それは、助かったわ」
「えっ?」
「わしらは、何も知らなくて、この倉庫に冷凍倉庫を作る準備をしてしまったのです」
「えっ!そっ、それでは、別に宿泊する場所を作らないとなりませんね。たっ、大変だわ!」
貝は、後ろの倉庫を指さして伝えるのだった。それを聞いて、女性は、壺を地面に置いて、自分の視線に入る同じ村の人に伝えるのだった。皆が皆、同じような驚きを表しては別々の方に駆けだすのだ。その中には、貝の方に向かってくる数人の女性もいたのだ。
「あなた達は、何てことをしてくれたのですか!」
「その・・・その・・・」
「もう言い訳はいいですから手伝って下さい!」
数人の女性は、倉庫の中から布などを外に出していた。だが、一人の女性が我慢できずに苦情を言ったが、他の女性たちから冷たい視線を向けられたことで・・・。
「早く手伝いなさい」
貝も前木も、数人の女性たちと一緒に倉庫から布だのを外にだしていた。その時のことだった。先に呼びに行った者が呼んできたのだろう。大勢の女性たちが、外に出された布などを他の倉庫に入れ替えしていた。数十分が過ぎると、全てが終わるのだった。
「もう気にしなくていいわ。あなたたちも、宴が開いたら食事を食べにきなさいね」
「はい。そうします」
二人は、歳もあるが、自分たちの原因であるために休むことなどできず。やっと、全てを移動させて倉庫の中で休んでいた。その様子を見て、村人の女性たちは、二人が心配になり声を掛けたのだった。
「疲れましたね」
「そうだね。あっ、そうそう、わしらの宴は長いぞ。隊長か副隊長が酒で潰れなければ終わらない。そんな、宴だ。だから、少し、皆が村に着くまで休んだ方がいいかもしれないわね・・・・何だ、寝たの、それ程まで疲れていたの・・・・」
貝は、前木に気遣って話をしていたが、イビキとも寝息とも思える。そんな、前木が熟睡していると、そう分かる様子を感じたのだ。そして、貝も、前木の様子を見ていると、瞼が重くなり、寝てしまうのだった。
「・・・・・」
「ねえ、起こした方がよくない?」
数人の女性が、倉庫の中で寝られるようにするために来たのだが、二人の老人の男女が寝ているために、起こすか、起こさないかと、囁き合っていたが、一人、二人と集まっていたのだ。それも、囁く程度の声だったのが、人が多くなれば声も大きくなるのだった。
「でもね。病気を治してくれた人ですしね。なんかね・・・・」
「そう言うけど、家事壺(かじつぼ)だけの修理の人からだと、良い話は聞かないわよ」
「たしかにね。湧水の壺(わきみずのつぼ)だけでも使えるようにして欲しいわね」
「まあね。川の水ではね。衛生的によくないわよ。そうでしょう。また、病気にならないか、それが、心配になるわ」
「そうなのよね。うちもよ。祖母も祖父もいるし、それに、子供もおしめだしね。もう洗うのが大変よ。だから、洗濯の壺(せんたくのつぼ)がないと、もう駄目よ。限界よ」
「そうね。皆で村長に苦情を言いましょう。湧水の壺だけでも直して欲しいってね」
「そうね。行きましょう」
女性たちは、だんだんと苦情の声が大きくなり。貝と前木が起きたことも気付かないだけではなく、今直ぐでも駆け出して長老宅に行きそうだった。そして・・・。
「湧水の壺ですか?」
「キャッー」
女性たちの後ろから突然に声を掛けられたことで驚きの声を上げたのだ。
「湧水の壺なら何とかなるかもしれませんわ。でも、温度調整と水量までは設定はできませんが、それでも、よいのでしたら・・・」
「それで、構いませんわ!」
「それでも、冷凍倉庫を作って墨が残っていればですけど・・・」
「そうですよね・・・」
「はい」
「あっ!」
女性たちは、正気に戻ったというか、興奮が冷めたとでもいうか、この場に来た理由を思い出したのだった。
「そうだったわ。倉庫で寝られるように準備するのでしたわね」
「お二人様は、宴に参加してきては、どうでしょう?」
「それが、良いですよ。倉庫での準備は、隊の皆さんが寝る頃までには終わらせておきますわ。だから、どうぞ、何も気にしないで宴を楽しんできてくださいね」
まるで、二人の年寄りを追い出すように宴が開始している方に向かわせたのだった。
「貝さん。老人だから邪魔だと思ったのでしょうかね。やはり、先ほどの倉庫から倉庫の移動だけで疲れて寝てしまうのですから・・・・そうですよね・・・」
「老人だからというよりも、女性って、愚痴を言いながら仕事をしますからね。悪口を言う相手が居ては困るからだと・・・・」
「そうですか」
「まあ、それに、食事を食べてないのは分かっていますから心配してくれた気持ちもあるのは、たしかだと、そう思いますよ」
「思いやりだったのですね」
「わしもだけど、前木も正直に言って空腹なのは分かっているわ」
「そうですね」
「好きなだけ食べましょう」
「はい。あっ、でも、隊長に報告した方がいいのでは?」
「まだ、冷凍倉庫が出来上がった訳ではない。失敗するかもしれないのだぞ。冷凍倉庫が完成してからの方が良いだろうな」
「そうですね」
宴とは、中心で賑わうのは飲み食いなどよりも騒ぎたいだけの者が多いが、外側というのも変だが中心から離れる程に点々として仲の良い数人が集うのが普通なのだ。その中には、男女だけも多い。それと村人も邪魔にならないようにと細やかに楽しむのだった。それだからだろう。後でから宴に参加すると、そんな、細やかに楽しむ者たちに最初に出会うのだった。そんな多くの中から偶然に・・・・。
「貝さん・・・ですよね?・・・昼間は、ありがとうございました」
「えっ?」
「祖母と祖父の病気を治療して下さいました」
「あっああ、感謝など良いのですよ」
「これから、食事ですか?・・・」
「はい。そうです」
「遅くまで大変ですね。もし良ければ一緒に、どうでしょうか?」
「それは・・・連れにも聞かなくては・・・・」
「美味しそうですね。何か煮込んでいるようですが、神代文字は使えなかったのでは?」
前木は、貝の気持ちなど分からず。美味しそうな匂いを嗅いだことで、すでに、壺の中を見て、今直ぐにでも食べたい。そんな様子なのだった。
「はい。そうですが、祖母が、昔のやり方で薪を燃やして壺で煮物を作ってくれたのですよ。それも、貝さんが、治療してくれたおかげです。その感謝の気持ちとして好きなだけ食べて欲しいのです。できれば、一緒に食べられたら嬉しいですけど・・・どうですか?」
「はい。頂きましょう。勿論、一緒に食べましょう」
「本当ですか?」
「この老人の顔も見て下さいよ。本当に空腹が限界なのでしょう。このままなら涎が出て壺に溜まって溢れるかもしれませんよ。そんなになった。その煮物は、この老人しか食べられませんからね。だから、早く食べましょう」
「はい。嬉しいです」
「本当に食べていいのですか?」
「それにしても、これは、初めて見る食べ物ですが、前木は、食べたことあるのですか」
「はい。この時代に来て、やっと、現代と似た食べ物が食べられます」
前木は、妻の手料理と同じだと、食べる時間よりも話す方が多い程に喜んでいた。
姫は、治療として神代文字や絵文字を書いたことがなかった。だが、吹雪は治療した数など記憶できない程の数だった。それでも、この状態は、驚きだった。まるで、姫の年頃の初めて自分が治療した時よりも驚きを感じる程だったのだ。もし、その驚きと治療の感覚を言葉にした場合だが、ヒリヒリ、じゅわじゅわ、ヒヤヒヤ、と無言で患部のことを考えなければ気付かない程度の事態の反応なのだが、今回の治療の反応は想定以上だった。まるで、現代の電動マッサージの機械と麻酔をしても痛い歯医者の治療を重ねた感じだった。勿論、無言で我慢ができる程ではなかった。だが、痛みと言うよりも気落ち良すぎて興奮に近い感覚だった。それは、患部を見ているだけの他人にも普通ではない。そう感じる程だった。絵文字が人の血管のように膨らみ鼓動のように動くのだ。それも、手を触れて押さえないと剥がれるのではないか、そう感じる程だった。
「隊長。大丈夫なのですか?」
「お!お!お!おおお!少し待て!今は話を掛けるな!お!おおお!」
「はい」
「お!おお!お!」
(これは、凄い。何の材料を使ったら、こんな状態になるのだ。早く治して、この墨のことを調べたい)
そんな思いからではないだろうが、徐々に、神代文字、絵文字、縄文字の反応は収まり始めた。そして、数分後、反応は止まり、ひらりと、紙が剥がれ落ちた。
「完治したのですか?・・・それとも、墨が足りなかったのでしょうか?」
「どうだろうか?」
隊長は、地面に落ちた紙を拾って確かめた。
「たしかに、墨ごと水分が飛んでいるな・・・・完治したのか?」
普段は、水分が飛ぶこともない。現代の一般的な湿布と同じで、極端な変化などないのだ。だが、この反応を見て、治ったのではないか、そう感じるのだ。
「もう一度、貼り直してみますか?」
「いや、それよりも、羽衣を返そう。自分の人体機能だけで立ってみたい」
「それは、まだ、早いですよ。完治していない状態で無理をして変な感じで治ったら大変です。だから、駄目です」
「あのな。怪我などの回復には、少々の無理をしても動かすのも必要なのだぞ。それを憶えておくことだ。だから、羽衣を外せ!」
「はっ、はい。分かりました」
隊長の両肩を二回、叩いた。すると、突然の重い重力を感じて、倒れそうだったが、その場で踏ん張るが、身体を支えきらずに、両手を地面につけて四つん這いになった。
「だっ、大丈夫ですか?・・・だから、言ったのです」
「大丈夫だ」
その場で、ゆっくりと立ち上がり。何度か、飛び上がってみた。
「ほうほう、完治している感じだ」
(完治はしたみたいだが、あの痛みは、この痛みも、老化からなのか、やはり、狩猟生活や武人としては無理だな・・・・定住生活か・・・)
「どうしました?」
姫は、隊長が突然に動くのを止めて、虚空を見ていたので問い掛けたのだ。
「なっ、なんでもない」
「それなら、歩いてみてくれませんか」
「あっ、ああ、そうだな」
長老宅の前をグルグルと回ってみた。
「変な所に力が入らない。自然な動きですね。これなら、問題はないみたいですね」
「そうだろう。姫、ご苦労だった」
「いえ、この墨が良かっただけです」
「そうだな・・・第一指揮隊長は、どこにいる。第一指揮隊長!」
「はい、はい。何でしょうか?」
第一指揮隊長は、長老宅の中で、墨の粘度を確かめていたのだ。自分の呼ぶ声を聞いて直ぐに外に出るのだった。そして、隊長の前に立って指示を待った。
「この墨を作った者は、誰だ。この場に連れて来られるか?・・・その者に材料など作り方を知りたいのだ。だが、偶然の産物なら・・・直ぐでなくても良いぞ・・・ん?」
「それが・・・お耳を・・・・」
隊長の耳元に口を近づけて囁いた。
(それが、未来から来た者です。この場だと、新と、その者を会わせていいのでしょうか?まだ、少し早いのではないのかと・・・どうすれば良いでしょうか?)
「そうか、そうか・・・」
周囲の者には簡単な返事で誤魔化すが、隊長も第一指揮隊長の耳元で返事を返した。
(あの男は、姫の左手の赤い感覚器官が見えるらしいのだ。おそらく、いや、間違いなく、運命の相手だろう)
「えっ!それは、本当ですか!」
「どうしたのです?・・・・まさか、神代文字の書き損じ?・・・身体の不具合ですか?」
姫が問い掛けた。自分が治療を失敗した。そう思ったのだ。
「そうではないのだ。だから、安心しろ。治療は予想以上の墨の効果で完治した。そう思っていいだろう。神代文字も絵文字も合格点をあげても良い出来上がりだったぞ」
「それなら、何があったのですか?」
「何もない。姫の考え過ぎだ・・・そう言っても納得しないだろうな。まあ、正直に言うと、この墨の製造方法のことだ」
「あっ、ああ、そう言うことですか、隊長としては胸の奥にしまう。その判断を無理に聞き出して本当にすみませでした」
「まあ、気にするな。それよりも、早く長老の家の中に行きなさい。二人を待っているから、紙の剣を作ってもらいなさい。さぁ、楽しみにしていたのでしょう。早く行きなさい」
「でも、倉庫で使う紙の柱を作ってからでないと・・・・駄目のはずでは・・・」
「そんな心配などするな。プロというのは、墨の残りの量で何が作れて、どこくらい残るかも把握しているのだ。だから、二人分くらいの剣なら作れる。早く行ってきなさい」
姫は、吹雪が、女性のような言葉を使いながら話す時は、何かを隠している時なのは分かる。だが、自分のためだと分かるので、問い詰めることはしなかった。
「はい。新!行きましょう」
まあ、長老宅の前で話しているのだ。おそらく、長老宅の中に居る者には聞こえているはず。それも、ガタガタと中から物音が聞こえるのは、隊長が言った通りの残りの墨で何が作れて残り分量を調べているのだ。そして、物音が収まる、と言うことは、直ぐにでも外に出て二本の紙の剣を作ります。そんな様子で我慢していたはずだ。
「宅の中に入ってもいいですか?」
「早く入っておいで!」
辰治の声色は、優しく、震える声色だったが、早く紙の剣を作りたい。その気持ちを抑える声色だった。それも、内心では、ささと宅の中に入れ。そんな感情を抑えていたのだ。
「はい」
長老宅の扉をゆっくり開けた。先に新が入ったのは、姫を守る気持ちからではない。姫が、再度、吹雪の怪我を心配でしているのだろう。それで、宅の中の者も急いでいると感じて、自分が先に入ったのだ。そして、新が入ったことで、少し慌てて姫が後から入った。
「姫。先に言っておきますが、紙の剣を二本くらい作っても、倉庫に必要な墨は十分すぎる程に残ります。だから、何も心配しないで下さい。それと、もう一つ、紙の剣を作ることで、倉庫の柱の試験になります。だから、短剣などと思わずに、何も遠慮などしないで希望の剣を言って下さい。それで、どのような剣をお望みですか?」
「そうね・・・短剣よりも長剣が欲しいわね。それも、片方だけの刃で・・幅は細めで女性が持って達人とか思われないような・・装身具みたいな細身の剣ね。重さは少しあるといいわね・・・そうそう、この小さい壺くらいの重さがいいわね」
「・・・分かった。その通りに作ろう。完成を楽しみしていろ」
辰治は、大きな自分の身長くらいある画用紙みたいな紙を切断して、長さと細さを見せるのだ。それで、姫が頷くと、何度も頷いた。そして、壺の中に切断した紙を入れて数分待った後、壺の中からだして長老宅の備えつきの中央に置いてある。長いテーブルの上に置いて紙の芯まで墨が浸透しているかを確認するのだ。
「一枚目は、この浸透で良い」
そう言うと、一枚を長いテーブルに載せたまま。新に振り向くのだった。
「希望の剣はあるのか?」
「武具や刀なんて一度も持ったこともないので、姫と同じ物でいいです」
「飾りのような護身用と、思えばいいのか、なら、木刀と同じ重さにした方がいいか・・・」
「・・・・」
新は、何て答えていいのか、と迷った。
「どうする?」
「それで、お願いします」
「わかった。良いのを作ってやるぞ。楽しみにしていろ」
「はい」
二本目の新の紙の剣は、辰治のお任せなので、新に聞く事もなく好きな形に紙を切断して同じように頷き。墨の壺に漬けてから長いテーブルの上に、姫の紙の刀の隣に置いた。
「ほう・・・」
新は、刀の作り方など工程など知らなくても、日本刀の鍛冶の達人が朝日と同時に火を熾す。火の温度を調べるためであり。朝日の光の色と熾した火の色で温度を測る。それを知っていた。それと同じことが、墨の浸透だと思い感心して見続けるのだった。
「墨の乾きも紙の芯の浸透も落ち着いたようだな」
姫の物を手に取り、指で叩くことで、硬さ、乾きなどを調べていた。そして、満足したのだろう。懐から木工細工の道具のような紙で出来た刃物を取りだしたのだ。
「・・・・・」
新は、次は何をするのかと、視線を逸らせることができなかった。
「硬度は、五十でいいだろう。刃は、片方だけで・・・重さが、一キロと・・・」
カリコリ、カリコリと、神代文字、絵文字、縄文字で、貝が呟いたこと彫っていた。姫には、何を書いているのか意味は分かるが、新には、装身具の絵柄としか思えなかった。暫くの間だが、金属を削る音が、長老宅の中で響くだけだった。姫の剣が終わると、新の剣にも同じような絵柄を掘り続けた。両面を掘り終えたのだろうか、だが、長いテーブルに置いたが、終わったと言わないのだから完了ではないのだろう。もしかすると、放置すると墨が安定でもするのか、それは、分からないが、また、紙を切断、墨に漬ける。乾燥した後に、絵柄を掘り始める。などと、先ほどと同じような工程を始めた。おそらく、鞘を作り始めたのだろう。そして、二本の刀と鞘を作り終わるのだった。
「姫、確認して下さい」
「はい」
辰治から手渡されてから、紙の剣と紙の鞘を隅々と見るのだ。それは、想像以上の出来上がりで、自然と満面の笑みを浮かべていた。直ぐにでも腰に差したいが、姫でもまだ完成でないのはわかる。感謝の気持ちから頭を何度も下げながら辰治の手に戻すのだった。
「これで、指示された通りの出来上がりですか?・・・何か変更したいところはありますか?・・・もしあるのでしたら今の段階なら可能ですよ」
「はい。想像以上の出来上がりです。何一つとして不満はありません。お願いします」
「それでは、はなをし・・と・・・これで、完了です」
辰治は、花押を彫った。それは、自分の刀剣師としての印である。刻印でもある。完了した。との意味でもあり。それを彫ったことで完成だった。だが・・・。
「姫。子供の頃に言っていましたが、今でも猫を描いて欲しいですか?」
「えっ、憶えていたのですね。でも、そんな、ふざけたことをしても・・・」
姫が驚きのこと言われて心の中の思いを呟いていると、辰治は、深々と頷くのだった。
前木は、まるで、酒を飲んでいないのに酔っているようだった。もしかすると、煮物の具には、酒に酔うような状態になる物でも入っているのだろうか?。それとも、妻との思い出に酔っているのだろうか?。だが、飲み過ぎ、いや、食べ過ぎなのだろうか、それについては、どっちらでもいいが、悪酔いでもしたのだろう。目が据わって、貝を見続けるのだった。そんな貝は、心配になり声を掛けたのだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫ではないです。どうしても、どう考えても、神代文字、絵文字、縄文字で、なぜなのだろうか、あの不思議な壺の働きです。なぜ、あの状態になるのか、答えがでません!」
「そうか・・・」
「縄文時代の神話でも残っていれば分かるでしょうが、現代で分かるのは良くて過去の二千年くらいまでだけしか残されていない。その前の歴史など、それも、一万年前など想像もできないのです。それも、縄文時代に居ると言うのに・・・・理解ができないことが増えて行くだけ・・・・」
「昔、昔の物語を聞かせてくれるの?」
この場の家族の子ともが、目をキラキラと輝かせて、貝と前木の前に立って問い掛けるのだった。前木は、子供からの視線から逃げるためではないが、子供と同じように視線を貝に向け続けた。
「神様は、この地に好んで来たのではないのです。神様の大事な仕事の帰り道なのか、向かう途中だったのか、それは、分かりませんが、不足な事態で船が壊れて、仲間の皆も亡くなったのです。その時のことです。食料、衣服など全てが無くなり。それでも、身体に見に付けていた。簡易な書道用品と植物の一つの種だけが残されたのです。我々が使っている面倒な書道用品ではなく、硯も墨も水もいらない不思議な筆だったのです。筆を上下に振るだけで、勝手に墨が滲み出て、どんな物にも書けました。絵文字は、食料になり。縄文字は、衣服や簡易的な寝具になり。神代文字で、遠くの者に紙飛行機の手紙で好きな所へ送れたらしいのです。ですが、その墨も一週間分だけで、直ぐに、手近な物で墨を作らなければなりませんでした。それと同時に、植物の種を植えたのです。それが、世界樹の木であり。鈴木の木でした。墨を作ったとしても、万能の墨とは違って、かなり劣る物でした。それでも、旅に出る前に、様々なことに対処できるように神代文字を習うことが規則だったのです。それで、何とか、衣、食、住は、確保できました。すると、心に余裕ができたのでしょう。人恋しくなったのです。ですが、同族が居るはずもなく、誰も迎えにもきません。自分の行動の範囲には、人と猿を合わせた感じの者しかいません。勿論ですが、神様と言葉を話す者も似た者も居ません。それで、世界樹の木であり。鈴木の木の力を使って、禁忌を犯したのでした」
「ほうほう」
(世界樹か、現実に存在するかは別だが、宇宙空間で咲く木だと言われているのだ。それで、神は宇宙人だと証明されたような感じだな。それなら、簡易な書道用品とは、サバイバルキットのことだろう。絵文字とは、石をパンにでもするために原子構造を変えた。縄文字で、物体が風化するまでの時間を止めるだけではなく、物体の重さも変えたのだろう。それで、住処を造ったに違いない。そして、神代文字で様々な物の調整と変更したのだろう。だが、禁忌とは何か・・・・)
貝は、前木の言葉で一瞬だが話を止めて視線を向けた。そして、前木が、理解している感じの表情を見てから何度も頷くことで、また、話を始めた。
「その禁忌というのは、死んだ仲間の蘇生だった。だが、成功するはずもなく、次に実行したことは、仲間の遺伝子と猿のような人のような原人との遺伝子の結合だった。驚く事に成功して神に似た女性が誕生するのだった」
「その女性が、僕たちの始祖さまの子供なのですね」
子供は、満面の笑みを浮かべて、腕を組みながら自信満々に言うのだった。
「偉いな。そうだぞ」
貝は、子供の頭を優しく撫でながら褒めるのだった。それが、母親の限界だったのだろうか、子供に寝るように強めな口調で言うのだ。子供は、不満だったが、やはり、限界だったのだろう。大きな欠伸をするのだった。そして、母親は、子供を寝かしつけたのだ。
「まだ、もう少し続きがありますけど、聞きますか?
「お願いします」
前木は頷いた。
「その女性を始祖さまは、まるで、猫のような感じで可愛がるのでした。その理由も頭の良い子だったので、叱るよりも、褒めることが多かったのです。そのために、猫のように褒めると同時に、ご褒美をあげていたのです。初めは、大好きな食べ物でした。だが、知能が高くなると、それでは、我慢ができなくなるのです。あれも、これも欲しいと、要求するようになり。神代文字、絵文字、縄文字の重ね技は禁句なのです。世界樹の木であり。鈴木の木にも影響しますし、時の流にも影響します。それは、自分を迎いに来てくれる人々との救助の手段にも関わりがあるはずなのですが、始祖さまは、その全てを忘れているのでしょう。女性が、寒いと言えば、衣服に防寒服を、壺の暖房機を作り、暑いと言えば、壺の冷房機を、かき氷が食べたい。冷たい飲み物が欲しいと言えば、壺の冷蔵庫を作り続けて、様々な禁忌を犯し続けるのです。そして、最後と言うのも変ですが、一緒に住めなくなる理由が、恋人が欲しい。子が欲しい。それで、女性と同じように作って恋人を与えると、神は、世界樹の木であり。鈴木の木の中に悲しそうな表情を浮かべながらお入りになり。お休みなのか、御隠れになったのか、仲間が迎えにくるのを待っているのか、それ以降は、誰も分からないことなのです。ですが、一度だけ、子が生まれると、名前を与えに現れたと言われています。その子の名前と同時に、過去から未来から時の流の不具合が現れると、それを回収して処分するように命じられるのです。それが、楽園から外に出ることになり。狩猟生活の始まり。とも言われています」
「ありがとうございます」
(世界樹の木であり。鈴木の木が、現代の原油と発電所の役割と同じ・・・そして、世界樹の木は、現代にはない。そう言うことなのか・・・・)
「前木が悩んでいたことは、解決したのか?・・・」
「はい。ですが、一つだけ聞いてもいいでしょうか?」
「何だ?」
「世界樹の木であり。鈴木の木は、寿命があるのでしょうか?」
「寿命はない。だが、始祖さまの同胞が始祖さまを迎いに来た時に役目が終える。そう言われている」
「そうなのですか・・・・」
(私が居た。その現代には、もう世界樹の木は、存在していないかもしれない。それを伝えた方が良いのだろうか・・・・いや、世界樹の木はあるかもしれない。ただ、神代文字、絵文字、縄文字の使い方、書き方、読み方を忘れただけなのか・・・・)
「どうした?・・・なにか悩んでいるようだが・・・」
「いえ、なんでもありません」
「未来の世界にいる。妻でも想っていたのか?」
「まあ、そんな、感じです」
「そうか・・・そうか・・・・」
貝と前木は、昔のことでも思い出しているのだろう。無言で虚空を見るのだった。
「お酒もありますよ。持って来ましょうか?」
「あっ、あぁ・・頂こう」
「・・・・・」
貝が、少し悩んだ後に、前木の様子を見てから酒を飲みたい。そう言うのだった。
「未来に帰りたいのだろう?」
「まあ、手紙を受け取ったら断りの返事は書けない。歌を送りましたしね」
「えっ?」
「君静居国(きしい)こそ、妻(つま))お身際(みぎわ)に、琴(こと)の音(ね)の床(とこ)に吾君(わきみ)お、待(ま)つぞ恋(こい)しき」
「お前は、その歌を送ったのに、この世界に来たのか!」
「どうしたのです?。この歌を知っているのですか?」
「馬鹿か、この歌を初めて歌われて、女性から歌を送られたのは始祖さまだぞ。その歌を歌われてことで女性のお願いを断れなかったのだ!」
「えっ!・・・そんなに、古い歌なのですか?」
「古いか、新しいか、などの関係がないだろう!。お前の妻が断れないのを知っていて送ったのだよな。それで、なんで、そんなに落ち着いているのだ!」
「そうですよ。あんたは、馬鹿ですか!」
「そんなに、有名な歌なのですか?」
「ゆっ、ゆう有名など!関係ないでしょう」
二人の女性が大声を上げるので、周りの者も何が起きたのかと集まりだしたのだ。
「この馬鹿が、あの歌を歌って逃げてきたのだって!」
「なっ、ななんですって!」
十人、二十人と集まり続けた。それは、この場の皆だけでなく、村中に広まり寝ていた子供も老人も全てが集まってしまったのだ。そして、隊長の耳にも・・・。
「村の娘を手込めにしただと!」
隊長が、握り拳のまま無我夢中で、同じ言葉を何度も叫びながら集団の中心に向かった。
「お待ち下さい」
「放せ!。放せ!女性の敵を成敗するのだ!」
様々なことが噂になり。その騒ぎの原因が中心になるほどに原因が分かる者も増えたからだが、隊長を引き留める者のも多くなり。当人である。前木の目の前に来る頃には、動きを完全に止められていた。
「落ち着いて下さい。この騒ぎの理由を伝えますので落ち着いて下さい」
「分かった。分かったから手を放せ!」
「手を放しますから襲い掛かりませんね」
「勿論だ」
「本当ですね」
「本当だ」
ゆっくりと、一人が、また、一人と、隊長から手を放して、最後の者も手を放したのだ。
「噂は、本当なのか、それだけでも、今直ぐに教えろ!」
「噂って、どのような噂なのでしょうか?」
「うっ、ごほん。それは、村の一番の女性を無理矢理に押し倒した。その噂だ」
隊長も女性だからだろう。何て言って良いのかと考えたが、女性だから恥ずかしいことでもあり。だが、隊の長として無理をして問い掛けた。
「なっ、ななんですか、それは!そんなことするはずがないでしょう」
「嘘なのだな?」
「はい」
「それなら、何を騒いでいたのだ?」
「君静居国(きしい)こそ、妻(つま))お身際(みぎわ)に、琴(こと)の音(ね)の床(とこ)に吾君(わきみ)お、待(ま)つぞ恋(こい)しき」
(紀州にいらしてください。私は貴方の妻となって、いつも、御側で琴を奏でて差し上げましょう。布団を敷いて貴方が来られるのを恋しい想いでお待ちしています)
「その歌が、どうした?・・・有名な歌だから知っているぞ。女性から告白した歌だぞ」
「妻に歌った歌なのです」
「えっ、男性のお前が、女性に歌った・・・だと、未来の世界に妻がいるのに、その妻で成功したから、この過去でも妻が欲しいために、それで、これは、男性が女性に歌うのは禁句とされているのだぞ。お前は、女性を押し倒すなどよりも、女性に酷いことをしたのだぞ。だから、女性が、結婚したくないと、泣いて、泣いて、我慢しようとしたが我慢ができずに親にすがったが駄目で、自殺を考えて、この騒ぎになったのだな!」
「えっ、えええ!」
「禁忌には、禁忌だ。死別しか解決できない。ならば、わしは、女性だが、その女性の恋人となり。お前と決闘して、お前に勝ち。自殺する。いや、女性の想い人に負けてやろう」
隊長である。その吹雪は、まるで、愛読書に有る文面なのか、それを叫んだのだ。
村では、村が作られてから初めての大騒ぎになった。女性は、特にある種の特定の若い女性は、キャーキャーと悲鳴のような声を上げるが、その悲鳴には、色気が感じられたのだ。子供たちは、騒ぎの意味が分からず。劇でもしているのか、そう思っているのだろうか、楽しそうに声援を送っていた。男性の方は、怒り、泣く者、笑う者と様々の様子で、吹雪と前木の様子をみていたのだ。
「何の騒ぎなの?」
姫は、村長宅の中で、辰治が最後の猫の絵を彫っているのを嬉しそうに見ていたが、先ほどまでは、笑いや歌声などが響いていたが、突然に外が、怒りの声、悲鳴の喧騒に変わったことで、不安、恐怖を感じたのだ。
「宴会とは、酒を飲んでは酔っぱらって、皆で馬鹿騒ぎするのが普通ですよ」
自分の仕事に夢中で、姫の返事には答えているが、外の騒ぎを聞き取る余裕はなかったのだ。もし、外の様子を聞いていれば、もう少しだが、姫を安心さられる違う返事になっただろう。
「なんか、物騒なことを叫んでいますよ」
「そうですね。決闘だとか、殺せ。とか言っていますよ。大丈夫ですかね」
「第一指揮隊長。第一指揮隊長は居ないのか?」
辰治がイラつく理由はある。一筆書きで彫らないとならない。見た目も綺麗だが、紙の剣もだが、物質の時間を止めるのだ。紙や墨の劣化を止めることで、最大の切れ味を発揮することになる。それの指示が一筆書きなのである。
「外で待機していると思いますが・・・・」
「うっ、うう~今は、忙しい。もう少しで終わるから外に出ないで待っていろ。その時に外の様子を調べる。だから、静かにしていてくれないか」
「・・・・」
(すごく怖い人ですね)
(仕方がないのよ。昔から刀を作る時は夢中になるからね。でもね。こんなに真剣になる時は滅多にないの。そうね。小さい頃に一度だけ見たことあるわ。その時は、隊長にも副隊長にも怒鳴り声を上げていたわ。もしかしたら、隊の中で一番怖いのは、辰治かも、そう思っていたわよ)
(そっ、そそんなに、怖い人なのだね・・・大人しくしている方がいいね)
新は、姫に問い掛けと同意を求めたはずなのだが・・・・。
(辰治って、酒を飲むとね。自分には、紙の剣について相談には見学にも居ない。一人の見習いもいない。銅剣や鉄剣などと違って、紙に墨を漬けて硬度を書くだけだ。鉄の刀剣師と違って、格好良いわけでもないし一子相伝のように特別なことを教えることもないからな。俺が死んでも、他の紙片の作り手の落ちこぼれでもが仕方なく継ぐのだろう。そう言って愚痴るのよ。まあ、酒が好きだけど、酒には弱いし、泣き上戸だしね)
(そそっなんだね。ねね、辰治さんが、紙の剣を作るのを黙って見ようよ。ねえ)
新は、気分を壊して作るのを止めるとか、試し切りとか言われるのではないかと、再度の提案をしたのだが、頷くだけで分かっているのか、だから、心の中で、もう口を開かないでくれと、願うのだった。
(皆はね。紙の剣の見習いに来ないのは、辰治の性格もあるでしょうけど、皆は、怖いのよ。あっ辰治が怖いのもあるけど、紙片隊の本当の訳は、なぜ恐れられているかの本当の意味はね。紙の剣なのよ。鉄の剣も、銅の剣も、石の斧でも何でも切断するからなの。もしもの話しなの。他の者が作って鉄の剣が切断できない。戦の途中で紙に戻った。などになれば、紙片隊の名誉は地に落ちるわ。それが怖くて、誰も習いたいけど、怖くて言えないだけ、でも、辰治に紙の剣だけしか作らせないのは、包丁、ナイフなどの家庭用品を他の者が作るのには、皆は、辰治に何かあった時のために、家庭用品などを作ることで紙の剣の練習をしているの)
(そうなんだ。そうなんだ。そんなに凄い人が作っているのだから静かにして見ようよ)
新は、ますます、身体も声も震え。姫に願うのだった。
(皆が、そう思っているのは、たしかなのだけど、でもね。祭りとかでは、神輿、馬車などの作りには、一人では作れないから目立つわね。それに、皆も、自分の仕事には誇りもあるの。だから、思っていても、誰も言わないわ)
「コン、コン」
辰治の最後の仕上げは終わったようなのだ。削った紙クズを息で吹き飛ばしている。姫は、結局、最後まで話し続けて、辰治の仕事を見なかっただろう。そして、外の様子も殺気を感じていた騒動も収まったようだった。
「完成しましたぞ。確かめて下さい」
「ありがとう」
「それと、なにか、外が騒がしいとか・・・ですが・・そんなに、煩くもない感じが・・」
「今は、そうですね」
姫は、辰治から手渡された。その紙の剣を隅から隅まで見て、最後の仕上げの猫の彫り物に、昔を思い出すと、当時の想いと重なり、猫の彫り物を見て心を奪われた。
「お前さんも、何か修正や追加でもあるのならば、今なら何でもしますぞ」
「ありがとうございます」
「男が使うにしては、少し軽い気もするが、初めての剣なら、それくらいが良いだろうな」
「招き猫ですね」
「そうだ。男の方は、右手で招く猫、姫の方は、左手で招く猫。どちらも、片方では足りない招きを相手に頼む。そんな、意味で描いた。対の剣です」
「そうなんだ」
「新よ。姫の良い従者になるのですぞ」
「はい」
「・・・はい。って・・・従者と言うか、その、赤い糸が見える・・・見たいなのだから・・・そのね・・それなら・・・剣が対なら・・二人は・・・夫婦・・」
姫は、少女が初めての初恋を知った時の様子で、真っ赤な顔で、恥ずかしそうに、二人には聞こえない程の声で、ぼそぼそと、モジモジと呟くのだった。
「姫、なにか言いましたか?」
「・・・・」
新は、姫の夫婦と言う言葉を耳に入ったのだろう。真っ赤な顔をして俯くことで、その姿を見て、姫は、同じ気持ちだと思ったのだろう。逆に、安堵して正気を取り戻した。
「いいえ。何も言っていませんよ。これ、本当に、可愛い猫を描いてくれて、ありがとうね。大事にするわ。勿論、末代までね~♪」
「こんな、素晴らしい剣を頂けて、自分も大事に使います。ありがとうございます」
「隊長に、紙の剣を見せてきます」
「それなら、自分も一緒に行きます」
外に出てみると、第一指揮隊長が、玄関の前で一人だけで立っていた。その視線の先には、有名な歌手のコンサートでも開催しているかのように集まっていたが、声援などではなく、罵り合いのような最悪な状態だった。
「完成したのですか?」
「はい。素晴らしい紙の剣です」
「そうですか、それは、良かったですね」
「隊長に先に見せてから第一指揮隊長にも見せますね」
「ありがとうございます。でも、今は、やめた方が、もう少し皆の気持ちが収まってからの方が良いでしょう」
「皆は、何をしているのです?・・・宴会とは、そう思えない様子ですよね」
姫は、身体を左右に動かしたりや、つま先で立ち上がり集団の先を見ようとしているのだが、そんなことをしても見えるはずもなかった。それでも、中心にいる人物を心配して無意識の行動だった。
「この人数の中を掻き分けて進むのは無理ですよ。少し落ち着いて下さい」
「そんなことしませんよ。もし見るとしたら上空から見るわよ」
自分の言葉と心と違い。肉体の方は、姫の意志とは違って上空に飛ぶことを選んだ。
「なっ、なにしているのですか?」
「あっ、あっ、あっ?・・・」
新は、姫の上昇を止めようとして右手を掴んだ。
「えっえええ、ちょっ、ちょっ、止まってくれ」
「もう無理よ。自分の意志でないのよ。だから、両足の神経に、羽衣を踏んでいる感覚を感じて、思い出して、すると、羽衣の中に入れるわ。頑張って!」
姫が、新に指示をすると、だんだんと、新の身体が透けていき、そして、完全に姿が消えることは、新が、羽衣の透明の中に身体の全てが入ったのだ。
「死ぬかと思った・・・・ふっぅ・・・あっ!」
新は、安堵して下を見ると、老人の男女が、いや、女性の方が、我を忘れている感じで叫び続けていた。
「と、止めなくては!」
「そうですね。あれは隊長ですよね。あの状態の隊長を止めるなんて、でも、止めなければ、あの老人は殺されますよ。でも、誰が止めるのです?」
「二人の間に下ります!」
「えっ!」
「隊長!落ち着いて下さい」
姫は、地面に足が付くと同時のことだった。両手を広げて自分に注意を向けながら隊長に声を掛けた。新も羽衣の外に出たのだが何もできない。それでも、隊長の怒りの気落ちを逸らそうと考えからだろう。紙の剣を両手で捧げるように見せるのだった。
「かっ、かっ、紙の剣が・・・完成しました」
「そうか、お前の剣か、良い剣のようだな。それなら、姫も・・・だが、今は、そんな時ではない。後で、ゆっくりと見せてもらう。だから、邪魔だ!そこを退けろ!」
鞘から刀を抜いていないが、それでも、良い物だと判断ができるのだろう。一瞬、笑みを浮かべて、紙の剣を手に取ってくれる。そう思ったのだが、直ぐに怒りの表情を表した。
「隊長。何が遭ったのです?」
「隊の風紀、規律を乱した者がいるのだ。だから、罰則を与えるのだ」
「まさか、この状況を止めに来たのか?・・・隊長である。わしが決めたことだぞ。部下であり。まだ、見習のお前が、わしの前に立ったのか・・・まあ、紙の剣を少しでも早く見せるために偶然に立ったのだな。まあ、許そう。だから、そこを退け!」
姫は、今まで吹雪の隊の指揮などを見て恐怖を感じることはあった。勿論のことなのだが、恐ろしくて何も言わずに見ているだけだった。それでも、常に、自分に向ける視線には、温かみや優しさを感じていたのだ。だから、自分が言えば、笑って気持ちを収めてくれる。そう思っての行動だったのだ。それなのに、物でも退けるように無理矢理に身体を押し倒したことで地面に倒れたのだ。
「何をするのです!」
「なんだ?!!!」
自分でも信じられない言葉が出た。直ぐに、立ち上がるが、自分が言った。それだけではなく、吹雪の様子を見て、その恐怖から足がガタガタと震えていた。それでも、自分の意志ではないはずなのだが、まだ、言葉の続きが出ていた。おそらく、怒り、理不尽であり。自分の思いと違ったためであり。初めて人ではなく、まるで、物のような扱われたことでの怒りだったのだろう。だが、その言葉が出たのは、今まで死を感じたことがないためであり。死闘も経験がないために出たのだった。もし、その死闘の場面を見たことがあるのならば、その言葉を言えるはずがなかった。その言葉が出た。即座に殺されていたはずなのだ。それに、それを言ってはならない言葉だったのだ。
「隊の命令である。そう言うのでしたら、自分からも言うことがあります。黒髪の一族の長として命じます。地面に膝を突きなさい。吹雪に命令を伝えます」
「なっ、なんだと!」
隊長は、自分の神技の一つなのか、腰帯に刺してある紙の剣を鞘ごと抜いた。
誰も、二人を引き止める事ができなかったのだ。それは、引き留めることができる者たちが、隊長と一族の長だったためだ。姫は命令したためであり。隊長の抜刀の場合は、即座に死闘になるのだが、鞘から抜かずに同じことをした場合は、即座に、地面に膝を突かなくてはならないことだった。もしかすると、この場の皆は、姫の命令ではなく、隊長の指示に従ったかもしれなかった。
「姫。今の言葉を訂正して下さい。隊に入った。その時から一族の長の身分は無いと同じです。もし、その指示を実行するのならば、この隊から抜ける。そう言うことになります」
「そうだな。それなら、従うしかない・・・・が・・・・」
副隊長の言葉で、紙の剣を鞘ごと腰帯に戻したが、抜刀の構えに戻るだけだった。
「そ、それは・・・」
その場に立っていたのは、四人だけだった。新と前木は、二人の命令の意味が分からなかったからだ。それでも、恐る恐ると、真っ青な顔で声を上げた者がいた。
「おっ、お待ち下さい。わたしのことのはず。そう思いますが、何か誤解しています」
それは、前木だった。この場の原因は、自分だと分かっているからだった。
「何だと言うのだ」
「まず一つ目のことですが、この時代では、あの歌を詠めば、それを断れないのは分かりました。ですが、私たちの時代では、見合いでも恋愛でも、どのような結婚でも断ることは出来ます。それに、この時代では、離婚ってあるのか分かりませんが、結婚しても離婚もできます。だから、妻に歌を送りましたが、私たちの結婚は恋愛結婚だと、妻もわたしも、そう思っています。だから、何かの間違いです。他の噂は、どんな噂なのか分かりませんが、間違いなく誤解です。だから、まずは、穏やかになりましょう。そして、穏やかな気持ちで話し合いをしましょう。お願いします。それと、何かの規則を犯した。それでしたら、どんな罰も受けます。もし逃げると思われているのでしたら逃げられないように縛って下さい」
「えっ・・・あっ・・・誤解?・・・・あっ、ごめんなさい。隊長。ごめんなさい許してください。本当に、すみませんでした」
姫は、何度も頭を下げて、隊長に謝罪するのだった。姫の態度も変わり。謝罪する姿を見て、この場の者も皆が立ち上がった。そして、副隊長が、無言のままの隊長に言葉を掛けるのだった。
「隊長。姫も謝っているのですし許してあげませんか?・・・それに、噂などは誤解の可能性もありますし、まずは、前木の話を聞いてみては、どうでしょうか?」
「まあ、そうだな。前木のこともだが、姫の護衛の役目の隊なのだし、姫が、何か言ったのだとしても、わしが怒りを感じるのは変だったな」
「それでは、酒でも飲みましょう。酒宴を再開しましょう。それも、前木が誤解だと言うのですから、その話を摘みとして酒を飲みましょう」
副隊長が、その騒ぎの締めの言葉を言った感じだったが、皆が、それぞれと、動きだしたのは、隊長が、その場の地面の上に座ってから仕草で酒を寄こせ。そんな仕草をしたからだった。そして、前木は、隊長が酒を一口飲むのを待ってから話し出した。
「わたしの妻は・・・」
「そうか、そうか、すまなかったな。あのまま話しを聞かなければ、切り殺していたかもしれない。本当にすまない。許して欲しい」
「いいえ、こちらこそ、この時代の一般常識を知らなかっただけです。だから、何も気にしないで下さい。でも、本当に、怖かったですよ」
「まあ、だから、本当に、すまないと、なんども・・・・だが、女性を押し倒したなどの噂は、無実かなのかは、それは、まだ、証明はされてはいないのだぞ」
「すっ、すみません。少し、ふざけ過ぎました」
「まあ、こちらが、悪いのだ。気にするな」
前木の話を聞いて、皆は、一つの噂は勘違いだと分かってもらえた。それで安堵したのだが、それでも、隊長は姫に、いや、皆にも親しみが感じられず、姫の方も隊長を他人行儀のような接し方なのが気に掛かり、自分の噂だが、二人に問い掛けてみたのだ。
「大丈夫ですよ。誤解は解けたのです。他も間違いのはずです」
「ありがとうございます。それで、他の噂とは、何なのでしょうか?」
「それは・・・・隊長。その話とは、どのような話しなのでしょうか?」
姫は、周囲の皆に問い掛けの視線を向けたが、皆は目線を逸らすだけで、何も言う者はいなく、それで、仕方がなく、隊長に、問い掛けたのだった。
「それは・・・だな・・・」
「この村では、殆どの時間を共に仕事をしていました。ですので、この村での噂なのでしたら誤解のはずです。それは、わたしが、それを証明できます」
貝の話しで全てが終わったはずなのだが、新だけが、鋭い視線で前木を見続けた。直ぐに、周囲の皆は、前木の噂を誤魔化そうとしたのか、酒宴は再会したのだ。それで、新が鋭い視線を向け続けたことに、誰も気付く者はいなかった。
「前木・・・夫人の・・・」
もしかすると、嘘の噂を広げた。その一人なのか、引きつった表情で酒を注ぎにきた。
「未来人は、武術などしていない。そう聞きますしね。もし女性を押し倒すとしても、この時代の女性なら少々の武術の心得くらいありますから、老人では、なおさら無理なのは分かっていましたよ。わははは!」
「そうですよ。そうですよ。自分も、そう思っていましたよ。わははは!」
数人の男女が、次々と現れては、本心なのか嘘なのか分からないことを言いながら酒を注いでは帰って行くのだ。それは、誰でも分かる様子であり。隊長も噂を流した犯人が分かり。噂の全て嘘だと分かった。そして、前木に視線を向けると同時に頭を下げるのだった。前木も、その意味がわかり。肩を竦(すく)めたのだった。
「姫。少しの時間ですが、良いですか?」
周囲は、前木の話題で騒がしかった。そんな雰囲気に不満だったのだろう。新は、姫の耳に囁く程の近くではないが、姫だけに聞こえる声で問い掛けた。
「・・・・」
姫は、頷いた。そして、新は、姫の手を引いて、人気のない方に、倉庫がある方に歩いて行くのだった。その様子を見て引き留めようか、護衛として付いて行こうかと、視線で隊長に伝えたが、自分のことの様に幸せを感じている表情を浮かべながら首を横に振るのだった。
「どうしたの?」
「あの男ですが・・・」
「前木のこと?・・・知り合いなの?」
「はい。ですがね。先ほど初めて会いました」
「そう・・・」
姫は不思議そうに、新の顔を見た。
「ここに、この世界に来ることになった原因でありますが、そんなことよりも、あの男の奥さんが、何年も何年も夫の帰りを待っているのですよ。そんな様子を見ていると、本当に不憫でした。それなのに、そんな男が、あんなに喜んでいる姿を見ると・・・怒りを感じます。できれば、奥さんの所に帰してあげたいのです。それに、あの笑みには、絶対になにかあります。あの男は信じないで下さい。それを言いたかったのです」
「そうね。奥さんが、本当に可哀そうね。私もそう思うわ。何とかして、奥さんが待つ家に帰してあげたいわね。いや、必ず奥さんが待つ未来に帰しましょう」
「それと、前木が、何を企んでいるかですね」
「そうね。そうよね。全てを捨ててまで、それも、命の保証もない。この時代に来るなんて、何か企みがあるはずね」
「そうですよ。そうですよ。もし、いや、絶対に、過去に行く企みと言えば、この時代の過去として起きた。その歴史を変えて、未来で大金持ちと地位を得るためですよ」
「そうね。そうね。それしかないわね・・・・・・う・・・ん」
「どうしたのです?」
「隊長に話した方がいいかな・・・そう悩んでいたわ」
「それは、言わない方がいいでしょう。隊長は、自身の気持ちよりも、隊や大勢のためなら前木の命など考えないはずです。奥さんのため、いや、前木でも死んで欲しくはないのです。勝手なことを言って、本当にすみません」
「いいえ。わたしも、そう思います。奥さんのために無事に未来に帰しましょう」
「・・・煙?・・・火事?・・・・」
新は、姫の後方である。倉庫の方から白い靄(もや)を見て言葉を失くした。
「えっ?」
姫は、新の不審とも恐怖とも感じている。視線の先を見た。
「誰か!誰か!」
姫の叫び声で、皆も何が起きたのかと、倉庫の様子が分かった。だが、何が遭ったのか分からないが、誰かが火事だと叫ぶと同時のことだった。水だ。水だ。と叫ぶ声と、早く消火だ。消火だと、水入りの壺などを持ち出して倉庫の周りに皆が集まった。倉庫の近くに来ると、火事ではないことが分かる。だが、何が起きているのかと、茫然とするだけだった。それでも、この場の混乱などを収めるために、隊長と村長が、現場である倉庫の前に現れた。
「これは、何だ?」
隊長と村長は、誰かに言ったのではないが同じような言葉を問い掛けた。
「・・・・」
隊長と村長の声が聞こえる周囲の者は、誰も答える者がいなかった。何が起きたのかと言うと、一つの倉庫から隙間という隙間と入口から煙ではなく、吹雪みたいな冷気が漏れ出ていた。
「そう言えば・・・」
「えっ?・・・理由を知っているのか?」
村長が何か思い出した。そんな、独り言のような言葉だが、隊長が問い掛けたのだ。その言葉を聞こえたのではないが、前木と貝が現れたのだ。
「これは、冷蔵倉庫の実験をしていたのですが、この状況なら成功ですね」
「こんな状況で、成功なのか?」
「はい。間違いなく、確実に食料は凍結ができて長期の保存ができます。これ程の冷気なら大成功ですね。でも、想像以上の冷気でしたので驚いていますよ」
まるで、学者の自分の思考だけの答えのような感じであり。隊長が問い掛けた。その答えも一般的な答えとは違っていたのだ。
「あのなぁ!」
隊長は怒りを感じた。この場の様子と人々の呟きを聞いてのことだった。
「隊長!お待ち下さい。これには、理由があるのです」
貝が、隊長と前木との間に入った。
「理由だと?・・・」
「はい。正しく壺の機能が働かないためです。それも、この村全体のことですので、それで仕方がなく、どのような結果になるか実験するしかなかったのです」
「その件は、分かった。調査しなければならないなぁ。だが、この倉庫は、このままにする訳にはいかないぞ」
「それは、大丈夫です。倉庫を完全に密閉して、壺を逆さに置けば冷気も軽減するでしょう。それで、問題は解決するはずです」
「最終的な計画は分かった。だが、それを完了するまでは、このままの状態で放置するしかない。そう言うことだな?」
「はい。そうなります」
「それだと、村の周囲の調査と倉庫などの作成に、隊を二つに分けるしかない。だが、まあ、全ては、明日からだとして、さあ、明日からは大変だぞ。続きだ。続きを始めるぞ」
隊長の一言で、酒宴は、再会された。皆も、明日以降からは酒など飲めるゆとりもない。そう思って、先ほどよりも盛大に酒宴の続きが始まったのだ。
村人と隊の者たちは、隊長の一言で酒宴は再会された。少々再会した時の方が騒がしいように思われた。冷凍倉庫が作られる。その話を聞いたことで、村の様々な問題が解決する。そう思ってのことだろう。それと、久しぶりの調査のこともあるのだろう。だが、村長宅の中だけが、数人で静かに会話がされていた。
「今回は、姫に探索の指揮を取ってもらいたい。勿論、わしが補佐はするがなぁ」
「はい。分かりました」
「それよりも、赤い糸は、何か反応は示しているのか?」
「何て言うか、反応がない。というか、指示をしたくても迷っている。そんな感じなのですが、何がなんだか、こんな感覚は初めてで分からないのです」
「そうなのだなぁ。やはり、時の流を狂わす異物があるのかもしれない」
「安心して下さい。必ず、見付けましょう」
「副隊長。捜索を楽しみにしているのに悪いが、お前には、村に残って監督して欲しい」
「うっ・・・・」
「貝。すまないが、お前もだからなぁ。お前には、前木がする行動の監督、監視、これ以上の騒ぎを起こさすな!」
「分かりました」
「わしは、こいつを信じていない!」
「ちょっと、いいですか?」
前木が、この場の雰囲気など気にしていない感じで問うのだ。もしかすると、自分の命を懸けてすることがあるのか、ただの好奇心なのか、馬鹿なのか、この場の者は、身体が凍る程の隊長の鋭い冷たい視線を見るのだった。
「何だ?」
「未来から来た人とは、この方なのだろうか?」
「そうだが、何か?」
人を殺せるのではないか、そう思える程の殺気を放ちながら隊長と新は問い掛けた。
「わたしの手違いで、この過去の縄文時代に来てしまったはずだ。なるべく早く、未来に帰れるようにする。だから、心配しないでほしい」
「何を言っているのだ。お前は、未来に帰らないのか、奥さんが、毎日毎日、祈るように無事なのかと心配しながら待っているのだぞ」
「妻を知っているのか?」
「そうだ。知っている。お前は、何のために過去に来たのだ?」
「それは、この場に、自分の思いと考えを伝えたい者の全てがいる。丁度、良い機会かもしれない。この縄文時代に来たのは、姫に会うためです」
「なんだと!」
隊長と新が、今直ぐでも掴みかかるのではないか、そう感じて、隊長には、貝と副隊長が、身体を押さえる。新には、姫が止めていた。
「自分には、左手の小指に赤い感覚器官があるのです。間違いなく、姫の運命の相手です。それは、これで、証明できるはずです」
左手を姫に見えるように片手だけを前に突き出した。
「えっ?」
(私の運命の相手は、新さんではないの?・・・でも、たしかに、赤い感覚器官があるわ)
「自分の運命の修正のために過去を変えに来たのです」
「なんだと、未来の世界に妻がいるのに、それでも、運命を変えに来たのか?」
「未来にいる。奥さんは、どうするのだ?」
「自分だけではなく、未来に居る妻の人生を変えるためにも、この縄文時代に来たのです」
「そんな姿の年寄りが、若い妻を持ちたい。そう言うのか!」
隊長と新は、同時に同じことを叫んでいた。
「過去を変えれば、未来の世界も変わる。もしかしたら、若返って人生のやり直しができるかもしれない」
「そうなのか?」
隊長の言葉で、この場の者は、姫に視線を向けた。
「はい。おそらくですが、この縄文時代の何かを変えた場合は間違いなく未来も変わるでしょう。すると、若返って人生をやり直す。その可能性はあります」
姫は、悲しそうな表情で前木の顔と左手の小指を見てから新に視線を向けた。だが、新は、常になのか、癖なのか、左手をズボンのポケットに手を入れていた。
「この村の全ての原因は、お前のせいなのか?」
隊長が、怒りの感情のまま問い掛けた。
「それは、分かりません。まだ、何もしていませんし・・・何をするのかも分からないのですから・・・もしかすると、未来人が過去にいるだけで時の流が変わり。運命の修正が自動的に開始しているかもしれません」
「それだと、お前が、何か行動すると、運命の修正が開始する。そう言うことになる。と言うのか、ならば、何もするな!」
「ですが、あの墨は、前木の持ち物を使ったことで・・・・」
「何だと!だが・・・変だ。変だぞ。わしにも赤い糸が見えるぞ。運命の相手しか見えない。そう聞いたぞ。違うのか?・・・」
「そうだな。男の俺にも見える。なぜだ?」
隊長と副隊長も見えていた。他の者も何も言わないが、見えているようだった。
「・・・・」
姫は何て答えていいのかと、俯くのだった。 そして、新は、そんな姿を見て・・・。
「全ての女性に見えるだけでなく、男にも見えるのだな。色情狂(しきじょうきょう)だな。お前の心の中を表している感じだ。だから、姫の運命の相手だとは違う。そう考えていいはずだ。それに、俺には、そんなの見えない」
新が、前木の赤い感覚器官が見えない。それは、前木とは、違う時の流に住む者なのだろうか?・・・。
「これで、話は終わりだ。前木には、この村に残ってもらう。監視は、貝と副隊長に頼む。それと、隊の半分は、倉庫などの作りだ。それも、副隊長に任せたぞ」
隊長は、ほぼ適当に、身振り手振りで村に残る者を選んだ。
「はい」
「もう一度、言うが、前木には勝手に何かをさせるな。倉庫だけだぞ。分かったな!」
(あんな老人だと、姫のために、人生の大半を姫の護衛として費やしたのだぞ。それが、それが、あの老人では納得できんぞ)
部下に八つ当たりのような指示を伝えた後だった。ぶつぶつと呟き・・・・。
「酔いが冷めた。酒だ。酒だ。酒を飲まなければ、やってられるか、飲み直して寝るぞ。お前らも、さっさと、酒を飲んで寝ちまえ!」
隊長は、怒りを抑えていたが、我慢ができなかったのだろう。怒声を吐くのだった。そんな、やけ酒で飲んでいれば、雰囲気が伝わり。それも、隊の最上級の上官であれば、部下も村人も酒など飲んでいられるはずもなく、村人は、隊の者たちに、一つの倉庫に寝具の用意をしてある。そう伝えるのだった。一人、二人と、案内して行くのだ。全ての者が倉庫で寝る頃になると、村人も家々に帰るのだった。
そして、村中の明かりも消えて寝静まるのだった。
「・・・・ん・・・頭が痛い・・・飲み過ぎたか・・・それにしても・・・うるさいな」
吹雪は、目を開けるよりも、酒の飲み過ぎのためなのか、人の声や何の音か分からない音がうるさいためか、両手で耳を押さえていた。
「今回の天幕は、誰の作りだ・・・防音の設定もできないのか・・・処罰が必要だな」
ゆっくりと目を開けて周囲を見回した。
「どこだ・・・あっ!村長宅か・・・なぜ・・・あっ!」
自分の思考の中では、天幕の中で寝ているはず。そう思っていたが、今の置かれた状況が理解できず。数秒だが考えて室内の内装で、長老宅だと答えがでたのだ。
「まさか!」
外から聞き覚えのある声が聞こえて、頭の痛さなど忘れて、即座に飛び起きて、そのままの姿で外に出たのだ。
「おはよう。やっと、起きたようですね。元気・・・ではないよね。また、お酒かしら?」
「婆!まだ生きていたのか!」
「婆とは何よ。あんたと同じ歳なのよ。それなら、あんたも婆でしょう!」
村人は、まるで、暴走族の挨拶なのか喧嘩なのか、そんな挨拶を見たことのあまりの驚きで村人の多くが失神する者がいたのだ。吹雪の様子は昨日の姿もあるが、天地(あまつち)さまとも姫とも言われていた。村人は、清楚な姿しか見たことがなかったのだ。
「結婚して、旦那も年頃の娘もいる。主婦だというのになぁ。いい加減に大人になれよ」
「あんたに言われたくないわ。だから、その歳でも独身なのよ!」
「何をいうか、わしは、黒髪族の筆頭の姫をお守りするたに生きてきたのだ。お前なんて子供ができたために狩猟生活を断念した脱落者だろうが!!!」
「ななっ、なにをいうか、それなら、子供の一匹でも生んでみなさいよ!」
男同士ならクロスカウンターだろう。だが、女性だからなのか、老婆だからなのか、お互いの身体をいたわってのことなのか、お互いの頬を同時に平手打ちするのだった。
「痛いだろう」
「痛いわね」
お互いに言いたいこと叫んだことと痛みを感じたことで正気に戻ったのだ。
「それで、なんで、あんたが、この村にいるのよ。もしかして、マジで、狩猟生活から脱落した者の顔を見に笑いに来たの?」
「・・・・」
吹雪は、天地の言葉で俯いてしまった。
「何かあったのね?」
天地は、この場の周囲にいる者たちに長老宅を借りると、そして、仕草で二人だけにして、誰も入って来ないで欲しい。そう伝えてから長老宅に入るのだった。
「・・・・・」
「わたしも話があったのよ」
「わしも、脱落者になったよ」
二人の女性は、適当な場所に座った。だが、吹雪は、何も話し出さないので、先に天地が話を掛けたのだ。そして、ぽつりと口を開いた。
「まあ、それは、それは、おめでとう。相手は誰なの?・・・やっぱり、副隊長さん?」
おめでたい。ことだと思って、自分のことのように嬉しく破顔するのだった。だが・・・・。
「そう言う意味ではないのだ」
「・・・・」
真剣な表情に戻り黙って言葉を待った。
「手が震えて・・・難しい神代文字は書けなくなった。それに・・・・右足が思いように動かない。もう狩猟生活は無理だ。それで、お前のように村を作ることを決めた」
「そうなの。なら、いろいろと、わたしで出来る事なら協力しますわね」
「それで、お前の話しとはなんだ。まあ、もしかしたら、と思うことがある。おそらくだが、予想はつくことだと思うのだが、なんだぁ~言ってみろ」
「半年くらい前から神代文字が正しく機能しないの。それで、山の村だけなのかと、海の村にも行ってきたけど、同じだったわ」
「やはりな。黒髪の姫に関係あるらしいのだ。それも、運命の相手が見付かったらしいのだ。その相手の男が、全ての原因なのかもしれない・・・・ん?・・どうした」
天地が、両手で口を押えて何か考えているようであり。何かを堪えているようだった。
「キャー、キャー、まあ、まあ、どうしましょう。まあ、どうしましょう」
「何がだぁ?」
「おめでとうの言葉が、先かしら、それとも、宴の用意をしてからの方がいいかしら、それとも、それとも、皆に知らせるのが先・・もしかして、村の人は、もう知っているの?」
天地は、吹雪の言葉など耳に入らず。この後のことの興奮と夢でも見ているようだった。
長老宅の中では、二人の女性だけが居たが、初めは、落ち込み、悔し涙を流し、喜びを表し、悩みを語り、笑、そして、興奮を表して、最後には、怒りを表していた。
「お前と言う~やつは!勝手に思い描いているようだが、嬉しいことではないのだぞ」
「なぜよ。運命の相手が見付かったのでしょう?」
「その相手が悪いのだ」
「えっ?」
「それも、老人で、未来人で、この一連の騒ぎの原因であり。自分の夢の一つなのか、若返りを考えている。それに、未来だが妻もいる。そんな、相手だ。それも、まだまだ、いろいろと、何かを考えているだろうし、この先のことだが、必ず面倒な何か起こす」
「それは、本当なの!」
「ああっ、それよりも、神代文字の専用の紙はあるか?」
「あるわよ。それも、大量にね。でも、駄目よ。正しく機能が働かないのよ」
「それは、大丈夫だろう。その理由が、その壺を見れば分かる。驚くぞ」
「えっ・・・おおっ!」
吹雪の指差した壺に近寄って中を見て驚きの声を上げたのだ。
「その墨が作れた。その理由も、前木という男なのだ」
「おっ、恐ろしい人ね」
「そうだろう。わしは、この周囲を調査する。だから、天地には、前木が、冷凍倉庫などいう物を作るらしいのだ。それ以外に、何かするかもしれない。その監視を頼みたい。もし何かあれば、わしが戻るまで皆を守ってくれ」
「それは、言われなくても、わたしの村ですから守りますわよ。安心して調査してきなさい。必要な物なら何でも持って行っていいわ」
「ありがとう。そう言ってくれて助かるよ」
「村のために頼むわ。それも、出来るだけ急いで、必ず、異常を探しだして下さいね。あなたのことだから心配はしてないわ。間違いなく、今回の頼みことでの、同等以上の補給物資などを持って行くのでしょうからね。必ず、使命と思って達成すると、期待しています。だから、急いで下さいね。だから!!さっさと、時間が勿体無いから行きなさい!」
「ああっ、後は、頼むぞ。では!」
吹雪は、何かを伝えようとして、天地の話が終わるのを待っていたが、追い出されてしまったのだ。
「副隊長。どこだ?副隊長!」
「はい。何の御指示でしょうか?」
「この村の周辺の調査を依頼された。今回の神代文字での壺などの使用が出来ない。その件の異常を発見して修復する。直ぐにでも、準備を終わらせて出発するぞ」
「その・・ですが・・・」
「この村の天地殿から許可が出たのだ。調査の件で必要とされる。あらゆる全てを好きなだけ持って行けるぞ。何をしている。だから、急げ!」
「ですが、白紙の馬車などを作りたいのですが、この場で作成できたとしても、調査の途中で紙に戻った場合を考えると・・・」
「そう・・・だな・・だったな・・・・」
「それでしたら、小屋も幌も使わずに、荷台だけの馬車なら可能かと、それでも、あの墨を少々だけ使えれば、可能という話しになりますが・・・それか、四、五人で組を作り徒歩で捜索では・・・連絡の壺くらいなら作成が可能かと・・・」
「ちきしょう。あの婆め!何が好きなだけだ」
「今、何と?」
「いや、思案していただけだ・・・・・それしかないなぁ」
(少しでも心配して伝えようとしたが、そんな必要はなかったな)
「承知しました。それと、壺が作れた者から捜索を開始させましょう」
「そうだな。まあ待て、今直ぐにでも、二つの壺を作って持って来てくれ、姫と新に直ぐに手渡して、調査に行ってもらう」
「えっ!」
「承知しました」
姫と新の驚きに気付いたが、隊長の指示を直ぐに実行する為に、この場を離れた。
「それ程まで、驚くことでも、変に思うこともないだろう。他の者たちは補助だぞ。様々な物を持って来ても、その判断するのは姫しかいない。そうだろう」
「そうでした。変な考えをして、隊長を疑って、すみませんでした」
「まあ、いいのだ。それよりも、新・・・・」
右手の手首だけを上下に動かして、新に近づくように指示をするのだった。
「もう少し・・・耳を貸せ・・・」
吹雪は、新の耳元で囁いた。
(お前が、姫に好意を持っているのは知っている。だが、前木の左手の小指の赤い感覚器官があるのは、知っているよな。それで、なのだが、二人で調査に行き。落ちている木の実でも石でも、なんでもいいから、姫に手渡せ。それも、異物の発見をしたとでも思わせて、愛を込めたプレゼントのように手渡すのだ。何度も、何度も、姫の気持ちをお前に向かせるのだ。もしかすると、前木の赤い糸は消えて、新に左手の小指に赤い感覚器官が現れるかもしれない。だから、真剣に自分の愛を心の想いを伝えろ)
「・・・・えっ!」
「嫌なのか?・・・出来ないのか?」
「いいえ。出来ます」
「それなら、姫を任せる。二人だけで行ってこい!」
「はい」
「それと、姫に伝えておきます。探索に必要な全てと、好きなだけの食料と神代文字を用途する紙だけでなく何でも持っていいぞ。その準備している時間で連絡の壺の作成は終わっているはずだ。出発する時にでも、副隊長に会って行け。壺を手渡す時に使い方も教えてくれるはずだ」
「はい。わかりました。その通りに致します」
「なら、早く準備を済ませて、直ぐにでも捜索に行きなさい」
姫と新は、隊長に、返礼として大きく頷いてから、この場から移動した。
「ねね、隊長と内緒で何を話していたの?」
「ん・・・特に・・・まあ、未来人だから未来の物や不具合と思えるのを探すのが楽だろう。それで、何かあれは、何も考えずに、姫に渡しなさい。そう言われました」
新は、何て誤魔化すかと、そんなことを思案していると、適当な一言を話すと、いろいろなことが自然と出てくるのだった。もしかすると、小さい頃にでも読んだ本の内容なのかもしれなかった。
「そうか、未来か、そうかもしれないわね。それなら、いろいろなことを頼もしい未来人として、そう言ったように頼らせてもらいますね」
「勿論です。名探偵みたいに、解決するために何でも見付けましょう」
「もう、私以外に、そんなことを言っても分かりませんよ。もうもう、過去の世界にいるって忘れていませんか、本当に頼って大丈夫なのかしら?」
二人の様子を見ている者たちがいた。それは、隊長と副隊長だった。笑みを浮かべながら話しているのだ。おそらく、二人なら大丈夫だと、新の左手の小指には、赤い感覚器官が現れる。と、時の流の修正も村の修正も解決する。そんな会話をしているようであった。
「そうね・・・まず、必要な物は・・・・」
村の隅々を回り不審な異物などの調査と村の外に行くための捜索に行くために必要な物も集めていた。
「夜間の寝泊りに使う簡易小屋の紙が欲しいのです」
「天地さまから、二人には何でも手渡すようにと聞いていますよ。それで、何枚くらいで寸法は何でしょう?」
「縦一メートル、横一メートルの紙を二十枚は欲しいのです」
「はい。分かりました」
天地たち一行が村に持ち込んだ。食料などの様々な荷台の整理、収納している者たちに近寄って、姫は、声を掛けたのだ。
「それと、荷馬車も借りられるといいのですが・・・」
「荷馬車ですか・・・分かりました。直ぐには無理ですが、神代文字の専用の紙と食料などの必要な物・・・そうですね・・・こちらで、三日分ほど適当に用意しておきます。ですので、一時間後くらいに来てくれませんか、それとも、自分で直ぐにでも選びますか?」
「いいえ。全てお任せします。そうね。二時間後にでも、また、来てみます」
「はい。承知しました」
姫と新は、まるで、デートの前日のような嬉しさで会話が弾み、周りの声や様子など気付きもしなかった。そんな一人の女性が・・村人全員の思いなのか・・・。
「天地さまも、紙の馬車(紙を折り紙用に折った。等身大の馬だった。そして、勿論だが荷台も紙で折った物だった)までお貸しになるとはねえ。何かね・・・」
「そうではないだろう。村の壺などの調査のためにしてくれるのだからね。少しでも調査を早く終わらせて欲しいからだろう」
「久しぶりにお会いしたのに大ゲンカしたらしいわよ。もしかして負けたからなの?・・だから・・・そんな噂もあるのよ」
「そうか、だが、これ以上は、その噂を広めるなよ。天地さまが悲しむぞ」
「そうだろう。好意でしているのに、負けたからなんて・・・」
「そうね。そうね」
女性は、自分のことのように真っ青な顔を表しながら立ち去るのだった。
そして、二時間が過ぎるのだった。あの男は居なかったが、多くの女性たちが待っていたのだ。その女性たちの後ろに、多くの荷物が積まれていた。おそらく、荷台にある物を持ち寄った者たちや用意を手伝った者たちなのだろう。これは、天地さまの好意ですからと、言っては、物に指差して言うのだった。
「皆さん。感謝します。出来るだけ早く修復しますからね。いろいろと、ありがとう」
一人一人に声を掛けられては同じことを言っては感謝の気持ちを伝えるのだった。この場の全ての人から言われ終わると、この場から逃げるように村の外に出るのだった。
「あのう・・・馬車に乗っているだけで、その・・・異物とか不思議な物などって発見できるのですか?」
「絶対と言っていいほど、馬車に乗っていては発見できません。本当に探すのなら歩きながらでないと発見するのは難しいでしょうね」
「えっ、ななっ、なんのための馬車なのですか?」
(隊長と約束したことが実行できない。必ず、会えば結果の報告を問われるだろう・・)
「ある程度の場所は、村の中で聞き回ったでしょう。それで、その辺りを探す目的よ。それに、近場なら、もう隊の人が探しているから会えるはずだわ。もし何か持っていれば回収するわよ。それと、隊長に何かの報告をするのなら先に聞けるしね。だから、何も心配はないわよ。新の役割は沢山あるからお願いね。勿論だけど期待していますよ」
「はい。どんな指示でも言って下さい。頑張ります」
「うん。やっぱり、男性がいると、本当に頼もしいです」
「それで、目的地は、どの辺なのです?・・・その場所までは遠いですか?」
「隊長に、頼まれたことがあるのです。村を作る場所の中心で様子を見て欲しい。そう言われたのです。そうですね。二つの天地村の山の村、海の村の中間で、始祖の墓地の入口を名乗るらしいです」
「う~ん・・・分からないです」
「そうね。天地村は、別名は、始祖の地の入口の村と言うのね。それを隊長に託されたの。本当なら隊長が足を捻挫した辺りに作る予定だったけど、それを断念して、山の村と海の村の中間の辺りになるわ。新が分かる距離だと、六十キロの半分だから三十キロくらいの所で、街道からは五キロくらい離れた所になるわ。そして、始祖の地までは、五十キロくらいで、その街道までは、五キロくらい離れていて、山の村までは三十キロなるわね」
新は、姫の話を少しだが理解した。それは、三十キロは馬車に揺られる。そう思った。
海の村に向かう街道を馬車で走っていた。目的の場所を知らなくても三十キロを走る。それが分かるだけでも、気持ちも身体の力配分もできる。馬車の馭者(ぎょしゃ)する者に聞くか、聞かないか迷ったことがある。自然に生えたとしては、不自然に、何キロごとに数本の大きな木々があるのだ。馬車でなくても徒歩でも手頃の木陰で休憩には適しているのである。勿論だが、雨やどりにも丁度良い感じなのだった。そんなことを考えていた隣に座る者が、三本目が見えたら声を掛けよう。そう思っていたのだが、木々が見えた。と思ったと同時に、馬車の手綱で馬の速度を落とす指示をしたのだった。
「あの木陰で少し休みましょうね。新さんも疲れたでしょう」
「そうですね」
木々の手前で止まった。街道と言っても石が敷かれているのでもなく街道と思う何かがある訳でもないが、逆に、馬車などが通ることに何も障害ない。だから、街道である。そう思うのだった。やはり、一本の木には縄などの擦り痕があり。姫も同じように結ぶのだった。そして、その根元に、小さい壺が置いてあった。
「やはり、使えないわね」
「ん?・・・何て言ったのです?・・・あっ・・・この壺のことですか?・・・おっ!」
新は、少し屈んで中指でコンコンと、壺を叩いた。すると、チョロチョロと水が湧き出てきたのだ。
「えっ!何で!」
村の壺と同じように神代文字で書かれた。その用途が使えない。そう思ったのだが、驚くことに、新が、壺を触ると水が出てきたことで、偶然のことか、詰まっていたのか、現代の機械でも時々あるような接触不良と同じ感じで、文字の上に土や埃などが付いていたことで不具合だったのかと、様々な問いを浮かぶが、無理に気持ちと思考を心の底に押し込むことで納得するのだった。
「動物と植物用でしたか?・・・でも、凄いですね。こんな小さい壺で凄い機能ですね。現代で同じような事をするとしたら大掛かりになるでしょうね・・・・ん?・・・」
新は、右手で水を汲むと感じたことで、姫が驚いたと感じたのだ。それを止めようとしたのだと、新の話を聞いていなかったのか、と顔を姫に向けた。
「あっああ・・・そうね。そうね。動物が近づくか、木々のために定期的に水が湧くように神代文字で書いた機能でしょうね・・・でも、人も飲めるわよ」
「そうなのですか・・・冷たくて美味しそうですね」
「紅茶でも淹れましょうかね」
「はい」
姫は、荷馬車から蓋付き陶器の茶碗を取りだして、お茶の葉を一杯分だけ入れて水を入れるのだった。それも、二つの茶碗に入れた。自分用と新の分である。蓋を閉めて地面に置くと、電気ポットのように湯が沸くのが感じられた。沸騰が終わると、新に手渡した。新は、蓋を取り茶碗の中には多くの茶の葉があるので一緒に飲むのかと思ったのだ。
「・・・」
姫は、蓋を取るのでなく、少しずらして茶の葉が出てこないように飲むのだった。
「美味しいですね」
新は、姫と同じように蓋を少しだけずらして飲んだのだった。
「美味しいのは分かるけど、どうして笑っているの?」
「ラムネの瓶の飲み物を飲んだことありますか?」
「あああっ!ビー玉を突起物に止めて飲む。あれね」
「そうそう!飲み方って、いろいろあるのだな。そう思って面白くなってね」
「面白いか、まあ、神代文字を読めれば、作り方と飲み方が書いてあるのですよ」
「ほう」
「電気製品の説明書と同じにね。茶の葉を何グラム、水が何CCとかね。絵と文字で説明が書かれてあるわ」
「ほうほう」
二人の会話が弾み始めた頃だった。連絡の壺からラジオの受信装置から聞こえるような雑音が、それも人の言葉のような小さい音が響くのだった。
「ん?・・ラジオ?・・・」
「えっ・・・ああっ、まだ、新の連絡の壺との個人設定をしていなかったわ。だから、全ての壺と繋がっているのね。でも、この調子の雑音の響きなら遠くからなのかしらね」
姫は、連絡の壺を持つ者がいるのかと、周囲を見回した。すると、壺を布で拭きながら向かって来る者がいた。ときどき、壺を耳に当てて不思議そうに首を傾げるのだった。
「ここよ!」
姫は、その者に向かって右手を上げて手を振るのだった。その者は、姫の声が聞こえたのか、手を振る姿を見たからなのか走って向かってきた。
「姫でしたか」
息を整えながら驚きを表すのだった。
「一人で探していたのですか?」
「いいえ。二人です。それでも、一人一人で別れて探そうと・・・でも、連絡の壺が使えなく、どこにいるのかと、仲間を探して、この辺りをフラフラしていたのです」
「それで、わたしの手を振っているのを見て・・・って、ことは、仲間って女性で、今もフラフラと連絡もできずに、迷子の状態なのね!」
「そうなりますね」
「何を落ち着いているのよ!直ぐに探すわよ!」
「分かった!それで、どっちに行けば!」
「私たちが行くはずの方向へ。わたしは上空から来た道を戻るわ。そして、あなたは、この周囲を探しなさい!」
姫は、直ぐに上空に舞い上がった。そして、直ぐに下を見た。新は、指示の通りに、これから向かう方向である。街道を道なりに進んでいた。自分も迷子にならないためだろう。そして、男は、姫たちの馬車のある木々が見える周囲を探していた。
「やはり、あの男よりも頭が良いわ。女性だと言ったけど上官なのかしら」
女性は、自分が迷子とは思っていないだろう。男とはぐれて連絡もつかない。そのために動かずに、焚き火を熾して煙を上空に上げていた。それも、男が現れた場所から一キロくらいの場所だった。もう少し探していたら会えたはずだろう。そして、女性の前に現れるように、ゆっくりと、ゆっくりと、下りて行った。
「姫様?・・・どうして、この場に?・・・」
「わたしたちも調査していたのだけど、突然に、あなたの部下?・・・連れが現れて、あなたが、迷子だと言っていたので探していたのですよ」
「妻です。いや、まだ・・隊長の村ができたら結婚する予定です」
「自分の妻も守れないのね」
「まだ、見習だから・・・でも、畑や田んぼなどのことは詳しいのよ。そんなことの話を聞いていたらね・・・」
「そうなの・・・出来たのね・・・」
「はい」
「そんな身体なのに、あなたって凄いわね。もう仕事は完了したのね」
「この中に、あればいいのですがね」
背負い籠を指さした。
「村の回収場に置いて下さい。村に帰った時に確かめます」
「それなら、直ぐに村に帰って・・・」
「いや、一度、馬車がある場所に集まりましょう。紅茶でも淹れます。その後にでも、ゆっくりと村に帰るといいわ」
「はい。そうします」
二人の女性は、馬車がある場所に向かった。その途中で、男と会うが、心配そうな表情というよりも、何か仕事で失敗して上司から逃げている。そんな表情を表していた。三人の男女は、無言で歩くのだが、特に、上官の女性が、男に何か言いたそうにしていた。そして、馬車に戻ると・・・。
「私たちで、紅茶の用意をしておきますので、姫様は連れを迎いに行っては、どうでしょうか?・・・まだ、私たちを探しているのではないでしょうか?」
新なら適当な時間で戻るはずだが、と言うつもりだったが、会話の声色や様子から二人になりたい。何か、男に言いたい。そう感じられたので、新を迎いに行くことを決めたのだ。直ぐに、上空に舞い上がり。その途中だった。女性は、姫に声が届かない。そう思ったのだろう。だが、はっきりと、聞こえた。
「何していたの!相手の場所が分からなくなったら動かずに、焚き火を焚く。そう指示をしたでしょう。それに、一つも探せないなんて、今まで何をしていたの!」
姫は、今の会話だと、男が真剣に探しに夢中になり。女が迷子になったのではなく、男のことだったのかと、そう思った。それと、二人だけにしても安心だと感じて、新を迎いに行くのだった。
「新さ~ん!」
「お~い。お~い。姫!お~い」
新は、上空で浮いたままの姫を見た。直ぐに返事を返す。その返事ではないだろう。だが、姫は、ゆっくりと降りてきて、新の前に降り立った。
「もう、見つかったから帰りましょう」
「そうなんだ。女性は見つかったのだね。それは、良かった。なら、帰ろう」
姫は、新の左手を握り歩き出した。空に舞い上がりことをしないのは、あの男女に、少しでも長く話す時間を作ろうとしたのと、姫も二人だけの時間が欲しかったのだ。あの男女には見せられない。嬉しそうな笑みを浮かべながらゆっくりと、ゆっくりと、歩いて馬車が置いてある場所に向かった。
「新さん。あの二人はね。隊長の村ができたら結婚するのだって」
「そう、そうなんだ」
「それにね。女性の方はね。もう妊娠していたわ」
「えっ、本当ですか?・・・それで、妊婦なのに仕事していて大丈夫なのですか?」
「今はね。でも、何か理由でも作って村に帰ってもらうわ」
「何か、良い考えでもあるのですか?」
「まあねぇ」
「妊婦さんなら馬車を貸した方が良いのでない?」
「大丈夫よ。そんなことを言ったら逆に怒られるわよ。だから、言わない方がいいわ」
「女性って複雑だね」
「そうなのよ。新さんも女性を怒らせない方がいいわよ。怖いわよ」
そんな話をしていると、馬車が見えてきたのだった。近づくにつれて男女の声が聞こえてくるのだ。それも、女性の愚痴でもあり。指導とも怒りとも感じる声だった。
「もう何を考えているのかしら、妊婦を興奮させて、母子の身体が心配だわ。直ぐに止めなくてはならないわね」
姫は、言いたいことだけを言ったからか、新と共に少しでも長く歩きたいだけだったのか、即座に走っても途中で疲れて歩くことになり。時間的には同じ結果が分かっていたからか、それとも、自身で言ったことの覚悟を決めたのか、そんな、様々なことが考えられる。だが、二人の声を聞くと、姫は、二人の男女の仲裁のために突然に走り出した。
「あっ!姫!待って下さい」
新も走りだしたが、二人の男女のことではなく、姫が心配なために追い駆けたのだ。
「あなたは何をしているのですか、あなたの上官というか、想い人は、お腹に子供がいるのですよ。それを知っているのですか?それを知って興奮させているのですか?」
姫は、二人が会話している。その後ろに立つと、男に向かって叫ぶのだった。
「えっ!本当なのか?」
男は、姫の話を聞く前までは黙って俯き、時々、何度も頷くが、まるで、突然に父としての覚悟を芽生えたのか、顔を上げて真剣に女性の顔を見て問い詰めた。女性は、突然のことで怒りを忘れて、恥ずかしそうに、いや、嬉しそうに頷くのだった。
2019年8月12日 発行 初版
bb_B_00160673
bcck: http://bccks.jp/bcck/00160673/info
user: http://bccks.jp/user/125999
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。