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運命の人は隣にいるよ。上巻

垣根 新

垣根 新出版



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運命の人は、隣にいるよ。
 


 第一章 紀州とは当時、北海道     第二十三章 紀州とは当時、北海道
 青森王朝の首都だった。その一     青森王朝の首都だった。    その二
 第二章 男女三人の出会い       第二十四章 交易人の思惑   その五
 第三章 神代文字の効果 その一    第二十五章 長老からの頼み事 その一
 第四章 神代文字の効果 その二    第二十六章 特別な日     その一
 第五章 猫と手紙の回収 その一    第二十七章 特別な日     その二
 第六章 猫と手紙の回収 その二    第二十八章 長老からの頼み事 その二
 第七章 猫と手紙の回収 その三    第二十九章 長老からの頼み事 その三
 第八章 交易人の思惑  その一    第三十章  長老からの頼み事 その四
 第九章 交易人の思惑  その二    第三十一章 旅立ち      その一
 第十章 猫と手紙の回収 その四    第三十二章 旅立ち      その二
 第十一章 手紙の内容と手紙の意味   第三十三章 旅立ち      その三
 第十二章 刀と思い出と土偶      第三十四章 戦い、復旧
 第十三章 土偶と神代文字の治療    目的地の不安         その一
 第十四章 神代文字の治療 その一   第三十五章 戦い、復旧
 第十五章 神代文字の治療 その二   目的地の不安         その二
 第十六章 縄文王国の開祖とオーパーツ 第三十六章 戦い、復旧
 第十七章 交易人の思惑 その三    目的地の不安         その三
 第十八章 交易人の思惑 その四    第三十七章 目的地に向かって
 第十九章 孫と老人と紙飛行機 その一 再度の出発          その一
 第二十章 孫と老人と紙飛行機 その二 第三十八章 目的地に向かって
 第二十一章 禁忌の唄     その一 再度の出発          その二
 第二十二章 禁忌の唄     その二 第三十九章 目的地に向かって
                    再度の出発          その三

運命の人は、隣にいるのよ。

左手の小指の赤い感覚器官(赤い糸)と、背中に蜻蛉の羽に似た羽(羽衣)。を持つ者の旅は、運命の相手を探す旅でもあるが、民であり。同族でもある。この地の多くの者たちに、始祖の言葉を伝える旅でもある。それは、衣、食、住のことでもあり。医術、精神、信念、行い。全ての生きる目的を教える旅でもある。それは、始祖の直系であり。一族の長の義務であり。人々の頂点に立つ者の義務である。それを一言でいうのならば、後の世では、狩猟生活と言われるが、その使命を司る。その補佐をする者や教えを聞く者たちには、敬意を込めて巡幸と言うが、皆は、好意を込めて巡幸にいらしてくれた。と喜び感謝の印として祭りを開くことから縄文王国の設立の理念となり一万年も繁栄する。だが、超大震災が二度も、それも、正確に五千年ごとに起きる。この超大震災が起きた区切りから縄文時代の前期、縄文時代の後期と区別されるのだ。それ程までに文明が衰退し文明の利器など全てが無くなってしまう。民たちの最低限度の生活を維持するために巡幸が再開した。縄文時代の後期には、種族の長などの数えるくらいの者以外は、正確な意味も忘れられていた。そして、一万年が過ぎ、同族の多くが、様々な理由から狩猟生活をできなくなり。定住の生活になるのだが、文明との意味であるのか、文明の悪戯というのだろうか、禁忌とされていた場所も、始祖の言葉を伝えるためと、全てを知るためと理由をつけて全てが発掘される。それで知るのだ。始祖とは、地球外生命体であり。文明の元とは、宇宙遭難グッズを利用した応用品が発展したのが文明だと、人類も宇宙遭難者のための友であり。恋人であり。母や父であるための代用だと知ることになる。それならば、なぜに、多くの人を作ったのかと、それも、知ることにもなるのだ。地球の現在で例えるのならば、無人島に流れ着き瓶に助けを求める手紙を流す感じだ。それも、宇宙遭難グッズであるのだから機械であるのだが、故障のために正規の推進力は使えずに、殆ど宇宙を漂うだけ、それでも、目的地に着き救助が来るまでの計算はできた。それは、百万年という気が遠くなる年数だった。勿論だが宇宙人でも生き続けられるはずもなく、遺伝子だけを残して、同胞が母星に持ち帰って欲しかっただけ、そのためだけに人類は造られた。遺伝子の保管と百万年後まで維持させるためだった。それを知るのだが、多くの巡幸をする者たちは、全てを教える場合もあるが、一握りの者だけ、全ての生きる目的だけを教えて、始祖のことだけは、各自が考えた作り話を伝えるのだ。特に、女性は、愛されて生まれたのではないと、運命の相手とは、遺伝子の劣化を防ぐため正常に近い遺伝子を探すことだと知ると、隠遁(いんとん)者の生活する者が多いのだ。それでも、全てを知っても、一人の女性は、運命の相手を探しながら狩猟生活という名の巡幸をするのだった。それと、女性と同じ一族だが、直系ではないために何も知らないまま運命の相手を探す旅をしていた。

第一章 紀州とは、当時、北海道、青森王朝の首都だった。

今の世では、誰も知らない。高度な文明があったことも忘れられた。それも、一万年以上も続いた王朝であり、首都は、紀州と言われて、現在では、北海道、青森王朝のことであり。縄文文明と言われ、その末期のことである。今から三千年前のことであった。ある泉で女性が一人で水浴びをしていた。少し泳いでからのことだった。透明で光の屈折で、やっと、見える。そんな物が背中に蜻蛉(ウスバカゲロウ)のような羽があり。羽衣と言われている物であり。その羽衣を背中から外すと、枝に掛けて、再度、水浴びをしていたのだ。なぜに、そんな行為をしていたのか、それには理由があった。身体に付いたままだと羽衣の特殊機能で水が弾いてしまうのだ。もう少し詳しく言うと、弓の矢でも刀の刃でも何もかもが弾いてしまうために水との戯れもできない。それに、身体の汚れを落とせないからだった。
「もう~堪らないわ。本当に気持ち良すぎる・・・あっあぁ・・・」
「・・・琴の音の・・・待つぞ恋しき・・・」
「ん?・・・えっ?・・・」
 女性は、疲れていたのだろうか、久しぶりの水浴びだったからなのか、温泉に入った時のように、うとうとと、している時だった。夢なのか、現実なのか、和歌が聞こえてきたのだ。古い歌であり。特に女性の間では有名な歌だった。惚れ薬を飲ませるよりも効果がある。とされた。禁忌とされている和歌でもあったのだ。それも、男性が、女性に歌ってはならない歌だったのだ。
「紀州こそ~妻お身際に~琴の音の~床に吾君お~待つぞ恋しき~」
 若い男性の声色で歌われたのが聞こえてきた。だが、女性には・・・。
「はい。勿論ですわ。本気の気持ちです。貴方が大好きです」
 女性は、夢の中で、幼子頃に大好きだった。男性の夢を見ていた。一度も告白もしていない。だが、夢の中では、女性が、大好きだった男性に、今の和歌を歌って告白しているのだ。その場面を見ていた。そして、男性が、本当に、自分のことが好きなら構いませんよ。結婚しましょう。そう言われている場面だった。女性は、嬉しくて言ってはならない言葉を告白の返事を返してしまうのだ。
「本当に、僕で良いのですか?」
「はい。そうです。何度も言いますが本心ですわ。歌の意味も知っていますわよ。
 紀州にいらしてください。私は貴方の妻になって、いつも、御側で琴を奏でて差し上げましょう。布団を敷いて貴方が来られるのを恋しい想いでお待ちしています。
 歌の通りに、布団を敷いて、お待ちしていますわ。キャッ、キャ!」
「ふっふっふっとっと布団ですか?」
「えっ・・・・子供?」
 女性は、振り向くと、顔だけでなく耳まで真っ赤にした。十五歳くらいの男の子が立っていたのだ。
「き・・れ・・い・・綺麗・・・」
「・・・・ありがとう・・・」
 女性は、夢に出ていた。その男でもなく、現実の男が立っていることにも驚くが、それも、未成年の男性だったことで、脳内の思考が何も判断ができずに、裸体を隠すこともなく、茫然として立っていた。そんな時だった。
「なっなな何をしているの。女性の水浴びを覗き見するなんて!何を考えているのよ!」
 男性は、十五歳の男の子、後ろから現れた。同じ十五歳の女の子だったが、女性は、年上の姉のような態度で叱るのだった。この時代、成人は、女性は十三歳、男性は、二十歳にならなければ、大人と認められない。そんな法律と子を生すことができる人体の器官のためだった。
「もう男の子ってエッチで馬鹿だから困るわね。本当に、ごめんなさいね」
 女の子は、自分の上着を脱いで、女性の裸体を隠しながら謝罪するのだった。
「ありがとう・・・あっ!」
「どうしたのです?」
「わたし・・・禁忌の歌に返事をしてしまったわ」
「えっ!」
「どうしよう・・・どうしよう・・・」
「もしかして、紀州こそ、妻お身際に・・・上から読んでも下から読んでも同じ歌?」
「そうそう、そうよ。それよ。もう~どうしたらいいの!」
「大丈夫だと、思うわよ。だって、まだ、未成年だしね」
「本当なの?・・・本当なのね」
 女の子が、何度も頭を上下に振るのだった。
「本当に、よかった・・・安心したわ。なら、言葉の縛りは、されてないわね」
「それに、私たちと違って赤い糸を持たない種族?・・・または、子供で大事なところに毛が生えていないか、もしかすると成人になると毛と一緒に赤い糸も生えてくるかも・・・」
「それなら、何で一緒に居るの?・・・それに、一緒に旅をしているのでしょう。そうでなければ、この近くに村はないわよ。かなりな辺鄙なところよ。そうでなければ、無警戒で泉に裸でなんて入らないわ」
「それは、わたしの赤い感覚器官が・・・赤い糸が・・・あの子に、わたくしの赤い糸が反応しているの・・・男性って成人になると、赤い感覚器官と羽衣が現れる。とも言われているし・・・だから、一緒に旅をしているの。それに、あの人の夢を叶えたくてね」
「夢?」
「そう、美人なお姉さんに一目ぼれしたから探しているのよ。それも、名前もしらないし。どこにいるかも分からない。そんなお姉さんを探し続けているの」
「馬鹿なの?」
「男って、み~んな~馬鹿よ」
「えっ、どうして?」
「分からないの?。本当に馬鹿なの?。あんたが岸にいるから泉から出られないのよ」
「あっ!ごめんなさ~い」
 男は、全速力で、行き先など考える思考などあるはずもなく適当な方向に走って行った。
「いいの?」
 女の子は、大きく頷くのだった。男は、空腹になれば戻って来るのを知っていたからだ。
「それよりも、風邪をひいては困るわ。早く泉から出ましょう」
 女性は、泉から出ると、直ぐに着替えるのだが、女の子は、焚き火を焚いて、湯を沸かしていた。着替えが終わる頃には、湯が沸かされて紅茶を作りながら簡単な食べ物も用意していた。それも、嬉しそうに笑みを浮かべながらだった。
「美味しそうな料理ですね。クスクス」
 女の子は、口では悪口を言うが、男が帰って来る時間まで分かり好物も用意する。そう思うと、男にたいしての好意の深さが分かったのだ。
「嫌いな食べ物ってありますか?」
「いいえ。ありませんよ」
「なら、良かった。そろそろ、出来上がりますからね」
「うん。楽しみしているわ。正直に言うと、空腹で死にそうだったの」
「そうだったのですか」
「ねね」
「な~に?」
「神代文字って知らないの?」
「縄文字?・・・キープ文字?・・・」
「まあ、そうね。それもあるけど、縄文字は、海など交易の時に使うのが多いわね。そうでないと、墨では水や海水などで読めなくなるから仕方がないわよね。そうなると、神代文字は知らないのね」
「はい」
「それなら、見ていてね」
 女性は、懐から簡易な携帯の硯と筆などを取りだした。そして、硯で墨を作るのだ。
「黒い液体ね。美味しそうには見えないわね。それって、何の味なの?」
「墨も知らないの?」
 墨を作り終ると、和紙を懐から取りだして文字を書きだした。
「は・・い?・・・絵具だったのね」
「絵具とは違うわ。文字を書く墨というのよ」
「文字?」
「そう、これが、文字よ。そして・・・」
「・・・」
 適当な木を周囲から選んで、その木の先端に和紙をグルグルと巻いた。
「キャ!、なになに?。何なの火が点いたわよ」
 女性は、花押(はなおし、または、かおう)を書くと、直ぐに火が点いたのだ。たいまつが完成したのだ。
「これが、神代文字の効果なのよ」
「凄いわね。私でも出来るのかな?」
「誰にでも出来るわよ」
「まずは、花押から考えましょう。それも、直ぐには無理だから・・・そうね。わたしの花押を代用しましょうかね」
「はぁ・・・はい」
「火を点けるなどの簡単な神代文字なら使用ができるから安心して」
「おおおっ本当ですか!」
「そうね。縄文字なら分かるのよね。縄文字を七割くらい使用して、肝心な箇所を簡単な神代文字を教えるわね。それで、効果があるはずだわ」
「本当ですか、それなら、直ぐに使えるわね。連れが戻るまで出来るかな?」
 女の子は、嬉しそうに目をキラキラと、女性は、難しそうな表情を浮かべていた。

第二章 男女三人の出会い

女性は、久しぶりに興奮していた。だが、同時に、今までにない程に悩んでいた。それは、例えばだが、中学生に幼稚園児なら分かることを何て説明していいか、そんな感じだった。だが、それ以上に、今までの人生で、同族なら幼子でも保護者と一緒でなければ許されないことだが、火を熾すことなど、誰でも出来ることを目がキラキラと本当に光っている。そう思える程に喜び溢れて興奮している姿を見たからだった。
「まあ、いろいろ教えるよりも、まず、自己紹介するわね。私、黒髪家の裕子といいます」
「あっ、亜希子といいます。さっきの男の子は長馴染みの将太です。宜しくお願いします」
「それでね。このたいまつっていうか、その神代文字を憶えて使ってみたい?」
「はい」
 裕子は、不審を感じるのだ。あまりにも簡単に、共同の井戸の水を飲むのなら汲んであげましょうか、みたいな感じで簡単に、はい。と言う感じに頷くからだ。
「本当に、本当に憶えたいの?」
「はい」
「それって、この硯、墨、筆、和紙を購入してまで神代文字の機能を使ってみたいのね?」
「はい。それって、どこで手に入れるの?・・・それと、憶えるまで一緒に旅も付き合ってくれるのですか?」
「それは、別にいいけど、っていうか、購入を勧めて、それを買うのですから憶えるまではね。一緒に旅はしなければ、そう思ってはいたわよ」
「キャ~本当に、本当に、一緒に旅をしてくれるのね」
「勿論よ」
「でも、ねね、購入って何?・・・入?・・だから入手と同じ意味だと思うけど・・・」
「えっ・・・硬貨、紙幣、お金って知らない?」
「知らないです」
「そうか、まだまだ、関東、東北は、縄文時代の要となる。始祖の教えが生きているのね」
 有名な、尊、命のことではなく、だが、同じ、八百万(やおよろず)の神の血族の話しである。そんな、日本の空白時代と言われる。縄文時代の後期の東北のことである。その縄文の国は、人を造った始祖の思いをイザナギ、イザナミの二神が引き継ぐのだが、月日が過ぎると段々と変わるのだ。おそらく、元々、始祖の世界は完全な福祉国家だったのだが、地震、津波などの災害を経験、または、他国民からの脅威から守る。そして、民を飢えさせない。国民の守護であったのだ。この気持ちが強かったために、数回の行幸から始まり。一族単位に移って狩猟生活となり。衣、食、住の教えを民に直接に伝え回った。勿論だが、武力で民を守ることもあった。その思いは引き継がれて行くが、天照の頃には、狩猟生活で怪我や老いなどで脱落者とはきつい言葉になるのだが、その場、その場で点々と村が築かれた。元は狩猟生活をしていた者達の集まりになり。村々は自力で守れるだけではなく定住した結果でも福祉の制度は続き、さらに、田、畑が作られて飢えに苦しむ者もいない。それで、貨幣制度はなく全てを平等に分けるのだ。だからなのか、天照神の民衆愛の思想が続かれた。そのために、天照が直接の村々の行幸に行くことはなくなったのだ。だが、民と一緒に王族が楽しんだ国であったのだ。それが、縄文時代だった。
「それを持っていないと、購入って出来ないの?・・・なら、どうしたらいいの?」
「そうね・・・ねね、今まで欲しい物が有った時は、どうしていたの?」
「その物を持っている人の頼みごとを聞いて、ゆずってくれるわね」
「そうなのね・・・」
「それと、身に付けている物で判断されることもあるわね」
「えっ、それと、交換をするのね」
「いいえ。その元の所有者が、どれだけ、多くの者や村に恩義があるかで判断されますよ。何も頼まれごとをされない場合もありますし、簡単な頼まれごとの時もあります。その時々ですね。でも、人や物の場合にもよります。または、その元の所有者には恩義を返した。または、亡くなったとか、喧嘩したからとかで、その物を返す場合もあります。その殆どの理由は、もう、その物で頼まれごとをされたくないので返してくれと、そう言われる場合です。それでも、村の入口に大きな石で丸く中がくりぬかれてある石(五円の硬貨のような感じの物)が置いてあるのは、祖父や親が恩義を感じて、子、孫の代でも恩義を返せない。そう感じて、その一族の似た客人をもてなす。そんな村もあります」
「そうなのね・・・硯は高価だから・・・頼まれ程度のことでは無理ね・・・」
 独り言を呟いた。
「えっ?」
「何でもないわ・・・でも、どうすれば・・・いいかしらね・・・」
「あっ、そう言えば、今回の将太の頼まれごとは紙を届けるのだったわ。もしかしたらだけど、文字が読める人かも!」
「えっ、うそ!本当なの!」
「はい。本当です」
「それよ。その人に頼んだら解決よ。なんだ、いろいろ悩んで損したわ」
「うぅ~ん・・・でも、問題があるのよね。将太は、また、同じ頼みごとを言う。と思うわ」
「えっ?。それは、どういう意味なの?」
「運命の出会いをした。そう言いましたでしょう。それで、その女性を探しているって、だから、何かの機会があれば、その女性を探して欲しい。または、その女性の情報を教えて欲しい。そんな、お願いをするのよ。そんな女性がいるはずがないのにね・・・」
「そっそうだったわね」
 裕子は、様々な理由で動揺するのだった。
「あっ、そう言えば、裕子さん。羽衣を持っていましたよね。まさか!」
「ない、ないわ。その女性ではないわ。だから、変な考えをしないでね。お願いだからね」
「そうよね。将太が、同一人物だと誤解されたら困るわよね」
「そうです。そうです。それが、心配なのです。なんか、言葉では嫌な言い方になるのだけど、凄く、嫌って程まで迫られそうなので・・・」
「確かにね・・・でも、まさか・・・その心配は・・いや・・・あるかもしれないわね」
 長馴染みでもある。将太を信じようとして、今までのことを思い出していたが、思い出せば思い出す程に様々な大変なことを付き合わされたことしかなかった。
「・・・・」
 亜希子の青ざめる表情や苦しそうな表情を見て、裕子は、これからのことを考えると恐ろしさしか感じられなかった。
「それにしても、将太は、遅いわね。何をしているのかしら・・・」
「ん?・・・・何か来るわ・・・凄い殺気を感じるの・・・」
「えっ?・・・ん?・・・猫?・・・」
 何かに追われているのか、二人に向かっているのか、何かに追われているのか、凄い勢いで向かって来るのだ。そして、二人の手前の一メートルくらいの所で止まり・・。
「ニャ?」
「キャー。まぁまあ可愛いわね。ねねっ猫ちゃん。どうしたの?」
「いた!いた。いたぞ。この野郎!」
 将太が、猫を追い駆けていたのだろう。それも、何か原因があり。凄い怒りの形相で猫が現れた方向から帰ってきたのだ。
 猫は、助けを求めての行動なのか、ただ、男から逃げているだけなのか、二人の女性の足元をグルグルと回っていた。
「何しているの。猫が怖がっているでしょう。やめなさいって!」
「でも、でも、この野郎のせいで、せいで、うっううう」
 男は泣いて、その場で蹲ってしまった。
「もう泣くことないでしょう。もうもう馬鹿ね。それで・・・どうしたの?」
 男と同じ視線にしゃがみ。頭を撫でながら気持ちを落ち着かせようとしていた。
「それが、それが、それがね。猫が、紙を咥えて逃げたのです」
「なっななな、何だって!。それで、勿論、取り返したのよね!」
 亜希子が、怒りの形相で立ち上がったのだ。
「紙を咥えていないのなら・・・食べちゃったのかな?・・・」
「なっ訳ないでしょう。もう一度、真剣に探して来なさい!」
「はい~ぃ!」
 男は、八つ当たりもすることもできずに、悔しくて泣きながらあてもなく駆け出した。
「何があったの?。何かあったのか?。何を怒っていたのだ?」
 裕子は、亜希子を落ち着かせようとしていた。それでも、本当に何があったのか、興味と不審を思うだけでなく、男が戻って来るのを待つのかと、猫を撫でながら悩むのだった。
「どうしたら・・・どうしたら・・・どうしたらいいの・・・あの馬鹿!」
 数分の間だが、ぶつぶつと悩みながら呟いていたが、突然に、怒声を上げて立ち上がったのだ。そして、怒りの対象である。猫を睨んだ。猫は、誤魔化そうとしているのではないだろうが、可愛らしく、両手で顔を擦って洗っているようだった。
「そんなことをしても無駄よ。あんたの原因で、宿も食事も願い事も全てが、消えたのよ。その責任は、どうして、どうやって、返してもらいましょうかね!」
 普通の精神状態なら今の猫の姿を見れば、可愛いと抱きつくのだが・・・・。
「ニャ?」
 一瞬だが、猫は首を傾げたのだが、亜希子が一歩だが近づくと、この場から逃げ出した。

第三章 神代文字の効果 その1

二人の女性は、一人は、怒りの感情を猫が逃げた方向に向けた。もう一人は何を考えているのか、自分の左手の小指を見て、自分の予想の通りだと頷くのだった。
「チョット、待って!」
「なに?!!!」
 猫を追い駆けようとして一歩を踏み出すと、直ぐに大きな声を掛けられて、もう一歩を踏み止まるのだ。そして、何で引き止めるのかと、イライラとしながら振り向くのだった。
「まず落ち着いて、そんな様子では、絶対に猫を捕まえることは無理よ。それに、猫のことなら安心して、たぶん、いや、間違いなく、猫の行き先が分かるわ」
「えっ?・・・猫を示しているの?・・・まさか、左手の小指の赤い感覚器官のこと?・・・それって・・・始祖さまの直系の人なの?・・・・」
「はい?・・・」
「それって、本当に、始祖さまの転生した人としか結ばれない。そのために一族から離れて何十年でも運命の人を探す旅をする。あの噂の人なのね」
「そう・・・言われているわね・・・」
「そう、そうなのね。それで、運命の人を探すための導きの手掛かりが、あの猫かもしれない。そう言う意味なのですね」
「そう・・・そうね・・・その可能性が高いわね」
 裕子は、再度、確認のためだろう。左手の小指の赤い感覚器官を見るのだ。全ての人が赤い感覚器官を持っているのではないが、特定の一族だけが持つ。それでも、一般的の者は、異性だけを常に示すのだ。だが、裕子のような者は、方位磁石のように示すが、普段は、方向を示さずに回転しているのだ。だが、今の状態は、ある方向を常に示しているのだ。それで、何かの導きを示している。それが、猫をだと、そう感じたことで、亜希子に問い掛けの言葉に返事はしたが、大きな溜息を吐くことの理由は、そんな、簡単な導きの手掛かりではないはず。それが、分かっているからなのだった。
「それなら、紅茶を淹れるわ。紅茶を飲みながら話を聞かせて下さいね」
「えっ、何で?」
「噂では、これから行うことを走馬灯のような映像が見えて、その通りに行動するのでしょう。それなら、詳しく聞いて、決まった行動をしなければならないでしょう」
「確かに、そうなのだけど、それを詳しく伝えるのは難しいわ」
「何で?」
「もし、弓矢が飛んできたのを避ける映像を見たとして、それを伝えても無理だと思うわ」
「たしかに・・・そうね・・でも・・・」
「それにね。走馬灯って言うけどもね。時の流にはいろいろ違った時の流があるのね。未来は一つの道ではないの。その中の一つの私が運命の人と結ばれる時の流が見えるの。それも、その時、その場の場面が見えるだけなの。だから、全ての予定を考えて行動するのは無理なのよ」
「そう・・・なのね・・・」
「でも、行く方向とかは、その場、その時にでも伝えるから指示に従ってね」
「勿論ですよ・・・ふっ・・・」
 ハキハキと返事は返すが、直ぐに、溜息を吐いたことで、なにが、期待していたことと違って、がっかりとしている感じに思えた。それで、裕子は、気持ちを和ませようとして、話題を変えたのだ。
「全て紙だけで火を熾して湯を沸かして紅茶も作れるのよ。飲みたい?」
「すごい!。飲んでみたいです!!何か手伝うことがあるならしたいです」
「今度でもお願いするわね。今は、わたしがするのを見ながら一緒に作りましょう」
「は~い」
「それでは、まず、この紙でコップを作ります。勿論、一緒に作ってね」
 裕子は、科学の先生や科学の学者が、子供たちに喜んでもらうためや科学に興味を持ってもらう。そんな、科学実験をする者たちが必ずする。手品のような感じで懐から二枚のハンカチくらいの大きさの紙を二枚取りだしたのだ。そして・・・。
「はい。これで、紙コップを作りましょう」
「は・・い・・・」
 大袈裟な仕草で手渡されたことで、裕子は、危険な紙なのかと、直ぐには手に取ることが出来ずに、裕子の顔を見るだけだった。
「どうしました?・・・ん?・・・」
「いえ」
 亜希子は、考え過ぎだと感じて紙を受け取るのだった。そして、幾つかある紙のコップの形を考えていた。その考えている間に、大小の紙コップを二つ作った。
「・・・」
 紙を見ながら紙コップの形を考えていたのだが、何気なく亜希子に視線を向けると、二個のカップは作り終えて、亜希子に視線を向けていた。それに気づくと、一番の簡単なカップを作るのだった。
「出来ました!」
「はい。それは、自分の前に置いといてね。次は、三脚を作ります」
 亜希子に言ったことのように手前に二つの紙コップを置いて、また、懐から同じような大きさの紙を取りだして、折り紙のプロのように科学実験に使うような小さい簡易な三脚を作るのだった。そして、今度は、小さい女性用のハンドバックのような袋から墨、硯と筆を取りだして、墨を硯ですって墨を作ると、筆で紙コップに文字を書きだした。
「ねね、難しそうな文字だけど、何て意味の文字を書いているの?」
 裕子が、真剣に紙のカップに文字を書いているのを見て、それを書き終えるのを確認すると、直ぐに言葉にしなかった。そんな、心で思っていたことを問い掛けたのだ。
「そんなにも・・・難しい?・・・それなら・・・あっ、そうそう、あれに、するわ」
 女性の特有な持ち物である。髪留めや手芸に使う。女性の小指の太さより少し細めの糸が巻いている糸巻を取りだして、紙コップに二重巻くらい巻いて切るのだった。
「その糸は、何に使うの?」
「これは、糸や縄の結び文字って知らない?。さっき言った。縄文字やキープ文字と同じね」
「ああっ、現物を見たことはないけど、海や川の交易の人が使う。海水や川の水などで文字が消えてしまう可能性が高いために、縄の結びで文字を表す。あれよね」
 現代では、有名なのは、アンデス文明でのキープ文字と同じような物だった。
「そうそう、それそれ、それで、今、紙のコップに書いた文字と同じ文章を縄で結ぶのよ」
「そうなのね。でも、なんで?・・・そんなことするの?・・・」
「それはね。直ぐに文字は書けないでしょう。それで、これを考えたのよ」
「ほう」
「これなら、土器でも、紙でも、縄に墨をつけて転がして紋様をつけるだけで、これからすることが出来るのよ」
「同じこと?」
「まあ、見ていてね」
「はい」
「これ、正式には組立式の三脚台というのね。その上に紙コップを置くのだけど、その前に、紅茶の葉っぱを一杯分だけ入れるのね。そして、水を入れるのだけど・・・」
「・・・」
「水は持っている?」
「はい」
 ヒョウタンをハンドバックのような袋から取り出して見せるのだった。
「それなら、最後の作業だけどしてみる?」
「はい」
「少しずつですよ。水を紙コップの中に注いでみて」
「はい・・・・・・わっ!」
 亜希子は、カップの中に少しずつ水を注ぐのだが、そろそろ、七分目に届きそうになると、底が赤くなるのを見て、驚きの声と同時に手を止めるのだった。
「それってね。紙のコップと三脚の分子の振動で熱を出すのよ」
「分子?・・?・・」
「あっ、ごめんね。今の言ったことは忘れて」
「あっ、は・・い」
「でもね。将来的に、もしも、もしもよ。私と同等のこと、いや、それ以上のことをしたいのならば、先ほど、わたしが言った。分子などのことは最低限に必要よ。もっと詳しく神代文字で書くの。それも、細かく何をするかの話を作らないといけないのよ。でも、今の話しも、さっきの話しも、まずは、全てを忘れて楽しみましょうね」
「はい。あっ!沸騰してきたわ。凄いわね。それに、紅茶の色もついて、あっ!いい香り!」
 裕子の話しは何も聞いていないようだった。湯が沸いて紅茶が出来上がることの方に興味を向いて、何も耳には入っていない程に興奮していたのだ。
「飲んで良いの?」
「勿論よ。そして、これからが本番よ」
 亜希子は、紅茶を飲みながら裕子の様子を見るのだ。すると、裕子は、自分の手前に少し穴を掘り。自分用の紙コップを入れて直ぐに出した。そして、硯に残っている墨に縄を入れて染み込ませてから紙コップに巻き付けてコロコロと転がして直ぐに剥がすのだった。それから、紙に描かれた縄文字を注意深く印字されているのを確認すると、地面の穴に紙のコップを入れた。裕子は、起きる現象の確認する感じで、亜希子は何が起きるのかと真剣に見続けた。

第四章 神代文字の効果 その2

二人の女性は、地面に三分の一ほど埋まった。その紙のカップを見続けた。すると、一分くらいは過ぎただろう。紙のコップと地面の隙間からと、紙コップの中が赤く光がもれてくるのが見えた。
「えっ、もしかして、先ほどと同じことをしたの?」
「そうよ。この縄はあげるわ。好きな時でも、今からお替りを作るにしても、亜希子さんの好きにしていいわよ」
「本当?」
「うん。でも、もう一つ新しい紙のコップを作らないとね」
「うん。直ぐに作ってみます」
この縄の文字が原因なのだ。神代文字の文字も機能や原理の全てを忘れて縄文字だけになる未来のことだ。その原因は、継承者も亡くなり。そして、縄文字の機能がある縄が紛失、盗難、火事などで消失してしまうと、ただの縄の紋様だけになり。その流行も興味がなくなると、全てが忘れてしまうのだ。まるで、全てを忘れることが神の意志なのか、いや、始祖の望みなのだろうか、縄文時代は、縄文人は、野生の人である原人とされて何もなかったことになるのだった。裕子が便利だと勧める方法だが、この先のことなど分かるはずもなく、それでも、現在でも語り続けている。付喪神とは、この様子をみて、子供から原理などを聞かれて、原理が忘れられていたために、そう思ったことを伝えたはず。だが、この二人には関係なく、笑みを浮かべながら遊びのように楽しむのだった。
「どうです。簡単でしょう」
「うん。これなら、出来るわ」
「他にもいろいろとあるのよ。神代文字を憶えればね。そうなれば、自分で、いろいろな縄文字も作れるわよ」
「うんうん。面白そうね。頑張って憶えるわ」
「まずは、硯と墨と筆が必要ね」
「どうしても欲しくなりました」
「亜希子!。今のみたよ。凄いね。美味しそうだね。僕にも作ってよ」
 木々に隠れながら二人の前に出る機会を伺っていた。そして、亜希子の満面の笑顔を見たので、もう自分は許された。この機会しかない。そんな気持ちで二人の前に現れた。
「なっななな!何を考えているのよ。びっくりしたわ。心臓が止まるかと思ったわよ!」
「でも、でも、御免ね。でも、本当に凄いね。凄いよ。もう一度、目の前で見せてよ」
「もう~馬鹿なのだから、もう、いいわ。紅茶を飲ませてあげるわ」
 まるで、彼氏の誕生日のプレゼントでも渡す時に、まずは、料理を作り上げながらプレゼントの後に、何て言われるのかと、そんな様子で、嬉しそうにも恥ずかしそうにしながら、まずは、紙のコップから作りだしたのだ。
(夫婦湯呑なのよね。キャッ、これって、初めての共同作業になるのかしら・・・えへへ)
「本当!」
「しっ」
 裕子は、将太の肩を叩いて大人しく座らせた。そして、将太は、大人しく見るのだった。
「・・・はい・・・どうぞ」
 亜希子は、自分の妄想と魔法のような方法で作った。その紅茶の成功か失敗かなどを考えていたために、おどおどと、手を震えながら手渡すのだった。
「あっありがとう?・・・」
「亜希子の様子の理由も聞かないのね。まあ、いいわ。絶対に美味しいからね。早く飲んでみなさい」
 裕子は、将太の耳元で囁くのだった。今までに多くの人に教えてきて、特に女性が男性に作って出す時には、皆が同じような様子になるのが分かっていたのだった。
「うっまい。こんな美味しい紅茶は飲んだことないよ!」
「本当に!」
「本当だよ。ねね、それよりも、俺にも、今の手品みたいなあ、あれ、俺にも出来るかな?」
 将太は、亜希子の満面の笑みを見ると、恥ずかしくなったのか、それとも、興味は、将太の思いは、今の手品みたいなことをしたいだけで、亜希子の気持ちなどなかったのだろうか、直ぐに、裕子に視線を向けて、問い掛けるのだった。
「・・・・あ、ん、た、ねえ!。手紙は、どうしたの?。勿論、見つけ出して持ってきたのでしょうね。人の話を聞いているの?」
 亜希子は、自分に興味などなく、勿論だが、紅茶にも興味はなくて、縄文字の効果にしか興味がなかった。それが、分かると、怒りが込み上がり爆発するのだった。
「それ・・・は・・その・・・」
「あの猫と、あの手紙のことなら大丈夫よ」
「そうなのですか?」
「そうですよね。亜希子さん」
「うっ・・・まあ・・・そうね」
「まあ、亜希子さんは、男の子には分からない。女の子の気持ちの問題なの」
「えっ?」
「そうでしょう。そんなに、美味しい、美味しいって飲まれたら、いつも作っている紅茶は、まずいけど、我慢して飲んでいる。そう思ったのよ。それで、怒ったの」
「そんなことないよ。何回も飲んでいる紅茶も美味しいよ。でも、今回の紅茶は特別だよ」
「まあ・・・たしかに・・・そうかもね・・・」
「そう、それなら、握手をしましょう」
「そこまでは、許していないわ。だって、あの手紙を失くしたことで、泉に小石を落とした時みたいに、水の波紋が際限なく広がる感じで、何か面倒なことが起き続けて際限なく解決することになるはずよ」 
「まあ、ならない。とは、言えないわね」
「やっぱり、そうなのでしょう。それを考えると本当に嫌になるわ。この馬鹿!」
「・・・」
「紅茶も飲んだし、なら、行きましょうか」
 裕子は、腕時計を見る感じで、左手の小指を見るのだった。赤い感覚器官である。赤い糸は、北西の方向に向いていた。そして、その方向を人差し指を指して、二人に示した。
「少し待っていて、直ぐに片づけるから・・・」
 裕子に話しながら周囲にある物をハンドバックのような袋に詰め込むのだった。
「いいわよ。そんなに急がなくても、だから、忘れ物がないように準備していいわ」
「大丈夫です。直ぐですから・・・もう終わりましたわ・・・」
 亜希子は、片づけながら呟く。そして、片付けが終わって謝罪でもしようとしたのだろう。裕子に視線を向けると、裕子は、左手を時計でも見ている感じで赤い感覚器官を見ているのだろう。それで、左手から視線をはずすまで見ていた。
「ん?・・・終わったの?」
「はい」
「それなら、行きましょうか?・・・あっ、猫なら移動した様子がないから、たぶんだけど、寝床にいるのかもしれませんね」
 裕子は、亜希子が視線を向けているので、猫が、いや、手紙が心配だと思っているだろうかと、それで、安心させようとしたのだった。
「その北西の方向なら安心しました。目的地の村が在る方向です。でも、手紙がないと村には行けません」
「大丈夫よ。必ず、手紙は探しだすからね。なら、行きましょうか」
「はい」
 裕子が先頭で、亜希子の後に、二人の女性の邪魔にならないように将太が歩き出した。
「・・・・」
 亜希子と将太は、猫が、どこにいるのか、音をたてたら猫が逃げる。または、何か起きるのか、何かが現れるのか、などと、考えながら歩くことで、周囲をキョロキョロと見て歩くのだった。その様子に、裕子は、気付いていないのか、一点の方向だけを見て、まるで、猫が見えている感じだったのが、ますます、不安になり。亜希子と将太は、これから先のことが心配のために心身ともに震えて、足も震えるのを我慢しながら歩くのだった。
「・・・・!」
 何分、何十分くらい歩いただろうか、裕子が、何かを見たのだろう。突然にかがむのだった。当然の事だが、亜希子と将太も頭を抱えて地面に顔が付く程に、裕子の背中に隠れるのだった。すると・・・
「・・・?・・・」
 裕子は、右手で、亜希子の頭を軽く叩くのだった。ゆっくりと、怯えながら顔を上げるが、裕子が、何かを教えるように指差すのだった。その先には・・・。
「あの猫だったわよね」
 視線の先には、炭小屋か狩猟のための小屋が、それも、何年も使われていないのか、住む目的でないからなのか、その小屋は朽ちている感じだった。その床の下を指さしていた。
「たぶん・・・だけど・・・間違いないと思う」
 床下には、鳥の巣を大きくした感じで、材料は紙クズを集めた感じで、手紙は、最近に集めたためだろう。猫が寝ている下に敷いていた。それよりも、手紙を盗んだ猫は、巣の中で寝ている猫の身体を舐めていた。もしかすると病気なのか、怪我でもしているのか、一心不乱で、身体を舐め続けているのだった。
「そう、なら、よかった」
「でも、何で、紙なんて、それに、鳥の巣みたい。それに、あれ、みな紙よね」
「たぶん、私のように神代文字などを使う。そんな一族と暮らしていたのかもね」
 亜希子は、意味が分からず。裕子と猫の巣を交互に見ていた。

第五章 猫と手紙の回収 その1

猫の寝床、いや、猫の巣と言った方が的確かもしれない。それは、全てが様々な紙片で作られている。まるで、大きなラーメンの丼のような物であり。鳥の巣のようだった。おそらく、この二匹の猫は、当時の思い出でもあるのだろう。このような巣は、夏は涼しくて、冬は暖かい。そんな、神代文字、縄文字などの機能の寝床で育ったのだろう。
「なっななにするのです?」
 裕子は、猫に見付からないように隠れているはずなのだが、突然に、大きな音を響かせながら立ち上がった。それも、両腕を腰につけて堂々と立っている姿を見せるのだった。
「あの猫は、自分が命を懸けて守る命がいるのなら逃げないわ」
「シャー!」
 猫は、殺気を感じて、裕子と巣の中間にまで直ぐに駆け出して威嚇するのだった。
「ほらね。逃げないでしょう」
 裕子は、亜希子を馬鹿にしているのではないが、もしかすると、亜希子を安心させようとでも考えてのことなのか、ヘラヘラと笑いながら自分が正しいと、二人に、交互に視線を向けながら伝えるのだった。そんな・・・。
「シャー!」
「そうだけど・・・ひっ!」
「ひっ・・・」
 猫が小さいと言っても、自分の命を懸けて守る。その気持ちが、二人の男女に伝わるために、自分たちの命までの危機は無いとしても、重体なる。もしかしたら、目に猫の爪が刺さるのではないかと、そう考えると、心身ともに怯えて小指の一つも動かないのだ。
「お前、人と暮らしたことがあるのでしょう・・・それなら、私の言葉が分かるでしょう」
「シャー・・・・」
「やっぱり、分かるのね。でね。あんたが作った巣では、何の効果もないの。このままなら、もし病気なら死んでしまうわ。だから、病気なのか、怪我なのか、その具合を診せて、治せるかもしれないの」
「ぐるる・・・」
「私たちは、あなたが持って行った。紙の手紙が欲しいだけなの。だから、何も心配はしないで、もしもだけど、何もして欲しくないのなら紙の手紙を返して、そしたら、直ぐにでも、ここから消えるわ。どうする?」
少し悩んだあと、巣に戻り、何か、猫同士での会話の後に・・・・。
「くぅーん」
 人懐っこい、返事を返した。猫には、病気なのか分からないが、直ぐにでも猫のぐあいを見て欲しい。助けて欲しい。そう言う意味なのだろう。裕子は、近づくのだった。
「うぁあ!どうしたの。骨と皮だけね。もしかして、具合が悪くて何も食べられなかったの?。それとも・・・でも、この周辺の森なら豊かだし・・・それは、ないわよね・・・」
 猫は心配で、連れの身体を舐めているのを止めさせて、少し距離を離すために左手でどかしながら右手で、連れの猫を安心させるために撫でるのだった。
「くぅーん」
「これは、罠から無理矢理に逃げたのね。右の後ろ足は骨折よ。それよりも、まずは、何かを食べさせないとだめね」
 裕子は、なぜか、いや、この場では、当然だろう。亜希子に視線を向けるのだった。
「そうね。栄養があるのが、いいわよね。それでは、卵があるから適当な具材を入れた。卵の塩汁では、どうでしょう?」
「それ、美味しそうね。それが、いいわね」
「はい。分かりました。ついでに、皆の分も作ることにしますわね」
「お願いします。わたしは、他にも怪我などないか、身体を調べながら身体を綺麗に拭いてあげようと、そう思いますので、まず、先に、お湯を沸かしてもらってもいい」
「はい。そうね。それが、いいわよね」
 亜希子は、慌てているのか、それとも、神代文字のことなど忘れているのか、普段の通りの方法で、火を熾し始めた。二人の会話の内容と様子を見て、将太は、木々を集めては亜希子の近くに置いて、ある程度の数が集まると、背負っている荷物から大きな水筒を取りだして、亜希子の視線に入る場所に置くのだった。
「水なら使い切っていいからね。それでも、水が足りないと困るから、先ほどの泉まで水を汲んで来るよ」
「はい。お願い」
「・・・」
 亜希子は、簡易な鍋に水を入れて、空になった容器を地面に置いてから返事を返してくれたが、火を熾すのに夢中であり。裕子は、自分の布巾を水筒の水で濡らしては身体を拭き、汚れては水で洗い流しては、と、同じことを繰り返していた。その水筒も空になったのだろう。地面に置いたまま使わなくなった。その二つを手に持って、将太は、泉に向かうのだった。その時に、「なるべく、急いで戻るからね」そんな、言葉など・・・。
「・・・・」
 裕子も、亜希子も、将太の言葉が聞こえないのか、この場から居なくなったことに気付いていないのか、いや、この場に居たことを忘れている感じに、猫のために、自分は出来る事を考えて、何とか元気になって欲しい。猫の命を救いたいと夢中だった。
「ん!・・・」
 怪我をしている猫は、身体の汚れを拭いてくれた解放感からなのか、布巾にお湯を湿らせて拭いてくれた。その温かさに心地がいいのか、それで、ゆっくりと目を開けて、クンクンと匂いを嗅ぐのだ。連れの匂いでも探しているのか、それとも、裕子が作っている卵といろいろな具材の汁の匂いを感じたのだろう。
「おい!目を覚ましたぞ」
「・・・」
 亜希子は、裕子の介護の邪魔にならないように、そっと、汁が入っている皿を置くのだった。それに、裕子は気付いて感謝の気持ちで頷くのだった。
「いいのよ。食べても・・・食べられる?」
 裕子は、怪我をしている猫の容体を考えて口元の近くに置いて気持ちを伝えたが、ク~ン。と鳴くだけだった。もしかすると、連れの猫と共に食べたいのか、それとも、自分のことよりも、連れに上げて欲しい。そう鳴いたのか、裕子は、何気なく連れの猫の方に振り向くのだった。その猫も、連れが心配で食べようとしなかった。
「おい。お前のことが心配で、お前に食べさせようとして、一口も食べようとしない。だから、お前も心配せずに好きなだけ食べろ」
「・・・うま!うま!うまい!」
 人の言葉を話している感じで、夢中で食べていた。その言葉が、その鳴き声が怪我をしている猫にも届いたのだろう。何とか、首だけでも動かして汁などを食べだしたのだ。
「・・・」
「美味しいか?・・・全てを食べていいのだからな・・・お替りもあるぞ」
 初めは、ゆっくりと、ぺロリぺロリと、だったが、好物なのか、少しは元気を取り戻したのか、生きる覚悟を決めたのだろうか、起き上り、ガツガツと食べだしたのだ。
「うんうん。まずは、大丈夫だろう。もう少し体力を取り戻したら骨折を治してやる。神代文字での特別な機能の治療の方法で、歩けるように治してやる。だから、何も心配するな。完治するまで共にいるからな」
「ク~ン」
 お礼でも言っていると、裕子には、感じたのだろう。そして、裕子も気持ちが緩んだのだろうか、自分の腹の虫の音を響かせて、亜希子に視線を向けた。すると、すでに用意されていたのだろう。亜希子は、裕子に、猫と同じ卵といろいろな具材入りの汁を手渡されたのだった。
「我らと同じ釜の飯を食べた。だから、今日からお前も旅の仲間だ。感謝などする必要も何の遠慮もいらないのだぞ」
 すると、猫の方は、そろそろ、食べ終える頃に、裕子は、亜希子に視線を向けた。
「大丈夫よ。多めに作ったのだから沢山あるわ」
 裕子は、猫のお替りのために皿を差し出した。直ぐに、亜希子は、同じ分量を入れて裕子に手渡して、猫の目の前に置いて食べるのを見ながら自分も食べるのだった。
「本当に、これは、美味いな」
 数分、いや、十分間くらいだろうか、人も猫も食べるのに夢中になるのだった。
「ふ~美味しかったわ」
「・・・」
 裕子は、もう十分に食べた。と感謝の気持ちを亜希子に視線を向けながら巣の中から手紙をそっと取りだして手渡すのだった。
「これは、あの男に渡すよりも、亜希子が持っている方がいいわ」
「そうね。そうするわ」
「でも、遅くない・・・迷子になっていない。と良いのだけど・・・」
「大丈夫よ。そこまでは、馬鹿ではないわ・・・たぶん・・・」
 亜希子の最後の言葉は、誰の耳には届かなかった。そして、そろそろ、待つのも疲れて探した方がいいだろうかと、二人の女性が、心で思い。それを言葉にしよう。そう思った時だった。
「ただいま」
 将太が、二つの水筒を首から下げて、両手には、驚きの物を持っていた。
「それは、どうしたの?」
 二人の女性には、不思議だと心で思うが、言葉として声に出したのは、亜希子だった。

第六章 猫と手紙の回収 その2

二人の女性は、将太が、体中をずぶ濡れで多くの魚を持っていたことに驚くのだ。二人に理由を話すよりも、焚き火を熾して魚を焼く準備をしていた。おそらくだが、寒くて直ぐにでも焚き火にあたりたかった。それ程までに寒くて言葉にすることも出来なかったのだろう。それを何となく気持ちが伝わり。将太が話し出すのを待つのだった。
「もう少しで焼き上がりますので待っていて下さいね」
「そうなの・・・美味しそうね・・・でも・・・ねえ、裕子さん・・・」
「えっ、わたしなの・・・あっ、私の分も焼いているのね・・・でも・・・ねえ・・・」
「う~ん」
 裕子と亜希子は、将太に何て返事を言っていいのかと、同じ難問を悩むのだった。
「ん?」
「将太・・・あのね。何か悪いけど・・・満腹でね。もう魚は一匹でも食べられないわ」
「亜希子・・・」
「あのう。将太さん。もし私の分も焼いているのなら・・・だけど・・・将太さんが、私の分も食べていいですわよ。わたしも一匹も食べられないのです」
「・・・」
 将太は、二人の女性に言われて、かなり不満そうだったのだが、仕方がなく、無心で魚を焼いていたのだが、焼き上がる頃に、二匹の猫に視線を向けたのだ。
「シャー」
「ごめん。あのう・・・将太。猫もお腹が一杯だと思うわ」
「むっ・・・いいよ!。元々は、一人で食べる気持ちだったし、そんなに食べたくないのなら無理に食べてもらう必要はないよ。もう~自分の分の魚がある。そう思うのって図々しくない。っていうか、失礼ではないかな。常識がある人なら食べませんか?。そう言われるまで黙っているよね!」
 将太は、誰も、猫も食べない。そう言われて怒りを感じていた。自分は苦労して魚を捕って来たのに誰も喜んでもらえない。だから、亜希子に八つ当たりをしたのだ。
「・・・そうね。将太の言うことは正しいわ。だから、先に言うけど、将太の分の卵入りの汁はないわよ。あまりにも遅いから食べないと思ってね。全てを食べてしまったの」
「・・・うまいな。本当に、うまいな」
 将太は、まだ、服は乾いていない。濡れている服のまま寒さを我慢しながら焼き上がった。その魚を美味しそうに食べ始めるのだった。たしかに、空腹なのだから美味しいのだが、それよりも、もっと、二人が、魚を食べたくなるように無理に美味しそうな表情を作りながら食べるのだった。
「ああっ、でも、汁を残しておかなくて本当によかったわ。もし残していたら捨てることになっていたわね。大事な卵なのだしてね。そうでしょう。ねえ、裕子さん」
「まあ、そうね」
「・・・」
二人の女性は、自分を無視して猫の話しで盛り上がっていたのだ。それだけはなく、本当に、一滴の汁も残ってないことに気づいて、ぽろり、ぽろりと涙があふれてきたのだ。そして、涙は止まらずに泣きながら魚を食べ続けていた。
「ねえ。どうやって、その魚を捕まえたの?」
 亜希子は、本当に、弟とでも思っているのだろうか、それとも、女性でも男性の涙に弱いのか、母性本能なのか、優しく言葉を掛けるのだった
「もし釣竿を作ったのなら作り方を教えて欲しいな」
(方法は、分かっているけどね。自慢話を聞いてあげないとね。魚は食べられないのだから、男としての立場を考えてあげないと、それに、かわいそうだしね)
 裕子は、将太が濡れた身体を見たら直ぐに分かることだった。将太は間違いなく、泉に潜って枯れ木を銛(もり)の代用品として魚を突いて捕まえたはずだからだ。
「竿なんて子供の遊びだよ。適当な枯れ木を持って泉に潜って捕ったのだよ」
「本当なの?・・・凄いわね」
「やっぱり、男の子なのね。そんなこと考えもつかないわよ」
「そっそうだろう」
 将太は、おだてられているとも知らずに、胸を張るのだった。そして、当然のことなのだが、魚を捕る時のことや様々なうんちくが止まることがなかった。さすがに、人と違って動物だからだろうか、人と違って狩りのプロであり。魚の釣りだけでなく、様々なことの自慢な話を聞くことを我慢することもなく。自分の欲求に答えてくれとでも言っているかのように鳴き続けるのだった。
「ウッニャーギャニャギャニャ」
 二人の女性は、絶好の機会だと感じたのだろう。
「どうしたの?・・・あっ!」
「連れの猫ちゃんのこと?・・・どうかしたの?・・・あっ!」
 元気な方の猫を見て、直ぐに、怪我をしている方の猫に視線を向けた。すると、必死に起き上がろうとしていたのだ。
「ウッニャーギャニャギャニャ」
 猫は、連れの猫が心配で泣き続けているのだった。
「なにしているの!。まだ!起きては駄目よ。寝ていなさい」
 裕子は、直ぐに、猫の元に駈け寄り頭を撫でて落ち着かせるのに必死だったのだ。
「もう大丈夫と言いたいのでしょうね。それとも、寝ぼけているのかもね。もしかするとだけど、身体を撫でられて昔の飼い主を思いだしているのかもしれないわ」
「くぅ~ん」
 猫は、もう痛みがないのか、いや、猫の特有の骨や臓器を振動させることで、自分の病気や怪我を治ることを知っているのだろう。一匹だけの時は、昔の楽しい記憶を思い出しながら興奮して、ゴロゴロと鳴いて身体の隅々を振動させるのだった。だが、今は、昔の飼い主と裕子を重ねて自分の身体で一番の触って欲しいところである。お腹を見せるのだ。
「お腹を撫でて欲しいのね」
 裕子は、猫の気持ちに答えてお腹を撫でるのだった。
「こんなにも、猫のお腹って柔らかいのね。それに、心地良い程に温かいわ」
「ゴロゴロ」
 裕子は、猫のお腹が柔らかくて右手が疲れるのも忘れる程に気持ちが良かったが、それでも、撫で続ければ右手は疲れる。そろそろ、我慢の限界かと手を放すと、猫が、右手を伸ばして爪と指で、裕子の右手を引っ張って、お腹を撫でるのを続けて欲しい。そんな態度をするのだった。仕方がなく、何度か、そんなことを繰り返していたが、さすがに、右手が限界を感じたのだ。
「お願いよ。助けて」
 裕子は、亜希子に助けを求めた。
「はい、はい。猫ちゃん。今度は、わたしが撫でてあげるわね」
「ありがとう。その間に猫の寝床を作るわ」
 二人の女性は、猫が見える所と猫の側との位置を交換した。直ぐに、裕子は、大きな洗面器のような形の折り紙を折るのだった。
「硬度は・・・外側も内側も同じ二十度でいいだろう。内側には、温度は、常に三十六度にして、内側は、二ミリだけの厚さを猫の皮膚ように柔らかい弾力と感触にして・・・」
洗面器の折り紙が完成すると、簡易な硯と墨を取りだして墨を作り、洗面器の折り紙に神代文字や縄文字などを内側と外側に書くのだ。最後に、文字や縄文字の変更の指示の完了と確定の意味であり。そして、指示の実行する意味でもある。世界に一つの自分用の花押(はなおし)を書くのだった。
「ニャ?・・・ニャ!」
 猫だけが何かを感じたが、三人は気が付かないまま作業を続けていた。そんな時だった。上空十メートルに何かが、元気な方の猫が木々などを利用して飛び上がることができる高度であり。空中から何の補助などを使わずに空中から落ちても怪我がしない程度であり。そんな空中を紙飛行機が飛んで来たのだ。そして、無音で飛んだ。
「ん?」
 裕子は、猫の様子で何かを感じ取ったのだが、人の目では何も見えず。何かを捉えることもできず。猫の様子を見るだけしか出来なかった。そして、猫が着地して、やっと確定できたのだ。
「紙飛行機?・・・」
「ウウッ」
 裕子に、紙飛行機を取られると感じて威嚇するのだった。
「この紙の寝床と紙飛行機を交換しない?」
「・・・・」
 猫の特有の仕草である。人から見ると、何かを考える様子に思える。耳をピクピクと動かしながら首を左右に傾ける仕草をしているのだ。おそらく、裕子を油断させて何かをする行動の前の様子に違いない。
「グルグル!ニャ~」
 紙飛行機を咥えていたのを地面に落として、裕子が作った。その紙の洗面器のような猫の巣に飛び入ったのだ。直ぐに、ゴロゴロと喉を鳴らしながら寝てしまうのだ。もう一匹の猫は、その様子を見て・・・・。
「どうしたの?・・・まだ、起きては駄目よ。寝ていないと、ねえ、ナデナデするからね。ねえ、だから、まだ、寝ましょう」
 亜希子は、何度も言葉を掛けるが、猫は、起き上ろうとする。無理矢理に力を込めて寝かせると、猫の骨が折れるのではないか、そう思うと、何も出来ずに、猫の好きにさせるのだった。

第七章 猫と手紙の回収 その3

二匹の猫は、紙の洗面器のような巣の中で丸くなって連れ合いの足を枕にして寝てしまったのだ。その寝姿が可愛いと暫く見ていたが、直ぐに、二人の女性の興味は、猫が咥えた紙飛行機と巣にある紙の紙片に興味が向いたのだ。
「・・・・」
 裕子は、何も戸惑うこともなく、紙飛行機の折り目を丁寧に、元の紙の状態に開くのだった。やはり、紙の内側には文字が書かれてあった。
「手紙なの?・・・なら、あの紙の紙片の山は、もしかすると同じ手紙なの?」
「・・・・」
(任務は完了したのか?。今は何個目の村なのか?。物資は必要か。人手は必要か?)
「何て、書かれているの?」
「これは、間違いなく手紙ね。それも、軍令書かも。内容は短いけど、紙の表である。指示機能の文字の列や紋様や縄文字は可なり複雑ね。それを考えれば軍令書の証明になるわ」
「そうなの・・・」
「この近くには村はあるの?」
「あることは、あるけど・・・」
「この複雑な神代文字や縄文字に紋様ならば、可なりの遠方から飛ばしたのかもしれないわ。もしも、この神代文字などの全てが読めれば、紙飛行機の指示をされた。その距離や飛ぶ方向や速度なども書かれているはず。それが、判れば、飛ばした地点がわかるの。でも、文字が崩れて当て字なども書かれてあるので全てが読めないの。もしかすると、軍人だけが読める。軍事機密なのかしらね。それに、この複雑な花押も、大勢の人の使いまわしの一般の物ではなくて、個人の花押で代々の継承されている花押に間違いないわ。それも、族長か、家臣だとしても名家の者のはずね。でも、わたしが見たことも想像もできない。これ程の花押だから西の方の一族かな・・・」
 四角い紙の表は、色も文字なども様々の紋様で千代紙に似ている感じだった。その左の下の角に、達筆で自分の家名の神代文字が書かれてあったのだ。その裏の白い部分に、筆文字で短い文章の神代文字が書かれてあった。
「そこまで、詳しく分かる物なのね」
「そうよ。紙の表に詳しく書いたとしても実行できるかは、花押の効果の働きしだい。それも、始祖の時代からの花押ならば、いろいろと力が込められていて様々な用途が発揮するわ。その理由は知らないけど、昔に遡れば遡る程に効果は強力なのよ」
「それって、何か変ではない?。素人が思うには、代が重なる程に強力になる。そう思うのだけど、何か理由でもあるのかな?・・・」
「まあ、運命の人を探す旅だけど、その件を調べるのも旅の一つの目的でもあるけどね」
 裕子は、何か考えがあるのだろう。その紙を丁寧に織り目に沿って二度だけ折ると、服の内ポケットに入れるのだ。
「ん?・・・あの子は・・・」
「将太のこと?・・・まだ、戻ってないのね。薪を集めに行ったわ。あれでも、男子で優しい人なの。私たち二人と猫の二匹のことを思って、寒いだろうと、集めに行ったのよ」
「紀州こそ・・・琴の音の・・・待つぞ恋しき・・・」
 将太の姿は見えないが、微かに、歌を歌う男の声が聞こえてきたのだ。
「ん?・・・帰ってきたみたいね・・・でも、何で、あの歌を歌うの?」
「それは、仕方がないわよ。初恋の人が歌っていたらしいわ」
「そうなの?・・・えっ!。まさか、その歌で心を奪われたの?!!」
「そうなのよ。それも、歌声を聞いただけで顔も見てないし、歳も分からないの。その建物って旅籠だったらしいわ。でも、次の日に勇気をだして訪れたらね。誰にも行き先も知らせずに、誰も知らない間に出立していたらしいのね。その時の将太ったら泣いて帰ってきたからね。今でも、あの様子を忘れずに憶えているわ。だから、一緒に旅に出ることにしたの。だって、そうでしょう。一人で旅に出たとしても半日で死ぬと思うわ」
「それは、亜希子が思っている通りになるのは確実ね」
「でもね。長い旅になるけど、もしかすると、すでに・・・ねえ」
「確かに、そうね。その時の歌も女性だけが歌える。有名な禁忌の歌であり。その歌を聞いた男は、断りの返事も、女性の想いを断りも出来ない歌だしね。恋の逃避行か、来世で一緒になれるようにと、すでに、亡くなっている確率が高いわね」
「そうよね」
 草木などの踏む足音を聞きながら会話していた。それも、だんだんと、近づくのが分かり。二人の会話が聞こえる。そんな距離まで近づくのを見続けて現れるのを待つのだった。
「ただいま」
「おかえり」
「ご苦労さま。それと、ありがとうね。本当に助かるわ」
「・・・」
 将太は、感謝の言葉を言われて照れくさいのだろう。多くの薪を両手で抱えていた物を地面に落とすが、もしかすると、次の行動をするためだったのかもしれない。右手が自由になると、直ぐに、自分の首の後ろを掻くのだった。
「もう馬鹿ね!」
 二人の女性は、直ぐに、立ち上がり薪を集め出した。すると・・・。
「これは、駄目ね・・・これも・・・」
 裕子は、一つ、一つと枯れ木を集めていると、独り言のように呟くのだった。
「えっ?・・・何て言ったの?・・・ねえ、何が駄目なの?」
 亜希子は、自分のこと、いや、将太のことなのか、その意味が分からず。もし自分のことだとしたらと、謝罪をしなければと、恐る恐ると、問い掛けてみたのだ。
「亜希子も知らないの?」
「なっななんのことですか?」
「この薪よ」
「えっ?」
 裕子の意味が分からず、首を傾げながら次の言葉を待つのだった。
「あ~もう~あのね。この枯れ木は、火付きはいいのだけど、火持ちが悪いし煤も多いのね。これや、この、スギ、松などの針葉樹のことね。でも、この枯れ木なら、ナラ、ケヤキ、広葉樹は、火付きは悪いけど、煤が少なくて火持ちがいいのよ。そう言う意味よ」
「はい。今の話し憶えておきます。そして、これから薪を集める時は気をつけます。これからの旅も独り言のような話しでなくて、いろいろと教えて下さい。宜しくお願いします」
「・・・」
「うん。分かったわ。私が知ること全てを教えてあげる。それも、厳しくね」
「はい」
 将太だけが、二人の様子を見て思うのだ。実行するのは、自分だけだと、そうなるとしたら何をされるのか、それを考えると怯えながら頷くしかなかったのだ。それでも、将太は俯いて気付いていない。もしかすると、杞憂かもしれないことがある。隣で亜希子が薪を選別して火を点ける準備をしていたのだ。
「・・・・」
 裕子も亜希子が何をするのか、何をしたいのか理解したのだろう。懐から糸を取りだして適当な長さで切ってから何十個かの結び目を作るのだった。それは、亜希子の準備よりも早く終わって、針葉樹だけのと広葉樹だけの二つの焚き火の準備の様子を見ていた。そろそろ、完成する頃になると、裕子は、懐から携帯用の簡易の墨と硯と二枚の紙を取りだして、墨を作り終ると、糸を墨に漬けて紙の上で転がすのだった。
「これを使ってみて」
 亜希子と将太に縄文字を書いてある紙を手渡したのだ。
「・・・」
「はい」
 将太は、紙を渡された。その意味が分からずに首を傾げるが、亜希子は、満面の笑みを浮かべて受け取った。
「五分後だから急がなくても大丈夫よ」
「・・・」
「はい。でね・・・将太。私がすることを見ていてね」
「・・・」
 亜希子は、将太の不思議そうに見る。その意味を理解ができるように教えるのだった。
「この紙が五分後に燃えるの。だから、薪の一番したに入れるの。それで、待つだけ」
 将太は、同じように薪の一番の下に紙を入れて紙と亜希子を交互に見るのだった。
「ねえ、目的の村は、ここから近いのでしょう」
 裕子は、二人が無言で待つことで、それを待てずに話を掛けるのだった。
「そ、そのはずよ。でも、なんで、そんなことを突然に聞くの」
「猫は、起きそうにないし、このまま村に行っても早くて夕方になるでしょう。いや、間違いなく夜になるわ。そんな時間には失礼だしね。このまま、ここで明日まで休んで、明日の昼頃に着くようにしない?」
「そうね。その通りですね。それは、常識ですし分かりました。そうします」
「・・・」
 将太は、何が起きてもいいように紙から視線を動かすことはなかった。そんな様子など見ていない感じで、二人の女性は、いろいろな話に夢中で五分など一瞬で過ぎたのだ。
「うぉお!凄い。ただの紙なのに、何で火が点くのだ。スゲースゲー!」
 手の平くらいの大きさの紙が炎に変わったのだ。まるで、炎が地面から吹き上がる感じだった。それが、一瞬で全ての焚き火に火が点くのだから驚くのは当然だった。

第八章 猫と手紙の回収 その4

 男女の三人は、森で一日を過ごす計画のようだ。大きな炎に、それぞれの驚きを表していた。男は、驚きと同時に不思議に思って興奮していた。女性の二人は、師弟のように問い掛ける。そして、その問いに答えていたのだ。ただ一つのことにたいして、三人は、同じ答えを出していた。それは、薪も焚き火も必要がない。そのことだった。
「ちょっと、大きすぎたわ。親指くらいの大きさで十分だったかもね」
「でも、調理用には丁度いい感じね」
「そうなのね。でも、調理の時に教えるつもりだったけど、炎が出ない方法もあるのよ」
「そうなの!」
「すっげー、すっげー、それなら、いつでも、風呂(五右衛門風呂)に入れるね」
「将太。良い思い付きね。いいわ。いいわね。好きな時にお風呂に入れるのね」
 話題の会話の結論でも出た感じだった。そして、段々と会話が減るのだ。おそらく、三人は風呂という共通な思いを炎の中に描きながら焚き火にあたり。全ての薪は燃え尽きたのだが、縄文字である神代文字の効果の炎だけは、消火の指示の文字が追加されるまで燃え尽きることもなく人にも猫にも心地の良い温かさの炎にあたりながら視線も炎に向け続けていると、夕日も沈みだし今までの疲れが出たのだろう。瞼を瞑る回数が増えて男女三人は寝てしまうのだ。それからのことだが、炎は燃え続け・・・。
「にゃあー」
 あれから、何時間が過ぎたのか、何時だか分からないが、猫の鳴き声を聞くと、三人の男女は目を覚ますのだった。
「まあ、良かった。元気になったのね」
 裕子が、真っ先に目を覚ました。
「ふぁあ~」
「どうしたのよ?」
 将太と亜希子も起き出した。
「猫が元気になったのよ。もう大丈夫だと思うわ」
「本当なの?・・・そうみたいね」
 二匹の猫は、鬼ごっこでもしているのか、それとも、猫の回復の祝いでもしているのだろうか、病気だったとは信じられない程に周囲を楽しそうに走り回っているのだ。
「おっおお!まだ、火は燃えたままなのですね。これなら、寝る時の火の見張り番も必要ないですね」
「そうね。必要ないわね」
「もし消す時は、火よ。消えろ。でも言うのですか?」
「そう言うのは無理ね。初めの段階で時間設定をするか、何かの木の棒で、炎が出ている四角い紙を裏返せば消えるわよ」
「・・・・」
 将太は、言われた通りに実行してみた。すると、炎は消えた。
「すっげー」
「簡単に消えるのね」
 亜希子は、猫の様子と簡易な食事の用意をしながら二人の様子を見ていた。そして、後で、自分の炎も消すために憶えようとしていたのだ。
「そうよ。簡単でしょう。それより、食事の用意をさせて、ごめんね」
「いいの。いつもよりも遅いくらいよ」
 縄文時代は、というか、百年くらいまでは、日の出には起きていた。現代で例えるのならば、朝の八時か八時半頃と思って良い感じだったのだ。一般的には、日の出の前には起きて家事の用意をして、日の出に家の主を起こすのだった。それが一般的だった。有名な例えの話しだが、鍛冶や刀剣の職人は、日の出の前には、仕事の用意から火入れまでを日の出には終わらせて、日の出の明るさで鉄などの焼き入れの温度を測っていたのは有名な話題の小話の一つだろう。
「そう・・・ねえ。この近くと聞いたけど、本当なの?」
「そうね。手紙を頼まれた村から十日ほど進むと、山があり。二の山を越えた村だと聞いたわ。たぶん、あの山を越えた先にあるはず。この場からなら昼には着くはずね」
「昼頃なのね。なら、思っていたよりもあるわね」
「まあ、この辺りは、もう村の敷地内と思っていいわ。この小屋があるのだしね」
「そうね」
「もう食べようよ。何か話しがあるのなら食べながらでもいいだろう」
「あっ、ごめん。ごめん。そうね。そうしましょう」
「そうね。そうしましょう」
 二人の女性は、将太の話しに同じ返事で頷き合うのだったが、亜希子の食事と言っても兎の肉の燻製の塩味のお粥だった。それをお椀によそって、真っ先に、将太に手渡すのだ。
「お替りは、あるからね。あっ、熱いわよ」
「美味しいよ」
 将太は、ふーふーと息を掛けて冷ましてから一口啜るのだった。
「そんなに慌てて、一気食いしたら喉に詰まるわよ」
 二人の女性が一口啜る頃には、将太は、お替りをして二杯目を食べ終えていた。
「もういいの?」
 裕子は、将太に問い掛けたのだ。満腹になったのか、と・・・。
「うん。これから、山を登り終えて、昼には裾野まで行く予定なのだよ。満腹では山なんか登れないよ」
 将太は、食べ終えてから話をしながらだった。その器の中に水を入れて、その水でお椀の中を掃除してから飲み干すのだった。もし現代の人が、将太の様子を見た時には、お寺で修行する人たちと同じだと驚くだろう。
「まあ、そう言うことにしておきましょう」
「えっ?・・・他に本当の理由があるの?」
「まあね。昼には、村で、ご馳走が食べられるかもしれないのよ」
「そうなの?」
「そっ、そんなことは考えていないよ」
「まあ、そう、なら、猫ちゃんに残してくれたのね。ありがとう」
 亜希子と裕子は、二杯目をお替りして残りを猫の器に入れた。人が食べる一杯くらの量だった。少し、ふーふーと冷めしてから猫に与えたのだ。すると、元気だった方の猫が驚いているような目で、裕子と亜希子を見つめてから裕子が頷くと、怪我をしていた猫の頭を舐めるのだ。それは、先に好きなだけ食べなさい。そう言っているようだった。
 将太は、二人の女性が食べ終わると、しばらく、二匹の猫を見ていた。そして、食べ終わるのを見届けると、自分の荷物を持って立ち上がるのだった。
「早く行こう。僕の愛する人を探しに!」
 将太は、自分の本当の目的でも思い出したかのように叫ぶと、さっさと歩き出すのだった。それも、行き先でも分かっているのか、すたすたと、何の迷いもない感じだった。
「ちょっと、ちょっと、待ちなさいって!」
 亜希子は、手早く、自分の荷物を持って付いて行くのだ。裕子も、やや、早歩きで亜希子の隣に近寄って囁いた。
「・・・手紙を届けるのではなくて?・・・それに、赤い糸は生えてないのでしょう」
 裕子は、不思議に思うのだった。
「そうよ。でも、将太の気持ちは、目で見て、心で感じれば分かる。そう思っているのよ」
「それって、一目惚れするか、一目惚れしないかで判断するって意味でないの?」
「簡単に言えば、そう言うことになるわね」
「馬鹿でないの。そんな理由であてもなく旅をしているの?」
「そんな馬鹿だから一緒に旅をしてあげているの。赤い糸が生えれば、どんな態度をするのか、それが、楽しみなのだけどね」
 けもの道なのか、住民が使う道なのか、そんな、細い道で曲がりくねりながら進むために、将太と二人の女性との距離は離れるはずもなく会話しながら歩けるのだった。
「うぁわ!」
 一時間も歩いていると、二匹の猫が、裕子と亜希子の足にじゃれるのだ。
「どうしたの?」
 裕子も、猫の様子が変だと感じたのだ。
「もう、駄目よ!やめて、やめてよ。うぁあ!」
「うぁあ!」
 二匹の猫が、二人の女性の足にからむだけではなく、前足で足を引っ掻くなどで、道の脇の多くの草木は生えている方に倒れたのだ。すると、細い道が村に続くのを見えたのだ。
「えっ・・・村?」
「将太!。待ってよ。待ってって言っているでしょう!」
 将太は、二人の声が聞こえないのだろう。一人で、先に先にと歩いて行くのだ。
「亜希子は、村に先に行っていて、将太と一緒に向かうわ・・・えっ?」
 猫が、誰も指示をしていないのに、元気の方の猫が、将太の方に走り出すのだ。
「そんな・・・」
「それと、何かあれば、紙の飛行機を飛ばすわ。だから、何も心配しないで、それと、一本の髪をもらうわね。これがあれば送れるから~急ぐから、では、また、後でね」
 亜希子は、何も答えることも、何も態度も表すことも出来ずに、猫の一匹と共に、この場に残されるのだった。

第九章 交易人の思惑  その1

 女性のような容姿の男は、山道のけもの道なのだが、やはり、男だからだろう。二人の女性が後ろから付いてくるのは分かっているはず。だが、少しずつ距離が離れている。そのことには何も気づいていない。もしかすると、歌を歌いながら歩いているのだ。もしかすると、心の中で何かを思い描いているのだろう。そう思う理由には、歌の歌詞が恋愛の歌であるのだ。だが、男性が歌ってはならない禁忌の歌なのだから変なのである。その歌は告白の歌であり。初めから読んでも後ろから読んでも。歌で読んでも同じ内容であるために何て返事を書いて良いかと悩むのだった。当時の暗黙の了解として、その返事を書く場合は、文字でも歌でも同じように上から読んでも下から読んでも同じでなければ返事を書いてはならない。それが、決まりだった。その禁忌とされた理由には、男性が歌った場合には、たとえ、王からだとしても、想い人だとしても、愛の言葉とは受け取らずに自決する。そう考えられていたのだ。だから、男性は歌う人はいない。もし歌われたとしても自身の家族のためや本当に命を捨てる覚悟まではできずに、女性は、はい。と答えるしかないのだ。逆に、女性から歌った場合は、男性も、はい。としか言えない理由は同じなのだが、親族、知人などから命を懸けた。嘘のない告白と受け取るのだ。そんな理由で、本当に異性に歌った人がいるのか?・・・そんな、現代流に言えば都市伝説のような感じなのだった。
「紀州こそ~妻お身際に~琴の音の~床に吾君お~待つぞ恋しき~」
 男は、将太という者だが、近くで歌を聞くと、それと、表情でも判断すると、まるで恋焦がれて夢を見ているという感じよりも、けもの道を歩いて熊にでも襲われる。そのために必死に歌っている感じだった。もしかすると、三人で朝食を食べている時に、けもの道を歩く時の心構えで、十人中に八人は獣に襲われる覚悟していると、そんな冗談を真に受けた感じだった。
「もう~待ってよ」
「うぎゃ~ああぁぁあ!」
「何を!そんなに驚いて、こっちが驚くでしょう。それに、何を急いでいるの?」
「く・・ま・・熊・・・く・・ま・・でないのか、何なんだ。本当に心臓が止まるかと思っただろう。冗談もほどほどにしろよ」
「まさか、朝食の時の話を本気にしたの?・・・わっははは!キャハハハ」
「そんなの本気にしてないよ」
「ごめん。ごめん。そうよね。本当に、ごめんね」
「まあ、いいけど・・・」
「でもね。本当に、その歌を歌うのは止めなさいよ」
「俺の勝手だろう。この歌しか、あの女性を探す方法がないのだから・・・」
 将太は、怒りから当時を思い出して泣きそうだった。
「・・・それよりね。村の入り口は過ぎているわよ」
 裕子は、涙をこらえる姿を見て、それ以上は、強く言えなかった。
「うそ!」
「本当よ」
 二人は、後ろを振り向いた。裕子は、村の入り口を指さそうと、将太は、本当なのかと確認するために・・・だが、驚くことに、道は一本道でなく複数に分かれて迷路のようだったのだ。すると、猫が、二人の前に現れた。
「あっ!」
「猫ちゃん!」
「ニャ」
「あっ!」
 猫は、まるで、自分が考えていた通りに、道に迷ったのだね。そんな反応のように首をゆっくりと左右に振るのだが、斜め上のために小馬鹿にしている感じに思えた。直ぐに、向きを変えて歩き出すが、何度も振り向くので、裕子と将太は、猫の後を付いてこい。それを直ぐに感じ取った。
「案内をしてくれるのね?」
「恩返しの気持ちなのか?」
「どうなのだろうね」
「ニャー」
 二人が話をして動こうとしないために、また、振り返って問い掛けるように鳴くのだ。
「分かったわ。だから、もう鳴かないで」
 裕子は、すぐに、猫に駆け寄ろうとした。将太も、その後を追った。
「ウッニャ~ニャー」
 猫は、追いかけっことでも思っているのか、二人が数歩くらい近づくと、また、先に進み、そして、止まって振り返る。また、走ることを繰り返していた。
「ニャー」
 いろいろな木々や草などで壁のような感じであり。その先が見えないのだが、猫は、何の心配も感じずに飛び込むのだった。
「あっ!」
 二人は、驚きの声を上げた。そして、猫の言葉は分からないのだが、自分と同じように飛び込んでとでも叫んでいる感じに思えたので、まずは、裕子から両手を木々や草木の壁の中に入れてから顔を入れてみた。すると、直ぐに顔出して、将太に頷きで安心を伝えたのだ。おそらく、道と遠くに村らしき風景が見えたのだろう。また、顔入れて、右足、左足と入れると、将太から見た感じでは消えたように思えた。その様子と同じように将太も同じ行動をしたのだった。
「意外と、この山は高い山だったのね。それに、村の様子は見られるけど、村までの距離は、まだまだ、ありそうね」
「そうだね」
「あれ?」
「どうしたのです?」
「お礼を言おうとしたけど、猫が、どこにも居ないのよ」
「・・・先に村に行ったのでないかな?」
 裕子と将太は、周囲を見回したが、木々や草木が多くて探せない感じなのもあるが、それでも、猫が隠れている感じもなく、草木が揺れていれば猫が居ると感じが分かるはずなのだが、まったく周囲から判断すると、猫が近くにいる様子は感じられなかった。
「・・・でも・・・」
「そんなに心配しなくてもいいかもよ。それに、この入り口を知っているのだから猫も歩きなれているはず。猫も、俺たちの姿を確認しなかったことだし、何も気にせずに村に行ってくれ。そんな、意味なのでないかな・・・だから、村に行こう」
「そうね」
 二人は、歩き出した。一時間くらいは歩いただろうか、けもの道のような道ではなくなり。多くの木々はあるが、地面は綺麗に整い一枚の枯れ葉も落ちてなく歩きやすかったのだ。現代の者から見れば、木々などは伐採されて村の地面は田畑が広がっている。そう思うのは当然だろう。だが、田も畑もなく、様々な食糧となる草木の実が実る木だけが村のほとんどを占めていたのだ。それと、草木は人の手で植えたのではなく、自然に生えた状態のままだった。それほどまで縄文時代とは豊かな森なのだったのだ。
「村の方向は、この方向であっているよね」
「そうね。そのはずよ。まるで、未開の森を歩くような方向の感覚が狂うわね」
 もしかすると、縄文時代の人々は、村の防御を考えて自然のまま状態にしたのかもしれない。そんな、二人の男女は、山から下りながら見た記憶と村の方向を感じる感覚だけを頼りに歩き続けたのだ。すると、人の話し声が聞こえてきたのだ。その者に村の場所を聞こうとして、その場で少し待っていると、話の声と一緒に、数人の歩きながら刀と鞘のコチ、カチャ、コチ、カチャと、音が聞こえ、直ぐに、木々の後ろに身を隠した。
「この地の土は、どうだ?」
「いい土ですよ。田畑には、最適ですね」
「そうか・・・」
 隊長なのか、班長か、何かの報告でもするためなのか、今まで話をしていたことを帳面らしき物に書いていた。
「俺らは、調査が使命だから仕方ありませんが、たしかに、田畑には最適ですよ。ですがね。この一帯の森を伐採するのは勿体ない。そう思うほどに実りの多い木々ですよ。こんな森を伐採しては、あとで、森を戻そうとしても無理でしょうね」
「我らは、そんな心配をする必要はない。どのような不思議な木があったとしても、それが不死の薬草だとしても記録も残さずに、土の結果の報告と田畑に適している。何も伐採には問題はない。即、伐採は可能。とだけ報告するだけだ」
「は・・・い」
「何か、不満なのか?」
「いいえ。最も重要な調査の方を考えていただけです。百年前は、この地は交易の地で有名だった。その証拠を探す方法は、やはり、このまま歩き回ることしかないのかと・・・」
「う~む・・・たしかに、それしかないだろう。だが、何の交易だったのか、それが、分かれば・・・他の調査などせずに帰れるのだが・・・」
「それでしたら、山にでも登りませんか?・・・もしかすると、高い所からなら広く周囲を見渡せるかと・・・」
「お前は、この隊を志願したのは、たしか、薬草の調査と珍しい薬草の採取だったな」
「そうですが、そのことは忘れて下さい。この隊の任務を第一に考えています」
 あと少しで二人の近くまで来る。覚悟を決めた時だったが、他の隊員に呼ばれたのだ。

第十章 交易人の思惑  その2

二人の男女は安堵した。それは、あと数歩でも近づいてくれば、武器を持つ数人の隊の者たちと、鉢合わせするかもしれない。そう感じたからだった。
「怖かったよ。鉄の刀なんて持って物騒な集団だね。まるで、兵士のようだね。それに、なんか、物騒なことを言っていたね。この一帯の森を伐採する。そう言っていたよね」
「そう言っていたわね。鉄の刀を持つとは、西から来たのでしょう。東北の地の者は、特に戦う者は優美な紙の刀しか使わないわ」
「それに、田畑を作るとか?・・・」
「田畑とは、種から食用となる草木を育てることよ」
「そっそんなこと出来るの!」
「できる。のだけど、あいつらは、米しか作らないわ」
「米?」
「ああっ、米を食べたことがないのね。たしかに、美味しいわよ。でも、手間がかかるのよ。八十八回の手間がかかる。そう言われているわ」
「なんなのか、それは、よく分からないけど、凄く大変だと感じるよ」
「それよりも、伐採するということは、我らが一万年もしてきた。接ぎ木、良い木の実などの選定、森の全ての木々が育つようにと、様々な森の環境を作ってきたの。その全てが無駄にされるの。もう一度、今のような豊かな森を作るとしたら一万年以上かかるわ。いや、失われた知識もあるから二度と作れないわ」
「米・・・米・・・かあ・・・」
「私の話を聞いているの?」
「えっ、米って美味しいのかな・・・食べてみたいな」
「何も聞いてなかったのね。そうよ。誰もが、米、いや、ご飯を考えるとね。そうなるわ」
「米?・・・ご飯?・・・」
「そう、米を食べられるようにすると、ご飯って名称になるの」
「ほうほう、食べたことがあるの?」
「一度だけ、一個だけ、おにぎりって物を食べたことがあるわ」
「おにぎり?」
「米の料理名の一つなの」
「ほう・・・」
「皆、初めだけなのよ。そんな夢心地はね。そして、気づくの。昔みたいに狩猟生活をしたいとね。でも、伐採の後では遅すぎるのよ」
「それなら、さっきの人たちは、村の人ではない。そうことだよね。なら、今の話を伝えないと、そうすれば、森の伐採をあきらめるかもよ」
「まあ、その話よりも村の方向が分かったわ。村に行きましょう。それと、先ほどの森の伐採の話は、私が言うまで、誰にも言っては駄目よ」
「えっ、あっ、分かりました」
 目の前にいる者と今から戦うとでも考えているような鋭い視線を向けられて、将太は頷くことしかできなかったのだ。そして、裕子は、先ほどの部隊を気にしているのだろう。周囲をキョロキョロと見まわしながら注意深く歩き出した。
「まっ待って下さい。一緒に行きますから~」
「馬鹿ね!。声が大きいわよ」
「すみません」
 将太は、目立たないようにと、裕子の後ろに隠れながら誰にも会わないように注意深く付いて行った。特に、あの部隊の者に会わないように祈っていた。
「村は、この方向でいいみたいね。それに、村は近いと思うわ」
 村が近いと感じたのは、人口で作られた。大きな岩石の欠片が転がっていたのだ。なぜなのか理由は分からないが人の手で作られたのである。当時は必要だったが、なぜなのか必要がなくなり人の手で壊された物だった。
「えっ、なんで?」
「今は、意味の分からない岩石の破片よね。当時は、必要だったから作った物のはず。それが、村の遠くに作る意味がある?」
「たしかに、そうだね」
「それに、岩石の破片の元の状態だけど、何となく分かるのよ。これは、村の入り口の近くに置いてあったはずなのよ」
「そうなんだ。えっ、あっ!」
「あっ!」
 木々の隙間から人工的な石のオブジェが見えたのだ。まだまだ、遠くて確認はできないのだが、おそらく周囲に散らばる岩石の欠片の元の姿だろう。そう感じて、二人の男女は驚いたのだ。そして・・・。
「あれがあるなら村の入り口のはずよ。森にも有ったわ。前は、そこが入口だったかもしれないわね」
 その昔、海人と交易が盛んな時のことだった。
「本当ですか!」
 五円のような物というか、ドーナッツのような物というか、三メートルくらいの高さで、石の彫刻の芸実的な作品だった。将太は、驚きと不思議そうに見ていたが、裕子は、彫刻作品の用途を知っているようだったのだ。
「もう、声が大きいって!。それに、少しこの場で様子を見るわ・・・」
「はい」
 将太の小声の返事を聞いた。そのあと、裕子は、懐から一枚の一つだけ折ってある紙を取り出した。直ぐに開いて中にびっしりと神代文字が書かれてあるのと、一本の髪の毛を確認すると、そのまま折って紙飛行機を折りあげたのだ。
「・・・・」
 裕子は、紙飛行機を村の方に飛ばした。二人は、紙飛行機を見続けるのだった。その紙飛行機は、何かを探しているのか、まるで、意思があるかのようにジグザグと飛び続けてから突然に直角に曲がり建物の中に入って行った。二人は、直角に曲がってからは見えないのだが、裕子は、頷くのだった。おそらく、目的の建物なのか、誰かに届いた。そう確信したのだろう。
「将太!裕子!どこなの?近くにいるのでしょう?」
 亜希子が、直ぐに建物から出てきたのだ。その紙飛行機の中の髪は亜希子の物だった。
「・・・?」
(少し待って)
 二人は、木々の後ろに隠れて、亜希子の様子を見ていた。将太は、直ぐに、亜希子の元に駆け出そうとしたのだが、裕子に服を掴まれて引き留められたのだ。その意味が分からずに、裕子に振り向いて問いかけようとすると、裕子は、囁き声で答えてきたのだ。
(なんで?)
(罠かもしれないからよ。先ほどの集団が待ち構えているかも、それに、村の住人が、私たちを敵と考えて、亜希子を囮にしているかもしれないからよ)
(その確認は、どうしたら分かるのですか?)
(そうね・・・脅されている表情でも恐怖を感じているのでもないわね。本当に、私たちのことで、どうしたのかと、心配している表情ね。なら、少し考えすぎかな・・・)
(なら、行ってもいいよね)
(あっ、こっちに向かって歩いてきたわ。もう少し待って)
 しばらく、裕子のことを見ていると、自分のことを気づいてもらうために目の前の木を揺らすのだった。それに、亜希子は不審を感じて視線を向けると、裕子が、手を振る姿を見るのであった。
「・・・?」
「・・・」
 裕子は、何度も手で招いた。不審そうに亜希子は、囁きの声が届く距離まで近づいた。
「何しているの?」
「村の様子は、どう?」
「・・・特には・・・何を心配しているの?」
「そう・・・あの、鉄の刀を持っている集団は、村の中にはいないの?」
「交易の集団ならいるわよ。でも、鉄の武器を持っているのか、そこまで知らないわ」
「・・・その集団が、この森で密談をしていたの」
(交易の護衛って名目で一緒に行動しているの?・・・なら、もしかすると指示系統は別なのかしらね・・・それなら・・・)
 裕子は、試案した。
「それなら、余計に、村の中にいた方がいいのでないの?」
「そうね。そうしましょう」
(交易の護衛という隠れ蓑をなくすはずがないわね)
「よかった。早く村に行こう。お腹がすいて死にそうだよ」
 将太は、腹をさすりながら涙目で訴えるのだった。
「将太!落ち着きなさい」
「はい」
「これ、渡しておくわね。わたしね。この村に来たことの理由は教えてないの。だから、将太が、自分で話すのよ。この村にいる人に手紙を届けに来ましたってね」
「うん。わかった」
 将太は、亜希子から手紙を渡された。
「やっぱり、そうよね。私が間違っていたみたいね。手紙を託された人が渡すべきね」
「それに、男性からだと、感謝のお返しが違うのよ。とくに、お酒が振舞わられるはずよ」
 三人は、笑みを浮かべた。それぞれの好物のことを考えているようだった。

第十一章 手紙の内容と手紙の意味

三人の男女は、正規の道に戻り、再度、村に向かった。突然に、直径で百メートルくらいの空き地が現れて、その中心にドーナッツ状の三メートルくらいの高さの石の彫刻が立っていた。二人の女性は、視線を一度だけ向けると、歩きを止めることもなく村に進むのだった。裕子は、全ての意味が分かっている感じの表情を浮かべて、亜希子は、もしかすると、村の者に聞いたのだろうか、それとも、関心がないのか、将太は、足を止めて裏側や中心を見ようとしていたのだが、二人の女性が、歩き続けるので直ぐに、やや早歩きで追いかけた。その石の彫刻で見えなかったが、赤色の鳥居みたいのが立っていた。そして、神主がお祓いに使う御幣(ごへい)のような紙が暖簾のように垂れ下がっていたのだ。悪鬼、病魔などの全ての悪を遮るために垂れ下がっているのだろう。
「道の中心を歩いては駄目よ。右側を歩きなさい」
 裕子が、亜希子と将太に、小声で伝えるのだった。その指示の通りに進み、村に入ってみると、木々が適当に伐採されて家々を作った感じの村の様子だった。やはり、木々を神聖な物として感じているのか、村を作るにしても最低限の木々を伐採しただけだった。それに、実が食べられる木々だけを残しているとも、そうとも思えた。
「・・・」
 将太だけが、また、驚いた。というか、心構えができてなかったのだ。この村には年寄りしか居ないのかと、そう思う程に大勢の老人がいたからだ。将棋らしき遊びをする者や編み物をする老婆、食事の用意する者。もしかすると、亜希子が訪問したため料理の材料なのか、鳥の首を跳ねて捌く者など、何かをしていた。だが、一人の老人が暇なのか煙草を吸いながら三人の男女をみていたのだ。将太が驚いたのには、手紙を渡す者がいる。そう思ったからだった。そして、亜希子は、老婆に手招きされて行ってしまい。裕子と将太が、煙草を吸う老人に近づいたのだ。
「お邪魔しますね」
「構わんぞ。礼儀を知っているようだし、ちゃんと、神様の通り道である。道の真ん中を歩かずに、右側を歩いて鳥居をくぐってくれたしのぅ。神様も許してくれるはずだ」
 この老人は、何もしていないのではなく、村に訪れる者を判断して、危険を感じる者や無礼な者を判断して、緊急の時は、叫び。または、要注意の者の場合は、若い者を呼んでは、村を案内するなどと言って、その若い者たちで見張らせる。そんな判断をさせる役目なのだろう。それに、神様も許してくれる。おそらく、最高の客人として盛大にもてなそう。そう言う意味のはずだ。それを証明するかのように老婆たちは笑みを浮かべていた。
「有難うございます。長老にお会いしたいのですが、いらっしゃるでしょうか?」
「ああっ、長老なら家の中にいるだろう。孫の病気の祈願をしているはずだ」
「そうでしたか、それなら、お会いはできませんね」
「いや、構わんだろう。村で一番の大きい建物だから扉を叩いて、長老から返事があるまで待ってみる。と良いだろう。寝ていなければ直ぐに返事はあるはずだ」
「有難うございます」
 裕子が頭を下げると、将太も頭を下げて、二人は、村の奥に入って行った。穴式住居と高床式住居があり。目的の家は、穴式住居であり。直ぐに、その建物だと分かり。老人の指示の通りに、玄関の扉を叩くのだった。
「入りなさい」
 老人の声だが、何か、喜んでいる。期待しているかのような声色だった。
「おじゃまします」
 裕子と将太は、ほとんど同時に、同じ感謝の言葉を言いながら家の中に入った。その中は、右側に台所があり。中心に十畳くらいの畳敷きと同じ物があり。その中心に囲炉裏があったのだ。そして、玄関の正面に、老人が囲炉裏に座っていて、二人に手招いていた。その後ろに扉があり。おそらく、寝室があり。孫が寝ているのだろう。残りの左右の壁には何段かの多くの棚があり。一瞬では数えられない程の多くの土偶が置かれてあった。
「好きな所に座りなさい」
「はい」
 二人は、長老の正面に座った。
「それで、この村には、長老のわしに用事があるのかな?・・・それとも、一夜の宿の気持ちなのかな?・・・交易なのかな?」
「この村の長老以外に村はありますか?」
「ここ最近は知らないが、他に村はないはずだぞ」
「それでしたら間違いなく、この青年が長老に手紙を届けにきました」
「手紙?・・・ほう・・・あなたではなく、この青年が・・・ほうほう」
「私は、この青年ともう一人の女性の護衛です」
「女性が、護衛とは・・・ほうほう」
「それと、数日の宿と食事が頂けるのならば、私は、神代文字の継承者なので、お孫さんの病気を治せるかもしれません。それと、これ程の土偶があるとは、もしかすると、流行り病に困っているのでは?」
「ほう、若い女性が、土偶の意味が分かっているのならば、神代文字の継承者というのも本当のようですな。それなら、この村でできる限りのことを致しますので、村人を助けて下さい。ですが、一軒家を貸してあげたいのだが、大勢の交易の者がいて空き家がないのです。お泊りならば、この長老の家で、わしらと共に寝起きでは駄目でしょうかな?」
「それで、構いませんよ。ですが、男性と一緒に寝泊まりでないのなら・・・」
「それは、心配しなくても、女性は、家の女性たちと一緒に寝てもらいます」
「それなら、何も問題はありません」
「何も問題がないのなら、手紙を頂いても宜しいかな?」
「勿論です。将太さん。手紙を・・・」
「はい」
 裕子は、将太に顔を向けて声を掛けた。直ぐに、将太は、懐に手を入れて手紙を取ろうとしたのだ。
「えっえ~ええ!。なんで、ここにあるの?」
 裕子は、長老が体を傾けると、その後に何かを見つけて大声を上げながら立ち上がった。
「どうされた?」
「その猫の文様の鞘です。その刀です。どのようにして手に入れたのですか?」
「やはり、護衛とは本当のようですな。その腰帯は刀ですね」
 裕子は、立ち上がると同時に、腰帯のバックルに手をかけたのだ。
「その話をする前に、先に手紙を頂いても宜しいかな?。そのことが書かれているかもしれないのでな」
「・・・」
 将太は、長老と裕子を交互に視線を向けた。
「それは、お前の使命だろう。私の要件とは違うのだ。お前の判断で長老に手紙を渡すといい。もし何があっても、私の個人のことだ。何も気づかいする必要はないぞ」
「そこまで言うのでしたら手紙を読む前に一言だけ伝えましょう。人から奪った物ではない。友としての証として頂いた物だ」
「そう言うことは、その言葉で、私の敵と判断してもいい。そう言うことだな」
「友を裏切る気持ちはない・・・では、手紙を頂いてもいいかな?」
「ああっ、構わんぞ」
 将太は、二人の様子を気にしながら長老に手紙を渡した。
「それでは、手紙を読まして頂くぞ」
「・・・」
「すん・・・すん・・・」
「泣いているのか?・・・刀の元の持ち主からなのか?・・・亡くなったのか?・・・」
 長老が、鼻をすする音がしたのだ。
「亡くなってはいない。だが、二度と会えなくなった」
「それは、どう言う意味だ。私に関係あることなのか?・・・まさか、その刀で刺し違えるつもりなのか?・・・見た目での判断だが、一度も刀を使ったと思えない。そんな思いをできると思っているのか、無理だ。止めておけ。その刀と手紙の話を聞いたら立ち去る気持ちなのだ。だから、少しでも長生きをすることを考えるのだな」
「・・・そういえば、手紙を読んで思い出したことがあります。この刀を受け取る時に、同じ絵柄の刀を持つ者がいる。その人を探している。そう聞いたことを思い出しました」
「やはり、その刀の持ち主が手紙の差出人なのだな?」
「その刀を見えて、いや、そちらも、この刀を見たいでしょう。一時的に交換とは・・・」
「いいだろう。だが、先に、そちらの刀を頂きたい」
「それは、構いません。それでは、どうぞ」
 長老は、直ぐに、裕子に背中を向けて、刀を取り。体を正面に向けてから両手で捧げる感じで刀を差しだした。
「・・・間違いないわ。これ、この刀よ。持ち主と友達なのよね・・・会いたいな」
「それでは、そちらの刀も見せて頂けませんか」
「あっ、はい。あっ、鞘から刀を抜いてもいいでしょうか?」
「はい。好きなだけ、お調べ下さい」
 長老は、裕子が男の言葉や怒りの威圧から女性の言葉に戻ったことで、安堵の気持ちからだろう。笑みを浮かべながら承諾するのだった。そして、裕子は、鞘から抜いた。刀にも絵柄が彫られていた。その絵柄の彫りすぎた、そのか所は、絵柄の微調整などの痕の一つ一つに思い出があり。その一つ一つを彫った本人と話す感じで、自分では気づかずに言葉に出ていた。それも、まるで、当時の少女のように嬉しそうな表情だったので、長老は、思い出を話し終わるまで、ニコニコと、まるで、本当の孫といる感じで楽しんでいたのだ。

第十二章 刀と思い出と土偶

女性は、刀に新しい痕跡を付くのではないか、そう思えるほどに見入るのだった。そして、何分後だろうか、全ての痕跡と絵柄を確かめ終わったのだろう。長老に視線を向けたのだ。今度は手紙の内容に期待している感じだった。だが、その感情は表に出すことなく内心でこらえていたのだ。それでも、もしかしたら話をしてくれるかもしれないと、少し期待をしているような感じだった。そして、指示された通りに、ベルトから刀に切り替わる。バックルのボタンを切り替えたのだった。
「ビョ~ン~ビ~ン~ビン」
 腰帯みたいにしていた物を右手で抜き取って長く伸ばした。そして、刀として右手で構えてから左手で刀身を持ち替えて、刀の握りの部分を長老に向けた。
「ありがとう」
 長老は、両手で拝むように刀を受け取り、裕子と同じように隅から隅まで波紋、文様、刀身、柄と絵柄などに穴が開くほどに見入るのだった。
「同じ猫の絵柄ですね・・・あの刀と同じ職人の物・・・えっ家紋だけではなく、なぜに花押が・・・それに・・・たしか・・・この花押は、黒髪の一族の家長だけの花押!」
「・・・」
 裕子は、返事はせずに、長老を見つめるだけ、長老の問いかけの答えでは、なにか態度が変わる。そう思っている様子だった。
「刀匠が、この花押を使えるのは家長の代替わりの時だけ、それも、一生涯に一度だけと言われている。それが、あの刀だけと思っていたが、二本目があるとは・・・」
「・・・」
「お前は!誰だ?・・・この村の近くに直系の黒髪の一族がいるのか?」
「長老は、黒髪一族がいたとして、何か用があるのか?誰かと会いたい人でもいるのか?」
「会いたい者はいるが、わしは年寄りだ。知り合いも同じような歳なのだ。もう狩猟生活をしているはずもない。それでも、知り合いの思い出くらいなら聞けるだろう。そういう者と会いたいだけだった・・の・・・だが・・・」
「そうなのか、そうだったのか・・・私は・・・何て言っていいのか・・・すまない・・・」
「やはり、若い者しかいないのだな・・・」
 二人とも、別々の思いだが同じように涙を浮かべるのだった。
「その何て言っていいのか、まず、謝罪をさせて下さい。高圧的な態度だけではなく、目上の人なのに男のような言葉使いで敵意をあらわにしたこと、本当にすみません」
「それは、交渉の時は当然のことだ。もし交渉する時に、女の言葉を使い。女の武器を使うようならば村から叩き出しているぞ。だが、あなたは素直な人だ。感情的だが本当に優しい人だよ。怒りを感じれば男の言葉になり。時々、女性の言葉を使っていたことに気づいていましたかな。おそらく、悲しみを感じたのでしょうね。そういう人の話しなら嘘はない。どのようなことでも信じられます」
「・・・」
「それで、この村には何かの要件でもあったのかな。まあ、その話は、食事も酒も用意しましたので、まずは、食事を食べて、酒を飲みながら聞きましょう」
「はい。そうします。でも、楽しい話ができるのか、何かの期待に応えられるか・・・」
「何を心配しているのか、旅の話しとは、そういうものです。もしかすると、わしや他の村の者も、そんな旅の悪い話の方が重大だと思っているはずですぞ。それを知ることで村を守ることができるかもしれないのでな」
「そういうことですか・・・それでしたら、この家の中にある。あの土偶の数が多すぎませんか?・・・その土偶の対処ならできるかもしれませんよ」
「医術が得意なのでしょうか・・・まさか、その若さで神代文字の継承者なのですか?」
「まあ、それなりに、一般的な神代文字のことならば・・・そうですね」
 裕子は、長老に言う返事を迷った。たしかに、継承者には違いないが、医術となると自分では半人前だと思っているからだった。だが、神代文字の機能や方法で対処できる自信があったことで提案をしたのだ。
「それでは、お願いしたい」
 長老は、土偶の状態を見てもらうために棚から離れた。裕子は、まずは、一体一体を手に取るよりも、全てを目視で自分が対処できるか、または、重要度の順番を考えたのだ。
「・・・」
 土偶とは、人の身代わりであり。現在の診療記録を形として分かるように作られていたのだ。そして、完治すると、土偶を壊すのだ。それは、二度と同じ病気にならないために身代わりの土偶と一緒に病気も土に返すのだ。だが、妊婦の場合は、子供が病弱だと壊さないで子供が成人するまで修復してまでも持ち続ける場合もあった。
「どうだろうか、全ての土偶が、再発した病気だといいのだが・・・」
「幼い子供や老人が多いですね。それは、どの村も同じようですが、気になるのは、体中に斑点の模様に熱に咳の者が多いですね」
「はい。風邪のようなのですが、高熱ではなく体がだるいくらいの熱でしてね。幼い子供以外なら我慢できる程度でして、特に若い者は、仕事の疲れだろう。と普通に暮らしをしています」
「そう・・・それで、その風邪で亡くなった者はいるのですか?」
「まだ、一人もいないはず」
「それは、よかった。私が知る病気とは違うようです。ですが、もし同じだとしても安心してください。神代文字を書いた紙を体に張り付けて寝ていれば治るでしょう」
「本当ですか?」
「安心しなさい。神代文字の機能には、人体を病気にかかる前にゆっくりと体を戻しながら、人体の再生力の遺伝子を活発にして、体内で抗体を作る方法です。だから・・・」
「あっああ、説明されてもわかりませんので、全てをお任せします」
 長老は、真剣に話を聞いていたが、その話を聞けば聞くほどに意味が分からず。裕子の話を中断させたのだった。
「まず、子供からと言いたいですが、村の維持を考えるのなら二番手にしましよう。それで、老人の全ての者は狩猟生活の経験者なのでしょうか?」
「そうですが、本当なら若い者たちに任せたい。だが、若い奴らは、体力だけあるが何も役に立たない。だから、三番手で大丈夫だ。わしら年寄りが頑張るしかないのだからな」
「どこの村も狩猟生活の経験者が村の中心的になるのは当然ですよ」
 裕子は、土偶の形をしたカルテを治療する順番に並べていた。
「この村だけではなかったのか・・・そうか・・・そうだったのか・・・」
「長老。和紙と墨を用意していただけないか、それと、助手として何人か手伝って欲しい」
「助手ですか・・・修正をする者なら何人かいますが・・・」
「それって、模様や文字をなぞって修復する者。別名で言うと、ぬりえ師のことですよね」
「はい」
「神代文字を書ける人は、一人もいないのでしょうか?」
「この村は、狩猟生活の脱落者の村ですからね。そんな達人などいるはずがない。もし残りたいと言ったとしても、誰も許すはずもないでしょう。それに、ぬりえ師でも十分に村の役目を果たしてくれています」
「そうでしたか、べつに、ぬりえ師をおとしめたのではないのです。心の底からの謝罪をしますので怒りを鎮めて下さい」
「こちらこそ、本当にすまない。べつに、あなたに怒りを感じているのではないのだ。最近の若者や両親も、いや、年寄りも、そうだった。おしゃれ、かわいい、かっこいい。などの意味の分からない言葉を使うのだ。たしかに、わしらも化粧や様々な服は着るぞ。だが、先ほどの意味の分からない言葉を言って服を着るのだぞ。たしかに、化粧については若返ったように見える。だから、その化粧については理解しよう。それでも、わしらも化粧や衣服は着る。それは、神に好かれそうと化粧や服を着るのだぞ。狩猟生活にも戦いにも適した服でもあるのだ。それなのに、村の者もあいつらも遊んでいるよう・・・」
「交易人が、今、この村にいるのですか?」
 長老の話の途中で、裕子が、大声を上げて問いかけたのだ。
「ああっ、その者ならいるぞ。神代文字の継承者でも興味があるのか?・・・もしかして、手に入れたい物でもあるのか?」
 長老は、また、馬鹿が増えた。本当に理解ができないと、首を横に振りながら問いかけたのだ。
「そうではない。その者らに村が乗っ取られるぞ」
「戦でもする考えなのか?」
「違う。そうではない」
「意味が分からんぞ!」
「まずは、落ち着いて下さい」
「分かった。どういう意味なのだ」
「貨幣とは分かりますか?・・・それと、米という物は食べたことがありますか?」
「いや、知らないし食べたことはない。だが、その者らは、この村の者に助けられた。その感謝の印として、皆に米を食べさせる。そう言っていたなぁ」
「ふぅー良かった。まだ、その段階か、なら、まだ間に合う」
「何を言っているのだ?・・・」
「米を基準として考えた。その貨幣価値で、村の全ての者に借金を作らされて、その借金を返すために様々な理由と要求で村を乗っ取る考えなのだ」
「意味が分からない?・・・」
「・・・」
 裕子は、何て言えば分かるかと、思案していた。

第十三章 土偶と神代文字の治療

老人は、首をかしげている。そんな姿を見て、若い女性は、何て答えていいのかと悩んでいたのだ。そして、良い考えが浮かんだのだろうか、口を開いて言葉を聞いた。その言葉の意味が分からないのか、それとも、老人は、歳で聞き違い。とでも感じたのだろう。女性に、再度、聞き返したのだ。
「治療をするから老人だけ集まってくれ。そう言ったのか?」
「はい」
「先ほどの話は?・・・まあ、いいか、一人で聞いても、何も決められない。あっ、ああっ治療として皆を集めるのですな。それがいい。また後でわしが話すよりも、皆が集まった時でも言われた方がよい。もちろんのことなのだが、皆の問いかけにも答えてもらえるのだろう」
「まあ、私が話をした後にでも、皆からの話を聞きます。その話の後に、どうするか決めましょう」
「それなら、広い部屋がよいでしょう。村の監視も兼ねた。村の入り口の近くに憩いの場所がありますので、そこで集まりましょう」
「お願いします。あっ、老人だけにして下さい。もちろんですが、あの交易人の客人だけは聞かせられない話しですからね。何か理由でも言って一時的にでも村から出してくれると助かります」
「分かりました」
 そんな雰囲気の時だった。扉を叩きながら長老を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。長老は、無視する気持ちだったのだろう。だが、二度、言われ、三度目に言われた時は立ち上がったのだ。そして、扉を開けた。
「どうした?」
 長老は、不機嫌そうな感じで現れて、村の若い女性は一歩下がった。自分の内心の気持ちでは、長老の要件を邪魔してまで伝えることなのかと、一瞬だが思ったが、直ぐに一歩を戻して話を掛けたのだった。
「それが・・・あっ、客人が村の中での炊飯は危険かもしれないから村の外で炊飯したいと、それで、皆も見に来て欲しいと・・・えっ・・・」
 長老が、突然に笑みを浮かべて、女性は驚くのだった。
「許可しよう。客人の好きなようにするようにと、そう伝えなさい。それと、村の者も手を休めて手伝うといいだろう。だが、火事にならないように気をつけて欲しい。そう伝えて下さい。あっ、それと、村の年寄りの全員は、治療をするから憩いの場所に集まるようにと伝えて欲しいのだ」
「はい」
「どうした?」
 女性は、ニコニコと笑みを浮かべて立ち去ろうとはしないので不審を感じたのだ。
「えへへ、長老も楽しみなのですね。おにぎりって物を作ったら長老のために一番先に持ってきますから楽しみしていてくださいね」
「あっ、そう言うことか、何でも食事って出来立てが美味しいのだ。わしらのことなど気にせずにゆっくり味わうといいぞ。それと、念押していうが、火事が心配だから十二分に水を用意してするのだぞ」
 何度も頷くと、女性は、若い者と待ち合わせしていたのだろう。その場所は知らないが駆けだして向かったのだ。その行先など気にせずに、長老は、直ぐに扉を閉めて、裕子に顔を向けたのだ。
「丁度よいことになりましたね」
「そうですな」
「うぅ~まさか、火事をおこす考えか」
「それは、考え過ぎでしょう。それに、水の用意は伝えましたので大丈夫のはず。それに、そこまで酷いことをする連中には思えなかったな」
「そこまでする。そんな噂は聞いてない。だから、火事は考えすぎなのかもしれない」
「それに、憩いの場所からは様子は見られる。火事なら煙がのぼってからでも対処はできる。だから、大丈夫だ」
「それなら、治療を始めますか、まずは、ぬりえ師の手を借りたいのだが、この建物に呼んでくれないだろうか、その時に、ぬりえ師なら紙と墨の備蓄はあるのだろう。それを使えるように指示をして欲しい」
「分かりました。少々のお待ち下さい」
「それと、病人に寝たきりの者はいるのだろうか?」
「そこまで酷い状態の者はいない。だが、完治することはなく、良くなったり悪くなったりと繰り返す者が多い状態です」
「それで、これ程まで土偶が多い・・・老人ならば、それでもいい。もしかすると、ぬりえ師は、病気を悪化しないように維持しているだけなのかも、それなら、ぬりえ師に、最低の知識と神代文字を教えないとならないわね」
「長期の滞在をして頂けるのですか?」
「私は、予定があってない感じです。この村に来たのも旅の連れが、この村に用事があったからです。その連れの要件も長く掛かる。そんな感じに思います」
「あのう・・・」
 将太は、二人の様子が怖くて、家の中の隅に隠れていた。それで、やっと、穏やかな会話になり。そして、やっと、自分の話題がでたことで、恐る恐ると言葉を掛けたのだ。
「将太。大丈夫よ。わたしが交渉してあげる。だから、まずは、この村を救うことに協力してあげてね。それに、今までの話を聞いていたでしょう。御馳走も食べられるはずよ」
「そうみたいだけど、なんか、物騒な話をしていたような・・・」
 また、扉を叩く音がしたことで、将太の話は止められた。
「長老さま。長老さま。もしかして、将太が何か失礼なことをしましたか?」
今度は、亜希子が、興奮しながら扉を叩くのだった。
「家の中に入れてあげなさい」
 長老が、将太に気持ちを伝えた。直ぐに、立ち上がって扉を開けたのだ。
「大丈夫なの?・・・遅いから何か困ったことにでもなったのかな?・・・そう思ったから来たのだけど・・・」
「問題があるような・・・問題がないような・・・」
「それなら、しばらくは、この村にいるのね。そうなのね」
「そうなると思うよ」
「それは、よかったわ。米よ。おにぎりよ。それが、好きなだけ食べられるのよ!」
「うん。その話は聞いていたよ」
「どうしたのよ?」
 まるで興味がない。とも、何か恐れているようにも思える様子だったのだ。そして、何気ないような感じで室内を見るのだった。それで、土偶の数を見て理解した。そんな感じで、何度も頷いていた。
「早く扉を閉めて、家の中に入りなさい」
 長老は、部屋の温度を気にしている感じだった。それは、別の部屋で寝ている孫のことが心配だったのだろう。
「はい」
 亜希子は、家の中に入り。将太の隣に座った。
「安心して下さい。お孫さんは、先に治療します」
「すまない。本当にすまない。本当に感謝しますぞ」
「それでは、病気になった時のことと、日時と時間も正確に教えて下さい」
「えっ?」
「子供ですから痛みもなく時間も掛からずに簡単な方法の治療をします。それは、人の体内時計を病気になる前に戻す方法です。」
「そんな方法で完治するのですね」
「一度で完治するのではないのです。何度か、徐々に、元の健康だった時の体内時計の段階に戻して、病気の初期から自身の自然治療力で治していく方法です。その方法の神代文字などの方法は、ぬりえ師に伝えますから安心して下さいね。ですが、完治したと勘違いする人もいます。ですが、一つ危険なのは、完治する前に、他の病気にでもなった場合には、命の危険になる場合がありますので注意してくださいね。もちろんですが、いろいろな食材を食べて、運動もするのですよ」
「分かりました」
「それと、いつ治るのかと、家族の人に聞かれるのですが、目安としては、一年分の体内時計を戻したら一年は完治するまで時間が掛かる。そう思って下さい」
「はい。それで、正確な日時が必要なのですね」
「たしかに、そうです。それに、土偶を見れば予想はつくはず。そう思うでしょうが、それは、治療を開始した日時ですから病気になった正確な日時を知りたいのです」
「分かりました。後で、書面に書いて渡します。その前に、直ぐにでも苦しみから解放させてほしいのです。宜しくお願いします」
「そうですよね。分かりました。直ぐに診ましょう。その間に、長老には、神代文字に適応する紙と墨の用意をお願いします」
「分かった」
「それと、土偶の並べた順番の通りに患者を一人ずつ長老宅に連れてきてください」
「それは、大変だな・・・まあ頑張るしかないか」
「いえ、患者を連れてくるのは、将太さん。お願いしますね」
 将太は、この場の皆の視線を向けられて頷くしかなかった。

第十四章 神代文字の治療 その1

一人の女性がショルダーバックから携帯の筆と墨を取り出して硯を使って墨を作っていた。その様子を部屋の隅から見ていた。もう一人の女性なのだが、二人だけになった。という理由も暇だと思う気持ちもあるが、一番の理由は、何をするのかと、そんな興味を感じたのだろう。一声を掛けると、直ぐに指示を受けて白紙の巻物を短冊みたいに切って欲しいいと言われたのだった。
「何枚くらい必要なのですか?」
「あればあるだけ必要です。その白紙の巻物の全てでも足りないくらいです」
「えっえ~そんなに!無理ですよ。そんなに作れませんよ」
「亜希子さん。作れるだけでいいですよ。おにぎりを作るのを見たいのでしょう。あんなに嬉しそうな表情を見るのって初めてですよ。だから、好きな時に行っていいですからね」
「はい。そうしますわね。でも、この巻物くらいはするわよ」
「ありがとう。それにね。今すぐには行かない方がいいわよ。今頃は、薪集めを協力されているのは間違いないわね」
「えっ?」
「村の全ての人におにぎりを食べさせるってことは、ご飯を炊くには薪の数って相当な量が必要になるらしいわよ」
「ご飯を炊くの・・・ね?・・・ほうほう」
「・・・」
「ん?・・・どうしたの?」
 裕子は、硯で墨を作っていたはずの手を休めて、ある一点を見つめていたのだ。
「まあ、いや、そのね。治療の方法を考えていたの・・・」
 亜希子に言われるまで、なぜ呆けていたのかというと、内心の考えと、言葉にしたこととは違っていたのだ。長老には問いかけなかったが、この村に医者がいるのかということだった。今までは、たしかに、病気は治せる。だが、自然治癒だけではなく、体の中身である。肺とか腸とかの詳しい病名と治療の方法が分かれば、もっと早く、再発などの心配せずに完璧に治せるのだ。それで、どうするかと思案していたのだ。
「患者は、六歳なのよ。自然治癒って痛みを伴うの。虫歯の治療というだけで泣く年頃なのよ。それを考えるとね。かわいそうだと思ってね。だから・・・」
「でも、その病気の痛みだけど、良い思い出はあるのよ。わたしが泣くとね。母が、砂糖を溶かして甘い、甘いトロトロのところてんを作ってくれたの。嬉しかったなぁ。でね。ところてんを食べたくて嘘泣きすると、何で分かるのかなぁ、嘘泣きってわかるの。不思議だったわね」
「ゴホン、ゴホン」
 長老は、二人の会話の話題である。ご飯を炊く。その話題から家に戻っていたが、二人は気づかずに話を続けていたのだが、老人には苦痛だったのだ。それも、会話を黙って聞くことよりも、ただ立っているだけでも腰が痛くて、ついに我慢できなくなり。二人の会話の邪魔をして気づかせたのだった。
「長老さま。お帰り。それで、患者は外に?・・・」
「ああっ、外にいる。それと、紙と墨は、憩いの場所に置いた。皆で用途に合うように切って、墨も一緒に作ることにした」
「それは、助かります。では、患者を家の中に入れて下さい。治療を開始します」
「先に、二人の会話を聞いたことの謝罪しておくが、村にも医者はいる。だが、薬草の医師だがいるぞ。その者も一緒に連れてきた」
「それは、助かります」
「それと、謝罪したことの続きの話だが、孫の痛みのことを言ってくれたが、痛みはある方が良いと思う。そうでなければ、子供だけでなくても無茶をする。だから、必要だ」
「そっそこまで話を聞いていたのですか」
「まあ、だから、先に謝罪したのだが・・・」
 長老は、言葉では足りない。そう感じたのだろう。深々と頭を下げるのだった。
「トン、トン」
 玄関の扉を叩く音が響いた。
「外にいる二人も、わしと同じ歳だ。立っているのが苦痛になったのだろう」
「あっああ、それは、大変ですわ。直ぐに家の中に入れて下さい。あっ、いや」
 裕子は、長老が扉を開けるよりも、自分で開けた方が早いと感じたのだろう。
「どうぞ、お待たせしました」
 扉を開けると、背の高いガリガリの老婆と背の低くて太っている老婆の二人の老人と将太がいたのだ。土偶の治療の状態が太っている形を見て、直ぐに、背の低い老婆が、一番目の患者だと思って手を差し伸べたのだ。だが、手を払った。
「何をしているのですか?。患者なら隣の者だが・・・」
「えっ、糖尿病だと・・・」
「まあ、そういう勘違いをする人は多い。やはり、わしも一緒にきて良かった」
「それなら、医師の指示の通りに致します。まずは、中に入って座って下さい」
 長老と二人の老婆は、囲炉裏の周りに適当に座った。
「そうですなぁ。まずは、わたしが神代文字の効果を体験して、それから、指示をする方法を一緒に考えましょうか」
「はい。わたしが出来るのは、人体の機能などを過去の健康な状態に戻すことです。神代文字の専攻の医師なら一つ一つの臓器の再生や調整など出来ますが、わたしには無理です。ですが、臓器の場所や詳しい指数などの変更などを神代文字で書くなら出来るかもしれません、それでも、還暦の者に、自身の二十代の時の臓器だけを戻したとしたら、別の臓器が拒否反応するかもしれません」
「わしも、臓器の位置や臓器の正常な指数などの変更指数などは知らない。わしら年寄りには、あまり意味がないが、腰痛や呆けには効果がありそうだ。だから、まあ、わしの体で腰痛だけでも、先に実験でもしてみるか」
「それで、何をするのですか?。する手順や数値の変更など言ってくれたら神代文字に書き直しますわよ」
「まあ、わしも他の者も椎間板(ついかんばん)ヘルニアという症状なのだが、繊維輪(せんいりん)という木の年輪のような輪が、骨の歪みで圧迫されて対流できずに膨張して神経を圧迫するのです。若い身体なら繊維輪も少々の圧迫でも対流で跳ね返すのだが・・・」
「はい。ここまでは、神代文字で書いておきましたので、これで、正常な脳内指示と同時に、神代文字での指示と、指示を与える人体の機能の場所は認識させました。後は、何を変更して何を実行するかだけです」
「繊維輪は対流ができなくなると熱を発生させるのです。すると、繊維輪の外側の薄い膜が溶けて神経を圧迫する。それを防ぐには、治すには、正常の体内温度より、五度、低くすれば薄い膜は再生します。そして、繊維輪は、問題なく対流するはずです」
「繊維輪・・・五度、低い温度に修正・・・それで・・・変更なしの決定として花押しと書いて実行・・・これで、終わり」
「・・・」
「この札を体に貼る。その場所は、どこでしょうか?」
「背中を向けてくれませんか」
 裕子が、老婆に見せるように背中を向けると、老婆が、片手を腰に手を当てた。その感触と場所を憶えて、短冊のような紙の裏に墨を塗ってから老婆の背中に、短冊らしき物を同じ場所に貼った。すると、高級エステを受けている感じでの心底からの気持ち良いと感じる声が響いた。
「く~効く~」
 老婆の曲がった腰が、だんだんと、背伸びするかのような感じで体が真っすぐになるのだ。まるで、背骨が正常な状態に戻りながら体全体を引っ張っている感じだった。
「・・・」
 裕子は、驚き、そして、老婆の体を心配のあまりに言葉を掛けることも視線を逸らせることもできなかったのだ。
「これ程とは、最高の効果だ。これが、神代文字の治療なのか、なら、何も問題はないわ。他の年寄りも、もちろん、子供にも何も心配する必要はないぞ。長老!」
「孫の病気は治るのですか?」
「ああっ、もちろんだ。これ程まで、わしの考えのように的確に治療できるのなら何も問題はないぞ。間違いなく、一年前のように元気に遊んでいた。あの姿を見ることができる!」
「お願いします。その治療をお願いします。孫を助けて下さい」
「分かりました。身体の全体の過去戻しですね。何度もしていますので安心して下さい。それで、何と書けばいいのでしょうか?」
「今日から一年と七日と八時間と三十分の過去戻しと書いて下さい。この時間で間違いありません。あの日は、焚火祭りの日ですから・・・あの日から多くの子供たちが・・・」
「分かりました。これで、成功すれば、他の子どもや二十歳くらいまでなら同じ内容で効果があります。若い身体だと、体内も成長の速度が激しく二年や三年くらいの過去に戻しても細胞、臓器などの器官の適用の範囲内です。ですから、数値、効果、時間を空欄にした物を渡します。それと同じ物を作ればいいのですが、ぬりえ師なら問題なく写しが作れるはずです。この先、わたしが居なくても大丈夫ですよ。なら、治療を開始しますね」
「こちらです」
 長老は、裕子と老婆と三人だけで、隣の部屋である。孫の部屋に入って行った。
「寝ているようです。起こした方がいいですか?」
「いや、寝ている方がいいでしょう。全てが夢だと思ってくれるはずです。それでは・・・」
 裕子は、短冊のような紙を子供の額に貼った。

第十五章 神代文字の治療 その2

二人の老人と若い女性は老人の孫の部屋に入った。部屋中には、孫の好きな玩具やプロの絵師が描いた。様々な風景写真が描かれてあった。その絵の中には、孫の一人や知人や友達が描かれてある。それでも、多いのは、孫が一人だけが描かれてあるのが多いのだ。もしかすると、いや、間違いなく、孫の本人が外で遊べなくなり、それに耐えられない親族が、せめて絵の中でも遊んでいる姿が見たい。そんな願望のような絵だった。
「孫をよろしくお願いします」
「もう一度、いいますけど、分かっていますよね。わたしが、これからするのは、病気になった時に戻すだけ、病原体は体に残ります。そして、自然の治癒力で治すだけ、後は医師の指示の通りにしなければ、お孫さんが泣いても、嫌がっても、今までと同じことや医師の指示に従わなかった場合や何もしなければ、まあ、医師の言う通りの運動や食事のことです。そうしなければ、約一年後の今の状態に戻るってことですからね。分かりましたか、わたしが、病気を治すのではないのですよ」
「それは、分かっています。宜しくお願いします」
「はい。始めます。それでは、亜希子。あなたが切っていた。あの短冊を一枚もらえる?」
「一枚でいいの?」
 両手で持つ数十枚の束から一枚を渡すのだった。
「ありがとう」
 裕子は、簡易筆箱から取り出して、短冊に、まるで、普段から短歌でも書いているのだろうか、神代文字で実行する指示文をスラスラと書き上げるのだった。そして、最後に真剣な表情で間違いないようにゆっくりと、花押しを書き終えると、裏面にのりでも塗る感じで黒塗りにすると、子供の額に貼り付けた。
「・・・」
 先ほどの老婆の身体などの変化を見たからだろう。この子供にも同じような状態になるのではないのかと、無言で様子を見るのだった。
「ん?」
 長老だけが、何も変わらないと、失敗したのかと感じたのだろう。一言だけ不満そうに言葉にするのだった。そして、文句でもいう考えなのか、裕子と、先ほどの老婆に交互に視線を向けるのだった。
「顔色を見ていなさい。青白い顔から赤みが感じられます。それと、聞こえませんか?・・・気持ちのよい寝息ではないですかな。これなら、寝ていても咳で夢の途中で起きることもなく、心地よい良い夢を最後まで見られる。そう思いますよ」
「はい、はい。感謝します」
「これで、肩の荷が下りました。良かったわ。治療の件では、これで、終わりだと思っていいわよね。まあ、続きの治療は、憩いの場所でしましょう」
「まあ、いいが、でも、友達の男の子が、患者を連れて来るのではないのか?」
「あっああ、それね。あれから時間も経つのに、玄関を叩く音がしないわね。そういうことは、老人ともめて連れて来られないのではないのかな」
「まあ、そういうことか。特に、あいつらなら間違いなく。そうなるな」
「わたしの連れの男が心配ですし、憩いの場所に行きましょうかね」
「わしは、孫のことが・・・心配なのでな・・・起きて誰もいなかったら・・・」
「長老。お孫さんを一人にさせてあげなさい」
「分かった。分かった。行けばよいのだろう」
「お静かに・・・」
 長老を諫めた老婆は、この場では、医師でもあるからだろう。もっとも子供の状態を分かっているようだった。それほどまでに穏やかな寝顔だった。少し前までは、身体の痛みで寝られなかったのだ。それを知っていたために、長老を諫めたのだ。
「・・・」
「さあー邪魔だから行った。行った」
 医師の老婆は、左手で家から皆を追い出して、右手では、背の高い老婆だけに囲炉裏で座っているが、その場で横になれと指示をするのだった。
「腰と膝だったな」
「はい」
 医師は、自分の腰に貼ってある紙を破れないように慎重に身体からはがすのだった。そして、手に取ると、裕子から手渡された。他の患者用に書いた物を懐から取り出して、自分が使用した数値と同じように書いて、老婆の腰と膝に貼るのだった。
「・・・」
 先ほどの医師の老婆の様子を見ていたからだろう。もしかすると、患者の老婆は、女性特有の喘ぎ声とでも感じとって恥ずかしいと思ったのだろう。両手で口を押えて声が出ないように我慢するのだった。そして、数分後のことだった。
「なんて、気持ちが良いような身体が自由に動くのかしらね。これなら、狩猟生活を再開でもしようかしらね。それとも、誰か剣術の相手でもしてくれる人でも探そうかな」
「それほどに元気なら大丈夫そうね」
「そうなのよ。この歳で動くのが苦痛だったけど、今はね。身体を動かしたくて、うずうずするの。それより、糖尿病とかいろいろ、身体の中は悪いのよね。そっちは、大丈夫なの?。それが、少し心配なのよね」
 患者の老婆は、身体だけでなく、声色も心も若返ったようだった。
「まあ、駆け回る程に元気なら身体の中も元気になるわよ。もちろんだけど、うちの煎じる薬草は飲んでもらうけどね。ああっなら、これから大量の薬草が必要だから集めて欲しいわ。お願いしてもいいかしらね」
「いいわよ」
「それなら、憩いの場所に行きましょうか」
「そうね」
 二人の老婆は、三人の男女の旅人と長老のあとを追うかのように長老宅から憩いの場所に向かったのだ。村の入り口であり。憩いの場所がある場所でもある。その広場には、村中の老人が集まっている。そう思うほどだった。だが、皆は、苛立つ者や様々な何かを助けを求めるような不安そうな顔色の者に、村の外でも祭りのような響きが聞こえてきて数分も待てない。そんな様子の者もいる。その全ての者に共通することは、長老の重大な話と旅人の裕子を待っているのだ。まあ、長老の重大は毎度のことなので、この場の集まりは、一人の女性である。裕子のことだったのだ。
「・・・」
 裕子は、驚きと心配の表情を表した。直ぐに駆けだそうとしたのだ。老人の集団から一人の老婆が、もしかすると、一番の健康な者なのか、それとも、一秒でも待てない。そんな緊急の要件なのか、命に係わることなのか、よろよろと、今すぐにでも、いや、次の一歩でも転ぶのではないかと、誰もが心配する様子で駆け寄るのだった。
「あなたが、この村に住むの?・・・それとも、定期的に巡回でもしてくれるの?」
「あっああ、そうよね。心配よね。だから、村の老婆の医者に神代文字の使用方法を教えたから、もう何も心配しなくていいわ」
「そういうことでないの。もう一族ごとの定期巡回はしないの?」
「そうよ。定期巡回がないのなら、お祭りは開催しないの?・・・孫が楽しみしているのですよ。それに、一族の党首様にも特別な相談もあるのです・・・」
「そうですわよ。うちの子なんて、息子の名前を付けてもらおうかと、二年は待っているのに、もう、これ以上は、待てませんわよ」
「そうよね。孫が、旅の話を聞きたいって、もう・・・村に最後に来たのって・・・あれから、五年は来てないわよね。本当に、どうしたのです?・・・」
「そうそう、あなたは旅人なのでしょう。旅の途中で、狩猟生活の一族とは出会ってないの?・・・それか、狩猟生活の一族の情報などは聞いていないの?・・・」
 多くの老人が、裕子につめかけて、自身の思っていることを問いかけるのだ。だが、そんな時に、憩いの場所の中から騒ぎを鎮めようとしたのか、一人の老婆が杖を突きながら憩いの場所からよろよろと出てきたのだ。それでも、裕子に歩きながら問いかける。その言葉には老いを感じない言葉で、皆の騒ぎが収まるのだ。それだけではなく、老婆の集まりが、まるで、波が引くように、老婆と裕子だけが残されたのだ。それは、当然だった。前長老であり。若い頃は、この村を守る部隊長でもあったからだ。
 この老婆が言っているのは、黒髪の一族、白髪の一族、赤髪の一族、金髪の一族の狩猟生活の一族のことだった。一族が巡回するようになったのは、村のことを別名で言えば分かるだろう。それは、脱落者の村と言われているからだった。狩猟生活の途中で、怪我などで定住することになった者たちの村なのである。皆が言っている。巡回とは、誰一人としても飢えさせない。誰だろうと医療を受けられる。誰だろうと、どのような知識でも学び得られる。などの理由で、裕子に問いかけているのだ。
「何色の髪の一族とも会ってはいないのです」
「一人でも旅を続けている。ということは、赤い糸を持つ者なのね」
「そうです。私の一族である。黒髪の一族は、皆が定住生活者です。それでも、他の黒髪の一族のことや他の髪の色の一族のことは何も知りません」
「そう・・・」
「それでも、旅をしていると、多くの脱落者の村が多いのが分かりました。だから、私みたいな、一人旅をする者は多いはずです」
「そう・・・それは、大変ね。早く運命の人と結ばれるといいわね」
「ありがとう」
 老婆は、がっくりとしながら憩いの場所の中に戻るのだった。

第十六章 縄文王国の開祖とオーパーツ

狩猟生活の始まりは、縄文王国の開祖である。四人の男女の始祖に理由があった。四種の髪色の種族の始祖でもあるのだが、男女の四人は地球外生命体であった。そして、地球の日本列島の東北に不時着し救助されるまで延命するために食材と薬が必要のために日本列島の調査を開始した。それが始まりだったのだ。時が流れて数千年のこと、母星から救助の母船が訪れを待つ。その理由で狩猟生活は続いていたのだが、今度は、別の意味で違う理由の狩猟生活が始まるのだ。理由とは二つあり。一つは、男女の四人から始まった血族のことである。純血の直系の者だけが、左手に赤い感覚器官である。赤い糸と背中にカゲロウのような羽。羽衣を持って生まれてしまうのだ。その理由は分からないが、運命の赤い糸と繋がる者だけが結ばれる。そのために運命の相手を探す旅に出ることになったのだ。その過酷な運命は、四人の男女の始祖が地球から消えて、血と血が引き合っているからなのか、それとも、二つ目の狩猟生活の理由なのか、と考えられていた。そして、二つ目の理由なのだが、四人の男女始祖が地球に存在していた。全ての痕跡。それは、現代で言うオーパーツのことである。狩猟生活を続けながら見つけ出して処分しなければならない。一つでも残された場合には、この先の未来の時の流れが崩壊する。そう指示されたためなのだった。そして、また、時は流れて数千年の縄文時代の後期のことである。オーパーツの数が減ったからなのか、赤い感覚器官を持って生まれる数が増えたからだろうか、共に旅をする狩猟生活の一族から家族ごとの小規模になったことが原因なのかもしれない。そのために、小規模になると、怪我などで脱落者が増えて定住の生活が増えるのだ。そして、裕子のような一人旅が多くなった・・・それと、四人の開祖が一人になり。三人の開祖から託された。その願い・・・。
「・・・」
「あのう・・・」
 何かの理由で落ち込んだのだ。そのがっくりとした様子のまま憩いの場所に入ろうとした。それを裕子は、老婆の背中越しから引き留めたのだ。
「えっ・・・あなただったのね。あなたには無理よ」
 誰かの思い出の人の声を感じて振り返ったようだったが、裕子の姿を見ると・・・。
「その理由だけでも、わたくしが出来ることがあるかもしれません・・・だから・・・」
「そう、それはね。まあ、無理だと思うけどね。紙飛行機で空を飛ばしてあげたかったのね。もう何年も前からの話なのよ。このままだと、わしが、孫らかウソつき。そう言われてしまうわ」
「うっ・・・う~む・・・」
「あなたには、無理でしょう・・・あの人なら・・・亡くなったのかしらね・・・」
 裕子が、返事に悩んでいる。だが、誰に言っても同じ返事が返る。それでも、数十秒くらいは同じように悩んだが、大きなため息を吐いた後のことだった。老婆は、憩いの場所に入ろうとしたのだ。
「それは、どんな形でも、空を飛べばいいのですよね」
「えっ?」
 老婆は、憩いの場所に向かって歩き出したが、裕子の言葉で振り返って、その言葉の意味を悩んだ。
「箱でもいいの?・・・それとも、浮上荷台や浮遊救護担架のような感じ?・・・」
「専門的な用語でいう箱って、天磐船(あめのいわふね)や天の浮舟(あめのうきふね)のことなの?・・・」
「はい。それなら、作れますよ。でも、多くの材料が必要になるわ。特に、墨が・・・」
「いや、いや、いや、そんな本格的でないのよ。それに、箱だと浮いて動くって感じで飛ぶって感じではないわ。まあ、丘から滑空する感じかな・・・紙飛行機って知らないの?」
「手紙のやり取りに使う。あれよね。あれに乗って飛ぶの?」
「紙飛行機の形は、あんな感じね。でも、大きいわよ。三メートルはあるかしらね」
「そんなに・・・」
 裕子は、驚いて声を無くした。
「天の浮舟と同じらしいわね。神代文字で数値や絵文字などの指示を書くだけ、それはまるで、歌を神代文字の文面で書くことで、その歌の通りのことが発生するらしいわね」
「確かに、母から歌を教わりました。たしか・・・」
「もしかして・・・茣蓙(ござ)の敷物よ~。私を乗せたら~ゆっくり浮いて下さい~。行先は~茣蓙を叩いて教えます~でも~叩いて~痛いからって~勝手に指示と違う方向には行かないでね~私の用事が済んだら~傷んでいるところを直してあげますからね~」
「そうそう、その歌です。そして、茣蓙の後には歌わない。神代文字を書く(縦横に厚さ)
乗せたら(自分の体重)(体重が安定して固定したら茣蓙を撫でて上がる速度を指示)茣蓙を叩いたら(右手でたたくと右の方向へ)(左を叩いたら左の方向に)(背の後ろの茣蓙を叩いたら後に)(自分の前個所を叩いたら前に)叩いて~痛いからって~」
「そうそう、でも、私たちは、使い方の歌は知っているけど、作り方は習ってないのよ」
「確かに、完成した物なら歌を詠めば、歌えば飛ぶでしょうけど、今の歌だけを書いても機能しないわ。紙と紙の内側に神代文字で詳しく仕組みを書かないとならないの」
 不思議に思うだろう。現代では火や風などの行動したことで原因が起こり。浮力などが発生するのだが、この神代文字では行動も原因も必要がないのだ。神代文字などを書いたことで指示の通りの箇所に熱が発生して、勝手に風が起きて浮力が発生して浮くのだった。
「それに、そんな本格的な物でなくてね。だって、天の浮舟って月まで飛ぶのでしょう。そこまで飛ぶ必要がないのよね。何度も言うけど、丘からゆっくりでも滑空できればいいの。それに、本格的な物では、私たちでは修理などが出来ないわ」
「分かったわ。何となく想像することはできました。何とかしましょう。でも、協力はしてくださいね」
「本当に作ってくれるの?」
「はい。そうですよ。でも、その前に、治療をしましょうね」
 老婆は、憩いの場所に入って行った。その後を共に入ろうとしたのだが、一人の老人に引き留められた。老人の相談を聞く時間も取れない程に、もしかすると立ち話だったからだろうか、老人の話しの途中なのに、二人、四人と増え続けては、いろいろなお願いをされるのだ。
「ねえ、待って下さい。わたしの兄弟や姉妹を探してくれる。それで、だから、五年も待ったのです。あの方たちは、いつ頃に来られるので・・・」
「あなたの一族は何ているの?」
「わたしは、黒髪一族の狐家(きつねけ)です」
「狐家なら前の村で一家族でしたが会いましたし、旅の途中でも、一族とは名乗れない家族くらいの小規模での狩猟生活をしている人たちには会いましたわ。その方たちも、狐家と名乗っていたはずです・・・」
 老婆と話をしていたが、裕子が悩む姿を見ると、老婆の後ろにいた老人が・・・・。
「そんな悩みなどではなく、村の犯罪者の刑罰を決めて下さい」
「刑罰?・・・」
「はい。三人いるのですが、一人は、私の息子で、酒を飲むと、親だろうが、妻でも子供にでも暴力をするのです。それで、刑罰が決まるまではと、座敷牢に入れています」
「えっ!もう座敷牢に五年も入れているの?。それなら、もう許してあげましょう」
「えっ・・・あっ、はい。それなら、他の二人も許す。そういうことですか?」
「はい。そうしましょう」
「わしは・・・」
 老人の悩みが終わったと思ったのだろう。また、その後ろにいた老人が相談を聞いて欲しい。と叫ぶと、裕子は・・・。
「チョット、待って下さい。これからいうことを守って下さい。おそらくですが、巡幸だけではなく、もう狩猟生活者の一族は村には来ないでしょう。だから、まず、長老には、村に住む者たちの犯罪などの刑罰や法律を決めて判断して実行して下さい。村の医師には、家族や兄弟、未成年の教育などの家族内で解決することは、医師の人に相談と決断をしてもらいます。そして最後に、村の警護の役目をしている人には、村長と医師だけでは解決できない場合は見守ってもらいますし、村長や医師での判断にはなりますが、お仕置きしてもらいます」
 裕子が考えたことの全てを伝えると、この場の者たちの騒ぎが落ち着いた。すると、皆は、長老に視線を向けたのだ。皆は、この先、いや、この場で何かが変わったと感じた。
「皆よ。若き日を思いだそうではないか、あの狩猟生活の頃のことです。特に、夏の夜の月が綺麗だったことに、夜の海岸の夜景が綺麗だったことにも、波音に心地よかったことと夏の夜のそよ風の気持ちが良かったことなどを忘れていないか・・・」
 長老は、突然に話すのを止めた。それは、言いたいことが終わったのではないのだ。だが、言いたいことを堪えた。皆の気持ちを感じたかったのだ。やはり、自分と同じ気持ちだったと感じたのだ。それは、一人一人が言葉にならない。あの時と同じなのだ。これから狩りをする。その計画を考えて、いろいろと提案を出し合って決断して、そして、皆が興奮を我慢できなかった。あの騒めきと同じなのだ。その騒めきを止める。その一言を「実行する」その言葉を待っている時と同じだったのだ。
「この女性が、我らの身体を動けるようにしてくれる人なのだ。若い頃の時のような身体には戻らないが、十分に身体が動ける。その身体の自由を感じてくれ」
 老人たちが、憩いの場所に入ると、驚きの光景を見るのだった。この村の中で腰痛が一番ひどい状態で寝たきりだった者が、小学生の子供のように夢中で硯で墨を作る者と紙を切って短冊のような感じの物を作っていたからだった。その様子を見れば、自分の身体に神代文字の治療をすれば驚きの効果が期待できる。それを知っては、自分用の墨と短冊を作りことになるのは当然のことだった。
「治療に使う物は、わしらが用意しますので、先生は、治療をして下さい」
 医師の老婆が、一番初めに治療した。あの老婆から言われて、あとを任せるのだった。

第十七章 交易人の思惑 その3

憩いの場所から一人、二人と老人が出てきては同じような行動をするのだ。昔取った杵柄を披露し、誰が一番かと競うかのように刀、槍に、武道などを楽しそうに身体の動きを確認していたのだ。
「動くぞ。動くぞ。まったく痛みを感じない。これは、凄いぞ!」
 身体の部分だけが若返った感じではなく、心も気持ちも若返った様子なのだった。
「・・・」
 全ての老人たちから多くの木々が邪魔で何も見えないところから隠れて様子を見る。男女四人がいた。
「こいつら、本当に老人なのか?。それにしても、武器を持つと体が活性して若返るって噂は本当のようだな。直ぐに隊長に報告してくれ。狩猟生活者の噂は想定を超えている。そして、確実な方法である長期の作戦しかない。俺が言っていたと、いいな!」
「確かに!」
 一人の男が直ぐに駆け出した。そして、もう一人の男に視線を向けた。
「部隊が待機している場所は分かるな?」
「はい」
「お前は、直ぐに部隊に戻り、狩猟生活者に知られる前に、周辺に待機している全部隊は本国に帰れと、お前は、この地に戻らなくていい、この場で見た。老人たちの様子を伝えろ。武人なら分かるはずだ。あの模擬戦闘だけを見ても一騎当千の噂も嘘ではない。それは、老婆でも同じことだ。それをお前が本国の者に直接に伝えろ。あと、紙製の武器と防具のことも忘れるな。俺たちが大陸で銅剣と鉄剣の戦いで勝利し続けた。それと、逆の立場になる。それ程の武器なのだと。以上だ。分かったか?」
「はい」
「あっ、待て!。物資だけは予定の通り届けて欲しい。だが、武器の携帯だけはするなよ」
「軍刀や軍事専用の弓ならわかりますが、狩り用の弓や護身用の剣もですか?」
「その程度なら許そう」
「それでは・・・」
 二人の男に使いに出したが、まるで、忍者のように足音も立てずに、この場から消えた。
「それでは、行くぞ。あとは、お前らが、今までの多くの村にしてきた通りにしてくれれば何も問題はない」
「分かっています」
 男と女は、先ほどまでは、冷血漢のような表情だったのが、木々から出てくると、虫も殺さないような表情を浮かべながら老人たちの前に現れた。
「綺麗な舞ですね。祭りでも近いのですか?」
 女性が、心の中では思ってもいないことを言うのだった。
「祭りみたいな感じですね。久しぶりの客人ですので、感謝の気持ちを武術の舞でも披露しようと、身体をほぐしているのです」
「そうでしたか、楽しみにしています。それと、ご飯が炊きあがりましたので、皆さんを迎えにきました。一緒におにぎりを作りましょう」
「鬼・・・切り。だと!。わしらを切るために来たのだな!」
 老婆は、自分たちの一族が昔のことだが鬼と言われていたのを思い出したのだ。
「ちょっと、待って下さい。何か勘違いしていますわ。米の食べ方の一つです」
 老婆が大きな声を上げたことで、憩いの場所の室内に響いた。
「おにぎり?」
「おに・・・ぎり?・・・食べ物なの?」
 将太と亜希子が、外が騒がしくて憩いの場所の室内から出てきた。
「もう~何を騒いでいるのです?・・・ん?・・・どうしたのですか?」
「わしらのことを鬼と言ったのだ!」
「そうだ。そうだ。わしらのことを握りつぶすとも言ったのを聞いたぞ!」
「本当ですか?・・・本当に、そんなことを言ったのですか?・・・」
「そんなことを言ってはいない」
「そうです。ご飯が炊きあがったからおにぎりを一緒に作って食べましょう。そう言ったんです。それに、握りつぶすのでなくて、にぎり飯と言ったのですよ」
「あっああ、そういうことなのね。分かりました。分かりました」
「どうされた?・・・何をそんなに落ち着いているのだ」
「たしかに、西の者たちは、東北、関東の者を鬼という人がいるのは知っています。ですがね。この人たちの言っているのは、米の調理の方法です。料理名なのです。おにぎり、おむすび、にぎり飯は、両手で握って作る物なのですよ。わたしは、何度か食べたことがありますので美味しかったですよ。握らない物は、ご飯とも言いますわね」
「そうなのか、威嚇の言葉ではないのだな」
「はい。大丈夫ですので安心して下さい」
「・・・」
 将太と亜希子は、よだれを垂らしても気づかないほどに米の料理を妄想していた。裕子は、まだ、二人と知り合って間もないが、今の様子を判断しても、嘘も演技もできない者と悟っていた。それで、仕方がなく・・・・。
「私も、この場の者は、まだ、治療や説明などの続きがありますので、二人は、先に行って食べていますか?」
「いいの?」
 長年連れ添った夫婦のように返事が重なるのだった。
「いいですよ・・・そうですよね。戦っても紙の剣には勝てないのですしね」
 裕子は、西から来た。若い男と若い女に向かって挑発するのだった。
「はい。私たちは、武人ではありませんので戦いなどしません」
「皆さんに、お知らせに来ただけです。皆さんは忙しそうなので、先に、この方たちと行っていますね。本当に、美味しいので、皆さんの用事が終わったら来てくださいね」
「はい。私も久しぶりなので楽しみしています。皆で必ず行きますね」
「怒らんのだな。本当のようだな。わしらもすまなかった。許してくれないか」
 長老は、誤解だったと、そう感じるのだった。
「いいえ。お待ちしていますね。それでは、先に行っています」
「はい」
「うん」
 若い女性は、将太と亜希子に案内でもするかのように手で招くと、三人の男女は歩き出した。その三人の男女の後から西の若い男性はゆっくりと、何事もなかったかのように付いて行くのだった。すると、目的地の森の方から祭りでもしている感じの歓声が聞こえることで、将太と亜希子は、一瞬だが笑みを浮かべるのだったが、直ぐに、裕子がいる方に振り向くのだった。その行為は、裕子も連れて行こうとしたのだが、裕子は、嬉しそうに手を振っていた。その姿を見て、裕子は、裕子で楽しみを感じて残ったのだと、もう将太と亜希子は、振り向くことなく森に向かった。
「長老。皆に話がありますので、憩いの場所の中に戻るように指示をして下さい」
 裕子は、将太と亜希子が森の中に消えるまで見送っていた。二人が見えなくなると、長老に再度、きつい言葉で指示を伝えたのだ。
「皆の衆!憩いの場所の中に戻ってくれないか!」
「・・・・」
 皆は、ぶつぶつと呟きながら憩いの場所の中に入っていた。皆が入ると、裕子が最後に入り。入り口の扉を閉めるのだった。すると、建物の一番の奥に入り。演説をする感じで喉の調子を確かめるのだった。その頃になると、全ての老人の治療は終わっていた。
「神代文字の紙を貼ってから体の異常や不具合を感じた人はいますか?」
「・・・」
 皆は、言葉にしなかったが頷く者や腕や足など、自分が痛みを感じて治療してくれた個所を動かすのだった。
「何も異常はないのですね。それでは、安心して、これからのことをお話します」
「まさか、治療したことで、その恩義を返すために兵士になれ。そうは言わないだろうな!」
 長老が、絶対に譲れないことの一つを叫ぶのだ。そして、裕子が、ゆっくりと、首を左右に振るのだった。
「それでも、これから、皆に話すことで、戦うか、戦わないか、それは、私が決めることではありません。ただ、他の村に起きたことを伝えます。その話を信じるか、信じないかも、私が決めることではありません」
「待て、待て。あなたの話を聞く前に、わし、いや、わしらが聞きたいことがあるぞ」
 ある老人が立ち上がり。自分の気持ちを伝えながら周囲の者を見ると、皆が頷く姿を見たのだった。
「はい。何なりと、お聞き下さい」
「それでは、まず一つ、あなたは、この村に何の要件で来たのです」
「数日間の間ですが、旅の疲れを癒すために来たのです。それと・・・」
「それと、とは、何でしょうか?」
 裕子が、顔を真っ赤にして話が止まったので、老人が問いかけたのだ。
「それは・・・わたしの左手の小指の赤い糸である。赤い感覚器官に繋がる人を探しているのです。それが、一番の目的です」
「そうでしたか・・・それは、すまなかったな。いろいろなことを親切にしてくれた。というのに、変なことを聞いて・・・」
「いいえ。衣食住のお返しです・・・ので・・・」
 裕子は、本心を打ち明けたことで、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くのだった。

第十八章 交易人の思惑 その4

皆は、裕子の気持ちが落ち着くのを待つのだった。それから、五分は過ぎただろう。顔を上げて、皆を見た。すると、皆の表情を見ると、悲しそうな表情を浮かべていた。この村には、運命の相手がいるはずもないことが分かっていたのだ。そして、この先も永遠と思える月日を運命の相手を探し続ける。それが、分かっていたのだった。
「私は、何年も旅を続けています。そして、村も訪れています。その数は、もう忘れました。ここ数年のことです。関西から始まり、関東へ、そして、最近のことです東北でも稲作を始める村が現れました」
「稲作?・・・」
「先ほど外で騒いだ原因の。あのおにぎりのことだろう。米と言ったかな?」
 裕子は、皆が騒ぎだしたことで、収まるのを待つのだった。
「そうです。その米のことです」
「・・・」
 今度は、皆は、何も言わずに、裕子の話の続きを待った。
「私は、この村の皆の意思で稲作をするなら何も問題はないのです。ですが、村の全ての人たちが食べる米を作るには、殆どの森を伐採しなければ土地が足りません。そして、森を伐採したら、その後のことですが、元のような森に戻そうとしても森は戻せません。誰一人として飢えずに今のような森の豊かな恵みだけで暮らせるのに、それを失う覚悟だけはして下さい」
「・・・」
「これからが、本題ですが、関西を本拠地とする者たちは、この島国を統一したいのです。ですが、武力では、我々には勝てません。神代文字を書いて効果を得た紙の剣には勝てないからです。鉄の剣でも粘土を切るように切断するからです。勿論、紙の鎧も紙の盾も鉄の剣を弾きます。そして、西の者たちが考え出したのは、稲作と交易です」
「えっ?」
 全ての老人が不審を感じた。だが、直ぐに騒ぎは落ち着いたのだ。
「何を始めたか、何が原因なのか、そう思っているはずです」
「・・・」
 皆は無言で頷くのだった。
「それは、米の味を分からせること、米の作り方を教えるが、土地が足りずに収穫が少ないために交易品の一つとして大量に米を買わせること、それと、衣服や装身具なども大量に買わせること、初めのうちは、豊かな森の恵みや毛皮などで取引できるのですが、需要がないと交易の品の価値を下げさせて、貨幣を貯めることで取引が出来ると切り替えるのです。そして、巨額の借金を作らせて、返済のために森を伐採させて稲作を勧めさせるのです。いや、強制的に稲作をさせます。この状況になると、稲作のための奴隷と同じです。それからは、労働者を集めるために小さい村々を一つの村にするのです。それだけではなく、砂金、砂鉄などの労働にも従事させるのです」
「あいつらが、そうだと言うのだな?」
「それは、分かりません。でも、米を食べるな。装身具を買うな、とは言いません。ですが、森だけは、今までの通り使用目的の伐採だけで、それ以上は伐採しないで下さい。そうすれば、今までの通りに暮らせます」
「それで、皆を集めて話がある。そう言いましたが、終わりですかな?」
「あっ、特に女性ですが、絹の下着を着用すると、二度と手放せなくなり。そのような状態になると、絹の下着を求め続けるために材料を作ることになり、女性の労働力が増えることになるのです。それは、絹の布を作るために大変な作業になるのです。虫を育てることから始まり。繭を作り。それから、絹の糸を作らされます」
 裕子は、村の危機だと伝えるのだが、その原因を伝えれば伝える程に、それは、信じられないことだが、まるで商品などの宣伝をしているとしか受け取ってくれないのだ。皆の気持ちは、米、おにぎりや装身具に絹の下着を想像して、また、騒めき始めたのだ。
「皆の衆!皆の衆!解散だ。解散するぞ!」
 長老は、皆の気持ちを抑えることができない。そう感じたのだ。それでも、恫喝(どうかつ)しようとして「わしらが興奮して、どうするのだ。静まれ。村の危機なのだぞ」と、叫ぼうとしたのだ。だが、口から出た言葉は違う言葉だった。若い衆らは、武術や狩りなどを教えても覚えず。なぜか、年の一度の祭りの踊りと歌は一度で覚える程だった。それからは、興奮すると歌と踊りだすのだった。そんな歌声が憩いの場所の中まで聞こえてきては、皆の気持ちは落ち着くよりも、さらに、興奮するのだった。だが、解散と言ったことで、別の意味で気落ちは落ち着き、ぞろぞろと、理性がある感じで憩いの場所から出て行くのだ。長老だけは、大きなため息を吐きながら様子を見ることしかできなかったのだ。
「あの馬鹿者ら」
「また、歌っていますなぁ」
「今度は、何に興奮しているのやら・・・もしかすると、米で作った酒か?」
「若い衆の様子を見に行かれるのだろう」
「客人に失礼だろうからな」
「そうですな。あの騒ぎをやめさせなければならないなぁ」
 老人たちは、いろいろな言葉で躾しなければならない。そうは言っているのだが、皆の表情は緩んで溶けそうだった。その老人の集団の中で何人かの老人は、右手で口から流れる涎を拭く者までいたのだ。おそらく、酒の味を思いだしているはず。最後に長老と裕子だけが残った。
「ありがとう」
「いいえ。私は大丈夫ですわよ・・・でも、この村も他の村と同じだったのね。今度、また、訪れた時には、森は無くなり。田畑が広がる。そんな村になるのね」
「・・・わしは、自宅に帰る。孫が心配なのでな」
 長老は、裕子の問い掛けから逃げるかのような返事だけは返したのだ。
「はい。私は、老婆との約束の紙飛行機を作らなくては・・・」
 長老と裕子は、一緒に出て来るのだった。
「ご用件は、終わったのかしら?・・・」
おそらく、老婆は治療をしながら裕子の話を聞いていたのだろう。そして、先ほどの老人の集団から一緒に出てきたのだが、裕子との約束を忘れるはずもなく、裕子が現れるのを老婆は憩いの場所の外の入り口で待っていたのだ。
「はい。終わりました」
裕子の顔を見ると、直ぐに駆け寄ってくるのだった。
「宜しいのですね」
「はい。家に案内してくれますか、お孫さんの前で作る方が喜ぶでしょう」
「はい。でも、いいのですか?」
「あっ、それなら、わしの孫にも見せたい。わしの家の前で作らないか?」
「まあ、私は、どこでもいいですけど、村長のお孫さんは、治療が終わっているけども、老婆さんのお孫さんは、どうでしょうか?」
「もし治療が終わってないのならば、わしが、あの医者を連れてきて、直ぐにでも治療をさせますよ。それなら、良いだろう?」
「まあ・・・」
 老婆は、何て返事をしていいのかと、迷うのだった。すると、裕子は、笑みを浮かべて老婆を見るのだった。
「そんなに心配しなくても、私でも治療はできますから安心して下さい。もしもです、病状によって動かせない。そんな様子だったのなら、老婆さんの家で飛行機を作りますわ」
「それなら、家を案内しますわ。先に、病状を診させて下さいね」
「はい。こちらを曲がって、その先です」
 村の者は、定住することにはなったのだが、まだ、狩猟生活の風習が残っている感じだった。関東より西の方では、何十年も住める現代と変わらない木材の家だった。狩猟生活の者は、現代でいうところの竪穴住居に住んでいたのだ。直ぐに家々を壊して次の地に移動する簡易的な家で小さかった。家の中も丸く地面を掘ってくぼめて床にする作りで、西の方では田畑などを作るために人が多く必要で、祖父母、二親、子供と大勢が一軒の家に住む感じだったが、狩猟生活の者たちは、二親と子供の四人で暮らすのが普通だった。もちろんとは変だが、祖父母も二親も別々の家で暮らしていたのだ。
「あれ・・・なのね」
(良かったわ。家の名前だけ聞いて一人で探したら迷子だったわよ)
 長老の家と憩いの場所以外は、全て同じ作りの家だったのだ。これでは、もし村に住んでいる人だとしても、その者と、ほとんど付き合いがない人だったら分からないだろう。それ程までに同じ作りの家だったのだ。老婆の娘か嫁が、土偶を壊していたのだ。それも感謝の言葉を言いながらだった。
「あっ!」
 裕子と老婆は、同時に声を上げていた。それでも、裕子は様子を見るだけで、老婆は駆け寄るのだった。何を驚くほどのことを見たかというのは、長老宅にも同じ物があったのだ。それは、土偶であり。人の身代わりでもあるが、現代では紙で書かれた治療記憶が土偶を見て病状が分かる形で作られてあるのだった。それを自分の考えだけで壊すのだから医師か、神代文字を使う仕事をしているのだろう。老婆と若い女性は、何かを話をしていたのだが、突然に、老婆は、満面の笑みを浮かべて振り返るのだ。
「良かったわ。お孫さんは完治したのね」
「ああっお前の孫も完治したのだなぁ」
「えっ!」
 裕子の後ろから声が聞こえて驚きながら振り返るのだ。長老とお孫さんの二人が立っていた。そして、長老の両手には二個の土偶の人形を持っていた。

第十九章 孫と老人と紙飛行機 その1

二人の男女の老人は、長年同じ気持ちだったのだろう。そして、相手の安堵の表情を浮かべているのを見て、自分も笑みを浮かべているのに気づくのだった。
「病気が治ってよかったわね。また、うちの孫と遊んでね」
「うん」
「ありがとう」
 老婆は、自分の孫と同じ歳の子の頭をなでるのだった。すると・・・。
「それと、これを渡しておく」
 長老は、老婆に声を掛けながら土偶を手渡すのだった。
「ん?・・・あっ、ありがとう。うちの孫の身代わり土偶ことね」
「ああっそうだ。それと、孫のも一緒に供養してもらっていいだろうか?」
「そうね。その方が土偶も喜ぶと思うわ」
「感謝する。ん?・・・」
 長老は孫に右手を引っ張られるのだった。直ぐに、孫の顔を見て、その孫の視線の先を見ると、孫と同じくらいの子供が玄関の前で手を振りながら立っているのだ。
「行ってもいい?」
「いいぞ。だが、外で遊ぶのは、まだまだ、先のことだ。家の中で遊ぶのだぞ」
「そうね。それがいいわ。でも、あとで、一緒に面白い物を作りましょう」
「まさか、空を飛べるの?」
「前に、元気になったら飛ぼう。そう約束したからね」
「スゲーー。おじいさん。今の話しは本当なの?」
「本当だぞ。友達なのだろう。お願いしてみては、どうかな?」
「いいよ。なら、小さいのだけど、試作機を作らない?」
「する。するよ」
 二人の小さい子供は家の中に消えていった。子供たちが家に入ると、二人の老人と二人の大人の女性たちは、土偶に対しても孫に息子に向けるのと同じ笑みを浮かべながら感謝の言葉を言っては、文字や傷を優しく撫でるのだ。そして、食べるのではないのだが、チョコレートでも割るのかのように丁寧に優しく、そのか所を壊しては、また、身代わりをしてくれたことに感謝するのだ。
「ありがとうね。痛かったわよね。苦しかったわよね。ぐっふ・・・」
「・・・」
 息子の長い闘病の生活と苦しむ姿を思い出しては、母親はポロポロと涙を流すのだ。その姿を見て老婆はハンカチを手渡したのだ。
「わたし、貝塚に行ってきますわ・・・いいでしょうか・・・」
母親は、泣いている姿を恥ずかしそうに隠しながら三体の壊れた土偶を集めていた。
「再生の儀式だな。一人で出来るのか?・・・大丈夫なのか?・・・」
 現代のゴミ捨て場とは違っていた。縄文時代の概念では、ゴミという言葉がなかったのだ。貝、動物の骨など土に埋める。それは、再生を意味していた。木になり。木の櫛などになり。土も土偶などを作る材料に戻る。そして、様々な生活用品に戻って付喪神(つくもがみ)になる。そう思われていた。
「はい。大丈夫です」
「それなら、任せる」
「はい。息子をお願いします。あっ、お茶でも!」
「気にするな」
「はい」
「さあ、どうぞ、長老たちも家の中に入ってくれ」
 老婆は、孫の母親のことは、もう何も気づかいなどせずに、長老と裕子を家の中に招くのだった。すると、室内の隅で、二人の子供が紙飛行機を作っては飛ばしていた。そして、老婆が入ってくると、怒られるとでも思ったのか、手を止めて老婆を見るのだった。
「どうしたのだ?」
「この紙を使っていいのだよね」
「ちり紙だろう。遊び終えたら元のように伸ばして置いておくのだぞ」
「はい」
 室内の隅に三十センチくらいの高さに積んでトイレや鼻紙などの用途の様々な色の四角い紙が重なって置かれてあり。勿論のことだが、使用する時はクシャクシャにして柔らかくする。
「それより、このお姉さんが、人を乗せて空を飛ぶ紙飛行機を作ってくれるのよ」
「マジ!」
「スゲー」
 紙飛行機を作っては飛ばしていた。その手を休めて、裕子の顔から足元まで観察するのだ。村の人と違いを探している感じだったのだ。
「・・・きれい・・・村の外の女性って、皆、同じように綺麗なのかな?」
「長い黒髪がキラキラとして、背が高くて、胸も大きい・・・」
 二人の子供は、裕子の胸を見ると、恥ずかしくなり。俯いてしまった。
「どうしたの?顔が赤いわよ。まさか、熱が出たの?大丈夫なの?」
「・・・」
「大丈夫だろう。まだ、子供だと思っていたが、男だったのだな。ふふっふふふ」 
 老婆は、直ぐに駆け寄って孫の様子を見て安堵したのだ。直ぐに、二人の様子の意味が分かり。二人の子供だけに分かる囁きを呟いてから笑みを浮かべるのだった。
「えっ?」
 裕子は、老婆の笑いに驚くのだった。
「何でもないわ。それで、何をすればいいの?・・・何か手伝うことはある?」
「そうね。始めましょうか、そうそう、ねえ、お二人も手伝ってくれる?」
「いいよ」
「したい、したい」
「僕たち二人で出来ることなの?・・・それで、何をするの?」
「そうね・・・まずは、何の紙飛行機に乗りたいのかな?」
 二人は、先ほどまで飛ばしていた。自分が折った紙飛行機を見せるのだった。
「それに、乗りたいのね。いいわよ。そうね・・・あっ!」
 家の中は、囲炉裏が中心にあり。その右横にちゃぶ台が置いてあり。その上に爪楊枝が入れてあり。その木の入れ物から二本だけ取り出した。
「この爪楊枝を紙飛行機の上に刺して飛ぶのなら大丈夫よ」
「へえ~分かった。飛ばしてみるね」
 二人の子供は、紙飛行機の上面の中心に刺して飛ばした。
「飛んだね。それなら、大丈夫よ」
「うん。よかった」
「これに乗れるのか!」
「ちょっと、壁に寄り掛かるように立って」
「はい」
 二人は、素直に言う通りに壁に寄り掛かって立った。
「まずは、体重ね」
 裕子は、そういうと、右側の子供を抱きしめて抱えた。
「えっ?」
「うぉ!」
「三十キロがあるか、ないか、そんな体重ね・・・」
「・・・」
 二人の子供は、顔を真っ赤にして惚けていた。母親とは違う。胸の感触に、未婚の女性の匂いや女性の柔らかい感触と温かさを感じたのだ。
「ん?・・・どうしたの?・・・疲れた?・・・もう一度だけでいいから壁に立っていられるかな、それで、終わりにするからね」
 裕子は、先ほどまで寝たきりの病人だったことを思い出したのだ。
「うん。うん」
「何でもないよ。大丈夫だよ。そんなことくらいで疲れないよ」
 直ぐに、二人の子供は壁に寄り掛かった。直ぐに、裕子は、簡易筆箱から筆を取り出して、壁に人の姿を型どるのだった。
「もういいわよ。座っていてもいいし、紙飛行機を飛ばして遊んでいてもいいからね」
「いいよ。終わるまでみている」
「そう・・・なら、長老とお婆ちゃん」
「はい」
「何でしょうかな?」
「畳一畳くらいの神代文字を書く紙を二枚と墨を作って欲しいの」
「紙が作られて用途ごとに切断する前の原板の大きさでいいのだろうか?」
「あっ!それが、いいわね。お願いします」
「わしが家から持って来よう」
「それなら、わたしが、墨の用意をしようかな」
 二人の老人は、直ぐに、指示に従った。すると、そんなことを言った。老人の確認など
せずに、壁の人型に神代文字を書きだした。まるで、計算でもしている感じで、独り言を言いながら書き出すのだった。
「爪楊枝が一として・・・三十倍・・・いや、風などの抵抗やもしもの場合を考えて百倍がいいわね」
 そんな、裕子の様子を二人の子供は真剣に、何一つも見逃さないように見ていた。

第二十章 孫と老人と紙飛行機 その2

女性は、一心不乱に壁に神代文字を書いていた。簡単に言うと、電子機器の基盤と思ってくれると簡単だ。それに、もしも神代文字や縄文字ではなく、現代の文字などで書いてあったのならば、飛行力学などが書かれてある。そう感じるはず。それと、未確認飛行物体の研究者の話なのだが、円盤の表面の一立方センチメートルで、熱、気圧などの調整が自由にできるのならば、勝手に浮力が発生して、あのような不思議な動きもできる。それだけではなくて、時も越えられるはず。宇宙でも光の単位ではなく別の単位になるだろう。天文学的な数字ではなく、宇宙の果てまで行ける。それも、年の単位だけが使われるのだ。光の速度の単位ではなく、おそらく時の流れの時間となり。五分で金星に行ける。その数値が基準の一とされて、さらに遠い時間には、五分間の刻みになる。過去、未来に行ける時間が一時間で飛ぶことを基準の一とされるはず。そんな一般人が地球上での時間の単位のような感じで、太陽系から出られるのが何分だと、まるで、バスや飛行機の時間表みたくなるのだ。そのような世界で使われた。失われた文明の英知の一つを書いているのだ。
「ねね、ゆっくり、ゆっくりと、三十メートルまで上昇して、ゆっくりと、大きく旋回しながら下降では、どうでしょう?」
「う~ん・・・」
「安全を気にしているのでしたら大丈夫ですわよ。突風だろうが、台風だろうか、何があっても、上昇して、指示の通りに降下しますわ」
「う~ん。作って欲しかったのは・・・ですね。崖から飛んで滑り台から下りる感じで滑空するのが良かったのですけど・・・」
「そうですか、でも、そうなると、帰りは、山を登るってことですよね。それに、この近くに、そんな滑空に適したような山がありますか?」
「むぅ~・・・う~ん・・・」
「分かりました。それでは、二種類の飛び方に設定にしましょう。その山からの滑空は大人用とでもしておきましょうかね。ふっふふ」
 裕子は、老婆の悩みに勘違いしていた。何を考えていたのかというと、老婆も乗りたい。そう思ったのだった。そして、また、書き出したのだが・・・。
「大丈夫なの?・・・顔が青いわよ」
 二人の子供が真っ青な顔のまま立ってみていたのだ。
「えっ!」
 老婆は、裕子の話を聞くと、直ぐに手を休めて自分の孫の前に行くのだった。
「心配しないで、大丈夫だからね」
「そう・・・でも、心配だから座って見ていなさい。あなたもね」
 老婆は、二人の子供を抱きしめながら座らせるのだった。そんな時・・・。
「どうしたのだ?」
 長老が戻ってきたのだ。先ほどまでの孫の様子と違い。直ぐに駆け寄るのだ。あまりにも慌てようだったが、その心配する様子は、当然の反応だった。その長老と老婆の様子を見て、裕子は、玄関から出て、外で話がしたいと、手招くのだった。
「もしかして、二人は、同じ世代の子と比べると、育ちが遅れているのでわ?」
「あっああ・・・」
「・・・」
 長老と老婆は、ほぼ同時に頷いて、裕子の考えの通りだと知らせるのだった。
「やはり、そうなのね。それで・・・何歳くらいなの?」
「普通の子からみたら三歳は成長が遅れています」
「そう・・・分かったわ・・・なら、年齢制限と微調整での許可は体重制限にしなければならないわ・・・ね・・・・」
 長老と老婆の話を聞くと、裕子は、ぶつぶつと呟きながら室内に試案しながら入るのだ。
「そんなに・・・一度でも紙飛行機に乗せてあげたかった。だけ・・・だから・・・」
「まさか、自分の孫が死ぬとでも思っているのではないでしょうね!」
 裕子の背後からぼそぼそ、と独り言のような老婆の話を聞いて、裕子は、振り返って直ぐに玄関の外まで走って、老婆に近寄ると、怒りの感情を向けた。
「でも、孫の病気は・・・完治はしないはず・・・」
「私が中途半端な治療をする。そう思っているのではないでしょうね」
「それなら、完治するのですか?・・・本当に・・・ぐっふぐっふ・・・げほ、げほ・・・」
 老婆は嗚咽をもらしながら嬉し泣きをするのだった。
「お孫さんが、好きな食べ物を好きなだけ食べさせていれば、他の子と同じような健康な体になるわよ。勿論だけど、運動も他の子と同じに遊ばせてあげなさいね」
「ありがとうございます」
 老婆は、また、嗚咽を漏らすのだった。今度は、嬉しくて感情が収まらなかったのだ。
「音楽が聞こえるよ・・・祭り?・・・祭りだよね」
「ねえ、お爺ちゃん。祭りだよね。祭りだよね」
 長老と老婆と裕子が話をしている時だった。村の入り口の方から音楽が聞こえてきたのだ。すると、家の中にいた。二人の子供にも音楽が聞こえてきたのだろう。満面の笑みを浮かべて、二人の子供が家から出てきたのだ。その勢いのまま祖父と祖母に視線を向けた。
「・・・そうだよ。お祭りだよ・・・でもね・・・」
 二人の老人は同じような言葉を自分の孫に伝えると、裕子に視線を向けるのだった。
「お祭りに行きたいのね」
「うん」
「行きたい」
「それなら、お婆ちゃんとお爺さんと一緒に行ってきなさい。そして、お腹がいっぱいになるほど食べてきなさい」
「そんなに、食べられるかな?・・・」
 二人の子供は、顔を向かい合わせて悩むのだった。
「それは、どうでしょうね。今回は、いろいろと変わった物が食べられるわよ」
「本当!」
「おにぎりが食べられるわ。他にも、いろいろと美味しい物があるはずよ。だから、美味しいから食べても、食べてもお腹がいっぱいにならないかもね」
「・・・」
 二人の老人に視線を向けられた。裕子は、少し怒りを感じているのだろう。
「紙の飛行機と孫と、どっちを心配しているの?・・・紙の飛行機を心配しているのならば、材料は揃ったから文字を書くだけだから一人で出来るわよ」
「孫です」
 二人の老人は、同時に同じ言葉を叫んだ。
「そうでしょう。だから、行ってきなさい。わたしも完成したら行くわ」
「祭りに行っていいのでしょう。ねえ、ねえ、直ぐに行こう」
「お爺ちゃん。僕も行きたい・・・いい?」
「裕子さん。あとは、お任せします」
「もし何か、手を借りたいことでもあった場合は、嫁が帰ってきますので好きに使ってください。それと、おにぎり、って物を誰かに持ってこさせます」
「そう、ありがとう」
 裕子は、一人で家の中に入って行った。すると、裕子は、虚空を見ていた。紙の飛行機のことを思案しているのか、家の外から子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。それも、だんだんと、声が小さくなり。完全に聞こえなくなると、筆を持って文字を書きだしたのだから、二人の子供のことが心配だったのかもしれない。そして、一瞬だけ笑みを浮かべた後に壁と大きな紙を交互に見ながら紙の飛行機を飛ばす方法の神代文字を書きだすのだ。それは、紙の白い部分が隠れる程の文字と記号が埋め尽くされるのだが、近くで見れば、数式や文字などが分かるが、遠くから見ると、複雑に書かれた。まるで、唐草模様にも電気機器の基盤にも似ている。そう見えるのだ。突然に立ち上がり。腕を組みながら隅々まで視線を向けて文字を読んでいる感じだった。時々、難しい表情を浮かべるのだが、それは、当然だろう。人が乗る物であり。命の危険もあるのだ。数分後、大きく上下に首を動かすのは完成したのだろう。満面の笑みを浮かべるのだ。おそらく、子供も大人も紙飛行に乗って遊んでいる様子を思い浮かべているのだろう。そんな時だった。老婆の孫の母親が現れたのだ。
「うちの子は、お祭りに行ったのね・・・ぐっふ、げほ、本当に元気になったのね」
「もう心配しなくてもいいわよ。食欲はあるらしいし。直ぐに、同じ年ごろの子と同じように大きくなり健康な子供になるわ」
「あっありがとうございます」
 今まで息子の前では作り笑みを浮かべていた。そんな暮らしが、あまりにも苦しかったのだろう。安堵の気持ちから嬉し泣きをしながら嗚咽をもらしていた。
「感謝の気持ちなどいいわ。それよりも、うちの要件は終わったの。完璧な紙飛行機を作ったのね。だから、一緒に、お祭りに行かない。ねえ、お祭りを楽しみましょう」
「うちは・・・気持ちは嬉しいけど、やっと元気になったのだし、息子の大好物を好きなだけ食べさせてあげたいのです・・・だから・・・」
「そう、でもね。いろいろ作ったとしても食べられない。そう思うわよ」
「えっ、まだ、病気が・・・先ほど、健康な子供になるって・・・」
「誤解をさせたようね。病気で食べられないのではなくて、お祭りっていえば、子供ならば、いろいろな料理を食べるわよね。そういう意味です。もし料理を作ったとしても、お腹がいっぱいで食べられないわよ」
「「そうよね。うちが、子供の頃も、そうだったことを忘れていたわ」
「それなら、一緒に行きましょう」
「はい。一緒に行きます。うぅふっふふ」
 裕子は、やっと、笑ってくれた。そう言葉を掛けるのだが、笑みを浮かべるだけで聞こえていないようだ。その笑みは、自分が子供頃の時と息子の顔が重なったのだろう。

第二十一章 禁忌の唄 その1

村の入り口の近くの森の中に大きな広場があった。交易人などの馬車を置く場所であり。狩りをした獲物や様々な収穫した物を一時的に置く場所でもあったが、今は、普段の祭り以上の祭りが開催していた。特に、交易人たちが振舞う。食事と商品の数と、特に男性のバナナを売る口上のような売り方と、女性たちの美を追求する売るための手法が凄かった。
「悲鳴?・・・歓声?・・・」
「・・・うんうん。聞こえてきますね。今回お祭りは、例年よりも早いですけど、交易人の人たちが、感謝の気持ちとして、今までに聞いたこともない食事を振舞ってくれる。そう聞いていますわ。その驚きの歓声でしょうね・・・?」
「・・・・」
 裕子は、立ったまま歓声が聞こえる方に気難しそうに顔を向けていた。その姿を女性は
不審そうに見るのだった。
「何か、心配することでもあるの?」
「・・・」
「そんなに心配なら行ってみない?・・・うちも息子が心配なのよね。どう?・・・ん?」
 突然に歓声が止んだ。そして、指笛の歌が微かに聞こえてきた。
「あの馬鹿・・・またなの・・・やめさせないと・・・」
 女性にも聞こえない囁きのような声で呟いた。
「えっ?・・・今なんて?」
「祭りの会場まで案内してくれる?」
 裕子は、一歩を踏み出して駆けだそうとしたのだが、何も知らないこの村で、自分では探せないと、そう思ったのだろう。直ぐに、女性の方に振り向いたのだ。
「いいですわよ。一緒に行きましょう」
「なら、急いで!」
 裕子は、女性の右腕を掴むと、引っ張るように駆け出すのだ。
「待って、待って、待ってよ!」
 二人は、村の入り口に向かい。そのまま森の中に入って少し進むと、裕子は、女性の腕から手を放した。
「ありがとう」
 裕子は、感謝の言葉を伝えると、指笛が聞こえる方に駆け出すのだった。
「ピュ~ピロ~ピュ~」
(この時代では禁忌として有名な歌だった。それが、紀州こそ~妻お身際に~琴の音の~床に吾君お~待つぞ恋しき~。と言う歌詞を指笛で吹いていたのだ)
 将太が、大きな木の下方の枝の上に腰かけて何かを見ながら指笛を吹いていた。
「将太!指笛を吹くのをやめなさい。聞こえないの!」
「ピュ~ピロ~ピュ~」
 何かに心が奪われている感じで、夢中で指笛を吹いていたことで、裕子の声が聞こえなかったのだ。それでも、何度も、何度も、裕子は、やめさせようとしたのだ。
「もう~駄目よ。将太が、そうなったら話しかけても聞こえないわよ」
不機嫌そうに、亜希子が現れた。おそらく、美味しい食べ物や珍しい商品などを見ながら祭りを楽しんでいたのだが、将太の指笛を聞いて止めに来たのだ。
「亜希子!」
「一目ぼれね。また、理想の女性だと思う人に会ったのね」
「そうなの?」
「ちょっと、木に登って誰を見ているのか確かめてくるわ。それと、あの馬鹿の頬を叩いて目を覚ましてくるわね」
「気を付けて」
「うん」
 亜希子は、猿とは大げさだが、今見たいな状況を何度も経験しているのだろう。それだけではなく、子供の頃から男の子と一緒に木登りで遊んでいたにちがいない。するすると、木を登って行き、将太の隣に座るのだ。それでも、将太は、夢中で指笛を吹き続けていた。
「・・・」
 亜希子は、直ぐに、将太の頬を叩くことなく、今度は、どんな女性に惚れたのか興味を感じて、将太の隣に座り、視線の先を見るのだった。
「今度は、あの子なのね」
 一目ぼれをすると、「紀州こそ~妻お身際に~琴の音の~床に吾君お~待つぞ恋しき~」と歌いだすのだ。だが、何度も禁忌の歌と言い続けたことで、最近は、女性に向かっては歌わなくなってきた。だが、本当に、運命の相手だと思ってしまうと、指笛を吹いて女性に聞かせようとするのだ。歌詞でなくても多くの女性は心が動いてしまう。だから、禁忌とされているのだが、女性の心が動くと言っても様々とあり。怒りを感じる者も恐怖を感じる者もいた。まれに、恋心を感じてしまう者もいた。そういう特有の女性には変わった癖というか、変わった性格で、女性は、自分に恋を感じていると、そう思うと、自分も心が動いているというのに、気づいていない振りをする。それでも、男性の容姿を見たくて、特有な仕草をするのだ。それが、やや顔を上方に傾けながら少しだけ男の方を見る。これが、噂の流し目というのだろう。いや、違う。心が高鳴り。必死に思いを隠そうとしているのだ。それでも、微かにでも、男性の表情が見たい。そんな複雑な女性特有の思いと態度を表すのだ。
「ピュ~ヒュ~」
「やっぱり、今までと同じように猫のような女性ね。自分に気付かなければ、男を見続けて、気づいて近づいてくると、視線を逸らせるか、男から逃げるの。だが、将太は、女性の特有の仕草や様子など気づいていないし。見ているのは、女性の胸を見て、顔を見て、腰を見ているのよね。そして、そろそろ、癖のような言葉を言うわ。理想の女性だと、でも、将太は、気づいているのかな。自分に胸があって、髪を長くして、お尻が大きくすれば、自分と同じ、その女性となる。それって、運命の相手ではなく、自分のコピーか、クローンでも探している。そう思えてくるわね」
「理想の女性だ・・・」
「ほらね。やっぱり、言ったわ・・・馬鹿っねぇ」
(目を見なさいよ。目は心を映す。そういうのよ。目と目を見れば、歌で心を奪わなくても相思相愛なのかも分かるはずだわ・・・だから、わたしの目をみれば恋をしていることなど分かるはず。というかね。運命の赤い糸は、将太を示していろの。わたしと繋がっているのよ。もう!)
「ペシペシ」
 亜希子は、将太の頬を右手の平で叩いた。
「あっ!」
「正気に戻ったみたいね。それで、理想の女性であり。運命の赤い糸の人だと思うのね」
「うん。今度は、間違いなく運命の相手だと、そう思うよ」
「そうなのかな・・・また、違うわよ。って頬を叩かれるのでないのかな・・・」
(わたしなんて胸も小さいし興味もない女性なのでしょう。それなら、わたしの時くらいは目を見て話してよね。あっ、そうなると、どうなるのかしらね?・・・)
 女性に告白して頬を叩かれて正気になるか、亜希子が、頬を叩いて正気にさせるか、どちらかだったのだ。だが、そして、正気に戻らせた。その後、亜希子は、いつも、同じ考えで思考が停止するのだ。それは、もしかすると、見つめ合えば運命の相手だと分かるのだろうか・・・答えがでるはずもないことを悩むのだ。
「早く大人になりたいよ。そうだろう。左手の小指に赤い感覚器官が生えてくれれば、直ぐにでも証明ができるのになぁ」
「そうよね。簡単になるわね。そうなると、わたしも楽だし、将太も女性から頬を殴られることもないわね。だから、早く、そうなるといいわね」
「なんで、そうなる」
「でも、告白するのは無理でしょう。もう正気に戻ったのだしね。どうするの?」
「それは・・・」
「もう、何度目なのよ。また、わたしが、将太の代理で想いを伝えるの?」
 将太は、心底からの気持ちから自分が告白できないことを訴えるだけではなく、涙を浮かべながら上目遣いで見つめ続けることで助けを求めるのだった。
「今度は、間違いはないから・・・」
「そう・・でも、もう将太に視線を向ける女性はいないわよ・・・それでも?」
(まあ、あの猫みたいのなら一人いると言えばいる感じだけど、あの視線って恋なのか怒りなのか、なんか、複雑な視線なのよね)
「何をしているの?」
 裕子は、しばらく上空を見上げながら様子を見ていた。指笛の音色が聞こえなくなったことで、直ぐにでも降りてくると思っていたのだが、なぜなのか、二人が木の枝の上で落ち着いている様子を見て問いかけるのだった。
「裕子も心配しているし地面に降りましょう。もう気が済んだでしょう」
 二人は、心身ともに落ち着いたが、裕子は、何があったのか理解できずに、二人が下りてくる姿を見ると、怒りが段々と込み上げてきた。
「何を考えているのよ。もし少女が歌に酔いしれたら!どうする気持ちだったのよ!」
 将太が地面を踏みしめてからのことだ。本当に些細なことだとでも思っているのだろう。もしかすると、女性の肩と肩が軽く擦った時のような感じで、ペコリと、裕子に頭を下げたのだ。すると、裕子は、真っ赤な顔をして怒りをぶちまけた。
「ないない。それはないよ。それに、子供には興味がないし」
「あんたね!今が少女でも五歳くらいの年の差ならば、五年も過ぎれば大人なのよ!」
 裕子の怒りは収まらず。将太が否定をすると、ますます、怒りをぶちまけるのだった。

第二十二章 禁忌の唄 その2

森の中では祭りのような騒ぎだった。だが、少し変な雰囲気を感じたのだ。まるで、女性たちは、恋愛小説や映画を見た後のような甘い余韻を感じているようだった。そんな状態だったことで、特に大人の女性は恋人や夫にしだれかかりおねだりする者や独身の女性も甘い恋の想いを感じて好きな男性に好かれようとして、高価なのだが、服や装身具などを買い求める。
「ぴゅ~ろろ、ぴゅ~ろろ」
 交易人の二人の男女が不思議に思っていた。村の女性だけが惚けているからだった。調査とまでは大げさな言い方なのだが、原因が指笛ではないかと判断ができた。それならば、この歌を利用できないだろうかと、そんな、思案をしている時であり、将太が、まだ、指笛を吹いている時である。
「十二歳の少女が、指笛を聞いただけで運命の出会いと感じて、誰だか分からない男に愛を感じてしまったようなのだ。もしかすると、惚けたまま寝てしまい。もう目を覚まさないかもしれない」
「なんですって!」
「まだ、自分でも惚けて相手が誰か分かっていません。たぶんだけど、理想の男の顔を想像したりや理想の結婚生活などの将来の夢を描いているだけで、もしかすると、禁忌の歌の話を伝えれば、正気に戻ると思われるのだが・・・」
「直ぐにでも歌を止めさせなさい。まずは、その子の目を覚ませるの!」
「それだから、その男は森の中のはず。村の年寄りだけで捜索しています」
「もしかして、その子って、お月さまは、まだだったの?」
「ん・・・?」
「アレのことよ」
「そっそうらしいのだ」
 多くの老人だけが正気だった。そんな中でも若い者と同じ様子の老人はいたのだが、正気の老人だけが集まりだしたのだ。
「それなら、直ぐに、禁忌の歌の話をしなければなりませんわね。お月さまのことは、禁断の歌の一部でもある。布団を敷いて貴方が来られるのを恋しい想いでお待ちしています。その話を聞いて何て反応するかね。その後でもいいいわ。それよりも先に、この指笛をやめさせなければならないわね」
「そうだな」
「皆が集まって、どうされたのだ?」
「皆の様子が変ではないか?」
「若い女性が、なんか、色っぽくないか?」
「何を言っているの!馬鹿っねえ」
「そうでなくて、何かの毒?・・・変な薬なのかと、そう言いたかったのだ」
「あなたには、この歌が聞こえないの?・・・この歌は、禁忌の歌よ」
「禁忌?」
「あっ、女性の間では初潮の時に聞かされる有名な話しで、男性には聞かされていないのか」
 多くの老人が救護と迷子捜索のテントの周辺に集まっていた。その中で、交易人の男女二人が、何も知らない振りで現れた。
「どうされた?」
「この歌をやめさせなければならないのだ。手を貸してくれないか?」
「構わんぞ」
 隣にいる女性に、視線と指の仕草で指示を伝えると、直ぐに駆け出した。すると、女性の指示ではないはずだが、数人の男が、女性が消えた方からの森の中から出てきた。少し勘の鋭い者なら交易人ではなく兵士だと思う様子の者が、男の下に駆け寄り手紙を渡した。
「ん?・・・」
 直ぐに手紙を開き読むのだった。
「ほうほう」
 手紙の内容を悟られないように、まるで恋文でも読むような表情を作りながら読むのだった。その本当の手紙の内容とは・・・。
(助けを請いたい。歌の声が聞こえだすと、森の中で捜索する者が増えた。予定の通りに洞窟から出ることができない。このまま一時間は待つが、その後は、我らは捕虜になる気持ちはない。戦いながらでも本隊に戻る考えだ)
「分かった。そうしよう」
(お前らも森の中に戻れ)
 最後の言葉だけは、仕草で伝えた。
「協力してくれるのか、それは、助かる」
 男の仲間の兵士に手紙の通りする。そう指示を伝えたのだが、村人の老人には、違う意味で受け取るのだった。そんな老人の話を最後まで聞かずに、三人の兵士は森の中に戻るのだった。すると、なぜなのか、突然に指笛の歌が聞こえなくなった。
「歌が聞こえなくなったぞ?・・・」
「ん・・・本当だな」
 本格的な捜索を開始する時だった。
「ごめんなさい。この馬鹿が、本当に、ごめんなさい」
 亜希子が叫びながら森から出てきた。その後を済まなそうに、ぺこぺこと頭を上下に振りながら裕子、将太も森の中から出て来るのだった。
「この騒ぎを分かってのことですね」
「・・・」
 皆の代表として老婆が話を掛けた。それは、裕子に恩を感じて、この場だけで全てのことを終わらせようと話を掛けたのだ。その気持ちの意味を伝えようとして、長老に視線を向けると、無言だが、承諾したと、頷くのだった。
「本当にすみません。もう指笛を吹かせませんから許して下さい」
「分かったわ。それなら、この騒ぎを収めるために協力してくれるのなら忘れましょう」
「はい。何でも協力します」
「それでは、紙芝居をしますので、あなたには、指笛を吹いてもらいますね」
「えっ?」
「驚くことではないでしょう。禁忌の理由と正しい性知識と歌に慣れれば問題は解決しますわ。まあ、不思議に思うだろうけど、女の子の感情って、そういうものなの」
「紙芝居を持ってきましたわよ」
「ありがとう」
 老婆は、この場の様子を見ていた。その一人の老人に視線を向けた。すると、その老人は、頷くと、数人の未成年の男に視線を向けて、ニヤニヤと、いやらしい視線を向けながら右の手のひらを上下にゆっくり動かして招くのだった。すると、数人の男立ちが近くに来ると、囁くのだった。
「女性の裸体の枕絵を見せてやるぞ。綺麗な絵柄だし、ぼよん、ぼよん。だぞ。だからな!」
「本当かよ」
「本当だ。だから、友達とか仲間を連れてこい。できれば、村の若い男全員がいいぞ」
「なんでだよ。俺たちだけでも・・・」
「馬鹿だな。女性には内緒のことなのだぞ。もしもだぞ。のけ者にされたと知ったらなぁ。親とか、若い女性たちに知られたら大変だろう」
「そうだな。分かった。独身の男をみんな連れてくるよ。それなら、いいのだろう」
「そうだ。そうだ」
 数人の男たちが、それぞれに、散って居なくなると、先ほどの老婆に頷くことで、指示されたことが完了されたと伝えるのだった。
「十代の未婚の女の子を連れてきて欲しいのです」
「場所は、この場でしょうか?」
「そうね・・・紙芝居を持ってきてくれたのは悪いのだけどね。やっぱり、この場で直ぐに紙芝居を開始するのはやめましょう。男性の視線などがあると思うと恥ずかしいと思うわ。だから、憩いの場所にしましょう」
 老婆は、少し考えてから紙芝居の束を持ってきた。その女性に答えた。
「はい。皆を連れてきますので、先に行っていて下さい。それでは、憩いの場所で・・・」
 老婆に深々と頭を下げると、皆が騒いでいる方に駆け出した。直ぐに、女性の後姿を見続けることもなく、この場の老婆たちは歩き出すが、老婆の足でも十分間も掛からずに憩いの場所に着くのだった。直ぐに準備を始めるのだが、紙芝居は、最低でも一年に一度はするが、今回の少女のような場合もあり。不定期で何度か紙芝居をするのだった。
「ただいま戻りました。該当する女の子は六人でした」
「怖がっているわね。何て言って連れてきたの?」
「わたしの時に言われたのと同じに、大人になった心がまえを教える。そう言いました」
「そう・・・分かったわ。ありがとう」
「・・・」
 六人の女の子は、何をされるのか、何を見せられるのかと、不安で怯えていた。
「大丈夫よ。怖い話でもないし、痛くもないわ。そうね。大人になったのだし、あれを食べることを許しましょう」
「キャー!桃が食べられるの?」
「そうよ」
 何で桃を食べられる。それくらいで喜ぶのかというのは、もともと、大陸から日本列島に持ち込まれた理由もあった。薬となる果実であり。不老不死になる食べ物だと言われて珍味でもあるのだが、縄文時代では珍しく栽培していたからだ。それも、村の全てが食べられるほど栽培していない。それで、大人になったら食べられる。そう言っていたのだ。

第二十三章 紀州とは当時、北海道、青森王朝の首都だった。その2

六人の女の子は、桃を手渡されて、まるで、昭和では多くあった。あの菓子を買って紙芝居を見る感じで紙芝居の前で座って待っていた。
「キャ」
 六人の女の子は、ほとんど同時に、驚きと恥ずかしくて悲鳴を上げた。写真のような鮮明な大人の男性器の絵を見たからだった。そして、女性器を見せてから初潮教育の紙芝居を始めるのだった。その紙芝居が終わると、今度は、心と体の変化で不安な気持ちを取り除くのだ。また、別の紙芝居が始まった。
「紀州こそ~妻お身際に~琴の音の~床に吾君お~待つぞ恋しき~」
「ほう・・・」
「この意味はですね。
紀州にいらしてください。私は貴方の妻になって、いつも、御側で琴を奏でて差し上げましょう。布団を敷いて貴方が来られるのを恋しい想いでお待ちしています」
「布団を敷いて、だって、キャキャ」
布団を敷いてって言われると、嬉しい恥ずかしいような興奮しているような悲鳴を上げたことで、全てを理解したと思うのだった。
「それで、なぜに禁忌の歌だというのは・・・」
 縄文時代の現代でいう青森にあった。今では、海中に没して遺跡も残っていない。その首都の名が紀州だった。当時、海運国として日本列島で最大の港町であり。海外にも交易に行っていた。その証拠と言われる物が世界の遺跡に稀に発見されている。海運に適した縄文字である。海水でも文字が消えず。見た目から首飾りにも見えるために服飾用品にもなる。今の遺跡からでは金銀での首飾りとされているが元は縄文字であり。結び縄とも言われる。現代でも有名であり。一番現物に近い物は、アンデスのインカの文明である。キープ文字である。その一万年も続いた縄文時代の絶頂期の縄文二千年の時である。海側と陸側で競っていたが身分制度はなかったのだが、年長序列が陸側の狩猟生活のために厳しかった。それとは逆に、海側では、船の操舵の時だけだが、指揮系統の維持のために家系や家柄で厳しく役割が決まっていた。それでも、完全なる福祉国家であり。特に、皆が飢えることと病気などの治療は何歳になろうとも死ぬまで保証されて、誰でも平等に扱われたのだ。そのために、狩猟生活が始まったのだ。変だと思われるだろうが、狩猟生活で怪我や病気になった者たちが、第二の人生のために定住生活になるのだ。その治療と物資や犯罪の判決や定住したことで様々ないざこざの問題の解決だけではなく、第二の人生のための人々の導きも重要の役目である。それが、狩猟生活だったのだ。大人たちだけは訪れる日を期待もするが、恐怖も感じていたのだが、子供たちだけは、旅の話や様々な地域の特産物のお土産などを期待して訪れる日を心待ちしていた。そんな首都である。紀州のことであるが、住民の七割が病気や怪我などが占めていた。その頃、縄文二千年の頃に、海側と陸側から選ばれた者たちで新しい役割であり。家柄が作られた。現代で例えるのならば、介護職のような役割と神代文字の研究所が作られた。神代文字研究所とは、縄文時代であり。縄文文化を作った。その始祖の力の元であり。遺品である。始祖は、宇宙人が地球に何らかの事情で不時着し、地球で生活することになった数人の人たちである。神代文字は、異星人の文字であり。宇宙遭難キットの一部だった。一般的に知られている物であり。有名な物は、一般的な和紙で作れた物であるが、特別な水(洞窟の地下にある泉。それも、一万年も風も空気の動きも、勿論、人など入ってこない。そんな泉には、時を止める効能がある)と、墨(一万年杉にも時を止める効能があり。それで、墨で作るのだった。で神代文字紙を書くことで墨と紙の腐敗する紙の分子の時間を止めることができた。その効果で紙の剣を作りあげると、鉄だろうが、ダイヤモンドだろうが、何でも切断できる紙の剣ができるのだ。その他にも紙の盾、紙の鎧、紙の馬車などがあった。その応用を考えるのが、神代文字の研究所であったのだ。
 当時、紀州の首都では、手紙を受け取ると必ず返事を書かなければならない。暗黙の了解があった。ある男から女性に手紙を送り続ける者がいた。女性は、返事を書くことが苦痛というより恐怖を感じていたのだ。それで、禁忌を犯すことになるのだ。女性は、神代文字の研究所の一つの家柄だった。だから、禁忌の物を作れたのだ。それは、応用された手紙だった。返事が書けない。呪いの手紙だった。たかが、手紙一枚というが、その一枚だけ手紙の返事を書かなければよいだろう。そう思うだろうが、受け取る時に、日付と手紙を受け取った番号が書くことになり。順番を飛ばすことが禁忌でもあり。もしものことなのだが、配達する者も番号が飛んだ。別の手紙の返事は受け取ることが出来なかったのだ。それは、縄文時代では、とくに、紀州では、手紙で始まり。手紙で終わるために、手紙の返事を書けない。返事を書いたとしても配達人が受けとってくれない。配達してくれない。ということは、戸籍を抹消されたと同義だった。ある手紙は、女性だけが書いて送れる内容が、あの手紙である。
紀州こそ、妻お身際に、琴の音の、床に吾君お、待つぞ恋しき。
(紀州にいらしてください。私は貴方の妻になって、いつも、御側で琴を奏でて差し上げましょう。布団を敷いて貴方が来られるのを恋しい想いでお待ちしています)
返事が書けるのは、女性の想い人だけだった。それも、結婚を承諾します。その返事だけが書くことができなかったのだ。もしお断りの返事を書くとしても、上から読んでも下から読んでも同じような文面ではならない。と定められていた。それも、神代文字の研究所で、練りに練った。呪いのような効果が発揮して確実に結婚することになる文面である。男は手紙を受け取り心が興奮で踊ったが、手紙の最後の一言で背筋が凍るのだ。承諾する場合は承諾の一言で構いませんのですが、拒否の返事は、私の手紙の文面のように下から読んでも上から読んでも同じ文面にして下さい。そんな手紙だった。だが、女性は、本当の想い人には送ることができなかったのだ。もしも手紙を送って返事が来たとしても、愛されて結ばれるとは思えなかったのだ。それでも、女性の知人や友達に親族が、やっと、何年も過ぎてからだが、想い人の名前を聞き出して、両想いだと分かってから手紙を届けるのだった。そして、無理やりの求婚の相手ではなくて、会いする人と結婚をする。そういう紙芝居の内容だった。
「パチパチ」
 六人の女の子は、紙芝居が終わると、感想の返事と感謝の気持ちから立ち上がって拍手するのだ。それ程までに感動したのだろう。だが、紙芝居の内容を見て皆が惚けていた。これが第一段階である。第二段階は、この歌を何度も聞くことや文字を読むことで心の精神状態が安定するまで慣らすのだ。第三段階が、異性の声を聴いて、運命の相手だと誤解しないように慣れるしかなかった。
「お願いします」
「ピュ~ピロ~ピュー」
 将太は、憩いの場所の入り口を開けたまま室内の六人の女性に顔や姿を見られないように指笛を吹くのだった。
「あっ、ふぅ、あっ、ふぅ」
 女の子たちは、夢心地で、本当に、何かを見ている感じで惚けていたのだ。
「我慢しなさい。我慢の先には、赤い糸でもある。左手の赤い感覚器官が、正常に反応するわ。大人の感情と子供の感情が反発しているの。だが、大人になれば、子供の感情と重なり大人の感情になるの。もしかすると、運命の相手が、どこかにいる。そんな感覚が芽生えるかもしれないわ。そうすれば、もう偽物なのに、恋人として反応することもなくなるの。だから、がんばりなさいね」
「歌が原因なのでしょう。お願いだから指笛をやめて・・・お願い・・・」
「あなたたちは、恋をしたことがあるでしょう。だけど、何をどうしらいいかわからない。だから、惚けるの。でも、今回の紙芝居で、大人になり。子供を作る方法も理解した。それなら、大人と子供の反発する心が落ち着くからね。もう少し我慢しなさい」
「ふっはぁー・・・ふふっふ・・・」
 六人の女の子は、苦しみの表情から祝福を誰からか与えられたような表情に変わっていた。老人たちには、自分の経験上で全てを理解していた。それは、昨日までの淡い恋の心だった。異性の外見だけで姿を見て無限に広がる想い。それが、自分の理想の男性だと思っていた。その想いが破裂したのだ。だが、それは、少女から大人になる。昨日までの人が運命の人だと違う。と同時に性欲も重なる。今まで会ったこともない幸せにしてくれる。そんな、異性を感じたのだ。
「キャ、ハハ、ふっふふ・・・」
 何も不安も感じられない大人の表情に変わっていた。
「もう指笛は吹かなくていいわ。ありがとう。感謝します。本当に助かりましたわ」
 この場での雰囲気では、全てのことが収まった感じだが、まだ、何人かの老人たちが森の中で捜索していた。そんな、ある一人の老人が、必死に口笛を吹いて危険を知らせていた。だが、将太の指笛で遮られていたのだ。そして、指笛が止まると同時に、口笛が聞こえてきたのだ。
「何事だ!」
「それが・・・」
「何しているの!緊急の要件の響きでしょう。直ぐに向かいなさい」
女の子たち以外の老婆が、口笛が聞こえる方に視線を向けていた。
「わしらの足腰では、今から向かっても間に合わないと思うわよ」
「それでも、行くのだ。村の者が助けを求めているのだぞ!」
「やれ、やれ」
「はい。はい。と、よっこらしょっと・・・」
 この場の老人たちが、同じような掛け声を上げて森の中に向かって歩き出したのだ。そして、祭りのような騒ぎ声が聞こえてくるからなのか、目的の地から聞こえる口笛の響きと、交互に見ながら向かうのだった。
「我ら狩猟生活の経験者が亡くなった後は、どうなるのだろうか・・・それが、心配だ」
「そうだな。今の暮らしは定住生活と同じ感じだしなぁ・・・」
 村の老人たちは、自分たちが亡くなった後のために戦い方を教えるか悩んでいた。

第二十四章 交易人の思惑 その5

森の中は、数人の老人たちが、指笛の響きを聞きながら森の中を歩き回っていた。そんな、一人の老人が、木々に隠れながら突然に口笛を吹いた。なぜかというと、大勢の者たちが西の国の刀や武具を着ている姿を見たからだ。口笛を吹いた者ではないが、一人の老人が森の中から現れたのだ。
「戦うのか?・・・先に言っておくが、十人くらいなど、一瞬で倒せるぞ!」
 老人は威嚇したが、まだ、刀には手を付けてはいない。口笛では、不審者を発見したとしか知らせていないからだ。その調査と判断が、自分がする。そう思っているからだ。この老人も、口笛を吹いた。二人の老人も知らないことだが、集団は交易人の護衛隊の一部隊であった。それを知るのは、交易人の者たちしか知らなかったし、すでに、本隊と合流していると思われていたのだ。だが、数人の護衛隊の者は、口笛が聞こえてから刀に手を付けて、誰とでも戦う構えをしていたのだ。だが、この隊の指揮官らしき者が止めた。この地の者たち、いや、東北に住む者たちの噂を知っているからだ。一騎当千だと噂だけではなく、年配の者ほど強いと、何の流派なのかも分からないために対処ができない。それでも、もしかすると、現代では有名な中国の武術の一つの酒拳のような動きなのかしれない。なぜ、そう思われるか、だが、まあ、老人たちに言わせると、武術の経験とは別に理由があったのだ。足や腰が痛くて変な動きになるのだが、敵に教えるはずもないことだった。そんな老人は、仲間が来るまでの時間稼ぎのだめなのか、本心なのか百人程度なら一人でも十分だと言ったのは本心なのか、当然の反応だろう。護衛隊が若い者が多いためなのか、指揮官の言葉を聞かずに刀を抜いた。剣術の腕に自信があったのだろう。刀を抜くと同時に突進した。その数は十人くらい。老人は、面倒臭いような感じで、よろよろと動くだけで十人の持つ鉄の刀が三等分にされて、鉄の甲冑も二つに切られて下の部分が地面に落ちた。護衛隊の他の者たちも何が起きたのか分からず。思考も身体も動けなかった。正気に戻る頃だった。吹き続ける老人の口笛で、さらに、十人くらいの老人が集まるのだ。指揮官は思った。一人で本当に十人を一瞬で倒した。ならば、十人が集まったのだ。百人くらいの部隊など一瞬で壊滅すると、仕方がなく、戦う気持ちはない。それを示すために自分の刀を地面に置いた。だが、部下たちは、その様子を見て、信じられない。そう思ったのだ。なら、当然だが、指揮官に従えないと、他の全ての部下が抜刀して老人たちに切りかかった。確かに、この部隊は達人の集団であり。文武とも優秀な集団なのだ。その証拠というのが、鉄の武器だった。縄文時代の西の方の地では、銅剣が主流で優秀な武人だけに王から鉄の刀を渡される。それ程まで名誉な証の刀を地面に置いたのだ。隊員の全ての理性が飛ぶのは当然のことだった。勿論、当然のことだが、一瞬で指揮官以外が持つすべての刀が三等分にされ、武具も二つに切断されて地面に落ちるのだ。当然の反応を表す。正気を無くすのだ。態度では立ち尽くすが、脳内では、自分たちの過去を思い出す。銅剣を持つ敵の部隊と戦った記憶を思い出したのだ。鉄の刀で銅剣を切断や折れて戦う気持ちがなくなり。散り散りに逃げる者たちを追いかけて遊びのように切り殺す。今度は自分たちが同じように殺されると感じて散り散りに逃げるのだ。それでも微かに理性があったのか、逃げる方向は本隊が待機している方向に逃げた。勝手な部下だが、指揮官は殿のような考えなのか、老人たちの進みを止めるかのように一人で殺気を放ちながら立ち止まっている。部下が逃げる時間を稼ごうとしているようだった。一人の老人だけが歩き出して、指揮官の前に立った。
「地面に置いてある剣や武具を置いていくのならば、これ以上は、追わない。どうする?」
と、腰が痛いのか、右手で腰を叩きながら殺気を放って言うのだった。
「・・・」
 指揮官は、言葉では本心を言わずに、頭を下げて刀を置いたまま部下が逃げた方向にゆっくりと歩くのだ。もしかすると、無言だったのは、部下以上に怒りを感じて口を開けば何を言うか、自分でも分からなかったのだろう。老人たちは、指揮官が森の中に消えて見なくなると、その場に、荒い息を吐きながら地面に座るのだった。腰か手足の苦痛を和らげる気持ちからか、一人一人が言う言葉は違うが、これ以上もし動けば死ぬ。馬鹿野郎ども追いかけるはずがないだろう。などと、老人たちは同じ理由で体力を使い切ったのだ。この騒ぎを聞いて、村人も交易人たちも集まってきた。その中の一人の老人が交易人の男に視線を向けた。
「この地面に置いてある。刀や武具は、お前らの国の者たちの物か?」
と、問いかけた。
「いや、知らない」
と、即答で答えた。
「そうか、そうか、それで、鉄くずは、いるか?」
「品物に武器はありませんし、武器商人ではないので、武器や防具を回収して商品に戻すこともないので、何一つ必要はないです」
「そうか、わかった」
 老人は、交易人の男と話を終えると、仲間の一人に近づき耳元で囁くのだった。
「近くに本隊がいるかもしれない。今からでも追跡ができるか?」
「それなら、もうしている。あの指揮官だろう。紙飛行機を追跡に飛ばした。この場の人数より多くの人の集まりを感じた場合は、村に戻るように指示を書いた」
「そうか、助かる」
「紙飛行機が戻ってきたら報告します」
 軽く、頭を下げた。今は、村の住人の一人だが、若い頃は、上官だったことで敬礼と同じ意味で礼を返したのだ。
「それでは、この場のことを長老に報告に行くぞ。あっ、いや、一人で行く。お前らは祭りを楽しんでいろ!。お前らの孫が待っているだろうし、わしの要件で遊べなくなったとなれば孫は泣くだろう。その後に、わしが孫に泣かされるのでな」
老人たちは、何も言わずに見送るのだった。元上官の返事に困っていたというよりも、心身ともに疲れて体を休ませていたのだ。これから、先ほどの戦いよりも孫と遊びの方が体力を使うからだが、それが、楽しみでもあったのだ。元上官が森の中に消えると・・・。
「それでは、行くかな」
「・・・行きましょうか」
 老人たちは、一人の老人の後をぞろぞろと、腰に手を当てながら歩いて祭りの会場に戻るのだった。祭りの会場では、老人たちが祭りから消えても、いや、消えたことにも気づかずに楽しんでいたのだ。その中で交易人の一人の者だけが、そろばんを弾きながら嫌な笑みを浮かべているのだ。
「はい、はい。いいね。いいね」
(米の注文は予定よりも多いな。貴金属などは、まだ、予定に達していないのか。それなら、子供服でも売れるように宣伝してもらうか、もしかすると、子供や孫に合わせて大人たちが買ってくれるかもしれない。そうでもしなければ、この村の収穫した三年分の借金を作らせることは難しい。だが、子供服などは、単価が安い・・・)
 商品が売れた伝票が届くと、喜び、悔しがり、または、悩むのだ。
「また、売れましたわ」
「そうか、そうか、よし。これからは、子供商品を主な商品として切り替える。子供用品を売り切れ。頼むぞ!」
 売上伝票を見ると、直ぐに指示書を書くのだ。そして、女性が持って来た売上伝票と交換する感じで伝言を託した。
「わかりました。皆に伝えてきます」
 女性は、駆け出した。少々だが興奮している感じがする。右手で唇を拭う感じに見えたのは、もしかすると、菓子などの食べ物の味見ができる。そんな、感じがした。
「これで、高級調味料が売れる。香辛料に、特に、砂糖が売れるのは間違いないはずだ。売上伝票を見るのが楽しみだ。三年分など、直ぐだろう」
 直ぐに、自分の予想が正しい結果が感じられた。子供や女性たちの歓声もだが、甘い匂い。砂糖が焦げる匂いが漂ってきたからだ。
「すみません・・・この祭りの管理をしている。商人さんですよね」
「まあ、管理というか、現場の監督ですが・・・何でしょう?」
「これ砂糖菓子というのですよね。この作り方は、教えてくれないでしょうか、孫に作ってあげたいのです」
「勿論ですよ。材料を購入してくれるのでしたら、どんな料理でも丁寧に教えます」
「本当ですのね」
 老婆は、興奮を抑えらない。悲鳴のような声を上げてからのことだ。後ろを振り向き、誰かに合図のように手を振っていた。
「それでしたら、隣の簡易小屋の者に聞いて下さい」
「はい。そうします。ありがとう」
 老婆が隣の簡易小屋に入り。数分後のこと、嬉しそうに出て来ると、簡易小屋のことを誰かに伝えたのだろう。すると、一人、二人、三人と、相談する者が現れるのだ。男の手に売上伝票が増えるごとに、ついには、隣の簡易小屋には、長い人の列ができるのだ。
「やはりな、予想の通りだ。この勢いを止めるな。おにぎり、菓子。どんどん試食を増やせ。食べさせて、そして、売って、売って、売りつくせ!」
 男女が売上伝票を持って、この男に渡すための列の順番を待つほどの人数が集まっていた。普段の男は値引きなどの経費の伝票が多く苦痛を感じての対応をしていたが、今回は人の列が長くなると笑みを浮かべての対応で、そんな状態の上司を見て不審には感じていたが、誰も何も言うものはいない。それほどまで自分の仕事が忙しいために不審には思うが、自分の仕事をさばくことしか思考ができなかった。やっと、全ての伝票を受け取り、一服するくらいの時間が出来た時のことだった。男は、にやにやと笑みを浮かべては、懐に手を入れて手紙らしき物を少しだしては笑みを浮かべていたが、我慢ができずに取り出すと、突風が吹いて手紙が飛んで行ってしまった。

第二十五章 長老からの頼み事 その1

男は、血の気が引く表情を表しながら呆然と立ち尽くしていた。その理由の原因が手紙であり。手紙が飛び続けているのを見るしかなく、時々、手紙の表側がちらちらと見えていた。それは印章であり。玉璽(ぎょくじ)だった。
「あっ!」
 男は、何もできずに、風に飛んでいく手紙を見るだけだった。だが、思考では、手紙を渡された時から始まり。手紙の内容を思い出す。手紙は二通あり。王から直接の言葉も頂いた。偽と真実の命令書だった。偽は上官に渡し、真の手紙は、誰も見せずに大事に持っていろ。その指示が達成した場合は、何でも望みが叶う。その証拠の手紙になるぞ。当時の言葉と場面も走馬灯のように見ていた。
「・・・」
 手紙が地面に落ちたことで、やっと、身体が動ける状態になり。一歩、二歩と駆け出そうとした時のことだった。知らない女性が手紙を拾うのだった。直ぐに、きょろきょろと誰の者なのかと、女性は視線で探していた。
「おっ!」
 その女性は、亜希子だった。男と視線が合うだけではなく、男は、何度も自分の手紙だと伝えている姿を見たのだった。
「これって・・・」
(わたしに直接に手渡す予定だった。恋文なのね)
 亜希子は、なんで、そんな、思考したのか、答えになったのか、おそらくとは、変なのだが、一般的な手紙以外の物は、特に、豪華な綺麗な手紙は、恋文だと思ってしまうのだ。それだけではなく、変な思考の答えは他にもあった。笑みを浮かべながらウィンクで返事を返したのだ。だが、文字が読めないために内容など分からないのだが、手紙を開くこともなく完全に恋文と判断した結果だった。そして、思うのだ。恋文は自分だけで読まなくてはならない。この機会に、文字を習うと、心底からの覚悟を決めるのだった。
「こいつ・・・もしかして、俺を脅すつもりなのか?」
 男は、女性が、片目をつぶる合図を送られたことで、一つの思考しか考えられなかった。玉璽と知っての合図だと、そして、死を覚悟したのだった。
「どうしたの?」
「ん・・・?・・・どうして?」
 亜希子は、ひらひらと、自分の目の前で手紙のような紙が落ちたのだ。そのことを正直に二人には言わなかった。もしも、いや、確実に自分に読んで欲しい。ラブレターだと判断したことで、そんな、心のこもった手紙の内容を自分以外の人に読ませることができるはずもなかった。そのために、適当な、言い訳でごまかすのだった。
「えっ、だって、突然に早歩きして、何かを拾う感じでかがんだでしょう。だから・・・」
「あっ!それは・・・突然に足が絡んで、転びそうだったの。だから、かがんだのね」
「そう・・・そうなのね。なら、よかったわ。本当に何でもないのね」
「そうよ。それよりも、大人だけの祭りが、そろそろ、開催するらしいわ。だから、早く行きましょう。ねね、早く、早く行きましょう」
「そんなに、慌てると、さっきみたいに、また、転ぶわよ。もう行くから落ち着いて」
「ちょっと、待って、待ってくれませんか!」
 自分たちが進んで来た道から声を上げながら駆け寄ってくる。一人の女性がいた。
「ん?」
 裕子だけが、立ち止まり振り向いた。
「もう要件は、全て終わったはずだわ。無視して、行きましょう」
「そう言ってねえ。ねえ・・・あれを見て・・・」
 亜希子は、裕子の手を引いて歩かせようとするのだ。歩くのも走るのも遅い、そんな将太は、一人の女性に引き留められていた。そして、裕子と亜希子に、助けを求める視線を送っていたのだ。
「もう、仕方がないわね。あの馬鹿ったら・・・」
 亜希子は、腕を組んで、裕子は女性の要件が分かっているのか、何か考えながら女性が来るのを待っていた。
「それで、何の要件なのでしょうか?」
「長老が、呼んでいますので、直ぐにでも来てくれませんか」
 女性は、息を整えると、要件を伝えるのだった。
「長老が、三人を呼んでいます」
「直ぐ?」
「そうですね。長老の性格を考えるのなら、早い方がいいでしょうね」
「それなら、仕方がないわね」
「でも、もう・・・」
 亜希子は、祭りが開催している。その会場の方に視線を向けていた。
「まあ、そういうことですのね。わたしも参加する気持ちですし、大人だけの祭りは、もう少し時間が過ぎてからですわ。だから、長老の要件を聞いてからでも十二分に間に合いますわ。もし、長老の話が長く掛かるようでしたら、わたしが向かいに行きますわね」
「はい、はい。まあ、そう言われたら仕方がないわね。長老の話を聞きに行きましょう」
「そう言ってくれて安心しました。お使いの方も安心して下さい。今すぐに赴きますね」
「俺の気持ちは無視なのだね」
「それなら、あなたは行かないのね」
「いや、行くよ」
「そうなるでしょう。まだ、子供の思考だから聞かないのよ」
「・・・毛っ・・・」
(何を言ってもだめだ。言い合いになっても、大人の証拠として毛は生えたの?。そう言われると、何も言い返せないよな)
「なに・・・何か言った?」
「いいえ。何でもない。行こう」
 将太が、早く要件を済ませたいのだろう。先頭で早歩きで歩き出し、二人の女性は、何か相談でもあるかのように囁きあっていたのだ。すると、祭りの楽器や歓声が段々と聞こえなくなり。完全に聞こえなくなると、今度は、村の老人たちに会い。そして、老人の特有の会話が聞こえてくると、長老の家が見えてくるのだった。だが、将太は、一人で相談を聞かされても解決する訳もないのに突然に駆け出して、長老宅の玄関の扉を叩いた。
「待っていましたぞ!」
 長老が、直ぐに扉を開けた。まるで、扉の前で待っていたかのような速さだった。
「将太殿でしたな。将太殿に頼みごとをお願いしたかったのですよ。わははは!」
「そ、そうなのですか?」
 長老宅から少し離れた所に立ち止まっていた。二人の女性は・・・。
「怪しいわね」
「そうね。でも、手紙を託された時も、こんな感じだったけど、将太って人に頼られる感じの男らしく見えるのかしら・・・まさかね」
「私から見ても、男らしいとは思えないわね。何か理由があるわよ。間違いなくねぇ」
「そういえば、前回も、その前も、たしか、温泉か銭湯に誘われて一緒に入ってから格安で依頼を受けるのよね。でも、将太は、なぜか、何も理由を言わずに、ニコニコと喜んでいるのよね」
「まさか、今回も?・・・」
「まさか・・・あっ・・・」
「それでは、詳しい話は温泉に入りながら大人の男について語り合いましょう」
「大人の男について語り合いですか。ほうほう・・・う~む・・・」
「えっ、またなの!」
「長老!ちょっと、待って下さい!」
 亜希子は、自分がいない場所で勝手に話を決められることに納得できず。当然の反応だろう。長老と将太の話を遮るために駆け出したのだ。
「どうした?!」
「将太!。今度は、何の依頼なの!。まさか、あんたね。また勝手に只みたいな値段で依頼を承諾するのではないでしょうね。あんたは、大人の男と言われると、何でも承諾するけど、もういい加減にしてよね」
「亜希子。少し落ち着いて、ねえ、依頼の話は、まだのように思うわよ。それに、将太さんも、自分で決めさせてもいいと思うわよ」
「だって、お姉ちゃんとしては、将太が損をするのが分かっているのに聞かなかったことにして任せるなんて、そんなことできるはずがないでしょう」
「どうしたの?・・・たしかに、普段から俺のこと弟みたいに見下している感じだけど、今日は、なんか変だよ・・・ねえ、どうしたのだ?」
「ん・・・」
(あの日のことを憶えていないのね。今も大事に持っているのに・・・)
 首から下げているお守り袋を服地の上から右手で握りしめていたのだ。それと、同時に走馬灯のような過去の思い出を見ていた。五歳の頃のことだった。四葉のクローパを宝石に見立てて、結婚指輪をくれた時のことだった。
(自慢話をしてくれたのよね。お母さんから許してもらったぞって、何って聞いたらトイレも服も自分で着られるようになったから大人の男って言うのは早いけど、そうね。一人子だけど、これからは、お兄ちゃんね。お兄ちゃんというわね。そう言われたって・・・)
 亜希子は、昔を思い出して一瞬だけくすりと、笑った。

第二十六章 特別な日 その1

五歳の男の子と女の子のことである。誰でもが経験したはず。だが、皆は憶えていないのが普通だろう。それは、誕生日でもなく、特に、記念の日でもない。普通の日の朝のことだった。驚きの声で、母と父は、息子にたいして朝の挨拶を返すのだった。
「おお~えらいぞ。自分で服が着られたのだな!」
「もしかして、もうトイレも自分で済ませたの?」
「うん。えへへ」
「凄いわね。しょうちゃんからお兄ちゃんに、格上げしないとならないわね」
「本当に、お兄ちゃん。って呼んでくれるの!」
 将太には、町内の子供たちの中でお兄ちゃんと慕われている。その人と同じ呼び方に憧れていたのだ。だから、心底から嬉しかったのだ。
「本当よ。それにね。もうお兄ちゃんなのだから一人で遊びに行くことも許すわよ」
「本当なの。なら、お母さんと結婚もできるよね」
「それは、ちょっと、無理かな。もうお父さんと結婚しているからできないわね」
「・・・そう・・・」
「そんなに落ち込まないで。今日は、お父さんとお母さんも特別の日なの」
「特別・・・?」
「そうよ。お父さんとお母さんが七歳の時にね。お父さんから告白されて結婚を許した日でね。婚約指輪をもらった日でもあるの。まあ、子供が作る偽物だけどね」
「告白・・・許した・・・偽物?・・・」
「ちょっと、まだ、難しい話しだったわね。そうそう、お父さんからもらった。その婚約指輪の作り方を教えてあげるわね。ちょっと、待っていてね」
 母親は、何を思ったのか、茶の間から駆け出す勢いで庭に出て、何をするのかと思ったら庭いじりを始めたのだ。だが、直ぐに、数本の草を大事そうに持ってきて戻ってきた。
「それって・・・?」
「本当なら四葉のクローバーなのだけど、三つ葉のクローバーで作り方を教えるわね」
「本当に簡単なのよ。見ていてね」
 母は、茎の方に左手の薬指に巻き付けてサイズを確かめてから直ぐに取り出した。そして、丸くした。その縁に残りの茎を巻き付けるのだ。最後に三つ葉の付け根が固定されるように巻き付けると、三つ葉がダイヤの指輪の代用品のように三つ葉が見えるように広げたのだ。
「うゎあ!。指輪になったね」
 将太は、完成の出来上がりに興奮していた。
「簡単でしょう。お兄ちゃんも自分で作ってみなさい」
「うんうん」
 本当に、五歳児でも作れる簡単な作り方なので、将太でも五分もあれば作れた。
「そうそう、おめでとう」
「そろそろ、朝食を食べないかな。お父さんは、お腹がペコペコで死にそうだよ」
「そうね。朝食を食べようか」
「うんうん」
 父親と息子は、親子の証明を見せる感じで、口の中に入れると噛まずに飲み込んでいるかのような爆食いをするのだった。母は、ゆっくりと味わいながら二人の様子を見てクスクスと笑っていた。
「あっ!」
 母親が驚くのは当然のことだった。息子が食べた食器を洗い場に持って行くのだった。それは、初めてのことで、今日は、いろいろと初めてのことを見て、本当に、嬉しくて泣きそうだった。その理由を夫に言わなかったが、おそらく、この今日の日は、夫からの告白の日のことなど忘れて、息子の初めての日として記憶されるかもしれない。それ程まで今日は驚きの出来事の日だった。勿論だが、亜希子にとっても特別の日だった。
「しょうちゃん。遊び~ましょう~」
「あきこちゃんが、遊びに来たわよ。お出迎えしなさい」
「は~い」
 将太は、普段なら一目散に玄関に向かい。途中で転ぶのだが、本当に別人のように歩いて向かうのだ。それでも、母は、息子の後からゆっくりと歩いて転んだのを起こし、足や顔の痛みを慰めて涙を拭う。それが、普段だったからだ。でも、今日の息子なら何も手はかからないだろう。それでも、もし、転んだら、そう思うと、心配で後ろから付いて行くのだった。
「おはよう。あきこちゃん」
「おはよう。しょうちゃん」
 玄関の扉を開けると、ほとんど同時に二人は挨拶を交わすのだった。そんな子供の頭の上では、母親同士が会釈から始まり。二人だけだが、井戸端会議が開始した。
「お母さん」
 将太は、上空の母に声を掛けた。これも、普段はしないことだった。母が、息子の様子に気付くまで、いや、正確には上を見続けて首が痛くなり泣き出すまで続くのだった。
「えっ、あっ、お兄ちゃん。ごめんね。ごめんね。お話に夢中になっちゃたわぁ」
「もうお兄ちゃんって呼んでいるのね」
「そうなのですわよ。今日の息子は突然に男らしくなっちゃってね」
「私も、少し、そうかなって思っていましたわよ。今までならべそをかきながら挨拶してくれるからね。だから、今日のしょうちゃんは、えらいわね。いい子、いい子」
 亜希子の母は、将太の頭を撫でたのだ。
「それで、亜希子ちゃんのママさんに、お願いがあったのです」
「なんでしょう・・・ん?」
「子供だけで遊びに行かせていいかしらね」
「今日の将太ちゃんなら大丈夫そうね。いいわよ」
「ありがとう」
「ねね。将太ちゃん。今日は、どこに行くのかな?」
「四葉のクローバーを探そうと、思っているよ」
「そうなの。なら、村から出ないで遊べるわね」
「うんうん」
「亜希子をよろしくねぇ」
「うん。あきこちゃん。行こう!」
「うん」
 二人の母親は、自分たちの子供の後姿を見つめ続けた。
「もう、こんな二人を見ることができなくなるのね」
「えっ、なんで、そう思うの?・・・意味が分からないわ」
「この先、そんなに長い間でもないわよ。二人が成人して男と女と意識したら・・・手も繋げなくなるわ。そうでしょう」
「そうね。そうなるわね」
 村の外れであり。その途中で家々の隠れて見えなくなるのは直ぐのことだった。そんな二人の子供たちは、空き地に着く頃には、大人たちは、家の中に入り。茶でも飲みながら夫が出かけるのを待ち。そして、二人だけになると、先ほどまでの井戸端会議の話題の続きを話しだすのだった。
「直ぐに探し出せるといいね」
「うん。二人なら直ぐだと思う」
「うんうん。手伝うね。なら、探そうか」
「うん。ありがとう」
 亜希子は、夢中で探し続けて、疲れを感じた頃のことだった。将太は何をしているのかと、視線を向けたのだ。すると、背を丸くて何かを作っている感じに思えたのだ。
「何をしているの?」
「あれ・・・あれ・・変だな・・・変だな・・・」
 将太に声を掛けたが、何かに夢中で聞こえないらしい。仕方がなく近づくと、何か呟いている。意味は分からないために驚かさないように背中越しから手元を見たのだった。
「うわ!」
 亜希子の息が、将太の首に掛かり驚いて振り向くのだった。
「ねぇ、声を掛けても返事もないし、何をしていたの?」
「これ・・・」
「四葉のクローバーよね・・・?・・・折れたから直していたの?」
「その・・・あの・・・これを作ろうとしていたのだよ」
「うぁわ!クローバーの指輪?・・・」
「うん」
「欲しい。欲しい。作りたい。作りたい。ねね、教えて!」
 亜希子の癖なのだろう。将太の首に両手を回して抱きついたのだ。
「分かったよ。分かったから~だから離れてくれ!」
「本当?・・・」
「うん、いい?・・・手の動きを見ていてね。これを伸ばして・・・ねじって・・・引っ張る。こうして、あれして、こう・・・すると・・・できるはずなのだけど・・・」
「ねえ、ねえ、できた。指輪が作れた。これでいいのでしょう」
「そそっそうだね」
 将太は驚いた。だが、自分と似た感じで、母の完成度とは違う。そう思っていたのだ。それでも、亜希子には、十分な出来上がりで嬉しそうだった。それなのに・・・。

第二十七章 特別な日 その2

女の子は、クローバーの指輪を作れた喜びよりも、以前に、幼なじみと母に言われたことを思い出していた。あの時は、父と結婚ができない。そう言われたことを思い出して泣いている時のことだった。それで、幼なじみに慰められていたことを思い出したのだ。
「うっうう、うっうう」
「どうしたの?・・・突然に泣き出して・・・また、あのことを思い出して泣いているのかな・・・」
「うっうう」
「僕が、いろいろ聞いた話ではなねぇ・・・離婚すれば、何度も結婚できるらしいよ。だからね。そんなに泣かなくても、だから、大丈夫だよ。結婚できるよ」
「本当!本当なのね!」
「うん、うん。その間までは、愛人になればいいらしいよ」
「愛人?・・・」
「なんかね。結婚と離婚の間にある。愛人契約というのをするらしいね」
「それは、どうするの?・・・どうやったら愛人契約ってするの?・・・」
「う~と・・・ねえ・・・たしか・・・婚約指輪みたいな。愛人指輪を送るのだったかな」
「そう・・・う~ん・・・難しそうね・・・」
「そうそう、例えでいうと、友達でなくて、親友になる。そんな感じらしいよ、だから、僕は、まだまだ子供だから大人になるまで待つよ。その間は、僕も愛人でいいよ」
「そうなの。親友のことなのね。そうなのね」
「うん、うん」
 幼なじみである。将太は、愛人という言葉をいうために、いろいろと、前置きを考えていたのだろう。そして、何時いうか、いつ渡すかと、ドキドキしていたのだ。そして・・・。
「いいわよ。将太とは、愛人になってあげる。でも、その前に、お父さんに、愛人契約ってのしてもらってくるね。それで、このクローバーの指輪を渡せばいいのよね。なら、家に帰るわ。すぐ来るから待っていてね♪」
「うん。その前に、僕も、クローバーの指輪を渡しておくね」
「あっ、今?」
 亜希子が、すべてを言ってくれたのだ。それでも、肝心の物である。クローバの指輪を作れなかったが、母が作ってくれた物を渡そうと考えて、亜希子が駆け出そうとしたのを引き留めて手渡した。
「うん」
「ありがとう。なら、家に帰るわね」
「・・・・」
 亜希子は、家まで小走りで向かった。家が見えると、だんだんと走るのが早くなり。その勢いのまま扉を開けて家の中に入った。すると、床には何もないのに躓いて転びそうになるのだ。家の中にいたのは、父だけがテーブルで何かの資料でも読んでいたのだが、その様子を見ると、テーブルに投げるように本を手放した。
「そんなに急いで危ないぞ。どうしたのだ?・・・ん?」
 娘が俯いて両手で何か大事そうに持っていたのだ。
「これ・・・」
 父の前に立つと、前に母に言われたことを思い出したのだ。
(離婚ねぇ・・・そうすると、お母さんとお父さんが離婚する時は、お父さんと喧嘩して嫌われないと、離婚はできないわね・・・そうなったら・・・どうする?・・・)
「お!クローバーの指輪かな?・・・良い感じに作れたね。凄いなぁ。凄いぞ」
 亜希子は、ゆっくりと、両手を開いた。
「お父さん。結婚できるまで待つから~お願いだから、これで、愛人契約してください」
「パン!」
「うぁ~」
「どうしたの?・・・何で泣いているの?」
 母親は、裏庭で野菜なのか花なのか手入れをしていたのだろう。だが、娘が泣く声が聞こえて居間に戻ってくると、娘が泣いている姿を見た。そして、娘の右頬が赤くなっているのを見て自分の連れ合いに鋭い視線を向けた。すると、両目の目から涙を流して悔しそうに顔をゆがめていた。そのまま連れ合いを見続けることができずに、視線を足元に向けた。すると、クローバーの指輪が落ちているのを見たのだ。それで、何となく理由を理解したのだが、夫が娘を殴る理由は分からなかった。
「少し・・・出かけてくる・・・」
「・・・・」
 夫から理由を聞こうとして引き留めようとしたのだが、娘が泣き続けるために仕方がなく夫よりも娘を泣きやます方に気持ちを向けるしかなかったのだ。
「痛いわよね。痛いわよね」
 母親が泣いている姿を見て、亜希子は、自分の痛みよりも母の方が心配になったのだ。
「お母さんも痛いの?・・・」
「少しね。亜希子の頬が赤いのを見ると、お母さんも同じように痛みを感じたの」
「そうなの・・・」
「・・・もう痛くないの?・・・」
「うん。もう痛くない」
父親は、直ぐに戻ってきた。習字の紙と同じくらいの大きさの物を百枚くらい両手で抱えて持ってきたのだ。
「愛人の契約はできないが、この紙に書かれてある。クローバの指輪をすべて作れるようになれば、結婚すると、約束する」
「なっなにを言っているの!えっ・・・愛人?・・・何を言っているのよ」
「・・・」
「ちょっと、ちょっと・・・」
 夫は、テーブルの上に紙の束を置きながら言うと、後は何も言わずに寝室に入って行った。何度も言う妻の言葉が聞こえていないようだった。直ぐに、本棚に向かい。日記帳らしき物を取りだして手に取ると、パラパラとめくり半分くらいのページを開くと、本のしおりのようなクローバの指輪を見つめていた。この村だけではない。と思うが、何十年の昔から遊びとして伝わっていた。子供たちは、クローバーの指輪を作り。初めて渡す相手は、女の子が父親に男の子は母親に渡す。それが、習慣なのだった。それから、もう少し歳が過ぎると、異性に、将来に結婚する証として送る。そんな遊びが伝わっていた。そして、父親が悔しそうに泣いていた。その理由が、村人の皆が、結婚相手からもらう。クローバの指輪と自分の子供からもらうことになる。二つのクローバの指輪を持つのが普通であり。だが、父親が悔しくて泣いた理由は、自分は妻からの一つしか持てない。それが分かると、泣いたのだ。
「どうしたのだろうね。お父さん・・・なんか、泣いていたような・・・」
「そう・・・」
 亜希子は、不思議そうに首をかしげるが、頬の痛みが消える。と同時だろうか、父と結婚したい。その気持ちが消えていた。今までに見たことのない父の怖い顔を見た。その気持ちも重なり。父に対する気持ちが変わり。結婚したい。そう思う心の気持ちが消えていたのだが、自分でも驚きのことだが、無性に将太に会いたくなった。
「将太に会ってくる」
「それが、いいわね」
「うん」
「お父さんは、お母さんが、慰めるから心配しないで行ってきなさい。なぜ、娘を叩いたのかも、すべてを聞いて、叱っておくからね」
「うん。でも、お父さんとは、もう結婚する気持ちはないけど・・・」
「そのくらいの喧嘩では、お父さんと離婚はしないわよ。だから、お父さんと結婚はできないわね。それよりも、将太ちゃんが、待っているのでしょう。さっさと行ってきなさい」
「はい」
 玄関を出ると、直ぐに全力で駆け出した。それも、普段なら何もないところで転ぶことが多いために早歩き程度の走りなのだが、今は違っていたのだ。父の突然の変わりようで将太も変わってしまったら、どうしようと、もう、約束した場所には居なく家に帰ってしまったかもしれない。そんな考えで泣き出しそうになると、将太が、約束の場所にいた。まだ、待っていてくれた。その思い通じたのか、将太が振り向いてくれたのだ。亜希子は嬉しくて右手を振りながら走り続けた。
「はっあ、はっあ、はっあ」
「どうしたの?」
 将太が不思議がる問い掛けの返事もできずに息を整えることしかできなかった。
「はっあ、はっあ、はっあ」
「急がなくて大丈夫だよ。僕は、話ができるまで待つからね」
 亜希子は、将太の返事で息を整えながら頷いていた。そして、やっと、息を整え終わると、言葉をいうのだが、将太は、驚くことで何と言ったのかと聞き返したのだ。
「もう一度だけ、言うわね。愛人契約しよう。そして、結婚しましょう」
「本当!。それと、僕からも、四葉のクローバーの指輪を作り直したよ。だから、僕の指輪ももらってくれるよね。そして、結婚しよう」
 将太は、満面の笑みを浮かべながら踊りだした。
「ん?・・・」
 将太の笑みが、いや、全てが、世界が、まるで、素人がビデオカメラで撮影したような映像が乱れて、首も痛み出して気づくのだ。将太に身体を揺すられていると、そして、昔を思い出していたと、今と過去が重なり将太の満面の笑みを思い出して微笑んでいた。

第二十八章 長老からの頼み事 その2

女性には一瞬のことだった。今まで悲しいことや困った時も、常に、心が不安定の時は安定剤のようにお守りを握って落ち着いていた。まるで、魔法のようにお守りを握ると過去の場面を思い出すのだ。今までの人生の中であの場面は、自分からの告白の場面で異性からの告白をされた時であり。父を嫌いになった時でもあり。父から頬を初めて叩かれた時であり。その驚きと痛みを感じた時だった。誰にでもある忘れるはずもない思い出なのである。だから、魔法ではなく誰でも同じことを経験すれば忘れるはずがないのだ。今回は、何をするためにお守りにすがったのか・・・。
「今回だけは駄目よ。嫌な予感がするの。だから、絶対に断りなさい」
「亜希子・・・」
 将太は、亜希子が今すぐにでも泣き出しそうな悲しそうな表情を浮かべていた。それを見ては、何も言えずに俯いてしまった。
「長老、三人で良いのなら話を聞きますよ。どうします?・・・」
「そうなのか・・・」
「私たちも長老に頼みたいことがありますので、よほどの理由でなければ依頼は受けますよ。どうでしょうか?」
「何を勝手に決めているのよ」
(大丈夫だから依頼の内容には予想がついているからね)
(それってなによ?)
(冥土の土産に温泉に入りたい。そんな程度の話よ。長年一人で旅をすると、老人の頼みなんて似たような感じなのよ。だから、心配しないで)
 亜希子の怒りを鎮めようとして、二人は耳元で囁きあっていた。
「まあ、正直に言うと、女性に頼める内容ではないのだが・・・」
 長老は、自分の足や腰などの体力的なことに悩んでいたのだ。
「まさか、将太を大人にするために自分も遊びたい。そんな、いかがわしい依頼ではないでしょうね。もし本当だとしても、自分の歳と体力を考えなさい。それに、興奮などして腹上死でもなったらどうするの!」
「まあ、まあ~腹上死なんて想像もしてなかったわ。それで、損得の問題でなくて、その理由で、将太だけでの交渉を許さなかったのね」
「そうよ。男なんて若くても年寄りでも同じ考え方よ。でもね・・・将太・・・」
(今回は、本当に、今までと違って嫌な予感を感じるの・・・だから、長老の依頼は断らないと・・・将太は、何も感じないの?・・・将太は感じないかも、だって、建物の二階のふすま越しの影と少しの隙間から見たって女性は、私なのだけどね。何も気づかないのだし・・・やっぱり、無理かな・・・)
「まあ、まあ~」
 裕子は、顔を真っ赤にして放心していた。だが、この話題の中心の将太は、何を言われているのか分かっていないが真剣に話を聞いていた。
「ちょっと、待ってくれ。そんな依頼ではないぞ!」
 長老が怒る理由も当然だった。
「それでも、同じ感じの理由でしょう。歳をとっても男は男の思考なのよ」
「違うぞ!俺の依頼は、手紙の返事を直接に自分の言葉で伝えたいだけだ!」
「それなら、男だけで密約をなんて変でなくて?」
「わかった。わかった。正直に言う。わしは、まだ、まだ、介護を当てにする歳ではないが、皆は、家族から思うと一般的には介護が必要であると、一人旅でなくても旅など許すはずがない。そう家族がいうのは間違いない。それで、家族を説得する言葉を頼みたいのだ。依頼を達成するなら、わしが必要だと言って欲しいのだ」
「それだけでいいの?・・・もう少し正直に言うべきだと思うけど・・・」
「ああっそうだ。もしもと言わせてもらうが、家族に、旅の間は心身ともに完璧な医療や介護などの助けはできるから安心して欲しいと、そう伝えて欲しいのだ」
「そうなると、わたしが依頼したいことは断る。そういうことになるのでしょうか?」
「わしでないと、できない。そんな依頼なのかな?」
「その可能性は高いです」
「その依頼については、何も問題はない。そう思いますぞ。わしの今の仕事は、署名するだけなのです。もう全てと言っていいほどに若い者に任せているのでなぁ。だから・・・」
「もしかして、村人の様々な病気を治しすぎた。その結果で依頼が発生したのでしょうか?」
「それは、どうだろう。たしかに、体の痛みはなくなったことで、旅をする気持ちになった」
「ふっ・・・」
 亜希子は、大きな溜息を吐いた。何を言っても無駄だと、諦めた。それを表していた。
「承諾した。そう思ってよいのだろうか?」
「もしも、その依頼を断ったとしても、こっちは徒歩で、長老たちは馬車なのだから、直ぐに追いつくことになり、すると、訳の分からないまま勝手に依頼の内容に巻き込まれる。そう、なりませんか?」
「長老たち、と言ったと言うことは、やはり、全てお見通しだということですね。それで、あなたたちの依頼の内容とは?」
「前に言ったように思うが、いろいろと重なり。その返事は聞いていなかったはず。もしかすると、今回の依頼のために故意に無視して、自分の依頼の件の交渉の一つのつもりだったのではないのか?」
「さあ、どうだろうか、それよりも、依頼とはなんなのだ?」
「携帯の硯を二つと筆と容器の二つを作って欲しいのです」
「それなら、何も問題はない。目的の村に行き帰って来る頃には完成しているはず」
「・・・」
「何か不満があるのだろうか?・・・まさかと思うが、今回のわしの依頼と携帯の硯などでは、等価だと思っていないぞ。勿論、わしの依頼は、先ほどから不満そうにしている。そちらの女性の希望の通りの品物を用意するし、硯などは、今回の出会いの気持ちとしてプレゼントする。男性の方には、そうだな・・・」
「それで、十分です。正式に、依頼を承諾します」
 亜希子が、満面の笑みを浮かべて、三人の代表のように答えるのだった。
「それで、いいの?」
「うん。長老一人なら問題あるけど、数人で馬車での移動なら何も問題はないわ。もしかすると、わたしたちも馬車に乗れるかもしれないしね」
「これで、こちらも、そちらも、何も問題なく、正式に依頼は受諾したことになりました。それでは、わしは、人員などの相談と依頼の準備をしますので、これで、失礼しますぞ」
「あっ、それで、出発は、いつ?」
「それは、今日中に決めますのでお待ち下さい」
「わかりました」
 亜希子が、代表として答えると、三人の男女は、長老宅から出るのだ。
「これから、何をする?」
「そうね。あの様子なら今日の夜にでも行きそうね」
「あまり、時間はないってことね。何しましょうか・・・」
「おっ、普段の亜希子に戻ったね」
「どういうこと?」
「まあまあ、その話は、もう忘れなさい」
 長老宅の前だと忘れているのだろうか、だが、本当に何もすることがないからできる。これも、一つの時間をつぶし方なのだろう。
「なにをしているのだ?」
 長老は家の玄関の扉を開くと、三人が、笑みを浮かべながらの口が悪い言葉遊びをしている様子を見て驚くのだった。
「これから何をするか、その遊びの相談です」
 将太は、本当に楽しそうに答えた。
「暇だということか、それなら、商店でも商品でもないが、村の者たちが作った物を保管してある倉庫があるのだ。もし欲しい物があるのなら交渉もできるぞ。まあ、子供が作った物もあるが暇つぶしにでもなるだろう。どうだ?。行ってみるか?」
「そうですね。見てみます」
「それなら、村の中心に三階建ての建物がある。あれだ!」
「あっああ」
 現在では、何の使用なのか分からない。大型堀立柱建物のことである。
「そうそう、それだ。屋根の上には監視人がいるはずだ。何か、あれば、その者に聞くといいだろう」
「監視人がいるのですか?」
 驚くのは当然だった。今でいう牢屋に入れられた犯罪人であるからだ。それも、水が入っている壺と床に固定されている壺のトイレだけの作りで、五面は柵で雨も風も防ぐことが出来ない作りだった。どんな大人でも一日入れば、泣きながら許してと懇願するだろう。
「今回の男は、牢屋に三日の刑だ。何も知らせてなく、二日が過ぎている。もう牢屋から出たいために聞かれなくても何でも話すだろう」
「何をした者なのですか?」
「それは、教えることができない。だが、長老の権限で刑罰を決められるのだから重大犯罪人ではないのは分かるはずだ」
「たしかに、そうでしたね」
「それでは、暇つぶしに行ってきます」
 長老は、三人の男女を見送ると、直ぐに、老人たちが集う村の入り口に向かった。

第二十九章 長老からの頼み事 その3

男女の三人が向かう建物は、村の中心にあり。その建物以外は、全て一階建ての家である。現代人なら監視塔とでも思うが、主な役割は、三階建ての倉庫であり。一番上は四角い鳥小屋のような作りで鳥など飼っている。そう思うだろうが牢屋であった。
「村の方々にお知らせです。三人の男女の村のお客さまが倉庫をご利用します。追加の品物や品物の宣伝や使用方法などの説明が必要な方々は、今すぐに集まり下さい」
 中年の男は、死を覚悟、いや、死にたくないために必死に大きな声で何度も叫んだ。自分は、村に必要だから助けて欲しいと、二度と犯罪はしない。そんな気持ちが分かる程の必死の叫びだった。
「ねえ!ねえ!」
「何でしょうか、お客様」
「この村での物々交換の禁忌はありますか?」
「他の村は知りませんが、品物の前に数量が書いてありますので、指定された物や数字の個数を入れて下さい」
「それだけなのですね」
「そうですよ。それでも、お客様なら人物評価がされているので、無料で持ち帰っても、村に落ちている石でも構いませんが、再度、村を訪れた時には、もしかすると、村の中の立ち入りは断る場合がある。それを考えて頂けるなら好きなようにして構いませんよ」
「わかりました。それと、もし欲しい品物があったとしても、自分に合うような特別に作って欲しい時は、作成者と交渉はできるのでしょうか?」
「それは、無理ですね。物々交換とは、人と人の交渉が必要ない仕組みだから活用されているのでしょう。それでも、どうしても欲しい時は、修理の時に頼むか、または、使いづらい理由か、作成者に気に入られた場合なら可能でしょう。ですが、その考えは無理だと思って諦めて、まずは、良い物がありますので建物の中に入って見て下さい」
 現代では何の用途か分からない建物がある。大型堀立柱建物であるが、最上階は牢屋であり。一階から三階までが、倉庫兼物々交換所である。一階が、生活用品などの山菜や卵や箸などで、交換が松ぼっくりでも盗まれても構わない物だった。二階が、手の込んだ工芸品で、三階は、翡翠など高級な品物だった。そんな高級品を放置して大丈夫かと思われるだろうが、二階から三階に行く時は、手すりもない梯子で昇り降りするしかなく、品物を見るだけなら少々の面倒だが問題はないが、一人で品物を運び出すのは無理であり。監視人もいた。二階は、手すりの付の階段で特に問題はなかった。まあ、物々交換とは現代的にいうのなら二十四時間のセルフガソリンスタンドやセルフレジコンビニと同じで貨幣ではなく物だった。そんな面倒な交易方法など利用するはずがない。そう思うだろう。だが、村人が利用するなら面倒かもしれないが、主に利用するのは村の外から来る者だったのだ。山側から海側、海側から山側に、海で漁や山で山菜などを持って好きな時間に着ては、人に会わずに交換して帰る。二階や三階などの商品は、ほとんど必要とされないし、利用しない。本当に倉庫として利用されていた。
「あった、あった。何種類かあるよ」
将太が、三人の中で硯と筆の携帯用として作られた物を見つけた。
「二階か三階にあるのかと、そう思っていたけど、一階にあるのね」
「どれ、どれ、気に入った物でもあったの?・・・女性用みたいな感じの可愛いのはある?」
 将太が屈んでいる。その後ろから品物を覗き見た。そんな二人の様子を見て裕子は、手元の物や台に並べてある品物を見て、ほうー。と感嘆な声をもらすのだ。その声から判断すると余程の完成度の高い品物なのだろう。あとは、何を選んでも問題はない。二人の趣味だけで選べば良いだけだ。ならば、と気持ちを切り替えて、他にも様々ある品物に好奇心を向けた。三人は、時間など忘れて心の中で品定めしていた。すると・・・。
「良い物があるだろう」
 長老が現れたのだ。
「ヒッ」
と、将太と亜希子は、品物を真剣に品定めしていたために長老の声に驚いたのだ。
「たしかに、美術品のような最高な作品であるのはわかる。おそらく、この村の者しか作れないだろう。それも、生涯に一点しか作れない物であり。末代まで残る物だろう」
「それが、なにか不満なのだ?」
「長老。正直に言うが、古臭くて若者が使いたいとは思えない。そういう意味だ」
「なっななんだと!」
「そう怒らずに、落ち着いて下さい。今言ったことは、この倉庫にある物を見ての感想です。これ程までに、古典的な物を再現しては、誰もが見ても、これ以上な物は作れない。そう言って断るでしょう。それに、この模様として書いてある。この歌がいけませんね。猫とか花とかなら欲しがると思いますが・・・特に、この歌は、禁忌ですよね」
「何を言うのだ。文字を憶えるなどの教育は、その禁忌などの重大なことを知らせ憶えさせて、様々なことを実行するためだぞ。特に、始祖の遺言の指示は絶対だぞ!」
「たしかに、それは、分かりますが・・・」
「お前も、始祖の血族なら分かっているはず」
「はい。でも、なぜなのでしょう。神代文字の力の原文は駄目で、もし有った場合は抹消する。それでも、神代文字を使用して応用で作り出した物も土に埋めて土に戻って消える物なら残し続けてもいい。など、変ではないでしょうか?」
「う~む・・・」
「これでは、神でもある。その始祖が存在していなかったことに、まるで、私たちが作り出したとして、架空の存在になってしまいます。このままだと、次の世代には、昔は、自由に空を飛んでいたことも忘れてしまいます。それに、始祖の遺言も変です。始祖の時代にあった痕跡である物。その全てがゴミだ。ゴミを無くせ。など、同じような遺言がありますが、でも、ゴミではないのです。今でも、未来でも、利用価値がある物です。神代文字を利用して作られた物は神の力です。神が存在していた。その証拠にもなりますし、その力の応用で、曾祖母の文献では、上空にある。あの月まで行けたと、書かれてありました。このままでは・・・」
「分かった・・・分かった。猫だな。猫の絵が描かれたのがいいのだな。わしから職人に希望の通りの物を作るようにと、お願いしよう。だから、もう泣くな」
「グズ、スン、スン」
「ふ~む。仕方がない。内密にするつもりだったのだが、旅は、これで、最後になるだろう。そのために、我ら年寄りが、今まで蓄積してきた。全ての知識を吐き出しで最高の物を作って驚かそう、そう思ったのだが、しかたがない。全ての工程も見せよう。それで、嫌な思いは忘れろ。いいな、それに、全ての工程を見せる。それは、始祖の遺言を否定することなのだぞ。様々な始祖の知識も・・・ゴミなのだ。だから、消さなければならないのだ。だが、月まで飛んで行くのは聞いたことはない・・・これでも、わしらは、始祖関係の事務機関の一族だったのだが・・・まあ、猫の模様だな・・・待っていろ・・・」
 長老は、ぶつぶつと、意味の分からないことを呟きながら倉庫から出ていくのだった。
「・・・」
 そろそろ、倉庫の全ての物を見終わる頃のことだった。
「おぬしらが、孫らに興味を引く物を教える。そのかわりに、筆箱と筆一式が欲しい。そう言ったが、それは、本当か?」
「えっ」
「まあ、微妙に違うけど、そうです」
 突然に叫ばれて、三人は、驚いて振り向いた。そして、そう言って老人を不快にした。その本人である。裕子が答えた。
「それが本当ならば、直ぐにでも教えて欲しい。筆と紙でも渡せばいいのか?」
「紙に書いたら勘違いして伝わるかもしれません。ですので、今すぐに、言葉で伝えます」
「わかった」
 裕子は、老人が懐から紙と筆を取り出して書ける用意ができると、棚の方に振り向いて一つの筆入れを取ってから話し始めた。
「たしかに、この作りは凄いです。見た目も機能部もあるし、何の木なのか手触りも心地よいと感じる作りですが、絵柄が駄目ですね。この絵柄は、千年くらい前から続く伝統工芸の絵柄というか、神代文字で書かれた詩ですよね。これでは、お孫さんたちが、欲しいと手に取ることもなく、もしかすると、文字を憶えたい。いろいろな勉学をしたい。その興味もなくすでしょう」
「そうだ。筆箱が原因なのか、それは、分からないが、直ぐに飽きる。その理由がわかっていると、それを教える。そうなのだろう」
「そうです。このような作りの物は、物の価値がわかる。成人してからの方が良いでしょう。今のお孫さんの年頃のような勉学を始める。きっかけ、というか、飽きないようにさせるには、猫や犬がいいでしょう。女の子ならお花もいいでしょうね」
「わかった。女の子には、可愛い猫で、男の子ならば、化け猫にでもすれば好まれる。そういうことだな」
「そうです」
「うん。わかった。おぬしらが、この村に帰るまでには作っておく。それでいいな?」
「はい。ありがとうございます」
「その間までには、その棚にある物を代理品として使用するといいだろう」
「そうさせて頂きます」
「あっああ、そうそう、それと、この先、もしかすると、死ぬまでに見られるか分からない。そんな、作業を長老たちはしている。まあ、興味はないだろうが、暇つぶしとしてでもいい見学するのだな。それを見ても時間の損だとは思えないぞ」
 二人の女性と男性は、老人の話を聞いて、どうするかと、視線で相談していた。

第三十章 長老からの頼み事 その4

男女の三人が、倉庫の中で、品物を選んでいると、女性や男性の祭りの輿でも担いでいる感じの楽しく、活気のある声が聞こえてきた。
「ねえ、ねえ、凄いわよ」
「ん?」
「そんなの見るよりも、本当に凄い物が見られるわよ。紙の馬車や刀に鎧を作る工程が見られるはずよ。この時を逃したら、あの時は、なぜに見なかったのかと、残りの一生を悔やみ続けることになるわ」
「紙?・・・馬車?・・・」
「紙の馬車?・・・なの?・・馬も紙?・・・それって動くの?」
「勿論よ。作り方はみたことないけど、紙の馬車ならみたことあるわ」
「ほう・・・ほう・・・」
「なんか、近づいてないかな?・・・」
三人の男女は、歌の歌詞がだんだんと判断できる声が聞こえると、建物の入り口から外を見たのだ。すると、八人で、畳のような大きさの紙を神輿のように担ぐのを見た。あの畳の厚さから考えると、数十枚、いや数百枚でも足らない数の和紙を重ねているはずだろう。その和紙の枚数だと、今回の長老の頼みの旅の日数と同行する人数だけではなく、戦いになる可能性を考えての老人たちの全ての作品の作成だと判断ができたのだ。だが、そのことには、三人の男女の誰一人として気づいていなかった。
「この建物の周辺で作るらしいわね」
「ねね、一緒に見学しましょうよ」
「そうだね」
 裕子が、将太と亜希子が、あまり興味を示さないために提案したのだ。頷くのと同時に倉庫の入り口に並んで腰を下ろした。神輿と勘違いする程の大量の和紙を地面に下ろすと、この場に集まった老人たちは、数人の班に分かれて紙を数えて持っていくのだ。この時では、まだ、何を作るのか分からない。それでも、十五分くらいすると、ある班だけが作り方が早いのか、直ぐに、鎧兜を作っていると分かった。他の者たちも、鎧兜が完成する頃には、馬の脚だと分かる。四本の脚と半分の身体に、馬の首と尻尾が作られているのが分かる。丁度、馬の身体を横から半分に切った感じだった。この頃だと、車輪や馬車の下の部分と屋根が作られていた。これも、馬と同じに馬車を横から切断した感じに作られていたのだ。注意してみていると、この作り方は、馬車を作る工程を見ていると分かった。ある程度の外側が作られると、中に数人が入り、椅子などの内装を作り出したからだ。車輪が直ぐに装着しないのは、動くからというよりも、念入りに文字や絵柄を書いていた。裕子だけが、神代文字の指示の文字の流れだと感じて頷いていた。おそらく、車輪は動く部分のために、特に些細な誤差や書き損じや指定の場所などがあるために固定して念入り書いているのだろう。
「凄いわね。鎧兜なんて一枚の紙で織り上げて、切込みなどが一度もなかったわよ」
「それよりも、あの馬は動くのだろう。凄いな~俺も作りたい。ねね、裕子さん!」
「何?」
「俺も、神代文字や特殊な絵文字を憶えたら動く馬を作れるのだよね」
「そうね。できることはできるわ。でもね。動く物を作る時には、特殊な花押が必要になるわね。作品を極めた人なら自分の花押でもいいけど、一般的な人っていうか、量産品を作る場合は、師匠の花押や代々の達人の花押を使うのが普通よ。でも、自分が考えた特別の物を動かしたいのならね。そうなると、文字や絵文字を極めるだけではなく、自分の専用の花押を作れないとだめね。分かりやすく言うと、魂がこもった文字ね。例えばけど、伝説や神話にあるけど、和紙で折ることもなく、一枚の和紙に花押を書くだけで、空を飛んだって話もあるわよ」
「自分で考えるって、例えば、どんなのかな?」
「そうね・・・馬に羽を付けて飛ぶとか、でも、天馬は、もうあるけどね」
「そうか・・・」
「まあ、男の子って複数の動物を合成するのが好きよね」
「そうそう、そんな感じのだよ」
「そうなると、花押を考えるだけでも大変ね。これも、例えばだけど、猫にトンボの羽を付けるとすると、昆虫系の花押と動物系の花押を合わさった文字を考えないとだめよ」
「ほうほう」
「一つを極めるだけでも大変なのに、いろいろ合わせるのなら何個も極めないとだめなのね。始祖の直系が代々伝わる花押なら何でも作れるけどね」
「人馬だ!」
「そうそう、誰でも作ってみたい。そう思う。人馬でもね」
「そうでなくて、見てよ。人馬だよ」
「えっ?・・・嘘・・・本当に人馬・・・それも、羽根も付けているわ・・人馬・・・」
 裕子は、昔を思い出そうとしていた。子供の頃に人馬を見た記憶があるからだ。その時の状況が思い出せそうな時に、将太と亜希子が、両腕を交互に引っ張ることで強制的に思考をやめさせられたのだ。
「ねね、あの老人は、手形なんて押したのを集めているけど、何をしているのだろう」
「あれは、刀や槍や弓を作るのに必要な寸法を調べているの。それと、何を作って欲しいのかとか、重さ長さなどの希望もね。それに、完成品を取りに行く時の順番も決めているわよ。そうしないと、一人一人に持って行かないとならないでしょう」
「わたしも頼んだら作ってもらえるかな?」
「大丈夫だと思うわよ。でも、武器職人は、気難しいというか、気分屋が多いの」
「そうなの・・・まさか、女性蔑視とか?・・・」
「銅剣や鉄の刀を作る鍛冶屋なら尊敬されるのですが、和紙での刀は玩具を作っている。そう皆から思われているって、そう思ってしまう人が多いのね。誰も、そんなこと思っている人はいないのにね。特に、仲間のうちでは、それは、ありえないわ」
「ほう・・・でも、なんで、そんなことを思ってしまうのかしら・・・」
「それがね。和紙を刀の形に切って、墨に浸けて、文字を書くだけの。誰もが、子供でも作れる。そう思ってしまうのね。それと、武器職人を除いた他の者は、皆が見ている目の前で作り。喝采を受けるけど、武器職人は、フィルムカメラの現像のような暗室で作らないとならないからね。だから、子供の玩具を作る人。そう思う人が、特に一般の人には多くなるのよね・・・?」
 また、将太と亜希子に腕を引っ張られた。
「完成したみたいだね」
「これに、私たちも乗れるのよね」
「完成したみたいね。そうね。乗せてもらえるといいわね」
 二人に返事はするが、気持ちが別の方に向いて適当な返事を返していた。
(なっななんなの。渦巻もようから記号や神代文字もあるわね。それに、読めない文字もあるわ。もしかすると、始祖時代の文字の原書の文字なのかしら・・・)
「でも、あまり強そうにも、豪華とも綺麗とも思えないわ」
 もし例えで言うならば、何かの教授か、古文の教授なら喜びそうな感じに思える物だった。
「そうね。好みがはっきり出たわね。でも、全てが、意味が分かる人が見ると、文字や記号などを使った。数式の設計図の意味なの」
 枯山水の庭を描いた感じの者もいれば、俳句の屏風みたいのもあったのだ。
「設計図なのね。そう・・・」
 ほとんどの者は、手を休めて、自分が描いた物を見る者や他の人の完成度の具合を見ては感想でもしている感じだった。
「それにしては、少し変ね・・・紙だから重くする数値は分かるわ。でも、荷台の重さが一般の物より倍はあるわ。何か意味があるのかしらね・・・防備の用途かしら・・・」
「何をぶつぶつと言っているのですか?・・・もしかすると、一緒に乗れるか交渉に悩んでいるのなら・・・それほどまで無理なら、馬車に乗らなくてもいいよ」
「う~ん・・・う~ん・・・」
「ねね、皆が並び始めたわ。ねね、見ている?・・・もしかしたら武具が完成したのかも!」
「そうだね。武具を身に着けて出て来るね」
 武器商人の作業の小屋の前に並んで、おそらく、完成したから小屋に入ってくれ。とでも言われているのだろう。小屋の中に入って五分くらい過ぎると、武具を身に着けて出てくるのだった。それも、頭から履物までの完全武装の鎧や普段着とあまり変わらない服装の者などがいた。武器も短剣から弓矢に鞭などと、様々な武器を手にしていたのだ。そして、準備体操のような動きで武具の具合を確認が終わると、旅に必要な物資などを馬車の荷台や幌馬車みたいな中に次々と入れ始めた。
「・・・」
「今度は、何をしているの?・・・旅の準備かな?」
 裕子が、亜希子と将太の二人の話を聞いて、馬車の様子を見ていれば、馬車の底にタンクがあり。液体を入れているのが分かったはずだろう。そうすれば、いくつかの疑問の答えが出たはずだった。全ての者に武具が渡される頃に荷物の搬入が終わり。その頃になると、人の列は、数人だけだった。最後の人が終わると、共に武器職人も小屋から出て来るのだった。そして、一人一人に、剣や武具の出来上がりの具合でも聞いていたが、誰も不満を言う者がいないのだろう。その証拠とは変だが、皆は、その返事としてか、感謝の意味なのか、笑みを浮かべて頭を下げられるのだ。全ての者に確かめ終わり。すると、何をするのかと思うと、今度は、馬車、人馬と、皆が作成した全てを丁寧に調べている感じで、突然に、懐から簡易な筆箱を取り出して筆を取り出すと、赤い墨を塗って書き出したのだ。まるで、教師が採点でもするかのように何かの文字を書きだした。

第三十一章 旅立ち その1

武器職人は、最後の締めの役目だった。大事な個所に、なになにの男神となになにの比売神と、例えばだが、屋根の比売神のように書いては、そして、確認しては、名称名の名前と花押を署名するのだった。
「本当に済みませんね。毎度毎度、でも、あなたにお願いするしかないのですよ。あなたほどの墨を定着して墨文字を固定する。そんな技術は・・・幼い頃からの友達ですから知っているから分かるのです。皆も、あなたは、剣術を学び、指揮官としての陣形などを憶えて隊長になる。そう思っていましたよ」
「剣術を学べば学ぶほどに、武器と武具が良い物ではないと、戦いの時に何の役にも立たない。それが、分かっただけです」
「そうなのですか・・・それで、今回の完成度は、どうでしょう?」
「当時、最強の部隊だと言われていた頃の完成度と同じ出来具合ですね」
「それは、嬉しいこと言ってくれる」
「それでは、追加も変更もありませんね。文字の確定と墨文字の膠着をしますよ」
「お願いします」
「キャー何なのよ。信じられないわ」
「うゎ~どうしたの?」
「ひっ!なにがあった!」
 裕子の悲鳴と武器職人が花押を書き終わるのと同時だった。
「王族の一族?・・・のはずがないわ。近衛隊の隊長か副隊長の一族なの?・・・」
 裕子が驚くのは当然だった。直系の王族と近衛隊の隊長か副隊長だけが継承されて来た文字であり。現代では言うのなら印鑑と同じ意味の花押という特別の文字だった。
「あの幌の部分や人馬の人の背中と胸の巨大な赤文字のこと?」
「凄い力を感じる文字だね。でも、悲鳴を上げる程のことなのかな?」
「・・・」
「何か、紙みたいな物を馬に食べさている感じだね」
「そっ、そうね。元は紙でも餌が必要なの?」
「いえ、あれば、目的地までの地図と行動予定表よ。あれを食べさせることで、自動で動き自動で止まるの。勿論だけど障害物も避けるし、地形が変わっていたとしても、自分で考えて行動するわ」
「すっ凄いね」
「うん。信じられないわ」
「前期縄文時代では、何も不思議でなかったらしいわ。今の世の後期縄文時代では、殆どの人は知らないことね」
「今の世?」
「そう、巨大な震災が起きた。その後のことを後期縄文時代というわね」
「そうなんだ・・・」
「兄が口癖のように言っていたわ。衣食住に娯楽だけでなく排泄物まで肥料とする。百パーセントの再利用は文明として危険だと、これでは、後世に何も残せない。文明のゴミを残せなくなることは文明として終わっている。それは、地球の意思に、まるで、身辺整理をしたから好きな時に文明を滅ぼして欲しい。そう言っているようだと、古代の書を読むことが大好きな兄の口癖だったわ。でも、今でも、嘘か本当なのか判断はできないのだけど、嫌いな食べ物がでると、両親に言うのよね。嫌いな物が食べたくないための言い訳なのかな?・・・でも、本当に巨大震災は起きて前期縄文時代といわれる。文明は滅んでしまったわ。嘘ではない。それが、証明されたと同じなのよね」
「そう・・・お兄さんって博識なのですね」
「でも、いつも、兄の話を聞いて、母の返事で嫌いな物を食べることになるの」
「ほうほう、何て言うの?」
「そんな末期の頃には食べ物もなかったでしょうね。そんな皆は餓死で亡くなって成仏ができなくて幽霊になったと思うわよ。もし、お兄ちゃんが食べ物を残したらお化けが出るわよ。勿体ない。勿体ない。と言いながら勿体ないお化けが必ず出るわね。今は見えなくても、トイレ、お風呂、お布団に入って寝ようとすると、勿体ないお化けが、間違いなく出て来るわよ。どうする?・・・残さずに食べる?・・・それで、いつも泣きながら食べるのよね。それで、兄は悔しくていろいろな本を読んでは、対抗するのだけど、母に同じこと言われて、また、泣きながら食べるのね。それを何度も繰り返していたわね」
「そうなのね。私もお化けが出る。そう言われると、怖くて何でもしてしまうかも・・・」
亜希子は、心底から怖いのだろう。身体をブルブルと震えると、幽霊が怖いために無理やりに、楽しい。夢のような話を思い出して問いかけるのだった。
「あの紙製の人馬のような物が、普通に街中を歩いていたのね」
「そう言われているわね」
「ん?・・・手を振っているわよ。私たちを呼んでいるのでない?」
「そうみたいね。なら、行ってみましょうか」
「うんうん」
 手を振っていたのは、長老だった。武器職人と話をした後のことだったのだ。おそらくだが、馬車などが完成して、その最後の確認をしたのだ。
「凄い物を作りましたね。これ程の物は初めてみましたわ」
「ありがとう。嬉しいことを言ってくれる。皆も喜ぶだろう。それよりもだが・・・」
「なんでしょう?」
「娘や息子に知られると、旅を止められるだろうからな。直ぐにでも知られる前に出発したいのだが、宜しいだろうか?」
「大丈夫ですよ。でも、手紙などは残せないでしょうか?・・・もしかしたらですが、心配になって捜索されないでしょうか?」
「それは、大丈夫だ。手紙を書いて玄関の扉に挟んできたよ」
「それなら、何も問題はないですね」
「本当にすまない。それなら、先頭の馬車に乗って下さい。直ぐに出発します」
「はい。それなら、俺から先に乗るね。男だから当然だよね」
「どういう意味なの?」
「紙で作られた馬車でもあるし、何か危険があるのならば、男が危険でないか確認するのが、男の務めでしょう」
「まあ!男らしくなったわね。何があったの?」
「男だから当然だよ」
(紙の馬車だよ。床も紙だし床を踏み抜けでもして捻挫でもしたら、おんぶに抱っこに、いろいろと、世話をするのは、俺がするのだし、それなら、自分が怪我した方がいいよ)
「ねえ・・・どうしよう。なんか心配・・・」
「そうね。でも、この中で一番重いのは将太だしね。それが、一番いいかも」
「そうね・・・ん?・・・」
「どうしたの?」
 将太が、一番先に乗ると言ったのに、入り口の踏み台から中に入ろうとしなかったのだ。
「ん~だって紙だし抜けるよ。絶対にね。だから、覚悟を決めないとね」
「そういうけど、その踏み台も紙なのよ」
「あっ、そうだね」
 それでも、ゆっくりと、ゆっくりと馬車の床を踏みしめた。
「お~板だね。それも、音は出ないけど、本当の木みたいに踏みしめた時の軋みの感覚まで感じるよ。すごいね。凄いよ」
「それは、嬉しいことを言ってくれる。椅子にも座ってみなさい」
「うぉお!すごい。弾みを感じるし柔らかいし、なんか温かみも感じるのは気のせいなのかな。それに、触り心地は、上等な毛皮の上に座っている感じだね。本当に凄いよ。見た目は紙にしか見えないのにね」
「本当なの?」
「本当だよ。馬車の中に入っておいでよ。早く、早く!」
 殆ど、同時に、亜希子と裕子は、馬車の中に入って来た。すると、裕子は、将太の隣に座ると、設計図を椅子に巻き付けたかのような様々な数値などを確認していた。片方の亜希子は、一人で長椅子に座ると、子供なら当然のような反応と興奮を表して、何度も椅子の弾みを確かめながら楽しんでいた。その遊びを何度か楽しんでいると、飽きたのだろうか、一人で、簡易ベットに横になる感じで違う楽しみを感じていた。そのまま寝てしまうかと思ったからなのか、裕子が、文字を読んでみると、驚きの言葉を吐いた。
「猫の毛並みの感じらしいわね」
「えっ!、まさか、猫の毛皮なの・・・そんな訳ないわね」
「同然でしょう。それに、椅子の上に立って飛び跳ねても大丈夫ね。文字の設定では、一人、百五十キロの計算にしているわね」
「失礼ね。そんな体重の訳ないでしょう。でも、なんでわかるの?」
 裕子が、亜希子の隣に座って、椅子の数値が書いてあるところを指さすのだった。
「まあ、本当に、全ては何を書いてあるか分からないけど、普段に使う文字なら読めるわよ。どれどれ・・・本当ね。猫の触り心地と書いてあるわね。それに、体重制限って書いてあるわね」
「それと、点々を繋げて考えてみて、お尻の形になっているでしょう」
「うゎ!本当ね。お尻の形になるわね」
 亜希子は、裕子が点と点を指でなぞるのを見て驚きを表した。

第三十二章 旅立ち その2

前期縄文時代の中期のことである。一万五千年も前である。現在では、石器時代と言われて、文明もなく言葉もないとされている時代のことであるが、現代よりも高度な文明はあった。だが、文明の要とされていた。世界樹の木が枯れたのだ。その世界樹の木とは、全ての植物の母であり。全ての植物の頂点でもあり。他の植物を芽生えさせることも、成長させることもできた。勿論だが植物を枯らすこともできた。当時の用途としては、一年の間に好きな植物を芽生えさせて実らせることだった。その当時は、人類は滅亡すると思われたが、世界樹の実を地に植えることを実行したのだ。だが、世界樹の芽は生えなかったのだが、それでも、様々な対策の一つに、世界樹の植えた地面の上に、現在でいう日時計状組石と言われている物を作ることで、地脈と連動されて効果の範囲は小さいが代用品に成功ができたのだ。それでも、一つ一つの石に植物名や芽生える時期などを細かく書くのには手間だったのだが、驚くことに、予想もできない用途が発生したのだ。現在のナビゲーションシステムと同様な効果が発見されたのだ。だが、後縄文時代には・・・。
「さあ、さあ、馬車に乗ってくれ。出発の時間になるぞ」
「出発の十五分前になります。予定の変更の場合は、新たな指示をお願いします」
 紙製の人馬から声が聞こえた。まるで、現代の乗り合いバスの運行情報を流している感じだった。
「人の言葉も話すのね」
「先ほど、馬に紙を食べさせたでしょう。その指示の通りに話をしているはずよ」
「ほう~ほう~」
 将太と亜希子は、もう、この場では、何が起きても驚かない。それ程までに、驚きの連続だったために気持ちが不思議になれてしまっていた。そんな時に・・・。
「この馬車は、三人で好きに使って構わないぞ。それと、何の指示も何もしなくても勝手に動き、勝手に止まるようにしてある。寝ていても、酒を飲んでいても構わないからな」
 長老が、言いたいことだけ伝えると、自分の馬車の方に帰って行った。そして、十五分後には、馭者席に誰もいないのに、長老の言っていた通りに馬車は動き出した。
「うわぁ・・・」
「うぁあ!動いたわ。動いたわよ。将太!大丈夫?」
 突然に動いたために、将太は、椅子から滑って、しりもちをついた。
「凄いわね。私が考えていたよりも振動が少ないわ。それよりも、まだ、ここまでの完成度の物を作れる人がいたのね」
「・・・」
 裕子は、完全に思考に夢中で二人が居ることを忘れていた。
「凄いわ。このクッションも一人一人の体重で沈み方が一ミリ単位で変動するのね。ふむふむ・・・ほうほう・・・室内の温度調整もされているわ!素晴らしいわ。これは・・・」
 今度は、椅子から下りて、床、天井、内装の四面の神代文字と読み続けて、おそらくだが、馬車の全ての神代文字を読むまで終わりそうに思えなかった。
「そんなに凄いことが書かれているの?」
「そうよ。この椅子も背もたれを倒すと、豪華な柔らかいクッション使用のベットになるわよ。それに、マッサージチェアにもなるわね」
「そうな?・・・」
「本当よ。もしかして嘘だと思っているみたいね。なら、寝てみる?」
「その名称の物って噂には聞いたころあるけど、効果が強烈すぎることで依存性する可能性が高すぎて危険だって聞いたことがあるわ」
「そっそんな危険な物に座っているのか、だっ大丈夫なのかな?」
「もう~もう~マッサージチェアなら憩いの場所にもあったでしょう」
「だったけ?・・・」
「まあ、常習性があるから数個だけしか置いてなかったのは、確かなことだけどね」
「それを利用するために、入り口の周辺で順番を待っていたの?」
「そういう理由の人もいたかもね。でも、他にも、いろいろな理由はあるわよ」
「まあ、たしかにね・・・なら、使ってみるかな」
「うんうん、それなら、初心者コースに設定してみるわね」
 裕子は、まずは、自分が座っていた。そのソファを倒して簡易ベットにセッティングしてから神代文字で書かれてある。初級コースの文字をなぞった。自分の用意が終わると、亜希子、将太と、順番に同じようにセッティングした。
「それなら、簡易ベットに横になって、すると、三分が過ぎると、自動に動くわ」
「はい」
「うん、わかりました」
 二人の返事を聞くと、裕子は、馬車の中央の天井からカーテンを下ろした。そして、自分も簡易ベットに横になるのだった。
「将太!。このカーテンから入ってきては、駄目だからね。もし入って来たら、どうなるか、それは、聞かないけど、勿論のことなのだけど、分かっているわよね」
「はい、はい。分かっているよ」
 三人は、悶えながら興奮を堪えるような声を上げていたが、五分も過ぎると、精神的にも肉体も初めての感覚である。筋肉組織が解れる感覚が、一般的な感情で言うのなら気持ち良すぎて寝てしまうのだった。そして、二時間が過ぎて自動的に馬車は止まった。三人の男女は、馬車が止まったことに気づかずに眠り続けていたのだ。それも、普通の者なら寝ていられない程に馬車の外は騒動しかった。
「よいのではないのか、自動に馬車は止まったのだろう」
「次の停止場所が特定できないのだ。これでは、地形が変わったことを知らずに、そのまま進み続けて崖の下に転落するかもしれないのだぞ」
「そのために臨機応変に対応するように設定しているのだろう」
「それは、突発的な事故での対応のことで、俺が言っているのは、目的地までの道のりでの休憩地点のことを言っているのだ!」
「なんだ、休憩のことを心配しているのか、わしらが疲れたら適当に休めばよいだけだろう。そんなに、心配するな」
「違う。違う。目的地まで道のりが設定できない。それは、村に戻ってしまうかもしれないし、見知らぬ地に向かうかもしれない。そういうことだ!」
「そういうが、もともと、今と昔では地図が違う。それは、分かっていたことだろう」
「もう~お前らは、何も考えるな。でも、お前ら言っていることは正しいのだが、この旅での設定は、日時計状組石の反応と人の密集の反応で停止しているだけだ。現時点では、その両方が反応して設定ができないのだ」
「そうなると、目的地に着いた。ということなのか?」
「お前は、馬鹿か、二時間くらいで着く訳がないだろう!・・・だよな?」
「勿論、目的地には着いていない」
「それなら、馬車を作り直すか、徒歩の旅になるのか?」
「う~ん・・・目的地に向かうのならば、いや、旅を続けるのならばだが、その密集地に行き、その地点に休憩地と印を付けて、再度の旅の設定と目的地を作り直せばいいのだが・・・それよりも、皆は、目的地までの旅を続けるのだよな・・・」
武器職人と言われている老人が、皆の一人一人に顔を向けて問いかけた。
「そんなに、面倒なことなのか?」
「う~ん・・・もしかの話だが、馬車が止まるごとに再度の設定が必要かもしれない」
「そうなのか・・・」
「・・・それをするのには、若者らでは、無理なのかや?」
「まあ、休憩地となる地点を作る。それだけだから、旗でも刀でも地面に刺せばいいだけだが、問題はないのだが、村に帰るのだよな。なら、帰る時の設定も行く時と同じにするのは面倒ではないか、もし日時計状組石を作れるならば設定は必要ないぞ」
「そうなると、若者らだけでは無理かもしれないな・・・まあ、仕方がない。皆で行くしかないかしらね」
「一緒に行くのはいいがな。わしは、酒が必要だから持っていくぞ」
「その歩きとは一キロ以内か?。わしは、それ以上は歩けないぞ。そうなるのならば、人馬の背にでも乗せてもらうかな」
「最後尾の一頭だけならいいぞ。前の馬車に付いて行く以外は設定していないからな」
「女性だけでも乗れないの?」
「まあ、乗せてあげたいが、一頭だけだから無理なのだよ」
「む~でも・・・ことが起こった。その帰りに歩けなくなった時は何とかしてもらいますわよ。絶対ですからね。なんか、歩くと思うと、腰が痛みだしたわ」
「うっう~それと、酔拳の達人なら仕方がないが、それ以外の者たちは、今回の騒ぎが収まるまでは、酒は禁止ですぞ」
「なっなんだって!!それは、ないだろう!」
「そうだ。そうだ!」
「それで、この原因の若者らは、何しているんだ!」
「おそらく、まだ、馬車で寝ているだろうな?」
「なんだって!さっさと叩き起こせ!」
「もう~起きていますよ。それで、私たちは、皆の荷物を持つのでしょうか?・・・それとも、おんぶでしょうか?・・・お姫さま抱っこでしょうかね。なんで、こんなことになるのか分からないですが、指示を下さい。何をすればいいのでしょうかね?」
「なにやら、怒っている感じに思うのだが・・・どうされましたかな?」
「あなた方は、若い女性の寝姿が見られて、久しぶりに興奮したのではないですかね」
 この場のすべての老婆が、数人の老人に鋭い殺気のこもった視線を向けた。

第三十三章 旅立ち その3

一人の老人が、周囲の騒ぎを見てがっくりと項垂れて何かを諦めたようだ。そして、それも仕方がなく、ある場所に向かうのだった。その行動にも、誰にも気づかれずに、それでも、老人がする結果は、この場の全ての原因が解決できることだった。
「何をしているのです?」
 亜希子が、武器職人に問いかけた。でも、少し恥ずかしそうだった。この場に来る途中で、将太が話題にしていたのだ。日時計状組石は、日時計ではなく、男性の象徴と女性の象徴が組み合っている。そんな話をしいていたからだ。
「これのことか?」
 武器職人は、石柱の周囲にある石に文字を書いていた。
「そうです」
「このサークル状に並んでいる石の一個ごとは、村の日時計状組石に繋がっているはずなのだが、何の反応がない。おそらく、村が廃村になったのだろう。それか、日時計状組石の使用方法が忘れられて整備もせずに放置されているのかもしれない」
「この石の一個、一個が村なのですね。そうだとすると、凄い数の村があったのですね」
「まあ、村を作ることになった理由は、怪我人、病気などで狩猟生活ができず。定住して養生するためだからな。それで、日時計状組石が設置されるのだ。目に見えない電波で荷車が自動で動いて薬品や食料などが運ばれていたのだ。その応用で、紙製の人馬が自動に動いていたのだぞ」
「そうだったのですか、凄いです。凄いですね」
「それで、これが、反応している。それで、この場所に行くために皆が騒いでいるのだ」
 一つだけ、緑色に変色した石を人差し指で叩くのだ。
「何が、そこにあるのですね」
「この色の反応だと、千人以上が集まっているらしい。それも、鉄器の数が多すぎる。間違いなく、武器の反応だろう」
「ほう・・・」
「武器!それも、兵隊が千人以上!」
「それで、石に書いているものと、その障子紙はなんですの?」
「これが、読めるのか?」
「はい。神代文字なら読めます。ですが、達人までの技量ではないですが、それでも、医療の神代文字の応用方法なら自慢ができます」
「わしが、家にこもっている間に、村の者の治療したのは、あなただったか」
「はい」
「それは、感謝する。わしらが、神代文字が使えるのは、この日時計状組石を利用してのことだからな。特に、医療は誰も知らない。だから、本当に感謝する」 
「いいえ」
「あっああ、この障子紙のことだな。荷車の応用で作っている。これに乗るのだ」
 裕子は、武器職人と話をしていたが、視線は石に書かれた文字だった。それもくせ字でほとんど読めず。なんとか、障子紙という文字だけが読めたのだ。それで、障子紙を使って何をするのかと、文字を見つめ続けながら難問の計算式を考えるように思考していた。
「乗る?」
「ああっ、そうだ。あっちの方向に障子紙に乗って飛ぶ」
 武器商人は、指さした。まるで、透明な光の線路がある感じで示したのだ。もう一つの例えでいうのならば、人の目では見えないトラクタービームと言った方が分かりやすいかもしれない。
「それでは、障子紙が必要ですね。たしか、僕たちが乗っていた馬車にあったよ。直ぐにでも持って来た方がいいよね」
「うん。ありがとう。お願いします」
 裕子は、武器職人の手先の仕草に夢中で、将太に顔も向けずに返事を返したのだ。
「おじいちゃん子なのかな?」
「あの眼差しは違うわね。恋の目よ。祖父が好きというよりも、初恋の男性と重ねているわね。文字に何か関係している。そう思うわ」
「そうなんだ。裕子さんって変わっているね」
「・・・」
(それは、あんたもでしょう。自分の姿に胸と腰が大きい子が理想なのでしょう)
「あっ、何枚か聞くのを忘れた。あの・・・」
「もう、邪魔しないの。二人で持てるだけ持っていけばいいのよ。全ての老人たちを乗せるのよ。勿論、私たちの分もね」
「そうだね」
 亜希子は、左手で将太の右の耳を引っ張った。その行為は、痛みを感じない程度なのは怒りでもなく、嫉妬でもなかったので、ただ、将太を引き留めるためだった。
「やっぱりな・・・荷馬車の中央にあったから変だと思ったのだよな。マッサージチェアに途中から違和感をかんじて確かめもせずに寝てしまったけど、柔らかい簡易ベットと思っていたけど、やっぱり違っていたのだな・・・そうだよな・・・そうだよな。どうしよう。障子紙にしわがあるけど、大丈夫かな?」
「仕方がないでしょう。それでも、持っていかないとね。まあ、正直に言って叱られなさいよ。それしかないでしょう。もう~馬鹿なんだから!」
「・・・」
「わたしは、これで、精一杯だから残りは、将太が全部を持っていくのよ」
「・・・」
 亜希子は、数枚を持つだけだった。女性だからというよりも、もしかすると、障子紙のしわが無いのだけを選んだとも、そう思える枚数だった。
「先に行っているわね」
 何も持たなければ一分も歩けば着く場所である。馬車の中での時間も入れて五分くらいで戻った。
「感謝する」
「いいえ」
「もう少しあればいいのだが・・・馬鹿か!そんなに要らん。その五分の一で十分だ。残りは、元に会った場所に戻しておけ」
「えっ・・・あっ!」
 武器職人は、亜希子に感謝の言葉を伝えるために後ろを振り向くと、ヨロヨロと、将太が歩いて来るのを見て、少々だが怒りを感じて叫んだ。
「はい・・・」
 適当な場所に置くと、障子紙を適当な目分量で数えて、また、障子紙を持って荷馬車に戻っていた。
「やはり、女の子なのだな。丁寧に扱うことで、障子紙にはしわの一つもないぞ」
「えへへ」
「・・・」
(後で、将太に、謝るのよ)
 裕子は、亜希子の耳元で囁くのだった。
「なんで?」
「どうしたのよ?。将太が泣きそうだったわよ。なのに、いつもの、お姉さんに任せてね!
あれは、どうしたのよ。何かあったの?」
「それがね。わたしの寝顔を見ていたのよ」
「本当なの?・・・本当なら張り倒してやるわ!」
「本当なのだけど・・・エッチな目的で見るのなら恥ずかしいけど、少し嬉しいしね。許すのだけど、それがね。腕を組んで首をかしげているの。女性として見てないのよ。だから、助ける気持ちも起きないし、怒ってひっぱたいたとしても、ますます、女性として見ないでしょう。だから・・・」
「そうね・・・何を考えているのだろう?・・・」
 二人は、男性の性欲とは何かと考えていた。特に、女性の寝姿を見て、首をかしげて腕を組む。その意味を考えていたのだ。
「手を貸してくれないだろうか」
 武器職人は、夢中で文字を書きながら振り向くこともせずに問いかけた。
「あっ!はい。はい~」
「わしが書きやすいように並べてくれないか」
「は~い。分かりました」
 二人は、返事を返すと、武器職人の背中の後ろに、まるで、線路があるかのように縦に並べるのだった。そして、並べ終わると、障子紙を数えて二十枚があるのを伝えたのだ。
「足ります?」
「あっああ、十分だ。ありがとうなぁ」
 武器職人は、一枚目を書き終えたのだろう。振り向くと、二十枚の障子紙が縦に並ぶのを見た。軽く息を整えると、また、一気に文字を書きだした。神代文字に記号や模様は一枚目と同じに思えるが、それでも、素人が見ても簡易的な書き方だと分かる感じだった。
「ほうほう、一番後方の障子紙と同じ動きをする。なのか・・・まあ、たしかに、先頭や一枚ごとの指示では、もし戦いで指示の方法が消えても、一番の後方では、最後まで残る可能性が高い。やはり、実践を経験した。老兵ならではの考えなのだな・・・」
 裕子は、腕組みしながら自分で書くならば、と様々な方法を思考しながら文字を読んでいたのだ。すると想像もしていない方法だったことで感心して頷いていた。

第三十四章 戦い、復旧、目的地の不安 その1

紙で作られた馬車の周囲での騒ぎは終わっていた。老人たちは疲れたのか、皆が地面に座って、一人の老人が一心不乱で文字を書き続ける。その老人の様子を無言で見ていた。
「全てが終わったのですか?」
 裕子が、武器職人が文字などを書き続けていた。その手を止めて、自分が書いた物に視線を向けて、障子紙の一枚一枚を手違いがないか確認しているようだった。
「しっ?」
 誰か分からないが、老人の集団の中の一人が、裕子に指示を伝えた。そして、武器職人が、障子紙から視線を逸らすと・・・。
「また、これに乗るのか、馬の方が良かったのだが・・・」
「たしかに、これは、わしらを荷物と同じ扱いだしな。わしも、そう思うぞ」
「何を言っているのだ。さっさと乗らんか!」
 二人の老人だけが、まだ、地面に座っては愚痴を言い合っていたのだ。その姿を見て、障子紙に乗っていた。一人の老婆が命令するのだった。
「やれ、やれ、よいっしょ」
 二人の老人は、同じ言葉を吐きながら嫌だと気持ちにも態度にも表しては乗るのだった。
「それでは、動かすぞ!」
「ん!」
 裕子は、障子紙が動くことで振動や揺れると、そう思って身構えるが、まったく振動がなかったのだ。もしかすると、荷物などの落下や振動などで品物が壊れないような対策が書かれているはず。それならば、人が乗るためにも対策がされている。そう思うのだった。
「きゃきゃ、意外と早いわね」
「落ちないように、落ちないように、落ちないように、神様。お願いします」
「大丈夫そうね」
 将太は、死にそうな青白い顔を表し、亜希子は、ジェットコースターに初めて乗るような楽しみを感じていた。おそらく、体感速度は、九十キロくらいは感じるはずだ。その様子を見て、裕子は、安堵した。その後のことだった。目的地のことを考えて視線は、前方の先の先を見続けた。
「そんなにも、真剣に見ても、目的の場所や人々は見えんぞ」
「えっ!」
「目的の場所の人々には悟られないように奇襲をかけるのだからな」
「奇襲!」
「その場所にいる相手しだいだが、まあ、脅すだけの予定だ」
「そうだったのですか、ほっ、安心しました」
 裕子が、安堵してから二十分後のことだった。突然に、急浮上したのだ。周囲の木々の先端が見える程の上空に浮かんだのだ。
「あの者たちだな・・・」
 眼下には、二千人を超える兵士たちがいるが、誰も上空のことには気づいていなかった。
「雲?」
それは、一人の男の問い掛けから始まった。紙の乗り物である。空に浮かんでいる物は地上から見ると、障子紙が光の屈折で雲にみえたのだ。この先の未来での西洋人が見れば魔法の絨毯だと、驚くはずだ。そして、二人、五人、十人と正気を失って叫ぶ者が増え続けて問い掛けだけだったのが、一人が、あの村の出来事を思い出して悲鳴を上げたのだ。
「今度は、雲に乗って現れたぞ!今度こそ皆殺しにされる。それも、命を玩具のように遊んでは嬉しそうに殺すのだ。俺は、嫌だ。嫌だ。まだ、死にたくない。ひっひひ~」
「ヒュ~ヒュ~」
 風まで操っていると感じる程に上空から地面に向かって風が吹いていた。それは、上空をはっきりと見えないようにと、これから、降下するための障害にならない。まるで、的確に風を操作している。そう思えた。まず先に、一つの障子紙だけが降下してきた。
「まだ、逃げずに、こんな場所に隠れていたのか、ふっふふ」
仲間の中で一番初めに地上に下ろす者は選び終えていた。それは、先頭で飛んでいる障子紙であり。完全の全身鎧の二人だけを地上に下ろす作戦だった。一番の見た目で恐怖を感じさせる姿であり。伝説で伝わると同じの紙の兵隊である。全てが紙の武具の姿なのだ。
「あれは、神話の時代から伝わる。完全装備の紙の武具だ。無理だ。無理だ」
「神の武人たちには、誰も、どんな武器も通用しない。我らの最強の鉄の武具でも対抗できない。刀と武具と同時に肉体も、豆腐を切るように切断されるぞ!」
「あんなの無理だ。勝てるわけがない!」
 村での恐怖を感じた人々だけが、また、あの時と同じように刀を捨て、武具を脱いで下着だけで逃走を始めた。そんな様子を見て、指揮官が叫んだ。
「老人二人だけだろう!何をしている?・・・にっ逃げるな!」
 後方の部下に指示を下している時だった。突然に殺気を感じて振り向くと同時に、一歩を踏み出しながら刀を抜こうとしたのだ。すると・・・。
「殆どの者が逃走しているが、お前は、逃げないのか?・・・」
 この老人の動きは、たしかに、数メートルを飛んだかと、思える程の速さだったが、当然だった。超人ではないのだが、普段着と同じ重さの武具であり。手足や体は鎧など装備していない。そう思える程に動きやすい着心地だったことで動きやすかったのだ。超人の動きだと感じる程だった。敵である隊長の刀は鉄の刀で重くて全身は鉄の鎧を装備していたために老人の動きでも、達人だと、錯覚するほどに早すぎて驚くのだった。
「なっなぜ、わたしが逃げないとならないのだ!」
 再度、一歩を踏み出して刀を抜いた。その頃には、老人は、先ほど立っていた場所に戻っていたのだ。
「たしか、赤い武具は、近衛隊だったな・・・違ったか?」
「そんなことを教える気持ちはない」
「わしが知る知識では、王だけに使え。王の命令しか従わない。そんな部隊が、この地にいる。ということは、王は死んだのか、それとも、治療の方法か、薬を探しているのか?」
「それを伝える必要もない。なんなのだ。そんなことをいうとは、何様のつもりだ」
「あっああ、分かったぞ。お前らは、殉死もできずに逃げ出して、この場にいるのだな!」
「なんだと!」
 若造と思う程の年の離れた敵が、自分の行為を無視されたことに怒りを感じてしまった。
「隊長。落ち着いて下さい」
「おい、お前も言い過ぎだぞ」 
 二人は、副官と同僚から諫められた。
「ああっすまない」
「あのなぁ」
(もう少し時間を稼ぐ予定だったろう。まだ、兵は多い。時間過ぎれば過ぎる程に逃走する数が増えるはずだ。だから、予定通りのことを頼む)
 老人の耳元で囁いた。
「俺は、落ち着いている。だが、そう見えないのだな。分かった。落ち着こう」
「はい。それが、良いと思います」
(隊長。怒らせてはなりません。上空の全てが下りてきては大変なことになります)
「言われた通りに、薬を探しにきました。それと、傘下に入った村の調査が目的です」
「ほう・・・」
(赤い武具は、百名くらいか、これらは、確実に残る。刀だけ赤い者たちは、三百名ちかいが、近衛隊の見習いだろう。あとは、一般の兵だな。四分の一が残れば、合計で千人になるか、そうなると、少々きついな。まだ、時間稼ぎをすれば、兵員は減るだろうか?)
「薬なのか?・・・交易ではないのか?」
「我らの目的とは違うが、下着姿で逃走している者たちから理由を聞いて、護衛を要請されただけだ」
「どうするのだ?・・・また、逃走したぞ」
 老人は、威嚇した。
「・・・」
 近衛隊長は、副隊長の提案のために怒りを我慢していた。そんな時だった。
「今度は、お前らの番だぞ。我が国の最強の武人の集団の近衛隊だぞ。お前えらが勝てる相手ではない。だから、今度は、お前らが下着だけの姿で逃げ回るのだ。わっはははは!」
 近衛本隊の第一軍の陣、見習いの第二軍の陣。その二段の陣の後方から狂っているような叫び声が響いた。
「どうするのだ?・・・わしと戦うのか、まだ、刀を抜いているのは、隊長らしきお前だけだ。刀を収めるかな?・・・それとも、号令を命じて戦うのか?・・・」
「・・・」
「何をしているのだ。近衛隊長の戦いの号令が掛からんぞ」
 一般の兵であり。下着姿で逃げだした。その者たちの陣から不審を感じて騒ぎ始めた。
「この人数だけではなく、近衛隊がいるのだぞ。簡単に勝てるだろう。なぜに戦わない」
「まさか、噂は本当だったのか?」
「何のことだ?」
「近衛隊とは、試合でしか戦ったことがない。軟弱な集団だという噂だ」
「なんだ。それは、嘘だろう。実践では一度も戦ったことがないのか!」
「俺たちは、そんな集団に命を預けていたのか、冗談だろう」
「お前ら~!。俺の隊に~俺に~軟弱だというのか!」
 近衛隊長は、後方から人が考えられる。全ての罵倒を聞いて怒りをぶちまけた。

第三十伍章 戦い、復旧、目的地の不安 その2

近衛隊の隊長の怒りの叫びと同時に、第三軍の陣は、近衛隊を無理やりに押しのけて、近衛隊を罵倒しながら老人たちに戦いを挑んだ。その罵倒の声で、誰一人、いや、副隊長だけに聞こえなかったことで、近衛隊の者は一歩も動かずに、後ろから大勢の者たちから押し倒されて地面に倒れるだけではなく、体中を踏み歩かれて手足、内臓など破裂する者までいたのだ。なぜに狂ってしまったのか、もう、何処にも逃げ場がないためと、最後の頼みの綱だった。自分たちよりも武人として劣ると思ってしまったために、微かな細い糸のような神経で正気を保っていたのが切れてしまったのだ。
「今だ。地上へ、降下だ!」
武器職人は、皆に指示を下した。
「やれ、やれ」
「やっぱり、戦うことになるのか」
 障子紙に乗っている全ての老人たちが、下方を見た。先に降りた。二人の全てが紙の武具の二人の老人が戦っている姿だった。武人の達人が、もし二人の老人の戦う姿を見た場合のことになるが、酔拳だと叫ぶはずだ。だが、この動き、この戦い方は、老人だからできることだった。腰痛、手足の麻痺などからの痛みのために、真っ直ぐに、またや、水平に刀を切りかかるのだが、突然の間接の節々が痛みを感じて、予想もできない動きを見せる。上下、左右と不思議な動きのために剣の太刀筋が無茶苦茶な動きで酔拳だと感じてしまうのだ。そして、戦う男は、達人だと感じて逃げ腰になる。それだけではないのだ。鉄の刀が二つに、三つ、四つに切り刻める。それと、防具も同じように切り刻められる。これでは、どんな達人でも戦いにならない。それでも、戦いを止めることもできずに裸体のような身体で、老人に体当たりする者や素手や足で刀を受けようとするが、老人たちは誰一人も殺すことなく、紙の刀の刃でない所で払いのけて地面に倒すのだ。老人たちは分かっているのだ。一人でも殺せば、死にたくない。死を覚悟した者は、その者の技量以上の戦い方をすると、だから、長い人生で自分が考えたこと、人から言われた罵倒の思いつく全ての言葉で罵倒するのだ。若ければ若いほどに心が折れて戦意は消えて逃げだすのだ。
「ひっ!」
「ひっ!え~」
「お前!怖くて小便をもらしたろう!」
 罵倒が多くなるほどに戦い方の動きが鈍くなり。時々立ち止まって、腰を叩いて痛みを和らげよう。とする。又は、首や手足を揉んで和らげようとする行動が多くなる。そんな姿は、敵から見ると、達人の余裕と勘違いするのだ。
「もういいわ。しばらくは、上空で休んでいなさい」
 二人の老人は限界だと思う時だった。やっと、上空で待機していた仲間が、ヒラヒラと障子紙に乗りながらゆっくりと、全て地上に降りたのだ。
「撤退だ。撤退だ!」
 近衛隊の隊長でも、先ほどの二人の老人と同じ動きをする集団を見ては、撤退と隊の崩壊と逃走を防ぐために必死で叫ぶしか思い浮かばなかった。普段の隊長ならば、怪我人や正気を失った者など守って、兵糧を盾にしながら持ち運ぶ。完璧な撤退するのだが、今回の戦いでは無理だった。
「怪我人は助けられずに物資もなしか」
「はい。ですが、怪我人は、敵からではなく正気を無くした仲間から・・・」
「分かっている。黙れ!」
 副隊長に怒りをぶちまかしたことで、少々怒りを発散できたのだろう。少し正気を取り戻したのだろう。周囲をキョロキョロと見回して問いかけたのだ。
「客人は、どうした?」
「それが・・・」
「あの場に残してきたのか?」
「そう・・・らしい・・・としか言えません」
「もともとは、下着姿の集団を助けたのは、あの男がいたからなのだぞ」
「それは・・・分かっているのですが・・・」
「我らは、王の勅命で動いているが、村々の調査もあるが、村人からの頼みで、あの男を探しているのだぞ。それが、分かっているのか!」
「わたしが一人で戻って連れてきます」
「いや、わしも行く」
「えっ?」
 その男とは、あの戦いの場にいた。無事だったのだ。隊長と副隊長が心配していた。落ち武者狩りと命がある物の止めを刺す。などの行為を心配していたが、老人たちには、何も興味を感じなかった。それでも、何人かの老婆と若い男女三人は、怪我人の治療をしていた。そんな時に、その男は、夢遊病のようにふらふらと歩き回っていた。
「大丈夫ですか?」
 裕子が、男に近寄り話を掛けた。
「うぁはぁ」
 涎を流してだらしのない顔に、服もボタンもつけずに適当に着ていた。
「その男は駄目だ。心がやられておる」
 この男は、裕子の運命の赤い糸が見えるのだ。それは、運命の赤い糸が繋がっていることを意味しているのだが、男は、自分の先祖を調べている。それは、縄文時代の成り立ちに係わっていること、代々の一族の歴史から知り。神々の力として語り継がれている。その力である。そのオーパーツを得ようとしているのだ。そのために、裕子の手助けをしたり敵になったりとしている。そんな男なのだが、人の血を見ると、正気を無くすのだ。そのために、夢遊病になっている状態の時に会っても気づかない。正気の時は、まったくの別人のような様子で、女性なら誰にでも好かれる。色男なのだった。
「かわいそうに・・・」
「好きなようにさせておくほうがいい」
「はい」
 男は、目的の地でもあるのか、ふらふらと、この場から離れて行った。
「それよりも、この兵たちの治療の手伝いを頼む」
「はい。わかりました」
 裕子は、怪我人が横になっている場所に行き、病状を診断すると、神代文字で紙の札に治療の回復方法を書いては、怪我の箇所に貼っては、次の怪我人を診るのだった。
「おい、爺ども、札を書いた物を体に貼るくらいはできるだろう。さっさと手伝え」
「やれ、やれ、どっこいしょ!」
「皆も手伝うとしよう」
「さっさと終わらせるか」
 他の老人たちも同じような言葉を言いながら立ち上がって指示の通りに治療の手伝いをするのだ。
「おい、若い二人。もう、その手伝いはいいから怪我人の服を洗ってきてくれないか」
「はい。分かりました。将太。行くわよ」
「川は、どこにあるのだろう」
「近くにあるわよ」
「どうしてわかる?」
「水路の跡があるでしょう。だから、川も近くにあるはずよ」
「将太は、洗濯物を持ってついてきて」
「はい、はい」
「あっ!」
「どうしたの?・・・ああっ武器職人さんね。洗濯が終わったら手伝いに行きましょう」
「そうだね」
 予想の通りに川があることはあったのだ。だが、この周辺の村の痕跡から予想すると生活するには足りない規模だった。もしかすると、川の数量が変わったことで他に移住したのか、それを武器職人の手伝いをする時にでも聞いてみようと、そんなことを考えながら洗濯をしていた。
「終わった?」
「洗いは終わったのだけど、どこに干すかと考えていたの」
「そう・・・適当な木々に干すわけにも行かないわね。まあ、洗ってきたって渡してきたら年寄りの知恵にでも託すといいわ。だから、洗ってきましたって渡してきなさい」
「何か変ね。まあ、そんな適当なことを言うってことは、余程、一緒に行って欲しいところがあるみたいね」
「正直に言うと、そういうことなの」
「もしかして、武器職人さん?・・・」
「なんか、怒ったり、悔しいのか、泣いたりしているの。それだけなら、落ち着くまで待つかと思うのだけど、大きい石を持ち上げようとかしているのよ。だから、手伝ってあげようにも女性の一人だけで行っても助けることができなくて・・・」
「そう・・・いいわよ。三人で行きましょう」
 亜希子は、将太の頷きを見てから裕子に返事を返した。三人の男女が川岸から消えると、それを待っていたかのように一人の男がふらふらと、夢遊病のように現れた。
「待て、待て、森から出るのは、まだ、早い。見付かってしまうだろう。お前だけでも連れて行かなくては、村には帰れんのだ。だから、俺の言うことを聞いてくれ」
近衛隊の二人の隊長が部下たちの様子をみて、安堵し、夢遊病の男だけを連れて、この場から離れた。

第三十六章 戦い、復旧、目的地の不安 その3

一人の老人が、子供の頃からの大切な思い出の物を壊されて、その怒りを誰に向ければいいのかと、悔しそうに泣きながら修復をしている。その背中越しからは、そう思い出している様子が感じられて、三人の男女の若者は何て言葉を掛けていいのかと、悩んでいた。
「武器職人さん・・・」
「ん・・・どうした?」
 自分の孫くらいの歳の子を思い。何も心配事などないかのように無理して笑みを浮かべて振り返った。
「何か手伝うことがありませんか?・・・なんでもしますわよ」
「これを修復が出来るのならばしたいのだが、何も反応しないのだ」
「それでも、それを直そうと考えているのでしょう」
「なぜ、そう思う?」
「武器商人さんの後ろ姿を見ていると、何となく・・・」
「そうか・・・そうか・・・ぐっふ・・・」
 武器商人は、先ほどの想いを若い者に悟られないように隠したのだが、裕子の言葉には全てを知っていると感じて、先ほどまで思っていたことを思い出されて、今度は、隠せなくなり嗚咽を漏らしてしまったのだ。
「もう・・・もう・・・泣かないで下さい」
「わたしたちで出来ることなら何でもしますから・・・ねえ・・・だから・・・」
「そう言ってくれるのは嬉しいのだが、日時計状組石の一つを修復しても機能はしないのだ。それに、日時計状組石の数と位置だが、人が一日の歩く工程と同じ間隔にあるのだぞ」
この日時計状組石の機能は、衛星から地図を作りナビゲーション機能と同じ機能であるが、宇宙からではなく、地脈の流れの地下に流れる無数の毛細血管のような地脈から様々な情報を集める働きだった。この石の石柱の一点一点が、現在で言うのなら多くの衛星写真などの情報を集めて活用する機能だった。だが、全機能の様々な機能の一つだった。他にも、モールス信号で会話、様々な記憶されている情報の活用、地脈からの地震予知も可能であり。武器として好きな地域に地震を起こすこともできた。などなど、神の知識と神の力と思える機能があったのだ。もしかすると、コピーや修復される前の日時計状組石が作られた初めの状態ならば、神話などに出てくる全てが本当のことであり。未来や過去にも行けたのかもしれない。
「それなら、全てを修復しましょう。時間が限られた旅ではないのでしょう。長老の旅の目的だけでなく、この場にいる人たちの旅の目的になって丁度いいのではなくて」
「ふっふふふっああっはははは!」
(わしは、馬鹿だな。こいつらと同じ言葉を同じ年の頃に、先輩たちに言ったことを思い出すなんてな・・・あの頃の日時計状組石の機能は、今とは天と地ほど違うのに、本当によく言えたものだ。そして、わしが笑ったように同じように笑われたのだ。やっと、分かったよ。その笑われた。その意味が・・・現時点で出来る範囲の修復だったのだろうなぁ)
「どうしたのですの?」
「大変だぞ。それでも、手助けしてくれるのか?」
(まあ、修復と言っても現在位置や目的地への経路案内だけしかできない。もしそれ以上の修復が可能でも受け取る端末の方の神代文字での作成した物には対応ができない。この歳になると想像できるようになるが、初期に作られた物は、点としか見えない物には、数万個の文字が書かれていたのかも・・・)
「それで、何を手伝いすればいいのでしょう」
「そうだな」
 武器職人は、気難しい表情を浮かべながら走馬灯のような思いから様々な思考していたが、三人の男女から言葉を掛けられたことで思考は停止した。だが、笑みを浮かべて返事をかえすのだから思考を停止された方が嬉しかったに違いないのだ。
「お前らの中で、この地域よりも遠くに行った者はいるか?」
 亜希子と将太は、即座に、裕子に顔を向けた。
「あっ、うん。わたしあるかもしれないわね」
「それなら、今から紙飛行機を飛ばしてもらう。その時に紙飛行機に出来るだけ何かの想いを込めて欲しいのだ」
「もしかして、この紙飛行機って運命の相手を探し出せるのですか?」
「それは、無理だ。そういう意味ではない。この地まで歩いて来たのだろうから村や遺跡に人工物があるはず。わしが狙っているのは、何を探しているのかは、日時計状組石の痕跡だけだ。それが、あれば、反応するようにする。それに、何かを思ってくれと言ったのは飛距離を伸ばすためだけなのだ。それも、思いは出来るだけ最新で遠くがいい。だから、勘違いするような言い方をして済まない」
「いいえ。大丈夫ですわよ」
「それなら、直ぐに、紙飛行機を飛ばしてもらうぞ」
 孫に作ってあげるかのように楽しそうに作るのだった。
「凄いですわ。何て書いてあるか分からない。神代文字の羅列ね。もし父様、いや、祖父様が、わたしに教えてくれる機会があれば、この神代文字が読めたかもしれないわね」
「そうなの?・・・そんなに凄いの?・・・」
「・・・」
 武器職人は、夢中で作成しているために若者たちの会話は耳に入っていなかった。
「それでは、紙飛行機を飛ばしてくれ」
 裕子に、紙飛行機を手渡した。
「紙飛行機さん。出来るだけ遠くに飛んで!」
 南南西に紙飛行機を飛ばした。
「一つ確認だが、その方向に目的の地の村がある方向なのだろう」
「勿論ですよ」
「それで、安心した」
「・・・」
 男女三人と武器職人は、無言で紙飛行機が見えなくなっても、紙飛行機が飛んでいるだろう。その先を見続けた。だが、数分後、武器職人だけが、音を立てずに歩き出して、日時計状組石の前に座って放射状に並ぶ石を見続けた。そして・・・。
「かなりの飛距離を飛んでいるようだ」
 南南西の方に向く石が反応したのだ。その左右の石にも小さい光が現れては消えては点滅しだしたのだ。
「どうですの?」
「おおっ、三点の箇所の日時計状組石の痕跡が発見できたぞ。これなら、目的地の村に着くことができるか、または、近くまで行けるかもしれない。感謝するぞ」
「いいえ。お役にできて嬉しいです」
 三人の男女は、何かを全ての要件が終わった。全てが達成した。そんな、喜びを表した。
「それと、言いづらいのだが、手伝いは、これからが本番なのだ。力仕事もあるぞ」
「もっもも~勿論ですよ。分かっていますよ」
 三人の男女は、殆ど当時に答えた。
「それでは、指示を伝える」
「はい」
「放射状に並ぶ石の点滅している三個を神代文字が現れるまで位置を調整してもらう。それと、微調整のために出来る限りの石の破片を集めてつなぎ合わせる。それだけだ」
「はい」
「頼むぞ」
(今すぐにでも消えてしまう。こんな感じの点灯では、調整しても破片を集めても場所の地点だけの反応しかないだろう。無数の毛細血管のような地脈が一つも反応していない。これでは駄目だな。もともとは、日時計状組石は指示を伝える本体的な機能のはずなのだが、端末からの反応しか機能はしないとは、わしの先生が見たら笑うのではなくて、ショックで死ぬかもしれないなぁ)
 誰の指示ではないが、将太は、放射状に並ぶ石の移動の手伝いを始めていた。亜希子と裕子は、周囲の土を掘って欠片を探していた。
「あった?・・・ないわよね・・・」
「まあ、これは、五千ピースのパズルより大変ね」
「そうね。小石があれば、合わせているけど、まだ、合ったのは一個よ」
「うちも、まだ、一個だけ」
「ふっう~」
 二人は大きな溜息を吐いては、地面を掘っては小石を探していた。有ったと喜ぶが破片を合わせて合わないと、また、大きな溜息を吐いては探し続けるのだった。すると、老人や老婆が集っている。その中の一人が、誰に言われたことではないが、一人の老婆が立ち上がって、武器職人の前に現れた。
「何をしているの?・・・と言うよりも、まだなの?・・・出発しないの?」
「光点が安定しないのだ。これでは、文字が現れない」
「放射状に並ぶ石の隙間を埋めればいいのねぇ」
「そうなのだが・・・」
「それなら、皆ですればいいだけ、皆の衆よ。さっさと、石を集めるのを手伝わんか!」
「やれ、やれ、と、よっこらせ」
 老婆は、確認すると、皆の方に振り向き大声を上げるのだった。本当に、老人たちは立つだけでも、嫌だと、腰を叩きながら、よろよろと、集まりだした。そして、地面を掘っては小石を集めて隙間を埋める。多くの人手が増えたことで修正を完了するのだった。

第三十七章 目的地に向かって再度の出発 その1

日時計状組石の放射状に並ぶ石が点滅した。まるで、ルーレットのように回っているような感じだったのだ。一人の老人と若い男女の三人以外の老人たちは、一人の老人の完了との言葉を聞くと、老人たちは、海の波が引くみたいに一斉に、先ほどまで集っていた場所に戻るのだった。
「おい!」
「はい。なんでしょう?」
将太だけが返事を返した。それも、怯えるような感じで、亜希子、裕子は、聞こえているのか、聞こえていないのか、放射状の石に夢中であり。まるで、止まる場所を当てるゲームでもしているのか、その止まる理由なども問い掛けあっていた。
「先ほどのことだが、紙飛行機を飛ばしただろう。どの方向に飛ばしたか憶えているか?」
「確か、南南西のはずですわ」
「チッ!聞こえていたのなら返事をしろよな」
「将太。なんか言った?・・・それよりも、わたしの予想が当たりね」
「何でもないです」
 将太は、また、無視されたのだ。
「何を言っているのよ。紙飛行機を飛ばした方向に止まるって、わたしが言ったはずよね。それだから、予報は、わたしの当たりよ」
「お前ら!いい加減にしろ!」
「はい。すみません」
 二人の女性は、しょんぼりと、俯いた。
「もう一度、同じことを聞くが、紙飛行機は、どの方向に飛ばした」
「さっき、言ったのに・・・」
「なんだって!」
「南南西に飛ばしました」
「そうか、そうか、それなら、南南西の石に点滅が止まれば正常に働いていることになる」
 武器職人は、独り言にしては大きな声だが、誰も返事を返す者はいなかった。いろいろな理由はあるが、その中の一つの点滅して回る放射状の石に夢中だったからだ。
「えっ・・・文字?・・・」
 放射状の石から点滅が消えた。そして、三人の男女は驚くが、武器職人だけが、嬉しそうに何度も頷いていた。驚くのは当然だった。南南西の方向だと思われる。三か所の石には文字が現れたのだ。それも、今の世では誰も、武器商人でも読めない。縄文時代の初期の始祖の文字と言われた文字であり。もし読める者がいれば、地名であり。町の名称なのだった。だが、誰も変に思っていないが、一か所のはずが、三か所だった。
「ふむ、うむふむ。三か所も機能しているのか・・・さて・・・」
「これが、もしもですが、文字だとして、何て書いているのでしょう」
 裕子が、問いかけた。
「分からん。一文字も読めん。だが、これが、文字なのは確かなことなのだ。わしが若い頃のことだ。今回のように修復している時に立ち会ったことがある。その時の教育係である。その修復者が言っていたことを記憶している」
「そうなのですか・・・それでも、これで、修復は完了したのですよね?」
「そうだ。皆に言って出発するだけだ。お前らも準備をしろ」
「はい。そうします」
 裕子だけが言葉にするが、二人も何も問題がないかのように同じように頷くのだ。
「・・・」
そして、裕子が、ふらふらと歩きだした。馬車に戻るのかと思うと、老人たちがたむろしている方に視線を向けて、老人たちは、直ぐに出発することはないだろう。そう思ったのだろう。馬車と反対の方向に歩きだした。
「王族の義務の結果ね」
「どういうこと?」
「この周辺は、間伐もされずに百年以上は過ぎているわね」
「そ、そうでしょうね」
「おそらくだけど、奥に行けば、もっと、古い木々があると思うわ」
「その木々を見に行きたいの?」
「おい、まさか、王族の墓でもあるのか?・・・そういう意味か?」
「あっ、そういえば変ね。巨木などが不規則に育つのならわかるけど、人の手で植えたかのように規則正しく奥に行くほどに巨木になるわね。まるで、人口が減って間伐ができなくなってきた。そんな木々の育ち方に思えるわ」
「そうでしょう。でも、ここまで規則正しい育ち方は変なの。もしかすると、可なり上空から見ることが出来れば、日時計状組石を中心に木々の育ち方が違うかも、もっと奥には数千年の木々もあるかもしれないわ」
「その通り。奥に行けば万年の木々もあるぞ。それで、王族の義務とか言っていたが、その話は、誰からか?・・・何か聞いたのか?」
「武器職人さん!」
「わしは、修復者から聞いたことだ。教育係とも言っただろう。わしの一族は、分家だが始祖の血族だから聞かされたのだ。百年くらい前に大地震があったが、それ以上も前にもあった。縄文時代と区切りされる前、五千年以上前に巨大な大地震で伝説として伝わる楽園は消えた。それから、先ほど言っていた。王族の義務が始まった」
「はい」
「お前は、どこまで知っているのか分からないが、まだ、続きがある」
「・・・」
「王族が直接に村々の行幸に行くことになったのだ。大地震で生き延びた人々に夢を伝え治療し食料を与え教育や秩序を教えるために狩猟生活を始めた」
「はい」
「それも、全て知っているのだな。もしかすると、左手の小指に赤い感覚器官を持っているのか、その連れ合いを探す旅をしているのか?」
「・・・」
「そうか、そうか、答えなくてもいいぞ。お前らを赤い感覚器官を持っているとして、これからは、そういう者だとして扱うぞ」
「・・・」
「一つだけ聞きます。長老とは同族ですか?」
「いや、わしは、移住者だ」
「そうでしたか・・・」
「それでは、まだ、やり残した仕事がある。失礼するぞ」
 武器職人は、日時計状組石の仕事は終わったはずだが、少々興奮しているような嬉しそうに向かった。着くと直ぐに、懐から豪華な筆入れを取り出して中の筆も赤い装飾の豪華な筆を取り出して、筆入れの赤い墨を付けると、日時計状組石に文字を書きだした。
「また、これを使うとは・・・あの頃の任務は、若い特別族長の運命の相手を探し出して結ばれるようにすることだった。あの方は・・・姫は・・・本当に、異性と付き合うのが苦手でしたな・・・」
 独り言が何時までも続くかと思われたが、先ほどの三か所の石に小さく赤いハートのマークが点灯した。
「やはり、三か所のままなのか・・・長老が突然の旅とは、このことだったのか?・・・ふっふふ・・・今も昔も同じだな・・・若い独身者を見ると、勝手に最高の相手だと思わせて結ばせたくなる。それも、好きな相手がいるならば、なおさら世話をしたくなるのだから、殆ど病気だな・・・なら・・・もし、三人の出会いならば・・・うっふふ」
 直ぐに、筆を筆箱に入れて大事そうに懐に入れた。武器職人は、村では、殆ど自分の小屋の暗室にこもるのが多く村では浮いている存在でもあったのだ。
 その頃、長老と仲間は・・・馬車の近くで焚火にあたりながら酒を飲んでいたのだ。
「長老。大丈夫だろうか?」
「本当にすまない。わしも皆も考えていた。人生最後の思い出を作る旅は駄目になりそうだ。だが、このまま旅は続けたいのだ。皆の力を貸してくれ。頼む」
「そういうことを聞いたのではない。わしらのことではなく、長老の親友と会うのだろう。その村は、大丈夫かと、そう聞いただけだ。わしも皆も、酒を飲んで、その日のことを笑いながら酒のつまみしたいだけだぞ。まあ、温泉に入れない。それは、残念だが・・・」
 この老人は、他の老人もだが、数個の酒瓶を回しながら手酌で自分の盃に入れていたのだ。その酒瓶が自分の順番に届くまでの間だけ話をしている感じだった。そして、また別も者が、盃の中の酒を飲み尽くして空になった者が話しだすのだ。
「温泉なら入れるだろう。酒はあるのだし、酒のつまみを出す店がなくても、秘境の天然の温泉でもいいのだろう」
「まあ、たしかに、そうだな」
「それに、酒のつまみならあるではないか」
 老婆は、三人の若者たちに視線を向けた。
「そうだな。それに、武器職人も何か考えているようだぞ」
「何を考えているのか・・・それは、分からんが、酒のつまみにはなるだろう」
 この場の皆は、三人の若者を見てから武器職人に視線を向けた。武器職人は、何かの答えを出そうとして百面相のような表情を変えていたが、何かの答えが出たのだろう。最後は笑みを浮かべたのだ。
「そうだな」
 長老も、皆の表情と武器職人の表情を見てから安堵したかのような笑みを浮かべた。

第三十八章 目的地に向かって再度の出発 その2

ある村というべきなのか、それとも、元は村だったというべきなのか、その村は、現代でいうのならば、無数の倉庫が建てられていた。そんな地で些細な出来事が起きていたのだ。今までに何度も同じようなことが起きていたことで、誰も騒ぎ出すことはなかった。
「今度は、何の血を見た?」
 この村は、武器職人が、南南西に向かう。その先の北にあった。正確に言うのならばだが、武器職人が向かっているのは、昔の湯治場の址である。当時の建物などは、おそらく無いだろう。それでも、温泉が枯渇するはずもないので温泉には入れるだろう。それにだが、縄文時代の狩猟生活から村を作っての定住の主な理由が、怪我人や病気などの治療の目的だったこともあるので、温泉が湧く場所か、逆に水や空気が綺麗な場所が最適地だとされていたのだ。だが、温泉地の北にある村は倉庫が建つ平地が理想であるし、特に、食料品が多いことで温泉が湧く場所から離れる必要もあり。気温も低い方が良いために北の方に建てられたのだ。
「今回は、魚の血を見たのです・・・なのですが・・・」
「魚の血ならば一日も寝ていれば治るな・・・それで、先ほどの話に戻るが・・・」
上官は、部下の報告を聞き、その内容から判断して納得すると、元上官でもある。今では相談役としての老人に話を戻した。だが、部下は、何も解決していないために、部屋の入り口の前で立ち尽くすしかなかった。
「軍の最高齢として、部下でもあるが、今回の話しの場合は特別なことになるだろう。だから、全てのことを知るために相談役と呼ばしてもらう。何一つとして気遣いは無用として、再度、聞くのだが、紙の兵隊とは何なのだ?」
「まあ、伝記とでも言いましょうか、それでも、紙の兵隊なら、わしらの年代ならば親が経験したことですので、子供の躾の脅しとして聞かされた話しです」
「本当にあったことなのだな!」
「はい」
「そうか、そうなのか、それで・・・あっ、すまない。少し考え事をしていた。相談役だから言うのだが、今回の任務は別件もあるのだ。それと、内密にして欲しい。その件と言うのは、神代文字と文献の抹消の命令もあったのだが、意味が分からないことだった。だが、今の話しを聞くと、成程と、思えてきた」
「まあ、子供の頃や物語として聞いたとして、筋書などを忘れたとしても、紙の刀で鉄の剣を切断されたら思い出すでしょうね」
「まあ、たしかに、親か文献か昔話などで聞いただけで、あれほどの効果があるのならば抹消も頷ける。それと、神代文字の文献がかすむほどの歴史文献を作れ。そんな、指示もあるのだ」
「ほうほう、それで、神代文字と文献を抹消して、これから作る文献と置き換える。そういうことですか、ふむ、ふむ」
「それで、嘘みたいなことを聞いたのだが、この島国の最北には、軍港があり。軍船が百万隻もある。それは、本当なのか?」
「本当です。いや、本当だったというべきでしょう。前期の縄文時代の話しです。その話には続きがあります。ほとんどの者が文献だけの話しですが、大震災で壊滅したと、それでも、一割が残っていても、軍船十万隻は恐怖に値します。それを恐れているのです」
「あっああ、あれほどまで恐れるのだ。昔語り、文献とは恐ろしいことだな」
「相談役としての意見になりますが、まずは、自分で読んでは確かめて、その都度、本国に送って対策の命令を受ける。それしか、解決はないでしょう。それに、隊長には実績がありますし、何も問題はないでしょう」
「実績?」
「隊長の案件ではないのですか、一滴の血も流さないだけではなく。村人同士の争いもなく、村人から好まれて東北の多くの地を西の村にしていることです」
「あっああ・・・そうだな。まずは、農業の指南書で、我らの文字を憶えさせて段々と神代文字を置き換えさせて忘れさせよう」
「そうです。そうですぞ。村の攻略と同じく気長に文字と本を抹消しましょう」
「そうだな」
「それよりも、隊長は、気づいていますか?・・・扉の前に立つ部下のことです」
「ん?・・・何をしているのだ?」
 相談役の話題を変える。その一つ案を聞いて、やっと、扉の前に立つ部下に気づいた。
「その・・・なのですが・・・今回は、魚の血なのですが、症状が、人の血を見た時と同じ症状なのです。それで、どうしたらいいのかと、その・・・御指示をお願いします」
「なっなんだと、それだと、早くて十日、いや、二週間、三週間は、あの状態のままということか、ふざけるな!」
「そう言われましても・・・」
「前回の時を忘れたのか、あの男が何かの病気に、それも伝染病かと思われて、水、食料が汚染されていると思われて、部隊が餓死寸前までになったのだぞ。それだけでは収まらずに、交易人たちには、直ぐ腐るような保存に適さない。そんな、危険な食材を村人に勧めるなど無理だと、試食もせずに逃げ出したのだぞ」
「そっそれで・・・その・・・」
「もう部隊全体に、あの男の噂は広まったのか?」
「まだ、数人だけです。調理場から出していませんので・・・」
「それは、よかった。よかったぞ。その数人とお前とで、あの男と湯治場に行け。交易人の噂では近くにあるらしい。だが、間違えるなよ。部隊が使用している温泉ではなく、交易人が噂している。その湯治場だからな!」
「そっそれを・・・誰に聞けばよろしいのでしょうか・・・」
「それでしたら、わしも一緒に行きましょう。この地の交易人には案内は無理でしょうから、西から来た交易人ならば可能なはず。わしの知人に交易人はいるので案内をさせましょう。それも、元部下ですので、わしが、一言いえば・・・」
「うっ・・・だが、お前には・・・相談役として・・・」
「隊長。ご命令してください。わしが睨めば、誰もが黙り従いますぞ」
「ひっ、教育期間を思い出すぞ。まだ、その睨めは健在なのだな。ふむ、任せる。これ以上の噂を広めるな。それと、あの男と部下たちの護衛を頼むぞ」
「はい。それと、隊長の輿をお貸し願いたい」
「必要な物があるなら何でも許可する。だから、頼むぞ!」
「お任せを!では、準備のために、お先に退室いたします」
「頼むぞ」
相談役は、扉の前に立つ部下を引っ張りながら扉を開けて共に出た。そして、扉を閉める一瞬だが、相談役の顔の表情が痙攣している感じにみえた。何故なのか、重大な任務のためなのか、だが、建物から出ると・・・。
「隊長の専用の籠を出せ。それと、食料と酒の用意だ。そうだな、一月分の用意だ」
「客分の隊長殿。一月も湯治場にいるだけでなく、酒も持って行くのですか、少しやりすぎではないでしょうか、それに、そんな大声では隊長に聞こえますよ」
「お前は、常に、おどおどしているからいいが、先ほどの隊長の部屋では嘘が下手で、俺は、はらはらしたぞ。それに、報告書は提出するのだ。その時には、酒の持ち出しはばれるのだぞ。それなら、飲めるだけ飲まなくては損だろう」
「損ですか・・・」
「そんな話よりも直ぐに湯治場に向かうぞ。長居して隊長に止められては意味がない」
 男が正気を無くした原因も部下の報告も全てが、この相談役とも客分の隊長とも言われている。この老人の計画だったのだ。そんなことなど、何も知らずに事務仕事を終わらせて、相談役たちを見送ろうとしたのだが・・・。
「もう行ったのか、少しくらいの酒なら許そうとしたのだが・・・」
 そんな隊長の気持ちなど知らずに、一台の籠と三つの馬車は、車輪が外れるのではないか、そう思う程に走り続けた。普通の旅程では一日なのだが、半日で着くのだった。
「酒だ!酒を飲むぞ。肉を焼け!魚を焼け!好きなだけ食え!その後も、酒を飲むぞ!」
 湯治場に着くと、その湯治場は、何年も手入れをしていない感じのあばら家で、一月も住めるのか、温泉はあるのか、などの考えもせずに直ぐに宴会の準備を始めた。それと任務のことも忘れているのだろう。正気を無くした男のことなど忘れて酒を飲みだしたのだ。男は、一人で籠から抜け出して湯治場の敷地をふらふらと歩き出すのだ。酒でも飲んで酔っている感じの歩き方なのだが、まるで、目的の場所があるとしか思えなかったのだ。
「あう・・・あう・・・あう・・」
(赤い糸が導いてくれる。運命の人が近くにいる。その方向を知らせてくれるのだ。急がなければ、次は、何時、会えるか分からないのだ。足だけでも普段のとおりに動いてくれ!)
 この男は、血を見ると、顔面神経痛になり。手足も痺れて正常に動かない。健康体なのだが精神病なのだ。子供の頃に、ある体験をしてから体の全てが麻痺した感じになるのだ。
「あう・・・あう・・」
(この先、数分間だけ歩くだけで会えるのだ。後、少し、少しなのだ・・・それにしても情けない、泣きたくなる。始祖さまの直系の子孫だけではなく、始祖さまと同じ感覚器官があるのに、これでは・・・これでは・・・誰も守れない・・・)
 それでも、血を見て今のような状態になると、左手の小指の赤い感覚器官は、普段よりも敏感に反応を示すのだ。
「あう・・・」
 一人の老人が、男の後方から杖を使いながら歩いて来るのを感じた。それも、息切れを吐くこともなく普通に歩いているのだ。そして、男は、必死に歩いているのに、老人は、何事もなかったように追い越すのだ。

第三十九章 目的地に向かって再度の出発 その3

男は、まだ、若いのだが、壊れかけた人形というか、深酒で正気が無い感じとも、若いのに認知症になっているとも思われる。だが、高級そうな服を着ている感じのだが、上着やワイシャツ似た感じで一つのボタンも留めずに、下着は、両手で引っ張って破った感じで伸びている。ズボンの方は、ベルトを留められないのか垂れている。そのためにズボンが下がり下着がみえていた。例えでいうと、現代での西洋風な服である。髪は、両手でぐしゃぐしゃと搔きむしった感じであり。普通の人が一瞬みれば、視線を合わせずに、乞食か、不良者と、呟くだろう。その後は、男と関わりたくないと、早歩きで逃げる。それなのに、老人は、男を後ろからも見て、前からも観察する。まるで、誰かに報告するためとも思える感じだった。
「あう・・・あう・・・」
 男の左手の小指にある。赤い感覚器官は、身体全体の器官などが悲鳴を上げる程に機能していない状態だった。そのために、赤い感覚器官は意思があるかのように、身体全体の器官などの補助をしようとして、普段よりも鋭敏に機能していると思われた。
「あう・・あう・・」
 それでも、必死に身体を動かしても、老人が三歩、男は一歩がやっとだった。当然のことだが、距離は段々と離れて行き、そして、老人の後ろ姿は見えなくなるのだ。
「どうしたのだ?」
 一つの馬車を中心に酒盛りをしていた。一人の老人が酒に酔い。酔いを覚まそうと、散歩にでていた者が、少々だが慌てて戻ってきたのだ。
「わしら以外にも、誰かがいる?」
「そうなのか?・・・武器は持っていたのか?・・・危険な相手なのか?」
「一人では生きて行けない者がいる。それも、介護が必要な者だった。それを考えて予想すると、馬車か、籠が必要であり。介護人と護衛人などの付き添いでいるだろう。それよりも、介護が必要だった。その者の目は、何も諦めていない鋭い目だった」
「この地から移動しなければならない程に危険なのか?」
「あっああ、勿論だと言いたい程に危険だ。その者が、西の者の服を着ていたのだ。だから、もしかすると、あの者ら保養地の可能性もあるのでな。この場から逃げられるなら逃げた方がいい。入浴中に襲われたら、一人、二人でも、それが、怪我人でも、わしらは、皆殺しにされるぞ」
「う~む。それならば、あの若い三人の男女に周囲の探索をしてもらうか」
「使えるのか?・・・大丈夫なのか?」
「男の方は駄目だろう。だが、二人の女性は使い物になるはずだ」
「わしも、そう思っていた。それよりも、長老と武器職人に知らせた方がいいのか?」
「う~ん。知らせない方がいいのではないか」
「それで、二人は、どこに?・・・まさか、武器職人は、馬車の暗室か?・・・」
「あっああ、武器職人なら、そうだ。長老は、この地に来てから変だった。一人にしてくれ。そう言って、何処かに行った。もしかすると一人で温泉に入っているのではないかな?」
「・・・」
 皆が思っていた通りに、一人で温泉に入りながら泣いていた。
「この湯治場が、これ程までに廃墟になるとは・・・」
 長老は、屋根、壁、浴槽などの穴や柱などに残る小さい傷を見ては、昔を思い出しながら涙を流していた。
「あの頃の三人での誓いは憶えているぞ。老後は、この湯治場で過ごすと・・・だが、妻は三年前に約束を果たせずに亡くなってしまった。それも、伝えないとならないだろうな・・・怒るだろうか・・・泣くだろうか・・・あっ、あの壁の穴はまだあったか・・・」
 長老が驚くのは当然なのだった。妻と結婚することになった。思い出というが、初めての子供が生まれた時に、もう子供が生まれたのだから離婚はできない。そう言って告白されたのだ。今でも、当時でも、親友と愛する妻の告白に怒りを感じたが、親友は、初恋の女性と結婚したいために妻に相談して、妻の返事は、協力するから、自分の初恋の人と結婚できるように手を貸してと、それで、二人は協力し合ったと、そう告白されたのだ。怒りよりも笑ってしまった。二人は、笑ったことが驚きだったのだろう。一発くらい殴られることは覚悟していたと、親友と妻は、許してくれたのならば、お前の初恋は誰なのか教えろ。三人が集まり酒を飲むと、その話を持ち出すのだが、この歳になっても伝えていないのだ。だが、妻には、死ぬ間際に、天国でも現世と同じに結婚していたら教えると、笑みを浮かべた妻には、自分が初恋だと分かったような笑みだった。
「・・・だが、この壁の穴は偶然に出来たのだろうか・・・絶妙な位置に空いているのだよな・・・これは、妻も死ぬ間際にも言わなかった・・・今回は、絶対に聞き出してやるぞ。これで、親友と酒を飲むのは最後だろうからな・・・」
 長老だけが知らないことだが、長老の性格を利用したのだ。その計画とは、壁に穴を空けて、そこから覗くと、女湯を覗けて女性の全裸が見えるのだ。そして、長老は、どんな理由でも、女性の裸を見て、女性が泣けば、絶対に責任を感じて結婚する。そう言うのが分かっての計画だったのだ。その計画は、驚くことに親友の妻の発案で、何度も、この湯治場に二人で来ては、穴の調整や覗かせるタイミングなどを二人で何度もしたらしい。だから、長老の妻も言いたかったが、女性不審になると思って言えなかったのだった。
「それよりも、酒を一緒に飲みたい。そんな、理由ではないだろう・・・嫌なことでなければいいのだが・・・ん?・・・」
 長老がぶつぶつと独り言を呟いていた。その意味が分からなくても、小声だから誰かと内密の話しでもしている。そう感じて、着替え室から浴槽の扉越しに声を掛けた者がいたのだ。それは、若い声だったので、誰なのか予想はできた。それでも・・・。
「お邪魔してもいいですか?」
「構わんぞ」
若い男は、ゆっくりと扉を開けて入ってきた。そして、常日頃からしている感じで、湯治場の作法を始めた。その様子をみて、老人は、驚くのだった。
「湯治場の作法を知っているのか、もしかして、どこかの若様なのか?」
 小声で呟くのだった。若者に聞こえていたのか、若者は、視線を合わせないようにゆっくりと、温泉に入るのだった。しばらく、無言が続いた。老人は、若者を見たからか、同じ歳頃の時を思い出した。それは、妻との結婚のきっかけの場面を思い出していた。それでも、際限なく昔を思い出し続けることは出来ないからなのか、無言には耐えられなくなったのか、それとも・・・。
「この世の中で一度でも見れば忘れられない。そんな光景を見たくはないか?」
「えっ?・・・」
「本当のことだぞ。わしは、それを見て人生が変わったからな」
「そうなのですか!」
「そうだぞ。その正面の木の塀に刀を差して出来たような穴があるだろう。そこから覗くのだ。すると、その光景が見えるのだぞ」
 将太は、一度でも見たら忘れられない。人生が変わる。その話しで恐怖しか感じられない。それでも、足がもつれそうになりながら一歩、また、一歩と歩くのだ。それ程までに嫌なら断ればいいのだろう。そう思うだろうが、老人が、一歩、進むごとに、自分のことのように興奮しながら急かす言葉を掛けるのだ。
「それだ!」
 将太は、右手をゆっくりと伸ばしてから一刺し指を穴に向けて問いかけた。
「ん?・・・どうした?」
 長老は、将太が、穴まで手が届きそうな距離まで近づくのだ。だが、それ以上は、近づくことなく、その場所から両目で見るだけだった。何度目かの問い掛けだったか、やっとのこと、もう一歩近づき、片目を瞑りながら顔を近づけて穴を覗くのだった。
「うぉおおおおお!女!裸!」
 穴の高さが、丁度、女性の胸の高さで首から上は見えなくても下半身まで見えたのだ。
「キャー誰よ!。誰でも殺すわ!」
「キャー将太!殺す。殺す。今から殺すから待っていなさいよ!殺すから!殺すから!」
 勿論と言うのも変だが、穴の向こうは女性専用の浴場だった。将太の叫び声が、女性の裸体を見たと、何度も叫んでいるのだ。どこから見ているのか分からないが、自分たちの裸体を見て興奮しているのは分かった。逆に、女性たちは、裸体を見られた恥ずかしさよりも、男性の性欲のはけ口だけのために裸体を見られて怒りまくっていた。
「何だ?・・・何で・・・なのだ?・・・女性は、男性に裸体を見られたら泣きじゃくるのではないのか?・・・そして、もうお嫁に行けないと、女性の裸を見たのだから責任を取って下さい。そう言うのではないのか?・・・なぜだ?・・・」
 長老は、女性の様子に不審を感じて悩み苦しんでいた。
「ヒ~エ~逃げなければ~殺される!」
 将太は、精神を落ち着かせようとして叫ぶが、自分の身体は脳内の指示に従ってくれない。もしかして、二人の女性は、魔女なのか、待っていなさい。それが、魔法の言葉なのか、だから、身体が石のように固まったまま動かないのか、だが、この場から動かないと確実に殺される。それでも、目だけは動かせた。長老に助けてもらうために視線を向けるのだが、温泉に浸かりながら頭を抱えて悩んでいた。もしかすると、自分だけでも助かることでも考えているのかと、そう思うが、直ぐに思考を切り替えた。自分の命が助かる方法を考えるのだ。そんな思考を考えようとすると、長老の言葉で思考が遮れるのだ。
「妻は・・・わしに・・・自分の身体を見て欲しかったのか・・・だから、怒るではなく泣いたのか・・・あれは、泣き落としだったのか・・・女性の思考は分からない・・・」
「何を言っているのだ?・・・この場から逃げなければ、俺と一緒に殺されるのだぞ!」
 長老に向かって叫びながら必死に身体を動かそうとしていたのだ。

運命の人は隣にいるよ。上巻

2023年6月24日 発行 初版

著  者:垣根 新
発  行:垣根 新出版

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垣根 新

羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。

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