三度の最優秀主演女優賞を手にした直後、白瀬沙耶は芸能界から姿を消した。
五年後。彼女はロンドンから、四歳になる娘・陽菜を連れて帰国する。
陽菜は、母親によく似た目を持つ愛らしい女の子。けれど、知らない大人の前では母の後ろに隠れてしまうほど繊細で、新しい環境になかなか馴染めない。
この子に、もっと安心できる居場所を作ってあげたい。
そう願った沙耶が向き合わなければならなかった相手——それは、娘の父親だった。
成和グループ社長・氷室遼。
かつて一夜を共にしただけの男。自分に娘がいることなど、彼はまだ知らない。
沙耶が彼の前に差し出したのは、五箇条からなる養育合意書だった。
親権を求めないこと。
娘の生活と安全を守ること。
養育費を支払うこと。
迎えや食事、寝かしつけの役割を果たすこと。
そして最後の一条——
二年間の、形だけの結婚。
氷室遼は、その契約書に静かに判を押した。
世間には伏せられた結婚。
人前で「パパ」と呼ぶことすら許されない関係。
それでも、送り迎えがあり、絵本を読む時間があり、眠るまで寄り添う夜がある。
決められた役割を、彼は一度も破らない。
やがて契約書には書かれていなかった感情が、少しずつ増えていく。
これは、父親になることを知らなかった男が、
ひとりの少女のために不器用ながら歩き始める物語。
本書は第一巻です。物語は続巻へ続きます。
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