皇帝の最愛の弟、二十歳にして急逝した礼王。
その死は宮廷を震わせ、一人の若く、か弱く、そしてあまりにも美しい王妃を遺した。
雪慈――
世に稀な美貌を持つ女。
婚前、数え切れぬほどの縁談が彼女のもとに押し寄せたが、最後に選ばれたのは皇室だった。
その瞬間、彼女は「皇家の秘宝」となり、手の届かぬ存在となった。
だが今――
彼女は未亡人となった。
皇族の寡婦は再嫁できない。
それでも人々は思わず欲望の目を向ける。
せめて一度でも彼女の帳中に入れるなら、死すら惜しくないと。
その蠢く思惑を断ち切るように、一通の詔が下る。
礼王の母・崔太妃が、愛子を失った悲嘆から重病に伏した。
ゆえに、王妃・雪慈を宮中に召し、看病にあたらせる――。
⸻
名門の出で、情に厚く、誰に対しても柔らかく微笑む雪慈。
苛烈な姑・崔太妃の執拗な嫌がらせにも、彼女は静かに、そして従順に耐え続ける。
当初、後宮の妃たちは彼女の入宮に怯えた。
若く聡明な天子と、か弱き未亡人――
もしも帝の胸に一片の憐れみが芽生えれば、取り返しのつかぬ事態になると。
しかし、天子は清廉で、礼王妃は慎み深かった。
対面しても決して礼を越えず、言葉を交わす時でさえ珠簾を隔てる。
やがて、宮中の者は皆、彼女を愛するようになる。
玉のように美しく、心は澄み、言葉は人の心を解きほぐす。
若くして夫を失い、なお姑に虐げられるその姿は、見る者すべての同情を誘った。
――彼女が帝を誘惑するなど、あり得ない。
誰もが、そう信じ切っていた。
⸻
だがある夜。
宮中の大宴の最中、酒に酔われたという天子は、偏殿にて休息を取られていた。
我先にと侍奉を願い出る妃たちを、御前の梁内官が制する。
誰も知らない。
その一壁の向こうで――
「溶溶、お前は賢い女だ」
酒に酔ったはずのない天子が、礼王妃の細い髪を指に絡め、静かに囁いていることを。
柔らかな身体を膝に抱き寄せ、微かに膨らみ始めた腹部に、長い指が触れる。
「朕の皇子を――
皇后として産むか。
それとも、名もなきまま産むか」
「……よく考えるがよい」
選ぶのは、彼女。
それは、愛ではない。
慈悲でもない。
――皇権という名の、逃れ得ぬ選択。
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