「揚水に羅家の一菜を並べ、千里の河岸に上席無し」
維揚の城で、その名を知らぬ者はない。羅家三代目、羅庭暉。弱冠にして傾いた家の酒楼〈盛香楼〉を立て直し、維揚の酒楼茶肆をたばねる行首の座に就いた若き東家である。塩商の座敷に招かれ、花魁の帳の内にも迎えられる。新科の解元とは兄弟のように論じ、新任の守将とも肩を並べて交わる。
春風に乗るようなその日々に、一人の男が訪ねてくる。双子の妹の許婚だと名乗り、貧しい書生を装いながら、隠しきれない貴気をまとった美しい男。
――偽物だ。
あいにく、この「羅庭暉」も偽物である。
目を患った双子の兄に成り代わり、男の装いで竈と店を守って八年。兄の目がようやく癒えたとき、かつて娘に身代わりを命じた母は、新しい金の釵と羅の裙を差し出して笑った。もう男の服は着なくていい。竈にも立たなくていい。嫁いで「正しい道」へ戻りなさい、と。
鏡の中で、剣のような眉が柳の眉へ描き変えられてゆく。
彼女はただ問うた。「正しい道? 母上、では私の歩いてきた八年は、邪な道、誤った道だったのですか」
退く道はない。嫻やかさを守って生きることもできない。ならば刀を懐に揣み、前へ出るまでだ。
竈に立つ煙と、厨に閃く刀の光のなかで、ひとりの女が自分の名と自分の店を打ち立ててゆく成長の物語。恋の行方も描かれるが、定まった相手役はいない。選ぶのは、いつも彼女自身である。
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