端整な日本語のセンテンスを集めた一冊。どこか滑稽で童話的な、或いは不気味で物悲しく透き通った一行物語と、空想の上澄みを一滴一滴採集したアフォリズムを採録。加えて随想的な創作と詩的な思索による短文、断章を綴ったテキストで構成。一節は数行と短く内容も独立しているため、気が向いたときに開いたところをパラパラ読んでも楽しめます。カフカの断片・アフォリズムやペソアの断章がお好きな方にも。
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【一行物語】
毎月どこからともなく「絶対に開けないで下さい」と書かれた小包が届き、捨てることもできないので、倉庫に小包が山積みになっている。
雪の結晶が溶けるのを忘れて、夏に置き去りになっている。
もうすぐ生まれてくる子供のために、揺り籠や子供服、たくさんの玩具を用意して待っていると、ある日、臨月を迎えた母親のお腹の中から「生まれたくない、生まれたくないよ」という、かぼそい声が聞こえてきた。
円周率をどこまでもどこまでも計算していくと、ある桁を超えたところから見たこともない数字が次々と現れ始めた。
幼い日の夏につかまえた、この世で最も美しい「青」を恋人にも見せたくて、もう一度探しに行く。
冬の選挙で、候補者が乱立する地方都市の激戦区の開票をしてみると、候補者名のかわりに「罪を償え」と書かれた投票用紙が大量に入っていた。
前世で魔女にかけられた呪いのせいで、「ありがとう」と言おうとするたびに「ぞうさん」と口にしてしまう。
志半ばで亡くなったピアニストたちの霊が、深海でピアノを弾いている。
行き先を告げてから、もう十五年間タクシーに乗りつづけているのだが、いまだに目的地に辿り着く気配がない。
【アフォリズム】
天使の首を絞めて、柔らかい死神の被写界深度を抜けていく。退廃の蜜あふれる楽園で、あの日のメロディが流れてくるのを待つ。
空高く流れる浮雲を目を細めて見上げると、うっすらと墓標が立っているのが見える。天にも漂う死があるのか。誰の墓標だろう。そう思ってもう一度見上げるが、雲は流れているし、夏の陽炎のために視界が歪んで、もはや確認できない。
消去法が貴女を消してゆく。
伝えられない想いばかりが彼女を焦燥させ、疲れた彼女は自分のために紅茶を淹れた。カーテンの向こうから午後の光が射してくるとき、彼女を使い古したすべての文脈に彼女は服従しなかった。
眼球骰子 桜舞い狂う廃墟 圧縮透明 完全球体 繁殖する釣竿 影だけが徘徊する街 家庭菜園で育てるささくれ 骨壷の中に卵黄 素数に恋する少女 黒い藁人形 1ピースのパズル 湖面に映る夜桜、湖上に枯れた巨木 夜行性リモコン 充電式ドッペルゲンガー 地下へと続く書架の永久回廊
【最後の花摘み】
「貴女、つまらない正義感に囚われているのね。私は正しいことになんて興味がないの。ただ彼がいつも笑顔でいられるように、そのためにだけ私は存在するの。仮にその手段が貴女の仰るように世間一般のまっとうな倫理に反するものだとして、それがいけないことかしら?」
磔にされた優しさの処刑を見物するために、丘には大勢の人だかりができている。
予期せずして訪れる二度とない美しい感情の起伏を、言葉にして彫刻するありふれた毎日に、穏やかに水を遣り続ける。
液体フォトグラフ 花舞う水族館 人骨で建てられた六角形の館 苔に覆われた蛙 スノードームに閉じ込められた刑務所 喪失感の火葬と埋葬 指折るマシュマロ 張り詰めたタイトロープから垂れ下がった絶命寸前の諦観 災いを招く甘い水 四三一号室から呻くように聞こえる、あなたを呼ぶ声
ルビをふることのできない感情ばかりが、生まれては消える。
横殴りの優しさが君の感情をあやして、願いは昨日の果てまであまねく降り注いだ。僕は封をした幸福を君に届ける準備をしながら珈琲を飲み干すと、赤いリボンを丁寧にむすんで窓の外に広がる寒空を見上げた。
あなたが素敵であればあるほど、あなたの隣に居てはいけない。
残響 / ゆらぎ / ピアノ線 / 致死量
──本文より抜粋
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