今回、紹介するのは、1882年に発表された『看護婦の訓練と病人の看護』という二つの論文のうち、第一の論文である『看護婦の訓練』の註解書である。この『看護婦の訓練』は次の五つの見出しのもとで論が進められている。
一 看護婦にとって良い訓練のための学校の要件
二 すべての見習生のための課程
三 訓練することを訓練する
四 定期試験、学習の進み具合や試験の定期的記録
五 訓練のための学校の職員
ナイチンゲールは、看護婦の教育について論じる場合、看護婦の初期の教育こそがその看護婦の人生にとって大変重要な意味を持っていることを全面的に認めていた。そして、それは、彼女が看護に関して書いた著作の中で何回も何回も繰り返している原則であった。看護訓練生が自分の仕事を十分に理解し、それに真底からの興味を抱くようにならない限りは、その看護見習生が有能な看護婦になることは決してないであろうとナイチンゲールは常々訴えていたのである。
ナイチンゲールは、看護婦の訓練は、看護婦の訓練生が理解を促進する上で、それにふさわしい雰囲気や環境の中で進められるべきであると言う点に関しても強い関心を向けていた。そのために、訓練生のことをよく理解して家庭的な感じを持たせるようなマトロンやシスターの存在が重要になってくるという。ホーム・シスターは訓練生にとって母親のような存在でなくてはならない。そういう母親を持たない訓練学校は質が悪い学校であるとさえナイチンゲールは言っていた。それゆえに、看護訓練者自身も、看護教育の仕事についての特別な教育を受けていなければならないのである。
ナイチンゲールが看護婦に関して『訓練』という言葉を使う場合、そこにはある独特な二つの意味を持たせていたことが分かる。一つは、看護婦になるためには必ず『訓練』を受けなければならないこと。もう一つは、その『訓練』には他の方法をもってしては決してできないある条件と過程があり、それは看護のわざ(アート)の奥儀に達した者のみが知ることができると言うことである。それは、知識や技術の教育ではなく看護というわざについての訓練なのである。つまり、看護婦が実際に臨床に携わりながら、他の訓練された看護婦から手ほどきを受けることによってのみ、身につけられる看護のわざ(アート)なのである。
更にこの論文の最後の部分で、ナイチンゲールは『規律』という言葉でも説明している。「これは、与えられた規律にひたすら厳密に従いつつ己の全身心をもって自ら修練をつんでいくこと」を意味するのである。のちにナイチンゲール看護システムと呼ばれることになる看護訓練法は、決して単なる看護教育のシステムを意味するものではなく、その根底にはナイチンゲールの看護観と理念が綿密に巧みに組み込まれていることを、この看護婦の訓練に関する論文より私たちは読み取ることができるのである。
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