AIデザインで身体を改造・整形ができる時代。美しく、若くあることに取りつかれたAIデザイナー樹(いつき)。AIデザイン界で世界的に有名になった樹は、自らの身体さえもAIでデザインし、改造を次々に行っていく。
そこまで樹が美しさ、若さに執着するのには理由があった。
次々に自らを改造していく樹だが、AIによる肉体改造には限界があった。
崩れはじめる身体。
自らの身体や心に疑問を持ちはじめるたある日、樹に衝撃が走る。美しく生きるケイと再会し、その言葉に心を動かされる。今まで美しさと若さを追求する自分自身が揺らいでいく。それと同時に気付く。自分の「ありのままの自分でいい」という心から逃げていたことに。
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かつてリチャード・コールダーが描いたナノテクノロジー/ボンデージファッションSF小説や、最近だとデヴィッド・クローネンバーグが撮った映画クライムズ・オブ・ザ・フューチャーに見られる、痛みや感染症を克服した世界に於いて自由に外科手術を行ない身体を切り刻み人体改造を試みる世界が、この小説、造作られる私という他人にもオーバーラップしている。物凄く濃い物語設定だけで、読者を惹きつけてしまう。
それでも例えるなら、クライムズ・オブ・ザ・フューチャーはマニアックな題材を淡々と説明するだけの物語展開で、その説明を聞いているだけで知的刺激を得て次の展開が見たくなる物語構造を有していたが、それに対して、造作られる私という他人は設定や題材に頼ることなく、ある意味ではオーソドックスとも言える、わかりやすい物語構造を取っている。人体改造に至る主人公の心情をメインに訴えかけて、SF小説の魅力とも言えるSFガジェット描写は最小限に留めて、ある意味でインパクトのある物語設定に沿った上で登場人物の心情が狂うように変わっていくさまを描く、エンタメ娯楽小説として楽しめる。コミカライズしても面白くなるだろう。
個人的には、主人公が人体改造を施してポジティブ思考を得た後に、身体能力が衰えた高齢者を介助する描写が挿話されるのだが、これが物語全体に流れる主人公の狂気から若干外れて、ある意味、介助という時事的な社会問題に繋がり、例えるなら個人が人体改造を施すことで自己愛を強化するナルシスティックな物語全体の流れと、他者を助ける介助描写の挿話との対比に、若干の違和感を感じてしまう。逆に言えば異質の介助描写から新たなるスピンオフの物語が創生される可能性もあり、そういう意味では壮大なるサーガの序章としても、この小説は楽しめるのである。